第2話「引っ越しをしよう」




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 クランハウスの見学が一通り終わったあと、マネージャーさんの経歴について紹介してもらった。

 そのまま立ったままというのもあんまりなので、《 アイテム・ボックス 》に用意してあった椅子とテーブルを配置して、入り口フロアを簡易リビングとした。残念ながら飲み物は外のコンビニで買ってきたものだが、まあリビングと言い張れない事もない。


 向かい合わせに座り、改めて彼女の情報が記載された資料に目を通す。

 名前はククリエール・エニシエラ。今度ウチのクラン……まだクランではないが、クランのマネージャーとして配属されたギルド職員だ。


「ククリエールって長い名前だな」

「ククリでもエニシエラでもなんとでもお呼び下さい。友人からは主にククルと呼ばれています」

「じゃあククルで。こっちも好きなように呼んでくれ」


 見た目は真面目そうなお下げ眼鏡さんだ。仕事以外では外しているらしいが、会館で会う場合はこのスタイルになるのだろう。迷宮都市なら視力はなんとでもなるだろうから、ファッション以外で眼鏡する事ってなさそうだもんな。


「あ、これは一応能力付与で《 集中力 》がついてます」


 眼鏡に視線が向かっていた事に気付いたのか、ククルが説明してくれた。

 ファッションではなく実用品。摩耶がロッテ戦の時に使ってた眼鏡みたいなものか。


 種族は見た目通り人間。性別は女の子。年下だと思っていたが年上で今十七歳だそうだ。俺の二個上である。

 今回の件が特例という事もあって、クランマネージャーとしては最年少になるらしい。本職としてはギルド職員だが、実は冒険者でもあるようだ。


「もう冒険者として上に上がるのは諦めましたけどね」


 元々は冒険者を志してデビューまでは漕ぎ着けたらしいのだが、適性が絶望的で無限回廊の十層を攻略できなかったようだ。

 戦闘能力は皆無。戦闘に直結するスキルは一つもなく、唯一役に立ちそうなのはパンダから逃げ回る内に習得した《 逃走術 》だけっていうならそれもしょうがないのかもしれない。


 でも、十層くらいなら武器を何とかすれば強引に突破できないだろうか。

 マシンガンとか……あるか知らないがロケットランチャーなどの銃火器があれば、いくらHPの壁があろうがボスパンダ程度なら倒せそうな気がする。

 ……そこを突破してもあとには続かないだろうから、そんなに意味はないかもしれないが。


 ただ、経歴を見る限り相当なエリートだ。飛び級で十三歳までに高校を卒業後、冒険者学校に入学、三年で卒業している。

 冒険者学校卒業生がエリートなのはそこまで実感が湧かなかったけど、高校が日本基準と考えるなら絶句するしかない。

 ……でも、良く考えたら似たような経歴ならクロは更に年下なのか。学歴マウントとられたら太刀打ちできねえぞ。


「えーと、何か?」

「いや、エリート様なんでビビってた。前世基準で見るとありえねえレベル」

「えぇ……。ああ、前世と同じような教育制度だったって事ですか。肝心な冒険者適性がないんで、あんまり嬉しくないというか」


 ぶっちゃけ、どうにでも潰しがきく経歴と年齢だ。それでも冒険者を基準にしているのは、迷宮都市の価値観って事だな。

 そんな価値観で冒険者を諦めるのはかなり覚悟が必要だっただろうとは思う。事務員として才能があったらしいが、そういう代わりが見つからなければ苦悩し続ける事になったりするんだろう。自分が望んで道でなかったにせよ、そういう意味ではいい道を選べたというわけだ。実際、今ではギルド職員としてのランクのほうが上らしいし。


「というか、ギルド職員って冒険者でもなれるものなのか?」

「本来はバイトでも駄目らしいですが、カナ……受付嬢さんの推薦を頂きましたので、特例として採用されました。デビュー時点で《 事務処理 》スキルはLv3あったので」


 この資料を見る限り、それからLv6まで伸ばしたって事か。この子もすごいが、受付嬢さんの見る目がすげえな。

 俺自身がLv6のスキルを三つも持っているのでピンと来ていないのだが、Lv6っていうのは剣でいう達人以上って事だ。一年でこれならまだ伸び代すらあるって事でもある。

 詳しく聞いてみたらギルド職員が冒険者紛いの事をする事はあっても、逆はほとんどないらしい。他の冒険者の詳細情報も知る事になる訳だし、彼女の場合は結構な特例みたいだ。


「達人級とはいっても、《 事務処理 》のLv6ってのはどんな感じなんだ?」

「説明の難しい話ですけど、事務処理限定で文章力や書類の構成力に補正ががかったり、文書を読んでいる際に重要箇所が把握し易かったり、ですね。手続きごとの関連性の把握や、どういう流れで仕事をするかなどの大まかなスケジュール能力も含みます。……まあ、自分の事なんでどう違うのかはあんまり分からないんですけどね」


 地味だが、有用そうなスキルだ。軽く言ってるが、Lv6って事はその精度やスピードは桁外れなのだろう。ミスとかしなそう。秘書とか合うんだろうな。……マネージャーがすでに秘書みたいなものか。


 Lv6スキルは、俺でいうと《 死からの生還 》、《 生への渇望 》、《 痛覚耐性 》の三つだ。もはや何も言うまいが、死なないためのスキルへ極端に偏っている。

 《 痛覚耐性 》はまあいいだろう。レベルが上がれば痛みに強くなる。強くなるだけで痛いのは痛い。これは身を持って実感してる。

 《 生への渇望 》はHPが1になった時、一定時間HPダメージを無効化する効果だ。このレベルが上がると無効化する時間が長くなる。HP以外の肉体ダメージは喰らう。

 そして良く分からないのが、《 死からの生還 》だ。これは《 不撓不屈 》と似たようなスキルで、HP0になった時、一度だけHP1になるというものだ。なのに、《 不撓不屈 》と違いスキルレベルがある。

 では、こんなに効果のはっきりしているスキルで、レベルが上がってどう変わるのかと聞いてみたら


「《 死からの生還 》は習得者が少なく、全容がはっきりしていないスキルです。そのスキル効果はLv1の時のものでしょう」


 会館のデータベースで調べた情報なのだが、それも完全な情報ではないという事か?


「じゃあ、スキルレベル上がるとどうなるんだ?」

「確認しないと分かりませんが……一回じゃなくなるとか、HPの回復量が増えるとかですかね?」


 HP1だから意味があるんじゃないだろうか。HP2だと《 生への渇望 》が発動せんがな。


「会館のデータベースに登録されているスキルの情報は、習得者が検証した結果なので、内容は絶対と言えない部分があります。あとで打診はあると思いますが、スキルの検証しますと言えばギルドが買ってくれるでしょう。検証作業も手伝ってくれると思います」

「最初っからHP0の設定だと駄目だろうから、検証でも減らす必要があるんだよな」

「それは……そうですね」


 情報がアップデートされてないのってそれが原因じゃないのか? なんでわざわざ痛い思いせにゃいかんねん。しかも検証って事は、一回じゃないだろうし。痛くない方法でHP0にするスキルとかないのかな。


「ダンマスだったら詳細知らないかな」

「ダンジョンマスターですか? どうでしょうか……。あの方は、基本的にギルドの運営にはノータッチなので」


 データベースの情報も手を加えてないって事なんだろうか。

 登録のない《 飢餓の凶獣 》の情報を知っていたくらいだから、個別に正確な情報を持ってるかもしれない。……問題は連絡つかなそうって事だな。


「俺のスキルについてはいいや。……じゃあ、次。冒険者学校出身ってあるけど、摩耶とか知り合いだったりするのか? 時期的に同期?」

「同期は同期ですが、話した事はないですね。彼女は有名なので、一方的に知っている程度です」

「あいつ、やっぱり有名人なのか」


 どうやら、学生時代から将来性を買われていたらしい。実際、訓練でも感じたが、彼女はすごい。斥候の技能は最低限で戦闘能力を重視、なんて事を言っていたが、その"最低限"は並の斥候職が習得している以上のモノだ。その上でそれ以上の戦闘能力を持つ。火力も俺やゴーウェンに届かないだけで十分ある。そりゃ有名にもなるだろう。

 訓練ではそんなに組む機会はなかったが、とにかく速い。移動も攻撃も何もかも全部だ。瞬間火力はともかく、攻撃スピード含めた時間あたりのダメージはユキを越えるかもしれない。


「成績もずっと上位でした」

「上位って事はずっと一位って事じゃないんだな。成績だけ見ればもっとすごいのはいるって事か」


 ああいうキャラって常にトップみたいな印象がある。漫画とかのイメージだけど。


「……いえ、もう"一人"ですね。摩耶さんの一、二年目の成績は知りませんが、三年目の一年間はずっと二位でした」

「ずっと一位だった奴がいるって事か? そいつも< アーク・セイバー >所属だったり?」

「……彼はまだ卒業してません」


 ……なんで? 将来性抜群なんてレベルじゃないだろうに。


「理由は分かりません。卒業する気がないのか……年齢的な問題に引っかかっているのか」

「ああ、若いのか。親の許可が必要なんだっけ?」

「それはそうなんですが、冒険者学校に来るような生徒は入学時点で許可もらってると思うんですけどね」


 そりゃそうだわな。専門学校なんだし、普通は冒険者になるだろう。目の前も例外はいるが、この子の場合も結構な特例だ。


「デビューすれば一瞬で駆け上がっていく人だと思うので、クランに誘ってみるのもいいかもしれないですね」


 そんな高嶺の花が、サージェスという見える地雷が設置されたウチを視野に入れるかな。

 そういえばその地雷さんは、昨日病院で会った時は抜け殻みたいだったが大丈夫だろうか。……入居の話もあるし、様子見に行ったほうがいいだろうな。


「そいつを勧誘するにしても、卒業まで最低でも半年以上あるだろ?」

「三年在学してトライアル攻略もしてるので、制度上はいつでも卒業できますよ」


 学校はそういう仕組みなのか。じゃあ、来月デビューしててもおかしくないって事だ。


「じゃあ、覚えておくよ。デビューしたら情報くれ。……あとは趣味・特技……パンダ嫌いなのか?」

「大っ嫌いです」


 態度が豹変するくらい嫌いらしい。……なるほど、無限回廊十階のパンダのせいか。何回も殺されてるって事だもんな。……冒険者諦めたって言ってたけど、気分転換に銃火器持って殴り込んでみるのはどうだろうか。




 これが影響したのかは分からないが、その日、久しぶりにグラサンパンダの夢を見た。

 とりあえず殴っておいた。




-2-




 というわけで、今回の試練に参加したメンバーにそれぞれ入居するかどうかの確認をとってみた。全員が電話機能を有効にしているわけでもないので、確認はバラバラだ。


 最初は転送施設内で偶々出会った摩耶。彼女は今の寮もあるが、一応の確認だ。


「私は< アーク・セイバー >の寮があるので」

「そりゃそうだよな。まあ、偶々通りかかったから聞いてみただけだ」


 < アーク・セイバー >の寮のほうが環境もいいし、わざわざ引越しする事もないだろう。


「でも、今後も攻略には参加しますし、クランを作る頃には移籍すると思います」

「そりゃありがたいが、移籍決めるにはまだ早いんじゃないか?」

「いえ、今回のイベントで自分に足りないものを痛感しました。私だけじゃなく、< アーク・セイバー >の特に下級ランクは外の環境も知るべきです」

「そういうもん?」

「そういうもんです」


 具体的な真意は分からないが、摩耶も今回のイベントで色々吹っ切れたように見える。

 今後もパーティ組んでもらえるのはありがたい。なんせダンジョン攻略では必須に近い< 斥候 >職だ。その上戦闘力も一級品とくれば理想に近い。


「そういや、マネージャーから聞いたんだが、摩耶の学生時代にすごいのがいたんだって?」

「ああ、ディルク先輩の事ですね」

「……先輩なのか? まだ若いんだろ?」

「私が冒険者学校入る一年前からいたみたいなので、今年で……六年目ですかね? 義務教育課程はそれぞれ一年で飛び級して卒業してるので、まさしく天才って感じです」


 どんな化け物だそれは。ククルといい、迷宮都市の詳細な教育制度は知らないが無茶苦茶な奴がいるもんだ。


「でも、そうですね。……先輩はツナさんに近いかもしれません」

「気が合いそうって事か?」


 エロいのかな。


「性格的な部分ではなく、性質が似てます。型破りなところとか」


 なんか良く分からない奴みたいだ。何のために六年も在学しているのか分からんし。


「中級になれば冒険者学校の実習の仕事もあると思うので、機会があったら行ってみるといいかもしれません。先輩はともかく、今後クランメンバーを増強するに当たって、学校がどんなところか見ておくのもいいでしょう」

「そんな仕事もあるのか」


 通う事はないんだろうが、ちょっと興味が出てきた。仕事といえば、中級になったからトライアルの同伴もできるんだな。……印象は最悪だから、あまり受ける気はないけどさ。


「クランの中には< アーク・セイバー >のように在学中にスカウトしに行くところもありますしね」

「< アーク・セイバー >ってどんな基準でスカウトするんだ?」

「基準はちょっと分かりませんね。……詳細は幹部とスカウトマンしか知らないと思います」


 専属のスカウトマンがいるのかよ。さすがだね。

 こちらは弱小らしくクランマスター候補が直々に声をかけに行く事になりそうだ。




 続いてサージェス。自宅にいるようだったので訪問してみた。

 昨日の抜け殻のような状態に比べると爽やかな笑顔だ。むしろ、以前よりすっきりしている。


「クランハウスですか。いいですね」

「でも、ここよりは狭くなるから難しいかもな。……荷物多いよな?」


 SMグッズとか。具体的にはもう一つの開かずの間の中身。


「無限回廊攻略には邪魔ですね。……よし、いい機会ですし、捨ててしまいましょう」

「は?」

「邪魔でしょうがないんですよね。あれらがなくなればすっきりしますし。……SMグッズとか、何が良かったのやら」

「ちょ、ちょっと待て。一体どうしたんだ!?」


 《 インモラル・バースト 》の影響がまだ残ってるのか? 当日の抜け殻みたいな状況よりマシだが、何かごっそり抜け落ちてないか? 主に煩悩が。ずっとこのままなら別にいいかもしれないが、元に戻るんだよな?


「お前、サージェスとして必要な物が八割くらい抜け落ちてないか?」

「失敬ですねリーダー。私はこれから無限回廊の攻略に全力を尽くすんです。余計な事に気を取られてる暇はありません。昨日までの煩悩の塊ではなく、これが私本来の姿なのです」


 なんか色々駄目な感じだ。これじゃ別人じゃねーか。


「……まあ待て。お前の変態っぷりは確かにアレだが、アレがお前の強みでもあり、実際戦闘力に直結していただろう?」


 これまでの難所で、サージェスの変態性に助けられた部分はかなり大きい。パーティ組み始めた当初ならともかく、現時点でそれを手放すのはマズいと思うんだ。昨日のロッテ戦でお前の代わりできる奴とかいないぞ。


「最悪、戻らないのならそれでもいいだろうが、一週間くらいは様子を見たほうがいいんじゃないか?」

「うーむ、リーダーがそう言うのでしたら」


 というか、昨日からの変化を考えると多分元には戻るしな。その時反動受けてよりひどい事になるのは避けたい。元に戻ったのが大切にしてた物を捨てたあととか、悲惨だろう。……賢者モードってそんなもんだ。俺も覚えがある。


「一応、お前の部屋も用意しておくよ。GPで拡張しながら引越しすればいいだろ」

「そうですね。雑誌の取材などもありますし……取材か……。お断りの連絡をしたほうが……いや、セミナーの方も退会の手続きを……」

「いや待て。なんで俺が止めないといけないのか混乱しているが、ちょっと待て。お前はとりあえず一週間何もするな。なんなら、クランハウスの部屋でずっと寝ててもいい」


 ちょっと変容が極端過ぎる。この状況で何か行動させるのは不安極まりない。

 昇格手続きは最悪遅れてもいいし、ククルに代行してもらってもいい。


「では、一週間くらい集中して強化トレーニングでも始めますかね。……それしかできない合宿とか」

「いいかもな。猫耳が言ってたブートキャンプにでも参加するか?」


 何も考えられないくらい体を酷使すれば、余計な事は考えずに済むだろう。それで元に戻るかもしれないし。一週間経って元に戻らなければ、その時にまた考える。サージェスのアイデンティティが失われるが、健全だからそれでも別にいいし。


「シャワートイレも買い替えたばかりですが、どうしましょうか。< ダイナマイト・インパクト >持っていきますか?」

「いらんわっ!! そんな危険物資を押し付けるんじゃないっ!」

「確か洗浄用の水にポーションの成分が含まれていて、怪我もすぐに治るとか。……改めて考えると、怪我をする前提のトイレはさすがに不良品では?」


 そんな情報もいらなかった。どんなトイレだよ。確実に不良品だよ。元々のお前はむしろそれが目的なんだろうがな。

 その後猫耳と連絡を取り、タイミング良くちょうど翌日から開催されるという『ダブル兎耳ブートキャンプ』に放り込む事になった。

 どうもクランリーダーとサブリーダーの二人が指揮をとる超ハードな強化トレーニングらしい。


『ほんとに、いけに……参加者希望がいるのかニャ!? これはきっとあちしの普段の行いが良いからニャ。あんな拷問染みた特訓には付き合ってられないニャ。これで大手を振ってバックれられるニャ。マジ感謝ニャ』


 定員割れするとクラン員が強制参加になるらしいので、猫耳は泣きそうになって喜んでいた。

 まさかこんな事で感謝されるとは……。兎耳スキンヘッドの訓練はそんなにハードなのか。……俺も参加するとか言わなくて良かった。


 こうして、『ダブル兎耳ブートキャンプ』から逃れた猫耳さんだったが、後日、他のクラン員が逃げた枠を埋めるために強制参加する事になったと本人から聞いた。

 ……基礎訓練はちゃんとしたほうが良いよね。




「クランハウス! いいですね、いいですね。是非にお願いします!」


 ティリアは二つ返事で住む事になった。やたらテンションが高い。


「すぐにでも引越しできますよ。いつにしましょう」

「まあ、落ち着きなさい。ユキが入院中だから、その退院に合わせて見学に行こう」

「でも、少しだけでも見てみたいです。ほら、そのちょっとだけでも」


 女に迫る親父みたいな台詞が飛び出してきそうだ。目が血走ってるし。


「それは別に構わんが、明日でいいか?」

「はい、是非に!」


 翌日ククルの紹介を兼ねて、クランハウスに先行案内した。超真剣な顔で物色していたが、何がこの子をそこまで駆り立てるのだろうか。自由度は高いものの、使い勝手は寮と大差ないぞ。


「つまり、今後もちゃんとパーティ組んで頂けるんですよね!?」

「ああ、そりゃそうだな、宜しく頼むよ」


 訓練、試練と、散々頑張ってくれたのを見ているのだ。能力もそうだが、あそこまで戦える奴を弾く理由なんてない。弱点のオークについては……また考えよう。




「クランハウスか……今のアパートの家賃高いし、契約がそろそろ切れるから、それに合わせて引越しするかな。……変な噂も立ってるし」


 雑誌にも写真が載ってしまったから、そりゃ問題にもなるだろう。

 罰ゲームの目撃例が近所であったため、見た目が似ているガウルは変質者として疑われてるらしい。似ているも何も本人なのだが、種族の違いを盾に上手く誤魔化しているようだ。……本当に誤魔化せているかは知らんが。


「入居するなら、初期設定必要だから一週間以内には返事をくれ。期間空けてあとから入るっていうのでも有りだが」

「契約更新来月だからな。引越し考えるとすぐ動かないとまずいな。荷物も多いし」

「そういえば、故郷の嫁さんどうするんだ?」

「まだ嫁じゃないが……そういや、それもあるな。中級に上がったからそろそろ結婚含めて移住も視野に入ってきてるしなー」


 別に一緒に住んだっていいが、夫婦なら水要らずの方がいいだろう。新婚の奥さんにサージェス近付けるとか、悪影響しかないだろうし。……次点でティリアも。


「移住にはクソ高いGPが必要になるけど、今回のイベントの報酬だけでも結構稼いでるしな。いっそ借りちまうか……」


 ちなみに、ガウルは最後まで攻略はできてないが、途中のボーナスと動画販売禁止に伴うGPは発生している。俺たちと比べて冒険者歴も長いので、GPにも余裕はあるだろう。


「一軒家借りるとか」

「郊外でも一軒家は高えんだが、言われてみりゃあいつが住む場所の事を考えてなかった。……すまん、クランハウスは保留する。昇格して情報開示されたから移住の詳細条件についても調べたんだが、早々になんとかなりそうではあるんだ」


 その言い方だと、数ヶ月単位の話なんだろうな。結婚式とかするんだろうか。獣人の結婚式とかちょっと興味あるんだけど。……タキシード着るのかな?

 そんなこんなでガウルは保留となった。




「決闘の件もあるから僕も保留。一ヶ月以内には決めるよ。初期設定は気にしなくていい」


 フィロスも保留だ。となるとゴーウェンも付き合いで保留しそうだな。


「勝手言ってるのに、悪いね」

「何も悪くはないが。……でもそうか、真剣勝負で決闘する相手と同じところに住むのもな」


 同じ家から出て、決闘しに行くのは何か違う気がする。気分の問題だが、こういうのはちゃんとしたほうがいいだろう。間抜けな絵になりかねない。


「そうだよね。ちょっと変な感じになりそうだ。……そういえば、この前TVで見たんだけど、夕陽をバックに向かい合って決闘っていうのも格好良いよね。なんかこう……互いに三歩歩いて振り向きざまに撃つっていう演出が良い。騎士団内で起きた喧嘩とか、もっと泥臭かったのに」

「それは創作だから、あんまり期待しないほうがいいな。音楽の演出とかもないからな」


 フィロスも順調に文明汚染が始まってるな。長い事ここに住んでると人格変わりそうだ。あと、俺たちどっちも銃使わないからそのルールはどうだろう。


 ちなみにゴーウェンは何かの合宿に参加しているらしく会えなかったが、メールで確認したところ返事はやはり保留となった。入院したユキ……ユキ20%さんからは住むとの回答をもらっているので、これで全員だ。

 結果としては俺とユキとティリアの三人が完全に引越し、サージェスは部屋だけ用意。摩耶はしばらく< アーク・セイバー >の寮のまま。フィロスとゴーウェンは保留。……で、ガウルは結局ちゃんと家を借りる事に決めたらしい。嫁さん迎えるために、賃貸でも新居を用意しておくとの事だ。なんか大人な感じだ。とても恥ずかしい格好で夜の街を駆け抜けた狼さんと同一人物とは思えない。結婚したら、あんな事にならないといいね。

 ……意外にも住む人数は少ないな。最初から住む奴は三人じゃねーか。




-3-




 クランハウスの受け渡し期日が明日に迫る中、ユキの退院日がやって来たので迎えに行く。このあと、クランハウスの見学とイベントの打ち上げを行う予定だ。

 少し早目に病院へ着いてしまったので、ロビーでユキの退院手続きを待っていると、何故か隣にパンダが座って来た。ここが日本なら着ぐるみを疑うか警察へ連絡するのだが、ここは迷宮都市だ。パンダくらいいるだろう……


「……って、なんでやねん」


 ペットショップで売られてるくらいだし、そりゃいるかもしれんが、なんで普通に病院利用してんだよ。パンダの獣人、……この場合熊人族になるのだろうか……その類ではないと思う。俺の隣に座ってきたのはどう見てもパンダだ。

 猫耳さんを見れば分かるように、獣人という種族は体の一部に獣の部位がある。ガウルのように半分くらい狼という種族もいるようだが、それにしても全身獣という事はないだろう。

 だが、こいつがパンダ100%だとして、病院に何しに来ているのだろうか。ここは動物病院ではない。……ひょっとして、動物病院は存在しないのだろうか。そもそも、パンダで保険証とか取得できるのだろうか。迷宮都市の保険制度は一体どうなっているんだ。迷宮都市はモンスターが住む事もあるらしいからありえるのか? 十層で出てきたとしても、未だパンダがモンスターって認識がないんだが。

 ……それともまさか、こいつは俺が創りだした幻覚? あの日見た夢は正夢なのか? ククルがパンダ嫌いとか言ったから、誘発してトラウマが蘇ったというのか?


 試しに隣のパンダをガン見してみる。すると俺の視線に気付いたのか、パンダもこちらを見つめ返してきた。俺たち以外誰もいないロビー。無言で見つめ合う俺とパンダ。これは一体どういう構図なのだ。


『パンダ』


 なんだと……こいつも喋る……いや違う、これは幻聴だ。俺の脳が見せている幻覚に過ぎない。だってこいつの口動いてないし。俺の脳はどれだけあのカポエラパンダに汚染されているというのか。こんな幻覚に惑わされたりしないぞ。しないんだからね。

 パンダが首を傾げる。普通に考えて、無言でガン見してくる奴は不思議だろう。ちょっと可愛いのがムカつく。


「がう」


 良かった、鳴き声は普通だ。

 ……って、つまり普通のパンダって事じゃねーか。じゃあ、尚更なんでここにいるんだよ。意味分かんねぇ。


「HEY ユーハナゼ、ホスピタルにイルデスカ?」

「がう?」


 くそ、通じない。なんだこいつって目で見られてしまった。逆だろ。お前がなんだこいつだよ。なんで俺が不思議生物扱いされんといかんのじゃ。


「がうがう」


 どうしよう。何言ってるのかわかんねーよ。……話しかけなきゃよかった。つーか、なんで俺話しかけてるんだよ。無視すりゃ良かったじゃねーか。



「交流関係が広いねツナ。友達?」


 途方に暮れていると、退院手続きが終わったユキがやって来た。

 友達じゃねーよ。俺の交友関係は確かに変な奴多いけどさ。……お前含めて。


「さっき会ったばかりなんだが、言葉が通じなくて困ってたんだ」

「……なんで会話を試みようとしてるのかが分からないけど、普通通じないんじゃないの?」


 分かってるよ。どうかしてたんだよっ! というか、お前はこいつがここにいる事に疑問を感じないのか。


「あれ、このパンダって……マイケルじゃないかな」

「誰だよマイケルって……。お前の知り合いなのか?」


 一緒にダンス踊ったりするのか? 後ろに向かって歩いたりとか。


「違うよ。……えーとマイケル?」


 ユキが話しかけるとパンダが頷いた。……意思疎通ができてる。ユキさん超すげえ。俺は今、種族を越えた奇跡を見た。後々映画になりそう。


「さっきクローシェに会ったんだ。ほら、前にパンダ飼ってたって言ってたから、もしかしてと思ったんだけど」

「そういや、ペットショップで言ってたな。独立して家出てったとか」


 ……こいつがそのパンダなのか。


「クローシェもそろそろ来るから待ってようか。……マイケルもクローシェ待ってるんだよね?」

「がう」

「だってさ」


 なんか普通に会話が成立してる。名前に反応するだけじゃなく、こっちの言ってる事は分かるのか。パンダ語があるわけでもないのか。じゃあ、がうがう言っているのも言葉ではない?


「打ち上げの前にクランハウス見せてもらえるんだよね?」

「あ、ああ、そうだな。そのために来たんだもんな」


 パンダのせいで目的を忘れるところだった。

 ユキが入院していたので退院日の今日になったのだが、メインの目的はこの前のイベントの打ち上げだ。場所は剣刃さんの自宅。他のメンツは夕方に現地集合。何人かは現場で準備してる。それだけならユキも現地集合で良かったのだが、クランハウスの案内も早々にしないといけないので迎えに来たのだ。

 ちなみにアーシャさんは今日打ち上げをやる事を知らない。


「今日明日でクランハウスの初期設定も済ませないといけないからな」

「手続きとか間に合うの?」

「ククル……マネージャーが一晩でやってくれます」


 いや、彼女なら一晩もかからないと思うけど。ギルド会館でちょっと書類仕事してるところ見せてもらったけど、超早いの。


「そのマネージャーさんにも顔合わせしないといけないね。どんな子なの?」

「俺たちよりちょい上で、お下げの眼鏡っ子だ。見た目だけだと真面目な委員長タイプで気難しそうだが、話してみると普通だったぞ」


 摩耶の方が固い印象がある。ククルは話してみると柔らかいイメージだ。声がふんわりしてる。でも仕事に集中するとマシーンみたいになるみたいだ。実はどこかで改造手術受けたりしてないだろうか。あのスピードはサイボーグと言われても違和感がない。


「お前以外はもう顔通しは済んでる。打ち上げにも出るぞ」

「やっぱりボクが最後か。……そういえば、結局クランハウスには誰が住む事になったのかな?」

「あんまり多くないな。俺とお前とティリアが確定」

「そうなんだ。……あれ、サージェスは?」

「一応部屋だけ用意する事になった。あいつ荷物が多過ぎて部屋の大きさが足りないんだよ。それに自宅の方で取材とかもしてたから、順次移行って話になる」


 サージェスの部屋の総面積は今借りてる部屋の方が上だから、あの魔の領域をそのまま移動となると厳しい。中身見てないが、部屋は器具だらけらしいし。……実は個人倉庫もいっぱいらしいし。

 強化合宿から帰ってきたら普通の変態に戻っていたので、そのような結果になったのだ。


『私は一体何をやっていたのか。……くっ、《 インモラル・バースト 》め。なんという恐ろしいスキルなんだ。……ところでこのサングラスどうですかね? 兎耳さんにもらった獣人用のものなんですが、似合いますか?』


 とか言っていたので、大体予想通りだ。多分今でサージェス90%くらいだろう。

 しかし、《 インモラル・バースト 》は恐ろしいスキルだ。一時的とはいえ、ほとんど人格崩壊に近い。代償がでか過ぎる。あと、グラサンはどうでもいい。


「……ひょっとして、クランハウスの部屋ってそんなに広くなかったりする?」

「今の寮の部屋より遥かに広いから、あんま心配しなくていいぞ。サージェスは今の部屋が広いんだ」


 少なくとも、俺たちが候補に挙げてた賃貸物件よりは広い。


「二部屋繋げても良かったんだが、それだと部屋数がな。今後メンバー増やす事考えると厳しい」


 繋げればサージェスもすぐに引越しできるが、それだと五人しか住めない事になる。

 部屋増やすより、それぞれの部屋を拡張していくほうがGPも安上がりなので、部屋は十のままで行く事にしたのだ。個人部屋の管理は住む奴に完全に任せてしまうのがいいだろう。


「本当に家賃はいいの?」

「それは別にいいんだが、自分の部屋の拡張は自分でしろよ。家具さえ入れればそのまま住めるけど、お前、風呂とかでかくしたいんじゃないか?」

「あー、そうだね。……自分で大きくできるのか。勝手に大きくしてもいいの?」

「自分の部屋だから構わないだろ。GPかかるけどな」


 GPが問題なんだ。ひたすら足りない。カードの主要機能すら足りてない状況なのに、次から次へ必要になってくる。早い昇格の弊害だな。普通はじっくり時間をかけて攻略を進めて、その間にGPも貯まるものらしいし。

 ククルは部屋の拡張くらいなら中級の稼ぎで問題ないって言ってたけど、現状そんな余裕もない。《 ウエポン・ブレイク 》を始めとするスキル購入のせいで大量に使ってしまったから、俺のGPはほとんど今回の報酬分しかないのだ。


「そっか……難儀な話だなー。でも大きいお風呂を求めて賃貸渡り歩くより全然良いよね。その分のお金を注ぎ込めれば良かったのに」


 金でGP買えれば良かったんだがな。それだと、金持ちが圧倒的に有利になりそうだが。


「……何かGP稼ぐ仕事でもしようか。この前の交流戦設営みたいな奴ないかな。あれ、お金はともかくGPは結構もらえたよね」

「そうだな……それか、グッズでも売るか。……でも、俺のグッズとか誰が買うんだよって感じだけど」


 それに問題は何を売るかだ。デビューからここまででファン倶楽部の登録は結構増えたみたいなんだが、アンケート見てもグッズ化希望はない。希望ないグッズ出してくれっていっても、グッズ屋は出してくれないだろ。……株式会社トマト倶楽部は置いておいて。

 イベントの開催希望ならあったけど、『中級百人相手にデス・マッチルールで組手』が一番人気だからな。中級上がった直後の奴に何言ってんだって感じだ。いろんな掲示板見ても俺の存在はネタにされるくらいで、別にヘイトは集まってはいないはずなんだが。

 そういや、以前ティリアが声優やってるみたいな事を言っていたが、どういう伝手でやる事になったんだろうか。会館で受ける仕事にそんなのあるのだろうか。タレント業と同じ括りなのか?


「グッズ販売でお金じゃなくてGPももらえるんだっけ?」

「ククルに聞いたら、金以外にも売上に応じたGPももらえるんだってさ。もちろん、ギルド公式グッズだけらしいが」

「ネットに上がってた入店拒否の画像使って何かやるとか? あれ大人気だよね。たくさん見かけるよ」


 ほんとマジでやめて下さい。

 ……今でもちょくちょく掲示板で見かけるんだよな。どんだけコラ素材として優秀だというのか。成人向けにならないギリギリのエロ画像ですって紹介されて、いざリンクをクリックしたら俺の画像だった時の衝撃は忘れられない。あの時俺は、多分画像と同じ顔してた。


「その点、お前は何出しても売れそうだよな」

「がう?」


 お前じゃない。

 いや、マイケルもグッズ出せば意外と売れそうだけどさ。見分けがつかないパンダグッズとして。


「うー、あんまりそういうのはな……。恥ずかしいし」

「風呂拡張するためにグッズ売り出し始めるお前の姿が目に浮かぶんだが」


 具体的には来月あたり。写真集出すなら買うぞ。あえてギリギリ狙うなら制限に引っかからなそうだし。実用範囲だ。


「ありえそう。ダメージの少ないグッズないかな。……トレーディングカードもそんなに売上良くないし」

「あれ、売れたカード枚数あたりの金額だからな」


 自分関連の情報は見ないようにしてるから知らないんだろうが、ユキのカードの封入率は操作されている疑惑があるらしい。そのせいで、バラ売りの価格も高騰している。俺たちのカードが入ったパック自体は大した売上ではあるのだが、何故かユキのカードだけ出ないので確率を検証しているサイトすらあるくらいなのだ。前世のトレーディングカードのレアリティ事情は知らないが、悪どい商売してやがるぜ。

 代わりに俺のは良く出るらしいので、この売上だけは俺が勝っているのは内緒だ。……大した金額じゃないけど。


「CDとかはどうだ? TVとかラジオの出演依頼もあるし。最近アイドルグループみたいな奴等もデビューしてたろ」

「勘弁してよ」


 メディアの出演依頼は俺にもあるのだが、大抵ユキとセットでの打診だ。

 俺は出てもいいのに、そのユキがOKしないから毎回流れている。せいぜい、大手雑誌や新聞の取材くらいしかメディア露出がない。

 バラエティとかちょっと出てみたいじゃない? 迷宮都市外から来た冒険者が出演するクイズ番組とか。同期の新人でも結構出てる奴いるのに、このまま行くとレアキャラ扱いになりそうだ。……そろそろピンの仕事来ないかしら。


「ミユミさんみたいに、吹っ切れればいいのかもね」

「あいつはあれがノーマル状態だ」


 とりあえずなんでも手を出すのがあいつの基本的なスタイルである。そして、大抵爆死するまでがパターンだ。前世で何度も見てきたんで分かります。一回成功しても、その後調子に乗って大失敗になるんだぜ。




「手続き終わったよマイケル……って、あれー、なんでマイケルと一緒にいるの?」


 そんな現実的な金の話をしているとクロがやって来た。あの無限訓練のせいで、随分久しぶりにあった気がする。


「がう」

「たまたまな。いきなりこの巨体が隣に座ったからビビった」

「あはは、パンダはあんまり病院に来ないしね」


 たまには来るという認識でいいんだろうか。


「今、マイケルの奥さんが入院してるんだ」

「そうなのか」

「がう」


 妻帯者だったのか。……なんの病気か知らないが、動物も大変だな。


「このパンダ、何か仕事してるのか?」

「あたしもこの前知ったんだけど、冒険者になったみたい。九月頭でもうデビュー済。パンダとしては第一号らしいよ」


 同業者……九月頭という事はリリカと同期って事か。

 ……パンダの同業者か。ゴブリンとかオークとかの冒険者もいるわけだからおかしくもない……のか?

 つまり、無限回廊第十層はパンダ対パンダの死闘が演じられる事になるわけだ。ちょっと見たい。


「でも、パンダ相手じゃ意思疎通できないんじゃない?」

「こっちの言ってる事は分かるから大丈夫じゃないかな。ほら、ゴーウェンと一緒」


 ゴーウェンさん、パンダと同じ扱い受けてまっせ。


「二人はこれから用事でもあるの? 暇だからどっか遊びに行かないかい?」

「このあとは引越し先の見学と、この前のイベントの打ち上げだな」

「引越しするんだ。ずっと賃貸情報見てたもんね。いいところ見つかったんだ」

「なかなかいいと思うぞ。ダンジョン近いし」


 同じ建物だしな。雨降っても傘いらずだ。


「へー、家賃高そうだね。引越しの手伝いとかしようか? あ、マイケルも手伝うって?」

「がう」


 横を見るとパンダが頷いていた。なんでそんな詳細に意思疎通できてるんだろうか。


「ボクはあんまり荷物ないけど……あ、そういえば家具がないのか。買わなくちゃ」


 寮は家具備え付けだからな。ベッドから布団から全部買わないといけない。


「引越しの手伝いは頼めるなら頼みたいな。パンダなら力はありそうだし」

「がう」


 種族的に腕力はあるだろう。《 アイテム・ボックス 》を使って移動するにしても、出したあとの配置が大変だから腕力ある奴がいたほうがいい。

 ……ククルがパンダ嫌いだから、上手くタイミングを合わせてスケジュールする必要があるな。あとでさりげなく話してみよう。


「じゃあ、引越しの日程決まったら住所教えてね」

「何なら今から一緒に見学に来る?」

「え、いいの? じゃ暇だしお邪魔しちゃおうかな。あたしもそろそろ引越し考えないといけないし」


 その参考にはならんかも知れんぞ。


「マイケルはどうする? 今から行くとパンダ嫌いの奴がいるけど」


 連れて行っても立場上怒りはしないだろ。……多分。


「がう」

「マイケルはデビューの手続きで会館に行かないといけないんだって」


 そうか。なんか普通に冒険者してるんだな。


「お前、パーティとかどうしてるんだ?」

「がう」

「同じパンダ三匹で組んでるんだって」


 それは不思議な絵面だ。

 そして、何気にクロさんのコミュ能力が人外の領域に到達していらっしゃる。マイケルは『がう』しか言ってないのに。


「じゃあ、同期でリリカっていう魔術士がいるから声かけてみろよ。あいつソロだから、一一層以降でパーティ組んでもいいと思うし」

「がう」


 頷いた。これは分かる。……俺、パンダと会話してるんだ。


「じゃあ行こうか。ダンジョン近くってどこら辺?」

「転送施設」

「は?」


 俺たちは手を振るマイケルに見送られながら転送施設に向かった。




-4-




「くっ、くくくくクランハウス?!」


 説明したら、案の定驚いてらっしゃる。事情を知らないからか、ここまでで一番反応がいい。

 こういうのを期待していたのだ。感無量である。


「一週間前にイベントがあってな。そのボーナスでもらった」

「どういう事なの……。同期なのにもうクラン作ってるとか」

「まだクランじゃないけどな。なんなら入るか……って、お前が入るのは< 流星騎士団 >か」

「あーうん、そうだね。まだE+で昇格試験の内容すら出てないけど。……おかしいな、これでもかなり早いほうなのに」


 中級昇格まで平均一年らしいからな。クロも十分早いだろう。

 以前聞いたみたいに、< 流星騎士団 >の入団資格がLv75以上だとするとまだまだ道は遠そうだが。


「どんなイベントだったの? ……ひょっとして昇格試験?」

「そうだよ。参加した八人全員D-に昇格した」

「なんか超すごい……って、また最短記録?」

「そういえばそうだね」


 ユキとしては中級昇格よりも本命があったからな。

 俺とユキ、フィロス、ゴーウェンの四人は中級昇格の最短記録だ。半分くらいに縮めたらしい。


「さあ着いたぞ、あれが我が家だ」

「……転送施設だね。間違ってないのがすごいけど……ほんと無茶苦茶だよ」

「無茶したのはツナだけどね」


 いや、それはどうだろうか。元々の原因はロッテじゃねーか?


 二人を連れて転送施設のクランハウスが集中するブロックへ向かう。あれから何度も来てるから慣れたものだ。まだ受け渡しが済んでないので家具の搬入はできないが、一回布団持ち込んで泊まったりもしたのだ。



 クランハウスに入り、中で書類仕事を片付けていたククルに二人を紹介する。

 クローシェは一つ下の後輩だったので名前は知っていたようだ。


「こいつがユキ20%だ」

「いきなり暴露とかやめてよ。マネージャーじゃしょうがないけどさ」

「何それ?」

「20%……というのはなんでしょうか? ユキトさんですよね?」


 事情を知らない二人に説明する。

 以前ククルに見せてもらった資料では"ユキト"のままだった。俺のスキルを見る限り、< 鮮血の城 >攻略直後の物だったらしいのだが、ユキの名前が変わったのは病院行った後なんだろう。


「じゃあ、ユキちゃんは20%だけ女の子になったんだ。……未だに男って信じ切れてないから、何も違和感がない。……むしろ、まだ80%も男なの?」

「中身含めるとユキ50%くらいじゃないかな」


 往生際の悪い奴だ。


「資料も更新されてるかもしれないですね。あとで確認しておきます。……ちなみになんとお呼びすれば」

「ユキでお願いします」


 まあ無難だろう。20%さんとか言われたらさすがにキレそうだ。

 掲示板のユキたんハァハァさんたちが暴走しない事を祈る。……フリじゃないからね。




 続いて個人部屋を見せると、なかなかの好印象だった。


「結構広いんだね。ユニットバスって以外は何も文句ないよ」

「それは自分で何とかするんだな」

「拡張って、どれくらいかかるの?」

「えーとですね、手が届きそうな順に拡張プランをまとめてみました」


 と言って、ククルが資料を差し出してきた。数日前にちょっと聞いてみただけだったのに、さすがに手が早い。良く気がつく子である。


「とりあえずバス・トイレ別にして、風呂場とか湯船だったらちょっと広くするだけでもかなり違うよね……ククルさん、これ初期設定だと費用違うの?」


 ユキの指した部分を見ると、通常費用と初期費用が別々に並んでいた。ほんの数%だが値段が違う。


「はい。と言っても多少ですが」

「うー……専用のキッチンも欲しいし……。地味に何とか足りそうなのがまた……」

「お前、GPの使い道はここだけじゃないからな。忘れるなよ」

「……分かってるよ、うん」


 本当だよな? "今だけ何割引"と書かれたチラシとかバーゲンを前にしたおばちゃんと同じ目をしてるぞ。ククルは販売員でもなんでもないからいいけど、ユキはこういう物欲に弱そうだ。


「ものすごく羨ましい……この辺りでこんな部屋借りたら、いくらくらいするんだろう」


 そろそろ引越しが迫ってきたクローシェは、やはり気になるところらしい。


「ここは転送施設内なので、まったく同じ条件という訳には行きませんが、大体このあたりは1Kで月十万前後ですね」

「それは無理だー。……下級の稼ぎじゃキツイなー」


 高っけぇな。東京のど真ん中がそんなもんだったか? 迷宮都市の物価と比べるのもなんだが。

 ……ちょっと待て。今更ながらに理解したが、ここ十部屋もあるんだから、月百万円オーバーの賃貸料取られてもおかしくない物件って事か?

 そう考えると、えらい事要求してしまった気がする。……本気で勧誘の餌になりそうだ。


「家具も買わないといけないけど、一つ足りないものがあるね」

「なんだ?」

「PCがない」


 そういやそうだな。寮のアレは備え付けだったし。……あれは必須だな。


「ギルドで同じもののリースもしてますが、PCは個人で購入したほうが何かと便利ですね。……家具と一緒に見に行きましょうか」

「ここって、ネットの配線とかってどうなるんだ? ルーターとか」

「ルーター……ってなんですか?」


 あれ? こっちではそう言わないのかな。無線LANだよな?


「ツナ。迷宮都市にはルーターもスイッチもLANって言葉もないよ」

「じゃあ、どうやってネット接続してるんだ?」

「良く分からない仕組み。……魔法じゃないかな? TVもアンテナ繋ぐところないし」

「ネットワークに繋げるのは、PC上の設定だけで済みますよ」


 今更ながら、ここはファンタジーだった事を思い出した。

 ……ということは回線使用料もないのか? 良く考えたらステータスカードで電話とかメールしてる奴もいるんだから、何もおかしな事じゃない。あれも費用請求ないって聞くし。……裏で抜かれてるかもしれないが、少なくとも表面上はない。


「ひょっとしてPC売り場に行ってスペックとか見ても、意味分からなかったりするのか?」

「ボクはある程度覚えたから教えるよ」


 CPUとかメモリの概念は同じでも、メーカーとか製品名とか一致するわけないよな。難儀な事だ。

 もう、子供や老人向けのシンプルな奴でいいのかもしれない。……アングラで年齢制限対策済みのPCとか売ってないかしら。


「まだ時間あるから家具見に行こうか。……ティリアはどうするって?」

「あいつは今の部屋の家具があるから、そのままここに移動だ。改めて買う事はないだろ」

「そういえばそうか。……クローシェも行く?」

「うん、行こうかな」


 今度は四人で別地区の家具屋に移動だ。



 久しぶりに別地区に来たが、あいかわらずファンタジーを完全無視した高層ビルディング群だ。

 目当ての家具屋は、その内のビル丸々使った大型店である。並んでる商品は極めて普通の量産品だ。平成日本とほとんど変わらない。購入に必要なのも円なので、ここはあまり悩む必要もない。一時的にだが、現金はあるのだ。


「配達の場合、受け取りとかどうするんだ? 俺たちがいない場合とか」

「予め申請しておけばギルドから抜けられますので、私が待機して受け取っておきます。今回以降ですと、宅配ボックスのような物を設置したほうが良いかもしれませんね。ちょっと大きいクランだと、部屋を一つ受け取り用に使ったりもしますよ」


 今後の事を考えると宅配ボックスはアリだな。通販とか使うだろうし。

 でも専用の部屋をこのために割くのは、現状ではちょっと避けたい。



「あ゛あ゛あ゛あ゛……」


 バラバラに回っていると、ユキがマッサージチェアで変な声を上げていた。……やるよね。

 若いし、冒険者の体は肩こりとか無縁っぽいが、こういうのはまた違う良さがある。


「あ゛ー、これ買おうかな……」

「いくらなんでもスペース取り過ぎじゃないか?」


 入りはするだろうが、使用頻度考えると他の物を置いたほうがいいんじゃないかな。

 ……向こうの方でクロが乗ってるフィットネスバイクとか。……いや、あれもどうだろうか。


「リビングに置くとか」

「ジムとかフィットネスクラブに行ったほうがいいんじゃないか? あの近くにあるか知らんけど」

「他のクランが経営してるジムが一般開放されてますよ。< マッスル・ブラザーズ >のところ以外ならまともです」

「ボク、今デリケートな時期だから、ロッカーとかの扱いが難しいんだよね」


 そりゃそうだが、男性用使っても誰も文句は言わないと思うぞ。……初見の人がびっくりするくらいで。


「クロが乗ってるの見て思い出したんだが、自転車が欲しいな。外で乗るやつ」

「自転車ならダンジョン地区のホームセンターでも売ってますが、専門的な物だとこの辺りで探したほうがいいですね」

「ロードバイクとかじゃなくて荷物運べるやつがいいな。頑丈ならママチャリでもいいんだが」


 要件は冒険者のパワーに耐えられる頑丈さだ。


「……渡辺さんはもうちょっと見かけに拘りましょうか。自転車ならクラン共用でもいいですし、あとでリストアップしておきますよ」

「ククルさんの言う通り、ツナはもうちょっと身だしなみにも拘ったほうがいいね。……そのTシャツとか超ダサい」


 ……なん……だと。


「安い奴を選んだのは確かだが、そんなにダサいかな?」

「うん」

「はい」

「はいはーい、あたしもダサいと思いまーす」


 二人とも即答の上、いつの間にか戻ってきたクロにまでダサいと言われてしまった。超アウェイだ。

 なんだ……十五年に渡るファッションとは無縁の生活でセンスが劣化したのか? ……まさか指摘されなかっただけで、前世でもダサいとか思われてたとか? 実はトマトさんも、内心ダサいとか思ってたのか。


「だ、ダンマスと変わらなくないか?」


 あの人、超ラフな格好だったぞ。


「あの人はカジュアルなだけで、ちゃんとしてたよ」


 そうなのか? ……どうしよう、違いが全然分からん。俺、ファッションセンスないのかな。


「人前に出る職業ですから、今後はこういうところも気をつけていきましょう。空き時間はあると思うので、コーディネートも勉強しましょうね」

「う……そ、そうだな。分かった」


 家具見に来たはずなのに、意外な問題点が浮上してしまった。……ショックだ。



――――● 今日分かった事:俺はダサい。




< ステータス報告 >

 冒険者登録No.45232

 冒険者登録名:ユキト→ユキ20%

 性別:男性→男性80% / 女性20%

 年齢:14歳

 冒険者ランク:D-

 ベースLv:35

 クラス:

 < 軽装戦士:T.Lv70 >

  ├< 双剣士:Lv35 >

  └< 剣士:Lv35 >

 二つ名:< 雪兎 >

 保有ギフト:《 容姿端麗 》

 保有スキル:

 《 武器熟練:T.Lv13 》

  ├《 剣術:Lv5 》

  ├《 小剣術:Lv5 》

  ├《 双剣術:Lv2 》New!

  └《 投擲術:Lv1 》New!

 《 武器適性:T.Lv6 》

  ├《 小剣:Lv2 》New!

  ├《 投擲:Lv1 》

  ├《 短剣二刀流:Lv1 》

  └《 小剣二刀流:Lv2 》

 《 短剣技:T.Lv1 》

  └《 ポイズンエッジ:Lv1 》

 《 剣技:T.Lv7 》

  ├《 ファストブレード:Lv2 》

  ├《 パワースラッシュ:Lv1 》

  ├《 ハイパワースラッシュ:Lv1 》New!

  ├《 斬岩刃:Lv2 》

  └《 斬鉄閃:Lv1 》New!

 《 片手剣技:T.Lv4 》

  ├《 ラピッド・ラッシュ:Lv3 》

  └《 シャープ・スティング:Lv1 》New!

 《 双剣技:T.Lv1 》

  └《 クロス・スラッシュ:Lv1 》New!

 《 移動術:T.Lv2 》

  └《 ブースト・ダッシュ:Lv2 》New!

 《 近接戦闘術:T.Lv1 》

  └《 クリムゾン・シルエット:Lv1 》New!

 《 心得:T.Lv2 》

  ├《 剣士の心得:Lv1 》

  └《 小剣の心得:Lv1 》

 《 毒技術:T.Lv1 》

  └《 毒取扱:Lv1 》

 《 忍法 》

  └《 ニンニン 》

 《 変換:T.Lv1 》

  └《 MP変換:Lv1 》

 《 鑑定:T.Lv1 》

  └《 看破:Lv1 》

 《 生存本能 》

  └《 不撓不屈 》New!

 《 肉体補正 》

  └《 男性機能不全 》New!

 《 精神補正:T.Lv1 》

  └《 集中力:Lv1 》

 《 感覚補正:T.Lv3 》

  ├《 気配察知:Lv1 》

  ├《 空間把握:Lv1 》

  └《 暗視:Lv1 》

 《 運動補正:T.Lv5 》

  ├《 アクロバット:Lv2 》

  ├《 姿勢制御:Lv1 》New!

  ├《 空中姿勢制御:Lv1 》New!

  ├《 精密行動:Lv1 》New!

  └《 ピョンピョン 》New!

 《 魔術補正:T.Lv1 》

  └《 魔力の泉:Lv1 》New!

 《 基礎学術:T.Lv4 》

  ├《 速読:Lv1 》

  └《 算術:Lv3 》

 《 念動具操術:T.Lv4 》

  ├《 精密念動:Lv1 》New!

  └《 クリア・ハンド:Lv3 》

 《 虚空倉庫:T.Lv3 》

  └《 アイテム・ボックス:Lv3 》




 冒険者登録No.45111

 冒険者登録名:マイケル

 性別:男性

 年齢:10歳

 冒険者ランク:G

 ベースLv:7

 クラス:< パンダファイター:Lv1 >

 二つ名:なし

 保有ギフト:《 パンダ・パンダ 》

 保有スキル:《 熊爪 》《 パンダ・パンチ 》《 パンダ・キック 》《 パンダ・チョップ 》《 パンダ・タックル 》


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