第11話「灼熱と尖塔」




-1-




 肌を焦がすような、ジリジリと照り付ける熱。

 倒れたまま全身でそれを受け止め、いい感じにグリルされて来た。……そろそろ食べ頃だろう。


「……なあ」

「……あ?」

「一回、《 自滅 》しないか?」

「…………」


 ガウルの言葉がひどく魅力的に感じる。

 俺だって考えなかったわけじゃない。先に言ったら負けのような気がして、口に出したくなかっただけだ。

 もうどうしようもない。それくらい、俺たちは追い詰められていた。


 燦々と輝く太陽……に見える何か。極限まで熱された地面。歩こうにも脚どころか、指一本動かない。

 弱音を吐くまいと我慢に我慢を重ねてここまで来たが、すでに限界を越えていた。

 ガウルがいなければ、数時間前に諦めていただろう。負けず嫌い同士が並ぶのも良し悪しだと理解した。

 もう動けない。根性だけでなんとかできるレベルを越えている。このままこうして倒れていたって干からびていくだけだ。


「……分かった。じゃあ、お前からな」

「なんで俺が先なんだよ。ここはリーダーとして率先してだな……」

「お前、先に《 自滅 》したら負けだと思ってるだろ」

「……そんな事ねーよ」


 じゃあ、なんでそんな間が空くんだよ。即答しろよ。


「よし、じゃあ同時に行くぞ」

「分かった……カウントダウンだ」

「……5、4、3、2、いーち……」

「…………」


 《 自滅 》したらHP全損して消えるはずなのに、一向に消えない。……お互いだ。


「……おいこら、ゴミ」

「なんだよ。……起動失敗したんだよ」

「いいから発声起動だ。こんな変なところで時間喰うわけに行かねーぞ」

「ちっ……分かったよ」


 どうせ、ここに留まる理由などない。俺たちは二人でタイミングを合わせて《 自滅 》した。

 これ以上暑いのは勘弁願いたかったが、再現された死亡イメージは焼死だ。体の内側から発火して、全身から炎を吐きながら死ぬイメージだった。

 もうなんでも来い。いくらだって再挑戦してやる。




「……最悪だな」

「……最悪だ」


 二人して待機部屋に戻り、天井を見上げつつ呟く。……動く気がしない。

 だが、時間制限がある。放っておいても三十分後にはあそこへ飛ばされる。その前に準備をしないといけない。


「くそ……水だ。水が足りねえ。おいガウル、もう容器の空きはねーのか?」

「食料はかなり余裕持って出てきたが、水も容器もそれに合わせた量しかないからな」


 食い物より水だ。水分がないと話にならない。ミイラみたいに干涸びた状態じゃ歩けもしないんだ。



 [ 第二関門・灼熱の間 ]は想定した方向性とは異なる地獄だった。

 俺たちは炎や熱、極端なところだと溶岩などで攻撃を仕掛けてくる試練を想像していた。

 火の矢や溶岩攻めのギミック、そんな力を使ってくるモンスター……たとえば火竜などが相手だと思ったのだ。


 実際、その想定は当たっていた。

 ワープゲートがあるだろう付近はそういった構造のダンジョンで、敵もそんな感じだった。問題はそこの前段階。辿り着くまでの道のりだ。

 ゲートを抜けて俺たちを待っていたのは岩壁に囲まれた荒野と流砂だった。もはや何処が[ 間 ]なんだか良く分からない。

 空と太陽と岩と流砂、それしかない灼熱の地獄だ。モンスターさえいない。

 そんな中を大量に飲み水と体力を消費して数時間後、ようやくゴールに辿り着いたと思ったらそこからが本番だった。

 俺たちが抜けてきたのは、第一関門の手前にあった小手調べのようなものだったのだ。


 抜けた先のダンジョン。ダンジョンの中のダンジョンの中のダンジョンとでもいえばいいのか。

 そこでようやく、最初に想定していたような溶岩が流れる河と火を纏った骸骨共がお出迎えだ。

 こっちは満身創痍。干涸びたミイラのような状態である。どっちがアンデッドだか分かりゃしない。

 あんな死の熱帯越えをもう一度するのは冗談じゃないと奮起して挑むも、ガウルが全身の毛を燃やされたり、俺が手足を消し炭にされた末に諦めて《 自滅 》。

 待機部屋に戻された俺たちは、無言のままありったけの容器に飲み水を詰め、悲壮な覚悟で再挑戦するも、今度はそこまで辿り着けない。

 ダンジョンに至るまでの構造が変わっていた。道筋も方向も構造も違うのだ。ここまで七度挑戦して、本番のダンジョンまで辿り着けたのは二度だけだ。

 しかも、まだボスさえ拝んでいない。大抵は荒野の途中で力尽きる。先に倒れてなるものかと意地を張り合って、限界まで干涸びたあとに共倒れだ。

 このままだと、ただ時間が経っていくだけだ。一体どれだけ第二関門で時間を使えばいい。

 カードに記載されている挑戦時間は三日を越えた。第二関門だけで[ 鉄球の間 ]の三倍以上の時間をかけてしまっている。

 燭台の蝋燭を見ると、全員が第一関門を突破し、すでに第三関門に挑んでいる奴もいる。俺たちはあきらかに遅れだしている。


「二人であるメリットが一切生かされてないな」

「……手分けしても意味がないしな。道筋を教える手段がないし、合流できなきゃ結局先のダンジョンで一人で挑む事になる」


 多分、ロッテの言っていた《 念話 》があればそれも叶う。

 そして、< 地図士 >の持つ《 マップ作成 》や《 位置把握 》があれば、かなり楽になるはずなのだ。俺たちにはそういった補助スキルが致命的に欠けている。

 唯一、《 方向感覚 》は有用だが、実はガウルも同じものを持っていて被ってる。

 ガウルとは訓練で何度もコンビを組んだが、あれは基本的に戦闘訓練だ。こんなものは想定してない。


「お前、狼の帰巣本能とかでどうにかならないのか?」

「狼そのものじゃねーんだから、んなもんねーよ。ひょっとしたらベースレベル上げていけばあるのかも知れんが、そもそも帰還するわけじゃねーだろうが」


 分かってるよ。言ってみただけだよ。


 ……どうすればいい。なんとかして、ダンジョンに辿り着くまでの時間を減らさないと攻略なんて不可能だ。

 満身創痍であの火の化物共と対峙できるわけがない。あそこからが本番なのだ。

 そして、そろそろマズいのが眠気だ。俺たちには仮眠を取る時間がない。

 待機時間は三十分、その上そのすぐあとに灼熱の地獄では寝る時間が確保できない。水を汲むのだって待機時間しかないのだ。

 確かに肉体的損傷や体力はリタイヤ時点で回復するが、習慣なのか、体は睡眠を要求してくる。


「食料はどうだ?」

「携帯食以外はもうほとんどない。……そっちは?」

「こっちはもう圧縮乾パンだけだ」


 食料としては何も問題ない。味気のない乾パンだが、謎の圧縮魔術で、俺の食事量でも三十日程度なら量が確保できる。乾パンなのに栄養も十分だし、これだけ食べていても飢える事はない。だが、ただの乾パンだからあまりにひもじい。精神的にキツイものがある。訓練中の豊かな食生活が懐かしい。

 < グランド・ゴーレムハンド >のせいで量を確保できなかったし、流石にここまでの長期戦になるとは思ってもいなかった。

 ……一緒に用意したので知っているのだが、ユキは俺と同じ大きさの《 アイテム・ボックス 》に、食料をたくさん持ってる。羨ましい。

 役に立ったから< グランド・ゴーレムハンド >捨てれば良かったとも言えないのが辛い。




 そして、再挑戦が始まる。

 極力強い日差しを浴びないように衣類で肌を隠し、水分はこまめに補給。実体験はないが、砂漠を横断するのとそう変わらない。

 太陽の位置が移動すれば壁に影ができて多少楽になるのだが、張り付いたようにずっと真上に居座っている。

 上からだけじゃない。熱された岩肌や砂は、下からも俺たちを蒸し焼きにする。

 風は涼を運んでくれるものではなく、俺たちを熱で襲い、水分を奪っていく敵だ。


「なあ……」

「なんだよ」


 これだけ長い間歩いていると話す事もなくなってくる。

 体力は消耗するが、無言だと精神的に参ってしまうので、極力お互いに話しかける事にしていた。


「フィロスからさ、機会があったら聞いておいてくれって言われてるんだけどさ」

「……嫌な予感しかしねえが、なんだ」

「お前、なんで自分の名前呼ばれると機嫌悪くなるの?」

「…………」


 返答はない。様子を窺う余裕はないが、図星みたいだ。

 俺はあまり感じた事はなかったんだが、あいつもパーティメンバーの事は良く見ているもんだ。


「ガウルって、人間だと変かもしれないが、狼の獣人だと普通じゃね?」


 狼の鳴き声みたいで。

 俺のツナは人間だと変だが、他の種族だともっと変な名前はたくさんある。

 ここまで会った中だとトポポさんだとか、グワルさんだとか、会ってはいないがダダカさんも変だろう。

 そんな中なら、狼でガウルってそう変でもない気がする。


「……まあ、普通に聞こえるよな。俺もそう思ってた」


 じゃあ、普通じゃないって事か。


「もう死んだ祖父さんだか、曾祖父さんだかが付けた名前らしいんだが、もう使われてない古代銀狼族の言葉から取って付けたらしいんだ」

「なるほど、由緒正しい出典てやつか」


 俺も似たようなもんだな。古過ぎて詳細良く分からねえけど偉人だし。


「どういう意味だかは言うつもりはねーが、俺はこの名前が嫌いだ。もう死んでるが、名付け親をぶん殴ってやりたいとさえ思う。だから、近々の目標として改名するか、せめて家名を付ける事を目標に頑張っているんだ。自分で改名しても迷宮都市だとステータスカードには残っちまうからな。……実際のところ、お前が羨ましくて仕方ない」


 俺のは適当に渡されたけど、一応トライアルのレコード更新ボーナスではあるしな。

 ダンマスが< 不髭切 >ネタをやりたかったがためのおまけみたいなもんだと思っているが。


「家名ないと、ガウルって呼ぶしかないもんな。引き続きゴミとかのほうがいいか?」

「それはもっと嫌だ」


 そりゃそうだ。……ゴミよりはマシって事か。


「名前の事はいいだろ。できれば俺は改名したいって事だ。……なんか別の話題ねーのか」


 あんまり触れていいところでもなさそうだな。もうちょっと心に余裕のある時に聞くとしよう。……なら別の話題だ。


「これまでの挑戦でいくつか気付いた事がある。……ここ、一定のエリアごとにループしてるんじゃないかっての話はしたよな」

「ああ、これだけ同じ地形を見せられれば気付くよな」


 まず、この[ 灼熱の間 ]は本番のダンジョンに辿り着くまでの道のりがループ構造になっている。

 広大な上に、構造がT字路、十字路、などの直線で構成された道しかないので判別が難しいが、間違いない。

 これは特定の順で道を辿らないと本番に辿り着けないようになっているのだ。そして、その正解ルートはおそらく毎回変わる。


「俺たちの上のさ、あの太陽モドキなんだけどさ」

「……確かに動かないからモドキだよな」


 一度岩壁を登って移動できないか試した際は、見えない天井に阻まれたから、その上で輝くアレは太陽ではなくただの映像かもしれない。


「あれ、経過時間に合わせて段々近付いてないか?」

「……大きさ的には変わらないように見えるが……まさか、気温って事か?」

「そうだ。微妙な上昇具合だから分かり辛いが、前回ラストより体感温度が涼しく感じる」

「言われてみればって感じだな」


 前回、意地張り過ぎて長時間彷徨い過ぎたせいか、違いが分かる。

 つまり、あまり長い時間をかけたら気温が上昇する。何処まで上昇するかは分からないが、これまでのパターンだと気温で死ぬくらいは普通にやりそうだ。時間をかければかけるほど、体力と水分の消費が激しくなるって仕組みだ。

 まあ、それが分かったところで打開策はない。早く抜けたいのは変わらないのだ。ただの雑談に近い。

 そして、この回も本番に辿り着く事はできなかった。




「おいガウル、大丈夫か?」

「……悪い。ちょっと寝てた」


 都合十回の挑戦を経て、そろそろ睡眠欲が限界だ。死の感覚がこびり付く《 自滅 》直後でも眠れるくらいにキツくなってきた。

 俺も寝落ちしそうだ。そしたら最後、水なしの挑戦という最悪の事態が発生する。そんな事になったらさっさと《 自滅 》するしかないな。


「一回分捨てて三十分寝るか? お前そろそろ限界だろ」

「……くそ、三十分の睡眠と《 自滅 》を天秤にかけるのかよ」


 体力的には問題なくても、精神的には寝たほうがいいのは間違いない。


「……俺はまだ大丈夫だから、容器だけ出しておけ。俺の《 アイテム・ボックス 》は余裕あるから」

「すまねえ……そろそろ意地張るのもキツイ。……交代にするぞ」


 一方的に益を受け取らないのはこいつらしいが、確かに交代で三十分でも休めるなら助かる。

 まだ一週間は経っていないが、あとどれくらい時間をかけたらいいんだ。

 さっきの発言から、ガウルはすでに次での攻略を諦めてる節すらある。……俺も次でクリアできるとか、そんな楽観的な事は言えなくなってきた。

 運に頼るのは限界と、総当りでループのパターンを割り出し始めてはいるが、まだまだ情報が足りない。


 結局、パターン解析に多大な時間を費やし、コンスタントに荒野を抜けられるようになるまで、そこから更に五回の挑戦を要した。

 荒野を抜けるのに必要な時間はおよそ四~六時間。その上ここからが本番だ。

 ……気が遠くなりそうだ。




-2-




[ 灼熱の間 ]


 荒野の直射日光だって十分死ぬレベルだが、こちらはその比じゃない。

 水分はあっという間に蒸発し、流れる溶岩に落ちたらHP全損の前に即死は確実だろう。


 モンスターは火で構成されたものがほとんどだ。中身は骨だったりするので、アンデッドではあるらしい。

 火を纏い浮遊する炎纏骸は、何故その形状を維持できているのか分からないくらいに高温を発し、近付くのも容易じゃない。

 火炎骨竜は、ガウルの《 アイス・ブレス 》で足止め、若干のダメージは通るが、物理攻撃はほとんど通らない。

 俺もだが、ガウルの場合は両手の金属爪がメインウエポンだから、熱ダメージを回避するための距離が絶望的に足りない。下手すりゃ熱された自分の装備で大ダメージである。

 炎纏骸も火炎骨竜も、攻撃を受けただけで焼け焦げてその箇所が使い物にならなくなる。状態異常:重度熱傷とかいわれても、そんなものを治療する手段がない。

 まともな戦闘にならない。ここは、俺たちとの相性が悪過ぎる。


 特殊ルールだからなのか、消し炭になった箇所に装備されていたモノ、たとえばメンタルリングなどはロストせずに戻ってくるのは確認した。レンタル品だから無くすと大変だ。

 消し炭になっている間は効果を発揮しないので、メンタルリングの効果を失ったあとで状態異常を喰らう事も多い。その場合は大抵そのまま《 自滅 》コースだ。

 極力戦闘を回避し、敵に見つかった場合は逃げながら先を目指す。敵に遭遇しなくても、ダンジョン内のギミックだけで体はボロボロだ。簡単に体の一部を持っていかれる。片腕が消し炭のまま移動する事なんて、ここでは当たり前だ。

 ガウルなんて毛が燃えるから、ここに入る前後で判別不可能なくらいシルエットが変わってしまう。

 そうして、ようやくゴールが見えてきた。


 ワープゲートへ続くであろう道の前には、五体のラーヴァ・ゴーレムが配置され、行く手を阻む。

 アンデッドではなく、溶岩でできた人形だ。ここだけのために出張してきたのかもしれない。お疲れ様です。

 倒さなくてもいい敵らしいが、近くに寄るだけで蒸発しそうな高温を放っているため、間をすり抜けるのも難しい。

 ラーヴァ・ゴーレム同士の距離が結構離れていても、駆け抜ける隙間すら見当たらない。というか、まだ結構距離があるのに熱で死にそう。


「んで、初めてゲート近くまで来たが、どうよ」

「どうよって言われてもな……この脚じゃ駆け抜けるのも不可能だ」


 息も絶え絶えでここまで来たが、俺もガウルも満身創痍だ。

 ボス部屋に入る手前、なんとかラーヴァ・ゴーレムたちが配置された広間を見れる位置で観察をしているが、ここから移動する事も難しい。

 ここに至るまでの道中で俺は体中が焼け焦げ、まともに武器も握れない状態。ガウルに至っては飛んできた溶岩を受け、右腕が丸ごと蒸発している。

 この通路は道中の広間よりは気温が低いが、それでも休めるような場所じゃない。突っ立ってるだけで体力を消耗していく。

 少なくともこの回での突破は難しいだろう。放って置いても死ぬような視点すら定まらない状態だが、次回以降のために少しでも情報を持ち帰りたい。


 観察する。ラーヴァ・ゴーレムは動きは鈍重だが、その配置に死角はない。

 真正面から抜けていくのは無理が有り過ぎる。ガウルの《 アイス・ブレス 》程度じゃ壁にもならない高温だろう。

 ……倒すのも無理だ。よほど強力な熱対策をしてないと近接攻撃なんて不可能だし、倒し切るだけの投擲物もない。

 ないとは思いたいが、投擲物が当たる前に溶ける可能性すらある。……《 自滅 》前に試してみるのもいいかもしれない。


「どっちかが囮になるしかないのか……」


 囮でラーヴァ・ゴーレムを移動させれば、もう一人が突破する事は可能かもしれない。


「じゃあ、それは俺だろうな。《 アイス・ブレス 》程度でも数秒は時間が稼げる。一人なら《 アイス・コート 》も併用できるしな」


 確かに、ガウルの方が熱に長時間耐えられるだろう。……だが、それでいいのか。

 仮に上手く突破できたとしても、囮になったやつは最悪死亡して試練から脱落。良くて《 自滅 》で待機部屋行きだろう。

 再挑戦できるにしても、次は一人で突破しないといけない。ここまでだって二人でギリギリだったのだ。それ以上の難所であるここを一人でなんて……。

 こんな時、ユキだったらいい方法が思いつくのだろうか。


「どっちにしろ、今回は無理だ。囮すらやれねえ」

「分かった……一度剣を投擲して、あいつの反応見てから《 自滅 》だ」


 今回はそれしかできる事がない。あいつの移動速度、投擲物への対応、行動パターンの調査だ。意外と脆くて剣が刺されば死ぬかもしれないし。

 握って振るには覚束ない状態だか、ロングソードを《 瞬装 》で展開。童子の右腕の《 怪力 》を使い、思い切り振りかぶって……投げる!!

 あまり上手くない俺の投擲だが、あいつらの動きは遅いしそこそこでかい。命中は確実。

 だが、ラーヴァ・ゴーレムは俺が投げた剣に反応し、顔部分のみを回転させた。移動速度と違い、その動きは速い。ほとんど瞬時に迎撃状態に入る。


――Action Skill《 溶岩弾 》――


 口らしき部分から吐出されたそれは、俺が投げた剣を迎撃、飲み込み、そのままこちらへ飛んできた。

 ものすごい勢いで射出された巨大な溶岩の弾丸が、投擲後の無防備な俺を襲う。

 マズい、避けられ……。


「ばっか野郎っっ!?」


 《 自滅 》する間もなく、《 溶岩弾 》に飲み込まれそうだった俺を、ガウルが片手で引き摺って移動させた。


「ぐうううううっっ!!」


 スレスレで直撃を避けたが、通り過ぎる《 溶岩弾 》の高熱だけで皮膚が溶け落ちていくのを感じる。

 駄目だ、早く《 自滅 》しないと。


「じ、じぃぐ……っ!!」


 喉がやられたのか声が出ない。ガウルは《 自滅 》したのか気配が消えた。だが、俺はどうすればいい。

 もう目は見えないが、このままもたもたしてたら次弾が飛んでくる。

 発声なしで《 自滅 》を起動させろ。

 散々やってきた事だ。難易度的には屁でもない。考えてる間にも壁に着弾した《 溶岩弾 》の放射熱だけで全身溶け落ちるぞ。

 早くっ、早くしろっ!! こんなところで脱落なんて冗談じゃねーっ!!




――《 自滅 》――


 散々繰り返した経験がものをいったのか、発声なしでの《 自滅 》の起動に成功した。

 死亡イメージは溶鉱炉への投身だった。




「……どうしようもねえ」


 復活して早々、ガウルが言った。

 確かにどうしようもない。あんなものを見せられたら、囮を使ってですら突破できるか怪しい。


「お前は先に行け」

「……囮になる気か?」

「それが一番確率が高い。フィロスの《 氷装刃 》や《 氷装盾 》みたいなスキルがあれば、もちっとマシな切り抜け方もあったかもしれねえが」


 強力な属性耐性や属性特攻が用意できるなら手はあるかもしれないが、俺たちにそんな器用なスキルはない。理想は射撃可能な< 魔装弓士 >か< 魔術士 >だろうが、そっちはメンバー内にすらいない。

 ガウルの《 アイス・ブレス 》や《 アイス・コート 》はかなり有用だが、再使用になるまでの時間が長く、ほとんど一回しか使えない。

 俺にできる事なんてもっとない。大量に水をtける事くらいだろう。溶岩相手に飲み水程度の量を撒いたところで、なんにもならない事は分かってる。


「だけど、お前犠牲にして俺だけ先に行くっていうのか」


 そんな脱落を容認しろっていうのか。


「いや、あいつの動きを見る限り、俺一人なら突破できるかもしれん」

「…………」


 それは俺を先に行かせるための強がりじゃないのか?


「そんな目するなって。本気だよ。……ただ、一回で突破する自信はねーから、先に行ってろって事だ。……ぶっちゃけた話、アレ相手にお前いても役に立たねーし」


 そりゃ確かにそうだ。ぐうの音も出ないほど正論だよ。


「それにな、アレ見ろ」


 ガウルが指すのは、壁にかかった燭台だ。……こいつの言いたい事は分かってる。


「もう第四関門まで到達してる奴がいる。……逆に、第二関門で止まってるのはもう俺たち含めて三人だけだ。お前だけでも追いついて、助けてやらないと面目丸つぶれじゃねーか。……リーダーなんだろ?」


 くそ、それ言われると何も返せないんだよ。

 アレを二人揃って突破する方法は見つからない。そんな時間もない。先では他の奴が苦しんでるんだから、俺だけでも突破できるなら先に進むべきだ。


「なに、ひょっとしたら一回で俺もまとめて突破できるかもしれないからな」

「……本気で言ってるのか?」

「ああ。注意を惹きつけた上で《 アイス・コート 》使えば、俺の敏捷性があれば不可能じゃねーと思う。手足は数本持っていかれるだろうが、行けるかもしれねえ。……何回かやれば間違いなく抜けられるはずだ」


 《 アイス・コート 》ってのは、自身に冷気の防御膜を張るスキルだ。俺がいないなら《 アイス・ブレス 》で防ぐよりそちらのほうが効率的なのは分かる。

 あそこだけは、一人のほうが突破し易いってのも有り得なくはないだろう。だが、あそこまでの道中はどうする。二人でもキツイんだ。一人でどうにかなるのかよ。


「まあ、一度試してみるぞ。……だが、お前はどうあっても先に行け」

「……くそ、分かったよ」


 囮使って俺一人抜けるだけでも博打なんだ。これしか方法がねーなら、やるしかねーだろ。




-3-




 そもそも、まともな状態でラーヴァ・ゴーレムに挑む状況を作るだけで一苦労だ。手前の荒野で死ぬ事はなくなったが、ボス部屋までの道のりが容易じゃない。辿り着けても、博打を打つ事すらできない状況じゃしょうがないのだ。片足ない状態で走り抜けろってのは流石に無理がある。

 まともに勝負できそうな状態を維持してボス部屋に辿り着くまでに、それから更に十時間以上。二度の《 自滅 》を必要とした。

 それでも、なんとかギリギリ勝負できるかどうかってラインだ。だが、贅沢も言えない。

 そして、それだけの時間を使っても、囮以外の案を見つける事はできなかった。


 ガウルを広場入口に残し、俺は少し後方に下がる。

 このままガウルは広場に突入。可能な限りラーヴァ・ゴーレムをゴールの通路から引き離したあと、俺が突入する作戦だ。

 タイミングは俺任せ。囮で本体を引き離しても《 溶岩弾 》が飛んでくる確率は高いので、避けながら進む必要がある。

 だが、手足がもげようが、溶けようが、這ってでもゲートに辿り着いてやる。


「心配するな。お前がゲートに向かう段階で俺も移動開始する。だが、駄目だったら《 自滅 》するから、お前はそのままゲート潜れよ。第三関門でも俺を待つとかしないで、先に行けよな」

「……分かったよ」


 何度かシミュレーションした結果、あそこを抜けるには、確かにこいつ一人のほうが良さそうだというのが分かった。

 俺一人では突破するのは不可能に近いから、この役回りも理解できる。間違いなく、俺は足手纏いだ。

 だが、それを認めるしかない自分が情けなくてしょうがねえ。

 他に何も方法を思いつかない自分が情けなくてしょうがねえ。ああ、くそ。


「……準備はいいか」


 ゴールの通路に向けてダッシュできる体勢を取る。

 絶対にタイミングを見逃すな。あいつらの移動は速くない。抜けられそうなギリギリの間隔が空いた時点で駆け出す。

 ガウルは極力あの五体に近付く必要があるため、《 アイス・コート 》を起動した。青白い膜に包まれたのが分かる。


「迷宮都市に来て知ったんだが、こういう『俺に任せて先に行け』ってシチュエーションは燃えるな」

「それは死亡フラグだ」

「死なねえよ。最悪のケースで病院行き。《 自滅 》する保険まであるんだ。フラグとやらにもならねえ」


 なんか、似たような台詞をどっかで聞いた事あるような気がする。


「いくぞっ!!」




 ガウルが広場に向けて飛び出した。

 目指すは五体のラーヴァ・ゴーレムの待ち構える奥。そこに辿り着き、注意を引かないといけない。

 移動しないで《 溶岩弾 》を撃つだけという最悪のパターンはない。一番の懸念事項はすぐに払拭され、ラーヴァ・ゴーレムは移動を開始する。

 ノロノロと、こちらを誘っているんじゃないかというほど遅く、《 溶岩弾 》をガウルがいるであろう方向に吐き出しながら。


 まだ駄目だ。まだ早い。このタイミングで飛び出したら奥の通路に到達するまでに熱で溶け落ちる。

 くそ、さっさと動けよ。

 ここからはすでにガウルの姿は見えないが、ラーヴァ・ゴーレムが《 溶岩弾 》を吐き出している以上、ガウルはまだ健在のはずだ。

 早く、早くしろ。手遅れになる前に。

 あと少し……今っ――


「だっ!!!!」


 地を這うような極限の前傾姿勢で、弾丸のように通路を駆け出した。

 広場に出た途端、猛烈な気温の上昇に襲われる。ちょっと近付いただけなのにこれか。

 だが、こんな中で囮やって《 溶岩弾 》の集中砲火浴びてるガウルより全然マシだ。

 体が溶けて頭だけになろうが、勢いだけでゲートに飛び込んでやるっ!!

 横目に確認できたが、ガウルは健在。《 溶岩弾 》で融けだした地面に囲まれて今にも蒸発しそうだが、まだ大丈夫。

 脚を止めずにそのまま奥へと走る!!


 このまま一直線に駆け抜けられるかと思ったが、そうはいかないようだ。

 《 回避 》と《 危険察知 》が危険信号を上げる。おそらく俺に向けて射出された《 溶岩弾 》だ。

 振り向く時間も惜しい。感覚だけを信じて方向転換、着弾地点を大きく避けてゴールへと走る。

 二度、三度と《 溶岩弾 》が発射され、その度に方向転換を余儀なくされる。

 体感してみたところ、《 溶岩弾 》はチャージタイムが必要なのかその発射間隔は長い。連続して撃ってるように見えるのは五体いるからだ。

 ゴールはまだ遠いがいくらでも撃って来い。その分ガウルが楽になる。二人揃って突破するのがベストなんだ。


 あまりの高温にまともに息継ぎすらできない。酸素が足りない。水分が足りない。だが、足は止めるな。

 《 溶岩弾 》で融けだした岩に囲まれながら、体が損傷しないギリギリのラインで走り抜ける。大丈夫だ。俺はこのまま走り抜けられる。

 広場を抜け、通路へと入った。体はボロボロだが、欠損した箇所もない。最低目標は達した。あとは――


「ガウルっっ!!」


 後ろを振り返ると、広場がすさまじい惨状になっていた。地面のほとんどが溶解し、ほとんど足場などない。

 一歩戻っただけで蒸発しそうな惨状だ。俺はこんな所を走り抜けて来たのか。

 無数の《 溶岩弾 》を撃たれ、その中を潜り抜けるように駆けるガウルの姿が見える。

 着弾に合わせ、何度も溶岩の柱が吹き上がり、爆発する。

 飛び散る火の粉と溶岩は完全に躱し切れるような量じゃない。命中こそしていないが、確実にダメージが蓄積しているのが分かる。


「あと少しだっ!!」


 あと少し、あと少しでここに届く。獣人であるあいつの身体能力は俺より遥かに上だ。

 俺が飛び越せない溶岩の池だって越えて、最短距離でここまで来れるはずだ。飛び込んでくれば、ガウルが歩けない状態でも俺が担いでいける。

 だが、無情にもその可能性が消えた。


「ぐあああああっっっっ!!」


 ガウルが今正に通路に飛び込んで来れるというそのタイミングで目の前に閃光が走る。

 通路の入口を分断するようにラーヴァ・ゴーレムの《 溶岩弾 》が着弾し、溶岩の池が出来上がった。

 ダメだ。それじゃもう通れない……。いや、まだだ、あいつの身体能力だったらこれくらい飛び越えられるっ!!


「ガウルっ! 飛べっ!!」


 叫ぶが、反応がない。……まさか、直撃を喰らって……。HP全損……いや、死亡したのか。


「おいっ!!」

「……うるせー馬鹿。さっさと行け」


 声が聞こえたが、煙で見えない。ダメージがひどいのか?


「おい、大丈夫なのかっ!! 今そっちに……」

「……やめとけ。距離が有り過ぎる。お前じゃ無理だ」

「だったら早くっ!!」

「……脚ねーからもう無理だ。《 自滅 》するから、お前は先に行ってろ」


 なんだよ、それ。マジで一人でもなんとかなるとか思ってるんじゃねーだろうな。


「《 溶岩弾 》のチャージタイムで話できてるが、もう時間がねえ。もう一度言う! 勝手に《 自滅 》なんてするな。俺は一人でも突破できるから先行って待ってろ!!」

「が……」

「あー、く……っそ、駄目だ。そろ……そろ、死ぬ。《 自滅 》するぞ。……い、いか、邪魔だから先行け」

「く……そっ!!」


 それが強がりで、邪魔だってのも俺を行かせるための嘘だってのは分かる。だが、ここは俺が先に行く方がいいというのも分かってしまうのだ。

 再び、轟音と共に《 溶岩弾 》が着弾した。溶岩と煙で遮断され、広場がどうなっているのかも分からない。

 すでにガウルの気配はない。《 自滅 》したのか、死亡したのかも確認できない。


 くそっ……。確かに正論なんだ。一人であれだけ《 溶岩弾 》を避け切ったあいつなら一人でも突破は可能だろう。

 ただし、それには相当時間がかかる事は間違いない。

 ここで俺が《 自滅 》して戻っても大した助けにならないのは分かってる。だったら先に向かって、 先行している他のメンバーを助けながらガウルを待つのが一番だ。


「ああああっっ!!」


 焼けつくような高温を放つ壁に、思い切り拳を叩きつける。こんな痛みなんか屁でもない。待機所に行けば治るんだ。


「先行……する」


 俺は奥のゲートの光に向かって歩き出した。




-4-




[ 第三関門 尖塔の間 ]


 こうして待機所に移動すると、灼熱の地獄がいかに狂った温度だったかが良く分かる。


 第三関門でも待機所の構成は変わっていない。

 一番の懸念であった燭台の火はちゃんと八つ灯っている。ガウルはちゃんと戻れたようだ。これで第二関門で留まっているのは二人。

 個々を示す蝋燭の位置は変わらないから、その内の一人は最初に第一関門を突破した奴だ。

 誰だかは分からないが、それが少し気になる。俺たち以上に第二関門で足止めを喰らっているって事だ。……しかも一人で。

 ガウルみたいにもう一人を先行させたケースも考えられるので、有り得ない事ではないのだろうが。


 待機所には人影はない。一人はすでに第四関門、二人は第二関門で足止めを喰らっているので、俺を含む五人はこの段階にいるはずだ。待機所にはいないが、ここで誰かと合流できるはず……。

 いや違う、第四関門へ先行した一人と第二関門の二人がいるから、最悪のケースは0人だ。人数が偏っていたら合流できない可能性がある。

 ……ここは、せめて制限時間ギリギリまで待った方がいいのか?

 どちらにせよ準備時間は必要だ。水汲んで、説明読んでるだけでも三十分なんてすぐだろう。

 だが、説明分を読むために壁に近付くと嫌な表記が目に入った。


[ 残り待機時間:9:58.52 ]


 地味なところで攻めて来やがる。待機時間が三分の一になってしまった。次は三分とかじゃないだろうな。

 張り紙に書かれた[ 尖塔の間 ]のルールを急いで確認する。次の関門のルール説明は単純だ。名前の通りただ塔を上まで登ればいい。

 ……単純だが、当然の事ながら、そんな簡単な話ってだけでもない。


 登るのは塔の外側に設置された足場。落下したらリカバリは不可能。階段って書いてくれないところが正直でいいね。……いい加減良く分かるぞ。

 詳細は不明だが、当然邪魔するギミックは満載だろうし、モンスターも多数配置されているだろう。

 そして、最大の目玉が時間制限だ。一時間以内に突破しないと塔自体が消滅する。

 しかも、一定時間ごとに下の階から消滅していく仕様だ。開始して、突っ立ってるだけで崩落する塔に巻き込まれる。

 やる事はシンプルだ。難易度はまたひどい事になってるんだろうが、一回の挑戦時間はそんなに長くない。ガウルを待つとしても、先行して内容を確認しておくべきだろう。


「おっと、やばい。水……」


 ミイラのようになった体に水分補給をして、空の容器に水を入れていると、開始時間になった。

 全然準備できていないが、ルール上水を大量消費するようなところでもないだろうから、次回以降は楽になるだろう。

 ただ、相変わらずロクに睡眠を取れそうもないのはキツイ。




 ゲートを潜るでもなく、待機時間終了で自動転送された先は石で作られた円形の広間。おそらく塔の一階だ。

 柱以外何もない広場で、見渡すと上に続くらしき階段が外に見える。ここを出て、あそこから登っていけという事だろう。

 そして、真横には何故かユキがいた。


「あれ?」


 不思議そうな顔をしているが、こっちも状況が理解できない。


「……ああ、開始時間を合わせられたのか」


 ユキは納得しているが、俺はいまいち状況が理解できなかった。

 説明を受けてようやく、先行していたユキが再挑戦するタイミングに合わせて俺が転送されたであろう事が分かった。制限時間付きだから、こうした処理が必要になるのだろう。


「時間がないんだろ? 取り敢えず先に進むぞ」

「……いい。ツナがいるなら違う方法が取れそうだ。この回は捨てる。」


 何を言い出すんだ。俺が慣れないのは分かるし、これまでのケースから一回で攻略できるわけはない事くらい分かるが。

 ……いや、情報の共有と整理のほうが重要だって事か。


「初見で挑戦するより、情報共有したほうが結果的に攻略は早くなると思う」

「……それでもいいが、ここ崩落するんだろ? 上に移動しなくていいのか?」


 説明の時間も取れないだろ。


「ここの崩落が始まるのは三十分後からだから、結構余裕あるよ。説明しながら上に行こう」


 随分手馴れている感じだ。この様子だと、相当数挑戦してるな。《 自滅 》を天秤にかけて、一回二回の捨て回を作ってもいいと思うくらいには。


「まず、外縁部に行こうか」

「あ、ああ」


 ユキのあとについて、塔の外側に設置された階段へと向かう。


「なんだ……ここは」


 塔の外縁部から見えたのは広大な空と雲。見渡す限りそれしかない。遠くを見てると空に吸い込まれて行きそうだ。


「天空に浮かんだ塔ってところだね。下はかなりの距離何もない。そのまま落ちていったら空気が薄くなっていくから、果ては確認できなかった」


 試したのかよ。

 下も雲に覆われていて何も見えないが、ユキが言う事を信じるなら何もないのだろう。陸地も海もないと考えていいかもしれない。

 一方塔の上を見ると、これまた頂上が見えない。どこまで伸びてるんだ、この塔。


「外周登ってるだけだから正確には分からないけど、ビル数十階分以上はあるよ。……しばらくただの階段だから、登りながら話そうか」

「……ああ」


 随分とゆっくりしているが、攻略を考えるなら、こんな下層部は走り抜けないとマズいらしい。相当時間が足りないようだ。

 登っていて一番気になったのは風だ。かなりの強風で、普通に階段を登っているだけでも吹き飛ばされそうになる。俺がヅラだったら大ピンチだ。


「まず、それが問題だね。ここはまだそよ風程度だけど、上の方は嵐みたいになってるから」

「もう飛ばされそうなんだが」


 手すりすらない階段だから、危なくてしょうがない。……これをそよ風って、上の方はどうなってるんだよ。


「お前が得意そうなステージだが、俺役に立つかな。一人で先行したほうが早かったりしないか?」


 前のステージで足引っ張ったから、自信がない。俺が役に立つ場面はあるんだろうか。……戦闘?


「それはないね。途中二回ボス戦があるから、その戦闘時間が短縮できるだけでありがたいよ」

「二回って……ゴールは確認済なのか?」

「うん。実はゴール直前までは行ったんだけど、タイムアップで届かなかった。……サージェスが一人で先行する事になっちゃった」


 ガウルと同じような事をしてるんだな。第四関門に行ったのはサージェスだったのか。ある意味予想通りではあるな。


「第二関門は相当時間を食ったから、ここも相当時間がかかると思ったほうがいいか? それなら情報を集めて慣らしながら、後続のガウルを待つって手もあるんだが」

「第二関門でガウルと一緒だったの?」

「ああ、最後の最後で失敗して、俺一人が先行する事になったんだ」


 人数集めて一気に攻略したほうが次の関門だって楽になるから、考慮は必要だ。


「……ここで待ってても、ガウルと合流できるかは分からない」


 だが、ユキの言葉は否定だった。まさか、あいつが攻略できない可能性以外に何かあるのか?


「そう思う理由があるのか?」

「僕さ、第二関門の[ 臓腑の間 ]でゴーウェンと一緒だったんだよ」


 [ 臓腑の間 ]とか、また嫌な感じの名前である。……消化でもされるのだろうか。


「そのゴーウェンは?」

「一緒にゴールしたけど、ゲート抜けたら逸れた。多分、ランダムで別の関門に飛ばれされる仕組みなんだと思う」

「なるほど……トーナメント表みたいなのを想像してたが、関門ごとに振り分けられるのか」

「うん。その時に人数が少ない方に飛ばされるとか、そういう条件はあるかもしれないけど」


 先行したサージェスを含めると、すでに第三関門には六人が到達している。

 こちらにガウルが来ない場合、あと一人は必然的にかなり前から第二関門に残ってる最後の一人って事になる。

 ……いや、そもそも四人ずつ振り分けられるって保証もないな。


「それに、何十時間もここで待てない。制限時間がある以上、その 自滅 し続けないといけない。会うまで誰かは分からなかったけど、第二関門にいた三人の事はほとんど諦めてたくらいなんだ。……ここは先に向かうべきだと思う」


 待つのは現実的じゃないか、か。ガウルは最短ならあと六時間程度で突破してくる可能性もあるが、もう一人は分からない。


「……サージェスが第二関門で会った奴が誰かは聞いてるか?」

「摩耶。……多分、第二関門で足止め喰らってるもう一人だよ」


 訓練開始前に剣刃さんに言われた言葉が甦る。


『多分、今回のルールで真っ先に折れるとしたらウチのだ』


 ……そうか、剣刃さんの不安は的中か。


「サージェスは何か言ってたか?」

「詳しくは……。でも、多分先には進めないだろうって」


 ……くそ、そういうからには、何か根拠があるんだろう。ガウルだって最短で突破してくる可能性が高いわけじゃない。


「積極的に攻略に行くしかねーな。……今回は捨て回だとしても、ある程度攻略の算段は付いてるんだろ?」

「そうだね。……ツナ次第だけど、早ければ次か、その次でも行けるかも」


 それは頼もしい事だ。第二関門の俺たちとはえらい違いだな。


 結局、ある程度のギミックの確認と情報の摺り合わせで、その回は終了した。

 もう《 自滅 》も慣れたもんだ。気分は最悪だが、手段の一つとして割り切れるようになってきた。ダンジョン内で受けるダメージだって死ぬのとそう変わらない。

 たとえば第二層なら、手足が溶解しながら《 自滅 》するよりは、《 自滅 》だけのほうが楽だ。死ぬような苦痛が一回で済む。

 ……完全に感覚が麻痺しているな。


 ユキと共有した[ 尖塔の間 ]の情報だが、まず、下層はそれほど問題ない。風はあるが、外周をぐるりと回る階段を踏み外さないように駆け上がっていけばいい。

 中層あたりで移動手段が劇的に変わる。階段がハシゴに、ただの棒に、間隔の空いた床にと、足場が複雑に入り交じるアスレチック的なものに変わる。

 これだけなら鉄球がない分、第一関門よりも遥かに楽だが、問題は強風と飛行モンスターだ。

 階段があればそこまで脅威でもないが、足場の悪い……一本の棒の上で複数の飛行モンスターに群がられるとか最悪だ。


 そして、中層のど真ん中あたりにはボスがいる。スカル・ビショップという状態異常をメインに攻めて来るモンスターで、メンタルリングの耐性があればかなり楽に戦えるとの事だ。……メンタルリングがなければ悲惨な事になっていたかもしれない。

 こいつを倒さないと上へ向かう道は開かれないらしい。ユキ曰く、無理をすれば外周を辿って先に進めない事もないが、現実的ではないという。……一体何をやったのだろうか。


 中層以降と上層は、嵐の様な強風と移動手段の限定が待っているようだ。最後のほうはほとんどロッククライミングみたいな事をしないといけないらしい。

 ……俺は気付かなかったのだが、待機部屋にフック付きのロープやピックが用意されているそうだ。


「次回か、その次って言ってたけど、それお前基準じゃねーか?」

「そうだけど、冒険者の身体能力ならなんとかなるよ。極力フォローはするから、頑張ろう」


 軽く言ってくれるが、大丈夫だろうか。お前、俺を過大評価してないか? 第二関門は散々だったんだぞ。

 こんな試練なら、飛べる騎乗生物を召喚できる< 召喚士 >だったりしたら楽なのかもしれないな。あとは風を遮断できる魔術とか。……どんなのがあるか知らないけどさ。

 なんか、この試練が開始してからアレがあれば楽だったっていうものが多い。


「お前さ、今回の試練どう思う?」


 まだ待機時間はあるので、話を振ってみた。


「難し過ぎないかって事?」

「……そう。ゼロ・ブレイクや、……認めたくはないが《 自滅 》で再挑戦はできるが、これが冒険者に必要な試練だと思うか?」

「思う」


 言い切ったな。


「中級の……今の猫耳みたいな立ち位置でいる分には過分な試練だろう。いや、大多数の冒険者には必要ないはずだ。……でも、俺も必要な事だって思うんだ」

「多分、その上で必要になって来るだろう事を、先行して要求されてるんだよ」


 多分、そうなのだ。これから先、待ち受けているであろう困難が凝縮して立ちはだかっている。

 不屈のメンタルが一番試されている要素なのは確かだが、それに合わせて今の俺たちに足りない、これから必要になるものを教えるような場面が多く存在するように感じる。あれがあれば楽になる。これがあれば余計な苦痛を味わわずに済んだ。なんて場面が多過ぎる。

 何もかもがないから、基本強行突破になっているが、その時その時に必要なものがあれば、楽に突破できる試練ばかりだったはずだ。


「無限回廊中層以降じゃないと出てこないっていう、複層構造のフロアを見た時点で感じてたんだ。これは多分困難の先取りなんじゃないかって。お前たちは、普通の冒険者が立ち止まるような壁はさっさと越えていけって。……そんな事を言われてる気がした。< アーク・セイバー >のクランハウス前で言った事も多分この先にはあるんだ。この塔とかほとんどそんな感じだしね」


 それは、俺とガウルが体験した[ 灼熱の間 ]にもあったダンジョンの中のダンジョンの事だ。

 一つの世界と呼んでもいい空間がダンジョンとして成立している。再現できている以上、本番で出て来ないと思うほうが不自然だ。

 どれくらい先の話になるのかは分からないが、早ければ第七十一層以降でこんな構造のダンジョンが待ち構えているのだろう。

 ひどい悪夢のような試練だが、確かに俺たちが駆け上がるために必要な事は教えてくれる。……それこそ身を持って。体張るのは俺たちだ。

 ……やり過ぎだと思うけどな。そりゃダンマスにキッツイ言われるわ。


「でも、多分次が一番キツイと思う」

「なんでそう思う?」

「人数。多分、第三関門突破時点で全員揃う仕組みだから」

「そこが本番だって?」

「うん」


 一笑したいが、有り得そうだ。

 メインの餌である中級昇格はここを越えれば手に入るから、更にその先を目指す者を試すって意味もあるかもしれない。

 ひょっとしたら、そこまでを通常で越えられる難易度にして、その先はロッテの考えた無理ゲーが始まったりしてな。

 そしたら、俺たち全員< 自称・負け犬 >だ。


「さて、そろそろだよ」

「ああ、先行するのは任せる」


 待機時間の制限時間が終わる。




-5-




 意気込んではみましたが、俺には難しかったようです。


「お前、絶対おかしいって!! なんでそんなピョンピョン飛んでいけるんだよっ!!」

「いけるいける、ツナもできるって。サージェスも最初は大変そうにしてたけど、何回かやったらサマになってきたから」

「何回かって、何回失敗したんだよ」

「ご、五十回くらいかな?」


 ……考えてみりゃそうだ。俺たちが第二関門で足止め喰らってる間、こいつらは一時間の制限ありで挑戦してたんだもんな。

 あと、サージェスは《 飛竜翔 》があるから一応リカバリが効く……ような気がする。


 中層のスカル・ビショップを倒すまでは良かったんだ。

 足場が狭くなろうが、それがただの棒になろうが、ジャンプしなくちゃならなかろうが、それは第一関門より遥かに楽な難易度だ。

 ユキが手本を示してくれるのも大きい。あいつは楽々、俺は悪戦苦闘しながらだが、それでも先に進めた。

 問題は、大して強くもないスカル・ビショップを倒したあとだ。

 ボス部屋を抜けたら、なんと雨が降って来た。それも嵐のような大雨だ。気を抜くと飛ばされる強風も吹いてるから嵐で間違いないかもしれない。

 嵐の中で、下を見たら何も足場がないような所で、あまりに頼りない棒一本、ロープ一本で体を支える。そんな状況だ。

 ああ、確かにユキは嵐って言ってたさ。想像力のない俺が悪いですよ。

 しかし、そんなところで平然と棒の上に直立するこいつは、一体どんな運動神経してやがるんだ? 同じ人間とは思えないんだが。


「ひうぅっ!!」


 足を踏み外し、壁に刺したピックに辛うじて掴まる。

 やばいやばいやばい、死ぬっ!! 手が滑るっ!


「大丈夫ツナ? 上がってこれる?」

「無理! 無理だからっ!!」

「……しょうがないな」


 といいつつ、ユキはどこかにロープを引っ掛けて、軽やかに移動。俺の近くまで来るとピックで足場を作ってくれた。

 おっかなびっくりで、そのピックに足を乗せ、徐々に体重をかける。


「……た、助かる」


 足場があるって素晴らしい事だったんだね。


「その分だと、あと数回は練習が必要だね」

「…………」


 ……数回で済むのか? この有り様で? ここ、中層抜けたばっかりなんだけど。まだ、難易度は激烈に上がるんだよね?


「一回、ボス部屋まで戻ろうか」

「あ、ああ」


 ユキに促され、頼りない足場を辿ってわずかな距離を移動する。

 ボス部屋に戻ると、俺は倒れこんだ。地面がある。屋根がある。強風が吹いてない。なんて素晴らしいんだ。

 ついでに、ボス部屋の入口から見える外の風景は何故か青空だ。癒される。


「俺もうここに住む」

「何アホな事言ってるのさ」


 無理矢理起こされて、この回を犠牲にしての特訓が始まる。

 ユキから雨の中での姿勢の取り方、ピックやロープの扱い方のコツを聞いて、部屋の中で実践する。

 このままだと先に進める気がしない。だって、まだ中盤だ。後半は更にキツくなるというのだから冗談じゃない。

 一番の収穫は《 姿勢制御 》だ。こいつを上手く意識して使う事で、体勢だけはマシになった。あとは雨への慣れと、恐怖の克服だけだ。……それが大変なんじゃないかって感じもするが、これは慣れるしかないとの回答だ。

 時間がない。崩れる前に少しでも先に進もう。進んで慣れよう。再度体験する強風と雨に挫けそうになるが、慣れなきゃ始まらない。

 最初はお互いをロープで縛って、ピックをユキに刺してもらい、移動に専念する。情けないが、これが一番近道だ。我慢するしかない。


 少しずつ。少しずつだが、慣れてきた……様な気がする。そんな実感を覚えたところで、崩落に追いつかれた。

 落下する中、大量の骨の鳥に啄まれつつ《 自滅 》する。




 改めて待機部屋で準備をする。

 登攀に必要なロープやピックも《 アイテム・ボックス 》に入れていたらとっさに使えないし、時間がかかる。

 すぐに使える状態で、身につけておくのがベストだ。ユキにアドバイスを受けながらそんな準備を進める。


「……あのさ、なんでお前ゲートまで行けなかったんだ? サージェスが置いていったとか?」

「ボス倒したあとに通路が四つに分かれてるんだよ。それぞれの通路には一人しか入れないから、分かれるしかなかったんだ」


 ここを通過できる人数分、それぞれ通路が用意されてるって事か。


「大した道のりでもなかったんだけど、ボスで無理しちゃって途中で力尽きちゃったんだ。で、タイムオーバー」


 ゴール直前まで行ってそれはキツイな。だが、ユキなしでここの突破は俺には難しい。そういう意味では助かったと言える。

 あれから二時間くらいしか経っていないのだから当然とも言えるが、燭台を見ても状況は変わってない。

 後続を考えて待つ事も考えたが、あとから来るのがガウルでも摩耶でも得意分野だ。一人でもなんとか突破できそうだ。

 それなら、俺たちは先に進むべきだろう。……追いつかれたら、それはまた良し。


「じゃあ、行くか。せめて中盤までの時間を縮めないと、訓練の時間も取れない」

「そうだね。前回の半分くらいがベストかな」

「……善処します」


 え、何こいつ、あの倍のスピードで中層まで行っちゃうの?



 改めてユキの超スペックを感じながら第三関門への挑戦は続く。慣れっていうのは怖いもので、十回もしない内に俺も対応できるようになってきた。

 冒険者の身体スペックもあるのだろうが、ユキの手本と手助けが大きい。あいつがやる事を、俺なりの方法で実現すればいいのだ。そのままは無理だという事が分かった。

 落ちた場合のリカバリ方法も確立できた。ピックが刺さる事から気付いたのだが、< 童子の右腕 >を使って全力で剣を突き刺せば、落下は避けられる。

 ユキがフォローしてくれれば、リカバリも可能だ。……自力でもなんとかなる事もある。

 制限時間はかなり厳しい。特に残り時間が少なくなるにつれて崩落スピードが上がるので、それが目に入るとどうしても焦りが出る。焦ると、簡単に足を踏み外して自由落下だ。


 最上階で待ち受けていたのは、巨大な甲冑を纏った中身のない亡霊騎士。そして、その肩に乗ったスカル・ビショップ。

 ユキが言うには、スカル・ビショップの使用スキルが中層で戦った時と違うらしい。主に状態異常:腐敗をメインとした継続ダメージが奴の戦法だ。

 それだけならユキだけでもなんとかなりそうだが、問題は巨大な亡霊騎士だ。

 その巨体で握られたハルバートから長柄武器技の《 旋風陣 》、そして《 暴風陣 》を使用してくる。巨大なアーシャさんだ。

 実力的にはアーシャさんほどではないだろうが、こんな暴風の中で更にそんな技を使われたら近付くどころじゃない。簡単に吹き飛ばされる。

 武器やロープを使ってなんとか体を支えても、腐敗が進行する。

 ……強敵だ。




 亡霊騎士の《 旋風陣 》で塔の外まで吹き飛ばされて落下。崩落する塔を見ながら思う。

 ……だが、そこには辿り着いたぞ。あとはようやく俺の見せ場だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る