第16話「灯火」




『そういや、お前の髭切……< 不髭切 >か、それはどんな固有技能があるんだ?』


 酒の入ったグラスを傾けながら、剣刃さんが言う。

 相当ペースが早いのに、まだ酔った感じは見せない。日本酒でこれなら相当アルコールに強いな。


『《 不壊 》と《 鬼特攻 》です。派手さはないけど、地味に活躍してますよ』


 特に金のない俺には《 不壊 》はデカイ。アーシャさんみたいな人相手じゃない限り耐久度が消耗する事もないし。

 《 鬼特攻 》の方はどうだろうな。鬼とか、まだエンカウントした事ないんだけど。


『そんな汎用的な能力の事じゃねえよ。そんなものなら、ウチの倉庫にもゴロゴロ転がってる。アーシャの使用者ランクに合わせた成長とか、俺の童子切の《 酒呑 》とか、ダンマス製の武器に決まってある隠しギミックの事だ』


 剣刃さんのそのスキルは知らんし、そんなギミックがある事も知らんがな。


『分かりませんけど、ないんじゃないですか?』

『そりゃ絶対あるってわけじゃねえが、仮にも髭切の名前を冠してるんだからあるだろ。……というか逆か。ダンマスは何か新しい能力を模索するために武器を作ってるらしいから、能力に合わせて銘がつけられる感じだな』


 ……そうなのか。あれにも何か特別な能力が隠されていると。

 もしそうなら、危機の時に覚醒するとかしないで今発動して欲しいな。分かり辛い能力だったら検証もしたいし。劇的な展開も嫌いじゃないが、実質的な利益を取りたい。


『でも、こいつの名前は髭切じゃなくて不髭切ですし。もらった時に俺の名前に合わせて銘が付けられましたけど』


 ダンマスは"渡辺綱といえば"とか言ってたし。ネタ装備かよと思ったのは良く覚えてる。

 ほとんどトライアル初回突破のオマケみたいな扱いだったからな。テストのためとはいえ、そんな特殊武器をポンポン渡すだろうか。


『……そいつは変な話だな。じゃあ、本当にただの数打ちの失敗作か。……あのダンマスが? しかも最近の話なんだよな』


 それは俺とユキがこの街に来たのと同じ日という事になる。六月頭の事だからまだ三ヶ月も経ってない。


『でも、銘ってそんなに重要なんですか?』

『それは間違いねえ。二つ名だってそうだろ? 俺のこの名前だって師匠から付けられたもんだが、この名前が今の俺の戦闘スタイルに影響してるのは間違いない』


 剣刃か。随分、攻撃的な名前だよな。……本名じゃなかったのか。

 確かに、名前に影響されて性格変わるとかはあるかもしれない。こういう世界でなくて、前世でもそれはあったと思う。

 やっぱり田中さんは田中さんっぽい顔してたりするし、太郎さんは太郎さんって成長をする。考えてみれば、そう呼ばれて過ごすんだから影響がないわけがない。剣刃さんだって、今更実はスコットですとか言われてもピンと来ないだろう。……いや、元の名前知らないけどね。


『ちなみに剣刃さんの師匠ってどんな人なんです?』

『人……じゃねーな。リザードマンだ。お前も知ってるグワルっておっさんだ』


 え、マジで。ああ、そういえば口調が似てる気がするな。妙なところで繋がりがあるもんだ。


『おっさんの弟子だったんですか』

『俺がおっさんとか言うと、おっさんがおっさんって言うんじゃねーって怒るがな。弟子やってた時点で俺も年食ってたからな』


 剣刃さんはともかく、見かけだけじゃリザードマンの年齢とか分からない。だがまあ、そう言うなら剣刃さんよりは年上なんだろう。


『何年も前の話だ。今はもうランクは抜いちまったが、それでもやっぱり師匠は師匠だな。おっさんの代名詞になってる《 夢幻刃 》だけは、まだ完全に使いこなせていない』


 それは、ダンジョン籠もりの際に見せてもらったスキルだ。

 対アーシャさんの訓練としては意味がないからと、見本として見せてもらっただけだが、おっさんが編み出したスキルと聞いている。

 システムアップデート以降に会っていないが、きっと二つ名も< 夢幻刃 >になってたりするんだろう。


『まあ、おっさんの事はいい。気になるのは< 不髭切 >の事だ』

『何かありますかね?』

『俺の勘を信じるなら、"何か"はある』


 でも、名前から影響を受けるとして、髭切……渡辺綱でもいいけど、これらに関連する逸話って何があるだろうか。


 一条戻橋で茨木童子の腕を斬った逸話が一番有名だが、それは《 鬼特攻 》が付いてる事でイメージが固まっている。

 他には、茨木童子と橋姫が混同されていたりするのも聞いた事があるけど、だからといってそれでどんなスキルと結びつくかは想像つかない。

 ……橋姫は鬼じゃなく鬼女? でもこっちのケースでも後に"鬼切"になるエピソードではあるし、鬼女だろうが鬼には違いない。

 まさか一条戻橋絡みで、橋の上で強くなるとか? 適当だが、ダンマスならありそうだ。

 あとは名前がコロコロ変わるっていうのもあるな。髭切が鬼切になったような変化があるとすると、不髭切が不鬼切に……《 鬼特攻 》なくなっちゃいそう。


『訓練の時に話した内容を覚えてるか? ダンマスがボーナスを決めさせる時の話だ』

『覚えてますけど』


 ボーナスで相手に決めさせてる時は、本当に必要なものが頭に浮かぶって話だよな。


『俺たちだけじゃなく、ダンマスもそういう風に影響を受けている可能性があると考えた事がある。今回のも、渡辺綱って名前に合わせて木刀に< 不髭切 >って名前をつけたのはダンマスなんだろ?』

『……なくはないかもしれないですね。認識阻害だって、まだかかってるっていうし』


 あの人だって、完全な意味で無限回廊を掌握しているわけじゃない。未知のシステム影響を受けている事だって普通に有り得るだろう。

 本人は本当にオマケで渡しただけのつもりでも、そこに意味はあるのかも知れない。


『名前には意味がある。異世界の話だろうが、逸話や伝説に残るような名前が影響を受けないはずないってのが俺の推論だ』

『一応、頭の片隅にでも置いておきます』


 それは、今でなくても後々関係してくるかもしれない。

 こっそり最後のイカゲソを摘みながら、その時はそう考えた。




-1-




――――Action Skill《 真紅の血杭 》――


 次々と空中から降り注ぐ杭をひたすら躱す。走って、飛んで、転がって、たとえ無様でも当たるわけにはいかない。

 いつ回収したのか、空中に浮かぶロッテの手には一度捨てたはずの鎌が握られていて、フィロスに向けて撃っていたような飛ぶ斬撃も襲ってくる。

 誘導性がある上に、ブーメランみたいに避けてもまた飛んでくるから、その度に盾か柱の陰に隠れる必要があるのが厄介だ。

 こちらは杭のような実体じゃないのか、武器で撃ち落としたりもできない。


――――Action Skill《 瞬装:バトルアックス 》――

「ぅらあぁっ!!」


 わずかな隙を縫い、《 瞬装 》で展開した斧を投げつけると、ロッテは最小限の回避行動でそれを避けてみせる。

 当然だ。当たればダメージは通るのだろうが、ユキならともかく、俺の投擲の腕で自在に飛ぶあいつに重量物を当てられるはずがない。

 そんな事は分かっている。さっきから何度もやっているが、これはただの撒き餌だ。

 現時点では、空中にいるあいつへの攻撃手段がない。あいつの首を取るには、まず地面に落とさないと話にならない。

 サージェスは自身を弾丸と化してあいつを叩き落とした。ならばそれに近い事はできないか。そう考える。


「んなくそっ!!」


 《 瞬装 》で展開して盾で《 真紅の血杭 》を受けると、その度に盾の耐久値がガリガリと削られていく。

 四方八方から襲ってくる攻撃を警戒し続けないと対処ができないのだが、状況が許してくれない。ロッテだけに注目していると、突然 溶岩弾 が飛んでくるのだ。遠方のラーヴァ・ゴーレムにも注意を払う必要がある。

 状況ははっきり言って悪い。全員が全員、バラバラに対応せざるを得ない状況に追い込まれている。

 逃げ回る中で燭台を見れば、ティリアだけじゃなく蝋燭がもう一本消えていた。……あれはサージェスだ。《 暴風陣 》で飛ばされたあとでどうなったか分からないが、あいつも落ちてしまったらしい。ロッテのHPを削りに削ったアレは、文字通り最後の攻撃だったのかもしれない。

 あまり詳細は分からないが、他の連中はまだ健在だ。さっき、亡霊騎士と戦うフィロスの姿が視界に入った。


「おいツナ」


 ロッテの攻撃を躱すため、柱の陰に身を隠すと、ガウルがいた。全身焦げ付いてはいるが、まだ五体無事のようだ。


「手短に話す。火炎骨竜は落とした。俺はこのままラーヴァ・ゴーレムを落としに行く」

「確かにアレが残ったままだと厄介だが……。いや、頼む」

「おうよ、任せろ。……リベンジマッチだ」


 あの固定砲台が残っている限り、どれだけロッテを追い詰めても引っ繰り返される恐れがある。

 そして、アレを倒せる可能性があるのは現状ガウルだけだ。火炎骨竜ですら、こいつ以外は相性が悪すぎる。それを倒したというのなら、あるいはなんとかなるかもしれない。

 柱の陰から走りだしたガウルに向けて《 真紅の三日月 》の刃が飛んできたので、とっさに《 瞬装 》で盾を展開し、ガードをする。慣れないと思ったが、ここに来て盾の扱いも上手くなって来た気がする。

 ガウルは一瞬だけこちらを振り返ったが、そのまま何も言わずにラーヴァ・ゴーレムのいる方向へ走り去っていった。


 さて、足止めでもするにしても、まずは空中に浮かんでるあいつをなんとかしないといけない。

 姿を現した俺に、再び杭と斬撃が降りかかる。接近する必要性を感じていないのだろう。隠しステージの猫耳と同じだ。あいつは、俺に対空攻撃の手段がないと踏んでいる。……実際、対空攻撃の手段"は"ない。

 だが、まったく手がないわけじゃない。俺も無闇に走り回っていたわけじゃない。このまま地を這っていてはただ嬲り殺しになるだけだ。タイミングを見計らい、作戦を実行に移す。

 降り注ぐ杭と斬撃を躱しながら、その地点へと向かう。極力悟られないように、ロッテの手がわずかでも休まる瞬間を狙え。

 駆ける先は柱。垂直の柱を駆け登るなんて無茶な真似は不可能だが、今の状況ならそれは可能だ。

 ラーヴァ・ゴーレムの《 溶岩弾 》で半壊し斜めに倒れた柱。その柱に突き刺さった斧を足場にして、その上へと駆け上がる。

 チャンスは一回だ。このままあいつの元まで届かせる。


「だああああっっっ!!」


 すでに人間の身体能力の限界を超えた脚力で、柱の最上部を踏み込み、宙へと飛び出す。


「なっ!?」


 無表情だったロッテの顔が驚愕に歪む。油断してたな。慌てたのかロッテもとっさに回避行動に移るが、それは読んでる。

 残念だが、俺にはもう一つ足場があるんだよっ!!


――――Action Skill《 瞬装:カイトシールド 》――


 足元に盾を展開し、空中で無理矢理方向転換する。さっき覚えたばかりでタイミングを計るどころじゃない。博打もいいところだ。

 だが、博打くらい成功させないとこいつには届きもしないんだから、それくらい軽く成功させてやる!


――――Action Skill《 瞬装:モーニングスター 》――


 確認する余裕はないが、盾を蹴る感触が確かにあった。

 さっきの《 溶岩弾 》を回避した時と同じだ。《 瞬装 》で展開された装備は出現する一瞬だけだが、空中に固定される。

 完璧なタイミングでモーニングスターを展開し、振りかぶる。狙いはあいつの翼だ。地に落としてしまえばなんとでもなる。鎌で迎撃されるより早く振り切れ!!


「らあっっっ!!」


 全力でモーニングスターを振り切り、命中はしたものの手応えが浅い。ほとんど掠めただけだ。

 ロッテは体勢を崩しただけで、俺は返す鎌の柄で打撃を喰らい、そのまま地へと落とされる。

 落ちていく中、ロッテとの距離が遠ざかっていく中で、あいつの視線が俺に向いている事が確認できた。

 ……上等だ。これで完全に注意は俺に向いた。ウチにはこういう隙を狙うのが得意な奴がいるんだよ。打ち合わせをしたわけでも、どこにいるかを確認した訳でもない。だけど、あいつがこんなチャンスを逃すはずがない。

 ……ほら、もうお前の後ろにいるぞ。


「たあああっっ!!」

「!?」


 ロッテは完全に未警戒の状態で、ユキの接近を許している。無防備だ。


――――Action Skill《 ファストブレード 》――


 俺と同じように《 クリア・ハンド 》を足場にして駆け上がったユキがロッテを捉える。

 《 ファストブレード 》で繰り出された小剣< 毒兎 >が脇腹に突き刺さり、ロッテの体勢が崩れた。

 それだけでも起死回生の一撃だが、あいつがそこで終わるわけがない。俺の相棒はしつこいぞ。


――――Skill Chain《 クロス・スラッシュ 》――

――――Action Skill《 ファストブレード 》――


 《 クリア・ハンド 》の足場はほとんど使い捨てだ。《 ラピッド・ラッシュ 》のような連続技は出すのは無理がある。ならば単発技、それが最良の一手だろう。見えない《 クリア・ハンド 》とのセルフ連携プレーだ。


「くっ!!」


 ロッテが強引に翼を広げ、大鎌と合わせて振り回す。ユキの攻撃は多少のダメージは与えたものの、攻撃対象である翼自体に阻まれてストップした。

 くそ、そういや、さっき投げナイフ弾いてたな。あれ自体も防御力があると思ったほうがいいのか。

 だが、それで終わりじゃないだろう。空中に放り出されたユキの口元が釣り上がるのが見えた。何をやる気かは知らないが、絶対にチャンスは生まれる。なら構わず走れっ!!

 俺は体を起こし、追撃に向けて走りだした。


「今だっ!!」


 ユキが叫んだ瞬間。何もないところから摩耶の姿が現れた。それは見覚えある出現の仕方だ。

 攻撃の瞬間に姿を現す隠形のスキルを、俺は身を持って体験した事がある。同じ< 斥候 >なのだから、使えてもおかしくないだろう。

 摩耶が駆けるのは空中。ユキが目印として残した短剣を頼りに、《 クリア・ハンド 》の上を駆け上がる。

 いくらなんでもさすがにこれは届く。ここまでお膳立てしたのに届かないはずがない。


「はあっっ!!」

――――Action Skill《 シャープ・スティング 》――


 その攻撃が向かう先は一直線にロッテの翼だ。ただの武器なら弾き返されるかもしれない。実際、ロッテも翼で防御体勢に入ろうとしていた。

 だが、摩耶が持つ短剣は魔力を切断するために用意したものだ。あの翼がロッテが種族的に持つものでない限り、魔力的な仕組みは持っているはず。

 ならば、その一撃はロッテにとって致命的な一撃になる。

 フィロスや摩耶がドールの魔力線を斬った時と同じ、独特の気配があった。ロッテの翼が完全に消滅し、落下を始める。これは予想以上の戦果だ。

 摩耶は同じく落下中にも関わらず、ロッテへもう一つのナイフを振りかぶり、再度攻撃を仕掛ける。

 防御膜であるHPはもう残り少ないのか、ロッテの肩に深々とナイフが突き刺さった。


「があああっ!! く、おのおおおっっ!!」


 落下する中で、組み付く摩耶に向けて強引に鎌を突き立てるロッテ。


「ぐっううぅぅっ!!」


 摩耶はそれでも離れようとせずに追撃を仕掛ける。空中で組み付いたまま、更にナイフを突き立てようとして――


「逃げろおおっっ!!」


――ロッテの鎌が赤く発光を始めたのが見えた。あれは、俺とゴーウェンに向けて使われたのと同じ光だ。


 叫んだ声が伝わったのかは分からないが、摩耶は動かない。ただ、ほんの一瞬だけ目が合ったような気がした。

 そこに浮かぶのは苦痛でも、悲哀でも、怒りでもない。ただ、俺に勝てと言っている気がした。




-2-




――――Form Change《 真紅の魔棘 》――


 突き立てられた鎌から無数に伸びた棘が、摩耶の全身を貫く。俺やゴーウェンが受けたのとは違う正にゼロ距離からの攻撃を受け、摩耶の体が霧状に消え始めていくのが見える。

 くそっ! 足は止めるな。全力で御膳立てされたんだ。このままロッテに全力の一打をぶつけてやる!!

 落ちてくるロッテに向けて大きく跳躍。展開したグレートソードを叩きつける。


「ああぁっっ!!」

――――Action Skill《 瞬装:グレートソード 》-《 ストライク・スマッシュ 》――

――――Form Change《 真紅の大盾 》――


 ある程度予想はしていたが、ロッテの鎌が自動で変形し盾となった。俺の剣は止められたが、それくらい覚悟の上だ。

 攻撃が通らない相手なんざ、これまでいくらでも相手にして来てるんだよ。トカゲのおっさんからここまで、強敵はみんな揃ってロクに攻撃が通っていない。

 ここまでの戦いで確信している。ロッテは決して前衛型じゃない。その本質はあくまで魔術士だ。単独でHPを削ったサージェスやその後のユキ、俺とゴーウェンのラッシュが届いているのが証拠だ。

 アーシャさんなら、さっきの空中戦も最初のゴーウェンとのラッシュもすべて躱してもおかしくない。あいつはこういった近接戦闘での防御はそれほど分厚くない。だから、届く。届かないなら、何度でも打ち込んでやる!!


――――Skill Chain《 瞬装:不髭切 》-《 旋風斬 》――

「がっ!!」


 止められたグレートソードを格納し、不髭切を展開。今度は横から打撃を叩きつける!!

 方向の異なる、横からの一撃にロッテの体が吹き飛んだ。これも盾に止められ直撃しない。だが、これで終わりじゃない!!


「もう一ぱぁぁつっ!!」


――――Skill Chain《 旋風斬・二連 》――


 それは、《 旋風斬 》が止められた事をトリガーとする追撃専用技。

 ただ出すだけなら同じ軌跡を辿り止められてしまうだろうが、訓練の間で散々軌道を変えるべく特訓した。

 だから届け! いい加減当たりやがれっ!!


「だぁああっっっ!!」

「ぎぃぃぃぃっ!!」


 歪な盾の隙間から、二発目の《 旋風斬 》が直撃した。

 ダメージは間違いなく通った。……だが、妙な違和感があった。なんだこの感覚は。

 空中から、ロッテの体が地に叩きつけられる。ここで攻撃を緩める手はない。畳みかけるなら今だ。


「ユキっ!!」


 あいつがこのチャンスを逃す訳がない。現に絶妙な位置取りでロッテに迫る姿が見えた。ならば、ユキの攻撃を先読みして続く連携攻撃を成立させろ。

 ギフトを通して予知めいた力が働いている。何をすれば最善へと近付けるかが分かる。それは朧気で頼りないものだが、確かに感じる。散々連携してきた相棒の行動くらい、合わせてみせろっ!!


――――Action Skill《 クロス・スラッシュ 》――

――――Action Skill《 クロス・スラッシュ 》――

――――Action Skill《 シャープ・スティング 》――


 《 クリア・ハンド 》の三本の腕を総動員して、ユキのラッシュが始まる。その多方向からの連続攻撃は、いくら鎌を振り回そうが耐え切れるものじゃない。一撃一撃が軽かろうが、無数の斬撃はロッテの体を確実に切り裂いていく。

 あと少しだ。あと少しであいつのHPを削り切れる。


「うらああああっっ!!」


 先ほどの違和感に確信を得るため、防戦一方のロッテに対して不髭切を振り下ろす。


「う、ぎ、ぁあああっっ!!」


 アクションスキルではない、ただの斬撃。その命中と同時に感じる確かな手応えで、ロッテのHPを大幅に削った事を感じた。

 予感は確信に変わった。《 鬼特攻 》は吸血"鬼"だろうが有効だ。こいつはこのままでもロッテへのダメージソースに成り得る。


「な、なんでそんなもの……」


 さすがに予想外だったらしい。そう呟くのが聞こえた。その驚愕は、《 鬼特攻 》が自身の弱点になる事に対してか、俺がそんなものを持っている事に対してか、あるいは両方か。

 お前に言わせれば運命なんだろう。おそらく、左腕から感じる何かがわざわざお膳立てしたシナリオだ。都合が良過ぎる。


「くっ!」


 苦し紛れに鎌を大振りして、その場を脱出するロッテ。

 状況が悪くなってきたから視野狭窄に陥っているな。そんな抜け道を俺たちが用意するはずないだろうが。

 逃げるロッテの先には、駆けつけてくれたゴーウェンの姿がある。そこは逃げ場じゃないぞ。


――――Action Skill《 ハンマー・スウィング 》――


 擦れ違い様にゴーウェンのハンマーがロッテを捉える。完全な直撃だ。

 その勢いのまま、俺たち二人が囲むテリトリーへと吹き飛ばされてきた。


「スカル・ジャイアントはオレが落とした。残り二体も足止めしている。……三対一になったな」


 え、何普通に喋ってるの? ゴーウェンさん。これまでで一番びっくりしたんだけど。

 だが、言っている事は正しい。モンスターの救援はない。この状況なら詰みだ。絶対に逃さない。逃げ場などやらない。

 翼もない。三人で退路を塞いだ。いくらお前でも逃走は不可能。さっきのハンマーでHPも削り切れたはずだ。

 ……あとはそのまま首を取るのみ。



「……あとちょっとくらいは減らしておきたかったんだけどな」


 ロッテはそう言うと、脇腹に刺さったままの< 毒兎 >を引き抜き、自らの心臓に突き立てた。


「なっ!?」


 自害? そんな展開アリなのか? いや、そんな訳あるか。こいつの性格上、そんな事は有り得ない。

 ロッテの口はこれまでにないほど釣り上がり、その目は敗北を許容していない。

 何かが起きようとしている。HP0で、ズタボロの状態に追い込まれ、尚諦めない。その姿は何故か既視感を感じさせた。

 ……その姿は、動画で見た俺のものと良く似ていて……。


「ダメだっ!! 止めろっ!!」


 逃がさないように牽制していたのが仇になった。俺と同じように何かを感じたのか、ユキとゴーウェンも攻撃に移る。

 だが、俺たちの攻撃が始まる前、ほんのわずかな時間でそのスキルが発動した。



――――Passive Skill《 鮮血姫 》――



 血の色の瘴気が、ロッテの体の周りから噴き出した。




-3-




 一瞬にして空気が変わった。三人で囲んだ圧倒的優位の状態を吹き飛ばすような強烈なプレッシャーが周囲を覆う。

 魔術士タイプとか冗談じゃない。この強烈な戦意は前衛戦士の放つ攻撃的なものだ。


 明らかな変化は目だ。そこに理性の輝きはなく、狂気に近い負の感情を放っている。

 発動したスキルは、おそらく発動条件も効果も《 飢餓の暴獣 》に近いものだ。全身からこれまでにない警鐘が上がる。アレとまともに対峙すれば食い破られると、叫んでいる。

 だが、今更攻撃を止めるわけにはいかない!! 絶好の好機には違いないんだ。


「うおおおおっっっ!!」


 咆哮を上げてロッテにハンマーを振り下ろすゴーウェン。ユキがそれに続く。

 だが、その攻撃は最後まで振り下ろされる事なく、ハンマーは宙を舞う。

 ロッテは俺が視認できるギリギリの速度でゴーウェンのハンマーの柄を切断。更に返す斬撃でそれを振るう腕まで切断してのけた。

 ユキの攻撃も、俺の攻撃も届かない。宙を切る。

 そして、そのほんの数瞬後、ロッテはゴーウェンの超至近距離まで移動し、体へその右腕を突き立てた。


――――Action Skill《 吸血掌 》――


「がああああっ!!」


 ロッテの手が赤く染まり、一瞬にしてゴーウェンの体が萎んでいく。表示されたスキル名からして、手で吸血したのか。

 ダメだ。ゴーウェンまで落ちる。いや、あいつを止めないと、あっという間に俺たちまで落とされる!

 考えろ。考えろ。残るのは俺とユキだ。ユキならこんな時どうする。あいつなら……。

 ……こんな時、あいつなら《 クリア・ハンド 》で足を止めるはずだ。なら、その一瞬で弱点である< 不髭切 >の一撃を加える!!

 期待通り、ユキが足と腕を掴んだのか、ロッテの動きが止まった。


――――Action Skill《 クロス・スラッシュ 》――

――――Action Skill《 旋風斬 》――


 二方向からの同時攻撃。これなら通る。何がなんでも通せっ!!


「ギ……ッッ!!」


 不髭切を通して伝わる感触は先ほど与えた一撃よりも強く、ロッテの鬼の特性が強化された事が伝わってきた。

 俺たちの攻撃は通ったが、次の瞬間、背中を悪寒が走り抜ける。

 確かにダメージは与えた。与えたが、この程度で止まる訳がない。それが《 飢餓の暴獣 》に近い性質のものであるなら、多少のダメージは無視してカウンターを仕掛けてくる。それは俺が一番良く知っている。

 案の定、攻撃をその身に受けたまま、ロッテは次の攻撃体勢に入る。大鎌が赤く発光した。やばい! 躱せっ!!


――――Action Skill《 サイクロン・ラッシュ 》――


 身体能力で強引に振り切ったのか、腕を掴まれているはずなのに鎌が振り払われる。


「ぐはっ!!」


 俺はわずかだが後ろに飛び退いた事で直撃を避けたが、ユキは胴体前面を大きく斬り裂かれ、血飛沫が舞う。

 続く《 サイクロン・ラッシュ 》がユキに向かえばそのまま落ちかねない。

 挑発しろ。攻撃が俺に向かうよう、目で俺を狙うよう誘導しろ。

 お前の相手は俺だ!!


 挑発が効いたのか、それとも元々そのつもりだったのかは分からないが、ロッテは続く攻撃をこちらに放ってきた。

 《 鮮血姫 》発動前に見た《 サイクロン・ラッシュ 》のスピードなど比較にならない。躱しようのない斬撃が連続して襲ってくる。

 ロッテの放つ大鎌の斬撃は、赤い残光を残しながら視認すら困難なスピードで俺に迫る。一撃、二撃と俺の体を掠め、皮膚を剥ぎ取り、肉を裂いていく。そして最初から数えて四撃目。最後となる斬撃は俺の胸部から腹部にかけてを深く削り取っていった。

 血が吹き上がる。大出血だ。だが、《 サイクロン・ラッシュ 》はこれで止まる。スキル連携さえなければ、いくらなんでも行動に割り込む隙くらいは……


「ざぁんねん」


 続けて放たれる五撃目。完全に想定外の攻撃に、ほとんど無防備で脇腹が大きく削り取られた。

 そして連撃はまだ続く。返す六撃目は< 童子の右腕 >で弾いたものの、更に続く七撃目が俺の脚を裂いていく。

 なんで回数が増えてるんだよっ!!

 大出血どころではない、ほとんど致命傷染みたダメージを喰らい、ようやく《 サイクロン・ラッシュ 》の連撃が止まる。

 しかし、ロッテの大鎌が放つ赤い光はまだ消えない。わずかに開いた距離から放つのはおそらくあの飛ぶ斬撃――


――――Skill Chain《 真紅の三日月 》――

――――Skill Chain《 真紅の三日月・第二刃 》――

――――Skill Chain《 真紅の三日月・第三刃 》――


 一発だけでなく、三発、赤い斬撃がこちらに向けて飛ばされる。

 冗談じゃねーぞっ!! さっきまで追い詰められてたのに、どんだけだよっ!!

 一つ目の斬撃は< 童子の右腕 >でガード、続いて二つ目の斬撃を《 瞬装 》で展開した最後の盾で防ぎ切る。

 だが、三つ目を止める手立てがない。


「ぅぐっ!!」


 俺の左肩を大きく切り裂いて、三つ目の斬撃がどこかへ飛んでいく。肩から血が吹き上がるが、それどころじゃない。

 三つ目はまだ生きている。このままだと後ろから……


「んぎっっっ!!」


 背中から、腹にかけて《 真紅の三日月 》が貫通していく。致命傷だ。体勢を維持できない。

 倒れこむ最中、ロッテが俺を見下ろすのが見えた。


 ……笑うんじゃねえ。


 終わらない。終わらせない。こんな終わりは認めない。

 いい加減出てこい。どんだけもったい振れば気が済むんだ。ここで発動しなくていつ発動するんだよっ!!


 条件は揃った。あいつと同じだ。この極限状態で発動しなければ、もう終わりだ。


 確信があった。左腕が囁いている気がした。極限状態であればあるほど、死が近ければ近いほど、あのギフトの力を強く感じる。

 そんな所で立ち止まるなと、呪いめいた凶悪な力が湧き上がってくる。だから、ここで発動しないはずがないと。



――――Passive Skill《 飢餓の暴獣 》――



 久しぶりに見る、俺の最終兵器が産声を上げた。




-4-




 体が内側から大きく跳ね上がる。筋肉が盛り上がり、無理矢理吹き上がる出血を止める。

 あの時と同じ、強烈な獣性が体中を駆け巡る。何物でも捕食せんとするほどの強大な欲求と力が沸き上がってくる。


「ガァァァアアアアアアアアアァァァッッッ!!」


 無意識で口から放たれる咆哮。それは目の前で凶悪な笑みを浮かべて俺を見下すロッテに向けた、勝利を誓う雄叫びだ。

 俺のその変化を見て、ロッテが更に笑うのが分かった。


 倒れ込む寸前、ほとんど地面スレスレの位置をそのままロッテのいる場所まで駆ける。距離なんてほとんど離れていない。これなら一瞬だ。

 どうせ左腕が使えないんだから、形など気にするな。不格好でも全力で叩きこんでやる。


「あぁああらっっっ!!」


 急制動。ほぼ直角に跳躍し、右手で握りしめた不髭切を全力で叩き下ろす。

 これまでとは格が違う、打撃だけで体を真っ二つにできそうな一撃だ。


「ぎいぃぃっ!!」


 ほぼ、直撃で肩口からの攻撃を受けたロッテだが、あいつも条件はほとんど同じだ。この状態で何もしてこないはずがない。

 想定通り、大鎌が俺の胴体に向けて払われる。

 その攻撃では、斬れても俺の胴体の半分。完全に引き裂かない限り、復元するという根拠のない確信があった。だから、防御など不要。

 胴体半ばまで埋没した鎌の刃を無視して、再度不髭切を叩きつける。


 その衝撃で距離が離れたが、お互いに引く気持ちなど微塵もない。即座に距離がゼロになる。

 前の時もそうだったが、この状態で発動する意味のあるスキルがない。不髭切で使えるスキルが少ない事もそうだが、ここまで身体能力が向上していると、ただ武器を振るほうが早い。新人戦でアーシャさんがやっていた事と同じだ。要所要所で必要なスキルだけを発動するほうが理に適っている。

 それはあいつも同じだ。連続技、飛ぶ斬撃は身体機能だけで補えないから使うが、それ以外は必要ない。

 この場面で最も警戒するのは《 吸血掌 》。あれだけは喰らっちゃいけない。最大限に警戒しつつ、全力で武器を振るう。


 こうして、武器を合わせてみて分かる。やはりロッテの近接戦闘力はそれほどでもない。少なくともアーシャさんや剣刃さんのような化物染みた強さはない。俺と同じ獣染みた身体能力を得てはいるものの、その武器の扱い方は専門のそれではない。


「楽しいよお兄ちゃんっ!! さっきまで足手纏いだったのに、ここに来ていきなり強くなるなんて!」


 大鎌と木刀がぶつかり合う。無数に打ち鳴らされた音が、大音響となって周囲に響き渡る。


「うるせえよっ!! こっちは少しも楽しくねーよっ!! もうちょっと楽させろよ!!」


 ここまでずっと足手纏いだった事くらい分かってるんだよ。


「手加減しろって言ってたのに手を抜いたら怒るし、今度は楽させろって、言ってる事が滅茶苦茶だよ!」


 うるさいわい。


「いいんだよっ!! 俺はその場の適当なノリで生きてんだよっ!!」


 俺は記者会見で"記憶に御座いません"とか言い放つような無責任な生き方に憧れる十五歳だ!!

 それができないから、葛藤してるんだ。血反吐吐きながら、お前に喰らいついてるんだよっ!!


「あははははっ! でもダメ。負けてあげない! お兄ちゃんはここで死ぬの。大丈夫。きっとそのほうが強くなれる。保証する。うん、負けたほうがいいよっ!!」


 デタラメに振り回された真紅の鎌と、俺の剣がぶつかり合う。

 同じ条件なら、たとえ左腕が使えなかろうと俺に分がある。加えて弱点である特攻武器まで使ってるんだ。押し切れないはずがない!!


「冗談じゃねえっ! そんな選択肢はないっ!!」


 お前の保証などいるか。負けて強くなるとしても、そんなもの認めてたまるかよっ!!

 そんなのはあの新人戦だけで十分だ。ここまで来て、勝利を手放すなど有り得ない。

 あと少しなんだ。余裕ぶっちゃいるが、あいつだって相当キツイはずだ。やせ我慢なら俺のほうが得意なんだから見りゃ分かる。

 HPなんかすでにない。ゴーウェンから吸血しても回復している様子はない。召喚も魔法も使って来ないって事はMPが尽きている可能性もある。

 あるいは、それは《 鮮血姫 》の発動条件なのかもしれない。


「てめえもさっさと立てユキっ!! これはお前の試練だろうがっ!!」


 蝋燭は確認できていないが、あいつの体はまだ残っている。地面に大量の血溜まりを作っているが、まだ死んでいない。

 遠くで地鳴りがした。ラーヴァ・ゴーレムが落ちたのか、それとも亡霊騎士か。


「あははははっ!! また蝋燭が消えたっ!! どんどん消えてる。助けなんか来ないよ」


 こっちは斬撃の嵐の中で蝋燭を確認する余裕なんてない。くそ、まだ余裕あるのか。それとも適当ほざいてるのか?

 だが、俺が見る必要などない。


「関係ないっ!! 俺がこのままお前を押し切れば勝ちだ!!」

「できるの?! そんな左腕のままで! 前世の苦痛すら乗り越えてないのにっ!!」


 そんなもの知るかよっ!!

 一向に収まらない苦痛は更に痛みを増し、俺を攻め立てている。脳で遮断できる類の痛みじゃない。だが、こんな痛み程度無視してやる。俺は我慢強いんだよっ!!

 大体、前世の苦痛というが、それがなんなのか分からねーんだよ。何が原因かも知らずに乗り越えろってのも無理な話だ。それがなんか知らねえし、知らねえものは乗り越えられるはずがない。

 だったら、こいつはそのまま抱えて先に進む。死の因果か何か知らないが、その程度で弱点なんかになると思うなっ!!


 その時、左腕が何かに反応したのが分かった。


[ スキル《 鬼神撃 》を習得しました ]


 本当、都合の良過ぎるギフトだ。……反吐が出る。

 まあいい。くれるもんなら頂く。これが今、あいつを倒すのに必要なスキルだというのなら、それくらい飲み込んでやる。

 このスキルを叩き込むチャンスを窺え。これが間違いなく決め手になるだろう。

 そう覚悟を決めると、左腕の瘴気がほんのわずかだけ弱くなったような気がした。


「そんな簡単に勝たせてなんてあげない」


 無数の斬撃を縫うようにして、その右手が延びてくる。一瞬だけ柄から手を離された大鎌は俺の一撃を喰らい、宙へと弾き飛んだ。

 ロッテはそのわずかな隙を《 吸血掌 》を発動するために使った。手が伸びる先、狙うのは俺の動かない左腕だ。

 俺の瘴気塗れの左腕に一瞬だけ右手が触れた。だが、それは警戒済だ。簡単に血をくれてやるかよっ!!

 ロッテの認識では動かないはずの左腕を動かし、ロッテの手を振り払う。これで、《 吸血掌 》は使えない……


――――Action Skill《 傀儡の操糸 》――


 違う! 狙ったのは《 吸血掌 》じゃない。まったく別の、ここに来て初見のスキル。

 これは……《 ドール・マリオネット 》と同じ、対象を操作するスキルか!?

 さっきの一瞬で魔力線か何かを付けられたというのか。


「まずっ……」

「"そのまま自害しなさい"」


 まずい。まずい。ようやく自由になった左手が勝手に俺の首を締め始めた。

 抵抗しようにも力が入らない。自由にならないのは左腕だけだが、右手でそれを押さえつけようとしてもビクともしない。

 呼吸ができなくなるどころか、そのまま首の骨をへし折りそうな勢いで締め付けてくる。

 これは俺自身の力だ。ロッテはそれを操作しているだけで、俺の力をそのまま使っている。

 こんな状態でロッテの追撃がないのは、俺に向けられた手が原因だろう。意思がある者相手だから、《 ドール・マリオネット 》のように上手くいかないのか。

 だがくそ……どうしろっていうんだ。まずい、もう首の骨が折れそうだ。呼吸ができない……意識がブラックアウトする。



――――Action Skill《 エア・スラッシュ 》――


「かはっ!!」


 そのメッセージが出力されると、途端に左腕にかかった圧力が消え去った。

 どこから、どこに向けて放たれたスキルなのかも分からない。少なくともロッテではない。ユキでもない。

 不可視のスキル……。そうか……これは魔力線を狙った飛ぶ斬撃……。


 顔を上げると、有り得ないものを見るようなロッテの表情が見えた。その視線は俺の斜め後ろに向けられている。


「悪いね、亡霊騎士を倒して暇なんだ。混ぜてもらえるかい?」




-5-




 現れたのは、血塗れでボロボロでも変わらず貴公子然とした男の姿だ。この土壇場で、おいしいところを持って行ってくれる。

 ……だが助かった。九死に一生を得た気分だ。フィロス様々だな。


「……消えなかった最後の蝋燭はあなたですか」

「ああ、もう残り三本。三人しか残ってない。でもそっちはもう一人だ。……満身創痍みたいだけど?」


 三人……ガウルは落ちたのか。くそ、それでもラーヴァ・ゴーレムは落としたって事だ。すげえなあいつ。

 ユキは……まだ生きてはいる。立とうとしているのか、微かに動いているのが分かる。

 時間がないな。……俺も時間がない。


「気を……つけろ。あいつは……」

「ツナと同じような状態なんだろ。第四関門で散々やったから分かるさ」


 何言ってるんだか分からないが、分かるならいい。

 《 飢餓の暴獣 》の復元能力の影響か、呼吸が落ち着いてきた。左手の瘴気も大分薄くなった。まだ纏わりついてるが動かせないほどじゃない。十分使い物になる。


「ここに来て予想外も良いところですが、この戦いも終わりです。……では最終幕といきましょうか」


 そう言ったロッテの手には、いつの間に回収したのか鎌が握られている。

 ひょっとしたら、アーシャさんのグングニルと同じような、手元に戻ってくる能力でもあるのかもしれない。


 再びロッテとぶつかり合う。始まるのは魔法もない、泥臭い殴り合いだ。だが、少し前までとは状況がまるで違う。

 フィロスがいる事で、単純にロッテは攻撃を分散せざるを得ない。攻撃も二人分だ。不完全ながらも俺の左腕が動くようになったのも大きい。


 両手で武器を使う事で初めて《 豪腕 》の効果が分かった。

 これは、片手で両手武器を扱えるようにするだけのスキルだ。二刀流のような使い方もできるが、それぞれの威力は落ちるだろう。

 だから、両手で武器を握る。これが基本のスタイルになる。つまり、これまでとそう変わらないって事だ。


 フィロスの動きは《 鮮血姫 》で強化されたロッテの身体能力と比べると平凡なものだ。

 パワーがない。スピードがない。特別なスキルを発動させている訳でもないだろう。だが、ロッテの攻撃はロクに当たらない。

 細かいダメージはある。すべてを防げてるわけじゃないが、直撃だけは喰らわない。その姿はまるで戦い慣れてるかのようにも見える。

 フィロスと俺との訓練で《 飢餓の暴獣 》が発動した事はない。一体、この短い間で何があったのかは分からないが頼もしい盾役だ。


「いい加減、落ちろっ!!」


 こうして攻撃を加えているとはっきりと分かるが、ロッテの再生能力は異常だ。

 全身血塗れで、その姿は名前そのままの鮮血姫。なのに倒れない。《 鮮血姫 》が発動してから、HPをもう一度削り切るだけのダメージを与えているはずだ。


「ダメ。絶対に負けない。お兄ちゃんたちは負けてもっと強くなるの。少しでも多く殺す。そうすれば、もっと強い冒険者が増える。私がやる事は何も変わらない」


 一体、何がロッテをそこまで駆り立てるのか分からない。

 剣刃さんやダンマスが言ったように、妄執とも呼ぶべき使命感に似た何かを感じさせる。


 戦いの中で《 飢餓の暴獣 》の活動限界が迫るのを感じる。

 このスキルの詳細は未だが分からないままだが、これは諸刃の剣だ。今なら分かる。そう感じる。

 おそらく、長時間発動させていると使用者は死ぬ。左腕と同じ、死の気配が近付いて来るのが分かる。


 きっとロッテの《 鮮血姫 》も同じなのだ。こいつはきっと最後まで倒れるつもりはない。このまま戦い続けるだろう。

 そこまで時間をかければ同じように俺も死ぬ。……でも、二人は残る。俺たちの勝ちは揺るがない。二人揃って道連れというのも悪くないかもしれない。

 ……なんて、冗談じゃないな。ああ、冗談じゃない!

 そんな幕切れは許さない。絶対にお前は仕留める。もう三人しかいないが、最後の場に俺がいないなんて許容してたまるか!


――――Action Skill《 ファストブレード 》――


 俺たちがせめぎ合う後ろから、ロッテの意識の合間を縫ってユキの小剣が飛んで来た。

 ようやく重い腰が上がったな、相棒。


「くっ!!」


 身体能力がいくら向上してようが、想定外の攻撃は避けられない。ましてや相手は手だけだ。それは確かにロッテに切傷をつけた。

 ほんの一瞬だけ視線をやるとユキが立ち上がろうとしているのが見える。出血が多過ぎてフラフラだが、目は死んでいない。たとえこれ以上戦えなかろうが死ぬのだけはダメだ。

 そうだ。俺たちの中で誰よりも、お前だけは落ちちゃダメなんだ。……見てるだけでもいいから、そこに立っていろ。

 ……あとは俺たちが勝たせてやる。

 その隙を逃さず、回り込んだ死角からフィロスの攻撃も決まる。ロッテの再生能力なら、そのどちらもが致命傷にはほど遠い。

 ……だったら俺が決めればいい!


――――Action Skill《 瞬装:ブロードソード 》-《 ストライク・スマッシュ 》――


 左手に残り少ない在庫からブロードソードを展開。片手で両手剣技を放つ。

 それはロッテの鎌に止められるが、これは当然囮。本命は右手の不髭切。


――――Skill Chain《 旋風斬 》――

――――Form Change《 真紅の大盾 》――


 片手で放つ《 旋風斬 》が姿を変えた盾に止められ火花が散る。だが、当然の如くここでは止まらない。


――――Skill Chain《 旋風斬・二連 》――


「か、はっ!」


 軌道を変えた二段構えの攻撃に盾だけでの対処は不可能だ! 一回見せただけで対応できるもんじゃないっ!!

 二段目の《 旋風斬 》が命中し、ロッテの体勢が崩れた。

 続けて放つのはとどめの一撃。先ほどお膳立てされて習得したスキルだ。あのスキルの詳細は分からない。だけど、朧気ながら正体は分かる。

 あれはおそらく< 童子の右腕 >の力を借りて放つべきスキルだ。今の俺だけでは足りない、鬼の力を爆発させて放つ刀術スキルに違いないと、何故かそう感じた。

 左手のブロードソードを投げ捨て、全力でそれを放つべく両手で不髭切を握る。このまま決めてやる!!


――――Form Change《 真紅の魔棘 》――


 追撃の一撃を放つ中で、ロッテの鎌が再度その姿を変える。

 伸びてくる棘は俺への直撃コース。だが、《 飢餓の暴獣 》の再生力があれば問題ない。そんな悪足掻きで止まるつもりなどないっ!!

 全身を貫く棘を無視してそのまま鎌の本体部分へ喰らいつけっ!!


「らああっっ!!」


――――Skill Chain《 食い千切る 》――


 その攻撃で、ここまでで散々削りに削った鎌の耐久値が消し飛んだ。口の中はズタズタだが、これくらいなんでもない。

 耐久限界を迎え粉砕する鎌の裏側から、それを見つめるロッテの姿が見える。

 三度目の横回転を加え、最後の一撃を放つ準備は整った。《 飢餓の暴獣 》と< 童子の右腕 >、そして< 不髭切 >のすべてで放つ渾身の一撃だ。

 スキルの発動に合わせたように、左腕の瘴気が完全に消えるのを感じた。


「これでっ!! 最後だっっ!!」


――――Skill Chain《 鬼神撃 》――


 文句の付けようのない形で、< 不髭切 >がロッテの体へ炸裂する。

 それは、攻撃の瞬間に発動する《 ダイナマイト・インパクト 》と同じ系統のスキル。鬼の力で放たれた攻撃は、《 鮮血姫 》の超再生能力をも超えて、間違いなくロッテのすべてを削り切った。




 最後の一撃を受け、ロッテの小さな体が宙を舞う。

 魔化で霧状に消えていくロッテに、最後の最後で優しい笑顔を見た気がした。



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