幕間「秘密結社YMK-R」




-1-




 それは九月の初めの小雨の降る朝の事だ。僕は緊急の呼び出しを受けて、警察署の前まで来ていた。

 何故かは分からないが……いや、本当は分かっているのだが、YMKの覆面を着けた状態だ。


「なんで僕がこんな事をしなくちゃいけないのか」


 同志Bが補導されたという連絡が来たのが昨日の事。留守電に入っていたので今朝まで気付かなかったのだが、どうやら僕が身元引受人として呼ばれたらしい。別に家族でもないただのパーティメンバーなのにいい迷惑だ。それなのにこうして来てしまう僕は結構律儀な性格だと思う。

 本人だと分かる物を持参してくれという事でこの覆面が必要になったのだが、一体どういう状態で説明すればこれが証明になるのか問いただしたい。

 というか、この格好で歩くのは勘弁してもらいたい。朝だから人影は少ないが、一般人も通る道なのだ。ダンジョン区画では闘技場のレスラーさんや、< マッスル・ブラザーズ >が覆面つけて歩いている事もあるが、ここでは圧倒的少数派だ。近くで着替えればいいじゃないかと気付いたのは警察署についてからである。……寝ぼけてたんだな。


「もうこんな事はするんじゃないぞ」

「はい、申し訳ございませんでした」


 警察署の入り口では同志Bが頭を下げていた。初犯……というか、一応犯罪未満らしいので牢屋にぶち込まれてはいないらしい。ちょっと残念だ。

 同志Bに言いたい事は色々あるのだが、もっと気になる部分があった。その同志Bが頭を下げている相手、多分警察の人なのだろうが、何故かYMKの覆面を着けているのだ。額の文字は『K』である。……同志Kか。

 ……なんでやねん。


「おお、同志Cよ。こっちだ。わざわざすまなかったな」


 同志Bがこちらに気付いて手を振る。……どうしよう、対応に困る。帰ってもいいかな。


「君が同志Cか。一応念のためYMKの同志を呼んでもらったのだが、本物のようだな。なかなか身元を明かしてもらえなくて、婦警さんが困っていたんだ」


 同志Kの声は渋い中年男性の声だ。声だけ聞けば、偉い人っぽく聞こえる。


「えーと……同志Kですか? なんで警察に……?」

「私は警察官だから、いて当然だな。ちなみに、Kは警察のKだ」


 頭痛くなってきた。これってアルファベット順じゃなかったのか。


「それにしたって、何故こんなところで覆面を……」

「YMKの同志に身バレするわけにいかんからな。苦肉の策だ」

「取り調べ室に同志Kが入って来た時はびっくりしたぞ」


 周りの視線が痛いのは気にしないのだろうか。こっちのほうが問題のような気がするんだが。立ってるだけで捕まりそう。


「今回は注意だけだから見逃せたが、本来は罰金と悪評ポイントが発生するからな。今後は気をつけるように」

「はい、もう見つかりません」


 もうやりませんじゃないのか。


「押収物の動画は同志Aを通じて返却するから、数日待つように。ああ、あと体験レポートの提出もな」

「すぐにでも。専用サーバにアップロードしておきます」


 実はあんた、物欲に釣られてないか? 大丈夫か、ここの警察。


「ちなみに同志Bは何をしたんですか? 時期的に例の海水浴ですよね?」


 以前、YMK幹部の集会中に同志Jから、ユキたんが海水浴に行くという情報が入ったのは記憶に新しい。

 スケジュール的には昨日行っていたはずなのだが、海水浴場が最終日である事からチケットが取れず、僕は泣く泣く諦めたのだ。

 同志Bがどうやってチケットを手に入れたかは知らないが、このタイミングで捕まってるって事はどうにかしたんだろう。


「海水浴場でカメラ構えてウロウロしてるところを捕まったのだ」

「海水浴ならカメラ持ってる人もいるのでは?」


 家族連れも多いだろうし、カメラ構えてても不自然ではない。パーティメンバーの女の子連れて行くなりしてどうにでも誤魔化せそうだが、よっぽど不審だったのだろうか。


「この格好でうろついていたらしいからな」

「馬鹿なのか、同志B」


 馬鹿なのは知ってたけど、そりゃ不審者丸出しだ。なんで夏のビーチに覆面ローブ着て行くんだよ。もうちょっと工夫しろよ。


「失礼な、これは魂のコスチュームである」

「その通りだ。流石創設メンバーのABCは違うな」

「あれ、僕も別格扱いなの?」


 勘弁して欲しい。主におかしいのはAとBの二人なのだ。いや、Kも十分変っぽいか……。まさか、まともなのは僕だけなのか?

 ……いや、そんなはずは。




-2-




 そして、それから一週間の月日が流れ、いつもの会議室である。

 全体集会後の幹部会……同志ABCの三者会談だ。幹部といっても、ただ創設メンバーというだけなのだが、何故かこの会が続いている。


「まったく、半裸の連中がウロウロしている場所で、何故俺だけが捕まらなければいかんのだ。一番露出度が低かったというのに」


 同志Bがまだ文句を言っているが、そういう問題ではない。そりゃ、露出度は極限までに低かったのだろうが。


「今後は各状況に対応したコスチュームの開発を急がねばならんな。早速今回の反省を踏まえ、デザインを考えるとしよう」

「流石だな、同志A。覆面を外すわけにいかないから、とりあえず首から下を水着にするか」

「そうだな、この前作ったロゴを入れよう。そうすればYMKだと分かるだろう。……トランクスタイプがいいだろうか。ここは冒険してブーメランか?」


 同志Aの対応も色々おかしい。覆面してる時点でYMKだって分かるだろうに。あとは、普通の格好していればいいだけだと思うぞ。

 ……いや駄目だ。覆面だけで十分不審者だ。一瞬でもそれでOKだと思ってしまった僕は相当毒されている。


「まあ、同志Bが逮捕された事はどうでもいい」

「逮捕はされていない。補導されただけだ」

「それでも同志Kがいなければ悪評ポイントが付いていたからな。< マッスル・ブラザーズ >の連中と同じ扱いは嫌だろう」

「むう……あいつらと同じか……それは勘弁して欲しい」


 あいつら街追い出される寸前だからな。ライバルクランの< マッスル・ランサー >や< モヒカンヘッド >、< アフロ・ダンサーズ >は少しマシだが、< マッスル・ブラザーズ >の悪評は群を抜いている。あそこはクランマスター含め、所属メンバーのほとんどが高ポイント保持者だ。筋肉が美しければすべてが許されると思っているおかしな連中である。この前も喫茶店乗っ取って筋肉カフェにして厳重注意を受けていたのに、こりない連中だ。

 同志Bもそりゃ一緒にされたくないだろう。YMKはもっと健全だからな。


「それで、海水浴はどんな感じだったのだ?」

「ユキたんの格好が健全過ぎて新鮮味はないが、可愛かったのでいいと思う」


 シンプルな感想だが、いつもと違う格好というだけで新鮮なのだ。それでいいからあとで動画をもらおう。

 絶対似合うと思うから、学校の制服とか着てくれないだろうか。……アンケート出そうかな。


「ポロリ的なハプニングとかはなかったのか?」

「ポロリしようがない格好だったからな。海に入ってすらいない。あまり正確に聞き取れなかったが、どうも泳げないらしい」

「カナヅチなのか。……萌えポイントだな」


 ユキたん、何しに行ったんだろうか。


「ビーチバレーしたり、ラーメン食ったりと普段見れない姿が見れて眼福だった。三杯はいけるな」


 確かに、そういう日常的な姿は見る機会がないな。同志Bめ、羨ましい。


「動画は例のサーバに上がっているのか?」

「いや、まだ同志Kの手元だ。返却には時間がかかるらしい。同志Aを経由して返してくれると言っていたのだが」

「聞いてないな」


 本人は知らないのか。もう一週間経ってるのに。


「むう……、あいつ、独り占めする気じゃあるまいな」

「まさか、警察官ですよ」


 迷宮都市の法の番人である。その人が横領なんて。


「同志Cよ、あいつもYMKなのだ」


 良く分からないがすごい説得力だ。やりそうな気がしてきた。


「まあいい、同志Kには直接問いただすとしよう」


 直接問い詰めれば逃れられないか。


「そういえば、遠巻きにデカい奴が挨拶してきたのだが、奴は我々の事を知っているのか?」

「知らんわけなかろう」


 YMKは掲示板もオープンだからな。ユキたんが気付いていないのは、自分関連の情報を積極的に調べないからだと聞いた。というか、YMK自体は結構有名である。いつユキたんが気付いてもおかしくない。


「あいつは我々に協力はしないが、邪魔もしないというスタンスだ。実は時々情報ももらっている」

「むう……なんと扱いの難しい奴だ」

「というか、奴がユキたんに一言囁くだけで我々はお終いだと考えるとまだマシだ。ある意味理想的な関係ともいえる。……デカいのだと分かり辛いから、奴の事はこれからコードネーム・ロープの名で呼ぶ事にしよう」

「ロープか……」

「分かりました」


 いなくなってくれるのが一番有難いんだが、最悪の関係ではないって事か。アレを敵に回してもメリットが何もないからな。怖いし。


「しかし、そのロープも言っていたが、そろそろユキたんへの隠蔽も限界だ。いよいよ地下に潜る必要があるかもしれんな」


 同志Aはアレで隠蔽してるつもりだったのか。


「地下に潜るといっても、どうするんだ。同志Aよ。アジトの当てはあるのか」


 何も悪い事してないのに、対応は悪の組織である。


「会館ではなく専用の部屋を借りるのでもいいが、候補がな……。私の持っている物件の中でもあまり隠れ家的な場所はないし」


 そんなにいくつも家持ってるのかよ。同志Aは随分と金持ちみたいだな。


「それっぽくないところのほうがいいんじゃないか?」

「そうだな……そういう意味なら一ついいところがあるな。引退した牛が管理人をしている古い牧場がある。あそこなら牛に話を通せばいいから楽だし見つからないだろう」

「なるほど、盲点だ。ユキたんも、まさか牧場が秘密結社のアジトとは思うまい」


 そんな牧場があるのか。なんで廃棄しないのかな。


「牧場って牛臭くないですかね」

「まあ、それは仕方あるまい。奴らも綺麗にはしているが、どうしても獣臭さは出てしまうからな」


 綺麗好きなのは知っているが、やっぱり人間や亜人とは違う体臭がある。


「……ああ、それともいっそクランを立ち上げるか」


 お茶吹き出しそうになった。


「ちょ、ちょっと待って下さい、同志A!」

「なんだ、同志Cよ。設立条件ならクリアしているぞ」


 つまり、同志AはCランク以上という事か? サージェスより弱いって言ってたのに、そんな高ランクなのか?

 メンバーは……いくらでもいるな。これだけいればGPも足りそうだ。……なんとかなってしまいそうなのが怖い。


「でも、それじゃ全然地下に潜ってないじゃないですかっ!」

「そこは隠れ蓑としてだな。YMKが『ユキたんを愛でる会の略称』などと気付く奴もいまい」

「いや、それはそうですが……」


 あまりの急展開に頭がどうにかなりそうだ。YMKのままクラン名登録するつもりなのかよ。


「クランチャットならパーティチャットと違って大した制限もない。集会もクランハウスを使えばいいだろう」

「同志Aが問題ないならいいんですが。……あれ、ひょっとして僕も頭数に入ってますか?」

「何を言っているんだ。この場にいるのだから幹部だろう。俺たちはEランクになってるのだから所属するのにも問題はない」


 色々待って欲しい。同志Bの言い分もだが、何故同志Aも否定しないんだ。

 確かに僕も同志BもEランクにはなってるが、そこで足踏みしている状態なのだ。大規模なクランには門前払い喰らうような成績だから、所属する事に否はないけど、幹部となれば話は違う。Eランクが幹部のクランとか聞いた事がない。……というかその理屈だと、まさか同志Bがサブマスターなのか?


「とはいえ、設立には色々手続きもあるからな。もう少しこの会議室を使う事になるだろう。もしすぐにバレたら……牧場だな」


 ……何故、同志BはYMKでクラン作る話を聞かされて平然としているんだろうか。理解できていないのかもしれない。……馬鹿だからな。

 どうしよう……この流れを止められそうにない。……現実逃避したい。




-3-




「クランといえば、ユキたんたちがクランを作るらしいが、同志Aは何か情報を掴んでいるか?」


 クランか……あの成績で大規模クランから声かかってないはずはないと思ったけど、自分たちで立ち上げるつもりなら納得である。

 でも、さすがに気が早いだろう。いくら最速ホルダーとはいえ、Cランクまでの道のりは遠い。


「ああ、前例のない話だが、すでにクランハウスまで持っているらしい。最近ユキたんが引越したのはそこだな」


 え、もうクランハウスまであるの? ああ、だから最近寮で姿を見なかったのか。……って、あれ?


「まさか、あのデカイの……ロープはユキたんと同じクランハウスに住んでいるという事ですかっ?」


 そういえば、あいつが引越し屋のパンダと話しているのを見た気がするぞ。同じ場所に引越したって事かっ!?


「何っ! なんて羨ま……けしからん」

「ムカつくのは同感だが、同じ部屋というわけでもないなら寮と変わらんだろう」

「しかし、寮ですれ違う事がなくなるではないか」

「それはそうだが、私は元々寮に住んでないからな」


 ……なんて事だ。ランクもそうだが、ユキたんとの距離はどんどん広がるばかりだ。


「そ、そのユキたんたちが作るクランに入るのはどうでしょうか」

「同志Cよ、現実を見ろ。俺たちが奴らの要求するスペックに届くとは思えん」

「そうかもしれないが、はっきりと言うな同志B」


 もうちょっと言葉を濁すとかして欲しい。確かに僕らはユキたんやロープに比べたら劣る存在だろうが、厳しいトライアルを超えて、Eランクまで来たんだ。一般的な冒険者の水準ではあるし、一流になるのだって諦めていない。

 年齢制限のない冒険者なら頑張ればいつか一流になれるはずだって、同志Bも言っていたじゃないか。忘れてるかもしれないけど。


「まあ、同志Bの言う事ももっともだ」

「同志Aまで……じゃあ、僕らは冒険者としてユキたんたちの箸にも棒にもかからない存在って事ですか?」


 新興のクランに入る事もできないっていうのか。


「別に同志Cを貶しているつもりはない。あそこはちょっとおかしいのだ」


 おかしいのは知ってる。サージェスだけじゃなく、変な噂の多い連中だらけだ。……ユキたん含めて。

 人格だけじゃない。成績も新記録、新記録の連続だ。要求ラインが高いのも分かるさ。だが、それではいそうですかと引き下がるのは違うだろう。


「この前、伝手を使ってユキたんたちの昇格試験の動画を見せてもらったのだ」

「一部以外非公開になったアレですか?」


 あまりに早い昇格に、噂が絶えない試験だ。試験が提示されるのを待っている冒険者からすれば、妬みの対象にもなる。

 イベントボスの情報が公表された時点で文句を言う奴がかなり減ったのだが、動画が非公開になったために今も悪い評判は完全に沈静化しないままだ。ギルドと不正な取引があったとは思えないが、納得できる材料が欲しい冒険者も多いのだろう。

 どういう伝手で動画を見たのかは分からないが、同志Aの謎権力については今更なのでそれはいい。


「それは俺も見たい」

「僕も見たいですね。ユキたんだけが目的じゃなく、純粋に冒険者としても」

「止めておけ。ちょっとYMKには刺激が強い。……俺も見なきゃ良かったと思っている」


 どんな映像ならそんな事になるんだよ。


「ユキたんが消化液で半分溶けるシーンとか、トラウマものだったぞ」

「やっぱりノーサンキューで」


 同志Bの変わり身が早い。

 でも、そんな状態になってるのか。……過酷な内容だって予想してた奴は多かったけど、当ってたって事か。ユキたんが溶けるシーンとか確かに進んで見たいと思えない。


「そんなにひどい試験だったんですか?」

「全部見れたわけではないが、見せてもらえた部分だけでもキツイな。中級でも下位ランカーならほとんど脱落するだろう。気になるのはサージェスの動画がほとんどない事だが、……あの分だとサージェス以外の非公開部分はひどい事になってそうだ」


 あいつは、違う意味でひどい事になってそうだ。


「あそこまで行くと、一種の拷問だな。ゼロ・ブレイクの特殊ルールだから、余計にタチが悪い」

「同志Aでも攻略できませんか?」

「絶対に無理だ。というか、ぶっちゃけ私は弱いしな」


 ますます同志Aの正体が気になってしょうがない。


「あまりにひどい内容だったから、つい一緒に頑張ってたムッツリを応援してしまっていた。……アレ見て俺も俺もって言う奴はいないだろうな。普通に昇格試験発行されるのを待つほうが万倍楽だ」

「非公開になったのはそういうショッキングな映像だらけだからなんでしょうか」

「どちらかというと、中級昇格目指してる奴が萎縮するのを避けるためだな。ないとは思うが、アレを基準に考えるとちょっとマズい。いろんな意味で特殊な試験だったんだろう」


 どうやら想像を絶する難易度だったらしい。それを突破するという事は、中級でも下位に留まる事はなさそうだ。あっという間に遠い存在になっていくな。


「動画は見せてもらえなかったが、ボス戦までは全員残ってるんだ。どいつもこいつもスペックが高過ぎる。同志Bの言葉ではないが、あそこはそういう連中が集まるクランになるんだろう。まともな奴が入れる隙間はないと思うぞ」

「くっ……分かりました」


 確かに僕はどこまでいっても普通の冒険者だ。

 くそ、ユキたんがどうのこうのというよりも、冒険者として悔しい。同志Bは悔しくないのか。


「くそ、なんてザマだ」

「……同志B」


 同志Bの顔は覆面で隠されて見えないが、この声色は本気で悔しがっているように見える。

 やっぱり、こいつもただの馬鹿じゃなかったのか。冒険者として悔しいと思ってるんだな。パーティメンバーとして、ちょっと安心した。


「何故、俺にはリョナ属性がないんだ」

「もう同志Bは死ねばいいと思う」




-4-




「おいこら同志B」

「なんだ同志Cよ」

「このアンケートの『ユキたんに踏まれる会』って、登録したのお前だろ」

「……知らんな。覚えがない」

「そんなわけあるか。こんなのお前以外誰が登録するんだ。いいか、これはユキたん自身の目にも止まるんだぞ」


 ファン倶楽部のアンケートは投票される側にも閲覧権がある。どんなものを要求されるか分かってしまうのだ。つまり、踏まれたい願望を持ってる奴がファンの中にいると思われてしまう。

 いるのは構わんが、そういうものは本人の目に止まらないところで抱く願望だろう。本人に言う事じゃない。ユキたんはSMの女王様じゃないんだ。そういうのは風俗店でやってくれ。


「いや、だから俺ではないのだが」

「じゃあ、誰だっていうんだ」

「知らんが……同志Gでも同志Oでもそういう趣味の奴はいるだろ」


 残念ながら、誰が誰だか分からないのだ。ここにいるABと、かろうじてK以外、区別がつかない。パーソナルデータすら非公開だし。というか、Aの事だって分かってるとは言い難い。謎が多過ぎる。


「すまん、同志B、同志C。そのアンケートを作ったのは俺だ……」


 お前かよ、同志A。


「同志A……あなたともあろう方が何故こんな危険なイベント希望を……」

「つい……」


 ついって……。


「ユキたんの目に止まる事の危険性は分からないはずないでしょう。まだ見てないかもしれませんから、取り下げましょうよ」

「しかし……」


 そんなに踏まれたいのかよ。代わりに僕が踏んでやろうか。それともサージェス連れて来て《 ドラゴン・スタンプ 》してもらおうか。


「俺も踏まれたい願望はないな」

「では何か、お前らはそういうイベントが開催されても行かないというのだな」

「…………行かない……です」


 く、なんて危険な誘惑なんだ。僕にはそんな趣味はないはずなのに、想像したら思わず大きくなってしまいそうだった。

 違う。そんな性癖は断じて持っていない。僕はノーマルだ。ノーマルのはずだ。


「まあ、願望はないが俺は投票したので、実現したら当然の如く行くぞ」

「同志B……」


 お前って奴は……なんでもいいのかよ。


「ほら見ろ同志C。やはりこれは極当たり前の欲求なのだ」

「いや、違うと思いますが」

「少なくとも、この場では多数派だ。民主主義という奴だな」


 教科書に載っていたが、そんな体制を取っている国はどこにもないらしいじゃないか。迷宮都市の区画長選挙くらいしか採用してないし、それだって形だけだ。


「いや、認めません。同志Aと同志Bがおかしいだけです」

「お前、俺はともかく同志Aに対しても遠慮がなくなってきたな」


 だって、この人謎過ぎるし。取り繕うのは馬鹿らしくなってきた。


「では、YMKのメンバーに内部アンケートを取ってみよう」

「え、ええ、いいですよ。僕が正しい事が分かるでしょう」


 そこはかとなく不安があるのだが、いくらYMKとはいえ、それが多数派という事はないだろう。

 ……大丈夫だよな。



 後日、全体会合でアンケートが取られた。結果は二十九票対八票、無効票一で『踏まれたい』の圧倒的勝利だった。

 ちなみに無効票の一票は『蹴られたい』である。


 ……もうこの組織は駄目かもしれない。




-5-




「ユキたんがメイド喫茶でバイトを始めたらしい」

「なん……だと」


 馬鹿な。なんだその展開は。誰も想像してないぞ。

 アレか? 来店時に『お帰りなさいませご主人様』とか言ってもらえたりするのか? 特別料金を払えば、オムライスにメッセージを書いてもらえたり、あーんとかしてもらえるのか? それは一体どんな天国だというのだ。

 いや違う、この話の肝はそこじゃない。メイド服だ。ユキたんがメイド服、いやむしろメイド服がユキたんなのだ。何を隠そう僕はメイド萌えだ。この情報はこれまでで最大級の大型爆弾である。


「ふ、なんだ知らなかったのか同志Cよ。お前のメイド萌えも大した事がないな」

「お、お前は知っていたのか、同志B」


 だったら何故教えない。知っていたら毎日でも行ったのに。そして何故、僕がメイド萌えだという事を知っている。話した事はないはずだ。


「ユキたんがバイトしている事は知ってはいたのだが、まだ一度も対面していないからな。自慢しようと思って内緒にしておいた」

「お前って奴は……」


 くそ、なんて友達甲斐のない奴だ。警察まで引取りに行ってやったというのに。今度逮捕されたら見捨てるぞ。メイドの恨みを舐めるなよ。


「まあ、同志Bが会えないのも仕方ない。どうもかなりシビアなスケジュールで、決まった時期にシフトに入っていない事が分かった」

「え、そうなのか」

「定期的なバイトではないって事でしょうか」


 中級冒険者になったのなら収入も安定するだろうし、金銭目的じゃないか。

 くそ、という事は際どいサービスはないメイド喫茶か。いや、それでもいい。むしろそれがいいんだ。僕はスカートは長い方が良い派だ。……でも、短いなら短いのでもいいよ。


「どうもそのようだな。私も一度しか見かけていない」

「何っ、同志Aはメイド姿のユキたんと会ったというのかっ!?」

「ふわはははっ、喫茶店に張り込む事数週間、とうとう一度だけ対面したわっ!!」


 一体どれだけ暇人なんだ。同志A。


「く……くそ~~!! 情報を、情報をくれ、同志Aよ。次のシフトはいつなんだっ!?」

「その情報はむしろ私が欲しい。だが次に機会があれば、接客中にメールくらいはしてやろう」


 それだと間に合わないよね。嫌がらせに近いよ。


「そ、それで、どんなオプションサービスがあったんですか? あ、あーんとかしてもらえるんですかね?」

「むう……どうやら、メイドさんによって選べるサービスが違うらしいのだ。みるくぷりんでも働いてるエリザちゃんは、結構際どいサービスも内緒でしてくれたのだが」


 あんたは何をやっているんだ。


「オムライスにメッセージは書いてもらったぞ。これが写真だ」

「ほう……」


 それでもちょっと羨ましい。

 見せてもらった写真には『同志Aさん』にハートマークが書かれている。……ここでも同志Aなのか。もう実は本名が同志Aなんじゃないだろうか。


「そしてこれが記念撮影してもらった写真だ。ツーショットだぞ」

「おお……」


 突然見せられた写真のユキたんは、意識が飛びそうになるくらい可愛いかった。

 これまでの展開だと、こんな成果は出ずに終わるパターンが多かったから不意打ちだった。兎耳は卑怯だ。反則だよ。

 ……でも、予想通り同志AはYMKの格好のままだ。ユキたん引き攣ってるがな。


「同志Aガチガチですね。やっぱり緊張したんですか?」

「う、うむ。こっそり肩に手を回そうとしたのだが、腕が攣ってしまった。……っておいこら同志Bっ! 写真をしまうなっ!」

「ちっ!」


 陶酔していた同志Aの隙をついて、同志Bが写真を懐に仕舞おうとしていた。あいかわらず手癖の悪い奴である。


「まったく、とんでもない奴だ。油断も隙もない。これオリジナルだから一枚しかないんだぞ」

「データじゃないんですか?」


 ステータスカードの機能だけじゃなく、市販のカメラならデジタルデータで出力できるはずだ。そういうフィルムのカメラもあると聞くが、それにしたって一枚って事はないだろう。


「……喫茶店側で写真を撮って、一枚しかもらえないのだ。……しかも、良く分からないプロテクトがかかってて、コピーもスキャンもできない」


 なんて悪どい商売なんだ。確実に罠に嵌められている気がする。

 でも欲しい……くそ、分かっていても嵌ってしまいそうだ。


「な、何回か頼めばいいんじゃないですかね?」

「一回の来店で一度しか頼めない制限なのだ。くそ、あの喫茶店足元見やがって……ユキたんだけすごく高いし。一度店出たら並ばないといけないし」


 同志Aが高いっていうからには、相当高いんだろう。……蟻地獄のようなメイド喫茶だ。性風俗でもないのにスッカラカンにされそうだ。先月はみるくぷりんに三回も行ってしまったから、金ないんだよな。同志B、金貸してくれないかな。


「この値段なら、カードを買う金を切り詰めれぱいけるか……いやしかし、《 ユキ20% 》だと《 クリア・ハンド 》三枚必要だしな……」


 同志Bは同志Aが出した参考価格表を見て唸っていた。ダメだ。こいつ僕より金持ってなさそうだ。


「む、同志Jからメールが来たぞ。メイド喫茶のシフト情報かもしれん」

「同志Jはこの事を知っているのか。我々にも教えてくれなかったのに」


 この場にいる僕たちは幹部だと言っていたのに、同志Jだけ情報共有しているのか。


「誤解だ、同志Bよ。この情報は元々同志Jから齎されたものなのだ。奴は探偵だからな」


 冒険者じゃないのかよ。……警察官もいるし今更か。

 知らないだけで、YMKにはいろんな職業の奴がいそうだ。改めて、あの集会に集まっている覆面の下が気になってくる。


「それで、その情報は僕らにも教えてもらえるんですか?」

「そ、そうだ。足なら舐めるぞ」

「お前に舐めてもらっても嬉しくない。普通に公開してやろう……む、ロープからもメールが来てるな。初めてじゃないか」

「ロープ……ああ、デカイのか」


 メール来てるって事は、あいつ同志Aのアドレスを知ってるのか?

 いや、冒険者の登録情報かもしれない。IDさえ分かればメール送信くらいは可能だ。


「な……に」


 メールを確認した同志Aが固まった。まさか、今シフトに入っているとかそういう事なのか? だったら急がないと。


「まずい、ユキたんにYMKの情報がバレたらしい」

「なんだとっ!」


 もっとマズい情報だった。

 とうとうこの時が来てしまったか……。だからもうちょっと隠せって言ったのに。掲示板でもいつもsageろって言ってるのにageる奴がいるからな。


「ならば、そろそろ地下に潜らないといけないな、同志Aよ」


 本当にクラン作るつもりなんだろうか。

 いや、そんなに早く創設できるわけないから、しばらくは仮の会議室か。……となると、牧場か……牛と上手くやっていけるだろうか。


「いや、それどころではない。会館のこの場所がバレて、今正に向かっているとの情報だ。ロープが急いで知らせてくれたらしい」


 なんというファインプレーだ。見直したぞデカ……ロープ。


「最悪ではないか」

「ど、どうするんですか、同志A。ここ、一番奥の部屋だから逃げ場がないですよ」


 階段に向かうには一本道の廊下しかない。鍵がなければ途中の部屋にも入れないし……強行突破するしかないのか。

 ユキたん相手に? ……無理じゃないか? ユキたん超素早いよ。ならば、諦めて決死のボディタッチを狙うという手もあるが……。しかし、それはほとんど自爆技だ。

 ……同志Bを囮に……そうだ、ボディタッチを狙わせれば馬鹿なこいつなら騙されるはず。


「いや、こんな事もあろうかと、抜け道を用意しておいた。ギルド職員用のスタッフルームに続く通路だ」


 アレか……外の出口とは別にある開かずの扉。なんだろうと思っていたが、あれ職員用通路だったのか。


「流石同志Aだ。抜け目がない」


 と、僕たちが慌てて逃げる準備をしていると、ドアがノックされた。もう来たのか。本当にギリギリだったんじゃないか。

 ロープのファインプレーがなかったら完全にアウトだった。


「まずい、急げ同志B、同志C」

「同志A! 写真忘れてますっ!」

「何っ! 助かったぞ同志Cよ。これ一枚しかないからな」


 そういう問題じゃなく、それ見つかるとバレるだろ。




 そんな感じでグダグダのまま僕らは職員用通路から離脱した。

 ……ユキたんがドアにタックル始めた時にはもう駄目かと思った。会館のドア頑丈だから大丈夫なんだろうけど、アレは焦る。

 逃げた先では職員に平謝りする事になったが、僕たちは無事逃げる事はできたのだった。




-6-




< 秘密結社YMK 専用チャットルーム >


[ 同志A さんが入室しました ]

[ 同志B さんが入室しました ]

[ 同志C さんが入室しました ]


 同志A:というわけで、少しの間はこのチャットで集会を行う

 同志B:牧場の方はどうだったんだ?

 同志A:OKはもらえたが、引退した牛の老人ホーム状態で頻繁には使えないらしい。このチャットと併用でいこう

 同志C:これ、冒険者登録名出ないんですね

 同志A:冒険者のパーティチャットではないからな。わざわざ専用のサーバまで用意した。レンタルだからセキュリティは万全とはいえないが、しばらくは大丈夫だろう

 同志B:ところで、同志Jのメールはなんだったんだ? やはりシフトの情報か?

 同志C:お前はこんな時でもブレないな

 同志A:いや、同志Jのメールも同じ物だった。ロープと違って常に一緒にいるわけでもないのに大した奴だ

 同志C:一体どんな経路で情報を入手しているか気になるんですが

 同志A:奴も仕事のタネは明かさんだろう


[ 同志J さんが入室しました ]


 同志J:そいつは企業秘密だな

 同志C:同志J!? (゜д゜)!

 同志A:ああ、YMKのメンバーにはここのアドレスは伝えてある。メンバーなら入れるぞ

 同志C:そ、そうなんですか。でもこれ誰が誰だか分り易くていいですね

 同志B:まさか、ロープにもここのアドレスを教えてるのか?

 同志J:ロープ? その言い方だと同志じゃないな。誰だ?

 同志B:デカいのだ

 同志A:あいつはあくまでただの外部協力者だからな。私のメールが主な連絡手段になるだろう

 同志J:デカいロープ……


[ 同志K さんが入室しました ]


 同志K:おはー

 同志A:おお同志K。いきなりで悪いが、同志Bが体を張って入手したユキたんの海水浴動画について……


[ 同志K さんが退室しました ]


 同志A:なっ……逃げた。……奴め、やはり独り占めするつもりだな

 同志C:き、きっと何か急な用事ができたんですよ。警察の人なんですから横領なんてしないですって

 同志B:俺もまだ見てないんだけど

 同志J:海水浴に行ったのは知っているが、動画があるのか?

 同志A:同志Bが逮捕されるのも厭わずに入手した動画だ

 同志J:ヒュー、こいつは御機嫌だぜ。自己犠牲の精神だね

 同志B:いや、逮捕はされてないから。ここにいるじゃん

 同志C:何かマズい映像でも映ってたりしたんですかね

 同志J:犯罪の臭いがするな。同志Kを吊るそうぜ

 同志A:案外ポロリ映像かもしれん

 同志B:ユキたん、ポロリる格好じゃなかったんだが

 同志A:サージェスの

 同志J:茶噴いたwww

 同志C:それはマズい映像ですけど、逃げる理由にはならないでしょう

 同志A:仕方ない。直接乗り込んでいくか

 同志C:リアルの顔は把握してるんですか?

 同志A:知らんが、YMKのコスで同志Kを出せと言えば出てくるだろう

 同志C:捕まるんじゃ……。

 同志B:ところで同志Jは探偵なんだよな? 何か新情報とかないのか?

 同志J:仕事に関わるような重要な情報は明かせないが、中級昇格式典の写真なら

 同志A:言い値で買おう

 同志J:まいど。あとはアレだな、学校の講師に行った時に制服着てたらしいんだが、情報だけで映像データがない

 同志C:学校って……冒険者学校ですよね。……あの女子制服か

 同志B:な、なんとかならないか。同級生プレイの妄想をしたいんだ

 同志J:教員のYMKメンバーにも当たったんだが、その時の映像はないらしい。肉眼では見たらしいから、脳を抉りだすしかないな

 同志C:脳抉り出しても映像は手に入らないでしょう

 同志A:そういえば、あそこにそういう研究をしている奴がいたな

 同志J:ヒュー、流石同志Aは情報通だな。まあ、犯罪なんだけどな


[ 同志O さんが入室しました]


 同志O:どうも、踏まれに来ました

 同志A:ここには同志しかいないぞ


[ 同志O さんが退室しました]


 同志C:帰りやがった……。




 そんなこんなで、秘密結社YMKの活動は続いていく。

 僕たちの明日はどっちだ。




 ……割と真剣に、どこへ向かっているのか知りたい。




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