第5話「二つ名」




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 迷宮都市では月に一度システムのアップデートが行われる。

 とはいっても、ネットゲームのような細かい修正――

 

~の魔法のリキャストタイム修正を行いましたとか、

~NPCのメッセージを一部修正、追加しましたとか、

~一部不具合の修正を行いました、


――などの細かい修正が毎月入るというわけではない。かつて聞いた筋肉魔術の下方修正はかなりレアなケースらしい。あれは、光る筋肉さんたちが何かしでかしてしまったのだろう。

 実はトライアルの時にユキが言ってたバグのようなものもあるらしく、こういったものを報告した場合、かなりのGPを得ることができる報告システムも存在し、ほとんど専門のデバッガーのような事をしている"バグハンター"と呼ばれる冒険者も存在するようだ。


 ちなみに、先月は一切アップデートが行われていないし、先々月は『ステータスカードのアプリ容量追加サービスの開始』というかなりどうでもいいものだった。

 だが、今月のシステムアップデートでは久しぶりに新システムと呼べるものが追加された。その名を『二つ名システム』という。


 二つ名というのは、簡単に言ってしまえば異名、なんか格好いい感じの渾名のようなものだ。

 大抵は人から呼ばれて定着するものなのだが、自称するとちょっと痛い感じのアレだ。


 たとえば、アーシェリア・グロウェンティナが< 朱の騎士 >と呼ばれるのは、その槍や身に纏う装備が赤を基調にしたものが多いという理由から、周りが呼び始めたというのが始まりだ。

 これが自分から< 朱の騎士 >を名乗りだしたらちょっと駄目な感じだろう。猫耳さんが自分をアイドルとか言っちゃうのと同じだ。

 他には、初日にダンジョン前で見かけたバッカス。彼は< 酒乱 >と呼ばれているように、二つ名は必ずしもいいイメージで使われるものじゃない。

 自称でない二つ名を持っているという事は、良い悪いは別にして、その人が有名であるという事でもある。

 要するに二つ名は、人からどう見られているかのシンボルのようなものなのだ。


 今回追加された『二つ名システム』は、これをシステム化して、自動的に登録、ステータスなどに表示されるようになる機能らしい。

 だが、ただ表示されるだけかと思えば実はそうでもない。迷宮都市の中でその二つ名がどんなイメージを持たれているかを汲み取り、能力値、あるいはスキルのような扱いで補正を受けるという、結構高度なシステムだ。

 つまり強そうなイメージならばそれに相応しい強い補正が、駄目な感じのイメージならばマイナスの補正も受けるようだ。

 また、その二つ名を認識している人が多いほど顕著に効果が発揮され、イメージが変われば名前や効果が変わる事もあるらしい。

 つまり有名であれば逃れる事のできないシステムというわけで、それはいつの間にか有名になっていた俺たちも例外ではない。

 ある日、食堂で昼飯を食いながら、ユキとそのシステムについて話していた。




「俺は< 暴虐の悪鬼 >だとよ」

「悪役っぽいイメージだけど、なんか強そうでいいんじゃない?」


 俺に付いた二つ名は< 暴虐の悪鬼 >という。おそらく<飢餓の暴獣>のイメージから付けられたもので、猫耳を齧った事が大きいのだろう。

 効果はHP減少に合わせて攻撃力UP、防御力DOWNというシンプルなものだ。


 この攻撃力、防御力という数値も、HP、MPと同じように迷宮都市でアップデートされて追加されたステータスである。

 ただし、これは本人の能力というよりも装備そのものの能力という扱いに近い。

 攻撃力は、武器を装備していたら攻撃力+50とかそういう類のものではなく、その武器が持つ攻撃属性、斬撃、刺突、殴打などにどれくらい適しているかを現す数値だ。剣だったら斬撃属性値が高く、斬撃行動を行った際のダメージに反映されるという具合だ。

 < 暴虐の悪鬼 >などで上昇する攻撃力UPは、この属性値の上昇を意味する。


 防御力も同じだ。こちらは攻撃力の逆で、どんな攻撃に対して耐性を持つかという数値が設定され、HPダメージに対しての防御力に補正を加える。

 ……そう、HPに対しての防御補正だ。あくまでHPの壁がどれくらい硬いかの補正数値であって、防御力は直接生身へは影響しない。

 まあ、金属なら硬いのは硬いので、HPがない素の状態でも防護はしてくるから、単純に防御力の高い防具を付ければいいというわけでもない。

 というわけで< 暴虐の悪鬼 >はHP0、生身で戦う機会の多い俺には意外と合っている効果ともいえる。


 しかし、もしも< 原始人 >のスキルが普及して、二つ名に反映されていたらと思うとぞっとするな。

 < 暴虐の悪鬼 >だってあまりいいイメージじゃないが、< 原始人 >に比べたらちょい悪な感じのこれでも全然いいと思えた。

 まあ、現段階ではこの名前……< 暴虐の悪鬼 >自体は有名ではないため、その効果は微々たるものだ。<飢餓の暴獣>のスキル補正などに比べれば雀の涙ほどである。


「ユキの< 雪兎 >はそのまんまだよな」

「イメージ的には別にいいんだけど、これユキトとも読めちゃうのがちょっと嫌かな」


 ユキトという自分の名前が好きでないユキは、この二つ名をそんなに気に入っていないらしい。

 効果は跳躍力UPというシンプルなもので、これはステータス値として記載のない能力であるが、確かにわずかばかりジャンプ力が上がったらしい。

 二つ名の知名度が上がれば、そのイメージ的に冷気耐性や危険察知の能力が付いたりするのかもしれない。危険牌が分かったりとか。


 そして、問題はサージェスさんである。本人は気に入ってしまったが、彼は< 歩く猥褻物 >というひどい二つ名が付いてしまったのだ。

 だが、彼がどう呼ばれようが関係ないと割り切るにはちょっと問題がある。

 分かり易く説明すると、俺たちは< 歩く猥褻物 >と固定パーティを組んでいるメンバーという事になってしまうのだ。

 < 歩く猥褻物 >のリーダーとか、その煽りを喰らって変なイメージがついたりしないだろうか。<走る猥褻物>とか。


 効果の方もひどい。変態的行為への欲求増強、変態的スキルの効果UPという、およそ汎用性のないものなのだが、奴の場合は完全にマッチして相乗効果を生み出してしまう。

 戦闘力的には悪い事ではないはずなのだが、何故か不安しか感じない。危機感すら感じる状況だ。


 と、こんな感じで、俺たちの周りで二つ名が付いてるのはこれだけだ。

 大部分の下級冒険者は知名度の問題で二つ名は付かないし、中級もほとんどが対象外だという。

 三人揃って二つ名がついた俺たちは、下級では異例の知名度だという事なのだろう。

 ちなみに、元々二つ名で呼ばれていたような有名人……アーシャさんとかも、すでに自動でシステム登録されているらしい。


 また、二つ名が付いていない人に限るが、勝手に自称もできるのがここ数日の冒険者たちの行動に多大な影響を及ぼしている。

 そこら辺で中二病的なワードが飛び交い、自分にどんな二つ名を付ければいいか悩んでいるのだ。


「"クローシェ"だとどんなイメージかな……やっぱりお姉ちゃんに合わせて< 黒の騎士 >とか? やっば、すごい名前負けしそう。< 斥候 >なのに騎士とか。一回決めたら他称でイメージが固まらない限りそのままってのがネックだよね。……慎重にならざるを得ない」


 隣の席でブツブツ自分の二つ名を考えている奴がいるが、実は街中こんな感じだ。ギルド会館の中は特にひどい。

 自分で付けた二つ名などなんの補正もないのに、迷宮都市の人たちは格好つけたがりである。


「日本でこんなの付いてたら、馬鹿にされるだけなんだけどね」

「自称とか更に最悪だよな。掲示板でネタにされてもおかしくない」


 やっぱりこういう所は、文化の根本部分が違うのだろう。いくら地球文明のガワを被っていてもファンタジー世界という事だ。

 それに日本でだって、こういうのを恥ずかしがり始めたのは昭和後期頃からだろうしな。戦国時代とか異名を持つ人は結構いるし。

 まあこの世界は、名前とかもいろんな世界のものが混ざって訳分からん事になってるしな。

 日本人顔でクローシェとかいってもギャグにしかならないが、クロはちゃんとクローシェって感じの容姿してるから救われてる。

 だから、二つ名を持ってても違和感がないのかもしれない。


「というかさ、クローシェ。このシステムについての情報とかちゃんと調べた?」

「えっ、……うん。どういう機能なのかとかはちゃんと見たけど」

「自称でつけた人たちが掲示板に書き込んでるんだけどさ、自称だと頭に"自称"って付くらしいから、気をつけてね」

「うえっ!?」


 マジかよ。自意識過剰な感じで自分にかっこいい二つ名つけるとか、罠以外の何物でもないじゃねーか。

 唐突に< 自称黒炎の魔剣士 >、とか見たら吹き出してしまいそうだ。


「一応、そう呼ばれたいってアピールになるけど、恥ずかしいよね」

「そ、そうだね。……あっぶな。もうちょっと早く止めて欲しかったよ」


 すごい真剣に考えてたから、ユキも言い出し難かったんじゃないだろうか。

 ユキの声が聞こえたのか、食堂の周りでも反応する連中が多い。……後戻りできなくなる前に、ちゃんと情報収集しなさいって事だな。


「知名度が上がって、その名前が浸透すれば"自称"は消えるみたいだけどね」


 それならまだ救いはあるが、少なくとも俺は嫌だな。そもそも二つ名自体がいらない。能力値補正は助かるが、他称でもちょっと恥ずかしいし。

 自己紹介で< 暴虐の悪鬼 >の渡辺綱です、とか言いたくない。

 そもそもなんで渡辺綱なのに鬼にされてるんだかって感じだ。鬼を斬る側のはずなのに。


 ユキが言うには、知らずに設定してしまった"自称"二つ名持ちも結構いるらしい。

 かわいそうな事である。テラワロスにいいネタを提供してしまっているじゃないか。


「チッタさんとか、自分で付けたりしてそうだよね」

「そんな感じだよな。で、自称に気付いて悶絶するの。……噂をすればなんとやらだな」


 そんな話をしていたら、噂の猫耳さんがギルド会館へ入ってきた。こっちに向かってるので、多分昼飯だろう。

 その足取りは重く、どんよりとしたオーラが滲み出している。

 ……これは予想通りの展開かもしれないな。自称で< 猫耳アイドル >とか付けてしまったんじゃないだろうか。


「チッタさん元気ないですね」

「ユキ……ツナもいるのかニャ」


 マジで元気がない。晒された時の俺みたいだ。……これは重症だな。一体どんな二つ名を付けてしまったというのか。


「ひょっとして元気ないのは二つ名システムが問題ですか?」

「やっぱり分かるかニャ……。そうニャ、あちしのイメージはボロボロニャ」

「<自称>に気付かなかったとか?」

「それだったらまだ良かったニャ。あちし、他称の二つ名付いてたニャ」


 あれ、それは予想外。カッコ悪い名前だったのだろうか。


「……あちしの二つ名< 食料 >になってたニャ。マジありえニャいニャ」

「マジでごめんなさい」


 全面的に俺のせいだった。

 あの戦いで猫耳さんを食い殺した事に後悔はないが、さすがにこれは申し訳ない。二つ名で< 食料 >って……。




-2-




 猫耳さんとクロはどっか行ってしまったが、俺たちは引き続き食堂に居座っていた。

 今後の事について話す事があったのだ。本来はサージェスも交えたほうがいいのだろうが、さっき誰かと話していたのを見たので、あとでも構わんだろう。


「そういえば、さっき確認したらGP溜まってたよ」

「ああ、お前もか。俺もギリギリで条件クリアしたみたいだ」


 中級昇格試験の事である。

 先日、フィロスたちと合同でダンジョンの攻略を行った。< 斥候 >なしという事で選択肢の幅がかなり狭くなったが、罠のほとんど存在しない『騎士の訓練場』というダンジョンがあったので挑戦してみたのだ。

 かなり敵が強く結構苦戦を強いられたが、火力に傾倒しまくっているメンバーだったので、力押しの攻略だ。

 ダンジョンボスがデュラハンだったので必要以上にビビってしまったが、普通のモンスターだったので問題はなかった。イメージって怖いね。


 このダンジョンクリアでE+昇格に必要なGPを確保、あとは昇格手続きを踏むだけで中級への挑戦権を得る事になる。

 本来なら昇格クエストの発行は順番待ちとなるが、俺たちの場合はちょっと事情が違うので即時発行になる事だろう。

 ただし、通常の昇格試験など比べ物にならない難易度の試練になるはずだ。

 ロッテの言う通り< 鮮血の城 >ってダンジョンのイベントになるというのなら、やっぱり痛い系の試練になってしまうのだろうか。

 記念祭で、ボスとしてあるまじき失態を犯してしまったが、本番は気合入れてくるだろうしな。


「< 鮮血の城 >とロッテについては調べたか?」

「うん。多分ツナの知ってる内容と大体同じになると思うけどね。ロッテちゃんの事はともかく、< 鮮血の城 >の方はあんまり情報がないんだよ」


 そりゃ、オープン直後だからな。拷問系トラップばかりという事で、挑戦する冒険者が少ないというのもある。

 そもそも、無限回廊とそれ以外って感じで、ダンジョンの扱いは攻略の重要性も全然違うからな。


 先日オープンした< 鮮血の城 >は、三十層構造の、下級・中級冒険者向けダンジョンだ。

 特徴としては罠が多く、その種類が痛みを伴う拷問系に偏っている。即死トラップも多いらしい。

 出現モンスターはいわゆるアンデッド系が多く、他のダンジョンではあまり数の多くない吸血鬼も多く出現する。というかボスが吸血鬼だ。


 下級冒険者は十五層までという制限があるが、先日サージェスとガウルが先行して挑戦をしてくれた。

 ガウルはひどい目に遭ったと言っていたが、サージェスはとてもいい笑顔だったのが印象的だ。あいつがいい笑顔という事は、かなりヤバイという事である。


「でも、特殊イベントって言ってたんだよね」

「だな。そもそも下級は第十五層より先に行けないわけだから、そこより先の難易度で趣向を凝らしてくるんだろうさ。……さすがに二つ目は落としてられないぞ」

「そうだね。本来僕の試練なのに、なんかごめん」

「いや、その認識はもう違う。ダンジョンマスターは俺たちに対しての試練を出してるんだ。お前が目標に近付くのは間違いないだろうが、これは避けられない障害だろ。俺だけじゃない。多分それにはサージェスも組み込まれているはずだ」

「ま、それでもね」

「心配するなよ、ダンマスだったらお前以外にも、オマケでボーナスくれそうな気がするし」


 事前交渉しておいたほうがいいんだろうか。でも、最近捕まらないんだよな。


「ロッテの方は結構情報あるんだよな」

「戦闘に関係ない情報のほうが多いけどね」


 リーゼロッテ・ライアット・シェルカーヴェイン。

 鮮血姫、鮮血の吸血鬼などの二つ名で呼ばれる、数少ない二世モンスター。シェルカーヴェインというのは母方の姓で、両方名乗っているらしい。

 会って話して、その幼い容貌と丁寧な口調、そしてちょっとドジっ子なところもあったロッテだが、モンスターとして見た時の評価は一変する。

 中級ダンジョンのボスを名乗るその立場は伊達じゃない。

 炎を中心とした範囲魔法攻撃、飛翔スキル《 漆黒の翼 》を使用した高速移動、大鎌での近接戦闘まで行う上に、多数のパペットドールを使った《 ドール・マリオネット 》によって対多数の戦闘も隙がない。また、本人も言っていた杭の攻撃 真紅の血杭 がえげつない。これに刺さると血を抜かれる上、それが自動的にロッテへ吸収され回復するのだ。

 主要な戦闘手段はこんな感じだが、他にもたくさんスキルを持っているのは間違いない。

 動画も見てみたが、戦ってる時のロッテは超怖い。ロッテ様と跪いてしまいそうだ。


「強敵だよね」

「間違っても楽はさせてくれそうにないな」


 しかも、新人戦のアーシャさんの時とは違う。

 ロッテに至るまでのダンジョンもあるから、ただ戦闘で勝てばいいってわけでもない。ロッテに辿り着く前に誰か死んでる、いや、そこまでで全滅の危険性だってあるのだ。

 これで難易度が下がっているというのだから、あの< 朱の騎士 >さんとの戦いは一体どれだけ無理ゲーだったんだよという感じである。


「特殊イベントっていうからには構造とかルールも違うんだろうけど、< 鮮血の城 >には行っておいたほうがいいね」

「それは間違いないな。ダンジョンのコンセプトは大きく違わないだろうし」

「あと、一つ気付いた事があるんだ」

「何よ」

「新人戦の時は三人枠だったけどさ、ダンジョン攻略って普通六人なんだよね」


 …………忘れてた。そうか、普通はそうだ。なんで三人で攻略する事前提で思考停止してるんだ?

 < 騎士の訓練場 >だって参加したのは六人だ。ダンジョンは普通は六人で挑戦するものなのだ。

 比較対象が新人戦のアーシャさんとの戦いになる試練に、新メンバーを連れて行く?

 フィロスたちにお願いするのでもいいが、それでも前衛しかいない。辛うじてユキが中衛的ポジションという非常に火力に寄った構成だ。

 < 斥候 >なしで挑戦する? 力押しできる難易度じゃねーだろ。


「やばいな。完全に三人で攻略する事考えてた」

「特殊イベントっていうくらいだから六人枠じゃない可能性もあるけどね。向こうもそれを見越して三人で人数指定してくる可能性だってあるわけだし」

「ないと思う」

「やっぱり? ……だよね。今後の事を考えた、先まで攻略できる人員を育てるための試練だっていうなら」

「メンバー確保も試練の一つになる可能性が高いな」


 猫耳に頭下げるか? クロに……クロを侮るわけじゃないが、ギリギリの死闘になると予想できるこの試練に参加させる?

 < 斥候 >をはじめとする< 遊撃士 >というのは火力に乏しい印象だ。それに猫耳だって、メンバーを同じ下級で指定されたらアウトだ。

 中級OKなら、猫耳連れて行くよりトポポさんのほうが堅実だし、ダンマスが楽させてくれるとも思えない。


「試練の内容出てからになるけど、最悪クロに土下座するか」

「ダンジョン攻略となると< 斥候 >なしはやっぱりキツイしね。それとなく話してみようか」

「< 斥候 >以外はどうなんだよ。中層以降は< 地図士 >が必要になるとか話してただろ」

「そっちは時間があれば誤魔化しが効きそうなんだ。僕の適性スキルの中に《 地図作成 》関連があったから、一人二役でカバーできそう」


 だが、もしも今回必要となってきたら、それも考えなくちゃいけない。

 というか、戦闘のみでクリア可能な新人戦の方が本来特殊な舞台だ。ダンジョン攻略するなら、これらの問題は本来避けて通れない。

 自己強化魔法なら辛うじて適性があるみたいだが、俺もサージェスもそういったサポート関連のスキル適性が皆無だからな。

 事前準備の段階でハードな試練になりそうだ。




-3-




「君が渡辺綱君だね」


 これから発行される試練についてユキと二人で頭を悩ませていると、半分存在を忘れかけていたグラサン幼女が近づいてきた。

 あいかわらず長身の男二人に挟まれた、威厳もクソもない登場シーンだ。

 ……しょうがない、ここは保険として記念祭で買ったジョークグッズで対応だ。《 看破 》以上のスキルを使われたらアウトだな。


「えーと、ミユミさんでしたっけ? この前のトマト倶楽部の方ですよね。また人違いですよ」

「ふふふ、もう騙されません。ここはサラダ倶楽部の部室ではなくファンタジー世界。相手の嘘を暴く術は存在するのです。ババ抜きで散々騙されたトマトちゃんはもう存在しないのです。センパイはまだ習得していないかもしませんが、《鑑定》ツリーに《 看破 》という相手の情報を確認するスキルがあるのです。本来マナー違反ですが、ここは使わせてもらいます。……ほんとに人違いだったらごめんなさいっ!!」


――――《 看破 》――


 マナー違反と知りつつ《 看破 》しやがった。

 なるほど、良く考えてみれば、対象者はこうしてスキルを受けている事が分かるわけだしな。マナー云々言うわけだ。

 だが、トマトさんよ、そんなに甘くないんだぜ。それが《 偽装 》を突破できるものだったら拙かったがな。


「やっぱりそうです。名前が『ツナ』になってますよ。転生時にそのまま付けられたんですね。ダンマスから渡された登録時の情報も同じ名前になってたから、これで確定です!! あなたはツナセンパイです!!」


 推理して犯人を特定した探偵のように、ビシっと指を突きつける幼女。

 だが良く見るんだな。まだ、俺は負けちゃいない。


「何言ってるんですか。良く見て下さいよ」

「え、えーーっ? まだしらばっくれる気です……こうやって『ツナ』って表示されてる以上……『シナ』? そんなアホなっ!?」

「名前も似てるんで余計に間違われるんですよね」


 そろそろジョークグッズの時間が切れるな。

 このジョークグッズ、ステータスを偽装してくれるという大変便利なもので、『二文字ネーム君』という。

 《 偽装 》が効くのは数秒の時間制限付きで、名前だけ、それも二文字までしか付けられないという、正にジョークグッズだ。

 しかも相手まで限定する必要があるから使い勝手が悪く、こうした限定状況じゃないと悪用不可だ。

 そもそも街中で《 看破 》かけてくるやつなんていないし、こっそりやるような奴は発動すら感知させない《 隠蔽 》持ちだ。そんな相手は《 偽装 》対策だって持っているだろう。……あ、切れた。


「あ、あのっ……すいませ……いや、おかしい。そっちの子は見た事がある」


 あ、気付きやがった。まあ、そこまで本格的に騙すつもりもなかったけどさ。


「どーもー」

「やっぱり、《 偽装 》ですねっ!? くっそー、なんでデビュー直後のはずなのにそんな高度なスキルを使えるのか知りませんが、センパイならギフトで持っててもおかしくない。最近、《 偽装 》特化のギフト持ちに会ったばかりですから誤魔化されませんよっ!!」


 お前、俺をどんな詐欺師だと思ってるんだよ。

 ユキも適当に挨拶するんじゃありません。


「やっぱりあたし以外の女がいるから逃げるつもりですねっ!? なんなんですかっ、ちょー可愛いじゃないですかっ!? あれですかっ、ここがあの女のハウスですかっ!?」


 何を言ってるんだお前は。お前と恋人になった覚えもないし、ここはギルド会館だ。


「HAHAHA、バレてしまっては仕方ないな、トマトガールよ」

「やっぱりっ!! さあ、ここは観念して再会のキスをぶちゅ~っと!! あががががが……」


 とりあえず再会の挨拶としてアイアンクローをかけておいた。

 こいつ前世より小さいし、冒険者の性能だと簡単に持ち上がるのな。

 というか、こんな状態になっているのに後ろの人たち直立不動で動かないんですけど、なんのためにいるの?


「あがががががっ!? われ、顔が割れるっ!」

「ふんっ!」


 冒険者の身体機能だから、ほんとに顔が割れてもアレなので床に転がす。


「あいたぁっ!! なんですか、なんなんですかもーっ!!」

「ツナすごいね」


 褒めるなよ。照れるぜ。


「お前、人がいないと思ってやってくれたな……」

「え、なんで怒られてるの!? ここは再会を喜び合う場面だったはずではっ? 五十回くらい脳内シミュレーションしたのに」

「人のBL本勝手に出すような後輩に覚えはない。貴様など勘当だっ!! レタスも草葉の陰で泣いているぞっ」

「なっ!! あああ、ああれはですね、いないと思ってつい魔がさしたというか、そもそも別人ですし、法律的にも……」

「なら俺も別人だ。岡本美弓なら知っているが、ミユミなんていうハーフエルフは知らん」

「こ、言葉のあやですってばーもー、センパイったらっ、このっ! このおっ!」


 うぜぇ。


「はいはい、ストップストップ。ここで騒ぐと受付嬢さんに怒られるよ」

「あ、やば」


 味方のはずのユキさんに止められてしまった。確かにここで騒ぎを起こすのはマズいな。


「ミユミさんもちょっと落ち着こう。どうせだからちゃんと自己紹介からしないと」

「えーと、あなたはセンパイの今の女の……」

「いや違うから。……取り敢えず席に座ろうか」


 ちなみに、お前も昔の女ではない。

 ユキに仕切られて席を変更。四人席に向かい合うようして座らされる。俺とユキが並び、反対側はトマトさんだ。


「しかし、センパイひどいです。久しぶりにアイアンクローとか喰らいました。走馬灯で、レタスセンパイと考えた桃太郎が浮かんできましたよ」


 なんだ桃太郎って。


「じゃあ改めまして、ミユミさんだよね? 僕はユキ。元日本人だよ」

「あ、そういえば杵築さんが言ってたかも。……僕っ子か」

「お前、資料とか見てないのか?」

「え、最近遠征続きだったもんでして。それにデビュー直後の冒険者とか、ほとんど公開されてる情報とかないもんですし」


 じゃあ、こいつは俺たちの今の状況は知らないって事か。動画とか掲示板も見てないんだろうな。ユキを女だと思ってるくらいだし。


「ダンマスからはなんて言われたんたんだ?」

「同じ日本人が来たって……トライアル挑戦の時の資料を……あれ」

「な、何?」


 なにやら、ユキと美弓さんが見つめあっていらっしゃる。


「ユキ……ユキト……男の娘?」

「あー、うん、そうだね。書類上はそうなってるね」


 相変わらず往生際が悪い奴だ。

 美弓は無言で立ち上がり、ユキの横に移動する。座っていたほうが背が高いとか、完全に幼児である。


「な、なに? 近いんですけど」

「ユキちゃ~ん、君男の娘なんだってねー。おじさんいい造型師知ってるんだー。フィギュアとか出さない? キャストオフとか、いい感じで脱げちゃうようにしてさー」


 お前はどこの親父だ。


「の、のーさんきゅー」

「ほらほら、体は正直だから嫌って言ってないよー」


 男の娘の体を弄り出す幼女。これは一体どうゆう構図だ。


「ちょっ、ちょっとどこ触って……」

「いいから、いいから、おじさんに任せておけばすぐだから……はぁっ、はぁっ……」

「た、タンマっ!! 待って、ちょっとっ!!」

「やめんかっ!!」

「あいたあっ!!」


 どこまでもエスカレートしそうだったので、思わずゲンコツをくれてしまった。


「な、何するんですかっ!!」

「何もクソもあるか。公衆の面前で何してやがる」

「びっ、びっくりした……」


 そういうのは人のいないところか、密室でやりなさい。でもあとで動画は下さいね。おねがいします。


「というか、冒険者のパワーで頭殴るとか何考えてるんですか。下手したら死にますよっ!プンスカっ!」

「お前、ランクかなり上だろうが。デビュー直後のゲンコツくらって死ぬわけねーだろ」

「< 射撃士 >は後衛ですから打たれ弱いんですー。か弱な女の子なんでもっと優しくして下さいよ。変な性癖に目覚めちゃったらどうするんですか? 責任取って下さいよ、具体的には婚姻届を出す感じで」


 お前の中の結婚観はどうなってるんだ。


「アホか。大体ウチはその属性はもう間に合ってるんだよ。お前が潜り込む隙間なぞない」

「一体どんな属性ですか。ユキちゃんがマゾだとでもいうんですか。いや、それはそれで……」

「違うから」


 だが、なんの運命のイタズラなのか、ちょうどその時サージェスが食堂にやって来た。


「ちょうどいい、あれがウチのもう一人のメンバー、サージェスさんだ」

「ほうほう……。資料にはなかった方ですね」


「リーダー、ユキさん。ここら辺で私のギャグボール見ませんでしたか。今度のセミナーで使うんですが」

「あの黒いのなら、ツナの部屋に置いてあるのを見たよ」

「『月刊マゾヒスト』も忘れているからあとで取りに来いよ」

「リーダーの部屋でしたか、すいません。今晩にでも取りに伺います。では、このあと月刊マゾボーイの方と取材なので失礼します」


 究極マゾさんは嵐のように現れ、嵐のように去っていった。


「どうだ、あれが本物だ」

「なんかすげえのがいる……」


 美弓はあまりの超存在を前にしてたじろいでいた。




-4-




「さて、気を取り直して自己紹介を」


 どうやら、あの超存在は美弓の脳から抹消されたらしい。

 どんな意味があったのかも分からないが、グラサンはもう外してある。

 横にいた取り巻きさんたちも無言で撤収した。セリフすらなかったんだけど、あの人たちなんだったんだろう。


「ミユミです。前世は岡本美弓で、ツナセンパイの後輩ちゃんです。きゃはっ」

「えーと、ユキです。前世は中澤雪。この前デビューしました」

「えーと、渡辺綱です。前世も渡辺綱。この前デビューしました。ミユミさんはじめまして」

「なんでセンパイにはじめましてされるんですかっ!? というか、なんで渡辺なんですかっ!?」


 うるさいな、色々あったんだよ。


「ところで、さっき言っていた遠征ってなんだ?」

「スルーっ!?」

「ところで、さっき言っていた遠征ってなんだ?」

「……う、まあいいです。あとでちゃんと説明して下さいね」


 説明が面倒臭いから、ユキに習ってNPCの真似をしてみたのだ。こいつはなかなか便利である。


「遠征っていうのはですね。迷宮都市の外でドラゴンとか出た場合に、出張して倒しに行ったりする仕事全般の事です。拘束時間は長いけど、簡単な割にGPが結構もらえるんで人気があります。パーティリーダーのランクがC-以上なら受けられるようになるんですよ」


 そうか、外の人間がドラゴン退治とか無理っぽいよな。王国なら、騎士団とかの戦力を総動員しても厳しいかもしれない。


「でも、迷宮都市の外の事なのに勝手に行くの? 王国の偉い人から怒られたりしない?」

「それは逆ですね。大抵は王国とか帝国の偉い人から依頼があって行くんです。対処できないんで助けて下さいって」


 確かにこんな戦力抱えてる所が依頼を請け負ってくれるなら、依頼するよな。

 つまり、迷宮都市の実情は知ってるってわけか。……内戦の影響だろうか。

 それに帝国とやらからも依頼が来るのね。外の情報は集めてないから、未だ帝国がどこにあるのかも分からんが、リリカは遠いって言ってたよな。


「なるほどな。それでお前は迷宮都市にいなかったって事か」

「ですです」

「でも一回帰ってきたんだよな。ダンマスがメール無視されたって言ったけど、遠征の合間でそんな簡単に帰ってこれるものなのか?」

「行きも帰りも近くまで魔法で転送しますからね。さすがに現場まではちゃんと移動しないといけませんが」


 なんでもアリだな、迷宮都市。 そりゃ戦争しても勝てる訳ねーよ。背後にミノタウロスとか飛ばされたら、あっという間に戦線崩壊するわ。


「外にもそんな強いモンスター出るんだね。でもそんなにたくさん出たら噂くらいにはなりそうだけどな。ドラゴンが出たとか、外では噂でもほとんど耳にした事ないんだけど」

「ドラゴン級のモンスター退治はかなり稀ですね。モンスターじゃなくて、普通の盗賊さん相手とか、戦争の傭兵もやったりしますよ。こっちは人殺しに慣れない冒険者が、訓練として請けたりするらしいです」


 前世の美弓を知ってる人間としては、人を殺すとか普通に出てくるのは違和感があるが、この世界に適応したって事なんだろうな。

 しかし、外にいる一般の盗賊さんまで相手にするのか、戦争のほうもそうだが、大人げない事になりそうだ。

 今の俺でさえ無双できそうな気がするのに、Cランクが出張るとなると……。


「どう頑張っても相手はひどい事になるな」

「ですね。外の盗賊さんとかから見たら怪獣と遭遇するのと変わらないわけですから、俺TUEEEしたいなら行ってみるといいですよ。というか、今度行ってみますか? パーティリーダーがC-以上なら請けられるんで、センパイたちでも行けますよ」

「あまり魅力は感じないな。経験積むにも相手が弱すぎるのはちょっと」

「こないだのレッサードラゴンとかだったら、下級ならいい感じに苦戦しそうですが、かなりレアケースですからねー。だったらダンジョン潜って探したほうが早そうです」


 確かにレッサードラゴンなら、今入れるダンジョンのボスにもいるな。ドラゴンってだけで強そうだから敬遠してたが。


「それに、あたしだって報酬のGPがなければ請けてませんよ。弱い者虐めみたいだし、万が一外で死んだら復活できないし」

「やっぱり外だとそのまま死ぬんだ」

「死にますね。だから、冒険者でも極端に装甲の薄い人はあまり請けないみたいです。事故が怖いんで」


 それが普通のはずなんだが、迷宮都市にいると納得してしまうな。


「戦争に参加すると結構面白い事になりますよ。劣勢でどうしようもない戦線に一部隊投入されて、戦況が簡単に引っ繰り返ったりします」

「相手はたまったもんじゃないな」


 戦略家の方々は頭が痛くなる事だろう。いや、そういうのが突然現れる事も折込済みだったりするんだろうか。


「そんなわけで、最近は留守にしていたのですよ。まさか、センパイがこの世界にいるとも思ってませんでしたし」


 地球人すらほとんど見かけないからな。元ネパール人さんは元気でやっているだろうか。


「わざわざ時間かかる遠征までしてGP稼いでどうするんだ? そのランクまで行くと大量にGPが必要なスキルでも出てくるのか?」

「そういうのもありますが、あたしの場合はクラン作ろうと思いまして。設立に大量にGPが必要なんですよ」


 クランか……。


「もうすぐCランクに昇格できそうですし、センパイも入りませんか? あ、もう入ってたら辞めて下さい」

「断る」

「即答ですかっ!?」


 なんで、入らないかと誘ってる直後にクラン脱退を強制するんだよ。


「別にいいんじゃない? クランマスターが誰かなんて強制されてるわけでもないし」

「あの話とは関係なく、こいつの下に付きたくない」

「まあ、センパイが部下っていうのもなんか違いますよね。クラン員とクランマスターが上司部下の関係かっていうと、それはまた違う気がしますが」


 それにこいつ、全然組織の上に立つイメージじゃないしな。謎のスーツ侍らせてても威厳なんかなかったし。


「というかだな、お前は一つ勘違いをしている」

「な、なんでしょう。……実はセンパイは女だったとか、そんなひどい設定が……それならそれでも……」

「違うわっ! どっからどう見ても100%男だろうが。坂登っちゃうくらいには男だぞ」


 なんでそんな突拍子もない話が出てくるんだよ。そして、何故それを受け入れようとする。


「だいたい、お前さっきからセンパイセンパイって言ってるが、今はお前が先輩だろうが」

「あ、そうだね。ミユミ先輩だ」

「……え? えええーー。それはなんか違うんですが。あくまでセンパイは先輩だからセンパイであって、そうしたらセンパイがセンパイでなくなってしまいます」


 すまん、言ってる意味が分からない。


「あれですか? ツナコーハイとか呼ぶんですか? 違和感ってレベルじゃないんですけど」

「別にセンパイコーハイ付けなくたっていいだろうが」

「でも呼び捨てはなんか違いますし。サラダ倶楽部でもセンパイだけは渾名付けるまでもなくサラダでしたし」


 うるさいわ。


「ツナさん? ツナ君? ツナ様……あ、じゃ、じゃあ、その……『あなた』、とかどうでしょうか」

「頭湧いてるのか」


 何故いきなり夫婦になってんだよ。照れるくらいなら言うな。


「むー、そうですね。確かにまだ結婚できる年じゃないですしね。あと一年我慢します」

「一年経とうが、お前と結婚するつもりはない」


 その前に誰かと結婚するかもしれないな。俺は結婚できるみたいだし。

 まだ好感度とか足りなさそうだが、水凪さんとか挑戦してみようかしら。素敵な新婚ライフが待っていそうだ。それなら風俗とかなしでもOKよ。


「やっぱり冒険者として後輩だろうが、センパイはセンパイです。むしろ私と……こ、交配するっていうのはどうでしょうか」

「親父ギャグも相変わらずだな」

「ツナも変わらないと思うけど」


 失敬だな、ユキさん。こんな奴のダジャレと一緒にするなんて。

 大体こいつの体格だと、いくらなんでも無理だろう。


「ちなみに、センパイはクラン作る気なんですか? 言っちゃなんですが、結構大変ですよ」

「そのつもりはなかったんだが、アーシャさんに啖呵切ってしまったからもうあとに引けないのだ」

「アーシャ? なんですか、また女ですか。やっぱりセンパイは異世界チーレムですか。あたしも入れて下さい」

「違うわい」


 チーレム組めるなら組みたいよ。お前以外で。

 今のところ、固定メンバーも男だけで、良く組むのも全員男だ。辛うじてクロが女の子だ。見た目だけならユキも女の子だが。

 ……クロさんが希望の星だな。もうクローシェルートに入ってしまってもいいのではないだろうか。

 どうやってフラグ立てればいいんだろう。押しに弱そうだから、土下座してヤらせて下さいって言えばなんとかならないかしら。……いや、それしたら周りからド顰蹙買いそうだな。変な二つ名付きそう。


「アーシャさんは< 流星騎士団 >の副団長さんだよ」

「……な、なんでもうそんな大物とお知り合いになっとるとですか。あたし、上級の人とか一切交友関係ないんですが」


 大物っていうなら、お前もダンマスと扶養下だろうに。


「新人戦で戦ったんだよ。まあ、そこら辺は動画でも見とけ」

「何故新人戦にトップランカーが出てくるか分かりませんが、とりあえず分かりました。……でも、センパイがクラン作るならあたしも入れて欲しいです」

「嫌だ。まだまだ先の話だし、お前は自分でクラン作っておけ」

「むー。急に作る気が激減しましたよ」

「むしろ、お前が三つ目になっておけよ」

「三つ目?」


 別に俺たちが三つ目じゃなくて、四つ目だって問題はない。要は前線攻略が可能なクランが増えればいいんだから。


「それもいいのかもね」

「ユキちゃんまで……。というか三つ目ってなんです?」

「現在、< アーク・セイバー >と< 流星騎士団 >みたいにトップで戦線張れるクランを大募集中だ。それに続く三つ目」

「は? ……はあああっ? 何言っちゃってるんですか、その二つってトップ中のトップじゃないですか。なんでそんなところと張り合うんですか」


 色々事情があるんだよ。


「お前が迷宮都市にいない間に色々あったんだよ。……とにかく、お前はお前でクラン作っておけ」

「わ、分かりました。何か本当に色々あったみたいですが、あとで補足下さいよ」

「俺は忙しいから、サージェスを行かせるよ」

「嫌ですよっ!? いくらあたしでもアレは手に余ります。というか、すでに慣れてしまっている感じの二人が怖いです」


 やはりトマトさんでも、あいつの相手をするのは無理があるか。

 まだまだ片鱗しか見ていないはずだが、変人同士、何か感じ取れるものがあったのかもしれない。



「あ、ミユミちゃんがいたよー」

「ほんとだ、なんでこんな所にいるの?」

「受付嬢さん、こっちでーす」


 食堂の入り口から声がしたので見てみると、エルフさんがたくさんいた。なんだ、今日はエルフ祭なのか? こいつの知り合いみたいだけど。


「あ、やばっ、バラさないでよっ!!」

「だってー、バラすも何も至近距離じゃない」

「……ミ・ユ・ミ・さん? 逃げ出したかと思えば、こんな所で何を油売ってるんですか」


 美弓含むエルフさんたちが言い争いをしていると、美弓の背後に突然受付嬢さんが現れた。

 普段見せる穏やかな姿と違い、その顔は鬼のようだ。

 ……瞬間移動? 気配すら感じなかったのだが。


「遠征の提出書類がまだ全然片付いてないんですから、さっさと来なさいっ! まったく、目を離すとすぐにサボるんですから」

「えーでもトマトちゃんそんな難しい仕事わかんない」

「子供ですか。ほらっ、さっさと行きますよ」

「うわっ!」


 受付嬢さんは美弓の首根っこを掴み、美弓をそのまま猫のように運んでいく。いつか猫耳さんがゴブリンにした構図とまったく同じだ。


「あ、ツナさんユキさん、コレはちょっと借りていくんで」

「どうぞどうぞ」

「せ、センパイ? せっかく再会したのに、その態度はアレじゃないですか?」


 今更やろ。


「大体、遠征はただでさえ書類が多いのに、あなたときたら、帰ってきてから一枚も書かずフラフラと……」

「す、すみませんっ、止むに止まれぬ事情がありまして……あー、センパイ! センパーイっ!! カムバーックッ!!」


 美弓はそのまま、どこかへ連れ去られていった。

 というか、お前が連れ去られてるんだから、カムバックするのはお前だろうに。


「色々すごい人だったね、ミユミさん」

「だろ?」


 相変わらず嵐のような奴だ。


 しかし、これが美弓の姿を見た最後となった、とかならいいんだけどな。……そうはいかないんだろうな。




-5-




 次の日の夕方。俺は空調の効いた寮を出て街へと向かう。


「あー、暑い。夏って感じだよな」


 普段はギルド会館と寮の往復ばかりで空調が効いている空間にいるせいか、外の空気が猛烈に暑く感じる。もう夕方なのに、溶けそうなくらい暑い。

 これが、ダンジョンに向かうとかなら仕事という感じで我慢できるのだが、プライベートな用事だと余計に暑く感じるな。

 そもそも、この前までそんな文明の利器の存在しないところで生活していたというのに、人間というものは環境に適応してしまうものである。

 前から疑問だったんだが、こんな中でフルプレートを着こむ騎士さんたちとか暑くないのだろうか。

 迷宮都市だったら、温度調節付いた鎧とかローブがあってもおかしくないが、外の騎士さんとかどうしてるんだろう。暑さで死ぬんじゃないのか?


 本当に海水浴に行こうか。女の子誘えば、素晴らしいイベントも発生するかもしれない。

 ダンジョンじゃないからランクも関係ないし、水凪さんを誘ってみるのもアリだ。


 実はこんなクソ暑い中、わざわざ外に出てきたのは理由がある。ロッテからメールが入り、呼び出しを受けたのだ。

 彼女は次のボスのはずなのにエンカウント率が高過ぎる気がするが、この前の記念祭の邂逅で威厳を保つのは諦めたのかもしれない。

 モンスターとはいえダンジョンの外では可愛い女の子なので、これを断る手はないと、こうして時間指定通りに待ち合わせ場所に向かっている。

 俺は仕事とプライベートは分けて考える事のできる男なのだ。


 街中はすっかり記念祭の空気は抜けて、普段の雰囲気に戻っている。いつも通り屋台はチラホラ見かけるが、道が屋台で埋まっているなんて事はない。

 こうしてロッテの指定した場所、この前偶然会った場所まで向かっていると、余計にそれを感じる。ここら辺、ダンジョン区画だけど住宅街だからね。


 指定の場所まで来ると、道端に黒いゴスロリドレスを着た赤髪さんがいた。日傘も健在だ。夕日に当たるとその赤髪は真っ赤っ赤である。


「こんにちはお兄ちゃん、偶然ね」

「いや、呼ばれて来たんだが」

「……こんにちはお兄ちゃん、偶然ね」


 なんだ、NPCネタが流行ってるのか?


「あ、ああ、偶然ね。……暑いし、どっか喫茶店でも入るか? ここからだと、ちょっと歩くけど」

「あ、いえ、ご心配なく。すぐ終わるので」


 メールじゃ駄目だったんだろうか。可愛い子と会うのは別にいいんだが。


「……オホン。E+昇格おめでとうございます」

「ありがとうございます?」


 ……お祝い?


「それに伴って、正式に次の試練の内容が決まりました」

「……そうか」


 やはり、ロッテが次の相手という事か。予想通りハードな展開になりそうだ。


「上手く説明できませんが、あなたと戦うべきだと運命が言ってるような気がします」

「あ、はい」


 このやり取りに、ものすごくデジャヴを感じるのだが。まさか、宣戦布告のやり直しをしたいのだろうか。


「私の居城< 鮮血の城 >を使った特殊イベントになります。私の二つ名、< 鮮血姫 >の名にかけて、全力で歓迎させてもらいます」


 ……どうやらそのようだった。実は二つ名のアピールとかもしたかったのかもしれない。

 茶番も茶番だが、これはお兄ちゃんとして合わせねばなるまい。


「手加減してくれてもいいんだぜ」

「まさか。私たちの本分は冒険者を鍛える役ですよ。どんな感情があろうと、手を抜くモンスターなど存在しません。私たちはそういう風にできています」


 ロッテさんノリノリですね。


「すぐに試練の詳細も発行されるはずです。……簡単な試練にするつもりはないので、ご覚悟を」

「分かった、こっちも全力で挑むよ。首根っこ洗って待ってろ」

「はい、お待ちしてます。……では、近いうちに。お兄ちゃん、また今度ね」


 茶番の宣戦布告が終わると、ロッテはそのまま夕日に消えていった。その背中には満足感が漂っている。

 ……まったく、モンスターさんたちはみんな格好つけたがりである。



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