第3話「次女とバイトと飼い主二人」




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 サーシャ・グロウェンティナ。


 C-ランクの冒険者で、フリーの活動を続ける< 槍戦士 >の冒険者。

 長い金髪をなびかせて戦場を駆けるのその姿は、少し前のアーシェリア・グロウェンティナの姿を彷彿とさせる。

 経歴や実力は同ランク、同期の冒険者と較べてパッとしないが、堅実な結果を出し続ける中堅冒険者。

 ……という経歴の冒険者がいるらしい。


 八月に行われた第九十層攻略記念祭の時にアーシャさんから妹の話が出た際、どんな人なんだろうかと気になった俺は、食事会で出た名前は確か『サーシャ』だったよなと、ギルドのデータベースでそれを調べてみた。

 サージェスと話していると思い出す、といわれた妹さんの経歴はそんな優秀ながら普通の冒険者のものだったのだ。

 冒険者の情報に残らないような部分で変な性癖でも持っているのかなと疑問に思ったが、その後、色々イベントが続いたので放置してしまっていた。

 アーシャさんや同期のクロと違い、俺たちと直接関わりがなさそうだと思ったのも原因だ。

 だが、現在行っている第三十一層の攻略でメンバーを探す際、助力を願えないかと改めて情報を調べてみたら、この『サーシャ』さんはどうも別人らしい事が判明したのだ。




「すっごく、分かり辛いよね。ボクが調べた時も同じ情報に引っ掛かったよ」


 ある日、ギルドで講習を受けた日の事。

 俺とユキとサージェスが会館のロビーで第三十一層攻略についての補足をしていたのだが、その流れで不意にそんな話題が出た。


「間違えるよな。食事会で言ってた名前と同じだし」


 どうやらユキも同じ情報に辿り着いていたようだ。"サーシャ・グロウェンティナ"は確かに存在するが、それはアーシャさんの妹ではないらしい。紛らわしい。

 そもそもグロウェンティナという家名は、現在の迷宮都市では珍しくない。

 あの姉妹の両親の現役時代、超有名人であった事から、それに肖って同じ家名を名乗り始めた人がたくさんいたらしいのだ。

 その子供世代は、アーシャさんたちの両親の活躍を見て育ったから冒険者に憧れる。だから、同年代の冒険者にグロウェンティナ姓がたくさんいるという事態になってしまった。分かり辛いから同じ家名つけるのは止めて欲しいのだが、アイドルに憧れたファンが子供に同じ名前を付けるようなものなのだろう。そして子供は苦労するのだ。アイドルではないが俺も似たようなものである。

 最近では、登録済の家名は付けてはいけない法律もできたらしい。いないだろうが、今から渡辺姓を名乗ろうとしても俺がいるので不可能という事だ。


「アーシャさんの妹って線で調べたらサローリア・グロウェンティナって冒険者がいる事が分かったんだけど、多分この人が例の次女さんだね。冒険者としてアーシャさんと絡みがあるわけでもないから一般的には有名じゃないけど、ククルにも聞いたから間違いないよ」


 職員ならそりゃ知ってるか。……そんな名前だったんだな。


「なんで愛称が『サーシャ』になるんだ? 『サ』しか合ってないじゃないか」

「さあ? アーシャさんが自分に合わせて呼んでるとかじゃないかな。双子なわけだし」


 まあ、あの人結構適当なところあるしな。クロに合わせてサロの方がまだ通りがいい気がする。


「サージェスは同類って言われて調べたりしなかったのか?」

「もちろん、それを言われた攻略記念祭のあとすぐに調べましたが、私とは少し方向性が違うようでしたのでスルーしてました」


 少し……? 方向性は違っても、やはり変態さんなのだろうか。アーシャさんやクロの存在があると、そういうイメージは持ち辛いんだけど。


「もう追加メンバーを探す必要はないけど……調べてみるか」

「あー、うん。ツナは好きなんじゃないかな。ある意味すごく有名人だったし」


 ユキの歯切れが悪いが、そんな言うのも憚られるような人なのだろうか。一般的には有名じゃないけど、ある意味有名人ってどんな状況だよ。


「まあ、少し脱線したが、ラディーネたちとの合同攻略についてはそんな感じだ。次かその次でワイバーンを仕留める予定だ」

「最初の目標としてはいいかもね。参加できないのは悔しいけど」


 今の本題は攻略の話である。今回は参加していないとはいえ、ラディーネたちとは今後も組む事はあるだろうし、情報共有は必要だ。


「ちなみに、そのラディーネさんたちはクランに誘わないの?」

「誘ってはみるつもりだが、あいつも多忙な上に色々声かかってそうなんだよな」


 ランクが足りずクラン創設には遠い状態だが、それでなくとも人数確保は急務である。

 今回の件でも分かったが、固定メンバーで組んでいる場合、半壊した場合のメンバー確保が困難過ぎる。

 倍の十二人くらい確保できていれば、ダンジョンに合わせたメンバーチェンジもし易いし、それぞれでも攻略は可能だ。

 逆にある程度メンバー間の攻略スピードを合わせる必要があるが、それでもメリットの方が勝るだろう。

 水凪さんは……どうなんだろうか。そもそもクラン所属の意思があるか怪しいと思っていたが、< 美食同盟 >に参加していた過去もあるわけだし誘ってみるのも悪くない。

 ……次の攻略の時にラディーネと合わせて誘ってみるか。


「そういえばそろそろ昼だけど、飯どうする? あんまり時間ないけど、会館の外に行くか?」

「この前、< マッスル・ブラザーズ >の方から筋肉カフェの割引券もらったんですが、行ってみますか? ランチもやっているらしいですし」


 なんだよ、筋肉カフェって。そんな怪しいところ行きたくねーよ。


「あ、ボクこのあとクローシェとパスタに行く約束してるんだ。そのカフェには二人で行くといいよ」


 危険に敏感な兎さんは真っ先に逃げ出した。

 というか俺も嫌だよ。見捨てるなよ。そんな『頑張れ』って目で俺を見ないでくれ。

 < マッスル・ブラザーズ >だぞ。ロクなもんじゃないって簡単に分かるじゃねーか。メニューにプロテインしかなかったら何食えっていうんだ。

 クランハウスに帰ったら俺にポージングで迎えられるとか、お前も嫌だろ。……くっ、抗議の視線は受け流された。


「わ、悪い。良く考えたら近くのカレー屋の割引券が今日までなんだ」

「そうですか、では昼はそこにしましょうか」


 苦しい言い訳だが、割引券は確か持ってたはず。有効期限なんてないが、それはなんとか誤魔化そう。

 急に振られて混乱してしまったが、取り繕う必要なかったかもしれないな。


「しかし、お前とクロ、仲良いよな」


 以前から良く昼飯食いに行ってるのを見かける。同期デビューとはいえ、パーティも性別も違うのに。


「そうかな? 普通だと思うけど。摩耶とティリアとかのほうが仲はいいんじゃない?」

「それは女同士だからだろうが……まあ、あれも変な関係だよな」


 同じ女性という事もあり、ダンジョンアタックの準備なども大体あの二人は一緒にいる事が多い。

 性格がまるで違うので合わなそうな気もするのだが、言い争いはしても不思議と仲はいいのだ。

 時々一緒にラジオ体操しているのも見かけるし、どういう風に歯車が噛み合っているんだろうか。


「噂をすればなんとやらだね、クローシェが来た……あれ?」


 どうやらさっきの話は逃げるためについた嘘ではなかったらしい。

 ユキが言った通り、クロが会館の入り口から入って来たのが見えた。だが、様子がおかしい。

 こちらに歩いてくるクロは疲れた様子で、後ろには違う女の子が一人……あいつのパーティメンバーじゃないな。見た事のない子だ。


「あー、ごめん。一緒に御飯行くとか言って付いて来ちゃった」

「付いてきちゃった」


 壮絶に甘ったるい声だが、なんとなくクロの声に似ている。

 容姿も良く見れば共通点が……まさかこの人、さっき話していたアーシャさんとクロの姉妹という……。


「サローリアでーす。よろしくね」

「あー、お姉ちゃんです。二番目の」


 やっぱり、さっき話題に出した次女さんなのか。

 姉なのに、クロよりも背は小さい……顔も幼い感じだ。パーツの一つ一つは……なるほど、二人と姉妹といわれて納得だ。良く似てる。

 クロよりも背を小さくして、アーシャさんの精悍さを可愛さに変換したらこんな感じになるのだろうか。

 そして……なんだろう。全身から強烈な色気のようなものが噴き出しているような気がする。そこに立っているだけで男性として目を離せなくなる。

 可愛らしい容姿もそうだが、目が離せない最大の原因はその胸部装甲だ。これまで出会った中で一番胸が大きいのは多分ラディーネだが、それと比べても勝負にならない圧倒的重装甲である。男なら……まともな男性なら抵抗すらできずに屈服しそうな巨乳さんだ。今すぐにでもダイブして、その柔肉の海で溺れたい。つまりあれは対男性用の胸部攻性防壁だというのか。なんという強力な武装だ。男としての本能が視線を逸らす事を拒絶する。

 ……俺は今、奇跡を見ているのかもしれない。


「ていやっ」

「いてっ!」


 後ろからユキに叩かれた。無言で抗議の視線を送ると、呆れた顔を向けてくる。

 なんだっていうんだ。俺は目の前の奇跡に酔いしれているというのに。


「あのね、ジロジロ見たら失礼でしょ」

「あ、あはは……。さすがにそこまでストレートな視線は恥ずかしいかも」


 俺は飾らない男なのだ。たとえ視線だろうが誤魔化したりはしない。

 しかし、そこまでの重装甲だと凝視される経験も多いだろう。これくらい慣れてそうなものだが……恥ずかしがり屋さんなのだろうか。


「こうしてお会いするまでは分かりませんでしたが、素晴らしい才能をお持ちのようだ。初めまして、変態紳士のサージェスです」


 そんな事をしていると、スッとサージェスが一歩前に踏み出し、握手を求める。

 サローリアさんはなんの事だか分かっていないようだがが、取り敢えず手を握った。


「へんた……え、えーと、クロちゃんのお友達?」

「サージェスは友達……ではないけど、……なんだろう。同業者?」


 わりと友達認定基準の緩いクロが否定するという事は相当だ。そう見られたくないのは分かるが、冒険者なら誰でも同業者だろう。

 しかし……サージェスが反応したという事は、やはりそういうアブノーマルな人なのか?

 ……俺もニギニギしたい。


「そっか、見た事あると思ったら、新人戦で姉さんと戦った三人なんだ。先に教えてよ、クロちゃん」

「説明する間もなくついて来たくせに……」

「えーと、あとはツナ君とユキちゃんだっけ?」


 どうやら、サージェスを含めて俺たちの事は知っているらしい。


「ええ、この前中級に昇格した渡辺綱です」


 爽やかな笑顔を作り、キリッとした紳士的な挨拶をして自然な流れで握手をする。小さくて柔らかい女の子の手である。

 ずっとニギニギしていたいが、ユキに邪魔されて手放さないといけなくなった。あとから自己紹介すれば良かったと後悔したが、それだと自制心が効かなくなりそうだ。

 その後、ついでという事で俺たちも昼食に同伴する事になった。カレー屋の予定も消えて安心である。

 サージェスは筋肉カフェに誘おうとしていたが、そこは全力で阻止だ。ここは少しでもマイナスイメージを与えたくない。


 クロに連れられて来たパスタ屋は少しオシャレな感じで、高級な店がランチは安価に出しているタイプの店らしい。

 ちょっと男だけで入るには抵抗のある、いわゆるOLさんたちがちょっと奮発して通っちゃうような店だ。こんな機会でもなければ足を踏み入れない類の店だから、良い機会かもしれない。


「へー、もう中級なんだ。噂は聞いてたかも。クロちゃん置いていかれてるね」

「いいの。あたしだって十分早いし。ツナ君たちやお姉ちゃんたちが早過ぎるの」


 食事を待つ間、話題になるのはやはり俺たちのランクの事だった。

 ちなみにサローリアさんのランクはと聞いてみるとC-らしい。三姉妹で綺麗に上中下のランクに分かれてる形のようだ。

 トマトさんと同じランクでここまでの差があるとは……現実は非情である。どこに差があるのかはあえて言う必要はないだろう。


「C-だと、ボクらと一緒に潜るのは無理だね」

「そうね。潜ってる階層も違うし、あんまり男の人とダンジョンアタックはできない事情もあるから」


 男が苦手なのか? 話してる感じではそんな様子はないんだが。


「ツナ君の場合、お姉ちゃんと一緒に攻略すると、間違いなく死ぬ事になるね」

「……なんでだ?」


 意味が分からない。C-だったら弱いって事もないだろうし。そういう呪いめいたスキルでも持っているとか。


「お姉ちゃんエロいから」


 なん……だと。


「ちょっ、ちょっとクロちゃーん?! もうちょっと言い方あるんじゃないかなー」

「だって調べればすぐ分かる事だし。今更だし。……って足踏まないでよ、お姉ちゃん」


 それはアレか? まさか、男とダンジョン攻略すると、ついくんづほぐれつしてしまうとかそんな事なのか?

 それなら一回くらい死のうが是非お願いしたいのだが。……というか、ダンジョン潜る必要性もないな。


「ち、違うからね。そういう事ではなく……えーと、その……なんというか」

「お姉ちゃんは脱ぐと強くなるの」

「そう、脱ぐとって……それはそれでちょっと違うんだけど」


 それはつまり露出狂という事なのか? だったらサージェスと同類というわけで……奴が反応したのも合点がいく。

 たとえばいつかの海で着たサージェスのシースルーパンツ。あれを女性……というかサローリアさんに置き換えてみると分かり易いだろう。

 局部だけが辛うじて隠された、極限までに布地の少ない水着。グラビアでもそうそうないレベルの露出度だ。サージェスは周りの客が逃げるが、サローリアさんなら男性客に囲まれて身動きすら取れない状況になりかねない。

 その胸は正にバレーボール。……そうだ、ビーチバレーをしたら激しい上下運動で俺の視線も上下運動してしまうだろう。踏み台昇降ですらエロくなりかねないのに。……なんという事だ。サージェスと性別が違うだけでここまで印象の差があるとは。恐るべし。


「あー、ツナがパニックになってるからボクが説明するよ」

「お、おう」


 なんでユキが、とも思ったが、こいつも前に調べてるのか。


「サローリアさんは肌を露出すればするほど身体能力にブーストがかかるスキルを持ってるんだって」

「サージェスの《 インモラル・ブースト 》みたいなスキルって事か?」

「露出度が上がれば良いみたいだから、効果は違うんじゃないかな」

「ね、《 ネイキッド・ブースト 》っていってね……って、ただ御飯食べに来ただけなのに、何故こんな羞恥プレイに……」


 恥ずかしがる姿は可愛らしいが、こんなダイナマイツなお姉さんが、戦闘中は色々見えちゃいけないところを見せてしまっているという事なのか。

 これは想像以上にいやらしいお姉さんのようだ。《 パージ 》するなら是非見たい。むしろずっと《 パージ 》しててもいい。フルで、《 フル・パージ 》でお願いします。


「ま、まさか、《 パージ 》してしまうのでしょうか」

「……ぱーじ?」


 俺の問いにそう言い返すと、サローリアさんの視線はサージェスに向いた。

 サージェス以外が使ってるところを見た事はないが、こいつが誰だか分かっていれば、《 パージ 》の効果も想像も付くだろう。新人戦でも脱いでるし。


「いやいやいや、違うからっ! 自分から脱いだりはしないから!」

「察するにサローリアさんは私とは違い、脱げてしまうスキルをお持ちなのでしょう」

「そ、そうっ……て、なんでこんな赤裸々に自分の恥ずかしい状態を解説する事になってるの!? ……うぅ」


 この人は弄られキャラなんだろうか。

 しかし、すさまじい事だ。自分から脱ぐわけでもなく、脱げてしまうというところがまたいい。ちょっと恥ずかしがり屋さんみたいだし、羞恥心に煽られながら戦うという事か。

 ……確かにその場面に俺がいたら、視線が釘付けになって死ぬな。間違いない。クロは良く分かってる。



 その後もサローリアさんのスキル解説は続く。

 そして聞けば聞くほど、呪われてるんじゃないかというくらい、エロの相乗効果が発揮されるスキルをお持ちだった。


 まず、俺の< 童子の右腕 >に付いている《 サイズ調整 》に似たスキル、《 ミラクル・フィット 》により、どんな武装もピッタリと身体のラインに沿って調整される。普段着には適用されないようだが、戦闘用の武装であれば、インナーだろうが鎧だろうがそのスタイルを余すことなく浮き上がらせてしまうらしい。防具であれば自動調節してくれるらしいので、とても便利なスキルだ。うん。

 そして、《 マイクロ・サイズ 》の効果で、肌を覆う面積自体が減る。たとえ布地が小さくなろうが防具自体が持つ性能に変化はないらしく、むしろ動き易いらしいのだが、ひたすら恥ずかしい事になるようだ。

 ……と、ここまでが非戦闘状態、ノーマルな状態である。

 戦闘時は《 ダメージ分散 》の効果でHPダメージを防具の耐久度に分散し、自身がダメージを受けるよりも先に防具が壊れていく。

 加えて、MP消費を抑える代わりに、魔法を発動する度に性的な興奮が高まるスキルまで持っているという。

 これらのスキルが《 ネイキッド・ブースト 》に作用し、爆発的な戦闘力を生み出すというわけだ。

 ……確かに戦闘力という点だけで見れば、強力でデメリットの少ないスキルばかりの上、それぞれが相乗効果をもたらしている。

 だが、それ以上にエロさも相乗的にパワーアップだ。一体どうしてこんなスキル構成になってしまったのか。


「で、でもね、見た目さえ気にしなければ強いんだから。HPの補正と属性耐性、状態異常耐性があれば、防具の見た目なんて飾りよ、飾り」


 解説が終わる頃には、顔を真っ赤にしながらもそんな事を言い放っていた。少し誇らしげなのは、開き直ったのかもしれない。

 実際、俺やサージェスみたいにHP0から本格的に強くなるような人以外は、防具に物理的なダメージ軽減を期待する人は少ない。それは深層に進めば進むほど顕著になる。ゴテゴテの装飾過多な全身鎧だろうがビキニアーマーだろうが、ここでは性能がすべてで、たとえ肌を露出しようがHPの壁が守ってくれるのだ。そりゃ確かに正論ではある。

 だからというわけではないが、基本的に冒険者は格好良さ重視なのである。ならば、エロさ重視の人がいたっていいだろう。


「なるほど、じゃあ今度模擬戦でもしましょうか」

「なんで!? いや、ちょっと無理だから。人の話聞いてないよね」


 当然だが、聞いたから誘っているのだ。たとえランクが離れていようが、怒涛のラッシュでアーマークラッシュしてみせるのに。


「あ、あと俺今度クラン作るんで入りませんか?」

「いや、だからクランも無理なの」

「大丈夫です。ウチには全裸で戦う変態紳士がいるんで。誰も気にしません」


 むしろ喜びます。主に俺が。


「ええ、気にする事はありません。私も同志が増える事は歓迎しますよ」

「私が気にするのっ! なんなのー、この人たち」


 くっ、なんとかして引き込めないだろうか。エロいお姉さん枠は埋めようとして埋められる枠ではないのだ。


「ツナはブレないね」


 当たり前だ。これだけの逸材を放っておくのは世の損失である。


 結局、食事が終わり、店を出る頃にはサローリアさんはぐったりと疲れ切っていた。

 クロに言わせると、サローリアさんを紹介する時はいつもこんな感じになるらしい。慣れてらっしゃる。


「クロちゃん、もうお姉ちゃん疲れちゃったよ……」

「あたしも疲れたよ。だから無理矢理ついて来たりしなければ良かったのに」


 クロが口火を切って恥ずかしいスキル解説を始めたのに、ひどい奴である。


「あー、いたいた。サロサロ、探したよー」


 店を出ると、サローリアさんを探していたのか声をかけながら近付いて来る人がいた。

 サローリアさん自身初対面だったので、その人も知らない人だと思ったのだが……なんかすげえ見た事がある。

 会ったのは初めてなのだが、その顔は脳裏に焼き付いている。……見間違いだろうか。こんなところに居るはずないのだが。


「え、ニーナ……あれ、……あ、もうこんなに時間経ってる! ごめん、ちょっと妹と御飯食べてたんだ」


 やっぱりニーナちゃんだ。え、なんでこんなところにいるの? みるくぷりんはどうしたの?


「そうなの……まったく、電話もGPSもOFFになってるし、何処行ったのかと思っちゃった。……そっちの子が妹さんだよね? 久しぶり~。……ってあれ、そっちの男の子も見た事あるよ。……どこだっけ?」


 やば……絶対、冒険者としての知名度で知ってるわけじゃないよな。……知らないわけないか、掲示板でも騒がれてたし。


「あー、前にうちの店で追い出された子だ!」

「そ、その節はどうも……」

「……ウチの店?」


 店といってもユキは分からないようだが、ここはスルーして下さい。彼女はみるくぷりんの一番人気風俗嬢さんなんです。


「ダメだよー、未成年なのに」

「は、はい。ソウデスネ……」

「宜しい」


 あー、くそ、可愛いな。

 サローリアさんに比べたら凹凸は穏やかだが、メリハリの付いた、見るからにいやらしい身体付きだ。大人のフェロモンをむんむん漂わせている。

 さっきから、何故か意識が朦朧として、ニーナちゃんから目が離せない。

 こうして近付いただけで俺のガウルが飢餓の暴獣と化し、雄叫びを上げかけている。駄目だ、ここは街中だ。逮捕されてしまう。

 トビーさんをはじめ、二十歳以上の皆様はこんな子とあんな事やこんな事を致しているというのか。なんて羨ましいんだ、こんちくしょう。


「ていやっ!」

「いてっ!」


 突然持っていた杖で殴られた。なんなんだ。未成年だと殴られるのか。なんか今日は殴られてばっかりだな。


「< 魅了 >にかかってるよー。冒険者なんだから気をつけないと」

「は?」


 < 魅了 >って、状態異常の< 魅了 >だよな。……本当だ。システムメッセージが出てる。


「えーとね、ニーナさん《 容姿端麗 》ってギフト持ちで、異性に対して勝手に魅了をかけちゃうんだって。耐性がなかったり、特に凝視されたりすると< 魅了 >にかかっちゃうみたい」

「え゛っ……」


 クロの解説に、後ろでユキの唸る声が上がる。

 ユキと同じ《 容姿端麗 》持ちかよ。というか、予想はしていたが、やっぱりそんな効果あったのね。


「あたしはスキルと二重で持ってるから、ちょっと大袈裟に効いちゃうんだよね。街中で< 魅了 >状態になっても大した影響はないけど、マズそうだったらこの< 賢者の杖 >で叩くと元通り」


 大袈裟なんだろうか。魅了がまだ効いてるかどうかは分からないが、大変魅力的に見える。可愛いのは元からだと思うぞ。

 みるくぷりんの紹介写真でも一番可愛かったし、エロ吸血鬼やトビーさんも一押しだ。


「というわけで、男の人とパーティ組めない同士でペア組んでるの」


 ああ、それでこの二人で組んでるのか。

 ニーナちゃん、副業冒険者だったのね。二足の草鞋にしてもものすごいチョイスだが、若返りとか美容を考えるとむしろアリなのだろうか?


 二人はこのまま攻略に向かうらしく、ダンジョン転送施設の方へ去っていった。とても名残惜しいが、その後ろ姿だけでも大変魅力的である。

 ……今更だけど、< 賢者の杖 >ってなんぞ。


「クローシェの家族はすごいね」

「やめてよ。ますますあたしが地味子ちゃんみたいになっちゃう。……サロちゃんみたいになりたいわけじゃないけど」


 確かに上二人が方向は違えど壮絶なインパクトを持ってるからな。そりゃ地味とか言われるわ。

 ……とりあえず、会館に戻ったらファンクラブ登録しようかな。




 サローリア・グロウェンティナ。


 C-ランクの冒険者で、フリーの活動を続ける< 魔装剣士 >の冒険者。

 呪われているようなスキル構成で戦うえっちなお姉さん。ファンの男女比が大きく偏っており、一部女性からは嫉妬と羨望で避けられる傾向がある。

 経歴や実力は同ランク、同期の冒険者と比べても秀でているが、不用意にパーティを組めないというハンデを抱えている。

 過去、わずかに販売した動画は非常に高値で取引され、無駄に高いコピーガードで保護されているため、所有しているだけで他のファンからは一目置かれるアイテムである。


 現在、本人の要請で新人戦の動画すら配布にストップがかかり、通常の手段で手に入る動画は存在しない。




 俺はその情報を見て号泣した。

 現実はあまりに非情だった。




-2-




 というわけで、暦の上ではもう十月である。


 街の様相はすでに秋に差しかかり、気温も冬場に向けて穏やかになっていく。[ 灼熱の間 ]に比べればなんて事はないが、それでも夏の刺すような陽射しは厳しいので、これくらいのほうが過ごしやすくて良い。

 ダンジョンアタックでもないのにわざわざ辛い思いをするのはマゾヒストくらいだ。

 サージェスは夏の陽射しを利用した死なない程度の"訓練"を御同類さんたちと一緒にやっていたが、俺はノーサンキューである。奴らは秋になればなったで別の"訓練"をするのだろうが、あまり内容も知りたくない。

 秋いいね、秋。山の幸も増えるし。食い物の種類も豊富だ。故郷の山でも比較的死に辛かった季節である。


「はっはり、ふぉひゅうひはじめはね」

「口の中のものはちゃんと噛んでから喋りなさい」


 何処で買って来たのか、焼き芋を頬張りながらリビングに現れたユキは、俺が読んでいた新聞の裏面を見て唸りだした。

 結局、新聞は購読する事になってしまった。絶対にいらないというわけでもないのだが、逆に言えばそこまで必要性を感じなかった俺はそれを断るつもりでいた。

 だが、新聞勧誘員のミッシェルの捨て身の土下座攻勢と泣き落しに敗北してしまい、取り敢えず三ヶ月取る事になってしまったのだ。

 奴はプロだ。どんな事をしてでも契約を勝ち取るという気概を感じさせる。ペットの身にはプライドなど不要とばかりに身を投げ出してくる。恐ろしい敵だ。

 名前は知らないが、街で見かけるティッシュ配りのパンダも、巧みなフットワークで通行人の移動を阻害しないよう手渡してくる。それは職人芸の域にあるといっていいだろう。

 奴らパンダはすさまじい職人根性を持っているのだ。一体何が奴らを駆り立てているというのか。


「やっぱり、募集始めたんだね」


 口の中の芋を処理したユキが、言い直した。

 こうして食べているのを見ると俺も焼き芋が食いたくなってくるな。俺が物欲しそうな目で見ると、ユキは袋を隠してしまった。くれよ。


「募集?」

「戦争の遠征。ちっちゃいけど、そこに広告が載ってる」


 新聞を裏返してユキの指す部分を見てみると、確かにそれらしき広告が載っていた。

 地方紙なら、地域密着型の店がちょっと奮発して掲載するような小さな枠だ。新聞に掲載する広告費が高いのは分かるが、もうちょっとなんとかならなかったのだろうか。

 迷宮都市におけるこの戦争の扱いの悪さはちょっと異常だ。情報規制をかけられているわけでもなく、調べようと思えば情報はいくらでも出てくるのだが、すでにTVニュースでもやっていない。この新聞にも記事としては載っていない。


「そういや、会館でも募集してたな」

「そうなんだ」


 クエスト関連の掲示板の情報だから、ペナルティ中のユキの目には止まらなかったのだろう。ユキの目はバイトの募集情報に釘付けだったし。

 確か、戦争の傭兵として派遣する人員という名目で募集していた。表向きは迷宮都市からの助っ人ではなく、フリーの傭兵扱いだ。偽名も必要となる。

 今回の件は通常の遠征とは違う特殊依頼という形で、参加制限はC-ランクから下げられてD-以上、つまり中級であれば参加できるらしい。

 ガイド役としてCランク以上の冒険者が一名付き、十人程度のグループで派遣されるので気軽に参加できる。なんと食事や宿泊施設も完備だ。……パックツアーかよ。


「ボクはペナルティ中だからどっちにしても無理だね」

「戦争なんて何ヶ月、何年の単位でやるもんじゃないのか?」

「どうなんだろうね。迷宮都市が介入する時点で長期化する気がしないんだけど」


『どっちにしても行く気はないけどね』と付け加えて、ユキは新しい芋に手を伸ばす。『俺にもくれ』という視線を送ると、華麗にスルーされた。最近のユキはスルースキルが向上している。


「ツナは行く気なの?」

「あー、正直言って行く気はないな」


 気軽に受けられる反面、拘束時間も長く、報酬も安い。引率役の高ランク冒険者なら多少もらえるようだが、それでも安い。

 以前トマトさんに聞いた遠征の報酬とは比べるべくもない。稼ぐだけならダンジョンに籠ってたほうが遥かに稼げるだろう。


「ワイバーン落とすつもりだし、戦争が短期決戦になるようならそれまでに終わるだろ」


 そもそも、そんなに行きたいわけでもない。必要ならするだろうが、進んで人殺しをしたいわけでもないのだ。


「お前はバイトでもするつもりなのか?」


 さっきから気になっていたが、ユキの手には芋の他にアルバイト情報誌があった。ギルドの発行する仕事とは違う、一般向けの情報誌だ。


「あー、うん。講習とか訓練でもいいんだけど、ダンジョンアタックに向けた準備がないと正直暇なんだよね」

「休暇として割り切るってのは駄目なのか?」

「そんなに時間かけてやりたい事もないから、社会勉強かな。前世でもバイトとかした事ないし」


 バイトか……俺もそう経験があるわけじゃないが、切った張っただけするよりは健全かもしれない。


「ツナはバイトとかした事ある? あ、前世の話ね」


 そりゃ前世の話だろう。故郷の村はいわゆるサバイバルモードだし、王都で働いていたのも奴隷同然の待遇だから、バイトとは呼べない。


「うろ覚えだが、大……学の時に少しやったな。……高校の時は」

「高校の時は?」

「……従姉妹に色々無茶な仕事を振ってくる奴がいて、その伝手で仕事をしてたな」


 内容はうろ覚えだが、確かそんな事をしていた。バイトと呼んでいいかどうかは分からないが……ああ、従姉妹ってドレッシングの事だ。色々忘れてるな。

 従姉妹とはいえもはや顔もうろ覚えなあいつが不思議な伝手で仕事を持ってきて、サラダ倶楽部として働いた事がある。

 正直、最後まで何をしていたのか良く分からない仕事が多かったが、バイト代は高かったので疑問に思わない事にしていたのだ。

 ……今更だが、危ない仕事だったんじゃないだろうな。


「そっか、あまり参考にはなりそうにないね」

「俺がやった普通のアルバイトの中で一番合ってたのは引越屋かな。今度、アレクサンダーにでも聞いてみるか?」

「うーん……結構力も付いてきたし、できない事はないかな」


 出会ってから暦上では数ヶ月、体感上では一年以上経つが、ユキの腕は細いままだし体格もほとんど変わっていない。

 だが、最初の内は体感し辛かったステータスの補正も、これだけレベルが上がればかなり顕著になってくる。

 ユキの細腕でも、スポーツ選手が使うようなバーベルくらいは軽く持ち上げるだろう。サージェス用の水車ですら持てるかもしれない。


「PC関連は? お前得意だろ」

「仕様が全然違うし、まだ無理かな。バイトレベルでもかなり高度な技術を要求されるみたい」


 見た目が似てても日本で使っていたのと同じようにはいかないか。

 迷宮都市にはIT土方とかいないのだろうか。ダンジョンが使えればデスマーチもなんとでもなりそうだが、それを加味した上で更に仕事が上乗せされる気がしてならない。


「じゃあ、無難に接客業だな」

「それならたくさんありそうだね。……可愛い制服の店とかいいかも」


 今更男の方に寄ったパーセンテージだとか、そういう事を言うつもりはないが、完全に女性用の服を着るつもりだな。


「この前、サローリアさんと行ったパスタ屋とか制服可愛かったよね」

「あ、ああ、そうだな」


 実はサローリアさんばっかり見てたから、全然覚えてない。


「お前なら何着ても似合うだろ。フリフリのエプロンドレス姿でウエイトレスしてても違和感ないぞ」

「そ、そうかな。えへへ……」


 やっぱり、そういう女の子っぽい服が似合うと言われるのは嬉しいものなのだろうか。……実際似合うだろうし、皮肉にもならんな。

 そうして、数日後、どこかの喫茶店でバイトを始めたという話を聞いた。

 ……YMKの人たちにも教えてあげた方がいいんだろうか。店としても売上貢献になるよな。




-3-




「第二十層まで突破した」


 その日、ギルドの食堂で飯を食っていると、ちびっ子リリカさんがやってきた。

 登場のパターンについては今更だが、今日は少し様子がおかしい。頭の上に耳がついている。

 リリカが獣人になったとは考え難いので、ただのアクセサリなのだろうが、何を考えてパンダの耳を着けているのか。

 トライアルの時に宝箱から出たとか? ……今着ける理由にはならんよな。


「……ども」

「自己紹介とかはいらないから」

「あっはっは、今更何をおっしゃるやら。顔見知りじゃないですか」

「どの口が言うか」


 段々遠慮がなくなって来ていい感じである。素のリリカ像が見えてきた。

 いつもの如く、その小さい体躯が向かいの席に収まる。こうして向い合って話すのも何度目だろうか。こいつ、毎回俺が一人の時に現れるよな。ひょっとして人見知りなのかしら。


「つまり、第二十層までは一ヶ月しかかからなかったって事か。結構早いじゃないか」


 一般的な攻略速度よりはかなり早い。メンバー間の連携が不慣れである事を加味すれば十分評価できるスピードだろう。

 俺たちの場合、あの段階ではおっさんたちの特訓とアイテム収集、サージェスの戦闘力がおかしな感じだったので三人でも軽く突破できたが、ヒュージ・リザードはそんなに弱い相手ではない。巨体で攻撃方法も豊富、そして何よりタフだ。

 パンダと合わせて四匹……もとい、一人と三匹であれを突破したという事は、俺たちともそう条件は変わらない。やはり大したものだと思う。

 しかし、よくよく考えてみると和む絵面である。パンダ三匹と……パンダ耳つけた女の子だ。


「思いの外パンダが強いから」

「あいつらの身体能力は人間の比じゃないだろうな」


 パンダはいわゆる熊だ。猟銃などを持ったマタギのおっさんたちならなんとかするんだろうが、武器を持たない素の能力だけでは人間には倒せない存在である。世界チャンピオンになる前のボクサーが眉間にラッシュしてようやくというところだろうか。それでも胸に大怪我を負いかねない。

 基礎能力が高いという事は、ステータスの底上げの補正率も高いんだろう。少しステータスが上がっただけで、大幅な向上が見られるはずだ。

 無限回廊第十層のパンダだって、カポエラみたいな変な奴じゃなければ結構強いみたいだし。

 やはり人間は数は多いが、そういう面では他の種族に比べてハンデが大きい気もする。トカゲのおっさんみたいに皮膚が固いというわけでも、猫耳みたいに夜目が利いたり、高い敏捷性も持っているというわけでもない。帰郷中のガウルにしても、素の能力だけで戦うなら人間とは圧倒的な差があるだろう。

 極めつけは< アーク・セイバー >のリハリトさんだ。調べた限りでは、竜人の名に相応しく群を抜いた身体能力を誇るらしい。スキル補正のない訓練所なら無敵に近い。


「あの子たちは身体能力だけじゃなくて色々おかしい」

「……クラスは聞いたから変だというのは分かるぞ。< パンダ・ファイター >と< パンダ・マジシャン >って、ユニーククラスらしいじゃねーか」


 リリカに紹介するにあたって、以前確認した奴らのクラスはかなりおかしかった。

 普通は< 戦士 >やら< 剣士 >、< 斥候 >、< 回復魔術士 >などの名前が来るところに< パンダ・ファイター >、< パンダ・マジシャン >、そして< 引越屋 >だ。……いや、< 引越屋 >は普通にあるクラスなのでいいんだが、とにかく、マイケルとミカエルがおかしいのだ。

 ……マイケル系統のクローンがおかしいのか? 新聞勧誘員のミッシェルも実は< パンダ・勧誘員 >だったりするのだろうか。……謎だ。

 ちなみにアレクサンダーは冒険者になるにあたってクラスを転向したらしい。転向先は< 冒険者 >ツリーの< 荷役 >なので、あいつだけ普通だ。


「ミカエルが《 パンダ・ファイア 》や《 パンダ・ヒール 》という謎の魔術を使ってくるの」


 そういえば前に、アレクサンダーがそんな名前のスキルがあると言っていたか。


「随分とアレなスキル名だが……魔術士から見たら、やっぱり変な魔法なのか?」

「魔法……うん、魔術じゃなくてあれは魔法だと思う。でもスキルになってるし……」


 あれ?


「……ひょっとして、魔術と魔法って違うカテゴリなのか?」

「厳密な違いはないけど、違う。魔術の理屈で説明できるものだったら魔術。説明できない謎の現象は魔法って呼ぶのが一般的」


 なるほど。俺もユキもずっと魔法魔法言ってたわ。……となると、まさか《 筋肉魔術 》は魔術的には説明できる現象なのか?


「本業でないとそこら辺は気にしない。魔術を使わない人には、どっちも良く分からない力だし」


 そりゃごもっとも。だからわざわざ訂正しなかったのね。


「この街の認識阻害とかは多分魔法だと思う。魔力は使ってるって聞いたから」


 この街の良く分からない部分は魔法扱いって事だな。認識阻害はダンマスもかかってるって話だし、解明されてはいないだろう。


「でも、《 パンダ・ファイア 》って言ってもただの炎を出す魔法なんじゃないのか?」

「炎がパンダの形なの。何か手を加えてるわけでもなく最初から。しかも、出す度に表情が違ったり敵に噛み付いたりする。あと鳴く」

「…………」


 なるほど、意味が分からん。リリカのこの言い方だと、MP操作で形状変化させたわけでもなく、最初からパンダの形なのだろう。


「《 パンダ・ヒール 》はパンダにしか効果を発揮しない。対象指定してるわけでもないのに……ほんと意味わかんない……あいつ、燃やしてやりたい」


 ……物騒だな、おい。

 リリカは頭を抱えているが、魔術士を名乗っているからには、たとえわけが分からない魔法でも理屈を解明したいのかもしれない。

 学者気質は大変だろうが、魔術でないスキルでも深く特性を理解する事で使い勝手も変わってくるから意味はあるだろう。

 それは、後々MP操作が必要になってきた時に差が現れてくる部分でもあるはずだ。


「って事は、パーティの中でお前対象だけ回復できないって事か」

「後衛だし、ポーション使うからそこまで問題じゃないけど……そうなる」


 たとえ後衛でも、一人だけ回復の恩恵がないのは厳しいな。……今日のリリカの変化は、つまりそういう事なのだろう。試行錯誤の結果というわけか。


「なるほど……それでお前もパンダになろうと」

「何故そうなる」


 いやだってさ。その耳見たら何かしらの意図があると思うのが普通だろう。つけ耳で意味があるかは知らないが、どうしたって目に入る。

 あとは、ミカエルに対する抗議の意味合いとか……。『私もパンダだから回復しなさい』とか。


「そのつけ耳はそういう意図じゃないのか?」

「…………え?」


 時間が石化する瞬間というものを感じた。

 ……あれ、気付いてなかったのか? まさか本当に耳が生えてきたとかじゃあるまい。


「……あ、その……これは、違う」


 顔を真っ赤にしながらつけ耳を外すリリカ。

 リリカはそのまま外したパンダ耳を発動した《 アイテム・ボックス 》らしき空間に向かって乱暴に放り投げる。

 外すのを忘れてたって事か。……じゃあ、そもそもなんでそんなもの着けてるんだよ。


「忘れて欲しい」

「いや、忘れろと言われても……」

「忘れろ」

「はい」


 なんか泣きそうだし、忘れた事にしよう。俺は見て見ぬふりができる大人だ。

 ……そもそも、ここに来るまでたくさんの人に見られてるんだが、それはいいんだろうか。


「パン……あれは君から紹介されたディルク君からもらったの」

「あいつから?」


 あいつも変な趣味してるな。セラフィーナにつけて調教師ごっこしてたりするんだろうか。

 ……おかしいな。普通にやってそうなイメージがある。どっちも楽しそうな姿が想像できてしまう。


『あははーセラー、パンダパンダだー』

『がうがうー』


 ひどい絵面だが、あの小さい二人ならそこまで違和感もないか。

 たとえばこれがサージェスとかだったら、本物を張り倒しに行ってるかもしれない。ゴーウェンなら爆笑しに行く。


「これを着けてると、パンダたちが言ってる事が多少分かるようになるの。本当に少しだけど」


 ……ただのアクセサリじゃないのね。


「パーティの連携のために必要なのか。いや、いいんじゃね? 可愛いし」

「可愛いって……。そ、そういうのは禁止っ」


 容姿を褒められるのに慣れてないのだろうか。反応が初々しい。

 というか、日本でつけ耳着けて歩いてたらアレな人だけど、迷宮都市って獣人が普通に歩いてるし、今更だろ。兎耳生えたスキンヘッドが並んで歩いてるんだぞ。


「と、ともかく、これはそういう理由だから。趣味とかじゃないから」

「わ、分かったよ。……趣味でも別にいいんじゃね?」

「趣味じゃないから」


 リリカにとっては譲れない部分らしい。


「そのディルクの奴はどうよ。もう一緒に攻略したりしたのか? 今月頭にデビューしただろ?」


 もう十月だ。別段報告とかはないが、あいつが言っていた通りならデビュー済のはずである。


「まだデビューしたてだから実際に見たのは訓練だけだけど……あの子、ちょっとすごい。パンダもそうだけど、良く見つけてくるね」

「ほう」


 すごいのは分かっているが、どんな感じですごいのかは良く分からなかった。"情報局"とやらが関係しているのかも知れないが、あいつの戦闘能力に関する情報はロクに出回っていない。セラフィーナもだ。

 あと、パンダは見つけたわけではない。突然現れたのだ。


「やっぱり、セラフィーナより強いって事か?」

「あの子も強いけど……方向性がまるで違う。世界が違って見える気がした」


 それほどかよ。……そんなのがウチに来るってのは有難いね。余計なのが付いてるが、そのデメリットを引っ繰り返す自信もあるみたいだし。


「詳細とか聞いてもいいのか?」

「駄目。内緒だって。あとで直接見せるって言ってた」

「そうか」


 情報局絡みで何か制限でもかかってるのだろうか。情報って扱いが難しいからな。


「直接見せて驚かせるって言ってた」


 ……全然関係なかった。自慢したいだけかよ。


「あの子たちと合流したら、すぐに第三十層までは行けると思うから、Eランク昇格もすぐだと思う」

「一応確認したいんだが、セラフィーナとは上手くやっていけそうなのか?」

「?」


 何言ってるんだ、こいつという目で見られてしまった。


「口数は少ないけど、普通にいい子だと思う」

「そ、そうなのか?」


 あいつ、リリカには噛み付かなかったのか。……まさか、俺だけが目の敵にされているとか、そういう事なのか?

 ヤンデレっぽいから、ディルクに近付く女には無差別で噛み付くと思っていたが……。


「まあ、あいつの事はいいか。……で、この前話したクラン入りの件は考えてくれたか?」


 そこから中級になるのは大変だが、Eランクにさえなってしまえばクランへは加入可能だ。

 俺のところは正式にはクランではないからランクもクソもないが、勧誘するなら早いほうが良い。


「あ、うん。ちょっと迷ってたところだったから助かる。Eランクになったらお世話になります」


 以前から話していた事とはいえ、拍子抜けするくらいあっさりと了解をもらえた。


「それは助かるが、選択肢は色々あるんだぞ。外から来た魔術士って珍しいらしいから、ある程度優遇されるだろ」

「そうらしいけど、……ちょっと事情があってね。それに、あの子たちが入るところなら、先にも進めると思うし」

「前聞いた時はそんなに強い目標があるって感じじゃなかったけど、そうでもないのか?」


 この街で生活できるくらいにはなりたいとか言っていたはずだ。それとも、デビューしたあとに何か目標が見つかったとか。

 この言い分だと、先には進みたいっぽいし。


「私は……師匠もそうだし、それよりも前からなんだけど、ずっと魔道の研究をしてるの。果てのない、真理の探求を何代にも渡って追い続けてる。……その先が無限回廊の先にあるって確信したから」


 何か表情が変わったわけでもないのだが、そう言うリリカの目は恐怖感を覚えるほどに深く、闇の底でも覗きこんでいるような気にさせた。

 あるいは、これがリリカの魔術士としての本当の顔なのかもしれない。


「私は良いんだけど、パンダたちはどうするの?」

「…………」


 あいつらどうしようかな。……ウチに来るの? いや、駄目って事は無いんだが。

 ……あとで、アレクサンダーやラディーネに相談してみるか。




-4-




「うーん、駄目だな。やはりパーツが足りない」


 二度目の合同攻略。ピンチヒッターの猫耳を摩耶に戻して挑んだ第三十一層攻略だが、ここに来て色々問題が出てきていた。主にラディーネ側の問題だ。

 新兵器の< ボーグ・バスター >の実戦テストを行った際、その反動でボーグのボディフレームが歪んだらしく、行動不能に陥ったのだ。

 結果、ボーグを抱えての撤退を余儀なくされたのだが、コテージにある部品だけでは再度戦闘可能な状態に持っていくのは難しいらしい。

 《 鍛冶魔術 》の《 リペア 》でも限度はあって、精密部分の修復は難しいらしいから、メンテナンス性の問題は今後も継続して挑む課題になるだろう。簡易コテージに備え付けの倉庫兼メンテ室で唸ってはいても、ここにないものを用意するのは不可能だ。


「やはり、近接戦闘は負担が大きいな。まだまだ改良が必要だ」

「三十層まではどうしてたんだ?」

「やはり同じようなケースは多かったよ。むしろ、今よりデリケートだった。最近金属素材の改良が進んだから、ようやく昇格試験を突破できたところなんだ」


 ああ、昇格式典で言っていたのはその事か。だから下級にいたって事ね。


「ワタシの< ラディーネ・スペシャル >もフレームに歪みが見られる。これは新しい弾丸が原因だな。……テストでは十分な結果が得られているんだが、やはり検証パターンが足りないという事か」


 ちなみに、< ラディーネ・スペシャル >というのはラディーネが使っている拳銃の事だ。

 複数の種類の弾丸を撃ち分ける事が可能で、ラディーネの持つスキル《 バレット・チェンジ 》と合わせて、場面に応じた戦い方が可能となる。

 ネーミングセンスについては今更気にするようなところではない。


「枯れた技術のほうが兵器としては信頼性が高い、なんて聞くが、お前らのもそういう事だな」


 新型兵器の信頼性なんて、いくらテストをしても得られるものじゃない。実戦で使われ、長い間細かい改良を加えた、いわゆる枯れた技術が一番信頼できるってのは間違いじゃないだろう。

 ロボットアニメだと大抵新型が極端に強いが、あれは演出の問題だ。実際にはいくら性能が高い機体だとしても、故障が頻発するのが当たり前で、採算度外視のワンオフ機でもそれは変わらない。きっと見えないところで整備士がヒーヒー言ってるに違いない。


「それは分かってるがね。ワタシはこの世界ではこういった技術の先駆者だから枯れた技術も糞もない。手探りで進めていくしかないな」

「迷宮都市の外じゃ、まともに使える銃すらないからな」


 原始的な構造の火縄銃モドキは確認されているらしいが、そこ止まりらしい。何十年と実戦で使われた信頼性のある銃器は、この世界には存在しない。

 迷宮都市内だったらちゃんと実用に耐え得る銃もあるが、中層以降のモンスターとまともに戦える性能のものは……ない事はないが、極端に大型で携帯が困難だ。

 存在しないとなるとあとは作るしかないわけだが、いくら魔術があって強靭な金属が使えるとしても、この手の武器は未だ未開拓の分野だ。一朝一夕にはいかない。ラディーネはただ一人、未知へ突き進んでいる事になる。


「銃器に深い拘りでもあるのか? 前世で良く使っていたとか」


 正直なところ、開発の手間や時間に見合わない武器が、迷宮都市における銃の立ち位置だ。剣や弓などを使ったほうがよっぽど早く、簡単に強くなれる。


「良く使っていたのは確かだが、別段思い入れはないな。そこは私の目的に触れる部分でもあるんだが……」


 先駆者のいない銃器、サイボーグ、キメラなんて突飛な力で先を目指すのはやはり意味があるって事なのか。


「君はスキルが認証されるのを見た事があるか?」

「……あるな」


 サージェスの《 フル・パージ 》や、ユキの《 クリア・ハンド 》の際、そんなシステムメッセージが出力されたのを見た。多分、アレの事を言っているのだろう。


「それまでに存在しなかったものでも、システムさえ承認すればスキルになる。ある程度の矛盾すらシステムはクリアしてくれる。」

「あまり深く考えてなかったが、そういう事だよな」


 元々あったスキルのロックが解除されたわけではなく、新しく作られた。それは、現在ないスキルでも今後増えていく可能性があるって事だ。


「これはスキルだけ限った話じゃない。クラスも同じなんだ」

「ファンタジーに喧嘩売ってるような< キメラ >や< サイボーグ >も元々はなかったクラスって事か?」

「…………」


 急に何かを考え込むように黙りこんでしまった。


「ラディーネ?」

「……いや、悪い。何気ない一言だったが、余りに正鵠を射ていたものでね。ちょっと感心した」


 俺、なんか変な事言ったっけ?


「いいたとえだ。そう、……ワタシは無限回廊のシステムに喧嘩を売っているんだ。何がなんだか一ミリも理解できない。ブラックボックスだらけのこのシステムが気に入らない」


 それがラディーネの無限回廊に挑む目的って事なんだろうか。


「< サイボーグ >や< キメラ >のクラスは認めさせたんだ。今はまだ相手にされていないが、絶対に振り向かせてみせる」


 ラディーネの頬が釣り上がり、これまでに見た事のない表情になる。

 それは、ラディーネの本質部分、狂気染みたマッド・サイエンティストとしての顔なのだろう。


「なるほど、ボーグやキメラたちは無限回廊って存在そのものと戦うための剣って事だな」

「はは、君は面白いな。……そう、その通りだ。ずっと引っ掛かっていたが、言われてみれば単純な話だ。……今は足踏み状態に等しいが、結果は出始めてるんだ。寿命に縛られないんだから、時間だっていくらでもある。地道に行くさ」


 それはダンマスですら手が届いていない、未知の領域に足を踏み入れるという事だ。世界そのものを解き明かす事とほとんど同義といってもいい。


「まあ、今回のアタックはこれで終了だな。あと一日あるが、無理をするような場面じゃない」

「ワイバーン落としは次回だな」

「できれば、今回で落とせないまでも実際に戦って感触を確かめておきたかったが、仕方ない。チャンスは減ったが、問題点が浮き彫りになったというだけでも大きい。次回はベターな武装で挑むとしよう」


 来週、このフロアの構造が維持される最後のアタックが、あいつへのリベンジマッチだ。分り易くていい。

 今回は、水凪さんが作ってくれている食事を食って引き上げるとしよう。




「話は変わるが、ラディーネはクランには所属しないのか?」

「なんだ、勧誘かね? ……いや、ちょうどいいな。ちょっと君に聞きたい事があったんだ」


 いきなり出鼻を挫かれたが、なんだろうか。


「君のところはまだクランとして成立しているわけではないが、クランハウスは持っていると言っていたな」

「ああ。条件付きだが、イベントのボーナスでもらったんだ」

「摩耶君から、クラン員に部屋を割り当て、自由にさせていると聞いたのだが」

「クランのGP管理機能が使えないからな。プライベートスペースだし、自由なほうがいいだろ?」

「その条件が適用されるなら、クランへの加入はワタシからお願いしたい」

「条件って……部屋を自由にする事か?」


 条件も何も、ウチは全員そうなんだが。

 クランへの加入って、もっとこう……目指すものがあって、それを摺り合わせしながら決めるもんじゃないのだろうか。

 ……いや、結構ろくでもないクランもあるな。もっと気楽でいいのかしら。


「ああ、それをさせてくれるクランは意外に少なくてね。というか、クラン員にプライベートスペースを与えるほうが稀だ。クランハウスは基本的に住むところではないしね」

「そうなのか」

「普通は精々幹部くらいだね。零細クランの中にはマスター用の部屋すらないところもあるよ」


 言われてみれば、普通のクランはもっと人数が多い。その人数に相当する共用スペースを作ると、割り当てる部屋数が足りなくなるのか。

 摩耶から聞く限り、< アーク・セイバー >の寮は設備は充実しているものの、自由にできるわけじゃないらしいしな。

 ウチのクランハウスは最初からある程度拡張されてるから余裕があるが、普通はもっと部屋数も少ないんだろう。

 ……個人部屋って、当初考えていた以上にアピールポイントになるのかな。


「その条件で良いならまったく問題ないが、研究か実験する施設でも造りたいのか?」

「それもあるが……ワタシは学校の近くに賃貸を借りているんだが、これが手狭でね。ちょっとどうにもならないところまで来てるんだ」

「そんなに荷物が多いのか?」

「……パンダがね」


 パンダかよ。そりゃあいつらデカイからな。そんなのが十何匹もいれば手狭にもなるか。


「さすがに、冒険者でもクラン員でもない奴らに部屋はやれないぞ。」

「そこはワタシの分だけでいい。というか、ボーグとキメラを含めて一部屋で構わんよ」

「それだとむしろ手狭にならないか? あいつらもデカイし」

「下級時代にGPは貯め込んでいるからなんとでもなるさ。三人分だしね。部屋数は有限なんだから有効に使うといい」


 まあ、庭造ってログハウス建てればなんとでもなるか。主に住むのはパンダだから、わざわざ人間と同じ環境を用意する必要もない。なんなら建てるのを手伝ってもいい。というか、このままリリカたちが上がって来たら、マイケルたち三匹も受け入れる事になりそうだし。

 ……パンダだらけになるな。パンダ嫌いなウチのマネージャーは正気でいられるだろうか。


「なら、その方向で話を進めよう。一応他のメンバーにも話は通すが、決まりなんてないような新興クランだし、問題はないはずだ」

「決まりは今後決めていけばいいさ。そういうのも醍醐味だろう。……じゃあ、これからも宜しく、クランマスター」

「ああ、宜しく」


 こうして、時期は未定ながらラディーネたちの加入が内定した。

 キワモノ率が上がった上、大量のパンダが付いてくるが今更だ。サージェスという究極がいる以上、普通になんてなりようもないのだから、とことん変な奴を受け入れてしまえ。

 ……決して現実から目を背けて開き直ったとかではないぞ。




「ちなみに、水凪さんも誘おうかと思ってるんだが」

「……あの子は美味いものが食えればどこでも所属するんじゃないか?」


 そう言われると、あっさり了解もらえそうな気がしてきたな。




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