第7話「■■の■■」




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 ダンマスの言う別件とやらのため、グレンさんとついでに赤い野菜は先に帰る事になった。俺たちがここまで乗って来た車で帰るトマトさんは、メイドさんと共に退出済だ。

 もう一人のグレンさんはというと、自分の車で来ているらしい。良く考えなくてもトップクランのクランマスターなのだから金持ちなのだろう。イメージ的にアメ車のような大型車が似合いそうだ。アーシャさんのような趣味の悪い車でない事を祈る。


「確認しておきたいのだが、今回の話、渡辺君は参加するという認識でいいのかな」

「はい。……というか、こういうのって断るのはマズかったりしないですかね?」


 チラリとダンマスを見ると、今更散らばったトランプを片付けていた。

 ……あんな微妙に情けない雰囲気でも、迷宮都市で一番偉いのだ。その人の依頼を断る事は自らの首を絞める事に繋がらないだろうか。

 会食以来言葉遣いも適当になってしまったし、多少無礼な事をしてもダンマスは気にしていないようだが、今回のこれはちゃんとした依頼で真面目な話だ。世界間転送術の話をした時のダンマスの顔を思い出すと、そういう判断が付かない。

 特に断る理由がない以上、ここは受けておくべきだろう。ユキと違って、俺は遠征が嫌ってわけでもないし。


「そういった事を気にする必要はないと思うがね。ダンジョンマスターは条件が揃っていたから声をかけただけで、強制する気もないだろう。フィロスは配属直後とはいえ私の部隊だから、王国騎士団との繋ぎ役として頑張ってもらうつもりだが」


 その台詞にフィロスは露骨に嫌な顔をしたが、反対するつもりもないらしい。組織の下っ端は大変やな。


「実際のところ、作戦は私だけでも問題なく完遂できる。懸念されるのは転移者の実力だが、これまでの情報から判断する限りせいぜい上級下位程度だ。武装がある前提なら多少は警戒も必要だろうが、外で使われるような武器相手なら同格だろうと波乱は起きんだろう」

「自前の装備を隠し持っているという可能性は?」

「……ないだろうな。以前聞いた話だが、ダンジョンマスターを呼び出した物と同じ術式なら、何も持たずに召喚されるはずだ。全裸で呼ばれたと言っていたよ」


 ダンマスは全裸召喚されたのか。

 ひどい話だよな。いきなり同意もなしに召喚という名の拉致。持ち物は何もなし。しかも帰れないってキレてもおかしくない。

 今回の転移者も同じなら、そんな状況で戦争の手駒にされてるのか。洒落になってない転落人生だ。


「それに、万が一私で対応できない相手でも、ダンジョンマスターがいるしな」

「グレンさんはダンマスがどれくらい強いか知ってるんですか?」

「理解できない強さ、というのが正直なところだな。逆立ちしたって勝てないだろうさ」


 ダダカさんの意見と変わらないか。

 グレンさんが追い詰められるような状況なら、ダンマスの出番。そこに今の俺がいてもまだまだ戦力にはならない。ただの人手、雑用と考えても必要かどうか。


「まあ、せっかくだし社会勉強と思いたまえ。外の戦場を経験しておくのも悪くないし、王国の士官と会う機会もあるだろう。無駄にはならんさ」


 軍の士官って事は間違いなく貴族だ。それもおそらく上級の。

 正直、貴族と会うのが一番憂鬱だ。どうしても良いイメージがない。酒場で働いてた時に聞こえてくる貴族の噂話はどれもロクなもんじゃなかった。

 兄貴を買っていったあのオカマ貴族なら気易いし、会話も成立しそうだが……。いや、オカマになった兄貴を引き連れてたりしたら嫌だな。全裸で首輪付けられて散歩させられてたりしたら、さすがに不憫で泣いてしまうかも。


「俺、貴族相手の礼儀作法とか知らないんですが、気休めでも今からギルドの講習を受けたほうがいいですかね?」

「いらんだろう。どうしても気になるようなら、ウチのリハリトのように喋らなければいい。あいつは面倒な事があると、なんでも無言で無理矢理押し通すという荒業を使う。……そうだな、あいつに威圧感のある全身甲冑でも借りて行くというのはどうだろうか。常時殺気を放っていれば話しかけてもこないだろうしな」


 ウチのマネージャーと同じ事を言ってらっしゃる。本人は至極当たり前の事を言っているつもりの様にも見えるし、真面目そうな人だと思ったのだが案外そうでもないのか? それとも、まさかアメリカン・ジョーク的な話なんだろうか。……どうしよう、笑えばいいのかな。


「団長、ツナにはあとで僕のほうから一通り教えておきますから」

「む、そうか、すまんな」


 フィロスはこの場を閉めたいようだ。その表情を見る限り、お互いの常識の乖離を埋めるのが面倒なようにも思える。グレンさんは< アーク・セイバー >随一の常識人と聞いていたが、意外と外の常識は持っていないのかもしれない。




 そんなグレンさんを見送り、その場にはフィロスと俺が残された。


「団長が言っている事も、あながち間違いじゃないんだけどね。それは外の一般的な常識とは乖離しているものだから」

「お前、説明するのが面倒臭かったんじゃないか?」

「そ、そんな事はないけどね。……僕も正直なところ、ギャップに戸惑ってるんだ。迷宮都市の側に立つと理不尽な事でもパワープレイが成立してしまうからタチが悪い」


 騎士団側にいた事がある身としては、余計にそう感じてしまうのかもしれない。


「いざとなれば、国ごと壊してもいいって恫喝もできるんだ。そういう強烈な切り札がある以上、パワープレイになるのはしょうがないんだけどね。……ひたすらこちらが頭を下げて、命令に従って、理不尽な事を飲むよりはいいんじゃないかな」


 フィロスには、どうもそういう体験があるようだ。俺も人の事は言えない。お互い大変だな。


「とりあえず、ツナは王国貴族相手に暴れないでくれると助かる」

「お前は俺をなんだと思ってるんだ」


 つい数ヶ月前まで最底辺層に所属していたのだ。理不尽な仕打ちには耐性があるぞ。……でも、耐性はあっても許容をオーバーしたら暴れるかもな。今はそれができてしまうし。……ああ、これがそのまま迷宮都市の立ち位置なのか。ちょっと納得。


「むしろ、お前のところの団長さんが暴れたらどうするんだよ。ダンマスくらいしか止められないぞ」

「グレン団長はあまりそういう事はしないって話だけど……みんな必ず"あまり"って付けるんだよね。……胃が痛くなってきたよ」


 ちょっとは暴れる可能性があるって事か。そうなったら俺たちに手はない。ダンマスに頼るしかないわけだが……問題はダンマスも一緒になって暴れる可能性がある事だな。そうしたら王国終焉の日になるかもしれない。……すぐに迷宮都市に逃げる準備はしておこう。


「終わったか? そろそろ移動したいんだが」


 トランプの片付けが終わったのか、ダンマスが近付いて来た。


「移動は車なのか?」

「いや、徒歩だ。ほんの数分で着く」




 俺とフィロスの二人は、ダンマスの後ろについて建物の中を移動する。

 徒歩で移動するというので近場かと思ったのだが、外に出る気配すらない。移動しているのは同じ建物の中だ。密談とかそういう事に適した場所があるのかとも思ったが、それならさっきの空間遮断で十分だ。おそらく、別件とやらに関わる準備が必要なのだろう。

 その別件というのは、面子も考慮するにおそらく俺の例のギフトの事だ。通常の空間だと邪魔されかねないから、以前決闘で使ったコロッセオのような場所に移動するのかもしれない。


「ツナ君は馬とか乗った事ある?」

「遠征用の足の話か? ほとんど乗った事はないけど」


 道中、ダンマスのほうから話を振って来た。

 俺のような生活をしていて馬に乗る機会などない。だが、遠征に行くならあったほうがいい技術なのは分かる。練習しておいたほうがいいだろうか。


「じゃあ、遠征の移動は基本馬車になるな。今後も騎乗の技術は使う事になるから、形だけでも練習しておいたほうがいいぞ。できればスキルがあるといい」


 今後というのは無限回廊の先の層での話だろう。馬に限らないが、動画を見る限り騎乗戦闘を行っている人は多い。空飛んだりする場面もあるみたいだし、それは確かそうなんだろう。

 今後は馬に乗って戦う事を想定しないといけないのか。俺、できるかな? 喋る馬とか意思疎通できるなら……いっそキメラやボーグに乗るという手も……。ボーグが巨大ロボになったりしたら中に乗り込める……いや、あいつ自立行動してるから乗る必要がないな。パーティの人数が減るだけだ。


「徒歩じゃ駄目なのか?」

「冒険者なら走って移動しても問題ないだろうが、一応対外的なメンツってもんもあるからな」


 徒歩だと、移動手段すら用意できないと思われるって事か。面倒な話だ。

 遠征の移動手段として装甲車とか戦車が出てこないのは、迷宮都市の文明を外に見せないためだろうか。


「せっかくだから、遠征にはオートバイで参戦するか? < モヒカン・ヘッド >の連中に世紀末的なコスチュームを借りても面白そうだ。興味ない?」

「ねーよ」


 ……そういうわけでもないらしい。

 馬に乗って剣と槍と弓で戦う戦場にオートバイで現れるとか、どんだけ空気読めない奴なんだ。バイクで一騎駆けしたりするのかよ。なら、火炎放射器とチェーン、釘バットは標準装備だな。トゲ付きの肩パットとかも。


「フィロスは馬乗れるんだよな?」

「移動手段として乗れるだけだよ。騎乗戦闘の技術はない」

「でも、騎士って馬に乗って戦うイメージがあるんだが」

「僕の場合は騎士といっても従騎士っていって、下っ端もいいところだったからね。そういうイメージは正騎士のものかな」


 騎士にしても色々あるって事か。つまり、フィロスは軍隊でいうところの下士官……軍曹や曹長だったというわけだ。

 まあ、馬って高いしな。王都にいた頃は俺より寝床の立場が上だったし。




「結構歩いたが、目的地はまだなのか?」

「いや、もう着いた。この部屋だ」


 長い一直線の廊下を歩いていると、ポツンと一つだけ扉があった。どうやらここが目的地らしい。

 部屋に入ってみると、そこは見覚えのある部屋だった。転送施設で見るような石造りの部屋にワープゲート。転送施設そのままである。殺風景なところは、ウチのクランハウスの入り口と一緒だ。どうやらゲートは迷宮区画の転送施設だけに設置してあるというわけでもないらしい。

 これ使って、先に帰れないだろうか。あの車緊張するんだよな。

 それを潜り抜けると、出た先はまたコロッセオ。トライアル隠しステージや決闘で見た赤黒い不気味な空がお目見えである。

 ……まったく同じじゃねーか。内緒話するのは必ずここって決まりでもあるのだろうか。と聞いてみれば、ただ便利だから使っているらしい。


「僕が訓練で使用したのもここなんだ」


 フィロスが懐かしがるように言う。

 こんな不気味なところで長期間訓練とか、気が病みそうだな。俺は特に嫌な思い出があるからここには長時間いたくない。猫耳の味を思い出しそう。


「ここは、通常空間以上に俺の権限で自由が効く。たとえば俺の特定の能力だけを集中してブーストするとか、ある程度の無茶だったらなんとでもなるんだ。隠蔽されてるものを看破するには都合がいい」


 こう言っている以上、例のギフトの事に違いないだろう。以前の《 鑑定 》でも、やっぱり見えていなかったって事だ。


「権限ってのが良く分からないが、ダンマス以上の権限なんて有り得るのか?」

「有り得る有り得ないで言うなら、当然有り得る。無限回廊を完全攻略してるわけでもないしな」


 そりゃそうか。ダンマスの攻略している範囲が膨大過ぎて印象が薄れているが、無限回廊はダンマスが作ったというわけでもない。

 自然発生したわけでもない限りは無限回廊を作った奴がいるわけで、そいつはサーバーでいうところの管理者権限のような物も持っているだろう。

 そうでなくともまだ先がある事は確認されているのだから、過去にそこまで到達している奴がいたとしてもおかしくない。世界の創造に等しい事をやってのけるシステムなのだ。そいつが神だとしても俺は驚かないぞ。


「とりあえずは普通に《 看破 》するぞ。隠したいものがあっても勘弁な」

「《 原始人 》を言い触らさなければ別にいい」

「俺がそんなひどい事するわけないだろ、まったく」


 全然信用できない。この手のジョークに関してはダンマスはお茶目が過ぎるのだ。ある日、突然俺の種族欄が原始人になってもおかしくないのである。


――――《 看破 》――


「なんか見えるか?」

「よし、ちゃんと種族欄が原始人になってるな」

「おいコラ」

「……冗談だよ」


 あんたの場合、それが冗談にならないんだよ。ユキ20%さんという実例もあるし。


「……駄目だな。これでも色々ブーストしてるんだが、それでも存在すら見えない。……一応聞くが、スキル欄じゃなくてギフト欄なんだよな?」

「そうだ。三つあるはず」


 《 近接戦闘 》と《 片手武器 》、そして見えない《 ■■■■■ 》だ。

 俺の勘違いで、それが存在しないというのは有り得ないだろう。実際、あのあとも影響を受けているのを感じている。


「あの城では見えたんだよね? あの真っ黒い瘴気に包まれてる時」

「ああ。過去の死因を抱えたまま戦ってたからとか、そういう条件があるのかもしれない」


 死に反応するギフトなのだ。だからこそ見えたというのはあるだろう。


「そもそもお前、どうやってそのギフトを確認したんだ?」

「どうって……確かシステムメッセージに出て……たかな?」


 ……あれ? どうだったか思い出せない。あの時、かなり極限状態だったからな。


「まあ、良くある事だな。発動しているスキルの詳細を知覚する事は珍しくない。……となると、発動条件のあるギフトなのか」

「多分、条件は俺自身に関わる死の気配だ。死にかけるとその場をギリギリ凌げそうな力を与えてくる」


 一発逆転の力ではない。それは、より長く死の縁で足掻かせるための演出だ。


「しぶといのは元々の気質のような気もするけどね」


 一言多いが、フィロスの言う事も間違いじゃない。


 俺は前世から殺しても死なないしぶとい奴と言われていた。

 人間離れした才能を大量に抱える従姉妹ですら、俺の事は理解できない変人扱いだったのだ。……あいつは確か……伊月、そう、伊月だ。

 昔の事だから仕方ないとはいえ、どうもサラダ倶楽部関連の記憶が特に曖昧になっている気がする。トマトさんは普通に覚えていたんだが、他の奴は顔も含めてさっぱりだ。ドレッシングこと、高堀伊月なんてトマトさん以上の変態である。そんな奴の記憶が漏れているのは不自然だ。

 実際、名前を思い出した伊月でさえ顔は思い出せない。他の奴なんてもっとだ。ハムとか存在自体忘れてたし。

 ……あれ、でも犬のポテトは覚えてるな。すごい阿呆面だが意外と頭いいんだ、あいつ。トマトさんと将棋した時も、指せないまでも制限時間中は盤の前でじっとしてた。


「その状態にならないと影響がないってのはないだろう。じゃあ、常時お前から感じる力はなんだって話だ」

「……常時?」


 何か都合のいい事が起きるように運命を操作されているような気はするが、それは感じとれるものなのか?

 ……いや、決闘の時にフィロスも言っていたな。何か力を感じるって。


「以前フィロスとも話したんだが、お前から妙な力を感じているんだ。引っ張られるような、カリスマ性とも違う何か強い影響力だ」

「自覚はないんだが、そんなものがあるのか?」


 横を向いたらフィロスが頷いた。

 昔からそんな事を言われた事はない。言われたのはフィロスとの決闘の時と、そして今だ。……あとは、ロッテもそうか。ひょっとして、言わなかっただけでみんな感じてるのだろうか?


「多分みんな感じてる。君に近しい人間でそれを感じてないのはユキだけだね」

「そうなのか。……なんでユキだけよ?」


 一番近いところにいるんだし、あいつが一番影響を受けそうなもんだ。


「想像でしかないが、ユキちゃんと出会ったのは迷宮都市に来る前なんだろ? その時はその力もそこまでじゃなかったんじゃないか?」

「ああ……それなら」


 正解かどうか分からないし答え合わせもできないが、納得できない事もない。

 派手なオークを考慮するなら、このギフトの効果は故郷の山にいた頃から発生しているんだろうが、迷宮都市に来てからはそれがより顕著になった気がする。何か変なオーラが出てるというのであれば、それも合わせて強くなっていったのだろう。

 ユキとはずっと一緒だったのだ。少しずつ慣れていけば、気付かない事も有り得る。薬を飲み続けていれば、同じ量では段々効き辛くなるのと同じだ。……毒でもいい。

 となると、迷宮都市の外であった奴はユキのように気付いていない可能性も……ずっと一緒にいたのはユキだけだ。外での俺を知ってる奴なら違いが分かるかもしれない。

 ……迷宮都市に来る前で今も付き合いがあるのは誰がいたっけ? ユキと……トカゲのおっさん。……ああ、本当に門の手前だがリリカもか。超少ねえ。


「一番変に思ってたのはサージェスかな。仲間内でツナが一番異常に見えるとか言ってた」

「え、俺あいつに異常者呼ばわりされてんの?」


 それはいくらなんでも心外だ。だってサージェスさんだぞ。

 あんな究極マゾから異常者呼ばわりって、それはもはや人間カテゴリの扱いじゃないんじゃないだろうか。あいつの時点ですでに人類であるかどうか怪しいと思っていたのに。種族:サージェスだとしても不思議に思わないぞ。


「で、どうするんだ? 結局、見えなかったわけだろ」


 別件は終わりだろうか。 ならついでに、ユキさんへの言い訳を相談したいんだが。


「仕方ない。……悪いが、ちょっと強引に《 看 》るぞ」


 突然、ダンマスの纏う空気が変わった。

 見た目では何も変わった気がしないのに、突然息苦しくなって、身動きが取れないほどのプレッシャーを感じる。なんだ、このプレッシャー……ちょっと待て……ヤバ……。

 目眩がする。こうして立ってるのもやっとだ。……いや、俺は本当に立てているのか?

 上下左右の空間感覚が覚束ない。感じられる危機の境界線を軽く飛び越えて、もはや何も感じられない。地面が激しく揺れて、それが起き上がってくるかのような感覚。多分、揺れてるのは俺のほうだ。横を見ればすでにフィロスが地面に倒れている。

 まずい、このままここにいたら存在ごと消滅する。そんな予感がある。まさか、これがダンマスの本来の気配なのか?

 いくらなんでもこれは……。


――――《 看破 》――


 そして、再び発動する《 看破 》。

 だが、前回と同じではない。それが発動した瞬間、視界内に無数のノイズと赤いシステムメッセージが……。


――――System Alert《 ■■■■■■■■■■ 》――

――――System Alert《 ■■■■■■■■■■ 》――

――――System Alert《 ■■■■■■■■■■ 》――

――――System Alert《 ■■■■■■■■■■ 》――

――――System Alert《 ■■■■■■■■■■ 》――

――――System Alert《 ■■■■■■■■■■ 》――

――――System Alert《 ■■■■■■■■■■ 》――


「うるせえよ」


 ダンマスが何かをしたのか、視界にかかった強烈なノイズが消えた。何か強引にエラーを無視したのか。


「うん、もういいぞ」


 ダンマスがそう言うと、全身を蝕んでいた強烈なプレッシャーが霧散し解放された。思わず地に膝と手をつく。

 終わってからようやく事の異常さ、自分がどれほどの圧力を受けていたかを認識する。


「か……ハッ……」


 呼吸するのも忘れていた。酸素が足りていない。開放されて始めて、どれだけ異常なプレッシャーの中にいたかが分かる。


「悪い、やる前に一言言うべきだったな」


 いきなりだったのは確かだが、言われたところでこんなものは対処不可能だ。なんだこの化け物は……。ありえねえ。

 普段のダンマスから、強者が発する雰囲気が一切感じない理由がようやく分かった。

 この人は抑えているだけだ。そこに在るだけで山ですら押し潰しかねない強烈な存在感を、無害な石ころに押し留めている。強さなんて尺度じゃない。本来のこの人と対峙するって事は、頭上から迫る巨大隕石を受け止めるほどの覚悟が必要だ。


「……パネぇな」

「いや、良く意識保ってると思うぞ。フィロスは気絶してるし」


 ……抵抗できずに気絶したフィロスの事は笑えない。自分でも不思議だと思う。良く落ちなかったな。


「おい、起きろフィロス。……ていっ」

「あがっ!!」


 倒れているフィロスに容赦ない蹴りが放たれる。ひどい。


「あたたた……相変わらずとんでもないですね。ダンジョンマスター」

「お前には、何回か似たような事やってるだろ。最後のほうは気絶しないようになってたのに」

「いきなりなのと……そもそもプレッシャーの強度が違います」

「……そうか? 調節はしたつもりだったんだが」


 どうやら経験済の事らしい。……しかも、多分まだ本気じゃないな。どんだけだよこの人。


「……それで、何か見えたのか?」


 何かがあったというのはあの無数のエラーで判断できるが。


「ダメだな……何かがあるのは分かるが見えない。多分、一つ目の《 近接戦闘 》に割り込む形で《 隠蔽 》されてる。ついでに名前が見えないように《 偽装 》もかけられてる。厳重な事だ」


 詳細はともかく、あるのは確定でいいな。これで、俺の勘違いって線は完全に消えた。


「読めたのは『の』だけだ」

「の?」


 のってなんだ。


「ギフト名のど真ん中が『の』だ。五文字で《 ■■の■■ 》だな。多分接続の意味での『の』だ。日本語ってのも確かだろう」


 日本語なのか。それだけでも随分進展したんじゃないか?


「つまり、これを俺に植えつけたのは日本人って事なのか? 元日本人でもいいけど」

「違うだろうな。ギフトは基本的にその世界の言語か、本人の知ってる言語で名前が付けられるっぽいから、これはお前の知識から付けられたんじゃないか?」


 そうか、そういえば《 近接戦闘 》も《 片手武器 》も日本語だ。というか、以前は共通語のスキルだったスキル名も、迷宮都市に来てからは日本語準拠になっている。アップデートによる表示の変化だけの問題じゃなかったんだな。


「っぽいってのは?」

「ギフトはスキルと違って、あとから追加される事例が極端に少ないからな。詳細は俺にも良く分からんのよ。分かるのは、順番的に《 近接戦闘 》や《 片手武器 》よりも先に覚えてるって事だな」


 そういや、スキルもツリーで分割される前は順番通りだったな。


「でも、ギフトは基本的に生まれた時に授かるものでしょう? 後天的に習得する事も稀にあるとは聞いてますが、ツナのそれは生まれた時からあったと言っていたような」

「だな。順番もクソもなく、一緒に覚えたんじゃないか?」


 フィロスだけじゃなく俺の周りはみんな知っているが、俺のギフトはこの世界での生まれつきのものだ。少なくとも二つはそうだ。だから、覚えるにしても転生した時しかタイミングがない。


「……となるとおかしいな。こんな人為的な細工がされたギフトを誕生時に付加されるのか? あるいは……お前が生まれる前……転生前に習得……植え付けられた?」

「日本でギフトなんて覚えないだろう」

「確信はないが、見えてないだけなんだ。……無限回廊は、おそらく地球にも繋がってるんだから」


 それは理由になるのか?


「スキルもギフトもステータスも、元を追っていくとすべて無限回廊のシステムなんだ。だから、繋がってる世界に存在しないというほうが不自然だ」

「じゃあ、日本でも実はスキルとか持ってる奴がいたって事だったり?」

「そうじゃない。推測ばっかりになるが、あの世界ではシステムは根本にあったとしてもおそらく有効化されてない。迷宮都市の外でHPがないように」


 恩恵はないけど、システムとしては存在するって事か。推測だけど、外の事を考えるなら分からないでもない。


「となるとそれを知っている奴がいたか……若しくは別の世界の……」



――――何か、とてつもなくおぞましい微笑みを見た気がした。



「…………そうか」


 別の世界の住人が無限回廊を辿って地球まで来て、俺に何かを植え付けていった。

 ……だとしたら、俺を呼んでる奴はそいつだ。


「……それでこんな強力な権限持ち? まさか、超深層の管理者か」

「管理者?」

「無限回廊はある一定の層に到達する事で、その層以下の管理権を得るんだが……」

「それはダンマスの事じゃないのか?」

「俺が持っている管理権は一〇〇層までだ。……いわゆるこの世界の管理権って事だな」


 世界の管理権って……それ、もう神様って事じゃないの?


「だが、二〇〇、三〇〇、一〇〇〇層に到達してもそれ以上の権限は得ていない。他の世界の管理権は得られないって事か、もっと先の話なのかと思ってたが……先行して管理権を持っている奴がいるとしたら納得できる」


 以前、ダンジョンマスターの権利を得たのは一〇〇層攻略したからだと聞いたが、その後も段階的に権限が開放されるわけじゃないのか。


「でも、それだと一〇〇層の管理権だって得られるのはおかしいんじゃないか?」

「一〇〇層まではこの世界だからな。……まあ、それは説明が面倒だし、関係ないから置いておく」


 面倒って……関係ないならまあいいんだが。


「……となると、俺の目標もそいつって事になるな」


 ダンマスは地球に帰れればいいんじゃないのだろうか。


「推測に推測を重ねる事になるが、そいつが地球に干渉した結果がお前なんだとしたら、世界を渡る力……権限を持っているって事になる」


 ……そうなるな。


「ダンマスは世界を移動する力を持ってるわけじゃないのか?」

「持っていない。干渉もできない。地球も見つかってないが、見つかっても現在の権限じゃ移動できるか分からない」


 ……権限がない。たとえるなら、今ダンマスは天体望遠鏡で地球を探してる状況で、それを見つけても宇宙船がないから移動できないって事か。でも、そいつは宇宙船を持っていると。……推測だが、そこまでおかしな話じゃない。


「良かったじゃないか。これでダンマスが地球に帰る手掛かりができたって事だ。……一緒にそこまで行って、そいつをぶん殴ろうぜ」

「なんだ、どんな奴かも分からないのに、交渉するでもなくいきなり殴りかかるのか」

「どんな奴かは知らない。だが、そいつは明確に俺の敵だ」


 存在すら許容できないレベルの敵だ。

 俺の魂に深い場所にこびり付いたように奴への怒りがある。敵対心がある。憎しみがある。殺意がある。

 あいつを許すなと魂が叫んでいる。微かな存在を認識するだけで、全身から沸騰しそうな怒りが湧いてくる。


「その管理権を手に入れる方法がどんなものか知らないが、殺して手に入るなら躊躇なく殺す」

「おいおい、無限回廊の中だろ。どうやって殺すんだよ」

「……無限回廊の影響の及ばない場所まで連れて行ってぶっ殺せばいいだろ」


 迷宮都市の外だって完全にシステムの範囲ってわけじゃないんだ。世界を渡り歩くというのなら、そんな場所だってあるはずだ。

 そこではステータスもスキルもギフトも関係ないかもしれないけど、それは相手だって同じだろう。素の肉体で千切れるまでぶん殴って殺すだけだ。


「あれ、でもダンジョンマスターや、今回召喚された人は世界を移動してるんじゃないですか?」


 フィロスが言っているのは世界間召喚術の事だろう。


「一方通行なんだろ」

「そうだ。詳しい仕組みは分からんが、どうやら引っ張り込む事はできるらしいんだ。俺も無限回廊を通ってここまで来たわけじゃない」


 そういうスキルのない地球から引っ張ってもらうわけにもいかないからな。




-2-




「とりあえず、今回できるのはここまでかな。色々収穫もあったが、お前は謎がまだまだ多そうだ」


 自分でも分からない事ばっかりってのは納得いかないのだが、謎は多いな。


「そういえば、ユキには名前の事はなんて言って誤魔化せばいいんだ? 帰ったら、絶対何か言われるんだけど」

「ちなみにユキちゃんはなんて言ってたんだ? お前の事だから、旅に出てるのが嘘だって言ったんだろ?」


 ばれてーら。


「ダンマスを一発殴って来いって」

「ユキも無茶言うね」


 俺もフィロスに同感である。特に、あのプレッシャーを体験したあとだと、触れる気もしない。動けないんだぜ。


「……そうだな、やってみるか?」

「ネタとしてはアリだが、当てさせてくれるのか? 殴ろうとしたら、カウンターで嬲り殺しにされるとかじゃないよな」


 俺の事でもないし、ユキに直接的なメリットがあるわけでもない。正直、ダンマスと俺との差は測れる範囲でさえ絶望的だ。そんな相手にわざわざ挑戦はしたくない。


「殴るとなると武器なしだよな……そうだな、ボクシングでもやるか」

「え、本気?」


 ボクシングとかやった事ないんだけど。というより、当てられるわけないんだが。


「負ける気はないが、頑張れば当てられる程度には加減してやろう。グローブは何オンスがいい?」


 なんでボクシンググローブ持ってるんだよ、この人。

 ダンマスがやる気になってしまったようなので、目の前に転がったグローブの物色を始める。どれが良いとか分からないので、いくつか適当に着けてみてなんとなく合っていそうな物を選んだ。


「これ、一人じゃ着けられなくね?」


 フィロスに頼めばいいんだろうか。 でも、着け方なんて知らないよな?

 ダンマスはすでに装着済で、格好までボクサースタイルだ。無駄に凝り性である。上半身裸のダンマスの身体は無駄に筋肉質だが、非常識というほどでもない。身体的な部分は完成されていて、それ以外の部分で飛び抜けているのだろう。


「《 瞬装 》があるだろ」


 なるほど、そういえばこれも武器といえば武器である。やってみたら普通に装着できた。


「フィロスはレフェリー……審判な」

「その……ボクシングというもののルールを知らないんですが」

「そこはフィーリングで。どうせ1ラウンドも続かない」


 反論しようもないのだが、妙にムカつく言い方である。


「最初の一分は自由に攻めて来ていいぞ。こっちからは攻撃しない」

「……さっき、当てられる程度には加減するって言ったよな?」

「ああ、頑張れば当たるぞ。俺は使わないがお前はスキルを使ってもいい。さっき見た中に《 ブースト・ダッシュ 》あったろ?」


 くそ、度肝抜いてストレートを当ててやろうと思ったのに読まれてるらしい。

 まだ使いこなせていないが、距離を詰めるのにこれ以上のスキルは持っていないから、必然的に使う事になるのだろう。ダメージは通らないんだろうが、どうせなら一発くらいは当ててやりたいな。


「えーと、この鐘をハンマーで叩けばいいんですね?」


 何故、ゴングまで用意している。……放っておいたら実況・解説役まで登場しそうだ。

 試合始まった瞬間フィロスが流暢に解説し始めたりしたら、さすがに笑いを堪えられる気がしないぞ。そんなネタ仕込んでないよね?




 そして、何故かボクシングの試合が始まってしまった。完全にダンマスのノリである。

 グローブやゴングはあるが、リングはない。明確なルールもないただの殴り合いだ。俺は格闘戦が苦手というわけではないが、本職というわけでもない。やるならサージェスのほうが当てられる確率ははるかに高いだろう。


 ゴングが鳴ると同時に《 ブースト・ダッシュ 》で距離を詰める。

 急激な加速により、一瞬で視界が流れるのを感じる。何度か練習はしているが未だこの急加速には慣れない。ユキは良く簡単に扱えるものだと思う。


 ボクシングで一番当てやすいパンチはなんだろうか。通常ならジャブだろう。牽制と距離感を掴み、ストレートへ繋ぐための高速パンチだ。それはおそらく冒険者でも変わらない。

 だが、ジャブはおろか、距離を詰められたあとに放ったパンチはどれもダンマスのグローブに弾かれて当たらない。……いや、弾かれているのだと確信はしているのだが、そのパンチすら見えない。

 ダンマスは避けないどころか、その場から一歩も動かない。馬鹿にしてるのかと叫んでやりたいところだが、それほどまでに実力差があるのだ。いっそ、体当たりしてマウント取りたい衝動に駆られるが、それは反則だ。それをやるとダンマスも躊躇なく反則を行使するだろう。いい笑顔でボロボロにされるに違いない。

 基本に忠実に、円を描くようなフットワークで、ジャブを起点に攻める。

 どこかに死角はないのか。というか、足動かしてる様子がないのに、なんでこの人ずっと俺の正面で向い合っていられるんだろう。そこは回転台か何かが仕込まれているとでもいうのか。ものすごく不気味。

 くそ、ダメだ。もう時間がない。最初の一分が過ぎる。この状況でダンマスが攻めて来たらどうしようもない。何も手出しできずに終わってしまう。

 手加減されているのは良く分かる。本気なんて出されたら動けもしないでそのまま終了なのだ。だが、どう頑張ったらこれに当たるっていうんだ。冗談じゃねえっ!


「クソがああっ!!」


 そして一分が経過する直前、苦し紛れに放った大振りのテレフォンパンチ。威力はあるだろうが、避けられないはずがない。そんな攻撃を打ってしまった。

 ……ああ、まずいな。これ、そのままカウンター喰らわないだろうか。なんでこんなパンチ打ってるんだよ。当たるわけねーだろ。

 しかし、そのパンチは空振る事なく、ダンマスの顔面へと吸い込まれていった。


「は?」


 グローブ越しに、確かに顔を殴った感触があった。

 何が起きたのか理解できない。避けられないはずがないんだ。……なのに当たった?

 呆然とする一瞬の中で、ダンマスが笑ったのが見えた。ダメージはないだろう。その顔は一切変化はなく、本当に当たったのか疑問に思えるくらいだ。


『良し、一発は一発な』


 聞こえたわけではないが、そう唇が動いたのが見えた。

 え、ちょっと待って。嫌な予感がする。超弩級の危険信号が鳴り響いている。

 逃れようがない。それを避けようにもダンマスはまだモーションにすら入っていない。だが、確実に打ってくる。そう確信があった。


「がああああああっっっ!!」


 瞬間、俺の腹部が破裂した。

 おそらくボディブロー。見えない何かが腹に突き刺さり、尋常じゃないダメージが炸裂した。

 ダンマスの姿が遠くなる。……俺は飛ばされてるのか? 身体が動かない。全身に受けたダメージはすでに致命傷だ。……あれ、これ死ぬんじゃねえ?


 背中に大きな衝撃が走る。多分、コロッセオの壁だ。どんだけ飛ばされてるんだよ。

 おそらく、その衝撃は想像を絶するもので、本来であればこれだけで大ダメージだ。なのに、腹部へのダメージのせいで何も感じない。

 俺は死ぬのか? こんな、何か良く分からない展開で? 選択肢をミスった覚えはないんだが、唐突過ぎるバッドエンドだ。

 ……いや、違う。ここは訓練場だ。ゼロ・ブレイクのルールなら外に放り出されるだけのはず……。トライアルと同じなら死ぬんだろうが……それでも病院に行くだけだ。

 フィロスが何かを叫びながらこちらに駆けてくるのが見える。それに続くようにダンマスも近付いて来た。

 俺は、そんな二人の姿を見ながら意識を失った。




「目、覚めたか?」


 目を開けるとダンマスの顔があった。


「ここは……」


 知らない天井……天井自体がねえや。視界に広がるのは、意識を失う前と同じ赤黒い空のまま……まだあのコロッセオにいるって事か。

 死んだわけでも、ゼロ・ブレイクルールが発動したわけでもないのか?

 ……起き上がれるな。まだ残痛のようなものは感じるが、身体は完治している。


「……ダンマス、超ひでえ」

「悪い悪い。でも、一発は殴らせてやったろ」


 そういや、なんで当たったんだろうか。わざとか?


「お前を一方的に半殺しにするのは悪いなと思って、一発は殴らせたんだ。ユキちゃんへは自慢できそうだな」


 殴らせてもらったって事か。その結果半殺しにされてるんだから、あまり嬉しくない。大体、ユキも本気で殴れるとは思ってなかっただろうし。


「ダンジョンマスターは最初からそのつもりだったみたいだ。……君を半殺しにして例のギフトを発動させるつもりだったみたいだね」

「……そういう事かよ。事前に言ってくれよ」


 あんまり協力したくはないが、それなら納得できなくもないのに。

 ……いや、事前に半殺しにされるのを教えられるのも嫌だな。


「お前に教えたら、変なストッパーかかって発動しない可能性があっただろ。悪いとは思ったが、その代わり収穫はあったぞ」


 ……収穫?


「君が死にかけている間、ダンジョンマスターがまた《 看破 》したんだ」

「一瞬だったが、見える部分が増えた。……『囚』の文字だ。見えたのは五文字目だから、《 ■■の■囚 》だな」

「それが狙いだったのか……あんまりいい意味じゃなそうだな」


 囚われるとかそういう意味にしか使われないだろう。『の』があるから有り得ないだろうが、死刑囚とかに使われる文字だ。マイナスの意味合いしか思い浮かばない。


「二文字だと『虜囚』とか、そういう言葉なんだろうな。造語だと分からんけど」


 何かに囚われている。敵か運命か、あるいはこの世界か、はたまた無限回廊になのか。まあ、近い意味合いなんだろう。……冗談じゃねーな。


「ともあれ、これ以上の実験は難しそうだ。今回はここまでだな」

「前にリーゼロッテが使ったという《 死の追想 》は使えないんですか?」


 そういえば、あれがあったからこのギフトが浮き上がって来たわけだしな。前世の死が表面化すれば、もっと確認し易くなるだろう。だからって、はいそうですかと気軽に言える痛みじゃないんだが。


「あれは発動条件が厳しい。前準備と専用の術式、舞台装置諸々が必要になる上に一度しか使えないんだ。もう一度ツナ君に使っても効果はない」

「……そうなのか」

「弱点を減らそうって試みでもあったんだろうな。スキルって形では表に出ないが、あれはわずかにだが前世の死因にまつわる耐性が生まれる」


 踏み台ロッテの置き土産って事ね。らしいといえばらしい。


「リーゼロッテらしいですね」


 以前見られたロッテへの怒りのような物は、見上げたフィロスの顔からは伺えなかった。


「お前、ロッテに対して怒ってなかったっけ?」

「ああ。でもそれは、色々区切りも付けたしもう吹っ切れたよ。冒険者になって、君のところに入るらしいね」

「知ってるのか」

「本人から直接聞いたよ。彼女も色々抱えてたんだろうね。いつか模擬戦でもして、ウサ晴らしをするくらいにしておくよ」


 それ、吹っ切れてないんじゃないか?


「冒険者同士の模擬戦なら問題ないんじゃないか。俺たちにとっては殺し合いだろうが健全だ。十分にウサ晴らしをするといい」

「だよなー、ツナ君は物分かりが良くて助かるよ」


 あんたとのそれは一方的な蹂躙劇だったから、当てはまらないけどな。……いつか仕返ししたい。


「今回の事は関係なく、ずっと気になってた事があるんだが……」

「なんだ、ついでだから言ってみろよ」

「ダンマスってなんで俺の事君付けなんだ?」


 フィロスや他の奴は呼び捨てなのに。


「特に深い意味はないんだが……あえて言うなら、最初にそう呼んで癖になっているのと、ほら、良く娘婿に対する呼び方って君付けだったりするだろ」

「いや、美弓と結婚する気はないんで」


 なんでそんなところだけ親やってるんだよ。




-3-




 帰りは転送施設であっという間に到着した。

 こんなものがあるのに何故わざわざ車を普及させているのかと聞いてみれば、あまり数がないのと、便利過ぎるかららしい。確かにある程度の不自由がないと人間は堕落する。今だって十分便利だろうが、ここがダンマスにとってのボーダーラインなのかもしれない。

 出た先はダンジョン区画の転送施設。案内板を見てみれば、普段はあまり立ち寄る事のないブロックだ。あまり人目に付かない場所を選んでいるのだろう。


「俺はこのままギルド会館に行くけど、お前はどうする?」


 一緒に戻ってきたフィロスに問いかける。

 帰りがけにダンマスから話を聞いたのだが、今回の依頼は……


『裏で操作はするが、ギルドの遠征依頼も一応受けておいてくれ。表向きは通常の依頼って事になる』


 ……との事だ。ダンマスの依頼としては金だけの報酬だが、実はギルドの方の報酬ももらっていいらしい。太っ腹だね。報酬出たら何か贅沢しちゃおうかしら。


「僕は一旦寮に戻るよ。< アーク・セイバー >はこういう依頼はまとめて受注するらしいし。今日は休暇もらってるけど、その後は自主訓練かな」


 マネージャーとか事務員さんがやってくれるのかな。便利そうね。俺の場合、ククルに会うにも会館に行かないといけないし、俺一人分なら頼むよりも自分で受けた方が早いからな。


「君の方は、他に誰か遠征に同行しないのか」

「分からん。話してはみるが……ユキは駄目っぽいから、あとはサージェスくらいかな」


 あいつの場合はレベルの第一目標も突破してるし、ダンマスの事情にもそれなりに明るい。

 同じくLv40を突破してる摩耶は……行くとしても、この場合は< アーク・セイバー >としてだろう。他の奴らは大人しくレベリングである。……帰って来てレベルが最下位になってたら嫌だな。


「サージェスなら喜んで行きそうだね」

「なんでだ?」

「ほら、外なら《 フル・パージ 》の規制もかからないし」

「…………」


 嫌だな。話したくなくなってきた。血みどろの戦場に全裸の変態紳士が降臨してしまうというのか。シリアスが吹き飛びそうだ。




 嫌なイメージを植え付けてくれたフィロスと別れ、一人ギルド会館へと向かう。

 ただ受付で依頼を受けるだけのつもりだったのだが、どうも受付に人が多い。珍しく列を作っている。そんな中に一人見知った顔があったので声をかけてみる事にした。


「クラーダルさん」

「ん……ああ、渡辺君か。奇遇だな」


 最近良く会う……って、この人遠征に行ってるんじゃなかったっけ?

 クラーダルさんは俺の視線でその疑問に思い当たったらしい。


「遠征には行ったんだけどね。どうも手違いがあったらしくて、こうしてトンボ帰りだよ」

「手違い?」

「遠征先に正体不明のやたら強い兵士がいてさ。何人か大怪我したんだ。俺と同じ部隊の奴なんだけどな」

「大丈夫だったんですか?」


 あんなフラグめいた事を言ってしまった以上、際どい体験とかしてないだろうか。


「腕千切れた奴はいたけど、そいつはもう退院してピンピンしてるね。治療費もギルド持ちだし」

「クラーダルさんは?」

「あー、そういえば俺も死にかけたんだ。危ないと思った瞬間、君の言った事を思い出してね、……何故か体が動いた。助かったかも」

「それは良かった。俺が死亡フラグ立てたとか洒落になりませんからね」

「本当だよ。渓谷地帯での作戦だったんだけどさ、上から崖崩れが起きるとか不運としか言い様がない」


 ……崖崩れ?


「その強い奴が岩を落として来たとか?」

「あー、俺のはそいつとは全然関係ないよ。大雨と地震で地盤が緩んでたんじゃないかって話だ。いやほんと死ぬかと思った」

「そ、そうですか……」


 なんだこの肩透かし感。


「しかし、どんな奴だったんだろうな、そいつ。迷宮都市の中級冒険者を複数人大怪我させるなんて」

「大怪我した人と同じ部隊だったんじゃ……」

「部隊は同じだけど班が違うからな。噂程度にしか情報は聞いてないんだよ。ギルドに聞いても教えてくれないし。

 こうして再編成のために一旦戻ってきたら、今度はナナが危ないから行くんじゃ有りませんって怒るしさ。ほんと困るよねー」


 困るよねー、じゃねーよ。なんで嬉しそうなんだよ。

 ……この人、どんな危険なところからでも平然と帰って来そうだな。偶然、何にも遭遇しないで。

 大抵の場合、必ず何かと遭遇する俺とは逆の人なんだろうか。ちょっと羨ましい。……でも、ロストマンだし、ダンジョンで死ぬのは死ぬんだよな。

 ともあれ、もう遠征に行かないならこの人が死ぬ事はないって事だ。それはちょっと安心である。

 ……死ぬ可能性があるのは、俺を含めたこれから遠征に出る奴らだ。死ぬつもりはないが。




 少しばかりクラーダルさんの惚気話を聞かされてから、俺も列に並ぼうと思ったが、この列に並ぶならマネージャーに処理をお願いしたほうがいいかなと思い直し、ククルの姿を探す。

 その姿を職員の待機所で見つけ、遠征参加についての処理依頼と、追加でサージェスあたりが参加するかもしれないと説明する。

 危険が確認された現場にわざわざ飛び込んで行く事に怪訝とした表情だったが、ククルは何も言わない。何かしらを察していて、聞かなかっただけかもしれない。


 今回の件で依頼の報酬額は上がったが、元々人気のない仕事だ。その上、危険があるとなれば参加人数は更に減るという。再編成はかなり難航しているらしい。しかし< アーク・セイバー >が参加する以上、参加人数についてはあとに解消されるだろう。




-4-




「だーれだ」


 会館から帰る道すがら、後ろから声をかけられる。目を塞がれていないのは、背が届かないからだろう。

 偶には乗ってやろうと、あえて振り返らずに答えてみる。


「今度こそ美弓」

「せいかーい。えへへー」


 トマトさんが俺の前に回り込んで来た。大層御機嫌なようである。とても先ほど暗殺の依頼を受けた奴とは思えない。


「やっぱりアレですかね、分かっちゃいますかね? 長年付き合いのある後輩の声なんて丸分かりですか? 『俺はお前の事ならなんでも分かってるんだぜ』的な。うきゃー」

「お前、前世と声違うだろう」

「ぐっ……そうなんですが、それはあれですよ、魂の声というか」


 そんなものを聞こえる耳は持っていない。


「というか早いですね。あたし、さっき車降りたところなんですが」

「あー、色々あってな」


 そういえば、ワープゲートもそうだがあの訓練所で時間も経ってないのか。そりゃこっちの方が早いわ。


「センパイはこれからどちらへ? 良かったら、御飯でも行きましょうか。奢っちゃいますよ」

「なんだ、なんか要求でもされるのか? ……体とか」

「いや、御飯くらいでそんな事言いませんよ」


 さすがの美弓も飯代で買収できるとは思わないらしい。まだ辛うじて常識はあるようだ。


「多分、あの店ならセンパイも気に入ると思いますよ」

「美味い店なのか?」


 最近、雑誌やネットで紹介されている類の美味い店は大体行ってしまったから、隠れた名店的な所だと嬉しい。奢りなら別に高級店でも宜しくてよ。


「御飯も美味しいですけど、それは二の次ですね。これから行くのはなんと……メイド喫茶です! わーぱふぱふ」

「お前は何を言っているんだ」


 何が悲しくてお前とメイド喫茶に行かないといけないんだ。


「お前はどっちかというと執事喫茶じゃないのか?」

「そっちも有りますが、今日はメイド喫茶のほうです」


 ローテーション制?


「何を隠そうその店のオーナーですからね、あたし。今日は視察です」

「ああ、そういう事か」


 なら分からないでもない。トマトさんの許容属性は無駄に幅広いし、メイドさんもアリなんだろう。


「まさか、巷で噂の筋肉カフェも実はお前の店なのか?」

「違いますよっ!! なんでそんな暑苦しそうな店を作らないといけないんですかっ!」


 違うのか。さすがに< マッスル・ブラザーズ >とは関係ないみたいだな。


「つかぬ事を聞くが、その店はお触りサービスとかはアリなのかね? 美弓君」

「センパイはあたしのお金で性風俗に行く気ですか。ウチは一応健全な店ですよ」


 なんだ、健全なのか。……そうか、そうだよな。

 確かにメイドさんは素晴らしいだろう。だが、お触りできないんじゃ生殺しじゃないか。特に今の俺には死活問題である。たとえばギリギリのラインを攻めて来て、あわよくばチラリ的な事もアリな店ならいけるのだが。


「スカートの丈はどうなんだ?」

「センパイ……」


 その可哀想な奴を見る目はやめなさい。こっちだって必死なんだ。


「えーとですね、色々です。今は試行錯誤の時期なので、共通のデザインで複数のサイズを用意して対応している感じですね。今日はそのチェックでもあるので、途中でちょっと事務所のほうに抜けるかもしれませんが」

「お前がいなくなるのは全然いいよ」

「ひどいですねっ!?」




 そんな訳で俺は、トマトさんに連れられてホイホイメイド喫茶までやって来たのだった。


「ふむ、ここがメイド喫茶か」


 外観は普通の喫茶店だが、確かに店の前で花壇の手入れをしている子はメイドさんだ。

 残念ながらスカート丈は長い正統派だが、実際に見てみるとこれはこれでいいね。正統派もアリだ。あの長いスカートの奥に秘められている物を覗きこみたい衝動に駆られる。短いのでも覗きこみたいという思いに変わりはないのだが、ガードが堅い分、俺の破城槌が唸りを上げてしまいそうだ。


「やっほー。オーナーだぞー」

「ん……あ、オーナー。いらっしゃい、視察ですか? そっちの方はまさかカレシ……」

「むふふ……「いえ違います」ってなんでそんな間髪入れずに答えるんですかっ!」


 だって、お前絶対適当な事言うじゃん。むしろ俺はこのメイドさんと付き合いたいわ。


「店長がお待ちですよ。どうも新しい制服のデザイン会社と揉めている部分があるらしくて」

「えー、あたしはオーナーで、そういうのを決めるのは店長の仕事なんですけど。出来上がった物の審議をするのが今日の目的であって……」

「とりあえず、事務所に行きましょうか。あ、お客さんはどうぞごゆっくり。あとから伺わせますので」

「え、ちょっ、何故に襟を掴むとですか。あたしオーナーです。こんな猫みたいに扱われる立場ではないはずでわ……!! あーセンパイたーすーけーてー!!」


 トマトさんは猫のように首根っこ掴まれて連れて行かれてしまった。仮にもオーナー相手に随分と強引なメイドさんである。あとから来るとか言ってたから、俺は普通に飯食ってれば良いんだろうか。中にはミニスカメイドさんとかいるのかな。


 喫茶店の中に入ると奇妙な雰囲気が立ち込めていた。店内のどこがおかしいというわけでもない。しいて言うなら客層が変だ。どこか殺気のような血走った気配を感じさせる。……これはハンターの気配だ。そうか、ここはメイド喫茶。お目当てのメイドさんに会うためにこの男たちはここで闘っているんだ。……必死過ぎる。

 迷宮都市には性風俗も充実しているというのに、メイド喫茶にはまた別の魅力があるというのか。客層的に、未成年ってわけでもないだろうし。

 というか、店員が来ない。予約ボードもあるが、見たところ空き席はあるから案内を待っていればいいと思うんだが。


「すいませーん」


 ちょっと奥の方で接客をしていたメイドさんに声をかけてみる。

 なんか見た事ある子だな。……あの兎耳って、みるくぷりんのエリザちゃんじゃないだろうか。良く似てる。


「あ、はい、ただいまー。ユキちゃーん、お客さんの案内お願いー」

「はーい」


 エリザちゃん似の兎耳メイドさんはお客さんの対応で忙しいのか、店の奥へと声をかけた。

 ……ユキちゃんとな? とても聞き覚えのある名前である。

 まあ、迷宮都市で生まれた人は摩耶のように日本語名を付けることも多いらしいから、ユキと同じ名前の人もいるだろう。ツナよりは珍しくないはずだ。


「お帰りなさいませ、ご主人様。初めてのお客様です……ね……」


 現れたメイドさんは兎耳を着けていた。

 だが先ほどの子のような兎人族ではないだろう。白い髪、赤い目、とても兎っぽいし、付け耳は良くできているのだが確信がある。間違えるわけがない。他人の空似というのはありえないだろう。だって、あっちも俺を見て絶句してるし。


「何やってんの、ユキさん」

「ぴょ……」

「ぴょ?」


 本当ならびっくりするところだが、ユキがあまりに焦っているから逆に冷静になってしまった。

 普通に考えて80%男の奴がメイド服着てるのはアウトだろうが、ユキさん似合ってるしな。なかなか可愛らしいし、パーセンテージという事前情報を頭からシャットアウトすればまったく問題ない。スカートもロングだから、謎の領域が露わになる事もないだろう。

 そうか、喫茶店でバイトというのはメイド喫茶だったのか。YMKの人がこの姿を見たら悶絶死しそうだね。


「い、いや、そうじゃなくてっ! な、なななな、なんで、ツナがここに」

「えーと、客?」

「あ、うん、ほんとにお客さんなんだ……あ、案内するね。一名様ですか?」

「あとからもう一人来るけど、とりあえず一人で」

「だ、誰かなっ、ボクも知ってる人とかじゃないよね?」

「とりあえず接客しろ」

「あ、はい」


 半分パニックになったユキさんを落ち着かせて、テーブル席に案内してもらう。


「……一体、何故こんな事に……」


 ユキが独り言を呟いているが、それは俺が聞きたい。なんでメイドになってるんだよ。バイトをするとは聞いていたが、どんな選択肢だ。


「ユキちゃん、その方はお友達の方?」

「あ、エリザさん。……はい、そういう感じです」


 先ほどユキを呼んだ兎さんが近付いてきた。……やっぱりエリザちゃんなのか。昼間はここでバイトしてるのね。

 ニーナちゃんといい、みるくぷりんの子は働き者ばかりである。


「じゃあ、もう時間過ぎてるし、上がっちゃってもいいよ」

「え、えーと、その……はい」


 と、ユキはそのままテーブルの向かいに座った。

 仕事終わりなら着替えたりしそうなものだが、今はテンパってるんだろう。ここはあえて指摘しないでおいてあげよう。うん。


「その……ごしゅ……ツナはなんでここに」


 癖になってるのか、ご主人様とか言いそうになってるな。


「この店、トマトさんがオーナーなんだよ。奢ってくれるっていうから付いて来たんだ」

「え、もう一人来るってミユミさんなんだ、良かった……良かったのかな?」


 正直、その判断は俺には難しいな。仲間内の誰が一緒に来ても馬鹿にされる事はないだろうが、それでも気不味い。

 その点トマトさんなら特殊属性の塊だから気不味さはないが、違う意味で危険である。


「というか……え、この店のオーナー?」

「らしいぞ。あいつ手広いよな」


 グッズ販売もしてるらしいし。その他にも色々やってそう。


「ところで、俺は飯食いに来たんだが、何がオススメなんだ」

「ツナはなんでそんな冷静なのさ。……なんでも美味しいと思うよ。ここって調理場でちゃんと作ってるし。今だったら、さっきのエリザさんが作ったりするかも」


 え、マジで。エリザちゃんお手製の料理が食えるの?


「まさか、あーんとかやらないよね?」

「なんだ、あーんって」


 ユキは返答せず、無言でメニューの一部分を指差した。

 ああ、メニューに書いてあるこれか。日本でメイド喫茶に行く機会はなかったが、こういうサービスを提供してる店もあるんだっけ?

 あーんか……エリザちゃんにあーんされちゃうのか。……アリだな。直接的な風俗サービスではないのに、奇妙な魅力がある。微妙に高いのは奢ってもらうからいいとして……問題は目の前のユキさんだな。


「興味ない事もないが、さすがにお前の前ではやらないだろ」

「そ、そうだよね。ミユミさんもあとから来るわけだし」


 あいつの場合は混ざって来かねないからな。そういうのは一人で来た時にやりたい。周りの鬼気迫る視線も気になるし……個室とかないんだろうか。


「ユキさんはあーんとかやったりするのか?」


 そう言った瞬間、近くのテーブルでガタッと音がした。顔を動かさずに視線だけそちらに向けると、何やら見た事のある不審人物がいる。謎の覆面集団YMKの人だ。アルファベットは見えないので誰かは分からないが、ユキさん目当てだろうか。同志Aさんにはユキが喫茶店でバイトするらしいって事しか言ってないのに、大した捜査力である。


「ぼ、ボクはそういうのはやらないから。ツナが頼んでもやらないからね」


 ユキさんはあーんしないのか。あんまり考えたくないが、絵面的にはアリなんだよな。

 だが、ティリアのエロゲーといい、仲間内で気不味くなるのは避けたいのでお願いするつもりはない。俺の心境的には色々辛いものがあるのである。


 というわけで、値段を気にせずにユキのオススメを色々注文する。かなり割高感のあるメニューだが、こういう店だからそれはしょうがないのだろう。

 食事が出てくるまで時間がかかるようなので、ユキと二人分の飲み物だけ先に用意してもらった。時間が経っても相変わらずユキは着替えてこようとはしない。自分が兎耳メイド服である事を忘れているのかもしれない。


「今日はダンマスに会いに行くとか言ってなかったっけ?」

「会って来たぞ。ちゃんと一発殴っておいた」

「えっ……ほんとに殴ったの? 冗談だったのに」


 俺もやるつもりはなかったんだが、成り行きです。

 ……あ、やべ、ダンマス殴ったのはいいけど、試練の事話すの忘れてた。ここは上手くスルーしよう。


「あっちにダメージはないし、俺はボディブローで臓物撒き散らしながら壁に叩きつけられたけどな。超ひでえ」

「な、なんでそんな事に……」


 俺が知りたいわい。理由自体は言われてみれば納得しないでもないが、やられた本人としてはたまったもんじゃない。


「ついでだから聞いておくが、お前は遠征に行くつもりはないんだよな」

「やっぱり例の戦争なんだよね? 王国絡みはちょっと……ボクのわがままだっていうのは分かるんだけど」

「いや、俺ですら強制じゃないし、むしろちょうどいいんじゃないか?」

「ちょうどいい?」


 いい機会だから、言ってしまおう。


「まだ先の話になるが、クランにはクランマスターの他にサブマスターが必要だ。お前がやれ」

「え……、あーうん。やっぱりそうなるのか……こんなタイミングで言われるとは思わなかったけど、想像はしてたよ」


 俺もメイド喫茶で言うつもりはなかった。

 適性云々の話ならラディーネやディルクもあるんだろうが、あいつらはこれから入ってくる新人だ。

 その点、ユキなら適性もあるだろうし、何よりずっと俺と組んでいるのだ。反対する奴もいないだろう。


「サブマスターは分かったけど、ちょうどいいっていうのは?」

「今回のケースみたいに長期間俺が不在の事もあるだろうし、この先必然的にパーティを分散して編成する事も想定しないといけない。その練習だ」

「あーうん、分かった」


 今だったらメンバーも少ないし、パーティ編成について悩む必要もない。

 サージェスを連れて行く事になったらラディーネたちと水凪さんを含めても七人だ。ガウルが帰って来ても調整は容易だろう。ボーグとキメラに慣れるのは大変だろうが、逆に言えば慣れてしまえば頼りになる連中だ。


「となると、マスター講習にも出ないといけないね」


 クランを新規設立する場合、クランマスターには専門講習の受講が一定時間求められる。必要時間は少ないものの、それはサブマスターも同様だ。一年で設立という最短記録を狙っているわけでもないが、これを早めに受けておくのに越した事はない。関係なくても受講してる人もいるみたいだし。


「というわけで、ダンマスの用件はそんな感じだな。……で、話を戻すけど、お前なんでメイドになってるんだ?」

「え゛……と、その……これには深い訳が……あってですね」


 そうなのか。となると、かなり数奇な展開があったんだろうな。パッと考えてメイド喫茶という選択肢はあまり出てこない。


「……嘘です。ごめんなさい。深い理由も大した理由もなくて、制服が可愛かったからです。はい」


 ただのユキの趣味だった。


「あー、趣味は人それぞれだからいいんじゃね?」

「なんだよ、いいじゃないか。ボクだって可愛い服着たいんだよっ」


 だから、いいって言ってるだろ。何で逆ギレされるんだよ。


「そもそも普段から可愛い系の服ばっかりじゃなかったっけ? 具体的には俺が着るとアンチスレが加速する類の」

「それでも、一応男性物の範疇なんだよ。……言葉遣いだってそうだし。あと40%……いや、せめて20%でも戻れたらもうちょっと……」


 ボクっ娘……子? なのもユキなりに色々葛藤があるんだろうか。特異なケース過ぎてさっぱり理解できない。

 俺的には別に普段からスカート履いてたって今更気にしないのだが、何か理由付けないと着れないとかそういう事なのかもしれない。




 無事食事を終えて、最後にメイド服のままである事を話すと、ユキは慌てて事務所へと引っ込んでいった。

 トマトさんは最後まで現れなかったので、俺は入り口であったメイドさんに事情を説明して店を出た。どうも、トマトさんは事務所で仕事に忙殺されているらしい。奥からちょっと悲鳴らしき声が聞こえた。


「えっ、ええっユキちゃんっ!? ってなんで!? 仕事してる場合じゃねえっ! ええい煩いっ!! はーなーせーっ!!」


 ……聞かなかった事にしよう。




-5-




 そして、遠征出発当日。専用に用意された転送部屋の前に俺たちは集合していた。

 元々今回のような大規模遠征は現地集合である。こうして一般で依頼を受けた冒険者とは別に移動しても不自然ではない。

 ここにいるのは俺とサージェス、グレンさんとフィロス、そしてトマトさんとニンジンさんだ。< アーク・セイバー >の追加要員はまた別のタイミングで出立するらしい。実はゴーウェンも参加するらしいが、合流は遅れるそうだ。


「やるなとは言わんが、戦場で裸になるのはほどほどにな」

「はあ……そうですね」


 一応、無駄とは思いつつサージェスに釘を刺しておく。

 フィロスが言ったように迷宮都市の外では規制に引っ掛かる事もない。だから俺がなんと言おうが存分に全裸になって光る事ができるのだが、いまいちサージェスの返事は歯切れが悪い。


「なんだよ、体調でも悪いのか? また賢者モードか?」

「いえ、元気ではあるのですが。……戦場のような場所では、脱いでもほとんどが気にも留めないんですよね。以前、帝国で傭兵として参加した際もそんな感じだったので」

「そうなのか……」


 脱がないなら、それならそれでいいんだけど。じゃあ、戦闘力が必要な場面……たとえば例の転移者にかち合った時くらいしか脱いだりしないという事か?


「会議の場なら……いや、しかし……」

「お前、騎士団との打ち合わせの場で脱ぎだしたら放り出すからな」

「『無礼な奴め、折檻してくれる』とか言い出す貴族の人はいませんかね?」


 知らねーよ。


「いや、本当にやめてくれよサージェス。一応僕の古巣なんだ」

「しかし、フィロスさん……」

「しかし、じゃねーよ」


 それが意味のある事ならともかく、お前がやりたいだけでまったく必要ない事だからな。


「グレンさん的にはどうなんですかね。やっぱりこいつ置いていったほうがいいですか?」

「いいんじゃないか? いつもの傭兵扱いの遠征ではなく、今回はれっきとした援軍だからな。多少傍若無人に振る舞ってもなんとかなるさ」

「おお、分かって頂けますか。さすがトップクランのマスターは一味違う」

「いや、少しも理解はできないが。私も奴らは嫌いだからね。虚仮にしてやるといい。はははっ」


 あれー、< アーク・セイバー >一の常識人さん? 部下のフィロスさんが頭抱えてますよ。


「それで、センパイ方のコードネームはどうするんですか?」

「コードネーム?」


 ……ああ、偽名の事か。重要でもないんで忘れてた。

 トマトさんたちは決まってるのがあるんだよな。俺は……ロープで良いかな。


「今回は正式な援軍だから偽名は必要ないぞ」

「え、いらないんですか? ……あたし、偽名なしで外出るのは初めてかも」

「ミユミ君に関してだけは潜入任務だから必要だろう」

「あ、そうか」


 暗殺になるかもしれないのに、本名は使わんよな。そもそも名乗る場面があるかは分からんけど。


「じゃあ、ヴィヴィアンはどうする?」

「私は、キャロット、です」


 ニンジンさんは偽名に拘りがあるらしい。じゃあ、俺たちは特に必要ないかな。


「では私は『這い蹲る豚』で」

「却下だ」


 それだと、俺も常時それで呼ぶ必要があるだろうが。呼び辛いよ。


「では、『ラージェス』にしましょうか」

「あんまり変わってる気がしないが、そもそも偽名の必要がないんならいいんじゃないか?」


 言葉の響きだけ聞いて『裸ージェス』の意味が分かる奴はいないだろう。


「じゃあセンパイ、キャロットの事は預けるんで宜しくお願いします」

「宜しく、ぶちょー」

「おう、宜しくな」


 変な奴だが、トマトさんと一緒よりはいいだろう。

 戦闘力はほとんどないという話だが、それでも冒険者として最低限の身体能力はあるだろうし、この体格なら最悪脇に担いで逃げる事も可能だ。攻撃用の魔術も使えるらしいし、その場合は砲台になってもらおう。


「では、そろそろ行こうか。行き先は王国最北部にある大平原の駐屯地だ」


 グレンさんの言葉で、ようやくこの遠征が始まるという実感が沸いた。

 不安材料もあるが、初の遠征任務だ。お勉強させてもらおうか。




 ゲートを潜る直前、後ろから袖を引かれ振り返る。……トマトさんだ。

 ここを過ぎればしばらく会わないわけだし、出立前に言っておきたい事でもあるのだろうか。


「なんだ?」

「センパイセンパイ、ラーディン潜入の御土産は何がいいですかね? 王冠とか……それとも、あんまり趣味じゃないんですが召喚士の生首とか欲しいですか?」

「そんな笑えないブラックな土産いらねーよ」


 ボーグじゃねーんだから、そんなもの渡されたら完全にホラーだ。……それはダンマスに渡しておけ。



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