Epilogue「その先で待つモノ」
-1-
俺の放った《 鬼神撃 》で決着が付いた。長く苦しい戦いだったが、それもこれで終わりだ。
散々俺たちを苦しめたロッテの姿が、魔力の霧へと姿を変え消滅していく。
戦闘終了に合わせて《 飢餓の暴獣 》の効果も切れたようで、能力値減少による強烈な疲労が襲ってきた。
やり遂げたという達成感はある。でも、戦いの中でこれは訓練の延長線上でしかないという事も自覚させられた。
ロッテはヘイト稼ぎばっかりしていても敵ではないし、本当は誰も死んでいない。ただ苦しいだけだ。
この試練が始まる前、ロッテと対峙した時の事を思い返す。
あの時俺は、俺たちの敵は無限回廊だと思った。……今思うと、それは俺には当てはまらないのかもしれない。
戦いの中で俺を呼ぶ声が聞こえた。無限の先で何かが呼んでいると、そう感じた。
俺はそこに嫌悪感しか抱かない。その何かからは悪意しか感じない。
お膳立てされて、運命めいた力で死を回避してきたのはきっとその力のおかげなんだろう。
きっとそれは俺に単純な力を与えるものではない。死の一歩手前での煉獄を与え続けるものだ。
いや、迷宮都市の死は終わりでないと認識してしまった以上、それは死すらギミックに組み込んでくるかもしれない。
あの名前が読めないギフトは、きっとそのために用意されたギミックの一つだ。すでに表示は消えてしまったみたいだが、あのギフトは俺に用意された呪いのようなものなのだろう。
レールの上をひたすら走らされている気がする。
……まあいい。どちらにせよ、先には進むんだ。わざわざレールを用意しているというのなら走ってやる。
レールがあると自覚した上での全力疾走なら、知らないよりはマシだ。その先が無限回廊だというのなら、そこを目指してやろう。
そして、その悪趣味なお膳立てした奴を殴り飛ばして、レールの向こう側まで突き抜けてやる。
ロッテが完全に魔化するのを確認して、ユキとフィロスの元に戻る。
「おいユキ、無事か?」
しゃがみ込み、血溜まりの中に倒れこむユキの頭を軽く小突く。
「……あんまり無事じゃないけど、なんとか生きてるよ」
ユキは軽口言っているが、傷は相当深い。
試練が終わった事がトリガーなのか、待機部屋の魔法陣のような回復が始まっているが、それでもまだ傷は深い。
新人戦の時に俺の傷がどんどん治っていくのを見て、ユキが気持ち悪いと言っていたのが良く分かる。普通にグロい。
「お前、ポーションとかないの?」
実は俺はもう持っていない。第二関門でほぼ吐き出してしまった。それ以降は使うタイミングもなかったので良かったのだが、今後はもっと数を揃えたほうがいいだろう。
俺はそんな感じだが、ユキなら多めに用意しててもおかしくない。
「あー、あるね。……ごめん、腕動かないから、取って」
展開したユキの《 アイテム・ボックス 》からポーションを取り出し、飲ませてやる。適当に流し込んだのでむせ返ってはいたが、ちゃんと回復が早くなった。
こうして見ると、ユキが用意してきたアイテムは幅広く理に適ったものが多いのが分かる。
……増血剤を大量に用意しているあたりはさすがだ。吸血鬼相手なんだから、そりゃ必要か。ついでにこれも飲ませておこう。
「フィロスは?」
「ああ、あっちに転がってる。結構元気な感じだったけど、無理してたんだろうな」
「じゃあ、これ渡して来て。……さっさと帰ろう」
ユキ自前のポーションだが、それは同感だ。この場所に留まるのはあまり精神衛生上宜しくない。……隠しステージなんか始まったら最悪だしな。
ユキの回復にはまだ時間がかかりそうなので、放置してフィロスの元に向かう。
大の字になって、遥か上の天井を見上げるフィロスは意外と元気そうだった。
「ポーションいるか?」
「……そういえば、喉乾いたね」
いや、喉潤すためのものじゃないんだが、……まあいいか。
ポーションを差し出すとフィロスはむくりと半身を起こし、そのまま飲み出した。
「……ひどい試練だったね」
「ああ、結局三人しか残れなかったな」
最終戦には八人が辿り着いたのに、残ったのは俺たちだけだ。
とはいえ、奴らの誰もが俺にできない事をやってのけた。俺は最後の最後でトドメを刺しただけ、そんな感じだ。
「……僕が残ったのは意外かい?」
「ん? いや、意外じゃないぞ。誰が落ちてもおかしくない状況だったんだから」
フィロスの万能性は、八人の中で一番汎用性に富んでいる。どんな場面にでも対応できる強みがある。
突き抜けたところがない分、弱点がない。弱点がないのは死に難いって事だ。だから、こいつが残るのはある程度理に適っているだろう。
「……僕は意外だよ。多分、リーゼロッテは僕を残すつもりはなかったと思う」
「その言い方だと、あいつは最初から残す奴を決めていたみたいに感じるな」
俺はいつ死んでもおかしくなかった。いや、誰が落ちてもおかしくない。ここに三人いるのだって、そう高い可能性じゃなかったはずだ。
「あの子にとって重要だったのは君たち二人で、僕らはオマケだ。……この試練の中で思い知らされた」
「じゃあ、お前はその予想を裏切って生き残ったんだから、誇っていいんじゃないか?」
「はは、そうだね。僕が合流した時のリーゼロッテの顔はなかなか面白かった。……ざまあみろって感じだね」
あまりそう言った事を口にする奴ではないと思っていたが、よっぽどヘイト溜まってたんだな。
あいつ、どれだけ煽ったんだ? テラワロスかよ。
「動けるならそろそろ行こうぜ。他の連中が病院で目を覚ますには時間かかると思うけど、その時間もここを出ないと動かない」
これまでの経験から、大体二時間くらいは必要だ。
「……そうだね。余韻に浸るのはここを出てからでも遅くない」
フィロスを伴って再度ユキの所まで戻ると、まだ寝転がったままだった。
「そろそろ起きれるだろ」
「ああ、ごめん。無理っぽい。……おぶって」
何言ってんだこいつ。なら転送施設の人が多い所まで、お姫様抱っこでもしてやろうか。
「もう、体の変化が始まってるみたいだ。自分の体がものすごい勢いで変わってるのが分かる。ちょっと長引きそうだから、できれば病院まで連れてって欲しい。なんかこう……ぐるんぐるんする感じ」
……女に戻ってるって事か。それならしょうがないか。
「それは大丈夫なのかい?」
「多分、死にはしないよ。きっと、これが魂に影響のない最大速度なんだと思う。……しばらく入院しないといけないかもね」
ご愁傷様って感じだが、女に戻る事が目的だったのだから、それは必要な事だろう。つーか、ボーナス固定だからっていきなり変化し始めるとかひどいな。
フィロスの力を借りて、ぐでんぐでんになったユキを背負う。脱力した人間は重いはずなのに、ユキは相変わらず軽い。
「こうすると、ツナはでっかいね」
「お前が小さいんだよ。俺はフィロスと比べてもそんなにでかくねーよ」
フィロスはいかにも男として標準的な体型をしているから、比較がし易い。
ユキはそれと比べて遥かに小さいし、平均的な女と比べてもまだ小さい。
「ユキトはもうちょっと食べる量増やしたほうがいいね。訓練の時もあまり食べてなかったし」
「僕、元々小食なんだよ。……あとフィロス。もうユキ"ト"じゃないから」
「そういや、最初のボーナスで名前変えてもらう話してたな。ようやく、表示上もユキになった訳だ」
「そうなのか……じゃあ、これからはユキって呼ぶよ」
「是非そーして下さい」
フィロスは律儀なのか、人の名前を呼ぶ時は略したりしない。でも、これで呼び名もユキトからユキに変わるだろう。
玉座の奥。かけられた巨大な燭台の下に出現したワープゲートへと向かう。
見上げれば、蝋燭は三本。残りはすべて根本まで燃え尽きている。その燃え尽きた蝋燭一本一本に、あいつらの姿が重なる気がした。
結果は残念だが、それでも三人残った。一人で開始ステージのゲートを潜った時のような虚しさはない。
長かった試練もようやく終わった。体感的にはもうかなり前の出来事に感じるが、ここを潜った先にはアーシャさんや剣刃さんもいるだろう。
「さあ、凱旋と行こうか」
俺たちは、揃ってゲートを抜けた。
-2-
抜けた先はちゃんと転送施設の出口だった。隠しステージなんてタチの悪い展開はないようだ。
受付の人にお願いして病院を手配し、ユキを搬送してもらう。搬送先は通常の病院なので、死亡した冒険者が転送される所とは違うらしい。
「俺たちはどうする? まだ他の奴が目を覚ますには時間かかるだろ」
「とりあえず腹ごしらえしたいかな。……もう乾パンは嫌だ」
フィロスもあの圧縮乾パンの世話になってたのか。
飯を食うのは俺も賛成だ。腹減りすぎて死にそう。今なら多分、バケツラーメンでもいける。あのオークさんに勝てそうだ。
《 飢餓の暴獣 》が発動してると、発動時点で空腹なのに更に絞り取るような勢いで消化が始まるから、腹の中には本当に何もない状態だ。
これが完全に何も無くなると多分死ぬんだろう。戦闘状態と認識している間は続くみたいだから、あのまま長引いていたら死んでいたのは間違いない。
転送施設入口の総合ロビーに行くと、当たり前だがアーシャさんと剣刃さんがいた。
俺たちにとっては何日も前の事なのに、二人にとってはついさっき入ったように見えるのは、分かっていても違和感がある。
摩耶やユキがいないのを見て剣刃さんは残念そうな顔をしていたが、報告含めて一緒に食事に行く事になった。
奢ってくれるという事でとにかく量が欲しいと希望を出すと、転送施設から飛べる< 美食同盟 >という飯屋行きが決まる。
高レベルモンスターの食材を扱うクランで、クランハウスの一部を飲食店として一般公開しているらしい。近いのは良い事だ。
「ゲテモノも多いし、すごく高いけど、大体どれも美味しいわよ」
アーシャさんはそう言うが、とりあえず今回はゲテモノ抜きでいきたい。ゲテモノでも美味ければいいのだが、それはまた気が向いたらにしよう。
「とりあえずおめでとうと言っておこうか。他の連中には残念な話だが」
「美味い飯食える特権は、あとで自慢しておきます」
メニューに記載されたのはどれも目玉が飛び出そうな値段だった。水でさえ高い。でも奢りなら全然OKよ。
こうなると、ちゃんとクリアしたのに病院に運ばれたユキがアレな感じだが、あいつも得るものは得たんだし構わないだろう。
ちゃんとした打ち上げは八人揃ったらやるとしよう。剣刃さんが用意した酒も、その時に乾杯としたい。
「全員最後までは残ったのね。で、三人が生き残ったと」
「摩耶の奴も途中では脱落しなかったんだな」
料理を待つ間、簡単に試練の内容と結果を報告する。
アーシャさんはともかく、剣刃さんは知っておくべきだろう。摩耶に感じていた不安は覆された。それだけでも意味はあると思う。
「しかし、聞けば聞くほどひでえ内容だ。この分だと、お前らが知らないところもかなり難易度が高いだろうな」
俺もフィロスも、途中で合流したメンバーの話しか聞いていない。
俺たち二人がまるっきり反対側だったので大体は網羅できているが、それでも詳細が分からないところが多い。特に第四関門なんて、みんなバラバラだったしな。
「ツナが第四関門で出てきた時はちょっと諦めかけましたよ」
「え、なんでだ?」
「……君は、もうちょっと自分の事を客観的に見たほうがいいね。ユキト……じゃないな、ユキもそうだけど」
ユキの相手はアーシャさんだったらしいし、それよりは全然マシだと思うんだが。
「話を聞く限り、相当攻略を先取りしてるな。難易度調整はされてるんだろうが」
「配置モンスターも第三十五層から第四十層くらいね。更に強化されてるっぽいけど。……下級相手にやり過ぎかも」
「お前が言うなよ」
剣刃さんの突っ込みはもっともだ。デビュー直後の新人に《 流星衝 》かましたアーシャさんも同類だな。
「それにしても聞くだけで難易度がおかしい。試練に手加えられてないか?」
「自動作成されたクエストらしいですけど」
「それでも、システムが何から何まで決めるわけじゃない。リーゼロッテが張り切り過ぎたんじゃないか? 聞いてて特におかしいのはリーゼロッテの鎌だな。俺が知る限り、あいつはそんなの使ってないはずだ」
「多分、ヴェルナーさんが昔使ってたっていう< レッド・ムーン >ね。わざわざ持ち出したのかしら」
……あんにゃろ。わざわざ難易度引き上げてくれちゃってたのかよ。
「へ、へえ……」
横を見るとフィロスの顔が引き攣っていた。
「武器といえば、< 不髭切 >の隠しギミックはなんだか分かったか?」
「ああ、そういえばダンジョンマスターの武器なのよね」
「特に何も」
《 鬼特攻 》が強力で助かったのは確かだし、《 鬼神撃 》も刀のスキルみたいだから大活躍ではあったが。
むしろ、重要と感じたのは名前の話のほうだ。吸血鬼に鬼特攻が効くなんて、確かに名前は重要らしい。
「ちょっと《 鑑定 》してみましょうか」
「そういえばアーシャさんは< 鍛冶師 >のクラス持ってるんでしたっけ。《 鑑定 》もできるんですね」
《 アイテム・ボックス 》から不髭切を出して渡してみる。どうせなら祭の時に見てもらえば良かった。
「専門じゃないから詳細は分からないけど、付与能力くらいなら分かるわよ。……あれ?」
「なんか変な能力でも付いてましたか?」
「いえ……能力は《 鬼特攻 》と《 不壊 》だけ。……でも名前が< 不鬼切 >になってる」
「不鬼切……」
それは剣刃さんと話した時にちょっと考えた事だ。持ち主が変わる度にコロコロ銘が変わった髭切の由来に一致する。……何か条件があって変わったのか?
「リーゼロッテ殴り飛ばしたから変わったんじゃねーか?」
「確かに吸血鬼も鬼カテゴリみたいだし、切ったわけじゃないから< 不鬼切 >には違いないですね」
となると、まだ進化する可能性があるって事か。友切ならユキとか殴ればいいんだろうか。……フィロスでもいいかな?
「な、なんで僕を見るんだ」
「いや、なんでも」
まあ、殴るだけが条件じゃないだろうけどな。……訓練でもいいから検討してみよう。
「ところで、気になる事が一つあるんだけど、いいかしら」
「なんですか」
「……打ち上げはいつ頃やるの?」
この人、乱入する気かよ。どんだけ酒飲みたいんだ。アレ、そんなにレアな酒なんだろうか。
「……なんならウチでやるか。アーシャは入場制限かけとくから」
剣刃さんの言葉で、アーシャさんの顔が絶望に染まった。
-3-
飯を食ったあと、剣刃さんたちと別れて病院に向かう。
摩耶の見舞いはしないのかと聞いてみたら、一端の冒険者にはそんなのは不要だと突っぱねられた。心配していても、そういうところは冒険者という職業の在り方なんだろう。
ちなみに食事は想像を絶するレベルで、大変美味しゅう御座いました。腹減ってたから、フィロスと二人でドン引きされるくらい食べてしまった。
以前アーシャさんに招待されたレストランとはまた違った方面の美味さだな。野性味があると言うか何と言うか。
病院への道中で、ずっと疑問に思っていた事をフィロスに聞いてみる。
「結局、お前らロッテに何されたんだ?」
「……大した事じゃないよ。"お前たちはそこで燻ったままでいいのか"ってメッセージを突き付けられたんだ」
それだけなら本当に大した話じゃなさそうだけどな。あとから来た五人。特にこいつがロッテに向ける視線からは、激しい怒りを感じた。
詳細については語ろうとしない。言いたくないのかもしれない。言いたくないのなら、俺もあえて聞くような事しない。
「そういえば、やり残した事があるんだ」
並んで歩いていたフィロスが急に立ち止まる。
「今回の試練の話か?」
クリアメッセージは出たし、ユキのボーナスももらった。あとは俺たちのボーナスの事もあるが、そんな感じじゃないよな。
「第四関門はちゃんと越えた気がしなかったからね。今でなくていいけど……ツナ、決闘しよう。一対一だ」
「……何言ってるんだ?」
それを言うフィロスの顔は真剣で、それが必要な事であると悟らせる。
第四関門の相手は俺のコピーだと言っていたが、それが関係しているのだろうか。
「別にいいけど、闘技場か何かでやるのか? ……それだと訓練と変わらなくないか?」
あの地獄の長期訓練はもちろん、それ以外でもフィロスとは模擬戦をしている。
当然ゼロ・ブレイクだが、闘技場でも同じじゃないだろうか。……ダンジョンの中でやるのか?
「調べたら、闘技場にはゼロ・ブレイクじゃなくて、デス・マッチっていうルールがあるらしい。あまり使われないルールみたいだけど、HP0の状態から死ぬまでの真剣勝負だ」
そりゃ人気なさそうなルールだ。ガチの殺し合いみたいなものだからな。
だが、それの意味しているところは分かっているんだろうか。……その顔は分かってるんだろうな。
HP0から開始って事は、俺の《 飢餓の暴獣 》を初めとする瀕死スキルが発動するって事だ。ロッテが似たようなスキルを発動していたが、あれと似たようなものと考えるとなかなかハードな戦いになるだろう。……主にフィロスが。
「今回は足引っ張ってばかりだったが、死にかけの俺は強いぞ」
「知っているよ。第四関門で散々思い知らされた」
そういえば、さっきそんな事も言っていたな。諦めかけたとか。
ロッテとの最後の戦いで見せたあの動きは、俺のコピーと戦った結果だったのだろうか。
「別にツナを叩きのめしたいとか、そういう意味じゃない。正直なところ、勝敗もどうだっていいんだ。……多分、これは僕が先に向かうためのケジメみたいなものなんだと思う」
「……分かった、その時は全力で相手する」
死ぬって事は、デスペナルティが発生するのだろう。闘技場で死ぬ事とダンジョンで死ぬ事の違いは分からないが、何もないと考えるのは楽観的だ。使われてないって事はそれなりの意味があるだろう。
だが、それが必要な事だというのなら受けて立とう。男と男の一騎打ちとか、燃えるシチュエーションじゃないか。夕暮れ時とかいいんじゃないかな。武器捨てての殴り合いでも付き合ってやろう。
「ただ、しばらくは無理だな。中級昇格の手続きもあるし」
「そうだね。だからいつでもいい」
それでも、この一騎打ちは近い内に実現するだろう。負けないように準備しておかないとな。
「実はロッテとも再戦する気だったりするのか?」
散々煽られてヘイト溜まってるなら、相手は俺よりあいつだろう。
「そっちはどうでもいいかな。決闘とは関係ない。それに、別にリーゼロッテ自身は嫌いじゃないよ。優しい子だと思う」
「……優しいか?」
この試練で優しさを感じる場面はなかったと思うんだが。俺と違って、フィロスはプライベートで会ったわけでもないだろうし。
「受け取り方の違いだね。表現の仕方がおかしいだけで、すごく優しい子だと思うよ。……でも、腹は立つから何かの形で仕返しはしたいと思う」
「そ、そうか……」
ロッテさんご愁傷様です。このお兄さんすごい表情してまっせ。
「そういえば、王都の騎士団って決闘とかするもんなのか? 外だと大変だろ。加減間違えば死ぬし」
「いや、さすがに頻繁にはないと思うよ。少なくとも僕は一度もない。……ああそうだね、気付かなかったけど、実は僕も憧れてたりするのかな」
お前の事だから、それは知らんが。男の子なら確かに憧れちゃうかもしれない。
「騎士だった頃の話とか、これまでほとんど聞いた事ないよな」
「あんまり面白いものでもないからね。迷宮都市で冒険者やってるほうが楽しいよ。元々は、騎士団長だったっていう人と会ったのがきっかけでさ……」
そこから、フィロスの昔話に耳を傾けながら病院へと向かった。
聞いてみれば、フィロスも結構波瀾万丈な人生を送っている。当たり前と言えば当たり前だが、何も俺だけが大変な体験してるってわけでもないみたいだ。
-4-
それから三日経ち、俺はユキの見舞いのために病院へと足を運んだ。
他の奴等も暇を見て来てるらしいが、今回はタイミングが合わなかったので一人だ。
あの日、病院に行った時にはユキは寝ていて、看護師さんからはしばらく入院する事になるだろうと聞かされた。
命に別状があるわけでもないし、ただの検査が主な理由のようだが、この際ちゃんと見てもらったほうがいいだろう。
たとえ20%だろうが、性別変わるなんて前世じゃ有り得ない大イベントだ。慎重になったほうがいい。何せ体の構造が変わるんだから。
案内された病室ではユキが寝ていた。一度は目を覚ましたらしいが、この三日間はほとんど寝てるらしい。
起こすのも悪いから出直そうとすると、ちょうど目を覚ました。……起こしてしまったか。
「あれ……ツナ」
「悪いな、起こしたか」
「別にいいよ。……ここ、病院か。なんかトライアルの時を思い出すね」
そういや、あの時と同じ構図だな。三ヶ月しか経ってないんだが、体感的には随分前の事に感じられる。大体、あの地獄の特訓のせいだ。
「具合はどうだ?」
「んー、そうだね。すぐ退院できるくらいには元気になったよ。最初がひどくて、しばらくは緩やかに変わっていくんだろうね。多分、次の時は入院も必要ないと思う」
「怪我でも病気でもないから大丈夫かもしれないが、無理はするなよ」
「あはは、大丈夫だって。これまで散々ひどい目に遭ってるし、それに比べればなんて事ないよ」
ひどい目に遭ってるのは間違いないけどさ。
今回の試練でも何回バラバラになったり切り刻まれたりしたか分からん。あとは燃やされたりとか。
「で、20%変わってどんな感じだ」
「と言われてもね。……全然違うと思う」
「ちなみに、どこら辺が変わったんだ。お兄さんに教えてみなさい」
「そんなセクハラ発言は黙秘します」
セクハラ的な意味もあるにはあるが、純粋に気になるところでもある。
ほら、まだ付いてるかとかさ。……謎のままで終わりそうだけど。
「セクハラね……確かに、もう完全に男ってわけでもないんだよな」
「あのさ、ボク元々女の子だからね。体はともかく、中身合わせればもう五十%くらいは女の子に戻ってるって事でもいいんじゃないかな」
「それは随分と都合の良い解釈だな」
……あれ? なんか違和感があるな。
「どしたの?」
「いや、なんでも……あるな。お前、声高くなってないか? それだけじゃないな……お前そんな美人だったっけ?」
「な、なな、何言ってるんだよいきなり。あー、あんまジロジロ見ないで」
パッと見は変わってないが、良く見ると何か違う。20%で容姿や声にも影響が出たのか?
「実はスキル増えてたりしねえ? ほら、何かそういうギフト持ってただろ」
「え、あ、そ、そうだね。《 容姿端麗 》ね。うん。……恥ずかしいなもう。……そういえば、あれからカード見てないね」
「どこにあるんだ?」
「服に専用のポケット付けて入れてるんだ。《 アイテム・ボックス 》に入らないしね。……っと、あった」
ユキはベッドの脇にあるカゴを漁ってカードを取り出した。
ステータスカードって、無くしてもギルドに戻るらしいから、持ち運びに気を使った事ないんだよな。
……専用のケースとか用意したほうがいいんだろうか。でも傷付いても勝手に修復する謎技術だしな。
「どうだ、なんかそれらしいスキル増えてるか?」
異性に対して影響あるスキルなんか生えてたら大変だよな。
まさか《 容姿端麗 》がそうなのか? ……20%戻った事で俺にも影響があるとか。
だが、それだとこれまでは女に多大な影響があった事に……。そういえば、クロとか美弓は食い付き良かったよな。
「…………え゛」
カードを覗きこんだユキが絶句して固まった。
「やっぱり何かあったのか?」
「……えぇ…えーと、ね。……スキルは変わってないよ。ギフトも」
なんだ。じゃあ《 容姿端麗 》が怪しいな。今度調べてみようか。
「じゃあ、何固まってるんだ」
「……ツナ、ダンマスの電話番号知ってたよね?」
「知ってるが……電話するのか? 俺まだ電話機能有効にしてないんだけど」
「ボクが使えるから」
なんだか有無を言わさぬ迫力があるな。逆らわないほうが良さそうだ。
個人情報とか気にしたほうがいいのかもしれないが、大人しくダンマスの電話番号を教える。
いつ電話機能有効にしたんだろう。フィロスのを見て羨ましかったのかな。
ユキはカードを耳に当てて、コールを待つ間ずっと無言だ。随分と顔が険しい。何怒ってるんだろうか。
「……逃げられた」
「留守なんじゃないか? あの人、出ない事多いぞ」
会館の電話使っても、最近はほとんど繋がらないし。
「ボクを名指しして、"旅に出るので探さないで下さい"ってメッセージが残ってた」
名指しの留守電かよ。無限回廊なら分かるのに、旅に出るって適当過ぎるだろ。
「あーーーーーっ!! もう! 勘弁してよ、ひどいよ」
「なんなんだよ、一体。ボーナスに不備があったとかか」
「不備……不備じゃないよ。……ただのイタズラだね。……はい」
ユキはスタータスカードを見せてくる。
特に変わった様子はないな。性別が(男性80%/女性20%)の表記になってるのと、試練で覚えたのか見慣れないスキルがあるくらいだ。
「《 ピョンピョン 》?」
「……それは今はいいよ。それより名前欄」
ああ、ユキトから変えてもらうっていう話だったな……なんだこりゃ。
「……"ユキ20%"ってなんだ?」
「知らないよっ!!」
性別欄が%表記になっていたのと、あまりに自然に加わっていたので目に止まらなかった。
良く見ると、"ユキ"の横に"20%"って書いてある。……まさか、20%までが名前なのか。"ト"が文字化けしてるとかじゃないよな。
「ひどい。抗議したい。殴りたい。逃げたって事は分かってるんだ」
「ま、まあ、実害はないし、分り易くて良いんじゃないか?」
「良くない!!」
とは言っても、ダンマスいないんじゃどうしようもないよな。
……あの人もしょうもないイタズラするなよな。……これ、100%になったら消えたりするんだろうか。120%とかに振り切れたら面白いな。
「あ゛~~~~~~~っ!」
ベッドの上でユキが悶えている。その動きは小動物みたいで、ちょっと面白い。
「元々ユキトって呼んでる奴はギルド職員とフィロスくらいだったんだから、別にいいじゃん」
……これで俺の事も変な名前とか言えないしな。
それに、ダンマスもこんなイタズラするくらいは余裕できたって事なんじゃないか? 元々そんな性格だったような気もするけど。
「う~~~~~~~っ!」
唸ってもしょうがないだろ。やり場のない怒りをぶつける場所がないのは分かるけどさ。
その姿が可愛いとか思ってしまうのは、やはり20%の変化のせいなんだろうか。
やばいな……これで20%だと、100%になったらどんな事になってしまうんだ。……恐ろしい奴め。
「……落ち着いた」
「そりゃ良かった」
散々うんうん唸って、しばらくしたら大人しくなった。
とりあえず、今度ダンマスに会ったら文句言うといい。応援はする。……しばらく現れないような気がするな。
「そういえば他のみんなは? 元気?」
「お前以外は元気だよ。もう普通の生活に戻ってる。……あ、すまん。一人普通じゃないのがいた」
「だ、だれ?」
「サージェスが賢者モードから戻ってない」
「……それは、実害ないし良いんじゃないかな」
お前の名前と一緒だな。
三日前の事だ。フィロスと一緒に冒険者用の病院に向かうと、すでにみんな目を覚ましていた。
覚ましてはいたのだが、サージェスだけ何やら様子がおかしい。空っぽというか、抜け殻というか、色々抜け出してしまったような状況だった。
普通に会話するし、対応は紳士的なので摩耶が『更生したんですか』とか言っていたが、結論は《 インモラル・バースト 》の影響だろうという事になった。
あれから会う度に少しずつ元に戻ってるから、一週間もすれば完全に治るだろう。……たまには真人間になるのもいいんじゃないかな。
それからユキといろんな話をした。
剣刃さんとアーシャさんに飯奢ってもらった話とか、フィロスに決闘申し込まれた話とか、打ち上げはいつにしようかなどと、取り留めもない話だ。
普段、四六時中一緒にいるのに、良く話題が尽きないなと思う。それがこいつのキャラで、俺のキャラなんだろう。
たとえ完全に女に戻ろうが、こんなところは変わらないだろうと、そう確信できる。
「そういえば、ツナは今度のボーナスどうするつもりなの?」
「おお、とうとうその話題に踏み込むかね」
今回の試練はそれぞれの関門でもボーナスが出るのだが、最終関門をクリアした奴には特別ボーナスが出る。
ユキだけはそれが固定で決まっていたが、俺やフィロスにもそれは個別に出る事になっている。
「いやー、ロッテが小細工していた事を突付いたらちょっと奮発してくれた」
「小細工って何さ」
やはりあの試練はロッテが意識的に難易度を引き上げていたらしく、本当にギリギリのラインで調整されていたようだ。ヴェルナーにその事を話したら、ちゃんと確認してくれたので間違いない。
特に鎌を持ち出した事は怒っていて、『あとでお尻ペンペンしないといけませんね』とか言っていた。……いろんな意味で大丈夫だろうか。
そんな事が発覚したので、他のメンバーにもボーナスを出すべきじゃないかという話にもなったのだが、それは本人たちが断った。
攻略失敗したならともかく、俺たちが最後まで残った以上、そんなものは恥ずかしくてもらえないそうだ。俺だったらもらってしまいそうなのは秘密だ。
ちなみに完全攻略者であるフィロスは、まだボーナスリストを見ながら悩んでる最中である。
「そんな事があったのか。……ボクはクリアできたし、タメにもなったから別にいいけどね」
お前はお前で軽いな。まあ、難易度上げたって言ってもクリアできる範囲での調整には留まっていたみたいだがな。
実際クリアしたわけだし、それが何人抜けられるかは別として、決して不可能な難易度ではなかったらしい。
きっと、あいつの目的である冒険者を鍛えるという目的が最大限に発揮された結果なんだろう。
……あとで会ったらゲンコツくらいくれてやろう。お尻ペンペンの動画でもいいよ。
「で、ツナはどんなボーナスにしたの?」
「クランハウスだ」
「……は?」
「クランハウスだ」
「いや、聞こえてないわけじゃないけど。……クラン作ってもいないのにクランハウスもらったの?」
「はい、その通りで御座います」
本来、クランハウスはクラン設立する際、大量のGPを使って購入する。美弓がクラン設立のGPで苦労しているのには、これも含まれるらしい。
それを、今後可能な限り早くクランを設立するという条件付きでもらった。しかも、クラン設立までは維持費もなしという待遇だ。
だから今更< アーク・セイバー >に入るとか、そういう逃げは許されない。これは自分を追い込む意味もある。
「はー、思い切ったね」
「だから俺、今月で寮出るから」
今の部屋とは九月いっぱいでおさらばだ。いや、部屋はもうある訳だしもっと早いかも。
「え、まさかクランハウスに住むの?」
「その通り。クランハウスったって< アーク・セイバー >みたいなのじゃなくて、本当に小さい奴だけどな。でも、下見行ったら個人で使えそうな部屋がいくつもあったし、実際そういう使い方をしているクランも多いみたいだぞ」
「すごいね。ほとんど家持ちじゃない」
言われて見ればそうだな。小さいながらも一国一城の主って事だ。あんだけ苦労したんだから、それくらい見返りあってもいいじゃない。
「マンションみたいに使えるから、お前も使っていいぞ。十人くらいなら問題ない」
「え、いいの? ……そりゃクラン作るなら入るけど」
「問題ねーよ。他の連中にも声はかけたし」
誰が来るかは分からないが、固定組むようなメンバーなら先行して住んでも問題ないだろう。むしろ、それをエサにして新人釣れないだろうか。
一歩ずつ前に進んでいる感覚がある。
ロッテの小細工は確かに俺たちを苦しめたけど、それでも劇的に強くなった。それこそ、あっという間に駆け上がっていけるような力を得た実感がある。それは、無限の先で俺を待つ何かに近付く事に繋がるのだろう。
「じゃあ、クラン名とか考えておかないとね」
「設立はまだまだ先だけどな」
今はまだ、その何かが引いたレールの上を走っているだけかも知れない。
だが、絶対に好きなようにはさせない。好きなように踊ってなどやらない。
「でも、こういうのは早めに決めておかないと」
「考えるくらいならいいだろ。……頼光四天王はなしな」
そこで俺を待つものは、間違いなく敵だ。
あの左腕の死の感覚を通して、それを感じた。
「固定組む予定のメンバーだけでも四人超えてるからね。じゃあそうだね、ボクの提案としては……」
だから、運命とかそんなものは関係なく、自分の意思で無限の先へと向かう。
そう決めた。
-第三章・完-
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