第8話「負けず嫌い」




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 そこは、かつて訪れたトライアルダンジョンと似たような造りだった。

 今いるここはその第一層の手前、訓練用の武器が保管してあった場所に近い。

 すでにここはダンジョンの中で、事前準備、休憩を行うための場所らしい。

 武器保管庫、訓練場の他に寝室が上限人数分の十、キッチンとダイニング、リビングが繋がった大きなLDKが一つ。

 各寝室備え付けでシャワールームはあるが、トイレと洗面所は共用だ。洗濯機もある。

 そして、会館のものとは違うが、専用の倉庫が一つ。ここの物品は一般的なものしかないが、装備や消耗品、食料も内部時間に合わせて補充されるらしい。

 完全に訓練に必要な物は揃っている感じだ。ここに住めといわれたら、数年くらい引き籠もれそう。


「本来は個人でお金を払う必要があるので、ずっとは厳しいでしょうね。今回は消耗品などの補充は剣刃さん名義で引き落としされる事になってます」


 本来は金がかかるのか。トライアルとは違うのね。今回は払ってもらえるとの事だったので、剣刃さんに甘えさせてもらおう。金持ちだろうし。


「装備はトライアルの時よりはいい物が揃ってるんだな」

「グレード的には同じですが、種類は多いですね。刀とかは剣刃さんの趣味だと思います」


 武器保管庫に格納された装備はかなり多彩で、普段あまりお目にかかれない武器も多い。

 刀もそうだが、鞭、魔導杖、棍棒、ブーメラン、モーニングスター、苦無、銃も結構種類があった

 外の時間はともかく、滞在中はいくらでも時間があるわけだから、色々試してみるのもいいだろう。

 ただ、やっぱり持ち出しはできないらしく、通常は壊したら支払いが発生するとの事だ。矢や弾薬も実費である。

 ……ここも剣刃さんに甘えさせてもらおう。金持ちだろうし。ほら、使う予定はないけど、銃とか撃ってみたいじゃん?


 俺たち八人は案内役の摩耶の後ろに付いて、各施設を回った。

 そう、摩耶を除いて八人だ。数え間違いではない。何故かここには九人いる。十一人ではない。一体誰が紛れ込んでしまったというのか。

 ……全員顔馴染みだし、見りゃ分かるんだけどね。


「なはー」


 九人目として混ざっているのは、緩い雰囲気で惚けた表情の少女。< アーク・セイバー >のクランマスターの一人であるエルミアさんだ。

 なんのために付いてきたのか聞いてみれば、楽しそうだから遊びに来たとの事。

 現時点で一切正体を掴めていないので、それが本音なのかどうかすら分からない。

 定員は割っていた訳だし、俺たちに不都合があるわけでもないから別にいいと言えばいいのだが。

 本人も先行して第九十一層攻略済で、後続に歩調を合わせてる段階なので、スケジュール的にも暇だという。

 大勢のメンバーで攻略の足並みを揃えるのはなかなか骨が折れそうだ。


「とりあえずこんな感じです。何か質問とかありますか?」

「はーい、お腹すいたー」

「エルミアさんは今回オマケなので、黙ってて下さい」


 摩耶さん、エルミアさんには辛辣ですね。クランマスターなのに。勝手に付いて来た事を怒ってるのかな。


「料理当番とかどうするの?」


 エルミアさんに合わせた様にユキが言う。確かに必要な事なので、早い内に決めておいたほうがいいだろう。

 ちなみに俺は、味は分かるのにサラダ倶楽部の面々に止められるくらい料理できない。……野菜の皮剥きは得意だよ。


「レトルトや栄養剤もありますが、長期になると厳しいですよね。この中で料理できる人は誰でしょうか」


 料理ができるメンバーはユキ、フィロス、ティリア、摩耶の四名だ、オマケさん除いて半分が料理できる人という事か。

 何故か、料理できるできないで分けると、ビジュアル的に極端になる。あっちはとても華やかでこっちは非常にむさ苦しい。

 おかしいな、一応あっちの男女比は50%ずつなんだけど。


「どうせなら美味しいものがいいので、この四人でローテーションしましょうか」

「わーい」


 俺も美味しいものの方が嬉しい。食欲は気力の維持に重要不可欠だから、気分的には脳天気な喜びの声を上げるエルミアさんと一緒だ。


「昼前ですし、腹ごしらえしながら今後のスケジュールを打ち合わせしましょうか」


 と摩耶が言って、リビングにむさ苦しい組四人、キッチンに華やか組四人の二つに分かれる事になった。

 何もしないのはなんなので、収納位置の確認がてら飲み物と食器の用意くらいはする。

 皮剥きとか、下拵えの準備をしようとしたらユキに追い出されてしまった。キッチン面積的に人数が多いとの事だ。


 そして、リビングのソファに座る男四人である。エルミアさんは料理を眺めているのでここにいない。


「しかしなんだな、この面子は暑苦しいな」

「ガウルは毛が暑そうだし、ゴーウェンは体がデカくて暑そうだし、サージェスは性癖が暑苦しいからな」

「お前は全体的に暑苦しいな」


 失敬だな、狼さん。


「過去に、極寒のダンジョンを裸一貫で踏破というイベントも参加しましたが、寒苦しいのもいいものですよ」

「今更お前にまともな回答を求めていないが、それは意味が違う」


 こいつが参加側という事は主催した奴がいるという事で、改めて迷宮都市の業の深さを知る。全員全裸でダンジョンに入るというのか。


「俺はもう夏毛に生え変わってるから、そんなに暑くないんだぞ」

「え、それ生え変わるのか」


 そりゃそうなんだろうが意外だった。言われてみれば、という感じだ。実は動物みたいに体温の調節が苦手だったりするんだろうか。


「生え変わる時期はブラッシングが大変なんだ。俺たちからしたら、体毛ないお前らのほうが大変そうな印象だがな」

「お前が全部毛抜いたら貧相になりそうだな」


 狼のビジュアルは体毛があってこそだろう。


「ガキの頃、皮膚病にかかった時は切られたりしたな。あまりに情けない姿で、許嫁含めて家族に笑われた」

「その嫁さん、迷宮都市に呼んだりしないのか? ブラッシングのためってのも変だが」


 自分でできない部分とかブラシしてもらうのにも、そういう関係のほうがいいだろうし。ほら、ね?


「まだ嫁じゃねーよ。許嫁で婚約者だ。お前は知らんかもしれんが、冒険者志望以外だと、定住させるにもGPが必要だったりするからな、まだ早い」

「そうなのか」


 冒険者でも長い期間実績ないと追い出されるってのは聞いた話だ。

 そんなに厳しくはないが、確か二年以内にトライアル突破は最低限。その後も中級に上がるまでは継続して実績は必要で、中級に上がってからも定期的な目標提出は求められる。

 純粋な労働力などはほとんど必要としていない迷宮都市だから、やる気がないとあっさり追放だ。結構シビアである。

 ひょっとしたら、情報流出のために記憶の処理とかもされてしまうかもしれない。怖いね。

 冒険者としてなら登録は容易だが、家族が痛い目に遭うのを承知で呼ぶのもな。

 つまり、外から家族呼びたいなら頑張れって事だな。そういうのを目的に頑張ってる奴も中にはいるんだろうか。

 ……なんかこの中には、他にいそうにないな。


 実際にサージェスやゴーウェンに聞いてもいないらしい。

 外にまともな基盤がある奴はよほどの事情がないとここに来ないから、それも当然なのかもしれない。ユキも逃げてきたと言ってたし。




 しばらくして、初回という事で張り切ってみましたって感じの豪華な食事が並ぶ。とても美味しそうだ。


「気にせず食材が使えるというのはいいですね。普段は持ち込んだり、節約しないといけなかったりするので」


 < アーク・セイバー >も下級は色々大変らしい。剣刃さん様々である。あとで肩くらい揉んで上げても良くてよ。


 どれが誰の作ったものだとかそんな事を話しながら、みんなで食べる。

 ユキと摩耶が作ったのは、迷宮都市……というか、日本で見られたような料理で、ティリアとフィロスが作ったのはこっちの世界のものらしい。

 外でも極一般的に食べられるようなものらしいが、一般的な物を知らんから懐かしさとかは一切感じない。

 外ではサバイバル食か、ゴミみたいな飯くらいしか食ってないからな。酒場で出される料理は横で見てたが、ほとんど食った事ないし。


「他の奴はイメージ的に料理できる感じだったけど、フィロスは意外だな」

「騎士の独身者は大抵できるよ。できないと宿舎で暮らせないし、野営もするしね。王都以外でもそうじゃないかな」


 そういうものなのか。鎧着て戦ってるイメージしかないから、あんまり考えた事なかった。

 前世であった様な軍隊用のレーションがあるわけでもないし、なんか野営食って美味くなさそうだよな。


「うまうま」


 台所で料理作るのを眺めてたエルミアさんも、普通に混じって食べている。


「さっきからずっと起きてますけど、常時寝てるってわけでもないんですね」

「スキル使わない時はそうでもないよ。一日十二時間くらい」


 それでも寝過ぎや。


「頭使うからカロリー足りないのです。だから甘いもの下さい」

「ちゃんとご飯食べてからにして下さいね」

「はーい」


 これまで会った< アーク・セイバー >のクランマスターたちは、みんなどこか子供っぽいところがあるな。他の二人もそんな感じなのか?


「で、このあとの訓練はどんな感じでやるんだ? 個人戦特化って言ってたから、一人ずつ入る感じか?」

「とりあえずは基本設定で、バラバラに入りましょう」


 そこからダンジョンの説明が始まった。

 基本的なゼロ・ブレイクルールで、HP全損かクリアでこのエリアまで帰還。HP全損せずに死んだ場合は、外の病院に飛ばされるので注意が必要だ。

 難易度もある程度調整が効くらしいが、とりあえずLv30に合わせた設定のままだ。

 出現する敵はランダムで変わるらしいが、ダンジョンはトライアルよりも単純な、広間が十連結した一直線の構造になっているらしい。


「あとは、各部屋のクリアレコードとランキングがあのボードに表示されます」


 摩耶が指したのは、何も表示されていない黒いボード。広間ごとのタイムレコードと、攻略にかかったトータル時間のランキングが表示されるそうだ。

 順位で特に何があるわけでもないらしいが、ここでの訓練は大抵競い合う事になるらしい。

 地味だが、競争心を煽るいいシステムだと思う。


「ランキングがあるなら、何か罰ゲームでも考えるか。なんにもないっていうのもアレだし、いちいちボーナス用意するのも違うしな」


 思いつきを口にしただけなのに、場の空気が硬直した。

 ……あ、やべ。ここには色々アレな人がいるじゃないか。失言だったかもしれない。


「さて、どうやって罰の内容を決めましょうか」


 やっぱりサージェスさんが張り切っていらっしゃる。いや、お前基準の罰ゲームとか、誰も耐えられないから。


「る、ルールを提案するから、異議があったら言ってくれ。……最下位の人間が次の罰ゲームを提案して、過半数の同意を得られれば有効という事にしよう」


 あからさまに残念な顔をするサージェスだが、お前の意見をそのまま通す訳にもいかんのだ。


「王様ゲームじゃないんだし、性的な内容は勘弁して欲しいんだけど」


 ユキがそう言うが、俺もそんな事を提案するつもりはない。ここにいらっしゃる女性の方は、俺的にあまり食指が動かないし。


「そういう事はやった事ありませんでしたね。結構面白いかもしれません」

「あたしもやるー」

「却下です」

「なんでー」


 なんでじゃねーよ。クランマスターが参戦したら、全部トップ確実じゃねーか。


「最初はどうするの? とりあえず一回やってから決める? 異議出せるなら、リーダーなんだしツナが決めてもいいけど」

「それでもいいけど、ここは平等にじゃんけんでいこう」


 そして、じゃんけん大会が始まった。……何やってるんだろうって感じだが、必要な事なんです。

 結果としてユキが初回罰ゲーム提示の権利を得た。


「えーと、……今後の指標にもなるから責任重大だね」

「適当でいいんじゃないか?」


 IDに出た数字の回数だけ腹筋とか。


「ここは絶対負けたくないと思わせるような、でも心の傷にならないような絶妙な加減が必要だと思うんだよ。たとえば地味に敗北感を噛み締めるような、次に向けた向上心を煽るものがいいよね……」

「いいから早くしろ」


 長いねん。こういうのはあとから修正されていくから、最初は適当でいいんだよ。


「分かったよ。……じゃあ、今こうしてソファでご飯食べてるけど、次の最下位の人は床で食べるって事で。一人前別に用意するから」

「…………」


 最初から、地味だけど嫌な罰ゲームだ。想像したら、ものすごく情けない感じになるのが分かる。

 負けてへこんでるところで、如何にも私は負けましたって強調されてしまう。

 ……これがパっと出てくるのはすげえな。微妙な心理を突く嫌がらせのセンスを感じる。


「……や、やる気を出させるにはいいんじゃないか?」

「ちなみに、途中でHP全損したらどういう扱いになるの?」

「リタイヤ扱いになります。複数いた場合は、より手前でやられた人が下位になりますね」

「じゃあ、リタイヤ同士でも順位はつくわけだから、基本的には最下位が複数人にはならなそうだね」


 見渡してみると、みんな想像してしまったのか、ユキとサージェス以外は妙な意気込みを感じる。

 サージェスもこの程度では心動かされないようなので、見事な塩梅だ。

 ……負けられないな。便宜上ってだけでも、初回から最下位とかリーダーとして恥ずかしいし。




-2-




 そして、訓練用ダンジョンの攻略が開始する。

 まだスキルも能力値補正もある通常の設定だから、純粋に冒険者としての実力が問われる勝負だ。

 この時点だと、道中のない無限回廊第三十層付近と変わらない。しかも、敵の数は確実に一体だ。


 ダンジョン内の時間経過は同じらしく、クリアした人は後続がクリアするのを待つ必要があるらしい。

 つまり、先にクリアした人は悠々自適に後続を待っていられるという事だ。

 そう聞くと気が急きそうだが、ここはゆっくりでも確実にクリアしていきたい。


 ワープゲートで中に入ってみると、短い通路の先に広間が見える。

 広間に入ると、戻る道は消えてボスが出現、倒すと奥に続く道が開かれるトライアルと同じ仕組みだ。分り易くていい。


 まず現れたのは定番のミノタウロス。一人で戦うには骨の折れる相手ではあるが、ここではこれくらいは小手調べという事だな。

 《強者の威圧》で足を止めてスキル連携を叩き込み、あとは押せ押せの数分程度で簡単にミノタウロスの巨体が沈んだ。

 俺も強くなったもんだ。戦闘描写すらほとんど必要ないナレ死である。このコンボは他の奴にはなかなかできまい。ふはは。

 入口の通路が閉まってから次の通路が開くまでがレコードの範囲らしいので、必要ならここで治療をしたりするのだろう。

 だが、俺は無傷である。さっさと先に進もう。


 十戦あるといっても無限回廊の第二十~三十層に出現する敵ばかり。

 通常は一体でもパーティで戦う相手とはいえ、これまで鍛えてきた俺の敵ではない。

 最後はヒュージ・リザードとグランド・ゴーレムの連続ボス戦だったが、それも一人用に合わせて弱体化しているらしく、ある程度余裕を持って対処ができた。


 劣化版グランド・ゴーレムに、槌のスキルを叩き込んで部分ごとに破壊していく。右手の盾もレーザーもないこいつなら、ただ頑丈なだけだ。

 もう慣れた感のある槌スキルの三連携でトドメを刺すと、奥にワープゲートが開かれる。

 終わってみればなんて事のない難易度だった。最初のお試しだからこんなもんだろう。このあと、上手い感じに設定調整していく必要があるな。




 ワープゲートを抜けると、その先には摩耶とエルミアさんが立っていた。……二位か。

 確かにそんな急いだわけでもなかったが、早いなおい。


「早かったですね。結構急いだんですが」

「< 遊撃士 >でそこまで早いお前のほうがびっくりだよ」

「そこはまあ、私は慣れてるというのもありますので」


 そういえば唯一の経験者か。……それでも早いと思うけどな。


「俺が二番目か?」

「はい。ここにもランキング表がありますので、リアルタイムで進行状況が見れますよ」


 壁には確かにリビングにあったのと同じモノがあった。

 やはりみんな一般的な下級と比べると早いのか、結構先まで進んでいる。……まあ、これくらいはな。

 火力のないフィロスやティリアでもそこまで差はない。この分だと、時間のかかりそうなグランド・ゴーレムが鍵になりそうだ。

 全員出てくるまで、あと三十分くらいってところか。


「ここは他にどんな設定ができるんだ?」

「まず、上限としてベースLv40相当までは難易度を上げる事ができます。基準としては無限回廊の第三十五層あたりまでですね。あとは訓練所と同じようにスキルの無効化と、能力値の半減や無効化も設定可能です。ランダムで敵にスキルを持たせる設定や、時間が経つほど敵が強くなる設定もできますね。リビングにマニュアルもありますよ」


 それなら色々試せそうだな。能力値押さえてダンジョン攻略とか、通常のダンジョンでは難しいだろう。


「一般的な見解でいいんだが、能力値押さえて戦うとスキルレベルや習得に補正かかったりする事ってあるか?」

「体験知レベルですが、それは言われてますね。クラスレベルもその傾向があるみたいです」

「じゃあ、徐々に敵を強くしながら、こっちも押さえてく感じにするのがベストっぽいな」

「そうですね。ここを使う人は大体そんな感じです。ただ、スキル無効化だけはなかなか厳しいらしく、やる人も少ないみたいですね」


 スキルはな。極端に戦闘力が変わるから訓練としては難しい扱いだよな。スキル前提に戦闘してる奴も多いだろうし。……俺とか。


「無効化されるといっても基本的に戦闘関連の補正だけなので、スキル自体は残ってはいるんですがね。《 算術 》なども変わらないみたいですし」

「サージェスの《 串刺し大好き 》とかの性質はそのまま残るって事か?」

「なんですかそのスキルは……。あの人は噂以上なんですね。まったく……」


 アーシャさんも《 流星衝 》でそんなスキルが生えるとは思わなかっただろう。

 相容れなそうだけど、ストッパーとして頑張って欲しい。期待してる。


「……串刺し云々は置いておくとして。スキルに慣れた戦い方をしていると、素の能力とギフトだけではまともに戦う事も難しいみたいです。下手をすると、デビュー前より弱くなる人もいるようですから、それで訓練というのはやはり厳しいですよね」

「スキルを無効化しても、ギフトはそのままなのか?」

「ギフトは無効化されませんし、できません。スキルと同じような扱いですが、あれはその人の根本に深く根付いたものの様なので」


 じゃあ、俺も《 片手武器 》と《 近接戦闘 》はそのまま残るって事か。……剣刃さんとは、ギフト残ってあの結果だったのかよ。

 ……サージェスのギフトとか最悪なんだけど、あれも無効化できないくらい根付いたものなのか。


「それに、名前が同じでもギフト欄とスキル欄のものは別の扱いらしいですよ。実は別のものなのかもしれません」

「表示される箇所が違うってだけじゃないのか?」

「あんまり知られてないらしいんですが、ギフトと同じ名前のスキルも別に覚えますし、効果も重複するようです。ギフトはその人特有の性質を強く現したものが多いので、クラスで覚えるようなものを保有している人は少ないんですが、……渡辺さんは違いますよね」


 ……確かに俺は違うな。思いっきり汎用的だ。クラスで習得するスキルの中に含まれているのを確認した事もある。


「それ、結構強みだと思いますよ。《 片手武器 》と《 近接戦闘 》は二重で補正がかかるって事ですから」

「そうなのか」


 最近ヘコむ事が多かったが、これはいい情報だ。《 片手武器 》はともかくとして、《 近接戦闘 》は早々に習得したいな。



「あー、やっぱりトップは無理だったか。……結構急いだのに」


 三番手のユキがゲートから出てきた。ゴーレムで時間喰うと思ったから、ちょっと意外だった。

 トップが摩耶である事を聞いてユキが驚いていると、次々と後続がゲートから出てくる。ここら辺は大体団子だったらしい。


 やはりタンク寄りの二人が遅かったようで、七番目にフィロス、最下位はティリアとなった。




-3-




 罰ゲームは、想像以上に悲惨な絵面になった。

 今日はお試しという事で、次回挑戦は明日以降になるが、次もこんなんなら絶対に負けたくない。


「ちょっと泣きそうなんですけど……」

「諦めなさいな。ティリアさん」


 摩耶と並んで一番の新顔なのに、いきなりひどい事になってしまった。

 床に座っているティリアを無視して喋り続けたらさすがに泣きそうなので、会話は普通にする。ほっといたら本当に泣きそうだし。

 今回はクラス特性的なものが足を引っ張った形で、ティリアだって苦戦したわけではないらしい。だが、スピード勝負に火力の無さは致命的だ。


「じゃあ、次の罰ゲームはどうするよ」

「これ、自分が最下位になる事も想定して考えないといけないんですね……。次は負けませんけど……」


 大人しめの性格だと思ったが、負けん気は強いのだろうか。


「提案があるんですが、これ、次回以降も引き継ぎましょう」


 最下位さんがなんか言ってるぞ。


「毎回床で飯を食うのを罰ゲームにするって事?」

「……そうではなく、追加で」


 お前、それ段々悲惨になってくって事じゃねーか。後半は目も当てられない事態になるぞ。


「いいんじゃねーか? そのほうが負けるかって気分になるだろ」

「私も別に構いませんよ。その方が興奮しますし」


 ガウルはともかく、お前の意見は参考になりません。

 多数決を取ってみると、俺とフィロス以外はOKで可決してしまった。フィロスは今回ブービーだったから超不安そうだ。

 ……知らないからな。本人たちが良いと言っている以上、取り返しが付かない事になるぞ。俺、似たような構図をサラダ倶楽部で見た事があるんだよね。


「では、次の"追加"罰ゲームですが、……摩耶さん、あのボードの表示って変えられるんですよね?」

「え、はい。マニュアルで入力できます」

「では、そこの順位表示の最下位を『無能』にしましょう」

「…………」


 さっきマニュアル読んでたのはそれが目的かよ。

 ……これ、次の訓練までずっと表示されるんだよな。飯とか食ってる間ずっと目に入る。実害は一切ないのにジワジワ来る罰ゲームだ。

 みんなの頭の中での呼び名が『無能』さんになりかねない。……いやまて、誰か追加で呼び名を『無能』にしようとか言い出さないよな。


 そして、可決されてしまった。

 お前ら、これあと何回あるか分からないんだぞ。後々の事考えてるか?




 今後のスケジュールは正式に午前と午後で一回ずつの挑戦となった。

 今はかなり余裕のあるスケジュールだが、後々設定が変われば攻略時間も伸びるだろう。


 次回の設定は能力値5%ダウン、モンスターレベルを+2という無難なものに決まっている。

 これも今後は徐々に伸ばしていく形になるだろう。

 ちなみに罰ゲームの有効期間は明確に次回挑戦までと決まり、明日の朝飯もティリアの床ご飯が確定済である。

 自分で作っているのに、一人だけ床で食うとか結構ひどい話だと思う。

 ……飯の回数だけじゃなく期間が長いから、午後は特に負けたくない。




「あ、お疲れ様です」


 シャワー浴びてリビングに戻ってくると、残っていたのはティリア一人だった。


「お疲れさん。……便宜上パーティリーダーなんかやってるけど、敬語とか別にいらないぞ」

「私は誰にでもこんな感じですよ」


 本人がいいなら別にいいけどね。

 喉が渇いたので、冷蔵庫に入ってるお茶を持って向かいに座る。


「他のみんなは?」

「色々ですね。フィロスさんと摩耶さんは訓練場のほうで明日使う武器の相談してるみたいですけど、他は分かりません」


 やはり明日が不安なんだろうか。休む時間はあるだろうし、そこら辺はきっちりしてそうだからいいんだが。


「それは何やってるんだ?」


 さっきから自分のステータスカードを覗いている。


「パズルゲームです」

「ゲームかよ。昨日ランキングに載ったとかなんとか言ってたっけ?」

「はい。結構プレイヤー多いんですよ。カードでできるゲームってあまりなくて」


 つまり、冒険者連中が必死こいてパズルゲームしてるのか。


「迷宮都市に来てからゲームはまだ触ってないが、携帯ゲーム機とかないのか?」

「ありますけど、これランキングに載ると少額ですがGPもらえるので。待機時間とかでやっている人が多いんです。ハイスコアを出して、会館で専用の機器に読み込ませるとランキングが更新されるんで、いいスコアが出た時とかは急いで会館に向かうんですよ。私は長い間累計上位にいるんですが、一つ上の『よしお』さんという方がなかなか抜けなくて……」


 ゲームでGPもらえるのかよ。関連性が分からんな。ダンマスが昔そういうのが好きだったとかそんな感じだろうか。


「ティリアとは、一度ちゃんと話しておこうかとは思ったんだ。今回の話も結構無理してもらう事になるし」

「いえ、拾ってもらっただけでも助かってるんです。最近はあまり組んでくれる人もいなくて……」


 戦闘能力は大したもんなのに、そこまで敬遠されるのはどんだけだよ。

 まだその場面に直面してないから分からないけど、不安しか覚えない。


「でも、今回のは相当厳しいらしいしな。ユキの個人的な事情も大いに絡んでるし、巻き込んですまないと思ってる。サージェスみたいな超弩級マゾなら喜んで巻き込めるんだが」

「気にしないで下さい。盾やってるんで修羅場は結構慣れてます。いい所見せるために頑張っちゃいますよ」


 こうして話してるだけだと、普通にいい子なんだけどな。

 実際のところ、次の試練で最後まで残れるようなら、組まない手はないよな。ウチにはもっとヤバイのがいるからってのもあるんだろうけど。


「あ、あとさ、一応言っておくんだけど、この前見せてもらったエロ本あるだろ」

「は、はい。『姫騎士リリアーナ』の第一巻ですね」


 そんなタイトルだったのか。

 やはり、姫騎士さんがオークに陵辱されて『んほぉぉぉぉぉっ!!』とか言っちゃうんだろうか。

 あんな同人誌的な薄い本の尺であっさり快楽堕ちしてしまうような姫騎士さんたちでも、こうして憧れる人がいるのだから世の中分からないものだ。


「あの監修・原案やってたの俺の前世の後輩らしいんだよね」

「え……トマトちゃんさんですか?」

「そう、腐ったトマトさん。俺はその本に直接関係ないんだけど、そんな関係だから一応謝っておいた方がいいかなって思ってさ」

「あんな素晴らしいものを作れる人の先輩だったんですか。ツナさんもさぞかしすごい才能が……」

「ねーよ」


 あんなのと一緒にしないで欲しい。

 人生狂わされてるのに自覚は無さそうだ。別に気にする必要ないんだろうか。


「ぜ、是非、是非ご紹介頂きたいのですが」

「そんな鼻息荒くしなくても、向こうから勝手にやってくるよ。変なグラサンかけて」

「なるほど、ツナさんのパーティにいれば必然的にお知り合いになれるという事ですか。俄然やる気が出てきました」


 あれー。なんでそんな事でやる気が出るんだろ。

 ……本人がいいならいいか。


「ち、ちなみに、どんな方なんですかね?」

「やたら小さいハーフエルフだ。トマト倶楽部っていうホームページもあるけど見てないのか?」

「なんと……、それは盲点でした。今度見てみます。……しかし、ハーフエルフですか。という事はツナさんの前世の世界にもハーフエルフさんがいらっしゃったという事ですか?」


 なんでやねん。


「前世には世界のどこにもエルフとかいねーよ。人間だけだ」

「え……種族変わってるんですか?」

「種族変わってる奴くらいいるだろ。知り合いのトカゲのおっさんとか、前世は馬頭人っていう謎種族だったらしいぞ」

「……それは変な話ですね。お互い前世の知り合いだという事は分かったんですよね」

「ああ、紛うことなき後輩だった。むしろパワーアップしてるかもしれない」

「種族変わったら普通はほとんど記憶なんて残らないはずですけど」


 その情報は初耳だな。


「……そうなのか?」

「はい、種族とか性別が前世と乖離している場合は、最悪、名前とかの情報が残るだけって聞きました。私は前世とかないんで実感ないですけど、そういうのを調べてる人に話を聞いた事があるんです」


 性別も? じゃあ何か? あいつはユキみたいな特殊な例って事なんだろうか。

 ……まさか、人間に戻りたいとか、そういう妖怪人間的な願望を持ってたりするんだろうか。この前会った時はそんな素振りなかったよな。


「あいつが前世の後輩ってのは間違いないよ、なんか特殊な事例なんじゃないか? ユキもそんな感じだし」

「はあ……じゃあ、いない事はないって話なんでしょうか。私が考えてもしょうがないと思いますけど。……まさか、前世の後輩を騙っているとかではないですよね? 詐欺とか」

「ないない」


 あれを演技でできるなら、とんでもない天才俳優だな。そんな事する理由もないし。


 ……ひょっとして、この事をダンマスは知ってるのか? 性別が違うのは初めて会ったとか言ったけど、これは種族だし。

 それとも、前から知り合いだったみたいだし、対策済なんだろうか。

 ……今度聞いてみよう。最近連絡付かないから、美弓本人でもいいけど。




-4-




「く……これは思った以上に屈辱的だ」


 翌日の昼、目の前のトレイに乗せられた食事を床に座りながら食べる男の姿があった。

 ボードには堂々と『無能』の文字が輝いている。しかも設定を弄ったのか、最下位だけ文字がデカくなっている。細かい演出だ。

 というわけで、二回目の最下位になってしまわれたのはフィロスさんだった。昨日頑張って対策してたみたいだけど、ティリアに僅差で負けてしまったのだ。

 ゲートを出てきて目の前にティリアがいた時のあの絶望的な表情は、思わず吹き出しそうになってしまったぜ。いや耐えたけどね、俺は。

 フィロスはいつも澄ましてて紳士的な感じだが、プライド高そうだし、屈辱的だろう。


「状況の改善を要求したい。……摩耶」

「な、なんでしょうか」

「ここって個人戦特化とか言ってたけど、挑戦する人数って増やせないのかい? 次のイベントの開始が一人ってのは聞いてるけど、中で合流するならせめて二人では連携したほうがいいと思うんだけど」


 それは正論だな。できるなら、それくらいはやっておきたい。


「この前設定が変わってしまったので大人数は無理ですが、二人までなら可能ですよ。出現するモンスターは単純に二倍になります」

「僕やティリアはどっちかっていうと防御よりのスキル構成だから、やっぱりこの条件は厳しいと思うんだよね」


 そこはこれからの設定変更でどうなるか分からないけどな。

 相手の攻撃力が上がってくれば、大ダメージを受ける可能性もあるわけで、そしたら固有の防御手段を持ってるのも有利に働く。

 ただ、コンビでの連携は訓練しておくべきっていうのは間違いない。


「それは賛成かな。できればランダムで組んで連携訓練はしたほうがいいよ」


 ユキも同意見のようだ。周りも頷いている。


「……よし、じゃあこうしよう。一人の訓練も必要なのは確かだから、午後の訓練をコンビにしないか?」

「それなら、長い時間になる午後の罰ゲームが必然的に二人になるね」

「…………」


 ユキの補足に空気が凍り付いた。

 ……早まったか? しかし、これは必要な事だし。


「……フィロスもそれでいいか?」

「……そうだね、それなら頑張れそうだ」

「でも、どうやって相方決めるの? くじ引き?」

「とりあえずはランキングの順番で決めるというのはどうでしょうか」


 摩耶が提案したのは、午前のランキングの一位と無能、二位と七位、三位と六位、四位と五位で組むというものだ。

 個人の攻略スピードがそのまま相性に繋がるわけでもないが、悪くはないと思う。

 ……この場合だと、午後の俺の相方はティリアだな。


「とりあえずそれで行こうか。じゃあ、追加の罰ゲームはどうする?」

「罰ゲームの間中『私は無能です』って札を首からぶら下げるというのはどうだろうか」


 お前、まだ三回目なのにそんなに攻めるんじゃねーよ。どんだけ屈辱的だったんだよ。


「じゃあ、僕が急いで作っておくよ」


 ユキは何故か楽しそうだ。二人とか、不確定要素がでかくなるけど、俺は大丈夫だろうか。

 いや、ティリアとの相性は悪くないはずだ。まだ大丈夫。いける。

 結局、フィロスの案は満場一致で可決。……段々空気がおかしな事になってきたぞ。




「よ、よろしくお願いします」

「あんまり緊張しなくていいんじゃないか? そんなに悪くないコンビだと思うぞ」

「で、でも、ここまで最下位と七位ですし」


 ティリアの分の火力は俺が叩き出せばいい。ガードは固いし、ついでに回復手段まである。

 単独ならともかく、相方としてはかなり上等な部類だろう。


 他のコンビは、摩耶とフィロス、ユキとゴーウェン、サージェスとガウルの組み合わせだ。

 ……あれ、なんかどの組み合わせも結構強そうじゃないか。個人だと中位で固まってた連中が、ごり押しして来そうな気がしてきた。


 ダンジョンの設定の方は、二人での挑戦が初という事で今回は据え置きのままだ。

 ただ、バリエーションに変化が出るように、無限回廊以外のダンジョンのモンスターも出るように設定はしたらしい。

 モンスターも二匹に増えてるが、そこまで違いはないと思う。急いだほうがいいかもしれない。


 そして、いざ一緒に戦ってみると、予想通りこれがなかなか悪くない。

 一瞬だけ盾の防御を大幅向上させる《 インパクトガード 》と、それに連携して発動させる《 シールド・バッシュ 》のおかげで、簡単に敵の体勢が崩れる。

 その状態からなら俺もダメージが稼ぎ易いし、ティリア自身は別方向からの攻撃に備えられる。

 重鎧装備のため動きは早くないが、《 インターセプトガード 》というスキルで、一定距離であれば仲間への攻撃に反応しての高速移動も可能らしい。

 その他、< 騎士 >は身体能力、装備能力向上のパッシブスキルが多く、地味だが固くて強いというイメージそのままだ。

 《 インパクトガード 》などは発動タイミングのセンスが問われるため、ちゃんと合わせられるティリアは優秀なのだろう。


「よし、いい感じです」


 ティリアが二匹目のゴブリン・コマンダーを撲殺して、五つ目のボス戦が終了する。ここまで来るとゴブリンとはいっても結構強い。

 今回はコマンダーだけだが、これが部下を引き連れると《 指揮 》スキルでリーダーや普通のゴブリンまでかなり強化されるという。

 俺がかつて戦った派手なオークは、この上級のジェネラルだ。こんなクラスの敵を倒すとか、今更ながら意味分かんない事してるな俺。


「結構良さ気だな、その武器」

「ちょっと重いですけど、スキルとか関係ないんで合ってるみたいです」


 武器のアクションスキルがないティリアが今回苦肉の策として用意したのは、ただ単純に振り回すだけでもダメージが出せる片手用のモーニングスターだ。

 スパイクフレイルの様に節があるわけでもないので、専用の技術も必要ない。

 トゲトゲが痛そうで、殴打はもちろん、突き出すだけでもダメージを稼げそうだ。つまり俺にも向いた武器という事である。


「気になるんでちょっと使わせてもらってもいいか?」

「え、今回これしか武器持って来てないんで、次が盾だけになってしまいますが」

「いや、実戦じゃなくて、ここで試すから」


 さすがに武器持たずに戦えとか言わねえよ。隠しステージの俺じゃないんだから。


「攻略時間は大丈夫でしょうか」

「この時間はカウントされてないから問題ないだろ」


 ボスの合間はランクに影響がないのは確認済だ。

 というわけで、ティリアのモーニングスターを借りて振ってみる。片手用だが、結構しっくりくるな。やっぱり俺はこういう武器の方が合ってるのか?


「ちょっと打ち込んでもいいか? ついでに《 インパクトガード 》と《 シールド・バッシュ 》も発動してみてくれ。一度体感しておきたい」

「わ、わかりました。どうぞ」


 全力に近い力を込めて、ティリアの盾目掛けてモーニングスターを振り下ろす。


――――Action Skill《 インパクトガード 》――


 確かに命中したのに、伝わってくる感触が想像より遥かに弱い。

 打撃力はかなり軽減されてるな、これは。盾の耐久値すら減らせた気がしない。


――――Action Skill《 シールド・バッシュ 》――


 俺の動きが止まったところへ、反撃の《 シールド・バッシュ 》が決まる。

 大したダメージはないが、衝撃が大きい。これなら多少体格差があっても簡単に蹌踉めかせられそうだ。


「なるほど、やり辛いな」


 対人戦の相手としては、かなりやり辛い部類だ。

 こっちの体勢崩されてからなら反撃の回避も難しいし、スキル連携に割り込まれてキャンセルさせられる可能性がある。

 今は火力がないからそこまで脅威でもないが、モーニングスターの打撃力を上げるスキルとか習得したら怖い相手かもしれない。


「《 シールド・バッシュ 》はスキル連携じゃないんだな」

「はい、《 インパクトガード 》は発生時間が短いかわりに、硬直時間もほとんどありませんので。ただ、若干再使用までの時間が長いので、ここぞっていう場面……相手の決め技みたいなものに合わせられるとかなり有効的です」


 そこら辺はセンスだな。ただ相手の攻撃をガードすればいいわけじゃないく、こういうタイミングや位置取りも重要だ。

 タンクは意外と頭使うクラスっぽい。


「< 騎士 >スキルはこれ以外はどんなのがあるんだ?」

「他にというか、《 インパクトガード 》も《 シールド・バッシュ 》も< 騎士 >でなく< 盾士 >のスキルです。《 インターセプトガード 》は< 騎士 >のスキルですが、他は大体基本的なパッシブスキルばかりですね。それ以外だと《 近接戦闘 》、《 重量防具 》や《 騎乗 》くらいでしょうか。《 近接戦闘 》などは他に覚えるクラスも多いようですけど」


 《 騎乗 》があるのは騎士のイメージ通りだが、《 近接戦闘 》も使えるのか。お仲間さんだ。


「< 騎士 >に憧れてそのクラスについたのは分かるけど、< 重装戦士 >って他に攻撃的なクラスあるじゃないか、なんで< 盾士 >なんだ?」

「……この二つしか< 重装戦士 >の適性がなかったんです」


 ……なんかごめん。

 実は、ティリアは他に< 魔術士 >ツリーの適性があったという。

 適性があるからオーブで回復魔法を習得できたのだろうが、そっちのほうが向いてたんじゃないだろうか。



 そんなイベントを挟みつつ、引き続き攻略開始である。

 ティリアとの連携は割と単純なものになるので、一度体制が確立されてしまえば、あとは反復だ。

 後半になると敵が想定外の行動を起こしてパターンが崩れたりもするが、ティリアはそれにも上手く対応してくれた。

 結構攻略時間も早いと思う。これならさすがに最下位……無能扱いは避けられるだろう。


 特に問題もなく十層のボスを倒し、帰還用のゲートをくぐる。だが、そこにはすでに全員揃っていた。……あれ、想定以上に早くない?


 ユキとゴーウェンがニヤニヤしてるところを見ると、こいつらが一個前か。

 他の奴らもかなり疲れている様子で、無理をして急いだのが分かる。


「いやー惜しかったね、あとちょっと早ければ僕らが『無能』だったよ」

「嬉しそうだな、お前」

「そんな事はないと思うな。……でもほら、勝負事ってやっぱり勝ってなんぼなところがあるし」


 だが、ちょっとしか変わらないなら勝算はある。カウントされない合間でダラダラしてたしな。


「ならば、あのランキングボードを見てみるといい」

「え、何言ってるのさ……えっ? なんでっ!?」


 そこには予想通り、『無能』の烙印を押されたユキとゴーウェンの名前が。

 出てくる順番イコール順位じゃないんだよ。分かったかね。実はちょっと狙ってたんだぜ。……結構ギリギリだったけどさ。


「そんな馬鹿な……」


 膝をつく二人。ゴーウェンは喋らないだけで反応は豊かだ。わはは。




 というわけで、ユキたちは自分で作った『私は無能です』札を首から下げ、自分で作った夕飯を床に座って食うというなかなかひどい状況になった。

 ゴーウェンも落ち込んでいるが、ユキのほうがダメージがデカイだろう。


 明日の個人訓練の設定はこれまでに加え、更に能力値5%ダウン、モンスターレベルに+2、モンスターにランダムでスキルが追加される。

 能力の補正値が-10%されると体感的にも変わってくるだろう。モンスターが未知の行動を取ってくるというのもなかなか怖い。

 また、ランダムで追加といっても内容は全ルートで同じらしいので、そこら辺は平等だ。


 三つ目の罰ゲームは、何故か倉庫に置いてあったウサ耳カチューシャを付けて過ごすというものに決まった。

 ……ユキは、あまり自分のダメージが少ないのにしたみたいだな。ゴーウェンは嫌がっていたが、なんとか説得したようだ。

 午前の挑戦ならまだ期間が短いのでそれほどではないが、午後は翌日まで付けて過ごす事になる。……これから毎日二匹ものウサギさんが闊歩する事になるのだ。




 設定が変わったとはいえ、個人戦ではまだ順位に影響はない範囲だ。まだまだ余裕があるので、下位まで下がることはないだろう。

 というわけで翌日午前の挑戦は、サージェスが手を抜いたのか七位に転落、フィロスが六位浮上、そして、ティリアが二度目の床飯だ。

 恥ずかしがっているが、まあ、可愛い女の子がウサ耳つけている分にはまだいいだろう。


「おかしいですね。……そろそろ罰ゲーム受けてみようと思ったんですが」

「手抜くんじゃねーよ。お前以外は真剣なんだぞ」


 みんな、そろそろ必死だ。

 個々のやる気については誰も触れないが、フィロスあたりの気合が尋常じゃない事になっているのが分かる。

 ウサ耳が特に嫌みたいだ。


「まさかオークが出てくるなんて……」


 確かに六戦目にオーク・コマンダーが出てきたけどさ。まさかアレに負けたのか?

 ここにきて初めてのHP全損だ……ちょっと彼女の評価を改める必要があるな。特定の種族が出てきただけで沈む盾役はちょっと……。


「しかしこのルールだと、私の場合はモチベーションが上がりませんね」


 負けず嫌いではあっても、お前はどんな罰ゲームでも快楽に変換してしまうからな。


「かといって、お前だけ免除とか、逆に無条件で罰ゲームってのも違うしな」

「あ、では次の罰ゲームは、サージェスさんが一位になったら、最下位の人が鞭で叩く、というのはどうでしょうか。時間は三十分くらいで」

「おい、無能っ!?」


 何言ってくれちゃってるんですか、ティリアさん。

 それならこいつも張り切っちゃうだろうけどさ、最下位の精神ダメージがひどい事になるだろ。絶対やりたくない。


 だが、可決されてしまった。

 ……どーすんだよ、こいつら。引込みが付かなくなってるぞ。




-5-




「だからっ、なんでっ、オークが出てきただけであんなに動きが悪くなるんですかっ!?」

「だ、だって……」


 ティリアの煽りを喰らって摩耶までもが床飯の洗礼を受ける事になった。

 今回は俺とサージェスのコンビで一位が狙えるかなと思ったんだが、ユキ・フィロスコンビに僅差で持って行かれてしまった。

 サージェスは超悔しそうだ。なんせ午後なら二人がかりだし、女の子だもんね。お前は叩いてもらえれば性別とか気にしなさそうだけど。

 ウサ耳は一つしかなかったので、複数ある内のどれかを自由に選ぶ事ができる事になった。……一位が。

 フィロスがどうでも良さ気だったので、ティリアの分は予定通りウサ耳をつける。二回目のウサ耳だ。


「……何故に狸ですか。ユキさん」

「え、なんとなく? 今まで会った事ないし」


 摩耶の分は狸耳だ。確かに他のは獣耳はここまでで大体網羅してるからな。


「あたしも付けるー」

「はいはい、エルミアさんはこれ付けましょうね」

「わーい」


 ここまで本当に遊んで食って寝てるだけのクランマスターが、ユキに犬耳付けられて喜んでいた。

 ……あ、犬耳もいなかったっけ。ガウルの自前耳は近いが。


「で、追加の罰ゲームはどうする?」

「……とても良い案があります。私が以前作った健康ドリンクを食事時に振る舞いましょう。……私が決めていいですよね?」

「は、はひっ」


 有無を言わさぬ迫力だ。とても嫌な予感がする。ティリアも自分のせいって自覚があるだろうし、断れないだろう。

 お前、普段クールキャラ気取ってる癖に、相当悔しがってるだろ。目が据わってるぞ。


「マズいって事?」

「健康にとてもいい事は治験済です」


 それは、答えになってません。


「試しにツナに試飲してもらおうか」

「なんでやねん」


 なんで二位取ったのに俺が毒味せんといかんのだ。

 でも、俺が無表情で飲んで、誰かが最初に飲む時のギャップを楽しむというのもアリかもしれない。


「……分かった。大抵のものだったら飲めるから、サンプルあれば出してみなさい、摩耶さんや」

「え……、罰ゲーム外ですけどいいんですか?」

「ゴブリン肉よりまずくなければ別にいい」

「どんな基準ですか……。それより不味いものは存在しないと言われてるのに」


 味の分かる俺様が採点してやろうじゃないか。

 摩耶が《 アイテム・ボックス 》から取り出した謎のドリンクを一気に煽る。容器が不透明で中身が見えないのがいやらしい。

 ……うん、かなりまずいな。

 漢方と薬品、調理用のスパイスを最悪の組み合わせで混ぜて、更に間違った方向に化学変化を起こしてしまった感じの味だ。

 ドリンクなのにヘドロのような食感と、粘りつくような気色悪い触感が、マイナスの方向でハーモニーを醸し出している。

 口の固い諜報員でも、拷問としてこれを飲ませたら一発で情報吐いてくれそうな不味さだ。

 分かり易く、以前たとえた指数で不味さの採点をすると、生ゴブリン肉が-1000で、焼ゴブリン肉で-500くらい、焼オーク肉なら-100くらいだ。

 ちなみに一般的な基準としては青汁で-3くらい。……このドリンクは-150くらいだな。一般人なら確実に悶絶する不味さだ。ゴブリン肉が混ざってると疑うレベル。


「ぜ、全部飲んだんですか?」

「強烈にマズいな。焼オーク肉よりマズい」

「基準が分からないけど」


 不味さについて、参考例を上げて俺の採点を発表する。


「大体正確だと思う」

「これを何事もなく飲み干す人がいるとは……、さすがですね」


 何がさすがなのか分からんが、褒めてるんだよな?


「ちょっと残しておいたから、誰か試してみるといい」

「…………」


 恒例となった静寂が訪れる。そして、全員がティリアを見た。……今回の敗者でもあるし、相方の暴走した責任は取らないとね。


「え……ええー……わ、分かりましたよ」


 難なく了解してしまうが、この場では今回の無能二人だけが俺の舌について情報がないからな。

 間接キスがなんとかそんな話になるのもアレな雰囲気なので、残った分をコップに入れる。


「……見なきゃ良かった」


 透明なコップに注がれたドリンクは、ゴブリン肉のように一見美味そうという事もなく、ドロドロした深緑色のヘドロのような液体だ。

 匂いはそこまでではないが、近付いて嗅ぐと強烈だ。口に入れるとゴブリン肉的な感じで更に強烈な匂いに変化するぞ。


「……こんなのじょ、冗談ですよね。やっぱりパスとか……」

「……負けた奴は次から毎回だぞ。しかもそれの二十倍以上の量だ」

「でも、次回からですし……じゃあ、え、エルミアさんとか」


 危険を感じたのか、奴はすでに姿を晦ましている。

 早く飲まないと、ユキの煽りが始まってしまうぞ。そしたらみんなで大合唱だ。


「うう……分かりました。飲みますよ……今回も私が足引っ張った訳だし」

「大丈夫だって、ツナが飲んでもそれほどじゃなかったでしょ」

「そ、そうですよね。飲めないものではないですよね」


 ユキさん、あんた最悪や。人を陥れるのに俺を使うんじゃありませんよ。


「よし、よーし……、ていやっ!!」


 残りの摩耶汁を一気に飲み干すティリアさん。


「んっ!! んんんんんっっっ!!??」


 汚い虹こそかからなかったもの、あまりの衝撃に気絶してしまわれた。

 猫耳さんよりはマシな反応じゃないだろうか。


「……え、えーと、毒物とかじゃないよね?」

「失礼な、ちゃんと効果も実証されている栄養ドリンクです」


 疑うのは無理もないだろう。飲んだ俺でも健康になった気はしない。良薬口に苦しも度を過ぎればただ苦いだけだ。


「ちなみに、あとどれくらいあるんだ?」

「この前返品されたものが大量にあるんで、あと数百回は大丈夫です。商品は粉末なので、いろんなもので溶かせますよ」


 商品なのか……。一体どの層をターゲットにしているというのだ。

 そして、在庫切れでこの罰ゲームが終了するという望みも消えてしまった。


 説明によれば、健康に良いだけでなく飲んだあとは一定時間ステータスの体力増強効果まであるらしい。

 ひょっとして次の試練で挑戦前にこれを飲むとか言い出さないよな?

 ……いや待て、まさかこの訓練中でも勝つために飲む奴が出る事を睨んでいるのか?

 俺だったらそれも可能だが、それに続く者が出てくるかもしれないと睨んで……くそ、なんて狡猾な奴なんだ。

 ……あ、ティリアがピクピクしてる。




 このままだとティリアが地雷になりかねないため、オークの出現は規制される事になった。オークさんは何も悪くないのに発禁処分である。

 確かに< 鮮血の城 >でもオークは出ないみたいだから、それは別にいいだろう。

 そして、それに合わせてアンデッドが多く出現するように設定を変更する。完全にアンデッドだけにする事はできないが、そろそろ本格的に< 鮮血の城 >対策だ。

 ……みんな、これが< 鮮血の城 >に向けた訓練ってのを忘れてないよな?


 見渡して見てもティリアのあまりの反応に青ざめた者、落ち込んでいるもの、次の罰ゲームを考えてニヤニヤする者、転がってピクピクしてる者、本格的に罰ゲームと一位を天秤にかけ始めた者と、反応は様々だ。……やる気になっているのはいい事である。そう思いたい。

 そして、歯止めの効かないエスカレートは続く。


『表示と違うのは失礼だから、みんなで"無能"さんを"無能"と呼ぶ事にしよう』

『付けた獣耳に合わせて語尾をつけるのはどうかな』

『いっそ、他の順位の呼び名も変えようぜ。繰り上がりさせて、最下位の前は"無能"、最下位は"ゴミ"ってのはどうだ』

『食事の時、ゴミだけちょっと席を離そうか』

『濃縮二倍の物もあるんですが、試してみませんか』

『私が一位になったら鞭叩きに加えて、可能な限り罵倒するというのはどうでしょう』

『倉庫にあったハゲヅラを追加で』

『倉庫にキグルミとかゴスロリドレスもあったね。サイズ揃ってたし、いけそう』

『ランキング表に顔写真表示できるんだってさ』

『負けた人は罰金で、今度のイベントの打ち上げ費用の積立にしよう』

『これ、動画撮ろうか。……大丈夫、このメンバーしか公開しないから』

『摩耶汁は栄養剤なんだから、もう飯これだけでいいんじゃないか?』

『最後の敗者はこの格好で自宅まで移動で』

『コンビで負けた奴は向かい合わせで座ろうか』

『イヤホンでずっと敗者のテーマを流そう』

『負けた回数の十倍腹筋で』

『摩耶汁は一気飲み。失敗したら補充して再挑戦』


 罰ゲームが加速するのに合わせ、訓練内容も過酷になって行く。お前らいい加減にしてくれませんかね。実は俺も混ざってるのは内緒だけど。

 減少する能力値補正、無限回廊第三十五層のモンスターにランダムでスキルが追加され、二匹の場合はかなり高度な連携までしてくるようになった。

 攻略時間が大幅に増加したため、一日一回でソロとコンビの挑戦を交互に行う事になる。


 他にも追加仕様として――

・モンスターの能力値がランダムで大幅強化

・奥に行くほどモンスターの能力値が強化

・時間が経つほど、挑戦者の能力値補正が減少

・アクションスキルを規制

・パッシブスキルが一部ランダムで無効化

・開始時にランダムで軽度状態異常

・ボス部屋にランダムで罠設置

――などの要素が任意で加えられるようになった。


 毎回HP全損者が出るような状況になっても、誰も止めようとはしない。むしろ気合を入れて次の訓練に挑む。

 コンビの時は、事前の打ち合わせに更に熱が籠もるようになった。もはや互いへの遠慮など欠片もない。新人さんたちも慣れ過ぎの感が出てきた。

 サージェスだけはどちらでもいいのでとりあえず頑張りますという雰囲気だったのに、いつの間にか鞭叩きがいい感じになって来たらしく、積極的に一位を目指すようになった。

 最初は敬遠されていた摩耶汁でさえ、補正を受ける事が分かった上に体の調子が良くなるという事で挑戦前に飲み始めた。さすがに罰ゲームで出されるようになった四倍濃縮には手は出ていないが、勝利に向けた意気込みを感じる。


 当初の目的だったクラスLv30に全員が到達しても、誰も止める気配がない。

 むしろ、このまま上限値であるベースレベルの値まで上げてしまおうという勢いだ。

 俺も一応どちらのクラスもLv31を超えたのでホッとした。長らく止まっていたらしい摩耶の< 斥候 >もクラスLv31を迎え、確実に俺たちの戦闘能力は向上している。

 フィロスは《 術式切断 》こそ習得していないものの、《 魔力眼 》の自力習得には成功した。


『スキルとしてはこれだけでも結構有用だね。目を凝らすと、魔力の流れが見えるようになるから、魔術を使うタイミングとか、魔力を使った罠の場所とかを看破できる。スキルレベルが上がると、それがどんな意味を持つものなのかも分かるみたいだよ』


 魔眼の一種である。< 魔装士 >は一々中二病のツボを突いてくるスキルが多い。


 この訓練の中で、俺も《 槌術 》、《 刀術 》、そして《 孤高の戦士 》、《 訓練所の戦士 》を自力習得している。

 この《 孤高の戦士 》と《 訓練所の戦士 》だが、《 戦士の条件 》というスキルとセットになるスキルで一定条件の環境下で補正がかかるというものだ。以前習得した《 戦士の条件 》は単品では意味がなかったのだが、これで単独戦闘時と訓練所の戦闘に補正がかかる事になる。

 単独戦闘時はいいが、訓練所でだけ補正がかかるってあんまり攻略には影響しないよな。




 この訓練の中で、一つ確信した事がある。連中、揃いも揃って大の負けず嫌いだという事だ。俺も大概だと思っていたが、大して変わりはしなかった。

 そろそろ訓練は十分じゃないだろうかって時期なのに、誰も止めようとしない。

 最下位に止める権利を与えたのが過ちだったのかもしれない。誰も止めようとしねぇ。

 だが、ベースレベルに合わせてクラスレベルが頭打ちになったとしても、一回一回の挑戦で確実に強くなっているのがはっきりと分かった。


『ははっ、罰ゲームなんて関係なくこりゃ止められないな。強くなってるのが分かるぜ』

『そうだね、罰ゲームなんて関係ないけど、ここで止めるのはなしだよね』

『これまでここを使っても、ここまでの実感はありませんでした。ええ、罰ゲームとか関係ないですが』

『絶対止めません、私以外にもひどい屈辱を与えてみせます。罰ゲームは関係ないですけど』


 みんな口を揃えて言う。あきらかに罰ゲームは関係あった。

 最後の奴は……というかティリアだが、隠そうともしてない。みんな、口癖のように罰ゲームは関係ないといいつつ、次の罰ゲームを考えながら、自分だけは回避しようとする。

 まあいい、強くなっているのは確かだ。前に進んでいる実感がある。

 確実に素の能力も鍛えられてると分かる。間違いなくこの訓練は有意義だ。

 ……一罰ゲームの内容も、一応は仲が険悪にならないように気を使ってはいるしな。




 攻略難度はすでにダンジョンの上限値に近い。

 無限回廊三十五層相当とは言っても、その敵の強さは三十層までの比じゃない。

 俺たちのステータス補正値は元の30%まで下がり、モンスターの攻撃に体が軋みを上げる。

 ランダムで発生する状態異常の毒に、ガリガリとHPが削られる。


 アーマードスコーピオンの尾撃で弾き飛ばれ、その巨大なハサミが迫る。

 このハサミは厄介だ。一方から受け止めようとしても、両側から迫る刃は止められない。

 だから回避を選択する。身体能力の補正が落ちても回避するマシーンは健在だ。むしろ相手が強敵になるにつれて、感覚が鋭敏になってきた感さえある。

 ハサミの攻撃を潜り抜け、その体の内側へ迫り、剣を叩きつける。

 固い甲殻に覆われた防御力は厄介だが、ダメージは通る。あと何回繰り返せばいいのか、《 看破 》で確認しながら回避、防御、攻撃を繰り返す。

 ジリジリと減り続けるHPに危機感を覚えるが、焦るな。気を抜くな。油断して、設置された罠にかかるなんて最悪だ。

 HPの減少スピードから計算して、こいつを仕留める最適な時間を見計らえ。


 まだ三戦目なのにこの様だ。ここから先はもっと過酷になるのが決まっている。

 だから、もっと強くなろう。システムの上限で頭打ちになろうが、俺はまだ強くなれる。


「らぁあああっ!!」


 甲殻の隙間を狙い、剣を叩きつける。これでかなりHPを削れた。

 あと少しだ。焦るな。落ち着け。


――――Action Skill《スタニングタックル》――


「げぇっ!? ぅぐうううっ!!」


 絶妙のタイミングで発動した巨体での突進技を剣でガードし、追加効果のスタンだけは避ける。直撃を喰らったらアウトだ。

 だが、これで相手も硬直で動きが止まる――


――――Skill Chain《デス・シザース》――


「んなっ!?」


 スキル連携してきやがったっ!! 冗談じゃないっ!! 避け……無理だ、受け止めろっ!!


「がああっ!!」


 受け止めた剣ごと、空中へと吹き飛ばされる。

 だが大丈夫だ。連携はストップした。追撃はない。


 床を転がり、慌てて体勢を立て直す。

 ふざけんな。無限回廊のちょっと上のレベルなのに、もうモンスターが連携してくるのかよ。

 でも、まだだ、HPは大幅に削られたがまだ残っている。



――――Trap Alert《 地雷 》――



「えっ?」


 飛ばされ、着地した先に設置されていた罠が発動し、俺は再度吹き飛ばされた。




 気がついたら、訓練用ダンジョンの救急医務室だ。

 HP全損だ。くそ……三つ目で落ちてしまった。段々と上がる難易度に、確かにHP全損する事も多くなっていたが、これはここまでで一番早い。

 まずいな……今回は最下位じゃねーか?


 傷が回復するのも待たずに慌ててワープゲート前に向かうが、予想通り誰もいない。

 祈るような気持ちでランキングボートを見るが、誰もまだ脱落していないようだ。

 まだ三戦目に挑戦してる奴もいるが、それをクリアされたら単独最下位が決定する。

 ああくそ、待つしかできないのが歯がゆい。


 そして、その十数分後、俺の最下位が確定した。




「さあゴミリーダーっ!! どこからでもどうぞっ!!」


 俺の目の前には、どうやってやったのか分からないが、ベッドに縛り付けられたサージェスさん。

 ユキから全裸や下半身露出は止められてしまったが、上半身は裸だ。ギャグボールこそ付けてないが、何故か、乳首は洗濯バサミで挟まれている。

 ……それはサソリにやられた俺へのあてつけなのか? 《 デスシザース 》のつもりだとでもいうのか。

 俺はそんなサージェスを前に、狐耳のカチューシャを付け、ゴスロリドレスの上に『私はゴミです』と書かれた札をぶら下げながら、鞭を握っている。

 よりにもよって、こいつが一位だなんて……。まだほとんど発生していないのに、狙ったように俺のタイミングで一位になるんじゃねーよ。


「どうしたんですか、さあっ、遠慮などなさらずに!」


 遠慮なんかしてねーよ。

 ……仕方ない。これも罰ゲームだ。殺す勢いでぶっ叩いて憂さ晴らししよう。


「このド変態がっ!! コンっこんな事やらせやがってっ!! コンっ! ふざけんなっ!! コンっ」

「あおっ!! あうっ!! うぐぉっ!!」


 俺の罵倒と鞭の破裂音、そしてサージェスの嬌声が部屋に響き渡る。動画にも撮られているのだが、ひどい光景である。

 ……俺は一体何をやっているんだ。


 くそ、こんなんじゃ終われない。こんな情けない最後で終わらせてたまるか。

 まだ、訓練は続かせるぞ。……今度は絶対負けねえ。




 その日、サージェスを鞭で叩く光景が夢にまで現れ、翌日起きるまでその悪夢は続いた。

 初の鞭叩きを実行した摩耶も、同じような悪夢に悩まされたのだろうか。



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