第12話「真紅の玉座」




-1-




 最上階のボスに到達して三回失敗した。

 最初は為す術もなく吹き飛ばされ、その次は抵抗して吹き飛ばされ、最後は対策をとろうとして失敗、やはり吹き飛ばされた。飛ばされてばかりだ。

 《 暴風陣 》が凶悪過ぎる。大したダメージなんかないのに、ステージの特性と組み合わさって反則じみた性能に昇華されている。

 だが、これまでの戦いで相手の行動パターンと対策はある程度固まっている。ユキが事前に戦っているのが大きかった。

 この戦闘は開始直後の行動ですべてが決まる。慣れてきたユキなら次でスカル・ビショップを止められるし。あいつを止められれば、《 暴風陣 》の中心部で戦える。

 次こそはなんとかなりそうだ。




 待機部屋で燭台を見ると、第二関門で止まっていた二本の内、一本が短くなっていた。……これはガウルだ。

 ちゃんと突破できたのだと喜んだのだが、ここにはいないという事は、もう一つの方のステージに飛ばされたのだろう。

 となると、こちらに飛ばされるのは必然的に摩耶になるわけだが、まだ進めてはいないようだ。ガウルが突破した事で何か影響を受けるにしても、これから待つというのはちょっと難しい。

 先行してるサージェスが気になるし、次あたり突破できそうだというのもある。

 そのサージェスはすでに第四関門を突破したようで、蝋燭が極端に短くなっていた。

 第四関門突破で即最終戦になるかどうかは分からないが、これは急ぐべきだろう。


「僕がここまでで書いた攻略メモを、摩耶向けに残しておくよ」

「ここって利用の度にリセットされるんじゃないのか?」


 水はよく分からんが、ロープなどは毎回補充されてるし。


「時間制限に間に合わなくて水の容器を忘れた時は残ってたから、大丈夫じゃないかな。駄目でもやれる事はやっておいたほうがいいよ。摩耶だったら一人でも突破できる気がするし」

「そうだな。俺たちにはもう不要なメモだ」


 ここで集めた情報はすべて頭と体に染み付いている。ある程度なら目を瞑っても行けそうだ。

 たとえわずかな可能性でも、あとから来る奴の助けになるというなら残しておくべきだろう。




 再び挑戦が始まる。

 [ 尖塔の間 ]下層の突破はもう慣れたものだ。最初にユキが言った通り、ここで吹く風など今となってはそよ風のようなものだ。移動の妨げになどならない。走り抜けるだけで終わる。

 中ボスのスカル・ビショップも問題ない。二人がかりで瞬殺だ。最上階の暴風対策としてユキが想定している《 ブーストダッシュ 》で発動前に初撃を叩き込み、それに俺が続く形でスキル連携させる事で、魔法を使う間もないまま終わる。

 問題だった上層。暴風の中を進む超高難度アクションゲームだが、これも徐々にタイムが縮まってきた。開き直って始めた、壁に剣を刺して体勢を整えつつの移動が、結果的にタイムを縮める結果になっている。場合によってはロープのフックをそのまま突き刺す事もある。

 ユキは呆れた顔をしていたが、俺はお前のほうが有り得ないと思っているぞ。そのバランス感覚はちょっと異常だ。そろそろ壁走りとかしないだろうな。


「この《 クリア・ハンド 》って、上に乗れたりしないのか?」


 《 クリア・ハンド 》の手で器用にピックを突き刺すユキに聞いてみる。

 乗れるなら足場になるし、そのまま持ち上げて飛んでいけそうだ。できるなら俺も乗せていって欲しい。


「一瞬の足場くらいになら使えるけど、力が足りないね。いつかはできるようになるのかも。軽過ぎてこの強風にも煽られるくらいだし、特化し過ぎててそこまで便利じゃないよ」


 便利なのは間違いなさそうだが、制約も多そうだな。

 確かにこれまでの亡霊騎士との戦いで《 暴風陣 》の風を抜けての攻撃はできていない。見えないから分からなかったけど、どっか飛ばされていたのか。

 そして現在は最上階の一歩手前、あとはボスを倒すだけというところまで来ている。

 ピックにぶら下がってるだけなので、一歩手前というと語弊があるかもしれないが、それくらい近いという事だ。

 今回は時間もかなり余裕がある。初挑戦が一分しかない状況だったのに比べると遥かにマシだ。


「いくぞ」


 俺の言葉にユキが頷く。今は塔の壁にぶら下がってる状態だが、上がった時点で戦闘が開始される。

 戦闘開始後、亡霊騎士の《 暴風陣 》発動までにどれだけ近付けるかが勝負の分かれ道だ。

 発動までに間に合うなら、ユキが《 ブーストダッシュ 》で接近し、スカル・ビショップの魔法を止める。


「5、4、3、2、1……Go!!」


 二人でタイミングを合わせ、同時に広場へと上がる。

 着地と同時に亡霊騎士の召喚地点を見極め移動を開始する。大抵の出現位置は広場の反対側になるのだ。


 亡霊騎士の出現と同時に、肩に乗ったスカル・ビショップがスキルの発動動作を開始する。

 だがこれまでにない絶妙なタイミングで飛び出したユキが、亡霊騎士の体へ駆け上がりスカル・ビショップへ迫る。

 本人は間に合わなかったが、《 クリア・ハンド 》で先行した手がスカル・ビショップへ届き、発動のキャンセルに成功。


「んーっ!! たぁっっ!!」


 肩へ登り切ったユキがそのままの勢いで、スカル・ビショップを塔の場外へと蹴り飛ばす。

 軽いかけ声だが、その威力は骨を弾き飛ばすには十分。よし、あれならリカバリは不可能だ。

 あとは時間制限以内に亡霊騎士を仕留めれば、俺たちの勝ちだ。

 《 暴風陣 》の特性は掴んでいる。あれは台風の目と同じで、使用者の付近にいれば技の影響を受けない。このまま接近して俺たちの火力を叩き込む。


――――Action Skill《 ストライク・スマッシュ 》――


 飛び込み様に足下へ大剣の一撃。


「うらあぁぁっっ!!」


――――Skill Chain《 パワースラッシュ 》――

――――Skill Chain《 ハイパワースラッシュ 》――

――――Skill Chain《 マキシマムパワースラッシュ 》――


 続いてスキル連携で三連撃を加える。技後硬直がひどい事になるが、この位置なら《 暴風陣 》の風は届かない。

 ユキが体の上で暴れているお陰で、注意がそちらに向かっているのか、こちらへの攻撃も散漫だ。

 苦し紛れで放つハルバートの薙ぎも、踏み付けも、動きが鈍重なため余裕で躱せる。第一関門の鉄球のほうがよほど怖い。

 それに巨体が仇になって、至近距離での戦闘に対応できていない。そのためのスカル・ビショップなのだろうが、あいつはすでに場外だ。

 ユキもその程度の動きで振り落とされたりはしない。この強風の中、亡霊騎士の甲冑にフックをかけ、巧みにロープを辿りながら攻撃を繰り返している。

 かつてグランド・ゴーレムを相手にした時と似た動きだが、練度がまるで違う。それが訓練によるものか、この試練によるものなのかは分からないが、あきらかに成長しているのが分かった。

 よし、このまま畳みかけられる。


「うおっ!!」


 だが、そう思った瞬間、横合いから不意の一撃を喰らい、吹き飛ばされた。威力はないが、強烈なノックバックが発生する射撃攻撃。

 これはスカル・ビショップが前回の挑戦で使ったスキルだ……。だが、あいつはユキに蹴り落とされたはず。

 かなりの距離を吹き飛ばされてから慌てて攻撃の方向に目をやると、空中に浮かぶスカル・ビショップの姿があった。

 あの野郎、空飛べるのかよっ!!


「まずいっ! ツナっ!!」


 亡霊騎士がユキの攻撃を無視して《 暴風陣 》の構えに入った。

 ユキのいう通り本当にマズい。発動前に、奴の足下まで移動しろっ!!

 強風の吹き荒れる中、亡霊騎士に迫るために駆ける。《 暴風陣 》のタイミングを考えると、本当にギリギリだがこれなら間に合う――

 いやマズい、スカル・ビショップがフリーハンドだ。このままだとあいつも《 暴風陣 》に巻き込まれるが、そんな事は気にしそうもない。

 《 暴風陣 》に加えて、あいつの射撃魔法を喰らったら一気に場外へ吹き飛ばされる。

 慌ててスカル・ビショップを見ると、奴の狙いは俺でなくユキに向けられていた。


「ユキっ!!」


 叫ぶが、もう遅い。不安定な体勢のユキへ放たれた攻撃は命中し、そのまま体が吹き飛ばされた。

 亡霊騎士は《 暴風陣 》の発動直前だ。このままだとユキが場外へ飛ばされてリタイアだ。

 そんなことはさせない。

 ユキの飛んだ方向は多少ズレてはいるが、こちら側だ。慌てて方向転換し、飛ばされたユキを回収するべく走る。


「うわあああっ!!」


 《 暴風陣 》の射程範囲だが、なんとか飛んできたユキを回収した。いつかトカゲのおっさんと戦った時の構図に似ている。

 こうして抱えるとびっくりするくらい小さいし軽い。何食ってればこうなるんだろうな。


「ユキっ!! あいつにフックをかけろ!」


 俺の声に反応して、ユキがすぐさま亡霊騎士に向けてフック付きのロープを投擲する。

 流石というか、なんというか、ユキは一発で亡霊騎士の甲冑の隙間へフックをかけ、命綱の準備ができた。

 しかも、亡霊騎士の足元に残した《 クリア・ハンド 》がロープを支えている。ナイスだ。

 手の分の重量しかない《 クリア・ハンド 》は簡単に強風に煽られると制御が効かなくなるらしいが、台風の目のど真ん中なら関係ない。これならばまだなんとかなる。


――――Action Skill《 暴風陣 》――


 直後発動した《 暴風陣 》により、吹き荒れる嵐。元々の強風・豪雨に加え、更に横からの竜巻染みた暴風が俺たちを襲う。


「おおおおおおっっ!!」


 ユキを抱えながら、地面に剣を突き刺し、風に抵抗する。

 このままだと近寄る事もできずジリ貧だが、《 瞬装 》で武器と盾、そして< 童子の右腕 >を展開し、自身を錘とする。

 これならば、簡単には吹き飛ばされない。逆風だろうが、簡単には飛ばされてやらない。

 < グランド・ゴーレムハンド >の重量があれば完璧だったが、それはないものねだりだ。今あるものでなんとか切り抜ける。

 吹き荒れる風の中、二人でロープを辿るように進む。

 スカル・ビショップは《 暴風陣 》の直撃を喰らい、嵐の中どこかへ飛んでいった。流石にリカバリはできないだろう。

 亡霊騎士も、アーシャさんと違って《 暴風陣 》の長い硬直時間で動けないらしい。ユキのかけたロープを伝い、なんとかあと少しで手が届くところまで来た。

 先行して台風の目にユキを放り投げる。《 怪力 》があれば、暴風の中だろうが軽いユキを一人投げ飛ばすくらい余裕だ。


「ちょ、ちょっともう少し丁寧にっ!!」

「うるせー、さっさと攻撃しろっ!」


 こっちはまだ暴風圏内なのだ。さっさと動きやがれ。


――――Action Skill《 斬鉄閃 》――


 ユキのスキルが亡霊騎士の甲冑を切り裂く。俺の知らないスキルだが、いつの間にか覚えたらしい。

 金属を切り裂く特性を持つらしいそのスキルは、両手の二本の小剣と、《 クリア・ハンド 》で展開された"三本"の小剣で、亡霊騎士の甲冑に無数の斬撃を加える。

 ……いつの間にか五刀流になってらっしゃる。MP消費がひどそうだが、持続時間を考えないなら正解だ。試練開始前に覚えた《 魔力の泉 》の影響もあるのだろう。

 俺も台風の目に入った。あとはひたすら攻撃を叩き込んでやるだけだ。この勝負はもらったぞ。

 ……実はもらってないとか、そういうフラグじゃないんだからね。




 亡霊騎士を倒した事で、第三関門のゲートへと続く道が開かれる。

 屋上からどこに通路ができるのかと思ったら、下へ続く階段だ。


「ギリギリだとこの時点でアウトなんだよね」


 経験者さんが言う。これは結構下まで続いているらしく、急いで移動する必要があるらしい。

 しかも、通路は三つ。おそらくサージェスが先行した事で一つ減ったのであろうそれは、入場制限でそれぞれ一人しか入れないのだという。

 一瞬、塔の外側から壁を壊して入れないだろうかと考えもしたが、多分そんな簡単じゃないだろう。通路付近は強度が上がってるとかそんな仕組みになってそうだ。

 ユキが試してないとは思えないし、実は物理的に繋がってない可能性すら有り得る。


「まだ結構余裕あるけど、急ごう」

「ああ。じゃあ、第四関門でまた会おう」


 ユキと分かれ、専用通路へと入る。

 その先は下り階段で、結構距離があった。本当にギリギリだと崩落でこの階段が途切れる事になるのだろう。……ひどい話だ。

 だが、今回は数分余裕がある。しばらく階段を駆け下りると、見覚えのあるゲートが見えた。

 いつ崩落に巻き込まれて床が消滅するか分からないので、俺はそのまま走ってゲートへと飛び込んだ。

 これで、ロッテまで残る関門はあと一つだ。




-2-




[ 第四関門・脅威の間 ]


 第四関門の待機部屋は八人全員が利用する事を考えているのか、これまでより広く作られていた。

 横長の空間に入口が八つ。その脇に何かをはめ込む台座が用意されている。

 俺に数秒遅れてユキが飛び込んできた。無事間に合ったようだ。一度ゲート直前でリタイアした経験からか、かなり慌てた様子が見られる。


「下から崩落音が聞こえてきたからかなり焦ったよ」


 そら焦るわな。


「ここが第四関門の待機部屋か。ちょっと想像と違ったね」

「……ああ」


 サージェスが使ったのか、一つは機能が死んでいるようだが、試練のゲートは八つ用意されている。

 その手前の台座は最初にロッテが言っていた通り、鍵である《 自滅 》の輪を使うのだろう。……つまり、これはおそらく個人戦になる。

 ユキと一緒に試練の説明を見るが、その内容はいまいちはっきりしない。単独での挑戦である事と、挑戦者の心の壁を越える試練である事だけが書かれている。

 待機時間の制限は第二関門と同じ三十分。これまで時間に追われてたせいか、かなり余裕が持てるな。

 ただし、それまでに鍵を使わないと強制的にリタイア扱いになってしまうらしい。


 鍵を置いてすぐに開始というわけでもないらしいので、俺たちは首から輪を外して台座に設置する。

 《 自滅 》の機能ともここでお別れだ。ずっと着けていたせいで首に違和感を感じるが、名残惜しくはない。

 メンタルリングは指に装備した状態で腕ごと千切れても戻ってきたが、その間は機能が消失していた。

 この輪も同じようになくす事はないのだろうが、《 自滅 》が使えないと死んでた場面はいくらでもあったから、ロッテの言う通り首に付けて正解だったのだろう。


「やっぱり、サージェスはもう抜けてるみたいだね」


 燭台の蝋燭が示す通り、待機部屋にサージェスの姿はない。つまり、あいつはすでにロッテの元へ辿り着いているという事になるのか?

 それ以外に燭台の変化はない。俺たちの分の蝋燭が短くなっただけだ。


「時間は余裕って言ってもする事がないな。……何か気付いた事はあるか?」


 水分補給くらいはしておこう。


「第四関門は人によってはそう時間がかかるものではないって事と、突破してもすぐに最終戦が始まるわけじゃないっぽいって事くらいかな」


 サージェスの蝋燭が消えていない以上、ゼロ・ブレイクルールじゃなくなる最終戦で死んだわけではないって事だ。

 だったら、最終関門の手前にも待機部屋があって、今はそこにいるのだと考えるのはおかしな事じゃない。


「時間がかからないってのはサージェスの攻略時間からか?」

「そうだね。十時間もかかってないって事だから」


 あいつが第三関門を突破したのは、俺とユキが合流する数時間前だ。あれからそう時間は経っていない。

 第三関門で十数回挑戦したが、それをフルで使ったわけでもないから十時間は経っていないはず。大抵落ちてリカバリできずに終了だ。

 [ 脅威の間 ]とやらの難易度が人によって差の生まれるものかどうか分からないが、人によっては数時間で攻略可能なものだという目安にはなる。

 サージェスを基準にするのはちょっと問題があるので、あくまで目安だ。


「一応、これで僕らの中級昇格は確定だね」

「……そうなるな」


 忘れてた。ここまでが昇格試験か……。ふざけんなって殴りたくなる難易度だな。

 今後のために有意義だった事は認めるが、他の冒険者が挑戦するような難易度じゃない。いちいちハードルが高過ぎだ。

 あとは追加のボーナスを獲得しに行くとしようか。そもそもそっちが俺たちにとっては本番なのだ。


 待機時間いっぱいまで使い、ゲートを潜る。

 その間、俺たち以外にここに辿り着く者はいなかった。せっかく合流したユキともまたお別れだ。

 この試練、結局単独か二人でしか攻略してない。もう一つの方の第三試練は四人で頑張っているのだろうか。




 第四関門の舞台は、俺たちが訓練で使っていたような簡素な石造りの部屋だ。特別なギミックが用意されているわけでもないように見える。

 そこにはただ一人、入口で見かけた執事が立っていた。俺に《 自滅 》の輪を渡した人だ。


「あんたが第四関門の相手って事か?」

「そうとも言えますが、そうでないとも言えます」


 何言ってるんだ。……哲学か何かを語り始めるのだろうか。禅問答したいわけじゃないんだが。


「あー、説明はもらえるのか?」

「はい。ここは[ 脅威の間 ]。挑戦者の深層心理で、最も脅威と感じているものを相手に戦う試練になります」

「あんたが俺の脅威って事か? ……会うのはこれで二回目だよな」


 それとも、過去に会った事があるのだろうか。実は宿敵でしたとか。

 ……まさか、オークジェネラルの正体だとか。


「いえいえ、私はドッペルゲンガーの亜種のようなものでして、ここの機能を使いあなたが脅威と感じる者に変身します。変身完了したら、それを以って試練開始です」


 なるほど。わざわざ相手が脅威に感じている敵に変身して戦わせると。


「その前に質問いいか?」

「どうぞ」

「脅威って言ったって極端な強者……そうだな、剣刃さんなんか出てきたら勝負にすらならないと思うんだが」

「ご安心を。ある程度は再現可能ですが、極端に能力がかけ離れた方の場合は能力が劣化します。ただ、似たような技能は使えますし、逆に能力が低い方が変身対象でも、ある程度の補正がかかります」


 大体、どんなのが出てきても一定の強さって事か。苦手意識の克服がメインの試練って事だな。


「ここは一発勝負なのか?」

「いいえ、《 自滅 》はできませんが、ゼロ・ブレイクはそのままです。死ねば終了ですが、HP全損なら待機部屋に戻りますよ。奥の最終関門……リーゼロッテ様との戦いだけが一発勝負。死んだら終わりのルールです」


 最初に言っていた通りである。ここではただ《 自滅 》の保険がなくなっただけだ。

 串刺しや溶岩ならともかく、対人戦ならそれほど即死の可能性はない。HP全損の方が早いだろう。


「あんたが変身する対象に制限とかあるのか? 人型しかなれないとか」

「いいえ、強いて言えばこの広間より大きいものにはなれないくらいでしょうか。ミノタウロスだろうがドラゴンだろうが問題ありません」


 質量は無視って事だな。ここは広いから、その制限にかかるのはそういないだろう。スカルジャイアントや、亡霊騎士でも収まるサイズだ


「じゃあ、最後の質問だ。あんたを倒して先に進んだら、即ロッテとの最終戦が始まるわけじゃないよな?」

「はい。奥にはここまでと同じように待機部屋がありますので、開始条件についてはリーゼロッテ様と交渉して下さい」

「……交渉?」


 厳密にルールが決まってるわけじゃないのか?


「ここまでの試練を振り返ってもらえば分かると思いますが、これは生半可な難易度ではない。全員突破してくる事はそもそも想定されてません。リーゼロッテ様の興味の対象であるあなたがこの先に辿り着くか、それともどこかで脱落するかで条件が変わるのですよ。先に一人抜けて行きましたが、まだ死亡していないのは何か交渉を行ったのでしょう。……たとえば、あなたが来るまでは待つとかね」


 俺基準かよ。この試練、一応ユキに合わせて作られたはずなんだがな。


「そろそろ宜しいでしょうか」

「ああ、いいぞ」


 武器を構え、俺も戦闘体勢に入る。……さて、俺の脅威ってのは誰なのかね。

 ここまで戦ってきた強敵が頭を過る。今の俺なら、ブリーフさんや猫耳なら問題ない。トカゲのおっさんは本気出されたら割とキツイが、調整されればなんとかなりそうだ。アーシャさんや剣刃さんたち上位陣が出てきたら劣化してても勝てる気がしない。……なるほど、確かに苦手意識があるわ。

 おそらく、対人戦として一番やり辛いのは< アーク・セイバー >の< 暗黒騎士 >リハリトさんだ。単純な戦闘能力じゃなく、あの状態異常特化の特性だけで勝負になる気がしない。

 執事の周りに光が集まり、足下に魔法陣が出現する。


「では」


――――Action Skill《 メタモルフォーゼ 》――


 スキルの発動に合わせて執事の体が発光、部屋が光に包まれる。その発光現象が収まった時、俺の目の前に立っていたのは……

 ……変わらず執事の爺さんだった。


「ふふふ、私にはあなたがどう見えているのか分かりませんが、これがあなたの深層意識に潜む脅威です」

「…………」


 え? 何を言っているのだろうか。


「さあ、容赦なく行きますよ。といっても、もう私の言葉など聞こえていないでしょうが。さあっ! この脅威を乗り越えてご覧なさいっ!!」

「おいコラじじい。聞こえてるぞ」

「……は?」


 スキルの発動に失敗したのか? でも、スキル自体の発動はシステムメッセージとして出力されてるしな。


「えーと、ひょっとして変わってないように見えます?」

「執事の爺さんのままだ」

「ば、馬鹿な。そんなはずは……」


 そんな事言われてもな。じゃあ、この爺さん倒せばいいんだろうか。あんまり脅威には感じないんだけど。


「よし、じゃあ行こうか」

「ま、まっ、待ってください! もう一回チャンスをっ!!」


 ここまでスカした感じだったのに、いきなり見苦しい態度になった。ちょっと情けないぞ。


「……いいけどさ、ちゃんとやれよ」

「は、はい。……あれー?」


 ここに来てなんだこの脱力感は。


「よーし、では行きますよ」

「お、おう」


――――Action Skill《 メタモルフォーゼ 》――


 再び執事の爺さんが光り輝くが、やはりその姿は変わらない。本人は変身した気になっている。


「よーし、今度こそ」

「変わってねーよ」

「え、ええーーー!?」


 俺の台詞だよ。なんでこんな事になってるんだよ。この爺さんバグってるのか?


「いや、それではまさか……私自身があなたの脅威という事に」

「ねーよ」


 脅威どころか、そもそもあんたが誰か知らねーよ。二回しか会ってねーじゃねーか。


「か、かくなる上は私自身がお相手を」


 爺さんが格闘の構えを取る。スーツで格闘ってサージェスのようなイメージを受けるが、あんな凄味はない。全然強そうに見えない。


「一応聞きたいんだが、あんた、どれくらい強いんだ?」

「大体、無限回廊第三十層の雑魚と同程度です」

「…………」


 ボスですらない、ただの雑魚かよ。




 ひどい惨劇が発生した。

 あの地獄の訓練と、ここまでの試練で鍛えられたのだ。無限回廊第三十層の雑魚と同程度じゃ、流石に相手にもならない。

 最初に出てきたスカルドレイクよりも……いや、それ以下……グランド・ゴーレムより遥かに弱いって事だな。

 ボロボロになった爺さんは床に這いつくばり、すでに動けないでいる。


「……なんだったんだ」


 ここまでシリアスにやってきたのに、何が起きてしまったというのか。これじゃパンダと変わらないじゃないか。


「おいコラ」


 動かない爺さんをプスプスと剣先で突いてみる。


「痛いっ、痛いっ! 暴力反対です。老人虐待ですぞ!」

「いや知らねーよ。……もう第四関門クリアって事でいいのか?」

「どーぞどーぞ。お進み下さい」


 ワープゲートが出現した。……全部こんなのだったら楽だったのに。


「おかしい……そうすると、あなたは脅威に感じる人がいないという事になってしまうのですが」

「そんなわけあるか。アーシャさんでも剣刃さんでもダンマスでも脅威だらけだっつーの」

「……ならば、別の理由があるはずですね。……システムの不備? あ、どうぞ、私は気にせずお通り下さい」


 ボロボロの老執事の脇を抜けてゲートへ向かう。

 ここで『馬鹿めがっ!!』と不意打ちを仕掛けてきたりしたら抹殺モードに入れそうだが、何事もなくゲートへと入った。

 ……一体、第四関門とはなんだったのか?

 まあいい。ひどい関門だったが、この先にはロッテがいる。ここからは本当の死闘になるだろう。




-3-




 最後の待機ルームは、第四関門前と同じような広さの空間が広がっていた。

 ただし、ゲートは八つではなく一つ。そしてその手前には椅子に縛り付けられたスーツの男がいた。……サージェスである。


「……あいつ、何やってるんだ」


 椅子に縛られて放置プレイでもしてるのか? 奴の事だからないとはいえない。

 俺を待つ間、ロッテさんとSMごっこしてましたとか平気でやりそうだ。……そのイメージに違和感がないとか、なんて恐ろしい奴だ。


『ようこそ、< 鮮血の城 >の最奥部へ』


 部屋にロッテらしき声が響き渡る。本人の姿は見えないから、スピーカーか何かだろうか。最初に言っていた《 念話 》とやらかもしれない。


「ロッテか」

『はい。意外に早かったですね。特に第四関門をこんなに早く抜けてくるなんて』


 俺の声は聞こえるようだ。会話が成立する。

 ロッテは第四関門で起きた惨劇を知らないのか、俺が簡単に脅威を突破してきたものと思ったらしい。……わざわざ訂正する気はないぞ。


「ここまでは見てたのか?」

『いいえ。私はただ待っていただけです。その待機部屋に誰かが辿り着いたら分かるようになってますから』


 第四関門に不備があったんで、ちゃんと見ておいたほうがいいですよ。


「さっき、第四関門の爺さんにお前と交渉しろって言われたんだが」

『そうですね。お兄ちゃん以外はあまり興味がないから、最初に来たサージェスさんにも待ってもらう事になりましたし』


 椅子に縛り付けられたサージェスを見るが、俺に気付いた様子もない。こいつは一体どういう状況なんだ。


『本当は、第四関門を抜けてきた人から順に戦闘開始なんだけど、それじゃ味気ないでしょう? だから、サージェスさんには条件付きで、お兄ちゃんが来るまで待ってもいいって事にしたの』

「……条件?」


 椅子に縛られる事が?


『ただ待つだけじゃつまらない。だからその人には、待っている間他の挑戦者が受けているのと同じ痛みを受けてもらう事になりました。

《 自滅 》を含めて発生したものすべてを、お兄ちゃんが来るまで、ずっと』

「…………」


 なるほど、待つ代わりに残り七人分の苦痛を一身に背負うわけか。最初に突破したのにひどい扱いだ。

 ……ロッテにはこれが仲間を信じる代償行為に見えるのだろう。そう考えると感動的だ。きっと、この提案をした際もサージェスが葛藤する心境を思い描いたのだろう。

 だが、こいつにはただのご褒美みたいだ。俺に気付きもせずに恍惚の表情を浮かべている。

 サージェス以外なら辛い体験になってしまいそうだが、ロッテもこんなジョーカーは想定していなかったって事か。


『というわけで、本命のお兄ちゃんも来た事だし、戦闘開始のルールをちゃんと決めましょう』

「後付ルールって事か?」


 最後だけ随分ずさんなルール設定だな。……俺基準にしてるからか。


『実はお兄ちゃん以外では、新人戦で一緒に戦ったっていう二人くらいしか残らないって予想してたの。だから、全員が第二関門を突破して、半数以上が第四関門に挑戦してるこの状況は予定外。予想以上。これはとても喜ばしい事だと思う』


 半数……俺とユキ以外に、あれから誰かが来たのか。壁にかけられた燭台で見ると、確かに二本が第四関門に挑戦中だ。


「じゃあ、こいつらが来たら戦闘開始とか、そういう話になるのか?」


 だとすれば、サージェスと合わせて四人。このまま戦闘開始と言われるよりは遥かに楽になる。


『それでもいいけど、それだと四人で半分だよね。……お兄ちゃんはあと何人来ると思ってるのかな?』


 何人……。そう言われて再度燭台を見ると、第四関門に挑戦したのはついさっきの事のはずなのに、その状況は大きく変わっている。

 ガウルに影響されたのか、それとも何か別の要因があったのか、摩耶が第二関門を抜けたようだ。

 たった今だが、第四関門ももう一人挑戦者が増えた。確実に全員がここに向かっている。


「……全員だ」

『へぇ。ここまで試練を体験して、そう言い切れるのはすごいと思う。でも、私はそうは思わない。誰かは絶対に脱落するか、ここまで辿り着けない。特に第四関門はそんなに甘くない』


 第四関門が甘くないとか……全然そんな感じはしないが、実際はそうなんだろうな。


『……あまりダラダラと時間を置くのもなんだし、時間制限を決めましょう。……ここから一人当たり三時間っていうのはどうかな?』

「一人来るごとにお前との戦闘開始が遅れるって事か?」

『そう。だから今のまま誰も来なければ、六時間後に戦闘開始って事。準備時間には十分でしょう?』


 あいつらはきっと来る。来るが……時間はどうだ。

 第四関門の難易度は肌で実感してないが、ユキなら六時間以内に突破してくるだろう。

 だとしても……残りのメンバーが九時間以内に到着できるか? くそ、第四関門があんなのだったのが、逆に予想の妨げになっている。


「……それ以降に到着した奴はどうする」

『到着時点で参加していいよ』


 それなら……いやしかし、引き伸ばせるなら……。


「ここまでの試練でかかった時間の幅がでかすぎる。もうちょっとまからねーかな」

『お兄ちゃんが到着した以上、そんなに待ちたくないんだけど』

「……条件付きとかどうでしょうかね」


 御機嫌を窺うフリをしつつ、ちらりと椅子に縛り付けられたサージェスを見る。

 こいつが俺が来るまでという条件で待っていたのなら、通らない道理はないだろう。


『構わないよ。じゃあ、そこのサージェスさんと同じ条件にしようか。お兄ちゃんも同じ痛みを受ける。そしたら一人あたり四時間でもいいよ』


 俺も? こいつがこんな表情を浮かべるような痛みを共有する? 決して不可能じゃないんだろうが、勘弁してもらいたいんだけど。

 ……ロッテがこいつの状況分かってないなら上手く誘導できないかな?


「おい、サージェス。起きてるか?」

「……ああ、リーダーですか。お早い到着で……」


 ……この様子なら、あんま急ぐ必要なかったかも。


「これと同じ条件を俺も受けるなら、一人あたり四時間でもいいって?」

『痛みは二人で分散してもいい。そうすれば痛みは半分にできる。もう一人来たら三分の一になるってのはどうかな。もちろん、耐えられないならそこで待つのを止めてもいい。その瞬間待機時間は終了で、私との戦闘に入る。……仲間が受けている痛みを共有するって素敵な事だと思うの』

「なっ!? やめろっ! 私だけが受ければ問題ないはずだっ!」


 ナイスだぞサージェスさん。その迫真の演技でロッテを騙すんだ。


『別に一人でもいいけど、痛みは分散されない。ここまで受けてきた痛みをこのまま受け続ける事になる。想像してみて。いままでの試練の中で受けたダメージ、《 自滅 》で仮想体験する死のイメージを。串刺しになって、溶かされて、グチャグチャになって、バラバラにされて、自分一人分だって決して楽じゃない。……お仲間はこう言ってるけど、お兄ちゃんは仲間を見捨てたりしないよね?』

「あ、じゃあ、こいつ一人で」

『…………あれ?』


 見捨てるわけじゃない。ここは譲ってやるのだ。だってこいつ小さくガッツポーズ取ってるし。

 ユキ入れて十二時間なら相当余裕がある。少なくとも二人は第四関門に到着はしてるし、そいつが突破すればさらに延びる。ここまであんまり寝てないから、睡眠時間に当ててもいいな。


『え……ちょ、ちょっと待って。一人に押し付けちゃうの!? 最低八時間を残り六人分だよ』

「くっ……仕方ありません。リーダー、ここは私に任せて下さい」

「ああ、とても心苦しいが任せる。頼んだぞ」


 親指立てて互いに合図を送り合う。


『えーーーー』


 ロッテはサージェスの事を知らないんだな。

 まさか、こいつの性癖がこんなところで役に立つなんて。まさしくWin-Winの関係だ。俺は素晴らしい仲間を持った。


『わ、分かった。……じゃあ、時間経過後にまた会いましょう』


 終わりか。次は本番の殺し合いだな。


「あー……ロッテ」

『……なんですか?』

「約束通りここまで来たぞ。待たせたな」

『ふふ、待ってました。……ではあと数時間後に』


 ここまで長かったが、確かに辿り着いた。ロッテと繋がっていた通信のようなものが切れたのか、静寂が訪れ……


「おごぉぉぉぉっ!!」

「…………」


 静寂は訪れなかった。誰かが強烈なダメージを受けたか、《 自滅 》したのかもしれない。

 サージェスを見る限り、《 自滅 》と同じで仮想の痛みだけなのか、外傷はないようだ。

 あれ……これから何時間か、こいつの嬌声聞きながら過ごさないといけないのかな。……寝れないじゃん。




「なるほど、それであんな状況に……」


 第四関門を突破してきたユキにこれまでの状況を説明する。

 俺たちの前には椅子に縛り付けられたサージェスがいる。

 うるさいので、こいつの《 アイテム・ボックス 》からギャグボールと目隠し、耳栓、マスク、ついでに鼻フックを出させて装備させた。

 ひどい絵面だが、うるさいのはだいぶ緩和されたので問題はあまりない。装着する間、本人もちょっと喜んでいた。


「他に第四関門に来てる奴がいるって話だが、お前、これって誰だか分かるか?」


 燭台の蝋燭を見ても、情報が足りなくて誰だか分からない。


「消去法でフィロスとティリアだね。なんで四人じゃなくて二人なのかは分からないけど、第三関門がそういう仕組みだったのかな」


 なるほど、試練の内容によっては有り得るのか。


「俺が来た時点では一人だったんだ。途中でもう一人増えた形だ」

「じゃあ、一人ずつじゃないと抜けられないとか、そんなルールなのかもね。僕たちの場合はボス倒して道が分かれたけど、あっちは途中に一人用のゲートがあるとか」


 段々人数が減っていく仕組みか。それなら分からないでもないな。

 もうあんまり時間がない。せっかく第四関門まで来たんだ。あいつらの深層心理で描く強敵とやらがどんなものかは分からないが、間に合って欲しい。


「お前も結構時間かかったな。どんな奴だったんだ?」


 もうすでに八時間近く経っている。延長はされたが、それでもあと残り四時間だ。実は交渉しなければもう戦闘開始していた。

 こいつがここまで手こずるとなると、どんなのが相手だったんだろう。


「アーシャさん」


 超ハードル高え。


「剣刃さんじゃないのは、ちゃんとやり合った事がないからなんだろうね」


 ちゃんとした脅威として認識していないって事か。それなら、俺たちが戦った中でダントツで強いアーシャさんが出てくるのも頷ける。


「良く勝てたな。やっぱり弱体化してたのか?」


 あれから訓練で強化されたっていったって、あの怪物相手に一人ってのはちょっとな。

 爺さん執事は能力制限かかるって言ってたけど、いざアーシャさんを前にしたら尻込みしそう。


「うん、かなり弱体化してたよ。僕らが勝てるギリギリの強さに調整されてるんだってさ。《 流星衝 》も使って来なかった。プラス、相手に対する苦手意識とか、強敵のイメージとかそういったものでハードルが上がってる感じ」


「それでもお前と同じくらいの強さではあるんだろ?」

「ツナの真似をしたんだ」

「……俺の?」


 サージェスなら《 パージ 》するっていう手もあるから分かるが。ここなら全裸になれるから、かなりパワーアップしそう。


「開始時点で同じなら、その戦闘中に強くなればいい」

「…………」


 それは狙ってできる事じゃないと思うんだが。……それくらいできないと突破できないって事なのか?

 まさしく試練だな。ここまでのに比べたら真っ当過ぎるくらい。


「ツナは?」

「俺は……良く分からん」

「なにそれ」


 だって、分からんものはしょうがないだろ。俺が叩きのめしたのはドッペルゲンガーの爺さん本体だけだ。

 ユキの話を聞く限り完全再現するわけでもないから、コピー対象が強過ぎて駄目ってのでもなさそうだし。

 ……システム制限に引っ掛かった? だとすると、ダンマスとかか? でも、あの人とやり合った事なんてないしな。どれくらい強いのかも分からん。


 そして、誰も来ないまま時間は過ぎる。


「サージェス、そろそろ時間だよ。ほら、鼻フックとか外して……」

「お……おお、はい、ユキさんもいつの間にか来てたんですね」


 ユキにも気付いてなかったのかよ。どんだけ陶酔してたというのだ。

 時間はもう残り少ない。そろそろ第四関門とこの待機部屋で失われてしまったシリアス成分を補強しなければいけない。

 結局、ユキ以降でここに現れた者はいない。ゴーウェンが第三関門を抜けたのは確認できたが、第四関門を突破した奴はいなかった。

 だが、ここまで来ているのだ。あとは戦いながらでも待てばいい。

 むしろ俺たちだけで倒してしまっても問題ないのだ。

 そしたら、非常に、非常に心苦しいのだが、奴等には< 負け犬 >の称号を与えてやらねばなるまい。来るって信じてるけどね。


「痛いのは分かるけどそろそろ立ちなよ、サージェス」

「す、すいません。ちょっと……大きくなってしまっていて」

「そのまま死ねばいいと思うよ」


 ユキとサージェスがアホな話をしている間にも時間は過ぎていく。もう残り五分もない。サージェスの痛みの共有も消えたらしい。


「《 ドール・マリオネット 》の魔力線を切断できる人がいないのはキツイけど、しょうがないね」


 試練開始前に摩耶が専用のナイフを用意していたようだが、まだ第三関門だ。間に合いそうもない。

 フィロスが《 術式切断 》を習得したかどうかは分からないが、あいつも間に合うか分からない。

 かなりの時間、第四関門で足止めを喰らっているという事は、あいつの"脅威"が難敵である事を示している。《 ドール・マリオネット 》は俺たちが正面からなんとかするしかない。


「一つ懸念があるんだ」

「なんだよ」

「ここまでは、これから先冒険者として必要になる事を知るための試練だった。だけど、最後の最後で何もなく戦うだけで終わったりするかな?」

「…………」


 言われてみればそうだな。何かあると思ったほうが正解だ。

 問題はなにがあるのか想像もつかないって事だが、これまで抜けてきた関門だってそれは変わらない。何かあると心構えだけはしておこう。


「あと一つ。最後だから一応聞いておくけど、お腹空いてる?」

「……ああ、どれくらいが条件かは分からないが、第三関門からほとんど食ってない」


 《 飢餓の暴獣 》の発動条件は空腹だけではないが、できる限り条件はクリアしておくべきだ。

 最後に向けた時間調整のためにちょびちょび乾パン齧ってたくらいだ。力が入るギリギリのラインである。

 これがなければユキに食料を恵んでもらう事も考えたのだが、仕方ない。あの切り札があるかどうかで、戦況も大きく変わるはずだ。

 できればあんなものに頼らなくても勝てるようにしたかったのだが、そんな甘い戦いにはならないだろう。保険はかけておくべきだ。


 そして、追加のメンバーが現れないまま、その時間が来た。




-4-




 俺たちが転送された先は、どこかの城の大広間。王の謁見場とでもいうべき場所だ。

 豪奢な赤基調の調度品に加え、骨を使ったオブジェが飾られている。魔王の城とでも言いたいのだろうか。

 一般人が見たら逃げ帰りたくなるような光景だろうが、ここまで散々な目に遭ったのだ。もうこの程度の雰囲気では緊張もしない。

 そして正面の玉座には、待ち望んだ姿。漆黒のドレスに身をつつんだ赤髪の少女が一人座っていた。

 ……待たせたな、妹キャラよ。


「ようこそ、挑戦者たち。ここが< 鮮血の城 >最奥部、< 真紅の玉座 >です」


 優雅な立ち振舞で立ち上がり、挨拶をする。

 どこからか出現した大鎌を手にして、黒い翼がその背に広がった。これがあいつの戦闘フォームという事だろう。

 その姿は確かに歳相応の少女のものに見えるが、立ち上る気配は怪物だ。いつか話した時のような、どこか抜けた印象はまるでない。モンスターたちのボスとして君臨する女王の風格だ。

 だが、気圧される必要はない。決して倒せない敵ではないはずだ。

 勝率0%の試練なんてこいつが用意するはずがない。なにせ、こいつ自身が冒険者の試練である事を望んでいるのだから、それは信用していいラインだ。

 彼女の座っていた玉座の遥か後ろの壁には巨大な燭台が飾られている。

 その燭台に飾られている八本の蝋燭は、ここまで散々見つめて来た俺たちの命の灯火と同じものだ。

 ここに立っているのは三人だけだが、一つとして消えてなんかいない。この辛い試練の中で、誰一人脱落の道を選ばなかった。


「戦いの前にルール説明を兼ねて、少し話でもしましょうか」

「時間が増えるのはありがたいな」


 それだけ、他の奴が来る可能性が増える。


「まだ、他の人が来ると思ってたんですか? 私としては『やっぱりこうなった』って感じなんですが」

「何がやっぱりだよ」

「今ここに立っているのは、最初に私が予想していた通りのメンバー。他の人がまだ残って挑戦を続けているのはちょっと予想外ですが、そこ止まりです。彼らにはまだ、お兄ちゃんの……渡辺綱の影響が足りない」


 何言ってるんだ、こいつ。俺がここまで来たのは一人の力なんかじゃない。……決してない。

 溶岩の中、囮として飛び出したガウルの挺身でここにいる。あの塔だって、ユキと手を取り合って攻略した。

 燭台の灯火が消えない事に勇気づけられてここまで来た。誰もが諦めないと知ったからここにいられる。

 誰か一人が諦めただけで、俺はここに立っていないだろう。

 ……逆に、俺がみんなに与えた影響なんて些細なものだ。俺はこの試練の中で情けない姿ばかり晒している。


「……逆だろ。俺がみんなの影響を受けてここに立ってるんだ」

「お兄ちゃんは、自分が周りに与える影響っていうものを理解したほうがいいね。ここまで来れる人、最後まで立っていられたのは影響を強く受けてる人だけなんだから」


 確かに今ここにいるのは新人戦からの面子だが、そんな事は関係ないだろう。


「お前こそ、何か勘違いしてないか?」

「そうですか? でも事実として、ここに立っているのは三人だけ」

「今はな。……あいつらだって、あとから来るさ。だって、その蝋燭は俺たちの生存状況なんだろ? 一つとして消えてねーじゃねーか」


 消えてないだけじゃないんだ。ここまで前に進んでるのを見ている。

 ずっと立ち止まっていた摩耶だって先に進んだ。俺が置き去りにしてしまったガウルだって、一人でもちゃんと抜けてきた。

 今だって第四関門で戦ってる奴らもいる。もうすぐそこまで来ているんだ。

 大丈夫、あいつらは来るって確信している。負け犬扱いなんて、そんな事を許容できるような奴等じゃない。……いや、そんな罰ゲームは些細な事だ。

 仲間が先で戦っているのが分かってて自分だけが諦めるなんて、そんな事、俺たちの誰もできやしない。


「……すごいね。お兄ちゃんが言うと、なんだか本当にここまで来ちゃいそう」

「どれだけ遅れようが来るさ。一緒に訓練して分かったけど、俺たちは全員超ド級の負けず嫌いだからな」


 あの訓練で感じた事は間違いじゃない。ひどい内容だったが、それだけは確かだ。


「ははっ、そうね。……本当に負けず嫌いな挑戦者たち。……じゃあ、他の人が来るまで持ち堪えないと」

「来る前に終わったら謝らないとな」


 そしたら、盛大に負け犬コールだ。諦めてなかろうが、罰ゲームは有効です。……だからさっさとここまで来い。



「じゃあ試練を始めましょうか。……ここは、第五関門[ 真紅の玉座 ] ここにいる三人は前世持ちだからちょうどいい。あなたたち、前世持ちだけに課せられる試練を用意してあります」


 ……やっぱり何かあるのか。


 周囲に無数の魔法陣が展開される。

 そこから呼び出されたのは無数のパペットドール。ロッテの《 ドール・マリオネット 》で操られる死の人形。

 小さいのは子犬程度のものから、スカルジャイアントのような巨大なものまで、大小様々なドールが列を成して出現した。……まさかこれらすべてを操るというのか。ロッテを中心に据えたその布陣は正に軍団だ。


「前世、転生、輪廻、呼び方はなんでもいいけど、この世界にはそういった以前の自分の記憶を持つ人たちがいる。そういう人たちはどうしても過去の因果に縛られる。特に死因は強烈で、魂に刻まれる形でその人の因果に組み込まれる」


 魂に刻まれた前世の死因?


「事故死、病死、自殺、他殺、なんでもいいけど、そういった運命を辿りやすくなる。同じような死を迎える事が多い。関係なく過ごす人も多いけど、戦闘においてはそれが致命的な弱点と成り得る。でも、この迷宮都市の冒険者にとって死はただの障害物、乗り越えるハードルでしかない。……だから、これを乗り越えるのが第五の関門」


 ……俺の死因?

 それを考えた瞬間、全身が強張るのを感じた。なんだ、この体の底から沸き上がるような恐怖は。

 魂が、それを開けてはならないと悲鳴を上げている。それを喚び起こすのは危険だと警報を上げている。

 やめろ、それはなにかヤバいものだ……。


「さあ、これが私からの最後の試練」



――――Action Magic《 死の追想 》――



 ロッテが謎のスキルを発動させると、黒い瘴気が俺たちの体を覆った。


「ぐあああああっっっっ!!」


 なんだこれはっ!!

 黒い瘴気が齎したものは肉体的な痛みじゃない。そんな単純なものじゃない。存在の根幹部分、魂さえ引き裂くような耐え難い痛みだ。

 そんな痛みが俺の左半身を襲った。

 今にも消し飛びそうな意識の中で両脇の二人に目をやると、そのどちらもが黒い瘴気に蝕まれ、苦悶の表情を見せている。

 ユキは主に胴体部分に無数の黒い球体の瘴気が集まり、サージェスに至っては姿が見えないほど全身くまなく濃い瘴気に覆われている。

 まさか、これは前世で死んだ時の再現なのか。


 それならば、瘴気が覆っているのが、ユキの病死やサージェスの拷問死が影響している箇所であろう事は分かる。

 しかし、だったら俺はなんだ。何故左半身が死に囚われている。

 くそ、痛みを感じていても反応しない。動かせない。体の左半分……特に左腕が丸ごと動かない。


「ユキっ! サージェスっ!!」

「だ、だいじょうぶ……僕が一番軽いみたい」


 青ざめた表情で返すユキだが、全然大丈夫そうじゃない。今にも倒れこみそうだ。

 こいつの前世での死因は病死だ。胴体に無数に展開された瘴気は、各臓器がダメージを受けているって事だろう。


「これは……まずい、ですね」


 黒い瘴気の隙間から隠し切れない苦悶の表情を見せて、サージェスが膝をついた。

 ……冗談だろ。確かに肉体的な痛みだけじゃないが、このレベルになるとこいつまで耐えられないのか?

 いや、こいつの死因に伴う体験が桁違いなんだ。その全身の瘴気は俺たちと比べて遥かに濃く、禍々しい。

 この瘴気の濃さが痛みの基準だとしたら、こいつは俺たちの何倍の痛みを感じているんだ。

 ロッテがその手に持った大鎌を振ると、操られるようにドールの大群が動き始める。……この状況で戦えというのか。




「それは前世を持つ者が乗り越えるべき痛みです。……抗いなさい、挑戦者たち。そして、この城を真紅に染め上げて、試練を突破できるよう足掻く姿を私に見せて下さい」



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