第10話「鉄球の試練」




-1-




 ゲートを抜け、細い通路を通り、その先にはこれまで何度も見てきたようなボス部屋。

 そこで出迎えをしてくれたのは骨の竜。……スカルドレイクと呼ばれてるモンスターだ。


 < 鮮血の城 >なんて名前で、拷問系トラップが多いって情報で身構えていたが、どうやら第一関門はスタンダードに実力を測るものだったらしい。

 最低限の実力がないメンバーなんか連れてきたら、試練の出足から挫かれる仕組みって事だな。

 そういう意味では、俺の前にいるこのスカルドレイクは試練の門番といったところだろう。


 正直なところ、こいつが門番役とか冗談じゃない。

 俺たちは< 鮮血の城 >対策として、事前に吸血鬼カテゴリを中心にアンデッドモンスターの調査を行っている。

 データベースを検索した際に確認できたこいつの情報は、無限回廊第三十五階"ボス"相当だ。俺たちより上位ランクの連中が、六人で戦うような相手である。

 しかも、《 看破 》で確認できる名前こそ同じものの、データベースの奴は白い骨、こいつは赤い骨で何か強化されてるっぽい。

 初っ端に足切り役として配置するには、ちょっと強過ぎやしませんかね。あの訓練がなかったら、ここで詰んでたメンバーもいたかもしれないぞ。


 まだ広間に入る前だから襲って来ないみたいだが、向こうも俺に気付いていて、さっきからずっとガン見だ。

 少しでも余所見してくれれば強襲かけてやるのに、目を逸らしてくれない。睨めっこだ。試しにあっち向いてホイをやってみたが反応してくれない。……寂しい。

 ……まあいい。こいつくらい正面から食い破ってやらないと最低限にも満たないというなら、正面から行ってやろうじゃないか。

 《 瞬装 》で両手用のモーニングスターを装備して、広間に脚を踏み入れた。


――ActionMagic《 ブラッド・ペイン 》――

――恐怖効果のレジスト成功――

――幻痛効果のレジスト失敗――

――状態異常・幻痛が発生――


「いっつっ……」


 脚を踏み入れた瞬間、未知の魔法が発動した。赤黒い瘴気のようなものが一瞬で広場全体に広がり、それに触れた途端、謎の痛みが全身を襲う。

 データベースで見たスカルドレイクの情報には、こんな魔法の記載はなかった。

 システムメッセージを見る限り恐怖効果はレジストしたようだが、受けた幻痛とやらもおそらくは精神系異常。

 状態異常は発生こそしたが、効果は軽減されているのだろう。そこまでの痛みじゃない。精々、ナイフでプスプス突き刺されてるレベルだ。

 ……メンタルリング様々だな。


 魔法の発動から間髪入れずに、スカルドレイクの巨体が迫る。

 大型モンスターの巨体には慣れたものだが、こいつの突進スピードはこれまでに見た大型の鈍重なものではない。

 単純に< 敏捷 >の補正値が高いのか、骨だから軽いのかは知らないが、似たような大きさのヒュージ・リザードとは比べものにならない。

 だが、何度も繰り返したあの訓練は無駄じゃない。この程度のスピードなら避けるだけでなく、カウンターで反撃を入れる余裕すらある。

 最低限の動きでスカルドレイクの突進を躱し、擦れ違い様にモーニングスターを叩き込むと、確かな手応えを感じた。

 いくら強化されてようが、こいつをカウンター気味に喰らわせば骨くらい砕ける。骨しかないんだから、叩きまくれば勝利だ。


――ActionMagic《 ブラッド・ペイン 》――

――恐怖効果のレジスト成功――

――幻痛効果のレジスト失敗――

――状態異常・幻痛が発生――


「いぎっ……」


 追撃をかけようとモーニングスターを振りかぶると、再度 ブラッド・ペイン が発動し、幻痛の状態異常の深度が増す。

 先ほどまでとは違い、全身に悲鳴を上げるような鋭い痛みが発生する。

 くそ、何度も重ねがけされたら目も当てられない状態になりそうだ。

 毒にせよ、こういった精神系異常の効果は重ねがけ可能だ。メンタルリングの耐性強化で段階的に自然回復もするのだが、そのスピードで発動されたら回復が追いつかない。


――Action Skill《食い千切る》――


 振り向き様に、捕食しようもないその頭部で、見た事のあるスキルを発動させて来た。

 食道も胃袋もないが、確かに食い千切るだけなら可能だ。そりゃあ、俺の専売特許じゃねーだろーよっ!!


「うらあっっ!!」


 こんな序盤から咬み攻撃のクリティカルなんて喰らってられない。タイミングを合わせ、再度モーニングスターを振る。

 砕くまでには至らなかったが、その歯と顎に亀裂が入った。このまま畳みかける!!


――Action Skill《 削岩撃 》――


 岩じゃないが、骨だって有効なはずだ。砕ける。通常攻撃よりも確かな手応えを持って、スキルが命中。何本か骨を粉砕した。

 攻撃は通る。HPの壁だってそんなに分厚い訳じゃない。体感的な硬さは訓練の後半、ステータス補正が極限まで下げられた時に戦ったグランド・ゴーレムくらいだ。

 大丈夫だ。この程度なら問題ない。他の奴らだって、これくらいなら楽勝で越えられるはず……。


――CounterSkill《 ボーン・バースト 》――


「ぐあっっっ!!」


 粉砕した骨が炸裂し、鋭い欠片が勢い良く飛んで来る。

 ほとんどがHPで防げているようだが、わずかに貫通し、いくつかがそのまま防具の隙間から体に突き刺さった。

 くっそ、その骨、粉砕すると爆発するのかよ。冗談じゃねーぞ。下手に叩き割れない。……まさか、全身そうじゃないだろうな。頭部なんか破壊したら大炸裂じゃねーか。


――毒効果のレジスト失敗――

――状態異常・毒が発生――


 おいおい。勘弁してくれよ。その欠片が刺さるだけで毒喰らうのかよ。やり辛いにもほどがあるぞ。この骨。

 ……まあいい、そいつは訓練で慣れてる。HP減少しながらの戦闘なんて、何十回と繰り返してきた。毒が重複して強力になろうが知った事じゃねえ。HPの減少より早く殴り殺せばいい。


 突進しながら食らい付こうとするスカルドレイクを寸前で躱しながら、モーニングスターを叩きつけていく。

 破壊する部位が少なければ《 ボーン・バースト 》への警戒も最小限で済むはずだ。

 だが、弱点が皆目見当が付かない。心臓はないから頭か? 骨格しかない翼は機能していないようで、とりあえず足がなければ動けないだろう。

 まず脚の主要箇所を潰し、続いて頭蓋骨部分を粉砕。それでもまだ生きていたので今度は背骨部分を砕くと、ようやく魔化が始まった。タフ過ぎるぞ、この骨。


 戦闘終了後、カードで自分のHPを確認すると半分以上減少していた。いや、まだ毒のせいで減少している。

 持ち込んだ解毒用のポーションを使ってもいいが、先はまだ長いのだ。さっさと待機部屋とやらに行って回復するべきだろう。

 おそらくここまでは足切り用の小手調べだ。誰と合流できるか分からないが、これくらいなら必要時間の差はあっても軽く突破してくるはず。

 次からは本番だろうし、ここは気合入れ直して挑むべきだ。


 通路を先に進むと、待機部屋らしき小さな部屋があった。

 ワープゲートが二つ。側面のものが帰還用で、正面のものが次の関門のものだ。回復用の魔法陣が真ん中に設置してあって、先でHP全損するとここに戻ってる仕組みだ。……という説明用の張り紙があった。

 まあ、分かり易いから別にいいんだがな。

 ついでに飲み水として使える水場が用意されていた。これはちょっと助かる。


 ……だが、問題が一つ。

 その張り紙には『待機時間:制限なし』という記載がある。それはここにいつまでいてもいいという事だ。

 ロッテが最初に言っていた事と違う。合流ポイントなのだから、待機時間の制限がなければずっと待ってればいい。

 ……なーんて、甘い事はもちろんなかった。だって、ここまで一直線の通路だったもの。逆走できるぜこれ。

 その答えはその上に書かれている。


[ 第一関門・鉄球の間 ]


 ……つまり、まだ試練は始まってもいなかった。

 あの骨は本当にただの門番って事だ。本当の意味での小手調べだ。ふざけんなよ。もう結構消耗してるっての。

 ……いや、いいさ。困難な事は分かっていたのだ。難易度について今更どうこういうつもりもない。

 この治療用の魔法陣とやらで回復して、最初の関門に挑むとしよう。




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 最初だからか、それともすべての関門で用意されているのか分からないが、中に用意されたギミックについて説明書きが張られている。

 俺の場合[ 鉄球の間 ]だが、これはランダムで設定されているようで、他の奴は違う内容になるらしい。

 クリア条件は明確だ。ただ、奥の出口……ワープゲートに到達すればいい。敵は出るらしいが、ボスを倒す必要もない。

 無数の鉄球と敵を潜り抜けて、ゴールを目指す。……アクションゲームだな。実物を目にするまでどんなものか分からないが、要するにリアルでヒゲの配管工と同じ様な事をすればいいわけだ。

 もはやMMORPGでも、ユキの言うローグでもなんでもなくなってしまった。……プレートアーマーとか着てたらどうしようもないだろ、これ。

 《 アイテム・ボックス 》や《 瞬装 》は、こんな場面だと本当に便利だ。

 あまり時間かけると合流が困難になりそうなので、HPも毒も回復したところでゲートを潜る。


「…………」


 だが、ゲートの先、目の前に広がるあまりの光景に絶句した。

 人の幅くらいしかない細い通路、少しでも道を外れれば落下してその先には無数の金属杭。

 その通路の頭上には、俺が持っているモーニングスターのような、巨大な刺付き振り子鉄球が大きく揺れている。……見えているだけでも五つ。

 しかも、視界にゴールが見えない。……上だ。多重の立体構造になっているのか、階段と上の階がある。何階まであるか判別できないが、少なくとも三階以上あるのは確実だ。

 そして……俺の見間違いでなければ、上の階の床の隙間から赤いスカルドレイクの姿が見える。

 確実にぶっ殺しに来てるなあいつ。遺跡荒らし相手でも、もうちょっとマシな通路が用意されているだろう。

 ……幸いなのかどうかは分からんが、俺がいる最下部は敵はいないっぽい。アクションゲームの要領でなんとかなりそうだ。


「…………」


 ……なるのか? 本当に?

 ヤバイぞこれ。こんな細い通路を巨大な刺鉄球を避けながら進む? 失敗したら一発でミンチか串刺しだぞ。

 揺れる鉄球は、ミノタウロス・アックスなんて目じゃない巨大さと凶悪な形状だ。振れるスピードからして、慎重に歩いて移動したらとても間に合わない。

 これまで無限回廊でもいくつか罠は体験しているが、どれもが事前の対策で回避可能だった。少なくとも< 斥候 >がいれば問題ない。

 だが、これは見えてはいても回避不可能。通路そのものがデス・トラップだ。

 アクションゲームなんて冗談じゃない。画面で操作する分には楽かもしれないが、いざこうしてリアルに直面したら体が言う事を効かない。

 眼前にはこれまで対峙してきた敵とは違う、無機質な恐怖が高速で揺れながら待ち受けている。悪いが、こんな恐怖は初体験だ。


 違うルートはないのか? こんなルートを律儀に辿るなんて正気じゃないぞ。

 ハンマーで鉄球ぶっ壊すとか。……あんな化物鉄球を? 

 いくら冒険者の身体機能が優れていても飛び越えられるようなジャンプ力もない。そもそも着地に失敗したら杭の餌食だ。

 壁蹴りとか、忍者みたいに天井に張り付く? できる奴はいるかもしれないが、……少なくとも俺はできない。

 最初から杭のある場所を歩いていくのも無理っぽい。杭の間隔はバラバラで歩く隙間くらいありそうに見えるが、覗き込んだら下のほうに小さい杭がびっしり敷き詰められている。

 ……駄目だ。外壁も、振り子鉄球の鎖部分も細かい棘が無数についている。鉄球の鎖がついた天井もだ。

 サージェスの《 飛竜翔 》でも、こんな複雑な構造物を飛び越えていくのは無理だろう。自由自在に飛べる能力でもないとショートカットはできそうにない。


「しっかりしろっ! 大丈夫だ。痛みには慣れてる。HP全損しても問題ねー。死ななきゃいいんだ」


 呪文のように言い聞かせる。言い聞かせないと体が強張って動けない。

 落ちて串刺しになったら、即死の可能性もあるしリカバリが効かない。とっさで《 自滅 》を起動できるように覚悟する必要がある。

 ……死ななきゃ負けじゃねーんだ。何度も言ってるだろ。

 最初だ。最初をまずクリアして次の安全地帯まで抜けろ。この竦む足がなんとかなれば、あとは大丈夫だ。


 防具はともかく、今はモーニングスターは邪魔なので《 アイテム・ボックス 》に仕舞う。

 タイミングを測るために近づくと、鉄球の風切り音で体が震える。刺で余計に空気が掻き回されてるのか、異様な音がする。

 直径だけで俺の体の数倍あるその巨大質量は、さっき考えたように壊すどころか、叩いて軌道をずらせるようなものじゃない。こうして目の前に立っているだけで、気がおかしくなりそうだ。

 足下は大丈夫だ。油で濡れていたりとか、そんな事はない。幅の狭さ以外は問題ない。走れる状態ではある。

 い、いくぞ……


「ああああーーーっっ!!!」


 半ば無意識に声を上げながら走り抜ける。

 まずい、ちょっとタイミングがズレた。……いやダメだ止まるな。このまま駆け抜けろっ!! 間に合うはずだっ!!




 背後に鉄球の風切り音を感じながら立ち尽くす。背後を鉄球が通り過ぎる度に肺が萎縮するのが分かる。

 無事潜り抜けはしたが、前も鉄球、後ろも鉄球。道の横は落ちたら串刺しの金属杭。しゃがみ込んだら立ち上がれなそうだ。こんなんじゃ休むどころじゃない。

 上手く息さえ吸えない。呼吸の仕方を忘れてしまったようだ。……落ち着け。……落ち着け。

 次も似たような造りだが、今度は助走する距離がほとんどない。……行けるのか? 

 いや、戻るのだって無理だ。大体戻ってどうする。超意味がない。

 大丈夫だ。一つ目だって体感的には全然そんな気がしないが、実際にはかなり余裕があった。行けるはずだ。


 何度目の前で振れる鉄球を見送っただろう。足が出ない。タイミングが測れない。前後の風切り音が思考の邪魔をする。

 前に出ろ。冷静にタイミングを測って先に進むんだ。


「ぉお……」


 そうだ、さっきみたいに声を出せ。黙ってるから萎縮するんだ。


「おおおおおっ!!」


 声を張り上げ、振れる鉄球を潜り抜ける。

 よしっ、二つ目も抜けた。タイミングもバッチリ……


「えっ……」


 カツッ……と爪先に何かが触れた。

 段差? いや違う、ただの石材の隙間だ。普段なら躓くようなものじゃない。

 こんなものに足を取られて……やばい、やばいっ!! 避けられ……。


「がはっっ!!!」


 自分の数倍以上の大きさの鉄球が真横からぶつかり、俺の体が投げ出された。

 くそ、なんだこれはっ!

 鉄球についた刺で串刺しになった挙句、簡単に全身の骨が粉砕したのが分かった。体が千切れ飛びそうだ。

 こんなもの、HPの壁だけでどうにかなるようなレベルじゃねえ!


「んぎっ!!」


 その勢いで叩きつけられ、壁から伸びた無数の刺が突き刺さる。

 壁の刺は鋭いが脆く、体を固定する強度はない。そのまま落下……目の前に無数の杭が迫る。


「あ……ああああっっ!!」


 起動しろっ、《 自滅 》だ、《 マテリアライズ 》と同じ要領でいいんだっ!!

 だが、錯乱状態でスキルが起動しない。


 なんで、なんでだよっ!! おい、ちょっと待っ……


「ぎああああああぁぁぁっ!!」


 辛うじて頭部は守ったが、金属杭が防具すら削り取り体の複数箇所を貫通していった。

 ランスのように、下に行くにつれ少しずつ太くなっている杭は、貫通した俺の体を内側から引き裂き、断裂させる。抜くどころか、動かせる箇所が存在しない。

 痛い、痛いっ、痛い、じ、じめっ、じめつ……、なんで起動しねぇんだよっ!!


「がが……ぎ……じ、め……《 じめ……つ 》!!」


 無理矢理発声起動で《 自滅 》を起動させると、首に付けられた輪が光るのを感じた。

 ああ、これで戻れる……。




 意識が暗転した。


 ……なんだ。

 串刺しになった感覚が消えて解放されたと思ったら、今度は体が動かない。

 真っ暗闇で、四肢を縛り上げられたような……感覚。まだ痛みの感覚が残る手足と首が固定され、それぞれの方向から引っぱる力を感じる。

 それは段々と力増し、手足と首が少しずつ別の方向に引っ張られ、これ以上引っ張られたら千切れ……

 ……おい、ちょっと待てっ!> やめろ、やめっ


 万力のような、各方向で象が引っ張っているような負荷がかかり、手足の筋肉が断裂する。

 暗闇の中で、声にならない叫びを上げ、俺の四肢が引き千切られた。

 壮絶な痛みの中、それに続いて首までもが……。




-3-




 目を覚ましたのは、待機室の治療用魔法陣の上だった。


「…………」


 もう完治しているのか痛みはないが、痛みの残照のようなものが体中にこびりついて離れない。スカルドレイク戦で喰らった幻痛の感覚に似ている。

 しばらく何も考えられずに、大の字になって天井を見上げる。


 やべえな……なんだあれは。鉄球も杭もヤバイが、《 自滅 》がもっとヤバイ。


『それを使えば、死ぬくらいの苦痛と引き換えに一瞬でHP全損できますので、諦めない人は死ぬ前に起動して下さい』


 確かにロッテはそう言った。だがまさか、あんな鮮明に拷問めいた幻覚まで再現してくるとは思ってなかった。

 ……手足、付いてるよな?

 持ち上げてみても、いつも通りの手だ。足も動く。上体を起こしても異常はない。体は問題ない……


「……はは、くそっ!!」


 素手で地面を殴りつける。拳が割れたが、勝手に治っていく。

 ……くそ、なんだあれは。冗談じゃねえ。まだ序盤も序盤。最下部で鉄球一つ越えただけだ。……それでこのザマか。

 全身が強張るのを感じる。あまりの恐怖に、再挑戦するなと本能が呼びかける。

 先がまったく見通せない。ゴールまでがあまりに遠い。あといくつ振り子鉄球を越えればいい。先にはスカルドレイクだっているんだ。鉄球の形状も、動きもそのままとは限らない。


「は……はは」


 あまりの無様さに崩れ落ちそうになる。

 誰か、誰かがいれば……ユキがいれば、こんな情けない姿を見せたくないって頑張れるのに……なんで俺は一人なんだ。

 こうして蹲ってても咎める奴一人すらいないんだ。この状態でどうやって立ち上がれっていうんだ。

 ……あと、何度立ち上がれっていうんだ。


 ふと、視界に入った帰還用のゲートがやけに眩しく見えた。今の俺には、それは吸い込まれるような希望の光に見える。

 駄目だ……諦めるな。俺だけじゃない。他の奴らだってまだ挑戦してるはずなんだ。俺が諦めたら、合流するはずだった奴が一人で次の関門を受ける事になる。

 最初の関門でこれだ。到底一人で突破できるような難易度であるはずがない。

 だから駄目なんだ。こんなところで折れるんじゃないっ!!


「ああああああっっっ!!」


 地面に頭を叩きつける。思いっ切り額が割れたが、大丈夫、すぐ治る。

 ……気合を入れろ。弱音なんて吐くなよ。リーダーなんだろうが。歯ぁ食い縛って、一番早く抜けるくらいでないとどうするよ。

 この程度、分かってた事だろ。まだアクションゲームしかしてねぇ。訓練の成果なんてこれっぽっちも出してないんだ。

 ……こんなところで諦められるか。もう一回でクリアできる気なんて全然しねえが、何度だって挑戦してやる。体が引き千切れようが構うものか。死なないんだから"問題ない"。


 再挑戦のためにフラフラと立ち上がり、ゲートに向かおうとする視界に見慣れないものが映った。

 第一関門の札とルールが張られた壁の上に、さっきまではなかったはずの燭台がある。


「なんだ……これ」


 その燭台は変な形をしていて、八本の蝋燭が立ち、それぞれに火が灯っていた。

 しばらく見ていると、その内の火が一つ消え、再び灯る。そんな様子が見られた。

 明滅する箇所もタイミングもバラバラ。蝋燭としてはもちろん変だが、明滅する仕組みの蝋燭くらい、魔法があるこの世界なら不思議でもない。


 ……推測するに、これは多分俺たちなんだろう。

 消えたのはHP全損。そして、復活してまた灯る。誰がどの蝋燭かは分からないがきっとそういう事なのだ。説明はないが、八本だし分かり易い。

 リタイヤすれば、おそらくこれが消えたままになる。これがすべて灯っている内はまだ誰も諦めてないって事か……。まだ他の奴は頑張ってるんだから、諦めるんじゃないと。

 ……いやらしい演出だ。

 他の奴が頑張っている内はまだいい。俺だけが諦めてたまるかって気になれる。

 だけど、これがもし一つ消えたままになってしまったら? ……再挑戦する気力を失わないだろうか。俺がまだ頑張れるとしても、他の奴は?

 ユキはいい。あいつは自分の目的がある。……サージェスもまあいいだろう。あいつは関係なく余裕で突破しそうだ。

 ……だが、それ以外の奴はどうだ? 本当に頑張れるのか?


 いや……大丈夫だ。あいつらの負けず嫌いは百回以上の訓練で身に沁みて分かってる。

 絶対に諦めたりしない。たとえ最後まで辿り着けなくたって、リタイヤなんてしない。この灯火が消える事なんてない。

 そしたら、火が消えないのを確認して、自分が最初に脱落してなるものかと余計に意地を張るだろう。負けず嫌いの無限連鎖だ。

 全員が最後まで行く必要はないのだから、最悪俺だけでも先に向かえばいい。それでクリアしてしまってもいいし、あとから来てくれる奴だってきっといる。

 それにロッテだって待っている。首に刃を突きつけに行くと約束した。

 お兄ちゃんとしてあいつの前に立たないといけない。諦めたってきっとあいつは何も言わないけど、失望されちまうからな。

 ロッテルートに辿り着くには、これくらいクリアしないと最初のフラグも立たないんだろう。

 まったく、ひどい難易度のルートヒロインだ。ゲームだったら返品されちまうぞ。


 そんな事を考えている内に、また火が消えて、灯った。

 これは、さっき一度消えたやつだ。……誰かは分からないが、二回以上挑戦したって事だ。

 ……もう行こう。この蝋燭の明滅だけでもやる気になった。失敗しても、挫けないで挑戦している奴がいるって分かった。それだけでも俺は立てる。

 挑戦者の心を折るための演出なんだろうが、俺たちには逆効果だ。

 ……だから、俺もそうだという事を見せつけてやろう。その覚悟は、燭台を通して他の奴にも伝わるはずだ。




 凶悪な振り子鉄球を前に思案する。

 視点を変えよう。あの巨大な鉄球を、かつて対峙したミノタウロス・アックスに見立てる。

 あの時よりも巨大で足場も悪いが、この鉄球は常に一定間隔の振り子運動しかしない。ブリーフさんの攻撃はもっと多彩で、当たれば死ぬような状況でも俺は回避していたじゃないか。

 タイミングを間違えば死ぬのは同じだ。それは何も変わらない。違うのは一瞬でミンチになるか、粉砕骨折&串刺しかの苦痛の差"だけ"だ。

 そう考えれば、少なくとも目に見えている範囲であれば難易度は変わらないはずだ。

 いや、あの時のほうがずっと難易度は高い。そもそも、鉄球を潜り抜けるのだって本当なら助走すらいらない。俺たち冒険者の能力はそんなに低くない。

 だからこうして、恐怖を抑えこんで視点さえずらしてやれば簡単に突破できる。



 拍子抜けするほどあっさりと、一つ目の鉄球を突破して、二つ目に挑む。

 足下を見ても、さっき躓いた石材の継目なんて本当にわずかで、普段ならこれに引っ掛かる事自体がおかしい。

 恐怖に縛られ過ぎて、あまりに視野が狭くなっていたのが良く分かる。


 三つ目、四つ目と、鉄球同士の間隔は狭くなり、スピードも上がったが、これを切り抜ける。

 五つ目は少しギリギリで、ちょっと掠ってビビっちゃったけど、冷静なら抜けられない事はない。

 これで最下部は終了だ。奥の階段を登り、次のフロアへ進む。




 次のフロアは、あきらかに分かる形で難易度が上がっている。

 一直線ではない細くて複雑な足場に、良く見ると分かる微妙な傾斜。二連になった振り子鉄球、横に円回転して広範囲をカバーする鉄球。加えて、一定の間隔で体が浮きそうな勢いの突風が吹く。

 まずは風の吹くタイミングを見極める。……これは方向もタイミングも一定だ。

 鉄球の動きも一定だが、こちらはそれぞれの動きのパターンがバラバラで、タイミングを誤ると途中の安全地帯すらないという事も有り得る。

 ……時間はあるのだ。じっくり観察して、最善のタイミングを見計らえ。穴が聞くくらい観察して、パターンを見極めるんだ。


 振れる鉄球を何度も見送りながら観察を続け、呼吸を整えながら移動するタイミングを計る。

 良し、今だっ!


 細い通路を精一杯の速度で移動して、外周の円運動する鉄球を抜けた。風切り音を聞きながら、前方から吹き付ける突風に足を踏みしめて耐える。

 次は振り子の一つ目を一度見送って……今っ!! 床を蹴り、間髪入れずに走り抜け――

――足場が抜けた。


「はっ? ぁぁあああああっ!!」


 そのまま落下するとそこにはタイミング良く、最下部の鉄球が……。


「うぐぇっ!!」


 直撃をもらって、再度壁に叩きつけられる。前面は鉄球の殴打、背中は刺で満遍なくズタズタだ。

 くそ、このまま壁蹴りしてルートに戻れないか……無理だ。足場まで遠過ぎる。それ以前に、戻ったところで体が動かない。

 背中の刺が折れて落下が始まる。視界に映るのはさっき串刺しにされた無数の金属杭。


「くっそっ、ふざけんじゃねーぞっ!! じ……《 自滅 》っっ!!」


 一瞬、このあと襲う幻覚を想像して躊躇しそうになるが、無理矢理発声して《 自滅 》を起動させる。

 もう一度串刺しとか、わざわざ苦痛を増やすような真似は冗談じゃない。


 視界が暗転して、背景が変わる。気付くと、俺は電車のレールに縛り付けられていた。

 まったく動けない状態で、視界の向こうからは電車が走ってくるのが見えた。地味にスピードが遅い。

 はは、毎回違う死亡シチュエーションを体感させられるってわけかよ。


 しかもこれは迷宮都市じゃない。日本の風景だ。良く見れば記憶にある俺の田舎の最寄り駅だ。

 きっと、挑戦者の頭の中で想像できる死亡パターンをランダムで呼び出してやがるんだ。

 くそ、舐めるなよ。引き千切られようが、轢殺されようが諦めてやるかよ。

 恐怖感を煽る光景だが、一瞬だからさっきよりはマシだ。負けず嫌い舐めるんじゃねーぞ。……俺たちを舐めるんじゃねえ。

 電車の車輪で体が潰され、引き千切れるのを感じた。




-4-




 [ 鉄球の間 ]の二階で、進むルートを再確認する。

 抜ける穴はよく見れば色が違う。分かり辛いが、ちゃんと見て確認すれば判別可能だった。


『死なないってのは、逆の意味にも取れるよ。――何度も死ぬのが当たり前の難易度なんじゃないかな』


 かつて、ユキが言った台詞が頭を過る。ここに来てから何度も思い出している。厳密には死んでるわけではないが、これはそういう事だ。

 死んで当たり前。死んで覚える。何度死んでもゾンビの如く挑戦して、ダンジョンを突破する。なるほど、真理だ。

 ローグでもなんでもなくなってるが、アクションゲームだろうがそれは変わらない。


 この抜ける床の穴に落ちたのが最初の一回。

 振り子ではなく、壁に空いた穴から飛んで来た鉄球でタイミングを狂わされて、二つの鉄球の挟み撃ちを喰らったのが一回。

 そして、三階に登ろうとして、転がり落ちてきた超巨大鉄球に下半身を押しつぶされたのが一回。

 鉄球ならなんでもいいのかよ、ちくしょう。


 二階を突破するまでに都合三回 自滅 した。ちゃんとHP全損したパターンがないのがまた嫌な感じだ。

 だが、それでも少しずつ前へ進んでいる。


 そして挑戦五回目。とうとう三階に辿り着いた。

 ここは大きな広場が一つ。いくつかの振り子鉄球がグルグルと複雑な軌道を描き、色の違う足場、壁には相変わらず穴もあるから鉄球も飛んでくるんだろう。

 こんな状況で待ち受けるのは、下からでも確認できたスカルドレイクが"二体"。

 素の状態で一体でもキツイんだよ。この状況で二体とかふざけんな。


 スカルドレイク"たち"との戦いは困難を極めた。

 そもそも鉄球を避けるにも二階までと条件が違う。重い武器を持ちながら、戦闘をしながら鉄球を避けなければいけない。

 それに加えて対峙する敵は、万全な状態でもかなり苦戦する第三十五層ボスクラスが二体だ。

 敵の性能を考えると、倒さず突破するのは難しいだろう。……しても追いかけてきそうだ。


 ……実際にやったら階段に辿りつけもしなかった。しかもこいつら、慣れてるのか自分たちは鉄球が当たらないように動きやがる。

 その癖、俺が鉄球に巻き込まれるタイミング、角度で突進や打撃を加えてくる。何度も鉄球に向けて吹き飛ばされた。

 ……脳ねーのに頭いいじゃねーか。

 アクションスキルは使えない。使ったら最後、技後硬直で鉄球の餌食だ。

 そもそも、一体相手ならともかく、二体相手で硬直してたら残り一体の餌食だ。新人戦でアーシャさんがスキル連携を使って来なかった意味も良く分かる。

 加えてカウンターの《 ボーン・バースト 》がマズい。どうしても足が止まる。

 《 ブラッド・ペイン 》の幻痛はレジストできなくて動きは鈍るし、時々恐怖まで喰らう。多重でかけられたらもうアウトだ。

 トライアルのミノタウロス戦開始直後のような、何もできない状態に陥ってしまう。

 そんな高いハードルを乗り越えて、なんとか一匹倒しても、失敗して再挑戦時には復活している徹底振りだ。……あいつら出待ちしてるんじゃないだろうな。


 数え切れないほど、スカルドレイクに食い千切られ、殴り飛ばされ、突進を喰らう。

 数え切れないほど、鉄球に押し潰され、串刺しになる。

 その度に《 自滅 》を繰り返した。時々は普通にHP全損もする。時間だって相当経っている。これだけ経ってもまだ第一関門から先に進めていない。

 ……でも、まだ誰も諦めていない。一つだって燭台の灯火は消えてなんかいない。明滅する灯火は、奴等が挑戦し続けていると主張している。

 ……俺も諦めるつもりはない。何度倒れようが、意地でも負けない。


 挑戦を繰り返す中で、ふと燭台を見ると、短くなった蝋燭があるのに気付いた。

 これは蝋燭の形をしているが、実際に燃えてる訳じゃないから、熱で蝋が溶けるような事はない。

 多分だが、これは先に進んだという事なんじゃないだろうか。誰だか分からないが大した奴だ。……負けてられない。


 何度もアクションゲームを繰り返した影響か、ここに来て《 回避 》か《 緊急回避 》のスキルレベルが上がったようだ。まだカードでは表示されない項目だが、鉄球の動きが把握し易くなったのを感じる。

 相変わらず鉄球との複合技で二体のスカルドレイクに弄ばれるが、それでも戦えるようにはなってきた。

 良く考えたらこいつらだって、物理的に鉄球を擦り抜けているわけじゃない。鉄球の動きに合わせて動いているのに気付ければ、ある程度の先読みは可能になる。

 それでも敵の特性と数に押され、何度も《 自滅 》する。

 ……《 ボーン・バースト 》がきっかけでやられる事が多いな。ユキならヒットアンドアウェイとかで上手く躱せそうだ。


 連携は無理だが、単発ならスキルを叩き込めるタイミングも掴めてきた。火力が上がり、一匹程度なら落とせる確率も上がってきた。

 そしてそんな中で、閃きに似た《 瞬装 》の使い方を一つ習得する。

 重い武器で動きが鈍るというなら、攻撃の瞬間、スキルを使用する瞬間だけ武器を出せばいい。基本は手ぶらだ。

 タイミングがシビアだし、武器で攻撃を受けるなどの動作が難しくなるからいつも使えるわけではないが、少なくともこの場面においては有効だ。

 絶好のタイミングを見計らい、《 瞬装 》と合わせてスキル発動。その後、また《 瞬装 》で回収する。

 まだ失敗も多いが、大丈夫だ、やれる。

 きっと、これをマスターする事がここを攻略する一番の近道だ。


――Action Skill《 瞬装:モーニングスター 》-《 削岩撃 》――


 一瞬だけモーニングスターを装備して、スカルドレイクに向けスキルを発動。そして、装備を回収しながら鉄球を回避する。

 無数の挑戦の果てに、とうとう二体目のスカルドレイクの背骨を粉砕し、ようやくその体が沈んだ。

 あとはタイミングに慣れた鉄球に合わせ広場を抜けて階段へ向かえば初見の四階だ。


 だが、スカルドレイクが沈んだのに合わせ、地鳴りのような揺れと共に広場が……いや、三階全体が崩れ始めた。二階に続く部分から順にこちらに向かって床が落ちていく。

 ようやく倒したと思ったらこれかよ。

 だが、鉄球の動きは掴んでる。ここは足場が複雑なわけでもない。慎重に行けば、餌食になる事はない。限りなく慎重に、全力で階段へ走る。


 階段には辿り着いたが、そこでも一息はつけない。

 二階から三階に上がる時と同様に階段の上から鉄球が転がってきた。予測はしてたから大丈夫だ。

 毒回復ポーションを服用しながら、鉄球が通り過ぎるのを待つ。

 この難所を切り抜けたんだ。あとは一発で突破したい。いくら慣れたとはいえ、もう一度スカルドレイク二体を仕留めるのに、どれくらい挑戦すればいいのか分かったもんじゃない。


 四階への階段を登り始めて、俺を追いかけるように階段まで崩落し続けている事に気付いた。

 それは決して早いスピードじゃないが、確実に俺を急かすように近付いてくる。

 くそ、休む暇もねぇ。


 四階に上がってもまだワープゲートはない。期待混じりで予想はしていたが、まだゴールじゃない。

 更に数が多く、動きが複雑になった振り子鉄球が行く手を阻む。通路が途中で切れている部分があるな。……ジャンプしろって事かよ。

 振り子鉄球のパターンはここまでで大体掴んである。スカルドレイクはいないのだから、鉄球さえ潜り抜ければいい。……ただ時間がなくなっただけだ。

 後ろから迫る崩落を感じながら、逸る気持ちを押さえつけ、慎重に先へと進む。

 四階、四段階目の難易度ともなると数が多い。どれもいやらしい動きをしてきやがる。タイミングが測り辛い。

 ……集中しろ。回避するだけじゃない。鉄球のパターンを読んで、最適のルートを割り出すんだ。


[スキル《 危険察知 》を習得しました]


 よし。なんだか良く分からないが、この場面に相応しいスキルを習得した。土壇場での習得は本当に久しぶりだ。

 スキルの影響か、なんとなくだが怪しいと思う足場が判別し易くなった。……あれは多分落ちる床だ。

 《 危険察知 》で反応するものは色が違わない床もあるが、そこは立ち位置的に鉄球を避け辛くなる場所か……それとも未知の新しい罠か。なんにせよ助かる。

 そのまま曲芸染みた回避動作で四階を突破した。今回は階段から鉄球が落ちてこない。崩落は続いているが、まだ四階の半ば当たりだ。

 ……いける。このまま抜けてやるぞ。


 慎重に五階への階段を駆け上がる。そこは三階と同じく広場だ。だが、振り子鉄球の気配はない。

 俺の前に立ち塞がるのは無数のスカル・ウォーリアと、一体の巨大なスカル・ジャイアント。

 ……どいつもこいつも刺鉄球付きのスパイクフレイル装備だ。その鉄球もアリなのかよ。

 そして、とうとうワープゲートを確認できた。広場の奥にやたら狭い穴が開いていて、その奥に見知った光が見える。

 スカル・ウォーリアの大きさから目算して、入口は人がなんとか三人並べる程度しか幅がない。スカル・ジャイアントの巨体ならそこは通れないだろう。この量を無視して強行は難しいが、だったら通り抜けられるまで薙ぎ倒すまでだ。

 鉄球のせいでここまで鬱憤が溜まっているんだ。全力で相手させてもらう。……ここからは渡辺無双だ。


 階下に迫る崩落音はタイムリミット。……緩やかに崩落音が早くなっている気がする。

 全滅させる必要はない。ここが崩れ落ちるまでに、奴らを突破しろ。




 スカル・ウォーリアの一体一体はそう強くはない。俺のモーニングスターなら一発でも骨を粉砕。数発当てさえすればバラバラにして倒せる。

 赤くないからか、カウンターの《 ボーン・バースト 》も発動しない。だが無駄に数が多い。

 更に奥に控えるリーチの長いスカル・ジャイアントが厄介だ。体格差のせいで、上からスパイクフレイルが飛んで来る。振り子鉄球よりは小さいが、それでも巨大だ。

 上からだけじゃない。俺がスカル・ウォーリアに囲まれて立ちまわっていると、そいつらごと薙ぎ払うようにしてスパイクフレイルの鉄球が飛んでくる。

 俺が回避すると、巻き込まれたスカル・ウォーリアさんたちが広場から落下していくのが見えた。

 フレンドリーファイアなんて気にしない、ひどい部隊だ。豪快過ぎる。きっとあのスカル・ジャイアントは、落ちていった部下に陰口叩かれるタイプの上司だろう。

 スカル・ウォーリアも一体どれだけいるというのか。何体か下に落ちようがこの数では焼け石に水だ。全然数が減った気がしない。通路が遠過ぎる。


「らああああぁぁぁっ!!」


 囲まれないようにモーニングスターを振り回し、骸骨共を粉砕、粉砕、粉砕。

 チャンスがあればスカル・ジャイアントの足下に潜り込んで、硬直覚悟で《 削岩撃 》を叩き込む。

 くそ、あと何回か叩き込めば崩せそうだが、そろそろ聞こえてくる崩落音が近い。

 戦いながらチラリを後ろを見ると、五階広場の1/3程度がすでにない状態だ。

 スカル・ウォーリアの数が多過ぎる。壊しても壊しても、バラバラにしない限り立ち上がってくる。

 魔化が早いお陰で骨が山になる事はないが、こいつらは立っているだけで障害物だ。通路への道筋が見えてこない。

 急げ。もう一度挑戦なんて冗談じゃないぞ。


――Action Skill《 削岩撃 》――


 それを使ったのは俺じゃない。スカル・ウォーリアの内の一匹が発動しやがった。

 難なく回避はできたが、これまで使わなかったのにいきなり使うんじゃねーよ。ビビるだろうが。


 ああ、こんな時アーシャさんが使った《 旋風陣 》の様な広範囲攻撃があれば楽なのに。

 俺の持ってるアクションスキルはすべて対単体技ばかりだ。威力はあるが、範囲が狭い技しかない。

 後ろの崩落音は着実に近付き、大量のスカル・ウォーリアに埋もれながら悪戦苦闘する。

 そんな中、俺が《 削岩撃 》をガードするのを見計らったように、スカル・ジャイアントが横から巨大なスパイクフレイルを叩きつけてきた。とっさにモーニングスターでガードをするが、空中に弾き飛ばされる。


「ぅんおおおおっ!!」


 マズいだろっ!! このまま飛ばされたら下まで真っ逆さまだ。

 広場から落とされないよう地面に武器を、手を付けるが、そのまま後ろへと下がって行き、落ちるギリギリのところで踏み止まった。……超危ねえ。

 だが怪我の功名か、むしろ通路には近くなった。俺に群がっていた骨連中との距離も空いたし、走れる隙間がある。このまま、強引にゲートに向かうべきだ。


 近付いてくるスカル・ウォーリアを薙ぎ払いながら、全力で出口に続く通路まで向かう。

 バラバラにする必要はない。ただぶっ叩いて足を止めるだけでいい。

 走りながら横目で見ても、もう広場の面積はほとんどない。ここで辿り着けなければおそらくアウトだ。


――Action Skill《トルネード・スイング》――


 スカル・ウォーリアの山を掻き分け、もう少しで出口通路に辿り着けそうだというところで、スカル・ジャイアントのスキルが発動した。

 《 旋風陣 》のような広範囲攻撃が、大量のスカル・ウォーリアを巻き込んで波のように向かってくる。骨ウェーブだ。

 流されてくるスカル・ウォーリアさんたちも、そんな自分たちの状況に構わずスパイクフレイルを振りかぶっている。

 お前らちょっとは自分たちの待遇に抗議とかしろよっ!!

 スカル・ウォーリアの津波はあまりに高く、上も横も逃げる場所がない。

 ならば受ける? ……駄目だ、まともに受けたら津波に飲み込まれる!! そのまま場外行きだ。


「うああああああっ!!」


――Action Skill《 瞬装:童子の右腕 》――


 とっさに、半ば反射的にそれを展開した。ここに来る直前にアーシャさんにもらった腕甲だ。

 確かにこれでも盾の役割でできるが、これだけじゃまだ足りない。あの津波相手じゃ、巻き込まれて吹き飛ばされて終わりだ。

 なにか、なにかないか……カイトシールド……いやそんなんじゃ駄目だ。なにか別のもっと巨大な盾は……あったっ!!


――Action Skill《 瞬装:グランド・ゴーレムハンド 》――


 売値がつかず、《 アイテム・ボックス 》を専有したままだった< グランド・ゴーレムハンド >を< 童子の右腕 >の上に展開する。

 持っていたのはほとんど偶然みたいなものだが、これが今の最大重量、最大防御力だ。これで止まらないならもう手がない……。


「んぎぎぎぎ……っ!!」


 スパイクフレイルの巨大質量と、押し寄せる骨の津波を受け止めるように支える。

 俺の体をすっぽり覆い隠すくらいデカイ< グランド・ゴーレムハンド >は、津波の勢いをなんとか押し留めた。

 やった! 止まったぞ!!

 あとはこのまま骨を掻き分けて進めばまだ間に合う。< グランド・ゴーレムハンド >はこのまま放置して……動く?


 超重量装備の< グランド・ゴーレムハンド >を持ったままで、手が動く事に気付いた。

 あのゴーウェンが持ち上げようとしてもビクともしなかった< グランド・ゴーレムハンド >が動く。

 ……そうか、< 童子の右腕 >の《 怪力 》か。やるじゃねえか、茨木童子!! 多分名前だけだろうけど。


「うおらああああっ!!!」


 力任せに、< グランド・ゴーレムハンド >ごと骨を押し返す。

 それは《 怪力 》の影響を受けてもまだ凶悪な重量で、それを振る俺の腕の筋肉が次々と断裂するのが分かる。

 だが、こいつなら周りの骨ごと押し返せるっ!!

 時間制限のように迫る広場の崩落はもう限界だ。最後の最後で、崩落スピードが上がってきたのが目に見えて分かる。


「こ、の、ま、ま、落ちろおぉっっっっ!!」


 再度、< グランド・ゴーレムハンド >を振りかぶり、大量の骨を巻き込んでスカル・ジャイアントへ叩きつける。

 装着したままだと届かないので、装備を外して全力投球だ。あまりの重量に振りかぶる俺の右腕の筋肉や神経、血管が断裂するのが分かる。

 構うものか。さすがにこれならスカル・ジャイアントだって受け切れない。

 超質量の飛来物をもろに受け止めたスカル・ジャイアントはそのまま後退。縁ギリギリまで崩落した広場から、その巨体が投げ出された。


「だああああああっっっ!!」


 落下するスカル・ジャイアントと大量のスカル・ウォーリア、そして< グランド・ゴーレムハンド >を放置してダッシュ。後ろを振り返る余裕もなく、俺はそのまま通路へと飛び込んだ。

 直後、通路の手前までのわずかなスペースだけを残して五階は完全に崩落する。ハリウッドばりのギリギリのタイミングだった。


「あーーーーーっ!!」


 一気に緊張が解け、その場に倒れこむ。

 超危ねえ。なんだこのギリギリ感は。< グランド・ゴーレムハンド >持ってなかったらアウトだった。

 ……いや、< 童子の右腕 >もか。いきなり大活躍じゃねーかこいつ。《 怪力 》超すげえ。さすがに俺の腕は引き千切れそうだが、それでもあんな超質量を振り回せるのかよ。裂けるような痛みが右腕に残ったままだが、アーシャさんと< 流星騎士団 >の専属鍛冶師さんに益々感謝だな。

 < グランド・ゴーレムハンド >はスカル・ジャイアントたちと一緒に落ちていってしまったが、あれは簡単に手に入るし、今後は利用する事も検討の余地ありだ。

 普通の盾として< グランド・ゴーレムハンド >を使うのは無理があるが、今なら<ミノタウロス・アックス>くらいなら振り回せるかもしれない。


 しかし、ここまでやってようやく第一関門突破だ。

 マジ辛え。なんだこの難易度。バカじゃねーの。まさか俺だけこんな超難易度とか、そんな事ないだろうな。


「っと、こんなところで寝てたら、また鉄球降ってくるかもしれないな」


 もうゴール手前だが、すごくありそうだ。通路の奥から鉄球が転がってきたら、押し潰されるかそのまま外へダイブである。

 慌てて立ち上がり、ゲートを目指す。……といっても距離的にはすぐだ。

 久々に感無量でゲート潜る気がする。俺やったよ。……まだ第一関門だけどさ。




-5-




 待機部屋は第一関門の時と同じ構成だった。側面に帰還用ゲート。中央に治療用の魔法陣。正面には第二関門のゲートだ。同じように水飲み場もある。

 壁には同じように説明書きと燭台がある。燭台の蝋燭は二本だけが短くなっている。これは俺と……そういえば誰なんだろうか。

 もう一人は相当早かったはずだ。内容はバラバラらしいが同じような難易度だろう事を考えると、サージェスってのが一番ありそうだ。


 待機時間は三十分だったらしく、徐々にカウントが減っているのが確認できる。……ここは、制限ギリギリまで待つべきだろう。

 蝋燭の順番はランダムだと思うが、先行してるもう一人だってまだ第二関門は突破していない。どちらにしても合流するなら待っていたほうが得策だ。

 そして、肝心の関門の名前は[ 第二関門・灼熱の間 ]と記されている。

 鉄球もそうだが、苦しそうな名前ばかりである。……当たり前か。

 まだ時間はあるので、< 童子の右腕 >を仕舞い、床に座り込む。挑戦者がHP全損して戻ってきた場合どうなるか分からないが、先行してる可能性も考えて一応魔法陣の上は空けておく。

 よほどタイミングが合わないと、前後のどちらからも合流者がやって来る事はないだろうが、一人と二人で攻略難易度はかなり変わりそうだからな。一人で挑戦して失敗したとしても、毎回ギリギリまで待つ事になるだろう。

 と、蝋燭の火を見ながら考え事をしていると、後ろの壁にゲートの光が差し込んだ。合流者だ。

 ……すごいタイミングで突破して来たな。ドンピシャじゃないか。


「お……ツナか」

「ガウルか。タイミングばっちりだな」


 出てきたのはゴミの汚名を被った狼さんことガウルだ。俺、ユキ、サージェス以外のメンバーが、ちゃんと突破してきてくれた事は素直に嬉しい。

 この時点でも、俺だけならゴミの汚名を返上させてやってもいいぞ。

 ガウルが来た事で時間もリセットされたのか、待機時間が三十分に戻っているのを確認した。


「あー、なんだ、……マジで死ぬかと思った」


 こいつも相当ヤバイ内容だったらしい。時間があるので、軽く食事と水分補給を行いながら話す。


「こっちもだ。……初めからクライマックス過ぎる難易度だったぜ。ハリウッド映画ばりのラストシーンだった」

「ハリウッドがなんなのかは分からんが、これ考えたのはロクな奴じゃねーな。……洒落になってねえ」


 ガウルが挑戦した第一関門は[ 歯車の間 ]という名前で、高速回転する無数の歯車の上を巻き込まれないように突破するという試練だったようだ。

 飛行するスカル・バットとゴーストが挑戦者を落とそうと攻撃してくるらしい。

 俺に比べて難易度は低いように聞こえるが、それでも手足が何度も巻き込まれて《 自滅 》する羽目になったようだ。

 刃がついていた歯車もあったらしいから、実は歯車ではなく刃車のほうが正しいのかもしれない。

 ガウルは見た目通り身軽で素早いので、こういったアスレチック的なギミックは得意なのだろう。俺よりは向いていると思う。


 [ 鉄球の間 ]の詳細を話したらそれよりはマシだったという事なので、話して分かる程度には難易度に差があったのだろう。

 できれば俺のが最高難易度であった事を祈りたいが……第一関門突破者は蝋燭を見る限りガウルで三人目だ。他の奴等はかなり苦戦してるはずだ。


「その燭台がなかったら折れてたかもしれねえな」


 指した先にあるのは三本だけ蝋燭が短くなった燭台。

 その気持ちは良く分かる。一つだけ消えるのは負けた気分になるからな。前回負けたゴミガウルとしてはもう譲れない一戦なのだろう。ゴミじゃなくても効果覿面だ。


「前にサージェスと来た< 鮮血の城 >と比べてどうだ?」

「そりゃお前、あん時もヤバイのはヤバかったが、こんな如何にもぶっ殺しに来てますってレベルじゃなかったぞ。即死級の罠はたくさんあったが、それでも部屋全体が即死トラップみたいな状況じゃねえ。……これクリアできたら、大抵の罠は微温く感じそうだ」


 そりゃそうか。これがデフォルトなら誰も近寄らない。これは俺たち用に調整された地獄って事だ。


「これが最初だってのがまた難儀な話だよな。あと三つに加えて、ボス戦があるわけだろ」

「しかも、先に行くにしたがって難易度上がりそうだしな」


 名前からは内容が想像し辛いけど、次のもヤバイんだろうな。

 ……一人じゃなくて良かった。


「次のは灼熱の間って書いてあるけど、お前、暑いのとかは大丈夫?」

「毛が燃えそうだしあんま得意じゃないが、一人よりは楽になると思うぞ」

「そりゃ頼もしい。俺たち、訓練の最終順位は一位とゴミだったから、あの続きみたいなもんだな」

「あの地獄の訓練は終わったんだがらゴミとか言うな」


 やっぱり気にしてるのかしら。ゴミにしようって言い出したのこいつなのに。

 ……あのトラウマは結構引きずる事になりそうだ。俺でも引き摺りそう。




「さて、そろそろだな」


 もう時間もあまりない。時間が超過すれば、ゲートを潜らなくても試練開始だ。


「灼熱とかいってる以上、炎や熱のギミックが多いはずだ。俺のブレスで対抗できればかなり楽になると思う」

「《 アイス・ブレス 》か。どれくらいなら防げそうだ?」


 訓練所でコンビを組んだ時は、かなり役に立っていたイメージがある。

 敵の脚を止め、炎を防ぎ、わずかでもダメージまである。……銀狼族の特技みたいなものらしい。


「あまり過信はできねーが、火竜のブレスでも数秒は耐えられるはずだ。連発は無理だから保険程度に考えてくれ」

「溶岩はどうだ?」

「……溶岩流がギミックに組み込まれてる可能性を考えてるのか?」


 だって、ここまでのパターンだとありそうじゃん。


「溶岩はどうしようもないな。流れてなければ、固めるくらいはいけるのかもしれん。……やった事なんてないが。しかし、そんな即死しか有り得ないギミックが出てくると思うか? HP関係なく一瞬で死ぬぞ」


 ガウルが言いたいのは、不屈の精神を問う試練で、《 自滅 》する間もなく問答無用で死ぬギミックを出してくるかという事だろう。

 ……そりゃ出してくるさ。


「ここまででも、一発で死んでおかしくない場面はいくらでもあった。即死は有り得ないなんてのは、多分甘い考えだ。この先はちゃんと殺しに来るぞ。……多分、《 自滅 》だって保険なんだ」


 これまでのケースを考えると、この 自滅 が間に合わないような即死パターンだって絶対にある。

 鉄球で頭砕かれたら《 自滅 》どころじゃないし、最初の金属で頭を貫かれてもアウトだ。

 ガウルは思案顔だが、こいつだって一発死してもおかしくない状況は体験しているだろう。

 《 自滅 》はきっと、体中が杭に貫かれて動けもしない時のような、どうしようもない場合の対策として用意された温情なんだろう。

 過激な温情だが、ないよりは遥かにいい。これを用意してくれたロッテちゃんは優しい。……会ったら遠慮なくぶった斬れそうだ。ボスとしてヘイト上げるのには確実に成功している。


「どっちにしろ、出たとこ勝負だな。情報が足りない。前向きに考えよう。ここは最悪一人で突破しないといけない可能性のほうが高かったんだ。二人で挑戦できる分、それよりは難易度は格段に下がってるはず」


 油断できる状況じゃないのは分かってる。でも、最悪のケースよりは随分マシなんだ。


「ははっ、二人って事は、お互いに見られてるって事だからな。これ以上お前に無様な真似見せられねーな」

「そういう事だ。もう簡単にリタイヤできないぞ」

「……言ってろ。最初からリタイヤする気なんてねーよ」


 それは本心なのか、それとも強がりなのか。

 ……少なくとも俺は折れかかったよ。本当の意味で一人だったら、きっとここにいない。


 だが、こうして合流した事で、諦める選択肢なんて消え去った。

 ……あとは、強引に突破していくだけだ。



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