第10話「決闘」




-1-




 フィロスから果たし状が届いた。

 メールではなく、紙に手書きのアナログな物だ。届けてくれた配達員が知らないパンダだったのは、今更気にすまい。


「あいつ、字汚えな」


 辿々しい文字はなんとか意味が伝わる程度で、文法も怪しい。三ヶ月で習得するには日本語は難しかったのであろう事が読み取れる。共通語で書かれた物も別に用意されているが、こちらはずいぶんと達筆だ。俺は読めないが。

 たまたまどちらも読めるティリアがいたので読んでもらったところ、やはりどちらも内容は同じらしい。伝わるか不安だったのだろう。

 ……というかティリアさん、ただの町娘のはずなのに意外と教養がお有りのようだ。日本語以外だと、自分の名前しか書けない俺とはえらい違いである。


「模擬戦ではなく決闘するんですか? 何か仲違いでも?」


 手紙を読むだけでは意図は伝わらないのか、ティリアは俺とフィロスが喧嘩でもして決闘をする事になったと思ったらしい。いや、俺も詳しい理由は知らないんだがな。


「理由は分からないけど、あいつは< 鮮血の城 >でやり残した事があるんだとさ。第四関門で俺のコピーが出てきたとか言っていたから、その絡みじゃないか?」


 抜けて来たのだから倒したのは間違いないんだろうが、倒し方に不満があったとか不本意な勝ち方だったとか、そんなところだろう。……理想的な形で嬲り殺しにしたかった、とかじゃない事を祈りたい。

 ……でも、勝ち負けにも拘ってないとも言っていたんだよな。


「なるほど。私もキツかったですが、フィロスさんもなかなかヘビーな相手ですね」


 フィロスも言っていたが、そうだろうか。難易度調整されているとはいえ、ユキが戦ったアーシャさんとかのほうがキツくない?


「ちなみに、リーダーさんは第四関門で誰が出てきたんですか?」

「俺は……ドッペルゲンガーの爺さんだな」


 結局何もできずにズタボロになったお茶目な爺さんだ。もう彼とは会う事はないだろうが、冥福を祈りたい。


「いや、お爺さんかどうかはともかく、ドッペルゲンガーは誰でもそうでしょう。そのドッペルゲンガーが誰に変身したかっていう意味なんですけど」

「あの爺さん変身できなかったみたいだから、そのまま張り倒してきたんだよ」

「……システム的な不備ですかね?」


 ロッテさんにシステム不備の事言っておいたほうが良かったかしら。記録が残っているから伝わってはいると思うが。


「じゃあ、今回の決闘を遅れた第四関門として考えればいいんじゃないですか?」

「遅れた第四関門ね」


 あいつが脅威を乗り越えていないというなら、双方に意味のある決闘という事か。

 ……悪くはないが、あいつが俺の"脅威"かと聞かれればかなり疑問が残る。

 フィロスは強い。あの試練に生き残った時点で、それは間違いないと確信を持って言える。だが、敵として対峙して"怖い"かと聞かれると怖くはない。

 あいつは味方としては頼りがいのあるメンバーだが、敵として見た場合はそれほど怖くない。RPGで、敵だった時は無闇矢鱈に強いのに仲間になった途端別人のように弱体化する奴がいたが、その逆だな。

 すべてが高水準でまとまっていて平均値が高いというのは、突き抜けた部分がないという事だ。あいつもそれは分かっていて、それに悩んでいた節もある。もちろん負ける時は負けるのだろうが、そこにあるのは始まる前に予想できるような順当な勝敗で、博打的な怖さがない。平均的に強いボスと、攻撃当てたら死ぬけど一撃で誰かが死ぬような攻撃を出してくるボス、どっちが怖いかというと後者だろう。

 フィロスの強さは、たとえばこの前冒険者学校で模擬戦をやったセラフィーナ以外の四人の延長線上にある。安定した勝率を叩き出せる優秀さで、勝つべくして勝つのがあいつのスタイルともいえる。いわゆるプロフェッショナルだね。

 そういう意味ではセラフィーナのほうが怖い。実力はまだ下級の域だが、未知の部分が多過ぎて何をされるか分からない怖さがある。マジで意味分かんないし、あいつ。……意味分からんのは飼い主のほうもか。

 気にかかるとすれば、あの試練を生き残った事。最終局面のあいつは、それまでと何かが違っていたようにも見えた。俺の知っているあいつとは違い、すでに何かしら殻を破っているのかもしれない。……むしろ、だからこそ突破できたと考えるべきなんだろうか。


「ティリアは、俺とあいつのどっちが勝つと思うよ」

「何か特殊な条件とかあるんですか? ゼロ・ブレイクとか、スキルなしとか」

「なんでもありで、ただしHP0から始まるデス・マッチルール」


 なんでもありといっても、デス・マッチである以上、HPを利用したスキルなどは使えないが。先日ダダカさんに教えてもらったHPの操作も無理だろう。


「じゃあ、リーダーさんでしょう。他の誰が聞いてもそう答えると思います。……多分、フィロスさん本人も」

「そうかね」


 自惚れるわけじゃないが、俺自身もそう思う。ちょっと俺に有利過ぎる気もするくらいだ。

 正直このルールなら、今回一緒に戦った七人の内、あいつが一番やり易い。あるいは、これがゼロ・ブレイクだったら良い勝負になるかもしれないが。


「あの訓練以降みんなその気がありますが、特にリーダーさんとサージェスさんは死の淵に立ってからの方が強いですからね」


 同感だし自覚もしているが、その強さの意味合いは違うと信じたい。

 俺は死にかけのほうが強い。それがあの謎ギフトに依存したものだっていうのが情けない話だが、追い詰められればアレが力を与えてくる。より死の手前の極限状態を演出するように。

 おそらくあのギフトの発動トリガーは死の気配だ。その死を避けるために、俺の苦痛を度外視した力を与えてくる。死に近いほどより強固に。


「あれから一ヶ月も経ってないですが、その間にフィロスさんが得体の知れない力を手に入れたとしたら話は別ですけど」

「得体の知れない力って……」


 ラディーネに改造でもされるのか? いきなり変身ヒーローになってたりしたら、見とれて負けるかもしれんな。俺も改造してもらいたくなっちゃうかもしれない。


「だって、対戦相手のリーダーさんは得体が知れない存在ですから、何かがないと勝てませんし」


 こいつの中での俺のイメージはどうなってるんだ。

 ……でも、それもありえない話じゃない。あの試練のボーナスで何かを手に入れているという事も普通にありえるし、それでなくとも男の子の成長は早いもんだから活目しないとね。俺の《 瞬装 》や、ユキの《 クリア・ハンド 》くらいの力は手に入れていると思ったほうがいいだろう。


「ちなみに、ティリアの第四関門の相手は誰だったんだ? オークさん?」

「……勝ったあとだから言えますが、私の師匠です」


 オークじゃないのか。まあ、それだと喜んじゃいそうだしね。


「師匠ってのはやっぱり冒険者なのか?」

「そうです。まだ現役で活躍してますよ。迷宮都市に来てからは会ってませんが、調べたらランクはC+で< 要塞 >の二つ名で呼ばれているそうです」


 また固そうな師匠なのね。

 C+という事は、トマトさんより更に前線に近いランクだ。ティリアが< 騎士 >になったのは、何も姫騎士に憧れただけでもないのかもな。


「師匠は、岩石巨人族というゴーレムに近い特殊な種族で、全身岩なんです。座っても私より大きいんですよ」

「固そうってレベルじゃないな」


 正に動く要塞か。ティリアもまたすごい師匠に師事しているものだ。そんな種族、迷宮都市でもまだ会った事ないぞ。

 というか、戦力調整されてるとはいえ、そんな怪物に勝ったのかよ。




-2-




「< 魔装士 >の対策?」

「はい」


 そのまま何もなしに決闘に挑むのもアレなので、ここのところ時間があれば訓練に付き合ってもらっているダダカさんに話を振ってみた。ダダカさんの戦闘経験は多いだろうし、その中には< 魔装士 >とやり合うための対策もあるだろう。

 勝敗は関係ないとはいえ、死んだらレベルダウンもするので負けないに越した事はない。なんか、Lv1まで下がるらしいんだよね。


「セカンドツリーはなしって事か?」

「二つ目のツリークラスを取得していないっていう意味ならそうですね」


 それはもうちょっと先の話だ。俺も何を取得するのかすら決めていない。その前に三つ目のクラス取得もあるしな。


「じゃあ、対策なんぞいらん。< 魔装士 >ツリーは単品だと押し並べて弱いからな。下級ならなおさらだ」

「弱い……ですか?」


 そんな印象はなかったのだが。

 属性攻撃、属性耐性、魔力での強化と汎用性に富んだクラスだ。突き抜けたところはないが、弱点もない。何をやってくるか分からない未知の怖さがないのは確かにそうだが、常に最適手に近い選択がとれる。それでも弱いと言い切れるのか。


「下級ランクに< 魔装士 >が少ない理由は知ってるか?」

「適性を持った冒険者が少ないからって聞いた事があります」


 戦士としての才能と魔術士としての才能が両方とも必要になるからだ。大抵はどちらかに才能が寄っていて、そちらを選択する。


「それも間違いじゃない。だが、アレは戦士職が中級になってからセカンドツリーとして取得する事の多いクラスなのだ」

「補助的な力って事ですか?」

「そうだ。あのクラスは他のクラスの力と合わせて初めて真価を発揮するクラスともいえる。だから、適性があってもそれを知っている奴はメインとして就かん。戦士か魔術士か、どちらかに寄ったほうが潰しが効くからな」


 そうなのか。フィロスは……どうなんだろう。何か意図があって< 魔装士 >を選んだのか? あいつが他の適性がないとも思えないんだが。

 ……まさか、珍しいクラスが選択肢にあったら選んだとかじゃないよな。俺やユキならありそうだが。


「もちろん絶対じゃない。ソロに向いているクラスではあるし、Bランクにいるバッカスもメインクラスは< 魔装士 >だ。状況に応じて戦えるというのは個人で対モンスターを想定した場面なら有効だが、対人戦、しかもお前みたいな奴相手だと何もできん」


 ソロね。なんでもできる万能性の行き着く先はやっぱりそこなんだろうか。

 フィロスは、< 斥候 >の各種能力は足りないが、それ以外は大体カバーしてる。この前、スキルオーブで回復魔法も習得したみたいだし。

 < 召喚士 >や< 使役士 >がソロ向きというのも聞いた事があるが、自分以外も戦ってるからそれはまた違うだろう。


「という事は、対人戦で< 魔装士 >と戦う場合は特に気をつける事はないって事ですか?」


 一般的な対人戦の対応をすればいいと。もちろん、遠距離攻撃や回復魔法の対策は必要だろうが。


「そうさな……あえていうなら、属性剣の二段階目を覚えてるなら多少注意は必要だな」

「二段階目?」


 属性剣というのは《 炎装刃 》とかの事だよな。その二段階目?


「《 エア・スラッシュ 》などの属性攻撃の事だ。< 魔装士 >はあそこら辺りから急にやれる事が多くなる。クラスレベルで習得するのはかなり高レベルになる必要があるから、お前さんくらいの基準だとほとんどいないだろうが」


 フィロスは覚えてるじゃねーか。対ロッテ戦で思い切り使ってたよ。


「なんで二段階目なんて言うんですか?」

「たとえば《 エア・スラッシュ 》は《 風装刃 》などで風属性の魔力を纏い、それを消費して使用する。使い捨てだ。面倒で連携も効かんが、この前話したMP操作で応用が効く範囲が広いから、使いこなせればなかなかだな」


 なるほど、弱点属性を突いたり、遠距離攻撃をするだけじゃないって事か。……覚えておこう。


「ちなみに、常時属性を纏ってる武器があれば使いたい放題だ。それはそれで別の属性を付加する際に阻害されるから一長一短ではあるがな。ウチだとリハリトやグレンが良く使う。ワシもな」


 事前に弱点が分かってるならアリだと思うが、属性固定されたら強みである多様性がなくなるな。俺やダダカさんみたいに武器を切り替える手段があれば別だが、その手のお高いマジックアイテムを複数用意するのも大変そうだ。


「まあ、それがあったところで大した事はない。戦術の幅は広がるが、どれも正攻法の強さと考えていいだろう」

「随分< 魔装士 >の評価が辛辣ですけど、何か思うところでもあるんですか?」


 嫌いな奴が< 魔装士 >とか……さっき話に出てきたバッカスとか?


「ワシが最初に就いたクラスが< 魔装士 >なのだ。そこから< 重装戦士 >に転向するまで、長い期間難儀したからな」


 体験談かよ。……でも、それなら信憑性がありそうだ。


「たとえばダダカさんが< 魔装士 >のスキルしか使えないとして、一対一の対人戦をするとしたらどうします?」

「そりゃお前、< 魔装士 >のスキルだけだろうが、MP操作でなんとでもなるわな。中級に入れば単品でもなかなか強いぞ」


 やれる事が少ない下級なら弱いって事ね。




「話は変わりますが、なんでもできるダンマスもソロではないですよね」

「そうだな。詳しくは知らんが、五人パーティだとは聞いた事がある。その中に嫁さんは入ってるだろうな」


 嫁……あの人結婚してたのか。……別におかしな事じゃないが違和感があるな。

 あの人はこれまでそういう素振りを見せた事がない。配偶者がいるという雰囲気を出していない。

 それに、嫁さんいるのに地球に戻りたいのか? すでに家庭を作ってるなら、ここに骨を埋めるのも選択肢の一つとしてはアリだと思うんだが。


「その嫁さんってどんな人なんですか?」

「会った事もないし、どんな人かも知らん。まったく表に出てこないから容姿も分からん。だが、立場としては明確だ。今となっては形骸化しているが、迷宮都市の領主だったはずだ」


 ここの領主……という事は王国貴族か。といっても、すでに領地としての経営なんてされてないだろうし、言う通り形骸化してるんだろう。


「グロウェンティナの嬢ちゃん……いや、親の方だったら詳しいかもしれないな。あの人たちは最古参に近い」

「アーシャさんの両親ですか?」

「表向きは引退したという話だが、あるいはパーティメンバーだったりするのかも知れん。興味があるなら聞いてみたらいいんじゃないか」

「そこまでは……」


 わざわざそれだけのために、会った事もないアーシャさんの親とコンタクトをとるのはハードルが高い。アーシャさん単品なら酒かカーレースを餌にすれば釣れそうな雰囲気もあるが、親はな……。

 今度、ダンマスに会った時にでも世間話程度に聞いてみようか。……若しくは、一応養女扱いのトマトさんは知ってたりするかな。

 ダンマスの嫁さんか……どんな人なんだろうか。




-3-




 果たし状によると、決闘は観客なしの一対一らしい。立会人すらいない。

 そのために闘技場の通常エリアではなく、専用のエリアを用意したとの事だ。転送施設から転移可能らしいので、ダンジョン扱いなのかもしれない。どうやって手配したのかは分からんが、そんな場所も用意できるんだな。レンタルスペースみたいに、一日いくらで借りたりできるのかしら。



「それで、今日はどうしたの? 用事あるって言ってなかったっけ?」


 俺は決闘を前に、何故かユキの部屋を訪れていた。

 ここに来た理由は自分でも良く分からない。別に激励が欲しいとかではなく、何故か来なければいけない気がしたのだ。

 あの謎ギフトの力を疑いたくなるが、ついでに聞きたかった事もあるので気にしない。


「このあと、フィロスと決闘の予定だ」

「ああ、あの話か。死んだりしないで欲しいな」

「なんだ、心配してくれるのか」

「え、うん。ダンジョン攻略が遅れるし、ラディーネさんとの合同攻略の予定にも響くよね」


 ものすごく実利的な理由があった。もうちょっとこう、体を労る……必要はないな。心配する要素がない。精神的なものくらいだ。


「ツナはまだ死んでないんだっけ? トライアルの隠しステージじゃないけど、この機会に死んでおくのもいいかもね」

「そりゃまたひでえな」


 冒険者に必要な事だというのは分かってるつもりだが、えらく辛辣なセリフに聞こえる。


「チッタさんが言っていたように、死からの復活って結構キツイんだよ。ツナならケロっとしてそのまま退院しそうだけど、これから先、死んだ事が原因でリタイアとかされたら嫌だし」

「ちなみにどんな感じなんだ?」

「えーとね。聞いた話によるとみんな違う感じなんだけど、ボクの場合は工場の加工製品になった感じかな」


 量産型ユキ20%さんか。意味分からんがちょっと強そうだ。


「あえて死ぬ必要はないだろうけど、これから先一度も死なないなんて事はほとんど不可能だからね」

「それはそうだろうな」


 ここまではなんとなく突破してきたが、これから先は厳しいだろう。< 鮮血の城 >だって、《 自滅 》の首輪がなかったら間違いなく死んでいた。それより辛い体験はしていると思うが、死とそこからの復活は体験していない。

 死が終着点じゃないと認識するなら、あのギフトが発動しない可能性もありえる。

 トップクランの話を聞く限り、全滅なんて日常だ。剣刃さんやダダカさんに教えてもらった< アーク・セイバー >の戦歴なんてひどいものだった。前線に近いほどそれは顕著で、死ぬ事を折込み済で情報収集している感もある。上級のクランには情報を公開しているらしいので、それを使う事でかなり楽になっているというのはアーシャさんも言っていた。

 そんな中で一人だけ死なないっていうのは楽観的過ぎる。


「だが、今回負けるつもりはないから、それはもうちょっと先の話だな」

「そうやって油断して負けるんですね。分かります」

「じゃあ、お前はどう予想するよ」

「えーと、勝つのはツナだろうね」


 やっぱりその予想になるらしい。


「まあ、真剣勝負だから絶対に勝てる保証はできないし、俺かフィロスのどっちかはレベルダウンするだろうから、予定もそれに合わせないとな」

「デス・マッチって死ぬとLv1まで戻るんだっけ。面倒だね」


 だから人気ないんだろうな、このルール。

 無死亡レコードは、できれば継続して更新と行きたいものだ。




「全然話は変わるが、お前の部屋はもう片付いてるんだな」


 ユキの部屋は小奇麗に片付いていた。小物が多いのは女の子っぽい。完全体になったら、この小物も五倍になるのだろうか。


「ツナの部屋がいつまでも片付かな過ぎなんだよ」


 俺の部屋は確かに散らかっているが、男の部屋なんてそんなものだ。

 ……あれ、でも知り合いの男はみんな部屋綺麗だな。汚いのは俺だけなのか?


「家主として部屋をどう使ってるかを確認しに来たの?」

「そういうわけじゃないんだが……」


 なんだか、上手く言えない。……話題逸らしも上手くできないし、もどかしいな。


「最近ツナ悩み事があるんじゃない?」


 そんな事を考えていたら、ユキのほうから踏み込んで来た。


「……そう見えるか?」

「あの試練以降、ちょっとだけ変かな。無理してる感じ」


 大したものだ。良く見ている。さすがは相棒だね。


「……お前さ、女に戻ったあとってどうするんだ」

「急な話だね。……分からないけど、多分冒険者は続けると思うよ」

「目標がないのに?」

「無限回廊の先に何があるか気になるしね。冒険者なんだから、冒険しないと」


 なんか、至極真っ当な意見である。


「それは、辛くて苦しい仕事のモチベーションになるものか?」


 冒険者は日雇いの肉体労働なんて目じゃない過酷さだ。ただ体力があれば耐えられるものでもない。そんな中で、そんなあやふやなものがモチベーションに直結するんだろうか。


「まあ、生活費を稼げれば良いって人もたくさんいると思うよ。でも、トップの人たちは少なからずそういう面があると思う。山があるから登るみたいな?」


 無限回廊はエベレストか何かか。


「ダンマスを助けたいからって理由じゃなくてか?」

「いくら恩があったとしても、それだけだと続けられないと思う。本当の意味でそれができるのは……モンスターさんたちだけじゃないかな」


 ダンマスに作られて神と崇めるならそれもできるか。あまり実感はないが、ヴェルナーたちが狂信者だというのならそれもありえるだろう。……ロッテは……どうなんだろうな。あいつもダンマスの事は好きなんだろうが、また違うようにも思える。


「みんなそれぞれ理由はあるんだろうけどさ、冒険者だから先に向かうってのはあると思うんだよね」

「願いがなくても?」


 誰しも、何か叶えたい願いをモチベーションにしてるんじゃないのか?


「うん。雑誌のインタビューで見たけど、< アーク・セイバー >のグレンさんとか、< 流星騎士団 >のローランさんとか、トップにいる人たちは特にそんな感じらしいね。あの人たちは、自分たちが作ったものに対しての責任感とか、そう在るべしっていう理想を追い求めてるんじゃないかな」

「格好いい自分でありたいって?」

「ああうん、そんな感じ。いいんじゃない? 理由なんてそんな感じで。……ひょっとして、悩んでたのってその事かな? 自分なりの理由が見つからないとか」


 俺の理由は見つかった。気付いてなかっただけで、最初からそれはあった。反吐が出そうなくらいに負の感情に彩られた理由だが、これだって先を目指す理由には違いない。


「俺の理由は見つかったからそれはいい。ただ、他の奴がどんな事考えてるのかを知りたかったんだ」

「そう? なら自分の事が最優先だよ。ボクの事は気にしなくてもいいから」

「お前の目的とは重なる部分が大半だから、それこそ気にしなくていい」


 この世界に来て、生きる事に精いっぱいだった時期が長過ぎたから、余計に深く考え過ぎてたのかもな。

 戦う理由なんてそんなものでいい。明確な敵なんていなくても人は先へ進める。みんな、なんだかんだで自分に相応しい目標を見つけるって事だ。

 俺には張り倒したい敵が存在するからそれが先に向かう理由になるが、それを人には強要できないと思ったんだ。

 だけど、何も一人で先に向かう必要はない。多分、ここに来たのはそれが確認したかったからなんだろう。




-4-




 フィロスが用意したという決闘場。そこは、赤黒い空に覆われたコロッセオだった。

 あのトライアルダンジョンの隠しステージと同じ光景だ。あるいは同じものなのかもしれない。

 その中央に見慣れたフィロスの姿がある。落ち着いた、穏やかな表情だ。これから決闘に挑むような表情じゃない。


「待たせたか?」

「ちょっとは待ったけど、考え事をしてた。君が来なかったらずっと考え続けてたかもしれない」


 この決闘自体、何か思うところがあって企画したものだろうから、そりゃ考える事もあるのだろう。


「じゃ、早速始めるか。開始の合図はどうする? 西部劇の真似事でもするか?」

「いや、その前にちょっと話をしようか」

「そりゃ構わんが、何かあるのか?」


 こういうのは事前に言葉を交わすようなものじゃないと思っていた。だからというわけじゃないが、ここ最近、フィロスとはほとんど会っていない。わざわざ顔を合わせないようにしていたのだ。


「この前の試練のボーナスで、ダンジョンマスターと会って来たんだ」

「ダンマスに? なんかもったいない使い方って感じもするんだが」


 あの人そんなレアキャラでもないだろ。有料じゃないガチャでも出てきそうな感じだ。あんな辛い試練のボーナスを使ってまで会う人だろうか。


「君たちは縁があるから結構会ってるみたいけど、そうそう人前に出てくる人じゃないみたいだしね」

「そういうもんか?」


 俺たちが会い過ぎなのかな。でも大体向こうから登場するしな。


「会っただけか? どうせだったらユキが名前の事で文句言ってたって伝えてやれば良かったのに」

「ははっ、ユキからは事前に聞いてたから言ったよ。『存じ上げません』だって。面白い人だよね、あの人」


 そんなわけあるかい。弁明に秘書くらい出せよ。悶えるユキは可愛かったから、俺は別にいいんだが。


「まあ、それはいいんだ。……あの第四関門の時にさ、ゴーウェンに言われたんだ。僕の究極系はダンジョンマスターなんじゃないか? って」

「究極系……なんでもできるってのを突き詰めるならそうかもな。あの人の事は良く分からない部分も多いけど」


 突き抜け過ぎていて、誰も強さを測れない。

 それよりゴーウェンが普通に喋ってる事が気になるが、そこをツッコむ場面でないのが厳しい。あいつ、どういう状況なら喋るんだよ。


「それで、どんな人か会ってみたくてね。会うだけでも良かったんだけど、オマケももらった。この闘技場の利用権もその一部かな。わざわざ手配してもらったんだ」


 あの人は色々くれそうだな。近所のオバちゃんが飴くれる感覚で。


「会ってみて色々答えも出た。一番の悩みである、君とどう向き合うかっていう問題も自分なりに決着がついたよ」

「俺と?」


 第四関門の相手が俺になった事といい、こいつは俺に何か思うところがあるのだろうか。


「君は何を目的として無限回廊の先を目指すんだい?」

「目的……」


 それは、ちょうどユキと話していた内容と同じ疑問だ。


「僕は自分の限界を知りたい。どこまで先へ向かえるのかを知りたいからここにいる」


 ここというのは冒険者という立ち位置の事だろう。強さというだけではない、フィロスが言っているのは自分という存在への挑戦だ。人間として根本的な本能と言ってもいい。

 こいつも先を目指す理由について考えていたのか。理由の方向性は逆だが、変な共感を覚えるな。


「ユキは知っての通り。サージェスにも真っ当な目的がある。ガウルはただ強さを求めて。ティリアとゴーウェンは俗だけど、それでも自分の欲に忠実だ。摩耶は冒険者を仕事として捉えているから、そもそも明確に先を目指しているわけじゃない。単純に名声が欲しい、金銭が欲しい、良い暮らしがしたい、ダンジョンマスターの力になりたいっていう人も大勢いる」


 それは、これまでにいろんな人に聞いてきた渇望だ。程度の違いこそあれ、誰もが何かしらを抱えて先を目指している。

 それが気になるから、俺もユキに聞いてみたんだ。


「渇望の強さは先に向かう意思の強さに直結する。摩耶もいつかは直面する問題だろうけど、それはまだいい。理解できないのは君だ。何も目的がない。……いや違うな、先に向かう原動力となる渇望がない」

「俺は……」

「それとも、言ってないだけであるのかな」


 胸を張って言える渇望はない。だが、理由はある。



「俺には……敵がいるんだ」


――System Alert《 ■■■■■■■■■■ 》――



 一瞬だけ、視界にノイズが発生した。それは既視感のある現象で、一瞬だけ美弓の顔が蘇った。そうだ、あれは海水浴での……


「大丈夫、邪魔なんかさせない」


 ノイズが……消えた。


「なん……だ」


 強制的に意識が固定される。あの時のような意識の揺り戻しが起きない。

 確かあの時はギフトについて美弓に見てもらおうとして……。今ここで認識するまで完全に記憶を失っていた。……何か阻害されていたのか。じゃあ、なんで今は……フィロスが何かしたのか?


「やっぱり、何か阻害を受けていたって事か」

「お前が何かしたのか?」

「僕っていうよりこの空間だね。決闘用に使うついでで、ダンジョンマスターに用意してもらったんだ。ここでならシステムの認識阻害の干渉は受け辛いらしいよ。……君が何かの阻害を受けている事を予想してたんだ。正解だったみたいだね」


 あの1Kの空間みたいなものか。ダンマスが造ったというのなら、同じ仕組みかもしれない。

 自分のステータスを見てもあのギフトは表示されていないから完全じゃないんだろうが、それでも阻害は弱まっているという事か。……なら躊躇う必要はない。


「それなら何も問題ない。……俺には敵がいるみたいなんだ」

「敵? ……みたいってのはまたあやふやだけど」


 今ならはっきり言える。アレは敵だ。

 誰かも分からない。本当にいるのかも定かじゃない。なのに明確にそう感じる。そいつの存在を許すなと俺の魂が雄叫びを上げている。


「ああ、敵だ」


 そして、そいつも俺と対峙する事を望んでいる。無限の先から手招きして呼んでいるのを感じるのだ。

 あの[ 真紅の玉座 ]の時ほどはっきりとじゃないが、今でもそれは感じる。


「それが、君の無限回廊の先に向かう理由かい?」

「……そうだ。無限回廊の遥か先にそいつがいる。きっと、俺の力の源流はそれで、無限回廊の先に向かう事を強制されている。そして、その過程で死なないように、死の淵で力を与えてくるんだ。今は見えないけど、そういうギフトが隠されてた。……周りは最速だなんだの騒ぎ立てるが、なんて事はない。お膳立てされた力に乗っかって、操られてるだけだ」


 だから、俺を特別視する必要なんてない。俺は与えられた力で死を乗り切っていたに過ぎない。

 ……俺はそれが気に入らない。アレを敵と認識するのとは別の領域で腹が立つ。


「僕はそうは思わない」

「なんでだ? 言ってみれば俺はただの操り人形だぞ」


 あるいは、敵がいるから先に向かうっていう感情すら植え付けられたものなのかもしれない。すべてが偽物に思えてくる。


「僕は君が死の淵で足掻いているのを見てきた。苦しみながら前に進もうとする姿を見てきた。あれを偽物だなんて言う人はいない」

「でも、その状況をお膳立てしたのも、そいつなのかもしれないんだ」

「そんな事は関係ない。実際に戦っているのは君だ。苦しんでるのも君だ。あの試練の中で、君は一度もリタイアを考えなかったとでもいうのか?」

「それは……」


 何度も諦めかけた。他の奴が頑張ってるから負けられないと立ち上がったんだ。……そこにあの意思が絡む要素はない。


「そういう力はあるのかもしれない。君の行動に影響を与えているのかもしれない。だけど、それは君のすべてじゃない。ギフトもスキルも一緒だ。誰かは分からない者から与えられて、それを自分の力じゃないなんて言う人はいない」

「…………」

「それを借り物の力だというのなら、すべてが借り物だ。才能や環境、関係者、運まで」


 フィロスの言う事は正論だ。どこからが自分の力かなんて、言い出せばキリがない。ギフトもそう、スキルもそう、ステータスもそう。前世のシステムがない世界でもそれは同じだ。

 生まれつき力が強いのは借り物の力なのか? 頭が良いのは借り物の力なのか? 親の金やコネはどうだ? そこに明確な線引きをできる奴はいない。


「君はちょっと考え過ぎだな。力があるんだから、それを利用するくらいの気持ちでいいと思うよ」


 単にチートをもらうのなら大歓迎で、喜んで活用するだろう。授けてくれた相手に感謝して、信仰さえするかもしれない。

 だが、それを授けた相手がアレというだけでこうも不快感が生まれてしまう。


「それが誘導された結果だとしても?」

「誰がそれを保証するんだい? そいつ本人かな。でも、そいつも嘘をついてるかもね」

「……そう……だな」

「それが気に入らないというのなら、その力で殴りにいけばいい。それが君の目標なんだろう? 運命を操るなら、あるいはそれは神と呼ばれる者なのかもしれないけど、僕たちはきっとそこへだって行ける」


 そうか……。あまりに深く刻まれて、巧妙に隠されたものだったから必要以上に疑心暗鬼になっていた。

 運命の神様がいるとして、どこまでがそいつの掌なんて分かりっこない。来いと言っているのだから、殴りに行ってやればいい。俺一人じゃない、"そこ"はすべての冒険者やダンマスの目的地でもあるんだから。


「……僕は< アーク・セイバー >に入ろうと思うんだ」

「え……」


 それはちょっと予想外の言葉だった。

 何故< アーク・セイバー >に入るのか、という疑問よりも、何故今ここでその話なんだ。


「……そうか。摩耶と同僚になるって事か?」


 クランハウスに入るのを保留していたのは、決闘だけじゃなくそれも理由だったりするんだろうか。< アーク・セイバー >の寮、設備いいみたいだしな。


「それはそうだけど、彼女はじきに君のクランに合流するだろう? ……僕はツナが作るクランには入らない」

「それは……」


 漠然と、フィロスとは同じ道を行くつもりでいた。クランを作れば一緒にやっていけるものだと。何も疑問を持たずに。

 現時点でクランを作っているわけじゃない。< アーク・セイバー >に入ったからといって、それを咎める気もないし、その資格もない。でも、この言い方だと、将来的にも俺のクランには入らないという意味に聞こえる。


「……そうか。それは残念だが、何か理由があるのか?」

「もちろん、別に君が嫌いだとか、みんなが嫌いだとかじゃない。君と一緒にいればきっと高みに行けるんだろう。……でも僕はさ、君と張り合いたいんだ。ライバルでありたいんだよ。きっと同じクランにいると、埋もれてしまう。そんな気がする」

「……そんな事はないんじゃないか」

「ある」


 何故断言できるんだ。


「君から何か運命めいた力を感じるんだ。君と共に在って、無限回廊の先に進めと呼びかけられている気がする。それは君の言う敵の力なのかもしれない」


 それはロッテにも言われたのと同じ事。おそらく、俺のギフトが放っている無限回廊の先へ進むためにお膳立てされた運命の力だ。

 ……フィロスも同じようなものを感じていたのか。


「きっとそれが正道と呼ばれるもので、最短で先を目指すための最適解なんだろう。でも、僕はその道を辿りたくはない。抗えと、僕の中の何かが叫んでいるんだ」


 フィロスはあの力に逆らっているのだろうか。ここで話すまで何も知らなかったはずなのに、あの力に抗おうと。


「多分、あの試練の前だったらその道筋に乗っていたんだろうと思う。だけど、僕の中で決定的に何かが変わった。あの第四関門で君のコピーと対峙して、リーゼロッテに挑発されて、君には絶対に負けたくないって思ったんだ。……だから、僕は自分の道を行く」

「それが< アーク・セイバー >なのか?」


 俺の問いかけにフィロスは黙って首を振った。……違うんかい。


「< アーク・セイバー >は現時点の答えだよ。最終的には自分でクランを立ち上げるつもりだ」

「俺と張り合うために?」


 俺がクランを組織するからそれに対抗しようと……ただそれだけのために同じくクランまで立ち上げるというのか。


「そうだ、< アーク・セイバー >と< 流星騎士団 >に続く第三の前線クランを君が率いるというのなら、僕が第四になる」


 その言葉に、心が震えるのを感じた。


 フィロスが言っている事は現実味がなくてひどく理想論染みているけれど、どこまでも真っ直ぐだ。

 アーシャさんが俺を第三の存在にしようとしたのは、ギフトの力が大きいのだろう。少なくとも影響はあるはずだ。だけど、フィロスは自分だけの力でそれに張り合って第四の存在になろうとしている。


「そうか……そうか」


 俺とは共に行けないと拒絶されたのに、とても嬉しかった。……いいな。この関係は良い。


「といってもそれは最終的な話で、今は< アーク・セイバー >に入るってだけの話さ。これまで通り会館では会うだろうし、パーティだって組むかもしれない。ただ、知っておいてもらいたかっただけなんだ」


 俺なんかよりよっほど強い力を感じる。それは先に向かう意思の力だ。

 こいつだったら、あのギフトの謎の力に逆らって、無限の向こうにいる奴の思惑に風穴を開けられるのかもしれない。

 ……あるいはこの想い、展開も予定通りかも知れない。


「……分かった」


 だけど、そんな事は知らない。俺はフィロスの行く道を祝福したい。……そう思った。全力で並び競えるライバルで在りたいと。

 ユキが言った言葉を借りるなら、これも無限の先へ向かうための理由になるのだろう。競い合う相手がいるから、そいつに負けたくないと先に向かう。それは一つの答えだ。フィロスがその理由をくれた。

 ……ああ、ようやく分かった。

 最初に願いがあって、その願いを叶えるために戦って、その過程でできたものが次の理由を作るんだ。

 そうやって、願いが連鎖して続いていく。敵なんていなくても、俺は先に向かえそうだ。


「そして、これは僕が先に進むための儀式だ。第四関門では不本意な形で決着を付けて消化不良もいいところだったけど、できるなら君本人と向かい合うべきだと思った」

「だから決闘なのか」

「そうだ。今、君が僕の目指す目標である事をちゃんと実感しておきたい」

「負けるつもりはないぞ」

「それは僕だってそうさ。僕だってこの半月で何もしていなかったわけじゃない」


 そういうフィロスの目は自信に満ちている。勝ち負けは関係ないとか言ってても、負ける気は更々なさそうだ。

 ダンマスと会っていたというなら、何かしらの力を手に入れている可能性は高いだろうな。


「このコインが地面に落ちたら開始の合図としよう。隠しステージで君がやっていたのと同じだ」


 それをやったのは俺じゃなくて猫耳さんです。……まあいいけどさ。


「オーケー、それで行こうか」

「武器は出さないのかい?」

「いらん。……これが俺のスタイルだ」


 散々訓練して、理解して、納得した。この無手の状態が俺のスタンダードだ。

 フィロスは最初から用意していた剣と盾を構える。


「じゃあ、始めよう」


 ある程度の距離を取り、向かい合う。どちらからも一呼吸で肉薄できる距離だ。

 一度だけ深く息を吸う。何故だか、体に力が満ち溢れる気がした。


 フィロスの手からコインが舞った。




-5-




 決着までに必要な時間はほんのわずかだった。常人なら、瞬き数度で終わる時間だ。


 あの隠しステージと同様、俺は全力でフィロスへ向かって飛び出した。

 そして、フィロスも俺と同様にこちらに向かって飛び出している。


 奇妙な納得感があった。

 元々こいつのスタイルは盾役に近い。ティリアのような純粋なタンクではなくても基本的な姿勢は待ちだ。近付かなくても攻撃できる手段まである。だが、こうして迎え撃つのではなく飛び出して来たという事は、新たな戦闘スタイルを手に入れたという事だろう。模索中の不完全なものではなく、おそらくある程度完成されたものとして。


 超高速で距離が詰まる。その間合いが完全に詰まるまで一秒もかからないだろう。

 引き伸ばされた感覚の中で、フィロスの一挙一動がはっきりと見える。きっとあいつもそれは同じだ。

 これは、人を超越しつつある冒険者だからこそ感じ取れる感覚。戦う度にそれが強くなるのが分かる。


 その最中、< 童子の右腕 >と< 不鬼切 >を展開する準備を進める。

 発動させるのは攻撃の直前だ。真正面から小細工なしの最短距離で攻撃を叩き込む!


 初撃は盾に防がれた。

 それはこちらも織り込み済みで、試練の前までだったら俺のラッシュが続いただろう。

 だが、合間にフィロスの攻撃が入る。それはあの剣刃さんの動きにも似た、意識の間隙を縫う攻撃。


 上手くなった。剣刃さんとは比較すべくもないが、別人とも呼べるレベルだ。

 剣の使い方もそうだが、それよりも盾が上手い。視界が阻まれるのを上手く利用して戦っている。元々そういう戦い方ではあったが、随分とパターンが増えた。これは《 盾術 》とでもいうのだろうか。

 間合いの取り方、得物の距離感、動きや目線によるフェイントまでまるで別物。これは一朝一夕でできる変化じゃない。あの無限訓練のような長い訓練期間を経てようやく到達できる領域だ。

 わずかでも目算を見誤れば、その隙をついて致命的な一撃が入る。その確信があった。


――Action Skill《 旋風斬 》――


 そうしてできたわずかな隙へ、< 不鬼切 >で放つ横薙ぎの一撃。この一撃は防がれるだろう。散々訓練でやった事だ。できないはずはない。


 予想通り、フィロスは《 魔装盾 》で強化された盾で< 不鬼切 >を防ぎ切る。

 しかも、妙に感触が分厚いところをみると、魔力がインパクト部分に集中している感がある。これはMP操作だ。この半月で、こんな高速での微妙な操作を体得して来たのか。

 そして、続く二撃目。


――Skill Chain《 旋風斬・二連 》――


 通常の《 旋風斬 》の二撃目ではない軌道を大幅に変えた追撃。

 これまでのフィロスならこれは防げない。軌道を変える事は困難だが、成功すればそれを止められた事はない。

 だが、想像通りフィロスはそれを止めてきた。盾での防御は間に合わない。止めてきたのは剣だ。

 スキルで速度が上乗せされた< 不鬼切 >の攻撃を素の斬撃で受け流し、軌道をずらす。フィロスの剣は弾き飛ばしたが、俺の< 不鬼切 >も当たらない。

 ……やるじゃない。でも、これで終わりじゃないぞ!


――Skill Chain《 旋風斬・三連 》――


 この半月で剣刃さんに教示された刀技。二度止められたあとの三撃目。

 ひどく限定されたシチュエーションでしか発動しない、三段構えの技だ。


「だああああっっ!!」


 放つ渾身の一撃。止められた二度の剣速に上乗せされた形で、最速の刃がフィロスに迫る。

 ……あ、ヤバイな。読まれてる。必中するはずの攻撃の中でそう感じた。きっとフィロスはこの三撃目を知っていると。


――Action Skill《 ウエポン・チェンジ:ソードブレイカー 》――


 弾かれた剣の代わりがすでに握られていた。俺の< 不鬼切 >はそれに受け止められる。

 それは用途の限定された《 瞬装 》の下位スキル。なるほど、そんな力を手に入れてきたのか。

 じゃあ、俺は更に奥の手を見せてやるよ。


――Skill Chain《 瞬装:不鬼切 》-《 瞬装:不鬼切 》――


 両手で持っていたものの、右手主体に持っていた< 不鬼切 >を左手へ切り替える。

 一瞬だけ対象を失ったフィロスのソードブレイカーが空を切った。

 あまりに奇天烈な《 瞬装 》の使い方に、フィロスが目を見開いたのが分かった。そして放つのは、これも初見のはずの四撃目――



「あぁらぁあっっ!!」

――Skill Chain《 旋風斬 》――


 逆回転で放たれた《 旋風斬 》が盾を避けて、吸い込まれるようにフィロスの体へと向かう。

 本来、連携の中に同じスキルは組み込めない。そういうルールがある。

 だが、サージェスがあの試練の中で、右腕、左腕のそれぞれで間髪入れずに《 ダイナマイト・インパクト 》を発動したと聞いた。ならば、同じ武器だろうが持ち替えれば同じスキルだって発動するはずと、そう回答を出したのだ。

 案の定それは正解で、スキル連携を継続させる事すら可能だった。ダダカさんも驚愕していたくらいだ。


「がっっ!!」


 HPの壁もなにもない、素のままの感触で、フィロスの骨が盛大に粉砕されるのを感じた。

 そのまま横へ吹き飛ばされるフィロス。HPがあるならともかく、インパクトの瞬間の感覚を信じるなら、間違いなく致命傷だ。多分俺でも立てないレベルで粉砕骨折している。

 二度、三度とバウンドしながら宙を舞う体は、そのまま魔化して消えていった。どうやら今の一撃だけで決着がついたらしい。



 一人残された俺は、< 不鬼切 >を仕舞い、立ち尽くす。

 深く、深く息をついた。


 HPの壁の重要性が良く分かる戦いだった。

 俺やサージェスは慣れているが、本来、人間の体は冒険者の攻撃をまともに受けられるような作りをしていない。

 いくら強化されているとはいえ、巨大な岩さえ粉々にする一撃を喰らえばそのまま終了だ。この結果は何もおかしな事じゃない。


 正直なところ、負ける要素はなかっただろう。《 旋風斬・三連 》で止められて、俺に次の手がなかったとしても、それで終わりじゃない。

 ソードブレイカーという武器で怖いのは武器破壊だが、< 不鬼切 >は折れない。そうすれば仕切り直しで、今度こそ当てるだけだ。

 だが、止められたあとに一撃は喰らうかもしれない。それは、あいつが勝ちを拾うために必ず当てなければいけない一撃で、そこまでしてようやく微かに勝ちが見えてくるという状況だ。あいつもそれを分かっている。だから新しいスタイルに慣れさせないための速攻か……。



「……やるじゃん、ライバル」



 きっと、フィロスはそこから始まる気の遠くなるような戦いを、ミスなしで完遂するつもりだったのだろう。

 俺の攻撃はすべて防ぎ切り、わずかなダメージを蓄積する形で。

 そして、《 飢餓の暴獣 》が発動してからは、血みどろの泥試合で切り抜けるつもりだったのだ。

 ……発動させるつもりはなかったから、別に腹は減ってないんだけどな。


 ダダカさんが言う通り、下級の< 魔装士 >の戦術の幅は狭い。

 あいつは< 魔装士 >以外のスキルに幅を求めたが、この先あいつが成長を続けたら猛烈な勢いで幅が広がるだろう。

 その時はこう簡単には勝たせてもらえないだろうが……またやってみるのもいいかもしれない。これからは、より強い意味で競い合う事になる好敵手になるのだから。




-6-




 翌日、ギルド会館での中級昇格の手続き中、事の顛末をユキに話してみた。

 当然ながら、あのギフトの事は言っていない。言ったのかもしれないが、少なくとも覚えてはない。


「と、まあそんな事があったのさ」

「ふーん。ボクにはちょっと分からない世界だね。男の子の世界だ」


 お前も80%は男なんだが、元々が元々だから分からなくても問題ない。決闘自体には、俺もそこまで美学を感じてるわけでもないし。

 ただ、あの戦いには確かに意味があったと思う。フィロスのけじめというだけではない、俺の中の何かがそう感じている。それはあのギフトじゃない。もっと根本的な何かだ。


「でもそっか……フィロスはクランには入らないんだね。……ゴーウェンも付き合いで< アーク・セイバー >に行ったりするのかな」

「ありそうだな」


 元々組んでいたといえばガウルもそうだが、あいつはどうするんだろうか。

 ガウルは……なんかこのまま一緒にやっていきそうな気がするんだよな。


「あいつも言ってたが、クランに入らないってだけだ。ここで会う機会もあれば、パーティ組む事もあるだろうし、クラン同士で共闘する事だってあるだろうさ」


 無限回廊の強敵に対して、普段は競争しているクラン同士が共闘するなんて燃えるシーンじゃないか。


「目標が違うって事なのかな」

「目標も同じだ。行く道が違うってだけだな」


 それは無限回廊の攻略の面でも決して悪い話じゃない。俺たちが三番目、そしてあいつが四番目として同じ位置に立ってくれるなら攻略も加速する。

 美弓のやる気は知らないが、あいつがその位置を目指してたって問題ない。今足踏みをしている準一線のクランが上に行ったっていいんだ。アーシャさんが言う三番目だけで終わる必要なんてまったくない。四番目、五番目、六番目、最前線の攻略クランはいくつあったっていい。お互いに切磋琢磨して、競争して、協力して、それが無限の先へ繋がる道となる。そうしてできた道を歩いて、あとに続く者も出てくるだろう。

 ダンマスがどこまでを俺たちに望んでいるか、それは分からないが、きっとあの人が望んだ形にも近付くはずだ。




「でもさ、こういう場合、翌日に会ったりしたら気まずいよね」

「そりゃな……締まらないにもほどがあるだろう」

「でもさ……後ろにいるんだよね」

「…………」


 ユキが指差したのは俺の後ろだ。嫌な予感がしつつもそれを追って後ろを振り返ると……。


「や、やあ……」


 とても気まずそうなフィロスが立っていた。

 ……そうだよな。中級昇格手続きなんだから、いてもおかしくないよな。ククルに投げられないような重要な処理なんだから、むしろいて当たり前だ。……タイミングは最悪だが。


「これはなんとも締まらないね……」

「そうだな」


 ……まあいいさ、別に喧嘩したわけでもないんだ。こういうどこか間抜けな空気も俺たちらしいといえばらしい。

 これがきっと俺たちの関係になって、これからも続いていくんだろう。それも悪くはないと思う。






 < ステータス報告 >

 冒険者登録No.45167

 冒険者登録名:フィロス

 本名:フィロ

 性別:男性

 年齢:19歳

 冒険者ランク:D-

 ベースLv:35

 クラス:

 < 魔装士:T.Lv69 >

   ├< 魔装剣士:Lv35 >

   └< 魔装盾士:Lv34 >

 二つ名:なし

 保有ギフト:《 戦闘勘 》《 因果への反逆 》New!※

 保有スキル:

 《 武器熟練:T.Lv7 》

   ├《 剣術:Lv4 》

   └《 片手剣術:Lv3 》

 《 防具熟練:T.Lv4 》

   └《 盾術:Lv4 》

 《 武器適性:T.Lv4 》

   ├《 剣:Lv2 》

   └《 片手剣:Lv2 》

 《 防具適性:T.Lv3 》

   ├《 盾:Lv2 》

   └《 金属鎧:Lv1 》

 《 剣技:T.Lv2 》

   └《 パワースラッシュ:Lv2 》

 《 盾技:T.Lv2 》

   └《 シールドバッシュ:Lv2 》

 《 魔装技:T.Lv5 》

   ├《 魔装刃:Lv2 》

   ├《 魔装盾:Lv2 》

   └《 術式切断:Lv1 》New!

 《 属性刃:T.Lv5 》

   ├《 炎装刃:Lv1 》

   ├《 風装刃:Lv2 》

   ├《 氷装刃:Lv1 》

   └《 雷装刃:Lv1 》

 《 属性盾:T.Lv4 》

   ├《 炎装盾:Lv1 》

   ├《 風装盾:Lv1 》

   ├《 氷装盾:Lv1 》

   └《 雷装盾:Lv1 》

 《 魔装剣技:T.Lv1 》

   └《 エア・スラッシュ:Lv1 》New!

 《 回復魔術:T.Lv1 》

   └《 フィジカル・ヒール:Lv1 》New!

 《 心得:T.Lv3 》

   ├《 剣士の心得:Lv1 》

   ├《 騎士の心得:Lv1 》

   └《 魔装士の心得:Lv1 》

 《 戦闘術:T.Lv4 》

   ├《 近接戦闘:Lv2 》

   └《 カバーリング:Lv2 》

 《 武器戦闘術:T.Lv1 》

   └《 ウエポン・チェンジ:Lv1 》New!

 《 鑑定:T.Lv1 》

   └《 看破:Lv1 》

 《 礼儀作法:T.Lv3 》

   ├《 軍隊規範:Lv2 》

   └《 王宮作法:Lv1 》

 《 肉体補正:T.Lv1 》

   └《 脚力強化:Lv1 》

 《 魔術補正:T.Lv2 》

   └《 魔力感知:Lv2 》

 《 魔眼:T.Lv2 》

   └《 魔力眼:Lv2 》

 《 生存本能 》

   └《 不撓不屈 》New!

 《 文明:T.Lv1 》

   └《 スラム育ち:Lv1 》

 《 虚空倉庫:T.Lv1 》

   └《 アイテム・ボックス:Lv1 》




※《 因果への反逆 》の参照権限なし。





















-0-





 夢を見た。



 夢の中で俺は戦っていた。

 何と戦っていたのかは分からない。ただ、右手で何かを振り回していたのを覚えている。



 傍らには美弓がいて、生きるために必死だった。死に抗う事に必死だった。

 あいつは泣いてばかりだった。



 他にも誰かいたような気がする。一人二人じゃない。もっと大勢だ。

 だけど、その誰かは夢が進むにつれてその姿を消した。

 最後まで一緒にいたのは、きっと美弓一人だ。



 夢の中で俺は何かと出会った。


 それは得体の知れない奴らの中でも、さら……に……





――System Alert《 ■■■■■■■■■■ 》――











-転章・完-



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る