第6話「泡沫の夢」
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長い夢を見ていたような気がする。
夢の中での俺は、ファンタジー世界で生きるド貧民農家の三男で、食い物にありつく事すら難しい日々を送っていた。
なんで夢の中でまでこんなサバイバルをせにゃいかんのやとも考えたが、本人は無自覚だ。どうしようもない。生きるのに必死だったのだ。
かつて日本で渡辺綱をやっていた頃、後輩の岡本美弓に薦められてネット小説を読んでいた事がある。
日本で見たネット小説には異世界転生モノの題材が大量に転がっていて、記憶を保持したまま異世界の人間へ転生するという設定が多かった。
この世界で前世の渡辺綱の記憶を取り戻した時は、まさか俺も小説の主人公みたいな体験をしているのだろうかとワクワクしたものだ。
しかし、現実は辛い。というか、今考えると必要以上に辛かった思い出しかない。無闇矢鱈ひどい現実ばかり突き付けられてきた気がする。
小説の題材にするにはあまりにつまらなく、カタルシスのない内容だ。逆転劇とか一切ない、底辺から更に底辺への転落人生である。なるほど。あれは俺が創りだした仮想の現実。夢の産物か。
夢は記憶の整理の産物。あるいは願望の表れであると聞いた事がある。つまり……俺にはサージェスのような被虐願望があると……。
……ねーよ。冗談じゃねーよ。というか、俺の脳内知識にあんなド級存在してねーよ。いきなり回答が引っ繰り返ったが、これが夢なわきゃねえ。
現実はいつだって俺の想像を越えて来た。特に迷宮都市に来てからは、いい意味でも悪い意味でもびっくりしっぱなしだ。何か物を作るのが苦手な俺に、あんな設定は作り出せない。それはトマトさんやドレッシングの得意分野である。
ユキなんて俺の脳内性癖には存在しない特殊性だし、サージェスは存在そのものが悪夢だ。
美弓は……アレは異世界にいたらあんな感じだろう。納得できそうだ。
ティリアは良く分からないが、オーク陵辱ものとかプレイした事あるし、設定だけなら思いつくかもしれない。
フィロスやゴーウェン、摩耶、あとガウルくらいなら想像の及ぶ範疇だが、彼ら彼女らも貧弱な俺の脳みその想像を軽く越えて、現実に生きている人間だと主張してくるのだ。
派手なオーク、トカゲのおっさん、ブリーフさん、部下を薙ぎ倒すスカルジャイアント、亡霊騎士、戦ってきた相手はどれも強かった。ラーヴァ・ゴーレムなんて、結局勝ててもいない。
猫耳さんことチッタ、アーシャさん、そしてロッテ。彼女たちとの死闘は紛れもない現実だった。なんで節目節目のボスとして女の子とばっかり戦ってるのか疑問だ。……少なくとも俺の趣味じゃないぞ。
つまり、今がどうであろうとアレは現実だったのだ。ステータスやスキルなどの変なシステムがあってもそれは関係ない。少なくとも、夢で済ませていい体験ではない。
「起きて下さい、センパイ。こんなところで寝てると、風邪ひきますよ」
美弓の声で"現実"に引き戻された。
なんか前にもこんな事があった気がする。あれはいつの事だったか……。
「美弓か」
「そうですよー。センパイのトマトちゃんです。きゃはっ!」
あいかわらずウザい笑顔だな。
窓から差し込む光は柔らかく、吹き込む風も暖かい。陽気に誘われてリビングで寝てしまったのか。
「もう春だから風邪なんて引かねーよ。お前こそ体調気をつけろよ」
「そーですねー。春ですねー。そう、妊婦なのでもうちょっと労って下さいよ」
「……労ってる。学生時代とは扱いが違うだろう」
少なくともプロレス技かけたりしないし、精神的な追い込みもかけていない。極めて穏やかな間柄だ。
「アレと比べられても困りますよ。トマトちゃんはイロモノキャラは卒業したのです」
いや、イロモノには変わりないと思うぞ。結婚しようが、子供できようがそれは変わらないと思う。それはお前の根本的な性質に基づいているのだ。
「しかし、まさかお前と結婚する羽目になるとは……」
「にゃはは、センパイの負けですね。あたしの攻め筋は間違ってなかったという事です」
「俺が自爆しただけで、お前の攻め筋は間違ってると思う」
これは、大学でモテなくて性欲を持て余してしまった俺が自爆した結果だ。だって、いつでも手が出せる範囲にいるんだもん。
「そーですかねー。でも、追いかけてきた事は正解だったし、センパイは優しくなりました」
「トマトさんに関しては色々吹っ切れたからな。もう気にしない事にした」
「トマトちゃんになんか気になる設定でもあったんですか?」
お前が生み出してしまった小説のキャラについては思うところがあるが、そっちのお前じゃない。
「サラダとかトマトは関係ない。お前自身の事だ、美弓」
「私の?」
「今だから言うが、俺はずっとお前が怖かった」
「え゛っ、ヤンデレっぽいとか、犯罪犯しそうとかですか。確かに良く言われますが」
それはない。お前はどこかで必ず計算してる。致命的な間違いは犯さない。失敗するのだって、お前にとっては折込み済なんだろう。自覚しているかは分からないが。
「会った頃からずっとだ。俺は、お前の本質を見抜く力が怖かった」
「人を見る目って事ですか? 人物評には自信があります。むふん」
「もっと本質的な事だよ」
人だけじゃない。もっと根幹的な、真理を暴く目を以って物事を見つめてくる。初めて会った頃からそうだ。それが怖かった。
「先輩たちが前から言ってた奴ですか。やっぱり自分では良く分かりませんねー。……でも、センパイはそういう私の無自覚な部分も受け止めてくれるつもりなんですよね」
「ああ」
「キャー! 真顔の本気だ。ちょー格好いい! 鼻血出そう」
あれ、もうちょっと後悔してる。
……でも、まあいいさ。こんな人生だって悪くない。これだって在り得たかもしれない未来……いや、過去の話だ。
美弓と人生を共に歩む可能性はそう低くはなかったのだろうと、そう思っているのも確かだ。
「お前は可愛いな」
「ひー! ほ、ほめ殺しですかっ!! 悶絶しそう。何、なんなのこれは、今までにない凶悪なダメージを感じる」
「今後はこの路線でお前を責めて行く事にする」
「うわーっ! うわーっ!! どうしよう、頭おかしくなりそう。これがずっととかあかん、あかんで。ろ、録音とかしてもいいですかね」
「やめい」
どうせこれは夢だ。
でも、いつか見たあの部室のような、どこか不自然な夢じゃない。……実際に在り得たかもしれない世界の夢。
「ちなみにさっき見た夢では、お前はハーフエルフだったぞ」
「おー、なんというファンタジー。やっぱりアレですか。ツナセンパイと組んず解れつな成人指定な関係で……」
「小学生低学年の体型で、いろんな人に弄られていた」
「なんでですかっ! 夢の中でくらい弄るの止めにしましょうよっ!! もっと愛して下さい、ぷりーず!」
残念ながら、あっちが現実なんだ。
「はは、ほんと残念だ」
「はあ……」
そう、これは束の間の夢。起きたら忘れてしまうような、泡沫の世界だ。
もう道筋すら残されていない、閉ざされた可能性の世界だ。
-2-
目を開けると変態がいた。
どうやらソファに横になっていたら、いつの間にか寝てしまったらしい。このリビングの扱いも後々考える必要があるだろう。
「おはよう、サージェス」
「あ、リーダー起きたんですか。起こしては悪いと思って声はかけなかったんですが」
「別にいいよ。誰が来てもおかしくないリビングで寝てるほうが悪い」
サージェスは完全に引越したわけではないが、一応このクランハウスの住人だ。部屋だってある。
でも、寝起きに見る顔はこいつじゃない方が嬉しかったな。
「しかし、ひどい夢だった。何故俺がトマトさんとできちゃった婚せにゃいかんのや」
どういうわけか、美弓と結婚してしまった夢を見てしまった。内容はほとんど覚えていないが、あいつが悶えていた姿だけが頭に残っている。ニヤニヤしてて気持ち悪い。
「あの体では妊娠は無理じゃないでしょうか」
サージェスはハーフエルフの美弓基準で考えてるからな。前世のあいつは貧相ではあったが、そこまで小さくはない。
「あー、夢だ夢。ドリームです。……で、なんだその大量の荷物は」
よく見たらサージェスの脇には大量のダンボールが積まれていた。
本格的に引越しするのだろうか。言ってくれれば手伝ったのに。
「とりあえず《 アイテム・ボックス 》で運べる物は、順次移動しようと思いまして。前からちょくちょく運んではいましたよ。大抵リーダーがいない時でしたが」
知らなかった。じゃあ、すでにこいつの部屋には、あの魔の領域が再現されている可能性があるのか。踏み入る気はないから別にいいんだが。
「部屋の拡張に必要なGPが思っていたよりは安かったので、引越すのはそんなに遠い事でもないと思います」
ティリアもそうだが、こいつも俺たちよりデビューは早かったわけだしな。その分の貯金はあると。
荷物置場なんて、最悪庭を造ってそこに放置したっていいわけだしな。設定すれば雨も降らないし、風も吹かない。短期間なら家具も劣化しないだろう。どうしても気になるなら自力で物置を立てればいいのだ。
「でも不思議な事もあるもので、いくら移動しても荷物が減らないんですよね」
「それは引越しの不思議だな。どうやってしまってたのか分からないものも出てくる」
俺の前世の記憶も引越しの荷物と一緒だ。ふとした拍子に出てくる。
さっき見たトマトさんの夢も、しまってた記憶が変に組み合わさって出てきてしまったのだろう。
あいつとの結婚生活とかあまり想像したくない。結婚したらしたで悪くないのかもしれないが、できれば避けたい展開だ。特に、今世だとエロい事も不可能っぽいし。
「俺のほうが《 アイテム・ボックス 》広いから手伝おうか?」
サージェスの引越しはSAN値が削られそうだから、手伝うのは部屋の前までだが。
「では、最近磔用の水車を買ったので、それを運ぶのを……」
「そういうのはなしでお願いします」
水車って普通なのに、もうそれ用にしか見えなくなってしまいそうだ。なんでそんな大がかりな装置を個人で購入してるんだよ。
「そういうのじゃなくて、普通の家具はないのか?」
前行った時は本棚とかあっただろう。中身はろくでもなかったが。
「本格的に引越しする際には、あのパンダさんにお願いしますよ。割引してくれるらしいですし」
「そうか」
あいつら、意外にもちゃんと引越し屋してたからな。種族柄、パワーがあるから家具の配置とか楽そうだった。
サージェスの作業が終わり、荷物がすべて中に運ばれる。俺は手伝いもせずにぼーっとそれを眺めていた。どうもこんな感じで数回荷物の移動をしているらしい。
「お前って、前世の事とか夢に見たりしないのか?」
「唐突ですね。……ない事もないですが」
「さっき、ちょっと夢を見てな」
設定的に正確な意味では前世じゃない気もするが、舞台は前世の日本で、登場人物は前世の俺と美弓だった。
「自分の体感として見る事は基本的にありませんね。こう……俯瞰しているようなイメージでしょうか。別人の人生を見ているような感覚です」
別人という割には、性癖その他は引き継いでるんだよな。
「あの時、こうしていればとか、そういう後悔はないか?」
「あの男も後悔はしてなかったようですし、私も特には無いですね。記憶が戻るのが遅かったせいか、あの男と同一の人格であるという認識も薄いんですよ」
捉え方も随分違うらしい。
俺の場合、夢を見るのは完全に主観的な視点だし、前世の渡辺綱と地続きで存在している感覚しかない。生まれてから記憶が戻るまでの五年間と死ぬ直前の記憶が抜け落ちてはいても、別の誰かとは認識できない。
ユキは分からないが、美弓も多分そうだろう。あいつは相当前世の影響を受けているはずだ。
「感じていたものも違うはずです。あの鮮血の城でそれを実感しました」
あの最終関門か。苦しんでいたのは、前世の自分が感じていたものに対してだったのだろうか。
「ただ、お陰で見えてきたものもあります」
「やっぱり、お前も得るものはあったんだな」
ひどい試練だったが、意味がない事はない。結局、死因はなんだか分からないままだったが、俺にとっての今後の課題と最終目標も見えた。サージェスにとっても、転換期ではあったのだろう。
「ええ、ちょっとサドの良さも分かってきました。逃げ回るロッテさんを追いかけるのはなかなか楽しかった」
「…………」
どうやら、サージェスさんは更なる進化の道を見てしまったようだ。
以前から、見せた反応を楽しんでいた節はあったし、おかしな事ではないのかもしれない。ほら、MはSを兼ねるっていうし。
「今更お前の性癖に何が追加されようが構わないが、逮捕されるのは勘弁してくれよ」
「鋭意努力しましょう」
努力だけじゃ駄目なんだ。行動を伴ってくれ。
-3-
「ちょっと話がある」
その日、一人でギルドの食堂の飯を食っていると、どこかで見たちびっ子がやってきた。
先日冒険者デビューに成功した魔女っ子リリカさんである。登場のパターンについては今更言及しまい。
なんか怒ってらっしゃいますね。心当たりは……無い事もないけど。
「……ども」
そういえば、随分久しぶりの気がする。今回は気のせいではなく、実際に期間が空いている。最後に会ったのいつだったかしら。
「相席いい? パンダについて、色々聞きたい事があるんだけど」
「どうぞどうぞ」
やはりパンダか。マイケルにリリカと組むのを薦めたのは軽率だったかしら。
よし、ここまで違えばコピペとは言われまい。誰も言ってない気もするけど。
「そういや、自己紹介してなかったな。渡辺綱だ」
「こら」
ごめんなさい。
「それでなんの件だっけ?」
「確認したい事があったんだけど、最近食堂で見かけなかったから。……寮でもすれ違わないし、部屋に行ってもいないし」
そういえば食堂を利用する機会は随分と減った。ユキもティリアも料理ができるので御相伴に与る事が多いためだ。食費は払っているが、それでも安く済む。寮出ちゃったから、ここの朝食もタダじゃなくなっちゃったし。
「最近引越したんだ。それでここ利用する機会が減ってさ」
「あ、そうなんだ。避けられてたわけでもないのね……。おめでとう?」
「ありがとう?」
引越しがめでたい事かどうかは分からんが、別に避けてはいないよ。
「それで本題なんだけど……なんかデビューしてからパンダに付きまとわれてて……」
「まあ、待て。俺とお前の認識に違いがあるとマズい。パンダっていっても色々いるだろ」
「パンダなんてそんなにいないでしょ。いくら私が迷宮都市の常識に疎いといってもそれくらい分かる」
そうでもないんだ。これはすでに常識外の事であるからして……。
少なくとも出てくる可能性のある奴だけで二桁に及ぶのだ。俺も結構常識を破壊されている。
「そのパンダは三人……三匹組か?」
「そう、今は三匹になった。……最初は一匹だったんだけど、どんどん増えて困ってる」
なら大丈夫だ、それ以上は増えないから。……増えないよね。
「最近、君がパンダと会っていたっていう話を聞いたから、関係あるんじゃないかって思ったんだけど」
「ああ見えてもあいつら冒険者だから、一緒にパーティ組めばいいんじゃないかって話はしたぞ」
「やっぱり……意思疎通ができない相手と連携なんかできないでしょ」
おや。
「一応、アレクサンダーが喋れるから通訳してくれるだろ」
「誰、アレクサンダーって」
あれ、名前も知らないのか?
「マイケルとミカエルとアレクサンダーだよ、パンダの名前」
「あの子たち、そんな名前だったの……」
「おかしいな。他の二匹はともかく、アレクサンダーは喋るぞ。かなり流暢に」
「それはおかしい。どれも『がう』とか『クマ』とか『パンダ』としか言わない」
おい、なんか違う奴混ざってるぞ。……何が起きているんだ。
「俺の知ってる奴と違うかもしれないな。……その『パンダ』って言う奴、派手なグラサンかけてなかったか?」
「グラサンってあの目にかける黒いやつ? かけてなかったけど……そんなのもいるの?」
関係ないはずなんだが、いるんだよ、これが。
でも、カポエラパンダの事じゃないのか。いや、グラサンなんて外せば誤魔化せるし……何を理由に誤魔化そうっていうんだ。……俺まで混乱してきた。
「ダンジョン外だとマナー違反らしいが、《 看破 》は使わなかったのか? 習得しているんだろ?」
「《 看破 》ならトライアルで覚えたけど、確かに使ってない。……同伴者から、その手の覗き見はマナー違反って聞かされてたし」
「そっか。一緒にダンジョン潜ったりは?」
奴等に常識が通用するか分からんが、ダンジョン入るならお互いの情報交換くらいする。そもそも、冒険者になったのは三匹だけという話だから、それ以外は入れないはず。
「まだだけど……」
「とりあえず、なんか違うのが混ざってる。ありそうなのは、トラックドライバーのイスカンダルとか」
「イスカンダル……」
「通訳できるアレクサンダーがいれば話は通じるから、そこからだな」
あいつ以外で話が通じるのはクロくらいだ。……ひょっとしたらラディーネも。
「というか、私にあいつらと組めと?」
「強制はしないが、お前ソロであいつら三匹でちょうどいいんじゃないかって思ってな。パーティメンバーってトライアルから引き継ぐ傾向があるっていうしさ」
あいつら熊だから強いんじゃないか? 人間より身体能力は高いぞ。
「確かにパーティは大体固まってるって聞いてるから、実際困ってはいる。……でも、釈然としない。なんかゴリラ引き連れたゴリラに仲間扱いされるし、もう意味分からない」
釈然としないのはしょうがないが、ゴリラ引き連れたゴリラってなんだ。それはただのゴリラの群れじゃないのか?
「無限回廊の十層は超えたのか?」
「うん。そういえば、十層もパンダだった……頭おかしくなりそう」
「それは俺も通った道だ。諦めたまえ」
「一体何故こんな事に……」
それは運命のイタズラとしか言えないな。タイミングが悪かったのさ。
「まあ……パンダはともかく、このペースなら君たちにもすぐ追いつけるはず。一週間で十層まで行ったんだから。三十層だってすぐだと思う」
「え?」
何言ってんの?
「何か変な事言った?」
「あ、うん。そういえば、その認識が普通かもな」
そっか、知るわけないじゃん。話してないんだから。
「この先はもっと大変だっていうんでしょ。でも、今月中には三十層まで行ってみせるから」
「ごめん、もう俺たちはそのステージにはいないんだ。この前中級に昇格した」
「……は?」
「中級に昇格した」
「…………え?」
混乱されてらっしゃる。
「え、だって、中級ってD-以上って事でしょ? ……最速記録でも半年って聞いてるんだけど」
良く調べてらっしゃる。なんかその記録、アーシャさんらしいね。
「その記録は俺たちが更新した。現在の最速は三ヶ月だ」
「そんな馬鹿な……。頑張って追い抜こうとしてたのに」
俺とユキ、フィロス、ゴーウェンの四人が現在のレコードホルダーである。
「というわけで、頑張って追いついてくれたまえ。ふははははは」
「なんという上から目線。……実際に結果を出しているのがまた腹立つ」
いいね。リリカさん相手だと、異世界チートものの主人公やってる気分になれる。
「ま、逆に俺たちが手伝うのは無理じゃないから、メンバーが集まらないとかだったら言ってくれ」
「むー、そんな下に合わせるような事はしなくていい。……なんか、全部の面で置いていかれてる気がする」
「そんな事ないだろ。更に記録更新すればいいんだから」
「更にって……わ、分かった」
とはいえ、なかなか難しいだろうけどな。俺たち、正規のルートで昇格したわけでもないし。
基本的に長く時間がかかるのは、昇格試験の発行が遅いってのもあるらしいしな。
ちなみに中級昇格処理は三ヶ月に一度だから、現制度でこれ以上更新するのは不可能だけど、昇格資格を得るまでの期間なら短縮できるはず。
「でも、そっか……もう中級って事はそれだけで食べていけるって事?」
「まだ中級として稼いだ事はないから分からんが、多分そうだな。ダンジョンの稼ぎ以外でも仕事増えるみたいだし」
「たとえば?」
「俺も詳しいわけじゃないが、トライアルの同伴者とか、下級相手の訓練官とか、学校の臨時講師もあるって聞いたな」
あんまりやりたくないが、金もらって下級のヘルプをする奴もいるし、闘技場の試合を並行して行っている奴とかもいるらしい。中級になっただけでいきなり幅が広がるのだ。
「あ、トライアルの同伴者もできるんだ……。そう考えると余計に早く感じる」
ほとんど猫耳と同格だからな。あいつがどこまで攻略進めてるか知らんが、今なら普通に勝てると思うよ。
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「その臨時講師の依頼が来てますよ」
その会話の内容に合わせる形で、タイミング良くククルが食堂にやって来た。俺たちの会話が聞こえていたらしい。
「話の途中で割り込んでしまって申し訳ありません。できれば早目に済ませたい内容でしたので」
「誰?」
「ウチのマネージャー」
マネージャーってなんだって顔してるから、あとで説明する必要があるな。
「ツナさんたちの専属マネージャーになりました、ククリエール・エニシエラです。エーデンフェルデさんですよね」
「エーデンフェルデ?」
「私の家名。ほとんど絶縁状態だけど。……なんで知ってるの?」
家名があるって事は、実は貴族なのかな。迷宮都市の外だと魔法使いってだけでも名門だから、ありえなくもないのか?
「今月デビューした新人なら、手続きをやっているので全員覚えてますよ。エーデンフェルデは帝国の伯爵家ですね。何度か領地への遠征の手配をした事があります」
「そうなんだ……。でも、基本的に私は無関係と考えて欲しい。籍が残ってるだけ」
「承知しました」
実家と仲悪いのだろうか。
「で、臨時講師ってなんの話だ? 急ぎなのか?」
「冒険者学校の講師の依頼です。講師といっても生徒と話したり、模擬戦をしたりするくらいですが。記録を出したりすると指名で呼ばれるんですよ」
なるほど、つまりレコードホルダーである我々にお声がかかったと。
「俺たち全員が対象?」
「とりあえず個人で指名されたのは最短で昇格した四人だけです。今週と来週それぞれ一回の依頼で、今週分は急ですが明日なんです。なので、早急にスケジュールと意思確認をしなければいけなくて」
「二回っていうと二人ずつか」
「優先順位は低いですが、できれば二人ずつでとの依頼でした。ユキさんは明日でOKとの回答をもらえたんですが、フィロスさんとゴーウェンさんは来週がいいとの回答でしたので。渡辺さんがご無理なようでしたら、再度調整の必要が……」
それで急いでるのね。俺はスケジュール的には問題ないはずだ。
「俺は明日でもいいよ」
「助かります。依頼の窓口が私の恩師だったもので、断る場合はちょっと面倒だったんです」
卒業してから二年も経ってないなら、そういう事もあるか。
「ちなみに報酬はどんな感じなんだ?」
「結構いいですよ。今回のような指名でない限りは取り合いになるような依頼です。公的機関はどこも安定した報酬が出ますが、特に冒険者学校絡みはGPも出るので、中級冒険者には人気がありますね」
素晴らしいではないですか。
ククルに見せてもらった報酬額は、下級で稼いでいた額からは想像もつかないような額だ。今後の仕事が全部こんな額にはなるわけではないと思うが、かなりありがたい。特に今必要なGPが。
「見なきゃ良かった……」
額面が見えてしまったのか、隣でリリカさんが嘆いてらっしゃる。……金に困ってるのかな。
「では明日で話を進めておきます。詳細についてはのちほどメールを送りますので」
「あいよ」
ククルはそう言うと、そのまま仕事に戻っていった。
「……すでに世界が違う」
「そこまでの差じゃないだろ」
トライアルソロ攻略できる奴が下級で燻る事はないと思うし。
「ここに来てから生活が豊かになったのはいいけど、お金もどんどん減っていくから精神衛生上よろしくない」
「魔法使いって金持ってるイメージがあるんだが」
「普通の"魔術師"なら持ってると思う。魔道研究者なんて相応の基盤がないと成立しないし。でも私は色々都合の悪い事があって……」
魔法使いで冒険者なんてやってるんだから、事情も抱えてるって事か。
「飯はちゃんと食ってるのか?」
「まだ帝国から王国までの護衛料が残ってるから大丈夫。……でもそろそろ働き口を考えないと」
「よし、事情も話さずにパンダけしかけた事もあるから、なんか奢るよ。好きに頼んでいいぞ」
「え……ほんと!?」
見事な復活だった。そんな施しはいらないとか言われるかと思っていたけど、意外だ。そんなに金がないのか?
「いいけど、ちゃんと食える量にしろよ」
「うんうん。じゃあ、じゃあね、一度試してみたかったスペシャル定食ってやつお願いしようかな」
「どうぞどうぞ。ここじゃスペシャルだろうが大して変わらん」
割引が効いているから、ここのメニューは全体的に安い。スペシャルでも五百円いかない程度なのだ。
「じゃあ、その……チーズケーキってやつも頼んでいいかな」
「構わないが、そんなに厳しい状況だったのか?」
寮住まいならここの朝食はタダだし、それ以外だって大した額じゃない。困るような事はそうそうないと思うんだが。
「人のお金で食べるご飯は美味しい」
おいこら。
要所要所でしか会ってないからだが、未だにこいつのキャラクターが掴めないな。
「あ、どうも、渡辺さん。奇遇ですね。先日は御世話になりました」
そんな事を話していると、今度はパンダがやって来た。喋ってるから多分アレクサンダーだ。
こいつら最近エンカウント率高過ぎないか? パンダ嫌いのククルが立ち去ったタイミングで現れるとか、出待ちしてるんじゃねーだろうな。
「よう。リリカさんや、こいつがアレクサンダーです」
「喋ってる……」
呆然としているが、そりゃびっくりするよね。
だって、下手すりゃリリカより日本語上手いもの。さすが日本語検定の資格を持っているだけの事はある。
「今日もどこかの引越しか?」
「いえ、今日は冒険者としてのデビュー手続きですね。私だけ仕事で遅れてまして……。ちなみにそちらの方は例の?」
「ああ、マイケルから聞いてるのか? お前らの同期のリリカだ」
「は、ハジメマシテ」
「すいませんね、話は聞いていたんですが、通訳の私だけが顔見せできずに」
「い、イエ」
なんか固いな。あまりの事に考える事を止めてしまったのか。
「いやー、我々三匹だと十一層以降はちょっと不安だったので助かります。ミカエルと同じ魔術士というのも心強い」
「ま、魔術士っ!?」
パンダなのに、という顔だ。やっぱり同じ魔術士としては思うところがあるのだろうか。
「といっても、あいつは《 パンダ・ファイア 》と《 パンダ・ヒール 》しか使えないんですがね」
「え、何その名前」
こっちを見るな。俺だって初めて聞いたわ。つーか、なんでもパンダつければいいってもんでもないだろ。
終始釈然としない表情だったが、こうしてリリカとパンダとのパーティは成立した。
あとで聞いた話だが、奴等は相当強いらしく、攻略もかなりハイペースで進んでいるという話だった。熊の身体能力は伊達ではないという事だ。
『ほんと意味わかんない……あいつ、燃やしてやりたい』
リリカさんが泣きそうな声で物騒な事を呟いていた。一応仲間なんだから、フレンドリーファイアは止めて差し上げなさい。
-5-
翌日、俺とユキは案内役を買って出てくれた摩耶を連れて冒険者学校へとやって来た。
事前情報でかなり大きいという話を聞いていたので引率してもらえるのはかなり助かる。仕事でもないのに、ありがたいことだ。
「でかいな」
「でっかいね」
眼前に広がるのは、超巨大な敷地を使った学校。敷地を区切るための壁は遥か彼方まで続き、一体どれくらいの広さになるのか想像もつかない。前世でもこれほどの規模の施設は、ちょっと記憶にないな。
「教育機関がまとまってるから大きく見えるだけで、冒険者学校はこの内の一部ですよ」
どうも日本で言う幼稚園から大学、専門学校までの、教育施設として扱われている機関がすべてここに集中しているようで、迷宮都市生まれの子供は長い間ここで過ごすらしい。その上、生徒が利用する寮や専用の店舗まで入っているのだから、これは一つの街と呼んでもいいだろう。
各種分野の研究機関もここにまとまっているとの事なので、教師や研究者になると一生ここから出ない可能性すらある。
迷宮都市外に学校と呼べる機関が存在するのか知らんが、きっとこの世界最大の学校施設だろう。
「摩耶はこの前までここに通ってたんだよな」
「はい。敷地からもそんなに出ませんでしたね。せいぜい実家に戻る時くらいで」
なんでも揃えば外に出る必要もないか。引き籠りみたいにも聞こえるが、別に外に出ないわけでもないしな。
東京に住んでる人が都外に出ないようなもんだ……っていうのはさすがに言い過ぎか。
「その冒険者学校って、大学の扱いなの? 高校?」
「かなり特殊な扱いになりますね。試験さえ受かれば何歳でも入れますし、在学中に大学卒業資格を取得する制度もあります。高校か大学まで卒業してから冒険者学校に入る人がほとんどですが、いきなり入学する人もいますし……人それぞれですね。そもそも冒険者に学歴関係ないですしね」
頭の良し悪しは関係あるだろうが、それはそうだろう。俺たちだって今世じゃ学校には行ってない。日本語じゃないと、文字書くのすら怪しいぞ。
「お二人も入学しようと思えば入れますよ」
「それもいいけど、学園編はエタるジンクスがあるからなー」
おい、危険な発言はやめろ。
「飛び級してる奴もいるんだろ?」
「いない事もないですが、稀なケースですよ。特にディルク先輩のような人は他に……いない事もないですが、かなりの例外パターンです」
「誰の話?」
「飛び級しまくって冒険者学校に入った奴がいるんだってさ。今何歳だっけ?」
「今年で十三歳のはずです。お二人より若いですね」
六年前に入学って事は七歳。……化け物か。日本のような飛び級制度のない社会を基本に考えると、その異常性が際立つな。
でも、迷宮都市には五歳でトライアル突破した奴もいるんだよな。それ考えるとこっちのほうが幾分か常識的だ。アレを突破する幼児とかちょっとおかしいってレベルじゃない。
「じゃあ、今日はその子に会えるかもしれないね」
「それは……どうでしょうかね? とっくの昔に卒業資格を満たしているので、そもそも授業に出る必要すらない人ですから」
なんのために学校に残ってるんだろうか。
「こんな所で時間潰しててもしょうがないので行きましょうか」
「うん、そだね」
「これだけ広いと移動も大変なんじゃないか?」
目的地まで、どれくらい遠いのか知らないけど。……案内頼んで正解だったわ。
「中に地下鉄が通ってますし、バスも巡回してるのでそんなに不便はないですね。そもそも、実際に行き来する範囲は限られてますし」
専用のバスどころか、地下鉄まで通ってるのかよ。
俺たちは専用のバスに乗って敷地内を移動する。
通学の時間帯でないためか、車内はガラガラだ。運転手と俺たち以外乗っていない。田舎のバス運転手とかってこんな感じなんだろうか。運転手さんも、こんな時間に定期巡回するのは面倒だろうに。
「訓練の時にも聞きましたが、お二人の前世でもこういった乗り物があったんですよね?」
「そうだね。電車もそうだけど、不気味なくらいに再現されてるよ」
ここまで似せなくてもいいだろうってくらいにな。
利便性だけを考えたら別の形もあるはずだ。ここまで同じなのは、間違いなくダンマスの影響だろう。
「ちなみに、迷宮都市の外はどんな感じの乗り物があるんでしょうか。馬車はあると聞いた事があるのですか」
「摩耶は外に出た事ないのか?」
「生憎一度もありません。今後の事を考えると遠征に出る事もありえるので、色々調べたほうがいいとは思うんですが、どうしても後回しになってしまうんですよね」
「あまりの違いにカルチャーショックを受けると思うぞ。乗り物なんて、良くて馬車くらいしかない。基本は徒歩だ」
「それはまた……」
ユキさん曰く、外は下手すりゃ中世以前の文明らしいからな。車で移動してたらモンスターと間違われて攻撃されそう。
理解可能なのは限界で竜籠くらいだろうか。あんなのが町中に降りてきたら大騒ぎになりそうだが、まるっきり意味が分からないって事はなさそうだ。
「他に違いといえば、まずご飯が不味いね」
「そこからかよ……って、確かに死活問題だよな」
王都でなんか食うなら、あの圧縮乾パンのほうが遥かにいい。トラウマ気味だが、確実にそうなる自信がある。
「王都はパンが主食だと聞いた事がありますが」
「パンね……確かにパンだよね。良く言われる黒パンですらない、ガッチガチの岩みたいなやつ」
「……固いんですか?」
「固いレベルじゃないね。削ってふやけさせないと食べられない。ツナなら問題無さそうだけど」
馬鹿言え。固かろうが、パン食えるだけマシだ。
「俺と兄貴の主食は、麦粥って言ったら麦粥に失礼なゴミ粥と、たまーに野菜クズが出るのが基本だった。……あれ、麦なのかどうかすら分からん食い物だったな」
「そういえば王都でも最底辺の生活してたんだっけ?」
「否定はしない」
スラムの連中より貧しい食事だった。最底辺って言われても反論できないくらい悲惨な食生活だ。実はスラム育ちだったフィロスでも、俺より遥かに良い物食ってたみたいだしな。
ちなみに、王都に出てくる前がもっと悲惨だったのは今更言うまでもないだろう。村で作ってたのだって、メインは蕎麦に似た謎の救荒作物だったし。……それすらほとんど食えなかったけど。
「酒場で働いてた頃は時々でもクズ肉を食えたから、田舎にいた頃よりはマシだったな」
酒場のメニューには肉があったから、時々はありつけたのだ。なんの肉かも良く分からないものが多かったけど、生ゴブリンよりは全然良い。……本当に時々だけど、這い蹲ったら肉くれる酔っぱらいもいたし。
「ちょっと想像が付かない世界ですね」
「遠征出るなら、食料と水買い込んでいったほうがいいな」
「水もですか?」
「迷宮都市の水道水と比べちゃ駄目だ」
冒険者の内臓なら腹壊したりはしないと思うが、衛生的にはかなり微妙だ。王都は汚いし、寄生虫とかウヨウヨいそう。……水に関してだけは田舎のほうがマシだったな。
「色々大変そうですが、お二人は三ヶ月前までそこに住んでたんですよね」
「そうだね。迷宮都市に着いた時、二人でここは異世界なんじゃないかって言ってたよ」
「俺の場合は住んでたというより、飼われてただな」
そして、兄貴は売られていった。
「そ、そうですか……ちょっと遠征行くのが不安になってきました」
だから外行くなら、せめて食う物、飲む物は持って行こうって話だ。そもそも外に出ないという手もある。
「ちなみに、俺もユキも、外の一般的な暮らしとはちょっと外れてるからな。こいつ、結構いいとこの子だし」
「ツナと比べたら大抵の人はいいとこの子だと思うけど」
「うるさいわい」
少なくとも俺は、現代知識の再現に手を出す余裕はなかったよ。あの蕎麦モドキ、荒れ地でも育つから、腐葉土だってほとんど無意味だったし。
-6-
辿り着いた冒険者学校の校舎は意外に普通だった。
多少西洋的な雰囲気はあるが、これくらいなら平成の世でもヨーロッパに行けばあったに違いない。
「制服が可愛いね」
「うむ、いい事だ」
行き交う女生徒の格好が大変可愛らしくて宜しい。なんとミニスカである。日本の制服というより、ギャルゲ世界の制服だ。男の制服が地味なのは、こういう場合はしょうがないだろう。良く分かってるじゃないか。
ただ、いくら性別が雌だからといってリザードマンが着ても似合わないと思う。……トカゲのおっさんたちからしたらああいうのでも可愛いと思うのだろうか。
「摩耶もあれ着てたの?」
「普段はそんなに。授業と行事では着てましたが、単位さえ取ってしまえば出席は強制でもないので」
「へー、今度写真見せてよ。卒業アルバムとか」
「勘弁して下さい。ちょっとスカートは苦手で……」
着てみたら意外に似合いそうな気もするけどな。今着てる服だって、別に男物というわけでもないし。
「こうして見ると、年齢層がバラバラだな」
種族の違いで年齢の分からない者も多いが、あきらかに幼児にしか見えない者もいるし、俺たちより遥かに年上に見えるおっさんも歩いてる。おっさんだが、制服着ているから生徒なんだろう。
「冒険者学校には年齢制限はありませんからね。十代の卒業生もいれば、我々の倍近い年齢で入学する者もいます」
「というか、肉体年齢はどうにでもなりそうだもんね」
「そうですね。迷宮都市での年齢は、冒険者にとってはほとんど意味のないものです。前世持ちだともっとじゃないでしょうか」
いや、それはどうだろうか。少なくとも俺は十五歳という年齢に縛られまくっている気がする。……主にエロ関係で。
別に背伸びしたいとか、早く大人になりたいとかではないが、五年だけさっさと経過して欲しい。あとはどうでもいいから。表示上だけでもいいんだ。……もしくは誰か結婚して、俺の下半身を慰めて下さい。あ、トマトさん以外でお願いします。
「あれ」
摩耶に道案内されて、冒険者学校の総合受付に向かう途中、見覚えのある白衣が目に入った。
「おや、珍しい所で会うものだね」
ついこの前、昇格式で会ったマッドさんだ。両腕で布に包まれた荷物を抱えている。
今日はシガレットチョコじゃなく、飴らしきものを口に含んでいるな。
「知り合い?」
「なんでこんなところにいるかは知らんが、中級昇格式で会ったマッドさんだ。この前話したろ」
「ああ、マッド・サイエンティストのラディーネだ」
「ほ、ほんとに自分でマッド・サイエンティストって言うんだね」
「ん、ああ、あくまで研究の題材が一般的でないからそう言っているだけで、別に私が変人というわけではないからな」
いや、それはどうだろう。普通の人は自称でもマッドとは言わない気がする。
「今日は学校に何か用事でも? 私に会いに来たというわけでもないだろう?」
あんたがいる事すら知らなかったよ。
「今日は臨時講習の仕事だ。指名を受けたんだ」
「ああ、確かに君たちの実績なら指名されてもおかしくないな」
「ラディーネさんはここで何を? 冒険者なんですよね」
「私はここに研究室を持っているからな。一応、教授待遇だよ」
すごいな。ここ、迷宮都市の学問の中枢だろ。ひょっとして、高度な文明の前世持ちだったりするんだろうか。
「ええと、ワタナベ君のパーティメンバーのユキ君だよね。……ってあれ? 摩耶君はどうして?」
あちらさんは知ってるみたいだが、教授だっていうならおかしくないか。
「ええ、今日は案内で。こちらの二人とは中級ランク昇格の試験で一緒になりまして。最近は固定パーティでダンジョンに潜ってます」
「ん? でも君は< アーク・セイバー >だろ。あそこは内部だけでパーティ組んでないか?」
「まあ、色々ありまして。所属は< アーク・セイバー >ですが、出向扱いになってます」
ここで説明するにはちょっと複雑な事情なんだよな。
「なるほど。どんな関係かは知らないが、奇妙な縁もあったものだ。……そういえばワタナベ君、この前は言いそびれたが、今度一緒にダンジョンに潜らないかね?」
「え、ああ、構わないが。あんただけか?」
「いいや、こっちは三人だ。といっても、固定で三人だからヘルプがいないと厳しいというのが正直なところでね。せっかく中級ランクに上がったのだから、三十一層に行ってみたいだろ」
三人で中級まで来たのか。昇格試験の内容にもよるが、大したもんじゃないのか。
「詳しい情報はあとでもいいが、クラスだけ教えてもらってもいいか。合わせる必要があるだろ」
「< 科学者 >と< サイボーグ >と< キメラ >だ。ワタシ以外はポジション調整もできる」
「…………え?」
あまりに聞き慣れないクラス名に耳がおかしくなったのかと思った。
何を……言ってるんだ、こいつ?
「ご、ごめん、ラディーネさん。もう一回言ってもらえるかな? 最近耳の調子悪くて」
ユキさんや、最近そのネタ多いが多分正常だぞ。……だって俺も聞き直したいもの。
「私が< 科学者 >で、こいつが< サイボーグ >、あと、ここにいないが< キメラ >が一体いる」
あれ、やっぱり俺の耳も変なのかな……こいつとか言ってるんだけど……。
「こ、こいつって?」
「こいつだよ、こいつ」
そう言って俺たちに突き出したのは、さっきから抱えていた球状の物体……。
「ひっ……!」
「生……く」
布を取り払われると、それは人間の顔だった。
「ラディーネ先生、驚かせないで下さい。この二人は先生の事を良く知らないんですから」
「……悪い。そういえば、初見だとなかなかシュールな光景だよね」
シュール……シュール? それで済ませていい問題なのか?
「黙ってないで挨拶したまえ、ボーグ」
「ハイ。ハジメマシテ、< サイボーグ >のボーグです」
「うわああああっっ!!」
「ユキ、おいこらっ、俺を盾にするな!」
後ろに隠れるんじゃない。むしろ俺を隠してくれ。
……しっかりしろ。落ち着け、落ち着くんだ。サイボーグなんだから喋って当たり前。サイボーグなんだから喋って当たり前。
「え、ええーと、まさか、サイボーグの首部分って事なのか?」
デュラハンとかじゃないよな。それなら、別の意味でちょっと嫌だぞ。
「ハイ」
「そうだよ。胴体は今メンテ中なんだ」
マジかよ……。とんでもないものを見せられてしまった。……逃げてもいいかな。
「ま、摩耶は彼の事を知っているのか?」
「はい。直接話した事はほとんどないですが、先生の研究室に行くと大抵メンテナンスモードで飾られてるので」
彼はオブジェ扱いなのか?
「す、すまん、ちょっとパニック状態だ。……すぐには落ち着けそうにない」
「しょうがないね。まだ認知されているクラスではないから」
クラスとか、そういう問題ではない。
……想像以上にマッドだった。さすがにこんなレベルは想定してないわ。
「あ、あとはキメラがいるんだっけ? この人たちはどんな戦い方をするのかな」
ユキさんが復活してくれた。
「うーん、説明が難しいところだね。どちらも状況に合わせて体の部位を付け替えて戦うタイプなんだ。だから、事前に情報さえあれば、大抵の場面には対応できる。機械とモンスターの部位という違いはあるがね」
すげえ、意味分かんねえ。ドリルとか、キャタピラつけちゃったりするのかな。
「その部位とやらはラディーネが作ってるのか?」
「ボーグの方はそうだね。もう一人……< キメラ >のほうはちょっと違って、元々そういう種族らしいんだ。モンスターがドロップする部位があるだろ? あれを体に取り込んで強化していくんだな」
モンスター以上にモンスターじゃねーか。
「ら、ラディーネはどんな戦い方をするんだ?」
「私は後方支援メインだ。戦闘は二人に任せて、後ろから銃を撃つのがメインスタイルだな。基本的にはサポート職と考えてほしい」
やべえ、これまでの常識が音を立てて崩れていく。ラディーネの戦い方はまだ想定内だが、残り二人がおかしい。それを作り出したという意味を含めるならラディーネはもっとだ。……とんでもない連中なんじゃないか、こいつら。
< ステータス報告 >
冒険者登録No.36728
冒険者登録名:摩耶
性別:女性
年齢:18歳
冒険者ランク:D-
ベースLv:36
クラス:
< 遊撃士:T.Lv65 >
├< 斥候:Lv33 >
└< 野伏:Lv32 >
二つ名:なし
保有ギフト:《 高速戦闘 》
保有スキル:
《 武器熟練:T.Lv5 》
├《 短剣術:Lv3 》
└《 投擲術:Lv2 》
《 武器適性:T.Lv3 》
├《 短剣:Lv2 》
└《 投擲:Lv1 》
《 片手剣技:T.Lv5 》
├《 ラピッド・ラッシュ:Lv2 》
└《 シャープ・スティング:Lv3 》
《 投擲技:T.Lv2 》
└《 スピード・シュート:Lv2 》
《 斥候術:T.Lv11 》
├《 警戒:Lv3 》
├《 潜伏行動:Lv2 》
├《 単独偵察:Lv3 》
├《 逃走術:Lv1 》
└《 隠れ身:Lv2 》
《 戦闘術:T.Lv2 》
└《 高速戦闘:Lv2 》
《 罠技術:T.Lv3 》
├《 罠解除:Lv2 》
└《 罠知識:Lv1 》
《 鍵技術:T.Lv4 》
├《 解錠:Lv3 》
└《 鍵師の腕:Lv1 》
《 毒技術:T.Lv4 》
├《 毒取扱:Lv2 》
└《 毒作成:Lv2 》
《 移動術:T.Lv6 》
├《 消音歩法:Lv3 》
├《 無音歩法:Lv1 》
├《 スプリント:Lv1 》
└《 ブースト・ダッシュ:Lv1 》
《 薬品調合:T.Lv2 》
├《 薬品知識:Lv1 》
└《 薬品調合:Lv1 》
《 心得:T.Lv3 》
├《 斥候の心得:Lv2 》
└《 野伏の心得:Lv1 》
《 鑑定:T.Lv3 》
├《 看破:Lv2 》
└《 耐性看破:Lv1 》
《 感覚補正:T.Lv4 》
├《 宝箱感知:Lv2 》
└《 危険察知:Lv2 》
《 運動補正:T.Lv8 》
├《 姿勢制御:Lv3 》
├《 空中姿勢制御:Lv1 》
├《 回避:Lv2 》
├《 空中回避:Lv1 》
└《 緊急回避:Lv1 》
《 状態異常耐性:T.Lv3 》
├《 毒耐性:Lv1 》
├《 麻痺耐性:Lv1 》
└《 睡眠耐性:Lv1 》
《 生存本能 》
└《 不撓不屈 》New!
《 基礎学術:T.Lv2 》
└《 算術:Lv2 》
《 称号 》
└《 スピードスター 》
《 虚空倉庫:T.Lv2 》
└《 アイテム・ボックス:Lv2 》
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