第2話「捕食者達」




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 無限回廊第三十一層の初攻略は散々な結果に終わった。

 特殊な立体構造のダンジョンに、大量に降ってくるオーガとブリーフさんたち、そしてそれらを指揮するコマンダー種に阻まれ、先の階層に進むどころかほんのわずかな距離さえ進めない。

 それでもレベリングのためと割り切り戦っていれば、最後の最後で討伐指定種のワイバーン二体の御乱入である。パーティは半壊……むしろ、全滅してもおかしくない状況だった。


 ボロボロの状態でギルドに帰還した俺たち三人がまず確認したのは、討伐指定種の情報だ。出現するダンジョンや階層の情報は公開されないが、過去に確認された種であれば個体情報は有料とはいえ公開されている。


「あの個体は< アシッド・ワイバーン >と< ヴェノム・ワイバーン >とそのままの名前ですね。ユニークネームではありません。ただ、二体の番であるらしく、必ず同じ場所に配置されるモンスターのようです」


 ……あれは運悪く二体いたわけじゃなく、元々セットなのか。


「討伐指定種の行動パターンとして、その層の制限時間が近付くと強襲してくる個体がいるらしいのですが、あれはその類ですね」

「制限時間ギリギリになったから攻めてきたって事か」


 知っていれば避けられた事態って事か……。そういう行動パターンの奴がいるって情報があるだけでも注意できたはずだ。

 討伐指定種なんてそうそう出くわす事がないと決めてかかって、情報収集の優先度を無意識の内に下げていたんだな。


「つーか、サージェスの野郎一匹仕留めてるんだな」


 そして、精算を済ませようと受付に足を運んでみれば、サージェスがワイバーンを一体仕留めた事が確認できた。

 ダンジョンアタックは討伐したモンスターの種類、数などの詳細情報もリザルトとして残るのだが、その記録に例のワイバーンの名前があったのだ。

 パーティとしてのリザルトなので誰がトドメを刺したのかは記載されていないが、あの状況であれば明白だ。あいつ以外に仕留められる奴がいない。

 討伐指定種は賞金やGPも出るので、この割り振りについてはあいつが退院したあとに相談する事にしよう。……正直、あいつが全部持って行ってもいいくらいだ。

 しかし、相変わらずとんでもない奴である。


「あの人は自分の事を投げ出す癖がありますね」


 摩耶は良く見ているな。……俺もそれは考えていた。おそらく最初の時から……はっきりと分かったのは新人戦の時からだ。

 自覚しているかは分からないが、あいつは自分の存在を使い捨ての道具と同列に見て軽視している感がある。俺にはそう見えた。

 俺は未だ体験していないが、死と復活の際に受ける苦痛はペナルティを別としても避けたいものらしい。熟練の冒険者でもそれは変わらない。慣れるには心身にかかる負担が大き過ぎるのだという。

 だが、あいつはそんな事は関係なしに一切の躊躇なく死中に飛び込んで行く。それはただ痛みに強い、マゾだからというだけでは不可能な行為だろう。

 前世の話を聞く限り、マゾになる以前から自己犠牲・自己軽視の傾向はあったように思える。自分のすべてを犠牲にした救国の英雄なんて、それくらいでないとやってられないのかも知れない。

 これまでは助けられた部分が大きいが、今後はそれが問題となってくる場面があるかもしれない。


「一体は倒してるって事は、次は残りの一体とだけ戦えばいいって事なのか?」

「らしいですね。奴らは同フロアでは復活しないそうです」


 戦うにしても次があれば、だが。一ヶ月経てばフロア構成はリセットされる。そうしたらあいつらも別の場所に配置されるだろう。


「正確な数字は今ククルが計算しているが、アイテムロストを考えても収支自体は完全に黒だ」


 オーガやブリーフタウロスが使用していた武器、角や骨、皮など、大量の素材ドロップだけで軽く黒字だ。ワイバーンの討伐報酬を含めない形でである。

 何故かブリーフパンツも結構な値段で売れた。一体何に使うのだろうか。……あんなにでかいのを誰かが履くのか?


「そいつはありがてえ。俺は必然的に一ヶ月以上収入ない状態になるからな」

「どちらにしても、このメンバーでの攻略は一ヶ月以上空く事になりますね」


 ペナルティの回復で一ヶ月空くのはどうしようもない。だが、来週のラディーネとの合同攻略はどうしようか。生き残ったのはどちらも不参加と言った二人なのだ。


「来週の話だが、ガウルの帰郷は延期とかできないんだよな」

「ああ、迷宮都市を出る日程は決まってるから、このタイミングを逃すとキャンセルになっちまう。絶対に参加できないってわけじゃねえが」

「私のほうも、事情を説明すれば大丈夫だと思います」


 遠征も手続きが面倒臭いらしいが、それ以外の理由で街を出るのは更に手順を踏む必要があるらしい。ククルが代替で書類は整えてくれるが、それが処理されるのには時間がかかるだろう。

 摩耶だって、本来は< アーク・セイバー >所属なのだ。融通を利かせてもらっているとはいえ、無理するような場面でもない。


「いや、元々スケジュールが埋まっていたのを無理に合わせる事はない」


 基本的に延期かな。ラディーネと直接相談してみるか。




「あ~~も~~!! < 毒兎 >以外全ロストはきーついー!」


 そのまま三人で病院へと向かい、ユキの病室を覗けば、すでに目覚めていたユキがベッドの上で悶えていた。

 俺には気付いていないようで、いつかの20%事件の時のように、ゴロゴロとベッド上を転がっている。

 ユキが起きている事は確認できたので、ガウルと摩耶は見てない振りをしつつ別のメンバーの病室を確認しに行った。……逃げるなよ。


「一応、ロスト分含めても黒にはなりそうだぞ」


 俺が声をかけるとピタっと動きが止まった。すぐに顔を上げないのは、ちょっと恥ずかしいのかもしれない。


「ツナ……。でも、あれだけ稼いでたのになー」

「全滅しなかったからまだマシだ。コテージに確保していた分と俺たちの《 アイテム・ボックス 》の中身は無事だったからな。……< 毒兎 >は保険かけてたのか?」

「……うん。あんな見た目だけど、ユニーク武器だし性能はいいからね。はー、質屋に買い戻しに行くのが憂鬱」


 今回ユキが使った保険は買い戻しの費用が払われるだけだから、質屋には行く必要があるようだ。

 覚悟してても、あの重い空気はキツイよな。あのババアと会わないといけない上に、ロストマンさんたちもいるし。

 いくら元々は自分の物だからといって、目の前で買い戻しすれば彼らも反応するだろう。……あの人たち、営業時間中ずっとあそこにいるんだろうか。


「完全に不意打ち喰らっちゃった。降下してくるのが見えたから声をかけたんだけど、下からも出てきて……。うん、もう一匹いたんだね」


 ユキは最初に死んだから、状況も把握できないだろう。

 だが、この言葉通りの意味だとすれば、もう一体は下にいたのか。どっちに行っても遭遇する仕組みって事なのね。


「……というか、全滅はしなかったんだ?」

「結局、俺とガウルと摩耶が残った。お前が起きてるのに気付いたから他の奴のところに行ってる」

「そ、そう……」


 お前の醜態は見ない振りして、他の奴のところに逃げたぞ。


「討伐指定種って複数出るもんなんだね」

「ここに来る前に調べて来たが、あれは二体セットなんだとさ」

「なんだそれー。どうしろって言うんだよー」

「二匹の内、一匹はサージェスが仕留めたらしいぞ。報奨金も出てる」

「え゛っ……すごいね……ってあれ、サージェスだ」


 ちょうどその時、サージェスが病室の前を通りがかった。何故か一人だ。


「リーダー、……その様子だと無事でしたか」

「ああ、助かった。他の奴は……入れ違いか?」


 サージェスは俺の格好を見て死亡しなかったと分かったようだ。どうも、起きてそのままここに来たらしく、二人とは入れ違いになったらしい。

 ユキと合わせてサージェスにもあのあとの詳細を説明する。


「今回のは間違いなくサージェスの大金星だ。さすがに報奨金はお前だけが受け取るべきだな。以前、牢屋作りたいとか言ってただろ。GP足りるんじゃないか?」


 何に使うかは知らんが、個人部屋はそれぞれのプライベート空間と割り切ってるから設置しても構わないぞ。


「牢屋……と言われましても、私には特に必要ありませんね。トレーニングルームでも設置しましょうか。それとも何かスキルでも習得するか……」

「ツナ……これって……」


 ユキは初対面だから困惑しているようだが、俺には分かってしまった。これはきれいなサージェスさんだ。

 サージェスはワイバーンと共に視界の外へと飛んで落ちて行ったが、あのあとに《 インモラル・バースト 》を使用したという事なのだろう。


「とりあえずGPの件は保留だ。猫耳に話通しておくから、例のブートキャンプに行って来い」


 ……もう確信して開き直ったが、きれいなサージェスよりも汚いサージェスのほうが強くて頼りになるのだ。

 きれいなサージェスは放っておくと不要な物をすべて捨ててしまう性質がある。このままだと部屋も綺麗になってしまうから、きれいなうちはどこかに放り込むのが一番だ。


「ふむ……またアレですか。偶には心身共に健全に過ごすのもいいでしょう」

「健全……」


 ひどく似合わない言葉だが、今だけは問題ない。普段は不健全の塊であるサージェスだが、現在だけは健全なのだ。


「結局、お前はアレをどうやって倒したんだ?」


 サージェス本人に詳細を聞いてみると、あのあとワイバーンと空中で格闘戦に入ったらしい。落ちながらの大激闘だ。

 お互いに傷付き、そのまま落下するだけでも死ぬ。そんな状況で逃走しようとしたワイバーンの翼を強引にもぎ取り、ロッテの時と同じコンボ……《 ローリング・ソバット 》からの叩き落とし、《 ドラゴン・スタンプ 》の踏みつけに《 インモラル・バースト 》が加わった事でトドメに至ったという。

 当然の事ながら、その前の時点で《 フル・パージ 》済みだ。全裸男と翼竜の落下しながらの空中戦である。サージェスはその後賢者モード状態になったため、落下地点近くにいた雑魚にやられたらしい。


「だが、前回よりはマシな状態だな。抜け殻みたいな状態じゃない」

「……どうなんでしょうか。感情の落差はそれほどでもない気がしますが、自分では良く分かりません」


 多分、それほど興奮してなかったんだろうな。相手はワイバーンで、ロッテみたいに反応があるわけでもないし。ギャラリーもいない。


「ベースレベルも一気に上がり、Lv40に到達しました。これで三つ目のクラスが追加可能ですね」

「すごいね。中級の第一目標をいきなり超えちゃったんだ」


 三日に渡る三十一層の戦いで俺たちのレベルも多少上がってはいるが、サージェスは単独でワイバーンを仕留めた事による経験値を独占できたらしい。

 今はデス・ペナルティ状態だが、ベースレベル自体はこれで一人抜きん出た事になる。討伐指定種の経験値はやはり大きいようだ。


「あまり選択肢もないですが、追加するのは< 拳撃士 >でしょう」

「そのあたりは、ブートキャンプから戻ってきたら考えよう」


 正常な……不健全サージェスなら、ひょっとしたら< ボディビルダー >あたりを選択してしまうかもしれないが、こういうのは自主性に任せたほうがいい。


「そういえば兎さんたちのブートキャンプですが、リーダーやユキさんもどうですか? なかなかハードでいい感じですよ。心身共に引き締まります」


 ハードなのにいい感じなのか。賢者モードの今はもっとストイックな意味で言ってるのだろうが、同じ人間でこうも意味合いが違うとは。『心身共に引き締まります』とか、汚いサージェスが言ったら別の部分が引き締まっているのを想像してしまう。


「ボクはやだ。兎耳二人と会いたくない」


 ユキの中では、あの二人は避けて通る相手らしい。兎さんとして同じに見られたくないんだろう。猫耳に聞いた限りだと、容姿と語尾以外は結構まともなんだが。


「俺はそもそも死んでないからな」


 デスペナルティも関係ない。


「ツナは来週もダンジョンに潜るの? ガウルと摩耶は参加できないんだよね」

「まだ決めてないが、ラディーネ次第だな。どちらにせよ、レベリングくらいしかできそうにないが」


 確定してしまった以上、一ヶ月はあのダンジョン構成なのだ。あの難易度で回復役がいないのは厳しい。……最悪は浅層か、他のダンジョンに潜る事も想定したほうがいい。




-2-




 というわけで、その日の内に冒険者学校まで足を運んで、直接ラディーネに事情を説明する。

 髪や服装と、ついでにおっぱいがだらしない人だから研究室も雑然としているかと思ったが、薬臭さや謎のオブジェが大量にある以外は整然としている。

 部屋の隅に首のない機械仕掛けの体があるが、ひょっとしてアレがボーグの体なのだろうか。ちょっと格好いいんだけど。


「……なるほど、そういう事情か」

「ああ、だから次の攻略はどうしようか相談しようと思ってな」


 難易度も高い。面子も揃ってない。ガウルと摩耶は無理すれば出てもらえるが、そこまでしてもできるのはレベリングくらいだと分かった状態だ。

 加えて、一体だけとはいえあの化け物がまだ残っている。制限時間ギリギリになれば襲ってくる習性ではあるらしいが、それ以外で襲ってこないという保証もない。いつ強襲されるか分からない状態でレベリングもないだろう。


「ワタシは見送りでも構わんし、こちらの三人で別のダンジョンにアタックも可能だ」

「そうか……なら」


 見送りか延期かを切り出そうとする俺を、ラディーネは手をかざして止めた。


「だが、君はそれでいいのか?」

「…………」


 やられっぱなしのままでいいのかって意味だろうか。


「まあ、コーヒーでも出そう。苦手だったら紅茶もあるが。……わざわざここに来たくらいだから、時間はあるんだろ?」

「……コーヒーでいい」


 用事だけ済ませてそのまま帰る気だったが、俺はラディーネが座っていた向かいのソファに腰を下ろした。

 しばらくすると、部屋にコーヒーの匂いがたちこめる。どうやら、インスタントではなくちゃんとドリップするらしい。


「天然物のコーヒーというのはいいね。迷宮都市に来てからこればかり飲んでいる気がするよ。似たような物が前世の世界にもあったんだが、嫌いな類だったんだ」

「転生すれば味覚も変わるだろ。おかしな事でもないんじゃないか?」


 俺もすでに前世の渡辺綱とは別物の味覚をしている。より鋭敏で、不味いものも我慢できる。前世だったらゴブリン肉なんか食ったら死ぬほど悶えるだろう。……いや、死ぬかもしれない。


「どちらかというとコーヒー側の問題だな。ワタシのいた星のコーヒーは不味かったんだ」

「そうなのか? 宇宙開拓できるくらい、文明の発達した世界だったんだろ?」


 コーヒーくらいいくらでも作れそうだし、品種改良も進んでるんじゃないだろうか。


「……人間の技術が発達し、宇宙までそれが広がったからといって、誰もがその恩恵を甘受できるわけではないという事さ。ワタシの住んでいた星は半ば廃棄されたような場所にあってね。自然もない、資源もない、娯楽もロクにない、他の星と戦う武力もない。ないない尽くしの星だったんだ。手に入るコーヒーも良く似た成分の合成品で、天然物なんて超贅沢品だ。似ていても、それは表面上似ているだけ……コーヒーに限った話じゃないがね」


 随分と過酷な環境だったって事か。単純に文明の発達していたSFの世界を想像していた。


「だから、ワタシにはこの世界はとても豊かに見える。迷宮都市だけじゃなく、外ですらそう感じる。モンスターや野盗はいるが、少なくとも対策なしに外を歩けないほどの死の大地ではないし、空気が有料という事もない」

「他の星へ移住はできなかったのか?」

「一部の権力者や特殊な技術者、貿易船の業者を除けば星の外に出る事は禁止されていた。死の大地に這いつくばるしかなかった。ワタシが貿易の研究を始めたきっかけも、なんとかして星の外に出れないかって考えたからなんだ。……最悪のタイミングで星間戦争が始まってしまったがね」


 ラディーネが入れたコーヒーを差し出して来る。別段なんて事はない、普通のコーヒーだ。この街に来るまでは見る事もなかったが、迷宮都市内ならどこでも飲めるだろう。

 ラディーネも向かいのソファに座り、自分のコーヒーを飲み始める。……普段菓子ばかり食ってるのに、コーヒーにはミルクも砂糖も入れないようだ。


「まあ、ワタシの事は良いだろう。今は無限回廊の事だ。……ワタシとしては挑戦したいね」

「さっきも言ったが、あまり美味しい構造じゃないぞ」


 好んで挑戦するようなフロアじゃない。比較のために一般的な第三十一層の例も調べたが、最悪とはいかないまでも、それに近い難易度だ。

 俺はともかく、ラディーネはまだ挑戦していないのだから、避けようとすればいくらでも避けられる。だが、一度でも俺と一緒に入れば構成は確定だ。

 ダンジョンの構成記録は先着順だから、たとえラディーネが新しい構成のダンジョンに入ったあと、俺がそれに便乗しても俺の構成で上書きされる。

 俺があの階層を避けるには攻略するか、一ヶ月待つしかないって事でもある。


「以前、ここに来た時に会ったディルク君は覚えているかね?」

「ディルク……そりゃ、覚えているが」


 あれからオーク麺でも遭遇してるし、そもそもウチのクランの加入予定メンバーなのだ。リリカに紹介もしたし、メールでのやり取りもある。


「分野は違うものの、同じ研究者として彼とは良く話す機会があるんだが、その中で昨今の冒険者のスタンスについて話した事がある」

「……どんな話だ」


 さっきの前世の話ではなく、このタイミングで言うなら関係ない話題という事はないだろう。


「安全マージンを取って、できる事をやり、失敗したら調査をして、自分たちにできそうにないなら回り道をする。そんな"要領のいい冒険者"が増えているという調査結果が出ているらしい。……特に中級冒険者に多いという」


 なるほど、良くある話だ。第三十一層の難易度に圧倒され、入り口でレベリング、難易度が高そうなら次のダンジョンが構成される一ヶ月後まで待つ。

 楽そうな、美味しそうなダンジョンをエサに臨時パーティを集うのも同類だろう。広い定義……逆の意味では今の俺にも該当する。


「別にそれが悪いというわけではない。慎重という意味では正しいのだからね。ダンジョンアタックなど慎重であるくらいが望ましい」

「そうだな」


 中級に多いってのは、冒険者業に慣れてきたっていう意味でもあるだろう。

 自分にどれくらいできるか、リスクとリターンを天秤に乗せて、より良い結果を求める。その線引をするための経験……判断材料が揃いつつあるって事だ。

 死ななければペナルティもなく、次にも挑戦できるのだから何も間違った話じゃない。ソロではなくパーティならもっと慎重になるだろう。自分以外にリスクを負わせるのは避けたい。

 あるいは、『第三十一層の壁』って言葉はそんなところから来ているのかもしれないな。そりゃ、下級に比べて攻略スピードだって遅れるだろう。


「それらは極当たり前の事だし、リスク管理は中級まで来るような一人前の冒険者ならやって然るべき事だ。だが、ここで別の問題が発生する。……そういった"要領のいい冒険者"は、大抵の場合、自然と自己に課す要求ラインを下げてしまうそうだ」

「要求ライン?」


 挑戦する難易度の判断が甘くなるという事だろうか。慎重に事を進めようとするあまり、楽な方向へ向かうと。

 弱い敵だけ相手にしててもレベルは上がる。ロストする心配がないなら金も貯まりやすいだろう。

 仕事とはいえ、誰かに強制されて攻略するわけでもないのだ。自己判断なら、そういう事も有り得るかもしれない。


「これくらいの難易度だったらできそうだ。先に進まず大人しくレベリングしたほうがいい。……ちょっと攻略は無理っぽいから一ヶ月後の再構成を待とう。そうやって強くなるペース、攻略速度を自分で落としてしまうらしい。そして、大抵の場合は必要以上に慎重になっている事に自分でも気付かない」

「…………」


 良くありそうな話だ。手に取るように分かる。

 ……今回はそもそも攻略を進める気がほとんどなかったが、それは初回の攻略だから様子見って事で言い訳できる。次を見送ろうとしているのも、他の連中がデス・ペナルティ中って事で一ヶ月挑戦できないからしょうがない。

 だが、俺自身は生き残っている。


『知ってるか? < 流星騎士団 >の三倍くらい全滅してるんだぜ、俺たち』


 それは、以前剣刃さんに言われた言葉だ。

 あんなトップ集団でさえ、何度も全滅しているのだ。きっとそれは、安全マージンを限界まで削り、常に挑戦し続けている結果なのだろう。

 先に進むのなら、それも先駆者のいない道を歩こうというのなら、そんな保険はかけるべきじゃないって事だ。

 今の俺は……どうだろうか。


「死んでしまったメンバーはしょうが無いが、少なくとも君は生き残ったんだ。再挑戦できる。死んでも蘇るのは冒険者の特権だ。死んでも構わない職業なんだから、無謀でも挑戦すべきじゃないのかね? ……いや違うな。先に進むつもりなら、無謀にこそ挑戦すべきなんだ」

「なんだ? 俺は煽られてるのか?」


 言っている事はもっともだと思うが、ラディーネは俺にあいつを落とせと言っているのか?


「そうだ。ワタシは君を煽っている。同じ冒険者として、中級ランクの同期として、君より多少長く生きたお姉さんとしてだ。……老婆心ながら君に問おう。君はオトコノコとして、そのワイバーンにリベンジしたくはないのか?」


 はっきりと、ラディーネは言い切った。


「…………」


 そう言われて脳裏に浮かぶのは酸のブレスを噴いてきたワイバーンの姿だ。そのブレスで盾ごとボロボロにされたティリアの姿だ。

 ……そして、< ヴェノム・ワイバーン >に単身切り込んでいったサージェスの姿だ。

 確かにこのままだとやられっぱなしだな。情けない限りだ。どうしようもないほど力の差が離れていて手が出ないというのなら諦めもつく。だが、サージェスは捨て身とはいえ、一人であいつを仕留めてるんだ。不可能じゃない。

 ……リベンジしたい。やられたまま黙っているのは性に合わない。俺らしくない。


「指定討伐種なんて、言ってみればレアモンスターだ。専門でやっている連中でも同じ個体と出くわす事はまずない。その出会いはほとんど一期一会だと言う。……いいのか? このチャンスを逃せば、そいつを仕留めるチャンスはもう来ないぞ」


 そうだな。あいつはボスでもなんでもない。この先障害として立ちはだかるモンスターでもない。俺たちが行く先にあいつがいる保証はないんだ。


「……良くない。ああ、良くねえな」


 手がないわけじゃない。まだ俺は死んでないんだ。挑戦権は残ってる。


「元気が出たようで何より。……というわけでだ、ここはワタシたちとワイバーン退治といこうじゃないか」


 そう言ってラディーネが浮かべるのは、自分がワイバーンを倒す姿でも想像しているような不敵な笑みだ。


「……いいなラディーネ。お前、なかなかいい性格してるよ。格好いいじゃねえか」


 服装はだらしないが、その生き方は見習いたい。


「当然だ。ワタシは常に格好いいお姉さんを目指してるからな」


 そう言ってドヤ顔で胸を張るラディーネは相変わらずだらしないが、何故か格好良く見えた。

 死んだって構わないんだから、むやみに安全マージンを取る必要はない。それは新人戦や< 鮮血の城 >のような重要イベントだけじゃなく、通常の攻略でも変わらない。

 一緒に挑戦するラディーネもこう言ってるんだ。ここはいつも通り前のめりでスライディングといこうか。




-3-




『さし当って、打倒のビジョンはあるのか』

『まだ、そいつについての情報がないからなんともね。なに、最大で三回、九日分のチャンスがあるんだ。まずは情報収集と連携の確認からだろう。……取り敢えずは戦力だな。ウチの三名はともかくとして、君のほうはどうする?』

『生き残った二人は次回の挑戦は厳しいかもしれないが、他の心当たりを当ってみる』


 ガウルは帰郷するから参加できないだろうが、摩耶が参加できないのは一回だけだから、最悪一回は五人で挑戦というのもアリだ。だが、最低でも一人は代替要員がいる。


『ちなみにお前のほうは追加要員の当てはないのか?』

『ワタシは冒険者としての横の繋がりが薄いからね。同僚の教員に打診してもいいが……できれば専門家のほうがいいだろう』


 ラディーネに確認したところ、ボーグとキメラはある程度臨機応変な対応が可能で、ポジションに縛られないらしい。

 ラディーネ自身は火力というよりも後方支援だ。となると足りないのは回復役……副業持ちだし回復の専門家でもないが、打診してみるか。




「はい、いいですよ」


 神社を訪ねてみたところ、水凪さんからは二つ返事でOKをもらえた。

 < 巫女 >は支援がメインで回復の専門職ではないが、それでも盾と兼務するティリアよりは適性が高い。使用武器も弓で後衛だから、戦況把握もし易い。


「でも、いいのか? ぶっちゃけ、あまり美味しくはないフロアだと思うが」

「うーん、人によっては避ける類のフロアかもしれませんね。ただ、討伐指定種は狙って遭遇できるものじゃないですし、倒せれば見返りは大きいので」


 あっさりと落とすつもりになっているようだ。水凪さんは中級ランクになって長いというし、経験があるとそういう考え方にもなるのだろうか。


「報酬はどうする? クラスが独特で相場が分からないんだが」


 < 巫女 >なんて、就いてる人自体が稀少だ。その上、フリーで活動している中級ランクはこの人だけなのだ。


「通常通りの頭割りで構いません。私の場合、矢も特別なものではないですし」

「そりゃ助かる」


 回復役の相場は高いからな。

 中級に入ると< 斥候 >は技能持ちが増えて多少安価になるが、回復職の相場は相変わらず高いままなのだ。ちなみに< 地図士 >の需要と相場は跳ね上がる。


「できれば最大三週、ワイバーンを討伐するまで付き合ってもらいたいんだが、他に条件とかはあるか?」

「そうですね……では、ワイバーンの肉がドロップしたら食べさせて下さい。実はそれが目的というか……」

「……く、食うのか?」


 そりゃ、< 食材 >としてドロップするかもしれないが、アレは食い物に成り得るんだろうか。あの日見てしまったMINAGIは、やはり幻覚ではなかったというのか。


「酸のブレスを噴いてくるような奴なんだが、不味いんじゃないのか?」

「ブレスの種類は味に関係ないんですよ。それに、討伐指定種って食べた事がないんですよね」


 討伐指定されてないワイバーンなら食った事あるみたいだな。

 あいつは肉食……だと思うが、肉食獣の肉ってあまり美味しくないんじゃないだろうか。……いや、< 美食同盟 >直営のレストランでは、ドラゴンステーキは高価だったな。


「ワイバーンの肉はちょっと硬めですが、圧力釜を使って唐揚げにすると美味しいですよ。フライドチキンでもいいです」


 そう言う水凪さんから、不思議な力強さを感じる。唐揚げって事は鶏肉に似た感じなのだろうか。というか、チキンじゃねーだろ。ワイバーンだ。


「というわけで、宜しくお願いします」

「あ、ああ、宜しく」


 ほんと、何がどうなればこんな食欲の権化になるのだろうか。

 ……まあ、睡眠欲、性欲と並んで、食欲は人の三大欲求の一つだ。それが生きる力になる事は俺も実感している。

 目標を持つなら、こういった原始的な渇望のほうが、冒険者としては高みに至れるのかもしれない。

 ……しかし、ドロップ品がどれくらいの大きさの肉になるか知らないが、まさか一体分食うんじゃないだろうな。人間何体分になるか分からんぞ。


「……精算してないオーガ肉ならまだあるけど、いるか?」

「オーガは不味いのでいりません。味はオークよりはマシなんですが、とにかく固いので」


 なんでもいいから食いたいわけじゃないのか。

 というか、オーガは不味いのね。道理でブリーフさんの肉は売れて、こっちは残るわけだ。……買い取りも上限決まってるし、どうやって処分しようかな。




「というわけだ」


 摩耶と会って、これまでの経緯を説明する。

 ガウルは日程が決まっていたため、キャンセルさせるわけにもいかず、おとなしく帰郷してもらう事にした。

 あいつも負けっぱなしは悔しいみたいだが、当てができた以上無理してもらう事もない。帰ってきたらワイバーンを仕留めた武勇伝でも聞かせてやろう。


「いいですね。やはり鯨を目指すからにはそうでないと」


 鯨ってなんだ? 摩耶は女性としては背は大きめだと思うが……もっとでかくなりたいのか? ユキなんて100%男だった頃から小さかったぞ。


「だから、取り敢えず次回は不参加で良いんだが、そのあとは頼む」

「次回はいいんですか?」

「フィロスたちの用事があるんだろ。それに、次回で仕留めるってわけでもない。あとチャンスは三回ある」

「なるほど、了解です。……ですが、一回だけでも代替要員はいたほうがいいですね。攻略目的でないなら前の通路で戦っていれば良いですが、それでもコマンダーを落とせる人員は必要です」


 確かにワイバーン以外だって攻略は必要だ。

 摩耶の言う通り、コマンダーの存在だけで降ってくるオーガやブリーフさんたちの戦闘力が格段に変わるのだ。

 ラディーネたちも水凪さんも遠距離攻撃できるからなんとかなるだろうが、近付いて近接で仕留めるとなると< 遊撃士 >ツリーになるんだろうな。


「一回限りの助っ人って事で< ウォー・アームズ >のトポポさんと猫耳に依頼メールを出してるが、あまり美味しくはない現場だからな」


 < 遊撃士 >ではないが、おっさんが来てくれても楽になりそうだ。しばらく会っていないが、今なら一対一でまともな勝負になるだろうか。


「< バウンティハンター >で誰か募集してる人がいれば、それでもいいんですがね」


 < バウンティハンター >というのはクラス名だが、討伐指定種を重点的に狩る人たちの総称でもある。

 いるにはいるだろうが、一人だけというのは厳しいだろう。美食同盟にしかり、そういった特殊な目的の冒険者は集まる傾向がある。


「ところで、オーガ肉の処分方法って心当たりないか?」

「ああ……角や骨や皮ならともかく、肉は売れないですよね」

「嵩張るから処分したいんだが、ギルドも食肉業者も引き取ってくれないんだ。……捨てるしかないのかな」


 ゴブリン肉と変わらない扱いである。カードでない実体の肉は嵩張るから余計にタチが悪い。

 不味いっていうから俺も食いたくないし。保管してるが、そろそろ腐りそう。


「捨てるくらいなら私が引取りましょう」

「使い道があるのか?」

「以前、訓練の時にも飲んだ健康ドリンクの材料なんです。上手く加工すれば、滋養強壮の効果があるんですよ」


 ……摩耶汁の原材料の一つだったのかよ。




 クランハウスに戻り、PCを立ち上げると摩耶の代替要員として打診していた件の返信があった。猫耳のほうだ。


『ちょっとその日は用事があるニャ』


 返信メールの内容は随分と簡素なものだった。理由も適当だし、やはり食い殺された相手とダンジョン攻略するのは気まずいのだろうか。正直なところ、俺も若干気まずい。




『ごめんねー、来週、再来週と遠征なんだー』


 その後、トポポさんからは直接電話をもらってお断りされてしまった。遠征に行くのはおっさんやペルチェさんも一緒らしいので、そちらも参加は無理との事だ。

 どうしても見つからない場合はクラン内で口利きしてくれるらしいが、そこまでしてもらうのはちょっと申し訳ない。


「トビーさんは下級らしいからな」


 エロの師匠であるトビーさんだが、彼はまだ下級ランクだ。俺たちの昇格が早過ぎるだけなのだが、メンバーに入れるのは不可能である。そもそも会った事もないし。

 YMKに当たるとか……いや、ユキいない状態で参加してくれるわけねーしな。誰がどれくらい強いのかも分からんし。

 あとは……知り合いは上級ランクが多いんだよな。頼めば出てくれるかもしれないが、リベンジマッチしたいのにパワーレベリングするのもアレな感じだ。


 と、少し困った状態になり、適当な人員でも募集するかと検討し始めたのが、攻略日の三日前。

 だが、その日の夜、猫耳から再度連絡があった。今度はメールではなく電話である。


『しょうがないから参加してもいいニャ』


 どういう心変わりだろうか。


「……用事あるんじゃなかったのか?」

『あんまり美味しそうな現場でもないし、普通はクランのダンジョンアタックを優先させるニャけど、……団長に折檻されたニャ』


 なんでやねん。


『ともかく、あちしが力を貸してやるニャ。首洗って待ってろニャ!』

「俺はパーティメンバーを募集しているのであって、対戦相手を募集しているわけじゃないんだが」

『……わ、分かってるニャ。モンスターの首って事ニャ』


 俺にワイバーンの首を洗えというのか。


 というわけで、意外な事に最後の臨時メンバーは猫耳さんに決まった。

 戦力的には……どうなんだろうな。それと、反応がおかしかったのも気になる。……折檻とか。

 あまりコンタクトは取りたくない相手だったが、猫耳の反応がどうしても要領を得ないので、その折檻した本人に電話をかけてみた。


『はい、こちらアインだピョン』


 その声を聞いた瞬間に電話を切りたくなってしまった。

 やたらと渋い声でピョン付けである。普段はみんな兎耳としか呼んでないが、そういえば名前はアインだったか。

 そうすると相方はツヴァイになりそうだが、サブマスターの名前はロベルトさんだ。良く似ていて見分けが付かないが、実は赤の他人らしい。出身部族も違うそうだ。


『そもそも俺は剃ってスキンヘッドにしているが、あいつはただのハゲだピョン』


 聞いた俺も俺だが、かなりどうでもいい情報だった。その情報が役立つ場面が思い付かない。

 そして本題の猫耳について確認してみる。


『チッタの奴は最近弛んでるピョン。< 獣耳大行進 >の創設メンバーはみんなCランク以上になってるのに、あいつだけD-とDを行ったり来たりしてるピョン。下手に生活できるようになったら、今度は楽しようとして安全なアタックしかしないようになったピョン。昔はがむしゃらだったのに情けない奴ピョン』


 ピョンピョン煩いピョン。


「それは、適性とか才能とかの問題もあるのでは?」

『それなら仕方ないが、あいつのはただ怠けてるだけだピョン。一回限りとの事だが、その間は扱き使ってもらっていいピョン。一応、躾け用の首輪を渡しておくピョン』

「首輪はいりません」


 猫耳の躾とかしたくない。

 しかし、弛んでる。怠けてる。……ラディーネの言う中級冒険者のかかる病気のようなものだろうか。


「本題ではないですが、サージェスの事は宜しくお願いします」

『おお、今回も張り切ってるピョン。噂と全然違うジェントルマンでびっくりしたピョン。あいつはなかなか見込みがあるピョン』


 まあ、あんたが会ってるのはきれいなサージェスだからな。かなりストイックな人みたいだし、賢者モードのサージェスとは気が合うのかもしれない。

 ともあれ、次回のメンバーは決まった。猫耳さんの問題は根が深そうだし、今回でどうこうできる話でもないだろう。




-4-




 当日、少し早めに転送施設前に来たら、水凪さんだけが待っていた。

 いつも見ている巫女服に変わりはないが、弓と、弓を使うための胸当てが追加されている。弓道少女っぽくて新鮮な感じだ。矢筒も装着しているが、何故か中身は空だ。


「早いな」

「いえいえ、いつもこんな感じですよ。フリーはこういう地味なところが評価に繋がるので」


 自分で言うのはアレな感じだが、水凪さんは基本的に礼儀正しく、依頼にも誠実らしい……というのが、過去に組んだ事のある冒険者の評価だ。

 加えて、実力も伴っているから人気もある。ついでに容姿も良い。こうして立つ姿もスラリとしていてモロに好みのタイプだ。

 タイプ……なんだが、あのMINAGIの姿が浮かんできて色々萎えてしまうのが問題だ。可憐な巫女服も何か違う物に見えてしまいそうだ。


「弓はともかく、その矢筒が空なのはなんでなんだ?」

「これは私の《 アイテム・ボックス 》と直結できる特注品です。結構便利ですよ」


 なるほど、経験は長いのだから、そういうアイテムを持っててもおかしくないな。地味に便利そうだ。


「……おっはーニャ」


 他のメンバーを待つ間、水凪さんと話をしていると見慣れた猫耳がやって来た。ダンジョンアタック前からすでに疲れた感じだ。大丈夫だろうか。


「お久しぶりです」

「水凪も今日のメンバーなのかニャ。変わった面子ニャ」

「< 食料 >さんと知り合いだったのか?」

「食料? ……ええ、中級ランクも長いですからね」


 同じ中級ランク同士、別段不思議でもないか。


「< 食料 >言うニャ。あちしの二つ名は< 猫耳アイドル >ニャ」


 それ、< 自称 >が付くんじゃないか?


「最後に一緒のパーティになったのは中級入ってすぐの頃でしたっけ?」

「水凪が< 美食同盟 >に入る少し前だから、そんくらいニャ」

「あれ、水凪さん< 美食同盟 >のクラン員だったのか?」


 フリーって認識だったし、そう紹介されたはずだ。ワイバーン食いたいくらいだから納得ではあるが……。


「今はフリーですよ」

「こいつ、< 美食同盟 >に入ってから一週間で食材食い尽くして出禁喰らってるニャ」

「あ、言わないで下さいよー」


 とんでもない理由で追い出されてるな。クラン除名されるとか相当なんじゃないか?


「今日はあと誰が来るニャ。サージェスはウチのブートキャンプ参加してるからともかく、ユキはどうしたニャ」


 メールに詳細は書いたはずなんだが、読んでないなこの猫耳。


「ユキもデス・ペナルティ中だ。他の面子はこの前中級に上がった奴らだから、お前は知らないんじゃないか」

「なるほどニャ。交友関係も広がるし、偶にはこういう風にクラン以外でダンジョンアタックもいいかもしれないニャ」


 広げていい交友関係かどうかは分からんがな。


「んー?」


 ふと水凪さんを見てみると、猫耳を見て眉を潜めていた。

 どうしたんだろうか。……まさか、こいつは俺の知っている猫耳ではないとか……。


「なんニャ。あちしの顔になんか付いてるかニャ」

「猫耳が付いてるな」

「それは元々ニャ。なくなったら大変ニャ。だから齧ったりするのは止めるニャ」

「もう齧らねえよ」


 いくらトライアルで指と首を《 食い千切 》ったとはいえ、俺を食人鬼か何かと勘違いしてるのか。

 いきなり後ろからフレンドリーファイアかまされたらその限りじゃないが。もしそんな事されたら、兎耳と共闘して折檻してやるぞ。


「チッタさん、しばらく会わない内に……美味しそうになりましたね」

「ニ゛ャッ!?」


 いきなり何を言い出すんだ、この巫女さん。

 まさか、そっちの気があったのか。俺は女同士の方なら同性愛も許容派だぞ。男はノーサンキューだ。


「わた……あ、あああちしはそういう趣味はない……ニャ」

「いえ、そういう意味ではなく……その、食べ物的な……」

「な、何を言い出すニャ。余計に意味が分からないニャ!」

「こいつ、別に美味くはないぞ」

「そういえば、渡辺さんは齧った事があるんでしたっけ。……奇妙な関係ですよね」


 それは俺もそう思う。


「美味しそうとか、気のせいニャ。勘違いニャ。そんな目で見るニャ。お前ら揃ってとんでもない奴らニャ。……ヤバイニャ。三日も一緒にいたら食われる気がするニャ」

「食わねえよ」


 というか、MINAGIとか、ブラックホールとか言われてる人と一緒にしないで欲しい。俺はもう少し健全だ。少なくともオーク麺ゴテ盛りダブルは無理です。


「これは他の面子がまともである事に期待するしかないニャ。……来る前にどんな奴らか聞いてもいいかニャ」

「メールでも詳細は送ってるんだがな。……残りの三人はマッドとサイボーグとキメラだ」

「まっ……ど?」


 猫耳さんの頭の上に?がたくさん浮かんだ。


「直接見たほうが早いと思いますよ。……来たみたいです」


 水凪さんが言った通り、ラディーネたちがやって来たらしい。姿は見えないが、辺りがざわついている。




「やあ、遅れてすまない。ちょっと職質に捕まってしまってね」


 二つに分かれた人混みの間を通り、ラディーネ……が現れた。

 いつものボサボサ頭ではなくキチっと整えられた髪と、軽装ではあるが各部位が硬質のパーツで覆われた丈夫そうな戦闘服を纏っている。

 上に白衣は着ているが、それ以外はまともだ。随分印象が違うが、これがラディーネの冒険者としての姿なのだろう。ブラジャーもしてるのか、揺れが小さい。ガッデム。

 そして、その後ろに立つのは二メートルオーバーの大男。機械の体で構成されたサイボーグこと、ボーグだ。

 やはり研究室で見た機械の体が彼の物だったようだ。動く度にギュウィーンとか、ガシャンとか音が鳴る。ちょっと格好いい。


「コノ姿デハハジメテデスネ。ボーグデス」

「あ、ああ、よろしく」


 ボーグの存在感もおかしいが、とりあえずこいつは良い。

 それよりも、ちょっとその後ろにいるのがヤバイ。サイボーグどころの騒ぎではない。


「……ああ、キメラは基本的に無口な奴だから、気にしないでくれ。命令には忠実だ」


 そういう問題じゃない。これは、正真正銘の化け物だ。

 普通、キメラという存在で思い描くのはライオンの頭と山羊の胴体、毒蛇の尻尾という、ギリシャ神話のキマイラだろう。俺もそれくらいの怪物は現れるものとして、覚悟していた。

 だが……これは……いろんな生物が入り交ざり過ぎてて、何がなんだか分からない。特に二つある顔はパーツそれぞれがバラバラだ。

 腕は違った形状のものが複数本。辛うじて元が分かるのはオーガのものらしき腕と、アナコンダのような巨大な蛇、そして吸盤のついた蛸のような触手まで生えている。

 足も四本。こちらも形状はバラバラ、馬のものや、獅子のような脚もある。尻尾はリザードのものだろうか……。

 もはや、キメラというよりクリーチャーである。いあいあ言ってたら降臨しそう。


「まあ、普通はビビるな。職質受けたのもこいつのせいだし」


 いや、そりゃ職質も受けるだろう。むしろ、職質した警官さんに敬意を表したい。

 ラディーネはポンポン叩いているが怖くはないのだろうか。飼い主として慣れているのか?


「あの……、キメラさんの名前はなんて言うんでしょうか」

「あー、こいつは名前がないんだ。だから便宜上キメラと呼んでいる。ちなみにボーグの本名はアンドレだ」

「プロフェッサー、いきなりバラさないデクダサイ」


 ボーグは本名じゃなかったのかよ。


「い、一体何がどうなってるニャ……」


 事前情報を読んでいなかった猫耳さんは放心状態だ。知っていた水凪さんも、実は俺も困惑している。

 特にキメラが衝撃的過ぎた。いろんな種族が住む迷宮都市だが、さすがにこれは珍しいのか誰も近寄って来ない。さっきまでは冒険者がたくさんいたのに、今は俺たちの周り数メートルは無人だ。


「な、なんニャ……こっちくんニャ」


 あまり俺たちにも関心を持っていなそうだったキメラが、猫耳さんを見るなり、ヌッと近くへと移動して来た。顔……らしき部分を近付けている。


「ち、ちょっと、近いニャ」

「オイシソウ……カジッテイイ?」


 喋ったよ、おい。


「お前もかニャっ!? だ、駄目ニャ! なんでみんなしてあちしを食べようとするニャ。一体全体、これはどんなパーティニャ!!」


 俺は食わんから安心しろ。他の二人は……知らん。


「キメラが喋るのは珍しいね。その猫さんが随分と気に入ったらしい」

「やっぱり美味しそうに見えるんですよ。分かる人には分かるんです」


 ……人?


「とんでもねーパーティに参加しちまったニャ……」


 嘆いてるところ悪いが、三日は我慢してくれ。……逃げたら兎耳に言い付けるからな。




[ 無限回廊 第三十一層 ]


 そして、再びここへやって来た。何もない、広い石造りの空間。ワープゲートを抜けた先の安全地帯である。

 構造は浅層でも他のダンジョンでも大して違いはないのに何故か感慨深い。不思議なものだ。


「コテージはワタシが出そう」

「助かるが、いいのか?」


 合同という事だから、俺のほうでも一応用意はしてあるんだが。


「ワタシのはカードに戻せるタイプだから、綺麗に使ってくれれば構わんよ」

「そりゃすごいな」


 存在は知っていたが、べらぼうに高いので手が出なかった商品だ。カードに戻せるというだけで値段の桁が一つ上がる。

 薄々気付いていたが、ラディーネは結構な金持ちのようだ。


「なんでもない風を装ってマスが、プロフェッサーは今日のタメにフンパツしたようデス」

「ボーグ、黙りたまえ」

「イエッサー、ボス」


 ラディーネは見栄っ張りらしい。


「部屋割りはどうするんだ?」

「ワタシが水凪君と同室とすると、君はボーグと同室がベターだな。となると……」

「嫌ニャ、断固拒否するニャ」


 二人で視線を向けると、猫耳が両腕で大きくバッテンを作っていた。よほど、キメラと同室は嫌らしい。……二人っきりにしたらマジで食われそうだしな。


「いや、キメラの巨体は入らないから、必然的に外だ。チッタ君は一人部屋でいいかって話なんだが」

「助かったニャ」

「…………」


 キメラは何も言わないし表情も掴めないが、不満そうである。

 腕の先にくっついている大蛇がキシャーと鳴いているのは感情表現なのかもしれない。




-5-




 安全地帯から通路を抜け、見慣れた縦型円柱の空洞に出る。


「奥まで行くと牛やオーガが降ってくるのは分かってるわけだから、遠距離攻撃で釣り出してみようか」


 遠距離攻撃は、これまでのメンバーではできなかった事だ。ユキや摩耶が投擲の手段を持っているが、あくまで牽制にしかならない。

 前後に挟まれる心配がないだけでも助かるな。前面だけに集中すればいいというのは前衛としては大きなメリットだ。


「遠距離攻撃ができるのは私とボーグさん、あとラディーネさんもですよね。チッタさんは……」

「知っての通り牽制くらいニャ。ツナをハリネズミにするくらいしかできないニャ」

「嫌な事思い出させるなよ」


 というか、もう無理だと思うぞ。


「ワタシのもそこまでの威力じゃない。デカイのも持ってきているが、弾数が少ないから節約したいな」


 デカイのってなんだろうか。……バズーカ?


「では、試しに私が射ってみましょうか。迎撃準備をお願いします」


 入り口付近だと敵が降ってくる心配もないから、のんびりしたものだ。初撃の準備も時間をかけて行える。

 弓を構えるその姿は、オーク麺を食べていたのと同一人物とは思えないほど凛々しい姿である。見惚れてしまいそうだが、俺は迎撃準備をしないといけない。


――――Action Skill《 連装弓 》――


 水凪さんが番えた矢の周りに三本の矢が出現した。実際に番えているのは一本だが、その一本を放つ事で周りの矢も解き放たれる。


――――Skill Chain《 ピアッシング・アロー 》――


 計四本の矢が通路奥のオーガにすべて着弾、そのまま貫通して後ろにいたオーガにも突き刺さった。

 倒れてこそいないが大ダメージだ。《 看破 》で確認していたが、それだけでHPの四割を削り取ったようだ。

 俺たちがここから動かない事を悟ったのか、オーガたちが向かってくる。上方を見れば、複数のブリーフさんたちが飛び降り始めたのが分かった。

 今回の盾役は俺だ。きっちり仕事は完遂する。


――――Action Skill《 瞬装:童子の右腕 》――

――――Action Skill《 瞬装:グレート・シールド 》――

――――Action Skill《 瞬装:グレート・ソード 》――


 オーガたちの前に立ちはだかり、武装を展開する。

 大盾に両手剣だが、《 豪腕 》のスキルがあれば片手装備と同じ感覚で使える。< 童子の右腕 >の《 怪力 》があれば重量も緩和されるから、盾役としてはこれがベストだろう。

 俺に盾のスキルはないが、オーガ数体程度であれば対応できる。通路も広いわけではないから通す心配はない。

 積極的に倒す必要もないから、武器のアクションスキルも不要だ。わざわざ隙を与えてやる必要もない。


『ボーグアーム・チェンジ』

――――Form Change《 ボーグアーム:ボーグ・ガトリング 》――


 なんだあれは……。

 ボーグの声ではない謎の音声に合わせて、ボーグの両腕の形状が変化した。必要あるのかというほどに過剰な魔力光のエフェクトが発生し、金属が組み替えられる音が鳴り響く。

 変形が終了すると、両腕だった部分の先端に円を描いて配置された複数の銃口が見えた。まさか、あれはガトリングガンなのか。

 独特の発射音と共に、ボーグの両腕からは無数の弾丸が発射され、落ちてくるブリーフさんたちを肉塊に変えていく。何かのスキルが乗っているわけではないようだが、あれはあれで立派な火力だ。

 くそ、なんて格好いい奴なんだ。

 支援役と言っていたラディーネも、両手に巨大な口径の銃を構え、空中の敵、俺の前にいる敵を攻撃している。

 連射速度はガトリングガンに劣るが、一発一発の威力は高いように見えた。冒険者の腕力を以ってようやく使えるような反動なのだろう。前世でも見た事がないような大口径の銃だ。

 そして、狙いが正確だ。隙間を縫うようにして銃撃を命中させている。合間に発生するリロードの時間もかなり短い。

 これなら、俺が敵を減らす必要はない。耐えていれば後ろの連中が数を減らしてくれるだろう。


 ……いや、前衛はもう一人いる。……一匹?

 咆哮を上げながら俺の上を飛び越えて、オーガたちに飛びかかる姿があった。外見だけならオーガたちよりもよっぽどモンスターな姿だが、そいつは味方である。

 巨体で踏みつけ、突進、複数の腕を振り回し、オーガやブリーフタウロスの巨体が薙ぎ倒されていく。とんでもないパワーファイターだ。


――――Action Skill《 食い千切る 》――


 キメラの腕の一つ、巨大な蛇の形状のそれがうねるように伸び、オーガの体に食らいつき、抉り取っていく。

 モンスターの本体だろうが武器だろうが対象はお構いなしだ。しかもそれを発動させているのは腕の一本に過ぎないので、動きも止まらない。

 ……頼もしいものだが、そのスキルを使われると俺の精神衛生上宜しくないので、別のスキルにしてもらえないだろうか。さすがに同じような存在として見られたくない。

 俺とキメラだけでも前は大丈夫だ。飛び降りてくるブリーフさんたちもラディーネやボーグが迎撃しているので、ほとんど通路に辿り着けていない。


「コマンダーだ! 二つ上の通路。チッタ君っ!!」

「はいはいニャ」


 どうやって観測したのか分からないが、上の通路に現れたコマンダーの存在をいち早く看破したラディーネが猫耳さんに叫ぶ。

 猫耳さんは軽く返事をすると、《 隠れ身 》で姿を隠して仕留めに向かった。摩耶のようなスピード撃破は難しいかもしれないが、少なくとも足止めはできるはず。

 要はダメージを与えて《 指揮 》のスキルが無効化されればいいのだ。


 戦闘は終始俺たち有利の状況で進む。敵の増員もあるが、ここまで降ってくる数は少ないから数で圧倒される事もない。

 無数の斧や槌、拳や蹴りを盾で捌き、剣で反撃する。奴らの攻撃は重いが、スピードは対応できないほどではない。盾のスキルは持っていないが、この程度なら問題なく捌ける。

 ただ、通路は狭いとはいえ複数の敵を相手していれば細かいダメージも増えてくる。俺より更に前で戦うキメラも、出血が目立ってきた。このまま数時間も戦えば、動きも鈍り、押し切られるだろうが……


――――Action Magic《 リジェネレート・フィールド 》――


 俺とキメラが受けるダメージが増えてきたところで、水凪さんの範囲回復魔法が発動した。

 タイミング、状況判断に慣れを感じる。これは経験の差ってやつだろう。

 緩やかだが範囲内の対象を回復し続けるこの魔法は、一度発動すれば継続して効果が発生し続ける《 領域魔術 》という分類らしい。

 準備に時間がかかる上、"まだ"複数の領域の重ねがけはできないという話だが、この魔法が発動している間も他の行動が取れるというのは大きなメリットだ。

 俺たちは常にHPが回復する状態で戦える上に手が減らない。つまり一人増えているのと変わらない状態なのだ。


「はいはい、どっか飛んでっちゃって下さい」


 手の空いた水凪さんが、降ってくるオーガやブリーフタウロスの迎撃に加わった。

 弓で迎撃するかと思ったら、防御用の魔法である《 ピンポイント・シールド 》で落ちてくる先の空間に一瞬だけ不可視のバリアのようなものを張り、落下の軌道をずらしているらしい。

 ここは狭い通路だ。多少でも軌道をずらされれば、下へ落ちていくだけである。地味だが、効果的な手だ。


「ふー、終わったニャ」

「は?」


 突然、猫耳さんが俺の後ろに現れた。もう処理終わったのか……ってあれ、まだコマンダーいるぞ。何戻って来てるの?


「ドッカーンニャ!」


 その声のタイミングに合わせ、上方で巨大な爆発音がした。見上げると、上にかかっていた通路が三つほど爆砕している。


「なんじゃそらっ!?」


 通路自体が崩落し、その瓦礫が落ちてきた。超危ねえ。

 瓦礫は俺の前にいる大量のモンスターにも降り注ぎ、軽くないダメージを与えていく。密集しているから、避ける隙間がない。何体かは、その衝撃で通路から落ちた。

 当然、爆破された通路に立っていたコマンダーも無事じゃない。他のモンスターたちと同じように、遥か下方まで落ちていくのが見えた。

 瓦礫はキメラにも当っていたが、あいつはあまり気にしていない様子だ。


「先に進む気がないなら、通路は邪魔なだけニャ。ここと違って上のは脆いみたいだから爆薬仕掛けてきたニャ」

「…………」


 そりゃ、確かに通路がなくなればコマンダーも位置取りは難しいだろうが、事前に言って欲しかった。

 柱や床が粉砕される時点で可能性は考えていたが、通路みたいな大型構造物も破壊できるのかよ。


「ツナに負けてから覚えたニャ」

「お前、まさか俺を吹き飛ばすつもりじゃないだろうな」

「そ、そんな事はないニャ。奥の手とかそういう事実もないニャ」

「嘘だったら未遂でも『猫耳が味方を吹き飛ばそうとしました』って兎耳に言うからな」

「や、やめて欲しいニャ。い、いや、そんなつもりはないから問題ないニャ」


 本当だろうか。こいつの場合、あの時の仕返しに背中に爆弾投げつけて来ても不思議じゃないぞ。

 ……まあいい。今は味方なんだから頼もしい事だ。実際、これで相当やり易くなった。

 上三階分の足場がなくなり、その上となると飛び降りてくる奴らも躊躇する高さだ。あとは前方の敵と下から来る奴らを仕留めるのに集中すれば良い。




「チッタさん! 危ないじゃないですか、こんなにでっかい破片が飛んできたんですよ」


 第一回の反省会は水凪さんの抗議から始まった。

 ジェスチャーで破片がどれくらいでかかったを説明するが、いっぱいに広がった両腕サイズはさすがに大袈裟じゃないだろうか。それが当たったら死ぬ。


「い、一回だけニャ。爆薬はもうないニャ」


 三つ上まで爆破したから、もう吹き飛ばす場所もないがな。下は残っているが、そちらもなくなったら戦うモンスターがいなくなってしまう。


「そもそも、あんな事やるなら事前に言って下さいよ」

「まあまあ、レベリングにはちょうどいい構造になったわけだし、結果的にはOKだろう」

「ムフフ、そうニャ、あちしはちゃんと狙って仕掛けて来たニャ。オーガ・コマンダーが倒せそうにないからやったわけじゃないニャ」


 本当かよ。


「上手く地形も調整できた事だし、次も今回と同じポジションでいいな」


 俺とキメラが通さなければ安全な距離から遠距離攻撃できる舞台が整った。


「それで問題ないだろう。こっちはワイバーンの強襲を警戒しながらとはいえ、後ろからぶっ放してるだけだからな。むしろ君の方はどうなんだ? 上も処理できたし、前衛が必要ならボーグの装備を換装するが……」

「時間がかかりますガ、ソレなら新装備の< ボーグ・バスター >を試してみたいデスネ」


 換装とかできるのか……ちょっと格好いいじゃねーか。くそ、俺の中で改造への好奇心が湧いてきてしまう。


「前は問題ない。とりあえず今日は俺とキメラだけで十分だ。明日以降は余裕もできるだろうし、どうせならその新装備の試験も組み込む形で行こう」


 正直< ボーグ・バスター >とやらを見てみたいし。


「ちなみに……ぼ、< ボーグ・バスター >やガトリングガンの他にはどんな武装があるんだ?」

「用途二応ジタ装備二換装スルノデ、アマリ多クハナイデス」

「今回は< ボーグ・ガトリング >や< ボーグ・ライフル >、< ボーグ・ショット >などの遠距離武器が主体だね、あとは換装に関係ない共通機能として、< ボーグ・自爆 >がある」

「そ、そいつ、自爆するのかニャ!?」

「首は自動で戻ってくるようにしてあるが、いわゆる最終手段だね。ワイバーンが想定外の強襲でもしてこない限り必要ないだろう」


 自爆は確かにロマンだし、ボーグの場合は顔さえ残ってれば大丈夫だから問題ないのかも知れないが、……< ボーグ・自爆 >って名前はどーなん?

 なんでも取り敢えず< ボーグ >って付けとけばいいって訳じゃないだろ。


「ただの< 自爆 >じゃダメなのか」

「ダメだね」

「駄目デスネ」


 ……駄目らしい。なんだかよく分からないが強い拘りを感じる。


「他にも腹部は電子レンジや冷蔵庫の機能としても使えるな。後々は《 アイテム・ストレージ 》とも直結させたいと思ってる」

「それはお得ですね。炊飯器とか、オーブンの機能はないんでしょうか」

「そこら辺も今後の課題だな。切り替えできるようにしたい」


 家電扱いされているのはボーグ的にどう感じているのか分からんが、……無反応だな。


「まあ、入り口前で戦うだけなら< ボーグ・ガトリング >や< ボーグ・ライフル >くらいで十分だろう。テストならともかく、近接戦はまだ耐久値の問題が大きい」


 かなり大雑把に見えるが、やっぱり精密な作りなんだろうか。


「出たところで戦うだけならあちしはいらなそうだから、次は壁登って寸断された場所の穴にある宝箱漁ってくるニャ」

「そりゃ有難いが、護衛とかいらないのか?」


 可能なら稼げるところで稼いでおきたいので、この提案は助かる。猫耳は戦闘よりもこういう< 斥候 >の仕事のほうが得意みたいだし。

 だが、護衛といっても壁登り得意そうな奴がいないな。キメラなら壁に張り付いたりしても不思議じゃないが……できるかな。


「あちし一人のほうが楽だし早いニャ。飛べる奴はかなり上のほうにしかいないから結構安全に回収できそうニャ」

「穴の奥にモンスターが配置されてたら?」

「その場合は逃げるニャ」


 逃げるのかよ。……でも、猫耳さんの戦闘力ならそれが正解か。


「爆薬ならたくさんあるが、持っていくかね」

「ラディーネはなんでそんなに爆薬なんて持ってるニャ?」


 そりゃマッドさんだからな。爆発はロマンである。




 再び戦闘が始まる。

 その後も、ひたすら同じフォーメーションでレベリングだ。慣れてきたのか殲滅スピードも上がり、数時間繰り返した頃にはモンスターの姿も少なくなっていた。

 壁を登攀する必要があるので時間はかかったようだが、猫耳も回収可能な宝箱を開けて無事帰還した。


 色々度肝を抜かれる展開はあったが、こうして一日目は危なげなく終了したのである。




-6-




 反省会を兼ねて、夕食を取りながら今日の戦闘について振り返る。

 ボーグとキメラは普通の食事はいらないそうだが、一応同席だ。二つの巨体が部屋に入ると窮屈である。


「しかし、最初から随分上手いこと噛み合ったね。もう少しギクシャクすると思っていたよ」

「そうですね。敵がこちらに来ないので楽でした」


 元々情報があったというのも大きいだろうが、フォーメーションが分かり易いからな。

 加えて地形も合っている。これが広場や洞窟などの入り組んだ場所ならまた話は違ったはずだ。


「気になったんだが、お前はどうやってコマンダーの出現を感知したんだ?」


 あの時点ではまだ通路に隠れていて姿が見えなかったはずだ。


「その答えはこいつだ」

「虫……ですか?」


 ラディーネが白衣から取り出したのは、小型の虫のような形状の……機械だろうか。


「こいつを何体か飛ばしてこのフロアの構造をスキャンしてる。< 地図士 >の立体地図作成のような事を自力でやってるわけだな。今回は出てくる事が分かってたから、事前にモンスター感知用の虫も配置していたというわけだ。専用の機器が必要だが、こうしてホログラムで写す事もできるぞ」


 ラディーネが何かの板をテーブルの上に置くと、半透明の立体映像が浮かび上がった。


「これは……ここの構造なのか」

「まだスキャンが始まったばかりだから全体の10%といったところか。探査可能な範囲が広いのは< 地図士 >にない強みだね」

「はー、すごいですね。実際に歩き回らなくても地図が作れるんですか」

「探査虫がやられたらアウトだけどね。あと電波が通らないところだと使えない」


 それでも大したもんである。ほとんど< 地図士 >の代替をこなしてるって事なのだ。


「こうしてリアルタイムで作られていく立体地図を見ると、地図の重要性が分かるな」


 少し上の方は大量に分かれ道がある。猫耳が通路を吹き飛ばしてしまったから、今回は活かされる事はないだろうが。

 あれ……あの通路って次回も直らないよな。……先に進めなくなってしまったが……まあいいか。用があるのはワイバーンだ。あいつは勝手にやって来るだろう。


「先任中級ランクの水凪さん的には、やっぱり地図は重要な感じですか?」

「何故あちしには聞かないニャ」


 だって、あんた兎耳から弛んでるって言われるくらいだからな。水凪さんのほうが参考になりそうだ。


「そうですね。むしろ地図は必須に近いです。ここはまだ見渡せるからいいですが、洞窟のようなフロアだと高確率で迷子になります。あとは……< 地図士 >は投写する立体地図に現在位置やモンスターの配置を反映させる事ができるので、移動しながら道順の確認がし易いというメリットがありますね」

「これにそういう機能はないのか?」

「ないね。これはあくまでスキャンした構造を写してるだけだ。ついでに言うとスキャンしたあとに構造が変わったりしたら、再スキャンするまで反映されない。< 地図士 >のスキル範囲はそれほど広くはないが、それでも範囲内はリアルタイムで情報が更新されるからね」


 なるほど。< 冒険者 >ツリーが必須っていわれるわけだ。この立体地図もラディーネだから用意できるんだろうしな。トライアルのユキのような手書きじゃ、この先は厳しいか。


「ある程度ならこの地図でも大丈夫だろうが、これでも後々はキツイかもな。アップデートもするが、……どちらにせよ< 冒険者 >のクラスは必要だ。ワタシの二つ目のツリーは< 射撃士 >で検討していたが、再考の余地アリかもな」


 俺たちと今後組むかどうかはともかくとして、ラディーネは火力よりも支援を優先するべきだろうな。残り二体でも火力は十分な気もするし。


「< 鍛冶師 >っていう線はないのか? ボーグの武装を《 リペア 》で修復できるだろ。……機械だが……できるよな?」

「以前試したが、できるね。……悩ましいところだ。ワタシの生産技能を生かすのに< 鍛冶師 >……というより< 職人 >ツリーは確かに有効なんだよな」


 ラディーネは戦闘力以外の技能も豊富そうだからな。悩ましいもんだ。


「< 鍛冶師 >ナラ、プロフェッサーノ代ワリ二我輩が取得スルトイウ手モアリマスガ」

「自分で自分の体を修理するのかよ」

「そうだな、適性があるのは分かってるんだ。それも選択肢としてはアリか」


 そういえば、アーシャさんの戦い方はそんな感じみたいなんだよな。《 鍛冶魔術 》で装備の耐久値を回復させながら継戦能力を確保するらしい。


「私もそうですけど、独自性の高いクラスは二つ目のツリーを考えるのも難しいですよね」

「水凪さんの次のツリーは< 魔術士 >か< 射撃士 >じゃないのか」


 独自といっても< サイボーグ >に比べたら役割ははっきりしてる。どちらかに傾倒するだけだと思うんだが。


「< 料理人 >も検討に入れてます。食材のドロップ補正かかるんですよね」

「そ、そうか」


 自分で獲って、自分で作って、自分で食うつもりか。……いや、いいんだけどさ。


「ちなみに猫耳さんは二つ目のツリーは考えてるのか」

「まだ先の話だと思ってるけどニャー。あちし戦闘力ないし、順当に< 冒険者 >じゃないかニャー」


 普通で無難な選択だな。


「< 斥候 >メインだとどうしても戦闘力に難があるから、自然と支援職方面へ行く流れになるニャ。トライアルでツナに負けたのは、決してあちしが特別弱いからではないのニャ。だから、兎耳に扱かれる必要ないはずニャ」


 火力特化型の摩耶は< 斥候 >としては異色なのか。

 ……あいつ、< 忍者 >狙ってるって言ってたくらいだからな。ニンニン。摩耶を基準に考えるのはまずいが、猫耳の戦闘力は……どうなんだろうな。


「たとえば、< 爆弾魔 >とかないのか?」

「それはギルドが違うニャ」


 あるのかよ。


「取得できるツリークラスなど詳しい情報はないが、闇ギルドと呼ばれるギルドが別にあるんだ。< 盗賊 >や< 暗殺者 >など犯罪チックなクラスで仕事をこなすらしい」

「犯罪者のギルドって事か? そんなの良く迷宮都市が許すな」

「管理体制が特殊なだけで合法組織だ。犯罪者が所属しているというわけでもない。……迷宮都市外の諜報や暗殺を担当してるんじゃないかな」


 なるほど。怖い人たちっぽいな。




-7-




 そんなこんなで、リベンジに向けた一回目のダンジョンアタックは無事終了する。

 ラディーネの提案で二日目終了時点で引き上げて来たので、ワイバーンとも遭遇していない。

 奴は遥か下のほうにいたまま動かないのが探査虫の調査で分かっている。制限時間ギリギリに動き出すというのはおそらく正しいのだろう。

 今回はこのメンバーの連携確認の面が大きいから、本格的なリベンジは次回以降となる。


「今回は助かったよ。水凪さん……とついでに猫耳」

「ついで扱いはひどいニャ。ちゃんと活躍したじゃニャいかニャ」

「通路爆破までは良かったな」


 でも、お前後半はダラけてたじゃねーか。二日目の朝も時間通りに起きないからキメラをけしかける事になったし。


「自信はあるみたいだし、今回のレポートは兎耳のほうに送っておくから」

「ちょっ! ちょっと待つニャ! 聞いてないニャ!!」


 言ってないからな。事前に教えると、自然な状態にならないからって口止めされてたんだよ。


「……まずいニャ。ツナじゃどんな事書かれるか分かったもんじゃないニャ」

「いや、あった事しか書かないからな」


 捏造して陥れるほど非道ではない。実際助かってるし。




「微妙だが、黒字は黒字だね。浅層よりは稼げるかな」


 まとめて精算処理をしていたラディーネが戻って来てそう言い出した。誰も死んでいないのでアイテムロストはないが、稼ぎとしては微妙なようだ。


「結構ドロップもあったと思いましたが、やっぱり弾薬代は馬鹿にならないんですね」

「かなり盛大にバラ撒いてたからな」


 ボーグなんて、何発撃ったのか見当もつかない。

 今回は最初という事で通常の頭割りになったが、次回以降は弾薬などの消耗品の費用も計算にいれる必要があるな。


「まだしばらくは採算度外視で頑張るさ。先に行けば効率も上がるだろう」


 先にいけば銃弾が通用しない相手も出てくると思うんだが、ラディーネならそこら辺の対策も考えてるんだろう。


「それよりも、こうして無事に終了した事だし、このあと打上げでもしないか?」

「打上げは構わんが……」


 新しい面子だから親交を深めるための打上げは歓迎だ。だが、あのキメラを連れて公共の場を利用するのは抵抗があるな。

 と、俺がキメラに視線を送ったのが分かったのか、ラディーネは察したらしい。


「ああ、そうだな。こいつは先に帰しておこう。……ボーグはどうする?」

「少々部品の摩耗が激しいノデ、先に戻ってリストアに入りマス」


 ボーグは現在首だけでキメラに抱えられている。まだ発展途上の技術だからか、定期的にメンテナンスをしていても長期の活動は難しいらしい。

 かなり強力な戦力なのは間違いないが、弾薬の件も含めて課題が多そうだ。

 ちなみに、ボディ部分は《 アイテム・ボックス 》に格納済だ。こいつは自分の《 アイテム・ボックス 》に自分の体を入れるのだ。


「じゃあ、先に戻っててくれ。できれば新兵器のテスト結果の情報もサーバに転送しておいてくれると助かる」

「了解シマシタ。プロフェッサー」


 ボーグの首を抱えて、無言のままキメラが去って行く。……あれ、一人で行動させても大丈夫なんだろうか。いや、二人……なのか?


「打上げって言ってもどこにするんだ。公共の場だと酒は飲めないんだが」

「ワタシの行きつけのカラオケボックスにしようか。飯も結構美味い」

「そこにしましょう」


 水凪さんが間髪入れずに了承する。なんて分かり易い反応なんだろうか。

 ……しかし、カラオケか。こっちの曲は分からんから聞き専になるが……まあいいか。飯食ってればいいし。




 そうして案内されたのはダンジョン区画内にある……なんというか、普通のカラオケボックスである。まだ夕方にもなっていないので客も少ない。

 ラディーネが手慣れた感じで手続きを済ませ、俺たちは部屋に入った。中も見慣れたカラオケボックスそのものだ。不気味なくらい一致している。


「良し、じゃあ打上げを言い出したワタシから行こう」


 手慣れた……いうか、曲の確認すらせず、ラディーネは自分の歌う曲を入力する。

 あまりに淀みのない操作だ。行きつけと言っていたが、それほど通っているというのか。


 ラディーネが歌い始めると、すでに成人済の猫耳はアルコールを飲み始めた。

 俺や水凪さんは大人しくジュースと烏龍茶だ。飲んでもバレたりしないだろうが、一応ルールには従っておこう。


「兎耳共が最近マジでウザいニャ。あいつら絶対シゴキ過ぎニャ」


 酒が入ると猫耳は愚痴を零し始めた。完全に酔っ払っているな。まだサワー一杯なのに、弱過ぎだ。

 普段は団長とか言ってるのに兎耳呼ばわりである。録音してやろうかしら。


「なるほど、大変ですね。あ、高山盛りフライドポテト頼んでもいいですか」


 話しかけられてる水凪さんは、聞いているようで聞いていない。

 というかおかしい。フライドポテトはつい数分前に大盛りが来たばかりなのに、すでに空になっている。

 食ってる姿を見た覚えはないのに、一体どんなスピードでブラックホールに飲み込まれたというんだ。飲んでないはずだが、俺は酔ってしまったのか。


「君たちが歌わないなら、次もワタシが行こう」


 そしてラディーネは、こちらの事など欠片も気にせずに熱唱し続けている。『君たちが歌わないなら』とか言っているが、すでに十曲ほど予約済で、他の人が歌う事をまったく考慮していない。

 俺はこの街の歌は知らないし、猫耳も水凪さんも歌わないみたいだからいいんだけどさ。……妙に上手いし。

 曲は分からないのだが、さっきから画面に流れているのは何処か昭和的な臭いがする特撮とロボットアニメの映像ばかりだ。多分主題歌なのだろう。


「ピザ頼みますけど、飲み物はまだありますよね。渡辺さんも何か食べますか?」

「あ、大丈夫です」

「すいません、注文いいですか。ピザ五人前とフライドポテト大盛りで」


 コール用の電話で水凪さんが注文をする。……その内容におかしいと思って器を見てみればポテトはすでに空である。

 まだ俺の飲み物はほとんど減っていない。当たり前だが、始まって数分で酔い潰れたり、食い物を食い尽くすほうがおかしいのだ。


「あちし、チャンスがあればあの兎共の耳を切り落としてやろうと思うニャ」

「が、頑張れよ」


 女三人の中に男一人だというのに、何故こんなに心が踊らないのか。

 こんな事なら、攻略に参加していなくても他の面子を呼べば良かった。この際、顔だけのボーグでもいい。




 ……どうしてこんな事になってしまったんだ。



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