第3話「再攻略」
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「おはよー……って、元気ないね。どうしたの?」
「……ああ、迷宮都市のあまりの潔癖さと、人生の儚さに嘆いていたところだ。俺にはまだあの壁を越える術が見つからない」
あのあと、どうにかできないかとひたすら頑張ったのだが、俺のITリテラシーでは限界があった。
フィルターのかかっていないアングラ的なサイトを見つけ、かろうじてメディアの年齢制限を解除する方法がある、という事だけは分かった。
……分かったのだが、解説を見てもチンプンカンプンだし、お手軽な方法はないかと情報を探ってみても、やたら高い解除装置の紹介くらいしかなかった。
『これがあれば、難しい設定なしで年齢制限もモザイクも一発解除』
とか書かれていると、前世のモザイク解除機器の通販を思い出して尻込みしてしまう。
あの手の奴で、ちゃんとモザイクが外れた事なんてないし、これもそうなんじゃないかと疑ってしまう。つーか高くて買えるわけがねー。
解説が書かれたブログは、コメントやリンクを辿ると、それがちゃんとした解除方法であろう事は分かる。コメントでトビーさんも絶賛してたし。
だが、専門用語が難しすぎる上に、販売終了ソフトのバージョン指定などが存在していると手の出しようがないのだ。
「なんだか良く分からないけど、大変そうだね」
「ああ、ちょっと困ってるな。五年という期間はあまりに大きい」
「五年……何かの時間制限?」
何か勘違いしてるかもしれないが、説明はしない。目の前のこの兎さんであれば、時間かければなんとかしてくれそうな雰囲気もあるが、『俺のエロライフのために一肌脱いでくれないか』とお願いしても、別の意味に取られかねない。いや、言い方変えりゃいいんだけどさ。
まあ、こんなアホな事に労力を割いてはくれそうにないし、ユキの助力は諦めるのが賢明だ。トビーさん助けてくれないかしら。
「他の奴らは?」
「いや、まだ待ち合わせ時間前だし。ツナはなんでこんなに早くにいるのさ」
「朝飯食ってそのままいた。ちょっと部屋に戻りたくない気分なんだ」
「そうなんだ……。あ、サージェスは来たね」
会館の入り口を見ると、昨日頑張ってくれたサージェスさんがこちらに向かってくるのが見えた。
あいつはあんなにパーフェクトな仕事をしたというのに、申し訳ない。
「おはようございます。リーダー、ユキさん。……リーダーは元気ないですね。昨日のは外れでしたか?」
「外れかどうかも分からん。外れの方が良かったかもしれない」
「さっきから何言ってるのかさっぱりなんだけど」
「関係あるかどうかは分かりませんが、先ほどトビーさんという方から『あまりに不憫なので対策のメールを送った』と、伝言を頼まれましたよ」
「えっ?」
「トビーさん?」
ちょっと待て、何故トビーさんが……。あ、いや、あの人も冒険者だがら、会館にいてもおかしくない。項垂れていた俺を見て声もかけられなかったという事か。それで伝言を……。気配りのできる人だ。そんなに気にしなくていいのに。
対策って、どんな対策なんだ。メール……くそ、カードのメール機能はまだ使えない。自室のPCを使うしか……
「悪い、ちょっと部屋に戻ってくる」
「え、もうフィロスたち来ると思うけど」
「すぐに戻る。十分もあれば戻って来れるだろ」
「あ、ちょっと!」
ユキの声を振り払い、会館となりの寮へと向かう。俺の部屋は101号室なので寮の入り口からも近い。さっさと確認して戻らないとな。
PCは立ち上げっぱなしなので、メールを確認するだけだ。ユキ、サージェス、クロなどの知り合いのフォルダの他にはテラワロスくらいしかないメールボックスにトビーさんの名前がある。
「どれ……」
俺のファンクラブ会員で知っててもおかしくないはずなのに、なんで年齢制限の事を教えてくれなかったんだよと言いたいが、ここで怒るのは筋違いだろう。あの人は玄人だからな、解除の方法も知っていて当たり前とか、そんな上級者的な感覚なのかもしれない。
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渡辺綱様
冒険者のトビーです。
突然このようなメールを送信してしまい申し訳ありません。
会館で見かけたあなたの姿があまりに不憫だったもので、早急に対策が必要かと思
いメールさせて頂きました。
まず、おそらく制限がかかったと思われる動画の年齢制限の事ですが、掲示板では
あなたのあまりの熱意に押され、言い出す事ができませんでした。
この制限解除の手段はいくつかありますが、どれも難しく、なかなか手を出す事は
難しいと思われます。解除装置に関してはほとんど詐欺なので気をつけましょう。
私もレビューを書いた事はありますが、指定したバージョンは存在せず、知人に依
頼されて書いたサクラです。私も未だにアタリを掴んだ事はありません。
渡辺様はおそらく性欲の解消が最大の目的かと思いますので、年齢に縛られない手
段をいくつか教えたいと思います。
■制限のない全年齢の動画から探す。
健全なものばかりのような印象がありますが、実は専門でギリギリに挑戦する方も
いらっしゃるのでお薦めです。
ある意味、下手な成人指定のものよりも遥かにエロいものもたくさんあります。
想像もしていないような手法で演出してくる人もいますので、度肝を抜かれる事も
あるくらいです。
また、同じように写真集、コミックでも数々の手法を駆使して神の境地に向かう作
品が多く存在します。ご参考までに、いくつか私のお薦めを紹介します。
逆に、これはというものがありましたら、下記の私のホームページ(全年齢版)まで
情報提供頂けると助かります。
■自分で書く
いきなり上級者向けになりますが、自分で書いたものでしたら問題ありません。
自分で書かなくても、出版処理をしない限り検閲は入りませんので、書いてもらうと
いう手も使えます。
ホームページやブログへのアップロードは、その時点で検閲がかかるので注意です。
■実物にお相手頂く
メディアを通したり風俗店を使う事はできませんが、たとえば合意の上で部屋で致す
とかなら何も問題ありません。無理矢理とか犯罪チックなのは、すぐにバレて迷宮都
市から追放されるので気をつけて下さい。捜査方法等は分かりませんが、簡単に捕ま
ります。
同じく、路地裏で客引きをしているプロの方も危険です。
彼女らは法を犯しているわけではありませんが、相手が未成年だと分かると脅迫され
る可能性があります。
また、さすがにないとは思いますが、路上で致すのもアウトです。すぐ警察が来ます。
露出趣味がある場合は、上手くギリギリのラインを見極める必要があります。
局部を出さなければ基本大丈夫なはずですが、なかなか厳しいので。
この方法で一番確実なのは婚約、結婚してしまう事です。
これなら相手から訴えられても問答無用で都市外に放り出される心配はありません。
迷宮都市の結婚可能な年齢は男女とも十五歳からなので、渡辺様でも可能です。
相手によっては窮屈な性生活を送る可能性も待っていますが、たとえば外から来た人
などは重婚すら許容してくれる方がいるので、意外といいかもしれません。
ちなみに私は制限などはないので、楽しい風俗ライフをエンジョイします。
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「なるほど……」
なんてタメになるメールなんだ。
一般誌でもトラブぶってる作品はあるし、動画でも全年齢ギリギリのラインを狙っている挑戦者が存在するというのか。
今の俺の触れただけで爆発しそうな欲求であれば、それでも問題ないではないか。
自分で書くのはちょっと無理だな。俺はそういう創作活動が致命的に駄目だ。
書ける知り合いといえば、トマトさんが真っ先に浮かんでしまうが、あいつに書かせるとBLになってしまうから駄目だ。
以前、エロ漫画を書きましたと見せられて、途中から極自然にホモ漫画になるトラップも喰らってるから、あいつには絶対に頼めない。
あの時は確かサラダ倶楽部の部員から袋叩きに遭ってたな。懐かしいものだ。
路地裏に客引きのねーちゃんがいるのもびっくりだが、それで脅迫される可能性があるのも驚きだ。
確かに法律違反をしているのはこっちな訳だから、それをネタに強請る奴もいるという事か。怖い世の中だ。
トビーさんに忠告頂けなければ、手を出してしまっていたかもしれない。
露出趣味はないので、これはいいだろう。むしろウチのメンバーが逮捕されないかが問題だ。
しかし、結婚か……。考えた事もなかった。
俺はもう結婚できる年なのか……。そりゃ夫婦間で致すのは健全だろうな。
前世では結婚は人生の墓場と言われる事もあったが、文面を見る限りこの街は重婚すら可能なようだからな。
言われてみれば、王国も重婚可のはずだ。酒場の親父も嫁さん二人いたし、たくさん囲っている貴族の話も聞いた事がある。
逆の場合は俺にはあまり想像はつかないが、正にハーレム状態を作る事が可能なわけだ。
外だと生活費を考えると厳しいところだが、この街だと案外なんとかなってしまいそうなところもある。
トビーさんは結婚する気はなさそうだが、その気楽なスタンスも羨ましい限りである。
「あ、時間過ぎてるな。まずい」
時計を見たら十分過ぎていた。早く戻らないと。メールは、あとでちゃんと読み直そう。
-2-
今日は第二十五層から第三十層の再攻略に向けた打ち合わせだ。
会議室を借りてもよかったのだが、食堂でも問題なさそうなので、いつもの定位置から大きめのテーブルに移る。
面子はいつも見かけるメンバーばかりだ。唯一ガウルだけはあまり面識がないくらいだろうか。
しかし、男の娘や狼男が混ざっているにしても、六人もいてすべて男というのはどうしたものか。
「結構早かったね。慌ててたみたいだから時間かかるのかなって思ったけど」
「いや、ただメール確認だけだからな。俺の部屋近いし。悪いな、ちょっと遅れちゃって」
「数分程度構わねえよ。俺たちも少し遅れたしな」
ダンディな声で構わないと言ってくれるのは、フィロスたちと新人戦でチームを組んだガウルだ。
聞いたところによるとまだ十八歳のはずだが、声がダンディ過ぎる上に見かけは半分狼なので、もっと上に感じられる。
今回はガウルもサージェスも参加しない攻略なのに律儀な奴だ。
「じゃあ、第二十五層から第三十層までの攻略だけど、予定通り僕とツナ、フィロスとゴーウェンの四人で挑戦でいいかな?」
「問題ないよ。第三十層のグランド・ゴーレムはかなり強いって話だったから助かるよ」
「しかし律儀だよな。こいつらもわざわざ俺を外して攻略するとか言うし、お前たちは攻略済なのに再挑戦するんだろ?」
「昇格に必要なGPも足りてないからな。どうせならちゃんと攻略しておかないと」
「ま、悪い事じゃないだろうさ。第三十一層以降は相当厳しくなるって話だし、鍛えておくのも悪くない」
「ガウルの昇格試験の内容ってもう出たのかい?」
「いいや、俺はまだだ。前にパーティ組んでた連中の中には試験内容出た奴もいるらしいが、かなり苦戦してるらしい。"ソロでグランドゴーレム"撃破って試練が出た奴もいて、頭抱えてたぜ」
そりゃ厳しい。ウチだとサージェス……いや、こいつでも一人じゃ厳しいかな。
あいつ、一方向からの攻撃に滅法強いから、多方向から攻撃するのが常套手段なのだ。一人だとそれができない。
ちなみに、ガウルは昇格に必要なGPはすでにクリアしているらしい。サージェスもそうなのだが、昇格試験の内容はまだ決まってない。
どうも、冒険者歴の長い人から順に優先的に発行されるらしいので、俺たちは申請しても後回しになりそうだ。
……いや、俺たちの場合はちょっと特殊か。こないだのロッテの話だと準備はできてるようなので、昇格できる状態になれば、即例の試練が発行されるかもしれない。< 鮮血の城 >での特殊イベントとか言ってた奴だ。
ダンジョンマスターは次の試練は中級昇格試験になるって言ってたから、これがそのまま試験になるのだろう。
「じゃあ、ガウルさんは今週の攻略は空くんですね。なら私と< 鮮血の城 >に行きませんか?」
「< 鮮血の城 >ってお前……こないだオープンしたって奴か? トラップが多いから人気ないって聞くが」
「ええ、串刺しトラップと拷問車輪まで完備の、なかなかいい感じのダンジョンです」
「そ、そうなのか……いい感じ?」
ガウルはいまいちサージェスのノリに付いていけていないが、まあ、じきに慣れるだろう。俺も慣れた。
「サージェス、< 鮮血の城 >に行くなら、できる限り情報収集して来てくれ」
「何かあるの? 次に挑戦する気とか」
「詳しくはあとで話すけど、次のお前の試練になる可能性が濃厚だ」
「え、なんで分かるの? ……って、あとで聞くよ」
「分かりました。色々調査しておきますよ」
ガウルには悪いが、付き合ってくれると助かるな。無理強いはできないけどさ。
「で、臨時のメンバーとか集まりそうか?」
「駄目かな。掲示板見てても条件どころか、そもそもスケジュールが一致しそうな人がいないよ」
「こっちも駄目だね。仕方ないから四人で挑戦かな。それでも二人よりは楽になると思うしね」
メンバーはユキが探すと言っていたので任せていたが、どうやら駄目そうだ。
フィロスのほうも無理だったとなると、これから俺が探しても無理っぽい。
前衛四人の力技で突破するしかないな。グランド・ゴーレムは戦力的に問題ないだろうし。
「慣れてきたからモンスターはなんとでもなるがトラップがな」
「はは、僕が死んだのもトラップが原因だしね」
ミノタウロスなどが出て来るので敵も強いが、そっちは結構なんとかなる。
「フィロスはクロに頼んだりしてみたのか?」
「前回お願いしたんだけど、スケジュールが合わなくてさ。向こうのパーティもかなり頑張ってるみたいだよ」
「なんか、全体的に攻略スピードが上がってるっていうのは聞いた事があるよ」
やる気になると、他パーティのヘルプも難しくなるか。いい事なんだろうが、悩ましい話だな。
まあ、集まりそうにないメンバーの話をするより、現状戦力で攻略を考えるほうが前向きだ。
俺たちはダンジョンの情報、お互いのスキルの情報などのすり合わせを続ける。
こうして話していると意外な情報が飛び出してくるので、結構重要だ。
次回攻略までにも打ち合わせや模擬戦をして、情報のすり合わせを行う必要があると実感した。
-3-
試合開始と同時に、ユキからクロに向けて小剣が投擲される。
真正面から飛んできた小剣に、一瞬クロの動作が止まるが、それは短剣に弾かれた。
続いて反撃に移ろうとしたクロだったが、それは叶わない。
クロは気付いていないが、背後にはすでに剣を掴み直し、投擲準備に入った三本目の見えない手がある。
ユキに向けて移動を始めた直後、背後から再度剣が投擲された。
「はれっ? っていったっ!!」
小剣は見事背中に突き刺さり、クロはその勢いのまま前に倒れ込む。
――――Action Skill《ブーストダッシュ》――
だが、ユキはクロが倒れ込む事すら良しとせず、瞬間的に接近し、その手に持った二本の小剣でクロに追撃をかける。
クロもとっさに反応して一撃目は防いだが、続く二撃目は直撃、更に別の方向から迫る三撃目の刺突を躱す事もできなかった。
……いつ三本目に剣渡したんだ?
――――Action Skill《 ラピッド・ラッシュ 》――
追い打ちで連撃スキルをすべて叩き込んだ時には、クロのHPは全損となり、その姿が消えた。決着である。
終わってみれば、ユキはノーダメージ。時間もほとんどかかっていない。
「
「うーん、まだ制御が甘いかな。どうしても意識を持っていかれるから本体の動きが鈍くなるよ。四本目もMP消費がどうこうの前に、ちゃんと動かせないし。《 ラピッド・ラッシュ 》とかスキルに入っちゃえば、ある程度勝手に動いてくれるんだけどね」
投擲した剣をキャッチして、投げ返すのは結構すごい事だと思うんだけどな。
いつの間にか四本目の手も使えるようになってるし。
腰に四本剣ぶら下げてる姿はちょっと変な感じだが、一時的にでも四刀流が可能なのだ。
新人戦の反省会をした時に動画を見て知ったのだが、あの時も四本目の手を使って俺の攻撃をアシストしてくれたらしい。
相変わらずすごいタイミングで対応してくる奴だと感心した。
「俺も分からなかったんだが、最後のラッシュの時、第三の手が持ってた剣はどこから出したんだ?」
「《 クリア・ハンド 》で《 アイテム・ボックス 》開けて取り出したんだよ」
なるほど。こやつやりおる。
《 瞬装 》や《ウエポン・チェンジ》みたいに一瞬でとはいかないから自分の手では無理だろうが、《 クリア・ハンド 》だったら可能だ。
わずかでもフリーになる上、手本体は透明で視認できないからなんとでもなりそうだ。色々考えるな。
多分、《 アイテム・ボックス 》内の物の位置とかも考えてるんだろう。
相手の行動を止めたりとか逸したりとか、そういう割り込みもやたら上手いし、やっぱりこいつの戦闘センスは抜群だ。
アーシャさんの槍の軌道をずらした攻撃も、芸術的なタイミングだったと思うし。
[クローシェさんが入室しました]
システムメッセージが流れ、ゼロ・ブレイクで訓練所の治療室に飛ばされたクロが戻って来た。
まだ傷は治り切っていないのか、ユキに完膚無きまでにやられた事がショックなのか、足取りは重い。
「おつかれー」
「……おつかれ。……何もできなかった」
この前に俺とも一回やっているが、その時は多少ダメージをもらっている。それでも内容的には厳しいのに、ユキ相手だとパーフェクトゲームだったしな。
別にクロが弱いというわけでもないらしいが、いつの間にか俺たちも強くなっていたようだ。
俺たちの相手は、これまで強い人ばっかりだったからな。ようやく実感が持てた気がする。
「こうして模擬戦してみると分かるけど、君たちおかしいよ。……やっぱり、お姉ちゃんと同じ側の人間だよね」
しゃがみ込んでしまったが、そんなにショックだったのだろうか。
「あの人の妹なら才能ないって事はないだろ」
「あたし、そのセリフ嫌ーい。子供の頃からずっと言われてるんだよ」
なんか地面に『の』の字を書いていじけ始めた。子供か。
だがなるほど、ずっとあの人と比べられてきたわけね。
それでも、こうして他のメンバーがいない時間でも模擬戦を持ちかけてくるのは、向上心はあるという事だと思うけどな。
前に模擬戦をやった際は、他のパーティメンバーだってボロボロになるまで頑張っていた。
平均から比べると攻略も早いみたいだし、クロたちのパーティだって悪くはないと思う。六人でクラス間のバランスもいいし。
俺たちはちょっと火力に尖り過ぎな感もあるよな。HP0でも頑張れちゃう俺とサージェスがいけないのかもしれない。
「まあ、兄弟姉妹ってのは比べられるもんだ。比べてもらえるだけまだいいんじゃないか」
「ツナ君も兄弟とかいるの?」
「前世では一人っ子だったけど、今世では貧乏村の村長的な家の三男だ」
思い返しただけで、ひどい日々が蘇ってくる。絶対に戻りたくない。
だが、村が完全消滅したら、思い出に耽りに遊びに行ってやってもいいぞ。
「そういえば、境遇の話は聞いたけど、どんな家族だったとかは聞いてないよね」
「お前はどうなんだ? 同じく三男だろ」
「ウチ? ウチは……そうだなあ。色々甘やかされて育ったかも。生活基盤は良かったし、親も前世の記憶に寛容な人だったから、何か作りたい、実験したいっていうのにも協力してくれたし」
結構恵まれてるのね。羨ましい事だ。
「兄弟は?」
「結構年が離れてるから優しかったよ。そもそも、二人とも商売の修行であんまり家にいなかったけど」
「本当に性別しか問題がなかったんだな。ウチは悲惨だったぞ。まず、長男が一番偉いとかそんな状況じゃない。次男と俺は別に死んでもいい扱いだった」
「部屋住みの話とか聞いた事あるけど、そんなに扱いひどかったんだ」
自分の部屋がないしな。……部屋住みはそういう意味じゃねーけど。
ウチ……というか、あの村がおかしいだけかもしれない。跡継ぎ以外は人に非ずって感じだ。
じゃあ作るなよって感じだが、田舎だからな。……察してくれ。
「迷宮都市の外の事は良く知らないけど、そんな感じなんだ」
「話に聞く限り、ツナの所は特にひどそうだよね。九公一民って人が生きていける税率なのかな」
「九公一民?」
クロさんは分からないらしい。迷宮都市だとあまりこういう言い方はしないんだろう。
「農村だと畑でできたものを税金で収めたりするもんなんだけど、できたものの九割が持っていかれる計算だ」
「え゛っ」
……まあ、そういう反応になるよな。
「そんなだから、畑で採れたものなんか食えないし、餓死者だっていっぱいいたよ。隠し畑とか山の密猟でなんとか食い繋いでた感じだな。俺は山で色々食ってたけど、モンスター狩りをする奴がほとんどいないから、普通に村で生活してる連中は悲惨だったと思うぞ」
「山で採ったものを村で配ったりとかしなかったの?」
「した……というか、強制されてた。何もないと村総員で殴られるから、腐らない程度に小分けにしたりしてな。最初は善意で配ってたんだけど、つけ上がってもらえるのが当たり前みたいな感じになったから、最小限しか渡さなくなったよ。つーか、文句言うならお前らが採りに行けよって感じなんだが、あいつらモンスター怖がって狩りに行かねーんだよな」
隠してた食料庫をゴブリンに見つかって、血みどろの殴り合いにまで発展した事があるから、そこら辺の隠蔽も結構上手くなった。
スキルには反映されてないようだが。
「だから、俺がいなくなったあとは食料調達とか困難を極めただろうな。同情する気は一切ないけど」
オーク軍団蹴散らしたのに、待ってたのは罵倒だからな。さすがにやってられん。《 限界村落の英雄 》は孤独だぜ。
普通、俺がいなくなったらマズいとか分かりそうなもんだけどな。
「ユキは、日本の税率ってどんな感じだったかって知ってるか?」
「そんなに詳しくはないけど、さすがに昔でも九割はないと思うよ。あっても、極一時的にとか、生活可能な手段が別に用意されてる場所とかじゃないかな」
「だよな、恒久的にこの税率は絶対おかしいよな。あの村、過去に何かやらかしたんじゃねーか?」
領主とか何も考えてなくて、別に村がなくなっても問題ないとか思ってたんじゃないだろうか?
むしろ、なんで全滅しないのか不思議に思ってたかもしれない。……大体俺のせいです。
「王都とかの商人だと、税金の計算方法はまた違うんだけどね。何年か前の内戦のあとから、どの領地も税率が上がったみたいだよ」
「すごい世界だね。迷宮都市って恵まれてるんだな……」
いや、ウチの村も大概だけど、おかしいのはどっちかというと迷宮都市なんだが。
ここまで聞いた情報だと、どうやってるのかは良く分からないが食料他、すべての資源を迷宮都市内で賄ってるように見える。
ただ表面上体制をとってるだけで、本当は税金も必要ないのかもしれない。多分、貿易もほとんどしていないし。
「俺らがガキの頃にあった戦争って内戦だったのか? 初耳なんだけど」
「実際は隠蔽されて、記録上は戦争自体がなかった事にされてるらしいけど、実際に戦地に行った人から直接聞いたんだよ。フィロスとか……はさすがにまだ騎士になってないか。王国の騎士は固く口止めされてるけど、やっぱり末端の兵士からは情報は漏れるよね」
そらそうだろう。戦争なんて大イベントをなかった事にするのは、相当難しいと思うぞ。
ウチの村は徴兵された奴がほとんどドナドナされたから、情報もクソもなかったけどな。
「それって相手は迷宮都市じゃないかな。子供の頃の事だからあんまり覚えてないけど、誰かがそんな事言ってた気がする。イベントのノリで出兵者募集してたような……。ほとんど騒ぎにもならなかったけど」
ああ、そら隠蔽したくもなるだろうな。こんな化物だらけの街相手に勝てるわけねーし。きっと散々な結果だったんだろう。
「国王か、偉い貴族か誰かが迷宮都市の富に目をつけて、奪い取ろうとでも画策したんじゃないか?」
「認識阻害だって完全じゃないだろうしね。ありえなくはないかも。……戦力は良く分かってなかったんだろうね」
相手がダンマス一人でも勝てないんじゃないか?
ミノタウロス数十匹出るだけでワンサイドゲーム確定だ。ブリーフさんならもっとだ。
「まあ、話は逸れまくったが、外だと比べる以前の兄弟もいるって事だ。お前は恵まれまくってるぞ」
「う……あまりに格が違い過ぎて反論しようがない。……そーだよね。お姉ちゃんは頑張りなさいとは言うけど、別に怒ったりはしないもんね。あたしがなるって決めたんだから、ちゃんとしないと……」
どうやらこんなアホな話でも立ち直ってくれたらしい。
「そういえばツナのお兄さん……次男さんは、王都で一緒に働いてたんだよね? まだそこにいるの?」
「う……」
あまり触れて欲しくないところだな。奴の事は、意識的に記憶から抹消してたというのに。
「……奴はもういないんだ」
「え、亡くなってるの?」
俺の心の中ではもう死んだ人間だ。
「多分、生きてはいる。だが、もう会う事はないだろう」
「いや、なんでさ」
あんまり詳しく話したくないんだよな。
「実は俺が迷宮都市に来る直前の話なんだが、奴は王都の貴族に買われていったんだ」
「奴隷買取は拒否されたとか言ってなかったっけ?」
「奴隷商には買取拒否されたんだが、酒場で働いてる時に兄貴がとある貴族の目に止まったんで、半ば強引に連れ去られていったんだ。本人は嫌がってたけど、男娼として買われていったから、酒場の丁稚やってるよりはいい生活できてると思う」
「……ま、まあ、そういう道もあるよね。その貴族の人がいい人だといいね」
「ちゃんと酒場の主人に話通した上で、金も結構くれたし律儀な人ではあると思う」
話に聞く限り、もっと傍若無人な貴族がたくさんいるみたいだからな。その中では、あの人は結構いい人だと思っている。
「貴族の女の人も色々あるみたいだからね。夫婦仲が良くないとか、そもそもお互いに愛人囲ってたりとか」
「そ、そうだよな。そこまで悪い話じゃないよな」
二人には内緒だが、兄貴を買っていったのは"男"だ。
まあ、相手が男だろうが女だろうが、貴族に逆らえるわけがない。目を付けられた時点で終了だ。
なのにあいつ逃げようとして、俺を身代わりにしやがったからな。
あれがなければ、今からでもボーナスとか使って助けるという選択肢はあったんだが、もう許しません。
ちなみに、迷宮都市行きの資金のほとんどはそこから出ている。
逃走した兄貴を捕まえて引き渡した事で少し色をつけてもらったのだ。オカマ貴族に『感動した』とか言われた。
もう会う事はないから言えるんだが、俺の中では兄貴よりもあのオカマ貴族のほうが好感度は高い状態である。
弟を身代わりに売り飛ばそうとする兄貴とか、一生あのオカマに掘られて生きるといいんだわ。
「そういえば全然話変わるんだけどさ、クローシェの知り合いで攻略のヘルプに出れる人とか知らない? できれば< 斥候 >で、まだ第三十層攻略できてない人」
ああ、一応聞くのか。話題が変わってくれて助かる。
「無限回廊だよね。……挑戦開始はどこから?」
「第二十五層。前衛しかいないからトラップ怖くてさ」
考えこむクロさんだが、当てがあるのだろうか。だとしたらかなり助かるんだけど。
拘ってる俺たちが悪いんだが、第三十層攻略前で、かつ第二十五層から挑戦できる奴って限られるよな。
「……あたしじゃ駄目かな?」
だが、返って来たのは意外な回答だった。そりゃクロは< 斥候 >だし、ヘルプしてくれるなら助かるけど。
「クローシェも二十五層までは攻略してるんだ」
「敵が強くてちょっと後悔したけど、逃げながらワープゲートまでは辿り着いたよ。途中で二人死んでるから次回は第二十層奥からスタートだけど。あたしなら第二十五層スタートで行ける」
「攻略が一回潰れるけど、他のメンバーはいいのか?」
「ウチのメンバーで海水浴場の長期バイトに駆り出される子が三人もいてさ。一応第二十層までは攻略できたし、今週は休みにしようかって話になってるの」
海水浴場ってなんだ? 迷宮都市、海ねーじゃん。
「そうなんだ、全然問題ないよ。二人枠があるから、もう一人連れてきてもOKだし」
「……もう一人は難しいかも。もう予定入れちゃってると思うし。あたしだと、戦力的には厳しいけど大丈夫かな」
「どっちかっていうと、戦力より罠対策できる奴が必要だったから、最悪戦闘に参加しなくても文句は言わないぞ」
元々四人で攻略する気だったわけだし。むしろ戦闘で死なれるほうが困る。
「いやいや、そんな恥ずかしい事はしないよ。せめて後ろからクロスボウ射つから。でもそうだね、< 斥候 >としてなら役には立てると思う。そっちのスキルは結構覚えたし」
「そっか、じゃあ報酬の条件とか決めないとね。……等分でも大丈夫? < 斥候 >の人って報酬高いイメージあるんだけど」
「いいよいいよ。むしろもらったら悪いし。大変だっていう、第三十層のボス戦経験できるだけでもありがたいくらい」
「まあ、こういうのはちゃんとしないといけないから、等分はもらってもらうけどね」
ユキさんは、そういうところはしっかりしてるのね。
でも、< 斥候 >いなかったらロクに宝箱も開けられないし、当たり前だよな。
「あとでフィロスたちも交えて打ち合わせするから、細かい話はその時だな」
それも重要だが、もう一つ気になる事がある。
「というか、さっき言った海水浴場ってなんだ? 迷宮都市、海ねーだろ」
「< サンライト・アクアビーチ >っていうダンジョンがあってね。そこで海水浴できるんだよ。沖の方にはモンスターもいるけど、浜辺から数キロはただの海水浴場だよ」
またダンジョンか。もうなんでもアリだな。沖のモンスターも、まさか海水浴しているとかそういうオチじゃないだろうな。
「そういうの聞くと夏って気がするね。僕泳げないけど」
「外の人ってあんまり泳げる人いないよね。前世でもそうだったの?」
「前世では体弱くて、結局行く事はなかったかな。……今度行ってみようか」
水泳の授業は見学するタイプだったのだろうか。
「でもお前、水着どうするんだ?」
「どうするって……どうしよう……」
男モノだと、ビジュアル的にすごい事になるぞ。逆でもいろんな意味でマズい。
「泳げないから、雰囲気を味わいに行くだけって感じでもいいか。ダンジョンなら距離的にもすぐだし」
そら徒歩圏内だしな。転送施設から一瞬だ。
「ちなみにツナ君は泳げたりするの?」
「そりゃお前、山の中には川もあったからな。まったく問題ないぞ」
「まあ、シーチキンっていうくらいだからね」
それは関係ない。大体シーチキンは泳がないだろ。
-4-
――――Action Skill《 炎装刃 》――
スキル発動と共に、フィロスの片手剣が炎に包まれる。
それだけでダメージを与える事はないが、属性効果を付加する事で弱点を持つモンスターへのダメージを強化するスキルだ。いわゆる魔法剣のイメージに近い。視覚的にも格好いい。
ああいうのを見ていると熱くないのだろうかと気になってしまうが、以前リリカに聞いた範囲指定で除外しているとかそんな感じなんだろう。
当然、炎が弱点らしいミノタウロスにも効果大だ。フィロスはタンクよりの装備であるにも関わらず、ちゃんとミノタウロスにダメージが通っている。
――――Action Skill《 魔装盾 》――
反撃で繰り出されるミノタウロスの斧に対し、フィロスは俺の様に攻撃を避ける訳でもなく、手にした大型盾でそれを受け止める。
《 魔装盾 》は自分の盾に魔力を付与する事により防御力を上昇させるスキルだ。フィロスのクラスはこうやって、属性効果と魔力による武器・防具強化を選択して戦うらしい。自分の装備しか対象にできないらしいが、臨機応変に活用できそうだ。
フィロスはまだ使えないらしいが、実は魔法を斬ったりもできるらしい。
――――Action Skill《 爆砕撃 》――
その脇からハンマーの一撃を加えるゴーウェンは純アタッカーだ。
俺も同じ《 爆砕撃 》を使えるが、奴の巨体で振るわれるハンマーは、以前俺が使ったグレート・メイスより遥かにデカイ。こんなもので殴られてはミノタウロスといえども堪らないだろう。
そして、ゴーウェンに攻撃が向かえばフィロスがインターセプトして、その攻撃をガード。
トライアルからここまで一緒だったという事だから二人で確立した戦法なんだろう。
クロも後ろからクロスボウでチクチク矢を放っている。毒を塗った毒ボルトだ。
ボルト自体のダメージが小さいとしても、ただのミノタウロスは毒耐性が無い以上、これだけでもかなり強力な攻撃である。
ただ、毒にもランクがあるようで、ユキが使う<コブラ>の毒よりは格が落ちるらしい。確かに《 看破 》で見ても継続ダメージは小さいように思える。
そして、俺もそれに続こうと《ストライク・スマッシュ》を打つ体勢に……
――――Action Skill《 ラピッド・ラッシュ 》――
……入る前にユキさんがトドメを刺してしまわれた。しかも背後からである。いつの間にそっちに行ったんだろう。
俺は……よし、次頑張ろう。
「お前すげーな、いつの間に後ろに回ったんだ?」
「《ブーストダッシュ》覚えてから、かなり自由に動けるようになったんだよね。直線のダッシュだから、ヒットアンドアウェイするには厳しいけど」
《 ラピッド・ラッシュ 》も《 クリア・ハンド 》の三本目の手で六連撃になってるし。急速に強くなってるよな。
ちゃんと四本目使えるようになったら八連撃になったりするのか?
「こうあっさり倒されると、毒の意味がないね。ちょっと張り切って調合してきたんだけど」
「矢は刺さってるんだから意味ない事はないだろ」
クロスボウは弓に比べるとスキルが少ないが、その分基本ダメージがデカイ。ミノタウロス相手でも、数本刺さっただけでも多少はダメージが出る。
弓だとスキルで強化でもされない限りまともにダメージ通らないからな。ブリーフさんなんて刺さりもしないんだぜ。
そんなわけで、クロは問題ないだろう。
問題は俺だ。フィロスの《炎装刃》に見とれて攻撃すらできなかった。
炎の剣とか使い古されたネタだが、こうして実際に見てみると超格好いい。
「フィロスの《炎装刃》って、いいよな、それ」
「浅層だと弱点突かないとダメージ通らない敵が少ないから、《 魔装刃 》の方が基本なんだけどね。他の属性はまだ覚えてないけど、ミノタウロスみたいに炎弱点で硬い相手には最適だよ」
フィロスは性能の事を話しているが、俺は言いたいのは見た目の格好良さだ。
打ち合わせで聞いたこいつのクラスは、< 魔装剣士 >という下級ではそこそこレアなクラスらしい。
俺もユキもそういうのに憧れるので、悶絶するほど羨ましかったが、一応表面上には出さずに抑えている。
< 魔装剣士 >は、< 魔装士 >というツリークラスの一つらしいのだが、このツリーは装備に属性効果・耐性を付加したりできるようだ。
その上、属性効果だけでなく、魔力を付与する事で攻撃力を増加させる《 魔装刃 》、防御力を増加させる《 魔装盾 》《魔装鎧》などもある。
自分の装備限定で、どれも効果時間はそんなに長くないが、どんな相手でも戦える万能職だ。
ゴーウェンの方は強いが地味という< 槌戦士 >だというのに、フィロスさんはその派手な顔立ちに似てクラスも派手である。
「あれ、近くに宝箱があるね」
「え、まだゲート出たばっかりなのに? 《 宝箱感知 》ってやつ?」
「《 宝箱感知 》は下級では< 斥候 >の必須スキルって言われてるくらい重要なスキルだからね。そりゃ覚えるよ。あたしの感知に引っ掛かるとなるとかなり近いね。……あっちかな」
《 宝箱感知 》は、俺が使う《 回避 》ように範囲型の感知スキルで、宝箱の大体の位置が分かるというダンジョン専用スキルらしい。
下級……特に< 斥候 >の収入は宝箱によるところが大きいので、適性のある奴はまずこれを習得するのだという。
範囲はそんな大きくなく床落ちなどは対象外らしいが、是非パーティに一人欲しいスキルだ。
クラスレベルで習得する類のものではないので、< 遊撃士 >適性のあるユキがスキルオーブで覚えようとしたのだが、スキル自体に適性がなく嘆いていた。
あっても《 解錠 》や《 罠解除 》がないと危なくて宝箱開けられないんだけどな。結局ダンジョンで収入を上げるのに< 斥候 >は必要なのだ。
《 警戒 》スキルを発動させたクロを先頭にダンジョンを進んでいくと、言った通り宝箱が鎮座していた。大したものだ。
「周辺警護お願いね。あたしまだ時間かかるから」
「了解」
宝箱はクロに任せて周辺を警戒する。
トライアル第五層の時のように極端に長時間かけなければそこまででもないだろうが、やはりモンスターは集まってくる。
多いのは小型種。なんでここにいるのか分からないゴブリンやハウンドドッグだ。
もはや一振りで片がつく完全な雑魚キャラだ。そりゃ、猫耳にカブトムシ扱いされるわ。
――――Action Skill《 鍵師の腕 》――
後ろでクロがスキルを使った。
事前のパーティ会議で聞いた、解錠技術を補正するためのスキルだろう。ちょっと解錠が難しい鍵を開ける時に保険で発動するらしい。
こうして見るとクロは戦闘以外では優秀に見えるんだが、本人の自己評価が低い。どうしてもアーシャさんと比べてしまうのだろう。
「開いた。……移動するよっ」
クロの声に合わせ、目の前の敵を全滅させて移動を開始する。
もちろん、ドロップ品も極力集めるのを忘れない。大体、ユキが何も言わず回収してたりする。
少し離れれば、モンスターの姿はなくなる。宝箱に引き寄せられているのか、その気配自体が少ない。
「さっきの宝箱、何入ってたの?」
「……外れかな。< 中品質ポーション >。カードだからそこそこの値段がするけど、< 魔法の鍵 >を使ったら赤字だね」
く、なんて魅惑的なセリフだ。これまでスルーするしかなかった宝箱の中身についての話題なんて。
その外れ扱いされている< 中品質ポーション >がこれまで見てきた宝箱に入っていただけで、どれだけ収入が違うか。
フィロスとゴーウェンも無関心なフリして、聞き耳立ててるのが分かるしな。この二人も同じ境遇だ。
「あ、扉だ」
ユキが道の途中にある扉に気付いた。これは第十一層から登場するトラップの一種で、冒険者の道を阻むだけのものだ。
ただ通行の邪魔をするだけのものなのだが、調べたところによると、これがある所は大抵ショートカットできる場所だという。
「ひょっとして、これも開けられるのか?」
「うん大丈夫。罠もかかってないし、実は< 魔法の鍵 >でも開くよ。これは鉄製だけど、木製だったらハンマーでも壊せるし」
というと、クロは簡単に扉を開けてしまった。そして、しばらく歩くと階段だ。
この階層一時間もかかってないぞ。ダンジョン籠もりしていた頃に近い踏破時間だ。
この層まで来ると、五時間くらいかかってもおかしくないのに、なんだこの差は。
「あー、< 斥候 >必要だね」
「もろに実感したわ」
確かに毎回こう上手くいくわけもなく、たまたま近かっただけなのだろうが、< 斥候 >の必要性を実感するには十分だった。
「クローシェすごいね」
「いや、むしろ< 斥候 >なしで、ここまで簡単に来れてる君たちがおかしいから」
クロさんの返す言葉もごもっともだった。
俺たち四人とも耳が痛い。ここまで苦労したのか、フィロスなんて頭抱えてる。
「というか、こんな近くに階段ある事なんて滅多にないよ」
それはそうなんだろうが、それでもこの効率差はあんまりだ。
そんなこんなで、< 斥候 >の重要性を実感しつつ攻略は続く。さすがに、毎層一時間というわけにはいかなかったが、それでもかなり順調だ。
途中、階段脇の安全地帯で仮眠など取りつつ、三十層ボス部屋前まで到達。
ここまで回収できた宝箱は十二個。攻略時間は二人の場合の想定と比べると大体半分くらいという結果だ。
こんなひどい結末になるなんて……。
クロさん、あなた前衛職に戦闘で負けたからって、何も恥じるような事ではないんじゃない?
……まさか、猫耳とかもっとすごかったりするのかな。これから猫耳さんと呼ばなければいけないかもしれない。
-5-
グランド・ゴーレムについて、デカイとか、岩でできてるとか、目から範囲攻撃の光線撃ってくるとか、右手が実は盾なんですこぶる硬いとか、そんな再確認をする
クロはダメージを与える手段がないとか言ってたが、あなた間違いなく今日のMVPなんで、部屋の隅でじっと見学しててもいいですよ。
「お、囮くらいならやれるよ、お姉ちゃん直伝の《 ミラージュ・ステップ 》あるし」
それ新人戦で俺たち三人の同時攻撃回避したスキルじゃねーか。絶対< 斥候 >のスキルじゃねーだろ。お前、どこまでスペック高いんだよ。
「なあクロ。今日最も輝いていたのはお前で、それは多分この四人の総意だ」
「え、えぇー、そんな事ないんじゃないかな。あんまり戦闘で役に立ってないし」
他の三人も頷いているし、君はもう黙りなさい。
「とにかく、俺たちはこれから中のゴーレムさん相手に憂さ晴らしするから、大人しくしてなさい」
「は、はい……?」
――――Action Skill《瞬装:グレートメイス》――
「さあ、行こうか。ここからは我々の時間だ」
「ゴーレム相手だと、僕もそんなに有効ダメージ与える手段ないんだけどね」
フィロスがぼやいてるが、無視して扉を開ける。
天井の高い、大きな部屋の奥に立っているのは、すでに三回目のご対面となるグランド・ゴーレムだ。
「いいか、まず広範囲攻撃の熱線を撃ってくるから、全力で躱せ。メインのダメージソースは俺とゴーウェンの《 爆砕撃 》だ。可能ならスキル連携で当てる。基本、バラバラの方向から攻めるようにして、あまり正面には立たないように。いくぞ!」
「僕たちの戦いはこれからだ」
ユキ、余計な事は言うな。連載終わってまうやないか。
別にユキがそんな事を言ったからといって、戦闘がなくなるわけもなく。俺たちはそのままグランド・ゴーレムとの戦闘に突入した。
ゴーレム怪光線を撃つ動作を確認したあと、全員で回避。その後、懐に入り込み打撃系のスキルでダメージを稼いでいく。
時間をかけているともう一度光線を撃ってくるらしいが、懐に潜り込んでしまえば関係ない。次を撃たれる前にケリをつける。
「うおらぁああっ!!」
――――Action Skill《削岩撃》――
――――SkillChain《粉砕撃》――
――――SkillChain《 爆砕撃 》――
鈍重な動きのゴーレムの足下に滑りこむようにして、右足にグレートメイスの三連撃を叩き込む。この戦闘で俺が出せそうな最高火力だ。
現段階でこれに繋がる技は《 瞬装 》を介さないと存在しないのだが、実は新人戦以降、実戦では一度も成功していない。
だから、ここでは安定性重視。ゴーレムに対して最も有効打を与えられる武器がこいつである以上、武器が壊れでもしない限り《 瞬装 》はなしだ。
――――Action Skill《削岩撃》――
――――SkillChain《 爆砕撃 》――
ゴーウェンが反対側の脚で、俺に合わせて二連撃ながらもスキル連携を放つ。デカイ殴打武器を振り回し、ダメージを与えるという、なんとも男らしく汗臭い絵面である。
両脚にほぼ同時にダメージを与えた事により、グランド・ゴーレムの巨体がグラつく。起動させようとしていたスキルもキャンセルされたのか、上半身の動きまでもが止まった。
これは重量鈍器を持っている前衛が二人いないとできないだろう。
ユキが鉤付きロープでゴーレムの体へ飛び乗り、移動しながら《 斬岩刃 》でいろんな箇所を切り刻む。アクロバットな奴だ。
苦し紛れに手足を振り回しても、躱されるかフィロスの《 魔装盾 》のかけられた盾で防がれ、いつの間にか持ち替えた片手槌で叩かれる。
クロは遠くからクロスボウを射っているが、これは残念ながらダメージにはなっていない。こいつ毒も効かないしな。
大きく動こうとすれば、俺とゴーウェンの、両足へのハンマー攻撃でキャンセルだ。素晴らしい、完璧だ。……こんなに弱かったっけこいつ。
HPと防御力は高いので戦闘は続くが、一度も有効打を喰らっていない。
前回までであれば、サージェスが体術のコンボを決めて終わりとなるが、ダメージを集中させ過ぎたせいか、先にゴーレムの脚が粉砕された。
もうこいつは移動すらできないただの木偶の棒だ。大きく倒れこんだ体に、ひたすら連打、連打である。
――――Action Skill《ハンマー・クラッシュ》――
この戦闘中で覚えたのか、ゴーウェンの新スキルが最後のHPを削りとり、遂にグランド・ゴーレムは消滅した。
ゴーウェンはあいかわらず何も言わないが、ちょっと得意気だ。
「よし、パーフェクトだ、諸君」
「これはひどい」
クロがなんか呟いているが、俺たちの完全勝利に変わりはない。
「参考になったかね、クローシェ君」
「いや、ならないから」
「ほとんど、袋叩きみたいなもんだからね」
最後の最後で見せ場を作れた気がするぜ。俺たちのハンマー劇場だ。
[無限回廊第三十層階層ボスグランド・ゴーレム撃破]
「あ、終わった」
ドロップ品の< グランド・ゴーレムハンド >を残してボス戦は終了する。俺たちが《 流星衝 》対策に使用した、盾に見えない盾だ。
実はモンスターの状態でも右手だけは盾扱いで、他の箇所より防御力が高くなってるらしい。
「これって絶対に出るのかな? ここまで100%だよね」
「そうだな、毎回出てるな」
「まあ、ネタアイテムらしいからね。装備できても動けないし」
クロはこれがどんな物か知ってるらしい。
「ツナ君が《 流星衝 》対策で使ったから調べてみたんだけどさ、巨人でも使えないネタアイテムとして有名だった。防御力と耐久値はこのランクでは飛び抜けて高いけど、動けないんじゃ使えないよね。ツナ君は良く有効活用したと思うよ」
「性能は知っているが、ゴーウェンでも使えないか?」
ゴーウェンが無言で頷き挑戦してみたが、持ち上げる事すらできなかった。
《 流星衝 》の時押し返そうとしたけど、アレは意味なかったのだろうか。夢中だったんで良く分からない。
「装備して《 瞬装 》したら《 アイテム・ボックス 》に入れられるけど、実はそこまでして持って帰るものじゃないのか?」
「今だったら新人戦の影響で値段付くかもしれないけど、カードじゃなきゃ基本捨て値でしか売れないからね。まあ、空きがあるなら持って帰ってもいいんじゃない?」
引き取ってもらうのにも苦労しそうだけど、一応持って帰るか。いくら安いったって一〇〇〇円とかじゃないだろ。
俺が装備して《 瞬装 》を発動。<グランド・ゴーレムハンド>が《 アイテム・ボックス 》に収まった。こんなデカブツが一瞬で消えるのはなかなか爽快である。
「じゃあ、帰るか」
「やっと、ちゃんとクリアしたって気分になったよ」
「あたしだけ、一足先にE昇格か。なんかちょっと複雑」
お前は間違いなく今日のMVPだから別にいいんじゃないだろうか。どうせこのあと、自分のチームでも攻略するんだろうし。
「僕らもこれでEランクだね。ようやく君たちに追いついたよ」
実質的には同時みたいなもんだと思うけどな。
「次はGP稼ぎだな。ユキはあとどれくらい?」
「うーん、今日の分入れてももうちょっと足りなそうかな。どこか違うダンジョンに潜ろうか」
「そうだな」
特殊イベントになるっていったって、場所は変わらないわけだから、予行練習で< 鮮血の城 >に潜ったっていいし。
フィロスたちとこのまま別のダンジョンを攻略してもいい。ガウルとサージェス入れたらちょうど六人だし。……< 斥候 >いないけどさ。
このあと打ち上げでもしようかと話しながら、俺たちは奥のゲートを潜る。
そんな感じで、< 斥候 >の重要性を確認しながらとなった無限回廊の浅層再攻略も、これで完了したのだ。
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