幕間「秘密結社YMK」




-1-




 その日、ある秘密の組織が立ち上がった。

 通称YMKと呼ばれるその組織の構成メンバーは三人。アルファベット順にA、B、Cと呼ばれるメンバーたちは、お互いの素性を知らない……事になっている。

 ちなみに僕はCらしい。先ほどここまでBに引っ張って連れて来られた。


「さて、ようやく発足したこの< ユキたんを愛でる会 >だが、ファン倶楽部の会員No1であるこの私が議長を努めさせて頂こうと思う」

「1乙。議長について異議はないが、そんな個人情報を出してしまって大丈夫なのか、同志Aよ」

「その1ではない。個人情報なら問題ないだろう。我々に後ろ暗い所などないのだから」


 ならば何故怪しい仮面に黒ローブなのかと突っ込まれそうだが、これが彼らの様式美のようである。

 あまり真似したくないんだけど、僕の格好も同じだ。同志Bに用意されていた。


「あの……すいません。僕は何故ここに連れて来られたのかよく分かってなくて」

「同志Cよ、それは貴様がユキたんのファン倶楽部No3であるからだ」


 ユキたんって、あの新人のユキちゃんだよな。この前、トライアルを最速記録で攻略した。確かに会員にはなったけど。可愛いよね。


「えーと、可愛いと思ったから会員登録しただけなんですけど、何故こんな会議に……」

「それはだな、ユキたんを愛でるためには世間の常識というものが少々厄介でな」

「ユキちゃ……ユキたんは何か問題でもあるんですか? 普通に可愛い女の子だと思うんですけど」


 彼女には何か多大な問題があるのだろうか。あまり想像が付かない。実は偉い人の子供とか……。


「同志Cよ。貴様は勘違いしているようだ」

「危ないところだったな、同志Cよ。その調子で、公衆の面前でユキたんペロペロなどと言い出したら大問題だぞ」


 どんなキャラクターだ、同志Bよ。お前、表じゃそんなキャラじゃないじゃないか。


「言いませんけど、彼女に一体どんな問題が……」

「まず大前提の話からしよう。ユキたんは彼女ではない。……彼だ」

「……はい?」


 部屋に静寂が訪れた。脳が、現実を、拒絶、していた。


「え、ちょっ、……え? ユキ……たんは男の子なんですか?」

「YES」

「まさか、それは付いてるって事なんでしょうか」

「YES」「YES」


 YES……YESか。そうか……YESか。


「馬鹿な……あんな可愛い子が男の子だなんて……」


 裏切られた気分だ。確かに個人情報をあまり見ないで登録してしまった僕も悪いが、まさかそんな罠があったなんて。顔見ただけじゃ絶対分からないよ。


「まあまて、同志Cよ。逆に考えるんだ、男でもいいじゃないか」

「どんな開き直り方ですか。僕ノーマルなんですけど」


 途端に熱が冷めてくる。だって、普段やたら目にするアレが付いているという事だ。ちょっと有り得ない。


「ユキたんは確かに生物学的には男だ。登録情報を調べたからこれは間違いない。……だがしかし、そこがオトク……またいいとは思わないかね。同志Cよ」

「僕には良く分かりません」


 一体、同志Bはどうしてしまったというのか。表ではこんな人じゃないのに。

 ……まさかこれが本性なのか? 見る目が変わってしまいそうなんだが。


「では、問おう。同志Cはユキたんにスリスリされて嫌だと思うか?」

「え……と、男の子なんですよね」

「違う、男の子ではなくユキたんだ」


 ユキたん。ユキたん。ユキたん。……頭をフル回転させて想像してみる。

 ここで逃げてしまうのはきっと負けだ。イメージを膨らませるんだ。ユキたんは男ではなくユキたん……。

 男……たとえば同志Bなら迷わず殴るが、ユキたんか……そうか、ユキたんかー。


「んーー、嫌じゃ……ないかも知れません」


 目の前が明るく開けた気がした。なんて清々しいんだ。


「では、同志Bにスリスリされたらどうだ。リアルの知り合いだろう?」

「ぶん殴ります」

「え、俺同志Cにそんなに嫌われてたの?」


 お前、まさかそんな気はないだろうな。僕も何か目覚めかけてるような気がするけど、見た目は大前提だぞ。


「つまりはそういう事だ。そこに大きな違いがある。ユキたんは男とか女という区別ではなく、ユキたんなのだ」

「そういう事だ、同志Cよ」


 つまり、ユキたんは男でも女でもない。性別:ユキたんという事か。なるほど、そう考えればアリかもしれない。


「……なんとなくですが分かりました。でも、この会はどんな事をするんですか?」

「この< ユキたんを愛でる会 >、通称YMKの主な活動内容はユキたんの情報交換、同志を新しく募るための報告、そして、GPを使った投票の指針を決める事だ」

「アンケートって事ですか」


 迷宮都市の冒険者はデビューした時点でファン倶楽部が作られる。僕にも同志Bも会員はいないけどファン倶楽部はある。同志Aは良く分からないけど、彼が冒険者ならあるだろう。

 とはいえ、これによって冒険者本人が直接利益を得る事は少ない。せいぜい、どんな人が支持してくれるか分かるくらいだ。アンケートはそのファン倶楽部会員から利用できるサービス機能の一つである。

 このアンケートシステム。どんなグッズを販売して欲しいか、どんなイベントを行って欲しいかを投票する事ができる。どんなアンケートを開設するか、投票するかはファン倶楽部会員の特権だ。この情報は本人とギルド、並びに契約しているグッズ会社に共有される。新しいアンケートを開催するのに必要なGPは5、アンケート内で投票項目を追加するのに必要なGPは3、ただ投票するだけなら一口1GP必要となる。

 冒険者にとってGPは生命線だ。5GP程度大したポイントではないが、これが積もりに積もると活動に支障が出かねない。だが逆に考えると、そんな大事なポイントを消費してまでこんなグッズが欲しいのだと、本人とグッズ会社に熱意を伝える事ができる。

 たとえば、抱き枕をグッズ化して欲しいと多大なGPを消費していればグッズ会社も無視はできない。もちろん最終的に本人の許可が必要だが、グッズ化に向けて熱心に動いてくれる。

 あと、どの程度GPを使ったかは記録に残るので、人によっては特典があったりもするらしい。イベントチケットの優先権とか、グッズの早期購入権とかだな。株式優待券のようなものだ。

 ちなみに他のギルドのGPでも参加は可能である。拳闘士ギルドだろうが魔術士ギルドだろうが、ファンクラブシステムではGPは共通のポイントとして扱われる。


「とりあえず、どんなグッズが欲しいかだな」

「同志Aよ、俺は握手会の開催を推す」

「なに、デビューして間もないこの時期に握手会だと。正気か同志Bよ」


 ファン倶楽部会員が三人しかいない状況でイベント開いてもひどい事にならないだろうか。会場スカスカで目も当てられないぞ。


「危険なのは分かっている。だが同志Aよ、俺はユキたんの手に触れてみたい」

「ぬ、ぬうううぅう」


 唸るなよ同志A。本人がOKしなきゃ開催なんてされないんだから。ユキたんも爆死確定のイベントなんて開かないと思うけど。OKは……しないだろうな。


「しかし同志Bよ、些か性急過ぎないだろうか」

「いや、同志A。同志Bが言う事にも一理有ります。早い内からこんなイベントを望むファンがいるという事をアピールする機会になる」

「分かってくれたか、同志Cよ」


 うん、万が一でも開催されるなら僕も触りたいし。参加人数少なければお話とかできそうだしね。冒険者同士なんだから、パーティ組むなり、話しかけたりするなりすればいいじゃないかと思うだろうが、そう簡単にいかないのだ。

 僕らはヘタレだから、用事がなければ話しかけるのなんて不可能だし、触るなんて以ての外だ。デビューしてからしばらくはソロだし、その後もデビュー前からメンバーが固まっていたりすると割り込む隙もほとんどない。この時期からだと、チャンスは新人戦だろうか。たしかユキたんのところは二人だったよな。


「しかし、あのでかいのが邪魔だな。同志Aよ、あいつどうにかならないだろうか」


 でかいのと言っているのは、ユキたんと一緒にトライアルを攻略したという汚い男の事だろう。名前は……忘れた。これからも呼ばれる事はないだろう。……確かにイベント開催するなら、アレが付いて来る可能性もあるな。


「今のところどうにもならんな。あいつ別に何も悪い事してないし」

「しかし、羨まし過ぎる。あのユキたんとダンジョンの中で組んず解れつしてしまう事だって」


 いや、ないだろ。あいつ、みるくぷりんに行った情報が流れてるくらいだからノーマルじゃないか?


「いや、落ち着きたまえ同志Bよ。ここにいる人たちは極めて特殊な人材である事を忘れないで欲しい」

「そ、そうだな。つい興奮してしまった」


 同志Bは普段は冷静沈着をウリにしているのに、なぜこんなに鼻息が荒いんだ。僕も大概だが、同志Bはユキたんにどんな魔性を感じているというのだ。


「とりあえず、今後の方針としてはイベント開催アンケートとグッズ化希望アンケートの設置だな。では、私がグッズ化希望アンケートのGPを出しておこう」

「それでは私がイベント開催だな。同志Cは適当に投票しておいてくれ」

「は、はあ」


 まあ、アンケート設置までやってくれるというなら、投票くらいはしよう。グッズは欲しいし、イベントも開催して欲しい。


「あとは追加メンバーだな。上手い事ファン倶楽部登録をした者と接触できればいいんだが」

「え、この会はメンバー増えるんですか?」

「当たり前だ。そのためにわざわざこんなデカイ部屋を借りているというのに」


 確かに広いけど、一時的に借りたわけじゃないのか。となると、同志Aは結構金持ち……冒険者としてもかなりの上級ランクという事に……。いや、詮索はしないでおこう。マナー違反だ。


「では、次回以降の開催については追って連絡する」


 同志Aがそう締めて、秘密結社YMKの初回ミーティングは終わった。




-2-




「緊急事態発生だ」

「どうしたんだ、同志Aよ」


 まあ、ユキたんが出場する新人戦の追加メンバーの事だろう。あれは僕もびっくりした。


「ユキたんの新人戦で新しく加わったメンバーがあのサージェスだった」

「馬鹿なっ!?」


 同志Bよ、情報収集が足りないな。もうネット上ではみんな知っている事実だ。しかし、まさかあの変態がメンバーに加わるなんて。予想外過ぎる。


「奴とは一度パーティ組んだ事があるが、ド変態だぞっ! それなら我々でもいいではないか」


 おいコラ同志B。それだと僕らもド変態と同じ扱いになってしまう。僕らはもうちょっとこう……マイルドだ。


「もっと問題なのは対戦相手だな。アレならサージェスを加えるのは仕方ないともいえる。なんせ奴は強い」

「強いのは間違いないが、アレが必要になるなど一体どんな相手だというのだ」


 噂は色々飛び交っているが、どれも信憑性に欠ける。とりあえず、新人戦に向けて< ウォー・アームズ >のバックアップを受けているという話の裏は取れた。そんなバックアップが必要となる相手となると、一番信憑性に欠けるあの人が対戦相手の可能性がある。


「< 朱の騎士 >だ。さすがにアーシェリア嬢相手では、同志B如きが参加したところで役に立たないだろう」


 ……やはりか。まさか、一番有り得そうにない噂が本当だったとは。おそらく同志Aは僕らよりも上のランクだ。ならば情報の信頼性も違ってくるだろう。


「なんだそのオーダーは。ユキたん虐めなのか?」

「あまり個人情報は詮索しない話でしたが、たとえば同志Aがメンバーとして新人戦に出るとかどうなんですか?」

「私は新人戦の出場権利を持っていない。というか、私はそもそも件のサージェスより弱い」


 そうか……アレの強さは大体聞いているが、それより弱いと言い切ってしまうか。同志Aの正体がちょっと気になる。


「くそ……ここで潜り込めれば、以降の固定パーティにも入れたかもしれないのに」

「おそらく、今後の固定は良く一緒にいる金髪たちになるんだろうな」


 アレか。なんか王子様っぽい奴。あいつも確かかなりトライアルの成績が良かったはず。新人戦は三人組だから、合わせれば六人でちょうどいい。パーティバランスは良く分からないが、現状二人でやれてるんだからどうとでもなる気はする。


「きっとあの金髪もド変態に違いない。掲示板に書き込んでやろう」

「それは風評操作の類だ。悪評ポイントが発生しかねん。やめたまえ、同志Bよ」


 あの金髪の性癖は多分ノーマルだろう。放っておいても女が寄って来そうだ。

 でかいのよりもっとでかい……ドでかいのは喋らないから良く分からないが、あいつはなぜかムッツリな気がする。そう……僕と同じ臭いを感じる。


「新人戦の件は諦めるしかないだろう」

「くそ、なんて事だ」

「アンケートの件はどうなんですか、同志A。かなりポイントは溜まったはずですが」


 このYMKのメンバーもそうだが、それ以外でもユキたんのファンは着々と増えている。僕らのファンは一人もいないというのに、ちょっと新人では有り得ない人数だ。今なら握手会くらい開催しても問題ないだろう。開設したアンケートも順調に伸びを見せているから、そろそろグッズ業者から打診が行くはずだ。


「実は、もう打診はしたらしい。だが、すべて断られたと……グッズ会社の知り合いから教えてもらった」

「なんて事だ……こんなにもユキたんを待ち望んでいるファンがいるというのに」

「まだ関連グッズはトライアルの動画だけですね」

「今度の新人戦は確実に公開されるから、それでようやく二つだな」


 少ない……。いや、新人冒険者としては普通なのだが、ユキたんは普通の新人ではないだろうに。


「まさか、売れないと思っているとか……」

「馬鹿な……GPでなく現金販売なら出た端から全種類買ってもいいくらいなのに。訓練動画でもいいんだ……」


 同志Bほど切実に求めてるわけではないが、僕もトライアルの裏側とかには興味はある。あのでかいのが一緒に映ってるだろうが、そこは普段しているように脳内シャットアウトすればいい。


「ならば細かいところから徐々に攻めていくしかないな。……トレカとかどうだろうか」

「ブロマイドでもいいな。志は低いが、まず第一歩を踏み出さないと始まらない」


 まあ、そこら辺が無難だろう。僕らでさえトレーディングカードは出ているくらいだから、ハードルは低いだろう。


「ちょっと気になる事があるんですが」

「なんだね、同志Cよ」

「ユキたんがこのまま一気に駆け上がっていったら、収入的にグッズ展開しなくても問題ないんじゃ」


 グッズ販売は収入の面で見ると補助的な意味合いが強い。知名度やファンサービスの面も大きいが、人によっては冒険者本業よりも収入が発生する。下級、いや中級でも下位ランカーならできれば欲しい収入だが、このままだとそんなものが必要なくなりそうだ。

 今はまだ新人戦前の冒険者ではあるが、ユキたんはトライアルのレコードホルダーなんだぞ。


「…………」

「…………」


 同志たちは考えていなかったらしい。

 まあいい。ランク上がろうが、収入が必要なかろうがグッズ販売する人は多い。ユキたんだってそこまで潔癖症じゃないさ。はは……。




-3-




「さて同志諸君、これを見るがいい」


 その会議に出席した同志Aがある物を見せた。巷で妙な人気のあるトレーディングカードだ。

 僕はゲームに興味がないから手を出していないのだが、レアなカードなのだろうか。


「ば、馬鹿な……ユキたんのカードだと……」

「ほ、本当か同志Bよ」


 カードを見て震える同志Bだったが、それであれば合点がいく。ちょっと見せて下さい。


 同志Bから手渡されたカードは紛れも無く例のトレーディングカードだ。しかも海賊版ではない公式のナンバーが振られた正式品。こんなものがすでに出ていたとは。


「おいコラ同志C。懐にしまうんじゃない」

「く……。こんな物が出ていたなんて……情報収集はしていたはずなのに……」

「そ、そうだ。俺は普段からカード収集しているが、そんなもの見たことがないぞ」


 そういえば、同志Bはこのカードゲームのユーザだったな。その同志Bが知らないとは一体どういう事だ。


「ふ、要するにフラゲという奴だ」

「有り得ん。いくらフラゲだろうが、二週間前には情報が……まさか同志A……」

「そうだ、グッズ会社から見本として買った、来月発売のブースターだ」

「くそ……なんてコネだ」


 そうか、コネの多い同志Aなら、販売前のグッズを直接買う事もできるというわけか。すごいな同志A。どんな伝手を持っているというんだ。


「見本でもらったやつには入っていなかったので、別途金出して箱買いしたがな。ユキたんはレアカードでもないのに、やたら枚数が少ないから、つい五箱も買ってしまった」


 実はそんな大したコネでもないのだろうか。良く分からない。


「くっそ……俺は来月まで待つ必要があるのか」

「ちなみに同志Aよ。ユキたん関連は一種類だけですか?」

「いや、謎の封入率操作されているノーマルカードの他に、レアとして< クリア・ハンド >のカードがあった。絵柄は何も描いてない、手抜きにしか見えないカードだが、確かにこれもユキたんのカードだろう」


 < クリア・ハンド >というと、ユキたんのユニークスキルというアレか。新人戦で使っていたな。透明な手らしいから、絵柄もクソもない。だが、それでも手に入れねばなるまい。


「ち、ちなみにユキたん自身のカードはどの程度の封入率なのだ、同志Aよ。ノーマルレアにしても限度があるだろう」

「箱五つでようやく一枚というまさかのレア度だ」


 箱一つ買えばレアカードだって普通何枚かは入っているのに、ノーマルがそんなに出ないのか。明らかに封入率操作されているな。くそ、グッズ屋め、分かってやっているな。とんでもない奴等だ。

 同志Bの目を見れば分かるが、このままだと来月発売のブースターが店頭から消えかねない。……大した値段でもないし、通販で予約しておこうか。


「しかし、相方のデカイ方がやたら出るのが気に入らん。……こいつ死なねえかな」


 素が出ているぞ、同志A。キャラが違う。


「おい同志C、お前あいつに闘技場で決闘でも申し込んで来いよ。デス・マッチルールで」

「嫌だよ。こっちがボコられるだろ。お前が行けよ同志B」

「お前があいつに申しこめば、俺がユキたんに申し込んでも不自然じゃないだろ」

「同志Bはユキたん相手でもボコボコにされそうだな」

「まあ、それはそれでいいものだ」


 しかし、新人戦の試合観る限りどちらにも勝てる気がしない。トライアルの時より遥かに強かったし。


「新人戦の時に上手く潜り込めていればな……」

「それでアーシェリア嬢と戦うのか? 役立たず呼ばわり間違いないぞ」

「それもまた良しだ」


 本当に同志Bはなんでもいいんだな。




-4-




「ユキたんがパーティメンバーを募集しているらしい」

「そうだな」


 同志Bの元気がない。原因は知っているが。


「ひょっとして、同志Bはパーティ募集に応募したのか?」

「いや、ものの見事に求められている方向性が違った。カスリもしない」

「募集要項を考えると不可能ではないように思えるが」

「えー、断られたら恥ずかしいし」


 おい同志Bよ、お前は一体どんなキャラで進めていきたいんだ。表の顔と違い過ぎるだろう。


「どうせなら良いところ見せたいというのは分かるが、トライアルや新人戦見る限り、もはや我らが戦闘力で役に立つのは難しそうだぞ」


 ちなみに同志Bは純アタッカーで、それ以外できない。ユキたんの求めてるパーティメンバーには全く合致しない。僕も似たようなものだから、何も言えないが。

 大体、トライアルダンジョン隠しステージでデカイのが見せた戦闘力を期待されても困ってしまう。なんか猫耳さん食べてたし、超怖い。新人戦のサージェスもそうだ。あんなド級の動きなど中級でもなかなか難しい。あいつら変だ。……ユキたんも大概だが。


「ユキたんのところ、火力偏重し過ぎだからな。同志Bでは埋もれてしまうだろう」

「一回潜り込んで、もう誘われないとかでは泣くに泣けないしな」

「しかも、できれば無限回廊第三十層まで未攻略って条件まであるからな。俺、この前クリアしちゃったよ」


 そういえば同志BはEランクに昇格していた事を自慢していたな。いつもの固定パーティではなく、臨時の数合わせで参加した時に獲得した権利だ。そのパーティの役に立ったかは知らない。


「同志Cはチャレンジしてみる気はないのか? 上手いこと潜り込んで我々に情報提供してもらえるとありがたいのだが」

「僕はあの中に入ってく勇気はないです。でかいの怖いし、変態もいるし」

「そうか……」


 考えてみたら、ユキたんあの中で良くやっていけるな。どう考えてもまともじゃないぞ。



「この件とはまったく関係ないが、情報共有もしておこう。……未確認情報ではあるものの、どうやらあのトマト様がユキたんに接触したらしい」

「なん……だと」


 トマト様といえば、グッズ業界でカリスマと呼ばれるあのトマト様の事か。さすがトマト様だ。特殊属性を嗅ぎつけるのが早い。

 ……トマト様はあまり表に出てこないが、まさか冒険者なのだろうか。一体どんな人なんだろう。気になる。


「トマト様なら、きっとユキたんのあんなフィギュアやこんな写真集を出してくれるだろう」

「トマト様とやらはそんなにすごい人なのか? 俺は噂しか知らないんだが」


 僕も噂でしか聞いた事がないが、この筋ではかなりの有名人だ。株式会社トマト倶楽部といえば冒険者のグッズ販売ではかなり昔から親しまれている大手で、他社とはかなり異なる独自路線を突き進んでいる。ディープなグッズを多く取り扱っているので、他社と競合し辛い事が大きい。そこの代表者のトマトちゃんというのがおそらくトマト様なのだろうが、詳細は不明だ。


「同志Aはトマト様の事を知っているのか?」

「ん、ああ、昔パーティを組んだ事もあるぞ」


 さすが同志Aだ。変態の格が違った。


「どんな人なんでしょうか」

「どんな……変な人だな」


 やはり、トマト様ほどの方となると他人には理解され難いのか。変態である同志Aにすら変と言われるとは。

 そうだよな。あそこから販売されている商品は相当ディープだからな。まともな人格では企画できないだろう。


「まあ、私はあまり彼女自身に興味はないので、本題に移ろう」


 え、トマト様女だったの? ……トマトちゃんとか言ってるけど、あのディープさは男だと思ってた。




-5-




「ユキたんが中級に昇格したらしい」

「え、俺もう抜かれたの?」


 あっという間に三ヶ月が過ぎ、下級ランクからユキたんが消えた。

 いや、早過ぎるだろ。これまでの中級昇格にかかった期間って半年だったじゃないか。僕、まだEランクにもなってないんだけど。……それと同志Bは相変わらず情報に疎い。もはやYMK内では昇格の件は常識に近いぞ。


「そして、なぜかユキたんの名前が変わっている」


 昇格は知っていたが、それは初耳だ。昨日今日の話か?

 自由に名前を変えるサービスを受けられるのはもうちょっと上のランクだ。このランクで名前変えたという事は、特殊ボーナスでももらったのだろうか。


「本名が変わったという事ですか? 同志Aよ。ユキたんが自分の名前を嫌っているのは知ってましたが」

「ああ、……ユキトから、ユキ20%になったらしい」

「…………20%とはなんだ」

「分からん。おそらくは性別のパーセンテージだとは思うのだが、なぜ名前にまで……」


 ……ん、ちょっと待て。聞き捨てならない単語が出てきたぞ。


「性別のパーセンテージとはなんですか、同志Aよ」

「……いいか、落ち着いて聞いて欲しい。特に同志Bよ。……ユキたんは男ではなくなってしまったらしい」

「馬鹿なっ!!」


 落ち着け、同志B。飲み物が溢れる。


「男の娘である最大のウリを捨てて女になってどうするんだ。自らのアイデンティティを捨て去ってしまったというのか」


 僕はそれでも……というか、そっちの方がいいんだが。性別関係なくユキたんはユキたんだと言ったのはお前だろうに。まさか、男の方がいいというのか。


「まあ待て同志Bよ。ユキたんはまだ女になったわけではない」

「さっき、男ではなくなったと言ったではないか」

「……実に不可解な事なんだが、20%だけ女になったらしい」


 ……どうしよう。意味が分からない。同志Aは何を言っているんだ。ユキたんは一体どこに向かっているというのだ。


「それは一体どういう状況なのだ。同志Aよ」

「……さっぱり分からない。過去に性転換した者も調べたのだが、ほとんど情報がないのだ」


 確かに、性転換したという人の話は聞いた事がある。ギルド職員のスーツ眼鏡は元々女だったというのは有名な話だ。だが、その途中経過については聞いた事はないな。……20%ってどういう状況なんだ。


「では、今はどっちなんでしょうか」

「どっちでもないという事になるな。……あえて言うなら男なのだろうか」


 20%しか女じゃないなら、割合的には確かにそうだろう。だが、すごいなユキたん。性別からして謎の存在になってしまったというのか。創作の世界ですら聞いた事がない超存在じゃないか。実に神秘的だ。


「ちなみに、それは生えている状態なのだろうか。……毛の事じゃないぞ。いや、それも気になるが」

「分からん。あまりに正体不明過ぎて、見当も付かない。……おそらく知っているのは本人だけだ。あとは……医者か」

「く、なんて悩ましい存在なんだ。ユキたん」

「ちなみに容姿などは変わったのでしょうか」

「私はまだ直接見てはいないが、同志Jの情報だと、特に変わってるようには見えないとの事だ。より美しく見える気がすると言っていたが、気のせいだろう。ユキたんは元々美しいからな」


 ふむ。大事件のように聞こえるが、実はそれほどでもないのだろうか。しかし、公衆トイレとかどっちに入るんだろう。色々不便じゃないだろうか。……元からか。


「たった今だが、同志Jからの情報が入った」

「なんだ、まさかもう30%になったとかそういう情報じゃあるまいな」


 そのスピードで変わったら、あっという間に100%だな。


「今度、ユキたんが海水浴に行くらしい」

「馬鹿な……」

「何を驚いているんだ同志B。ユキたんだって海水浴くらい行くだろう」

「では問うが、ユキたんは一体どっちの水着を着るというのだ」

「…………分からん」


 トイレもそうだが、色々不便そうだな。……というか、普段の下着も何を履いてるのだろうか。

 今はどうか分からないが、少し前までなら男性用水着を着るという可能性もあったわけか。……アリだな。


「この件については、情報が入り次第追って伝達する」

「分かった。楽しみに待っておく」

「だが、ユキたんは鋭いからな。くれぐれも尾行などするんじゃないぞ。危険過ぎる。この前も掲示板で本人にタレコミされそうだったのを未然に妨害したくらいなのだ。気をつけたまえ」


 どうやって妨害したのかは聞かないでおこう。この手の行動はバレたら即悪評ポイントに繋がるからな。迷宮都市を追い出されたら敵わない。……同志Bが心配だな。


「では本日の特別ミーティングはこれで終了とする」


 もう何回目になるか分からない特別ミーティングが終了した。




 この三ヶ月で、ユキたんもかなりの有名人になり、ファン倶楽部会員も増えた。秘密結社YMKのメンバーもそれに合わせて増加の一途を辿っている。

 ユキたん勘が良さそうだから、この組織の存在にそろそろ気付かれないだろうか。最初の内は良かったのだが、肥大化し過ぎのような気もする。

 開催方法の変更も視野に入れないといけないかもしれない。……同志Aに相談してみるか。


 こうして、秘密結社YMKの活動は決して表に出ないまま続く。

 僕らは一体どこに向かうのだろうか。



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