第6話「八人の挑戦者」
-1-
部屋に重苦しい雰囲気が漂っていた。
「…………」
「……困りましたね」
「……確かにこれは、まずいよね」
三人でホワイトボードを眺めながらそれぞれ呟く。
非常にまずい事になった。完全に想定外である。
俺たちはいつもの食堂ではなく会議室を借りて、今日届けられた試練の内容について摺り合わせを行っている。
俺とユキ宛に届けられた内容は、ちょっと想像がついていなかった方向で難易度の高いものとなっていた。
このあと、追加メンバーとして参加をお願いするフィロスたち三人も来る予定だが、早急に対策が必要だ。
中級昇格試験でもあるこの試練は、俺たち以外の下級冒険者が参加しても昇格の条件を満たせるため、参加してもらうメリットは提示できる。
いくら難易度が高いとはいえ、昇格試験の発行待ち期間をスキップして試験を受けられるのはメリットになるだろう。それは良い。
だが、その他の内容は大いに問題があった。ホワイトボードに書き写した試練の提示内容を見てみると、溜息が出そうになる。
<第一の試練(第二回)>
実施時期:八月最終週
実施場所:鮮血の城
参加人数:八名
・ダンジョン< 鮮血の城 >を利用した特殊イベント
・参加メンバーは八名必須
・ユキ(ト)、渡辺綱、サージェスの三名は参加必須とする
・他の五名については、デビュー済でE+以下の冒険者であれば参加自由とする
・参加メンバーが八人に満たない場合、このイベントは無効となる
・挑戦三日前までに挑戦日、挑戦メンバーを提出する事
・提出期限を超過した場合、このイベントは無効となる
・八つに分かれた入り口からそれぞれ入場し、単独で攻略開始(内部合流可能)
・ダンジョン内の逆走は不可
・滞在時間制限なし
・それぞれの道で第一から第四の関門を突破した者がボスエリアへの入室権利を得る
・参加者はそれぞれの関門を突破するごとにボーナスが発生する
・第一関門突破ボーナス:GP
・第二関門突破ボーナス:Dグレードレア装備品(ランダム)
・第三関門突破ボーナス:中級昇格資格(E+未満の場合、E+昇格時点で中級昇格扱いとする)
・第四関門突破ボーナス:スキルオーブ(複数種類の中から選択)
・完全攻略ボーナス:ボーナスリストの中から選択(ユキ(ト)のみ固定ボーナスとする)
・それぞれの関門通過地点にHP回復・状態異常治療施設、ダンジョン脱出用ワープゲートを設置
・ボス部屋以外はゼロ・ブレイクルールを適用する
・ボス部屋以外でHP全損した場合、一つ前の関門で復活する
(デスペナルティなし/第一関門でHP全損した場合は入口へ戻る)
・ボス部屋での死亡、及びHPを全損せず死亡した場合は通常の死亡扱いとする
・この特殊イベントは一回のみ挑戦可能
とりあえずどうでもいい事だが、ユキトのトはユキに無言で消された。メールはそう書いてあったのに。
こうして書き出してみると、挑戦者側に配慮されたように見える部分が、実はそうでない事が良く分かる。
滞在時間制限がなく、ボス部屋以外はゼロ・ブレイクルールが適用される特殊ルールであるため、諦めなければいくらでも挑戦できるが、任意で諦める事もできる。
……そう、いつでも諦められるのだ。
参加してもらうメリットにしたい中級昇格資格が、第三関門突破に設定してあるのもタチが悪い。
それ以降がいくら魅力的なボーナスだろうと、その最低限のメリットを得てしまえば、普通は先に進む気力を保てなくなる。内容が過酷であれば尚更だ。
< 鮮血の城 >は拷問系トラップが多い事で話題になったダンジョンだ。サージェスから聞いた話だけでも、かかりたくない罠が満載である。
死なないからといって、そんな痛みを何度も我慢するのは正直キツイ。そして戻された場所には脱出用のワープゲート。……まともな神経してれば帰りたくなるだろう。
他のメンバーとどこで合流できるかにもよるが、その時に少人数……極端な話、たとえば一人だとギブアップを止める奴すら存在しない。
挑戦開始時点で一人でありHP全損しても再挑戦できる以上、罠対策はそこまで必須じゃないだろうというのは好材料だが、これはマズいんじゃないだろうか。
この試練の狙いはきっと、肉体的、精神的な負荷に負けず、諦めないで進む不屈のメンタルを問うものなのだろう。
< 鮮血の城 >の痛いトラップ群がそのまま適用されるかは分からないが、キツイ道のりを諦めずに進む精神力を要求される。
俺たちはまだいい。だが、俺たち以外の参加メンバーにそれを強要するのか?
八名で攻略する事を前提にしてある以上、三人だけで頑張ればいいという訳にもいかないだろう。道中はともかく、対ロッテ戦がそんな簡単な難易度とも思えない。
……まったく、難しい試練を考えてくれるものだ。
そして最大の問題は参加メンバーの人数だ。
想定していた六人より更に多い八人。フィロスたちが全員OKしてくれてもまだ二人足りない。数合わせだとしても最低あと二人必要だ。
クロだったら受けてはくれるだろうが、戦闘力が重視される以上、候補に入れるのはちょっと考え難い。
八月末となるとリリカもデビュー前で対象外だ。デビュー直後でこのイベントもないだろうが。
それ以外の人を探すにしても、俺たちは迷宮都市に来てまだ時間が経っていないため、交友関係は狭い。中級もOKなら幅が広がるが、下級では候補がいない。顔と名前を知っている程度ならいくらでもいるが、大した知り合いでもないのにこんなヤバそうなイベントで無理してくれなんて、いくらなんでも言えるはずもない。
美弓が参加できるなら、内容隠して真っ先に誘うんだけどな。かなりタフだし、良心が傷まないし。
「サージェスは参加してくれそうな知り合いとかいないか?」
「いない事はないですが、戦力的にも、提示できるメリット的にも厳しそうです。この条件で最後まで挑戦できる人材となるとさすがに。……最悪、数合わせで考えるならなんとでもなりそうですが……」
サージェスだって、自分以外の人間がどの程度の負荷に耐えられるかくらいは承知しているだろう。
そりゃ、そんな人がポンポン出てくるわけもないよな。いたらすでに固定パーティに誘っているぜ。
「ユキはどうよ……っていっても、これまで俺とほとんど一緒なんだからいないよな」
ユキはさっきから思案顔だが、まさか心当たりがあるのだろうか。
「ん……そうなんだけどさ、< アーク・セイバー >に頼めないかな」
「そうか、記念祭でそんな事言ってたよな」
確かに、剣刃さんがクラン員を出向させるとかそんな事を言っていた。
トップクランにいるような奴なら上昇志向は高いだろうし、戦闘力も申し分ないだろう。大規模クランだから人数だって多い。一人、二人なら余裕で条件にヒットしそうだ。
「それアリだな。あとで剣刃さんにコンタクトとろう」
他に当てがない以上、頼まない理由がない。今回の場合、借りるのが猫の手ではマズいのだ。最後まで戦える不屈の戦士が必要だ。
そして、フィロスたち三人が到着し、状況の説明。参加をお願いしてみる。
「うん、いいよ」
二つ返事でOKをしてくれた。三人共大丈夫だそうだ。
これまで交流してきて、戦力的にも問題ない事は分かるが、そんなに安請け合いしていいのだろうか。提示した条件だけ見ても、キツイイベントなのは分かりそうだが。
「いいのか? 言っちゃなんだが、俺たちの新人戦より若干簡単って程度の難易度なんだぞ」
比較対象がアーシェリア・グロウェンティナ戦だ。常識的に考えて無茶な難易度だと分かるだろう。
「僕ら全員、冒険者として上を目指すのは一致してるしね。……むしろチャンスじゃないかな。こう見えても僕ら全員負けず嫌いだから。君たちに追い抜かれたままでいるのも悔しいし」
あまり感じた事はなかったが、そうなのか。
……そうか、良く考えてみたら、フィロスたちはトライアルを半月、三回というペースで突破している。
負けず嫌いでもなければ、そんな短期間でのトライアル突破なんてできる訳がない。失敗して、攻略のために散々訓練したはずだ。
「ありがとう、助かるよ」
「いいってことよ。むしろ強くなれるイベントなら、キツかろうが大歓迎だぜ」
一度< 鮮血の城 >に挑んだ経験のあるガウルがそう言ってくれるのは、かなりやる気があるという事だ。
最初は単独攻略になるわけだし、そういった経験は確実に生きてくるはずだ。正直かなり助かる。
とりあえず、六人はこれで決まりだな。前衛ばかりだが、今回に限って言えばそれはあまり問題はない。……問題はあと二人。
「一応聞いておきたいが、他に参加してくれそうな当てとかあるか? ないなら< アーク・セイバー >に当たってみようと思うんだが」
「僕とゴーウェンはいないね。ここにいる面子とクローシェ以外で組んだ事すらないくらいだし。……クローシェは頼めば参加してくれるだろうけど、戦力的には厳しいだろうね」
クロに関しては、フィロスも同じ判断のようだ。< 斥候 >として優秀なのは間違いないだろうが、今回は条件が噛み合わな過ぎる。
そして、それ以外の当てもないと。やはり、この時期の下級は固定パーティで固まってしまっているものらしい。
「俺の方は、一人心当たりがいる。すぐ連絡はつくから、明日まで待ってもらえるか?」
だが、ガウルは当てがあるらしい。サージェスは駄目だったが、デビューしてから長いというのはこういう面で有利だ。
条件提示した上で言うくらいだから、戦闘力的にもメンタル的にも期待できるだろう。
「さすがにガウルは顔広いね」
「お前らより活動長いし、ヘルプとしていろんなパーティにも参加してるからな」
「じゃあ、< アーク・セイバー >に頼むのはそのあとだな」
一人くらいなら、出向してもらうのもハードル下がるだろう。
メンバーはなんとかなりそうな気がしてきた。
「つーかお前ら、なんでそんなトップクランに伝手があるんだ? 新人戦で戦った< 流星騎士団 >ならまだ分かるが」
「記念祭の時にちょっとな。……ほとんど偶然に近い」
アレは偶然としか言いようがないよな。
「お前さんには、何かそういう因果でもあるのかね」
……因果ねぇ。似たような事を今回のボスさんにも言われたな。
確かにこの街に来てから、タイミングや都合のいい事が多い気もする。いや、悪い事も多いから、イベントが多いって印象だ。
「じゃあ、早速連絡取ってくる。対策会議は……できる限りメンバー揃ってからのほうがいいだろうな」
「そうだな」
対策を練ったり、訓練内容や事前のダンジョンアタックの日程も決めないといけない。
なにしろ今回は時間……ダンジョンに挑戦する回数がほとんどない。おそらく事前の挑戦は一回になるだろう。
八人だと、フルメンバーで< 鮮血の城 >に入る事もできないというデメリットもある。
また、前回みたいな急激なレベルアップも難しい。ランク制限で、入れるダンジョンではそこまで経験値が稼げそうにないのだ。
下級の内に入れるダンジョンだと、普通にやって稼げるのはベースLv30程度だ。俺たちの全員がその前後で推移している。
これだと、どうしたって細かい戦力増強しかできそうにない。人員確保できたってハードルだらけである。
-2-
翌日、同じ会議室を使い、ガウルから紹介された新メンバー候補の面接を行った。
参加するのは俺とユキ、サージェスの三人。そして、一応紹介元であるガウルにも同席をお願いした。
「ははは、はじめまして、て、ティリアティエルといいます」
俺たちの目の前に座るのは気弱そうな青髪の女の子。
若干俺たちより年上に見えるが、部屋に入ってからずっとオドオドしている。
ガウルが言うならメンタル的にも問題ないのだろうが、……本当に大丈夫だろうか。
「あ、あの、ティリアティエルさん? ただのパーティメンバーの顔合わせですし、そんなに緊張しなくても」
「は、はひっ」
冒険者なのに気が弱い子なのだろうか。緊張してるだけかもしれない。
一応、事前にガウルから彼女の情報はある程度もらっている。
名前はティリアティエル。元々外で冒険者をやっていて、冒険者ギルドからの推薦で迷宮都市へ来訪。
メインクラスは< 騎士 >。タンクとしての特化型で、専門ではないが回復魔術の適性もあり。
その防御は鉄壁で、ガウルのような防御力のないスピード重視のアタッカーにとっては相当に評価が高いらしい。
攻撃力はあまり期待できないが雑魚を蹴散らす程度の火力はあり、前線を維持する戦闘センスは抜群に良いとの事。
ベースLv33と、俺たち全員と比べてもトップ。
実は二年ほどE+に留まっているらしく、昇格試験が突破できないで悩んでいるとの事だ。
フィロスよりも防御に寄った、回復手段ありの純タンクだ。
性能だけ見たら、喉から手が出るほど欲しい逸材である。特に回復魔術がデカイ。下級では回復手段を持った前衛は少ないのだ。
ガウルが言うには、特有の問題を抱えてはいるが今回の試練には関係がなく、戦力としては間違いなく同ランクでは最上級との事。
これまで何度もパーティを組んだ事があるというから、そこは心配しなくてもいいだろう。
だが、その問題とやらのせいでパーティメンバーには恵まれず、クラスの特性上ソロにも向かないため、欠員が出たパーティのヘルプを続けているのだという。
……性能だけ見たら優良物件にしか見えないのに、固定パーティを組めない問題ってなんだよ。
申し訳ないんだが、極最近、似たようなケースに直面したばかりなんだが。……具体的には新人戦前くらいに。
「……ん、どうしました、リーダー?」
「いや、なんでもない」
まさか、サージェスさんの御同類ではないだろうな。
こうしてオドオドした姿を見ると、堂々と性癖をひけらかすタイプにも見えないのに、一体どんな変態だというのか。……いや、なんで変態だと決めつけているんだ?
「ティリアティエルさん、今回ヘルプをお願いしたいイベントは結構厳しい内容なんだけど、身体的に痛い攻撃とか大丈夫かな。盾職だし、結構前に出てもらう事になると思うんだが」
「は、はい、痛いのはちょっと嫌ですけど、このクラスについている以上しょうがありません。それは割り切っています。あ、あと、是非ティリアとお呼び下さい。年上ではありますが、パーティ組む相手なので敬語とかも不要です」
あれ、マゾじゃないのか? 盾職だからビンゴだと思ったんだけど。
事前情報だと、プレートアーマーとデカイ盾装備だっていうから露出狂でもないよな。
こんな子だったら露出癖あっても、俺の熱いパトスにビンビンきそうだから構わないのに。
横を見るとユキも同じ事を考えているようだが、答えを出せずにいるのか思案顔だ。サージェスは何を考えているのか良く分からん。
まさか、逆……なのか?
「生き物を虐待するのとかは好きかな? モンスターを虐めたりとか」
「え? モンスターはしょうがないと思いますけど、あまり虐めたりとかは良くないと思います」
「そ、そうだよな。ごめん、変な事を言って」
サドでもなかった。まさか、問題は性癖じゃないのか? ……面倒くせえから、もうはっきり聞いてしまうか。
「実は今回のイベントはかなり厳しい内容になるんで、ティリアが参加してるくれるならとてもありがたい。だけど、ガウルから聞いている"あなたの抱えてる問題"っていうのが引っかかっていて、即決できない状態なんだ。……ウチはすでに強烈な問題抱えてるメンバーがいるんで、今更色眼鏡で見たりしないから聞かせて欲しいんだけど」
「は、はひっ。その……恥ずかしいんですが、私ちょっと……人と違う性癖を持っていまして……」
やっぱり性癖じゃねーか。なんだ、このパーティは呪われてるのか?
まあ、サージェスより弩級の性癖の持ち主は早々いないから、ある意味ハードルは下がっている。
……それはいい事なんだろうか。自分で考えていて、本当にそれでいいのか自信がなくなってきた。
「でも、直接説明するのはちょっと……その、恥ずかしくて」
どないせいっちゅうんじゃ。
紹介者であるガウルの方を見ると、仕方ないなという表情で溜息をつく。……狼でも溜息吐くんだな。
「あー、俺から説明しよう。本人の前でとか、……羞恥プレイみたいになるが、しょうがねーよな」
「は、はい、……しょうがないです。言わないでいると、これまでみたいにあとから捨てられる事になるので」
捨てられた経験がお有りですか。
すでに嫌な予感しかしないのですが。
「彼女は陵辱願望がある」
「…………お、おう」
ド直球ですね、ガウルさん。……そうか、陵辱願望か。この可愛い子がね。人は見かけによらないもんだ。
だが、確かに性癖としてはアレだが、本人がいいんならいいんじゃない?
なんなら、俺がその役やってもいいんだぜ。溜まりに溜まった爆発寸前の若い欲望ではりきっちゃうぞ。
「しかも、相手が限定されててな。……オーク相手じゃないと性的興奮を得られないそうだ」
「馬鹿じゃねーの」
あまりのズレっぷりに、思わず本音を口に出してしまった。
女騎士でオークに対して陵辱願望があるって、完全にくっ殺さんじゃねーか。これで強気だったらパーフェクトだった。
「まあ、馬鹿だな。それは間違いない。俺もそう思う」
「そんな……」
ガウルに見捨てられて、ティリアは絶望的な表情を見せるが、しょうがないんじゃない?
だって、オークさんだよ。日本のエロゲーじゃないんだし、この世界のオークさん、別に人間相手に欲情しないんだけど。
前にブリーフさんから聞いたが、オークが人間相手にそういう感情を持つのは、人間がオークの雌相手に発情するようなものらしい。
つまり、いるとしてもオークの中でも相当なレベルで変態かつ少数派という事だ。
聞かされて、ああ無理だって思ったぜ。そもそもオークなんて雄雌の区別すら付かない状況だ。いくら俺でもそんなにストライクゾーンは広くない。
「だから、オーク相手だけは極端に弱くなるが、それ以外なら問題ない」
「なるほど、今回のケースならそれは有りだね」
ユキさんは納得してらっしゃるが、お前相当毒されてるよな。それでいいのかよ。
というか、戦闘に支障をきたすくらい重症なの? どんだけだよ。
「が、ガウルさん? ちょっといいかな、……表出ろ」
「お、おう」
不安気なティリアの脇を抜け、ガウルを連れ出して部屋の外に出る。
この狼には一度ちゃんと言わねばなるまい。
「お前なんなの!? サージェスがいるからって、ウチは特殊性癖のゴミ捨て場じゃないんだからなっ!」
「わ、悪かったって。でも戦力的には問題ないだろ」
「ないけど、どうしてピンポイントでそんな変な属性抱えてる奴を連れて来るんだよ」
「さ、サージェスいるくらいだから今更だろ? あいつ、可哀想な奴なんだよ。ここは助けるつもりでさ」
やっぱり、アレ未満ならOKとか変な認識ができてらっしゃる。
確かにサージェスよりはマシだし、あんまり迷惑はないかもしれないけどさ。特殊性癖の持ち主と過ごす苦しみが分からないのか。
気付かない内に段々常識がズレていくんだぞ。ユキなんか、あきらかに反応おかしかったじゃねーか。ほとんど精神汚染と変わらないんだからな。
「……分かった、とりあえず今回に限ってはそんなに問題もないからいいとしよう。固定パーティも検討はする」
「助かる。あいつ、ちょっと哀れで見てられなかったんだよ。何回もヘルプで組んだ事があるんだけどさ、その度にパーティから蹴られるのを見てるんだ」
ガウルは困った人を放っておけないタチらしい。それ自体はいい事だとは思うが、ウチに押し付けないで頂きたい。
「……戦力的には問題ないんだろ?」
「オークさえ出てこなけりゃ問題ない。あいつトライアルの第二層で何回も死んでる癖に、第四層は一発で抜けたくらいだから」
それを大丈夫というかは微妙なところだが、……大丈夫、サージェスと比べれば可愛いもんだと思って我慢しよう。
……あいつを基準にすると大抵はOKになってしまうが仕方ない。むしろアレを基準にして駄目ってどんなレベルなのって感じだ。
今更だけど、あいつがいるだけで合格ライン下がり過ぎじゃなかろうか。
ユキも交えて今後の事を考えたほうがいいな。このままだとウチのパーティが変態だらけになってしまう。
「つーか、何をどうやったらオークなんだよ。この世界のオークさんたち、人間に興味ないぞ」
「それは……本人から聞いてくれ」
「分かった……一応聞きたいんだが、まさかお前もそんな感じじゃないよな」
「お、俺はノーマルだぞ。同じ種族以外に発情したりしない。故郷には許嫁だっているんだからな」
それは良かった。俺の前に現れる連中がそんなのばっかりだとは思いたくないしな。
フィロスやゴーウェンはどうなんだろうか。……今更だけど、ユキだって変っていえば変だし。
「あの……もし?」
「……ん?」
人気のない会議室前で話す俺たちに、スラリとした細身の青年……いや、中性的な女性が話しかけてきた。
うん、髪短くてキリッとしてるから分かり辛いけど女の子だ。宝塚とかにいそう。
「何か?」
「渡辺さんですよね? 私、< アーク・セイバー >所属の摩耶と申します。先ほど受付の方からここにいると伺いまして」
え、まだヘルプの打診とかしてないんだけど。テレパシーか何かで伝わったのか?
「ひょっとして、剣刃さんと話した出向の話ですか?」
「はい、興味があるなら一度挨拶に行って来いとの事でしたので。……事前にメールはしましたが、まだ確認はされてないでしょうか」
カードのメール機能もまだ有効にしてないしな。そろそろ考えたほうがいいかもしれない。
「あー、すいません、ちょっと立て込んでて見逃してるみたいです。今も、次のイベントの顔合わせ中でして」
「そうですか、では改めて伺います。都合のいい時間があれば合わせますが」
「じゃあ、一時間後くらいだったら大丈夫なので、……ここでもいいですか?」
「はい、分かりました」
物腰だけならウチの超弩級変態さんと同じだが、ものすごい常識人的な臭いがする。
この人こそウチに求めていた人材ではないだろうか。きっと俺に続く常識人枠になってくれるはず……。
「メールに書いてもらったかもしれませんが、差し支えなければクラスとか簡単な技能を教えてもらっても?」
「はい。クラスは< 斥候 >と<野伏>の二つで< 遊撃士 >ツリーですね。かなり戦闘よりのスキル構成なので、専門技能は本職に劣りますが、その分火力はあります」
パーフェクトな人材じゃないか。剣刃さんは超能力者か何かなのか? ……いや、侍か。
求めてるクラスもドンピシャだし、立ち振舞いも強者のそれだ。ひょっとしたら下手な前衛より強いかもしれない。
「この場で決めてもいいくらいじゃねえ?」
「いや待て、ちゃんと話を聞こう。摩耶さん、一時間後にまた」
「はい、よろしくお願いします」
部屋の中にいる残念な感じの人と合わせて、ちゃんと事情説明したほうがいいだろう。
摩耶は軽く会釈をすると、そのまま一階へと降りていった。立ち去る後ろ姿でさえ背筋がピンとして、真面目な雰囲気を漂わせている。
あの立ち振舞いを身につけるには相当長い期間の訓練が必要だ。歩き方一つ取っても惚れ惚れする美しさだ。
残念ながら俺の好みからは離れているが、同姓から好かれるタイプと見たね。お姉様とか呼ばれてそう。
「どうだガウル、あれが求めていた人材という奴だ」
「う……、確かにありゃすげえな。< アーク・セイバー >は伊達じゃねえ」
ガウルにも彼女のポテンシャルが良く分かったらしい。くっ殺さんと並べると優秀さが際立ちそうだ。
-3-
さて、その問題のくっ殺さんの面談の続きである。
「少なくとも今回のイベントに関しては問題なさそうだから参加をお願いするよ」
「よ、良かった……。その……固定パーティとかはどうでしょうか」
「それは今回のイベント次第だな。ウチの究極さんと変な化学反応起こされても困るし」
「わ、わかりました。その……頑張りますよ、はい」
こうして話してるだけだと、気弱だが真面目そうないい子なんだけどな。何故、そんな性癖になってしまったのやら。
「方向性は違えど我々は同志です、お会いした時から同じような臭いを感じていました。これからも良き仲間として頑張りましょう」
「は、はいっ、よろしくお願いします?」
変態さん同士、惹かれ合うものがあったのか、がっちりと固い握手を交わすサージェス。
言う通り方向性は全然違うが、変態である事には変わりないからな。あまりお互いを高め合ったりはしないで欲しいぞ。
「言いたくなければいいんだけど、何故そんな特殊性癖を持つに至ってしまったのか聞いてもいいか?」
「ツナ、そういうのはデリケートな部分だから聞かないほうがいいんじゃない?」
「いえ、いいんですユキさん。……ちょっと長くなりますがお話しします」
だって、戦闘にも影響する訳だし、そこら辺把握しておかないと固定なんて組めないと思うぞ。
それに、ひょっとしたら改善の見込みがあるかもしれないじゃないか。ウチの究極さんは、何周か先を行ってるレベルで手遅れだけどさ。
「……やっぱりアレ? 前世でオークさんに色々されたとか」
異世界なら有り得そうだが、それだとサージェスとまったく同じパターンだな。
「いえ、私は前世はなく、完全にこの世界の出身です。……私の故郷は、帝国南部にある海岸沿いの村でした」
そうして、残念性癖に至る話が始まった。
ティリアティエル……ティリアは、その村の漁師の家に生まれた極普通の娘だったらしい。
俺の様な過酷な環境というわけでもなく、極普通の村の、極普通の家庭で、極普通の家族に囲まれて過ごしたようだ。
別に故郷が壊滅したとかそういう話もない。あまりに普通過ぎて、話の盛り上がりどころに欠けるくらいだ。
……だが七年前、とある謎の箱を拾った事により彼女の運命は一変する。
「まさか、呪いの箱とかそういう類のものだったの?」
「呪い……言い得て妙ですが、近いものかもしれません」
なるほど、それなら理解できなくもない。呪いのせいという事は、外的にそれを植え付けられたという事で、本人は何も悪くないのだから。
その呪いを解く手伝いならしても構わないぞ。そして正常になった上でなら、俺に惚れてくれちゃったりしてもいいんだぜ。
「当時は素材からして分かりませんでしたが、迷宮都市に来て正体を知りました。……それはダンボール箱だったのです」
呪いのダンボール?
「その中にはビニール袋に包まれた無数の……その、え、えっちな本が……」
「言い得て妙過ぎるわ」
……呪いに近いって、ただエロ本で目覚めただけじゃねーか。
あきらかに迷宮都市からの漂流物としか思えない。誰だよ、海にエロ本捨てたの。悪影響バラ撒くなよ。
「当時は書いてある文字を読む事はできませんでしたが、それには美しい女騎士がオークに陵辱される美麗な絵が書いてありました。まだ未熟だった私はその本の虜になってしまい、家族に隠れて暇さえあれば読みふける日々が続きます」
「ま、まあ良くある事……だよね?」
俺に振るなよ。そりゃ小学生男子とかならありそうだけどさ。
「気付けば、私もこの女騎士のようになりたいと……」
「ごめん、やっぱり理解できないや」
ユキさんも擁護を諦めたようだ。
「しかし、そのために冒険者になり、いざオークと対峙してみても本のようにはならないのです」
「そりゃそうだろ」
この世界のオークさんは人間をそういう対象に見ていない。外だと普通、エロい事になる前に殺される。
オークに囲まれて『く、殺せっ』とかやった訳だろ? ……むしろ良く死ななかったな。
「何度か死にかけまして、とある冒険者の方にこの街に来る事を薦められました。迷宮都市なら願いが叶うかもしれないと」
その冒険者の人、無責任過ぎないだろうか。きっと自分が面倒だから放り投げただけだよね。
「ですが、迷宮都市に来てもそれは叶わず、何度もオークに殺されました。いつかはと思い頑張って、何匹かオークの知人もできましたが、揃って演技でも無理だと。……私は一体どうしたらいいのでしょうか」
「知らんわ」
かなり重症だ。この人、社会復帰できるのかな。
……無理じゃないだろうか。
「ちなみに、一冊だけお気に入りの本を持って来ました。参考までにどうぞ」
「いや、そんなもん見せられても」
オーク陵辱モノが嫌いな訳ではないが、見たところで共感なんてできないし、そもそもこの街だとエロ本は制限に引っかかって見れないだろ。
ユキが受け取って読んでみるがやはり見れないようだ。
……というか、外なら見れるんだな。思いもよらないところで発見があった。トマトさんにくっついて遠征行こうかしら。
「うーん……」
「なんだ、渋い顔して」
内容見れないんだから、分かる事もないだろうに。
迷宮都市の出版物でも、外から持ち込んだ物なら制限外なんだろうか。それならちょっとお兄さんに見せて下さい。
「多分年齢制限の認識阻害がかかってて、内容は分からないんだけどさ、……奥付に気になる名前が」
やっぱり見れないのか。
奥付に書いてあるのは印刷所とか、作者か? そういえば、エロ動画もエンディングクレジットは見れたよな。
ユキに渡された本を受け取る。
それは何度も何度も読み返されたのか、汚れが目立ちヨレヨレになっていた。使い過ぎである。
認識阻害のせいで、表紙からして何が書いてあるのか分からない。多分、アレな事になってる女騎士さんやオークが描かれているのだろう。
パラパラとページを捲っても内容は頭に入って来ないが、これも想定通りだ。
そして一番最後にページには、衝撃の事実が記載されていた。
『原案・監修トマトちゃん』
俺は会議室の机に突っ伏した。
何やってんだよあいつ……。七年前じゃ、あいつ七歳じゃねーか。いや発行日からするともっと前……六歳だ。
出版しなければ認識阻害の対象外とはいえ、子供がこんなの監修してるんじゃねーよ。
「色々すごいね、ミユミさん」
後輩が一人の人生を台無しにしてしまったと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
これは、土下座とかしたほうがいいんだろうか。
-4-
とりあえずあいつはローリング・クレイドルの刑に処すとして、元先輩として責任を取らねばなるまい。
いや、なんで俺があいつの後始末をせねばならないのか良く分からないが、そうしなければいけない気になってしまう。
だって、あいつのところに連れて行ったら余計ひどい事になる気がするし……。
くそ、あいつはどれだけ俺を苦しめればいいんだ。泣いたって許してあげないんだからね。
「そういえば、そろそろさっきの奴が来る頃じゃないか?」
「あ、ああ……そうね。このまま続けて会うか」
ティリアの昔話が無駄に長かったせいだろう。気付けば一時間近く経っていた。そろそろ摩耶が来る頃だ。
「さっきの奴?」
「最後のメンバー候補だ。こっちから呼ぶ前に< アーク・セイバー >から出向者がやって来た」
「すごいタイミングだね」
面談するまでもなく即採用コースだ。
変態が一人増えてしまったが、一人常識人が増えればイーブンだ。これからは、彼女と二人で常識人枠として頑張って行きたいと思う。
「あの……私は席を外したほうがいいでしょうか」
「いや、いい。同じイベントに参加する事になるから顔合わせもしておこう」
できればフィロスたちもいたほうが良かったが、仕方ない。あいつら今日講習とか言ってたし、今から呼んでも来れないだろう。
そして、期待の新人摩耶さんがいらっしゃった。
「< アーク・セイバー >所属のE+冒険者摩耶です。メインクラスは< 斥候 >ですが、戦闘系スキルをメインに取得していますので、サポートよりは前衛・中衛の方が得意です。もちろん、探知・解除のスキルも基本的なところは押さえてあります」
椅子の座り方もビシっとしていて気持ちが良い。
横を見るとユキは好感触な感じで、サージェスは無表情だ。おそらく、自分とは異なる雰囲気に相容れないものを感じたのだろう。
……素晴らしいではないか。こんなタイミングでストッパーが現れるなんて。
「摩耶さん……といいましたね。あなたはどんなタイプの変態なのでしょうか」
「……は?」
「おいコラ、究極マゾ」
第一声からなんて事言いやがる。
お前はまさか、ウチのパーティに入るには変態でないといけないとか、そんな間違った認識をしてるのではあるまいな。
逃げられたらどうしてくれる。
「しかしリーダー。おそらく、この方はノーマルです」
「ノーマルの何が悪い。この方こそ、ウチに一番必要な人材だ」
戦力的にも人格的にも。ウチは変態汚染度を薄めて浄化してくれる人を求めているんだ。
「え、えーと、摩耶さんは今回のイベントだけでなく、ウチの固定パーティに参加してくれるって事でいいんですか?」
「今回のイベントというのは良く分かりませんが、そのつもりです。元々あなた方には興味はありましたし、その上ウチのマスターから、あなたたちには< 斥候 >職がいないだろうからと打診がありまして。身近で実力を確認できるというなら、是非見させて頂きたいと思います」
俺たちに< 斥候 >が足りない事を見抜いていたのか。すごいな。ベテランはさすが良く分かっている。
「まだ今回のイベントの事は話してないんだ。……じゃあ、ティリアさんも合わせて、ちゃんと説明したほうがいいね」
「そうだな。今後の訓練方針も考えないといけないし」
ティリアはガウルからある程度の話は聞いていたようだが、改めて二人に今回の試練の説明をする。
「なるほど、そんな事になっていたのですか。……まさしくタイミング的にはちょうど良かったわけだ」
「ああ、これ以上ないタイミングだった。剣刃さんは超能力でもあるのかと思ったぜ」
「まあ、勘の鋭い人ではあります。……しかし、となると時間がありませんね。連携を合わせるのも困難なレベルだ」
人員の問題があっさり片付いたのは助かるが、次の問題はそれだな。お互いの戦力把握と、連携訓練をしないといけない。
「四人ずつに分かれて< 鮮血の城 >に潜るくらいしかできそうにないよな。あとは訓練場で模擬戦とか」
「何回か挑戦できるなら、イベントの性質を考えて一人ずつ挑戦っても有りだと思うんだけどね」
「やめておけ。一人だと、その変態はすぐ罠にかかりに行くから」
「失敬な。私は体を張って罠の威力を確かめようとですね……」
「あの、今回参加するメンバーの大まかな実力は把握されているのでしょうか。ベースレベルがいくつかとか」
何やら考えがあるのか、摩耶さんが問いかけてきた。
「全員Lv30は突破してる。ただ、侵入制限で経験値を稼げそうなところがないから、大体そこで止まってる。下級ランクの経験が長いティリアがLv33でトップのはずだ」
「ずっと下級に留まっているって事なんで、威張れた話ではないですけど」
それでも、それだけ戦ってきた事には違いない。変態性はともかく、そこは褒めていいところだと思う。
「ならば、< アーク・セイバー >の訓練用ダンジョンを借りましょう」
「ダンジョン? そういえば記念祭で会った時に、クランで保有しているとか言ってたっけ。……どんなダンジョンなの?」
「詳細は説明が難しいですが、ゼロ・ブレイクのルールを適用した複数回数挑戦可能なダンジョンです。新しいダンジョンをボーナスで頂いたため、古い方は個人戦用に特化したものに調整されました」
設定調整ができるのか。便利だな。
ゼロ・ブレイクなら条件にも合ってるし、複数回数挑戦できるってのもありがたい。一回しかないチャンスを有効活用できそうだ。
「残念ながらベースレベルを上げるための経験値は稼げませんが、個人の力量が必要な今回の挑戦にはちょうどいいと思います」
「クラスレベルやスキルレベルは上がるのか?」
「はい。Lv30オーバーですと、どのダンジョンでも劇的なレベルアップは難しいので、候補としては良いのではないでしょうか」
確かにこれ以上ない選択肢に聞こえる。< 鮮血の城 >の予習はできなくなるが、間違いなく最有力候補だ。
「でも、< アーク・セイバー >の施設なんだよね。僕らが使ってもいいの?」
「まったくの部外者でも金銭で貸し出しているくらいですし、人数制限があるわけでもないので大丈夫でしょう。それでなくとも、あなた方が頼めば嫌とは言わないでしょうし」
「詳細は聞く必要があるけど、それがベストっぽいな。打診してもらってもいいか?」
「はい、分かりました。手配しておきます」
なんか、トントン拍子で試練突破が見えて来たんじゃないか?
「そういえば、< アーク・セイバー >の拠点ってどこにあるの?」
「どこ……というと説明が難しいですが、行くだけならすぐですよ。ダンジョン転送施設から飛べます」
「< アーク・セイバー >がダンジョンに拠点を構えてるのは知ってるけど、転送施設から飛べるんだ」
「大きいクランは大抵そうですね。あまり交流はありませんが、別のクランの方と転送施設でばったりなんて事が良くあります」
つまり、有力なクランは大体ダンジョン区画の真ん中に根を張っていると。
移動が便利そうだ。会館に用がなければ、ダンジョンまで建物を移動する必要すらない。
ひょっとして、クエストをクランハウスで受けられたりもするのだろうか。それなら、会館であまり上級の人を見かけないのも分かる。
聞いてみると、< アーク・セイバー >はかなり独特な体制を取っていて、本来クラン外の冒険者とはパーティを組まず、内部でチーム編成を行うらしい。冒険者学校の出身であれば、それこそ卒業前の時点から< アーク・セイバー >の中で活動を始めるという。
内部だけでメンバーが賄えてしまうため、クラン外の他の新人ともほとんど交流がない。大型クランだからこそできる育成方針だ。いわゆるエリートって奴だな。
「ちなみに、私は< アーク・セイバー >の寮を借りているので、住まいも同じになります」
「はー、大御所はすごいね」
訓練ダンジョンや寮以外も色々設備が整ってそうだ。きっと部屋もいい感じなんじゃないだろうか。引越しに悩んでる身としては、ちょっと羨ましい。
アーシャさんがGP足りないって嘆いてるのは、実はそういう施設の維持費なんじゃないか?
-5-
「なるほど、< アーク・セイバー >の訓練用ダンジョンか。……色々考えるのね」
次の日の講習の合間、ギルド会館でばったり会ったアーシャさんと、次の試練についての話をした。
前回もダンジョンマスターから直接打診されたようで、試練の事は知っているようだ。
「ひょっとしてアーシャさんも使った事あるんですか?」
「外部にも公開されてるし、何回かはね。言われてみれば、今回のケースならこれ以上ない環境かもしれない。あれ、調整効くらしいからすごい羨ましいのよね。……ウチも欲しい。剣刃さんが意地悪するから、< 流星騎士団 >のメンバーだと利用料割増になるのよ」
何やってんだろうな、この人たちは。子供じゃないんだから。
「あそこは新人の育成方針もかなり独特だからね。そういう設備も持っているし、強くなるなら最短距離っても間違いじゃないのよ。ただ、平均以上のエリートは育つけど、飛び抜けた怪物が出てこない環境っていうのも確かで、なかなか難しいところなのよね。今、前線で欲しいのはエリートじゃなくて、私たちの想像以上の事をしてくれる人材だから」
いつかトライアルでおっさんが言っていた話の、代表例みたいなところなんだろうか。
アーシャさんが俺たちを止めたのも、そういう理由を含めての事らしい。
「< アーク・セイバー >もそれを分かってるから、色々打開策を考えてるの。他クラン出向もその一環で、ウチも何人か期間を決めて入れ替えとかしてるのよね。……時々帰って来ない子とかいるけど。……ただ、下級の内には多分前例はないから、その摩耶って子は相当期待されてるはず」
「なるほど。確かに聞いてみたらスキルの構成もガチガチでしたしね」
自力で取得するようなもの以外は、お手本のようなスキル構成だった。マニュアルのようなものがあるのかもしれないな。
俺はかなりフィーリングや場当たり的なところがあるので、まったく正反対だ。
実はユキもそんな感じで、まとめサイトで書かれているような鉄板って感じの構成は避けているように見える。
サージェスは本当に良く分からないが、アレを常識の枠内で考えるのは間違っているだろう。
「で、今日はなんで会館に? 珍しいですよね」
あまりこの人をギルド会館で見かけた事はない。グッズ屋では小さいアーシャさんをたくさん見かけるのだが、生身は初かもしれない。
「会館にっていうより、ユキちゃんにね。この前の打ち直しの話で」
ああ、< コブラ >さんの話か。そうか、もう彼はいないんだな。
「クロにでも渡せば良かったのに」
「いや……その……ね。ちょっと謝らないといけなくなっちゃってね」
そう言うアーシャさんはとても歯切れが悪い。
まさか、壊してしまったのだろうか。だとしたらすごく寂しい。彼とはトライアルの頃からの付き合いだからな。
「壊れたんなら残念ですね」
「いや、そうじゃないんだけどね。……あ」
アーシャさんの視線が俺の後ろに注がれたので振り返ってみると、ちょうどユキが近づいてきた。
まあ、休憩時間でトイレ行ってただけだしな。
「こんにちは、アーシャさん。今日はどうしたんですか?」
「あ、ああのね、この前打ち直したユキちゃんの剣を渡そうと思って……」
「へえ、わざわざすみません」
動揺していらっしゃる。一体どうしたというのだろうか。
「< コブラ >さんに問題でもあったんですか?」
「なんでツナはナイフにさん付けするの?」
そりゃあ、な。……察しろよ。
「もう< コブラ >じゃないのよ」
「へー、小剣に打ち直したら、名前も変わるんですね」
なんだ、< アナコンダ >にでもなったのだろうか。それだとでか過ぎるか。
……じゃあ< ハブ >とか。実は単純にパワーアップして< キングコブラ >になったという線も有り得る。
まさか……< サイコガン >? ……それだったらアーシャさんを神と呼ぶしかないな。
「その……ほんとごめんなさい。まさかこんな事になるなんて……」
「アーシャさんがそこまで謝るなんて、一体どうしたんですか……」
アーシャさんが頭を下げて、小剣をユキに渡す。パッと見、壊れたとか、そういう事ではなさそうだが……あれ?
「え……と、何これ」
「……どうしてこんな事になったのかさっぱり分からないの。……性能はいいのよ。毒の発生率もランクも上がったし、耐久値も攻撃属性値も上昇した。でも……」
「何、この不細工な兎」
何故か、柄部分が兎になっていた。使い勝手には影響なさそうだが、ぶっちゃけ変だ。
「打ち直したら、何故かそんな事になってしまって。私にも何がなんだか……」
「一応、お前のトレードマークみたいなもんだからいいんじゃないか?」
「性能がいいなら別にいいけどさ……なんで< コブラ >が兎になるんだろ」
蛇と兎は関係ないよな。ユキの二つ名である< 雪兎 >が変な風に影響したとかじゃないだろうか?
「銘も変わっちゃってね。< 毒兎 >っていうの」
「ぶすうさぎ……」
なんだろう。……システムの考えたダジャレか?
アーシャさんは平謝りしているが、本人も気にしていないようだからいいんじゃないだろうか。
しかし、ブサイクな兎だ。いきなり話しかけてきたりしそう。
……まさかね。
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