第2話「ユニークネーム」




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 以前、ギルドのグッズショップに行って気付いた事がある。

 俺は今現在十五歳という事で娼館についてはお断りされてしまったわけだが、動画ならOKだよね。

 実は先日行ったグッズショップには十八禁ならぬ二十禁の部屋も存在し、エログッズが大量に置いてあるらしい事が分かっている。

 あの時は女の子もいたので試す事すらできなかったが、後日一人の時にこっそり試してみても、謎の壁に阻まれるという超技術で目の前の理想郷に辿りつけなかった。この街は無駄な事に技術を使い過ぎだと思う。

 五年くらいいいじゃないか。死んだ時期が良く分からないので正確な事は分からないが、年齢を合計したら中身はもうおっさんだぞ。


 だがしかし。

 そう、だがしかしだ。物理的に入れないとしても、動画を見る事自体はできるはず。

 せっかくダウンロードできる環境があるのだから、PCもどき使ってダウンロードすればいいし、他の人に買って来てもらうという手もある。

 寮のPCだから履歴が残るかも、なんて怯えたりもしたけれど、もう気にしません。見たければ見るといいんだわ。

 娼館での出来事を掲示板に晒された上、近くに究極ド変態がいる事で感覚が麻痺しているのかもしれないが大丈夫。俺は細かい事気にしない大らかな男の子だ。前世でもO型だったし。


「さて、まずは厳選からだな」


 エロ動画といっても千差万別である。

 あのグッズ屋には冒険者のエロ動画しかないわけだが、この街には娼館があるくらいなんだから専門の人もいるだろう。いわゆるAV女優という奴である。

 以前、このPCで検索した際には、フィルターがかかっていてその手のサイトは表示できなかったが、俺は知っている。かつてあの吸血鬼のブログにアクセスした時は、動画の紹介も普通に見れていた事を。

 この手の技術は抜け道が色々ありそうなので、他にもきっと方法はあるのだろうが、とりあえずお手軽な手段を取ろうと思う。

 一回アングラな技術を知らないかとユキに打診してみたが、見事に断られたしな。

 あいつの性欲は一体どうなっているのか不思議でしょうがない。まさか、どっちにも反応しないのだろうか。


 ……まあユキの事はいい、今はエロ動画が最重要課題だ。

 いつか来たヴェルナーのブログへアクセスする。画面の左に載っている真顔の顔写真がやたらムカつく。以前は神として崇めようかと思ったくらいなのに。

 最新の更新は娘のロッテちゃんの隠し撮りだ。いい加減やめればいいのに、どうして同じページに載せるんだろうか。

 この子は可愛いが、エロ動画に出演してるわけでもないだろうに。

 ……してないよな? 年齢も十二歳って書いてあるし。


 ロッテちゃんの事がちょっと気になったので、ブログ内にあった紹介ページを覗いてみた。

 大丈夫、エロ動画は逃げない。こちらから向かっていけば辿り着けるパライソだ。


「冒険者じゃないのは分かってたが、モンスターなのか」


 < モンスター/吸血鬼 >と、以前、クラスの説明の際にヴェルナーが言っていた例そのままだ。

 という事はダンジョンでこの子と遭遇する可能性があるという事なのだろうか。これまで吸血鬼ってエンカウントしてないよな。

 まあ、町中でオークとかゴブリンも見かけるし、変な事じゃないんだろうか。

 モンスターってどんな生活してるんだろう。ロッテちゃん自体も気になるが、それも気になる。


 こうして見ると普通に可愛い女の子なんだけどな。赤とか黒のゴスロリばっか着てるみたいだけど、それも似合ってて可愛いし。

 日本ではこの服装だと周囲から浮きそうだが、こっちではこれくらい普通に歩いてるからな。上半身裸の覆面が闊歩してるんだぜ。

 モンスターの情報を調べてるんですって言えば、不自然な感じを出さずにヴェルナーから個人情報聞き出せないかしら。


 とりあえずロッテちゃんの事は分かったので、本題のエロ動画だ。

 ヴェルナーのブログは相変わらずの充実度だ。以前見た時よりも充実している。どうやら、かなりの頻度で更新しているらしい。最新更新日なんて昨日だ。

 ブログでは冒険者のものしか扱っておらず、それ以外の作品は別ページへのリンクとなっていたが、こちらはフィルターがかかっていて閲覧できない。

 今日はエロ冒険者さんたちの情報で我慢するしかない。いや、パッと見ただけでもかなりレベルが高い。これで我慢とか罰が当たる。


 かなり過去まで遡って見てみるが、これだけの作品紹介があって女の子に外れがないというのはすごい。

 別に俺の要求するラインが低い訳じゃなく、普通にみんな美人さんで可愛いのだ。娼館と違って貧乳さんもいるし、スタイルは色々だ。

 ブログ内の説明ページにも書いてあったが、スキルで《 美肌 》や《 メラニン除去 》などの美容スキルも存在するので、それらを使っているらしい。

 こう書くと整形してるようにも聞こえるが、化粧水や乳液で肌のケアをするのと変わらないだろう。効果は雲泥の差だろうが。

 つまり、一般の子よりスキルの獲得し易い冒険者のほうが、綺麗な子は多いという事か。また一つ賢くなってしまったぞ。

 しかも、年齢自体を操作可能という事だから、二十歳以上という年齢でも若々しい子ばかりだ。どう見ても成人しているように見えない子も多い。

 エロゲーの起動時に表示される、[この作品のキャラクターはすべて十八歳以上です]っていう断りすら必要ない。完全な合法だ。

 すご過ぎるぞ。この子とか、俺よりも年下にしか見えないのに、二十三歳だってさ。この子なんて見た目小学生……


「なん……だと」


 そのページを見た瞬間、誰の霊圧も消えていないのに、空気が止まった気がした。

 画面に表示されているのは、まさかの六十二歳。見た目小学生のロリババアが紹介されている。……これは一体どういう事なんだ。

 あまりの事態に俺の脳が理解を拒否している。どれだけ迷宮都市の闇は広いというのか。

 六十二歳……六十二歳か。一体全体どんなギャップ萌えなのだ。これが百歳とか、百二歳ならまだいい。良く使われる手法だ。なんに使われる手法なのかは置いておいて。

 しかし、現実的に有り得る年齢で想像の余地が残される六十二歳は上級者過ぎる。いや、そういう特殊な層をターゲットにしているのだろうか。

 駄目だ、俺には未だ到達できない境地だ。結構売れてるみたいだし、世の中にはすごい人がいるもんだぜ。

 ロリババアに会ってみたいとは思ったが、エロ動画はまた別腹だ。これは今後の楽しみとして、俺の精神性が成長した暁に手を出してみるとしよう。

 ここはまだ、俺に到達できる領域ではない。あと一年くらいは研鑽を積む必要があるだろう。


 さて、次は購入だ。まず手始めにヴェルナーのお薦めから一本挑戦してみよう。

 兼業冒険者である事に驚いたが、娼館では結局手を出せなかったニーナちゃんが出ているものがあったので、これに手を出してみようと思う。

 実際に手が出せる範囲にいるのに、動画しか見れないというのがまた泣かせる状況だが構わない。

 むしろこれを限定的なシチュエーションとして楽しむくらいの度量を見せてこそデカイ男というものだ。


 しかし、購入画面でIDと年齢の入力という罠が待ち構えていた。

 年齢はいい。プルダウンでの選択式のため、いくらでも誤魔化せる。だが、ID欄はステータスカードに記載されている冒険者IDを入力する必要があるらしい。おそらくクレジットカードのような扱いで自動引き落としされる仕組みなのだろう。

 この街では一般人でもこういうIDを持っているらしく、通販で引き落としを行う場合はこうやって入力するようだ。

 金自体はカードに入っているのでそれは問題ないのだが、これだと年齢を誤魔化せないんじゃないだろうか。

 案の定、IDを入力すると年齢制限によるエラーメッセージが出力された。くそっ。


 だが、……たまたま、本当にたまたまなんだけど、暗記していたサージェスのIDを入力してみる。

 いや、悪用するつもりはなかったんだ。ほらチームリーダーとしてはメンバーの情報を管理する必要があるしね。

 これだって、あとでお金渡すから。むしろ二倍にしてもいいよ。うん、あとで土下座して謝るから。

 しかし、今度はパスワード入力画面が待ち構えていた。

 ……そりゃそうだ。IDなんて調べれば分かるし、それだけで買い物できるなら悪用しまくりだ。

 そういえば、俺だってパスワード設定している。ランクが上がると生体認証機能とかになるとか講習で言っていた。


 くそ、どうしたらいいんだ。そもそも存在するか分からないが、コンビニで買えるような電子マネーでは駄目なのだろうか。

 穴が空くほど規約ページを読み、調べてみると、確かに電子マネーは存在するらしいが、それを使ってもやはりID入力は必要らしい。

 駄目だ。八方塞がりだ。俺のITリテラシーではこれが限界だ。

 ユキさんにお願いしても、あいつは協力してくれないだろう。フィロスやゴーウェンも年齢制限に届いてない。


 何故、二十歳なんだ。日本みたいに十八歳じゃ駄目なのか。フィロスは十九歳だから、それならクリアできるというのに。

 だって、絶対これダンジョンマスターが面倒臭かったとか、そういう理由だぜ。ふざけんなよ。


 ……仕方ない。あまり使いたくなかったが最終手段だ、奴に頼るしかないな。

 俺は以前に聞いていた住所のメモを取り出した。




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「ここがあの男のハウスね」


 寮から歩く事数十分。ダンジョン転送施設よりも遠い場所にあるマンションの前に俺は立っていた。我らがサージェスさんのお住まいだ。

 ダンジョン区画はバスも電車もないので不便極まりない。馬車でも良かったが、意外と高いので結局歩いてしまった。

 会館近くのホームセンターに自転車が売ってたから、今度あれを買おう。駐輪場借りなくても、最悪倉庫に入れておくって手もあるし。アイテムボックスに入れてもいい。


 迷宮都市に来てから普通の住居を訪れる事はなかったが、意外に普通だな。日本にたくさん建ってそうなマンションだ。

 これを普通と言うあたり、迷宮都市に毒されてきた証拠なのかもしれない。

 オートロック式なのか、マンションの入り口には部屋番号を指定して呼び出すインターホンがあった。

 郵便受けを見ると、在宅かどうか確認できるパネルもある。居留守とかしたい場合はどうするんだろうか。

 サージェスさんはご在宅のようなので、呼び出してみた。


『はい、どちら様ですか?』

「あ、俺だよ俺」

『ああ、月刊マゾボーイのホセさんですか。取材は明日のはずでは?』


 なんだ取材って。


「いや、俺だよ。お前がリーダーと呼ぶツナさんだよ」

『まさか。どこのオレオレ詐欺ですか。リーダーがここに来るわけないでしょう。面白い人ですね』

「詐欺じゃねーよ。はるばるここまで歩いて来たんだよ。ちょっと頼み事があってさ」

『え、本当にリーダーですか? では、本当にリーダーか確認しましょう。リーダーなら間違いなく答えられるはずです。私が最近購入を考えているシャワートイレの製品名はなんでしょうか?』


 これまで話題にも上がった事ないじゃねーか。


「知らねーよ。大体、カメラ付いてるじゃねーか。お前分かっててやってるだろ」

『バレましたか。仕方ありません、203号室ですのでどうぞ』


 なんでパーティメンバーの家を訪ねて、コントみたいな真似せにゃならんのだ。俺はお前のあんちゃんじゃないぞ。

 入り口のドアが開いたので、サージェスの部屋である203号室に向かう。

 部屋の入り口の備え付けてあるインターホンを押すと、中から見知った男が現れた。


「本当にリーダーですね」

「本当に疑ってたのかよ」

「いや、そういうわけではありませんが、リーダーがウチを訪れるシチュエーションが思い浮かばなかったもので。立ち話もなんですし、どうぞ」


 案内されるまま、中に入る。こいつは変態には間違いないが、ホモではないから貞操の心配はないはずだ。

 二つある部屋の内、手前の部屋に案内されたが、もう一つの方は触れないほうがいいだろう。あれはきっと魔の領域だ。変なオーラを感じる。

 案内された部屋の中は、意外と普通の内装だ。整頓されているため、むしろ一人暮らしの男の部屋としては綺麗にしている方だろう。

 本棚に堂々といかがわしい本が並んでいるのはアレだが、俺の部屋よりちゃんとしている。


「結構整頓されてるんだな。もっと混沌としたイメージを想像してた」

「一般の方の来客もありますからね。あまり刺激が強いのはちょっと」


 詳細については聞くまい。


「本題じゃないんだが、お前、シャワートイレ買い換えるつもりなのか?」


 全然関係ないが、シャワートイレ板の住人としてここは聞かねばなるまい。


「ええ、今使っているのも最近買ったものなんですが、T0T0から新製品が出るらしいので」


 なんだその狙ったネーミングは。文字だけ見たらどこかのトイレ会社と誤解しそうじゃないか。


「実は俺もシャワートイレは興味があってな。寮のトイレ備え付けのやつは安くて古いからイマイチなんだ。引越したらちゃんとしたやつ買おうと思っててさ」


 寮の共用トイレに設置してある奴は、値段だけ見て適当に決めましたって感じのやつで、シャワートイレの勇士としては心動かされないのだ。

 まったく、素人は分かってないよな。


「そうだったんですか。私はシャワートイレはあまり詳しくないのですが、良かったら引越しに合わせて持っていきますか? 今のはハイパージェットシャワーという製品なんですが、新製品のダイナマイト・インパクトというやつがどうしても気になってしまって。マゾヒストの心得として器具は綺麗に使ってますよ」


 そんな心得は知らんが、どんなものか興味はあるな。

 シャワートイレの勇士の一人としては試さねばなるまい。これは使命のようなものだ。


「もらうかどうかはともかく、一回試してみてもいいか?」

「どうぞ、分かると思いますが、トイレは玄関脇にありますから」


 目的は忘れてないが、エロ動画は逃げないからな。サージェスに買わせるという、ちゃんとした手段を取れば辿り着けるだろう。


 トイレに入ってみると、言っていた心得通り綺麗に使っているようで、ちょっとサージェスを見直した。トイレを清潔に保つのはなかなか大変なんだぞ。

 備え付けてあるシャワートイレは見た目普通の形状で、どこにでもありそうなシャワートイレだ。一般の方が見たら違いも分からないだろう。

 だが、纏っているオーラが違う。こいつは間違いなく大物だ。傑作機が持つ独特の存在感を持っていやがる。ハイパージェットシャワーとかいったな。侮れないやつだ。

 サージェスは買い換えると言っていたが、これ以上となるとどんな事になってしまうのやら。

 特に便意はないが、試してみるべくズボンを降ろして便座に座る。

 ほう、座り心地もなかなかじゃないか。大して変わらないだろうと思うだろうが、こういう細かいところが重要なのだ。やるなハイパージェットシャワー。


「さて……」


 今の時期はあまり必要ないが便座の温度調節機能、その他、自動洗浄、ノズルの位置調整まで一通り揃っている。

 色々メニューは豊富だが、まずはスタンダードなタイプからだな。『最弱』から試してみよう。

 まさかの七段階調節で、最大は『最強』だが、ここは下から順に、ちょっとずつ試すべきだ。


「ポチッとな」


 ボタンを押すと、想定していなかったBGMが流れ始めた。こんな機能もあるのか。

 確かにトイレにはまったく関係ない機能だが、こういう遊び心が大事なのだ。ちょっと緊張感を煽るようなBGMで選曲センスは悪いが、これはあいつの趣味なのだろう。

 そして、噴射された洗浄水が俺の肛門を直撃する。

 お、これはなかなか……いや、おい、ちょっと待て……


「ぎゃーっっっ!!」


 なんだ、なんだこれは、今俺は攻撃されているのか?

 マズい、肛門が、ケツの穴が裂けるっ!!

 スイッチ、スイッチを……


「あんぎゃーーーーっっっ!!」


 次の瞬間から、更に爆発的な勢いで噴出される洗浄水に、意識が飛びかける。

 それはたとえるなら手術などで使われるウォーターメス。噴出する水の刃は、相手を確実に仕留めてやるという決意すら感じさせる勢いだ。

 間違えて段階調節ボタンを押してしまった。くそ、なんだこのトラップは。

 チカチカする視界の中、なんとか『停止』のボタンを押した時には、俺はボロボロの状態だった。

 たった数秒、数秒だけで甚大なダメージを負ってしまった。

 まさか、これは何かのトライアルなのか……。俺は何にデビューするというのだ。


「し、死ぬかと思った……」


 まだズキズキする。……俺、今日クソできるかな。なんでこんな危険物設置してんだよ。

 ……ここがサージェスの家だという事を忘れていた。一見して分かる器具だけでなく、こんな一般的な設備まで危険物とは……。とんでもねー奴だ。




「あ、どうでした? あれもなかなかでしょう」

「なかなかでしょう、じゃねーよっ!! 肛門が爆発したかと思ったわっっ!! 再起不能になったらどうしてくれる」


 部屋に戻ってみると、サージェスは涼しい顔で感想を聞いてきやがった。


「え、そこまでではないでしょう。新製品のダイナマイト・インパクトはあれの二倍まで噴射量を調節可能なんですよ」


 そんな化物が存在していいものなのか。俺の肛門はあれの下二段階で、限界を突破したんだが。


「いや違うだろ、違うんだ、そういうのじゃないんだ。シャワートイレは肛門にダメージを与えるためのものではないんだ。もっとこう、自由で静かで豊かで、なんていうか救われてなきゃあ駄目なんだ」

「そ、そうですか……すいません、私はちょっとそっち方面は詳しくなくて」


 くそ、このやり場のない怒りをどうしてくれる。アームロックかけてやろうか。

 ……いや、喜ばせるだけだな。


「あーもう、なんでトイレ借りるだけでこんな目に遭うのか分からないが、本題は別だからな」

「あ、すいません、そこの椅子を使って下さい」

「座れる状況じゃねーよっ!!」


 アレを日常的に使ってるこいつの肛門は一体どうなってるんだ。

 いや、むしろ、アレを売っている会社はどうなんだ? 名前の似ている日本のトイレ会社さんに申し訳ないとか思わないのか?


「長いようでしたら、飲み物を用意しますが」

「いや、いい。すぐ終わるから」


 こうなっては、せめて本題の方は完遂せねば収まらない。もう寄り道はしない。


「サージェスにちょっと頼み事があるんだ」

「リーダーから頼み事ですか。珍しいですね。どのサークルに紹介すればいいのでしょうか」

「いや、そういうのじゃない。マゾとか露出のサークルからは離れてくれ。頼み事というのはだな、ちょっと年齢制限のかかった動画のデータを買って……いや、ここは万全を期したほうがいいな。ギルド会館のグッズ売り場に置いてある、エロ動画ディスクを買って来て欲しいんだ。……ほら、ちゃんと成人してるのお前だけだろ」


 動画ディスクの現物があれば認証に引っ掛かる事もないだろう。

 ないとは思うが、ダウンロードしたデータの場合、ダウンロードしたIDと違いますとか言われても嫌だしな。

 前世で似たようなトラップを喰らった事がある。


「……はあ。なるほど、リーダーもそういう年齢ですからね。大した手間でもありませんし、別に問題はありませんよ」

「分かってくれるかい、サージェス君。俺はこの溢れる若いパトスを持て余してるんだよ」


 サージェスは変態だという事は間違いないが、こういう事は理解してくれるからな。

 自分の趣味以外でもちゃんと許容してくれる大人だ。


「どんなものを買ってくればいいのでしょうか。最近出たSMものは大体網羅しているので、買わなくても貸せますが」

「いや、SMはちょっと……露出ものなら別に構わないが、今回はちゃんとリストアップしてきたので、これを買ってきて欲しい。全部店頭にあるかどうかは分からないので、あるものから上から順に……そうだな三つほど買ってきてくれ」


 サージェスにメモしたリストを渡す。

 これは、掲示板やヴェルナーのブログを見て、これはというものを書きだしたものだ。

 このリストを作るのにかけた労力は尋常じゃない。表計算ソフトを使い、女優の顔写真と名前、タイトル、ジャンル、ヴェルナーのブログに書かれたコメント欄の評価、そして俺の第一印象を一覧化、厳密な得点を算出した上でリストアップしたのだ。エロ動画といっても、そう無駄遣いもできないしな。


「なるほど、タイトルだけ見たら普通なラインナップですね」

「俺はノーマルだからな。間違っても特殊属性のものは買ってくるなよ。いいか、これはフリじゃないぞ」

「それは分かりましたが、代金はどうしましょうか」

「物によって値段が違うから、建て替えてもらえるとありがたい。色付けて返すから」


 ほんとお願いします。


「分かりました。他ならぬリーダーの頼みですからね。……ただ、ちょっと問題がありまして」

「なんだ、まだ俺の前に立ちはだかる壁が存在するというのか?」


 大抵の条件はクリアしてやるぞ。


「いえ、大した事ではないのですが、私これから用事があるので、買いに行くのは明日になってしまうかと」

「そんな事全然問題ないよ、サージェス君。待ってるからね」


 ショップの開く明日の朝十時くらいには持ってきてくれるという。

 く、なんていい奴なんだ。涙出そう。


「じゃあ、今日のところは帰るよ、明日よろしくな」

「はい。ところでシャワートイレはどうしましょうか」

「いらんわっ!!」


 忘れそうになっていたが、あんなものを日常的に使ってたまるか。

 ……ダンジョンのダメージじゃないから、普通の病院にいかないとマズいかな。




-3-




 サージェスの家を出ると、もう夕方だった。夕日が目に染みるぜ。なんかこう、やり遂げた感があるよな。

 ……いや、まだ商品を受け取ってないんだから、安心しては駄目だ。

 あいつは性癖以外は意外と誠実な奴だから、わざと間違えるとは思えないが、何か超展開が待っているかもしれない。帰ったら一応メールしておこう。


 さて、帰りに自転車でも見て帰ろうか。冒険者のパワーに耐えられる自転車なら、自動車ばりの加速を出せるかもしれない。

 倉庫の空きスペースを考えると、折り畳み式がいいんだが、それだと強度に問題ありそうだよな。

 などと、どうでもいい事を考えながら、寮への道を歩く。

 だから、その出会いは偶然だったと言えるだろう。


 道の向こうから、パックジュースを飲みながら女の子が歩いてきた。

 大して日差しも強くないのに日傘を差し、黒いゴスロリドレスに身を包んだ赤髪の少女。

 どこかで見た事あるような、奇妙な既視感を感じさせた。……誰だっけ? 古い話ではない。最近の事だ。

 ああ、ドレスの色が違うけど、あの赤髪は今日見たばっかりじゃないか。


「ヴェルナーの娘さん!」


 俺の声が聞こえたのか、パックジュースを吹き出した。むせ返ったのか、苦しそうだ。


「……おほっ、……ごほっ、一体誰ですか!?」


 お互い認識してしまったので、近寄ってみる。

 ドレス黒いし、写真で見るのとはちょっと印象が違うんだな。遠目でちょっと見ただけでは分からなかった。


「すまん、別に驚かせるつもりはなかったんだが。……血?」


 見ると地面に血痕が飛び散っていた。

 吐血したのか? 病弱キャラ?


「いえ、確かに血ですけど、気にしないで下さい。私の血じゃないので」

「あ、そういえば、吸血鬼だったか。噛み付くんじゃなくて、そういう風に飲むんだな」


 確かに首筋に噛み付いてとか、飲み辛そうだもんな。パックとか、自販機に売ってたりするんだろうか。


「なんなんですか、あなた。私の事を知ってるみたいですけど、父の追っ手ですか?」

「悪い。たまたまヴェルナーのブログ見て覚えてたからさ。……あいつに追われてるのか?」

「別に追われてはいませんが、あの人どこで盗撮してるか分かりませんし」

「ああ」


 納得してしまった。最初の方はそうでもないのだが、最近の記事は盗撮っぽい写真ばっかりだからな。


「名前はロッテちゃんだっけ?」

「……リーゼロッテです。ナンパならお断りですよ」

「いや、そんなつもりはないんだけどな。たまたま見かけたから声をかけただけで。いや、可愛いと思ったのは確かだから、デートでもしてくれるってなら大歓迎だぞ。お兄さん奢っちゃうぜ。でも、あんまり高いのは勘弁な」


 援交じゃないからね。そんな年齢でもないし。


「私、モンスターの上、吸血鬼なんですけど。種族違うのに抵抗とかないんですか?」

「ないな。そもそもギルド会館にもモンスターはいっぱいいるし。見かけがあんまり違うと無理だけど、そんなに違わないしな」


 ちょっと種族が違っただけで駄目という人も多いけど、俺はまったく問題ない。

 オークとかはさすがに無理よ。あっちも無理みたいだし。


「はぁ……冒険者の方ですか。尚更問題じゃないですか? 敵ですよ」

「大丈夫、かつて死闘を繰り広げたブリーフタウロスさんとも、今度焼き肉食いに行く約束してるくらいだ」


 奢ってくれるとか、ブリーフさん意外といい人だ。いい牛?


「まあいいですけど、……あなた、お名前は?」

「ああ、悪い。新人冒険者の渡辺綱だ。今はEランクだな」

「渡辺……あなたが」

「なんだ、俺の事知ってるのか? 最近自己紹介すると大抵知ってるんだよな」


 神社の巫女さんとか。

 有名人は辛いぜ。でも、モンスターでも噂って広まるものなのか?


「モンスターの中でも有名人ですよ、あなた。下手な上級よりも。……ちょっと気が変わりました。お誘いに乗ってデートしましょうか」

「え、マジで?」


 初対面の子とこんな展開になるなんて、前世含めてもなかったんだけど。ひょっとして、芸能人のネームバリューみたいなもんですか?


「奢ってくれるんですよね。そんなに時間はありませんけど、最近できた店でいい甘味処がありますので、そこに行きましょうか」

「それはそれは。では行きましょうか。マドモアゼル」

「ふふ、面白い人ですね」



 エロ動画買うのをお願いしに行ったら、道端で女の子が釣れたでござる。




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 連れて行かれた店は極普通に雰囲気の良い、若い女の子がたくさん入ってくるようなスイーツショップだった。

 なんとなく高い店で奢らされる事になるかと思ったけど、値段は手頃で特にそんな事はありませんでした。

 客は基本女の子ばっかりで、時々カップルもいるが、今の俺は爆ぜろとか言わない。むしろ俺が爆ぜる側だ。壁殴り代行さん、ごめんね。


 座る際に裂けるような痛みを感じたが、ここは我慢だ。不屈の精神で耐え抜くんだ。

 ロッテは紅茶とケーキを、俺はコーヒーを注文する。

 コーヒーだけ飲んでも、会館の無料のものとはえらい違いで、これなら甘味も美味いかもしれない。

 前世ではそうでもなかったんだけど、この年まで甘味を食う機会がほとんどなかったから食べたくてしょうがないんだよね。

 ユキとか一緒だったら不自然じゃないかな。リリカやクロでもいいけどさ。


「では、改めましてリーゼロッテです。種族は吸血鬼で、職業モンスターです。最近では主に< 鮮血の城 >というダンジョンの主を、無限回廊では中ボスなどをやる事もあります」


 なんか良く分からないがすごいのか?


「冒険者の渡辺綱だ。デビューはつい数ヶ月前。一応トライアルダンジョンはタイトルホルダーだぜ」

「名前だけなら噂では聞いています。モンスターですから情報は制限されてますけど、それでも聞こえてくるくらいには」


 情報制限されてるのか。いまいちモンスターの社会構造が分からないんだよな。


「実はモンスターの事とか良く分からないんだけど、聞いてもいいものなのか?」

「問題ありませんよ。逆は問題ありますが、駄目な情報は認識阻害でカットされますし。厳密なルールは分かりませんが、ここでいきなり渡辺さんがエッチな事を言い出しても、伝わらないかもしれませんね」


 いや、こんな女の子満載のところでエロワードは言わないよ。


「モンスターって普段どんなところに住んでるんだ? こうして街にいるのは見かけるけど、住んでる所は別だよな」

「< モンスター街 >というダンジョン……のようなモノがありますので、そこに。審査をクリアしたモンスターはこちらに住む事もできます。行き来をするのにも審査が必要なので、危ないモンスターはこちらには来れないようになってます」


 ちゃんとした住居はあるっぽいが、ダンジョンに住んでるのか……。

 となると、訓練所とかもやっぱりダンジョンだったりするのかな。


「街の雰囲気はあまり変わらないですね。人間がほとんどいないくらいで、あとは大体一緒です。時々頭の悪いモンスターが暴れて逮捕されたりするのは、こちらとはちょっと違うところですね」


 それでも王都よりは治安良いんじゃないかな。


「モンスターって、人間の事どう思ってるんだ?」

「どう、とは?」

「あー、ほら、さっきの話じゃないけど、ダンジョンでは敵同士なわけだろ? なのに、外では焼肉一緒に食いに行ったりするような感じでさ」


 ダンジョン内だと性格変わったりするんだろうか。


「場所にもよりますが、ダンジョンでは闘争本能を強化されたり、言語機能が封印されたりする事もあります。なのでモンスターによっては、中と外で別人のような個体も多いでしょうね。……認識できなかったらすみません。渡辺さんは無限回廊の一〇〇層以降の事は知ってますか?」

「ああ、大丈夫だ。ダンジョンマスターから直接聞いてる」

「なら話は早いですが、無限回廊の第一〇〇層以下のモンスターは、すべてダンジョンマスターが創造したものです。私の場合は二世なので特殊な扱いですが、モンスターはみんな冒険者の成長を促すために作られたギミックの様なものです。来たるべき第一〇〇層以降の攻略に備えてのハードル役という感じですね。ライバルとでも思って頂ければ印象は良いでしょうか」

「……いきなりの衝撃発言だが。モンスター側はそれで納得してるのか?」


 ダンジョンマスターの思惑は分かるけど、それで作られた側はどう感じるんだ? 普通、踏み台役とか嫌なもんじゃねえ?


「特になんとも思ってません。知能が足りなければそもそも考える事すらしませんし、レベルが上がってもそこに疑問を抱く事はありません」

「二世とか言ってたけど、ロッテも?」

「はい。むしろ、冒険者の障害となる事に喜びすら感じています。良く考えると踏み台みたいなものに見えますが、これはこれで美学のようなものを持っているモンスターも多いですね。闘争本能が強い種も多いので、戦う事を素直に楽しんでいる者も多いと思います」


 良く分からん世界だ。格好いい登場シーンとか、そういうところから来ているんだろうか。

 思った以上に冒険者とモンスターの壁は厚そうだ。今度ブリーフさんにも聞いてみよう。


「それに、私たちはモンスターを辞めて冒険者になる事すら選択できます。恵まれた環境だと思いますけどね」

「ロッテは冒険者になる気はないのか?」

「今のところは。モンスターとして得た力のほとんどを失う事になるわけですし、やはり勇気のいる決断ですね。ダンジョンマスターの役に立つ事を考えるなら、最終的にはその方がいいのかもしれませんけど、それは今ではないです」


 色々あるのかね。難しい問題っぽいよな。


「まあ、冒険者になったら一緒にダンジョン攻略でもしようぜ」

「そうですね。でも、敵として戦うほうが先かもしれませんよ」

「それはまあ、その時だな。遠慮なく斬るよ」


 普通なら知り合いを斬るのは躊躇するものなのかもしれないが、俺はそこら辺結構ドライだと自覚してる。

 ユキも最近では慣れてきたのか、模擬戦でも相手を切り刻む事に躊躇がなくなってきた。

 真っ当な人間としては正しい姿ではないかもしれないが、職業柄どうしても必要だろう。


「それでいいと思います。その時は宜しくお願いしますね」

「それはどっちの意味だよ」

「ふふ、どっちでしょうね? あ、もう一つケーキ食べてもいいですか。もうなくなっちゃいました」


 結構シリアスな事話してた気がするのに、パクパク食ってたからね。


「どうぞどうぞ。……俺も何か食うかな。何かお薦めとかあるのか?」

「男の人だったらあまり甘くないこのケーキとか、量が欲しいならジャンボプリンパフェとかどうでしょう」


 メニューに載っているジャンボプリンパフェは結構なボリュームだ。

 でもまあ、これくらいなら問題ないだろう。

 ケーキとジャンボプリンパフェを追加注文する。


「ちなみに、吸血鬼って好き嫌いとかあるのか? 親父さんはにんにく好きとか、古典の吸血鬼を冒涜するような事を言ってたけど」

「特にはないですね。私はせいぜい辛いものは苦手という程度です。にんにくは臭いがつくのでそんなに好みはしませんが」

「本当に血を吸う……飲むだけなんだな」


 パックだから吸ってはいなかったな。いや、ストローだから吸うで合ってるのか?


「血は好きですよ。L型とか美味しいです」


 なんや、L型って。まさか、血液型は日本と違うのか?

 ……そうか。ダンジョンマスターは医者じゃないんだから、地球基準の血液型の違いなんて分からないのか。

 だから型を区別するために、適当なアルファベットを割り当ててるのかな。でもなんでLよ。


「さっきの血のパックってどこかに売ってるのか?」

「こっちではあまり見かけませんが、モンスター街のスーパーとかで売ってますね。下級の冒険者とか、お金がない人が売ったりするみたいです。会館近くの病院で受付してるらしいですよ。単価は安いんであまり人気はないんですが、増血剤を支給するようになってから売る人が増えたって父が言ってました」


 献血かよ。食用献血とか新しいな。魔術ギルドの魔力売買と同じように、これも一種のバイトのようなものなのだろうか。


「血は飲むけど、ニンニクは大丈夫。日光は苦手なのか? 日傘さしてたけど、灰になるって感じじゃないよな」

「ダンジョンにいる事が多いので、日光は苦手ですけど、弱点ってわけでもないです。そもそも、本に書かれてるような吸血鬼の弱点はほとんど当てはまりません」

「十字架とか、銀の弾丸とか、杭とかか?」

「ここはダンジョンマスターのいた地球ではないので、十字架なんてただのアクセサリですし、銀の弾丸も当たれば痛いですが、普通の弾丸と変わらないと思います。心臓に杭を刺されれば死にますが、大抵のモンスターは死ぬんじゃないでしょうか」


 そらそうだ。あれは、吸血鬼が不死身の再生能力を持っているから使われた対策だろう。

 似たような再生能力があれば有効なんだろうか。心臓なくても動いてくるようなモンスターとかいそうなんだけど。


「むしろ杭は私が使いますね。専用スキルで得意技の一つです」

「あー、分からんでもない」


 ドラキュラとか、元ネタは串刺し公だもんな。


「蝙蝠になったりとかは?」

「父はそういうスキルを持ってますが、私はできませんね。翼で飛ぶスキルはありますけど」

「羽根生えてないじゃん」

「スキル使うと生えるんですよ。制限されてるのでここでは使えませんけど」


 実は俺も羽根生えるスキルとか覚えられないだろうか。

 羽根生えなくてもいいから飛んでみたいよな。飛ぶって結構ロマンだ。


「そういやモンスターでも、リーゼロッテっていうちゃんとした名前があるんだな。ヴェルナーもだけど、これまでに会ったモンスターって種族名で呼ばれる奴のほうが多かったんだが、何か違いでもあるのか?」


 ブリーフさんは、メールの宛名もブリーフタウロスだったし。


「父はもうモンスター辞めて久しいですが、固有名持ちはモンスターの中でも特殊な扱いになるんです。ユニークネームモンスターと呼ばれていて、大抵はその種族の同レベルモンスターよりも強い事が多いですね」

「ロッテも?」

「はい。ユニークネームの二世なので生まれた時から名前はありましたが、今ではちゃんとユニークネーム扱いです。私は見る権限がありませんが、冒険者が使えるモンスター検索でもこの名前で登録されているはずです。これだけで、モンスターの中では一目置かれる存在になるんですよ。ちょっと偉いんです。ふふん」


 ふふんって……。丁寧な物腰と口調だが、こうして時折幼さが見えるのは十二歳だからなのか?

 しかし、ボスキャラ……ともまた違うんだろうな。パンダは知らんが、ヒュージ・リザードもグランド・ゴーレムも固有ネームじゃない。

 無数に存在するモンスターの中で固有の名前を与えられるっていうのは、きっとすごい事なんだろうな。


「しかし、想像以上に美味いなプリンパフェ」


 結構な量があったのに、どんどん入っていく。


「渡辺さんは甘い物好きなんですか?」

「食えるものなら大抵好きだ。マズいものでも食えるけど、やっぱり美味い物がいいよな」


 食べ歩きとか、趣味にいいかもしれない。


「父は辛いものばかり食べるので、男の人はあまり甘い物を好まないと思ってました」


 別に知りたい情報ではないのだが、ヴェルナーは辛党なのか。んで、ゴブタロウはゴブリン党と。


「前にゴブタロウにも聞いたけど、モンスターって人間食わないのか?」

「人間である渡辺さんに聞かれるのは変な感じですが、知能の低いモンスター以外はあまり聞きませんね。大型種が冒険者を飲み込んだりする事はあるので聞いた事はありますが、あまり美味しくはないと言ってました」


 冒険者だから、生きながら食われたり飲み込まれたりする事もあるだろうな。

 あ、そういや、二十層でサージェスがヒュージ・リザードの口の中に入ってたな。


「さっきから渡辺さんとか言ってるけど、好きな風に呼んでもいいんだぞ」

「家名のある方は、大体そちらで呼ぶようにと躾けられましたので、癖のようなものなんです」

「別にお兄ちゃんでもいいんだぜ」

「ふふ、それも面白いですね。考えておきます」


 ありゃ、駄目だったか。妹キャラは貴重なのにな。残念。


「そろそろ出ようか。パフェもなくなったし」

「すごいスピードでなくなっていったので、見ていて面白かったです」

「そりゃ良かった」


 早食いも時には役に立つもんだ。




 会計を済ませて、店の外に出た。もう日が暮れかかってる。時間ないとか言ってたから、そろそろお別れだろう。


「実は、こちらの通貨はあまり持っていないので助かりました」

「ん? モンスターって円は使わないのか?」

「モンスター街はモンスターポイントという独自通貨を使うんです。みんなはMPって呼んでますけど、マジックポイントと混同して紛らわしいですよね」


 なんか聞いた事あるな。

 最初にこの街に入る時にお捻りでもらった、ゴブリンの書かれた札の事だろうか。財布に突っ込んでたままになってるな。


「ひょっとして、これの事か?」

「ああ、それです。……って、なんでMP持ってるんですか? こっちでは使えませんよ」

「なんでと言われても、もらったんだが。……使い道ないから、あげるよ」

「はぁ……ありがとうございます」


 このゴブリンの絵が書かれた一〇〇MP札は、こっちでいう一〇〇〇円くらいの価値のようだ。

 モンスター全体の貢献度によって交換レートが変わるというシステムで、行き来できるモンスターが税関のような場所で交換するらしい。

 結構レートが頻繁に変わるので、ロッテはいつも必要最低限しか交換してないそうだ。


「そろそろモンスター街に戻らないといけない時間ですね」

「さっきも時間ないとか言ってたけど、門限でもあるのか?」

「はい、夜は移動禁止なんです。父の家……というか、実家はこちらにあるんですが、あまり泊まりたくないので」


 深くは聞かないが、父親の方に問題があるんだろうな。盗撮親父だし。


「えーと、……最後に唐突ですが、渡辺さんは運命って信じますか?」

「急な話だな。……特に気にした事はないが、そういう謎の力が働いてるんじゃないかって思う事はあるな」


 この街に来たことやユキとの出会いも、何か運命的なものを感じる。

 すでに転生やら魔法やらスキルやらと、物理的に考えられないものに直面している以上、運命だって気のせいだと一蹴する事はできないだろう。


「私はこれまで信じてませんでしたが、ちょっと考え直しました」

「なんだ、お兄さんに運命でも感じちゃったのかい?」

「はい」


 即答ですよ、おい。

 まさか、リーゼロッテルートに入ってしまったというのか? 現段階ではまだちょっと早いが、数年越しの長期イベントなら歓迎だぞ。


「……ダンジョンマスターから渡辺さんたちへ課せられてる試練の事です」


 知ってるのかよ。

 雲行きの怪しくなる運命を感じちゃったぞ。


「……まさか、ロッテが次の相手だとか?」

「次かどうかは分かりませんが、今日打診を受けました」


 そのために、モンスター街からこちらに来ていたと。

 それはどんな偶然なんだ? 今日、俺がこの子に出会う確率なんて、ほとんどなかったはずだぞ。


「なるほど、運命的だな。……そりゃ俺の名前を知ってるはずだよな。興味を持ってもおかしくない」

「私はこの出会いには意味があると思いました。実は乗り気ではなかったんですが、依頼を受けてみようと思い直す程度には」


 良かったのか悪かったのかは知らないが、この子と戦う事が確定してしまったわけだ。これも一つの運命なのだろうか。


「モンスターとしての勘でも働いたのか?」

「いいえ、私の勘です。上手く説明できませんが、あなたと戦うべきだと運命が言ってるような気がするんです」


 それは冗談を言うような目ではなく、敵と対峙する者の目でもない。あえて言うなら、ずっと探していた物を見つけたコレクターのような、好奇心に満ちた目だった。

 すでに先ほどまでのリーゼロッテはそこにはいない。今日まで信じてなかった運命を信じ過ぎじゃねえ?


「おそらく、私の居城『鮮血の城』を使った特殊イベントになるはずです。全力で歓迎させてもらいますよ」


 普通のダンジョン攻略にはならないんだろうな。


「手加減してくれてもいいんだぜ」

「まさか。私たちの本分は冒険者を鍛える役ですよ。どんな感情があろうと、手を抜くモンスターなど存在しません。私たちはそういう風にできています」


 言うだけ言ってみただけだよ。すでに一回失敗してるからな。ここでまた落とすつもりもない。

 ポジティブに考えるなら、相手が分かれば対策も取れるし、何の情報もないまま試練が始まるよりはいいだろう。


「分かった、こっちも全力で挑むよ。……首根っこ洗って待ってろ」

「はい、お待ちしてます」


 殺しに行くと言っているのに、その顔は笑顔だった。

 なるほど、これがモンスターの在り方か。


「では、近いうちに。わた…………いえ、お兄ちゃん、また今度ね」


 夕日に消えて行くロッテの後ろ姿は、宣戦布告をした直後とは思えないほど楽しそうだった。



 こうして、鮮血の吸血鬼リーゼロッテとの邂逅は終わった。次に出会うのは敵としてになるのだろう。

 それが終わったら先人に習って、一緒に焼き肉でも食いに行くとしよう。お兄ちゃんとして。




-5-




 ロッテとの出会いが印象深かったが、もう一つの本題も忘れてはいけない。


 僕たちの希望の星、サージェスさんにお願いしたエロ動画の事だ。

 寮に戻ったあと、俺は頼んだ動画についての情報の再収集を開始した。

 フィルターがかかってるサイトがほとんどのため、新情報は掲示板のものばかりだったが、多数の有益な情報を得る事ができた。

 なんと、情報収集のために訪れたスレッドに、俺のファンクラブ会員番号1番のトビーさんがいらっしゃったので、直接評価を聞いてみたのだ。

 熟練の方らしく駄目出しもあったが、どれも概ね高評価な動画のようだ。挙げたすべての動画に目を通しているというのがまたすごい。

 多くの動画を鑑賞してきた経験、匠の観察眼、女優のプロフィール情報に至るまで暗記するその在り方は、正にエロの伝導師と呼ぶに相応しい。

 何故俺のファンになったかは教えてもらえなかったが、むしろ俺がファンになってしまいそうだ。

 一晩中臨戦体勢のまま、眠れない夜を過ごす事になったが悔いはない。実はケツが痛かったというのもあるが。


 翌朝、浅い眠りから覚めると、痛みは収まっていた。

 冒険者としての身体性能なのか、それともRPGの宿屋みたいに寮の部屋が回復施設の役割を果たしているのかは分からないが、ともかく恥ずかしい理由で医者に行かずに済んだのは助かる。

 今日の午前中は、特に講習も手続きもない日としたので、食堂で朝飯だけ食べて部屋に戻った。


 やたら時間が経つのが遅く感じる。もう一時間くらい経ったんじゃないかと思って、時計を見ても五分しか経ってなかったりする。

 サージェスが来るのをこんなに待ち遠しいと思う日が来るなんて思わなかった。

 そして、遂に部屋に待ち人がやって来た。


「お待たせしました。リストの上から三つすべてありましたので、買ってきましたよ」


 素晴らしい。サージェスさんはいい仕事をしてくれた。しかも、ラインナップすら妥協しないパーフェクトな仕事だ。


「メモリ型ではなくディスクなので外部装置が必要になりますが、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ、抜かりはない」


 事前に調査した上、何を再生するかは内緒でユキに貸してもらっている。セッティング済だ。

 ここまで来て、再生できませんでしたなんて真似はしない。


「では、代金は私のIDに振り込むか、面倒でしたら後日会った時で構いませんので」

「ああ、悪いな。ちゃんと色付けるよ」


 ミッションを完遂してくれたサージェスさんには報いねばなるまい。

 お礼をするよ、と言ってしまうと、ひどいイベントが発生する可能性があるのでそれは言わないが。


 このあと取材があるという事でサージェスは帰り、俺は早速視聴の準備をする。

 ここでお約束な展開として、視聴中に誰かが乱入してくるというケースも想定されたので、部屋の入室設定を一時的に変更した。万全の態勢である。

 タブレットのスピーカーは貧相なので、クロから借りた専用スピーカーも設置済だ。寮は完全防音なので音漏れの心配もない。

 正に密室。ここで俺が殺されても事件解明は困難を極めるだろう。俺にはそんなトリックも思いつかないぜ。

 他にはもう懸念事項はないか? ……ないな。良し、状況開始だ。


 タブレットPCもどきでディスクを再生する。

 土壇場で何かのトラブルで再生できないなんて事態も考えていたが、そんな心配を余所に動画は開始した。

 こうして始まってしまえばこっちのものだ。

 エロ動画如きに、一体どんだけ力を入れてるんだよという感じだが、これは我々の勝利である。




 そして、唐突にエンディングクレジットが始まった。


「……は?」


 え、何これ。最初にクレジットが流れるの? へ、変な構成だな。迷宮都市はこういう作りなのか。

 そうだよね、やっぱりこういう出演者やスタッフが作ってますよっていうのはアピールしないと……



 ……再生が、終わった。


「…………」


 落ち着け、落ち着くんだ。一体何が起こったんだ? 再生はされたから環境の問題じゃない。

 ……まさか時間を吹き飛ばされた? 敵の攻撃を受けているのか? 血液を垂らして確認すべきなのか?

 いや、そんなアホな……。と、時計を見てみると、本当に三十分以上経過していた。


「馬鹿な……」


 俺はボスと敵対した覚えはないぞ。何故こんな超常現象が起きるというのだ。


 二つ目のディスクを再生しても、まったく同じ現象だ。

 提供クレジット後にいきなりエンディングクレジットである。どんだけ製作会社とスタッフをアピールしたいんだよという感じだ。

 これは、何か見落としている穴がある。何か、視聴を阻害するような攻撃……一体、敵は誰だ。

 これまで出会ってきた様々な敵、味方、関係者を思い返してみても、こんな事ができる奴はダンジョンマスターくらいしか思い浮かばないが、あの人だっていくらなんでもそこまで暇じゃないだろう。だとすると人ではない……。

 ……システム?


「まさか……認識阻害……なのか」


 これまで自覚した事がなかったが、まさか、これが迷宮都市の認識阻害システムだというのか。

 となると、成人指定のメディアは、買えないだけでなく視聴すらできないという事に……。


 ……望みが絶たれてしまった。

 また、何か違うアプローチを検討しないといけない。

 動画だけじゃない。あるのか分からないがエロゲーや、コンビニで売ってるエロ本ですら阻害がかかっている事になってしまうのか。

 あえて一般向けでギリギリのラインを攻める挑戦的な漫画とかないだろうか。


「……ちょっと待て。漫画?」


 トマトさんの同人誌はアリなのか?

 ジャンルは違うが、ああいうのは年齢規制がかかってるものじゃないのか? あいつ今は十四歳のはずだよな。


 見たくない。超見たくないが、確認しなければならない。

 もしも、これが成人指定だとしたら、抜け道はあるという事になるのだ。他に同人誌扱ってるサイトなんて知らないし、確認しないと……。

 最悪の場合、非常に遺憾だがあいつに頭を下げて教えを請わねばなるまい。


 ブックマークはしていなかったので、履歴からトマト倶楽部のページへアクセス。数々のコンテンツをスルーし、一番見たくないページを開く。

 しかし、サンプル画像を意識的に視界から除外する高等テクニックを使ってページ内を確認しても、年齢制限の文字がない。

 まさか、あいつは全年齢の範疇でギリギリを攻めているというのか……。


「FAQ、FAQのページがあるぞ」


 それは、奴に対する質問へ回答を行うページだ。ここなら、真実が語られてるはずだ。

 記載されているのは、特に知りたくない質問がメインだが、同人誌カテゴリで絞り込む事ができた。



 Q.学校の名前は違うけど、この作品の登場人物は実在するんですか? またはモデルとかいるんですか?

 A.前世での事がモデルだから、非実在少年でーす。誰も困らない親切仕様だよ。もしも転生してたとしても、法律上は別人だしね。


 Q.レタスさんに似た人に会った事があるんですが。

 A.あの人、この本のレタスセンパイに憧れて、顔作り直したんだって。すごいよねー。


 Q.成人向けを超希望なんですが。

 A.ごっめーん。トマトちゃんまだ十四歳なの。きゃはっ!



「終わった……」


 なんかもう、色々終わった……。


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