第15話「鮮血姫」




-1-




 轟音と共に、相対していた巨大ドールの一体が沈んだ。

 フィロスが何回かやった、魔力線切断と同じ崩れ落ち方だ。マリオネットの名の通り、操っていた線が切れたように、部位ごとが順に動かなくなっていく。

 魔力線を切断できるスキルを持っているのはフィロスだけ。となると、この芸当ができるのはあと一人……事前に《 ドール・マリオネット 》対策として、専用武器を用意していた摩耶だけだ。考えていたよりもずっと早い。……やるじゃない。

 黒尽くめの忍者っぽい戦装束の姿が、崩れ落ちた巨大ドールの足元に着地する。見慣れない片眼鏡を着けているが、あれはなんだろうか。……ああ、《 魔力眼 》の代わりか。フィロスと違って魔力線が見えないもんな。


「摩耶さん……」


 彼女の名を呟くサージェスを見ると、目を見開いている。有り得ないものでも見たような表情だ。

 サージェスの驚いたフリは、いつもかなり大げさに表現された演技だ。演技でないこいつの驚愕の表情は初めて見たかもしれない。珍しいものを見た気分だ。


「遅くなりました」

「来てくれただけで上等だよ」

「いえ、ユキさん。……遅れたのは事実です。面目ない」


 とはいっても、摩耶はほとんど独力だけですべての関門を突破してきたという事だ。

 しかも、時間的に考えて第三関門、第四関門とほとんどストレートで抜けてきたという事になる。それは俺には決してできなかった事で、素直に感嘆する。

 そして、ここにきて《 術式切断 》の武器を持つ摩耶の参戦は大きい。足を止められたフィロスと分担して、ドールへの対応が可能になる。


「サージェスさん」

「はい」


 キッと厳しい表情になった摩耶がサージェスに向き直る。


「引っ叩いてやりたいところですが、それは第四関門で散々やって来たので一言だけ、……"どうだ、見直したか"」

「……ええ、御見逸れしました。見くびっていた事を謝罪します。少なくとも蛙ではないようだ」

「なら宜しい」


 合流したという第二関門で何があったのかは知らないが、そのやり取りだけで蟠りのようなものはなくなったようだ。

 むしろ、元々は相容れない感じだったのに、どこか馴染んだ印象すら感じる。……蛙?


「これで、あなたも立派な変た「それはありません」……それは残念」


 こういったやり取りは変わらないな。


「渡辺さんのそれは……大丈夫なんですか?」

「なんでもねーよ。腕動かないだけだ」

「それもありますが……その杭は」


 ああ、こっちか。あまりに左腕が痛くて忘れてたわ。左腕はずっと引き千切られ続けてるようなもんだからな。杭刺さるのとは比べ物にならない。

 今こうして立っているだけでも、体を引き裂くような痛みが継続している。


「問題ねーよ。もう刺さってるだけだ」


 HP吸収の魔力線も斬ってもらったみたいだし、影響は大してない。


「……だけ、ときましたか」


 杭のほうも痛いのは痛いぞ。もう一つのほうが尋常じゃないだけで。

 というか、俺以外の二人の瘴気はもう大丈夫そうだな。瘴気がかなり薄くなってる。

 俺だけが真っ黒なまんまだ。……むしろ、これ濃くなってないか? ちょー痛いんですけど。泣きそう。




「ようこそ、最終関門へ。"その他の方々"」


 ロッテの声がした方向を見ると、そこは最初の定位置である玉座だ。

 そういえば、先ほどからすべてのドールが静止している。こいつのこれまでの舐めプは、他の連中が来るのを待ってたのか。

 その挨拶もそうだが、馬鹿にし過ぎだ。……それとも反骨心を煽ってるのか?

 周りの連中を見てもどこか空気がトゲトゲしい。相当ヘイト貯めこんでる感じだ。あとから来た五人……特にフィロスの空気がおかしい。遠くてあまり良く見えないが、普段は穏やかな気性のあいつが、ものすごい形相で睨みつけているのが分かる。


「私もまさか全員揃うと思ってませんでした。……時間稼ぎと演出は無駄じゃなかった」


 時間稼ぎとか、はっきり言いやがるぜ。

 ……だけど、演出ってなんだ。俺の知らないところで何かやったのか?


「前哨戦は終わり。ここからは本番と行きましょう」


 ロッテが大鎌を振り上げる。魔法かスキルを使うんだろうが、その演出は必要なのか?


――――Action Skill《 多重召喚陣 》――

――――Skill Chain《 固定召喚陣 》――

――――Action Magic《 サモン:マリオネット・ドール 》――

――――Action Magic《 サモン:スカル・バット 》――

――――Action Magic《 サモン:スケルトン・ウォーリア 》――

――――Action Magic《 サモン:炎纏骸 》――

――――Action Magic《 サモン:骸骨鳥 》――

――――Action Magic《 サモン:スカル・ビショップ 》――


 ロッテの周りに無数の召喚魔法陣が展開され、光が立ち昇る。その光景は、戦闘開始時と同じものだが召喚されるものが違う。

 ドールだけじゃない。これまでの試練で見てきたモンスターが、ドールと同じように出現した。

 なんだ……それは。《 ドール・マリオネット 》だけじゃないのか。そんな情報は聞いていないぞ。

 しかも、奴らは出現したあとも魔法陣が消えない。固定展開された魔法陣から次々とモンスターが吐き出されてくる。

 ドールだけでジリ貧だったんだ。あの量のモンスターをどう対処すればいい。


「……まずいね」


 ユキの状況判断でも同じらしい。ここに来ての大戦力投入とか、どんだけだよあいつ。


「抗いなさい、挑戦者たち。鮮血の試練はここから本番。舞台幕を切り裂き、第二幕を開演しましょう!」


 ロッテが再び鎌を振ると、モンスターたちがゆっくりと動き始める。

 ドールたちの口が、ロッテのそれと連動するように釣り上がり、凶悪な表情に変わった。


 どうする。どうする。このままじゃ物量に飲み込まれる。

 出てくるのは幸いここまでの試練で下級扱いだったモンスターばかりだが、固定された召喚陣から連続で出現するのは厄介過ぎる。

 くそっ、あいつ、冗談じゃなく魔王気取ってやがる。

 考えろ。痛みがひど過ぎてロクに思考が働かないが、ここで思考を放棄したら負けが確定する。


「……ツナさん。私がフィロスさんを拾って魔法陣を破壊して回ります」

「そうか、魔法には違いないから……」


 それなら、後続を抑えられる……のか? だが、ロッテはどうする。

 本気出すと言った以上、あいつが動かないわけがない。あいつをフリーハンドにしたまま、そんな事ができるわけがない。

 さっきまでフィロスが捕まっていたんだ。誰かがあいつを止める必要がある。それぞれの方面に割く戦力比を考えろ。

 摩耶とフィロスは魔法陣の破壊役で決まりだ。そしてロッテを止めるには、一人じゃ荷が重い。

 となると、広範囲で戦闘が展開できるユキ、サージェス、ガウルを遊撃に回してモンスターを警戒……俺とティリア、ゴーウェンでロッテを止める。


「よし、摩耶はフィロス拾って可能な限り魔法陣破壊を優先してくれ。出てくるモンスターは無視していい。俺とティリア、ゴーウェンでロッテを止めるから……」

「待って下さい」


 異議を唱えてきたのはサージェスだ。摩耶も足が止まる。


「あ、摩耶さんは先に出てください」

「あ、はい」

「……なんだ、サージェス」


 摩耶を送り出して、サージェスに向き直る。時間がないぞ。案があるならさっさと言え。


「私がリーゼロッテを止めます」


 正気か、こいつ。一人でアレの相手をするっていうのか?


「そう時間は稼げませんが、その間は魔法陣破壊とモンスター駆除に専念して下さい」

「ちょっ、ちょっと本気なのサージェス」

「……本気です。足止めのあとにデカイの一撃叩き込みますので、それを合図にして反撃開始です」


 この土壇場でサージェスの言葉を疑うわけじゃないが、本当に大丈夫なのか?

 だが、これまでに見た事のない真剣な表情だ。何か必勝の策があるのか。自爆玉砕にしてはおかしいし、信じるべきなのか。


「……分かった」

「はい。ではご武運を」

「むしろそれはお前じゃないのか。……頼んだ」

「はい」


 こいつが作戦の内容を何も言わないのは、時間がない事と、それだと分かる形での合図になるからだろう。

 デカイ一撃と言ったんだ。ちゃんと注意を払っていれば分かる。


――――Action Skill《 トルネード・キック 》――


 サージェスはいつものように、《 トルネード・キック 》で回転しながらリーゼロッテの前まで飛び込んで行く。

 今更だけど、あれ、移動用のスキルじゃないはずなんだがな。


「よし、ユキ、ティリア、ゴーウェン。ガウルと合流して有象無象共を叩くぞ」


 俺たちは無言で頷き合い、ガウルと合流するために走りだした。




-2-




 押し寄せるモンスターの大群と対峙する中、気が遠くなりそうな痛みを感じながら剣を振る。少し体を動かすだけで、左腕から全身が捩じ切れそうな痛みが伝わってくる。

 普通の痛覚なら慣れるだろう。だが、これは普通じゃない。いつまで経ってもその痛みは和らぐことなく、むしろ激しくなっていく。

 いっそ切り落としてしまった方が楽なんじゃないかとも考えたが、おそらく無意味だろう。これは肉体的な感覚じゃない。もっと俺という存在の根源から沸き上がってくる痛みだ。斬り落とそうがそのまま残り続けるような気がする。

 だが、まだ大丈夫。俺はまだ生きている。こんな痛み程度じゃ俺は死なない。

 実質的な傷は猫耳と戦った時ほどじゃない。左腕から伝わってくる痛みはただの感覚的なものだと割り切ればいい。魂が悲鳴を上げようが、その程度なら大丈夫。"俺はそういう風にできている"。


――――Action Skill《 パワースラッシュ 》――


 第一関門で大量に薙ぎ倒したスカルウォーリアを大剣で粉砕する。一体しか倒せていないが、これでいい。戦ってるのは俺だけじゃないんだ。

 少しでも体を動かせ。頭を動かせ。そして、あいつの首を取るための力を溜めろ。

 サージェスが気にかかるが、雑魚相手ならこの面子でも十分過ぎる。手分けしてもいいくらいだ。

 ここで俺がやるべき事は、雑魚を蹴散らす事じゃない。自分に何ができるかを見極める事だ。


――――Action Skill《 ハイパワースラッシュ 》――


 くそ、やはりスキルは単発しか出せない。始動技としての上位スキルは出せるが、そこで止まってしまう。

 《 パワースラッシュ 》から《 ハイパワースラッシュ 》《 マキシマムパワースラッシュ 》と続く剣技は、剣カテゴリであれば出せる技だから出せて当たり前だ。だが、こんな単発技じゃロッテは斬れない。止められて終わりだ。

 俺以外があいつを仕留める方向で検討してもいいんだが、あいつは俺に執着している。どこかで必ず前に出る必要が出てくるはずだ。

 さっき感じた感覚は間違いじゃない。俺はこの感覚を……戦い方を知っている。右腕一本で戦う方法を知っている。

 だから、できないわけがない。魂にまで刻み込まれた《 片手武器 》のギフトは伊達じゃないって事だ。


[ スキル《 豪腕 》を習得しました ]


 ……ほら来た。


「ぅらあああっっっ!!!」


――――Action Skill《 ストライク・スマッシュ 》――


 片手持ちの大剣から有り得ないはずの大剣用スキルを放ち、骨を叩き斬る。

 《 豪腕 》の詳細効果は分からないが、こういう効果だろうという事は確信していた。

 ゴーウェンもティリアもガウルもこれに気付いていない。自分関連のスキル以外では気付き難いだろう。ユキだけが、それに気付いたのか目を見開いている。『なんで、片手で両手武器用のスキルを使えるの』と訴えかけている。

 詳細は分からないので、『さあな』と目で返しておいた。今は目の前に集中しろよ。

 ひょっとして、これが《 念話 》だったりするんだろうか。……違う気がする。


 推測するに、カラクリは俺のギフトだ。《 片手武器 》じゃない。《 片手武器 》はただの大カテゴリの武器技能スキルだ。《 剣術 》などより広い範囲をカバーするスキルに過ぎない。……もちろん《 近接戦闘 》でもない。

 俺の知らない、謎のギフトがさっきから発動している。読み方の良く分からない"これ"が、今必要な力を生み出している。俺の力の根源であると感じるのだ。おそらくこれが、俺が保有する大量のスキルと密接に関わっている。これまで潜り抜けてきた、死を手前にした極限での戦いに寄与している。このギフトが、これまで俺を死地から生き延びさせてきたのだと。


 左腕から伝わってくる死の気配の影で、チラチラと美弓の姿が浮かぶ。今のハーフエルフのミユミじゃない。前世の岡本美弓の姿だ。


『だってほら、フラグへし折るの得意じゃないですか』


 得意じゃねーよ。意地張って折って来たんだよ。そんな簡単に言うんじゃねーよ。

 でも、必要ならそれくらいやってやるよ。だからそんな泣きそうな顔するな。

 片腕がない程度で、俺が大人しくなると思ったら大間違いだ。今の俺なら、片腕だけで丸太だって振り回してやる。

 宿敵のはずの茨木童子の腕なんだ。鬼の腕ならそれくらい朝飯前だ。

 渡辺綱と茨木童子、どっちも元ネタと関係のない偽物だ。だが、本物じゃなかろうがそんな事はどうでもいい。今は関係ない。経緯はどうあれ、"そう在れ"と名付けられたものなんだから、俺は渡辺綱でこの右腕は茨木童子の物なんだ。

 < 暴虐の悪鬼 >なんだから、鬼を飲み込むくらいの度量は見せろ。渡辺綱の宿敵だろうが、宿敵と共闘なんて燃える展開じゃねーか。


 この右腕は味方だ。ロッテのにやけ面をぶん殴るために用意されたものだ。そう運命付けられて用意された物だ。

 そう。アーシャさんも言っていたが、タイミングが良過ぎる。ロッテじゃないが、"運命的"過ぎるんだ。

 この腕だけじゃない。アレもコレもすべて。何もかもが用意されたように、誰かの手の上で踊らされているようにも感じる。

 迷宮都市に来てから……ひょっとしたらそれよりも前から、何者かが用意したレールの上を走らされている気がしてならない。

 この謎のギフトもそうだ。

 今、こうして左腕の瘴気を通して初めて分かる。記憶なんて思い出せない。前世の渡辺綱が、どんな因果で左腕を失ったかなんて分からない。

 でも、その向こうで俺を呼ぶ声がする。誰かが無限の向こうで手招きしてる。そう感じる。

 だが、必要ない。そんなもの用意されなくたって俺はそこへ行く。お前が用意したレールなんて必要ない。この"茶番染みた訓練"程度、軽く乗り越えてやる。


「らあああっ!!」


 何体も、何体も群がるモンスターを叩き斬っていく。体は動く。無理矢理でもなんとか動く。だが、この戦いにおいて左腕が動くことは期待しないほうがいいだろう。右腕だけでなんとかするしかない。宿敵との初めての共同作業ですってな。


――――Action Skill《 ブリザード・ブレス 》――


 ガウルの噴き出したブレスで、群がってきた炎纏骸がまとめて凍りつく。まともに攻撃の通じない相手だ。たとえ一人でも対処できるのは助かる。


「舐めんな。今の俺なら《 溶岩弾 》だって凍らせてやる。……再使用まで時間がかかるから、一発くらいならな!」


 条件付きだろうが、そんな事を言えるのは大したもんだよ。アレを見ていない他の連中には分からないだろうが、実体験した俺たちにはそれが如何にすさまじい事か分かる。俺にはたとえ虚勢だろうが言えやしない。まともに戦闘できてない俺に比べて、なんて頼もしい事か。

 ガウルだけじゃない。ユキやゴーウェンが俺以上に敵を蹴散らしてくれる。

 ティリアは俺を庇うのに必死で、もうMPだって残り少ないはずなのに、合間合間でちゃんと回復魔法をくれる。

 みんなの力でここに立たせてもらってるって気がする。この試練を通して、なんよりそれを感じた。

 本質が茶番劇だろうが、そんな事は関係なく勝ちたいと思う。……そう思う。




-3-




「おおおおおっっっ!!」


――――Action Skill《 パージ 》――


[ ナレーション ]

 サージェスの《 パージ 》とは、己の武装をモラルともにすべて脱ぎ去る事によって羞恥心を煽り、自己の身体能力を爆発的に向上させる必殺技だ。

 究極のマゾヒストが服を脱ぎ去る事により、今ここに最強の変態が降臨する!


 来たか……。例のナレーションと共に、サージェスのスキル発動がメッセージに出力された。

 予告通り、これまで足止めしかしていなかったようだが、ここから何かが始まる。

 見ると、黒い瘴気に包まれた半裸の男が一人、ロッテと対峙している。


「あわわわわわ……」


 目の前で突然脱ぎだした変態にロッテがたじろいでいる。魔王染みた威厳がいきなり消失した。

 反対に俺たちは皆慣れたもので、誰一人取り乱したりしない。冷静だ。……慣れって怖いね。むしろ、規制がかからないダンジョン内で何故 フル・パージ じゃないんだと、不思議に思うくらいだ。ナレーションさんも、何やらいつもの元気がない。

 まさか、まだ本番ではないというのか。……そうか、至近距離で再度 パージ をして二度驚愕させる作戦だな。考えてるじゃないか、サージェス。


――――Action Magic《 ブライト・マッスル 》――


 しかし、続けて発動するのは謎のスキル。突然、サージェスが輝き出した。一体なんだあのスキルは。


「あ、あの魔法は……」

「知っているのか、ら……ユキさん」

「あれは< マッスル・ブラザーズ >の人たちが使う《 シャイニング・マッスル 》の下位互換魔法。……とうとう習得したのか」


 まさか、そんなスキルを習得していたなんて……。馬鹿じゃねーの。なんで一番最初に覚えるのが筋肉光るだけの魔法なんだよ。

 でも、ロッテは目の前で何が起きているのか分からずにパニックだ! 効果は抜群だ!!


「さあ見ろリーゼロッテ! これが私の新必殺技だ!!」


 "新"必殺技だとっ!!


――――Action Skill《 ナチュラル・パージ 》――


[ ナレーション ]

 説明しようっ! サージェスの《 ナチュラル・パージ 》とは、乙女のような恥じらいとともに自らの手でパンツを下ろす事により更なる羞恥心を煽る超必殺技だっ!!

 あまりの自然な脱ぎっぷりに誰も彼を止める事はできないっ!! 究極のマゾヒストは最強の変態を超え! 今ここにっ! 伝説となるっっっ!!


 ただ普通に脱いだだけじゃねーか!!


「いくぞおおおっっっ!!」


――――Action Skill《 トルネード・キック 》――


 そのあまりの惨状を目にし、ロッテは極度にパニックに陥ったようだ。他のモンスターたちはともかく、ドールの動きが完全に止まった。

 全裸で錐揉み回転しながら突っ込んでくるド変態……いや伝説に対して、ロッテは黒い翼を広げ――


「いやあああああっっっ!!」


――空中に逃げ出した。うん、それは逃げるわ。

 貫禄も何もないけど、それは正解だ。魔王からは逃げられないけど、魔王側から逃げ出しちゃ駄目なんて言ってないしね。

 ロッテが空中に逃げ出した事で、サージェスの《 トルネード・キック 》は空振りに終わる。

 だが、奴がそれを想定していないはずがない。奴は一般人がどう反応するか熟知している変態だ。……タチが悪いな。


「逃がさんっっ!!」


――――Skill Chain《 トルネード・ターン 》――


 サージェスはロッテの遥か後方の柱に着地、それを足場にして、空中のロッテに向けて方向転換を行った。

 だが、ロッテの翼は自在に空中移動が可能だ。これでは少し移動されただけでまた避けられる……


――――Skill Chain《 ホーミング・シュート 》――


 ……いや、あいつは自分の体を弾丸に見立て、自動追尾のスキルを発動させた。

 あれは弓矢などで使われる射撃スキルだ。なんで習得しているのかは知らないが、まさか、あんな使い方があったなんて……。

 これなら、大きく避けられなければロッテへ命中だ!!


「く、く、来るなっ!! 変態っっ!!」

「ありがとうございますっっ!!」


 追尾する変態に対して、追い詰められたロッテが取った対応は迎撃。その鎌で弾丸のように迫るド変態を撃ち落としにかかる。


「舐めるなぁっ!!」


――――Skill Chain《 パリィイング・キック 》――


 空中、それも回転しながらの状態であるにも拘らず、サージェスはその鎌を脚で振り払う。

 その影響でロッテの眼前に大股開いた事になるが、そんなのは些細な事だ。ここからでは瘴気で良く見えないし問題ない。

 サージェスの猛追は続く。脚は止められたが、上半身はフリーだ。そのまま鎌を足場にして拳打を放つ。多少不安定だろうが、スキルが体勢補助をしてくれるからできる芸当だ。


――――Skill Chain《 マグナム・ストレート 》――


「がっ!!」


 腹部へ放たれる閃光のような右ストレート。ここに来て、ロッテに初めてダメージが通った。


「まだだっ!!」


 それでも終わらない。サージェスは足場にした鎌を蹴り、そのまま縦に一回転。


――――Skill Chain《 ローリング・ソバット 》――


 縦回転のソバットでロッテを地へ叩き落とす。


――――Skill Chain《 ドラゴン・スタンプ 》――


 更に連携して、空中で踏み付けスキルが発動した。このまま、落ちたロッテを追撃してフィニッシュだ。

 やってくれる。まだ晒していない情報を最大限に活かしたコンボだ。

 だが、ド変態の切り札はまだ終わっていなかった。


「これでっ!! 終わりだっっ!!」


――――Final Attack《 インモラル・バースト 》――


「なんだ!?」


 終わりかと思ったら、まだコンボが続く。《 ドラゴン・スタンプ 》はまだ直撃していない。まさかこれは、《 ダイナマイト・インパクト 》のような重ね技……


[ ナレーション ]

 説明しようっ! サージェスの《 インモラル・バースト 》とは、極限まで高められた性的興奮を爆発力に変えて放つ究極奥義だっ!!

 放ったら最後、賢者モードへと移行するが、その爆発力は正しく究・極!! これこそ究極なのだっ!!


「おおおおおおっっっっ!!」


 空中から、爆発したかのような音を響かせて、ロッテを踏み付けにする。

 真似したくねーけど超すげえ、この一連のコンボだけでロッテのHPは三分の二を割った。魔術士相手とはいえ、一連のコンボだけでボスのHPを削り取りやがった。

 そんなわずかな時間で繰り広げられた一連の戦いを、モンスターの群れに揉まれながら脳内実況していた。色々ひどかったが、間違いなくあれが合図だ。

 ユキと無言で頷き合う。そこにあの惨劇に対する動揺は見られない。このままサージェスに合流してロッテを畳みかける!




-4-




 モンスターを放っておくわけにもいかないので、最低限の戦力として、ガウルとティリアを抑えに回しロッテの元へ駆ける。

 二人には、モンスターたちがロッテへ救援に向かえないよう対応してもらう。走るのは俺とユキとゴーウェンだ。

 新人戦の時はタイミングを見誤ってしまったが、今度はもう間違えない。


――――Action Skill《 ブースト・ダッシュ 》――


 先行して飛び出したのはユキだ。《 ドラゴン・スタンプ 》の影響で、クレーター気味に地面が崩壊した場所まで駆ける。


「たああああっっ!!」


――――Action Skill《 クロス・スラッシュ 》――


 炎と煙で視界は最悪だ。状況は確認できないが、飛び込み様の一撃。

 サージェスの状況も確認できないから巻き込みかねないが、いっそまとめて斬ってしまいなさい。


「かはっ!!」


 上がったのはロッテの声だ。今なら攻撃も通るはずだ、急げ!!


――――Skill Chain《 シャープ・エッジ 》――

――――Skill Chain《 ラピッド・ラッシュ 》――


 《 クリア・ハンド 》を使用しての多方面からの同時攻撃だ。ただ一人先行する中でその判断は正しい。だが、サージェスは何をやっている! さっきから動きがない。


「く……こんのおっっ!!」


――――Action Skill《 クレセント・エッジ 》――

――――Skill Chain《 サイクロン・ラッシュ 》――


 あまりの状況に焦り出したのか、声を上げて大鎌を振り回すロッテの姿が見えた。

 その大鎌の刃は高速で曲線を描き、鎌鼬の如くユキを追い詰める。だが、ユキの動きは止まらない。

 致命傷には至らなければ問題ないと、鎌の一閃をギリギリの軌道で躱し、再度攻撃を叩きつける。

 極限の集中状態に入ったのか、残像でも残しそうな勢いで刃の嵐を潜り抜けていく。

 一瞬視界に入ったあいつの目が赤く光り、残光が揺らめくのを確認した。何か新しいスキルでも発動したのかもしれない。


――――Action Skill《 黒翼翔 》――

――――Action Magic《 ファイア・アロー 》――


 苦し紛れなのか、複数の火の矢を牽制として翼を展開。脱出するつもりだ。

 後ろに飛び退いたロッテに対し、ユキは火の矢が迫るのも無視して複数のナイフを投擲。


「ぐっ!!」


 火の矢をモロに浴び、ユキの動きが止まる。

 だが、ほとんど捨て身だろうが投擲したナイフは届いた。数本だけだが、確かにそれはロッテの体に突き刺さる。

 一瞬だけでも足が止まれば十分だ。飛ばれさえしなければ、その後ろには俺とゴーウェンがいる。むしろ距離は縮まったのだ。

 その一瞬はユキが俺たちを信じてお膳立てした一瞬だろう。ここまで追い詰めたんだ。このまま仕留めろ!!


「らぁあああっっ!!」


――――Action Skill《 ストライク・スマッシュ 》――


 片腕だけでグレートソードを振り回し、上段からロッテに叩きつける。

 久しぶりに至近距離で見るその表情は驚愕だ。片腕で両手剣スキルを使ってくるのに気付いたのかもしれない。


――――Action Skill《 サイクロン・ラッシュ 》――


 それを迎撃すべく放たれる大鎌。火花を放ち、俺の《 ストライク・スマッシュ 》が止められた。

 先ほど見せたそれは連続攻撃で、俺が放つスキルが単発のままならそれで終わりだ。だが、俺がいつまでもこのままでいると思うな。


「だあああっっ!!」


――――Skill Chain《 パワースラッシュ 》――


 《 サイクロン・ラッシュ 》の二撃目に向けて、久しぶりのスキル連携を発動させる。やはり俺は本番に強い子だ。

 片腕だけで大剣を振り回すその姿は不格好だろう。どうしても攻撃が大振りになる。繋ぎが甘くなる。

 だが、得物の大きさはあちらも同じだ。不格好な動きでもタイミングを合わせて、無理矢理でもその連撃を押し込めろ!!


――――Skill Chain《 ハイパワースラッシュ 》――

――――Skill Chain《 マキシマムパワースラッシュ 》――


 続く三撃目、四撃目を綱渡りのような連携で打ち払うと《 サイクロン・ラッシュ 》の連続攻撃が止まった。四撃で打ち止めだ。

 俺のスキルも中断、硬直で足も止まったが、それはロッテも同じだ。そして、俺の後ろには頼れる巨漢が控えてる。


「おおおおおおっっ!!」


――――Action Skill《 ハンマー・クラッシュ 》――


 空気が震えるような雄叫びを上げ、動きが止まったロッテに巨大なハンマーが振り下ろされる。

 何かゴーウェンが叫んでるぞ、おい。


「チィッッ!!」


――――Form Change《 真紅の大盾 》――


 初見のシステムメッセージが出力され、鎌の形状が変化する。

 動けないロッテに対し、必殺に近い勢いで振り下ろされたゴーウェンのハンマーが、形状を変えて動き出した鎌によって遮られた。

 その形は禍々しく歪だが盾だ。衝撃は受け止めきれてはいないが、ダメージは通ってない。

 これはスキルじゃなく、あの鎌の特殊能力だ。鎌の機能が自動起動したのか。


――――Skill Chain《 削岩撃 》――

――――Skill Chain《 粉砕撃 》――


 止められた《 ハンマー・クラッシュ 》に続きスキルを発動するが、その尽くが盾によって遮られる。

 別に盾に向けて同じ方向から攻撃を繰り返してるわけじゃない。方向を変え、軌道を変えて攻撃するも、盾がその度に形状を変えて受け止めてしまう。

 ロッテが動かしているわけでもないのに、攻撃に合わせて自動で形状変化するあの盾は厄介だ。

 ……ならそれをぶち壊す!!


「合わせろっ!! ゴーウェンっっ!!」

「おおおおおおっっ!!」


 俺の意思は伝わった。そう感じた。同じ事を考えるはずだと確信した。


――――Skill Chain《 シールド・ブレイク 》――

――――Action Skill《 瞬装:グレートハンマー 》-《 シールド・ブレイク 》――


 酷使し過ぎたせいで、もうほとんど耐久値がないグレートハンマーを取り出し、あの盾を破壊すべく《 シールド・ブレイク 》を発動。

 ゴーウェンもちゃんと合わせてくれた。ほとんど同時に盾破壊技がロッテの盾を襲う。

 ゴーウェンの《 シールド・ブレイク 》は命中。バラバラになった俺のグレートハンマーも、確かに盾の耐久値を大幅に削り取る感触はあった。

 ……だが足りない。スキルレベルの問題なのか、武器ランクの違いなのか分からないが、破壊するには明らかにダメージが足りていない。

 いらんところで、新人戦で俺の武器を次々粉砕していったアーシャさんの化物っぷりが実感できた。


――――Form Change《 真紅の魔棘 》――


 再び、盾が形状を変える。今度は棘だ。無数の棘が盾の表面から放射状に延びてきた。


「ぐがっ!」


 その棘は、スキル発動直後でロクにガードもできない俺とゴーウェンの体前面複数箇所に突き刺さる。

 くそ、色々面白ギミック付きの武器だな、おい。間違いなくユニーク装備だろ。

 ……まさか《 不壊 》ついてないよね。いや、耐久度は確かに削ったはずだ。


――――Action Skill《 シールド・ブレイク 》――


 棘が刺さるのもお構いなしに、ゴーウェンが再度ハンマーを振り下ろす。

 狙いは盾だ。それは変わらない。あれが無くなれば、一歩あいつを追い詰められる。


――――Action Skill《 黒翼翔 》――


 そんな事はお構いなしに、ロッテは盾を目隠しにして再度翼を展開した。武器を捨てる気か。逃げられる!!


――――Action Magic《 ファイア・アロー 》――


「ぐあああっっ!!」


 扇状に無数の炎の矢がばら撒かれた。至近距離にいた俺たちは、その内のいくつかをまともに受けてしまう。

 対象を見ずにできる限り広範囲に渡って発動したのか、適当な方向にも飛んでいるが、俺とゴーウェンが範囲内にいるのは間違いない。

 体の表面だけでなく奥まで突き刺さり、燃え広がる感覚。

 第二関門の《 溶岩弾 》に比べたら大した事のない攻撃で、左半身の痛みの方が遥かに上だ。こんなもん火傷程度に過ぎない。

 ……それでもダメージはある。動きが止まる。


「く、そ……」


 顔を上げればロッテの姿はそこにはない。逃げられた。千載一遇のチャンスを逃してしまった。




-5-




「……とんでもない、ジョーカー、……抱えてますね」


 さすがにアレは予想外だったのか、ロッテの息は絶え絶えだ。その後の連続攻撃のダメージもあるだろう。

 それでも健在には違いない。横から飛んで来たユキの投げナイフも翼で弾かれた。


――――Action Magic《 ファイア・アロー 》――


 一旦距離が離れてしまうと、近付くのは容易じゃない。

 無数に展開された炎の矢が行く手を阻む。一発一発は大した事がないが、発射される度に補充されるそれは厄介極まりない。進もうにも距離を詰められない。くそ、一旦仕切り直すしかないのか。

 周囲を確認すれば、モンスターの数が減っている。フィロスたちが破壊して回ったのか固定魔法陣も残り少ない。状況は俺たちに傾いているはずだ。


「……本番開始と言いながら、いきなり大誤算でした。それは認めます。……もう出し惜しみもしない」


 再度ロッテの周りに光の柱が立ち昇った。せっかく破壊したのに、また召喚か。これじゃイタチごっこだ。


――――Action Skill《 高等召喚陣 》――


 違う。さっきのとは広がっていく光の大きさがまるで違う。桁違いだ。

 おい、ちょっと待て、その大きさは……。


――――Action Magic《 サモン:スカル・ドレイク 》――

――――Action Magic《 サモン:スカル・ジャイアント 》――

――――Action Magic《 サモン:火炎骨竜 》――

――――Action Magic《 サモン:ラーヴァゴーレム 》――

――――Action Magic《 サモン:亡霊騎士 》――


 これまでの各関門で戦ってきた大型種が姿を現した。

 使い捨てなのか魔法陣は残っていないが、それでもこいつらを同時に相手しろっていうのか? 火炎骨竜とラーヴァゴーレムなんて、近付く事もできない相手なんだぞ。


「くそ、仕切り直しだっ!! 合流するぞっ!!」

「ほらっサージェスっ!! 一旦逃げるよ。ほら、動けーっ!!」

「……あ、は、はい」


 何やら放心状態のサージェスだが、ユキが腕を引っ張り移動を開始する。


――――Action Skill《 暴風陣 》――


 いや、そんな必要はなかった。召喚直後からすでにスキル発動体勢に入っていた亡霊騎士が《 暴風陣 》を発動。

 俺たちはロッテと五体の大型モンスターを中心とする暴風に煽られ、バラバラに吹き飛ばされた。

 第三関門とは違う。これはただの《 暴風陣 》だ。地に足をつけて踏ん張れば、吹き飛ばされる事はない。いや、いっそ距離を離すために風に乗ったほうがいいのか? ゴーウェンはその場に踏み止まったみたいだが、ユキは飛ばされた。距離的には俺は真ん中あたりで判断が付かない。

 そんな事を考えていた直後、ロクに体勢も整えられない状況で、俺の脇を《 溶岩弾 》らしき巨大な火の玉が飛んでいった。

 風に乗り、慌てて回避するが《 溶岩弾 》は風などお構いなしに行く先の構造物……柱などを粉砕し溶解していく。

 その先に誰もいない事は確認できたが、あんなものをまともに喰らってたら一発で蒸発だ。防ぐ手はない。

 くそ、どっちとも距離が離れすぎた。


 これまで次々と後続を出してきたロッテだが、これ以上は無いはずだ。あれだけHPを追い詰めた以上、護衛として出せるものがあるなら投入してこないはずがない。

 だが、最後の最後で出てきた奴等が凶悪過ぎる。


――――Action Magic《 ガトリング・フレイム 》――


 ロクに体勢も整えられないまま、そのシステムメッセージが出力され、風の中心から炎の弾丸が飛んでくる。

 くそ、あいつは台風の目にいて風の影響を受けないから、狙いさえ気にしなければ何も問題がない。そりゃ広範囲攻撃は最適だろうさっ!!


「くっ!!」


 狙いなど定めず、全周囲に向けて放たれるロッテの《 ガトリング・フレイム 》。

 躱せ。躱せ。強風で足元も覚束ないような状態だが、決して躱せない距離じゃない。フィロスみたいに至近距離での発動じゃないんだ。なんとかしてみせろっ!!

 さっきこれを止めたのはガウルの《 ブリザード・ブレス 》だ。あいつはどこだ……遠過ぎる。距離が離れすぎてて支援が望めない。それどころか、あいつの前に火炎骨竜が迫っている。一緒にいたティリアはどこ行ったっ!? 全体の位置関係が把握できない。

 ひたすら走り、迫る炎の弾丸を躱し、回避が不可能なものは《 瞬装 》で盾を展開して受け流す。《 溶岩弾 》じゃどうしようもないが、この程度なら普通の盾でも防げる。誘導されてるって事はないだろうが、ジリ貧だ。合流もできやしない。


「ツナぁっっ!!」


 遠くからユキの叫ぶ声が聞こえた。なんだっ!?

 次の瞬間、俺の周囲に巨大な影が差す。周りには敵はいない。上だっ!! 遥か上空から、スカルドレイクの巨体が降ってきた。

 馬鹿な。こんな距離を跳んできたっていうのか! ヤバイ、躱せっ!!

 慌てて飛び退き、転がりながらスカルドレイクのプレスによる追撃を回避する。ユキの声がなかったらぺしゃんこだ。


――――Action Magic《 ブラッドペイン 》――


 転がるように体勢を整えた直後、発動する魔法。それは第一関門で散々喰らった状態異常攻撃だ。くそ、幻痛くらいなら……


「ぅぎっ!!」


――恐怖効果のレジスト失敗――

――状態異常・恐怖が発生――

――幻痛効果のレジスト失敗――

――状態異常・幻痛が発生――


 痛みと共に、抵抗できない恐怖が湧き上がるのを感じる。恐怖感に煽られ、スカルドレイクの巨体が更に大きく、伸しかかるように迫ってくる。

 レジストに失敗した?! 馬鹿なっ、メンタルリングは……。


「しま……っ!?」


 ……メンタルリングを装備した左腕は丸ごと黒い瘴気を覆われたままだ。四肢欠損した場合と同じで耐性効果が無効化されている。

 ヤバイ。ここまで失念してた。この土壇場でドンピシャの攻撃を加えてきやがった。

 だが、感じる恐怖の異常効果はさほど強くない。

 叫べ! いつかみたいに恐怖を塗り潰せっ!! あの時にできた事なら、今の俺ならなんでもない事だっ!!


「ぉぉおおおおおおっっ!!」


 雄叫びを上げ、視界に色が戻るのを感じた。体は……動く。

 だが、動けるようになった俺の眼前には、突進を仕掛けてくるスカルドレイクの姿がある。ちか……過ぎる。速過ぎるっ! 回避できないっ!!


「ぐああああっっ!!」


 モロにスカルドレイクの突進を喰らい、吹き飛ばされる。

 くそ、痛えっ! 全身がバラバラになりそうだ。だけど舐めるなっ!! この程度のダメージでくたばってたまるかよ。

 バウンドしながら地面に叩きつけられ、次の攻撃に対応するために立ち上がる。

 よし、スカルドレイクとの距離はまだ開いてる。これなら……


「なっ……に……」


 だが、その更に後ろに迫るものを見て、俺の体は状態異常にかかったわけでもないのに、全身が恐怖で強張った。

 スカルドレイクを射線に巻き込む形で《 溶岩弾 》の巨大な炎が迫っている。

 すでにそれはスカルドレイクの体を半分飲み込み、俺をも飲み込もうと迫り続けている。

 回避。回避ったって、この距離でどこに避けろっていうんだっ!! ガードしようにも、俺の盾じゃ数秒も持たない。


「くそおおおっっ!!」


 ……死を覚悟した。




――――Action Skill《 インターセプト・ガード 》――


 ほとんど棒立ちだった俺の前に立ちはだかるのは鎧姿。

 スカル・ドレイクごと、《 溶岩弾 》に飲み込まれる寸前だった俺の前に、ティリアが割り込んできた。

 窮地を救ってもらったのは今日二度目だが、いくらなんでも無茶だ。いくらお前が盾役だろうが、属性防御がなきゃそれは防げない。やめろ、逃げろ!


「ぐっうぅぅぅぅっ!!」


 俺を庇ったティリアの巨大な盾が泥のように溶解を始める。盾だけじゃなく直接受けていない鎧までもが溶け出しているのが分かる。


「た……ては、落ちるなら誰よりも先です。これほどの難易度の最終戦で、生きて抜ける事など端から考えていないっ!!」


 振り返ったその目は、俺に残れと必死に訴えていた。

 しかし、《 溶岩弾 》はお前を飲み込んでも尚、俺を溶かし尽くすだろう。このままじゃ無駄死になんだ。


「一人でも残れば……勝ち……だぁああっっ!!」


 駄目だ。そんなのは駄目だ。そんなのは許さないっ。


――――Action Skill《 インパクト・ガード 》――


 吠えるティリアがボロボロの盾で《 インパクト・ガード 》を発動した。ロッテの炎の矢と違い、《 溶岩弾 》は魔法じゃない。

 ……そう、この瞬間、たとえ一瞬でも急激に盾の防御力が上昇した。


「だあああああっっっ!!」


 その瞬間を狙い、盾を踏み台にして右手でティリアの体を抱えて翔ぶ。

 熱が全身を襲いティリア諸共焦げ付いていくのが分かるが、こんなものでやられてたまるかっ!!

 飛び退くスピードが足りない。もっと距離をくれっ!



『この《 クリア・ハンド 》って、上に乗れたりしないのか?』



 思い出すのは、つい最近ユキに言った自分の台詞だ。あの時、ユキからは《 クリア・ハンド 》では一時的な足場にしかならないと言われた。


「瞬そおおおっっ!!」


 その時頭に浮かんだのは、普段なら考えもしないような奇天烈な発想。やった事も試した事もないが、今なら、この土壇場ならできる気がした。

 一時的な、使い捨ての足場なら俺にだって用意できると。


――――Action Skill《 瞬装:タワーシールド 》――

――――Action Skill《 瞬装:タワーシールド 》――


「だあああっっ!!」


 両足元にタワーシールドを展開し熱を遮断、急造の足場を作る。そのまま思い切り盾を踏み付け、大きく飛び退いた。


「がっ! はっ!!」


 《 溶岩弾 》が抜けていく脇を転がるように着地する。ティリアはほとんど放り出す形になったが、それくらい許せ。

 くそ、やはりあのラーヴァ・ゴーレムだけは別格だ。奴だけはたとえ一匹でも落とせる気がしない。どんな化物だ。


「は……ははっ、生き残っちゃいました」


 当たり前だ。あれくらいで死なせてたまるか。腕全体が大火傷でもう戦えそうにもないが、ティリアだったらまだ回復手段が……



「残念でした」


――――Action Skill《 真紅の血杭 》――


 横たわるティリアの体を真上から複数の杭が貫き、地面に張り付けにされた。

 上空に目をやると、そこには黒い翼を広げたロッテの姿が浮かんでいる。こんなに接近されるまで気付かなかったのか。


「あ……ああ……」


 か細い声を上げながら、ティリアの体が霧と化していく。HP全損じゃない。これは死だ。ここまで進行してしまってはもう助からない。


「ロッテ……」


 上空のロッテを睨みつける。


「回復役から潰すのは常套手段でしょう? ……これであと、七本」




 玉座奥の巨大な燭台から、一つ炎が消えた。



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