第4話「第九十層攻略記念祭」




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 先日、無限回廊の第九十層が攻略された。

 実は攻略されてから結構経っているのだが、ギルド会館の中も、街中も、ネットの中までこの話題で持ち切りだ。

 モンスター街の人? たちは情報規制のためかそんなに詳しくないらしく、ブリーフさんと焼肉食いに行った際にその事を話したら、


『え、マジで?』


 と、大変驚きになっていた。俺は、あんたのその口調にマジで? と言いたい。


 あとで遅れて連絡が来るだろうとは言っていたが、モンスター街はトップニュースでも伝達が遅いようだ。

 一度攻略された層は、それ以下で生まれたモンスターもレベル次第で配置されるようになる事があるため、一応モンスターさんたちにもこのニュースは意味のある事らしい。

 腰ミノや、ブリーフ、トランクス、ブーメランのタウロスは存在すると聞いているが、パワーアップすると何になるんだろう。……前バリとか?

 どうでもいいが、町中をブリーフ一丁で闊歩するのは止めて頂きたい。強さの証である事は分かるが、一緒に歩くの超恥ずかしい。

 他のならいいんだけど、ブリーフだけはどうしてもキツイ。しかも、ブリーフさんデカイんだよ。何がとは言わないが。

 ユキとか、歩いてる時はずっと下向いてたしね。


 連れて行ってもらった焼き肉はかなり美味かった。ブリーフさんお薦めの店で、実は出資もしているらしい。

 迷宮都市の牧場はかなりレベルの高い牛を育てているらしいのだが、その中でも厳選した牛を使った高級店なのだとか。実はミノタウロスの肉ってオチはないですよね、と聞いたら笑いながらはぐらかされたので、ちょっと戦慄したりもした。

 あとから調べてみたら、専用のダンジョンで育てられた牛という事が分かったのでホッとしたものだ。……いや、マジな話。

 ダンジョン内で生きたまま切り刻んでも復活するから、冗談になってないんだよ。

 株主優待でもらえるらしいクーポンをもらったのでまた行ってみようと思う。


 だが、実はこれで一つ迷宮都市の謎が解けた。食料生産・調達の話だ。

 迷宮都市の領地は確かに広いが、これまでの情報で推定される人口を賄うほどの農地は確保できないと考えていた。

 だがダンジョンを使えば、場所も時間も、調整なんていくらでも効く。中で何日経とうが、外では数秒だ。

 植えた苗が次の瞬間には収穫可能な状態にだってできるわけだから、そりゃ食料に困るはずがない。ダンマスは改めてチーターさんである。

 実際には育てる人もいるわけだし、そんな簡単なわけもないのだろうが、大体の問題はクリアできるだろう。

 二毛作ってレベルじゃない。世代を越えた品種改良だって思いのままだ。そら、上手い飯も作れるだろう。きっと出荷量の制限のほうが大変なんじゃないかな。


 ……まあ、美味かったのは確かだが、焼き肉の事はいい。

 第九十層攻略祭の準備で街が賑わうのとは関係なく、俺たちはいつもの定位置で賃貸情報の雑誌を見て唸っていた。

 中級昇格あたりに合わせて引越したいのだが、物件が決まらないのだ。


「難しいところだよね。ネットでも調べたんだけど、あっちが良ければこっちが立たないって感じでさ」

「そりゃそうだ。家賃も場所も設備もパーフェクトな物件なんて早々ないだろ」

「でもさ、日本にいた時から思ってたんだけど、礼金ってどんな意味なんだろうね。部屋とか借りた事ないけどさ」

「それは俺も昔から疑問だった。だから、わざわざ礼金なしで借りれるところを……借りたんだ」


 ……あれ、やっぱり一人暮らししてるな。こういう細かいところから記憶って蘇ってくるのかしら。

 まあ、前世の記憶とは関係なく礼金の存在は良く分からんし、迷宮都市でそれが存在する理由はもっと分からん。

 ダンマスが適当に日本のルールを踏襲してるだけのような気がしないでもない。


「礼金のせいで、借りれそうな部屋のグレードがかなり落ちるんだよね」

「だよな。初期資金の問題はデカイよ。敷金もあるし」


 迷宮都市の賃貸事情は奥が深い。

 一定以上のランクにならないと、外から来た人間はダンジョン区画以外に部屋は借りれないし、そうなると、利便性の問題も出てくる。

 ダンジョン区画は、馬車と竜車以外の公共交通機関が存在しない。大抵徒歩だ。となると他の区画に用がある奴はサージェスみたいにダンジョン区画内での駅近を選ぶわけだが、これがまた高い。

 同じ下級なのに、なんであんなところに部屋借りれるんだろうと思って聞いてみたら、雑誌のコラム連載したり、モデルやったりで副収入が多いらしい。仕事の内容はともかく、収入が多いというのはすごい事だと思う。

 かといって、ダンジョン転送施設近くもギルド会館近くも高い。病院や闘技場など主要施設の周りも基本高い。

 安いところといえば、あまり交通の便の良くない場所か、問題のある場所だ。ギルド寮は実は一等地なのである。


「ツナはこことかどうかな。地下五十階のマンションだって」

「確かに安いが、窓もないだろうし、気圧で気が狂いそうだな」


 迷宮都市はこんな変な物件も目白押しだ。

 飛べる種族向けの、階段もエレベータもない空中マンションなんていうのもあるらしい。こっちは地味に高い。


「ダンジョンの中とか住んじゃ駄目なんだろうか」

「無限回廊に住む気? 滞在時間制限で追い出されそうだけど……いや、トライアルダンジョンなら……」

「いや、そうじゃなくてだな。海水浴場ダンジョンとかあるわけだから、海の見える家って感じの物件があってもいいじゃん」


 むしろ、ダンジョンそのものを一つ借りたりとか。そこまでいくと高いだろうけど。


「あー、ダメダメ。それネットで調べたけど、すごく高いんだ」

「なんだ、マジであるのか」

「ちょっと目がおかしくなったんじゃないかなって値段。特に環境を自由に設定できるようなダンジョンは論外。大きなクラン……たとえば< 流星騎士団 >とかは、クランハウスでそういう所……ダンジョンの一角を借りてるみたいだよ。専用寮に専用訓練施設、冒険者にとって必要なものを色々完備された理想のクランハウスって紹介されてた」

「クランハウスってそんな設備だったのかよ」


 訓練場とか四階の資料室を考えると、有り得なくもないのだろうか。


「にしても、そういうところに家建てられるなら、土地代も安そうだけどな」

「ダンジョン自体の維持費が高いとか、そういう事なんじゃない?」


 ああ、そういう考えもあるのか。俺もユキも全部憶測でしかないんだが。実際は安いけど、価格調整のために高くしてるって線もあるだろうし。


「あー、難しいな。広いお風呂が欲しい……」

「ユニットバスで我慢しろよ」

「あー、難しいな。広いお風呂が欲しい……」


 お前は『はい』しか認めないRPGの村人か。


「事務手続きも落ち着いてきたし、いっそバイトでもするか? 今のところ聞いた限りではMPを売る仕事と、血液を売る仕事……」

「何か、すごいのばっかりだね」


 いや、この二つは極端だからな。やってもいいけど、実入りは少なそうだ。


「店員とか、引越しとか、棚卸しとか?」

「引越しは気分的に嫌だよね」


 体力、腕力的には問題ないだろうが、俺たちが引越ししたくてバイトするわけだからな。

 じゃ、他にどんなものがあるかということで、受付で聞いてみようという事になった。

 対応して頂くのは、毎度おなじみ受付嬢さんだ。他にも受付はたくさんいるはずなのに、この人に遭遇する確率が非常に高いよね。


「バイトですか……。そういえば、ちょうど今日ツナさんに指名の仕事が二つ来てましたね」

「指名とかあるんだ。ツナ、ちょうどいいじゃないか」

「どんなのですか?」


 ユキならともかく、俺指名ってちょっと不安なんだけど。……人体の強度実験とかじゃないよね。


「どちらもTVCM含む、商品のイメージモデルです。結構高額ですよ」

「CMとか、タレントみたいだね」


 そら冒険者は半分タレントみたいなものだしな。TVでドラマやバラエティ見てても、本業は冒険者ですって人もたくさんいる。


「あんまり選り好みするつもりはないんですけど、詳細とは……」

「ツナ缶の新製品と、ゴブリン肉ですね。後者はゴブタロウ職員からの依頼です。美味しく食べられる人を求めていたとの事で」


 馬鹿じゃねーの。ゴブリン肉美味しくとか、いくら俺でも無理だから。限界で真顔だからな。


「ツナ缶のほうはそこまで悪くもないんじゃない?」

「……イメージが固定化されるのは嫌だな。本当に金に困ってるならなんでもやるけど、引越し資金だからな」

「そうですか、なんなら"綱缶"という名前で売り出してみたいという要望もあったのですが」

「もっと嫌です」


 どんな缶詰だ。ロープでも入ってるのか?

 値段を見せられてちょっとグラついてしまったが、なしだなし。

 これから売り出していくところなのに、変なイメージをつけたくない。掲示板でリアクション芸人扱いされてる現状で、今更だとか言われそうだけど。


「普通のでいいんですけど、他にはどんなのがあるんですか? できれば攻略に影響しない範囲で。……鍛えられそうな奴でもいいですね」

「色々ありますよ。冒険者は肉体労働系が好まれますね。鍛錬にもなりますし。どれも無条件で、というわけではないですが、こんな仕事があります」


 そう言って受付嬢さんが見せてくれた一覧には、良く聞くコンビニの店員や引越しの他、日本でも見かけそうなバイトがたくさん列挙されていた。

 他にはティッシュ配り、テレオペ、イベントスタッフ、ポスティング、交通量調査、ライン工、クロが話してた海水浴場のスタッフもあるな。

 ランクで追加されるものもあるらしいが、高額なものは大体指名になったりするらしい。

 迷宮都市は治安良いみたいだし、警備員でもいいが拘束時間が長そうなんだよな。

 ユキはメイド喫茶のウエイトレスに興味を持っていたようだが、お前、今それ始めたらウエイトレスじゃなくてウエイターになるからな。


「結構人気があるのが、< 錬金術士 >や< 医師 >が依頼を出す新薬の治験などですね。恒常的なものでなければ後遺症もなんとかなりますし、交渉して薬品の割引を条件にする方もいらっしゃいます」


 迷宮都市なら大丈夫なんだろうが、なんか嫌だな。


「食肉加工とかどうなんですかね」

「一般ではあまり人気がないそうですが、冒険者は慣れてる方も多いですからね。ただ、かなり精神的にキツイ仕事と言われています」

「やっぱりモンスター切り刻むのと、動物の解体とは違いますかね」


 俺は故郷でもやっていたから大丈夫な気がするが。


「いえ、迷宮都市の食用牛や食用豚は喋るので。居た堪れない気分になるそうです。家畜たちは食べられる事に誇りを持っているので気にしないですが、やはり体験した方は精神的にキツイと言われますね」


 喋る家畜を食用にしてるんじゃねーよ。仲良くなったりしたら最悪じゃねーか。……夢に出そう。


「ああ、そういえば、明日行われる交流戦のイベントスタッフで二名欠員が出てましたね。これなら短期……といいますか、今日の事前準備と明日の後片付けだけですし、仕事も簡単です」

「交流戦って、ギルド職員と冒険者が戦うイベントの事ですよね」

「はい。試合も間近で見れるので人気がありますよ。バイト料はそこまで高くはないですが、GPも出ますしお薦めします」


 いいんじゃないの? TVで見ようと思っていたが、間近で見られるなら見たい。


「受付嬢さんも出るんですよね」

「はい、ギルドからは十名ほど参加する予定です。私は前半のほうですね」


 なるほど、謎のヴェールに包まれた職員たちの戦いが見れるという事か。

 過去の試合も動画配信しているが、攻略に直結しない上に高いからまだ見ていないのだ。


「いいんじゃない? 受けてみようよ」

「では、こちらで登録しておきますので、三時に闘技場受付前までお願いします」


 偶然もあったのだろうが、GPも入ってくるなら、初めてにしてはいいバイトかもしれない。




-2-




 バイト開始までは時間があるので、賃貸情報誌やバイト情報を見て暇を潰す。


「この排泄物分解機能付きトイレ完備の部屋とかいいよな」

「なんで、そんなにトイレばっかり拘るの?」


 そりゃお前、シャワートイレの勇士に妥協は許されないからだ。




「どーもどーもこんにちわー、ちょっとよろしいでしょうか」

「あっ」


 突然後ろから話しかけられ、なんだろうと振り返る。これまでのパターンだと、< マッスル・ブラザーズ >などのクラン勧誘だが、声が高く幼い。子供の声だ。

 振り返ると、謎のグラサンスーツ二人に挟まれたグラサン幼女がいた。両脇の二人の方が威圧感があるのに、グラサンがデカ過ぎてはみ出している真ん中の幼女が一番偉そうだ。

 良く見るとグラサンの掛けられた耳が長い。エルフさんだ。いや、ハーフだろうか。

 つーか、顔ほとんど見えないが、そのポニーテールにハーフエルフって美弓じゃねーか。どうも、お久しぶりです。


「何か御用ですか?」

「いえいえ、最近デビューされたと噂の渡辺綱さんですよね? 私こういう者でして」


 差し出された名刺には、もろにミユミと書いてあった。

 株式会社トマト倶楽部と書いてあるんだが、まさか法人化してるのだろうか?

 その後ろの二人は社員さん? まさか、そのスジの方じゃないよね。


「はぁ……。トマト倶楽部のミユミさんですか」

「はい、トマトちゃんとお呼び下さい。きゃはっ」


 ウゼぇ。だが、顔には出さない。ここはポーカーフェイスだ。


「しかし、私は渡辺さんではないので、人違いですね」

「えっ?」

「顔似てるので、良く間違われるんですよ。渡辺氏はさっきまで隣の席にいましたが、寮に戻ったみたいですよ」


 俺の言葉に一瞬で耳が赤くなり、慌てだした。分り易くていいね、それ。


「あ、あわわ……その、すいません。失礼しましたっ!」


 よし、上手く誤魔化せたようだ。

 美弓は間違えた事が恥ずかしいのか、慌てて会館から出て行った。スーツ二人も無言で追いかける。

 あいつ、赤の他人には猫被るからな。きゃはっ、とかいって後悔してる事だろう。


 まあ、事前に俺の写真くらいは見ただろうが、前世とは顔も声も違うし、人違いですと言われたら似てても確信は揺らぐだろう。

 事前にあいつの顔確認しておいて良かった。

 《 看破 》を使われたら一発アウトだけど、勝手に人の情報見たりしないのがマナーらしいしな。


「ツナひどいね」

「騙されるあいつが悪い。つーか、なんだあのスーツとグラサン」


 どんなセンスだ。顔半分見えないんだが、何を思ってあんなの掛けてるんだろう。……変装じゃないよな。

 スーツなんて子供服みたいだったし。トマト倶楽部とやらの制服だったりするのだろうか。


「バイトにはちょっと早いが、あいつが気付いて戻ってくる前に闘技場行くか」

「容赦ないね」


 俺たちは急いで会館を出る。付き合って移動するあたりユキも結構ひどいと思うのだが。

 ファーストコンタクトはクリアできたが、二度は通用しないだろうな。

 ……次はどーすんべ。


「しかし、良く騙せたね。ダンマスから僕の顔とかは伝わってないのかな」

「伝わってるかもしれないが、あいつ一回パニックになると視野が極端に狭くなるから、見えてなかったんじゃないか? グラサンだったし」


 そこら辺は前世から変わってないようだ。反応も大体同じだった。


「顔は良く見えなかったけど、実物も可愛かったと思うんだけどな」

「いや、お前は気を付けたほうがいい。あいつ、特殊属性大好きだから、写真集出そうとか迫ってくるぞ」

「それは……勘弁願いたいかな」


 俺たちの周りで一番危険なのは間違いなくユキだ。次に俺。

 サージェスみたいなのは逆に苦手だから、あいつを壁にすればなんとかなるかもしれない。




 そんなこんなで久しぶりに会ったトマトさんの事は忘れて、時間を潰しながら闘技場に向かう。

 街は明後日から開催の第九十層攻略記念祭の準備で賑わっていた。

 三日間行われる祭の期間はダンジョン転送施設も休みなので、冒険者は出不精以外は参加する事になるだろう。俺たちはイベント参加も出店の予定もないので、客として楽しむ側だ。

 次回は一〇〇層になるわけだから、今回とは違った感じになってしまうかもしれないし、楽しんでおかないとな。


「しかし、第九十層攻略から開催まで時間かかったよな」

「これまで月一層ペースだから油断してたんじゃない?」


 アーシャさんたちが頑張ったみたいだからな。

 実は現時点でもう第九十一層も攻略済らしい。動画や詳細は公開されないが、ニュースとしては報道されたし、クロ経由でも話を聞いた。


「この分だと一〇〇層の時はもっと盛大になりそうだよね」

「これまでのペースならあと九ヶ月だけど、半年かからないかもな」


 それは良い事だと思う。目指す先はまだまだ遠いのだ。その方が追い付き甲斐があるというものだろう。




 俺たちが着いた頃には、闘技場受付前にはすでに他のイベントスタッフも集まっていた。

 バイトの半分くらいは冒険者らしい。ほとんどが交流戦の観戦目当てとの事だ。


 今日はまず前日作業として、会場準備、清掃、ポスターや垂れ幕の交換などが主だ。

 どちらかというと明日が本番で、参加者の列調整や、試合ごとに行われるセッティングが結構大変らしい。

 俺とユキは、ナナさんとクラーダルさんという冒険者二名とチームを組み、指定された範囲の清掃を行った。


 休憩の合間に話をしてみると、クラーダルさんはテラワロス戦の抽選から外れたらしく、渋々この仕事を請けたそうだ。

 過去に質屋でプゲラされた経験の持ち主で、話しているだけで奴への怒りが滲み出していた。

 抽選漏れが出るって事は、支障がない限り参加無制限のテラワロス戦が限界いっぱいまで枠を使ってるという事だ。

 明日はテラワロス無双になるのか、若しくはサーバが落ちるのか。


 ナナさんの方は中級冒険者であるにも関わらず、ユキのファンクラブの会員らしい。

 自分よりランクが上の冒険者にキャッキャされて、ユキが照れていた。とても羨ましい。俺もキャッキャされたい。

 俺も新人としてはかなりファンクラブの会員が多いらしいが、実はそれよりもユキの方が多い。

 俺のファンクラブは男ばかりであるのに対して、ユキはどちらにも人気があるというのが大きいだろう。

 やはり、世の中顔という事だ。俺も早くお笑い芸人みたいなポジションから脱却したい。




 翌日、ギルド会館で張り込んでいた美弓を上手く躱し、バイトへ向かう。


 今日がギルド交流戦の試合当日だ。

 普段お世話になってる受付嬢さんや、ゴブタロウさん、エロ吸血鬼、そしてみんなのアイドルテラワロスら十名のギルド職員が中級冒険者と熱いバトルを繰り広げるイベントだ。


 今日の主な仕事はこの中級冒険者たちの案内や列整理となる。

 試合開始ごとに控室に行って選手を呼び、会場の準備が整えば選手たちを中へ誘導する役目だ。

 ギルド員側は一人でもなんとかなりそうだが、選手側はかなり大仕事になる。後半に向かうにつれて選手の人数も多くなるので、トリのテラワロス戦などはかなりハードになる事が予想されるらしい。


 その案内も段々慣れてきて、中盤戦。ゴブタロウさんの試合には十人の冒険者がエントリーしているので、各自担当の控室に選手を呼びに行く。

 何の因果か、俺の担当控え室には猫耳さんがいらっしゃった。


「そろそろ試合が終わりますんで、次の出場選手の方はゲート前まで集まって下さい」

「……なんでツナが係員やってるニャ」


 仕事中なので話しかけるつもりもなかったのだが、向こうから話しかけてきた。


「バイトだよ。たまたま空きがあって入れてもらった。猫耳さんはいつか言ってたリベンジか?」

「猫耳さんって……。まあ、そうニャ。例のゴブリン肉食う羽目になったのも奴のせいだし、最近、お前に負けたり、ウチのトップ二人に扱かれたりしてストレス溜まってるニャ。憂さ晴らしニャ」


 ゴブリン肉の一件は、ゴブタロウさんのせいなんだろうか。持たせただけだよね。

 突っ込むと俺とユキのせいになりそうだから黙っておこう。


「ゴブタロウさんがどれくらい強いか知らないが、憂さ晴らしできるような相手なのか?」

「倒すのは無理でも、あの張り付いたような笑顔を一発くらいぶん殴ってやるニャ」


 そこは勝つって言おうぜ。猫耳さんよ。


「まあ、頑張ってくれ。心の中で応援くらいはしてるよ」

「頑張ってくるニャ。良く見とくといいニャ。あちしの最強伝説はここから始まるのニャ」


 さっき倒すの無理とか言ってただろ。

 そんなやり取りのあと、控え室にいた出場者他二名とゲート前まで向かうと他の出場者はすでに待機状態だった。

 前の試合が終わり、ゲートが開くとすぐに試合だ。選手側はゼロ・ブレイクルールなので、全滅の場合は回収の必要もない。

 実は、試合の間は結構暇なので観戦もできる。立ち見だが、間近で見れる特等席だ。


「さっき、猫耳に会ったぞ」

「え、……あ、ほんとだ。チッタさんこの試合に出てるんだね」


 ユキが暇そうにしてたので声をかけ、並んで試合を観戦する。後半まで当番はローテーションなので、どうしても空き時間ができてしまうのだ。


 以前クロが言っていた事であるが、こうして観戦していると、ギルド職員さんたちの力量がちょっとおかしい。

 いくら中級とは言え、現役冒険者相手にこれまで無敗だ。あの穏やかな感じの受付嬢さんですら三対一で勝利を収めている。

 この人たち、実は上級相当の実力あるんじゃないだろうか。なんで攻略に参加しないんだろうかね。


「前さ……初心者講習の時の事だけど、ヴェルナーさんがトライアル十分で攻略できるって言ってたの覚えてる?」

「そんな事言ってたな。この調子だと、眉唾じゃねーな。……お前、十分でどれくらい行ける?」

「……あそこ、そんなに広くないし、今なら急いで第二層ボスくらいだと思う。戦闘なしで最下層に移動するだけでも十五分は過ぎるよ」

「だよな。改めて聞くと色々おかしいよな」


 いくら狭いとはいえ、十五分なんてあっという間だ。移動速度だけでも相当なスピードが要求される。

 その上、各層のボスまで倒すとなると、ちょっと尋常じゃない。タイムアタックの上位にいた覆面みたいに、何かコツでもあるんだろうか。

 逆に、それくらいできないと中級相手に無双はできないって事だ。


「これまでの試合で気になった奴とかいたか? 参考になりそうな奴とか」

「チッタさんのところの、どっちかは分からないけど、ウサ耳さんがいたよ。……メイン武装かは分からないけど、銃持ってた。珍しいよね」

「銃か……」


 いつかダンマスにも聞いた話であるが、冒険者で銃を使う人はあまりいない。< ガンスリンガー >などのクラスは存在するが、適性のある人があまりいないのと、スキルにそこまで強力なものが存在しないのが原因だ。

 確かに銃は自分の力で攻撃してるってイメージが薄いから、そういう事もあるのかもしれない。対人とかの牽制用にはいいかもしれないよな。

 まあ、使う人が少ないからスキルが見つかってないだけで、実は強力なスキルが見つかる可能性だってあるだろう。

 しかし、ウサ耳スキンヘッドにグラサンつけてハードボイルドか。


「あとね、覚えてるかどうか分からないけど、僕らが初めてギルド会館に行った時にアフロの人いたじゃない?」

「覚えてるぞ、< アフロ・ダンサーズ >だよな」


 あそこにいたのはすべて頭に焼き付いてしまっている。


「その< アフロ・ダンサーズ >のクランマスターが強かった。< ブレイド・ダンサー >っていう結構レアなクラス持ってるみたい。試合は負けちゃったけどね」


 そうなのか。あそこにいた連中は基本的に色物だと思ってたが、そんなクランでもトップは違ったりするのだろうか。

 まあそうだよな、クラン設立するって事はそれなりに上のランクのはずだ。弱いわけねーか。


「じゃあ、< マッスル・ブラザーズ >も強かったりするのかね?」

「あの人たちは試合開始と同時に光り出して、あっという間にやられたけどね」


 あいつらは色物扱いでいいんだろうか。< モヒカン・ヘッド >は出場していないようだし、評価の難しい連中である。


 ちなみに試合の方は、ある程度のダメージは与えたものの、ゴブタロウさんの試合も職員側の勝利で終わった。

 猫耳は姿を消してからの一撃が上手い具合に決まったあと、反撃されてやられていた。まあ、直撃当てたから溜飲は下がっただろうか。


 仕事があるのですべての試合を見れたわけでもないが、結果として十戦中八戦がギルド職員側の勝利に終わった。

 後半、特にヴェルナーやテラワロスの試合までくると、選手が多過ぎてほとんど観戦するどころじゃなかったが、あとで動画を見返してみたいと思う。

 まさか、会場に入り切らないから、チーム分けして一定時間ごとに投入なんて真似するとは思わなかったぜ。

 試合はチラっとしか見えなかったが、戦うテラワロスの姿は巨大化していたように見えた。悪役怪人みたいなノリなんだろうか。


 最後に、会場の撤収作業、清掃をして仕事は終わった。大した金額じゃなかったが、なかなか面白いバイトだったと思う。


 ちなみにテラワロスは勝ったのだが、サーバーは落ちた。




-3-




 そして翌日。今日から三日間は第九十層攻略記念祭だ。街全体がこれ一色に染まる大イベントである。

 初日の今日は、第九十層を突破したクラン< アーク・セイバー >に勲章を授与する式典がメインイベントだ。

 というか式典のあとは、脈絡のないイベントが続くだけのお祭り騒ぎである。ダンマスらしい気もするな。


 俺たちはいつもの三人で祭一色に染まった街を、散策する事にした。いろんな人、特に女の子を誘ったのだが、出店やら他の人とイベントに出るとかでスケジュールが合わなかったのだ。


「すごいね。こういうお祭りって初めてだから新鮮」

「前世では祭りとか行かなかったのか?」

「体弱かったからってわけでもないけど、なんだかんだで行ってないね。……サージェスは?」

「私は、ここに来てからは何度かありますが、故郷でも前世でもないですね。特にこんな規模になると」


 迷宮都市の規模と比べたらあかんと思うが。


「とりあえず何か食べようか。何食べる?」

「大体メジャーどころは揃ってる感じだよな。焼きそば、タコ焼き、お好み焼き、フランクフルト、焼き鳥、……かき氷もあるのか」

「じゃあ、かき氷にしようか」


 とりあえずでかき氷が正解なのかは分からないが、それぞれ好みのシロップのかき氷を買う。

 そういえば、迷宮都市に来てからもかき氷は口にしていない。かき氷って、こういう祭でもなければ食わないよな。


「頭いった……」

「食べ慣れてないのか? 一気に食うなよ」

「そうか、これが噂に聞く痛みか」

「あまり体感した事のない痛みですね。……病み付きになりそうです」


 お前はほんとになんでもいいんだな。

 かき氷を食いながら次は何にしようかなとあたりを見渡すと、見慣れた姿が屋台を出しているのに気付いた。

 昨日、猫耳含む中級冒険者を血祭りに上げたゴブタロウさんだ。


「何やってんだろうな。……串焼き屋?」

「良い臭いだね。……って、ゴブリン肉じゃないか」


 ゴブリン肉は臭いはいい感じだからな。まさか、騙される人を待っているのだろうか。いないと思うんだけど。


「こんちわ、ゴブリンがゴブリン肉焼いて売ってるのはシュールですね」

「ああ、ツナ君たちか。どうだい? 研究の成果を試してみないか?」

「いや、いいです」


 何が悲しくて、めでたい日にゴブリン肉食わねばならんのだ。


「研究ってなんですか?」

「誰もがマズいというゴブリン肉を美味く食べるための研究だよ。今回はタレに拘ってみた。臭いはいいんだけど、お客さんは現れないね。君たちが第一号だよ」


 いや、客じゃないです。


「臭いとか旨味が多少ついたところで、不味さを引き立てるだけですよ。トライアルの時に食ったゴブリン肉は、ほんのわずかに旨味があったんで、余計に際立ちました」

「ツナ、アレでそんなの分かったんだ」


 俺の味覚は結構確かだと思うぞ。味の違いに敏感な舌だ。不味さにも敏感なのが問題なんだけどさ。


「無料にしても誰も持って行ってくれないんだよね。いっそ、お金払おうか」

「一体何がしたいのか分かりませんが、食べてもらうなら他に方法はあるんじゃないですか?」

「ユキ君は何か良いアイデアでも?」


 ユキさん、こういう時はロクな事考えないからな。


「ほら、ゴブリン肉って見た目鶏肉に似てるじゃないですか。だから、ロシアンルーレットみたいな感じで焼き鳥に混ぜて売るとかどうでしょう」

「なるほど、度胸試しだね。なかなか興味深い」


 本当にそれでいいのか? 本来の目的と変わってないか?

 ゴブタロウさんはやる気みたいだし、いいのだろうか。


 ……きっと、こうやって犠牲者が増えて行くんだな。




「あ、アーシャさんだ」


 引き続き街をブラついていると、今度は赤っぽい私服を来た< 朱の騎士 >さんが、ベンチでタコ焼きを食っていた。

 やたら高そうな私服なのに、妙に庶民的な人である。


「あら、こんにちは。新人戦以来ね」

「極太レーザー砲喰らって以来ですね。あんな隠し技があるとか、情報なかったんですけど」


 そりゃ、全部の情報を公開してるわけじゃないだろうが、あれは主力になってもおかしくないスキルだろ。


「まあ、あれはね。……それより式典は見に行かないの?」

「アーシャさんはどうなんですか?」

「第九十層攻略は< アーク・セイバー >に先越されちゃったからね。ちょっと無理して狙ったんだけど、駄目だった。……一応出席依頼は来てたけど、式典に行くと負けた気がするから団長だけに行ってもらったの」


 その団長さんは、負けた気になっちゃうんじゃないだろうか。


「でも、< 流星騎士団 >も、第九十一層までは攻略したんですよね」

「う……。そうなんだけど、それも……私は途中で死んじゃったのよね。もう一回挑戦しないと……。あー、世の中、色々上手くいかないわよね」


 その大量の箱は、まさかのヤケ食いかよ。


「私だって、君たちにいいところ見せたかったんだけどな。……なんか、結果的に私より団長の方が気合入ってるし。空回りしてる感じ」

「団長ってローランって人ですよね。< 蒼の騎士 >さん」

「そう。綱くんの姿に感銘を受けてたわよ。あとで紹介する」

「それはそれは」


 トップギルドの団長さんにまで覚えて頂けたようで光栄です。でも、あの人モテそうだから、会ったら劣等感感じそう。


「そういえば、死んだって事はアーシャさんは今、デスペナルティ中って事ですか?」

「いいえ、もう終わったわ。スキルやクランの機能で軽減できるから」


 クランってそんな事もできるのか。クラン全体に影響する機能があるって事だよな。

 まあそうか、九十日待てって言われても前線は困るよな。特にこの人、副リーダーなわけだし。


「だから、そろそろ九十一層と九十二層の攻略にかからないと。……装備も直さないとね」

「やっぱりクランにお抱えの< 鍛冶師 >とかいるんですか」


 調べた限りだと、専属の生産クラス持ちが契約してたりするみたいだし。

 でかいクランはやっぱ違うんだろうな。


「私が直すのよ。一応< 鍛冶師 >クラス持ちだし」

「え、でもツリークラスは違いますよね」

「ツリークラスの事は知ってるのね。私の三つ目のツリークラスが< 職人 >ツリーだから、その流れでね」

「み、三つ目ですか?」


 なにそれ。

 ひょっとして、それで《 ウエポン・ブレイク 》を強化してるのか?


「あ、ひょっとして綱くんの木刀耐久値減ってないかしら? あれ《 不壊 》付きでしょ」

「え、ああ、そうですね。《 不壊 》とかいいながら耐久値減ってるんですよ。ランク高いから、直すにも高くて困ってるんですよね」


 パンダとかゴーレムぶっ叩いても減らなかったのに、あの《 ウエポン・ブレイク 》喰らった時は減ったのだ。


「何しても耐久値減らない能力は《 不滅 》って言って、《 不壊 》は同ランクより上相手だと耐久値減るからね」

「……あれ、じゃあなんで壊れなかったんだ?」

「《 不壊 》は《 ウエポン・ブレイク 》とかの破壊技を無効にする効果もあるから、普通に打ち合った分だけ耐久値減ったんでしょ。壊せると思ったから、ちょっとびっくりした」


 そんな効果、ダンマスから聞いてないんだけど。

 いや、《不壊》を検索して調べれば分かる事だったりするのか。……でもこれスキルじゃねーよな。

 鍛冶師のギルドとかで調べてもらえばいいんだろうか。


「私が耐久値減らしたようなものだから、直してあげる。今持ってる?」

「え、ええ」


 《 瞬装 》で不髭切を取り出して、アーシャさんに渡す。まさか、ここで直すんだろうか。


――――ActionMagic《リペア》――


「はい」


 魔法? か何かを起動すると、不髭切が一瞬だけ光った。見た目は変わらないが、これで耐久値が戻ったのか?


「すごいですね。こんなにすぐ直せるんですか」

「これが必要だから< 鍛冶師 >クラス取ったようなものだしね」


 ひょっとして、戦いながら直すのか? なかなか想像し難い構図だ。


「ユキちゃんのナイフとかも、修理代高いんじゃない? あれ、ランク結構上でしょ。あれも私がやったようなものだから、ついでに直すわよ」

「え、はい。……あーでも、< コブラ >は倉庫ですね」

「……そう。なんなら小剣に打ち直しましょうか。ユキちゃんのメイン武装って短剣じゃなくて小剣よね」

「え、そんな事もできるんですか?」


 < 鍛冶師 >超すげえな。武器カテゴリまで飛び越えるのかよ。

 ツリーが一つしかない俺たちが、今の段階で取得するのは無理なんだけど、ちょっと便利そうだ。


「あとでクロにでも渡しておいてくれれば、受け取るから」

「は、はい。ありがとうございます」


 そうか……、< コブラ >さんが生まれ変わってしまうというわけか。もう、ヒューとか言えないのはちょっと残念だが、新しい姿に期待しよう。


「そっちの……サージェス君? さん? はそういうのはない?」

「いえ、私の武装はランク相当のものばかりなので、無用です。名前の呼び方はどうとでも。……変態紳士でも問題ありませんよ」


 むしろ、呼ばれたいとかじゃないよな。


「え、えーと……なんでもいいけど、あなた見てると妹と同じオーラを感じるわね」

「妹って……え、まさかクローシェの事ですか?」


 あいつ、そんな隠れた性癖持ちだったのか?


「クロじゃなくて、もう一人のほうね。……知りたかったらクロに聞くか、調べればすぐ出てくるわよ」


 それはつまり、自分では説明したくないという事だろうか。食事会の時も苦い口調だったし、無理矢理聞き出すつもりもないが。




「いようアーシャ、奇遇だな。式典すっぽかしたのか?」


 突然、後ろから声をかけられた。


 その瞬間、感じた強烈な血の臭いに、この場一帯の重力が増した気がした。

 振り返るとそこには、無精髭を生やした中年のおっさんが立っている。チョンマゲではないが、着流しに刀を佩いた、侍風の男だ。

 ……なんだこいつ……ハンパじゃねえぞ。


 一目みただけで感じとれる力量に、全身を寒気が走る。

 アーシャさんは隠してるのか良く分からないが、この感じは全力のおっさんや、いつか見かけたバッカスより遥かに上。

 殺気を放っているわけでもないのに、強さの分かる範囲ではこれまでで最大級の強さだと、体が一気に警戒状態に入った。


「剣刃さん」




-4-




 剣刃。< アーク・セイバー >の? ……こいつがそうなのか。


「すっぽかすのは、剣刃さんのほうがまずいでしょうに。今日の主役でしょ」

「主役が式典すっぽかしてきたのか?」

「ウチは特殊だから、別にいいんだよ。五人もクランマスターがいるんだから一人くらいいなくても問題ないだろ」


 クランマスターって複数いていいものなのか? というか、五人いようがすっぽかしていいとは思えないが。


「お、ひょっとして、こいつらが新人戦で相手したってルーキーか?」

「……そうよ。いい機会だから紹介するわね。この人が迷宮都市のトップクラン< アーク・セイバー >のクランマスター、剣刃さん」

「クランマスター"の一人"だけどな」


 こんな化物と同格があと四人もいるのか?

 ……これが、ダンマスなどを除いた、迷宮都市のトップの一人というわけか。


「えーと、渡辺綱です」

「サージェスといいます」

「ユキです。……剣刃さんって< 童子切安綱 >の人ですか?」

「ん? ……ああ、そうだな。こいつが童子切だ。詳しいんだな、嬢ちゃん」


 腰に佩いているのが、例の童子切安綱もどきらしい。不髭切とは違って、ちゃんとした刀だ。

 童子切持っているっていっても、頼光って感じじゃないよな。頼光さんがどんな人か知らないけどさ。

 この人は見かけ的にはなんていうか……浪人っぽい。

 公衆の場で力を隠そうともしない人だが、話してみると特に悪い人ではなさそうだ。

 こうして考えると、迷宮都市に来てから悪人って感じの人に会ってないな。強いて言うなら、感じ悪いのはテラワロスとババアくらいか。


「剣刃さんは、どうしてこちらに?」

「いや、用はねえよ。式典が硬っ苦しいから逃げてきただけだ。それよりアーシャ、九十層攻略のボーナスでダンジョン一つもらったぞ。羨ましいだろー」

「くっ……憎たらしい」


 子供かよ。

 しかし、九十層攻略したボーナスがダンジョン一つかよ。スケールが違うな。

 それっていわば小ダンジョンマスターって事じゃないか。


「実際のところ、お前らに八十九層攻略された時は焦ったけどな」

「……一〇〇層はこっちがもらうからいいわよ」

「言うねえ。ま、やる気があるのはいい事だ。さっさと先に進もうぜ」


 おちゃらけた感じで言っているが、この人もダンジョンマスターの事情や、一〇〇層以降の事は知っているんだろうな。

 紹介ついでに、アーシャさんから簡単に< アーク・セイバー >の説明をしてもらった。

 < アーク・セイバー >というクランは< 流星騎士団 >よりも新しい新興クランなのだが、その実態はクラン五つが合併してできた特殊なクランなのだという。

 元々のクランの規模は様々で、大きかったところもあれば、クランとしての定員ギリギリのような零細もあったらしい。

 ただ、それぞれのクランマスターの実力だけは拮抗していて、そのせいもあって同格の五人がクランマスターをそれぞれ名乗る事になったようだ。

 五つのクランを統合、再編成を進め、より攻略に適した形にしたのが< アーク・セイバー >というわけだ。

 確かにそういう経緯なら、誰がクランマスターになっても角が立つ気はする。正解かもな。


 色々問題がありそうな設立経緯だが、アクの強いマスター五人が不思議と調和して、意外と上手くやっているらしい。

 こうして説明を受けているだけでも変なクランだと分かる。だが、それが迷宮都市の序列一位クランというわけだ。


「俺とエルミア以外は真面目君ばっかりだから、式典とかの堅苦しい場面はあいつらに任せればいいのさ。冒険者の本分は無限回廊攻略だ、攻略。ダンマスだって気にしねえよ」

「それはそうなんだけどね」


 確かに気にしなそうだ。むしろ、迷宮都市で格式に拘る人とかいるんだろうか。


「そんなわけで、こうして縁も合ったんだ、お前らウチ来るか? < アーク・セイバー >なら、最前線への最短距離突っ走れるぜ。訓練用の専用ダンジョンすら持ってるからな」


 ……それは勧誘なのか? トップギルドのクランマスターから直々に指名で?

 確かに悪くないどころか、これ以上ない選択肢だ。……アリかもしれない。


「駄目よ」


 だが、俺が何かを言う前に、アーシャさんに止められた。


「なんだぁ? お前のところが唾付けてるのか? ……それならそれでも構わんがよ」

「違うわよ。……この子たちには"三つ目"になってもらわないといけないから」

「……ほう」


 ……三つ目?


「なるほど、お前さんはそう評価するのか。面白れえな。……いや、面白え」

「あの……僕たちが何か?」


 俺たちの事で、二人だけの間で納得しないで欲しい。


「いやなに、お前さんたちに< アーク・セイバー >と< 流星騎士団 >に続く三つ目の前線攻略クランになってもらうんだとよ」

「それは……なかなかハードな要求ですね。いろんなところが疼きそうです」


 えーと、俺たち三人しかいないんだけど。


「ちなみにクランに必要な定員って何人なんですか?」

「冒険者だけで最低十二人。それに運営専門の職員が数名ね」

「…………」


 マジで言ってるの? 小さな会社みたいなもんじゃん。


「大丈夫よ。新規設立条件のCランクまで行く頃には、それくらいなんとでもなるから。むしろ他のクランで埋もれられても困るし。……追いつくって言うならそれくらいやって見せなさい。あなたたちがウチや< アーク・セイバー >に入るより、もう一つ前線クランがあったほうが攻略は加速する」


 それを言われると弱いな。……言い返せない。


「だからクランには入らないか、入るにしても後腐れのないような所にね。必要なら紹介はするから。クランのいざこざで足止めないで欲しいしね」


 いきなりの展開だが、先を目指すなら仕方のない事なんだろう。

 デビュー直後に言われた、冗談のような話が現実味を帯びてきてしまった。


「いいんじゃねーか? アーシャの目だって節穴じゃねえ。こいつがそう言うからにはそれなりの見込みはあるんだろうさ。何、技術交流や人材交流までしないってわけじゃないんだ。ウチの若いのとか出向させてもいいぜ」

「……出向、ですか?」


 一時的にでも< 斥候 >とか来てくれたら、すごい助かるが。


「ああ、< 流星騎士団 >と違って、ウチにはお前らのレベルに近い新人はいるからな。興味持つ奴だっているだろうし、なんならそのまま固定パーティになって、本人がいいならクラン移籍したって構わねぇよ」

「……ありがたい話ですが、いいんですか?」

「全然問題ねぇよ。俺は声かけるだけだし、若いのにもいい経験になるしな」


 ……多分、裏とかないんだろうな。そんな感じじゃないし、先々の攻略の事を考えて言ってるんだろう。高く評価されたもんだ。


「< 流星騎士団 >は入団にレベル制限なんて小賢しい事してるから、真似できねーよな。ひひ」

「う……。えーと、クロとか?」

「いや、クロは固定パーティ組んでるんで」


 何言い出すんだこの人は。張り合うところじゃないだろうに。剣刃さんも、それが目的とかじゃないよね?




 その後、剣刃さんはプラプラとどこかへ行ってしまい、アーシャさんも別の場所へ行くと言ってどこかへ行ってしまった

 意外なところから大物と知り合いになった上に、協力の約束までしてもらってしまった。

 俺たちはポツンと三人取り残されている。


「何やらすごい急展開ですね」

「まさか、俺をクランマスターにする気なんだろうか」

「このままだとツナになりそうだけど、他に適任者がいるなら……ミユミさん、C-ランクだっけ? もうちょっとでクラン設立できるね」


 何を言い出すんですか、この子は。


「馬鹿な事を……拒否する。あいつがマスターやるクランなんか入らんぞ。大丈夫、C-からCに上がるのだって結構大変って聞いてるし、そんな事にはならないさ」

「まあ、いいけどさ。……僕ら、期待されてるみたいだね」

「……ああ、それには応えないとな」


 何か大事になってきちゃったけど、どうしようかね、ほんと。

 ……いや、今は目の前の試練の方が優先なんだが。




「ぎゃあああああーっっ!!」


 頭を抱えていると、突然、誰かの悲鳴が上がった。

 なんだ、傷害事件でも起きたのか?


「行ってみようか」


 野次馬が集まってくる。俺たちがそれを掻き分けて現場に辿り着くと、一人の男が泡吹いて倒れていた。

 死んでるわけではないようだが、何が起きたのだろう。

 ……ふと気になったんだが、街の中で死ぬとやっぱり復活できないのかな?


「おや、ツナさん」


 担架に乗せられる男を見ていると、横から声をかけられた。エロ吸血鬼のヴェルナーだ。

 そういえば、外で会うのは初めてだ。普段は並んで立つ事がないから分からないが、この人背高いな。


「……これ、何があったんだ?」

「いや、大した事じゃないです。ゴブタロウが突然『ロシアンゴブリン肉』という度胸試しのようなものを始めたので、初の犠牲者が……ロッテ、何いきなりしがみついてるんですか?」

「……ゴブタロウさん、ほんとにやったんだね」


 ユキの言い出したネタをやっただけか……ロッテ?

 ふと、長身のヴェルナーから視線を下にやると、何やら見覚えのある赤髪ちゃんが……。


「あわ……あわわわわ」

「ヴェルナーさんの娘さんですか?」

「ええ、リーゼロッテといいます。普段はモンスター街のほうにいるのですが、今日はお祭りですから遊びに来ているんです。……どうしたんですか? 挨拶しなさい。人見知りするタイプでもないでしょうに」


 うーむ……。テンパってる感じだが、ロッテさんの考えてる事は大体分かる。


「こんにちは、ロッテちゃん」

「は、初めまして……。お……渡辺さんもお久しぶりです」

「……お、おう」


 超気まずいんですけど。


「おや、知り合いですか? ……いつの間に」


 モンスターさんたちは格好つけたがりというのは良く聞いた話だ。彼らは演出を大事にする。

 なのに、『私が次のボスです、次会う時は敵として存分に殺しあいましょう』と言っておいて、こんな道端で出くわしてしまうとは。

 RPGのダンジョン入口とかで、『良く来たな勇者よ、このダンジョンの奥で待っているぞ、わははははっ!』って感じの派手な登場シーンで演出したあと、そのまま奥に行かずに街に戻ったらそのボスがいましたって感じだ。

 ……ボスの風格丸潰れですがな。


「……あー、もう少しで試練が発行されると思うんで宜しくな」


 ロッテさんがプルプルしていらっしゃるぞ。


「ぅ……うわーーーーーんっ!!」

「ちょっ、ロッテっ!?」


 ヴェルナーを突き飛ばして、ロッテさんはどこかへと行ってしまわれた。


「小さい女の子に悲鳴上げて逃げられるのはなかなかキますね。羨ましい」

「……ツナ、あの子に何かしたの?」


 俺は何もしていないぞ。


「ふっ……、しいていうなら、運命のイタズラってやつかな」



 ユキは『何それ』って顔してるが、大体合ってるんだ。

 次の試練は『鮮血の城』になるって話はしたが、ボス役に会った事はまだ話してないからな。


 ……俺は悪くないと思う。


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