第三章『遠き呼び声』
Prologue「戦い終わって」
-1-
様々な影響を各方面にバラ撒いて、俺たちの新人戦は終了した。
トカゲのおっさんには、停滞していた< ウォー・アームズ >の攻略を進める起爆剤になるとも言われたし、同期連中の反応も良かった。
リリカも絶賛の連呼だったし、クロに至っては号泣していた。何がそんなにあいつの琴線に触れたのかはよく分からなかったが。
新人戦は結局負けたものの、色んなところから高評価をもらっている。
試合の動画はすさまじい勢いで売れているらしいし、それに合わせるように俺たちのトライアル攻略の動画も売上を伸ばしている……らしい。
残念ながらトライアルの攻略動画はギルドの一括買取だし、新人戦は全試合規定の金額しか出ないので、俺たちの懐にはあまり関係ないのだ。
それでも、風俗などに無駄遣いするわけでもないので、生活費にそれほど困ってはいない。うん、とても良い事だと思う。決して負け惜しみではない。
ギルド職員からは、今月のトライアル突破者が多くなるだろうとの話も聞いている。
そこまで大規模に影響があるとか、自分ではちょっと信じられないのだが、実際に直後からクリア者が増えていたらしい。
試練は失敗してしまったが、すぐに次の試練も出るという事で、ユキもそんなに気にしていない様子だ。
男性化の進行が止まったというのも大きいと本人は言う。
『そうだね。あれだけでも、普段から感じてた焦燥感とか、そういう感情がかなり消えた感じかな』
言わなければ気付かない程度ではあるのだが、言動や態度が若干丸くなっているようにも見える。
根本的なものは変わらないようなので、ゲーム脳的な部分は女になったとしても変わらないだろう。
女だった頃からそんな感じだったみたいだし。
それよりも問題は、ダンジョンマスターが残していった最後の伝言だ。
あれから何度か連絡を取ったものの、ダンジョンマスターからの折り返しはない。きっと忙しくて連絡する暇がないとか、そんな感じだと信じたい。逃げたんじゃないよね。
「で、そろそろ聞かせて欲しいんだけどさ」
新人戦の次の週から行われているタイムアタックイベントの終了後、三人で反省会をしているとユキが切り出してきた。
場所はいつものギルド会館食堂だ。そろそろ定位置になってきた。
今はランチタイムが終了しているので喫茶店になっている。
「来週のマゾヒズム・コンベンションの事ですね。関係者チケットがまだありますので、大丈夫ですよ」
「いや、それじゃないから。……チケット出さなくていいから」
コンベンション開催するのかよ。会場はどんな魔窟になってしまうのだろうか。絶対行きたくない。
「聞きたいのは"ミユミ"さんの事だよ。あれから閉会式で聞きそびれて、書類地獄もあったからここまで伸びちゃったけど、いい加減いいでしょ。……それとも、何か聞いたらマズい話なのかな。ダンジョンマスターのあの口振りだと、例の四人目だよね」
「そうだな、別に隠してるわけでもないし話そうか」
かつて、俺が渡辺綱だった頃。……いや、今も渡辺綱だな。
日本で生きていた前世の頃の話だ。高校時代に岡本美弓という、ちょっと頭のアレな女の子がいた。一つ下の後輩だ。
ポニーテールをチャームポイントと称して止まないウザい系少女だったが、ミユミという名前と俺個人のメッセージだった事を考えると、ダンマスが言ったのはアレしかありえない。
この世界では前世の名前がシステムに残ったりするので、同じ名前だとしてもまったくおかしくない。
大体、俺がツナのままだったし、ユキも似たようなもんだ。サージェスは知らん。
「えーとな、説明が難しい奴ではあるんだが、ミユミはおそらくトマトだ」
「?」
「なるほど、そういう野菜が進化した種族が存在するわけですか。流石迷宮都市ですね。奥が深い」
いや、そういう事ではない。確かにいそうだけどさ。
「あ、あの時に話してた後輩さんの事か」
「そう。前世の名前は岡本美弓……勝手に言っていいのかな。いいか、あいつだし。俺もユキも同じようなものだから分かるだろ、そのまんま転生したんじゃないか?」
「野菜人ではないという事でしょうか?」
トマトとアレは切り離せない関係だから、野菜から離れろとは言わんが、なんだその超強そうな種族は。変身したりするのか?
尻尾生えてたりするんだろうか。……まさか、だから次回作を大猿にとか……考えすぎか。
「トマトってのはアレだ、渾名、ニックネーム。お前も何かあるんじゃないか? ユキとか"兎さん"とか呼ばれてるみたいだし」
「私は掲示板などでは"変質者"や"露出狂"と書かれたりしますが、そういう事でしょうか」
いや、それはちょっと違うんじゃないか?
「もうちょっと、本人固有の特徴とかを現したものだな」
「兎は別にいいんだけど、< 獣耳大行進 >のマスターがウサ耳だから、ちょっと混同されそうなんだよね」
巷では、兎といえばあいつらだからな。一切キャラが被ってないのに混同されるというのはすごい。
「ではアレでしょうか。掲示板で、"裸ージェス"と書かれた事があります。上手いもんだと思いましたが」
「そうそう、そんなの」
ひどいニックネームだと思うが、今更こいつがなんと呼ばれてようが構わん。むしろ大人しい渾名だと思うぞ。
「そうそう、……じゃなくてさ。トマトさんが四人目って事なのかな」
「あー、多分な。正直、あんまり会いたくない奴ではあるんだが、前世の知り合いがいるとなると、会ってみたくもある」
「どんな人だったの?」
「今とは流石に性格違うと信じたいんだが、ウザい奴だった」
きゃはっ、とか、思い出すだけでぶん殴りたくなる。
「ツナだけがそう思ってたんじゃなくて?」
「高校時代の部活仲間は共通の認識だった。良くプロレスの技かけられてたぞ。もう顔も覚えてないが、部活仲間の……確かレタスあたりがインディアン・デスロックの練習台にしてたのは覚えてる」
ちなみに、俺はその後リバース・インディアン・デスロックの練習台にした。
表裏両面からの連続デスロックだ。奴には地味で痛い系の技が良く効く。
「じょ、女子高生だよね、その子。というか、ツナの友達はみんな野菜なの?」
「俺の影響で、周りの奴らの渾名が無理矢理サラダ関連になっていっただけだな。プロレスに関しては大丈夫だ。体操着だったし、凹凸のない体つきだったから、そんな状態でもエロくなかった。かけられた時も『ぉうごおぉぉっ!!』とか言ってたし」
「いや、そういう問題かな」
「中々良さげな技ですね。痛いんですか?」
「元々インディアン……そういう名前の部族の拷問から来てる技だからな。絵ヅラ的には地味だが、痛いぞ。脚の関節技でな、うつ伏せの相手にかけるのと仰向けのやつとがあって……」
「いや、プロレス技とか、今はいいから。サージェスはあとでかけてもらうといいよ。全然話が進まないんだけど、そのトマトさんが……」
「君が渡辺綱だな」
ユキが何度も話の腰を折られてイライラしている所に、更なる乱入者が現れた。名指しだから、俺の客だろう。
俺たちのテーブルにやって来たのは、覆面をした上半身裸の二人組。筋肉を隆々とさせた、いかにもな感じの男たちだ。
昼時を過ぎ、一般向け喫茶店になった食堂でも、こういう輩は割といる。ギルド会館だと珍しい光景でないというのが毒されている感じがして嫌だ。
日常的な風景なのか、一般人らしき客も一切気にしていない。カウンターでコーヒーを啜っているスーツ姿のリーマンなどなんの反応もない。
「えーと、< マッスル・ブラザーズ >の人たちですか?」
ユキは嫌そうな顔で言うが、< 赤銅色のマッスル・ブラザーズ >は過去に数回クラン勧誘にやって来ている。
俺だけじゃなく、サージェスやユキも勧誘してくるのだ。
ムキムキのユキとかあまり見たくないので、いい加減やめて欲しい。
「違う。我々をあんな俗物共と一緒にしないで欲しい。心外だな」「心外だな」
「あ、そうなんですか、すいません」
いや、あいつらじゃないにしても、こいつらも大概だと思うんだが、何謝ってるんだよ。上半身裸の覆面だよ。
「渡辺君」「渡辺綱君」
「はい、なんスか?」
「我々は< レスラーズ >という闘技場ギルド所属のクランだ」「君を勧誘に来た」
闘技場ギルドって事は、こことは別のギルドか。
ここ、迷宮ギルドの他にも、迷宮都市には数多くのギルドが存在する。農業ギルドや、衣料ギルド、海もないはずなのに水産ギルド、冒険者と直結してそうな鍛冶ギルドなども別だ。その中で先日新人戦を行った闘技場、ここで日夜行われる競技を専門にしたギルドが闘技場ギルドである。
「我々の専門は迷宮ギルドではないが、ギルドは兼任も可能だ。是非、我々とプロレスをして頂きたい」
「迷宮ギルドの方で、< マッスル・ブラザーズ >以外のどんなクランに入ろうがこちらは構わん」
「ぷ、プロレス専門なんですか」
闘技場で行われてる競技は多数存在する。中には格闘だけでなく、対モンスターの戦闘や、陸上競技なども含まれるらしい。
こうしたプロレスなどを専門に行うクランもあるのだろう。
「いや、興味ないんで」
「何故だ! トライアルで見せたあの腕拉ぎは素晴らしい繋ぎだった」
「凶器攻撃で外されはしたが、流れるようなチョークへの移行も素晴らしかった」
「いや、興味ないんで」
何故だ、じゃねーよ。なんで迷宮都市にまで来てプロレスしなきゃあかんねん。
職業冒険者じゃなくて、職業プロレスラーとか、ファンタジー感が一切なくなってるじゃないか。
そもそもクラスも違うし。組み技は人間相手には有効だが、モンスター相手だとかなり制限されるからな。
「時々、試合に出るくらいなら考えてもいいですが、クランに入る気はないです」
無限回廊攻略が第一だ。それを主目的とする迷宮ギルドのクランならともかく、何故プロレスメインのクランに入らなくちゃいけない。
ここに来た当初なら考えても良かったが、こっちで食っていけそうだしな。性にも合ってる
「というか、格闘ならこっちだろ。サージェスさん。打撃系主体だが、格闘性能は折り紙付きだぞ。プロレスみたいな技のかけ合いとかも大好きだよな」
組み技はあまり得意じゃないようだが、打たれ強いし、殴る蹴るなら得意だ。
ついでに現役B+ランクの冒険者相手にフライング・ボディプレスをかけたという実績もある。
「だ、駄目だ。確かに彼も強いが、彼はプロレス団体からは出禁を喰らっている」
「彼はマズい。クランがなくなってしまう」
何したんだよ。
「彼は、散々技を喰らって興奮したあと、完全なタイミングを見計らって中継中に《 パージ 》したのだ。あの試合はあまり視聴率は良く無かったが、迷宮都市中のお茶の間に晒してはいけないものをお披露目してしまった。今でも伝説となっている」
「勘弁してもらいたい」
「いや、それほどでも」
「「褒めてはいないっ!!」」
「サージェス、なにやってるのさ」
サージェスの《 フル・パージ 》が禁止された経緯があきらかになってしまった。別に知りたくなかったんだけど。
「そんなわけで無理強いはしないが、興味があったらクランハウスまで来るか、この名刺の連絡先まで連絡をくれ」
「決して、決してだ。< マッスル・ブラザーズ >出張ギルドの< マッスル・マッスル >や、我らがライバルの< ヒーラーズ >には所属しないでくれたまえ、いいねっ!?」
なんだその回復魔法使いそうなクランは。……あ、悪役のヒールか。
< レスラーズ >の二人組は名刺を渡したあと、直に去って行った。ポージングしている写真入りのむさ苦しい名刺だ。
結局、覆面も取らなかったが、< マッスル・ブラザーズ >よりは遥かに紳士的だし、しつこくもなかった。あいつらはいきなり光り出すからな。迷惑極まりない。
まあ、連絡する事はないだろうが、プロレスを見るのが嫌いなわけでもないので、TV番組で中継でもしてたら見てみるか。
こういう風に迷宮ギルド以外からも勧誘が来たりするんだな。他のところからも来たりするんだろうか。どんなギルドあるかも分からんのだが。
「で、なんの話だっけ?」
「全然話が進まないよね」
-2-
「"ミユミ"だよね。名字のほうは入れなくていいのかな」
「さあ。岡本ってのも前世のものだしな。とりあえずミユミだけでいいんじゃないか」
「リーダーの後輩というだけで、どんな性癖の持ち主かワクワクして来ますね」
「ウザいだけで、性癖はそこまでおかしくはなかったと思うぞ。腐女子の気はあったが、本人自体はノーマルだし」
俺たちはギルド会館の四階、講習会などを行う三階より上のこの階は冒険者向けの資料室、図書館がある。
デビュー前で、登録だけした人間では四階に上がる事もできないが、俺たちはそれをクリアしているので、こうして入る事ができるのだ。
ここでは各種資料が閲覧可能となっている他、ダンジョンの情報やモンスター、冒険者、スキル、クラスの情報を検索するための端末が存在する。
パッと見た感じではパソコンだが、専用の端末で、寮から繋げられるようなネットとは切り離されたものらしい。
冒険者はここで各種情報を調べる事ができ、有料ではあるがステータスカードにダウンロードも可能のようだ。
ただし、ダウンロード機能や、カードでの閲覧機能もGPでの拡張が必要のため、俺たちはまだ情報を持ち出す事はできない。ここに来れば見れるし、他の機能の方が優先だろう。
ダウンロードした情報やメモ以外、本などの紙媒体は持ち出し禁止。持って出ようとすると警告を受ける。
自由に動画・写真撮影してもいいらしいし、プリントもコピーも安価で利用可能だから、GPの足りない下級冒険者は基本そっちを利用する。
また、検索自体も権限が設定されており、上位クラスに行くに従って解放されていく仕組みのようだ。一部の情報はGPで解放する事も可能らしい。
以前、スキルの情報を調べたのもここだ。というか、情報の一次ソースは基本ここのため、冒険者関連でここで分からない事はほぼないと言っていい。
こうして俺たちが調べてる近くでも、たくさんの冒険者が別の端末で調べものをしている。
「あ、あった。多分この人だよね。ダンマスもハーフエルフとか言ってたし」
「どれ……」
俺たちが調べてるのは、トマトさんであろう冒険者の情報だ。
俺としてはあまり触れたくなかったのだが、奴を迎え撃つには色々情報を仕入れておく必要もあるので、こうして渋々ユキの誘いに乗ったのだ。
技かけるにしても体格とか分からないとな。
「まるっきり面影はないな」
画面に写っているのは、ミユミという名前を初めとするパーソナルデータと、カードに表示される顔写真だ。
免許証の顔写真のようなものなので、大抵の人は真顔になる。中には猫耳のようなドヤ顔や、ウケを狙ったのか変な顔の奴もいるが少数だ。
推定ミユミの写真は真顔だ。顔の作りも髪や目の色、そもそも種族さえ違うので、面影もくそもない。
唯一、ポニーテールはそのままだ。まあ、あいつが自称するアイデンティティだから、当然なのかもしれない。
「前世の美弓さんと似てたりしない?」
「面影は髪型くらいだ。というか、想像以上に小さいっぽいな。カードの写真って一年ごとの更新だったよな」
「そうだね。上の方にいくと期間が長くなるらしいけど、ここに書いてある更新時期は最近だよ」
「あまり、特殊な性癖を持っているような顔には見えませんね」
「だから、お前の同類ではないと思うぞ」
こっちで変な性癖に目覚めてない限り。
つーか、幼いな。まるっきり小学生じゃねーか。前世でも小さくて幼児体型ではあったが、これほどじゃなかったぞ。
「ランクはC-。すごいね、上級一歩手前だ。メインクラスは< 射撃士 >。確かこれはツリークラスだよね。その下のクラスは情報ないや」
「あんまり情報がないな。保有スキルはどうだ?」
「非公開だね。ここまで上に行くとあんまり公開しないものなのかもね。……経歴情報もないね。これはHPのアドレスかな。備考情報に"トマト倶楽部"って書いてあるよ」
「間違いなくなったな」
名前がミユミで、そんな名前付けるのはほぼ確定だろう。サラダ倶楽部から、トマトだけが出張してるのか。
「ホームページあるなら、部屋に戻って見てみようか」
「ここでは見れないのか?」
「無理みたいだよ。ここ、図書館内だけの独自ネットワークだし、カードの外部アクセス機能も使えないみたい。電話とか。ひょっとしたらここ、ダンジョンや訓練所みたいな独立空間なのかもね。入り口が会館の四階にあるってだけで。地下二階の倉庫とかもそうでしょ」
「確かにそれっぽいな」
地下二階にある倉庫は、カードを使って個人スペースに入る事ができるのだが、入り口は共通だ。
複数ある入口のどこから入っても、自分のスペースに出る。ここは共用の空間で、他の人間もいるが、似たような感じなんだろう。
「あれ、君たちも調べ物かい?」
脇から話しかけられ、振り向いてみると、見慣れた金髪がいた。フィロスだ。
こいつだって、デビュー後の冒険者なんだからいたっておかしくないな。
「ああ、別の冒険者のデータをな。そっちは?」
「無限回廊低層の情報収集だよ。前回は結局第十五層で断念しちゃったから、次は二十層行きたいし。……二人は三十層までクリアしたんだよね。いや、そっちのサージェスもそうか」
「ああ、といっても特訓がてらの挑戦だったから、ちゃんとクリアするつもりではあるぞ。サージェス抜きで」
「え、何故私が外れるんですか?」
「いや、お前はちゃんとクリア経験あるだろうに」
ちゃんとクリアしてないのは俺とユキだけだ。サージェスは俺たちとチームを組む以前に、別のチームで攻略済である。
おっさんたちにおんぶにだっこでクリアしましたじゃ、ちょっとかっこ悪いしな。
そもそも、E+への昇格に必要なGPも貯まってないんだ。どちらにしても潜る必要がある。
「ふむ、まあそう言われればそうですね。ボス戦以外は、グワルさんたちが舗装した道を歩いたようなものでしたね。なら挑戦の日程が開きそうですし、私は最近オープンしたという< 鮮血の城 >にでも行ってみますか。拷問系トラップが多いらしいですし」
リゾートに出かける様な雰囲気で言っているが、聞くだけで痛そうなダンジョンだな。
メンバー集まるのか? まさか一人で行く気だろうか。
「サージェス的には、あの訓練期間中の攻略難度ってどれくらい違ったの?」
「そりゃあ、かなり違いますよ。攻略ルートも最短になってましたし、何より罠がありませんでしたからね。簡易コテージの存在も大きいです。あれがあるだけで疲労がかなり違ってくるでしょう」
値段確認したけど、桁間違ってるんじゃないかってくらい高かったんだよな。
「やっぱり問題は罠か……。僕ら三人だから、< 斥候 >か< 罠師 >がいないのはキツイな。誰か誘うしかないんだけど」
デビュー直後のこの時期、パーティメンバーは元々トライアルで組んでたメンバーで大抵固定だ。
フィロスもゴーウェンやガウルと組んでいるのだろうが、どちらも前衛だし、他から< 斥候 >だけ連れてくるのはハードルが高い。
なによりデビューしたての新人冒険者は、挑戦タイミングに遊びなんて存在せず、中六日の期間を過ぎたら最短で挑戦するものなのだ。今週はこのパーティ、来週は別のパーティという事はやっていられない。
「ユキは、パーティ募集の情報とか詳しかったりするのか?」
「一応調べてるよ。やっぱり僕らみたいなデビュー直後とか、下層を攻略している中で募集が多いのはダントツで< 斥候 >か回復系の< 魔術士 >だね。次点で< 治癒師 >か< 地図士 >、ある程度慣れてくると< 荷役 >も募集が多いみたい」
サポート職ばっかりか。戦闘職は確かに余りそうだ。
どうしても自分で戦えるクラスに就きがちだよな。あとから変えられるっていっても弱体化は避けられないし、気分的にも抵抗はあるだろうから仕方ない面はあるんだろうが。
「僕のほうも掲示板とかで探してるんだけど、どこも考える事は一緒なんだよね。逆に入れてもらうっていうのも中々厳しいみたいでさ。募集があるのは大体クラスが決まってるんだ」
フィロスの悩みは、多分これから俺たちも直面する問題だ。
ダンジョン内で収入を上げるにはドロップだけだとどうしても限界がある。宝箱に入ってるアイテムはドロップ品よりもかなり高価なものが多い。
< 魔法の鍵 >を使ってもいいが、あれは高いし、採算割れの可能性もある。
トラップを警戒するだけなら、最悪喜んで肉壁になるサージェスを使うという手もあるが、鍵開けないと宝箱の中身は手に入らないし、道中の罠も対策も必要だ。< 斥候 >はかなりの必須職である。
猫耳を脅すという手もあるにはあるが、それだとサージェスを外す意味がないだろう。あいつは更に上の中級ランクなのだから、誘うにしても三十一層以降だ。
「< 斥候 >の人も分かってる人が多いのか、有料で請け負いますって人や、中での取り分をかなり多く要求してくるケースもあるみたいだよ」
「世知辛い世の中だな。やはり金なのか」
円は偉大である。まさか、異世界に来てまで円で悩む事になるとは思わなかったが。
「同期の知り合いだと、< 斥候 >はクロくらい?」
「クロは< 斥候 >だったのか。まあ、言われればそんな感じもするが、アーシャさんのイメージが強いからな。前衛だと思ってた」
「フィロスも駄目元でクローシェに聞いてみたら? 本人が駄目でも顔広いみたいだし、誰か紹介してもらえるかも」
「そうだね、ちょっと当たってみるよ」
と言い残すと、フィロスは再び調べ物に戻っていった。足取りが重い様に見えるのは、現状抱えてる問題が大きいのもあるのだろう。
「僕らも課題だよね。そもそもが六人で挑むところを三人で戦ってるわけだし。今回のタイムアタックイベントだって、六人だったら結構順位違ってたんじゃないかな」
タイムアタックイベントというのは、定期的に開催されるダンジョンのクリアタイムを競うイベントだ。俺たちは先ほどこれに挑戦してきた。
毎回対象のダンジョンは異なるのだが、今回使われたのは『崩壊都市の水路』という比較的難易度の低いダンジョンだったので挑戦してみたのだ。
だが、クリアそのものはできたものの、タイム自体は箸にも棒にもかからない程度の順位しか取れなかった。
期間中は何度でも挑戦可能なのだが、この分だとトップ10にも入るのも不可能だろう。ランク制限もあるのに上の方はタイムがおかしな事になっていた。特に、トップを独走してた謎の覆面が頭おかし過ぎる。
「あのトップはソロだったから置いとくにしても、六人いれば順位は上げられるだろうな」
「タイムアタックは罠が問題だからね。専門職じゃないと、警戒してても限界あるよ」
「痛い系の罠なら、私がなんとかするという手もありますが」
「罠ってそれだけじゃないし、爆破トラップでお前がバラバラになったら、お前は良くても俺たちがピンチだろ」
「ふむ、悩ましいですね。ダンジョンなら治るのが分かってるから手足の二、三本程度ならOKなんですが」
それを言えるのは多分お前くらいだよ。俺はむしろお前が進んでトラップにかかりに行かないか不安だよ。
「中級に上がるまでには罠をなんとかできる人と、< 地図士 >が必要になるからね。< 冒険者 >ツリーのクラスは必須なんだよね」
「サポート系クラスは< 冒険者 >ツリーに集中してるから、パーティに一人は< 冒険者 >って事か。職業冒険者の俺たちが言うのもなんだが」
でも、ここまで聞いた< 冒険者 >ツリーのクラスって、どれも戦闘力がいまいちっぽいんだよな。
< 荷役 >に< 地図士 >に< 道具士 >。これに加えて、< 遊撃士 >ツリーのクラスも必要になると。こっちはある程度戦闘力あるんだがな。
「罠もそうだけど、話に聞いてる第三十一層以降のダンジョン構造が問題なんだよね」
「ああ、確かに聞いてます。言われてみれば< 地図士 >は必須ですね」
「話に聞く第三十一層の壁って奴か? 確かにモンスターは劇的に強くなるのは動画で見たが、それ以外に何かあるのかよ」
第三十一層と第五十一層に冒険者の壁があるというのは何回か聞いた話だ。なんせ、あのブリーフさんが雑魚キャラだ。
動画も、道中はほとんどカットだし、マップと付きあわせて見ることもないから、そこまで変わった気がしなかったが。
< 地図士 >が必須になるという事は、マップが極端にデカくなるとかだろうか。もしくは迷路が複雑になるとか。
「ああ、ツナは戦闘かボス動画しか見てなかったりするのかな。……第三十一層以降はダンジョンが立体構造になるらしいんだよ。~層ってのは良く言ったものだよね。一層の中に何階っていう表現が出てくるんだから。サイトとかでも結構どの層からどう変わるかとか、検証してるところがあるからそういうのも見たほうがいいね」
なんだそりゃ。確かに何階とは言わなかったけど、そんな理由があったのかよ。
それは、大変そうだな。……って、人事じゃないんだから、ちゃんと調べないとな。
中級昇格試験もそうだが、ここら辺もクリアしないとまずいんだよな。
まだ先と思ってたらあっという間にやって来そうだし、さっさと上に行きたいのも確かなんだから。
相手の人格や能力もあるし、該当のクラスだからいいってわけでもないのが問題だ。
-3-
ところ変わって俺の部屋。
例の番組に合わせて大型TVを借りたせいか、何かあると俺の部屋に集まる事が多くなってしまった。今回はPCだから関係ないはずなんだが。
「結局、ここも借りたままになってるけど、そろそろ引越し考えないとな」
無料期間は過ぎてしまったが、新人戦などがあった関係からまだ寮を使っている。
賃貸情報などは目を通しているのだが、まだ実際に部屋を見に行ったりなどはできていない。
「サージェスは部屋借りてるんだっけ?」
「ええ、寮も半年くらいは利用しましたが、外で借りてもあまり賃料は変わらないですからね。場所は、ここからだとちょっとありますが、ダンジョン転送施設には近いですよ。マゾヒズムレッスンに通うのに電車が必要になるので、駅近くにしました」
わりと高そうな場所なのに、選んだ理由はそれなのかよ。
「マンションか? 一戸建て……は賃貸であるのか分からんけど」
「マンションですね。間取りは2Kで、一室はほとんど器具置場になってます」
なんの器具かは聞くまい。
「僕も早く探さないとね。湯船張れるお風呂が欲しい」
「大浴場じゃ駄目なのか?」
そういえば、こいつ大浴場で一回も見た事ないな。
「あのねー、僕の状況で男の人ばっかりのお風呂に入れるわけないでしょ」
「そういうのは気にするのか」
中身的にはともかく体は男だろうに。
いや、むしろその方が嫌だったりするんだろうか。プラプラさせてるの見られるのが嫌とか。
「気にするよ。人の裸とか見たくないし、見られたくもないし」
「見られるのは得意ですが」
「サージェスとは一緒にしないで欲しいかなっ!?」
難儀な奴だな。となると使ってるのは個室になってるシャワーだけか。大浴場デカくていい感じなのにもったいないな。
近くの銭湯や、健康センターも無理だな。……色々キツイ生活してるんだな、こいつ。
というかユキの場合、水着とかどうするんだ? 一応今なら、上半身裸でも少年誌にそのまま載れるレベルで合法だよな。
……ん、あれ、このまま試練突破して、段階的に女になっていった場合はどうなるんだ? 扱いが難しいな。
どこまでだったら、ヌーディストビーチ状態にならないんだ?
……残念ながら、迷宮都市には海がないわけだが。いや、残念。果たして、その謎が解かれる日は来るのだろうか。
「ミユミさんのページ見つけたよ。トマト倶楽部」
「早いな。ってそりゃURL貼ればいいだけだから見つかるか」
「リンク使えないから、メモからの直打ちだけどね」
ユキが見せてきたページにはトマト倶楽部というロゴと、ハーフエルフのでかい画像。
顔写真では分からなかったが、このドアップで映っているウザい笑顔は間違いない。
「完全に奴だ。あの生命体とまったく同じウザさが漂っている」
「そんなにウザいかな。可愛いんじゃない?」
「お前は奴に会った事がないからそんな事が言えるんだ。知れば知るほど、この笑顔がムカつくようになる」
「どんな人だよ」
トマトさん以外のサラダ倶楽部では共通認識です。
「どんな情報が載ってるんだ?」
「えーとね。自分のイベントとか、グッズとかの情報がメインだね。……タレントみたい。一応、ダンジョン挑戦スケジュールとか、遠征? の日程も書いてあるね。今はいないんだね」
あいつがTV出演とか、握手会とかしてたりするのか。想像が付かないんだけど。
いや、性格的に向いてる……のか?
「グッズって?」
「歌とか出してるみたいだよ。フィギュアもある。写真集も……手当たり次第って感じ。……使用したアイテムのオークションへのリンクもあるね」
何やってるんだ、あいつは。
いや、見た目だけなら許容範囲なのか? ハーフエルフになった事で、見た目だけならレベルアップしてるし。
「あと、同人誌も出してるみたい」
もはやタレントなんだか、同人作家なのか分からんな。
「BL本だね。レタス×シーチキンって書いてある……これ、まさかツナの事?」
「何やっとんじゃ、あのアホっ!?」
慌てて画面を見たら、二人の半裸の男が絡んでるサンプル画像が。
『レタス、俺はそんなつもりじゃ……』
『何言ってんだ。お前もそのつもりだったのはバレバレだ』
『や、やめろ、隣の部室にはドレッシングが……』
『シーチキンが声出さなければ大丈夫だろ』
「ぎゃーっ!! 目がっ!! 目がっ!!」
一瞬目に入ったサンプル画像はそんな感じだった。見たくなかった。
内容もひどいが、名前がサラダだからセリフもギャグレベルでひどい。隣にドレッシングがいるとか、元ネタ知らなきゃ意味分かんねーだろ。
いかん、気が遠くなってきた。異世界まで来て自分のBL本とか見せられるとか、想像してもいなかった。
「でも、面影はあるけど、あんまり似てないね。少女漫画的な絵柄だし」
「いや、少女漫画的な美化はされてるけど、特徴は確かに前世の俺だ。レタスの顔は覚えてないけど……何か見たことあるな。さっきのは……鬼畜眼鏡じゃねーか? いや、見せんでいいから」
ユキさんや、タブレットを近付けるじゃありません。もう目に入れたくないんです。いや、やめて。
「審査の時の人だっけ? でもその人って元女なんだよね。レタスさん本人じゃないだろうけど」
そいつがレタスに似ているのか、レタスがそいつに似ているのかは知らんが、何か因果関係を感じる。
まさか、トマトさんと鬼畜眼鏡、知り合いじゃないだろうな。審査の時にケツ触ってきたのも、これが影響してたりしないよな。
「というか、ツナが受けなんだ」
「いや、知らんがな」
何故、こんなところで自分が受けか攻めかの談義をせにゃいかんのだ。
男同士の絡みでどっち役になるとか考えた事もないわ。前世であいつが書いてたホモ小説も読んだことなかったし。
「私とはあまり趣味が合いそうにないですね。こっち方面はちょっと……」
「お前と趣味が合う奴のほうが稀だと思うぞ」
「人気あったりするのかな、結構シリーズ続いてるみたいだし。攻め側は毎回違うけど、ツナはどれも受け側なんだね。……同人でボイスドラマも出してるみたいだよ」
ふざけんなっ!! 人が手出しできない所で何してやがるんだ。肖像権の問題とか、迷宮都市の法律はどうなってんだ。
しかもこれ、あきらかに俺が迷宮都市に来る前から活動してるじゃねーかっ!!
「サンプルボイスあるけど、聞いてみようか。ポチっとな」
「いや、お止め下さい。ユキさん。いや、ほんと、やめろってっ!! マジで、後生でござる」
「あはははっっ!!」
面白がってサンプル再生しようとするユキを必死に止める事になった。
くそ、あいつが現れたら折檻してやる。
それともまさか、今はあいつの方が強かったりするんだろうか。今更デスロック返しとかされないよね?
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