第9話「挑戦者として」




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 地獄の無限訓練が終了した。

 正確にはもう回数も日数も数えていないが、途中にあった最下位が積立金を支払うという罰ゲームで見る限り、百回以上続けていたと思う。積立金はもう十分です。

 中で使った費用も尋常じゃない事になっているだろう。剣刃さんが費用明細みたらさすがに驚愕するんじゃないだろうか。

 終わらせ方もほとんど強制だった。いつまで経っても終わらない負の連鎖に俺が提案したのは、残りの回数を明確に決めるというものだった。

 さすがにみんな辟易していたらしく、その提案は承認されたが、今度はあと何回で終わらせるかで議論が白熱した。泥沼だ。


 コンビの場合だと最後の罰ゲームが二人になってしまうからソロの時にしよう。

 いや、ソロだと最下位の人があんまりだ、道連れができるようコンビにしよう。二人なら怖くないよ。

 いっそ、家までの罰ゲームはなしでいいんじゃないか?

 ふざけるな、そんな事認められるか。


 なんでだよって感じだが、あの時はみんな白熱し過ぎて頭が回っていなかったのだ。

 結局、残り回数を決めるための勝負をする事になり、ほとんど幽鬼のようになった八人の死闘が始まった。

 もはや、難易度も極限だ。クリアできるほうがおかしい訓練をただ残り回数を決めるためだけに戦う。


 残り回数が決まってから、最後の戦いに向けた訓練に拍車がかかる。訓練のはずなのに最後の戦いとか言ってるあたりでもう駄目な感じだ。

 意図的に調整された結果、最終罰ゲームは一人。自分を極限まで鍛え上げなければならない。

 誰が罰ゲームでもいいから、自分だけはなんとか切り抜けたい。そして、サージェスだけは一位にしたくない。

 この頃には例のSMにも頭の悪いオプションが無駄にたくさん付いていた。お前ら、罰ゲーム考え付かないからって、サージェスのオプション追加とかホント止めろよ。


 最後の戦いはまさしく死闘であった。なんせ、能力制限一切なしでの一発勝負である。

 だってほら、体慣らさないといけないから。フルでどれだけ動けるかも確かめないといけないんだよね。

 サージェスも最後のSMのために死力を尽くす。さすがに最後で手を抜くほど空気読めない男じゃない。読まなくても良かったのに。



 全員が全員、最初からは考えられないタイムで最後の戦いを抜け、あとは運命を待つだけとなった。

 ワープゲート傍に設置されたランキングボードはすでに無効化済だ。途中から、わざわざ緊張感を呷るためにリビングで順に発表するという形式に変更されているのだ。


 最終的なトップはなんと俺だ。素晴らしい、さすがリーダー。これで罰ゲームはない。本当に泣きそうだった。

 二位から順に発表されていくに従い、安堵で崩れ落ちる者、更に緊張が高まる者と明暗が分かれていく。

 サージェスが四位だった時は、ああ、罰ゲームのために手を抜かなかったんだなと、ちょっと安心したのと同時に一番の安牌が消えた事で場に緊張が走った。

 死刑宣告を待つ囚人のような目で最後の二人になった時は、このまま発表しないとこいつら死ぬんじゃないかって感じだった。


 最終的な敗者は、中盤まで無難な成績を残し続けたガウルだった。

 最後の最後でギリギリ罰ゲーム回避できたティリアは泣いていた。

 制限なしの勝負なら、最初の頃と同様、どうやったってタンクが不利だ。そんな中、最後に残ったのはスピード重視のガウルだ。それに勝てたのだから泣きたくもなるだろう。

 でも、多分罰ゲーム回避できた事が一番大きいと思う。


 この結果に、最下位のゴミは崩れ落ちた。

 最後に二人残り、まさかティリアには勝てるだろうと高を括る気持ちもあったのだろう。あまりのショックに大量の毛が抜けていた。


 最後の罰ゲームはひどい絵面になった。

 誰もゴミの帰宅に付き添おうとはしない。満面の笑顔で肩を叩いて無言で去っていくのだ。俺もである。

 参加したメンバーなら、見なくても罰ゲームを遂行する事は分かっている。

 しないと負けた気になるからだ。もう負けてるのに。


 律儀に遂行された罰ゲームの詳細はあとから聞いた。

 極力人通りの少なくなる深夜までトイレ待機、その後は法定速度も真っ青の超スピードで帰宅する手段を選んだ。

 だが、奴の家の近くには二十四時間営業のスーパーがあり、かつ< アーク・セイバー >のクランハウスの出口はダンジョン転送施設だ。

 時間に合わせて若干人数は減るにしても、ダンジョンは外の時間に影響されない仕組み上、冒険者がいない時間帯はない。

 その人目を掻い潜ろうと、転送施設を抜けるまで物陰に隠れて移動をする。だが、出口には警備員がいる。どうしようもない。

 全力で駆け抜けるしかないと、決死のスプリントをかけるも失敗。公衆の面前で職務質問である。

 幸い銀狼族は数が少ない。個人を特定できる人間はいなかったようで、ゴミですと自己主張する謎の狼がいたと都市伝説のように囁かれる事になった。

 ……《 看破 》されてたら終わってたね。

 帰るまでも人目には止まったらしく、あまりの高速で画像がブレてはいたものの写真が流出した。

 掲示板では謎の怪奇現象に盛り上がりを見せている。実はゴシップ的な新聞にも載ったらしい。


 ガウルだったから本人が特定されずに済んだが、これが俺なら確実に二つ名が変わっていただろう。

 三日経った現在、ガウルはまだ引き籠もっているが、さすがに本番には出てきてくれると信じている。


 ちなみに訓練の様子を撮影した動画だが、あまりのひどさに八人全員が同意した上で永久封印する事が決まった。

 おそらく日の目を見る事はないだろう。……いや、あってはならない。




 そんなこんなで、八人の負けず嫌いの心に無残な爪痕を残し、訓練は終了した。

 中での経費説明を求められるだろうから、摩耶から剣刃さんへ概要説明する事は避けられないが、願わくはアレが< アーク・セイバー >のスタンダードにならないで欲しい。

 ……大丈夫だよね?




-2-




「ひどい事件だったね」


 翌日、食堂でユキがそう言うが、その表情はすでに平然としている。狼さんが最終的な犠牲者になってくれたので、ダメージが軽減されたのだろう。

 横にサージェスもいるが、こいつはそもそもダメージを喰らっていない。決して羨ましくはないのだが、釈然としない。本当に恐ろしい奴である。


「とりあえず、二度とやりたくないな」


 間違いなく強くはなれたが、犠牲が大き過ぎた。何か失ってはいけないものを失ってしまった気がする。……主にシリアス成分とか。

 凶悪な難易度の試練に挑むための事前訓練だったはずなのに、むしろこっちのほうが試練だったんじゃないかって勢いだ。

 いや、ロッテさんとか忘れてないけど、感覚的にはもう三ヶ月くらい前の話だからさ。


「そういえば、どうでもいい事なんですが、私の《 パージ 》が進化しました」

「どうでも良くないよっ!?」


 飯時だというのに爆弾発言である。あの地獄から抜けだしていざ本番という時に、何を言い出すのだこいつは。


「いえ、本当にどうでもいい変化なので、一応覚えておく程度でいいと思います」

「……二つ名の影響とかか?」


 若しくはあの訓練で、何かに目覚めてしまったとか。


「多分そうだと思いますが、原因は分かりません」

「スキル効果が変わる事ってあるんだね」

「進化っていうくらいだから、強化されたか、便利になったかだよな」

「はい、これまで《 パージ 》は制限時間制で、一定時間過ぎると服が自動修復されていたのですが、これが戻らなくなりました」


 それは……進化なのか? もう最初から着ないほうがいいんじゃ。


「具体的には、私の性的興奮が一定値まで静まる事で服が戻るようになりました」

「つまり、お前が興奮し続けてる限りは全裸、または半裸のままという事か?」

「そうなります」

「……僕、頭が痛くなってきたよ」


 より、実態に沿った形になったという事か。

 今までなら何もない場面で脱いだりもしていたが、それだと興奮度合いが少ないからすぐに元に戻る。

 《 インモラル・ブースト 》の影響下にあるような状態なら、《 パージ 》の影響も常に受けられるというのは大きい。


「戦力的にはアリだな」

「もう、モラル的な部分で判断するってつもりが一切ないね」


 当たり前だ。今更そんな事を気にしていてどうする。

 こいつと……向き合いたくないが、向き合うにはまずそこをクリアしないといけないのはお前も分かっているだろう。


「スキル名とか変わったのか?」

「特には。訓練の際に何か使い勝手が違うと思い、会館の《 鑑定 》で調べたら説明文が変わっていただけですね。文字の色が違ったので、その分が通常の効果と違うユニークなものになったという事でしょう」

「あんまり変わった気はしなかったが、一応俺たちのも調べておいたほうがいいな」

「新スキルってわけでもないから、ステータスカードには表示されないしね」


 名前も変わらないんじゃ、ちゃんと調べるまで分からないしな。

 身近に《 鑑定 》のエキスパートでもいれば話は違うのだが、なかなか難しい。冒険者で< 鑑定士 >クラスを取得する者が少ないのだ。

 汎用的に使える《 看破 》などならともかく、それ以外、特に詳細が分かるものとなるとなかなか適性がある人はいないらしい。

 会館に来れば調べられるという事で、どうしても後回しになってしまう。

 冒険者じゃなく、専門家や商人であればとても有用なスキルなので優先できるんだろうがな。

 冒険者でもアーシャさんみたいな指揮官タイプは、ある程度習得しているらしいが、それでも詳細は分からない。敵の情報、弱点などの看破がメインだ。

 すごいものになると、市場価格とかそれに使われている素材、作成日、作成者まで分かるというのだから、正しく鑑定だ。

 ……専門家は儲かりそうである。ただ、冒険者だと『かんてい』とか呼ばれて酒場に放置される印象がある。


「ミユミさんのパーティに< 鑑定士 >がいるんだっけ?」

「専門じゃないって言ってたけど、複数のツリーを取得し始める頃になるとやっぱりそういう役割分担も必要になって来るんだろうな」


 まだ先の話だが、次のツリーも検討しなくてはならない。

 調べたらベースLv50になれば二つ目のツリークラスも取得可能らしい。その前のLv40には三つ目のクラス取得もある。

 大体、ここら辺で一つ目のツリーも見直しをする者も出てくるらしいので、大きな転換期でもある。

 Lv30以上は相当上がり辛いらしいし、体感でもそう感じているが、この前の訓練みたいな事をしていたら簡単に超えてしまいそうだ。


「このあと、そのミユミさんに会うんだよね?」

「大した用事じゃないけどな。お前らも来るか? サージェスがいてくれると助かる」

「え、珍しいですね。リーダーが人と会うのにわざわざ私を連れていくなんて」


 自分が紹介し辛いキャラである事を自覚はしてるのか。


「あいつ、お前みたいな属性が苦手だから暴走が避けられそうなんだ。むしろ積極的に前に出てくれていいぞ」

「分かりました、お供しましょう」


 もうあんまり覚えてないが、サラダ倶楽部にはその属性すら超越したとんでもないのがいたんだよな。

 あれは誰だったっけ? 美弓の師匠だから……ドレッシングだっただろうか。本名はもちろん覚えてない。


「ユキも一応関係あるから一緒に行くか」

「僕が?」

「この前、前世と性別や種族が異なる奴は記憶を保持できないって話をティリアに聞いたんだ。お前と同じ特殊事例になるから、何か聞けるかも」

「それは……興味あるね。僕とミユミさんの共通点か」


 ティリアも連れて行ってやりたいが、あいつは今バイトだ。

 まだ詳しい話を聞いていないが、声優みたいな事をしていると本人が言っていた。

 本職の人と比べていいのか分からないが、言われてみれば確かに特徴的な良い声である。緊張しなければ滑舌も良かったし。


「俺が死ぬ前に何があったのか、あいつは知ってる可能性が高いからな」

「でも、記憶がなくなるってそんなに珍しい話じゃないんでしょ?」


 前世の記憶の一部が欠落するのは決して珍しい話じゃない。種族や性別が同じだろうが、そんな例はいくらでもある。

 あいつ以外のサラダ倶楽部のメンバーを思い出せないのもそういった事情だろう。

 だが、どうしても気になるのだ。


 何か、忘れてはいけないものが、そこに隠れている気がしてならない。

 そんな予感がする。




-3-




「覚えてますよ、完璧です。あたし記憶力はいいんで」


 その日の午後、指定した喫茶店に現れた小さいハーフエルフはそう言った。

 会館の食堂でも良かったのだが、あそこだと受付嬢さんに見つかるからと、場所を指定されてしまったのだ。

 展開的に美弓も覚えてないってのはありそうだったが、この分だと把握してるらしい。わりとスムーズに話が進みそうだ。


「センパイはあんまり覚えてなさそうですね」

「ああ、高校あたりからかなり怪しいが、卒業してからはほとんど記憶にない。飛び飛びでは時々思い出すんだが、前後が繋がらない。……多分、死ぬ直前にお前に会ってるだろ?」


 いつになく神妙な顔で、美弓はアイスコーヒーを飲む。言い難い事でもあるんだろうか。


「……会ってますね。それは確かです。死ぬ手前まで一緒にいました」

「やっぱりそうか。見覚えのない格好のお前を見たのを思い出したから、そうじゃないかって思ったんだ」

「成長して美しくなった私の姿は忘れられなかったんですね。分かります」

「高校の時と何も変わってなくて、勘違いだと思った」

「あれー」


 やっぱり歯切れが悪い。

 嘘はついてないみたいだが、言いたくない事があって、それを隠すように言葉を選んでる感じだ。こいつはそういうのが得意じゃないからバレバレだ。

 ……周りから情報を固めていくか。


「前世と性別や種族が違うと記憶が保持できないってパーティ組んでる奴に聞いたんだが、お前は覚えてるんだな」

「……はい、そうですね。魂の在り方? みたいなのが違うと、魂が型に上手く嵌らなくて、記憶やいろんなものが欠落するらしいです」

「やっぱりそうなんだね。じゃあミユミさんは僕と一緒なんだ」

「ユキちゃんは人間ですよね? ……ひょっとして兎人族? 耳ないですけど」

「違うよ」


 兎人族にはあまり良いイメージないからな。否定したいのか。


「僕の場合は性別が違うんだ。前世は女だったんだよ」

「……なるほど。それは多分私よりレアケースでしょう。私の場合はエルフ、それも人間とのハーフですから、成長の過程で馴染むくらいには差がないんです」


 ユキほどではないって事か。どう違うのかは分からんけど。


「それでも幼少期は違うんだろ? 何か記憶を保持してる原因みたいなものでもあるのか?」

「……うーん、難しい話ですし、他に事例を知らないのではっきりとは言えないですけど、多分死ぬ直前の体験が原因じゃないですかね。強烈な体験をすると、記憶が残りやすいのかもしれません」


 何か強烈なイベントがあった? やはり、死ぬ前に何かがあったというのか。


「お前は人間に戻りたいとか、そういう願望があったりするのか?」

「いえ、特には。……ひょっとしてユキちゃんは女に戻りたいんですか?」

「え、うん。そうなんだよね。そのためにここに来たんだ」

「なんともったいない……」


 お前のドストライクな特殊属性だからな。


「明後日にあるイベントもその絡みでな。……まあ、こいつも難儀なものを抱えてるわけだ。お前は別に問題はなさそうだな」

「そうですね。もうハーフエルフとして十四年も生きてるわけですし、センパイの嫁になるには問題ないですから」

「お前と結婚するつもりはこれっぽっちもない」

「くっ……やはり体格の問題ですか。あと十年くらいしたらなんとか……いや、この体でもなんとかなると思うんですが」


 体の問題じゃねーよ。お前が嫌なんだよ。あとその体はさすがに無理があるだろ。ロリってレベルじゃない。


「ところで、先ほどから当たり前のように座って黙ってるそちらの方は関係者でしょうか。この前途中で現れた方ですよね」

「申し遅れました。私、変態紳士のサージェスと申します。リーダーから同類を紹介頂けるとの事で同席させて頂きました」

「違いますからねっ!? あたしそんな属性ないですから!」

「またまたご冗談を」

「誤解されてる!?」


 お前が苦手そうだから連れてきたんだよ。座っているだけでも効果はあるはずだ。


「お前がドMの属性を隠しているのは知っているが、それはいいとしてだな……」

「いや、隠してないですから!?」

「えー、お前レタスにプロレス技かけられて楽しそうだったじゃん」


『あがががががが………』とか言って。


「え、そうなんだ……変わってるね」

「ユキちゃんまでっ、違います! そんな趣味はないですからね!?」

「だから、無理に暴こうとはしていないから」

「いえ、そうではなく!」

「いいんだよ、別にドMだろうが色眼鏡で見たりしない。いくらなんでもこの隣の男よりはマシだろうし」

「何故そういう時だけ優しい目になるんですか!?」


 つーか、それはどうでもいいのだ。本当に。


「そろそろ本題に入ろう。……俺とお前が死ぬ前に何があった?」

「え……」


 目が泳いだな。


「ただ死んだだけなら問題ない。日本がいくら平和だからって死因なんていくらでも転がってるし、ユキみたいな病死のケースもある。……でも違うだろ? 何かヤバイ事が起きたはずだ。種族が変わっても記憶が保持されるくらいインパクトがある事件が」

「え、えーとですね。……駄目です。センパイが忘れてるなら、そのほうがいいと思います」


 なんだ……? マジで言えないような事なのか?


「別に前世の事なんだから、今更関係ないだろ。……まさか、お前と結婚したとかじゃないよな?」


 確かに尋常じゃないインパクトだが、それなら堂々と言い出す奴だ。


「それなら何も問題ないですけど。……駄目です。嫌です。言いません。教えません」


 それは、前世でも今世でも初めて見る頑なな目だった。

 ここまで隠す様な事って、何があるっていうんだ? こいつ自身の事情じゃないだろう。……これは多分、俺の事で……


「そいつは俺も知りたいな」

「えっ……」


 突然、後ろから第三者が現れた。この話に絡んでくるような人物には心当たりがない。

 振り返ると、そこには意外な人物が立っていた。


「杵築さん……」


 そこに立っていたのは、最近連絡の付かなかったダンジョンマスターだ。なんか久しぶりに見た気がする。


「前から思ってたんだが、お前、何か隠してるだろ」

「それは……」


 ダンジョンマスターを前にした美弓はひどくバツが悪そうだ。


「二人は前から知り合いだったんですよね?」

「ああそうだ。一応保護者代わりでもある。最近はそんなに顔合わせる事もないけど。……あ、サージェス、ちょっと詰めて」

「あ、はい」


 突然の登場シーンだったのに、普通に席に座った。立場的にもうちょっと演出とか考えたほうがいいと思う。

 ダンマスを前にして、美弓は冷や汗を掻いている。尋問されているような状況だ。


「別に責めてるわけじゃないだろ。何か言いたくない事情があるんだろうさ」

「うーーー」


 こいつが言葉に詰まるのは非常に珍しい場面だ。

 面倒な事態でも、適当な事を言って切り抜けるのがこいつだ。ダンマスが苦手なのかもしれない。


「せっかく、元日本人が四人揃ったんだ。いい加減吐いちまいなさい」


 そういや、こうして揃うのは初めてだな。サージェスだけは完全に無関係だが。


「……わ、分かりました。ある程度情報が集まって裏が取れたところなら……。ちくせう……杵築さんはやりづらいんですよ……」

「ちなみにダンマスはなんでここにいたんですか?」

「気分転換」


 また適当な理由だな。本当かどうかも良く分からない。でも、この人なら偶然だって言っても有り得そうだ。


「もう一度言いますけど、適当な事は言いたくないんで、裏が取れた事だけです。ほんとはもうちょっと確証が欲しかったんですけどね。……えーとですね。あたしら四人は元日本人ですよね?」

「そりゃそうだが」


 かなり今更だ。日本人じゃなきゃ知らない事をかなり深いレベルで知ってる事は確認している。


「あたしとツナセンパイがいた地球と、杵築さんがいた地球は別物です。ユキちゃんは分かりません」

「…………は?」


 何を言い出すんだ、こいつは? これまで散々共通認識として日本の話をしただろうが。


「……なるほどな。確かにその疑念はあった。平行世界か」

「そうです。最初は些細な食い違いでしたけど、これまで話した中で確信しました。ツナセンパイが現れた時はまさかと思いましたが」


 ダンマスは何やら納得してるが、何の話だ?


「良くある解釈だよ。……たとえば、ツナが目的地に向かう途中で分岐路があったとしてどうする?」

「目的地に近い方に行く」

「どっちも距離的には同じ。ついでにいうなら道の状態とか、その他諸々全部同じ」

「……じゃあ適当に」

「ツナが右の道を選ぶとして、左の道を選んだ世界の事を言ってるんだよ」

「SFとかで良くあるパラレルワールドってやつか?」

「多分そう」


 ああ、言いたい事が分かった。俺たちとダンマスが暮らしてた日本が、違う道筋を辿った別の世界って事か。細部までよく似た別の世界って事ね。


「え、だから何? ほとんど同じなんだよな」


 話す限り、まったくと言っていいほど認識の一致する世界だ。歴史もそうだし、やっていたTV番組、俳優、政治家などの有名人まで一致している。

 そこまで同じなら、この世界にいる以上、大して影響ないだろ?


「まあ、ツナ君には関係ないかもな。……俺には大いに影響あるけど」

「ダンマスだって影響……あるな。帰る気なら、似たような場所だと間違えそうだ」


 いざ帰ってみて、良く似た違う世界でした、なんて目も当てられない。ダンジョンマスターが帰りたいのは日本ではなくて故郷の日本なんだから。


「内容が内容なんで、杵築さんにははっきりするまで言い出せなかったんです。話してて、細かい日付とか、有名人の立ち位置とか、色々違うんですよ。……きっかけは大きな事件があった日付の違いでした」


 些細なきっかけで変わるような出来事なら、日付が一日ズレる可能性だってあるか。それが誰もが知ってるような事件なら日付を覚えててもおかしくない。

 最悪、些細な違いで発生しない事だって有り得る。


「確かにその可能性はあった。無限回廊と繋がってる無数の世界で、似たような世界を観測してるんだ」


 それは、俺と、美弓と、ダンジョンマスターしか認識できない事柄だ。

 横を見てもユキは反応していない。多分サージェスも。


「無限回廊と、他の世界が繋がってるのか?」

「ああ、間違いない。……多分、他の世界でも無限回廊があるんだろうな。それが奥の方で収束してるんだ。そこには良く似た平行世界も存在するか……面倒臭くなって来たな」


 帰る場所の判別が難しくなるって事だからな。


「言い出し難かった理由は分かった。そりゃそうだわ。俺に気を使ったのか……」


 余計な事を言って混乱する可能性があったから言わなかったって事か。

 でも、それを前提にすると、一つ気になる事がある。


「じゃあ、お前と俺が同じ世界の人間だって限らないんじゃないか?」


 良く似た世界なら、良く似た渡辺綱もいるわけで。良く似た岡本美弓もいるだろう。


「それは……ないです。私とツナセンパイが同じ世界出身なのは間違いありません」

「根拠は?」

「……内緒です。黙秘します。教えません。センパイに陵辱されても喋らないんですから」


 いや、お前相手で陵辱なんてしねーけど。

 ……駄目だ。こいつ絶対これは言う気ねーな。


 そう言う美弓の目は、これまでにないほど真剣で頑なだ。梃子でも動きそうにない。


「分かった分かった。人間誰しも言いたくない秘密くらいあるだろう。自力で思い出すかもしれないし、ここは俺が引いとくわ」

「私も陵辱されなくてほっとしました」

「するわけねーだろ」


 だってお前喜びそうだし。

 ……まあいいさ。そんなに気にするような事でもないし、少しずつ思い出してはいるんだ。いつか核心に至るだろう。……それはそんな遠い事じゃない気もする。


「そういえばダンマス、最近全然連絡付かなかったですよね」

「ん……ああ、色々あったからな。別段忙しい身でもないが、やる事は結構あるんだ」


 ダンジョンマスターってくらいだから、そりゃあるだろうな。この街の運営にどれくらい手を出してるかとかは知らないが。


「だから、今回お前らが受ける試練も内容とか知らないんだ。難易度設定して発行するところまでで、内容とかは丸投げしちゃったから。もうすぐなんだろ? 今回はいけそう?」

「知らないんですか」

「そもそも試練ってなんですか?」


 そりゃ美弓には説明してないから知らんわな。


「こいつの性別変更のために、段階的に試練が発行されるんだ。五つクリアすれば晴れて女に戻れる」

「へー。じゃあ、その途中ってどっちの扱いなんですかね?」

「そりゃお前……どっちだ?」

「知らないけど」


 80%男で20%女とか意味分からん状態だよな。


「カードには性別のパーセンテージが表示されるぞ。前に設定変更した」

「それは、水着を着る時はどっちのを着るべきなんだ?」

「そんなのは知らん」


 ダンマスにも分からないことくらいはあるか。……なんて深い世界なんだ。


「ちなみに、今回の試練の相手はリーゼロッテです」

「……リーゼロッテ? ヴェルナーの娘の? ……ああ、ご愁傷様って感じだな。キッツイぜ」


 ダンマスにキツイ言われるような奴なのかよ。


「え……と、ロッテちゃんってダンマスから見てどうなんですか?」

「俺、ギルド職員連中とあんまり絡まないようにしてるんだよね。あいつら俺を神か何かと思ってるから怖い」


 当の本人は嫌がってるのか。


「ロッテは職員じゃないだろ」

「だから余計にだな。ギルド職員の連中は大人しくなったが、それ以外だとまだ度が過ぎてるからな。ま、それを含めての難易度設定なのかもな。普通の人間の価値観で考えると痛い目見るぞ」


 それは剣刃さんにも言われた事だが、そこまでには思えないんだよな。

 わざわざ宣戦布告し直しに来るような子だし。……その印象は捨てたほうがいいんだろうな。


「ギルド職員はみんなダンマスの狂信者って聞きましたよ」

「あー、狂信者ね。言われてみればそんな感じだな。こっちはただ無限回廊の権限持ってるだけだっての。俺が直接作ったわけでもない二世までそんな感じになってるしな。マジで止めて欲しい」

「……そうなんだ。ヴェルナーさんとか普通だと思ったけど」

「お前ら相手なら普通だろうさ。でもなあ、あいつら俺の前だと性格変わるからなー。そのヴェルナーとゴブタロウとテラワロスが特におかしい」


 その三人は、特に名前を聞く人たちなんですが。


「て、テラワロスも?」

「ああ、あれは俺の最大の過ちだな。悪ノリし過ぎた。反省してる」


 ダンマスに反省されちゃったぞ。テラワロス。


「ま、頑張ってくれ。今回が駄目でも次がある」

「いや、落とす気はないですけど」

「それならそれでもいい。さっさと上に来い。ミユミもな」

「あーはい。善処します。……全然話変わりますが、杵築さんいなかったんで報告できなかったんですけど、遠征先にもう一人日本人いましたよ」

「なぬ。ひょっとして連れてきたのか?」


 いるもんなんだな。平行世界もあるなら確率は上がるのか? でも、対象が増えるのは地球だけじゃないだろうし。


「いえ、一応誘いましたが、迷宮都市に来る気はないみたいです」

「そうか、ならしょうがない。そいつにはそいつの人生があるだろうしな。一応、あとで詳細教えてくれ」

「いえっさー」


 そういう人もいるだろう。元々生活基盤持ってて、全部捨ててここに来るのはなかなかにハードルが高いだろうし。

 ……それにしても、ロッテはハードル高いのか。ダンマスにまで言われちゃうってどうなのよ。




-4-




 そして、八月三十一日。試練当日。まだまだ真夏で、太陽が燦々と輝いている中、俺たちはダンジョン転送施設に集合した。

 ワープゲートのある施設に入ってしまえば、空調が効いているので涼しいもんだ。


「ま、頑張れや。そのために訓練頑張ったんだろ?」


 見送りとして剣刃さんが来てくれた。暇ってわけでもないだろうに、律儀である。


「そうですね。ひどい体験でした」

「摩耶は頑なに内容を言おうとしないが、どんだけだよって感じの明細だったからな。どんな状況ならあのクソ不味いドリンクを大量消費するんだ? 粉飾会計疑う金額だったぞ」


 その摩耶は少し離れた所で事前の準備運動をしている。女同士、新人同士で仲が良いのか、ティリアと一緒にラジオ体操だ。なんでラジオ体操なのかはしらんが。

 訓練内容については俺も闇に葬りたいので、絶対言わない。あれは表に出してはいけない記録だ。


「それで、アーシャさんはなんで今日ここに? 激励とか見送りっていうならありがたいですけど」

「そうだな、お前今回関係ないんだろ?」


 そして、剣刃さんの隣には良く見た赤い服の人が立っている。今回は関係ないはずなのに、何故かアーシャさんも来ているのだ。


「来るつもりはなかったんだけどね。綱くんにちょっと用事ができちゃって」

「俺に?」


 今回の試練に関係ない事だとなんだろうか。フラグを立てた覚えはないんだが。


「ちょっとタイミングが良過ぎる気もするんだけど、綱くんに渡したい物があるの」

「なんかプレゼントですか?」


 バレンタインデーは半年先だが。アーシャさんのルートに入ってしまったのだろうか。全然構わんぞ。バッチ来い。


「これよ」


 だが、アーシャさんが《 アイテム・ボックス 》から取り出したのはチョコではなく、金属の塊。

 小手のように見えるがかなり大きい。甲冑の腕部分らしいものだった。


「小手? にしてもゴツイね。軽装のツナが使うようなものじゃないと思うけど」


 ユキの言う通り、俺が装備するのは軽装備ばかりだ。

 防御力は欲しいが、重い装備だと回避するのが難しくなる。ただ、盾代わりとして、小手はちょっと考えてはいた。


「お前、ダンマスから装備の譲渡は禁止されてるだろ」

「いいのよ、これはダンジョンマスターの許可もらってるから」


 わざわざ許可もらってまで、渡すようなものなのだろうか。


「なんなんですか、この小手は。くれるならありがたくもらいますけど」

「小手っていうより腕甲って言われる装備ね。これは綱くんの専用装備」

「……は?」


 専用ってなんだ? 俺以外装備できないって事か? そんなものが存在するってのも驚きだが、何故アーシャさんがそれを持ってるんだ?


「ウチの専属鍛冶師がいきなり持って来てね。変なユニーク装備ができたんだけど、知り合いですよねって」

「そういう事って良くあるんですか?」

「ないわよ。この前の< 毒兎 >もそうだけど、私には何がなんだか……」


 一体何が起きているというのか。

 このタイミングだと、まさか二つ名のせいだったりするんだろうか。だとしたら、俺たち以外にも専用装備ができている?


「専用装備だから、私たちが持っててもしょうがないし、ダンジョンマスターに話してたら"面白いから渡しちゃえ"って。タイミング的にも試練の直前だったし、あったほうが有利かなって思って、急いで持って来たの」


 ダンマスは相変わらず軽い人である。

 ……にしてもゴツイ小手だ。腕甲って事は、二の腕どころか肩までかかる大きさって事か。

 試しに装着してみるがサイズが合っていない上に重い。これを装備して剣を振るとか冗談じゃないぞ。


「全然サイズが合わないんですけど」

「《 サイズ調整 》が付与されてるから、綱くんが装備すれば合ったサイズになるわよ」


 言われた通りに、《 マテリアライズ 》の要領で《 サイズ調整 》を発動させると、俺の腕に合った形まで縮小した。

 まだ重いが、使えない重さじゃない。これなら《 瞬装 》で盾代わりにしてもいいかもしれない。

 ……《 サイズ調整 》便利だな。ドロップ品で甲冑とか出てもサイズ合わせないといけないから、そういうスキルもあるって事か。


「銘は< 童子の右腕 >っていうんだって。童子って子供の事よね? それがなんでそんなゴツイのになるのか分からないけど」


 姉さん、それ多分茨木"童子"って事や。

 これ鬼の手なの? もう渡辺綱なんだか茨木童子なんだか分からなくなってきたな。その内、女装でもする事になるのかしら。

 ……まさか土蜘蛛の脚とか出てこないよな。


「童子ってそういう意味じゃねーよ。鬼の事だ。ダンマスの故郷に渡辺綱っていうこいつの名前の元ネタになった偉人がいて、そいつが腕たたっ斬った茨木童子の右手って事なんじゃねーか?」


 さすが童子切安綱持ちは違う。やっぱ調べてるのね。

 アーシャさんは、北欧神話とか詳しくなさそうだけど。


「え、そういう意味だったの? 剣刃さんのそれも子供を斬るって意味だとばかり……」

「何で《 鬼特攻 》付きで子供斬るんだよ」


 童子がなんで鬼に繋がるかとかは説明が面倒なのでパスする。

 しかし、思い掛けないタイミングで装備が増えたな。

 聞いてみると強固な防御力に加え、《 怪力 》の付与や死亡ロスト対策もデフォルトでついてるという正しくユニーク装備だ。

 今は邪魔なので、《 瞬装 》で《 アイテム・ボックス 》に入れておく。


「じゃあ、どうしようか迷ったが、こいつを渡すのも別に構わんだろ」

「なんですそれ」


 今度は剣刃さんが《 アイテム・ボックス 》から丸い球を取り出した。

 形状はスキルオーブだが、その色は透明ではなく黒い。中で禍々しい瘴気のようなものが渦巻いている。不吉な感じだ。


「げ、黒オーブ」


 クロオーブ? クローシェ玉?

 アーシャさんの反応はあまり良くない。というか、物理的に距離が離れた。


「こいつはスキルオーブなんだが、ちょいと特殊でな。デメリット付きだ」

「……くれるんですか? それこそダンマスに怒られそうですけど」


 人数分借りている精神耐性付きのメンタルリングだってかなりグレーなのだ。


「別にタダでもいいんだが、ダンマスから言われてる事でもあるし売ってやる。相場は多分十万円くらいだ」

「……オーブにしちゃ随分安いですね。二つ三つ桁間違ってません?」


 オーブはGPで買う以外にオークションで売り出されたりもするのだが、ちょっと手が出ないくらいに高い。

 かつてダンジョン籠もりをした時にいくつか手に入れているが、あれは隅々までトポポさんが探索してくれた結果だ。通常ならクロ的に言って超当たりの部類である。


「間違ってないわよ。それ、致命的なデメリットがあるから。なんか変なデメリットと引き換えにスキルを覚えられるってものなのよ」


 あんまり変な弱点とか付いても困るんだけど。


「こいつはツナ用じゃなくユキに渡すために持ってきたもんだ。お前の条件には合致するだろ」

「僕に?」


 放り投げられた黒いオーブを、慌ててユキが捕球する。

 危ないな。割れたらどうするんだ。


「なんのスキルオーブなんですか?」

「《 魔力の泉 》っていう、自己MP回復強化のスキルだ。大体30%増くらいで回復するようになる」


 それはかなり強力だ。わずかでもMPを確保したいユキにとってはこれ以上ないスキルだろう。

 魔術士系のツリーなら普通に習得しそうだが、俺たちはそんなに適性がないし。


「その……デメリットってなんですか?」

「そいつは男性専用で、男性機能喪失っていう男の敵のようなデメリットがある。ようするに勃たなくなる。お前の話を聞いてからそういうのがあったなって思って、ウチの倉庫から探して持ってきた」


 なんとなくだが、ちょっとユキと距離をおいてみた。

 だが、それならユキにはデメリットに成り得ない。……俺は絶対無理。


「なるほど。スキルとして追加されるんだね。《 男性機能不全 》だって」


 ユキが使用したのか、黒オーブが消えた。一切躊躇がないのはさすがだ。

 元々大きくなったりしてたのか分からないが、これで完全にユキは男性機能を失ったわけだ。


「……あんまり変わった感じはしないね」


 実際に身体機能を書き換えるわけじゃないのか、そんなに影響があるようには見えない。状態異常のようなものだろうか。

 これ、最終的に女になったらどうなるんだろう。……今回だけでも十分有用か。


「このあと、そのままイベントなんで、後払いでもいいですか?」

「摩耶に渡すか、打ち上げの時でも払ってくれればいい。……しかし躊躇ないな、お前。同じスキルの……《 魔力の泉 》のスキルオーブ使えばそのデメリットは解消されるから、一応覚えとけ」

「いや、むしろいらないモノなので。……似たようなものって他にもあるんですか?」

「黒オーブはたくさんあるが、同じようなデメリットのものはないな。一応オークションでも調べたがなかった」

「そもそも好事家くらいしか買わないでしょうに」


 アーシャさんの言う通りだろう。買うならコレクターくらいだ。

 打ち消す手段があるからって、デメリットを好んで抱えたい人はそんなに多くないと思う。高くても普通に習得できるオーブが存在するなら尚更だ。


「他にどんなデメリットのオーブがあるんですか?」

「ろくでもないものばっかりだな。魔力半減とか、常に悪夢を見るようになるとか。触るだけで激痛が走るようになるってのもある。ツナが使いたそうなものだと二本になるってのがあるが、……あれは逆に高い」


 何が二本になるんだよ。そんなもんいらんわ。

 いや、二人同時に相手できるのか……考慮の余地は……いや、ねーよ。普段の扱いが面倒過ぎる。

 会館で大浴場に入ったらガン見されちゃうだろ。俺だったら見ちゃう。


「あとは、打ち上げ用の酒を用意したぞ。勝ったらこいつを飲ませてやろう」

「クランハウスで言ってたやつですか」


 高い酒を奢ってくれると言っていたやつだ。

 《 アイテム・ボックス 》から剣刃さんが取り出したのは一升瓶。また日本酒である。

 ラベルは何と読むのか分からないが、『団増』と書いてある。……だんぞう?


「そ、それは……まぼろしの……」

「おうよ、クソ高かったがオークションで落札した」


 アーシャさんが震えてるのだが、その反応ってどうよ。酒好きなんだろうか。


「あ、あの……剣刃さん? 私もその席に御相伴をさせては頂けないでしょうか」

「お前関係ねーじゃねーか」

「いや、そのですね、なんというか、……一口だけでも」

「やだよ。こいつは飲み始めるとキリがないからな」

「そんな殺生な」


 アーシャさん金持ちのはずなのにどんだけだよ。値段じゃなく希少価値の高い酒なのか?


「まあ、わざわざこんなもんまで用意したんだ。絶対にクリアして来い」

「あ、あの……試練失敗したら、それ売ってもらえませんかね?」

「……失敗したら、アーシャの前でこれを叩き割るから、絶対にクリアしろよ」

「ひどい」


 アーシャさんのほうがひどいと思う。本人の目の前で失敗した時の事を言わないでくれ。

 ……まったく、締まらない激励だ。




-5-




「さて、お前ら準備はいいか?」

「おうよ、準備万端だぜ。……あの訓練が無駄になるとか冗談じゃねえ」


 引き籠もっていたガウルもちゃんと復帰してくれた。ちょっと本気でマズいかなって思っていたが、安心した。


「気合も準備も万端だよ」


 そういうフィロスの眼はちょっと気合入り過ぎで怖い感じだ。

 いや、みんな落ち着いてるように見えるが、燃えるような熱い闘志を感じさせる。

 ……あの訓練の憂さ晴らしをしたいわけでは決してないと思う。


「じゃあ、クリアできなかった人は罰ゲームにしようか」

「…………」


 ユキの爆弾発言で場が凍りついた。特にガウルなんか石化したんじゃないかってレベルだ。

 だって、この場でそれを拒否できる奴がいないって事はみんな重々承知なのだ。口に出した以上、確実に罰ゲームは発生する。


「おおおおう、いいぞ。なんでも来やがれ」


 全然良くない感じだが、負けず嫌いもここまで来ると清々しい。

 でも、そんなのがあったほうが燃えるかもしれない。


「よし、じゃあ俺が決めよう。……俺でいいか?」

「どーぞ。少なくとも今回はツナがこのパーティのリーダーなんだから」

「よし、じゃあ条件は第四関門突破してロッテの前に立つ事。土俵に立てないのはさすがに情けないからな。でもって罰ゲームは……二つ名にしようか。自称で『負け犬』を名乗ろう」


 俺たち三人はすでに二つ名持ちだが、自称なら追加で付けられるからな。


「何、途中で脱落なんて無様な真似をせずに、あいつの所まで辿り着ければそれでいい」

「温い条件だな、楽勝じゃねーか」

「ガウルがその二つ名だと、犬になっちゃうけどいいのかい?」

「か、構わんぞ。というかフィロスてめえ、なんで俺だけに言うんだよ」


 そらあんさん前回の敗者やがな。


「借りた< メンタルリング >も装備したな」


 俺が確認すると、全員が指に装着した指輪を翳す。ノエルさんから半ば反則に近い手で借りた精神系状態異常への耐性装備だ。

 これだけで魅惑、催眠、洗脳、混乱など、精神に作用する状態異常の発動確率を減少、効果も軽減してくれる。

 毒でランクが存在した事で分かるように、状態異常はすべてランクを保有する。

 発動は基本的に状態異常レベルとその耐性レベルとのぶつかり合いだ。相殺まで至らなくても、耐性を持っているだけで効果は軽減できる。

 俺は、ある意味これが最大の切り札になるかもしれないと思ってる。


 ただの借り物で、ただの装備品だ。思い入れなどまったくないアイテムだが、こうして八つ揃っていると同じイベントに挑む仲間意識が湧いてくる。

 ……こういうのも悪くない。


「じゃあ行こうか。あの百回以上の訓練は無駄じゃなかったって証明してやろう。そんでもって勝って剣刃さんが用意した酒で打ち上げだ」


 八人揃ってゲートへ向かう。その先はロッテの待つ< 鮮血の城 >。

 五つの試練への挑戦だ。




[ 鮮血の城 ]


 ゲートを潜ると、そこは城のエントランスのような場所だった。

 サージェスに聞いたところ、< 鮮血の城 >は城の外からスタートするというので、すでに開始地点から違う。

 俺たちの行く手には、ゲートが横並びに八つ。そして、その手前には良く見知った赤髪黒ドレスの少女が一人と八人の執事が立っている。


「こんにちは、お兄ちゃん。……そして、挑戦者の方々。私はリーゼロッテ・ライアット・シェルカーヴェイン。この城の主です」


 いきなりボスの登場だ。

 これまで都合三度会ったが、その際に感じなかった強者のプレッシャーを感じる。目の前のロッテはモンスターとしてここに立っているのだ。

 特殊イベントとか言っていたが、まさかこのまま戦闘突入とかじゃないだろうな。


「僕らは君がここのイベントボスだって聞いたんだけど?」

「はい、その通りです。安心して下さい。これはただの挨拶兼ルール説明です。このまま戦闘開始というわけじゃありません」


 ボス自らルール説明かよ。ボスらしく奥で踏ん反り返ってればいいのに。


「まず、この< 鮮血の城 >は通常のものではなく皆さんのために用意された特殊イベントになっています。私の奥にある八つのゲートから一人ずつ、全員が入場した時点でイベント開始となります」

「入る扉は勝手に選んでいいのか?」

「それは自由ですが、どこから入っても変わりません。それぞれがどこに繋がっているかはランダムです」


 早く合流したい奴の近くの扉を選んでも意味がないって事か。


「中には四つの関門を用意しました。それぞれが、冒険者として必要な能力を問う試練になっています。第一関門だけはソロでの挑戦。その後、順を追って他メンバーの方との合流も可能です。四つの関門を攻略した者だけが、私と戦う挑戦権を得る事になります」


「攻略すれば確実に誰かとは合流できるのか?」

「いいえ。脱落者が出ればもちろん合流できませんし、待機エリアで待つ事は可能ですが滞在時間は有限です。滞在時間が過ぎれば強制的に次の関門が開始します。チャット機能などの通信もすべて禁止させて頂きました。近距離の《 念話 》なら使えますが、合流の役には立たないでしょう」


 タイミングが合わないと合流すらできないのか。

 《 念話 》なんてスキル持ってる奴はウチにはいないし関係ない。


「ですがご安心を。関門の中でHP全損した場合は待機エリアへ逆戻りです。制限時間中に再攻略の準備をするも良し、設置されたワープゲートで帰還するも良し、ギリギリまであとから来る仲間を待つも良しです」


 一人で辛かったら、HP全損して待機エリアに戻ってもいいぞって事だ。

 あとから仲間が来るかどうか分からないし、ひょっとしたら先に行ってる、なんて事態も有り得るが。


「私のいるボス部屋以外はゼロ・ブレイクですが、基本的に関門の内容はどれもHPを無視した肉体干渉系のギミックが主になります」

「HP全損しないで死んだ場合は、アウトって聞いたんだけど」

「はい。なので、文字通り死ぬほどの苦痛を味わって、そのまま死ねば病院行き。再挑戦はできない。しょうがないですよね、そういうルールなんですから」


 殺しに来るギミック満載って事かよ。ゼロ・ブレイクルールが霞むな。


「でも、お兄ちゃんが連れてきたメンバーです。そんな"しょうがない"を許容できる人なんていないでしょう。全員、冒険者として必須の、"不屈の精神"を持ち合わせた人材だと信じています」

「僕らは人間だから、死ぬ時は死ぬんだけど」

「はい、なのでこんな物を用意しました」


 ロッテの背後に立つ八人の執事が俺たちの前まで移動し、何かを差し出してきた。

 一部が欠けている輪のようなものだ。不気味な装飾が施されている。


「リング?」

「その箇所のサイズに合うよう調整されますので、付けるのは何処でもかまいません。お薦めは首ですね」


 さっき使った《 サイズ調整 》か。

 でもなんで首よ。ペットにでもしたいのか? ガウルなら似合いそうだが。

 まさか、ルール違反すると爆発でもするんだろうか。


「これは《 自滅 》の能力が付いていて、《 マテリアライズ 》と同じ要領で起動できます。それを使えば、死ぬくらいの苦痛と引き換えに一瞬でHP全損できますので、諦めない人は死ぬ前に起動して下さい。第四関門入口の鍵にもなっているので、なくしちゃ駄目ですよ」


 なるほど。覚悟があるなら死ぬ前に自分で自殺しろと。

 しかも、《 マテリアライズ 》と同じなら声を出す必要すらない。……だから、お薦めは無くなったら必然的に死ぬ首か。エグい事考えやがる。


「だから、"苦しいけど、死んだんじゃしょうがない"なんて言い訳はなしです。させません。……そんな弱い挑戦者ならいらない。私が求めているのは強者です。強者になり得る芯を備えた者でないとこんな試練は意味がない。大丈夫、お兄ちゃんが選んだあなたたちなら、決して諦めずに私に辿り着く事でしょう」


 言ってくれる。


「ここに来た人たちは、"第三関門をクリアで中級昇格資格を得て満足だ"なんて向上心のない、志の低い事は言ったりしない人たちでしょう。普通なら手に入らないボーナスばかり用意しましたので、是非、私を倒してボーナスを獲得して下さい」

「ボスなのにやられる事を望んでいるみたいだね」


 モンスターの事情を知らないフィロスが言う。


「敵役は勇者を苦しめて死ぬのが役目ですから。どうぞ私を糧として成長して下さい。でも、その資格がない者には容赦はしてあげません。……あなた方が真に勇者である事を望んでいます」

「俺たちはそんな大層なもんじゃねーよ。"勇者"なんて柄じゃない」


 フィロスあたりはそんな肩書も似合いそうだが、他の奴らもそんな感じじゃない。……俺なんて、もっと泥臭い何かだ。

 罰ゲームでゴスロリ着せられる無能を勇者と呼ぶのはさすがに恥ずかしすぎる。……って、それは俺だけじゃなかったな。みんな駄目じゃん。

 特にそんな格好で街を疾走した狼さんとか。


「おいコラ、なんで俺を見た」


 なんでもないよ、狼さん。……ある意味勇者だよね。


「……ではどうお呼びましょうか」

「俺たちはただの冒険者で"挑戦者"だ。それはこの試練でも、無限回廊でも変わらない。不撓不屈の精神で、アホみたいに深いダンジョンへ潜り続ける挑戦者だ。お前は魔王役をやりたいのかもしれないが、俺たちの行く先に魔王なんていない」


 俺たちが挑むのは魔王でなく無限回廊で、そこで待ち受けるのは無数の強大な敵と困難な試練だ。

 その先で待ってるのは頼れる先輩たちで、そこにはアーシャさんや剣刃さんたち、もっと先にはダンジョンマスターもいる。

 あの人たちは魔王じゃない。いつか共に戦って無限の先へ向かう同士だ。


「ふふ、やはり面白い人ですね。確かに真理です。……では挑戦者と。私はこの城の最奥部で待っていますので、頑張って辿り着いて下さい。"いつまでも"お待ちしております」


 そう言い残し、魔法陣の様なもので転送され、ロッテと執事たちは消えた。

 あとに残されたのは俺たち八人だけだ。


「なんでお兄ちゃん?」

「それは聞かないでくれたまえ、ユキさんや」


 適度に深い事情があるんだよ。


「じゃあ挑戦者諸君。……中でまた会おうぜ」


 それぞれ頷きあって、ゲートへと向かう。どこを選んでも先はランダムだ。適当にバラけてゲートを選ぶ。



 一つ目は落としてしまったが、もう負けない。

 ここから先は俺が得意な血みどろの戦場だ。諦めない限り先に進めるなんて、俺たち向きじゃないか。

 いくらでも足掻いて、ロッテの首元に刃を突きつけに行ってやろう。




 ……さあ行こうか。試練の始まりだ。


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