第4話「リベンジマッチ」



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 ダンジョンアタック中、特にこのような拠点を張ってのレベリングの際に用意される食事は、あまり手がかからず大人数を賄える物が多いという。

 目の前のカレーを食しつつ、そんな話をいろんな場面で目にするなと考えていた。個人のホームページでレシピ公開している人も多いし、やはり結構重要な事なのだろうか。

 鍋で大量に用意できる物は確かに便利だ。冒険者の間でカレーが好まれるのも極自然な事といえるだろう。

 だからといって、ゴブタロウ氏のページにレシピが公開されているゴブリンカレーは食いたいとは思わない。カレーの強烈な風味で多少誤魔化したところでゴブリン肉はゴブリン肉なのだ。カレー単品のほうが美味いに決まってる。

 まあ、カレーは美味い。美味いは正義という事だ。


「摩耶君はアレかね、らっきょうがそんなに好きなのかね?」

「え? ええ、まあ好きか嫌いかでいえば好きですが……」


 どっちかといえば好きな物が皿に山盛りになっているのは違和感しかない。まさか、アレが普通のつもりなのだろうか。量がご飯と変わらないんだが。

 今後も、今回のように拠点がある場合はこういった食事風景になる事が多いのだろう。

 もちろん、拠点もなく、ダンジョンの途中で食事となるケースも多く、そういった場合は携帯食が主になる。食べられない状態も有り得るだろう。

 だが、食事は活力の源だ。ここに力を入れないパーティは気力が持たず、最悪瓦解するパターンも多いというのが水凪さんの経験則らしい。

 不味い食事ばかり出るダンジョンアタックと、美味い食事の出るダンジョンアタックなら後者のほうが気合いも入るというものだ。

 食欲魔人の水凪さんの意見だから鵜呑みにしてはいけないのかもしれないが、少なくとも俺は同意見だな。

 というわけでダンジョンアタックは終了、引き上げも決まったが、せっかく作ったのだから食べて行こうと食事ができる面子でテーブルを囲んでいる。


「これで引き上げなら全部食べちゃって良いですか?」

「ど、どうぞ」


 他の面子の数倍の大きさの皿に盛られたカレーが、いつの間にか消失していた。

 明日もアタックが続く事を想定してなのか、巨大な寸胴鍋にはまだなみなみとカレーが残っているが、あれくらいならあっという間に消えてしまうんだろうなと感じている。……慣れって怖いね。


 今回のパーティに限らず俺は食事当番からは外れているので、せめてはという事で後片付けは行う。

 大規模なクランの場合、クランマスターは当番から外れたりする事も多いらしいが、まだクランではないのだから役割分担はちゃんとするべきだろう。

 ……俺も料理を覚えた方が良いんだろうか。

 自覚はないのだが、どうも俺は飯マズらしく、大抵の場合もう作るなと言われてしまう。極端な場合、野菜を切るのでさえストップがかかる。

 舌は敏感なので、自分が作った物が不味いという事は確かに分かるのだが、俺自身がそこまででもないと感じていても、同じ物を食った面子は一発でノックダウンするのだ。……自分の作ったものだから、舌の評価が甘くなっているのだろうか。

 ここまで来ると、俺のスキルのどれかが邪魔をしているという事も有り得るなんて事も思ったのだが、前世でもそんな事を言われていたので、これはもう本質的なものかもしれない。

 確か、これが原因でサラダ倶楽部メンバーが大乱闘に発展した事もあるのだ。詳細は覚えてないが。

 ……やっぱり止めておいたほうがいいかな。呼び起こしてはいけないモノが蘇ってしまうかもしれない。


 食事を終え、ラディーネがコテージの撤収を始める。ちょうどいいので、水凪さんに例のクランの件を話してみた。


「クランですか。先に進めそうなメンバーですし、アリかもしれませんね」


 結構好感触なようだ。話してみるものである。


「水凪さんは無限回廊の攻略を進める目的があるのか?」


 食費を稼ぐという目的だけだったら、今のままでも問題はないはずだ。……ないよね?


「ありますよ。第五十層よりも先に行こうとしている冒険者なら、大抵がそういった渇望を抱えています。私の場合は食費がアレなので大変ですが、普通だったら中級の下位……ここら辺で戦うだけでも生活費は稼げますし、副業持ちも多くなって来ますから」


 猫耳みたいな奴って事か。やっぱりここが冒険者としての分岐点なんだろうな。

 ならば収入が少なくなれば頑張るのかというと、稼ぐ階層が変わるだけで結局は停滞するんだろうな。難しい問題である。


「じゃあ、水凪さんの渇望は? 隠してるなら無理には聞かないけど」

「私の場合は、深層以降のモンスターを食べてみたいんですよね」


 返ってきた回答はある意味予想通りのものだった。


「……先に進んだからといって、美味いとは限らないんじゃないか?」


 普通は食用に飼育された家畜が一番美味いだろう。しかも迷宮都市の家畜は、ストイックに自分が美味しくなろうと努力する頭のおかしい連中だ。

 奴らの中では美味い奴が偉いという謎のヒエラルキーが確立されている。

 そして、ダンジョン内でドロップするアイテムの中には食材もあるが、オーガのように強くて不味い奴もいる。強さは美味さのバロメータではない。

 それに、たとえばいつかアーシャさんの動画で見たカラクリ武者なんて、食うところすらないからドロップすらしないだろうし。あとはゴーレムとか。


「それはそうですが、先に行けば見た事のないモンスターがいるのも確かですしね。< 美食同盟 >のレストランで出している深層のモンスターなんて結構な美味ですよ。……高いですけど。ええ、ほんとに高いですけど……」


 何か思うところがあるのか、遠い目をしている。そんなに高いメニューがあるのか……。

 ああ見えて< 美食同盟 >は意外と武闘派のクランである。最前線には届かないが、準一線級のポジションは確保している。……確か、最高到達層は六十を超えていたはずだ。そんな階層まで行けば、ドロップアイテムは総じて高価である。食材だろうがそれは変わらない。

 先駆者がいるとはいえ、食事にかける情熱だけでそこまで行くのだから食欲というものは侮れないものだ。

 一〇〇層以降に未知のモンスターがいるのは確定している。《 飢餓の暴獣 》の話をした時、ダンマスから竜種や獣種という言葉も出ているしな。あれは確か一五〇層の話だったか。


「ちなみに水凪さんって、普段はどのあたりの階層をメインに攻略してるんだ?」

「フリーって事もあって階層はバラバラですが、第四十層前後が多いですね。レベルが全然足りてないので攻略するのは難しいですが、一応第五十層以降にも行けるようにはなってます」


 そりゃすごいな。第五十層ボスの撃破経験アリって事か。


「それで、なんでDランクなんだ?」

「第五十層はサポートの枠が足りなかったから参加させてもらっただけですしね。まだまだ実力が足りません。D+まではいけるんですが、その先がなかなか……」


 サポートの場合はそういう事も有り得るのか。確かにタンクやアタッカーよりはレベルに影響され難い気もする。


「それに昇格試験はパーティ前提で組まれる事が多いので、フリーの立場だと失敗ばっかりなんですよね。降格もしょっちゅうです」

「そのためのメンバー確保が難しいって事か」


 D以降は一つ昇格するにも昇格試験が必要になる。しかも、それ以外にも降格する条件がある事を考えると、常にメンバーが確保できないフリーランスは不利かもしれない。


「クランとしての目標は決まってるんですか?」

「第一目標が一〇〇層超えだ」


 表向きは未だ達成されてない事を目標に掲げるのは無謀にも見えるかもしれないが、散々デカイ口叩いてるからな。まずはそれくらい突破しないと。


「……へえ」


 どこにスイッチがあったのか分からないが、俺の言葉で水凪さんの雰囲気が一変した。

 表情が変わったわけではない。あえていうなら、変わったのは目だ。これまでの穏やかで人畜無害だった視線が、俺を観察する目に変わった。

 有り得ない目標を掲げる俺を笑っているわけでも、馬鹿にしているわけでもない。これは……あえて言うなら肉食獣の、捕食者の気配だ。


「こんな第三十一層でグダグダしてる奴が言うような事じゃないかもしれないが」

「いえいえ、……いいですね。これまでの渡辺さんの実績を考えると、あながち無理じゃなさそうなのがまたいいです。今は実力を付ける事をメインに活動してますが、私はソロ活動は不可能なので本当にいい機会かも知れません。……ちょっと検討する時間をもらえますか?」

「クラン自体はまだできてない状態だから、設立までに答えをもらえれば助かる」

「はい」


 無限回廊第一〇〇層超えの目標を話した際に見せた獰猛な気配が気になるが、ちゃんと検討してもらえるみたいだ。


 その後、優先的に攻略に参加してもらえる事にも承諾をもらい、勧誘は一段落した。

 ちなみに、クランハウスの部屋は実家があるので不要との事である。ちょっと残念だ。

 しかし、加入予定メンバーまで含めると、随分と人員が充実して来たな。サージェスを筆頭に変なのも多いが、それは今更だ。……いや、誰がどう変だとか言うつもりもないのだが。




-2-




 ダンジョンからは二日目で撤収し、ギルドの精算を行う。

 前回同様ラディーネにお願いしたので、俺たちはロビーでそれを待っている。顔だけのボーグにも、それを抱えるキメラにもそろそろ慣れてきた。

 水凪さんはソファに座ったまま動かないが……寝てるな。呑気な寝顔だが、食べ物の夢でも見ているのだろうか。


「なるほど、すでにクラン設立に必要な人員は確保できたというわけですか。順調ですね」


 今後加入が予定されるメンバーについて摩耶に説明する。

 他の面子にも追って詳細は伝えておく事になるが、帰郷中のガウル以外はクランハウス住みだからいつでも話せるだろう。

 予定とはいえ、設立メンバーについては規定の十二人は突破した。クランハウスと、ついでにマネージャーまで確保済だ。


「メンバーは足りるといっても、設立条件のCランクが遠いがな。GPも全然だ」

「GPについてはクランハウスが確保できてる時点でかなり楽になるはずです。……ひょっとしたら一年以内に設立狙えるかもしれないですね。そしたらまた新記録です」


 基準が分からんが、そのペースは間違いなく早いだろうな。

 アーシャさんだって中級ランクに到達してからはガクッとペースが落ちている。当時前人未到だったという第六十五層までも数年かけて攻略しているのだ。


「それにしても、ディルク先輩にラディーネ先生、水凪さんも勧誘は多いと聞きますし、優良なメンバーばかり集めてきますね」

「"偶然"によるところも多いがな」


 実に運命的だ。どこまでが掌なのか分からないのは、いくら割り切ったとはいえ気持ち悪いもんだ。

 あのギフトのルールについては考えても分からない事だらけだが、ロッテとの戦いの中で最も強く感じたのは『死への抵抗』だ。

 極限状態、死に近い状態で俺を死なせないように力を与えてくるものとして扱うなら、平時であれば影響は少ないのかもしれないと考えた事もある。

 フィロスが言うには、それでも何しらの力は感じるらしいが、やはり顕著なのは死にかけの時らしい。曰く、『死ぬような気がしない』そうだ。

 まあ、あのギフトがなかろうと俺がしぶといのは確かだ。大袈裟と思うが、前世でもサラダ倶楽部の連中から『紛争地帯に全裸で放り出しても生還しそう』とか言われていた。今と違い前世は普通の一般人なので、さすがにそれは言い過ぎである。

 思考が脱線してしまったが、あのギフトは案外、生死に関わる部分以外は大した影響力はないのかもしれない。

 というか、やる事なす事全部操られてたら何もできない。だから、運命だろうが偶然だろうが、俺は自分の目と行動を信じるべきなのだろう。

 だって、全部が全部運命ならパンダすら運命になってしまう。いくらなんでも……ねえ?


「変人どころか、人外まで多いクランになりそうだが、摩耶は大丈夫なのか?」


 俺と同じ常識人ポジションとして思うところはないのだろうか。


「ああ……私はもう気にしない事にしました。むしろそういう規格外が多い方が、大海へ突き抜けられるでしょう」

「気にしないならいいが」

「< ウォー・アームズ >なんて人間の方が少ないですよ」


 あそこは確かに亜人種が多いらしいが、それでも一般に認知された種族がほとんどだ。サイボーグやキメラなんて良く分からないカテゴリじゃない。

 ウチはそれに加えて、動物のはずのパンダまで冒険者として混ざってるのだから余計に意味が分からない。そりゃ、ローランさんもオーク麺を噴き出すわ。


 ……あえてここで言う事じゃないんだが、摩耶も最近ちょっと変だと思う。

 吹っ切れ過ぎというか、飲み込み過ぎというか……。上手く言えないが、普通のカテゴリからはズレ始めていないだろうか。

 まさか、良く言っている鯨って、そういうものを全部飲み込んで大きくなりますよって事なんだろうか。


「フィロスさんものんびりできないですね」

「そういえば、あいつの入団試験は上手くいったのか? まだレベルも全快してないだろ?」

「まったく問題ありません。そもそも入団前提の試験のような面もありましたし。剣刃さんも他の団員が驚くのを見たかっただけでしょう。ただの余興です」


 同行した摩耶が言うんだから、本当に問題ないんだろうな。


「結局、フィロスさんもゴーウェンさんも、第二部隊の所属になったようです」

「第二部隊……えーと、グレンとかいう人の部隊か?」


 < アーク・セイバー >の中で、唯一会った事のないクランマスターだ。

 クランマスターの中では最もメディアへの顔出しが多く、テレビや雑誌で良く見かけるので顔は知っている。極めて正統派なイメージの騎士さんだ。


「そうです。真面目な人が多い部隊なので、性格的にも合ってるんじゃないでしょうか」


 フィロスはそうだろうが、ゴーウェンは分からんだろ。俺、あいつの性格は未だに掴めてないぞ。


「独立を狙うにしても、おそらく一番いい選択肢だと思います。それでも一年以内というのはまずないでしょうが。……あちらはまずメンバー集めからですね」


 あいつも大変だろうが、挫折する未来は見えないな。なんだかんだで形になる気がする。俺も負けないように頑張ろう。



「精算終わったぞ……って、なんで水凪君は寝てるんだ?」

「疲れてたんじゃないでしょうか」


 そうだろうか。確かに水凪さんは役割も多く疲れるポジションだが、戦闘終わってすぐにダンジョンから出てきたわけでもない。ただマイペースなだけのように思える。あるいは血糖値スパイク。

 無防備に寝ている姿はとても可愛らしいのだが、本人の事を知っていると、『もう食べられません~』とかベタな寝言を言い出しそうだ。

 ……いや、おかしいな、この人が食べられない量の食事というのが想像付かない。お菓子の家ですら難なく食い切ってしまいそうなイメージが……さすがに有り得ないだろうが。


「まあいい、精算だが……ボーグの身体や私の銃の修理費を考えると収支は確実に赤だな」

「弾薬とかの消耗品は別にしていいぞ」

「それでもだ。ボーグのボディは非常に高価だからな。この階層の収入で賄えるものじゃない」


 高そうだもんな、あの身体。構成部品も多いだろうし。

 ちなみに俺や摩耶、水凪さんの収支は黒だ。消耗品を除いても十分稼げる現場である。


「まあ、これらに関しては街から補助金も出てるし気にしなくていい」

「高価なら仕方無いのかもしれないが、ボーグの身体をもう一つ持っていくっていうのは無理なのか?」


 今回引き上げてきた理由もそれなのだから、対策が必要だろう。予備パーツだけじゃなく、ボディそのものがあればインターバルで切り替えできないだろうか。


「なかなか悩みどころではある。……今、ああして顔だけになってるだろ?」


 ラディーネが指す先にはキメラに抱えられたボーグの顔がある。

 俺たちの視線に合わせて無言のままアメリカンスマイルを見せるが、顔だけだと不気味だから止めて欲しい。軽くホラーだ。

 戦闘中みたいに、顔面にフェイスガード付けてろよ。なんで生首のまま抱えられてるんだよ。


「あれを身体に接続する場合、接続処理やデータ同期、エラーチェックで一日近くの時間がかかるんだ。腕や脚だけだったらかなり短くて済むんだがね」

「なるほど、ボーグさんがメンテナンスの際にいつも顔だけなのは、そういう理由ですか」


 ダンジョンアタックの日程に合わせてセッティングしてるって事か。一日くらい前から接続を開始すると。


「一応メンテナンス時に使う仮ボディもあるんだが、あいつは嫌いみたいでね。再接続も面倒だし、基本あのままにしてる」


 自分で歩き回れないのはストレスじゃないんだろうか。……顔だけの奴に今更か。どんな精神構造してるんだろうな。


「アンナダサくて貧弱なボディは不要デス。廃棄シマショウ」

「まあ、有り合わせの部品で作ったものだからダサいのは認めよう。だが、廃棄はしない」


 昭和的なデザインになっちゃったりするんだろうか。ドラム缶みたいな。


「つまり、今の環境だとボディの付け替えを含めると、それだけで三分の一の日程を消費してしまうって事か?」

「そういう事になる。ついでに言うと、あいつのボディは日々進化している。それに合わせて予備も作り続けるのは予算的にも厳しい。今回だって、ダンジョンアタックで得た情報をフィードバックして、ボディ自体にも微調整を入れるしな」


 だから応用の利く予備パーツで対応しているのか。発展性は天井知らずだろうが、難儀な存在だな。

 ……あいつ自身は気にしてなさそうだから、金の事で悩むのはラディーネの役割って事か。


「街に出す申請書がこれがまた面倒なんだ。クローンパンダに一匹でも《 事務処理 》のスキルがあれば楽だったんだがね」

「それなら、ウチのマネージャーに頼むって手もあるな。クラン運営に直結する部分だし、加入前提なら引き受けてもらえるんじゃないか?」

「ほう……それは良いね」


 並の人間で大変な事務仕事でも、ククルなら片手間でこなす。目を疑うスピードで処理してくれるだろう。

 ラディーネも一度見てみるといい。ビビるぜ。




-3-




 打上げもなく、今回はそのまま解散である。前回ひどい目に遭ったからどうやって断ろうかと、飲み会を断る新人サラリーマンのような事を考えていたのだが杞憂だったようだ。

 摩耶がいれば多少マシなんだろうが、あの空間はちょっと頂けない。女の子への夢が崩壊しかねない空間だ。もうちょっとくらい夢見させて欲しい。


 ギルド会館での解散となったため、臨時の仕事でもないかと受付掲示板を眺めていると、例の戦争の募集が目に入った。

 スピード決着になると思っていたのだが、まだ募集しているらしい。さすがに開始数週間で決着は無理があるようだ。


「やあ、渡辺君じゃないか。久しぶり」


 不意に声をかけられたので振り返ると、いつか交流戦の設営で一緒になった男が立っていた。名前は確か……。


「クラーダルさん」

「お、覚えててくれたのか。嬉しいね」


 あまり特徴のない人だったが、テラワロスにプゲラされたという事で印象に残っていた。

 ユキが< 毒兎 >を取りに質屋へ行った時にベンチに座っていたらしいので、相変わらずロストマンらしい。


「ユキが質屋で見たって言ってましたよ」

「あちゃー、見られちゃったか。……そうなんだよね。この前全滅しちゃってさ。まさか討伐指定種が出てくるとは……」


 俺たちと同じような体験をしているようである。俺はロストしてないけど奇遇ですね。


「テラワロスとあのババア、マジで死なねえかな……」


 そんなに気性の荒い人ではないんだが、ことテラワロスの事になると凶暴な顔になる。ロストマンってみんなこんな感じなんだろうか。

 ……保険と貯金はちゃんとしたほうがいいね。


「ここにいるって事は装備の回収のために臨時の仕事を?」


 それなら、質屋で項垂れたままのロストマンよりは前向きでいい事である。


「いや、回収に必要な資金はナナに貸してもらったんだ。……あ、ナナは覚えてるかな」

「一緒に設営した人ですよね。でも、別のパーティだったはずじゃ……」


 ナナさんは確かユキのファンクラブに入っているという女冒険者だ。顔の記憶はあやふやだが、名前は辛うじて覚えてる。

 グループとして自己紹介した時は俺とユキ以外初対面だったはずだ。


「今も別パーティだけど、あの仕事がきっかけで付き合い始めたんだ。いや地味だけど結構いい子でさ。波長が合うっていうかなんというか……」


 惚気話の開始である。


「それはおめでとうございます。……ところで爆発に興味はないですか。知り合いの猫耳に爆弾魔がいるんですが」

「や、やめてくれよ。……冗談だよな?」


 冗談だよ。……爆ぜてしまえばいいのに。誰か、誰か壁殴り代行の方はいらっしゃいませんか。


「まあ、そういうわけで借金返済のための仕事探しだよ」


 そうやって尻に敷かれる口実が増えていき、じわじわと外堀から埋められて、気付けば逆らえないようになっているのだ。

 別にそれでも問題なさそうなところが羨ましい。半年後には結婚してそうだ。できちゃった婚あたりで。


「前の設営もそうですけど、こういう臨時の仕事は良く請けるんですか?」

「ペナルティ中は良く請けるね。ダンジョンアタックを週末に固定して安定した副業に就いてもいいんだけど、冒険者への意欲が維持できなくなりそうだし」


 ユキと同じか。ペナルティ中に臨時の仕事をするのは鉄板なのかね。


「昔、副業についた途端、極端に臆病になったパーティメンバーがいてさ、環境の変化って馬鹿にできないなって思ったよ」


 なるほど、なかなかタメになる話である。ラディーネが言う中級冒険者の問題や、猫耳のやる気に繋がる部分なんだろうな。

 普段は普通のお店で働いてる奴が、週末だけガチの殺し合いするっていうのは環境の違いが大き過ぎる。普段が平和なだけに痛みや恐怖を避けるのも理解できるというものだ。

 たとえば平日はコンビニで接客、品出し、レジ打ち。土曜になったらダンジョンアタックの準備、そして日曜に潜って巨大モンスターと血塗れで死闘。

 場合によっては食われたり溶かされたり、四肢を食い千切られたりして帰宅。翌日には平和なコンビニバイト……なんて、メリハリが効き過ぎというものだろう。冒険者やってる目的や意義を見失いそうだ。


「だから少なくとも上を目指す間は、冒険者以外の決まった職には就かない事に決めているんだ」


 それは多分正解なのだろう。少なくとも俺は同感だ。


「ちなみに今日はどんな仕事を?」

「ああ、もう受注したあとなんだ。例の戦争で傭兵やってくる。遠征だな」

「……ほう」


 随分とタイムリーな人だ。


「……あの仕事、報酬や拘束時間考えると微妙じゃないですか?」

「人気はないよな。ただ、生活費はおろか装備や宿泊費まで賄ってもらえるから、中級の中でも下位ランカーは請ける人は多いよ。俺もその口だし」

「死亡リスクありますけど」

「まあね。極小でも事故に遭う可能性もあるからな。実際遠征で死ぬ人は少なからずいるみたいだし。そこは気をつけるよ」


 やっぱり遠征で死ぬ人はいるんだな。

 冒険者にとって死は身近で遠い概念だ。いくら戦力が隔絶しているとはいえ外は別世界なのだから、慎重になってなり過ぎるって事はない。


「ちなみにナナさんと結婚のご予定は?」

「なかなか切り出すタイミングが……って、まだないよ! 死亡フラグ立てさせるつもりか。ひどいな」


 いやいや、そんな事はないですよ。ただ、こういうのはジンクスだからな。


「クラーダルさんは死にません」

「い、いきなり何を言い出すんだ。そりゃ死ぬつもりはないが」

「ただのおまじないです。万が一危険な場面に遭遇したら、さっきの言葉を思い出すと生き延びる事ができるでしょう」

「こ、怖い事を言うな。……一応覚えておくよ」


 フラグクラッシュに有効なのは逆フラグだ。トマトさん曰く、フラグクラッシャーの俺が言うんだから間違いない。

 狙ってやっていた面もあるが、前世を含め多少の逆境なら乗り越えてきた自負がある。コンビニ強盗くらいなら返り討ちだ。

 そして、死を間近にしていつも思い出すのは、こういう何気ない言葉なのだ。その度に俺は引き戻されてきた。




-4-




「よし、じゃあいよいよ本番だ。準備はいいか」


 そして時はあっという間に流れ、翌週のダンジョンアタック。三日目もすでに後半戦だ。制限時間は残り三時間程度である。


「ラディーネ先生。コテージはカードに戻しておいたほうが良いのでは?」

「おっと……どちらにしてももう使わないし、その方がいいな。ここに戻ってくるっていう意味のゲン担ぎでそのままでもいいが」

「制限時間切れになったら目も当てられないですが」

「……そうだね。生きてるのにロストとか最悪だな」


 ダンジョンの制限時間が終了した場合、そのアタックは終了となり転送施設に戻される。

 その時点で死んでなければレベルダウンもアイテムロストもないが、置いてきたアイテムがあればロストだ。質屋行きである。ワイバーンとの戦いは長期戦も有り得るので、わざわざリスクを増やす必要はない。ちなみに谷底などに落として回収できない場合もロスト扱いである。トライアルの時に置き去りにしたミノタウロス・アックスのようなものだ。


 通路はすでに静かなものだ。ここまででオーガもブリーフさんも大量に片付けたし、実は下へ繋がる階段も爆破済である。

 通路自体は残してあるが、階段は五つ下まで爆破済みなのだ。リスポーンしていても、翔べない奴はここまで来れない。

 上は猫耳が爆破したままだし、ワイバーンを待ち受ける準備はこれ以上ないほどに整ったと言える。


「懸念は< 狂化 >だな。どの程度パワーアップするのか分からん」


 奴の事を詳しく調べたところ、一定値以下までHPが減少した場合に< 狂化 >と呼ばれる状態に変化する事が分かった。行動パターンが変化、能力値もかなり強化されるらしく、まさしく発狂ボスである。

 大ダメージで一気にトドメを刺せばそのまま死ぬんだろうが、この面子にサージェスの《 ドラゴン・スタンプ 》、《 インモラル・バースト 》、超高所からの墜落と同等のダメージを出す手段は存在しない。どうしても< 狂化 >は発動するだろう。


「基本的には< 狂化 >してもフォーメーションはそのままだ。どの程度変わるかにもよるが、最悪の場合は撤退も検討する」

「君がリーダーなんだから判断は任せるよ」


 リーダー……そうか、クラン加入も決まったわけだから、必然的に俺がリーダーの方が座りがいいのか。ラディーネとの合同攻略だったはずなのに……今更か。


「撤退ポイントは三つ。誰かが死んだ場合、攻撃が通らない場合、俺が盾役をするのが困難なほどの攻撃があると分かった場合だ」

「君は本職の盾ではないからな。仕方あるまい」


 盾のスキルは何もないしね。《 瞬装 》による切り替えができるくらいしかメリットがないのだ。あとは構えて耐えるだけである。

 ティリアほどのポジショニングもできない。臨時で盾やってみて分かったが、あいつの位置取りはかなり絶妙だ。ここでのフォーメーションはかなり単純なのに、自分の下手くそさに愕然としたね。


「さて、そろそろだ」


 もう残り時間も少ない。初回のアタックを基準にすればそろそろのはずだ。


「……来るぞ」


 遥か下方からワイバーンの咆哮が近付いてくるのが分かる。

 その声は瞬く間に近付き、俺たちの立つ通路を越えて姿を表した。通路へ降り立ち、ワイバーンはより一層大きな咆哮を上げる。

 相変わらずすさまじい威圧感だ。巨体揃いのこのフロアで、群を抜いて大きなその身体は、翼を広げるとより大きく見える。まるで山だ。

 いつか、恐怖の状態異常に陥った際に見たブリーフさんと同等に大きく見える。しかも、それは錯覚ではなく本物だ。


「作戦に変更はない。遠距離から仕留める」


 幸い、あいつが降り立ったのは俺たちから向かって正面。多少距離のある場所だ。

 予定通り俺が盾、後ろからラディーネ、ボーグ、水凪さんの三人で遠距離攻撃する。キメラと摩耶はワイバーンが飛び込んできた場合に備えて待機だ。ブレスがある以上、前に出すのは危険である。

 最初に動いたのはワイバーン。降り立った場所からこちらに向けて仕掛けようとしているのが分かる。

 あれはブレスの予備動作だ。強力な分溜めの時間が長いのか、来ると分かっていれば対応準備はできる。


――――Action Skill《 エア・スクリーン 》――


 酸のブレスに対してどこまで効果があるかは分からないが、水凪さんが俺たちの前に風の障壁を張る。

 これは予備……どちらかというと広範囲をカバーするもので、少しでもブレスが後ろに逸れる事を防ぐための物だ。


――――Action Skill《 瞬装:グレートシールド 》――

――――Action Skill《 瞬装:グレートシールド 》――


 あくまでブレスの直撃を止めるのは俺である。真っ向から受け切ってやる。

 展開するのは二枚のグレートシールド。あいつの対策のためだけに用意した耐酸膜加工の特注品だ。加工費だけで本体の値段を超えるという非常識な代物である。

 俺がこれでブレスを防いでる間に、足の止まったワイバーンを狙い撃ちするのが今回のメインの策になる。


――――Action Skill《 アシッド・ブレス 》――


 そして酸のブレスが発動。ティリアの全身鎧を盾ごと腐食させた攻撃がワイバーンの口から噴出した。


「ぐっ!」


 放出されるブレスの、あまりの勢いに押されそうになる。分かっちゃいたが、こいつはなかなかハードだ。

 耐酸性膜が効いているのか、盾が腐食している気配はほとんどない。完全にガードできているわけでもないが、すぐにどうこうという事はない。

 問題は盾の隙間から漏れてくる分だ。《 エア・スクリーン 》でかなり拡散できているようだが、それでも俺のHPを減少させ、鎧とインナーを少しずつ腐食させていく。

 盾なしで直撃なら、あっという間にドロドロだ。そして、サローリアさんならきっとエロい事になるのだろう。超見たい。


「狙いは翼だ。火線を集中させろっ!!」


 後ろでラディーネが叫ぶ。

 《 アシッド・ブレス 》が不透明なためにここからではワイバーンの姿は見えないが、あいつの事だから正確な位置の把握くらいはやってのけるだろう。あいつを確認した時点で発動させておいた《 看破 》では、HPがみるみる減少しているのが確認できる。


「くそっ! まだ飛べるのか。ワタナベ君っ! 突っ込んでくるぞ」

「りょーかい」


 ラディーネが叫ぶのと同時に《 アシッド・ブレス 》の勢いが弱まった。わずかに晴れた視界の先に飛び立とうとするワイバーンの姿が薄く見える。

 大量に弾丸をバラ撒いてもまだあいつは五体満足だ。HPの壁が厚いのか、大きな傷も見当たらない。翼が千切れたりしたら楽だったんだかな。


「キメラっ! 摩耶! 俺が止めたら前に出ろっ!!」

「はい!」


 キメラからの返事はないが、伝わったと信じる。


――――Action Skill《 スタニング・タックル 》――


 ワイバーンの巨体が俺目掛けて真っ直ぐ飛んできた。あの巨体と真っ向勝負となるとゲンナリするが、下手に変な角度から来られるよりよっぽどいい。


「来いっ」


 二つの盾で真正面からワイバーンを受け止める。

 激突の瞬間、すさまじい轟音が鳴り響いた。スキルで補強された強烈な衝撃はオーガたちの攻撃なんて目じゃない威力だ。

 体感だが、今ので盾の耐久値の三分の一は持って行かれた。……代わりも準備してるがな。


「んだぁっ!!」


 勢いの衰えたワイバーンに対しこちらから押し込んでやると、完全に動きが止まった。

 そして、その絶妙なタイミングでキメラの身体が舞い、襲いかかる。摩耶はいつの間にかワイバーンの懐にいた。相変わらず速い奴だ。


――――Action Skill《 瞬装:グレートソード 》――


 二つの盾を仕舞い、代わりに大剣を展開。俺も攻撃に加わる。

 それに続いて、再度後ろからも攻撃が再開。動き回るキメラには少し当っているが、ほとんどフレンドリーファイアもない。大したものだ。

 距離が縮まった事、前衛組の攻撃が追加された事で急激にワイバーンのHPが減少する。

 そして、残り一割を切ろうとした時、それは起こった。


「狂化だ! 気をつけろっ!!」


 ラディーネが叫ぶが、何に気をつければいいのか。

 ……俺がやる事はこいつの戦力を確かめる事だ。

 狂化に伴って、ワイバーンの体は徐々に赤黒く変色していく。剣で斬っていると、あきらかに硬くなっているのが分かった。皮膚だけでなく、おそらくHPの性質自体が変化している。


 銃弾・矢弾が飛び交う中、再びワイバーンが舞った。

 宙に浮かび、こちらを見据えるワイバーンの姿は完全に変化が完了している。威圧感までもが上乗せされたように、激しいプレッシャーが伸しかかってくる。

 ……さて、ここからが本番だ。




-5-




「んなろっ!!」


 何度目かの突進を防ぎ切る。回数が分からなくなるほどにそれを捌き、俺の腕は悲鳴を上げ始めている。……腕だけじゃねーな。脚と、腰への負担がデカイ。

 問題はあの翼だ。遠距離攻撃があるからまだマシだが、宙に浮いたまま《 アシッド・ブレス 》と突進を繰り返されると、攻撃手段が限定される。


「こんのぉっ! 大人しくお肉になりなさいっ!!」


 水凪さんの叫びが伝わったのか、一瞬だけワイバーンが動揺したように見えた。

 ほんの一瞬だけ遅れたブレス攻撃に先駆けて水凪さんは矢筒から矢を取り出すとそのまま投擲する。


――――Action Skill《 ジャイロ・シュート 》――

――――Action Skill《 アシッド・ブレス 》――


 ジャイロ回転を加えられた矢がワイバーンに向かって高速で投擲される。それはブレスすら貫き、ワイバーンへと到達した。

 弓を使わないのは、弦が切れたのか、それとも弓本体が壊れたのか分からないが、ワイバーンの突進の際、ニアミスで尾が掠った時に破損したのだろう。

 武器破損時の代替手段として、投擲はアリだ。ダメージは小さいかもしれないが、矢自体に何かしらの追加効果があるなら、投擲だろうと発動するはず。事実、わずかではあるが継続ダメージが見られる。

 ワイバーンは元気そのものに見えるが、HPは削っている。あと少しなのだ。もう5%もない。……だが、その5%が果てしなく遠い。


――――Action Skill《 スタニング・タックル 》――


 再び、俺の盾目掛けて真正面から突っ込んでくるワイバーン。

 < 狂化 >で強化されたそのタックルは、いつかの訓練で戦ったアーマードスコーピオンのものとは比べ物にならない威力だ。

 もう何度目になるか分からないほど喰らっているが、何度だろうが受け止めてやる!


「ぐっうぅううっっ!!」


 飛翔スピードが上乗せされた巨大質量が俺の両腕に伸しかかってくる。支える両足は通路の床を削り取りながら押され、後退を続ける。

 だが、突進の力は弱まった。これならば……


――――Skill Chain《 バスター・タックル 》――


 ここに来て初見のスキル連携。なんとか押さえ込めたと安心したところに、連携しての再突進だ。ゼロ距離から爆発的な突進力が発生した。


「がああああっっ!!」


 俺の両腕の盾は弾かれ、砕かれ、その勢いのまま俺の身体は直撃を受け、吹き飛ばされる。

 いや、俺だけじゃない、進路上にいた全員が《 バスター・タックル 》の餌食となり、バラバラに吹き飛ばされた。慌てて着地体勢をとろうと試みるが、飛ばされた先には床がない。


「くそったれっ!!」


 間違いなく落下コースだ。通路に復帰できるような距離じゃない。致命的な状況に追い込まれた。

 ここに来て俺の弱点が露呈する事になった。本職の盾なら対応できたかもしれない。ティリアなら止めるだろう。くそ、情けねえ。無いもの強請りですね、そうですね。

 一瞬で巻き添えを喰らった仲間の位置を探る。ラディーネとボーグは二つ下の通路に落下するコース。キメラはギリギリ通路に残ったまま。水凪さんは……。


「きゃああああっっ!!」


 ワイバーンの突進を喰らい、そのまま壁に叩きつけられた水凪さんの姿が確認できた。

 そこから落ちた場所は一つ下の通路だが、遠目で見る限りでもダメージがマズい。魔化は始まっていないが、そのまま死亡でもおかしくない状況だ。

 そして、最大の問題は俺だ。場所が悪かったのか、落下する先に何もない。このままだとどこまで落ちるか分からない。転落死確定である。死ななくても戦線復帰が不可能な位置だ。

 どうしようもない。可能な限り近い通路に落ちるとしても、復帰できるのか。考えろ。何か手はないか考えろ!


「んなぁっ!!」


 突如、背中に衝撃が走る。通路へは距離が遠く、どう足掻いても届かないと諦めかけていたその時、俺の身体が背後から突き飛ばされた。

 軌道修正され通路へと落ちていく最中、目に入ったのは摩耶の姿。俺と違い、あいつなら高所からの落下にも耐えられるだろうが、場所が悪い。かなり下まで通路のない位置だ。

 あいつ、俺をリカバリさせるために……。


「くそっ!」


 ギリギリでラディーネたちが落下した通路に転がり落ちる。


「ラディーネっ!! 体勢を立て直……」


 叫ぼうとした次の瞬間、ワイバーンがラディーネに迫るのが見えた。そして、ラディーネ本人は未だ倒れこんだままだ。近くにいるボーグも動けていない。

 間に合うかどうかも分からない。だが、ここで走らなければ全滅だ。

 全力で駆けるが、遠い。どう頑張っても数秒足りない距離だ。


「ラディーネっ!!」


――――Action Magic《 ピンポイント・シールド 》――


 ワイバーンの突進が届く瞬間、ラディーネの手前にほんの小さな魔力の壁が出現し、その巨体が激突した。

 壁は瞬時に崩壊したが、ワイバーンの軌道はズレる。ここからでは確認できないが、水凪さんか。あの状態で合わせてきたのか。


「ぅらあぁぁっ!!」


 数秒稼げれば俺が間に合う。ほとんど激突するようなスピードのまま、ワイバーンへと強襲を掛ける。


――――Action Skill《 瞬装:グレートソード 》-《 ストライク・スマッシュ 》――


 瞬時に展開したグレートソードを勢いのままワイバーンの身体へと叩きつけた。

 食い込みはしたが浅い。あれだけ削ったというのにまだHPの壁が分厚い。どれだけタフなんだ。


 無理矢理フィールドを移動させられた以上、水凪さんの《 リジェネート・フィールド 》の効果もない。

 半壊状態のここからできる事は……。時間稼ぎで後衛が復帰できるかも分からない。だったらここは俺が……。


「うおっ!?」


 決死の覚悟でワイバーンと接近戦を繰り広げるその場に新たな影が参戦して来た。

 ほとんど真上からワイバーンに向けてのストンピング。……キメラだ。ああ、すげえ助かる。お前は顔は怖いができる奴だ。

 翼竜対怪獣の頂上決戦。その脇に俺。暴風のような格闘戦の横から地道に攻撃を繰り返す。ダメージは通っているが、HPが全然減らん。

 そしてヤバイのはその格闘能力だ。腕がたくさんあるキメラと互角に殴りあっている。

 食らいつき、食らい返しの応酬だ。奴はキメラの事を一番の脅威と判定したのか、俺よりもキメラを狙ってくる。……腹立つね、しかし。

 そして、均衡が破れる。


――――Action Skill《 食い千切る 》――


 俺の援護があったにも関わらず、キメラの腕が中ほどから食い千切られた。


「キメラっ!!」


 まだ致命傷じゃない。キメラに食らいついて、わずかでもワイバーンの動きは止まっている。今ならアクションスキルを叩き込めば……。


「どけっ! ワタナベ君っ!!」


 後ろから聞こえた叫び声に、半ば反射的に横へと飛び退いた。

 たった今まで俺がいた場所を射線にして、ラディーネが撃ったであろう攻撃がワイバーンを貫く。キメラは放り出されたが、射線は被ってない。さすがだ。

 狂化でべらぼうに硬くなったワイバーンの、その最も固いであろう胴体部分を見事に貫通し、後ろまで突き抜けたその攻撃はラディーネのとっておきだ。

< ヘヴィ・ペネトレイター > 前回ラディーネが試験目的で使い銃のフレームを歪ませた貫通弾である。


 そして、ダメージを受けて動きが止まった一瞬の隙をついて飛び込むボーグの姿。砲撃戦仕様ではほとんど推進剤がないはずのジェットを使い、ワイバーンの懐へ強襲する。


「オオオオオッッ!!」


 近距離用の武器は使えない。ボーグが選択したのはゼロ距離の射撃だ。

 ワイバーンの懐で、無数のマズルフラッシュが炸裂する。全弾撃ち尽くす勢いで、轟音を立てながらワイバーンの残り少ないHPを削り取っていく。

 そしてもう一発、ラディーネの< ヘヴィ・ペネトレイター >がワイバーンの身体を貫いた。


「クソッ!!」


< ヘヴィ・ペネトレイター >が二発、ボーグのゼロ距離射撃を全弾撃ち尽くしてもワイバーンは健在だった。残りHPはわずかだ。目算では1%もないように見える。

 だが、まだ健在なのだ。


――――Action Skill《 食い千切る 》――


 身体や翼に無数の貫通痕が見られるが、それでもまだ動き、ワイバーンはボーグの身体に向けて食らいついていく。


「ボーグっ! 避けろっっ!!」

「ムッ…グおおおおっ!!」


――――Skill Chain《 食らい尽くす 》――


 深々とボーグの鋼鉄の身体に牙が貫通し、そのまま粉砕すべく力が込められる。


「ボーグっ! 自爆承認だっ!!」

「イ、イエッサー」


 張り上げたラディーネの言葉にボーグは躊躇いすら見せず自爆装置を発動し、噛み砕かれる寸前の身体部分が大爆発を起こした。

 倫理的にはどうかと思う手段だが、この場面ではこれしかないというほどに上手いタイミングだ。ほとんど偶然だが、口の中での大爆発。これならいくらなんでも――


「っ!?」


――煙の中で咆哮が上がった。それは、間違いなくワイバーンのもので、未だ健在である事を示している。くそ、どんな化け物だ。


「ははっ」


 ……何、大した事はない。いつも通りじゃねーか。


「ラディーネ、なんでもいい、突っ込むからそれに合わせて援護をくれ」

「それは……分かった……」


 俺とラディーネとキメラならまだ退却も可能だが、その一手はない。

 あとほんのわずかなのだ。ここで退くくらいならリベンジなんか仕掛けない。俺は諦めの悪いオトコノコなのだ。

< ヘヴィ・ペネトレイター >を二発も使った以上、< ラディーネ・スペシャル >も無事じゃないだろうが、なんとか援護を捻り出してくれ。

 俺が特攻を覚悟した次のタイミングで、隣に立つ大きな影があった。複数の部位を引き千切られてもまだ戦意の衰えないキメラの姿だ。

 正直、何を考えているのか分からない顔だが、考えている事は一緒だろう。このパーティの前衛二人なのだ。仲良く突っ込むか。


 煙が晴れる。奥の方にボーグの顔が見えた。本体が無事ならまだ死亡判定ではないはず。全員ボロボロだが、まだ誰も落ちてないはずだ。


――――Action Magic《 ファスト・ステップ 》――


 俺とキメラを対象に魔法の光が上がる。今、最も欲しい補助効果だ。

 ここからは、どこにいるかも確認できない。おそらく動けもしないだろう。なのに大した援護だ。水凪さん。


「行くぞっ!!」


 俺の声に合わせてキメラも咆哮を上げる。

 距離はあるが、障害物は何もない。水凪さんの補助魔術の効果もあって、ワイバーンとの距離は一瞬で詰める事ができた。

 キメラはその巨体にも関わらず大きく跳躍、俺の頭上を超えてワイバーンに迫る。

 俺たちもボロボロだが、こいつだって散々ダメージを受けて瀕死の状態だ。現に、HPの壁の感触は弱い。いや、もうない。

 だから手を止めるな。できる事の限界まで力を引き出せ。それで負けてもいいなんて言わない。冗談じゃない。だからこそ勝つんだ。お前程度踏み超えられないで、向かう場所なんてない。

 俺とキメラが距離を取ったタイミング。打ち合わせしたわけでもなく、それが来ると感じた。後ろから絶妙なタイミングで飛び込んできたのは単発のロケット弾だ。


「それが最後だ。仕留めろっ!」


 HPはすでにない。命中したロケット弾はワイバーンの皮膚に喰い込み、爆発した。

 致命傷にも見えるその攻撃だが、あいつはきっとまだ生きている。そう確信して再度距離を詰めた。


――――Action Skill《 ストライク・スマッシュ 》――


 やはり健在だったワイバーンに剣を放つと、それに合わせてキメラも動く。


――――Action Skill《 食い千切る 》――


 ワイバーンの翼に、キメラが蛇腕と本体の口で喰らいつき、引き千切るように捕食する。

 食らいつくキメラに対し、ワイバーンは全身を振り、投げ飛ばした。

 キメラは飛ばされ地に叩きつけられたが、まだ健在。一方、ワイバーンは元々ズタボロだった翼が、ほとんど根本から千切れた状態だ。これでもう完全に飛べないだろう。

 その間に俺は数回斬撃を叩き込んである。HPのない今、一撃一撃が無視できないダメージのはずだ。


「地を這う者同士、仲良くやろうじゃねえか」


 絶対に逃さない。


 ブレス噴出の動作。それは広範囲、あるいは長距離だからこそ有効な攻撃だ。

 一気に間合いを詰め、ワイバーンの身体の内側に潜り込んで、腹から顎までを浅く切り上げ、軌道を変え、そのまま顔を切り裂くとブレスの発動がキャンセルされたのが分かった。

 ワイバーンはそのままゼロ距離の突進を仕掛け、俺の身体も弾かれるが大したダメージはない。離れた間合いを再び一気に詰め、全身を浅く切り裂いていく。

 HPの壁はもう感じないが、突き入れれば抜けなくなる可能性があるからな。仕留めるには時間がかかるだろうが、泥試合なら得意分野だ。プロレスだって付き合ってやるぞ。


――――Action Skill《 食い千切る 》――


 苦し紛れにワイバーンの大口が迫る。そんな大モーション、絶対に当たらない。

 スキル発動後の硬直に合わせ、何度も、何度も斬りつける。時間はかかろうが、このまま攻め切れば仕留められる。リベンジ完了だ。

 ひたすら慎重に、奴の戦闘力を削ぎながら攻撃を続ける。


 そんな中、俺の後ろで巨大な気配が立つのを感じた。……新手か? そんな馬鹿な。だが、これはオーガやブリーフタウロスの気配じゃない。

 わずかな隙で視線を向けるとそこには大きく広がるワイバーンの翼。新たな個体……いや違う。これは。……そこには、新しい生命が誕生したとでも言わんばかりに雄叫びを上げ、ワイバーンの翼を広げるキメラの姿があった。

 まさか、取り込んだのか。すげえな、おい。


 これまでの仕返しとばかりにその翼で飛翔し、地を這うワイバーンに向け突進するキメラ。


――――Action Skill《 スタニング・タックル 》――


 二つの巨体がぶつかり、ほとんど一方的に弾かれるワイバーン。おい、通路から落とすなよ。


――――Action Skill《 ストライク・スマッシュ 》――


 幸い、弾かれた先は俺のいる場所に近かったため、その巨体をお手玉でもするが如く叩き落とす。勢いもあったのか、いい手応えだ。

 キメラは翼の扱いに慣れていないのか、勢いのまま飛んでいったが、再び舞い戻りワイバーンに追い打ちをかける。


――――Action Skill《 食い千切る 》――


 先ほど翼を噛みちぎったのと同様、本体の口と蛇腕でワイバーンへと噛み付き始めた。

 翼を失い、キメラに組み付かれ、近くには俺もいる。文字通り絶体絶命だ。こちらにしてみれば必勝に近い状況である。

 だが、苦し紛れとはいえ、ワイバーンは諦めてはいなかった。


――――Action Skill《 踏み砕く 》――


「なっ!?」


 まっとうな方法では脱出不可能と見たのか、ワイバーンはその足で自らが立つ通路を踏み砕いた。

 そうか、ここはゲート出口付近の通路とは違う。爆薬で簡単に落ちるような強度しかない。

 崩落の衝撃でキメラの体勢が崩れ、その巨体が投げ出される。落ちていった先は更に下の通路だ。

 一つ下の通路に着地したワイバーンは、数瞬遅れて落下を始めた俺を迎え撃つべく体勢を整えている。このまま落ちれば奴の攻撃が待っているだろう。

 ……迎撃など無視だ。だったら、このまま高さを利用してトドメを刺してやる。ここまでやられたんだ。ダメージなど気にするな。肉を斬らせて骨を断つ。骨を斬らせて命を断ってやる!


――――Action Skill《 シャープ・スティング 》――


 その絶妙のタイミング。想定していなかった場面でワイバーンの背後から攻撃が加えられた。

 トレードマークの黒装束はボロボロ。お世辞に無事とはいえない状況だが、戦闘に支障はなそうだ。

 雑魚を潜り抜けて、単独でここまで登ってきたのか。やるじゃねえか。


「ナイスっ!!」


 その一撃で、ワイバーンに致命的な隙が生まれた。ここまでお膳立てされたんだ。このチャンスは絶対にものにする!


――――Action Skill《 ストライク・スマッシュ 》――


 落下しながらの全体重を乗せた斬り落とし。俺のグレートソードがワイバーンの皮膚を突き破り、刃を埋没させる。


「ぁあああらぁっ!!」


 そのまま埋没した剣を切り返しての連撃。

 刃の部分すべてが喰い込んだ状態での切り返しなど、腕の力だけなら不可能な動きだが、スキルの力が加われば不可能だって可能になる。


「《 パワースラッシュ 》ッッ!!」

――――Skill Chain《 パワースラッシュ 》――


 久しぶりの発声起動に合わせ、再度剣が鈍く発光し、ワイバーンの身体を内側から切り裂いていく。

 無理な動作に関節が悲鳴を上げ、腕の筋肉が断裂する音が聞こえた。だが、スキルの発動した剣は止まる事なくワイバーンの身体を突き抜ける。


 全身に返り血を浴びながら、腕からグレートソードが落ちた。

 手に力が入らない。腕が上がらない。致命的に損傷したのは神経か筋肉か、それとも双方か。とにかく腕が使い物にならない。

 だがどうだ、文字通り切り刻んでやったぞ。これなら……


 俺も戦闘力を喪失したが、ワイバーンも悲鳴のような雄叫びを上げて倒れこんだ。わずかの間、痙攣したように動いたいと、ワイバーンの魔化が始まる。……仕留め切れたか。


「勝った……ぞ」


 俺はそのまま床へと転がった。




-6-




「……おーい、生きてるか?」


 大の字に倒れこみながら、全員に確認する。


「全員生存は確認できましたが、ボーグさんと水凪さんの意識がない状態です。あとは……キメラさんが重症ですね。……すいません、戻ってくるので精一杯でした」


 まともに動ける摩耶が近くまで来て報告してくれた。


「上等、じょーとー。いい場面で出てくるもんだ」


 ロッテの時もそうだが、狙ったようなタイミングである。いや、そんなのを狙う理由なんてないんだが、タイミングがいいんだろうな。


「時間内にここからゲートまで戻るのは難しそうだな」


 キメラの巨体を担いではいけないし、通路も寸断している。というか、俺が動けない。


「懸念してたタイムアップのリタイアになりそうですね。ラディーネ先生のコテージは回収しておいて正解でした」


 あれ高いからな。ロストしたら大赤字だ。今回の討伐報奨でも賄い切れないだろう。


「まあ、保管しているワタシが死んでたら関係なかったがね」


 ラディーネの声が近付いてきた。ポーションか何かで、寸断した通路を越えて来れる程度までは回復したのだろう。


「摩耶、悪いけど他のモンスターが来ないか警戒してくれ。できればボーグの顔の回収と水凪さんの警護を」

「了解です」


 ワイバーンが暴れた影響で周りに他のモンスターはいないし、通路に続く経路は寸断されているはずだが用心に越した事はない。万が一でも、残り時間で寄ってきたら洒落にならん。

 オーガやブリーフタウロスなら、大人数で無い限りは摩耶だけでも対応可能だろう。キメラは重症で下に落ちたままだが、あいつはまだ戦えるはずだ。




「それでどうだね? クランマスター。リベンジマッチの感想は」

「ああ、お互いボロボロだが、誰も死んでない。満足だ」

「それは煽ったかいがあったというものだ。……実のところワタシは、戦闘中ちょっと後悔してたんだが、あの場面でも負けを感じさせないのが君の強さなんだろうな」

「この程度の窮地は何度も体験済みだ」


 全身ボロボロだが、死にかけですらない。この程度なら慣れたものである。重要な場面は大抵これ以上のピンチだ。これくらいなら、ザ・中ボスって感じである。

 別に階層ボスというわけでもないし、第三十一層すら突破したわけでもない。効率だけ考えるなら倒す必要のない、むしろ避けるべき相手だ。

 だが、この討伐には意味があったと思う。リベンジが成功して、より強く思う。……ラディーネに言われた通り、負けっぱなしなんて冗談じゃないな。


「このリベンジマッチは君の勝利だ」

「俺たちの勝利だろ」

「はは、そうだな」


 一人じゃ勝ててねーよ。これは間違いなく全員が死力を尽くした結果だ。

 ……サージェスはおそらくあの発狂モード発動の前に落としたんだろうが、それでも単独で仕留めるのは半端じゃねえな。

 ともあれ、壁は一つ超えた。次は再構成されたフロアで三十五層を目指すとしようか。



 余談だが、見事ワイバーンの肉はドロップし、水凪さんはご満悦だった。

 ……一日で無くなったらしいが。



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