第8話「デーモン」




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 ゲートを抜けた先は深い森の中だった。

 後ろを見てもゲートはなく、何もない空間から俺に続いてサージェスが出現した。このゲートはトライアルの時のような一方通行らしい。


「……ここは?」

「位置的には王国北の国境線に近い場所にある森だ。領地としてはネーゼア辺境伯領。森自体に名前はないな」


 先にゲートを抜けていたグレンさんが説明してくれた。地名だけ説明されてもさっぱり分からないのだが。


「ラーディンとの最前線が展開されている領地でもある。ここから馬車で一日ほどの場所にある街が駐屯地だ」


 離れたところに転移したのは機密保持のためだろう。転送ゲートなんて超技術は秘密のほうがいい。

 バレても迷宮都市の優位性に揺らぎはないだろうが、面倒な事になるのは確実だ。


「ちなみに最前線はその駐屯地の北にある大平原。開戦直後はその街を占領されるまで侵攻されたらしいが、現在は当初の最前線よりも奥まで押し返している状態だ」


 王国有利の状況って事だな。規模を考えると当たり前だが。

 俺たちはまた違う任務を抱えているから状況は違うが、迷宮都市から正式に援軍を送る形になったといっても出番は少なそうだ。


「そして、あそこにあるのが我々を運んでくれる足というわけだな」


 周りを見渡してみれば、すぐ近くの少し開けた場所に馬車があった。

 そこから獣道を拡大したような道が続いている。おそらくこの道を辿って森の外へ出るのだろう。

 馬車は俺が迷宮都市に来た時に乗ったような貧相なものではなく、王族でも乗っていそうな豪華なものだ。馬が超でかい。


「おー、でっかい、馬、です」


 ニンジンさんが馬をペシペシ叩いている。馬は大人しくしているが、ちょっとウザそうだ。

 お前、ニンジンなんだから食べられちゃうぞ。


「やめたまえ。鬱陶しい」


 馬が喋ったよ。

 迷宮都市なら珍しくもない光景なんだろうが、実際こうしていきなり喋られるとビビるな。全部が全部喋るというわけでもないし。


「おー、喋った」

「馬でも喋るくらいはする。君は種族差別者か何かかね?」

「失礼、しました。お馬さん、ごめんなさい」

「よろしい」

「ニンジン、食べますか?」

「よし、いい心掛けだ。もらおうじゃないか」


 どこから取り出したのか、ニンジンさんが馬にニンジンを与えていた。文面にすると分かりづらい事この上ない。

 目の前で繰り広げられているそんな奇妙な寸劇だったが、とりあえず今は馬や幼女エルフの事はどうでもいい。


「部隊の振り分けとやらはその街で?」

「ああ、迷宮ギルドが先行して本部を設置しているはずだ。王国騎士団も大部分はそこに駐屯している」


 俺たちもそこに行って合流手続きの上、部隊の振り分けを行う。といっても表向きだけで、基本的にはこのメンバーのまま行動する事になるそうだ。

 部隊長はグレンさん。メンバーはフィロス、キャロットことヴィヴィアン、サージェス、そして俺だ。トマトさんは今の時点ですでにいない。ラーディン王都近くに飛んだのだろう。ゴーウェンもあとから来るらしいので、ここに加わるのかもしれない。

 ちなみに摩耶は不参加だ。残ったメンバーに< 斥候 >役がいないのでそっちを優先してもらった。こっちはボランティアに近いし。


「ぶちょー、ぶちょー、どうです、これ」


 下から袖を引っ張られたので誰かと思えば、ニンジンさんだ。目の部分がニンジンの変なデザインの仮面を被っている。正直言ってダサい。


「……なんだそれ」

「マスクドキャロット、です、ぴしっ」

「そ、そうか……」


 相変わらず抑揚のない声で変なポーズを決めるニンジンさん。

 これは、トマトさんから変な影響でも受けているのかな。特撮系の。

 ニンジンさんは遠征中この仮面を着けたまま過ごす気なのだろうか。本人がいいなら問題はないとは思うけど。

 そしてもう一人。ゲートを潜るまではスーツだったのに、ブーメランパンツとロングブーツ、そして額に『裸』の文字の書かれた覆面を被った謎の男がいる。……いや、サージェスなんだけどね。


「お前はお前でどうしたんだ、サージェス」

「違う、私は覆面戦士ラージェスだ」

「そうか……」


 どうやら、そういう設定らしい。キャロットさんと二人でガッツポーズを取っている。

 ……会ったばっかなのに仲良いね、君たち。


「……グレンさん、あいつらはいいんですか?」

「問題はないだろう。任務に支障があるわけでもないし」


 < アーク・セイバー >の自称常識人さんは随分と大らかである。


「うわっ……びっくりした。誰かと思ったよ」


 最後にゲートを抜けて、目の前の光景にギョっとした顔を見せたフィロスだったが、すぐに落ち着いたあたりこの程度は許容範囲内らしい。

 お前も相当毒されてるな。


「ツナはああいう変装はしないのかい?」

「嫌だよ、あんな恥ずかしいのは」

「リーダーも、名前にちなんで全身ロープだけで行動するというのはどうでしょう」

「レベル高過ぎるわい」


 俺はそんな高みに至るつもりはない。大体ロープだけで局部をどうやって隠せというのだ。


「渡辺君とフィロスに関しては、リハリトから鎧を借りて来てあるぞ」

「は?」


 確かに、以前そんな話をしていた。だがあえてスルーしてたのに、グレンさんは勝手に行動してしまったらしい。頼んでないよ。


「ぼ、僕の分もですか?」

「ああ、たまには違う色合いの鎧もいいだろう。私も今回は黒と赤の基調で鎧を用意してある。会議にも出るわけだから、こういうのは合わせた方が格好いいだろ」


 対外的なものを考えると格好良さにも意味はあるんだろう。覆面と仮面が同行していても。

 フィロスやグレンさんは元がいいので何着ても似合うんだろうが。俺は黒系の武装をすると悪鬼とか言われるんだよな。気まぐれで参加した< レスラーズ >の試合でも、ヒール行為してないのにヒール扱いだったし。解せぬ。


「会議……やっぱり俺も出るんですかね?」

「お勉強だな。何も言わずに突っ立ってるだけでいい。もちろん言いたい事があれば言ってもいいが」


 軍隊の会議で言いたい事なんかないです。

 ……これも仕事か。今回の遠征は勉強の意味合いが強い。お勉強を兼ねたお仕事だ。


「ということはあいつらも?」


 俺が視線を向けた先には覆面二人が変なポーズを取って遊んでいた。微妙に馬も仲間入りしている。なんでそんなに仲良いんだよ。


「……出ても問題はないだろうが、彼らは基本は待機かな。リハリトとは違う意味で危険だ」


 さすがにお固い会議の場にアレはキツイらしい。突然 パージ してもおかしくない奴を参加させるのは確かに危険だ。

 ……となると、基本王国騎士団と会うのは俺とフィロス、そしてグレンさんか。もしかしなくても場違いだから、俺は大人しく案山子のように引っ込んでいよう。


「鎧は馬車の中に用意してあるから、移動しながら中で着替えるとしようか」


 という事で、俺たちは移動を開始する。ここから数時間は馬車の旅だ。




 馬車を引いているのは喋る馬だし御者なしでも走れるらしいが、何故か種族を越えて意気投合したサージェスが御者をやってくれる事になった。

 覆面レスラーが御者台に座るのは違和感しかないが、長い放浪生活の中で何度も経験しているとの事で、様にはなっている。

 馬車の中は広いので、着替えるのには問題ない。俺たち三人が同時に着替えてもスペース的には随分余裕があった。

 ニンジンさんは女の子だが見た目通り幼女だし、男の着替えには興味ないようだ。インナー着てる俺たちより覆面戦士のほうが露出度が高いから今更ではある。

 俺以外の二人は重装の金属鎧に慣れているのであっという間に着替えが終わり、俺も二人の手を借りてなんとか鎧を着こむ事に成功する。問題はない。問題はないのだが……。


「なんで俺だけ全身甲冑なんですか?」


 俺以外の二人も重鎧ではあるが、ある程度パーツ間に余裕のある構成だ。顔も出ていて、普段の戦闘用装備と大差ない。

 だが、俺に用意されたのは上から下までビッチリと金属で覆われた禍々しい全身甲冑だ。肌やインナーが一切露出しない、リハリトさんの着ていたものと同じ類の鎧である。正直、この姿を見ても俺だと気付く奴はいないだろう。


「実は渡辺君には王国騎士団に対する威圧役になってもらおうと思ってね」

「聞いてないんですが」

「……世間では良くある事なんだ。許してくれ」


 そんな物悲しい顔で言われても信じないんだからね。

 移動を始めてから切り出してくるあたり確信犯である。そろそろ、この人のどこが常識人なのか俺に説明してくれないだろうか。


「ぶちょー、ぶちょー、これ、この鎧、格好いい、と思います」


 ニンジンさん……マスクドキャロットが言う。

 お前のセンスで言われてもな……それに俺自身は数%しか露出してないぞ。あと、ペシペシ叩くな。さっき馬に怒られたでしょ。


「それは鎧が格好いいだけじゃないのか?」

「はい」


 肯定しやがった。そこは少しでもフォローしろよ。


「それで、フィロスはなんで普通の鎧なんだよ」


 確かに普段見た事がないダーク系の配色の鎧だが、この鎧に比べたら遥かに動き易そうだ。顔出してるし。


「いや、僕の鎧も借り物だから」

「フィロスは顔繋ぎの意味もあるからな。顔は出しておかないと。一体型ではないが、一応兜も用意してるぞ」


 くそ、不当な仕打ちに涙を隠し得ない。言ってる事は分かるんだが。


「なに、特に何かをしろというわけではない。リハリトを彷彿とさせるその姿で立っているだけでも十分威圧感はある。王国騎士団には覿面だろう」


 この格好はリハリトさんの代わりか。……あの人、王国に何したんだよ。


「できればでいいが、王国の出席者がふざけた事を言い出したら、タイミングを合わせて殺気を放ってもらえると助かる」

「殺気の出し方とか良く分かりませんが、《 強者の威圧 》でもいいですかね?」

「ああ、ただ殺すって意思を持って睨むだけでも十分なはずだが、《 強者の威圧 》があれば尚いいな。相手の心臓も止まるだろう」


 心臓止めちゃ駄目だろ。お爺ちゃんだったらどうするんだよ。死んじゃうだろ。

 ……仕方ない、殺気を放つ練習として頑張るか。今後も使いどころはありそうだし。


「フィロス」

「なんだい?」


 試しに殺気を放つ真似をしてみるが、フィロスは感じ取れないらしく首を傾げている。難しいな。


「ああ、殺気を飛ばす練習か。……分からないね」

「感覚としてはMP操作に近いな。魔力を飛ばす代わりに気配を飛ばすんだ」


 グレンさんが助言をくれるが、まだMP操作を体得しているわけでもないし非常に分かり辛い。


「分からなかったら、やはり《 強者の威圧 》かな。威力の小さい《 威圧 》のほうがこういう場面では使い易いが、昇華してしまってるんだろ?」

「スキル確認する前の事なんで、いまいち実感はありませんが、はい」


 前提となるスキルを保有していて、それがより強いスキルに変化する事をスキル昇華というらしい。《 威圧 》が《 強者の威圧 》に変化するのもその一例だ。俺自身にそんなつもりはなかったし、そもそも《 威圧 》を持っていた事も知らなかったのだが、いつかのミノタウロス戦でスキルが書き換わっていたようだ。

 ちなみに、以前リハリトさんが使っていた《 竜王の覇気 》は《 強者の威圧 》から更に昇華されたものだが、これは竜種か竜人特有のスキルなので俺は覚えられない。

 ……覚えられないはずだが、すでにモンスター用スキルを習得している身としては、ひょっとして、という事も有り得るから怖い。


「威圧役をやりたいわけじゃないですが、仮にもそんな役目なら偽名のほうがいいんじゃないですか?」


 ロープ……じゃ、格好とアンバランス過ぎるからなんか別の……ネットとか?


「そうだな……よし、ではこの遠征中、渡辺君は『デーモン』と名乗りたまえ。二つ名も< 暴虐の悪鬼 >だし、その禍々しい甲冑にも相応しい。……どうせなら声も変えようか。街に入る前にでも、《 偽装 》系の魔術をかけるとしよう」


 えー、なんか大変な事になっちゃったぞ。




 そんな良く分からない展開に身を任せつつ、馬車は進む。多分、時速五、六十キロくらいは出てるんじゃないだろうか。

 自動車に比べれば遅いが、馬車としては破格のスピードのはずだ。あの馬の巨体は伊達ではないという事なのだろう。こんな悪路なのに、荷車を引いてなければサラブレッドより速いかもしれない。……と、俺は現実逃避をするように、兜のスリットから流れていく景色を眺めていた。

 視界がひどく制限される兜を着けてみて、迷宮都市の冒険者があまり兜を着けていない理由が良く分かった。こうして実際に体験して思うのだが、視界が狭いというのはやはり厄介だ。動き辛い事この上ない。

 目立ちたがり屋な迷宮都市の冒険者たちの事だから、顔が隠れてしまうから目立てない、格好悪いという理由かと思っていたのだが、とにかく視界が狭過ぎる。その理由がないとも思わないが。

 戦闘において視界が遮られるというのは致命的だ。HPの壁がない外の人間なら、頭、顔の防護は必須だが、冒険者は自前でそれを持っているのだから、その差はより顕著に表れる。HP0の状態でも戦う俺やサージェスなら意味がないなんて事はないが、それでもデメリットが勝るだろう。サージェスのように、せいぜい覆面くらいが限度だ。

 リハリトさんをはじめ、全身鎧自体は迷宮都市でも見かけるから、需要やメリットがないって事はないんだろうが、俺には合わないと感じた。

 重いし、動き辛いし、熱が籠もるし、息苦しいし、視界が狭い。動く度に鳴る音が煩い。これでも魔術で軽減はされているらしいが、本物はどんだけだというのか。

 そして、何故俺は馬車の中なのにフル装備で兜まで着けているのだろうか。


「そりゃ、甲冑着るのは君の言うそのままの意味で辛いね。走るだけならともかく、戦闘するには専用の訓練が必要だ。馬があればまた違うけど、その場合は必要とされる技能も違うし」


 元々甲冑を着る機会のあったフィロスによれば、王国騎士団ではこうした全身甲冑を着けるのは馬で戦う上級騎士だけらしい。

 フィロスも着る事はあったらしいが、式典など儀礼的な場面だけで普段は部分鎧だ。それでも重装ではあるのだが。


「一般の騎士と違って、近衛はずっと全身甲冑で仕事してるんだけど、あの人たちは本当にすごいと思うよ」

「これは軽量化の魔術がかかってるらしいけど、本物はもっと重いんだろ? 歩けるのか?」

「歩けるよ。着てみれば分かると思うけど、重量が全身に分散されてるから体感的にはそれほどじゃない。走るのも……走るだけならなんとか……甲冑着て走る訓練もあるんだけど、やっぱり辛かったな。重さよりも通気性が」


 ひどいな。半分拷問じゃねーか。


「毎年夏に王都で記念祭があるだろ? あの時には絶対着るんだけどさ、暑くて立ってるだけでも本気で死にかねないよ。そのまま金属部分に触ると火傷するんだ」


 天然のサウナってレベルじゃない。

 そのままだと中の人も火傷してしまうので、中には専用のインナー、外にはマントを着けて直射日光を防いでいるらしい。あのマントは飾りじゃなく実用的な意味があったのか。


「想像しただけでも暑そうだな」

「要領のいい奴は上手く逃げるんだけどね、下っ端はそうもいかない」

「その手の行事は確かにキツかったな。私は実家から持ち込んだ魔術具で常に冷却していたよ」


 グレンさんの言葉に違和感を感じた。迷宮都市の全身鎧ならそんな事をしなくても……。


「グレン団長の家が裕福だからできる芸当ですね。王国騎士団にもそういう人はいると聞いた事があります」

「ひょっとして、グレンさんは迷宮都市出身じゃないんですか?」

「知らないのか。……そういえば、そんなに大っぴらにはしてないな。私……というよりも、ダンジョンマスターが召喚される以前に生まれている者で迷宮都市出身者は少ないよ。エルミアはちょっと事情が違うが、< アーク・セイバー >では私も剣刃もダダカもリハリトも迷宮都市外の出身だ」


 ダンマスが召喚される以前はダンジョン攻略の体制もなかっただろうし、当然といえば当然か。

 そもそも、それ以前に無限回廊はあそこにあったのだろうか。


「ちなみに私もローランもリガリティア帝国の騎士団出身だな。王国とはちょっと扱いが違うんだが、一応上級騎士だったぞ」

「……そこでなんでローランさんの名前が?」

「あまり表に出してはないが、あいつと私は兄弟なんだ。年も離れてるし、母親も違うがね。異母兄弟というやつだ」


 意外な繋がりである。そう言われてみれば似て……ないな。線が細い美青年のローランさんと、がっしりとアメリカンな体付き、顔付きのグレンさんではイメージが随分と違う。髪の色も違うし。


「似てないとは言われる。ただ、もう一人いる男兄弟が間に入ると、ちょうど段階的に似てるのが分かるらしいぞ」


 二人は似てないが、真ん中のその人がどっちにも似てるのか。


「その人も冒険者なんですか?」

「いや、父が死んで、家督相続の際に少し揉めてね。兄弟で殺し合いに発展し兼ねなかったから、家をそいつに任せて私とローランは迷宮都市に来たんだ。今思えばこちらで正解だな。別々のクラン所属とはいえ、どちらも大成していると言っていい立場だし、もう堅苦しい帝国の貴族生活には戻りたくない」


 そりゃ、貴族のようなしがらみもないし、それ以上のいい生活もできる。間違いなく当たりだろう。

 その人は多分……二人と違って老けこんでるんだろうな。それが当たり前なんだろうが。


「グレン団長はローランさんと組もうとは思わなかったんですか? 一緒に来たんですよね?」


 確かに、そういう経緯で迷宮都市に来たなら組んでいてもおかしくない。どちらも強いわけだし。ポジションも噛み合う。


「ひょっとして仲悪いとか?」

「はは、あいつは私の事が苦手みたいだが、仲は悪くないよ。ただ、デビューの時に兄弟で競争してみようって事になってね。……結果は知っての通り、私は長い間中堅どころで燻る事になり、あいつは大躍進だ」


 それは< 流星騎士団 >発足以降、第七十五層で立ち止まるまでの事を言っているんだろう。

 今はこうして< アーク・セイバー >のクランマスターとして活躍しているが、それ以前はただの中堅クランのマスターだ。グレンさんだけではなく、他のクランマスターにも言える事である。

 中堅クランといったって十分に活躍はしていたはずだが、当時他の追随を許さないレベルで攻略を進めた< 流星騎士団 >の方が異質なのだ。


「冒険者としてどちらが才能あるか、と聞かれたら、当然あいつの方が圧倒的に才能があるだろう」

「それは……」

「いや、別に悲観しているわけじゃない。今はこうしてトップクランにいるわけだしな。ただ、今現在の立場で言っても、あいつは我々五人でこなしている役割を一人で賄っている。すごい奴だよ」


 オーク麺で見たあの姿からは想像できないが、確かにローランさんはそういった立ち位置にいる。

 < アーク・セイバー >の躍進によって一時期影を潜めたものの、今ではその逆境すら乗り越えて食らいついている。

 どちらが先に一〇〇層を突破するか、と聞かれたら、半年前までだったら間違いなく< アーク・セイバー >と答える人が多数だったろう。なのに、今ではどちらが攻略してもおかしくない状態なのだ。間違いなく、個人としては迷宮都市トップの冒険者である。


「それで、実際に着てみてリハリトの鎧はどうかな。サイズは調整されていると思うんだが」

「最悪です。俺には合いません。脱いでいいですか?」

「絶対とは言わないが、それは全体会議のあとにして欲しいな。わざわざ厳つい鎧を選んでもらったんだから」


 俺は威圧用の置物か。


「お、いい感じだ。それくらいの殺気を常時出していてくれると助かる」


 殺気じゃねーから。この不当な扱いが不満なだけです。


「……まさか、この格好のまま戦闘しろとか言いませんよね?」

「言わんよ。大体、君には《 瞬装 》があるんだからいつでも着替えられるだろう。だから、平時はその格好でいてくれると助かる」


 そりゃそうだが……。それはつまり、基本的にはずっとこの格好でいろって事なの?


「そもそも、その鎧は戦闘用じゃなくデザインだけのものだからな。さっき渡した大斧とセットで威圧用だ。もしも戦闘になったら切り替えて構わない」


 すでに《 アイテム・ボックス 》に放り込んであるが、威圧用に両手斧まで渡されている。

 < 鬼面斧 >という名の鬼の顔がついた斧なのだが、見るからに凶悪な形をしているのだ。でも、頑丈なだけで性能は低いという非常にアンバランスな武器である。

 これもリハリトさんのコレクションの一つらしく、デザイン重視の武装が欲しければ、リハリトさんにお願いするのが決まりになっているらしい。デザイン重視といっても当然中二病的格好良さであるが。


「それに、我々は基本的に戦闘はしないと思うぞ」

「……戦争なのに?」

「分かってると思うが、我々の目標は戦場に現れた謎の勇者『ロクトル』の情報収集と捕獲だ。基本は待機になるだろうな」


 前線に出たいわけでもないからそれは助かるけど、他の冒険者に悪い気もするな。報酬は二重取りで倍以上もらってるのに。


「体を動かしたかったら、王国騎士団相手に模擬戦でもすればいいんじゃないかな」

「迷宮都市に来る前のお前より弱いんだから、相手にならない事は分かるだろ」


 以前聞いた話では、フィロスが王国騎士団に所属していた時は騎士団最強だったはずだ。

 つまり、今の俺じゃまとめてかかって来ても相手にならない。文字通り無双できるだろう。


「そこはほら、ストレス解消とか。……正体不明なわけだし、死なない程度ならいいんじゃないかな?」

「なら、それはお前がやれ。この鎧貸してやるから」

「僕は立場的に問題がね。でも、彼らは一度と言わず何回か痛い目を見たほうがいいと思うんだ、うん」


 どんだけ騎士団の連中が嫌いなんだよ。

 よし、それはあとから来るゴーウェンさんに任せてしまおうか。……あいつ、なんで遅れてるんだろうな。このスケジュールは結構前から決まってたのに、一人だけ遅れる理由が分からない。


「別に、暇だったら前線行ってもいいんだぞ。ただの蹂躙になるから面白くはないだろうが。行く前にスケジュールだけ伝えておいてくれ」

「……遠慮しておきます」


 ちょっと前までなら俺TUEEEとか無双にも憧れていたが、実際できる立場になってしまうとわざわざやりたいとは思わない。

 意味のある事ならともかく、ただの作業になってしまうだろうから爽快感もないだろう。ダメージゼロ、Aボタン連打で終了するアクションゲームなんてつまらないだけだ。

 もちろん、可愛い女の子にキャーキャー言われるなら頑張るが、そうした戦いのあとに待っているのは味方からの称賛や羨望の眼差しではなく恐怖になるだろう。よほど上手くやらないと化物扱いだ。あまりに規格の違う強さは憧れる対象にはならないものである。

 ……俺たちは同類がたくさんいるから良いが、件の勇者様はどういう扱いなんだろうな。まだ戦場にいるって事は何かしら戦う理由があるんだろうが、英雄扱いはされていないと思うんだけど。




-3-




 そして、馬車は街へと到着する。久しぶりに訪れる迷宮都市以外の街だ。

 馬車が街に入る際、検問で引っ掛かる事になったが、グレンさんが対応してくれた。主に御者の格好のせいである。


「怪しい奴め、とか言って鞭で叩いてきたりしないものなんですね。放浪時代、簀巻きにされて街の外に放置された事はあるんですが……残念です」


 それはお前一人の時にやるといい。俺たちの分も怒られてくれると助かる。

 いつの間にか熟睡状態に陥っていたニンジンさんを起こして外へと出ると、迷宮都市とは違う独特の空気に触れた気がした。

 王都と同じ閉塞感の漂う、古臭い、淀んだ空気だ。しばらく離れていたせいで顕著に感じるのか、この手の感覚は気分がいいものじゃないな。

 外からでも分かったが、いざ中に入ってみても街の規模は小さい。王都に比べても遙かに小規模で、いかにも地方都市という感じだ。全体的に汚れていて、パっとしないイメージだ。また、前線基地としても使われていめためか、ピリピリとした空気が伝わってくる。

 だが、浮浪者などは見当たらない。というか、街の住民もほとんど見当たらない。


「隣の街にでも避難してるんでしょうか」

「ほとんどは街を取り戻したあとに避難させたみたいだな。今残っているのは軍が利用する施設の人間や、何かしら理由を抱えてる一部の者だけだ」


 同じ疑問を抱いていたらしいフィロスの問いにはグレンさんが答えてくれた。

 街間の移動なんて一般人には辛いと思うんだが、一時期占領されてた街に残るのはもっと辛いんだろうな。


「ここはネーゼア辺境伯領の領都だからマシなんだが、近隣の街のほとんどは占拠された際にボロボロにされているらしい。ひょっとしたら避難の仕事が迷宮都市遠征軍に割り振られる可能性もあるとの事だ。……まあ、我々には直接関係ないのだが」


 領都って事は、ここが領の中心地だったのかよ。言われてみれば壁は厚いが、ボロボロ過ぎて分からなかった。

 という事は、一時的にでも結構押し込まれていたって事になるんだが……。色々大変だったんだろうな。


「しかし、すごいねその鎧。感じる視線に怯えを感じるよ」

「……ウルサイ」


 フィロスに返す声は、地の底から響いてくるような不吉な声だ。無理矢理人間の言葉に聞こえない事もないというレベルで人間味のない声である。

 ……まあ、グレンさんの魔術で《 偽装 》された俺の声なわけだが。いくら脅すためとはいえ、こんな声にしなくてもいいのに。下手すりゃ人間と思われないぞ、これ。

 だが、誰も近付いて来ないのは俺だけの影響というわけでもないだろう。グレンさんとフィロスは多少厳ついもののまともな格好なのだが、そこに加えて悪魔騎士の俺と覆面パンツ、そして仮面幼女だ。怪し過ぎる一行である。

 覆面パンツと仮面幼女は無駄に堂々としているのに、俺だけビクビクするわけにもいかない。ここは開き直って胸を張っていこう。どうせステータスも《 偽装 》されているわけだし。



 迷宮ギルドが臨時支部を作っているという建物はすぐに見つかった。

 建物自体も大きな酒場を利用しているという事で目立つし、何より周りに迷宮都市の住人と思わしき人が多い。

 普通、遠征に出る際は派手な装備は控え、極力外の物に合わせるらしいのだが、今回は正式な援軍という事でみんな自重していない。ここだけMMO-RPGの世界になってしまっている。その中でも一番目立つのが俺たちというのが解せない。


「すまない、< アーク・セイバー >のグレン他四名、着任処理を頼む」

「はいは……い」


 受付担当の女の子が、俺たちの姿を見て固まった。

 しかも、何故か我らがマネージャーのククリエールさんだ。なんでこんなところにいるねん。聞いてないよ。


「え、えーと、お名前をお伺いしても……というか、その覆面、サージェスさんですよね」

「違う、私は覆面戦士ラージェスだ」

「はいはい、偽名使うんですね。そう登録しておきます」


 職業柄こういった輩には慣れているのか、ククルの反応は冷たかった。

 だが、その冷たい反応に我らがサージェスは興奮しているようだ。息遣いが荒い。


「グレンさんと、フィロスさん、サージェスさん改め覆面戦士ラージェスと……」

「マスクド、キャロット、です」

「ヴィヴィアンさんはマスクドキャロットと……となると、そちらの方は……まさか」


 とうとう俺の番である。すでに登録済の着任報告だから誤魔化しようもない。


「アー、ワタナベツナデス」

「……何一緒になって遊んでるんですか渡辺さん」

「オレノセイジャナイノニ……」


 マネージャーの反応が冷たいです。


「すまんな、彼はこちらでお願いしてこの格好をしてもらってるんだ。……登録名は『デーモン』で頼む」

「で、デーモンですか……分かりました」


 やっぱりその名前は使うのね。

 ……ちょっと待て。その名前で登録されるという事は、脱いだらデーモン=渡辺綱というのはバレてしまうじゃないか。

 狭い視界の中グレンさんを見ると、ニヤリとされた。バレたくなかったらこのままでいろと……くそ、計ったな。




 どうも着任は俺たちで最後らしく、ククルもこれで迷宮都市に引き上げるようだ。唯一ゴーウェンは遅れるが、それはすでに伝わっていて、俺たちの着任報告だけで問題ないらしい。

 というわけでククルも手が空いた事だし、ついでに宿舎の中を案内してもらう。

 元々巨大な酒場兼宿屋を利用しているので、宿舎の部屋数は多い。参加しているメンバーの四分の一ほどがこの建物の中に寝泊まりする事になるらしい。また、一応特別扱いなのか、他の参加者は相部屋なのに対して、俺たちは個室が割り当てられるようだ。


「掃除の上で殺菌処理はしてありますが、元が元なので快適とは言いづらいと思います。申し訳ありませんがここは我慢して下さい」


 個室待遇に喜ぶところなのだろうが、貧相な部屋を見てしまうと嬉しさも半減だ。案内された部屋は外基準なら立派なものだったが、迷宮都市の快適な生活に慣れた者としてはグレードが低い。

 まあ、俺は半年前まで馬小屋に住んでいたのだから、それと比べれば格段の差だ。虫がいないというだけでもマシなのだろう。


「ペラッ、ペラ、です」


 ニンジンさんが言っているのは布団の事だ。掛布団はほとんど詰め物がなく、布そのままに近い。


「履歴情報だとヴィヴィアンさんは遠征参加の実績が多くありますが、どこもこんな感じでは?」

「短期依頼、ばっかりで、寝袋、使って、ました。あと、マスクド、キャロット、です」

「あ、すいません。マスクドキャロットさん」

「うむ、よろしい」


 そんなに拘りがあるんだろうか。


「通常の遠征と同様、迷宮都市産の品、特にマジックアイテムについては極力使用を控えて下さい。使用する場合でも人目は避けるようにお願いします」


 事前にもらった遠征マニュアルに書いてあったな。

 外部に情報を漏らさないためなのだろう。正式な援軍という事でその規則もかなり緩くなっているようだが、それでもこういった決まり事は多い。


「同志マスクドキャロットが言うように、寝袋は使ってもいいのでしょうか」

「サー……、覆面戦士ラージェスさんの個人の持ち物でしたら特に問題はありませんが、可能な限り鍵をかけての使用をお願いします」


 宿屋で部屋に鍵かけて寝袋で寝るのか。シュールな絵面だ。俺も持ってくれば良かったかな。




-4-




 さて、着任早々だが早速会議の時間である。とは言っても今回は関係者の顔合わせ程度らしく、細かい作戦を決める場ではないようだ。

 ここは最前線のはずなのにそんな悠長な事でいいのかとも思ったが、例の『ロクトル』を除けば王国軍だけでも十分なのだ。援軍といっても、迷宮都市の出番は少ないのかもしれない。

 迷宮都市からは代表が二名。片方はグレンさんで、俺とフィロスはその付添いとなる。そしてもう一人の代表は俺と面識のない人だった。


「今回の代表は君だったのか」

「ええ、何故< アーク・セイバー >の団長がいるのに俺なのかは疑問ですが、そういう事なんでしょう?」

「そういう事だ」


 俺たちの前に立つのは袴姿に太刀を佩いた、黒髪長髪で日本人のような容姿の男。剣刃さんが浪人なら、こちらはれっきとした侍に見える。ロンゲじゃなくマゲを結ってたら完璧だったな。

 先ほどククルからもらった事前情報だと、彼は迷宮都市でも上位に位置するクラン< 月華 >のクランマスターだ。名前は夜光。今回、迷宮都市遠征軍の隊長を担当するらしい。遠征軍自体はそこまで大規模でもないのだが、一個中隊程度いる迷宮都市の代表というわけである。一応、俺たちも建前上は彼の指揮系統に組み込まれるとの事。

 夜光さんは格好こそ侍風で独特だが、好印象を持たれやすい好青年だ。清潔感もあって、同じ侍風の格好をした剣刃さんに見られる胡散臭さは微塵も感じられない。ただ、なんだろうか……この人を見ていると、ひどく違和感を覚える。見た目も話し方も穏やかそうなのに、対面しているだけで血の臭いが漂ってきそうな、そんな危険な雰囲気を纏っている。

 ……見かけ通りの人ではないんだろうな。


「君が代表という事は、私ではなく剣刃が来たほうが良かったかな?」

「やめて下さい。それで代表を名乗ったら後ろから殴られそうだ」


 彼は剣刃さんが以前クランマスターを務めていた自己主張クラン< KENJIN >のサブマスターだったらしい。

 < アーク・セイバー >創設にあたって、別のクランを設立して独立したようだ。< アーク・セイバー >に入らなかった理由は分からないが、このやり取りを見る限りでは、喧嘩別れをしたというわけでもないんだろう。


「君にはそろそろ剣刃を個人戦ランキング一位から引き摺り下ろして欲しいものだ。いい年したおっさんが最強とか言っているのはあまり気分も良くない」

「それはグレンさんの個人的な感情でしょうに。それに、上にはもう一人いるんで、まずはリグレスの奴を抜かさないと」

「剣刃を引き摺り下ろすのはどちらでも構わんが、君だって狙ってはいるんだろう?」

「当然。いつまでもこんな位置にいるつもりはないですよ」

「その意気だ。さっさとロートルは片付けてくれ」


 詳細は良く分からないが、話の内容から察するに迷宮都市の個人戦ランキングの事だろう。

 下級でも冒険者ごと、パーティごとにランキングが存在するのだが、中級ランクになるとそれ以上に細分化される。個人戦ランキングもその細分化されたランキングの一つである。関係ないが、ティリアがやっているパズルゲームのランキングも何故かこの一部だ。

 ロートル剣刃さんは別に勝手に個人戦最強を名乗っているわけではない。専用のランキングがあって、そこで首位だからそう名乗っているのだ。

 そして、この夜光さんは三位、リグレスという人が二位という事なのだろう。そういえば、名前だけなら見たことがある。会った事はないが、リグレスさんは確か< 流星騎士団 >所属のはずだ。

 俺も一応ランキングには載っていて、中級に成り立ての冒険者としては結構高い位置にいるのだが、上にはまだまだ膨大な人数がいる。

 闘技場で行われる個人戦の試合に出場すればランキングに反映され易いらしいので、出場してみるのもいいかもしれない。

 ちなみに、猫耳の順位はすでに抜いた。会った時に下位ランカーとは聞いていたが、あいつのランキングは最下位に近いのだ。


「ところで後ろのは二人は見ない顔……姿ですが、< アーク・セイバー >の新人ですか?」

「顔を出しているほうはそうだな。私の部隊の新人でフィロスという。もう一人はちょっと特殊な事情で参加してもらっているデーモン君だ」

「で、デーモン?」


 あれー、迷宮都市側にもその紹介なの?

 とりあえず声は出さずに握手だけしておく。ゴーウェンのように喋れないキャラで通せば問題ない。

 ……それに、この人とはまたどこかで会う事になるだろう。俺たちが駆け上がっていくなら、その途中にいるはずだ。自己紹介ならその時でもいい。



 夜光さんに付いて来た人たちとも挨拶を済ませ、いよいよ王国軍の本部へと向かう。


「む、私が先に入ってはマズいな。夜光、代表なのだから先に行きたまえ」

「あー、はい。……やり難いな」


 特異な立場だからしょうがないとはいえ、あきらかに格上だからな。気持ちは分かる。


 王国軍本部に使われている建物に入ると、戦争特有というべきなのか、ピリピリとした空気が伝わってくる。直前までの温い空気が嘘のようだ。

 案内役の騎士がフィロスの顔を見ると少しギョっとした表情を見せたが、別段何かが起こるわけでもなく会議室へと通された。

 気になるのは、フィロスを見た時よりも俺を見た時のほうが反応が大きかった事だ。まだ殺気は出してないのに、そんなに怖いのだろうか。


 通された会議室にはすでに先客がいた。格好からして王国貴族。おそらくこの前線でも上位の権限を持つ人だろう。

 太めだが、筋肉質で顔や首など見える範囲には無数の細かい傷がある。その風格は貴族というよりは軍人だ。シミュレーションRPGだったら序盤からいてすごく強いけどほとんど成長しないタイプの人だな。


「ようこそ、王国軍前線司令部へ。……やはり貴様かノスコール」


 ノスコール?

 彼が向いている先はグレンさんだ。……ノスコールってグレンさんの事か?


「これはこれは、ネーゼア辺境伯……いや、軍務卿と御呼びしたほうがいいかな。あなたが代表なら話が早い」

「名簿の中にお前の名前を見つけた時は気が気じゃなかったが、最悪よりは幾分かいい。……ちょ、ちょっと待て、後ろの鎧は誰だ。聞いてないぞ」


 その視線の先にいるのは俺だ。

 思わず振り返ってしまったが、俺の後ろには誰もいない。面識のありそうなフィロスは隣にいるし……え、まさか俺の事なのか?


「いえいえ、リハリトではないのでご安心を。大丈夫です。"彼は"決して暴れたりはしないので」

「ほ、本当だろうな。奴や城落としが出てくるなら、儂はこの前線を放棄して逃げるぞ」

「大丈夫ですよ。どちらも今回は参加していませんから。というか、あなたの本拠地でしょうに、前線指揮官に逃げられても困ります」


 誰だよ、城落とし。何したんだよ。


「それに今回の代表は、私ではなくこちらの夜光です。私はオブザーバーのようなものなので、基本口出しはしません」

「そうなのか……お、おお夜光君、君か。君なら安心だ。宜しくお願いするよ」

「は、はい」


 態度の違いがひどいな。本人も戸惑ってるじゃないか。

 これは……迷宮都市という大枠の括りではなく、< アーク・セイバー >が相当やらかしてるな。


「いや、本当に頼むぞ。ノスコールのような相手ばかりだと、王国は早晩滅亡だからな」

「軍務卿、その勘違いも訂正頂きたいのですが、それよりも前に私はノスコールの名を捨てた身ですので、ただグレンと呼んで頂くようお願い致します。あなたも帝国との間にいらぬ確執は生みたくないでしょう」


 その時、グレンさんがチラリと俺の方を見た。

 ……えー、マジでやるの。知らないよ。

 あまり力を込め過ぎず、適当な圧力を生むようにネーゼア辺境伯を睨みつける。角度的に俺の目は見えないだろうが、威圧は伝わるはずだ。


 殺す、ぶっ殺す、張っ倒す、原型留めないくらい切り刻んでやる……こんな感じかな?


「ひっ! の、ノス……いや、グレン殿、話が違うじゃないかっ!!」


 上手く伝わったようで、ネーゼア辺境伯の強面が恐怖に歪んだ。ものすごく罪悪感がある。


「……なんの事でしょうか。誰も暴れたり、モノを壊したりしていませんが」

「分かった。分かったから!! 訂正する。君たちは間違っていない。無駄に威圧するのはやめてくれ」


 その言葉に合わせて威圧を解くが、やってる事はヤクザだな。脅迫と変わらん。マジでタチが悪い。

 というか、ネーゼア辺境伯は特に何もしてないのに……。夜光さんも呆れた顔して俺を見てるし。……俺もやりたくてやったわけじゃないからね。


「分かって頂けたようでなにより。そもそも助けを求めて来たのはそちらなのですから、少しは下手に出てもらいたいものですね」

「儂、かなり下手に出てるつもりなんだけど」


 ほんとごめんなさい。俺、もう正直帰りたいです。


「ところで他に王国側の参加者の方はいらっしゃらないのでしょうか」

「いらん。お前ら相手に護衛など無意味だし、話の邪魔だ。議事録もそちらが取るんだろ? なら、下の奴らには儂から伝達する。若いのに経験積ませるにしても相手が不適当過ぎるわ」

「左様で」


 どうやら、この辺境伯は迷宮都市との力関係が分かってる人らしい。それはマイナス的な意味だけでなく、下手な事をしなければ不当な事もしないと見込んでいるんだろう。



 完全に無駄にしか見えない脅迫劇を展開したあと、会議は始まった。

 基本的に俺とフィロスは突っ立っているだけだ。他に出席者がいればフィロスの役割もあったのだろうが、辺境伯とは面識がないらしい。なら、この威圧役はフィロスでも良かったんじゃねえ?

 グレンさんは口を出さず、基本は夜光さんと辺境伯だけで話が進む。どちらも慣れているのか、やり取りはスムーズだ。お互いの立ち位置を理解しているから、下手な牽制や見栄の張り合いもない。

 なるほど、こういう場は体験してみないと分からない事も多いから確かに勉強になる。通常の場であればもっと人数も多いだろうし揉めたりするんだろうが、入門編にはいい塩梅だ。

 ……などと、兜のスリットから会議を覗きつつ考えていた。視線だけなら、キョロキョロしててもバレないしね。無駄だと思われたフルフェイスにも意味はあったのだ。


 決まっていく内容は大雑把なものだ。王国軍の分担、その中での王国騎士団の分担、迷宮都市の分担を明確にするのがこの会議の主目的らしい。

 相手側に例の『ロクトル』がいようが、王国軍は自分たちだけでも勝てる。それはお互いの共通認識だ。俺も間違ってないと思う。

 基本的に王国軍は迷宮都市不要派が主流で、今回迷宮都市に援軍要請したのは王都にいる慎重派らしい。


「わざわざ来てもらってこんな事を言うのもなんだが、迷宮都市の軍はいなくても勝てるわけだから、手は借りないという連中が多いのだよ。特に若い兵に多い」

「戦況を見る限り、それはこちらも同感ですね。正論だと思います」


 機嫌を損ねないように慎重になっているように見えるが、ネーゼア辺境伯の意見は言ってみれば『大人しくしていろ』という事だ。

 通常の軍隊であれば、わざわざ呼びつけておいて大人しくしていろ、なんて意見は波紋を呼ぶだろう。大問題だ。

 だが、迷宮都市側としては要請に対して援軍を出したという事実だけがあればいい。武功を上げたいわけでもないので、これは双方の利害が一致している。


「吠えているのは迷宮都市の事を良く知らないアホ共だからな。儂は止めたんだぞ」

「辺境伯はローゼスタ男爵と同様、迷宮都市との交渉に出席する事も多いですからね。存じてますよ」


 アホ共って……。ローゼスタ男爵って人も、迷宮都市の事をロクに知らない連中から突き上げを喰らったりしてるんだろうな。大変だ。


「大人しくするのは構いませんが、ウチの連中の中にも血の気の多い奴はいるので、そういう連中はどこかに混ぜてもらってもいいですかね」

「正直、足並みを揃えられないような兵は困るんだが」


 その意見には同感だ。迷宮都市の人間はアクの強い連中が多い。普段は傭兵として参加しているわけだし、軍人と肩を並べての作戦行動は難しいだろう。

 ……しかし辺境伯さん、何故こちらをチラ見するのでしょうか。俺は周りに合わせるタイプだよ。


「特に激戦が予想される前線を指定してもらえれば結構。あとからのんびり来て、その場を制圧してもらえればいいです。楽でしょう?」

「……表面上の武功に拘る部隊を中心に配置を考えておこう」


 要は、堅そうな拠点を教えてもらえればそこにいる敵は倒しておくから、制圧だけしてくれって事だ。

 拠点制圧の武功はその部隊のもの。楽したい指揮官なら飛びつきそうな話である。お互いの利害を考えるなら無難な意見だろう。


「となると、問題は例の勇者だけですね?」

「ああ、個人戦力でしかない以上、戦術規模で見ればほとんど影響ないようなものだが、細かい被害は避けられん。一応聞きたいが、アレは迷宮都市に所属してる奴ではないのだな? 何かの手違いで向こうに雇われているとか……」

「迷宮都市から遠征に出る冒険者はすべて把握されていますので、それはありません。そもそも登録のない人物ですし」

「……アレは貴公らで対処可能なのか? 実際に相対した身としては信じられんのだが」

「持ち帰った情報から分析した限り、どう大きく見積もって私を超える事はないでしょう。保険もいる事ですし、問題はありません」

「それならいいんだが……ノスコール……グレン殿が出てきたという事は城落としと同等の脅威とみなされたという事か? ほとんど災害ではないか」


 そうだね。城落としが誰か未だ分からないが、それくらいの脅威としては捉えてかかったほうがいい。未知の部分が多い相手だ。慎重になってなり過ぎるという事はない。


「それでは今回はこのあたりで。議事録は後ほどお持ちしますので、確認とサインをお願いします」

「ああ。夜光君なら完全に穴のない議事録を作って儂を虐める事はないと信じているぞ」

「そういうのはあまり得意じゃないんですが、善処します。では、ありがとうございました」


 そう夜光さんが締め、そこそこ平穏に会議も終わる。辺境伯は話の分かる人だったので、マジで最初の威圧は無駄だった。

 グレンさんは個人的に辺境伯と話があるという事でその場に残り、俺たち二人は先に宿舎へ戻る事になる。なんでも、辺境伯がグレンさんに若返りの宝珠をはじめ、美容関連の品を依頼していたらしい。

 値段は言っていないが、迷宮都市内でも若返りの宝珠はそこそこ値の張るものだ。GP以外での購入はかなりハードルが高い。それを外の人間が手に入れるとなると、相当な出費になるだろう。そこら辺の財力はさすが辺境伯といったところか。


「しかし、以前使用してから一年も経ってませんが、奥方は更に若返りたいのですか? それとも辺境伯はそういう趣味がおありで?」

「あー、いや違う。今回のは三番目の妾に強請られてな。まったく、贅沢な」


 そんな事を言っているが、辺境伯の顔はニヤついている。

 きっと、若々しい肉体を蹂躙する妄想が頭を過っているに違いない。良く分かる。しかも三番目の妾とか……死んでしまうといいわ。


「辺境伯とはいえなかなか出せない額でしょうが、精力剤もありますので入用の時は連絡を下さい」

「いやー、グレン君はこういう事には大らかだから助かる。窓口になってくれる者が少なくてな」

「夜光もそういう融通は利きませんからね。……私に振ってくるあたり、エルミアにちょん切られそうになった経験が活きているようで何より」

「……その話はやめたまえ。今でも夢に見るんだ」


 この辺境伯さん、色々大変な目に遭ってるんだな。




-5-




「よお、士官用の宿舎から出てくるとは、スラム上がりの貧民が随分と偉くなったもんじゃないか」


 夜光さんとも別れ、宿舎に戻るか、それとも散策でもしようかと話してると、不意に後ろから声をかけられた。

 口ぶりからして王国騎士団の奴だろう。嫌味ったらしい口調だ。フィロスの姿を見かけて、因縁を吹っかけるために声をかけてきたというところだろうか。遭遇するんじゃないかとは思っていたが、予想よりも早い。……相手をするのが面倒だな。

 振り返ってみれば、そこに立っているのは爽やかな好青年だ。こんな奴があんな馬鹿にした事を言うとは、人は見た目によらないものだ。


「ジェイル……」


 どうやらこいつはジェイルというらしい。

 さて……俺も相手はしたくない輩のようだし、さっきと同じ要領で追い払おうか。


「君は物真似が上手くなったな。リディンの嫌味ったらしい口調そっくりだ」

「お前がいた時は散々聞かされた台詞だからな。……って、うお! なんだその鎧」

「あー、つ……デーモン、彼は僕の友人だから威圧しなくていいよ。さっきのはただの真似だから」


 そうだったのか。悪い事をしたな。つい、殺すつもりで睨んでしまった。

 話しぶりからすると、こいつは以前フィロスが話していた騎士団の中で唯一交流があったという奴か。


「……悪いね、ジェイル」

「お、おっかねえ奴だな。腰が抜けるかと思った……お前の今の同僚か何かか?」

「あー、迷宮都市の友人だよ。今は訳あってこんな格好してるけど、普段はもっと軽いノリだから」

「本当かよ……」

「ソウダ、オレ、イイ奴」

「あまり見かけで判断しちゃいけないんだろうが、とてもそうは思えないな」


 そりゃ、虫の鳴くような声に変換されてるしな。喋ってる俺自身ですら不快だし。


「しかし、どうしてここに僕がいるって分かったんだい? 会議やってた建物にはいなかったよね」

「あそこは士官か少数同行している近衛しか入れない。前々から迷宮都市から援軍が来るって事は噂になってたからな。ひょっとしたらって、公開された名簿見たらお前の名前があるじゃないか」


 名簿……あれって王国軍の武官にも公開されてるのか。やっぱり、俺の名前は王国側にもデーモンで認知されるって事なの?


「着任してすぐなら忙しいだろうが、落ち着いたら酒でも飲もうぜって誘いに来たんだ……って、お前は飲めないな。模擬戦でもするか」

「君は本当に模擬戦が好きだな。そこは食事か何かじゃないのかい?」


 食事はともかく、模擬戦はやめておいたほうがいいと思うけどな。俺と会った時のフィロスと比べても数倍強くなってるぞ。いや数十倍?


「なんだよ、迷宮都市には模擬戦しちゃいけないルールでもあるのか? こう見えても、この半年で俺も強くなったんだぞ」

「そんなルールはないけど……まあ、いいか。ちょうど今から暇だから、どこか……宿舎に広場があったっけ?」

「アッタナ」

「じゃあ、そこにしようか。つ……デーモンもやってみるかい? ジェイルは僕がいた当時ナンバー2の腕前だったんだ」


 ほう。それはちょっと興味があるな。

 二番手って事は少なくとも迷宮都市に来る直前のフィロスと競えるレベルって事だ。さすがに今は勝負にならないだろうが、外の実力者を測る指標程度にはなる。


「今からか……俺は構わないが。えっと……彼はひょっとして、フィロスと同じくらい強かったりするのか?」


 どうやら、ジェイルさんの中ではフィロス……それも迷宮都市に来る前のフィロスが最上級の強者扱いらしい。

 ……なるほど、フィロスの魂胆が読めたぞ。この勘違いさんで遊ぼうというわけだな。なんてひどい奴なんだ。


「はは、そんなはずないだろ」

「そ、そうだよな。いくらそんなゴツイ格好してるからって、お前みたいなのがゴロゴロしてるわけないか。……なら、俺といい勝負になるかもしれないな」

「僕より強いよ。……この前、一発で全身の骨をバラバラにされた」

「ソウダナ」


 嘘は言っていない。あの時の容態は知らないが、実際骨をバラバラにした感触はあった。


「……じょ、冗談だろ。や、やっぱり止めておこうか……そうだ、食事、この街にいい飯屋あるんだ。軍票も使えるところだから、おごるよ」

「じゃあ、それは模擬戦のあとにしようか。さ、行こうかデーモン」

「タノシミダ」

「お、おい、お前そんな奴だったっけっ!? ちょっと待ってっ、バラバラは嫌だっ!!」


 嫌がるジェイル氏を引き摺るようにして宿舎に戻る。やっている事はほとんど拉致である。

 出会った頃のフィロスならこんな事はしないんだろうが、この半年で色々な事があったからな。きっとユキさんあたりの影響が大きいに違いない。

 大体、そっちから振った話なんだから諦めなさい。バラバラにはしないから安心するといいよ。




 宿舎の中庭に用意された広場。元は何かの建物があったらしいが、占拠された際に廃墟にされたらしく、今は更地になっている。

 それでも俺たちが模擬戦をやるには多少狭いが、相手が相手だし問題はないだろう。ちょうど良く他の利用者もいないし。


「さて、どっちからやる?」

「えーと、俺、見学じゃ駄目かな」

「何言ってるんだ。ジェイルは確定だろ。旧交を深めに来たんじゃないのか?」

「ナラ、オレガヤロウ」


 怯えるジェイル氏を追い詰めるように名乗りを上げた。彼はすでに顔面蒼白である。

 彼の前でアピールするように、今回のために鎧とセットで借りた両手斧< 鬼面斧 >を振る。そりゃもうブンブン振る。


「ちょ、ちょっと待てっ! なんだその化物みたいな斧。どっから取り出した!?」


 そりゃあ《 アイテム・ボックス 》から《 瞬装 》で出しました。メッセージも出力されたが、仕様上あちらには見えていないはずだ。

 デザインは厳ついしゴツイけど、性能的には大した事はないので安心するといい。

 その凶悪さはデザインも然ることながら大きさにも現れている。いつかの< ミノタウロス・アックス >より若干小さい程度の柱のような斧が木の棒のように振り回されているのだ。一般人なら、巻き起こされた風を感じるだけで恐怖を覚えるに違いない。


「な、なあフィロス、あんなの当たったら本当にバラバラになっちまうんだが、どうしよう」

「避ければいいと思うよ。大丈夫、当たらなければ死なないから」

「当たれば死ぬって事だよなっ!?」

「……ジェイルは頑丈だから大丈夫じゃないかな?」


 友人相手にひどい言い草である。避けられるなら苦労はないのだ。


「それに彼の得意武器は斧じゃないから。むしろ苦手なんじゃないかな。だよね?」

「ソウ、ハンデダ」

「え、そんなブンブン振り回してるのに?」

「斧しか使わないつ……デーモン相手なら、僕でもなんとかなりそうだね」

「ソウダナ」

「本気で言ってるのか……?」


 いや、実際斧じゃ勝てないんじゃないかな。専用のアクションスキルも持ってないし。重量武器技の《 ウエポン・ブレイク 》なら使えるが、決定打にはならないだろう。


「何故俺はこんな死地に立たされてるんだ……」


 俺と相対して剣を構えるジェイルは全身が震え、剣の位置すら定まっていない。

 そのブレはトカゲのおっさんが本気になった時に使う幻惑系の剣技に見えない事もないが、そんなはずもない。ただ震えてるだけだ。


 その後、普段使用されない宿舎の広場に断末魔が何度も響き渡った。

 最初こそビビらせるようにジェイルの脇に斧を振り下ろして地面を割ったりしたが、その後は普通である。基本俺たちは受け身で、ほとんど自暴自棄になったジェイルの攻撃を捌くだけの訓練になった。

 片手剣の斬撃よりも早く動く俺の巨大斧に現実逃避しかかっていたが、多少慣れてしまえばある程度は形になった。これが、ナンバー2の実力というやつなのだろう。



「迷宮都市こえー、すげーこえー……。間違っても敵対しねー」


 ジェイル氏は憔悴仕切っていた。食堂に来てもうわ言のように怖い怖い言い続けている。

 当然の如く俺もフィロスも手加減したし、怪我といえば斧を剣で受けて両腕に罅が入った程度なのだが、それでも衝撃的だったようだ。

 これで分かって頂けただろうか。迷宮都市は怖いところである。俺だけが怖いわけではない。


「大体予想はしてたけど、こんなもんかな。自分の成長具合が確認できたよ」

「ソウダナ。イイ目安二ナッタ」


 フィロスは予想通りと言っているが、実のところ俺は予想外だった。

 はっきり言って王国騎士団の実力は大した事がない。今の俺でなく、迷宮都市に行く前の俺と比較しても弱い。

 ジェイルがナンバー2……今はナンバー1なのかもしれないが、それを基準に考えると騎士団の連中では大半がトライアルを突破できないだろう。攻略には年単位の時間が必要になりそうだ。


「とんでもねえな、やっぱりアレか? お前ら、迷宮都市の中でもかなり強い方だったりするのか? 会議にも参加してたし……期待の新人エースとか」

「はは、面白い冗談だね」

「すまん、どっちの意味で捉えたらいいか分からん」


 俺やフィロスが迷宮都市で強いってのはないだろう。いつかはそうなるとしても、今は発展途上もいいところだ。

 大体、さっきはスキルも魔術もなしに武器を振っていただけなのだ。あれで迷宮都市の実力を測ろうとしても無理がある。


「そりゃ騎士団にいた頃よりは強くなったけど、僕らはこの遠征に参加できるギリギリのラインかな」

「……まさか、この食堂にいる奴全員がお前らより強いのか?」


 迷宮都市の宿舎なのだから当然だが、見渡してみれば周りは冒険者だらけだ。

 今回の遠征は参加資格の最低ラインが中級冒険者なのだから、強さはともかくランクとしては基本的に上しかいないだろう。同期で中級に上がった連中は、今頃無限回廊の三十一層で四苦八苦してるはずだ。


「それぞれ役割があるから一概には言えないけど、極端に弱い人はいないと思うよ。たとえばあそこで帳簿を睨みながら食事してる女性は本職じゃなく事務員だけど、僕らより遙かに強い」

「……どうなってんだ」


 フィロスが言っているのは、食堂の片隅で書類の束と睨めっこをしている受付嬢さんだ。交流戦で複数の中級冒険者を一蹴するくらいだから、俺たちより強いのは確かだろう。帳簿を見るその目付きは険しいが、何か問題でもあったのだろうか。


「フィロスとえらい差を付けられちまった。……俺も迷宮都市にいれば強くなれたりするのかな」

「君の場合、僕と違って立場ってものがあるだろ? 近衛になる道もあるだろうし、そもそも伯爵家の次男ってどこかの大貴族に婿入りしたりするものじゃないかい?」

「あー、伯爵っていってもウチはちょっと特殊だからな。派閥内でも進んで血縁関係結びたがる奴はいないだろう」


 伯爵家の人にしては随分とざっくばらんな話し方をする人だよな。フィロスより気さくだ。


「兄貴が家督を継ぐのはほぼ確定だし、今の状況で新しく分家を作るわけにもいかない。俺はどこかの婿に入るしかなさそうなんだが、ウチの問題を考えるとな」

「ああ……そういえば、そんな噂もあったね。そんなにひどいのかい?」

「ひどいな。何がひどいって、噂よりひどいのがひどい」


 実家が大きな問題でも抱えてるんだろうか。伯爵なんて、血縁関係を結びたい家はいくらでもありそうなものだが。

 貴族の婚姻にはあまり関係ないかもしれないが、顔だっていいし、話し易い。さぞかしモテるだろう。


「ナニカ問題デモアルノカ?」

「君も王都にいたなら噂くらいは聞いた事があるかもしれないけど、彼の父親の趣味がね」

「ちょっと待て。……そのなんだっけ……デーモンさんは王都出身なのか?」


 デーモンさんって……。


「年下ダカラ、敬称ハイラナイゾ」

「と、年下? まさか、フィロスと同じくらいなのか?」

「僕より下だよ。会ってから半年経つけど、もう十六にはなったのかな?」

「マダ十五歳ダ」


 迷宮都市の暦なら二月だから、まだ先の話だ。……誕生日が遠いな。あと五回くらいさっさと過ぎないかしら。


「十五……さい?」


 歳相応に見られた事はないから今更だが、この反応の大部分は甲冑のせいだろう。


「そろそろ、兜くらい脱いだらどうだい? 食事もできないだろ」

「コレ、一人ダト脱ゲナインダ」


 さっきから何度か試しているのだが、金具が変な場所にあって手が届かないのだ。着る時はグレンさんとフィロスに手伝ってもらったから気づかなかった。


「《 瞬装 》使えばいいだろ」

「ア、ソウカ」


 あんまり防具の類を切り替える事がないから完全に忘れてた。グレンさんも言ってたじゃないか。

 まだデーモンの存在自体が浸透していないわけだから、ここで脱いでも影響は少ないだろう。

 《 瞬装 》で甲冑をしまい、普段着になるとまたしてもジェイルの顔が引き攣った。


「ど、どうやったんだ……いや、今更か……十五歳には見えないが意外と普通の顔してるんだな。……というか、人間だったんだな」


 失礼な。


「はじめまして、でいいのかな? 渡辺綱だ。名前はツナのほうな」

「声も違うし……デーモンじゃないのか?」

「忘れてくれ。アレは別人だと思ってくれると助かる」


 あれは謎の甲冑戦士デーモンであって渡辺綱ではないのである。

 制服やスーツなどの仕事着、あるいはコスプレでもいいが、服装でテンションが変わるのと同じで影響を受けていたと思う。実際に体感した身としては、テンションどころか性格すら影響を受けていたんじゃないだろうかって感じだ。

 サージェスやニンジンさんも……多分、メイド服着てたユキも同じなのだ。そりゃご主人様とか言っちゃうだろう。コスプレは偉大なのである。


「で、ジェイルの家の問題ってなんだ?」

「ああ、その話だったな……あまり大っぴらに言いたい事でもないんだが、俺の父親は有名な男色家なんだ」

「グローデル伯爵って結構有名な人なんだよ」

「そ、そうなのか……」


 あれー。なんか、すごく聞いた事のあるお名前ですね。その人、最近新しい男娼を買いませんでした? 具体的には五月末くらいに。


「やっぱりそういう反応だよな。貴族の間でもあの悪癖は有名で、被害に遭った人もいるんだ。だから敬遠される。……最近は少し大人しくなって、貴族には手を出さないようになったが、それでも平民には手を出すからな。相手が逆らえるわけないからタチが悪い」

「だ、男色家なのに息子いるんだな」

「養子ってわけじゃないぞ。どっちもイケるってだけだ。本人は男の方が好きらしいが」


 あの人、子供いるのに男に手を出してるのかよ。とんでもねえな。


「……ん? こうして見ると、デーモン……じゃない、ツナの顔、見た事ある気がするな。どこかで会った事ないか?」

「お、王都に住んでたから、擦れ違ったりする事もあるんじゃないか?」


 決して、あんたの親父が買って来た男娼の弟なんかじゃありませんことよ。


「君の働いてた酒場はスラム脇だから、貴族が近寄る事はなさそうだけど」


 フィロスさん、いらん事言わんでもよろしい。というか、オカマ伯爵は来たし。


「良くある顔だからな……お、飯来たぞ。腹減ったから早く食おうぜ」

「ツナ、何か誤魔化してないかい?」

「誤魔化してないよ」


 その後、ジェイルの反応を眺めながら迷宮都市製の食事に舌鼓を打つ。迷宮都市の誰かの案内がなければこの宿舎での食事はできないので、ジェイルは第一号との事だ。

 出てきた料理はパンとスープ、サラダに魚のフライという極めてシンプルな物だ。やはり迷宮都市内で食べるよりは内容も質も落ちるが、ここは前線だしこんなものだろう。


「なんだこの豪華な飯は……ひょっとして、俺王国軍の所属だから歓迎されてるのか?」


 それでもジェイルの舌には驚愕だったらしい。


「……周り見れば分かると思うけど、みんな同じもの食べてるよ」

「これが普通なのか……水すら美味い。……俺たちの宿舎で出る水は少し濁ってるのに……コップが透明だし」


 魔術か魔道具か知らんが、水くらいどうとでもなるからな。迷宮都市の場合、現地の濾過水でなくわざわざ持ってきててもおかしくない。

 コップも……外だと木製や陶器、高級品でも銀だから、透明なガラス製の物は驚愕だろう。……ガラスの存在を知らないかもな。


「やべえ、なんだコレ美味すぎる。……明日から宿舎で飯食うの憂鬱なんだけど、こっちに食いに来てもいいかな?」

「やめておいたほうがいいよ」

「なんでだよ、やっぱりアレか、高いのか? 現金はないから、軍票で良ければいくらでも出すが。なんならツケでも……」

「ここはタダだからそういうわけじゃないよ……元の生活に戻れなくなるって事さ」


 フィロスさんは意外に非情である。でも、正しいと思う。俺も濁った水とか飲みたくないし。

 翌日の事だが、ジェイルは自分の所の宿舎で麦粥を食いながら、あまりの不味さに泣きそうになったそうだ。




-6-




 その夜。何もする事がなかったので、宿舎の屋上で星と夜景を眺めていた。

 この宿舎よりも高い建物は遠くに見える領主館くらいしかないので、一望とはいかないまでも街のおおよそは見渡せる。それでも、あまり景観は良くない。

 巨人の身長も考慮されて造られた迷宮都市の建物と違い、この建物は人間サイズだから自然と小さくなる。そもそも外の建築技術的に高層の建物を建てるのは難しいだろう。

 生活の灯も少ない。王国軍が使用している建物周辺を覗くと、ほとんどが真っ暗だ。名所っぽい何かがあるわけでもないし、観光地にはなりそうもないな。

 田舎の星は良く見える、なんて前世では言っていたが、迷宮都市は大気汚染されていないので大した違いはない。人工の光の有無くらいだな。


「こんなところにいたんですか」


 誰かが屋上に出てきたのは感じていたが、ウチのマネージャーだったらしい。振り返ると見慣れたお下げとメガネの姿があった。


「まだ残ってたのか。仕事は終わったから帰るとか言ってなかったか?」

「最後の便が十二時頃に出るので、それに乗って帰ります。一応帰る前に挨拶しておこうと思いまして」


 深夜に馬車を出すのかよ。転送ゲートを隠蔽する目的もあるんだろうが、常識外れだな。


「深夜発なら、話に付き合ってくれると助かるな。暇やねん」

「……遠征軍は今、部隊ごとにミーティング中のはずですが?」

「分かってるんだろ? 俺たちは別枠だ」

「左様で」


 分かっていたのだろう。俺の回答を聞いてもククルに動揺は見られない。

 ここに来ているのも偶然じゃなく、怪しい俺の行動を確認するためといったところじゃないだろうか。ユキとかには伝えてありそう。

 ちなみに我らが部隊長のグレンさんは辺境伯と酒を飲んでいる。酔っても魔術で治せるらしいので、緊急事態があっても大丈夫らしい。あの人、全然真面目じゃないよ。


「渡辺さん自身の事ですから無理に聞くつもりはありませんが、仮とはいえマネージャーなんですから少しは頼ってもらえるとありがたいです」

「悪いな。そんなつもりじゃないんだ。ちゃんと頼りにしてるよ」

「……何か危ない事でもする気ですか?」

「あー、そう見えるのか……いや、危なくはないだろ。今回のこれはお勉強に近い。実際、俺がいなくても問題ないんだ」


 何か勘違いをさせてしまったようだ。

 ここまでの流れをククル視点で見てみれば、確かに怪しい事この上ない。やってる事はギルドでやっている講習の出張版みたいなものなのに。


「そうだったんですか。てっきり、危ない仕事を強制されてるのかと思ってました」

「ないない」


 死ぬ可能性があるのは確かだが、それは他の遠征参加者だって同じだ。

 前線に出るわけでもなし、後ろにはグレンさんやダンジョンマスターまで控えてる。むしろ死亡リスクは低いだろう。例の勇者だって、戦闘になるかどうかすら怪しいのだ。


「王国軍との会議に出たり、そういった経験をさせておきたかったんじゃないか? あとは、夜光さんみたいな人との顔合わせとか」


 顔は合わせてないけどな。


「< 月華 >の夜光さんですか。そういえば、今回の代表でしたね」

「やっぱり職員としては、そういう人の情報は把握してるのか?」

「それは当然です。むしろ、夜光さんのような上位ランカーなら知らないほうがおかしいですよ。渡辺さんのように超速度でランクアップするような人でもなければ、冒険者でも知らない人はいないでしょう。一般人だって普通は知ってます」


 公開されていても上位の冒険者の情報はほとんど持ってないな。実際に会った事のある人や本当の上澄みしか知らないくらいだ。クランだって、< アーク・セイバー >と< 流星騎士団 >より下のランクはほとんど覚えていない状態である。

 不勉強だってのは分かってるが、状況の移り変わりが早過ぎてどうしても後回しになってしまう。自分の能力に関わるスキルや攻略情報が優先だ。

 空き時間はあるわけだから、その時間を情報収集に当ててないのは怠慢だ、と言われれば言い返せないのだが。

 ……生活には潤いが必要なのだよ。今、《 アイテム・ボックス 》に大量に詰め込まれたエロ本とティッシュもその潤いである。


「渡辺さんたちの場合、ランクアップのスピードがスピードですからね。仕方ないとは思います。ただ、クラン同士横の繋がりも必要ですから、今後そういった情報も必要になってくるでしょう。今度、まとめておきますので、それを使ってお勉強ですね」

「そうだな。……頑張るか」


 今まで機会がなかったから手を出してなかっただけで、特に勉強が嫌いというわけでもない。

 クラン代表になるわけだし、しょうがないよな。無知な代表ってのも格好悪いだろう。


「直近で関わってくる情報だと、たとえば夜光さんってどんな人なんだ? 情報はもらったけど、いまいち掴めない人でさ」

「そうですね……夜光さんは生粋の戦闘狂としてとても有名な方です」

「は?」


 あの人が? 真面目そうで、全然そんな感じじゃなかったけど。


「< 血狂い >の二つ名は伊達じゃありません。特に人を斬る事が大好きで、闘技場でも彼とマッチングされると逃げ出す人もいるくらいですね。ギルドとしては要注意の一歩手前の扱いです」

「マジかよ……」


 会った時に感じた血臭は間違いでもないって事か。戦闘に入ると豹変するタイプの人なのかしら。


「つまり、渡辺さんに似たタイプですね」

「おいコラ」

「ふふっ。でもそう感じてる人も多いでしょうし、あながち間違いでもありませんよ。渡辺さんも< 侍 >のクラスも取得した事ですから、一通り彼の動画を用意しておきましょう。戦闘スタイルに差はありますが、参考になると思います」


 これまでも何回か動画を用意してもらった事があるが、オーガ対策もワイバーン対策もククルが用意してくれた物は的確だった。

 まさか、公開されているすべての動画に目を通してるわけでもないんだろうが、ウチのマネージャーはほんと有能である。


「ちなみにどんな戦い方をする人なんだ?」

「得意とする戦闘方法はかなりトリッキーですね。刀による近接戦闘は見たままなんですが、呪術によるデバフと状態異常でジワジワと相手の戦闘力を削り取りながら長期戦に持ち込むタイプです。真偽は不明ですが、短時間で仕留める能力がないわけではなく、長く切り刻むために引き伸ばしをしているとも言われていたり……」

「あ、あんまり相手にしたくない人なんだな」


 実にタチが悪い。死なないように、ゼロブレイクならHPが0にならないよう、うまーく切り刻まれるわけか。


「一方、パーティ戦闘の評価はそれほどでもないですね。総合ランクもあまり高くないですし、< 月華 >もクランとしては準一線級と言われます」

「個人戦特化って事か?」

「そうですね。あくまで一流の中ではという評価なので十分活躍はしてる方だと思いますが、< 流星騎士団 >のリグレスさんに比べるとどうしても総合力での評価が辛くなります」


 本人はどう思ってるんだろうな。

 個人戦特化といっても、強くなるためにはどうしても無限回廊の先に行く必要があるわけで、そのためにはパーティ、クランとしての総合力が必要になる。比較対象のリグレスさんが所属する< 流星騎士団 >が最前線にいる事に対して焦りはないんだろうか。


「渡辺さんが本気で上を目指すなら、確実に途中で越えなければいけない壁の一つですね。いつか比べられる日も来るでしょう」

「……だろうな。いや、その前にもたくさんいるだろうけど」

「それは確かに」


 別に敵対してるわけでもないが、超えるハードルがいるのはいい事だ。上にはたくさん目標がいるが、どう超えるか悩む事はあっても、それが多くて困る事はない。


「渡辺さんには誰か最終的な目標はいるんですか? 近い戦闘スタイルとなるとやっぱりダダカさんですかね?」

「ダンマス」

「だ、ダンジョンマスターですか……。私は良く知りませんが、大きく出ましたね」


 普通の冒険者なら現在のトップクランの人を目指すんだろう。当面のって意味だと、俺ならククルの言うようにダダカさん、ユキなら……剣刃さんあたりだろうか。

 だが、それを最終目標にしてはいけないってトライアルの時点から言われてる事だ。目標は高く、でっかく、霞んで見えないようなものでもそこにある事が分かっているのなら、それを目指すべきだ。


「まだまだ足元も見えない状況だが、追いつかないとな。あっちもそれを望んでるわけだし」

「……頻繁に会っているのは知ってましたけど、ひょっとしてダンジョンマスターと戦った事があるんですか?」


 この反応だと、やはりダンマスの戦闘記録は少ないんだろう。非公式なら多いんだろうが、表の場に出てない以上、記録には残らない。

 ダダカさんはやり合った事があるとは言っていたが、それだって何かのボーナスだ。


「……戦いにはなってない。普通に対峙しただけで失神しかけて、ボディブローで胴体バラバラにされただけだ」

「全然状況が分かりませんが……そうですか」


 一発殴らせてももらったが、あれは戦いとは言わないだろう。

 ただ、近い目標として設定するならともかく、最終目標として設定するなら今のところあの人以上はいない。戦闘能力だけ見るなら、無限回廊一〇〇〇層以上の実力って事なんだから。

 果てしない道だが、一つずつクリアしていけば、いつか足元は見えてくるはずだ。限りある人生ならともかく、俺たちは時間だって有り余っている。


「前にトカゲのおっさん……< ウォー・アームズ >のグワルさんから言われた事でもあるんだ。他にもいろんな人から聞いている」

「目標の話ですか?」

「そうだ。迷宮都市の冒険者……特に冒険者学校出身者は目標を低く見積もり過ぎだってさ」

「……実に耳が痛い話ですね」


 ククルはもう冒険者を諦めて別の道を歩んでいるわけだが、それでも思うところはあるのだろう。


「内側にいるとあまりに見えてこないものなんですが、それはいろんなところで言われてる話で、雑誌などの冒険者評としても定説になりつつある話です。ディルク先輩が渡辺さんのクランに入ると聞いた時もその話を思い出しましたが、今なら先輩が他の生徒をひどく冷めた目で見ていた理由も分かります」


 ラディーネと議論してたくらいだから、あいつも思うところはあったんだろう。セラフィーナは別としても、学校の生徒や下級冒険者であいつと張り合えるような奴は少ないだろうし。


「私個人としては< アーク・セイバー >や< 流星騎士団 >を目標にするのはいいと思うんです。……ただ、その目標は時間が経つごとに、自分の実力と重ねられて矮小化していくんですよね」

「自分の実力に折り合いをつけていくって事か?」

「良く言えばそうです。……最近の話ですが、以前私とパーティを組んでいたメンバーと食事した時、彼らが目標に掲げていたのは一年以内に中級ランクに上がる事でした。それは冒険者として現実的なラインではあるんですが、……彼らはデビュー直後にも一年以内に中級に上がる事を目標だと言っていたんです」


 なんか一年後も同じ事を言ってそうだな。受験みたいに、昇格のチャンスが一年に一度しかないなら分からないでもないが。


「実際、デビューから一年で中級に上がる事は不可能でないにせよ困難です。困難な事だから、普通とは違う事をしないとその目標を達成できるはずがない。……でも、特別何かをしたというわけでもないんですよね。サボっていたわけではありませんが、彼らは極普通の冒険者がやる事をやっていました。それじゃ、目標に届くはずがない」


 だから、逆に目標を自分に合わせていくと。


「外から見てみると、何かできる事があったんじゃないかって思うんです。……いえ、実際あったんです。でも、彼らはやらなかった。多分気付いてもいなかった。きっと私もあの中にいたら同じ行動を取ったでしょう。……いえ、もっとひどいですね。何せ、ずっとグルグルと第十層までの攻略を繰り返してたんですから」

「離れて初めて分かったって事か?」

「……そうですね。結局、私たちは視野が狭いんです。近くしか見えていない。グワルさんの言う事は正しいです」


 おっさんと< ウォー・アームズ >を見ると、もっと深刻なんだよな。多分、アレが普通の冒険者の行き着く先なんだろう。


「だから、渡辺さんたちはすごいと思うんです。さっき言った目標も、なんとかしてしまう気がする」

「それは買い被り過ぎだ」


 今の俺は、素直にそれを称賛と受け止められない。その印象は例のギフトが影響しているはずだ。俺自身の印象だけじゃなく、どこかで捻じ曲げられたものだ。


「そうでしょうか。……あの新人戦を見て……それだけじゃないですね。これまでのあなたたちの姿を見て目標を上方修正した人は多いはずです。……もっと先を目指そうと思った人はいます」

「実に運命的だよな。都合がいい出来事が重なってる」

「最速記録の連続更新はタイミング、偶然が味方した部分も大きいですけど、成し遂げたのは渡辺さん自身なんですからそれは誇るべきです」


 自分で言って皮肉染みた言葉だと思ったが、何も知らないククルから返って来たのは予想外の、でも極当たり前の言葉だった。


「…………」

「どうしました?」


 ……それはきっと、何気なくとも大切な言葉で……。


『そんな事は関係ない。実際に戦っているのは君だ。苦しんでるのも君だ』


 ……いつか、フィロスに言われた言葉が重なった気がした。


「……ああ、そうだな。悪い、ちょっと勘違いしてたわ。俺の影響がまるっきりないなんて、そんなはずないよな」

「そうですよ。あなたは私たちのリーダーなんですから、胸を張って下さい」

「はは、分かったよ」


 まったく関係ない話から気付かされた。

 視野狭窄になっていたのは俺のほうだ。大切な事のはずなのに、あの時フィロスが伝えたかった事を完全に理解していなかった。

 たとえ御膳立てされたものだろうが捻じ曲げられたものだろうが、実際に戦っているのは俺で苦しんでるのも俺、そして結果を出したのも俺なんだからその事実まで否定する事はない。

 死に物狂いで戦ったのは間違いなく俺なんだから、みんなのリーダーとして前に立つ俺がそれを誇れないでどうするって話だ。


「じゃあ、その目標に向かって最短距離を突き進むとしようか。マネージャー、クラン設立の最速記録狙うから、迷宮都市に帰ったらプラン作ってくれ」


 今度は流されるだけじゃない。自分からレールを走りに行ってやろう。

 たとえ同じレールの上だろうが、巡航速度100キロのところを300キロ出して疾走すれば相手も予想外だろうさ。


「いいですね。ちょっと楽しくなってきました。……でも、この遠征もちゃんと無事に終わらせて下さいよ」

「それは……大丈夫じゃねえ?」


 何か起きる要素は今のところ皆無だ。前線にも出ないわけだし、このまま何もしないで終了というパターンすら有り得る。せいぜいジェイルで遊ぶくらいだろう。


「分からないですよ。渡辺さんの周りはイベント発生率が桁違いですから。何も関係ないところからドラゴンが襲来してきても納得してしまいそうです」




 俺の場合洒落にならないんだから、妙なフラグ立てんなや、マネージャー。



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