第7話「学び舎」
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今日の仕事の担当教師に俺たちを引き渡し、案内の役目を終えた摩耶とは恩師に会いに行くという事で別れ、俺とユキは仕事に向かう。
俺たちが出る授業までの間にまだ時間があるという事なので、今度は教師に色々な場所を案内され構内を移動する。初めての冒険者は大抵案内するらしい。中肉中背、三十代くらいの特徴のない男だ。すごくモブっぽい。ユキの担当は女性なのに……俺は女教師にも縁がないというのか。……いや、ラディーネは一応女教師なのか?
そんなモブさんに校舎の中を案内されながら歩く。
ここまで見た感じだと、巨大ではあるがそんなに超技術が使われているような施設には見えない。欧風なだけの普通の学校だ。
体育館とは別に戦闘訓練所や魔術演習場があるあたりは冒険者の学校だと思わせるが、それ以外はいつここを舞台にしたラブコメが始まってもおかしくない環境である。制服可愛いし。
「真面目そうな生徒が多いですね」
迷宮都市外での冒険者のイメージがまだ残っているためか、生徒が皆真面目そうなのは意外だった。
暴れるような奴は当然いないだろうが、教室で騒いでいる奴も、ダラけた態度の奴も、授業を聞いてないような奴もいない。教室の席は大体埋まっているので、サボっている奴もいないのかもしれない。
「一般の学校だと不真面目な生徒もいますが、ここは志望して来る学校ですからね。その上で冒険者にしか使えない技能を教えるところなので」
登録だけなら学校に行かなくてもできるのだから、ここは向上心のある者が集まるような場所という事なのだろう。不真面目な生徒は淘汰される環境なのかもしれない。
「現役の冒険者が教師をやる事もあるんですか?」
先ほど遭遇したラディーネのようなケースについて聞いてみた。
「ありますよ。この学校では特に副業として冒険者をやっている教師が多いですね。私もそうです。D-とDの間を行ったり来たりしている程度の腕ですが」
どうやらこの人も同業者らしい。
行ったり来たりというのはランクの降格の事だろう。D-以上はランクの降格もあるらしい事は講習で聞いている。
主にクエストの失敗、目標とした規定に未達、問題を起こしたりした場合にマイナスポイントが膨らみ、降格となるらしい。D-以下になる事はないらしいが、ここから上は一つランクが違うだけで待遇が大幅に変わるため、結構シビアな話である。
副業としてやっていくには限界の領域なのかもしれない。神社で会った水凪さんとかも、そういった意味で中級ランクの下くらいにいる可能性もある。
……ラディーネはどっちなんだろうな。教授"待遇"と言っていたから、こちらが副業かもしれない。
「引退した冒険者が教師を始めたりとか有りそうだけど」
「ない事はないですが、それほど事例はありませんね。そもそも引退する人が少ないですし、挫折して引退という方は逆に敬遠するようです。上級の方をお招きして教師をして頂く事はありますが、それも一時的なものですし」
そもそも現在の迷宮都市になってからの歴史は短いから、引退する冒険者そのものが少ないのか。
肉体的な問題で引退というのもありえないし、挫折するとしたら心の問題が主な原因になりそうだ。諦めた夢を思い出させる仕事に就くのは嫌だというのも分からないでもない。……逆のケースも有りそうだけど。
「クランのスカウトに来るような人もいるって聞きましたけど」
「そういう方も結構いますね。今回のような臨時講師の仕事で声をかけたり、正式にクランとして話を通す場合は学校側でもそういった場を用意します。< アーク・セイバー >は年に一度、生徒向けの試験を開いていますし、それに向けた選抜試験も内部で行われています」
公式行事になってるのか。
「渡辺さんたちはクランには所属してないと聞いてますが」
「ええ、クランを立ち上げる予定なので」
「なるほど、クラン設立したら入りたいという生徒もいるんじゃないですかね。設立条件であるCランクへの昇格も困難ですし、それ以外の条件も大変らしいですが頑張って下さい」
実は正式に認可されてないだけで、クランハウスもあります。秒読みとはいわないが、そう遠くもない話なんじゃないだろうか。
「そろそろ時間ですね」
どうやら授業が始まる時間らしい。横のユキはちょっと緊張しているようだ。
「今日の仕事で何か気をつける事や注意点はありますか?」
「やって頂く事は基本的に質疑応答だけなので、普通に答えて頂ければ大丈夫ですよ。暴れたりしない限りは問題にはなりません」
「変な質問とかされないですかね。相手は生え抜きのエリートなわけですし」
なんかこう……煽るような。『原始人の分際で』とか。あのスキル公表してないけどさ。
「はは、確かにエリートはエリートですが、冒険者として実績を出す事が難しい事は分かってますから、ここまで立て続けに記録を出して来た渡辺さんを馬鹿にするような質問はしないでしょう。むしろ憧れる立場なわけですし」
本当かよ。嫉妬とかないのかな。プロ野球の試合見て駄目出しするような事言われたりしないのだろうか。俺に監督やらせろとか。
「むしろツナは怖がられるんじゃない?」
「あー、ありそう」
俺の場合、なんか掲示板とかでも怖がられてるし、握手して下さいというファンも現れない。だが、冒険者の能力としてどうだという悪意のある批評もほとんど見かけない。ネタで馬鹿にはされてても、直接的な干渉は避けられている節がある。……猫耳の動画が原因かしら。
俺とユキとサージェスで各方面からの評判が分散しているから、たとえばユキのファンが同時に俺のファンでもある事はまずない。それぞれ方向性が極端に違うから、ファンもそれ未満の人も全然被ってない。YMKなんか、明確に敵視されてるしな。
「ではそろそろ教室に移動しましょうか」
ここからはユキとはバラバラの行動だ。それぞれ別の教師について、別の教室を回る事になる。数が多いので一人では回り切れないのだろう。
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臨時講師の仕事といっても基本的に俺たちが教えるような事はない。午前中はいくつかの教室で生徒相手の質疑応答をする程度である。
若干怯えている子もいたが、質疑応答も真剣そのものだ。話す内容は主に迷宮都市に来てからの体験談で、時々プライベートな質問が入る。
結構可愛い子もいたので彼女募集中ですと言ってもあまり反応は良くなかった。みんな驚くほど真面目だし、これからデビューしようという子たちだから、色恋にうつつを抜かす暇などないという事だろう。もうちょっと気を抜いてもいいと思うんだよね。
……俺に男性としての魅力が一切ないからでは決してないぞ。
ちなみに、今日対応する生徒はみんなトライアルの攻略が完了していて、あとはデビューを待つだけの者たちだ。
前に摩耶がトライアル攻略していればいつでも卒業できると言っていたのは、ここで三年以上在籍している者だけらしい。通常は三年目にトライアル攻略して三月の卒業を待つそうだ。つまりこの生徒たちは基本的に来年の四月にデビューが確定している者たちとなる。
まだ半年以上あるから結構先の事だし、その間に卒業資格取得者も増えるんだろうが。
最初は良かったのだが、複数回同じ質問されるのを繰り返すと段々面倒になってくる。
ただの質疑応答、しかも今日だけでこれなのだから、同じ授業を何度も何度も行う教師は大変なんだろうなと思った。俺は体を動かしているほうが性に合っている。……教師には向いてないな。
そうして大したイベントもなく昼になり、飯を食うためにユキと合流する。
「今日僕らが来る事は昨日の時点で連絡があったみたいだよ」
「ああ、随分ちゃんとした質問があったと思ったら、事前に考えてきてたのか」
みんな真面目だね。……いや、今日集まってたのはすでに卒業資格持ちなわけだから、特に真面目な生徒なのか。
「昼御飯はどうする? 色々食堂があるってパンフレットもらったけど」
「この学校の学食のタダ券もらったからこれでいいんじゃないか? 近いし」
パンフレットを見ると確かに食事できる店は豊富だが、ここ以外は結構遠い。時間もあるし、無理な距離でもないがわざわざ移動する必要もないだろう。学食が不味いとかだったらまた考えるが、それまでのケースからそんな事はないだろうし。
「んー、まあいいか。摩耶はどうするか聞いてる?」
「あー、途中で会ったが、恩師さんと食いに行くそうだ。最後まで合流はできそうにないな」
色々話す事もあるんだろう。そもそもあいつは仕事でもないし。
学食は極めて普通な印象の食堂だった。定食が三種類にカレーライスやラーメンなどの単品物、丼物、あとは副菜が色々選べる方式で、どこにでもありそうな雰囲気だ。定食に大盛りまではタダ券の範囲なので、適当に選んで食券を買う。
「おや、良く会うね」
食券を買って定食ができるのを待っていると、後ろにラディーネが並んでいた。本当に良く会う。改造するために尾行しているとかないよね?
「マッド・サイエンティストも普通の飯を食うんだな」
「研究内容がマッドなだけで、ワタシは普通の人間だからな。時間がある時は自炊もするよ。……君こそそういう普通の食事もするんだね」
「俺こそ普通の人間だ」
ステータス表記上はちゃんと人間である。ある意味、ユキのほうが人間として疑わしい生態してるぞ。
「動画を見る限り人間や亜人種を食べるものと思っていたよ」
「その動画でしか食った事ねーよ」
確かにトライアル動画に映ってる食事シーンはオーク肉食ってるか、猫耳さんを食い千切った場面だけだ。
ひょっとして、俺が怖がられてる原因はそれもあるのだろうか。人が主食と思われてるとか? ……料理番組の仕事がないか、ククルに言って探してみようか。できれば食べるだけのゲストで。
「まあ、この世界にもそういう部族はいるからね。前世でもそういう食事を好む変人はいたし」
そりゃどこかにはいるんだろうが俺は違う。猫耳は倫理観のせいかすさまじく不味かったし、また食いたいとも思わん。そもそも、ダメージ与える方法が別にあったら食ったりしない。あれは最終手段だ。
オーク肉のほうはかなりマズいという程度なので、今後も食う機会はあるかもしれないが。
「というか、やっぱり前世持ちなんだな。結構高度な文明世界出身なんだろ?」
「分かるかね?」
「そりゃな。キメラはまだファンタジー感あるが、クローンやらサイボーグやらよほど高度な文明じゃないと思いつきもしないだろ」
ある程度文明が発達していないと、物語や空想のネタにもならないかもしれない。
「結局、迷宮都市のシステムに頼ってる面は大きいがね。ワタシの知識だけでは不可能だ」
「前世でそういう研究してたわけじゃないのか?」
「専門はまったく別の分野だね。惑星間貿易に関わる経済学が本職だ。サイボーグなどは概念程度は知っていたが、本格的に関わった事はなかったな」
実現できる文明レベルではあったけど、専門家ではないって事か。惑星間の貿易とか、この世界では一切役に立ちそうにないね。
先に席を取っておいてもらったユキと合流し、食事を始める。ラディーネもついてきたので相席だ。
「えーと、さっきのボーグさん?はどうしたんですか」
「あいつは基本的に食事はしない。できない事もないが、必要もないからね。本人も興味ないようだし」
手もないのにどうやって食うんだって話もあるよな。……ラディーネがスプーンで食わせるとか?
「……あいつ、動力は何使って動いてるんだ?」
「基本的に電気なんだが、現状それだけだと賄い切れずに自身の魔力を併用している。魔力を自動変換して電気に変えてるわけだな。いずれは取り外したい機能ではある」
動力源は意外とファンタジーだったんだな。見た目じゃ分からないけど。
「どうだね、この学校は?」
「真面目な生徒が多いな」
何が聞きたいのか分からなかったので、無難な答えを返しておく。ただの世間話のつもりかもしれんが。
「そうだね。私が前世で所属していた学校とはえらい違いだ。冒険者なんて、普通の価値観からすれば真っ当な職業ではないのに、みんな真摯に向き合っている。多分、先達の影響が大きいんだろうね。< 流星騎士団 >と< アーク・セイバー >の英雄性や、彼らが作り上げた環境が目標になっている」
本人たちはそれに限界を感じているわけだが、ここで言うような事でもないな。
「君たちの影響だって、少なからずあると思うよ」
「そうか?」
「そうさ。トライアルもそうだが、新人戦で多くの人間の目に触れたのが大きいな」
負け試合じゃねーか。実力差的にしょうがないのかもしれんが、恥ずかしいから動画とかはあまり見ないで欲しい。
「あんまり褒めると増長しちまうからな。控え目に捉えておくよ」
「少しくらい増長してもいいと思うがね」
俺たちの影響云々はいろんな人に言われてる事ではあるが、いまいち実感が沸かない。結局のところ、もっとすごい人たちがたくさんいるわけで、俺たちはある程度勢いのある新人ってところなんじゃないだろうか。
自惚れても、精々デビュー当時のアーシャさんと同じような立ち位置なんじゃないかと思う。
……それに例のギフトがどう関わっているかも分からんからな。都合のいい事はすべてアレのせいと考えるのは極端だが、誘導されてる可能性は考慮しておいたほうがいい。
「午後はいつもの通り模擬戦かな」
「いつもの通りかは分からんが、そうだな」
多分、こうして臨時講師に呼ばれた冒険者は似たようなスケジュールになるのだろう。
「ワタシも見学してもいいかな? 午後は暇だし、ちょっと興味があるんだ」
「いいんじゃないか?」
権限とか、そういうものはまったく分からないが、教授待遇っていうなら問題ないだろ。駄目なら担当教師が駄目って言うだろうし。
「あれ、ガウルがいる。おーい、ガウル」
そんな話を続けていると、突然ユキが食堂で歩いてる銀狼族に対して声をかけた。その銀狼は突然慌て出してキョロキョロと周りを見渡してからこちらに気付く。ユキの間違いかと思ったんだが、本人なのか? 見分けがつかん。
「人違いじゃないか?」
「そういえば、あまり見ないけど他にもいるんだっけ。でも、こっち来たから本人じゃないかな」
呼ばれたように聞こえたから来ただけじゃないか?
「知り合いかな? 銀狼族は迷宮都市にあまりいない種族なんだが」
「良くパーティ組む奴に一人いるんだ。ガウルっていうんだが」
「ああ、聞いた事あるね。でも、ここにはいないだろう。彼は二年のグラッド君じゃないかな」
ラディーネも見分けは付かないらしく、半信半疑だ。
「彼には、一度解剖させてくれと頼んだ事があるんだ」
「か、解剖するの?」
本人は普通と言っているが、ところどころマッドさん的な発言がある。ウチの狼さん解剖されたりしないだろうか。
ガウルかグラッドか分からない正体不明の銀狼はここまで歩いてくると、改めて俺たちを見る。ラディーネの姿を見てちょっとギョッとしていたが、あまりガウルっぽくない。
「人違いです」
やはりユキの勘違いだった。
「ご、ごめん、つい」
「別に構いませんが、こんな場所であんな言葉を連呼するのはあまり好ましくないですよ」
ガウルの口調に慣れていると、同じ姿でこの口調はかなり違和感がある。同じ種族だったら全然違うように見えるんだろうか。
「この二人は博士の知り合いですか? 生徒じゃないですよね」
「冒険者の臨時講師だ。結構有名人だけど、知らないかい?」
「ああ、そういえば……すいません、人間の見分けはあまり付かないので」
向こうから人間の区別は付かないらしい。ユキの外見は特徴あるから、生徒でないと分かったのだろう。
「銀狼の知り合いでもいるんですか? 部族はいくつかありますが、迷宮都市にはあまりいないと聞いているんですが」
「ああ、最近良くパーティを組む奴がいてな。ガウルっていうんだけど」
「が、ガウルですか……?」
ありえない言葉を聞いたかのような表情だ。反応に困っている。この反応だと、あんな言葉と言っていたのはやはりガウルの名前の事みたいだな。
「なんだ、知り合いなのか?」
「いえ、その……知り合いではないのですが、その人本当に銀狼族なんですか?」
「僕らには見た目の区別は付かないけど、君の姿とまったく同じに見えるよ」
「本当に銀狼だとすると……ひどい名前ですね。……ギャグか何かのつもりなんでしょうか」
「そんなに変かな?」
狼の鳴き声から取りましたって言っても通じそうだよな。そういや[ 灼熱の間 ]で名前変えたいとか言ってたっけ。種族の間でだけ伝わる特別な言葉なんだろうか。
「それは大陸共通語普及以前に使われていた、銀狼族の古い言葉です。ですが、もう滅多に使われないとはいえ、意味を知らないはずは……」
「ちなみに、どんな意味なんだ?」
「……俺の口からはちょっと」
口に出すのも憚られるような名前なのか……悪霊とか、天敵とかそういう類の言葉なのかね。
俺たちに関係ないとはいえ、ガウルガウルって連呼してるんだが。やっぱり、本人は何か思ってたりするのかな。
「ちなみにグラッド君の名前の意味は?」
「これは『逆立つ鬣』という意味の言葉から付けられました。語源というだけで、意味そのままではないですが」
獣人としては普通の意味だな。雄々しくて荒々しい感じの名前だ。英語だと全く意味が違うが、言葉なんてそんなもんだ。
「その人、部族で嫌われてりするんですかね?」
「生まれた時から嫌われてるって相当だろ。そう言う忌み子的な風習でもあるのか?」
「いえ、そんな名前の付けられるような風習は……意味分かんねえ」
口調が素になってるあたり、本当に変な意味の名前なのだろう。
グラッド君はクラスメイトと食事に来たらしく、そのまま別の席へ去っていった。
「制服着てなかったし、まったく同じだったから勘違いしちゃったよ。学校にいるわけないよね」
「彼の種族は数が少ないからしょうがないかもね。関係者ではないみたいだが、少数部族が点在してるらしいからおかしくもないのかな」
「ラディーネは銀狼族については詳しいのか?」
解剖するくらいだから調べてるんだろうか。となると、ガウルの事を知っているのも銀狼族だからか。
「そんなには詳しくないよ。でも、そういえばガウル君の情報を調べた際に、随分酔狂な名前だなとは思ったな」
「名前の意味は知ってるんだな」
「そりゃあそれくらいはね。名前としては随分変わっていると思うが、隠すような物でもないと思うんだがな」
種族によっては禁忌的な意味を持ってるとかそういう事なのだろうか。
「ちなみにどんな意味なの?」
「本人に聞いたほうがいいんじゃねーか?」
「図書館で調べればすぐに分かる事だから、別に構わんと思うが」
それなら……まあ。ユキは調べちゃいそうだし。
「大した意味じゃないよ。ガウルという言葉は銀狼族の古い言葉で男性器を意味するんだ」
「だっ……」
十分大した事あるよ。誰だって隠すよ。ラディーネの感覚はどうなってるんだ。
……つまり俺たちは、ガウルという名前を出す度に男性器の名前で呼んでいた事になるな。
「聞かなきゃ良かった……」
たとえば意味を知っている人間に『あいつの名前はガウルだ』と紹介した場合、ガウル自身がガウルであるかのような錯覚に陥ってしまう可能性がある。つまりガウルのガウルがガウルだからガウルというわけでなく、ガウルがガウルそのものに見えかねない。……全然意味分からんが、俺にも分からない。本当にすまない。誰に謝っているのか分からないが、色々問題があるんだ。
戦闘中とかシリアスな場面で男性器の名前を叫ばれたら、一気にギャグ時空へ早変わりだ。……あいつはそんな中で戦っていたというのか。なんてすごい奴なんだ。
ユキなんて、さっき食堂で叫んでたぞ。そりゃ呼ばれたほうはびっくりするよね。
「そんなに変かね? 前世でも結構似たような意味の名前はあったんだが」
「ボクはもうガ……名前を呼べないかもしれない」
それは勘弁してやれよ。いくらなんでも可哀想だろ。
ガウルは名付け親ぶっ殺しても許されるんじゃないかな。……もう死んでるんだっけ?
-3-
食事のあと、しばらくラディーネと歓談してから、模擬戦の指定場所へと向かう。
模擬戦もユキとは別の場所だ。同じ場所でもいいんじゃないかと思ったが、時間の問題もあるのだろう。
そのユキの代わりというわけではないが、ラディーネは俺のほうに付いて来た。
昼に判明した衝撃の事実は色々気になるが、ガウルさんの件は今は関係ないので置いておこう。いずれ向き合う機会もあるだろうが、今はその時じゃない。……問題を先送りにしているというわけではないぞ。
「祭りの象徴にしていた民族もあったくらいだから、そこまで変でもないだろう」
ラディーネさんも黙ってもらえませんかね。こっちはこれからどうやって付き合っていくか考えないといけないのに。
日本でもそういう祭は見た事あるけどさ。
「ラディーネはもうちょっとアレだな。女の子としての恥じらいというものを覚えたほうがいいな」
男性器が名前でも変に思わないとか問題あるだろう。あいかわらずブラジャーもしてないし。さっきから動く度にゆっさゆっさと落ち着きがない。釣られて視線が動いてしまう。
「ワタシは昔からこんな感じだが、もう三十九歳になるおばさんに今更女の子の恥じらいもないだろう」
「さ……」
え、こいつ今なんて言った?
「意外かね?」
首を傾げているその姿はどう見ても十代前半だ。俺より若いと言われても信じるだろう。
「え、マジで?」
「マジだな。……ああ、当然だが若返ってはいるよ。身体能力が極端に変わるとマズいから、背が変わらないギリギリまで肉体年齢を落としてある。迷宮都市では珍しい事でもないだろう。前世でも、方法は違うが年齢操作していた奴は多かったしな」
何それ、超すげえ。
若返り自体は聞いてはいたが、ダンマスくらいしか明確な事例を知らなかった。あの人は二十歳から三十歳手前くらいの外観だから、若作りしてると思えば違和感はなかったが、これは、これまでで一番衝撃的だ。
いや、そういえば六十二歳幼女のAV女優さんがいたな。あれに比べればそこまででも……でも目の前で実例を見るのはまた衝撃的だ。
「脳の問題もあるしね。最初は何度か小刻みに若返っていたんだが、リハビリが面倒になってここまで一気に戻したんだ。……少々若くし過ぎた気もするが、しばらくすれば元に戻るだろ」
「ちなみにその体の年齢は何歳くらいなんだ?」
「十五歳よりは手前だね。そういう意味では君より年下だ」
それはどうなんだろうか。
という事は、ラディーネは十五歳の時からそんな淫らな物をぶら下げていたというのか。
「ちなみに豊胸手術とかは……」
「……ああ、これか。男性としては気になるのかも知れんが、元々こんな感じだ。邪魔だからむしろ減らしたいのだが、後回しになってるね」
「それはもったいないのでやめたほうがいいと思います」
「わ、分かった。……何故、急に怖い顔になるんだ」
男には真剣にならねばならない時というものがあるのです。しかし、三十九歳か……実年齢を考えなければアリなのか?
「そもそも前世持ちの時点で、中身の年齢などほとんど関係ないだろう。ワタシなど、もう通算で六十年以上生きてるぞ」
それは……どうなんだろうな。俺は三十年以上生きていても、まだ十五歳という印象が強い。
エロ関連で縛られているからというわけでもなく、……いや、それもあるのだが、やはり肉体は精神構造に影響している気がするな。ラディーネだって、こうして話しててもお婆ちゃんには見えないし。
「ところで、このあとの模擬戦ってどんな事するか知ってるか?」
「そりゃあ一応教師でもあるから知ってるよ。君も出た新人戦やギルド会館の訓練場と同じゼロ・ブレイクで、HP全損すれば終了だ。といっても、模擬戦だから全損までやる事は少ないよ。大抵現役冒険者が圧倒して終わる」
そりゃそうか。単純比較でトライアル隠しステージの猫耳と俺みたいな構図になるわけだしな。トライアル突破済って事はクラスを持っててもおかしくないが、そこまでの差はないだろう。
「でも、そこそこは強いんだろ?」
「言ってみればエリートだから、みんなそれなりには強い。ただ、突出した生徒は極わずかだね」
全体的な平均点は高いって事だな。
「突出した生徒ってのは、例の飛び級してる奴の事か?」
「なんだ知っているのか。彼は確かに強いね。ワタシが個人戦闘に弱いからという点もあるが、一対一なら普通に負ける」
後衛相手とはいえ、中級になる奴に勝つのか。
「まあ、彼は授業にも出ないくらいだし、模擬戦にも出てこないよ。あと一人極端に強いのがいるが、出てくるとしたらそっちかな。それ以外は気を抜いてもいいんじゃないかな」
気は抜かないけどね。負けたら恥ずかしいし。ユキも……まあ大丈夫だろ。午前で緊張も解けてたみたいだし。
模擬戦を行うのは、だだっ広い屋外訓練場だ。闘技場より狭いが、それでもトラック競技ができる程度には広い。
動画も撮ってるみたいだし、あとから反省会とかするんだろうな。
すでに何人か並んでいるが、みんな完全武装だ。訓練用の規格なのか、武器くらいしか違いが分からない。
トライアル攻略済の生徒の中から五人選抜されたらしい。今回はこの五人と順に戦うようだ。
「渡辺さんの装備はどうしましょうか。武器も防具も訓練用で良ければ貸し出しますが」
「いや、俺はこれで」
《 瞬装 》で< 不鬼切 >を取り出す。相手がノーマルな装備なら《 不壊 》の能力で耐久度が減る心配もない。好んで相手を真っ二つにしたいわけでもないし、これでいいだろう。
相手側はやる気満々で、思いっ切り刃のついた武器を装備している。迷宮都市でないとありえない訓練の光景だね。
「それが例の< 不髭切 >ですか」
どうやら俺の知名度に合わせてこの木刀の名も知られているようだ。……まあ、もう名前違うんだがね。
防具は最低限だけつけて、もしもの時は《 瞬装 》で装備する許可ももらった。俺の力の一部ではあるわけだし、問題もないだろう。
ラディーネは壁にもたれかかり、腕を組んでこちらを見ている。なんだか、組んだ腕の部分が卑猥だ。
「早く終わらせた方がいいとか、そういうリクエストはありますか?」
「できれば制限時間ギリギリまで長引かせてあげて下さい。瞬殺でもいい経験にはなるでしょうが、強い人と長く戦う経験のほうが重要です」
「了解」
直前に聞かされた話だが、ゼロ・ブレイク以外にも特別ルールとして三分の制限時間もあるらしい。ボクシングの一ラウンド分だな。
グラウンドの中央付近まで歩き、最初の対戦者と向かい合う。
良く考えたら、これは新人戦の構図に似ている。逆の立場で人数の違いもあるが、中級と新人の戦いだ。来年、俺たちが出る可能性もあるし、ちょいと早いが予行練習といこう。
「よろしくお願いします」
「よろしく」
あきらかに格下相手の戦闘は久しぶりだ。誤魔化してはいるが、緊張しているのが良く分かる。ガチガチだ。
学生なんだからそれをお粗末とは言わないが、致命的に実戦経験が足りてないな。
試合開始して数十秒打ち合ってみると、相手の実力も分かってくる。
予想していた最低のボーダーは余裕で超えている。だが、それでもルーキーの中では強いだろうなという程度だ。
剣の動きが良く見える。体の動きで次の行動が予測できる。……俺、結構強くなってるな。
相手の動きは決して悪くない。正道ないい太刀筋と動きだ。慣れてきて緊張も解けたのか、そこに正確さ、速さも加わる。だが、当たる事はない。スキルを使ってきても十分に対応できる。わずか数センチのギリギリを狙って攻撃を避ける事もできるだろう。俺の方はスキルを使う必要もない。
経験があるから分かるが、まったく当たらないというのは疲れる。最初の内はいいが、それが長く続けばさぞかし疲弊する事だろう。
このまま終わらせてもいいが、教師の言っていた事もある。あっという間に終わらせてしまってはなんのために出てきたのか分からなくなるだろうし、意味がない。彼には悪いが、ちょっとこのまま俺の練習にも付き合ってもらおうか。
試すのは剣刃さんがやっていた動きの誘導。あれと同じ事をしてみる。
訓練であの人と戦った時、ただ避けられるだけでなく、動きを誘導されている気がした。体の動き、目線、太刀筋、それらを使って正解と見せかけた場所に打ち込ませる。そこでできる致命的な隙に打ち込んでもいいが、今回はそこから更に誘導する。
大振りの攻撃のあと、目視だけで来ると分かる一撃、本来なら絶対に避けられるはずの一太刀をゆっくりと当てた。HPを一ミリも削っていない、ただ当てただけの一撃。だが、手加減された事よりも、その異常事態に困惑しているように見えた。
「な、なんで……?」
分からなきゃ困惑するよな。来るのが分かってるのに体が動かないんだから。
骨格が逆方向に曲がらないように、筋肉にも動作の制限はある。その方向に動かせないように事前の動きを誘導するのだ。
スキルを使えばこの可動限界を超えて動かす事もできるのだが、それにはかなりの集中力を要する。一瞬で背後に回った相手に対して迎撃のスキルを放つ動作がお手本だな。発動できてもかなり痛い。
試合は、そのまま相手がヘトヘトになるまで続ける。動けなくなったところで終了宣言だ。たった三分だが、良く保ったほうだと思う。
「悪いな、付き合わせて。リクエスト通りに制限時間いっぱい長引かせただけで、別に手加減したわけじゃないぞ」
「いえ……勉強になりました」
試合中の反応から、こっちの意図は伝わっていた事は分かる。ヨタヨタと仲間の控える場所へ向かう対戦相手を見ながら、俺も一度教師たちのところへ戻った。
「やるね。ワタシは剣の事は分からないが、何か面白い事やっていただろう」
「ただの見様見真似だよ。スキルでもなんでもないし、もっと上手い奴はたくさんいる」
ユキならもっと上手くやるし、剣刃さんは更に別次元だ。実際にやってみて分かったが、相当に難しい。文字通り格の違う相手でないと思い通りにはいかないな。試すのすら難しいだろう。
二人目、三人目と続けて同じように相手をする。相手も話を聞いたのか、多彩なパターンで挑んできた。
基本的に俺から攻撃しない。動きを誘導してから当てる攻撃はただ叩いてるだけだ。そのため、生徒たちの攻撃は積極的になる。通常なら反撃を恐れて躊躇うような戦法も試してくるが、模擬戦だからこれはこれでいいだろう。俺も勉強になる。
「ありがとうございました」
四人目との戦いも終わる。槍使いだったからどうしてもアーシャさんと比べてしまうが、やはり拙い。比較対象が間違っているというのは分かるが、今後に期待だ。全員制限時間いっぱい使っているので勝敗はついていないが、ポイント制ならフルで俺が取っているだろう。四回戦選手なら判定勝ちだな。
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「まったく危な気がないな。あれでは相手も疲れるだろう」
「生徒たちにはいい勉強になりますよ」
休憩で麦茶を飲んでいると、ラディーネと教師の称賛が聞こえてくる。格下相手とはいえ気分はいい。
「ふむ、後ろに隠れてて気付かなかったが、最後の相手はセラフィーナ君か」
グラウンド向こうの対戦相手が控えている場所を見ると最後の一人が準備をしていた。ラディーネが言う通り、最後の対戦相手は確かに小柄だ。持っている剣がやたら大きく見える。
「知ってる子なのか? 授業で受け持ってるとか」
「ワタシが授業した事はないが、何度か話した事はある。気をつけたまえ。あの子はちょっと別格だ」
「なんだ、強い子なのか?」
これまでがこれまでだから、それほど違いがあるような気がしない。全員がそこそこ強いといっても、結局は六人でトライアルを突破できる程度の腕だ。その中で別格と言われても、どれほどの差があるか……。
「さっきも言った"極わずか"の一人だよ。彼女はトライアルの最年少記録保持者だ」
「最年少?」
それは例の五歳で攻略したという奴か?
「五歳で攻略したなら、とっくにデビューしてるんじゃないか?」
小柄だが、年齢一桁には見えない。いくら若いといっても二桁はあるだろう。
「彼女は今年で確か十一歳だが、ちょっと背景が特殊でね。ここにはトライアル攻略後に入学して、未だ卒業してないんだ」
例の飛び級と同じケースか。……六年も何してたんだ?
「とにかく、デビューしていない冒険者の中では別格に強い。君なら油断しなければ負ける事はないだろうが、注意はしておきたまえ」
「了解」
油断して勝ちを掻っ攫われたら格好悪いからな。格上を相手にするつもりでかかろう。相手の獲物は、小柄なせいか大剣に見えるが片手半剣……イメージ近いのは、トカゲのおっさんかな。
「お兄さんが渡辺綱って人?」
「あ、ああ」
グラウンド中央で向き合うと、眠そうな目でこちらを見ながら問いかけてきた。対戦相手の名前くらい事前に聞いてるだろうに。なんでわざわざ確認するんだ?
「そう……」
なんかボーっとした子だな。本当にこの子が最年少のトライアル攻略者か?
「じゃあ、死んで」
――Action Magic《 フィジカルブースト 》――
――Action Magic《 ファストステップ 》――
――Action Magic《 マキシマムパワー 》――
「は?」
突然出力された魔法発動のメッセージに唖然としていると、突然斬りかかってきた。
まだ試合開始の合図もされていない。
「ちょ、ちょっと待ておいっ!!」
ルール無用かよ。
つーか強化魔法使うとか、想定どころかおっさんとまったく一緒じゃねーか。斬りかかるスピードも、これまでの対戦相手とは段違いだ。なんだこいつ。
トライアル最年少クリアは伊達じゃないって事か。
それどころか、それから更に六年経っているのだ。デビューしていないとはいえ、更に強くなっていてもおかしくない。
試合開始前の眠そうな目から一変して、その瞳は憎しみでも籠っているような強烈な威圧感を向けてくる。お返しに《 強者の威圧 》を発動させるが、まったく効いていない。レジストされた。
これまでの生徒たちの動きに慣れていたせいか、余計に速く感じる。魔法で強化されているが、おそらく素の状態でも他の生徒たちとは比べ物にならないだろう。
――Action Skill《 パワースラッシュ 》――
――Skill Chain《 ハイパワースラッシュ 》――
くそ、魔法だけじゃない。ちゃんと剣スキルも連携込みで使いこなしてくる。ただスキルを使えるというだけでない。剣が描く軌跡が熟練者のそれだ。
デビュー前でどんなクラスに就けばこんな性能になるっていうんだ。
剣を大きく弾き、一度距離を取る。
……違うな。こうして戦っていると、この能力は土台からしっかり磨かれた物である事が分かる。一朝一夕、クラスの恩恵で覚えただけのものじゃない。きっかけがそうだとしても、それをちゃんと使いこなしている。
動きが変速的で速い。小柄でも突進力がある。有効打はもらっていないが、なかなか反撃に移れない。
――Action Skill《 魔装刃 》――
今度は< 魔装剣士 >のスキルかよ。何が一体どうなってんだ!
「死ねえええっっ!!」
スキルで強化された剣を受け止める。間近で見る表情は鬼か何かのようだ。久しぶりに渡辺綱らしいな、おい。
《 魔装刃 》はただの攻撃力強化のスキルだ。何か特別な効果が加わるわけではない。だが、その剣はあきらかに先ほどよりも重く、鋭い。フィロスの《 魔装刃 》とは何かが違った。
大丈夫だ。押されてはいるが、まだ格下の範疇。対応できない状態じゃない。だが、何をやって来るか分からない未知の部分が大き過ぎる。
制限時間の三分はとっくの昔に過ぎている。ルールはどうしたんだよ。誰か止めろよ。
「たああああっっ!!」
凶暴性を剥き出しにしたセラフィーナが空中から迫り、叩きつけるように剣が振り下ろされる。
そのスピードは確かに速いが、動きの取りづらい空中なら迎撃は容易だ。ならば、このまま対空攻撃――
――Action Magic《 マジック・アロー 》――
落ちてくるセラフィーナに合わせて、複数の魔力の矢が展開、俺に迫る。攻撃魔法まで使うのかよ。どんだけだよ、こいつっ!!
だが舐めるな。つい最近、その数倍の炎の矢を潜り抜けて来たんだ。その程度の数、いくらでも避けられる。
直線的な矢の軌道を見切り、前進しながらギリギリで躱す。そのまま、空中から攻撃を放ってくるセラフィーナに向け、< 不鬼切 >で迎撃を行う。
「ちぃっ!!」
一撃目で剣を薙ぎ払い、返す二撃目で全力の一撃を叩き込む。セラフィーナの体が宙を舞い、グラウンドに投げ出された。さすがにHPを大幅に削り取っただろう。体が消えないという事はまだHPが残っているという事だが、残量はそう多くないはず。
――Action Magic《 フィジカル・ヒール 》――
ヨロヨロと立ち上がりながらセラフィーナの体が発光する。
もう驚かないぞ。なんでもできる万能選手だと思って戦って、さっさと沈めよう。
……次に飛び込んできたら終わらせる。そう待ち構えていると、唐突に雰囲気が変わった。周囲の空気が張り詰めたのが分かる。
――《 我は盟約の履行を求める 》――
「なん……だ」
それはこれまでに見たことのない類のスキル発動メッセージ。いや、魔法なのか?
水色の魔力光がセラフィーナの周囲に立ち昇り、これから何かが起きると伝えている。その姿は無防備そのもので、今ならどんな攻撃でも当たりそうなのだが、俺の中の危険信号が"あれに近付くな"と警鐘を鳴らしていた。
あれは一体なんなんだ。
こうしている間にもセラフィーナの魔力光は濃度を増していく。足元からは紫色の紐状の物が体を這うようにして伝っていくのが見える。
――《 刃の理に従い契約者デ――
「ふぎゃっ!」
紫色の紐がセラフィーナの体を縛り上げ、地面に引き摺り倒した。
「は?」
「ストップだ、セラ。そんなものを使う許可は出してない」
声のした方向を見ると、見た事のない少年がこちらに向かって歩いて来ていた。
彼があの紫色の魔法でセラフィーナを止めたのか? ……メッセージは出てなかったよな?
「すいません。ウチのセラが暴走してしまったみたいで」
少年はセラフィーナよりも更に小柄で、ローブに大きな杖を持った、まさしく魔術士という格好だった。
-5-
さて、反省会である。控室には俺とラディーネ、少年と、奥には魔法で縛り上げられたセラフィーナが転がっている。
教師たちは他の生徒たちを教室に戻してくると席を外している。……あの危険物を残しておくなよ。
「すまないね。他の先生は止めようとしたんだが、ワタシが続けさせたんだ」
「……それは別に構わんが」
どうやら三分で終わらなかったのはラディーネのせいらしい。
「ちょっと続きが見たくなってしまってね」
理由は適当だったみたいだが。
「すいません。本当は僕が止めるべきなんですが、閉じ込められていたので対応が遅れてしまいました」
閉じ込められてたってなんでだ? 何処に閉じ込められたのだろうか。
「飼い主なのだから、ちゃんと躾けなさい」
「面目ない」
「え、何その会話」
まさか、この少年がセラフィーナの飼い主だというのだろうか。平然と返事してるんだけど、認めてるの?
縛られた本人を見ても別段変わった様子はない。目だけで何見てるんだと威嚇された。
「それで、さっきのはなんだね? ちょっとありえないだろ、アレは」
「すいません。ちょっと企業秘密で」
「最後のも?」
「もっと秘密です」
ラディーネが言っているのはセラフィーナが使った数々のスキルの事だろう。最後のを含めて知らなかったようだ。
やっぱり普通じゃないよな。どう見ても複数のクラスのスキルを使っている。
「こんな顔合わせになってすいません、渡辺さん」
「俺の事を知ってるのか?」
「ええもちろん。今日も観戦するつもりだったんですが……」
少年はチラリとセラフィーナのほうを見る。……やっぱり彼女に閉じ込められたのかしら。
「なんでこんな事をしたんだ、セラ」
「だってその人ディー君のお気に入りなんでしょ。いなくなっちゃえばいいと思う」
なんか物騒な事を仰ってますぞ。飼い主ならちゃんと躾けて下さい。
そもそも、冒険者は殺しても死なないのに、どうやって排除するというのだ。
だが、彼女の俺を見る目は本気だ。拷問でもなんでもして心を折りに来かねない。
「あーその、彼女はちょっとアレな子でして……。最近は更生して闇討ちなどはしないようになったんですが」
アレっておい。それで更生したって、どんだけなんだよ、その子。
「まあいいけどさ、……とりあえず助かったよ。この前中級に昇格した冒険者の渡辺綱だ。え……ディー君?」
「ディルクといいます。はじめまして」
……ディルクでディー君ね。こいつが例の飛び級少年だったのか。最年少トライアル攻略者といい、結構な肩書持ちに会う日だ。
「それで、俺がお前のお気に入りってのはどういう意味だ。……最初に言っておくが、ホモには興味ないからな」
「いやいやいや、ちょっと待って下さいよ! そんな意味じゃないですって。セラフィーナはなんか勘違いしてたみたいですが、僕はあなたのファンなんですよ」
「……ほう」
珍しい。ファン倶楽部の登録数は増えているが、こうして正面切ってファンだと言って来られたのは始めてだ。
握手とか、サインとかして上げちゃったりしたほうがいいのかしら。
「でも、そんな事を言いつつ、コメディアン的な俺の活躍が面白かったとか、そういう理由だろ」
騙されないんだからね。
「まさか。純粋に冒険者として尊敬しています」
「お、マジで」
ちゃんと見てくれる人もいるもんだな。掲示板での俺は基本的に恐怖か嘲笑の対象なのに。
「君は驚いているが、別段おかしな事でもないと思うがね」
まあ、今までがひどかったからね。この流れで女の子のファンとかもいらっしゃらないかしら。結婚を前提にお付き合いさせてもらってもよろしくてよ。
「冒険者になってまだ三ヶ月なのに、クラン新設に向けて動いてると聞きましたよ」
「ん、そうなのかい? まだランク足りないだろ」
「ランクは足りないが、クラン創設はほぼ確定してるんだ。設立には色々条件足りないが、クランハウスはすでにある」
実はクランハウス取得が最大のハードルらしいので、俺はある程度はクラン設立に近付いているという事になる。設立に向けて動いているというのも間違った表現じゃない。
「中級になるのも早いと思っていたが、なんとまあ剛毅な話だね」
「お前はなんで知ってるんだ?」
隠してはいないが、あまり表には出してない話だ。ファンとはいえ、初対面の人間が知っているとは思えない。
「僕は情報局の所属でもあるので、大抵の情報は手に入るようになってます」
「そういえば、君はそっちのランクが上位だったね」
情報局ってなんだ? ギルドみたいなもんか?
「なので、クラン創設の暁には僕も入れてもらおうかなと思っていました」
「え、本気か? 唐突……というか、まだ卒業してないよな」
「卒業ならいつでもできます。いつしても良かったんですが、ちょっと研究中の案件があって」
この様子は本気っぽいな。ククルに話を聞いた時から話くらいはしてみようと考えてはいたが、まさか向こうから言ってくるとは。
「ラディーネみたいに兼業じゃ駄目だったのか?」
「それでも良かったんですが、冒険者のほうはそんなに急いでなかったですし、こっちに集中したいという事情もあったので。……でも、渡辺さんがクランを作ると知って気が変わりました」
そらまた、随分過大な評価だな。
「ディー君駄目だよ、その人ホモなんだから」
「は?」
「……え?」
おいこら、突然何を言い出すんだ。
ディルクもそんな目で見るな。ファンっていうくらいなら知ってるだろうに。
「んなわけねーだろ。お前も適当な事言うんじゃねーよ」
「……そ、そうですよね」
なんで疑心暗鬼になっとるねん。お前のケツの穴なんか興味ないから心配するな。
「騙されないんだから。みんな言ってたもん」
「みんなって誰だよ」
「専用スレの人とか、あたしのクラスの子とか……」
そんな話を信じるなよ。お前のクラスメイトは知らんが、専用スレは基本的に俺をネタにしてる連中の巣窟だからな。
「あのねセラ。そういう適当な噂は簡単に信じないでって言ってるだろ」
「むー。だってディー君が取られちゃうと思ったんだもん」
頭の弱い子なのかしら。
「じゃあ、こうしよう。俺がラディーネの胸を揉むから、その反応を見て判断しろ。協力してくれるよな」
これなら誤解も解けて俺も楽しい。俺のガウルがガウルしてしまうところを見れば納得してもらえるだろう。
ちょっとお見せできない映像になってしまうかもしれないが、やむを得ない。
「何を言ってるんだ君は。あー、セラフィーナ君、彼が同性愛者でない事はワタシが保証しよう。君もそんな適当な噂よりもワタシの言葉のほうが信憑性が高いと思うだろ」
「せんせー。……うん、分かった」
意外に素直だな。もうちょっと粘ってくれればおっぱい揉めたかもしれないのに。
「君もワタシの胸なんぞ揉んでも楽しくないだろうに」
いや、そんな事はないですよ。多分、一日中でもいけます。
「というわけで、今はデビューの手続きに向けた準備中です」
「じゃあ、もしかして来月とかにデビューする気なのか?」
「最短ではそうなりますね。早々に中級に上がって固定にでも入れて頂ければ」
気の早い事だ。当たり前のようにできそうだからすごいよな。
「むー、じゃあ、あたしも入る」
え、こいつもついてくるの? 面倒臭そうだから嫌なんだけど。
「すいませんが彼女も受け入れてもらえないでしょうか。実力は保証します」
お前、止める側じゃないのか? 実力は……まあ間違いなく一級品だけどさ。
「彼女は扱いが難しいですが、僕の切り札でもあるんですよ」
切り札ね。……秘密は多そうだよな。下手すりゃボーグばりに。
「どうせまだ先の話なんだから、ちょっと考えさせてくれ」
「では、彼女の分も納得して頂けるよう、結果を出しましょう」
大した自信家だね。
「ワタナベ君は今日から夜道に気をつけたほうがいいね」
「飼い主ならちゃんと止めろよ」
「……善処します」
そっちは自信なさ気だな、おい。
< ステータス報告 >
冒険者登録No.43856
冒険者登録名:ガウル
性別:男性
年齢:18歳
冒険者ランク:D-
ベースLv:35
クラス:
< 軽装戦士:T.Lv64 >
├< ビーストファイター:Lv33 >
└< 戦士:Lv31 >
二つ名:なし
保有ギフト:《 凍獣神の加護 》
保有スキル:
《 武器熟練:T.Lv3 》
└《 爪術:Lv3 》
《 武器適性:T.Lv2 》
└《 爪:Lv2 》
《 爪技:T.Lv5 》
├《 襲爪撃:Lv3 》
└《 連爪撃:Lv2 》
《 ブレス:T.Lv5 》
├《 ブレス・チャージ:Lv1 》New!
├《 アイス・ブレス:Lv3 》
└《 ブリザード・ブレス:Lv1 》New!
《 精霊魔術:T.Lv2 》
└《 アイス・コート:Lv2 》
《 心得:T.Lv1 》
└《 戦士の心得:Lv1 》
《 戦場の理:T.Lv2 》
├《 戦士の条件 》
├《 荒野の戦士:Lv1 》New!
└《 洞窟の戦士:Lv1 》New!
《 戦闘術:T.Lv6 》
├《 対動物戦闘:Lv1 》
├《 対魔物戦闘:Lv1 》
├《 単独戦闘:Lv1 》New!
├《 フェイント:Lv1 》
├《 スキル・コンビネーション:Lv1 》
└《 獣の咆哮:Lv1 》
《 移動術:T.Lv2 》
├《 フォレスト・ウォーク:Lv1 》
└《 スプリント:Lv1 》
《 跳躍:T.Lv2 》
└《 ハイ・ジャンプ:Lv2 》
《 鑑定:T.Lv2 》
├《 看破:Lv1 》
└《 耐性看破:Lv1 》
《 生存術:T.Lv4 》
├《 サバイバル:Lv2 》
├《 自然武器活用:Lv1 》
└《 自然罠活用:Lv1 》
《 肉体補正:T.Lv6 》
├《 生命力強化:Lv2 》
├《 生命力増幅:Lv1 》
├《 筋力強化:Lv2 》
└《 脚力強化:Lv1 》
《 感覚補正:T.Lv5 》
├《 嗅覚強化:Lv1 》
├《 聴覚強化:Lv1 》
├《 動物的勘:Lv1 》
├《 方向感覚:Lv1 》
└《 気配察知:Lv1 》
《 運動補正:T.Lv4 》
├《 姿勢制御:Lv2 》
├《 回避:Lv1 》
└《 緊急回避:Lv1 》
《 属性耐性:T.Lv3 》
├《 火炎耐性:Lv1 》New!
└《 冷気耐性:Lv2 》
《 生存本能:T.Lv1 》
├《 死からの生還:Lv1 》New!
└《 不撓不屈 》New!
《 虚空倉庫:T.Lv1 》
└《 アイテム・ボックス:Lv1 》
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