幕間「とある冒険者と小さいエルフさん」




-1-




 かつて、地球という星の、日本という国に三上織人という男がいた。特段語るような事もない、平凡な男だった。

 こいつの事は別にいい。直接関係はない。すでにその時の事は本人も思い出さないくらいだ。


 四十年ほど前の事だ。

 その男が記憶を持ったまま、オリーシュというエキセントリックな名前でこの世界に転生した。記憶を持ったままの生まれ変わりという、三上織人がハマっていたネット小説と同じ様なシチュエーションでだ。

 版権物の二次創作でオリジナル主人公を指すスラングとして使われる"オリ主"と名前の響きが同だったのは何の冗談だったのか。

 容姿も同様に、黒歴史に近いレベルのテンプレで使われる銀髪オッドアイという、ちょっとパンクな感じのするイケメンだ。

 これでロン毛だったらパーフェクトだが、呪われた出生へのささやかな抵抗として短髪にしている。もう良いおっさんの長髪は気持ち悪いだろうしな。……幸い、ハゲてはいない。


 オリーシュという名前について色々思うところはあるのだが、周りはこの名前について何か言う事はない。容姿についても、多少エキセントリックではあるが、周りも結構派手な髪をしている奴が多いこの世界ではまだ許容範囲内なのだ。

 四十年もこの名前、容姿で過ごしていると、俺自身もあまり気にならなくなってくる。

 だから、ここ十年近くオリーシュという名前を使わずに生活している事は、別に恥ずかしいからではない。

 ……いや、ほんと。


 かつて、俺を救ってくれた髭面のおっさんがいた。最後の最後までうだつの上がらない、冴えないだったが、彼は冒険者であった。

 貧乏で、家庭も持たず、やってる事は日雇い労働と偶のモンスターの駆除。

 そんな、英雄譚になるどころか誰の記憶にも残らないような冒険だったが、俺にとっては彼こそが英だった。


 彼は五十歳過ぎまで現役であったが、俺もその年齢が近付いてきている。

 もうそろそろ体も限界だ。筋力はもちろんの事、反応速度まで鈍ってきた。元々良くない記憶力はそんなに変わった気はしない。

 一時期はオーク数匹相手に戦う事もできたのだが、最近では二匹でも苦戦する有り様だ。

 一匹程度なら何も問題はないのは、今でも割と強いという証でもある。


 オークを相手にしてようやく一人前とされるこの仕事だ。

 この年でオークと戦えるだけでも、冒険者の業界という狭い世界限定では割と評価される。

 だから、この街やその近辺では一応最古参でもあり、最も強い冒険者とも言われているのだ。

 残念な事だが、ロクに後続が育っていないというのもあるのだろう。


 元々、冒険者なんて仕事は底辺職もいいところだ。俺だって、幼少期の体験さえなければやっていない。実は他の選択肢だってある。

 みんな冒険者になってもただの腰掛けで、衛兵や金持ちの私兵としての道が開ければそちらに行ってしまう。

 最近ではオーレンディア王国にあるという『迷宮都市』の噂を信じて旅立つ奴らも多い。

 なんでも、"ありとあらゆる願いが叶う街"なんだそうだ。


 『迷宮都市』の噂はかなり前から聞いているのだが、その噂は一向に消える気配がない。むしろ噂は大きくなっている。

 噂が本物であるかどうかなど興味もないのだが、一向にそれが消えないという事はそれなりに理由があるという事で、本物である可能性も有り得る。

 だが、確かめて戻ってきた奴がいないというのは、何か裏のある話なんじゃないかとも思えてくる。結局は胡散臭さは変わらない。

 自分で確かめる気もないのだが、本当ならあとに続くかもしれなかった若い奴らが、そこで騙されてるかもと思うとちょっと遣る瀬無い気分になる。


 ある日、その『迷宮都市』からの訪問者が現れた。



「よお、ボルカン。相変わらず湿気た面してるな」


 話しかけてきたのは、冒険者ギルドの職員だ。

 こいつとの関係ももう随分と長い。俺がボルカンの名を使うようになる以前からの付き合いだ。

 俺が子供の頃にはすでに職だったから、六十歳近いんじゃないだろうか。こうして話してる分には元気に見えるが、この世界ではすでに老人だ。


「お前の老けた面よりはいいんじゃないか。そろそろ寿命だろ?」

「お前より先に死ぬわけねーだろ。職員の中には俺とお前のどっちが早く死ぬかで賭けてるらしいぞ。随分長い賭けになってるから、持ち越しで賭け金がすごい事になってるらしい」


 なんだそれは。ギルドの中でそんな事やってるのかよ。

 まあ、普通ならこんな仕事してる俺のほうが早く死ぬんだろうな。負ける気はないが。


「で、なんの用だ? こないだの専属訓練官の仕事なら断っただろ」

「まったく、お前くらいだよ。あんないい条件を断っちまうのは」

「俺は冒険者だからな。せめておっさんが死んだ年までは続けようと思ってる。そのあとは……その時になってから考えるさ」


 先の事を考えてもしょうがない。いつ死ぬか分からないような仕事なのだ。


「まあ、今日の話はその"冒険者"としての仕事だから問題ないだろ」

「なんだ、新しいゴブリンの巣でも見つけたのか?」


 定期的なモンスターの間引きが行われるのは主に冬だ。そのため、この時期はあまり冒険者としての仕事はない。

 ギルドに来ているのも仕事ではなく、単に日雇いの職場に居場所がないからだ。この世界には干支なんて言葉はないが、一回り以上年が離れた連中しかいない。若い連中ばかりの休憩所は、おっさんには肩身が狭いのだ。


「違う。ちょっとした道案内だ。案内だけだが、結構いい金出るぞ。近辺の山の中はお前が一番詳しいだろ」


 毎年冬前はほぼ確実に、場合によっては他の季節にも発生するモンスター駆除の仕事のおかげで、この辺り一帯の地理にはかなり詳しい方だ。村の近辺しか移動しない村人連中よりも確実に、広範囲に渡って道を知っている。


「そりゃそうだが。ひょっとして護衛も兼ねてるのか?」

「いや、そいつは多分必要ない。向こうも冒険者だし、案内だけでいいんじゃないか? そこは直接交渉してくれ。ある程度は高額でも構わないそうだ」


 珍しいな。この街から冒険者が出て行く事はあっても、来る事はほとんど記憶にない。

 しかも羽振りが良さそうな冒険者など、これまで噂でもほとんど聞いた事がない。


「詳しい内容や条件も本人から聞いてくれ。断るにしても本人にな。俺はただ紹介だけだ。奥の部屋で待たせてるから、行ってくれ」


 たとえ依頼側だろうが、冒険者がギルドの応接室を使う事はあまりない。それなりにVIP待遇という事だ。


「せめて、どんな奴だか聞いてからじゃ駄目なのか?」

「ティーゼっていう若い女だ。『迷宮都市』から来たらしい。今更だが、色々聞いてみてもいいんじゃないか?」


 例の迷宮都市か。実在するかどうかからすでに怪しいと思っていたのだが、ちゃんとあったんだな。

 噂の真相に興味がないわけでもないので、話くらいは聞いてみようか。この街から出てった奴の事も知ってるかもしれないし。

 しかし、冒険者で女か。珍しいってレベルじゃないぞ。




「どーも、こんにちは。あなたが案内役の人ですか?」


 会ってみたら、女で珍しいとかそんな段階ではなかった。


「え、エルフ?」

「はい、エルフさんです。ハーフですけどね」


 そう言いながら、その子は自分の耳を摘んでみせた。

 正直度肝を抜かれた。エルフやドワーフなどの妖精種など、存在する事は聞いていたが、こうして目にするのは初めてだ。

 ここが田舎というのもあるのだろうが、会った事のある人間すら聞いた事がない。しかも、この子はまだ子供じゃないか。

 エルフは長命で成長が遅いとかそういう特徴があったりするんだろうか。こんな姿でも、実は俺と同い年くらいとかそういう事なのか?


「年齢を聞いても?」

「十四歳です」


 本当に子供だった。確かに俺も十四歳の時には、すでに冒険者の真似事はしていたが。


「と、とりあえず座ってもいいかな」

「どーぞ、どーぞ」


 この子が部屋の主というわけでもないのだが、勧められるままソファに座る。座り心地はいいが……なんだろう、すごくやり辛い。


「じゃあ、自己紹介から。聞いてるかもしれませんけど、ハーフエルフのティーゼです。迷宮都市という所から来ました」

「……"人間"のボルカンだ。こんな紹介の仕方は初めてだが、迷宮都市とやらにはエルフが結構いたりするのか?」


 自分は人間ですなんて、初めて言ったぞ。


「一番多いのは人間ですね。でも、色々いますよ。獣人もエルフもドワーフも。それ以外も」

「そうなのか……いや、迷宮都市の噂は聞いていたが、実態がまったく掴めなかったんでな。正直なところびっくりした」


 迷宮都市は人種の坩堝らしい。獣人は良く知らないが、妖精種はそれぞれ仲が悪いと聞いている。

 噂でもおとぎ話でもエルフとドワーフが同じ街に住む事はないという話だ。種族間の確執などはないのだろうか。


「まあ、あまり情報を表に出さない街ですからね。中から人が出てくる事もあまりないし」

「そういう街を出る制度があるのか。この街から迷宮都市に行った奴らで戻ってきた奴はいないんだが」


 やはり監禁されるとかそういう話なのか? だが、それだと目の前のこの子の説明がつかない。


「手続きすれば普通に出れますよ。でも、外に出たがる人があんまりいないのは確かです。私の場合は仕事です」

「……仕事か。まずはその話を先に聞きたいんだが、何か特殊なモンスターでも出現したのか?」


 色々聞きたい事はあるが、まずは本題を済ませてしまいたい。


「竜退治です」

「…………は?」

「竜退治です」


 いや、聞き取れなかったわけではないのだが。おっさん、まだ耳悪くないぞ。


「ちょっと待ってくれ。竜とか、おとぎ話でしか聞いた事がないんだけど」

「最近この近辺で竜が確認されました。ただの雑種みたいなんですが、それでも帝国の騎士団では手に余るという事で」


 そりゃ手に余るだろう。そんな伝説上の怪物の前では一般人でも騎士でも変わらない。冒険者だって一緒だ。


「いやいや、それが本当だとしても、俺はそんな化物と戦えるような勇者じゃないぞ」

「お願いしたいのは付近の村までの案内だけです。竜と戦うのは私たちですから」


 頭が痛い。この子が竜と戦う? それはなんの冗談だ。おとぎ話でもそんな設定は有り得ないぞ。

 日本にいた頃にやっていたゲームなら、そういうのもあった気がするが。


「冗談じゃ……ないのか?」


 俺に説明するティーゼの態度は淡々としてる。

 冗談というわけではないだろう。ギルドまで巻き込んでおいてギャグでした、というのはちょっと考え難い。


「戦力的にはむしろ過剰なくらいなんで安心していいですよ」


 竜相手に過剰な戦力ってなんだ。だが、ギルドがこうして話を通してる以上、ある程度でも信憑性はあるという事で……。


「戦力はともかく、ちょっと時間がなくて。近辺の村が全部壊滅してもあまりいい気分ではないですし」

「……まさか、すでに被害が出てるのか?」

「はい、ここからだとちょっと離れますが……」


 彼女の口から聞かされたのは、ここからかなり距離のある山向こうの村の名だった。

 そこから段々とこちらへ近付いてるらしい。間にいくつ集落があると思ってるんだ。冗談じゃない。勘弁してくれ。


 村とそこまで深い関係はない。基本的には雇い主と労働者の間柄でしかない。

 だが、モンスター駆除の仕事で何度も訪れている場所なのだ。親しい村人だっている。


「いつから向かうんだ?」

「雇用条件に折り合いが付き次第すぐです。馬車や食料などはこちらで用意してます」

「分かった、受けよう」

「え、報酬の条件とかはいいんですか?」

「その話が本当なら、別になくたって構わん。元々金稼げる仕事でもないんだ」


 儲かった仕事なんて数えるほどしかないんだ。そんな事を気にするようなら、とっくに辞めている。


「じゃあ、移動しながらにしましょうか。案内よろしくお願いします。ボルカンさん」

「ああ、こっちこそよろしく頼む」


 本当の話なら、お願いしなきゃいけないのはこっちだ。

 どこまで信用できるかも分からないが、動くなら手遅れになる前にだ。本当に相手が竜なら、俺にできる事は案内くらいだが。




-2-




 ギルドの裏に停めてあった馬車には、ティーゼの仲間らしきハーフエルフが二人待機していた。


 俺の中で、急激にハーフエルフのレアリティが下がっている。聞いてみると、飛竜で偵察に出ているメンバーもエルフなのだという。

 何をどうしたらエルフだけのパーティになるんだ? そんなにたくさんいるのか?

 というか、飛竜ってなんだ。そんなファンタジー生物、この四十年聞いた事がないんだが。

 四十歳にして、俺の中での価値観がボロボロと崩れ落ちていくのを感じる。


「セロリ、もう出れる?」

「パセリが戻ってくるのを待たなくていいの?」

「キャロットに念話飛ばしてもらう。ギルドの話だと、ちょっと急いだほうが良さそう。すいません、ボルカンさん乗って下さい」

「あ、ああ」


 なんで野菜の名前ばっかりなんだ?

 色々疑問に思いつつも馬車に乗る。馬車は普通だった。


 おそらく竜と遭遇するであろう場所までは馬車でも丸一日かかる。目的地はその手前の村だ。

 日雇いの仕事はギルドに頼んで断りを入れてもらったが、あそこからはもう仕事はもらえないだろうな。また新しい仕事探さないと。


 急いで駆ける馬車の中で、他のメンバーと自己紹介を始めた。

 御者をやっているのはハーフエルフのセロリ。前衛担当らしい。他の二人よりは背が大きいが、それでも不安になるほど華奢だ。

 もう一人、馬車の隅で魔術を行使しているらしいのがハーフエルフのキャロット。魔術士とか初めて見た。背丈は一番小さい。

 飛竜で偵察に出ているパセリはハーフではない普通のエルフらしい。すでに普通ってなんだよって感じだが。

 とにかくエルフだらけだった。なんで俺、人間なのに圧倒的少数派なんだろう。


「君たちの名前は、ひょっとして偽名か何かなのか?」

「ええ、そうです。決まりなんで、本名名乗るのは一応禁止なんです。すいません」

「いや、それはいいんだが」


 やっぱり偽名なのか。まあ、俺も偽名ではあるしな。

 しかし、前世にあった野菜の名前とか、こいつらの偽名考えた奴は絶対前世地球人だろ。

 前世の記憶保持者が多い関係なのか、同じ名前が付けられたものは見かけた事あるが、こいつらの名前に使われてる野菜は、この世界では全部違う名前で呼ばれている。

 その元地球人はきっと迷宮都市にいるんだろうが、すごく会いたくない。

 もしも日本人で、本名バレなんかしたら最悪だ。偽名名乗ってて良かった。ありがとうボルカン。

 ……まさか、この内の誰かがそうだとか言わないよな。


 あまり喋る事もなく馬車は進む。

 喋ってないのは俺だけで、目の前の半長耳さんたちは普通に喋っているのだが。なんか、こう、キャピキャピしてる。女子高生的なノリだ。

 俺は本当にこいつらと同じ職業なのだろうか。自信がなくなってきた。


「あー、ちょっと聞きたいんだが、いいか?」


 数日とはいえ、一緒に仕事をするんだ。このままコミュニケーション取らないというのもマズい。

 この年で独り身の上、誰ともチーム組んでないからコミュ障呼ばわりされる事もあるが、別にそんな問題は抱えていない。

 冒険者として仕事をする際は大抵パーティ組んで仕事するのだ。パーティメンバーの情報は重要だと分かっている。


「はい、なんですか? ボルカンさん」

「あー、その、なんだ。竜ってのはどんだけ強いんだ?」


 今回の敵の事だって分かっていないのだ。俺が戦わないにしても情報くらいは掴んでおきたい。

 反応したのはティーゼだ。隣にいるキャロットは人見知りするのか、反応は消極的だ。

 交渉の場に出てきた事も考えると、ティーゼがリーダーなのだろう。


「竜といっても千差万別ですよ。空飛んだり火噴いたり。羽生えてたり」

「そんなに種類がいるのか。どうやって竜を区別してるんだ? 特徴がバラバラなら、カテゴリも変わりそうなものだが」

「ステータスに出る種族欄が竜なんです。あと、正式には竜じゃなくても、名前にドラゴンとか付いてると竜扱いされたりします。海竜族はちょっと微妙な扱いです」


 え、何それ。ステータスに種族欄とかあるの?


「す、ステータスに出るのか? 冒険者で《 看破 》使う奴がいるが、そんな話は聞いた事ないんだが」


 教会で神官が使っているのも、似たようなものだと聞いた事がある。


「難しい話ですが、ツリースキルの《 鑑定 》に《 詳細情報:種族 》というのがあるので、それを習得していれば……。これだと分からないですよね? えーと、《 鑑定 》っていうスキルの下にあるのが《 看破 》です。対象の情報を見るやつですね。それに加えて《 詳細情報:種族 》っていうスキルを習得すると《 看破 》の際に種族が見えるようになるんです」


 ダメだ。こいつが何を言っているのかさっぱり分からん。ゲームの話でもしてるのか?

 そもそも《 看破 》すら使えない俺が分かるはずないだろう。


「要はちょっとすごい《 看破 》なら名前とか以外も見破れるって事です。教会のは《 簡易鑑定 》っていってまた別な……」

「あーいい、分かった。ちょっとついていけなさそうだ。もうちょっと現実的な話をしよう。……今回出てきたって竜はどんな奴なんだ?」

「今回のは雑種です。レッサードラゴンってやつですね。地竜の系統らしいので空は飛びません。ブレスも使わないらしいので、あんまり強くはないです」

「そ、そうなのか。竜っていうくらいだから、村くらい簡単に壊滅させられると思ってたんだが」


 雑種ならおとぎ話で言われるほどじゃないのか。

 そうだよな、被害が出てから救援依頼を出してるんだし、村が壊滅したのも何日も時間がかかったのだろう。


「え、さっきの街くらいならすぐ壊滅しちゃいますよ」

「…………え」

「ギルドがあるくらいだし、戦える人もいるでしょうけど、聞いてる情報なら半日……いやもうちょっとかかるかな。だからちょっと急がないとまずいんです。帝国から依頼があったのも街や村がいくつか壊滅したあとだったので。まったく、帝国の上層部も市民の事をあまり考えない人たちばっかりですよね。……王国も変わりませんけど」


 大災害規模じゃねーか。どーすんだよ、おい。ここから行く先はそんな事になっているっていうのか?


「そんなのが、……あんまり強くない?」

「え、はい。多分、私かパセリなら単独でも。キャロットは後方支援専門だし無理だよね? セロリは……時間かければいける?」

「あたしタンクだし、普通ならそうだけど、今回はそれ持ってきてるから案外なんとでもなりそうかな」

「それ?」


 御者のセロリが少し振り返ると、俺が乗る前から隅に置いてあった鉄塊を指した。


「なんだ……それ。まさかそれが武器だとでも……」


 鉄塊ってレベルじゃないぞ。あまりにデカくて馬車の構成部品の一つに見えていたが、全体の形状を見れば鉄板……いや、剣なのか……?


「ああ、そういえばこれがあったね。デカイし重いし、持ってくるの嫌だったんだよね。《 アイテム・ボックス 》拡張しないのに、こういうの好きだよね、セロリ」

「デッカイ武器にはロマンがあるからねー。たまには盾役だけじゃなくて、ちゃんと攻撃したい」


 え、セロリさん。あなたが使うんですか? それ。物理的に不可能じゃないですか? 三メートルくらいありますよ。


「えーと、何それ」

「剣です。武器ランクC+、巨大武器/重量武器/刀刃武器/両手剣/剣のカテゴリに含まれます。名前は……なんだっけ?」

「"ドラゴン・ブレイカー"」

「そだった。《 鑑定 》ないと不便だよね」


 答えたのは、ここまであまり口を開かなかったキャロットだ。今、《 鑑定 》とやらをしたのだろうか。

 聞いた名前は意外に普通だった。いや、ドラゴンとか入ってる時点で普通じゃないんだが、もっと仰々しいものを想定してた。なんかこう、漢字が羅列しそうな。


「これは借り物だから壊しちゃだめだよ」

「分かってるって。そもそもレッサー相手で壊れたりしないでしょ」

「えーと、セロリさん? 今更ですが、これ持てるんでしょうか」

「え、はい。さすがに片手だと無理ですけど。ここに来る前にも練習しましたし」

「あ、はい。……そうですか」


 何事なんだ。この子たち。自分の背丈の倍以上ある剣を、その細腕で振り回すと?


「ボルカンさんが、使って、みますか?」


 いや、キャロットさん。いきなり話始めたと思ったら、あなた何言ってるの。


「キャロット、いくらなんでも外の人にこれはキツイんじゃない?」

「でも、……この人、能力値基準、満たしてる」

「え、嘘……。ここ迷宮都市じゃないよ。あ、キャロットあなた、また黙って《 鑑定 》したでしょ」

「……ごめんなさい、ボルカンさん」


 消え入りそうな声だが、あまり反省している風には聞こえない。《 鑑定 》ってのをされたのか? 教会の神官にみたいに?


「それは別に構わないが、それは、どんな情報が見えるんだ?」

「えーと、ボルカンさんは迷宮都市の人じゃないから……名前、性別、種族、ステータス値、保有ギフト、保有スキル、とか?」


 キャロットの代わりに説明したのはティーゼだ。内容的には教会とそう変わらないな。


「あとは、実名とか……ボルカンさんの、本当の、名前は、オリ「わー、ちょっと、ちょっとタンマっ!!」……はい」


 あっぶねえ、なんだこの子。実名まで分かるのかよ。教会だと変更したら見えないようになったのに。


「あのね、キャロット。偽名を名乗ってるのだって意味があるんだから、勝手に公表していいものじゃないでしょ」

「う、……ごめんなさい」


 相変わらず反省してるようには見えないが、謝られてしまっては引くしかない。

 そもそも、そこまで隠してるわけでもないんだが、こいつらにはバレたくない。

 あとは、キャロットさんが元日本人でない事を祈ろう。


 まさか、心の中で『オリ主とかwwwバロスwww』とか笑ってないよね。勘弁してくれよ。今更その名前でイジられたくない。




-3-




「んで? 必要能力値を満たしてるってのはステータス値の事か? おっさん、言っちゃなんだが、普通の冒険者だぞ。一般人に比べりゃそりゃある程度は高いが」

「えーと、保有、ギフト、なんだけど、言っても、いいの?」


 ギフト? 《 超翻訳 》以外、ロクに役にも経たないこれの事か?

 スキルは色々増えたが、俺のギフトは《 超戦闘力 》と《 超魔力 》と《 超翻訳 》で生まれた時から変わってない。

 《 超戦闘力 》といいつつ、何も強くならないし、《 超魔力 》で魔力のステータスも上がってない……と思う。

 強化された結果の値がこれだとはちょっと思いたくない。


「別に構わないが、これ《 超翻訳 》以外役に立った事ないぞ」


 《 超翻訳 》だけはとても有用だ。どんな言語で書かれた本でも読めるし、翻訳もできる。

 本職でもないし、不定期収入で安定しないが、実は生活費の大半はこれで稼いだものだ。


「《 超翻訳 》? 《 翻訳 》じゃなくて? 聞いた事がないスキルだね」

「えーと、多分、それは、普通の《 翻訳 》。名前は、《 超魔力 》の、せい」


 なんだ、こんな年になって俺のギフトの謎が遂に明かされてしまうのか?

 できればもう少し早く聞きたかったもんだけど。この年から無双してもな。


「《 超魔力 》は同じ欄……この場合は、ギフトの名前の頭に、"超"が付く。《 偽装 》ツリーのスキル。《 戦闘力 》が、《 超戦闘力 》に、《 翻訳 》が、《 超翻訳 》になる」

「…………え、それだけ?」

「あと、《 偽装 》、でもあるから、同欄のギフト、から"偽装"の、文字が消える」


 昔、俺TUEEEできると思っていたのはなんだったの?


「ま、魔力が上がったりとかは……ほら、特定条件を満たす事によって……とか」

「それだけ、です。迷宮都市の、スキル検索の、説明文は"超すごい"、です」

「へ、へー。れ、レアスキルだね」


 そんなフォローいらないから、ティーゼさん。

 なんだよ、"超すごい"って。何もすごくねーよ。馬鹿にしてんのか。

 ……畜生。俺はこんなスキルにずっと振り回されてきたのか。若い頃、いつかすごい力目覚めると信じて、色々調べたのに結果はこれかよ。


「じゃ、じゃあ《 超戦闘力 》は? あ、いや、《 戦闘力 》か。ああ、これって……《 戦闘力偽装 》?」

「そう。こっちも、《 偽装 》だけど、意味はある」

「これも何か偽装するスキルなのか」


 ロクでもなかった。聞かなきゃ良かったかもしれない。


「《 偽装 》って言っても、《 戦闘力偽装 》はちょっと毛色が違って、ステータスの値を誤魔化すんです」

「……俺のステータスは普通だが」


 見た目の数値も、せいぜい"強いかなー"程度だ。


「ステータス自体は変わりません。《 戦闘力偽装 》は、スキル習得や、武器使用の制限に能力値の判定がある場合にそれを誤魔化すスキルなんです。普通の武器とかだと無意味ですけど、このドラゴン・ブレイカーみたいに能力値制限がかけられている物なら、その条件を無視できるって事ですね」

「物理的に重たいから持てないって言う意味じゃない、別の制限があるって事か?」

「そうです。この制限に満たないと、大幅に性能が落ちたりするんですよ。ドラゴン・ブレイカーの場合は、基準値を満たしてないと極端に重くなります。逆に基準を超えさえすれば、軽くなります」

「そう……なのか」


 意味がないと思っていたギフトだが、ちゃんと意味はあったんだな。

 ……《 超魔力 》は許さない。今更だが、超消してやりたい。


「《 戦闘力偽装 》の偽装範囲なら、ボルカンさんでも、ギリギリ超えるはず」

「良かったら試してみます?」

「馬車壊れちゃうから、振り回したりしないでねー」


 試す……この鉄塊の化物を? どう考えても無理だと思うんだが。

 この子たちの言ってる事は無茶苦茶で、普通なら信用できる類のものではない。

 だが、すでに本名を見破られてもいる。これだって事前に調べる事は可能だが、そんな事する意味はないし……試すくらいならいいか?


「試すだけ試してみるか」

「重量はかなりありますが、能力値を満たしていれば見た目ほどには感じないはずです」


 柄を持って、持ち上げてみる。


「ぐっ……」


 クソ重い。鉄骨を持ち上げてるのと変わらない。……だが、確かに見た目ほどじゃない。

 そうか、こんな効果のスキルだったんだな。そりゃ、いくら調べても分かるはずないか。名前も変わってたし。

 力を込めたまま、そっと床に下ろす。


「……持てない事はないな。確かに軽く感じる。……だが、振り回すのはさすがに無理だ」

「そうですか」


 これが、若い頃なら訓練次第でいけたかもな。


「何、長年の疑問が晴れたんだ。すっきりしたよ」


 もうちょっと早く知っても、俺の人生にあまり変化はないだろう。

 オークの討伐数がちょっと増えたりする程度だったら、この剣は過剰だ。

 それにこの剣が使えても、能力値自体が変わるわけじゃないって事は、どのみち格上の敵には敵わないだろう。

 山の奥地で稀に見かけるようなオーガや、ダンジョンに生息するという牛鬼やミノタウロスの相手はできるはずがない。

 ましてや今回の竜なんて、たとえレッサーだろうが手が出せるはずがない。


 俺のギフトの効果が判明してしまった事で、この子たちが本物である事と認識できてしまった。

 多分、この子たちが言ってる事はすべて本当で、竜でも問題なく倒せてしまうんだろうと理解してしまった。

 そして、迷宮都市がおそらく本当に"ありとあらゆる願いが叶う"場所である事も。


 俺は改めて元の位置に座り直す。


「……迷宮都市ってのはさ、本当になんでも願いが叶うのか?」

「なんでもは無理ですよ。当然の如く制限はあります。噂が若干一人歩きしてる感がありますね」


 返ってきたのはえらく現実的な答えだった。


「それに、何もしないで願いが叶えられるわけでもないです」

「ダンジョン攻略か」

「その通り。先に進めれば進めただけ、得られるものが大きくなります。それこそ、迷宮都市の外の事であればなんでも叶うくらいには」


 なるほどね。そりゃ帰ってこないわ。

 人間の欲望なんて限りがない。もっと先へ、と望みは大きくなっていくだろう。


「私はこのシステムはタチが悪いと思ってます」

「何故?」


 迷宮都市に住む人間……ハーフエルフなのに、その街を批判するのか?


「リスクらしいリスクがない、頑張れば頑張っただけ願いが叶う、ある程度で妥協したって外の暮らしよりよっぽど快適です。死や痛みすらあの街では手数料です。何度だってやり直せます。入ったら出てこれない蟻地獄みたいです」

「死なないってのはマジな話だったのか」

「はい。正確には死んでからの再生ですが。……だから、目的があるなら心折れるまで無限に挑戦できます。目的が叶っても先があるなら、それはずっと続きます」

「死なないったって、老いもあるだろ」

「若返れますし、老化防止はもっと容易いです。私は正真正銘十四歳ですけど」


 なんだ、それは。


「私はこのシステムは地獄と大差ないと思ってます。……ボルカンさんはどう思いました?」

「同じだな。タチが悪い。言ってる事は夢のような話ばかりだが、全体を見ると無限に続く牢獄にも見える」


 入ってる奴がそうだと理解できない無限地獄だ。


「それが分かるならボルカンさんは迷宮都市向けだと思います。どうですか? そういう変わった力もあるんですから挑戦してみては? こうしてギルドから紹介されるくらいなら、とりあえず推薦条件はクリアしてるんですよね?」

「冗談じゃない」


 そんな街、近付きたくもない。怖い印象植え付けてから誘うなよ。


「おっさんにあまり耳聞こえのいい言葉を聞かせないでくれ」

「迷宮都市なら若返りできますけど」


 そんなものに興味はない。俺の願いは一つだけだ。


「ダンジョンでは生き返るというが、すでに死んだ人間の死者蘇生は可能なのか?」

「ダンジョン以外ではできないみたいですね。やらないだけかもしれないけど」

「じゃあ、俺には願いがない。それができるなら、死に物狂いで頑張るかもしれないがな」

「そうですか」


 あの日一夜にして失ってしまった母さんや村の人たち、そしてあの背中を取り戻せるならなんでも支払おう。

 だが、それができないなら俺に欲しいものはない。


「それにさ、最近冒険者不足なんだよ。底辺職業で誰もやりたがらない上に、みんな違う職場に行っちまう。俺みたいな奴でも必要みたいなんだ」


 割に合う仕事じゃないし、いなけりゃいないで、衛兵が代わりをやるんだろうがな。


「そうですか」


 そう言ったティーゼは、少し機嫌が良いようにみえた。




-4-




「ティーゼちゃん、パセリちゃん、から連絡。……想像、以上に、竜の侵攻、速度が、早いから、このまま、仕掛けるって」

「ん、そう、了解。……こっちももっと急ごうか。倒しちゃってもいいよって言っておいて」

「分かった」


 言ってる事はとんでもないのだが、さっきの話では偵察に出ている奴も一人で倒せるって言ってたからな。


「大丈夫なのか?」

「問題はないはずです。これ以上進行させる事はないと思います。……到着前に終わったらすみません」

「いや、それはいいんだが。……これ以上急ぐっていうのは?」

「ちょっとかわいそうですが、馬を酷使します」


 ティーゼはそういうと、キャロットと一緒に御者台まで移動した。

 二人が"何か"をすると、突然二匹の馬が発光し、心なしか大きくなったように見える。

 あれは……魔術か何かなのだろうか。魔術らしい魔術は初めて見たが、詠唱とかしないんだな。


 急に馬車を引く力が強くなったように感じた。いや、速くなっている。倍とはいかないが、それに近いスピードで。

 最初から使っていれば良いじゃないかと思ったが、馬を酷使すると言っていたし、ずっと使えるものでもないのだろうか。




 その強化された馬の力で、当日の内に目的地の村に辿り付くことができた。


「ティーゼ、村長に話通してくる。事情はどこまで話していいんだ?」

「お任せします。特に問題はありません。村人を怖がらせない範疇で説明をお願いします。……私たちはこのまま現場に向かいます。どうも、二匹いたようで、パセリが仕留めきれなかったみたいです」

「俺はどうすればいい」

「結構距離が近いようなので、可能でしたら避難誘導をお願いします。どこかにまとまっていてくれれば、最悪の場合でもなんとかなりますし」


 最悪の場合って……ここまで来る可能性があるって事か。

 いや、ティーゼの落ち着きぶりは本当にただの最悪を想定してのものにも見える。


「分かった、この村の村長の家はデカイから、念のためそこに避難させておく。……大丈夫なんだよな」

「大丈夫です。そんな事にはなりませんが、"備えあれば憂いなし"というやつです」

「は?」


 それは、聞き覚えのある言葉だった。《 超翻訳 》がなんでも翻訳してしまうが、俺がその音を聞き間違えるはずはない。


「ボルカンさん、一応ですがこれを」

「これは……剣?」


 それは、ティーゼが腰にぶら下げていた、細身の剣だった。


「ボルカンさんなら使えるはずです。竜からモンスターが逃げてくる可能性もありますし、良かったら依頼料代わりにでも」

「依頼料はギルド通して出るってだったろ」


 ここまでの話を考えたら、それだって俺には過ぎた代物だろう。


「追加です。別に高いものじゃありませんが、ボルカンさんの腰のやつよりはいいものですよ」

「ティーゼはどうするんだ」

「私の主兵装は弓ですから。それはただのアクセサリーみたいなものです。依頼終わって、どうしてもというなら返して下さい」

「……分かった」


 それは何かのフラグなのか? 死亡フラグにしか聞こえないんだが。


「大丈夫ですってば。ただの願掛けです。昔、……前世で、そういう死亡フラグを折りまくったセンパイがいたんです」

「そうか、……よく分からないが、頑張ってくれ」

「はい、そちらも」


 ティーゼはそう言うと、あっという間に二人の仲間と合流し、森の奥へと走っていった。

 しかし、本当なら、ここからの案内も依頼に含まれていたはずなんだよな。


 だが、セロリはあの鉄塊を普通に持ち上げていた。

 ティーゼの動きもちょっと尋常じゃない力を感じさせた。

 キャロットは良く分からないが、それでも俺の常識から外れている奴だという事くらいは分かる。

 だから、きっと任せてしまっても大丈夫なのだろう。俺はできる事をするべきだ。


 その後、村長に事情を説明し、村中の人間を村長宅に集める避難活動を行った。

 竜に追われてモンスターがやってこないか警戒する必要があるため、俺と村の男数人で屋敷の周りを警護する事になった。


 かなり遠くの方で大きな音が聞こえる。時々、眩しい光を放っていた。

 きっとあの子たちが竜と戦う音や光なのだろう。あそこでは、おとぎ話に出てきてもおかしくない戦闘が繰り広げられているはずだ。

 それは、今立っているこの場所からは、あまりに遠い非現実なものに感じられた。


 村では特に何事もなく、夜が明ける。

 朝焼けと共に戻っていた四人の姿は、少し汚れていたが、大きな怪我もしていないように見えた。


 珍しさから四人は村の子供にもみくちゃにされながら、村長に説明をする。

 村の数人でその場所に行ってみると、想像以上に巨大な竜の死体が二つ転がっていた。

 これだけ大きいと、魔化も時間がかかるらしい。といっても、もうほとんど骨しか残っていなかったが。


「事前情報がまったく役に立ってませんでした。何か火噴いてきましたよ、あいつ。帝国も適当ですよね。プンスカ」


 どうやら、事前情報よりも巨体で更に二匹、保有能力も異なっていたため、時間がかかったらしい。

 ティーゼはお冠のようだが、それでも怪我しないのか。……過剰戦力は本当だったって事だ。




-5-




 その後、合流したパセリも連れて、再び街へと引き返す。

 かなりの強行軍だが四人のエルフさんたちは元気だ。聞いてみるとこれくらいは迷宮都市の冒険者なら普通らしい。

 一日、二日は当たり前、中には一週間以上連続で活動する怪物のような奴もいるという。



 街に戻り、ティーゼに別れを告げる際に、預かっていた死亡フラグを返す。


「結局使わなかったけどな」

「いえ、それはやはり差し上げます。気が変わりました」


 何言ってんだこいつ。


「それの銘は< エア・スラスター >、文字通り風の力を秘めた魔剣です。魔力値が基準に達してないとただの丈夫な細剣ですが、ボルカンさんなら大丈夫でしょう」


 魔法の力が宿った魔剣なんて、安物どころか下手すりゃ国宝じゃないか。命狙われたりとか嫌なんだが。


「外見は地味ですし、《 偽装 》もかかってるから、普段は使わずに切り札としてでも持っておけばいいじゃないですか」

「……なんで気が変わったのか聞いてもいいか?」

「同郷のよしみです。"オリ主"とか、そんな名前なんですから、少しくらい俺TUEEEしてもいいじゃないですか」

「なっ……」


 馬車の方を睨むと、キャロットが慌てて隠れるのが見えた。

 ……あんにゃろ。


「名前聞いてからじゃないな。……いつから気付いてた?」

「最初からなんとなくです。色々反応もありましたし。ああ、別に死亡フラグ云々は嘘じゃないですよ。前世でそういう人がいたんで、その人の真似をしているだけです。あの人、死亡フラグだけじゃなくて、なんのフラグでも簡単に折ってくれたので。あ、ヤバ、……ちょっと、落ち込んできた」


 なんか、自分で言った事に落ち込んでるんだが。


「フラグとか、懐かしい話だな。俺にとっちゃもう四十年以上前の話だ。ちなみに、こいつはティーゼからしたらどれくらいの価値があるもんなんだ? 偽装してて能力バレないとしても、本当は高いとかだとさすがにもらえないぞ」

「私の月収の1/10以下ですね。私にとってはせいぜいお小遣い程度です」


 ……基準が曖昧だが、まあいいか。こうして知り合ったのも何かの縁だ。記念にもらっておこう。


「じゃ、お守りにでもするよ」

「はい。気が向いたら迷宮都市にも来てみて下さい。言ってた通り無限地獄なのは間違いないですが、住んでみたら結構いい街だと思いますよ」

「まあ、老後に顔出すくらいはするかもな」


 俺がそういうと、ティーゼは笑顔で馬車へと向かっていった。




「ティーゼ」


 馬車に向かうティーゼを呼び止める。


「三上織人だ。本当に助かった」


 簡単に片付けていったが、こいつらがいなかったら被害はとんでもない事になっていたはずだ。

 本当だったら、感謝してもし切れない恩があるのだ。そんな相手に名前も告げないのは間違っていると思う。オリーシュのほうはバレてるみたいだが。


「あはっ、懐かしい感じですね。……そうですね、音は同じですけどこっちなら問題ないです。……私は岡本美弓です。三上さん、またいつか」

「ああ、じゃあな」




 こうして、異世界に別人として転生した元日本人二人が、日本人名で名乗り合うという奇妙な形で俺たちは別れを告げた。


 俺が迷宮都市に行くかどうかは分からないが、老後の楽しみとして考えてもいいような気もしていた。

 寿命が違うとはいえ、それくらい経てばあいつらも少しは成長しているだろう。




 その時は、……とりあえずキャロットにはゲンコツをくれてやる事にしよう。



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