第5話「マッドさん」
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「こんな……感じでしょうか」
ククルは自信無さげに問いかけてくる。といっても、俺には回答しかねる問いだ。見えないし。
「いいんじゃない? ……でもなんか変なんだよね。何がってわけじゃないんだけど」
「それは俺が根本的に駄目だと言ってるのか?」
俺はただ、されるがままに用意されたスーツ一式を着ているだけなのに。
共用として買った姿見で見てみても問題があるようには見えない。鏡に向かっても、不遜な雰囲気を纏う真新しいスーツの新人サラリーマン風な男が覗き込んでいるだけだ。……まあ、俺なんだが。
「別に問題なくねぇ?」
「問題は……ないね」
着慣れていない感じはあるが、それはしょうがないだろう。前世含めても、スーツなんてそんなに着た記憶がない。
記憶がないだけで営業回りとかしてた可能性はあるが、仕事をしていた記憶がないのは、社会経験してた時期がほとんどないからだろう。ネクタイの結び方すらククルに聞かないと分からないくらいだったのだ。これは前世で未成年者だったユキもそうだ。
「知り合いもそんなにいないだろうし、クソだせえって言われなければ別にいいよ」
「それは言われないと思うけど……。これツナの問題なのかな。《 原始人 》だからマイナス補正受けてるとか」
え、俺まさか何着てもダサいとか言われる呪いにかかってるって事?
原始人っぽく腰ミノとかだったら似合ったりするのかな。勘弁してもらいたいんだけど。
「じゃあ、アクセントにグラサンでもかけてみるか」
「それはやめておいたほうが良いよ」
兎耳のスキンヘッドとかずっと着けてるんだから、別に俺が着けてもいいだろ。
他にアプローチとしては……七三分けとかしたらサラリーマンに見えたりしないかな。
「しかし、スーツって動き辛いな。サージェスはなんでこれ着て戦闘できるんだ?」
「さあ?」
このスーツを着てから、サージェスが急にすごい存在に感じられるようになってしまった。
脱いだら数十%増でパワーアップするけど、脱がなくてもあいつ動きいいからな。実は戦闘用に誂えたスーツとかだったりするんだろうか。
「しかし、お前は何着ても似合うな」
「そ、そうかな。えへへ」
ユキが着ているのもスーツだが、男物だか女物だか良く分からない微妙なデザインだ。摩耶がいつか着ていたものより性別が判断し辛い。正に女の子が男装してますって感じだ。それでも20%くらいは正解である。
「今日はこんな格好の奴ばっかりなのか? デビュー講習の時とか、もっと自由な奴らばっかりだったんだが」
「決まりはないですが、正装してくる方は多いですね。クランに所属してる人はエンブレム付きの服を着てたりもしますし」
そんなものもあるのか。正式に発足する際には、ウチも考えたほうがいいんだろうか。
「絶対正装してこないのは< マッスル・ブラザーズ >ですね。< アフロ・ダンサーズ >と< モヒカン・ヘッド >は髪型だけなので服は着てきます」
肩パッドとか火炎放射器とかは持って来ないのかな。
「あいつらと同類に見られるのは嫌だな」
「いっそ、リハリトさんみたいに全身甲冑で行けばいいんじゃないかな」
「誰だか分からなくなるがな」
甲冑で式典とか……あ、いやファンタジー世界ならそれでもアリなのかもな。学生の学生服や軍人の軍服のように、甲冑だって正装として扱われるはずだ。俺が騎士というわけではないが、戦闘職の嗜みですと言い張れない事もないし。
「甲冑は着慣れない人が着るとすぐ分かるのでお薦めしませんよ。直立不動なら問題ないですが、動くんですから」
「いや、真面目に返されても」
つまり、そういう奴もいるって事かな。
「ま、それでも普段よりはよっぽど格好いいと思うよ」
「腑に落ちない台詞だが、一応、褒め言葉として捉えておこう」
着てれば慣れてくるだろ。今後も正装する機会は多そうだし。
「ちなみに遠征で外に行く場合は、国にもよりますが、甲冑にマントをつけて王族と謁見する事もあるので覚えておいて下さい」
「覚えてもどうにかなる気がしないんだが……」
ド底辺だったのに、王族と謁見とか。
「大丈夫です。基本立場はこちらが上なので、ぎこちなくてもせいぜい笑われるくらいですよ」
「笑われたくはないな」
「ツナなら< 童子の右腕 >とか着けて常時威圧感出してれば大丈夫じゃない?」
《 強者の威圧 》して王様が卒倒したらどうするんだ。
「いいかもしれませんね。スキル使っても分からないでしょうし」
「いいのかよ」
それが許されるって、どれだけ強権なんだ。
「そういえば、ククルは今日の式典には出ないんだよな。マネージャーって出ないものなのか?」
「マネージャが同伴者として出る事もありますが、私は今日裏方の作業があるんですよ。なので、何かあれば控室まで来て頂ければ対応できます」
ギルド側の仕事って事か。
「大変そうだね」
「そうですね。今回は会場が四つなので余計に。最近渡辺さんの影響で昇格者が多いんですよ」
「俺のせいじゃないだろ」
「……まあ、そういう事にしておきましょう」
何か含みのある言い方ですね。
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今更な話だが、迷宮都市の冒険者にはランクが存在する。
Gから始まってF、E、Dとアルファベットが戻っていく形で表され、現在のトップはAだ。< アーク・セイバー >のマスター五人と< 流星騎士団 >マスターがこれに当たる。
異世界でランク分けに使われているのがアルファベットなのは違和感しかないが、この街の成り立ちから考えてそんな変な事でもない。疑問に思っている奴すらいない。実は冒険者以外もこのランクは存在していて、ギルドごとに管理されているらしいが、どこも同じアルファベットだ。ダンマスが考えたのだとすれば、きっと面倒だったのだろう。
冒険者の場合、ルーキーは一律Gランク、無限回廊の十層までを一人で攻略してFランク、無限回廊三十層攻略でEランクに昇格する。トライアルを抜けてくるような冒険者であれば、よほどの事がない限りEランク、そしてその次のE+ランクまでは到達するらしい。
問題は、中級に上がるための準備段階となるE+ランクで用意される昇格試験だ。ここでかなり多くの冒険者が振り落とされる。振り落とされなくても、結構な時間がかかる事が多いらしい。
この昇格試験は自動クエスト生成システムで発行され、冒険者個人ごとに用意される。内容は人によって様々だが、どれも困難なのは間違いないらしい。自力でE+まで上がっていないような……たとえば、上級ランクの冒険者に寄生してパワーレベリングしている様な冒険者はまず抜けられないそうだ。
俺たちは正規の試験ではなく、特殊な扱いの試験を抜けて昇格してきたため、本来の試験についての詳細は分からない。
正規ではないが、例の試験の難易度を昇格試験と比較した場合、天と地ほどの差があるとギルドからは聞かされているので、三ヶ月で中級になったといっても不正ではない。文句を言う奴がいれば、許可をもらってあの動画を見せてやろう。自分で見るのも嫌になるようなひどい体験が綴られている。
「そういや、なんでお前はE+にいたんだ? 才能も能力も昇格には問題なさそうだが」
昇格式典の会場で隣に立つ摩耶に問いかけてみる。些細な事であるが、ずっと気になってはいたのだ。
摩耶が下級にいた期間は一年を越えているらしいのだが、そんなところで燻るような理由がない。
先日の試練もそうだが、その前の訓練でもこいつの性能はずば抜けている。< 斥候 >というおよそ戦闘向きでないクラスで、並みの戦闘職以上の動きを見せるのだ。
「< アーク・セイバー >の習慣みたいなものです。上のほうもそういう傾向がありますが、足並み揃えようとしてるんですよ」
内部で固定パーティー組んでるから、メンバー抜けると困ったりするのだろうか。
無限回廊に挑戦する際、開始する階層はパーティメンバー全員の到達実績がある層以下に限定されるから分からなくもないが、< アーク・セイバー >は人数多いんだから編成し直せばいいような気もするんだが。
「大体言いたい事は分かりますが、中級昇格に関してはあまり急いでないという理由もあります」
「なんでだ? 上がれるならさっさと上がったほうがいいだろ。待遇も違うし」
「そういうクランもあります」
下級と中級では稼げる額が違うというのは良く聞く話だ。先日猫耳にも聞いてみたが、無限回廊第三十一層以降の稼ぎは、それ以下のものとは随分違う。消耗品など必要経費は嵩むが、それを差し引いても数倍だ。
「とはいえ、お金に関しては< アーク・セイバー >は下級でもそれなりに給料が出ますからね。寮もありますし」
そういや< アーク・セイバー >の下級は給料制だったな。
「でも、昇格を急がない一番の理由は、第三十一層以降の情報に基づいたクランとしての方針です。ただ中級に上がっただけでは通用しないので、他のメンバーを待ちながら力を付けるのが< アーク・セイバー >の基本方針なんです。もちろん限度はありますけど」
下積みって事なのかね。闇雲に上を目指すより、まずは地力を付けろ的な。
「って事は、中級以降の難易度も大体分かるって事か?」
「はい。第三十一層以降は、聞いている以上に極端に変わるらしいんですよ。無限回廊もそうですが、それに準拠する中級用のダンジョンまで」
「第三十一層以降が、複数階の構造になるっていうのは以前聞いたな」
前回の試練で体験した[ 鉄球の間 ]のような構造じゃないかと想像してる。あれは広めのフロアが上に連なっているだけだったが、それをもっと複雑に、広くした感じで。
「そうですね。罠やモンスターの類もバリエーションが増えます。私のような< 斥候 >の存在は三十層以下でも良く重要だと言われますが、三十一層以降はより専門的な能力が必要になってくるという事ですね。< 地図士 >、< 荷役 >などの< 冒険者 >ツリーや魔術士、ダメージを叩き出せる攻撃役や盾も、より分業化が求められます」
普通、中級に昇格するまでにある程度の専門化、分業化はされているらしい。前から思っていたが、ウチは火力に傾倒し過ぎてる感があるな。サポート役が足りない。
「ソロで潜ってる人もいますが、その場合はそういう役割分担を一身に背負うわけで、かなり実力が必要になります。Bランクのバッカスさんなどが有名ですが、ランク以上に強いと言われていますね」
小銭稼ぎにトライアルに割り込んで来る奴でも、強いって事に変わりはないか。あのおっさん、どういうスパンで無限回廊に潜ってるんだろうな。猫耳に再会フラグ立てられたかと思ったが、未だ接触はないし、未知の存在のままである。まあ、そこまで知りたくもないが。
「その点、サポート能力のあるお前やティリアが一緒に潜ってくれるのは助かるよ」
「それでも多分、今後必要とされる能力には足りません」
「< 冒険者 >ツリーのクラスや魔術士がいないって事か?」
俺たちにはマップ管理も魔法の対策も難しい。分かり易いのは先日の試練で出てきたラーヴァ・ゴーレムだ。ガウルがなんとか対処したが、あれが雑魚で出てくるとなると、魔法などの遠距離攻撃は必須だ。
「それもありますが、私たちが得意とする分野でさえ、中級以降でまともに戦うには力不足でしょう。私たちがどうというよりも、多分この会場にいる全員がそうだという意味で」
……これは謙遜じゃないな。俺たちの戦力を知っていて、かつ自分の能力を加味した上での評価でそれか。
「一般的には、二つ目のツリークラスを取得してから、それを使いこなしてようやく一人前の中級と呼ばれるらしいです。詳細情報が閲覧できるようになったので調べてはいますが、しばらくは第三十一層すら突破できないかもしれません」
「それほどなのか」
猫耳とかどうなのかしら。あいつ確か俺たちよりレベル低かったから二つ目のツリーには手出してないはずだよな。
「私も詳細は調べ切れてませんが、大抵は長い間入口付近で戦って鍛えるそうですよ。ここまで三ヶ月で来た人に当てはまる事ではないかもしれないですけどね」
「煽てても何も出ないぞ」
「事実です。今日だって、最短昇格者としてスピーチ頼まれたらしいじゃないですか」
「断ったけどな」
スピーチしろとか言われても迷宮都市に来て三ヶ月の人間に何を話せというのだ。
ちなみに今日は中級昇格者が集まって行われる式典だ。
式典と言ってもこの前の九十層攻略記念祭のような大規模なものではなく、もっとこじんまりとした学校の入学式のような規模である。四半期に一度行われるらしいので、またもやタイミングバッチリだったのだが、あの試練自体これに合わせたのかもしれない。
「今回は出席者がかなり多いらしいですよ。平均的な人数の数倍いるんじゃないでしょうか」
「全部が全部昇格者ってわけでもないんだろ?」
さっき、猫耳を見かけたので全員がそうではないはずだ。あいつすでに中級ランクのはずだし、多分このあとのパーティで出される食事が目当てなのだろう。同じクランの昇格者にくっついて来たに違いない。『あちしがお前の分まで食ってやるニャ』とか言いそう。
「所属クランの同伴者や、未成年の場合は保護者が同伴する事もあるらしいですが、どれくらいいるんでしょうね?」
学校みたいに制服着てたりすると分かりやすいんだが、基本的にバラバラだ。俺も含めてスーツの奴が多いが、完全武装の奴もいれば、なんか白衣の奴もいるし、ジャージの奴もいる。年齢もバラバラだし、そうだと分かる目印があればいいんだが。
< マッスル・ブラザーズ >と< モヒカン・ヘッド >、そして< アフロ・ダンサーズ >の所属クランは分かりやすいが、中級ランク昇格者かどうかは分からない。……見かけだけでクランが分かるってすごいよな。エンブレムいらずだ。
俺のせいではないと思うのだが、会場が四つに分かれてるのも人数が多いせいなのだろうか。
このあと開かれるパーティでは合流できるらしいが、他の連中は別の会場だ。クランが一緒なら同じ会場になり易いらしいが、クランに所属しているのは摩耶以外いないからな。
「この会場に< アーク・セイバー >の奴はいないのか? チーム組んでる奴らとかいるんだろ?」
「同じチームの人は昇格してませんが、確かに< アーク・セイバー >所属の人はいますね。……別部隊の人ですが、ちょっと挨拶してきます」
そう言うと、摩耶は< アーク・セイバー >のクラン員がいるところへ歩いていった。あまり会館では見た事のない顔ぶれだ。横の繋がりは大事にしたほうがいいから、機会があったら俺も紹介してもらおう。
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「やあ、こんにちは、ワタナベ君」
妙なイントネーションで名前を呼ばれて振り向くと、金髪の女の子が立っていた。さっきも見かけた白衣の子だ。
整った容姿ではあるが、髪はボサボサで化粧もしてない。< マッスル・ブラザーズ >の奴らよりは遥かにマシだが、こういう場に出てくる格好としてはどうなんだろう。俺は今日ククルに用意されたスーツを着用しているわけだが、ひょっとして前まではこんな感じに見られていたのだろうか。……正直だらしない格好だ。
「はじめまして……あんたは?」
「これは失礼。名乗るならまずはこっちからだね。ワタシはマッド・サイエンティストのラディーネだ。よろしく」
「よ、よろしく。知ってるみたいだけど、渡辺綱だ」
差し出してきた手を握る。
……自分でマッドとか言っちゃうアレな人か。背は低いし若く見えるが、咥え煙草をしているという事は未成年ではないのだろうか。おっぱいもデカイし。……ノーブラじゃん。
「式典会場で煙草はまずいんじゃないか?」
「ああ、コレはチョコだ。仕事柄、甘味は必須でね」
お菓子かよ。いや、こういう席でチョコ食うのもどうなんだと思うけど。このあとのパーティまで待ったほうがいいんじゃないか?
「飴もあるが、いるかね?」
「はあ……」
白衣のポケットから出したキャンディーをもらう。見知らぬ人に菓子もらっちゃまずいだろうが、一応自己紹介もしてるしな。……こんな格好してるけど同期だよな?
「わざわざ声かけてきたって事はなんか用事でも?」
「いや、ただの顔繋ぎだよ。中級冒険者としては同期になるわけだしね」
やっぱり関係者でなく中級昇格者本人らしい。同期なら他にもいっぱいいるわけだが、俺のところに来たって事はそれなりの理由があるんだろう。ここのところ俺も有名になったみたいだし、ありえなくもない。
「以前から興味はあったし、機会があれば話してみようかと思っていたんだが、ちょうどこの式典の直前に君の事を聞いてね」
「はあ……ちなみに誰から?」
心当たりが多過ぎて分からない。最近急に知り合い増えたわけだし、その分野も多彩だ。マッドな知り合いがいるやつって誰だろうか。……トマトさん?
「アレクサンダーから」
「パンダじゃねーか」
なんだ、こいつ引越屋の社員か何かなのか?
……いや、マッド・サイエンティストって言ってたしな。引越しにマッドなサイエンス関係ないだろ。なんでそんなのが冒険者やってるんだ? 迷宮都市出身じゃないから仕方なくとかだろうか。
ここのところパンダと遭遇する機会が多いんだが、まさかこいつのせいじゃあるまいな。
「あの引越しパンダの関係者とか」
「アレクサンダーもイスカンダルも、一応関係者ではあるね」
「……イスカンダル?」
なんだその宇宙戦艦の目的地みたいな名前は。
「あれ、そっちは面識ないかな? 引越屋の仕事で君に会ったと言っていたから、その時にもう一匹パンダがいただろう?」
「あ、ああ、そういえばいたな」
話してはいないが、確かにもう一匹いた。
……普通にスルーしてたけど、俺汚染されてるな。ボスとして配置されていたグラサンはともかく、マイケル、ミカエル、アレクサンダーと立て続けに遭遇しておかしくなってる。なんでパンダがトラック運転してるんだとか疑問に思えよ。あいつら脚短いからフットペダルに届かないんじゃないか?
「って事は二匹もパンダ飼ってるって事か。……いや働いてるって事は同居っていったほうがいいか」
「いや、彼らは実験体だ」
「は?」
実験動物扱い? あいつら喋るし、意思疎通はできるし、一応知的生物の扱いじゃないのか?
なんかそういう保護団体とかから怒られたりしないのだろうか。船で激突されたり。
「なーに、合法だから心配しなくていい。ちゃんと本人たちの許可も得ているし、迷宮都市からは研究費まで出ているくらいだ」
「それならいいが」
マッド・サイエンティストなのに、正式な研究なのか。
……パンダで何を実験するんだよ。モルモットのように使うにしても、わざわざパンダを使う意味はないだろうし。
「内容とか聞いてもいいのか? 自分でマッドっていうくらいだから怪しい研究してるんだろうけど」
「ほう、気になるかね?」
「そりゃ、……まあ」
ここまで意味不明だと興味も沸く。マッドにありがちな不老不死やタイムマシンの研究とか? ……パンダ関係ないな。
「私の研究内容は色々あるが、あのパンダたちについてはクローンの被験体だ」
「く、クローン?」
タイムマシンほどじゃないが、いきなりSFになっちまったぞ。
クローン技術自体は地球にもあったわけだから、そこまで突飛な研究でもないのか? 倫理的な問題はあるだろうが、それは許可もらってるみたいだし。
「元々専門でもないし、迷宮都市のクローン技術は魔術を使った未知の部分が多いから、正確には私の研究と呼ぶのにふさわしくないかもしれないがね」
「ひょっとして、アレクサンダーがクローンなのか?」
「いや、逆だ。イスカンダルがアレクサンダーのクローンなんだ」
どっちでもいいが。……そうか、元々区別つかないけど、あれクローンなのか。
「しかし、なんでまたパンダを? たくさんいるし、別に数増やしたかったとかじゃないだろ」
中国からレンタル契約しているわけでもない。ペットショップで看板掲げて売ってるくらいだ。
「元々はマイケルというパンダと知り合ったのがきっかけでね」
マイケルとも関係あるのかよ。パンダ関連、実は全部こいつが裏で操ってたりするんじゃないだろうな。
「あいつ、パンダの癖に冒険者になるっていうんだ。直前までペットだったらしいし、さすがにびっくりしたよ。普通はそんな事考えもしないし、誰もやらなかったからね」
そりゃ、驚くわな。獣人でもなんでもない、ただのパンダなんだから。ペットショップに喋る動物はいても、そこから冒険者になるやつはいない。
でも、あいつはトライアルまで突破したれっきとした冒険者なのだ。……あまり認めたくないが。
「前々からクローニングをした場合、スキルやギフトの扱いはどうなるのかと気になっていたんだ。家畜のクローンは事例があったけど、奴等似たようなスキルしか持ってないから参考にならなくてね。それで、本人と交渉してクローンを作る事になった。迷宮都市側も興味はあったらしくて許可は簡単に降りたよ」
「なるほど。冒険者になるくらいだから、戦闘スキルは持っていると」
マイケルがどんなスキル持ってるのかは知らないが、冒険者を志すくらいには戦闘に自信があったのだろう。
そばにアーシャさんやクロがいたんだから、まるっきり基準が測れないというわけでもなさそうだし。
「それがOKなら、いくらでも冒険者増やせそうだけど」
「さすがに人間のクローンまでは許可が降りてない。というか、亜人種、妖精種も駄目だな。モンスターも駄目らしい。希少な種族に関しては検討しているらしいが」
亜人種が駄目ってことは獣人もアウトか。量産型ガウルとかも見れないわけだ。
「あいつらカテゴリとしてはペットだからね。許可出たのもそこら辺が理由だろう」
ペット……そうだよな。マイケルはアーシャさんの家で飼われてたペットだった。
……ペットショップで会った犬もそうだが、意思疎通可能なペットって違和感があるんだよな。
「結果としてはどうだったんだ?」
「結論を言うと、この実験はある意味成功し、ある意味失敗した」
「量産型パンダはできなかったのか? 一体しかクローニングできないとか」
「パンダ自体はいくらでも複製できたけど、個体ごとにスキルもギフトも能力値も違うんだ。その中で戦力として使えそうなクローンは一体だけだった。ミカエルって名前にしたんだけど、ひょっとして会ってるかな? アレクサンダーとパーティ組んでるんだが」
海で釣り上げた奴か。……あいつ、マイケルのクローンだったのか。
「マイケルもミカエルも会ってるな。つい最近」
「マイケルは格闘型のファイターで、ミカエルは魔術型だ。全然違うんだよ。実は性格も違うんだ」
性格は知らんが、鳴き声? も違ったよな。
「アレクサンダーもかろうじて< 荷役 >としては使えそうだから被験体にしてみたけど、そのクローンたちは戦闘にまったく向いてない。たとえば、一緒に引越屋で働いているイスカンダルは、トラックの運転にしか適性がない。というわけで、戦力に冒険者になれそうなパンダをクマせて冒険者にしたわけだ。あ、意外と上手いダジャレだね」
「上手くねーよ」
俺は他人のダジャレには厳しいぞ。
……でも、この言い方だと、奴等のクローンが他にたくさんいるのか。で、その中で冒険者になれそうなのはマイケルとアレクサンダー、そして唯一の成功例であるミカエルだったと。
「他のパンダはどうしてるんだ?」
イスカンダルは働いてるわけだし、まさか廃棄処分してないよな。
「基本放ったらかしだけど、一緒に住んでるよ。三匹いなくなってもまだ十匹以上いるから手狭なんだよね。助手でもできるくらい頭がいいのがいれば良かったんだけど、そういう方面の適性がある個体もいないんだ。寝てばっかりの奴もいるし」
パンダまみれじゃないか。
「じゃあ、クローンの研究を続けるのは難しそうだな」
「そうだね。経過観察は続ける必要あるけど、クローンの研究自体はストップかな。そもそも専門じゃないし」
作って捨ててを繰り返すならなんとでもなりそうだけど、そんな無責任ではないようだしな。
経過観察するっていうなら、ペットショップに売り払うのも無理だ。……関係ないが、ペットショップにいたパンダは売れたのだろうか。
「まさか、無限回廊の十層にいる奴らもお前が作ったとかじゃないよな?」
「いや、別口だね。ワタシがこの街に来た時にはすでにいた。……なんなんだろうね、アレ」
同じパンダなのに無関係なのか。じゃあ、あのグラサンパンダとか何者なんだよ。
「それで、研究がストップして手が空いたから、こうして中級に上がってきたと」
「それもあるが……本職の方の被験体が軌道に乗ってきて戦力として使えるようになったんだ」
「結局本職ってなんなんだ? クローン研究じゃないんだよな」
「説明は難しいが、広義の意味でいうと、ワタシの専門は生体改造だよ」
「…………」
確かにマッドだった。
「あ、式が始まるね。……まあ、詳しくはまた今度メールでも出すよ。ワタシも君には興味があるしね」
「あ、ああ」
ラディーネはそう不吉な台詞を残し去っていった。
どうしよう……興味あるとか……俺、改造されちゃうのかな。
「さっきの人は知り合いですか?」
式の開始に合わせて摩耶も戻ってきた。どうやら見ていたらしい。
「さっき知り合った。……あまり知り合いにはなりたくなかったかもな」
ある日目が覚めたら手術台の上とか嫌なんだけど。
「あいつがどうかしたのか?」
「いえ……ちょっと知り合いに似ていたもので。……気のせいかもしれませんが、あとでちょっと声をかけてみます」
さすがに知り合いってのはないんじゃないだろうか。あれ、マッドさんだぞ。
……いや、摩耶汁の開発で知り合ったとか……ありえるな。
「んで、そっちはどうだったよ」
「私が中級に昇格する事を知らなかったようで、びっくりしてました。私以外のメンバーもいないので混乱してましたね」
そういうものなのか。《 アーク・セイバー 》ではそういう認識が固定化されてるのかもな。
……そう考えると、あそこは結構根が深い問題を抱えてるかもしれない。
-4-
その後、大したイベントもなく、式典もパーティも無事終了した。
変わった事といえば、せいぜいサージェスがつまみ出されたり、猫耳が兎耳に連行されて行ったくらいだ。つまり、いつも通りである。
明日は中級昇格者向けの講習もあるらしいが、今日のメインイベントはこれで終了だ。開始時間が遅かったので、クランハウスに戻って来た頃にはすでに日が暮れていた。特にサージェスを引き取りに行くのが時間の無駄だった。
俺とユキとティリアのクランハウス組はそのリビングで茶を飲みながら今日の式典の事について話していた。
まだ片付いていない荷物はあるが、リビングとキッチンの共用スペースはなんとか人を呼べるレベルには片付いてある。この前購入したテーブルとソファも設置済だ。
「へー、そんな人がいたんだ。科学者とか、今更だけどファンタジーっぽくないよね。ティリアは知ってる?」
「聞いた事ないですね。パーティ組まない人なんでしょうか」
ファンタジー云々は今更ではあるが、ユキが言う通りである。
パンダとはいえ、すでにクローンがいるのだ。このままだと改造人間やサイボーグ、ロボットまで出てきかねない。実に男の子のロマンに溢れた街といえるな。
「あの……マッド・サイエンティストってどんな事をする職業なんですか?」
純ファンタジーの住人であるティリアには意味不明だったらしい。マッドどころか、サイエンティストから説明しないと分からないかもしれない。
「説明が難しいね。……人には理解されないような狂気的な研究をする人……かな?」
「狂気的というと……」
「良くありそうなのは不老不死とか、生物の改造とか、強いけど欠陥だらけのロボットを作ったりとか?」
暴走とか自爆の装置を付けてそうだ。マッド・サイエンティストって漫画とかに出てくるイメージが強いよな。
関わる事なんてないから当たり前だけど、実際のマッドさんたちってどんな研究をしていたんだろうか。
「専門は生体改造とか言ってたけど、何するんだろうな。地球ならともかく、冒険者ってわざわざ改造するよりレベル上げたほうが強いだろ」
「そうだね、鋼鉄の体になったところで、そこまで強いかっていわれると微妙かも。メンテも大変そうだし」
「ゴーレムとかいますしね」
確かにゴーレムみたいなもんか。……全身が鉄でできてても、アイアン・ゴーレムなら普通に勝てそうだ。
ゴーレムなら、個人的にはラーヴァ・ゴーレムが今のところ群を抜いて一番強いと思ってるが、アレは改造じゃ再現できないだろう。
だいたい、人間の素肌より鉄のほうが硬いとしても、HPがある時点でそこまでの優位性はない。
「あとは……脳改造とか?」
「洗脳でもするのか? 魔法使ったほうが早くないか?」
洗脳魔法とか普通にありそうだ。
「私調べた事あるんですが、そういう精神操作系の魔術は難しいらしいですよ。少なくとも迷宮都市の外では使えるという人の話を聞いた事がありません」
「そうなのか」
そういや、前も前世の記憶絡みで色々調べてたみたいな事を言ってたな。魔法についても調べてたのか。
「でも、なんでそんな事調べたんだ?」
「え? それは……その。ほら、人の好みとか変えたりできないかな……って」
「……ああ、オークへの陵辱願望を消そうって思ったのか」
それなら理解できる。なんだ、一応治そうとはしているんじゃないか。
「いえ、オークさんを洗脳できないかな、と」
「いや、お前止めろよ。オークさん可哀想だろ!」
《 オークキラー 》の称号持ってる俺が言う事じゃないかもしれないが、やっていい事と悪い事があるだろう。
分かり易く逆にすると最悪だぞ。
……想像してもらいたい。ある日何故か突然オークが美人に見えるようになってしまう。恋人や嫁さんがいる場合、そいつらは逆に不細工に見えるだろう。そして、目の前には美人のオークさんがいる。何故か超好みに見える。相手は手足を繋がれて動けず『くっ、殺せ』とか言ってる状態だ。陵辱したとしても誰も止めない。
『くっくっく、無様な姿だな。雌豚騎士さんよ』
『わ、私をどうするつもりだオーク』
『決まってるだろ、こうするんだよ』
『や、やめろオーク。く、来るな。いっそ殺せオーク』
そりゃムラムラした状況なら致してしまうだろう。状況が状況だから、普通よりハッスルしてしまうかもしれない。
……まあ、その行為の最中はいい。きっと燃え上がる事だろう。相手は表面上嫌がってはいるが、実は喜んでいる。お互いWin-Winな状況だ。
だが、オークを陵辱し切ったあとに催眠から覚めたら最悪だ。目の前には色々やらかしたあとの、文字通りの意味での雌豚がいるのだ。
……俺だったら自殺したくなるわ。催眠が覚めなかったらもっとひどい。
ちなみに、オークさんたちは別に語尾にオークを付けたりしない。分かり易いようにしただけよ。
「ま、まだやってないですって」
「それ、犯罪になるんじゃない? ……ダンジョンの中だったらいいのかな」
ユキさんも真面目に考えなくていいから。
ダンジョン内ではOKだとしても、攻略中には勘弁してくれよ。いや、攻略中じゃなくてもやるな。
「つーか、豚のお面とか被ってる人間とかじゃ駄目なのか? 着ぐるみでもいいけど」
それなら簡単だし、俺が志願してもよろしくてよ。語尾にオークとか付けてもいいよ。
「えーとですね、スキルの影響でオークかそうでないかの真贋が分かってしまうんですよ。でも、ユキさんが性別変更したように、種族を変更できればあるいは大丈夫かもしれません。穴を突いてるだけなので、正直望ましくはないんですけど」
実に無駄過ぎるスキルをお持ちのようだ。さすがの俺でも、そのためだけに種族まで変えるのはちょっと嫌です。
そもそも種族変更したら、美的感覚もオークの物になってしまうんじゃないだろうか。……駄目じゃん。
「とにかく、あいつはマッド自称してるわけだから脳改造くらいやりかねないけど、頼んだりするなよ」
「わ、分かりました」
まあ、本人も犯罪はやらないみたいな事を言ってたから大丈夫だろう。
というか、こいつの脳を改造したほうがいいんじゃないだろうか。……実はいい考えかもしれない。
「科学者って事は、銃とかも研究してるのかな」
ゲームとかでは使ってるイメージあるよな。
「どうだろうな。迷宮都市の銃の扱いって微妙だし」
「免許取得とか面倒っぽいけど、使ってる人もいるんだよね。兎耳さんとか」
ダンマスも言っていたが、銃器関連は関連クラスやスキルが極端に少ない。< 獣耳大行進 >の兎耳が銃使ってるという話だが、それもメインかどうかは分からない。拳銃ならそんなに嵩張らないし、牽制にはいいかもな。大型でも《 瞬装 》とは相性いいかも。
「そもそも、その人のクラスってなんなんでしょうか」
「…………なんだろうな?」
< マッド・サイエンティスト >とかか? なんのツリーなんだよ。戦闘関連のスキルは覚えるのか?
「中級に上がってくるくらいの戦闘力はあるって事なんだよね。……謎だ」
あんなに普通に登場したのに正体不明過ぎる。パンダの件もあるし、恐ろしい奴だ。
……良く考えたら、サージェスもティリアも登場自体は普通だったわ。登場の仕方は人格に関係ないという事か。
「まあ、その人の事はまたあとにして、本題に入ろうか」
確かに長々と話してしまったが、マッドさんの正体は今考える事じゃない。
そもそもここに集まったのは、今後クランハウスを利用するにあたってのルール決めが目的である。サージェスはいないが、あいつは本格的に住んでるわけでもないからいいだろう。
「それで、決めるって言っても何からだ? 飯とか掃除の当番?」
共用部分の掃除くらいならするが、はっきり言って飯は作れないぞ。
「冒険者は結構不規則だから、それはバラバラでいいんじゃない? 基本的に外食も多いだろうし、時間が合えばボクが作ってもいいよ」
「そりゃありがたい」
ユキさんは無駄に女子力高いからな。
20%になった事で女子力も20%アップして、料理も上手くなってるかもしれない。期待できる。
そういった場合の食費は折半で、保存食や日常的に使う調味料などは、共用の資金をプールしてそこから賄う事になった。
食材の管理方法なども考えないといけないかもしれないな。何を買う必要があるかとか、いつ誰が買いに行くかとか。今は三人だから気にしなくていいかもしれないけど、今後人数が増えたら宅配とか頼めたりするんだろうか。
……他のクランの人に聞いてもいいかもしれない。参考になりそうな規模のクランがないが。
「当番もそうだけど、とりあえず決めないといけないのは、主にこことか共用部分の事だね。何を買い揃えるかとか。キッチンも冷蔵庫しかないし。攻略動画見るにしても大きなモニターあったほうがいいでしょ」
「そうだな、全部俺が払うのも何か違うよな」
一応家主だけど、金もらってないし。
「となると、共用の資金は少し多めに出したほうが良さそうですね。最低でも家賃分くらいはここに入れましょうか」
家賃にかかるはずの金が居住空間の充実に使われるならいいかもしれない。そこまで必要かどうかは分からないが、額はおいおい決めていけばいいだろう。今は維持費を免除されているが、正式にクラン発足したら払う必要もあるし。
「調理器具は、私が使ってたので良ければ置いておきますよ」
「ティリアは自分の部屋にキッチン設置する気はないの?」
「当面は考えてないですね。設置するにしても、道具はその時にまた揃えます」
俺たちは寮暮らしでそういう小物も持ってなかったから助かるな。ユキが言うように大型TVとかも欲しい。
あとは来客もあるだろうし、共用トイレも必要だろう。ククルなんてほとんど毎日来るからな。俺たちは自分の部屋のものを使えばいいし、空いてる部屋のものを使ってもいいが、ちゃんと来客用のものもあったほうがいい。なんなら俺がGPを払って設置してもいい。
「で、最大の問題なんだけど、GPどうしようか」
「共用のって事だよな」
個人部屋は勝手に拡張しろと言っているが、共用部分はそういうわけにもいかない。
家主である俺がどうにかする必要があるが、共用なのに俺だけGPを負担するのは厳し過ぎる。
「ククルに聞いたら、大きなクランだと獲得したGPの数%を自動的にプールする機能があるんだとさ。金も一緒。でも、ウチはまだクランじゃないからその機能は使えない」
「それはちょっと面倒臭いね」
仕方あるまい。ここだって無理言ってもらったんだ。
「欲しい設備があるなら、その都度払う形にすべきでしょうか。……それだと貯めておかないといけないですね」
「お前らはなんか欲しい設備あるのか?」
正直俺は今のところ共用トイレくらいしか必要性を感じない。部屋だって、今は余ってる状態だ。
「自分の部屋で設置してもいいけど、できれば庭が欲しい」
「なんで庭よ」
開放された空間が欲しいとかだろうか。キャッチボールでもするのか。……パンダ飼いたいとかじゃないよな。トポポさんはもっと駄目だぞ。
「本当は簡易でもいいから訓練場が欲しいんだけど、制限で設置できないから、せめて素振りできるくらいの空間が欲しいんだ」
「空いてる部屋を使っちゃ駄目なんですか?」
「未拡張だと訓練するには狭いし、的とかも設置しないといけないから、どうせなら庭がいいかなって。調べたら部屋追加するよりかなり安いんだよね」
安いのか。それならわざわざ一部屋潰すよりは追加したほうがいいかもしれない。
正式なクランじゃないから、訓練場の機能を使えるわけでもないし。
「まあいいんじゃないか? あって困る事もないし、窓だけじゃなくちゃんとした開放空間も欲しいしな。あとはどうする? ……いや、どうせならちゃんとカタログ見るか」
ククルがせっかく用意してくれたので、設置可能な共用設備の一覧と睨めっこを始める。俺たちに手が届きそうな設備の一覧と、そのカタログのセットだ。
とりあえず必要そうなのは共用の倉庫で、パーティ共用のアイテムや換金が面倒な物を放り込んで置く事になった。一つ部屋を潰す事も考えたが、庭に物置も作れるみたいだから、共用倉庫はそこでもいいかもしれない。
「リラクゼーションルーム設置すれば、マッサージチェアが付いてくるのか……アリかも」
「アリじゃねーよ。それなら普通にチェア買って来い」
狭くなるどころか、一部屋専有する気か。カタログ見たら『脳が溶けるほどのリラックスを』とか書いてあるんだが、大丈夫なのかこの設備。
他にも色々クランとして必要なのかと疑問に思える設備が無駄に多い。
大型ウォークインクローゼットやワインセラーなんて無用の長物だよな。温度・湿度の管理してくれるっていっても出番がない。
カラオケルームとか、個人部屋は元々完全防音だし意味が分からない。カラオケセットつけただけじゃねーか。
シアタールームも微妙だ。同じく元々防音だからデカイ画面置けるくらいしか用途がない。それなら個人部屋デカくしてもいいし。
……ああ、既存の部屋を拡張してデカくするよりは専用部屋にするほうがお得なのか。それでもいらないけど。
サージェスの欲しがりそうな拷問部屋はないが、何故か牢屋セットはあるな。……なんの用途で使うというのだ。
「書庫とかも別にいらないよね。書籍検索機能とか付けられるみたいだけど」
「ビブリオマニアならアリなんだろうな」
俺の場合、しまう本がない。迷宮都市に来てから、書類以外だと雑誌か漫画くらいしか読んでない。あと、きわどい写真集とか。
「クエスト受ける機能とかは付けられないんですか? 摩耶さんが< アーク・セイバー >にはあると言ってましたが」
「正式にクランとして発足しないと、そこら辺の機能は全部駄目らしい」
「ありゃ。じゃあギルド会館にはちゃんと行かないといけないんですね」
全部をクランハウスで賄ってしまうっていうのもどうかと思うぞ。
< アーク・セイバー >のクランハウスは確かに便利だけど、なんでもできる分外に出ないから他の冒険者との繋がりが稀薄だ。機能付けられるとしても、多少は不便なほうがタメにはなるのかもしれない。
「置いとくと勝手に処理してくれるゴミ置き場とかいいよね」
死体遺棄に使われたりしないのだろうか。そもそも迷宮都市で人死ぬかどうかも分からんけど。
水道と一体化した浄水器や、生ゴミ粉砕するディスポーザーなど既存設備に追加する形のものもあるが、ここら辺は安いし考慮してもいいかも。
「高いが、大浴場も一応手が届く範囲だな」
「う……」
心動かされるのかユキの言葉が詰まる。部屋に風呂はあるが、デカイほうがいいのだろう。
「オプションで温泉にもできるみたいだし、サウナもあるな」
大浴場っていう扱いだからだろうか。岩風呂にもできるし、露天風呂にする事もできるらしい。なんと自動清掃機能なんてオプションまで追加可能だ。個人部屋のほうはそんなオプションはない。実は条件があって後々追加できたりするんだろうか。
「ユキさんが気にするところは分かりますが、今のところ三人しかいないわけですし、入場制限かければ特に問題なさそうですけどね」
「んー、もうちょっと考えようか。手が届きそうではあるけど、高いのは高いわけだし」
「多分一番心動かされてるのはお前だけどな」
風呂の大きさはともかく温泉やサウナには俺も魅力を感じる。この選べる温泉とか、打たせ湯とか、ジェットバスとか、ミストサウナとかもいいよね。用途不明の温泉猿は特にいらないけど。
「今は手が届かないけど、目標として欲しいものを考えておくというのはどうですかね?」
「具体的に欲しいものでもあるのか?」
「私は特にないですけど、高い設備も一覧表は用意してくれたみたいですし」
実は手が届かないくらい高価なものもククルが一覧化してくれている。必要となるGPが極端に高いので、別にしてくれたみたいだ。クランとしてのランクが上がればまだ増えるらしいので、これはあくまでも現時点で追加可能な物である。
「でも山とかいわれても、扱いに困るだけだと思うけど」
「それは極端ですけど」
庭を設置する感覚で山を造れるとか、ちょっと普通の感覚じゃない。用途としては、登山とかロッククライミングとか、あとはスキーとかだろうか。……いらんな。
「自動車のコースもあるね。オプションで免許取得できる実習機能もつけられるみたい」
「普通に教習所に通え。なんでわざわざ高いGP払って免許取るんだよ」
「そうだよね。免許取得じゃなくて、レースの訓練とかがメインなのかな」
レースもしない。そもそも、車も買わないといけないじゃないか。
「野球場もサッカー場も、間違いなくいらないだろ」
「スポーツする場所としてはともかく、訓練場として使うなら……専用の訓練所あるからいらないね」
「訓練用なら、このアスレチック競技場とかどうでしょうか」
「アリかもしれないけど、迷宮都市には普通にありそうなんだよね。ダンジョン内の仕組みに最適化されたやつ」
なんか完全に趣味の領域だな。この手の施設って、どんなクランが設置するんだろうか。
いや、冒険者とは限らないのか。他のギルド所属のクランならありえる話だ。< レスラーズ >なら独自のリングくらいは持ってそうだし。
「あとは……お城とか?」
「お前住みたいの?」
「個人部屋みたいにあとから拡張できないみたいだし、実際に住む事考えるとナシかな……不便そう」
住むだけなら個人部屋のほうが遥かに便利だろう。
たとえば今の部屋と王都の王宮のどちらかに住めと言われたら、間違いなく今の部屋を取る。それくらい、文明の利器が齎す生活レベルの差は埋めがたいものなのだ。
「城はともかく、庭の敷地面積広げて小さい家建てるほうが、部屋一つ造るよりは安いみたいですね」
「普段使わなくても、来客用とかには便利かもね。自力でログハウスとか組み立ててみる? ツナが」
「俺一人でやるのかよ」
ログハウスはともかく、GPあれば家も建てられるのか。ガウルに話してみるか。もう家借りちゃったみたいだけど、今後の事もあるし。
この前行った剣刃さんの家なんかはそんな感じで建てられたんだろうな。でかかったよな。
「そういえばククルが、入口のゲート前はクランの顔だから何か置いたほうがいいって言ってたな」
「言われてみれば、確かにあそこ殺風景ですよね。ダンジョン内みたいで薄暗いし」
と言っても何置くかだが。……とりあえず照明とベンチでも置いておこうかな。
「海に行った時に、ミユミさんから1/1トマトちゃんフィギュアいらないか聞かれたんだけど、入口に置く?」
「なんだそれは。あいつのフィギュアが入口に立つのか? 怖いだろ」
「いや、ミユミさんじゃなくて。見せてもらった写真では野菜のトマトに手足が生えてたよ。なんかこう……半笑いで」
「もっとキモいわ」
化け物じゃねーか。何を考えてそんなもの作ったのか理解できん。まさか流行ってるのか?
「オークさんの1/1フィギュアもありますが」
「それも却下だ」
そんなものにまで手を出してるのかよ。
……他のはともかく入口は早めに考えておかないとな。何かいい調度品とかないかな。
-5-
深夜、お茶を飲みにリビングに出るとティリアがいた。ソファに座ってステータスカードを弄っている。
いつかの訓練の時とまったく同じだ。多分パズルゲームをやっているのだろう。
「まだ寝ないのか?」
「あ……もうこんな時間ですか。つい」
俺も元ゲーマーではあるから、熱中するのは分からないでもないが、0時過ぎるまで気づかないのはアレだな。
「ティリアもお茶飲むか?」
「あ、はいもらいます。……あ、そういえばリーダーさんに渡す物があったんですよ。ちょっと待ってて下さい。部屋行って取ってきますので」
そう言うと、ティリアは慌てて自分の部屋に戻っていった。
一体なんだろうか。さっきの話だと性癖直す気も無さそうだし、俺へのラブレターというのもちょっと考え辛いよな。
……オークグッズならいらないぞ。
「ユキさんの前では出し辛かったのですが、これをお収め下さい」
戻ってきたティリアが何やらプレゼント用に包装された箱を渡してきた。……お菓子?
ユキに見られるとマズい物なのか。賄賂か何かか? 悪代官ごっこでもしたいのかな。
「越後屋、そちも悪よのう」
「は?」
通じなかった。迷宮都市に越後屋はないようだ。
「えーと、何これ?」
「引越し祝いのような物です。実質タダで住まわせてもらうのに、何もなしというのはアレかなと」
それはどっちの意味での引越し祝いなんだ? 俺たちどちらも引越してるんだけど。ユキからももらってないし、気にしなくてもいいのに。
「中身はなんだ。引越しそば? 高い物とかだったら気が引けるんだけど」
「実際に買っても一万円以内ですし、これはもらい物なのでタダです。中身は……そうですね、なんといいましょうか、恥ずかしいんですが……エロゲーです」
お茶吹き出しそうになった。なんで引越し祝いにエロゲーもらわにゃいかんのや。
「お前……」
「ご、誤解しないで下さいよ。色々考えた末に、サージェスさんからリーダーさんが欲しいだろう物を聞きまして」
「それでエロゲーか……。確かに欲しい物ではあるが、俺、未成年だから制限かかってるんだけど」
あと五年はスーパー健全空間という牢獄に囚われたままなのだ。……脱獄したい。
「そこら辺の抜かりはありません。ちゃんと審査前のマスターデータから作ってもらいましたので、制限はかかりませんよ」
なんと……それなら俺でもプレイできるのか? ……いや、ちょっと待て。
「……な、なんでマスターデータ触れるの?」
「それを作ってる開発担当にお願いしました」
いや、だからなんでそんな伝手があるんだよ。
「……まさか、お前、これに関わってるのか?」
「はい。主役の声を当てました」
頭痛くなってきた。前に声優云々言っていたのはコレの事かよ。
じゃあ何か、俺はパーティメンバーが声当ててるエロゲーをプレイしないといけないのか? 超ハードル高くないか?
……いや、ハードルは高いが、十分実用品だ。上手い事脳内変換すればなんとか……。
「内容……ジャンルとか、詳細は……聞いてもいいのか? ハードな感じ? NTR属性とかないんだけど大丈夫かな」
「それは、恥ずかしいのでちょっと……」
自分が声当ててるエロゲー出してくる時点で恥ずかしいもクソもなくね?
……でも、プレイはするよ。
部屋に戻り包装を解いてみると、正規品っぽい箱が出てきた。中身に比べてやたらデカイ箱だ。おそらく市販品の物をそのまま流用したのだろう。
タイトル含め、箱に何が書かれているのか認識できない。中に入っていた薄いマニュアルも同様だ。
媒体はディスクではなくUSBメモリのようなスティック。迷宮都市のPCではほとんど読み込める規格で、この前購入した俺のPCでも接続できる。
マスターデータから作られた特注品だから、コレが実際の流通規格なのかは知らん。
まずは事前準備が必要だ。
脳内に残留しているティリアの顔を全力でシャットアウトする。別にティリアの顔が駄目というわけではないが、知り合いどころかパーティメンバー、しかも同じクランハウスに住む奴の顔が出てくると色々気まずいのだ。
声だけは本人だからしょうがない。諦めよう。世の中には似た声の人もいるし。
このゲームにティリアは無関係。このゲームにティリアは無関係。このゲームにティリアは無関係。……よし、意識にモザイクがかかった。準備はOKだ。
PCにスティックを差し込むと、インストールもなしに起動する。
迷宮都市に来てからこの手のアプリは初めて起動するが、こういうモノなのか? 修正パッチとかどうするんだろうと思ったが、これはマスターデータそのままなので、本来の動作とは違うのかもしれない。
ぶっちゃけ不要なんじゃないかという『このゲームは成人向けです』という注意書きと、複数の会社のロゴが表示される。
続いて注意書きが表示された際にティリアの声が流れたが、すぐにスキップした。危ないな……あまりに聞き慣れた声だったので、脳内モザイクが解除されるところだった。これは音声OFFにする必要があるかもしれない。個別設定ができれば理想的なんだが……。
そして、表示されるタイトル画面。
デカデカとオークに陵辱されているらしき少女が鎖に繋がれている絵だ。かなりハードな陵辱ゲーのようだ。
久しぶりのモロなエロ画像に一瞬だけ心拍数が上がった。
タイトル名は『姫騎士ティリア2』。
画面内で陵辱されている女の子の絵もティリアそのままだった。デフォルメされているが、見間違いようがない。
「…………」
……俺はそっとアプリを閉じた。
「……ってアホかっ!!」
できるかこんなものっ! いくらなんでも、声どころかほとんどそのままとか、ハードル高過ぎるわっ!!
……何やってんだよ、あいつ。
-後日の事-
「あのゲーム。オーク役の声を本物のオークさんが当ててるっていうのが売りなんですよ。すごいですよね。収録は別々だったんですが、ちょっと興奮しました。今度打ち上げで会うんですよ」
「あ、うん。すごいね」
……やっぱりこの子は馬鹿なのかもしれない。
< ステータス報告 >
冒険者登録No.42938
冒険者登録名:ティリアティエル
性別:女性
年齢:21歳
冒険者ランク:D-
ベースLv:35
クラス:
< 重装戦士:T.Lv65 >
├< 騎士:Lv34 >
└< 盾士:Lv31 >
二つ名:なし
保有ギフト:《 美声 》
保有スキル:
《 防具熟練:T.Lv6 》
├《 盾術:Lv4 》
└《 大盾術:Lv2 》
《 防具適性:T.Lv9 》
├《 重量防具:Lv3 》
├《 金属鎧:Lv1 》
├《 盾:Lv3 》
└《 大盾:Lv2 》
《 魔術適性:T.Lv2 》
├《 回復:Lv1 》
└《 治療:Lv1 》
《 肉体補正:T.Lv7 》
├《 生命力強化:Lv3 》
├《 生命力増幅:Lv3 》
└《 再生:Lv1 》
《 盾技:T.Lv9 》
├《 戦場の盾:Lv2 》
├《 インパクト・ガード:Lv3 》
└《 シールド・バッシュ:Lv4 》
《 戦闘術:T.Lv6 》
├《 近接戦闘:Lv2 》
├《 カバーリング:Lv2 》
└《 インターセプト・ガード:Lv2 》
《 魔術戦闘:T.Lv2 》
├《 オート・キャスト:Lv1 》
└《 バトル・キャスト:Lv1 》
《 回復魔術:T.Lv2 》
└《 フィジカル・ヒール:Lv2 》
《 治療魔術:T.Lv1 》
└《 キュア・ポイズン:Lv1 》
《 心得:T.Lv1 》
└《 騎士の心得:Lv1 》
《 鑑定:T.Lv1 》
├《 真贋判定(オーク種) 》
└《 看破:Lv1 》
《 状態異常耐性:T.Lv5 》
├《 毒耐性:Lv1 》
├《 麻痺耐性:Lv1 》
├《 火傷耐性:Lv1 》
├《 裂傷耐性:Lv1 》
└《 出血耐性:Lv1 》
《 生存本能 》
└《 不撓不屈 》New!
《 使役:T.Lv1 》
└《 騎乗:Lv1 》
《 特殊性癖 》
├《 オーク大好き 》
└《 中度陵辱願望 》
《 虚空倉庫:T.Lv1 》
└《 アイテム・ボックス:Lv1 》
労働者登録No.不明
労働者名:イスカンダル
性別:男性
年齢:2歳
冒険者ランク:なし
ベースLv:1
クラス:< 運転手:Lv1 >
二つ名:なし
保有ギフト:《 2tトラック 》
保有スキル:《 熊爪 》《 パンダ・ドリフト 》
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