第8話「オークメン」
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< アーク・セイバー >第四部隊長ダダカ。
巨大な体躯と怪力を利用した戦闘、特に《 瞬装 》を主軸に据えた臨機応変な戦術を得意とする< 重装戦士 >。
メインのクラスは< 重装戦士 >ツリーの< ウエポンマスター >。二つ名も< ウエポンマスター >であり、如何にそのクラスに精通し、代名詞として扱われているかが分かるだろう。
巨人族のハーフであり、身長は二メートル半以上。更に横にもデカイ。相撲だったら勝負にもならない。
前回< アーク・セイバー >のクランハウスに来た際は剣刃さんやリハリトさんに相手をしてもらったが、この人が俺の戦闘スタイルに一番近い。
あの時は留守にしていたため会えなかったが、剣刃さんから話が通っていたらしく、今日はこうして相手をしてもらっているというわけだ。
「ふむ……」
何度か武器を変えての打ち合いを行い、どんなものかと評価中なのだが、ダダカさんは俺の戦いぶりを見て唸るばかりだ。
「お前さんは変わってるな」
それは良く言われます。
「ワシも相当変な戦い方と思っていたが、お前さんのそれは更に変だ」
それというのは、俺が[ 鉄球の間 ]で習得した戦闘方法の事だ。
基本は無手のまま、攻撃を繰り出す瞬間に《 瞬装 》で武器を展開する。あの時は切羽詰まっていて機動性を落とすわけにいかなかったから使ったのだが、通常ならこんな真似はしない。
攻撃はもちろん、スキル発動の難易度も跳ね上がるし、MPも無駄に消費してしまう。だが、何故か俺はこの戦い方がしっくりきていた。
「こんな感じか?」
――Action Skill《 瞬装:タイラントアックス 》-《 ストライク・アックス 》――
瞬時に巨大な斧が展開され、振り下ろされる。
ダダカさんは無手の状態から斧を展開し、見事スキルを発動してみせた。ただの基本的な斧技だが、やった事がないのに一発で成功させるあたりさすがである。
「非戦闘時ならともかく、戦闘中にこれをやるのはキツイな。その上ここからの連携は難易度が跳ね上がる」
「そうですね」
確かにそうだ。俺が身を以って実感している。
展開済の武器を使ったスキルを起点とするより、これを起点にしたスキル連携の方が難しい。途中で武器を変えれば、ただでさえ高い連携の難易度が天文学的に上昇するだろう。
「だが、悪くない。手段の一つとしてはアリだな。機動力が落ちないのはもちろん、奇襲には最適だ。ワシにはあまり関係ないが、重量武器の扱いにも向いてるな」
意外と高評価らしい。
「他にやってる人とかいないんですかね?」
「聞いた事がない。ワシも今初めてやったわけだしな」
なんと、俺が初だったのか。
「ダダカさんも、《 瞬装 》で武器を切り替えてのスキル連携はやるんですよね?」
剣刃さんが似ていると言っていた彼の戦闘スタイルは、正しく俺の完全上位版だ。訓練とはいえ、簡単に武器を切り替えて十以上の連携を繰り出して見せた。
また、俺のように武器に偏りがない。片手、両手、長柄、刀刃、殴打、格闘、弓などの射撃武器にすら満遍なく精通し、巨人しか使えないような超重量武器まで使ってくる。二つ名の通り、正しく< ウエポン・マスター >である。
「武器を変えてのスキル連携は、多分ワシが第一人者だ。というか、迷宮都市全体でもできる奴は数えるほどしかおらんよ」
《 瞬装 》はユキの《 クリア・ハンド 》のようにユニークスキルというわけではないが、習得者は少ない。
武器を切替えてのスキル連携は下位スキルの《 ウエポン・チェンジ 》でもできるらしいが、可能というだけで実際にできる人は少ないらしい。
新人戦以降は俺も使えるようになったが、トップクランのマスターの一人が使用しているのに真似をする人が少ないというのは、やはり難易度が高いからなのだろう。あるいはメリット・デメリットを天秤にかけてナシと判断されているのか。
「ダンマスとかはどうなんでしょう」
「さあな。使えるだろうが不要だろう。小細工なしでも無闇矢鱈に強いからな、あの人は」
どうやら、ダンマスの戦い方を知っているらしい。
限られた人から聞く程度しか情報がないが、ダンマスの戦闘力は曖昧で、どんな戦い方をするのかも良く分からない。だが誰に聞いても、"何させても強い"という情報だけは共通している。とにかくなんでもできるらしい。
「昔、ボーナス代わりに戦ってもらった事があるんだが、遊ばれただけだった。武器スキルすら使わなかったからな……強さの底どころか、表面すら見えんよ。……かなり前の話だからワシもかなり強くなったが、あの人はもう遥か彼方に行ってるような気もするな」
「武器は何を使うんですかね?」
「ワシとやった時は剣だったが、『なんでも"それなり"には使える』と言ってたな。ふざけた話だが、どれも才能がないんだと」
なんだそりゃ。
「多分、本当の事なんだろう。少なくとも本人はそう思っとる。思うに、地力ではなくスキルや能力値が極限までブーストされてるんだろうな。《 剣術 》のLv10オーバーを持っていてもおかしくない」
俺が剣の才能がないって言われるのと同じような事だろうか。確かにダンマスのスキル情報はギルドに登録されてないだろうからな。限界値っていわれてるLv10だって現在の登録上の限界に過ぎない。
「まあ、Lv100スキル持ってるとか言われても驚かんよ」
「そりゃまた……」
どんな化け物だよ。実は指先一つで相手が爆散じゃなく、都市が崩壊するレベルなんじゃないだろうな。……異種格闘技戦とか出ちゃ駄目だろう。
「話を戻すが、お前の戦い方は悪くない。正道ではないだろうが、今後も強くなるだろうな」
それは嬉しい評価だ。前回は散々だったから、ようやく認められた気がする。
「さて、面白いものも見せてもらったし、ワシからも一つ教示しよう」
「え、いいんですか?」
「なに、覚えるにはちょっと早いが、誰でも使うような技術だ。基本的に中級以降は必要になってくる。ちょっとその剣でワシの腕を突いて見ろ。軽くでいいぞ」
「……はあ」
訓練場の設定はそのままだし、HPで弾かれるだけじゃないだろうか。……ここで思いっ切り刺したり斬りかかったりしたら張り倒されるよね?
張り倒されるのも嫌なので、特に斬りかかるでもなく、軽く剣を刺してみる。
「はぁ!?」
剣はなんの抵抗もなくダダカさんの腕に突き刺さり、皮膚が裂けた。通常なら感じるはずの、HPの障壁特有の感触をまるで感じなかったぞ。
「こういう感じでHPの障壁は場所ごとに厚みを操作できる。今のは腕の部分だけHPの壁をなくしたわけだな」
トライアルで猫耳が言っていた技術か。……そうか、こんな感じになるのか。この場合は、その分それ以外の部分が厚くなっているという事になるんだろうか。
「これはどういう形でHPが減るんですか? 障壁がない状態なわけですよね?」
「ない部分を攻撃してるわけだから直接的には減らんな。ただ、損傷した肉体を修復するためにHPを使う事になるから、結果的に減りはする」
HPはやっぱり傷の回復にも使われてたのか。見れば、回復魔法を使ってるわけでもないのに、もう跡形もなく傷が治っている。ダダカさんのパッシブスキルの影響もあるかもしれないが。
「逆に、攻撃される箇所に集中して壁を厚くする事もできると?」
「その通り。削れるHPは変わらないが、貫通してくる肉体的なダメージは減らせるというわけだ」
つまり、肉体をカバーするための壁を移動しているだけだ。壁が削れれば全体の総量も減る。分厚かろうが壁自体は攻撃されてるわけだし、HP自体は減少するって事か。ゼロ・ブレイクではそこまで意味はないが、通常のダンジョンアタックのようにHPを消耗品として扱うならアリだろう。
「どれくらい厚く、素早く変化させられるかは個人の技量によるな。基本的に遠い箇所の障壁を移動させるのは時間がかかるが、修練でなんとかなる。中級以上は大抵はやってるんだが、意識的にやってる奴は少ないから多少アドバンテージになるだろう。相手が使ってる事も考慮できれば尚良い」
俺が学校の模擬戦でやったような事と同じだな。同じように動いているにしても、筋肉、骨格の動きを意識しているのと、していないのでは差が生まれる。
「これ、拳に集中させて攻撃力UPとかできないですかね?」
「ただの壁だから攻撃力って意味だと変わらんが、反動で拳に受けるダメージが減るから意味ない事はないな。< 格闘家 >系統のクラスが拳を保護するために無意識にやってたりする」
ボクサーグローブみたいなもんか。
「だとすると、単純に実体をガードする壁の厚みをコントロールするだけの技術って事ですかね?」
「これだけだとそうなる」
「この先があるって事ですか?」
「先というより応用だな。ここら辺は講習でもすぐに出てこない分野なんだが、このHP操作、MPでも同じような事ができる」
言ってる意味は分かるが、理解が追いつかない。
HPが壁で、それを移動させる事で厚くする事は体感として理解している。だが、MPは魔法を使用するために必要なエネルギーって認識で、それを操作する概念は沸かない。《 瞬装 》でもMPは使用するが、消費量は取り出す装備の質量に比例する。これを増やしたからといって何かが変わる事はないだろう。《 アイテム・ボックス 》や《 看破 》もMPを消費するが同じ事だ。
「まあMP使う機会がほとんどないなら分からんだろ。たとえば< 魔装士 >の習得するスキルの中に《 魔装刃 》と《 魔装拳 》というスキルがあるのは知っているか?」
「はい。良く組むメンバーに< 魔装剣士 >がいるので」
「なら話は早い。《 魔装刃 》は刀刃武器が持つ斬撃属性などの強化効果を付与するものだ。切断力や重量もこれに含む」
「あんまり剣が重くなるとかそういうイメージはないんですが」
……心当たりはある。だが、フィロスが使う《 魔装刃 》は切断力が地味に上がる程度のイメージしかない。
「まあ、そういうスキルだと思っておけ。で、このスキルに使用するMPを操作する事で、強化する方向性を変える事ができるわけだな」
「ひたすら重くしたり、とかですか?」
「その通り。逆に軽くする事もできるし、MPを纏う部分を集中させる事でその箇所だけ切断力を強化するなんて事もできる」
ダダカさんも《 魔装刃 》を使えるらしく、実演を踏まえて効果を見せてくれた。なるほど。今度フィロスに教えてやろう。……負けるのは嫌だから決闘後のほうがいいか。
「注意点としては、そのスキル・魔術が元々持つ特性しか操作はできん」
「……なるほど」
魔法については良く分からないが、要するにそのスキルが持っている特性は操作可能というわけか。"腕を強化する"って効果の魔法を操作したところで、足は強化できないって事だな。で、消費するMPを追加して強化効果の増加は見込めると。
……それにしても、セラフィーナのアレは仕組みを理解してMP操作をしているという事なのだろうか。
格闘家がHPを拳に纏うのと同じ無意識の可能性もあるが、奴の相方の存在を考慮に入れると習得している可能性も十分ありえる。
ちょっと話しただけだが、ディルクはシステムのかなり深い部分にまで踏み込んでいるような気がするのだ。
「つまり、MPの消費を細かく操作する事で、スキルが持つ効果の増幅・方向性の変更ができるって事だな」
「さっき言っていた《 魔装拳 》の方はどうなんですか?」
「《 魔装拳 》は、ただ使うだけだと打撃力と重さ、パンチスピードの強化程度しか効果はないが、《 魔装刃 》のように武器に縛られないという特徴がある」
そりゃ拳にMPを纏うわけだから、武器は関係ないよな。ナックルとか、ガウルが使う金属爪なら分かるが。
「このスキルの最大の特徴は形状変化だ。やろうと思えば手が槍にも剣にもなる」
「ああ。リハリトさんが使ってましたね」
前回の訓練の時の事だ。状態異常のオンパレードを喰らってパニックになったから印象が薄いが、そんな事をしていた気がする。
そもそも指だけに纏っている時点で、普通の《 魔装拳 》じゃないんだろう。拳でもなんでもねーし。
「HPでMPの真似事ってできないんですかね。俺、そういう応用できそうなスキルを持ってないんですが」
「ワシは常々HPとMPは根本的に同じものだと思っているから、できそうな気はするんだが……今のところはできん。MPはこういう風に汎用的だが、HPは壁に特化した性質しかない。そういうスキルが存在する可能性はあるが、とりあえず何か覚えたほうが手っ取り早いな」
そうか。……この前の試練のボーナスでスキルオーブもらえるから、それっぽいものを選んでおくか。
「……そうだな、訓練用にHPの濃度が見えるようになるアイテムを貸してやろう。仲間内で使い回すといい」
「いいんですか?」
「あまり市場には出回らないが、価値自体は大した事ない。なんなら値段と相談して買え。無駄にはならん」
そのアイテム……メガネを借りてダダカさんのHP操作を見てみたが、確かに動きがあるのが分かった。
ボディビルダーがやるマッスル・コントロールに似ているな。
-2-
「ところで、晩飯にはちと早いがそろそろ飯に行かんか?」
「そういえばそんな時間ですね」
午後一から始めて、もう夕方近い。どこかの店で食うとしたら、この時間なら空いてるだろう。
「< アーク・セイバー >は自前の食堂ってあるんですか?」
前回はそういった施設を利用していないので、あるなら少し興味がある。
「あるが……今日は麺類な気分だな。ラーメンがいい」
巨大なおっさんがラーメン啜ってるのは違和感があるが、そう言われると俺もそんな気分になってくる。
「食堂にもラーメンはあるが、どうせなら外のほうがいいな……よし、久しぶりにオーク麺にでも行くか」
「オーク麺ですか……」
分かりづらいが、『オーク麺』は店名だ。
俺がこの街に来る半年くらい前に開店したラーメン屋で、店主がオークなのだ。別にオークから作られたチャーシューがのっているとかそういう事ではない。
オークが作るのに、豚骨スープのチャーシューに拘ったこってり系のラーメンが一番人気で、魚介系ラーメンをメインとする道を挟んで向かいの店舗『しーらかんす』と鎬を削り合っている。ちなみにこっちの店主はドワーフだ。魚人ではない。
豚が豚を食わせるあたり、ブリーフさんが焼肉屋の株主である事に似ているな。
ゴブタロウといい、この街のモンスターは自分に似た物を食わせるのが流行っているのだろうか。それともインパクト狙いか。
「普段はあまり選択肢に入れませんが、言われると食いたくなりますね」
「あそこは変な中毒性があるからな」
あの内臓に負担を強いる重さは老人や女子供にはキツイが、男なら好きな奴もいるだろう。
食った直後はもう二度と食わないという気分になるのだが、しばらくするとジャンクな味が恋しくなる。危険な食い物だ。
この味の虜になった常連客は多い。通りかかると店の一角をいつも同じ人が占拠しているのを見る事ができる。彼らはすでに戻れないところまで行ってるのだろう。当然ながら好き嫌いの分かれる味で、駄目な人も多い。俺も何度か行った事があるが、良さを理解してもらえたのはゴーウェンだけだった。ティリアも反応は良かったが、あれは別の要因だろう。
確か前世でもああいう店はあったけど、これは迷宮都市が日本化して自然と発生したものなのか、それともダンマスが持ち込んだものなのか。カードゲームもそうだけど、完全な意味でダンマスが持ち込んだんじゃなくて、元の概念から勝手に変化していった結果のように見えるんだよな。
というわけで、俺たちは男二人で連れ立って『オーク麺』にホイホイ向かう事になったのだった。
「やあ、こんにちは」
「こ、こんにちは……?」
と思っていたら、< アーク・セイバー >のクランハウスを出たところで金髪の男に捕まった。
特徴は近いがフィロスではない。俺の中であいつの上位互換と噂の< 蒼の騎士 >ローランさんだ。こうして対面するのは初めてだが、俺でも顔くらい知ってる。猫耳が鼻血噴くほどの超有名人だし。
「ダダカさんに用事ですか?」
トップクラン同士だから、話す事もあるだろう。
ダダカさんは副官に食事に行く事を伝えに行ったところ、別件で捕まってしまっている。そう長い話でもないそうなので、あと五分もすればゲートから出てくるはずだ。
「いや、用事は君のほうにだね。今日は< アーク・セイバー >に行ってるって聞いたからこっちに来たんだ。このあと、良かったら一緒に夕飯でも行かないか?」
「…………」
なんで俺なんだろう。……まさか俺のケツの穴が狙われてるのだろうか。『行かないか?』が『やらないか?』に聞こえてしまうのは俺の耳が腐っているのかもしれない。
この人、女性ファンが大量にいるが、特定の相手とそういう関係になった事がないというし。掲示板でもそういう噂が囁かれてる。隣にアーシャさんがいるのにまったく手も出さないという事実が信憑性を高めているのだ。
……俺の掲示板のネタを信じて来ちゃったのかな。勘弁して欲しいんだけど。
そんなキラキラした爽やかな笑顔には釣られたりしないぞ。ホイホイついて行ったりしないんだから。
「え、あれ……ひょっとして僕って嫌われてるのかな」
無意識の内に嫌な表情してしまっていたらしい。
「い、いえ、そういうわけではないんですが」
冒険者としての能力はともかく、その手の危険性が提示されるとちょっと……。まさか、トップクランの団長がそんな事はないと思うんだが。
「そいつはお前さんのファンらしいからな。単純に一緒に飯食ってみたいって事だろうよ」
遅れてゲートを抜けてきたダダカさんがそんな事を言いながら現れた。
ファンって……こないだのディルクもそうだが、接触してくるファンの人は大概有名人だな。そして男だけだ。もうちょっとこう……普通でいいから可愛い女の子とか来ないかしら。
「そういう事だね。これまで忙しくて時間を作れなかったけど、一度話してみたいと思っていたんだ」
「そうですか」
訂正がないのは、本当にファンだからなのか? そういう理由があるなら問題ないのか。……いかん、セラフィーナのせいで疑心暗鬼になってる。そういや、前にアーシャさんが紹介するとか言ってたような気もするな。
「でも、俺たちこれから晩飯食いに行くところなんですが」
「予約したレストランは個室だから、ダダカさんも一緒で問題ないよ。知らない仲ってわけでもないし」
以前、アーシャさんと食事した店だろうか。あそこなら半巨人のダダカさんでも入れそうだ。
「いや、ワシたちはこれからラーメンを食いに行くのだ。もうその気分になってしまったからラーメン以外は受け付けん」
「ら、ラーメンですか……それはメニューにないな。隊長はあいかわらずですね」
隊長ってなんだ。あんたらクラン違うじゃないか。
「ちょうどいいから、お前も来い。古巣の仲間同士、久しぶりに同じ麺を啜ろうではないか」
「僕はラーメンはあんまり……。今日は日が悪いみたいだから、またの機会にでも……」
まあ、あんまり食べそうなタイプには見えないよね。食細そうだし、繊細な味付けの料理を好みそうな顔だ。ラーメン屋にいたら、雰囲気の違いにビビるかもしれない。
「まあ待て。こんな完璧なタイミングで狙ったように現れたのだ。せっかくだからお前も一緒に来い。一緒に来なかったら、昔一緒に風俗に行った時の面白ネタをこいつにバラすぞ」
「や、やめて下さいよっ!!」
随分と生々しい会話である。古巣って事は昔は同じクランにいた事があるのだろうか。そこの先輩後輩の関係とか?
まあ、風俗行ってるというなら、ローランさんのホモ疑惑はなくなったと思っていいだろう。
「分かりましたよ。たまには隊長に合わせます。……できれば、あっさり目のところがいいんですが」
「オーク麺だ」
「オーク麺?」
ローランさんはオーク麺の事を知らないのか、助けを求めるように、なんだそれはという目を俺に向けて来た。
一言で説明するのはちょっと難しい。アレを単純にラーメンと言ってしまって良いものか……。
「少なくとも、あっさりサッパリな味付けのメニューはないですね」
「ワシはゴテ盛りを頼むから、お前も同じ物な」
このおっさんアレ食うのかよ。レベル高えな。
「ゴテ盛り……?」
ゴテ盛りというのはオーク麺が出している裏メニューの一つだ。
麺特盛り、肉野菜マシマシ、油もマシマシ、大量にトッピングを載せた物で、人間の食い物という枠にギリギリ収まるかという脅威のラーメンである。常連か、その常連が一緒でないと食えない、知る人ぞ知る一品となっている。器も専用だ。常連でもこれを頼む人は勇者と呼ばれるらしい。
それぞれ単品で頼んだ場合の半額近い値段とお買い得なメニューではあるのだが、どう見ても体に悪い。野菜も多いが、多けりゃいいってものでもないし、何より塩分と油が過剰だ。総カロリーは俺の一日分の摂取分を軽く超過する。冒険者ってだけで摂取カロリーはとんでもなく高いのだが、それをも凌駕する食い物なのだ。
関係ないが、冒険者の中には小食の人もいる。ああいう人たちって良く体を維持できるよな。……ユキとか。
ローランさんは不安そうに俺を見るが、止められそうにない。頑張ってね。……俺は普通の大盛りを食うよ。
オーク麺はダンジョン区画ではなく商業区画の駅前に存在するので、電車での移動となる。わざわざラーメンを食いに行くのに電車に乗るのは馬鹿らしいと思うかもしれないが、そこまでしても食べたい時がある物という事だ。
電車はとても空いていた。……主に俺たちの周りだけ。
ローランさんはその知名度と派手な容姿もあって目立つ。ダダカさんもその巨体の迫力が周りを圧倒する。つまり、俺たちはとても目立っていた。遠巻きに見られているが、誰も近寄って来ない。
「こうして電車に乗るのは久しぶりだね」
「普段はどうしてるんですか?」
「別地区への移動は専らクラン所有の車かタクシーだね。あんまりダンジョン区画から出ないけど」
VIPである。有名人は普段の移動に電車を使わないらしい。アーシャさんと同じか、それ以上稼いでるというのなら公共の乗り物に乗る必要もないのだろう。
「でも、ダンジョン区画って自動車走ってないですよね?」
馬車か竜籠くらいしか見た事がない。自転車も見かけないな。ホームセンターに売ってるはずなのに、乗ってる人を見た事がない。
「ああ、お前さんはまだここに来て日が浅いから知らんのだろうが、専用の地下道があるのだ。事故防止のためにダンジョン区画だけは自動車の走行は禁止されているが、一応走れる道も用意されてるというわけだな」
「転送施設や会館の地下に駐車場があるんだ。ダンジョン区画は駐車場同士を行き来する道しかないから結構不便なんだよね」
町中で見かけない自転車もそこを走ってるのだろうか。それなら、自動車は当分必要なさそうだ。
外から来た人たちの対策として認識阻害もかかってるんだろうが、認識できずにぶつかるとマズいからな。良く分からない内にミンチになる事もありえる。だからわざわざレトロな馬車や竜籠を用意しているわけか。じゃあ中央区画で見た人力車はなんだよって話だが、そういう趣味の人もいるんだろうな。
「僕はあんまり自動車は好きじゃないんだけど、アーシェが好きでクランハウスにわざわざサーキットまで造ったんだよね。定期的に似たような趣味のクラン員とレースしてるよ。興味あるなら話してみるけど」
「いや、いいです」
アレ、本当に設置するクランが存在したのか。完全なる無駄遣いだと思うんだが。
「というか、アーシェ? アーシャさんの事ですよね?」
アーシェリアだからそれでもおかしくないんだろうが、そう呼んでる人は他に聞いた事がない。
「昔初めて会った時にそう呼んで、しばらく訂正されなかったから癖になっててね。僕しかそう呼んでないかも」
迷宮都市で一番有名なコンビだから、そういう特別性があるって事だろうか。
俺もユキさんの事何か特別な呼び方したほうが良いかしら。『中澤さん』とか、誰も真似しないよね。……怒られそうだけど。
「ところで、ダダカさんとローランさんはどんな関係なんですか?」
「ワシが< ウォー・アームズ >にいた頃にこいつが入って来たのだ。独立する時に声もかけたんだが、自分でクラン作るとか言い出してな。今では< 流星騎士団 >の団長様だ」
また< ウォー・アームズ >か。中堅クランのはずなのにやたら名前を聞くよな。
「隊長だって< アーク・セイバー >の団長でしょうに」
「ウチはマスターだけで五人もいるし、権限も特殊だからな。ピンで言うなら、迷宮都市の冒険者ではお前が一番立場が上なんじゃないか?」
「それはどうでしょう。クランとしての格は負けてますしね」
今更だけど、この二人に挟まれてるとかすげえな、俺。どっちもトップクランのマスターじゃないか。
「剣刃さんも< ウォー・アームズ >出身って聞いたんですが、多いですよね」
「そりゃな。今でこそ中堅に収まってるが、最古参のクランだし、人数も多い」
「今だと< アーク・セイバー >に次いで二番目だね」
「ウチも< 流星騎士団 >も、あそこ出身というメンバーは多いな」
そんなデカイクランだったのか。そんなクランが中層を突破できないとなると、人数だけではどうしようもない壁があるんだろうな。で、上を目指す人は独立していくと。
「お前のところもいい加減人増やせ。少数精鋭っていっても限度があるぞ」
「と言っても、やっぱり< アーク・セイバー >みたいに一から育てるのは厳しいですよ。いくら下級で強いからってモノになるとは限りませんし」
「そこはお前、その中から上澄みを掬い取る感じでな……」
「それでも結局面倒はみないといけないですからね。管理体制をかなり強化しないと現実的じゃないわけで、そうすると規模が大きくなって全体を把握できなくなるし、身動きも取り辛くなる。ウチは軽いフットワークもウリですからね」
「……まあ、ウチが全体的に腰が重いのは確かだわな」
話題についていけない。なんでこんな会社経営の討議みたいな話に巻き込まれてるんだろ。……いや、規模はともかく、俺もその内似たような立場にならないといけないわけだし、関係はあるのか。
「ツナ君もクラン作るって聞いたけど、どんなクランにするとか展望はあるのかな」
やっぱり知ってるのか。クランハウスも前例がない話らしいし、上位クランに話が伝わっててもおかしくない。
この人たちだったら、< 鮮血の城 >の動画を見る権利もあるわけだし。
「現時点で具体的なビジョンがあるわけではないですね。まだ固定パーティの延長みたいなもんです」
「ワシもその話は聞いているが、いくらなんでもD-ランクにクラン設立のビジョンとか高望みし過ぎだろ。早過ぎる」
「でも、考えるなら早い内のほうがいいと思うよ。組織を作るわけだから、方向性くらいはね」
そうだな。展望……ビジョン、どんなクランにするか……。
明確な形は浮かばないけど、目標ははっきりしてる。無限回廊の一〇〇層超え、一〇〇〇層超え。まだ見ぬ先へ向かうための組織だ。……必然的に少数精鋭になりそうだから、どっちかというと< 流星騎士団 >寄りなんだろう。でも多分、それよりももっと少ない形になるだろう。そんな気がする。
-3-
さて、そんな真面目な話は置いておいて今日の晩飯処である『オーク麺』へとやって来た。
食事時はここのジャンクな味に心を鷲掴みにされたオーク麺ファンが列を成しているのだが、今日は時間を外しているのでそれほどでもない。列も精々十人程度だ。
そんな中に有名人二人と木っ端中級ランカーが並べば、電車の中と同様に多少ざわつくのは必然。
だが、ここに来た客は経験が違う。どんな客が来ようとも、オーク麺に集中するのがマナーなのだ。話しかけて来る者はいない。店外に設置された席なら話してる客もいるが、店内……特にカウンターの客は必死だ。目の前のオーク麺との格闘に集中している。そう、彼らにとってこれは闘い……いや、聖戦なのだ。
「あれ、奇遇ですね……って、なんでこんなところにいるんですか?」
列の最後方に見覚えのある姿があった。ローブは着ていないが、先日会ったばかりで顔を忘れるはずもない。飛び級少年ことディルクだ。
「お前こそ、なんでこんなところにいるんだ?」
飯食うところなんて、学校にいくらでもあるだろうに。ここまで結構距離あるぞ。
「僕はここのヘビーユーザーですからね。最近は週に一回は来てますよ」
意外な事実である。その小さい体の一体どこにオーク麺が入るというのか。
というかイメージが全然合わない。ここはお前のようなインテリさんの来るところではないはずだ。もっとこう、掃き溜めのような場所のはず……いや、いくらなんでもそれは失礼だな。……ここはたとえるなら蟲毒。ジャンクな食い物を食らい、より冒涜的な味を求めて人が集う場所だ。
「分かっとるじゃないか、天才少年」
「ダダカさんとは大体週一で顔合わせるじゃないですか。ここで」
二人が知り合いなのもびっくりだが、おっさん、さっき久しぶりにとか言ってたような……。三日くらい食わないと久しぶりとか言っちゃう人なのか?
「というか、なんですかそのメンツは。ダダカさんはともかく、ローランさんはここに来る人ではないでしょう?」
「僕は半ば無理矢理に……。臭いですでにめげそうなんだけど」
ニンニク臭がキツイからね。
「お前、二人とも知り合いなのか? どっちも大物なのに」
「ええ、以前どちらも直接勧誘受けてますからね」
< アーク・セイバー >と< 流星騎士団 >のどっちも断ったって事か。
言ってみれば俺もそうだが、拒否したわけでもないんだよな。新人戦でアーシャさんに啖呵切ってしまったのが原因だ。
「気が変わったらいつでも< アーク・セイバー >は待ってるぞ」
「変わりませんよ。僕は渡辺さんの所に入るので」
「なぬ、もう引っ掛けたのか」
こいつの場合は、向こうから来た上に引っ掛けたわけでもない。
「まだ決まったわけじゃないだろ」
「それはそうですが、意思はこちらに向いてるので」
結構意思は固そうだ。別にお前はいいんだが、相方さんがな……。ソファで寝てたらナイフでズブリとか洒落にならないぞ。
「……話す事は多そうですね。どうせですから今日は外の席にしましょうか。ダダカさんもいるし」
そりゃダダカさんは店入れる大きさじゃないけどさ。……この四人でテーブル囲んでラーメン食うの? どんな組み合わせだよ。
そして、オーク麺とご対面である。
俺は大盛りで、ダダカさんとローランさんはゴテ盛り、ディルクはヘビーユーザと言っていたが、体型に合わせて普通盛りだ。
「なんだこのラーメン……。いや、これはラーメンなのか……」
「自己紹介といっても、ここにいる人たちはみんな知り合いなんですよね」
出てきたオーク麺ゴテ盛りにローランさんが絶句している横で、ディルクが平然と会話を始めた。
裏メニューのゴテ盛りの姿は圧巻で俺も驚愕しているのだが、残りの二人にはこれは日常風景らしい。
「天才少年よ、オーク麺はただ無心で啜るものだぞ」
「中ならそうですが、ここは外の席ですから別に構わないでしょう」
「ワシはいつもここなんだが……。一度カウンターで食ってみたいものだ」
あんたはでか過ぎて物理的に無理だからな。
「それで、さっきも聞きましたが、なんなんですかこのメンツは」
実際、普段はほとんど接点がなさそうな四人組だ。
「良く分からないが、偶然の産物じゃねーか?」
「ワシが連れて来たというのが一番近いな」
「ごめん、一口目でもうキツイんだけど」
ローランさんだけはそれどころじゃないらしい。
俺もゴテ盛りはちょっとキツイかな。もちろん食えない事はないけど。……実際に目にするまでは興味あったけど、しばらくは大盛りでいいや。
「そういえば、お前は今日は一人か? あの狂犬はいないよな?」
「狂犬って……セラはここが嫌いみたいなので、誘っても絶対について来ないんですよ」
ニンニク臭いし、好みは分かれる場所ではあるな。小さい女の子が来る場所ではない。
「食事中に暴れられても困るから、いない方がいいな」
「彼女は狂犬には違いありませんが、普段は大人しいんですよ。基本的に無口ですし、自分の意思で動く事も積極的にしません。基本的に僕が絡まなければ無害です」
「……えー」
第一印象が最悪だったから、そっちのイメージで固まっちゃってるんだけど。
言われてみれば、対戦前はなんか眠そうな顔してたような気もするが、その後がアレだからな。
「ご主人様に害がなければ、ただの子犬って事か」
「そうですね。あの通り、正常な判断ができない事が多いですが」
こいつも色々ひどいな。ご主人様を否定しないとか。……事実っぽいけど。
「結局、あいつとお前の関係ってなんなんだ?」
「基本的には友人ですかね? 幼少時にちょっと調き……依存させ過ぎてしまったせいであんな事になってますが」
お前今調教とか言おうとしてなかったか?
「そうか、少年がツナのところに行くという事は、必然的にあの嬢ちゃんも一緒というわけだな」
「正直勘弁してもらいたいんだけど」
「ちゃんとコントロールしてれば大丈夫ですよ。パーティ組む時期になったらコツを教えます。それに、戦闘力なら超一級品です」
……それは認めるが。アレはなんだったんだろう。絶対こいつの影響なんだけど、企業秘密とか言ってたし、聞いても答えないだろうな。
「そんな目で見なくても、アレの秘密もパーティ組むようになったら教えますよ。今は規制の問題で色々言えない事も多いんです」
「隠してるって事じゃないのか?」
「もちろん関係ない人にまで喋るような事じゃないですが、しばらくしたら情報公開もされます。トップクランの人たちだったら閲覧権限もあるでしょう」
そんな情報を管理してるお前は何者なんだって感じなんだが。
「かー、あいかわらず情報局の連中はお固いな。戦力の底上げできるような情報なら公開すりゃいいだろうに」
「それは僕も同感ですが、下手に情報公開すると混乱させるだけっていう情報局側の意見も分かるんですよね」
「あのごめん、なんで君たちそんなに普通に食べ進められるのかな」
ローランさんは黙って目の前のラーメンをやっつけたほうがいいと思いますよ。それ時間経つと麺が汁吸って増えるんで。素人さんは話しながらだと時間が足りないと思います。
「そういえば、僕らは来月から無限回廊に潜るのは確定しましたけど、他に渡辺さんが下級で目を付けてる人材とかいますか?」
「いたらお前が一緒に潜るって事か?」
「はい。戦闘力という意味なら僕ら二人でも問題ないですが、そういう人がいるなら今の内からパーティ組んで連携強化をしておいたほうがいいでしょう?」
なるほど。戦力が足りないってわけじゃなく、先々の事を考えてって事か。戦闘中の連携は一朝一夕でなんとかなるものでもないってちゃんと理解してるって事だな。俺とユキは最初からある程度連携できていたが、それでも今と比べると拙かったし、実戦だったら訓練よりも身につきやすいだろう。
……しかし、下級ね。下級で組める人材……。
「お前らが二人なら、ちょうど六人になるメンツに心当たりはある」
クランの事とか話してないから、事前に事情説明したほうがいいかもしれないが、パンダと組むよりはハードルが低いはずだ。
「ほう。どんな方ですか? 差し支えなければクラスを聞いてもいいですかね?」
「< 魔術士 >と< パンダ・ファイター >と< パンダ・マジシャン >と< 引越屋 >だ」
ダダカさんとローランさんがラーメンを噴き出した。汚いな。
「な、なんだそのクラスは!?」
「ぱ、ぱんだ?」
まあ、それが普通だよね。俺もう慣れちゃったけどさ。
「お前は反応薄いな」
「ええ、ラディーネ先生のところのパンダですね。確かにタイミングは合ってます。リリカさんも、外から来る魔術士は少ないので名前だけは覚えてました」
リリカの事も知ってるのか。さすがというかなんというか。……こいつに隠し事とかできそうにないな。
「パンダってあのパンダだよな……? パンダが冒険者になるのか……。時代は変わったもんだ」
「ぱんだ……」
事情を説明しても二人は納得できないようで、呆然としていた。
「そういやお前らのクラスはなんなんだ? 隠してたりするなら聞かないが」
普通に考えるならこいつは< 魔術士 >ツリーのクラス、セラフィーナは< 剣士 >か< 魔術士 >ツリーの何かだろう。
「別に隠してませんが、セラはクラスに就いてません。僕は< 鑑定士 >です。他のメンバーの特性考えると、セラは< 斥候 >あたりに就けさせるのがちょうど良さそうですね」
「……え?」
なんだそれは。いくらなんでも……。
「詳細については、後日中級に上がった時にでも」
俺の言いたい事が分かったのか、ディルクは不敵な笑みを浮かべてそう言った。
……ああ、答える気はないって事ね。嫌らしい奴め。
-4-
ローランさん以外の全員がラーメンを食い終わり、雑談をしていると急に周りがざわつき始めた。
ちなみに店内の席を利用する場合は雑談などできない。あの中では注文と応答以外の言葉は存在しないのだ。そういう意味では外の席は気楽である。
「お、おい、MINAGIだ」
「本当だ。ブラックホールのMINAGIだ」
「まさか大食いチャレンジに挑戦する気なのか……」
……みなぎ? 聞こえた名前は、ここで聞くはずのない名前だ。偶然にもいつか神社で会った巫女さんと一致している。
みんなが向いている方向を見ると、大勢の客が注目する中、列に並ぼうと近付いてくる姿があった。……巫女服の女性だ。
……うん、良く似た人もいるもんだな。まさか服装まで同じだなんて。迷宮都市では巫女服を普段着にしてる人もいるのか。あの可憐な水凪さんがこんな店に来るわけないしね。
「……ほう、彼女がMINAGIか」
「僕も初めて見ました。そうか……彼女が伝説のブラックホール……」
ダダカさんとディルクが現れた人について語り合う。……ラーメン屋で伝説ってなんやねん。
「あんな子もこんな店に来るんだね。……ところで渡辺君、残りのラーメンを半分こしないかな。……なんなら全部」
「結構です」
もう伸びとるがな。チャーシューくらいなら引き受けてもいいが、ここの洗礼としてそれは完食して下さい。
「なんだ、坊やはMINAGIを見た事がなかったのか」
「タツさん……」
突然謎の男が背後に現れた。パンチパーマにグラサンの、チンピラ的な格好をしたおっさんだ。脈絡無く登場したけど、あんた誰だよ。
「おっと紹介が遅れたな。俺の名前はタツ。ラーメンの事なら迷宮都市中のすべての店に精通した玄人だ。新規開店の店や新メニューが出たら現場に現れる神出鬼没の男さ」
別に紹介は遅れてないし、自分で玄人とか言っちゃうあたり色々突っ込みどころが多過ぎる台詞だ。
「えーと」
「この人はタツさん。< 美食同盟 >所属の冒険者です。ここのラーメンを毎日食べるための内臓強化目的で冒険者になった変わり者ですね」
「内臓強化しても三食はキツイから、一日一ゴテ盛りだがな。いつかは三食いってみたいもんだ」
馬鹿じゃないの? 今、ローランさんが死にそうになって食ってるゴテ盛りを毎日とか、一般人なら死ぬぞ。
しかも、そのために冒険者になるとか……こんな変な人もいるんだな。
「ここにはしばらく通ってますが、彼女を見たのは初めてですね。名前は毎回目に入るんですが」
「大会の度に優勝を掻っ攫っていく不動のランキング一位だからな。何回チャレンジに成功したのか分からねえ」
チャレンジって大食いチャレンジの事か?
ダンジョン区画のラーメン屋でも似たような事をやっていたが、ここはその比じゃないぞ。オークさんでも太刀打ちできないと評判だ。しかも、大の大人……いや、並のオークですら完食が困難な量のラーメン。そのタイムアタックである。食べ切る事は目的ではなく前提。その上で如何に早く食べるかを競うのだ。考えた奴は頭おかしいと思う。
「知ってるかい? ここのゴテ盛りは彼女が考案したモノなんだ」
「そうなんですか」
こんな冒涜的な食い物を考案したのが水……いやMINAGIだというのか。……彼女は一体何者なんだ。
「ゴテ盛り麺特盛り追加の肉野菜ニンニクマシマシの油多めで」
あれー。カウンターから結構離れてるのに、なんかここまで声が聞こえたぞ。しかも、ちょっと前に聞いた事ある声なんだけど、聞き間違いだよね。
「馬鹿な……元々全部マシマシのゴテ盛りに更に追加だと……」
「伝説は本当だったのか……」
周りの客が律儀に解説してくれるが、それは人間の食い物なんだろうか。
遠目で分かり辛いが、彼女の前にゴテ盛り……いや、ゴテゴテ盛りが用意される。一見普通のゴテ盛りに見えるが、縮尺がおかしい。専用の器だ。……それ、あんたの胴体と同じくらいないか? 一体どこに入るというの?
「あんなメニューが存在したとは、ここではワシもまだまだ新参者という事だな」
「アレはMINAGI専用の器だな。以前の大食いチャレンジでも使われていた」
イメージが崩れるから、そろそろその名前を言うのをやめて欲しいんだけど。
「さすがMINAGIだな。あっという間にラーメンが消えていく」
「いや、おかしいだろアレ」
ありえないスピードでラーメンが消えていく。すでに手の動きすら目視不可能だ。……冒険者の強化された視力でも視認できないのか。これがブラックホール……宇宙の神秘。
「……スープは飲まないのか?」
あれだけの怪物ならスープも完飲すると思ったが、動きが止まった。
「さすがのMINAGIでもあれは完飲できないか……。いくら美味いとはいえ、ほとんど油と塩分の塊だからな」
謎の男タツさんが言う通り、ゴテ盛りの時点で泥のようなスープに更に色々追加された状態だ。さすがに飲み干すのは厳しいのかもしれない。スープ以外が数分で消えた事がすでに驚愕なんですけどね。
「替え玉で」
「馬鹿なっ!?」
タツさんとやらは驚いているが、どうでも良くなってきた。
出てきた替え玉は、器に合わせた化け物みたいな量だ。
その後、替え玉二回分を軽く平らげ、泥のようなスープまで飲み干して、自然と席を立つMINAGI。
その姿はとてもさっきまであんな冒涜的な食べ物を口にしていたように見えない優雅な姿……このまま神楽舞とかしても違和感がない立ち振舞いだ。普通、顔とか唇とか油塗れになりそうなんだけど、そんな様子もない。……一体どうなってるんだ。
そして、ざわめく観衆をよそに何故かMINAGIがこちらに歩いてくる。……来店の時は別の方から歩いてきたのに。
これだけ近付くと余計に水凪さんにそっくりだ。双子と言われても区別がつかない。
目が合っちゃったけど、知らない人のはずだ。いや、夢が壊れるから近付かないで。
「渡辺さんじゃないですか。久しぶりですね」
……本人だった。
何故か席についた水凪さんを加えて話が始まった。
本人は追加注文で野菜ラーメンを食べ始めている。帰るつもりで席を立ったわけではないらしい。
そのスピードはゆっくりしたものだが、あくまで先ほどの驚異的なスピードと比べてのものだ。少なくとも俺の二倍以上の速度は出ているだろう。……彼女にとっては、これがゆったりペースなのか……。
「やっぱり野菜は多めに取らないといけませんよね」
とか言っているが、もはやそんな問題ではない。
「……お前さん知り合いだったのか?」
「……見間違いと思いたかった」
「この前神社に来た時に会ったんです。……この席は有名な方ばかりですね」
水凪さんの側は全員知っているようだ。ディルクの事も顔は知っているらしい。
かなり冒険者の情報に精通しているみたいだが、ヘルプがメインだからそういう情報収集が必要なのだろうか。
「……まさか冒険者なんですか?」
「はい。Dランクで主にヘルプがメインです」
情報通のはずのディルクも、彼女が冒険者である事を知らなかったらしい。
いや……顔を見た事なかったようだし、情報が結び付いていなかっただけかな。冒険者の水凪さんもそれなりに有名人なはずだし。
「渡辺さんすごいですね。こんな人とまで知り合いだなんて。この店じゃ知らない人はいない英雄ですよ」
こんな人とは知らなかったよ。……知りたくなかった。
「……ってあれ? MINAGI……四神宮の?」
「そうですよ。というか、何度か宮殿で会った事もあるんですけど」
「…………すいません、まったく存在が一致してませんでした。MINAGI……そっか」
やっぱりディルクとは知り合いだったらしい。
「というか、なんで巫女服なんですか? そういう服って、臭いとか付いたらまずいんじゃ」
「ああ、これは《 消臭 》の能力が付与されてるんで、こういう時は便利なんですよ」
だからニンニク臭がしなかったのか。鼻が馬鹿になってたわけじゃなかったんだな。
服だけじゃなく、本人からもそんな臭いがしないのはスキルかなんかなんだろうか。
「せっかくですし、良かったら近くの甘味処に行きませんか? 大食いチャレンジやってるんです」
「イエ、ケッコウデス」
デートっぽく見えなくもないが、それは遠慮したい。
というかまだ食うのかよ。俺、ただの大盛りしか食ってないのに腹パンパンだよ。……この人本当に人間なのかな。
「あ、あの……MINAGIさん? 良かったら僕の残りを食べてもらえないかな」
「駄目です。出された物は最後まで食べるのがここのルールです。ちゃんとスープまで飲んで下さい」
「……す、スープも?」
女性に食いかけを渡そうとするローランさんもアレだが、水凪さんも厳しかった。
そこに冒険者としての序列は存在しない。オーク麺ルールがすべてである。
その後、ローランさんは見事完食。動けなくなったところを、ダダカさんが呼び出した< 流星騎士団 >のメンバーによって運ばれていった。少し心配だが、冒険者……それも上級なのだから、内臓も強いだろうし健康に影響はないはずだ。多分、慣れの問題。
彼は結局なんのために現れたのか良く分からなかったが、最初に食事でもどうかなって言っていたから最低限の目的は達成されているだろう。
……なんか、今日は訓練して飯食っただけなのに、色々衝撃的な一日だったな。
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