第7話「アーク・セイバー」




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 < アーク・セイバー > 実績、人数ともに迷宮都市の頂点に立つ超大型クラン。

 五人のクランマスターがそれぞれの部隊を統括する特殊な体制で、前線の環境に合わせ部隊編成を行いながら攻略を進める人材豊富なクランだ。


 < 流星騎士団 >がベースLv75以上、及び試験で入団資格を得るのとは別に、< アーク・セイバー >の入団資格は主にスカウト方式である。

 その手はデビュー済の冒険者だけでなく、冒険者学校にも伸び、成績上位の者は大抵声がかかる。

 もちろんそのすべてがクラン入りする訳でもなく、逆にスカウトされたからといってそのまま入団できるという事もない。スカウトがあっただけでは最低限の資格を持っているというだけで、そこから厳しい試験の上で入団という狭き門になるらしい。


 冒険者はプロスポーツのように試合に出れる人数が決まっている訳でもない。

 上から下まですべてがレギュラーみたいなもので、< アーク・セイバー >はその訓練環境もあってか、およそ使えない人材というものが皆無に近いらしい。

 下級、中級で普通に探索しているだけでも生活可能だしな。戦力外通知が基本的に必要ない。


 大型クランである以上、戦闘員以外の職員も多い。脱落してしまった冒険者の何割かは、こうした立場で< アーク・セイバー >に残る事も多いという。

 もちろん、その道のエキスパートは別に雇っているらしいが、このクランだけですでにグループ企業の様な一つの体制が組み上がっているように見える。

 < 流星騎士団 >だって二番手である以上、その規模はかなりのものらしいが、< アーク・セイバー >に比べたら雲泥の差だ。

 冒険者の人数だけでも三倍近い差があるらしい。むしろ、そこまで差があって良く食らいついてるものだと思う。


 内部の競争も激しく、個人、パーティごとに序列のようなものも存在し、切磋琢磨しあっているらしい。

 ギスギスした環境かといえばそうでもないらしいが、やはり独特の緊張感はあるという。

 自由な環境に憧れる冒険者はやはり、実力があっても二の足を踏む者もいるらしい。やっぱり環境だけじゃないって事だよな。


「…………」


 そんな厳しいクランならば、職員だって嘸かしキチッとした人ばかりなのだろうと思っていたのだが。

 摩耶を除くイベント参加メンバー七名で< アーク・セイバー >のクランハウスを訪れたところ、受付にいる女の人は居眠りをしていた。

 実は転送先を間違えたとか、そんな事だろうか。でも、このダンジョンは< アーク・セイバー >しか使っていないっていうし、間違えようがないんだが。


「あの、すいません」

「…………」

「すいませーん」


 駄目だ、起きやしねえ。客を無視するとか、受付としてあるまじき行為だ。


「引っ叩いてもいいんだろうか」

「さすがにマズいんじゃないかな」


 しかし、こんなところで待ちぼうけ喰らうのもな。勝手に中に入ってもいいんだろうか。


「摩耶に電話してみようか」

「フィロスはもう電話機能追加したのか?」

「うん。これから頻繁に使う事になるだろうし、誰かは使えたほうがいいしね。まあ、まだ使い方は良く分かってないんだけど、折り返しくらいはできるよ。事前に一回かけてもらったんだ」


 フィロスさんはできるお方だ。受付の癖に寝てる人も見習って欲しい。

 後回しにしてたけど、チャット機能くらいは使えるようにしたほうがいいよな。

 今度のイベントで使えるかは分からんが、ダンジョン内でもパーティ内のチャット機能とかは使えるみたいだし、はぐれたらどうしようもないもんな。


「そういや、ここもダンジョンなわけだけど、電話使えるのかね」


 ダンジョン内は電話機能は使えないと聞いている。外と時間の流れが違うわけだし、どうやって電話するという話もあるから当然といえば当然だ。


「使えるみたいだよ。ダンジョンの外とも繋がるみたい。会館の資料室は知らないけど、時間がずれるようなところじゃなければ使えるんじゃない?」


 ダンジョンの機能で、外部との通信許可が設定できたりするんだろうか。

 とりあえずはダンジョン内部だけでも情報のやり取りをする方法を確保したいな。

 決まったメンバーだけで使えるパーティチャットとか安かったよな。でもあれ、どうやって文字入力するんだろう。タッチパネル?


「ティリアは長いんだし、カードの機能とか追加してるのか?」

「はい、フリーのチャットと電話機能は使えます。アドレスはほとんど埋まってませんが、パズルゲームのスコアはこの前ランキングに載りました」

「あ、ああ、そうなんだ」


 この、悲しい感じになるのはなんだろうな。強く生きて欲しい。


「受付さんの事を話したら、『そんな馬鹿な』って言ってたけど、迎えに来てくれるってさ」


 フィロスが摩耶を呼び出してくれたようなので、受付は放置して待つ事にした。

 やっぱり、この人は有り得ない感じの人なんだろうか。全然起きないし、実は睡眠薬で眠らされてりするのかな。


「しかし、いい環境だよねここ。羨ましい」

「ダンジョンにもすぐで、海の見える自然豊かな高原とか、普通に借りたらいくらかかるんだろうな」


 引越しを考えてる身としては、値段が気になってしょうがない。こんなところに寮があるってだけで、入団希望者を呼べそうだ。


「フィロスとかゴーウェンはまだ寮出ないのか?」

「まだ迷宮都市に慣れてないっていうのもあるしね。というか、寮の時点で王都の騎士宿舎と比べ物にならないから、あれ以上ってちょっと想像つかない」


 相変わらず喋りはしないが、ゴーウェンも同じ感じらしい。賃貸情報とか見てないんだろうか。


「俺はギルド近くのちっこいアパートだな。スーパーが近いから便利なんだ」

「わ、私はダンジョン近くです。ここからだと十分かかりません」


 大体、みんな施設中心に考えるんだな。実は寮のままっていうのも有りなんだろうか。……でもシャワートイレがな。

 ユキは引越す気満々みたいだし。


「つーか気になったんだけど、ここって本当にダンジョンなんだろうか」

「洞窟じゃないけど、カテゴリ的にはそうなんじゃない?」


 定義的にはそうなんだろうけど、どこからどう見ても普通の高原だ。海も森も、遠くには山もある。

 空も普通にあるし、立っているのだって普通の地面だ。


「ツナが言いたい事はなんとなく分かるよ。僕も気にはなってた」


 ユキもやっぱり気にはなっていたらしい。


「あの海とか山の向こうに、普通に世界が広がってる可能性もあるよね。地面を掘ったらマントルが待ってるかもしれないし、空の上には宇宙があって、ここは一つの惑星かもしれない」

「そうとしか思えない感じなんだよな。……実はここ異世界なんじゃねーか?」

「……有り得るね」


 だとしたらスケールのデカイ話だ。


「一般には公開されてない第七十一層以降とか、まさか、こういう世界を攻略するとかじゃないよね」

「あんまり考えたくないな。規模がデカ過ぎる」


 こんな広大に広がる空間で、階段やワープゲートを探すのは骨が折れるだろう。

 ダンマスとかアーシャさんに聞いたら教えてくれるんだろうか。……やっぱり阻害対象かね。




「すいません、遅れました」


 そんな話をしながらちょっとだけ待っていると、施設の中から摩耶が出てきた。


「大して待ってないけど、< アーク・セイバー >の受付っていつも寝てるのか? ……受付の意味がない気がするんだが」

「そんなはずは……何故エルミアさんが……」


 摩耶の知っている人らしい。


「知り合いなのか?」

「知り合いというか、なんというか……少なくとも受付ではないです」


 じゃあ受付はどこ行ったんだよ。そしてこの人は一体なんだというのか。


「エルミアってクランマスターの一人の名前じゃなかったっけ?」

「え、ええ、そうです。この人が< アーク・セイバー >第五部隊のクランマスターです」


 クランマスターがなんでこんなところで寝てるねん。


「受付じゃないっていうなら、起こすのも可哀想だしもう行こうか」

「しかし、このままというわけにも……」


 放っておけばいいんじゃないだろうか。叩いて起こすっていうのも何か違うし。

 ……しかし、これがクランマスターか。剣刃さんと同格って事だよな。話に聞く限り、クランマスター同士の実力は拮抗してるっていうけど。……信じられん。


「ちなみに、この人はどんな戦い方をするんだ? ……公開されてる程度の情報でいいんだけど」

「数十本以上の剣を《 ソード・マリオネット 》で同時に操ります。特に対多数戦闘なら< アーク・セイバー >の中でも最強と言われていますね」


 な……に。軽く言ってくれるが、とんでもない事じゃないのか?

 ユキの《 クリア・ハンド 》は《 ソード・マリオネット 》より自由度が高い分、使用難易度も高いらしいが、……その差があっても桁が違うってレベルじゃないな。直接戦う姿を見たわけでもないのに、俺たちだけじゃなく他の連中まで唖然としている。


「一般向けには動画公開してませんが、クランの中でしたら見れますので、訓練の合間にも見てみましょうか」

「やっぱり公開してないんだ。検索してもほとんど情報ないから、そうじゃないかと思ってたけど」

「あまり参考にならないでしょうしね」


 訓練相手としてもどうなんだろうな。トップは伊達じゃないって事か。

 今更だけど、アーシャさん新人戦の時本気だったんだろうか。こんな人たちと張り合ってる人と曲がりなりにも打ち合えたとか信じられなくなってきた。


 結局エルミアさんとやらは、摩耶が中から人を呼んできて運んでもらう事になった。

 聞くと、いつもどこかで寝てる人らしい。そんなんでクランマスターが務まるんだろうか。

 ……サポートしてくれるサブマスターがいたりするのかもしれないな。




-2-




 訓練場に戦闘音が響く。俺が対峙するのは< アーク・セイバー >のクランマスター剣刃。ユキは遠くに転がっている。

 振り下ろした剣が、刀の刃を滑るようにしてその軌道を変える。完全に決まったと思った攻撃でさえ、訳が分からないまままったく違う方向へズラされる。刀に当たっているのは確かなのに、その感覚さえほとんどない。

 トカゲのおっさんの剣の結界も達人の域と思っていたが、これはそこから見ても雲の上の領域だ。


「どうした、もう終わりか?」


 対峙する剣刃さんは、そう言うだけで何もしてこない。本当にただこちらが打ち込んでいるだけだ。

 くそ、どこに攻撃しても当たる気がしない。微かなイメージすら湧いて来ない。なんだこの差は。大人と子供って次元じゃねえぞ。


 最適解を求めるように、剣を振り、肉薄しようと打ち込み続ける。

 だが、相手はその場に留まったまま、ほとんど動いてすらいないのに、俺が勝手に空振りしているだけの状態だ。

 一体外野から見たらどんな風に見えているのだろうか。……恐らくひどく滑稽な姿に見えるだろうな。


「ま、こんなものか」

「あ……」


 ……冗談だろ。対峙する剣刃さんの手には、さっきまで俺が使っていた剣が握られている。

 奪われた事すら気付かなかったぞ。まだ握っていた感触が残っているのに。

 ……無刀取りとかマジでやるのかよ。しかも相手すら気付かせないレベルだ。洒落になってない。


「お前さんは剣の才能はねえな」

「ぐ……」


 ここまでやられてしまっては何も言えない。まさかこんなに差があるとか考えてもいなかった。

 ……これが迷宮都市トップの実力か。


「それが悪い事とも限らないのが迷宮都市って所だからな。素の実力じゃなく、きっとスキルや能力値補正がある前提での戦闘で真価を発揮するんだろうさ。お前はちょっと極端みたいだが、そういう奴は結構いる」


 それは慰めなんだろうか。

 ダンジョンでの訓練の前の日程調整として、空いた時間を使って剣刃さんが稽古してくれると言い出したのがつい数時間前。

 まず通常のゼロ・ブレイクルールでぐうの音も出ないほど叩きのめされ、スキルなし、そして能力値補正なしへ設定変更をしてこの結果だ。

 ユキも慣れない感覚にかなり戸惑っていたが、俺のほうがひどい。スキルなしでなんて、子供が棒を振り回しているのと変わらなかった。


 剣刃さんだって同じルールだ。つまりお互い補正ありでも、素の状態でも変わらず何もできなかった。

 同じように訓練を受けたユキが、隅っこのほうで転がりながらこちらを観察しているが、あいつのほうが全然マシだ。

 どれだけ俺がスキルに頼った戦いをしていたかが分かる。

 ……良く考えたら、見えなかっただけで、昔からずっとあの大量のスキル補正を受けていたという事なのだ。


「スキルがどれだけ強力な補正をくれるかって事だよな。能力値もそうだが、やっぱり素の能力や技術が高いほうがスキルの恩恵もでかくなるから、こういった訓練も今後は必要になるだろう。こういう風にスキルが使えなくなるようなダンジョンもあるしな」


 聞けば無限回廊でも、一部のエリアにこういう制限があるらしい。

 中級に上がれば、会館の訓練所でも似た様な事ができるようになるというので、そこで対策が必要だ。


「もう一回お願いします」

「おう、何度でも構わんが、他の奴らのとこでもやるわけだからペース配分は考えろよ」

「う……はい。じゃあ、他の連中が戻ってくるまでで」


 俺とユキ以外はバラバラに他のクランマスターのところで訓練をしている。

 このあと、今クランハウスにいるマスター三人が、ローテーションで相手をしてくれるらしいのだ。

 ……最初から情けない状態で先が思いやられる。


 組み分けは俺とユキ、フィロスとゴーウェンと参加はしないが摩耶、サージェスとティリアの変態コンビには紹介者の責任としてガウルを付けておいた。ガウルは嫌がっていたが、紹介した責任は取ってもらった。

 今頃フィロスたちはさっき寝てたエルミアさん、サージェスたちは< 暗黒騎士 >のリハリトさんという人と手合わせをしているはずだ。


 結局、そのあとも一度も掠りもしないまま、下手なダンスが続く。俺だけが踊っている無様なダンスだ。

 ユキも同じように稽古を繰り返すが、はたから見ていて段々動きが変わっていくのが分かる。

 生身で能力値の補正もないから小剣一本だけなのに、段々それっぽく様になってきた。


「あー、もーだめ。動けない。体が重い」


 ユキがフラフラと俺のいるところまで歩いてきて、大の字に転がる。

 普段はあんまりこういうだらしない姿は見せない奴だが、よほど疲れたのだろう。実際、スキル補正がある時とは違う、芯に残るような疲労感だ。


「ユキの方は文句なしに剣の才能あるな」

「……ほんとですか? ……全然当たる気がしなかったんですけど」


 いやいや、見てて分かるくらいには上達してたぜ。ちょっとこっちが情けなくなるくらいには。


「俺は天才中の天才だからな。お前も天才名乗っていいくらいには天才だと思うぞ」


 天才の大安売りである。

 だが、確かにそうかもしれない。前からユキの戦闘センスは図抜けていた。それはスキルに頼らない、本当の意味での天才という事なのかもしれない。


「少なくともツナと比べたら雲泥の差だな。誇っていいくらいには才能ある」

「マジヘコむんで勘弁して下さい」


 そうか……俺は剣の才能ないか。そりゃ、丸太やハンマー振り回してるほうが性には合ってるけどさ。

 ゴブリンやオークくらいならスキルなくても余裕っぽいんだが、このレベルになると手が出ない。


「ツナより才能あるって言われても、良く分からないですね。これまではツナの火力に頼ってたところもあるし」

「さっきも言ったが、こいつの強さはそういう正道のものじゃないって事だな。上手くスキルを使うってのも立派な才能だと思うぞ。ウチのクランマスターの一人でダダカって奴がいるんだが、そいつのセンスに近いんだろう。同じ《 瞬装 》使いだし、どっちかっていうと対モンスター戦とかに力を発揮するタイプだな」


 ……そう言ってもらえるとありがたい、のか? まあ、ダンジョン攻略のメインはモンスター戦だから、そっちの方がいいのかもな。


「ダダカさんって< ウエポンマスター >の代名詞とか呼ばれてる人ですか?」

「ああ、お前らが連れてきたゴーウェンより巨人の血が濃い超巨漢だ。三メートルくらい身長があるミノタウロスみたいな奴だぞ。両手武器をそれぞれ片手で使う《 大型二刀流 》の使い手で、……ぶっちゃけ化物だな。一応俺のほうが強いが、あんまりやりあいたくねえ」


 同僚を化物とかひどいな。

 つーか《 大型二刀流 》とか、そんな事もできるのかよ。豪快だが、巨人だからできる事なんだろうな。さすがに俺には無理っぽい。


「お前も《 瞬装 》使えてるくらいだから< ウエポンマスター >のクラスに適性ありそうだな」

「調べたから、《 瞬装 》が< ウエポンマスター >のスキルって事は知ってますが、これはただのボーナスでもらったもんなんで」


 自力で覚えたわけじゃなく、オーブを使っただけだ。


「適性なけりゃ覚える事はできねーし、発動も使いこなせもしねーよ。それにアレだ。それ、ダンマスからもらったボーナスなんだろ? そこで自分が必要だって感じたスキルなら、間違いねーよ」

「あの時は、武器切り替えてスキル連携が繋げられればいいかなって思っただけですけど」


 スキルの連携は、一回の連携で同じ技を発動できない。だから、複数の武器を切り替えられれば連携も続くと思ったんだ。

 あとなんとなくだけど、トライアルの隠しステージで針ネズミになった時の事を思い出して、弁慶っぽいなって、いろんな武器を使うイメージが浮かんだんだ。

 渡辺綱なのに武蔵坊弁慶とはこれいかに。


「ダンマスがボーナスで相手に決めさせてる時は、大概そいつにとって本当に必要なものが頭に浮かぶんだ。ダンマスのスキルなのか、迷宮都市の機能なのか知らんが、そういう噂だ。あんまり悩んでるとダンマスが勝手に決めるから、本人も分かってないのかもしれないがな」


 噂かよ。

 でも、言われてみたらそんな感じかもしれない。

 ボーナススキルをもらった人全員が有名ってわけでもないらしいけど、有名な人は、大抵そのスキルが本人の代名詞みたいな扱いだ。

 ユニークスキルの場合は更に顕著で、《 流星衝 》なんて、アーシャさん以外が使うイメージが浮かばない。

 でも俺の場合、武芸百般ってわけでもないし、使う武器は偏ってる。それに重量装備は苦手なんだが、< ウエポンマスター >のあるツリーって< 重装戦士 >なんだよね。適性ないような気がするんだよな。


「二つ目のツリーは< 重装戦士 >で行ってみたら?」

「でも、俺がプレートアーマーとか着てたら、お前笑わない? 自分で言うのもなんだが、似合わないと思うぞ」

「そうかなあ……巨人と比べるとアレだけど、結構筋肉質な方だし、似合わ……ないね」


 ほれ見ろ。


「《 瞬装 》も、< ウエポンマスター >の専用スキルって訳じゃないしな。そこら辺はちゃんと考えるといいさ。でも、《 瞬装 》に適性あるのは間違いないぞ。新人戦でやった八連携とか、俺でもほとんどやった事がない」

「そうなんですか? サージェスも時々八連携くらいしてますけど」

「体術系ならアクションスキルが豊富だし連携補正もあるから、それは別枠だ。そもそも一つの武器でそんなにスキル使う事ねーし、必要ないってのもあるが、あれをコンスタントに決められるのはウチのダダカくらいじゃないのか」


 ダダカさんすごいのね。渡辺綱の完全上位版みたいじゃないか。

 あれ以降、《 瞬装 》使っての連携なんて成功してないけど、……俺って本番に強いタイプなのかしら。


「長くなったが、お前には剣じゃなくても別の才能があるだろうって事さ」

「はあ……、分かりました」


 できるなら、そのダダカさんに師事するのがいいんだろうが、今迷宮都市にいないらしいしな。

 帰ってきたらになるけど、色々聞いてみようか。


「つーか、他の連中はまだ終わらないのか。……なんなら、もう一セットくらいやるか」


 俺たちと同じような感じになってるのかも知れんな。

 ……もう一セットは無理なんで勘弁して下さい。ちょっと休憩したい。


「時間あるなら、一つ確認したい事があったんですけど、……剣刃さんって僕らの新人戦って観戦とかしてました?」

「いや、動画では見たが、直接は見てねえな」


 あの場にはいなかったのか。トップクランな訳だし、忙しいのかね。

 < 流星騎士団 >もほとんど来てなかったって聞いてるし、新人戦なんて理由がなければわざわざ観戦しには来ないか。


「動画でもいいんですけど、剣刃さんから見て、アーシャさんって本気で戦ってるように見えました?」

「ああ、俺様と実力が違い過ぎる気がするって事か?」

「……はい。でも、同じような前線攻略組でそこまで差があると思えないんですよね」


 確かに三人がかりとは言え、戦闘っぽい何かにはなったからな。剣刃さん相手は、あきらかに手加減されてるのに何もできていない。


「動画見ただけだから正確な事は言えないが、全力は出しきれてはいなかっただろうな。本人が気付いてるかどうかは知らんが、動きは精細を欠いてた様に見えた」


 意識的にかどうかはともかくとして、やっぱり手加減されてたのか。


「でも、それは仕方ねーんじゃねーか? 俺が下級相手に本気でやれって言われても同じ事になると思うぞ。……俺だったら手加減しても瞬殺な訳だが」


 実力の伴った自信家はタチが悪いよな。増長してる訳でもないから言い返し様がない。


「《 流星衝 》使わせただけでも大したもんだ。……いや、なんで使ったんだ? 必要なかっただろ」

「あのままゴリ押しでもやられてたでしょうけどね。舞台の上で『二分経ったから』とか言っていたから、使用制限でもしてたんじゃないですか?」


 一分の時も条件クリアとか言ってたし。あれは賭けの内容だっけ?


「……あー、多分それ使わされてるな。ダンマスっぽい手だ。手加減して使わない可能性があったから、逆に制限つける事で意識誘導したんだろう。すげぇやりそう」


 嫌がらせ……いや、ダンマス的には《 流星衝 》使わないアーシャさん倒したところで認められないって事なんだろうな。

 手加減されて切り札まで使われずに倒したって、俺たちの実力上げを図りたいダンマスからしたら認められないだろう。


「それでも剣刃さんとはかなり差があるって事ですよね」

「お前ら、ひょっとしたら勘違いしてるかも知れないが、アーシャの個人戦闘力ってそれほどでもないぞ」

「は?」


 何言っちゃってるんだ、この人。あれをそれほどでもないとか。


「上に行くほど、パーティ中の役割は特化型に寄る傾向があるからな。単純に強いってだけならウチもアレ以上はゴロゴロいる。< 流星騎士団 >にもそういう個人戦特化型ってのは何人かいたはずだ」

「アーシャさんはそうじゃないと?」


 そういえばあの人、部隊指揮官だな。


「ローランの奴もだが、あいつらの本領は部隊戦闘だ。個人戦闘なら負ける要素はねえが、騎乗して部下引き連れてのチーム戦なら、同条件でも俺が勝てる要素はねえよ。そういう意味では、お前たちが個人としてギリギリ戦える限界点がアレだったんじゃねーか?」

「そうなんですか……」


 あの人が頂点のような感覚でいたけど、言われてみればそうだ。……得意とする分野なんてそりゃ人それぞれだよな。

 個人戦が苦手ってわけじゃないんだろうが、相手の土俵ってわけでもなかったのか。

 ……高いと思っていた到達点が、更に遠ざかった気がする。


「アレだ、個人戦だと最強は俺だから、その参考にするなら俺様だな」


 ……意外に身近だった。




-3-




 < 暗黒騎士 >リハリト。剣刃さんと同じく< アーク・セイバー >のクランマスターの一人。

 話に聞くダダカさんほどじゃないが、それでもゴーウェン以上の体格を持つ巨漢だ。

 そもそも人間じゃなく、竜人と呼ばれる種族らしい。身体能力に秀でて、魔力も高く、寿命も長い。ひたすら高性能な種族だ。少数しか存在しないらしいが、それ以外に弱点とかないんだろうか。俺もこういう種族に転生したかったぜ。


「続きましてウチのマスターとの稽古になるわけですが、剣刃さんとの稽古はどうでした?」

「どうもこうも、……当たりも掠りしません」


 このリハリトさんの隣にいる女性はノエルさん。補佐官という、他のクランでいうサブマスターのような人らしい。

 種族はダークエルフ。エルフもそれほど見かけないが、ダークエルフはもっと少ない。

 ハーフも少ないらしいが、とある事情からそんなに希少価値を感じていない。主にトマトさんが原因だ。


「あいつは……ワタシでもヤリヅライ」


 独特の喋り方をする人なんだな。種族的に日本語の発音が難しいとかだろうか。全身鎧と兜付けたままだから声も籠ってるし、聞き取りづらい。


「まー、クランマスターでやりやすい人なんていませんけどね。でも安心して下さい。多分ウチのマスターはもっとやり辛いです」


 それじゃ安心できません。


「剣刃から……条件シテイをウケてる」

「条件ですか」


 リハリトさんは、指を一本突き立てた。……まさか、時間制限か。


「……一分で終わるって事ですか?」

「チガウ、この指ダケ」

「……は?」


 指だけで戦うって事か? その腰にぶら下げてる超格好いい剣はなんだよ。使わないなら《 アイテム・ボックス 》に入れておけよ。


「ああ、この剣は使いません。これ第九十層ボスのレアドロップ品なんで、こんなの使ったら稽古どころじゃないです。

この人、自慢したくてぶら下げてるだけですから」

「フフ……」


 変な人だ。フフ、じゃねーよ。


「指一本でもウチのマスターはかなりヤバイんで、覚悟して下さい。多分さっき言った一分もかからないでしょう」


 ……マジかよ。


「多分あなたたちとは、ウチのマスターが五人の内で一番相性が悪い。こういう人もいるんだっていうサンプルとして相手して下さい」


 開始のブザー鳴らしますねーといってノエルさんは壁際まで下がる。別にルールを決めているわけでもないが、俺たちも少し離れる。


 < 暗黒騎士 >はHPを使うスキルを多く持つ事だけは知っているが、このレベルになるとどんな事してくるんだろうな。

 何か黒っぽい範囲攻撃とかするんだろうか。クラスチェンジしてパラディンになりそう。


 開始ブザーが鳴る。実戦なら開始直後に飛び込むという手もあるが、今回は稽古だ。できる限り観察する。

 あちらさんも静かなものだ。ゆっくりこちらへ歩いて来た。……甲冑なのにあんまり音がしないんだな。


――――Action Skill《 強者の威圧 》――


「うぐっ……」


 ノーアクションで放たれたスキルで、全身が硬直する。

 全身を鎖で雁字搦めにされたような強烈な拘束感。なんだこれ、俺の知ってる《強者の威圧》とまるで違うぞ。


 リハリトさんはそのまま指を突き立てて歩いてくる。

 ダメだ。このままじゃ本当に何もできないまま終わる。動かないと急所を一突きだ。


――――Action Skill《 竜王の覇気 》――


 駄目押しのスキル発動で、俺たちの動きが完全に止まった。

 巨大な竜が直接伸しかかってくるような巨大な重圧に息が止まる。し辛いとかじゃない。物理的に呼吸が……心臓が止まった。


――――Action Skill《 魔装拳 》――


 それはフィロスたち< 魔装士 >が使うスキルの一つだ。本来拳全体にかけられる効果が指へ凝縮される。

 つーか、そんな事もできるのかよ。

 あれはマズい。ただの指なのに、そこから実体として伸びた魔力はもはや槍と変わらない

 ゆっくりとした体勢から、俺に向かってそれが突き出される。ガードだ、腕でもなんでも防御を……


――――Action Skill《 瞬装:カイトシールド 》――


 発声もできず、スキルで意識を阻害されていたが、なんとか盾の装備入れ替えには成功した。

 あとは腕を……って動かねぇ! くそ、なんだこの束縛は。何もできねぇぞ!

 スキルも何もなく、俺の胴体に指が突き立てられた。


「っが!」


 ――状態異常効果のレジスト失敗――

 ――状態異常・猛毒/麻痺/催眠/暗闇/幻惑/呪縛/沈黙/衰弱/出血が発生――


 なんだそりゃっ!!?

 システムメッセージに大量に出力された、状態異常の文字。

 これまで喰らった状態異常なんて毒と威圧と出血くらいだったのに、一気に記録更新だ。つーか、猛毒ってなんだよ。

 次の瞬間、視界は暗闇を覆われ、全身から血を吹き出しながら、棒のように地面に倒れ込んだ気がした。

 地面に倒れた感覚すらない。毒と出血で急速にHPが減少するのが分かる。

 そして、そのまま何もできずに意識がブラックアウトした。




 気がついたら救急治療室のベッドの上だった。


「……なんだありゃ」


 天井を見上げながら呟くが、何が起きたのか理解できていなかった。

 傍から見たら、歩いてきて棒立ちの俺に指を刺しただけだ。そのままHP全損って……。

 横を見ると同じようにユキが寝ていた。まだ目覚めてもいない。セリフすらなかったぞ、こいつ。


「< 暗黒騎士 >は状態異常付加のエキスパートですからね」


 治療室にノエルさんもいたのか、俺が目覚めたのに気付くと近寄って来た。奥にはリハリトさんもいるようだ。

 ……ここまで一方的に負けると、巨大な壁が立ちはだかった気分だ。あの状態異常のオンパレードが通常攻撃だけで発生するとなると、対策のしようがない。


「どうですか? 下級ランクだと状態異常使ってくるモンスターもほとんどいませんからね。耐性ないならどうしようもないですよね」

「……文字通り何もできませんでした」


 やべえな。これから先は、あんな状態異常の対策も必要になってくるのか。


「実は、剣刃さんから状態異常についての体感をさせろと、そんなオーダーが出てまして。やり過ぎ感はありますが、どうせならって事でウチのマスターが頑張りました」


 奥にいるリハリトさんは、兜で隠れて顔が見えないが、中ではドヤ顔してる気がする。


「確かにあんなに状態異常あるなら、今後の対策は必須ですね」

「それもあるんですが、次の試練とかやらの相手があのリーゼロッテなわけですよね。……確実に状態異常はやってきますので予習みたいなものです。さすがにウチのマスターほど強烈ではないでしょうが」


 それでこんな真似をしたのか。事前に言っておいて欲しかったが、いきなりの方が強烈な体験になりそうだ。

 ……こんなの、どうやって対策するよ。


「先ほど来られたティリアさんは、かなり耐性スキルを持っているようなので、若干ですが耐えてました。聞いたところによると異常治療魔法と自己の自動治癒も持ってるようなので、あの方がいるとかなり楽になるでしょうね。摩耶もある程度耐性スキルは持っているはずですから、あとで話を聞いて対策したほうが良いでしょう」


 ティリアすげえな。くっ殺さんとか言ってられなくなってしまった。

 摩耶もやっぱりそういう所は押さえてあるわけか。……有望な新人さんたちだ。


 なんか俺、ここに来てから良いところないな。かなり駄目な感じだ。

 ……明日の訓練用ダンジョンでは頑張ろう。


「相手から考えて、魅惑、催眠、洗脳対策は必須。できれば幻視、混乱あたりも対策を取っておきたいです」

「それはスキルか、装備でですか?」


 売ってるのを見た事あるけど、耐性装備ってすごい高いんですけど。


「訓練が終わったらそういう精神系異常に強いアクセサリをお貸ししましょう」

「いいんですか? 前回の時は譲渡はアウトだって聞いてましたけど」

「譲渡じゃなくてレンタルです。代金もらえばいいんじゃないですかね。ウチの摩耶の出向受入を代金の名目にしましょう。あまり目立って協力してダンマスに怒られるのも嫌なので、そこまで強力なものは渡せませんがね」

「……助かります」


 いい性格してる。ありがたくて涙が出そうだ。

 想定していなかった懸念をわざわざ一つ潰してくれた。


「さて、あとはマスター・エルミアですか?」

「そうなんですが、起きてるんですかね?」

「…………さあ?」




 指定の訓練場に行くとやっぱり寝ていた。




-4-




 結局、エルミアさんは何やっても起きなかったので、唯一稽古付けてもらったフィロス、ゴーウェン組に話を聞いてみる。


「ちょっと次元が違うね。数えきれない数の剣が飛んできて、躱し様がない。しかも飛んで終わりじゃなくそのまま再攻撃してくる上に、剣で弾いたり叩き落としても、また動き出すんだ。手加減してくれたんだけど、そのせいで長い間全身切り刻まれる体験になったよ」


 それは手加減の仕方を間違えていないだろうか。


「エルミアさんに限らず《 ~・マリオネット 》と呼ばれるスキルは、魔力線という不可視の線で繋がっていますから、弾いただけでは動きは止まりません。無力化する場合にはこの線を切断するか、対象を粉々にするしかないですね」


 摩耶が補足してくれるが、それは実行可能な対処方法なのだろうか。


「その線は切断できるものなのか? 見えない上に魔力なんだろ?」


 ロッテは《 ドール・マリオネット 》使いだ。おそらく剣刃さんが手配してくれて、ここから対策をしろって事なんだろうけど……。

 まさか、対処不能っての分からせるためにマッチングしたとかじゃないよね。


「魔力線は切断できます。ただ、普通の方法では不可能で、魔力で干渉するしかありません。……魔術で切断とか」

「僕ら攻撃魔法使える人いないよね?」


 俺を含めて静まり返る面々。おい、誰かなんか言えよ。


「攻撃魔術である必要はありません」

「あれ、そうなの?」


 摩耶がフィロスに目を向けた。


「< 魔装士 >であれば、《 魔力眼 》と《 術式切断 》を習得するはずです」

「そ、そうだね」


 そう言われてたじろいでいるが、自分のクラスの事なのに知らなかったのか?

 いや、そういえば前に説明を受けた時に、魔法斬れるようになるとか言ってたぞ。


「知らなかったの?」

「その……、えーとだね、……クラスレベルで覚えるには全然レベルが足らないんだ。だから今回は無理じゃないかなーって思うんだよね」

「ちなみにどれくらいなんだ?」

「……ツリーの< 魔装士 >Lv70で《 魔力眼 》、《 術式切断 》は< 魔装剣士 >のLv35スキルだよ」


 それならなんとかならないだろうか。< 魔装士 >Lv70になるには内包する< 魔装剣士 >と< 魔装盾士 >の二つをそれぞれLv35にすればいい。

 ……いや、無理か。フィロスは今ベースLv31のはずだ。ベースLv35になる必要があるから、経験値の入らない訓練用ダンジョンでは届かない。


「Lv35って事は、噂の壁ってやつも突破しないと駄目なんだ」

「壁ってなんだ?」

「なんかね、クラスってLv31以上にするのが難しいらしいんだよ」


 そうなのか。って、ユキはそれ突破してなかったっけ?


「スキルやクラスのLv30ごとに才能の壁があると言われてるんです。あまり適性のないクラスの場合、大抵はLv30が頭打ちです。絶対に越えられないというわけではないですが、長い訓練が必要だったり、一朝一夕で身につくものではないそうです。私の場合、< 斥候 >は今のところLv30でストップしていますね。……この中で誰かこれを超えてる人はいますか?」

「あ、あの……私の< 騎士 >がLv32です」


 ……ティリアさんすごいっすね。姫騎士への憧れは伊達じゃないって事か。


「僕は< 双剣士 >も< 剣士 >も突破したよ」

「両方かよ」


 超すげえ、なんだこいつ。そりゃ才能あるって言われるわ。


「綱さんはどうですか?」

「そもそもまだどっちもLv30未満だ。どうなるか分からん」

「よほど長くやってないと、普通Lv30は超えないですからね」


 摩耶なりのフォローなんだろうが、そうするとユキがおかしい。

 モンスター倒して経験値稼げば上がるってものでもないから、モロに才能の差が出てくるって事か。

 ……クラスはLv20越えたあたりから伸びが悪いんだよな。


 ちなみに中級ランクに上がる平均が大体ベースLv30、二つのクラスそれぞれがLv20くらいらしい。これは俺も突破済だ。

 長くやっているといえば、サージェスやガウルもだが、どちらもクラスLv30には達していないらしい。


「剣刃さんとかは、そんな壁は軽く突破してるんだろうな」

「あの人はそれどころじゃないですね。すでに<剣士>ですらありません」


 < 剣士 >じゃないならなんだっていうんだ? < 侍 >とかは別に持ってそうだけど。


「すべてではないですが、クラスはLv30を超える時にクラス名と性能が変化する事があるようです。剣刃さんの場合はLv31になった時点で< 剣豪 >、Lv91で< 剣聖 >になったと言っていました」


 なにそれ、超羨ましいんですけどっ!? < 剣聖 >とかマジで存在してたのかよ。


「あれ、僕は< 剣士 >のままなんだけど」

「変わる方が稀なので、そちらが普通ですよ」

「なんて事だ……」


 才能あるのが分かったのに、意気消沈具合がひどい。気持ちは分からないでもないが、上には上がいるって事なんだ。


「今回の訓練はベースレベルが上がらないので、クラスをすべてLv30にする事を目標にしましょう」

「大体それくらいが目安になるんだろうな。……中にはどれくらいいられるんだ?」

「制限はないですよ。最大十人でベッドも休憩所もありますし、いくらでも滞在可能です。トライアル準拠で武器もありますし、ベース以外を鍛えるには最適です」


 そりゃすごい。< アーク・セイバー >はそんな鍛え方をしてるってわけか。

 クラスLv30くらいまでならほぼ無条件で、ベースレベルと一致するようなスピードで鍛えられると。……そりゃ金取れるわ。


「結局フィロスが《 術式切断 》覚えるのは無理って事?」

「う……面目ない」

「< 魔装剣士 >な以上、適性はあるわけですから、自力で覚えられないですかね?」


 摩耶さんもなかなかハードな要求を仰る。

 俺は……なんでだかたくさん覚えているが、スキルってそんなに簡単に覚えるものじゃない。

 ダンジョン内はそういう補正が効くってのも聞いてるが、今回だけでってのはいくらなんでも厳しいだろう。


「スキルの自力習得は騎士やってた時に体感してるけど、かなり厳しいと思うな」

「それよりは難易度は下がってるはずです。それを覚えるクラスレベルが上がってるという事は、その適性を身につけているという事ですから」

「クラスレベルで勝手に覚えるようなものは、先行して覚えられる可能性が高いって事かい?」

「どうもそうらしいです。大抵はクラスレベルで習得してしまうので、そこまで例は多くないですが」


 ますます俺のスキル取得のルールが良く分からなくなってきた。

 こうしてちゃんとしたルールを聞けば聞くほど、俺の自力習得はそれを逸脱しまくってる気がする。あとサージェスも。


「それなら頑張ってみるよ。でも、それ以外にも対策は必要じゃないかな」


 あんまり言いたくないが、フィロスが途中で脱落する可能性もあるわけだしな。

 それじゃなくても、多数相手の戦闘を想定した《 ドール・マリオネット 》対策を一人に任せるってのも、負担的に問題あるだろう。


「オークションでは時間も足りませんし、私が友人を当たって術式切断できるような武器を探してみましょう」


 摩耶が言うには、最近< アーク・セイバー >内でそんな話をしていた奴がいるとの事だ。すごい助かる。


「あとは訓練用ダンジョンについてですが、一度入って出てしまうと今週のダンジョン挑戦権はなくなってしまうので、忘れ物とかは気をつけて下さい」

「お前ら、ちゃんと確認しろよ」

「ツナが一番忘れ物しそうだけど」


 失礼な。《 アイテム・ボックス 》に放り込んでおけばいいんだろ。……大丈夫だって。


「では、明日の正午から入りましょう」

「それで、出てきてから六日挟んで挑戦ってわけだな」

「そうなりますね」


 もう、期限ギリギリの八月三十一日で提出してあるのでこれが限界だ。

 今回の訓練でどれくらい強くなれるかですべてが決まる。




-5-




 その日の夜の事だ。個別に貸してもらっている部屋で忘れ物がないか最終チェックをしていると、剣刃さんがやって来た。


「おう、真面目君だねえ。準備はキチッとってか」

「ええまあ」


 ユキに言われなければ、不安にもならなかったんだけどな。


「何かありましたか?」

「特に用事があるわけじゃねえよ。酒に付き合えよってだけだ」


 そう言うと手に持った高そうな酒瓶を見せてくる。日本酒かよ。


「飲めるんだろ?」

「飲めますけど、今日は遠慮します。今回のイベントはちょっと気が抜けないので」


 買えはしないが、酒を飲める事は体感済だ。少なくとも下戸じゃない。


「訓練用のダンジョンに入っちまえば、時間なんか関係ねーけどな」

「ただの験担ぎみたいなもんです。忘れ物してもユキに笑われそうですし」

「じゃあ、試練が終わったらもっといい酒用意してやるよ。勝利の美酒って奴だ」


 そいつはいいな。迷宮都市の高い酒ならきっと美味いだろう。勝って飲む酒でそんな物を用意されたら、忘れられない味になりそうだ。


「今日は一人で勝手にやってるわ」

「肴が必要なら、用意しますけど」


 主にユキさんが。料理は好きみたいだし、頼めば嫌とは言わないと思う。


「ツマミは持ってきてるから別にいい。お前も食っていいぞ」


 というと、剣刃さんはテーブル席に陣取り、専用の小さいグラスに酒を注ぎ出した。御猪口じゃないんだな。

 俺も反対側に座り、出されたイカゲソを摘む。


「剣刃さんはこのクランハウスに住んでるんですか?」

「いや、ここのダンジョン内に自分の家がある。エルミアの奴は移動時間が嫌だからここで寝泊まりしてるが、それ以外はみんな家持ちだな」


 金持ってるだろうし、家くらい建てるか。

 すごい豪邸なんだろうな。侍とか言ってるなら和風な感じの家かもしれない。武家屋敷的な。


「で、どうだよ。摩耶の奴は」

「美人だとは思いますが、あんまり女性的な好みじゃないですね」

「エロトークしに来たわけじゃねーよ」


 違うのか。

 まあ、やっていけるかとかそんな話だろうな。俺なりの小粋なジョークだ。


「優秀通り越して、ちょっともったいないって気もしますね」


 変態さんたちのストッパーになってくれるといいんだが、染まってしまったら申し訳ない。


「真面目の極みみたいな奴だからな。……最近な、あーいう奴が多いんだ」

「真面目な新人って事ですか?」

「クソ真面目で、お硬くて、型に嵌った事しかできない、量産型エリートだ」


 それはまた辛辣な。社会人としてはどれも有用なスキルじゃないか。


「悪い事じゃねーんだが、上を目指す気はあっても、最前線を超えて行こうって気合が足りねえ」

「それは、別の人からも聞きました。剣刃さんたちトップを目標にして、それを到達点にしてしまうと」

「そういう事だ。無限回廊が一〇〇層で終わりならそれでもいいんだが、そうじゃねーからな。……俺程度を到達限界にしてもらっちゃ困る。俺は個人戦闘の暫定チャンピオンだからよ」


 ずっと頂点でいる気はないんだろうか。おっさんが言っていたように、年を取ると限界が見えてくるという奴だろうか。

 でも、この人はこれまでずっと挑戦し続けてきたはずで、先に進む事も諦めていない。


「……昔、< ケンジン >っていうクランがあってな」

「剣刃さんと同じ名前ですね。関係とかあるんですか?」


 そこから取って今の名前にしたとか。


「まあ、俺のクランだったんだが、結構強かったんだぜ。……それでも、無限回廊第六十層あたりで攻略の限界を感じてたんだ」


 自分の名前クラン名にしてたのかよ。すごい自己主張の激しい人だな。


「後発のアーシャたちが軽く第六十五層超えて行った時はマジでビビったぜ。ああ、ああいう若いのが、こうやって壁をぶっ壊していくんだなって」


 当時の話は詳しく知らないが、それは破竹の勢いだったようだ。

 単独であっという間に攻略を進めるトップクランだ。第七十五層で止まるまでは、そのまま一〇〇層まで行くのだと誰もが思っていたらしい。


「でも、第七十五層でそれも止まった。……ずっと長い間攻略が進まない。どのクランもそこに到達する事すらできない状態が続いたんだ。< アーク・セイバー >はそんな状況を打開しようとした苦肉の策だ。当時強かったクランをまとめて人海戦術的に進めちゃいるが、やっぱり個々の成長は遅い。これから十倍以上攻略しなくちゃいけないってのに、これは致命的だ」


 だから、余計に成長が早い若手が必要だと感じている。でも、その若手は先を見ていないと。

 この人たちだけでも攻略は進むんだろうが、ずっと頼りきりってもひどい話だよな。はよ追いつかんと。


「知ってるか? < 流星騎士団 >の三倍くらい全滅してるんだぜ、俺たち」

「そうなんですか」


 人材豊富で、大量の人数を投入して、試行錯誤しながら進んでるって事か。

 ここより遥かに人数の少ない< 流星騎士団 >では不可能な攻略方法って事だ。


「それくらいやらないと先に進めない。トップクランとか呼ばれてても実情はひどいもんだ。伸び代が残ってる< 流星騎士団 >のほうがよっほどスマートな攻略してるぜ」

「エルミアさんとかは若いじゃないですか」

「確かにあいつは若いが、他の奴を引っ張って行くタイプじゃねーからな。寝てばっかだし」


 確かに寝てたけどさ。つーか、起きてるところをまだ見てない。


「あいつの強さもいろんなものを犠牲にして成り立ってる強さなんだよ。大量に剣を操作するのだって、相当制限つけて無理してるはずなんだ。いつも寝てるのだって、それが原因だ」


 元々、そういう人ではないってことなのね。何歳かは知らないが、トップに居続けるために無理をしてるって事か。


「だから、< 流星騎士団 >焚き付けたっていうお前には感謝してるし、期待もしてる。摩耶だって、お前の近くにいれば影響受けるんじゃないかって放り出した。下級の内から別のところにやるのは、今のウチの常識からすると博打みたいなもんだけどな」


 アーシャさんも前例ないとか言ってたっけ。相当期待されてるはずとか。


「摩耶はやっぱり< アーク・セイバー >の中でも優秀なんですか?」

「優秀だな。エリート中のエリート。< 遊撃士 >ツリーのくせにウチの下級ではトップクラスの戦闘力だ。< アーク・セイバー >は、内部で序列を決めるランキングがあるんだが、前衛職入れてのランキングでさえ上位だな」


 とんでもない逸材じゃねーか。< 遊撃士 >の戦闘能力で前衛を超えるのは相当厳しいぞ。< アーク・セイバー >所属の前衛なんて、それこそ強い奴しかいないだろうに。


「だが、今回の試練に関しては不安しかねえ」

「やっぱり剣刃さんから見ても難易度高いですかね」

「攻略難度の話じゃねえよ。難しいのは難しいだろうがな。なんせあの鮮血姫リーゼロッテだ」


 ロッテはこんな人に名指しで知られるくらいの有名人なのか?


「知ってるんですか? ユニークネームっていっても中級ですよね」

「まあ、ユニークネームは大体把握しているから有名ではあるが、あいつはその中で飛び切り有名人だ」

「数少ない二世ってのは聞いてますけど」

「……そうだな、それが原因だ。ヴェルナーの性質を濃く受け継いだ、とびきりの狂気だ」


 ヴェルナーの? 実はロッテもエロ盗撮魔なのか?


「普段の様子からは分からないかも知れないが、あのギルド会館にいる連中は狂気的なダンマス信仰者だ。ダンマスの目的のためならなんでもするっていう、根本的な土台から在り方の違う怪物たちだ」

「そ、そうなんですか? そこまでは感じた事はなかったんですけど」


 確かにダンマス好きみたいだなって感じる事はあったが。


「ダンマス関係ないところだと普通なんだよ。テラワロス以外は、普通に付き合う分には何も問題ない」


 テラワロスはこんなトップ連中にまで嫌われてるのかよ。


「リーゼロッテはダンマスの……特に冒険者を鍛えるという目的の遂行に特化した存在だ。ヴェルナーもその気があるが、あいつはもっと濃い。ダンジョンの外だとただの小娘だが、モンスターとしてはそんな使命感のような狂気で動いてるように見える。だから、今回のイベントはお前らが思ってる以上に、相当ヤバイものになるはずだ。想定できる最上級を軽くぶっちぎってくるかもしれん。……極端な話、今後の冒険者としての在り方さえ大きく変えてしまう可能性すらある」


 死なないが故に繰り返せるし、精神的、肉体的な苦痛も特上級だろうしな。一体、どんな攻略難度になってしまうというのか。

 ……いや、違うのか。攻略させない事が目的じゃないから攻略難度じゃない。

 冒険者としての成長を促すための要求が、途轍もなく高い部分で引かれてるってだけだ。


「お前らは案外なんとかしちまう気もするんだけどな。多分、今回のルールで真っ先に折れるとしたらウチのだ。メンタル強そうな奴ではあるが、それでも温室育ちには違いない。……俺が不安なのはそこだ。面倒かけてすまんが、ここからの訓練含めて一応気にはしてやってくれ」


 クラン内の関係ってのは良く分からないが、やっぱり大事に扱われるって事か。娘みたいな感覚なんだろうな。……責任重大だ。


「あと、そんなにハイスピードでゲソ食うな。なくなっちまうだろ」

「すいません、つい」


 酒ないから余計に食うのが早かった。


「そういえばお前、前世でダンマスと同郷だったんだろ? この酒とかそこのを再現したって聞いたが、他にどんなのあったんだ?」

「俺はビールばっかで日本酒はそれほどでしたけど、たとえばですね……」


 ……摩耶もだけど、他の奴らはどうなんだろうか。明日の訓練で、そこら辺なんとかなるもんなのかね。




 というか、いつの間にか俺だったらどんな地獄のような環境でも平然としてるイメージが出来上がってないか?

 ……みんな、もうちょっと優しくして下さい。



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