第10話「道標」

-(-2)-




 アーシェリア・グロウェンティナという冒険者がいる。

 グロウェンティナという家名の由来は分からない。三代前、曽祖父が必要な時に使っていた前世での家名だという。


 アーシェリアは、迷宮都市の運営が軌道に乗り始めた頃、その家の長女として生を受けた。

 迷宮都市が新しい時代を迎え入れたような、そんな産声だった。

 彼女は急速な迷宮都市の発展と合わせるように、双子の妹と共に健やかに育っていった。


 彼女の両親は共に冒険者である。

 今の迷宮都市となる前の黎明期、無限回廊の攻略がまだロクに進んでいない頃から活動を始めた最古参に近い冒険者であり、現存する最古のクラン< ウォー・アームズ >の初期メンバーだ。

 幼い頃からその両親の姿を見続けて育ったアーシェリアが、同じように冒険者を志すのはある意味必然だったといえるだろう。


 アーシェリアの年齢が二桁になった時、将来性を期待され、当時の段階ですでにマンモス化していた冒険者学校から誘いを受けたが、これは辞退している。

 すでにデビューしてもおかしくない実力を身につけたアーシェリアにとって、学業で身に付ける事よりも少しでも早く攻略を始める事のほうが大事に思えたのだ。

 逆に双子の妹は冒険者学校へ入学。アーシェリアは一足早く冒険者への道を進み始めた。ちなみにアーシェリアは、そんなに勉強が得意でなかったらしい。


 十歳という年齢は本来デビューの許可されない年齢だ。両親の理解がなければ、そのハードルは越えられなかっただろう。

 幼い頃から両親を通じて縁のあった、ダンジョンマスターの力も確実に影響していたはずだ。


 アーシェリアの存在は以前から期待の新星として、冒険者、業界関係者からデビューを待ち望まれていた。

 その期待に応えるように、アーシェリアはトライアルダンジョンの最速攻略に向けて準備を行う。


『あのね、あのね、あたしもぼーけんしゃになる』


 まだ幼いクローシェがそう言ってくれるのを聞いて、思わず顔がにやけてしまったのはしょうがないだろう。

 可愛いものは大好きだ。妹二人は目に入れても痛くないほどに可愛いし、実は使っている槍にもパンダのストラップが付いてたりもする。

 チームメイトにもらったものなので詳しくは知らないが、迷宮都市で最近流行っているらしい。


 怖いものなど何もない。実力に裏付けされた自信があった。

 だが、トライアルダンジョンの洗礼は、天才と呼ばれたアーシェリアにでさえその牙を剥いた。


 準備はこれ以上できないと言えるほど行った。ちょっと周りが引くくらいだ。

 チームメイトは、当時自分と同じように天才と呼ばれた戦士と魔術士で、同じように最速記録を狙っている。


 ダンジョンの攻略は順調だった。第一層のコボルトは少し驚いたが、所詮はコボルトだ。なんの障害にもならない。

 第二層、第三層と進み、宝箱から謎のウサ耳カチューシャが出たので、意味はないが付けて進む。

 難関と呼ばれた第四層のボスもなんとか撃破し、チームの連携は他の冒険者たちと遜色ないレベルまで強くなっていた。

 だが、情報公開されていない第五層には洗礼の名の絶望が待っていた。


 ミノタウロスの巨体が目に入っただけで、脚が震えるのが分かった。

 放たれる咆哮であっさりと呪縛に嵌ったメンバーは、一人ずつその巨大な斧で挽き肉に変えられていく。

 叫び声を上げる間もなく、その洗礼はアーシェリアの頭上へも降り注いだ。


 ……ひどい体験だった。痛烈な洗礼を受けさせられた。

 メンバー二人はその体験だけで心が折られた。再起不能というレベルではなかったが、少なくとも六日後では再挑戦不可能だろう。

 肉体的な苦痛では言い表わせない、魂を抉り、ぐちゃぐちゃにされてから作り直される感覚は自信家だった新人の心を折るには十分だった。


 死の呪いは、二人だけでなく確実にアーシェリアの心も蝕んでいる。

 家に帰っても、幼いクローシェの純真な目が自分を追い詰めている気さえした。

 学校に通う妹に会っても、第五層の事は話せない。話しても伝わらない。知っている、認識阻害だ。


 だけど、『すぐに追いつくから先で待ってて』と言う妹の姿に励まされた。

 アーシェリアはおねーちゃんなのだ。妹たちにはかっこ悪いところを見せてはいけない。この背中を追って、きっとあの二人も走ってくるのだから。


 第五層挑戦をトリガーとして解放される訓練施設を使い、ひたすら訓練を続ける。

 普通なら死んでもおかしくない訓練でも、この訓練施設なら平気だ。"死んでも問題ない"。

 ただひたすらに体を痛めつけ、限界まで鍛え上げる。


 再挑戦の日にはすでに別人と呼べるまでに成長した姿があった。

 一週間目のこの日、アーシェリアはただ一人、ダンジョンに挑む。


 弱体化したはずのミノタウロスは、それでもまだ圧倒的で、鍛え上げた状態でもまだ尚力が足りない。

 フォローしてくれる仲間はいない。ミスをしても自分で巻き返すしかない。

 だけど、何度心折れそうになっても、妹たちの言葉が、姿が、背中を後押ししてくれた。


 折れるほどに歯を食い縛り、ミノタウロスの体へ何度も槍を突き刺していく。

 血が流れ、少しずつ力は入らなくなっていくが、それは相手だって一緒だ。相手だって自分と同じ生物なのだ。

 その巨体は確かに脅威だ。話に聞く迷宮都市の外であったなら、きっと女の身ではここまで戦う事すらできないのだろう。

 だが、ここは迷宮都市だ。システムが、スキルが味方をしてくれる。


 初挑戦の時に感じていた自信など、ただの自惚れだ。自分にはまだこんなにも成長する余地が残されていた。

 ここでなら、自分でも英雄になれる。誰もが憧れた両親や、あのダンジョンマスターの隣に立つ事ができるはずだ。


 渾身の力を込めて突き出した愛槍がミノタウロスの体を穿ち、役目を果たしたといわんばかりに折れた。

 それが、共に戦ってきた最後の仲間の最だった。


 ミノタウロスを串刺しにしたその一撃で、トライアルの攻略は完了した。

 一度失敗してしまったが、それでも前人未到の大記録だ。かつて二回という挑戦でミノタウロスを屠った者はいない。

 期間だって大幅に更新した。きっとこの記録を超えるのは容易ではないだろう。

 仲間も槍もなくなってしまったけれど、自分はやり遂げたのだ。胸を張って冒険者としてデビューを飾ろう。




-(-1)-




 謁見したダンジョンマスターはひどく疲れているように見えた。

 だが、生まれた頃から知っている子供が大記録を打ち立ててデビューを飾る事は嬉しいようで、およそ年齢に見合わない容姿で微笑んでくれた。

 ダンジョンマスターの奥さんたちも祝福してくれた。


 しかも大幅な記録更新、ソロでの攻略を完遂したという事でボーナスまでもらえるという。

 < 朱槍グングニル >。ダンジョンマスターのいた世界にある神話の一つをモデルとした槍だ。

 食玩か何かのように軽く渡されてしまったのだが、どうやらダンジョンマスター手製の試作品らしい。

 血の色のような真っ赤なその槍は、投げても戻ってくる不思議な力を持っていた。

 神話に出てくるという本物は必中の能力もあるらしいのだが、これはただの試作品なので付いていない。

 また、その武器性能は扱う者の能力に合わせて成長するという事で、未熟なアーシェリアでは十全に力を発揮できないだろうという。

 この槍と共に成長して欲しいという願いが込められた、かけがえのないプレゼントだった。


 そしてもう一つ。実はこちらが本題で、何かスキルを習得させてくれるらしい。

 ダンジョンマスターの能力の許す限りであれば特に制限はないというが、アーシェリアは槍と同じく自分と共に成長してくれるスキルを選んだ。

 習得したのは、複数の光の槍を展開する広範囲スキルだ。

 この時点で後々までの事を考慮し、日に二回まで、発動中は移動不可などの制限を付けて攻撃力を強化した。

 死ぬよりも敵を確実に殲滅する事を重視した、攻撃的なスキルだ。

 あの二人も、妹たちも、追い付いてくるには時間がいるはずだ。それまでは一人でも戦えるようにと願いを込めた。


 《 流星衝 》と名付けられたそれは迷宮都市のシステムに承認され、ユニークスキルとしてアーシェリアの力となる。


 デビューしてもアーシェリアの快進撃は止まらない。

 第十層で戦ったサーカスパンダはちょっと可愛くて和んだが、涙ながらに倒した。

 あれがストラップのモデルだったのかと、今更ながらに知る。


 新人戦では数合わせとはいえ、優秀なメンバー二人とチームを組み、かつて両親が所属していた最古参のクラン< ウォー・アームズ >のリザードマン、グワルを打ち倒した。

 グワルは強く、《 夢幻刃 》という名の剣スキルに大苦戦を強いられたが、《 流星衝 》を通す事で活路を見出す事ができた。

 まだ力が足りない。まだ強くなれる。槍も、《 流星衝 》も、もっと先があるはずだ。


 無限回廊の攻略も進む。

 半固定パーティで第二十層、第三十層と攻略を進め、課題をクリアして、半年が過ぎる前に中級ランクに昇格した。


 アーシェリアの快進撃は孤独を呼んだ。

 かつてトライアルで一だった仲間二人は、精神的な問題を抱え未だデビューできていない。クローシェはまだ幼く、双子の妹もまだ学生だ。

 同期はあまりに早いアーシェリアの成長に付いていけず、ほとんどが下級に留まったままだ。

 中級に上がってからも、ランクに合わせてメンバーは変わる。

 それでも、慣れないメンバーに上手く合わせ、時間はかかったが第三十一層、第五十一層から始まる難易度の壁もなんとか突破してみせた。

 確実に、そして誰もが想定していないスピードで最前線へと近付いていた。


 そんな時、ある男にクラン設立の話を持ちかけられた。

 アーシェリアより二年早くデビューしたその男の名はローラン。当時すでに< 蒼の騎士 >と呼ばれ、前線に近いところで戦っていた次代のエースだ。

 最初はコンビだった。一緒に戦ってもローランの腕は悪くない。後ろから、ちゃんと欲しいところにフォローをくれる。

 久しぶりに仲間と呼べるパーティメンバーと出会えた気がした。

 他のメンバーがコロコロと変わる中、一年ほどコンビを続けただろうか。アーシェリアもローランと合わせて< 朱の騎士 >と呼ばれるようになっていた。

 悪くない気分だ。きっとこのままどこまでも先へ行けるだろう。ローランはそう感じさせてくれる何かがあった。


 第六十五層。当時の最前線を突破する。

 その報奨として、ダンジョンマスターからパーティリーダーであるローランへ《 流星雨 》のスキルが与えられた。

 おそらくアーシェリアに合わせたのだろう。その二つのスキルは良く似ていて、戦場に流星が何度も降るようになった。

 自分たちのクラン< 流星騎士団 >を立ち上げたのはこの頃だ。メンバーが集まらず、ここまで遅れてしまったが、ようやくローランと出会った頃の目標が達成できた。

 ローランを団長に、アーシェリアを副団長として< 流星騎士団 >は飛躍を遂げる。


 第六十六層以降は、これまで五層ごとだった階層主が毎層出現するようになった。

 どうしてもペースは落ちるが、一層ずつ< 流星騎士団 >は攻略を進めていく。

 こうして、二つの流星を要する< 流星騎士団 >は迷宮都市の序列トップに君臨した。最前線を攻略し続ける、紛うことなき迷宮都市のエースだ。


 メンバー間の仲も良好だ。トップグループを維持するために犠牲になりがちなクラン内の雰囲気も悪くない。

 恋仲にこそならなかったが、ローランとアーシェリアの仲も頼れる相棒という形で、クラン全体がまとまっていく。

 どちらも高嶺の花と見られ敬遠されてしまうため、未だ恋人がいない事を嘆いていたのは内緒だ。


 双子の妹はクラン入りこそしなかったが、冒険者として頑張っている。

 あとを追うクランの新人たちも皆才能溢れる良い冒険者だ。

 強い冒険者は誰もがそこを目指す、目標となるクランに< 流星騎士団 >はなった。


 そう、あの第七十五層の攻略を迎えるまでは。




-0-




 これまで、何度も心折れそうになった事はある。実際これまで何度も戦線は崩壊し、全滅を繰り返してきた。

 だが、そこで立ち上がれないほどに心を打ち砕かれた。

 天を突き刺すような巨体。動く城とも呼べる鉄の巨人。そして、それを囲む無数の竜騎士。

 とても一つのクランだけで攻略できるような相手ではなかった。ここまで頑張ってきたメンバーの誰もが攻略の糸口を掴めずにいた。

 アーシェリアも、ローランもだ。


 順調だった攻略がここで止まった。


 その後、長い歳月を経てこれを攻略したのは< 流星騎士団 >ではなく、< アーク・セイバー >と呼ばれる新しいクランだった。

 < 流星騎士団 >の代わりと言わんばかりに< アーク・セイバー >の快進撃は続く。

 気がつけば< 流星騎士団 >は、< アーク・セイバー >の後追いで攻略するようになり、最前線からは一歩引いた場所でばかり戦うようになった。

 先に進めないわけではない。だが、< アーク・セイバー >の攻略が早過ぎる。

 惜しげもなく攻略情報を提供してくる< アーク・セイバー >だが、その情報であとを追う事はできても、抜く事ができない。

 < 流星騎士団 >は、ただ< アーク・セイバー >が切り開いた舗装された道を歩いているのに過ぎなかった。

 どれだけ頑張っても、追い縋っても、実際には攻略時期の差はほとんどないにも関わらず、< アーク・セイバー >との差は開いていくばかりに思えた。

 確かに< 流星騎士団 >は一流のクランだ。< アーク・セイバー >に抜かれた今でもそれは変わらない。

 だが、上から蓋をされたような閉塞感がクラン全体を覆っていた。


 このままでいいのか。いいはずがない。

 じゃあどうすればいい。どうしようもない。


 誰もがそう考えていた。ここまで団員を引っ張ってきたローランのカリスマ性にも陰りが見えた気がした。

 アーシェリアがダンジョンマスターへ謁見を申し込んだのも、そんな閉塞感をなんとかしたいという思いがあったからだろう。


 久しぶりに会うダンジョンマスターの姿はまったく変わっていなかった。

 子供だった頃、トライアル攻略に際して出会った時とまったく同じだった。自分はこれほど成長したというのに、一切の老いを感じない。

 だが、それ以上に違和感があった。

 ダンジョンマスターの口振り、仕草は変わっていないはずなのに、ひどく人間味が感じられない。

 まるでロボットかオートマタでも相手にしているような、そんな気分にさせた。

 一体自分が誰と話しているのか分からなくなる。目の前にいるのはかつて会った人間と本当に同一人物なのか?

 その事を指摘すると、ダンジョンマスターはただ笑い、アーシェリアに真実を告げた。


『一〇〇〇層、超え……』


 ダンジョンマスターから伝えられた真実は、アーシェリアの心に深く刻み込まれた。

 一体、自分たちはこれまで何をやって来たのか。

 そんな桁の違う世界で、孤独に戦うダンジョンマスターたちにどうやって追い付けばいい。

 < アーク・セイバー >でさえ、第八十五層を超えたばかりなのだ。目前に迫る一〇〇層よりも遥か先、最早後ろ姿さえ確認できないような場所でダンジョンマスターは戦っている。

 それなのに、足下に等しい階層を攻略できずにいる自分たちはなんだというのか。一体どれだけの研鑽を積めばそこに近づけるのか。


 だけど、駄目なのだ。ここで挫けてはいけない。

 こうして真実を語るダンジョンマスターは、もう限界だ。それが分かってしまう。

 おそらく一〇〇〇層がゴールである事を信じて攻略してきたのだろう。それで張り詰めた糸が切れるように、色んなものを失っているように見える。

 このままでは、力があっても心が持たない。

 ダンジョンマスターに続く後続の自分たちが助けてあげないで、一体誰がその心を守れるというのか。


 < アーク・セイバー >がどうとかじゃない。むしろ、< アーク・セイバー >と協力してでも先に進むべきだ。

 おそらく< アーク・セイバー >はそれを知っていて、少しでも先に進もうと攻略情報を公開している。

 "自分たちに続け"と。


 這ってでも先に進む。その覚悟はできた。

 だけど、自分たちだけでは、< アーク・セイバー >でも< 流星騎士団 >でも、きっとそこには辿り着けない。

 あとに続く者たちが絶対に必要だ。ダンジョンマスターの元へ辿り着ける何かを持つ者が。



 そして、運命と出会った。



 その二人は、ダンジョンマスターがいた世界を前世に持ち、アーシェリアが成し得なかったトライアル初回クリアを成し遂げたという。

 誰が考えたのかは知らないが悪趣味な、アーシェリアが存在すら知らなかった隠しステージまでも攻略してだ。

 ダンジョンマスターに直接その話を聞いて、胸が震えるのを感じた。

 きっとこの二人ならあとに続いてくれるはずだと。クローシェから紹介されて、話して、余計に強くそう感じた。


 何かが違う。きっと、ダンジョンマスターが求めて止まないものがこの二人にはあるのだと。


 だから、いくら大人げないとはいえ、ダンジョンマスターからその話を持ちかけられて了解してしまった。

 ひどいオーダーだ。本来、新人戦でこんな無茶は有り得ない。

 だが、新人戦で二人の前に立ってみたいと思ってしまった。これも後輩たちを鍛えるための試練に成り得ると理解してしまった。

 あの二人に"何か"があるのなら、これもきっと意味のある事なのだと。


『条件はつけるけど、全力でいいよ』


 ダンジョンマスターのその言葉には耳を疑ったが、きっとそれも何か意図しての事なのだろう。

 ただし、最初の一分は全滅だけはさせない事、二分は《 流星衝 》を撃たない事が条件として加えられた。

 この大人げないオーダーに出された条件はそれだけだ。


 そんな条件だけで本当にいいのだろうか。

 相手はデビュー直後の新人だ。三人目がどうなるか分からないが、それでもデビュー一年未満には違いない。

 最前線から離れて結構経つが、別に引退したわけでもない。先に進むごとに強くなっているのは確かなのだ。

 下級どころか中級程度なら、ダンジョンマスターが言う一分でも十分だ。《 流星衝 》の使用なんて選択肢にも入らないだろう。


 その後、三人目を加えてダンジョンでの訓練が始まった事を知る。あの< ウォー・アームズ >がバックアップしているとも聞いた。

 きっと、新人戦までに見違えるような成長を見せて、自分の前に立ってくるだろう。

 まさか、ダンジョンマスターはこの短い期間で二人が超えてくると、そう睨んでいるのだろうか。

 いくらなんでもそれは考え難いのだが。




-1-




 新人戦が始まり、私の前に立つ二人は見違えるような成長を見せていた。

 きっと必死に今日まで訓練を繰り返してきたのだろう。

 数合わせの可能性も考えていた三人目も悪くない。一合だけで、すでに中級にいておかしくない実力を持っている事が分かった。


 ああ、すごいな。もうこんなところまで到達しているのか。

 この子たちだったら先へ行ける。きっとこの三人目と同じように、周りすら巻き込んで先に進んでいくのだろう。

 きっと、クローシェだってこんな子たちが側にいたら影響を受けずにいられない。……まあ、あの子は負けちゃったけどね。


 ダンジョンマスターの条件だった一分以内で、全滅どころか一人も落とせてない。

 《 ウエポン・ブレイク 》まで使わされたのもびっくりだし、空中でギリギリグングニルの投槍を躱すのもすごかった。

 いつの間にか手に戻っている槍を見てポカンとした綱くんの表情は面白かった。


 楽しかった。後輩たちの成長を見るのが堪らなく嬉しかった。

 こうして幾合でも、いつまでも打ち合っていたくなる。


 でも、楽しい時間はもう終わりにしよう。

 さすがに私に届くまでは至らない。

 ちょっとだけ私を超えてくるかも、なんて期待したけど、いくらなんでもそんなはずはない。それは高望みし過ぎだ。

 ユキちゃんの見えない攻撃や、三人目の変態には驚かされたけど、それが限界だ。……というか、なんだったんだろう、アレ。


 ここで負けたって、彼らはきっとすぐに上がってくる。

 私たちや< アーク・セイバー >を超えて、ダンジョンマスターまで到達するのはこの子たちだ。

 きっと私はその礎になるのだと、そう思った。

 悪くない気分だ。こんなに頼もしい後輩たちがいてくれて私は幸せ者だ。あとを任せられる。


「約束の二分はとっくに経ったし、もう終わりにする」


――――Action Skill《 流星衝 》――


 展開された巨大な手に向けて《 流星衝 》を放つ。

 放つ先には突如現れた巨大な手。

 そのための《 瞬装 》か。色々考えるね。けど、多分それじゃフルチャージの《 流星衝 》は止められない。


 光の槍が巨大な手を穿ち、削り、一つ目が壊れるのが見えた。二つ目だってもう持たない。きっとここで終わり――



――――Action Skill《 ポイズン・エッジ 》――



「なっ……に?」


 完全に意識の外から放たれた攻撃。背中に直撃を喰らった。なんだこれは。

 これはさっきも喰らったユキちゃんの見えない手……なの?

 まさか、この状況でまだ諦めてない? ……いや、これを狙っていた?


 だけど、ダメージを受けたって一度放たれた《 流星衝 》は止まらない。

 あの大きな手は完全に破壊したのを確認した。そのあとに盾を出しても、あれ以上の防御手段はないだろう。

 すべての流星が降り、決着が付いたと思った。これで終わらなくても、二発目の《 流星衝 》を出すだけだ。


 《 流星衝 》の巻き起こした煙が晴れて、二人の姿が見えた。あの変態さんは落ちてしまったようだけど、二人はまだ健在だ。


 ……ああ、すごい。予想以だった。


 二発目の《 流星衝 》が展開されるのを見て、綱くんとユキちゃんがこちらに駆けてくる。

 その姿から、二人が《 流星衝 》が連発できる事を知らなかった事が分かった。

 階層主でも対人戦でも、動画公開しているような相手なら大体一回で決まってるからね。


 フルチャージなんて必要ない。今ある分だけで十分お釣りがくるでしょう。


「これでおしまい」


――――Action Skill《 流星衝 》――


 私の合図に合わせて、二回目の流星が降る。綱くんもユキちゃんも範囲に入れた必殺の一撃だ。

 おそらく綱くんは《 不撓不屈 》を持っているだろうけど、それだけじゃこの連続攻撃は防げない。


 だけど、最後になると思って放った《 流星衝 》が降り終わっても、終了のブザーはならない。

 試合は続いている。


 ……まだ、HPが残ってるというの?

 直前に《 瞬装 》で剣の代わりに盾を取り出したのは分かったけど、直撃だったはず。


「……終わってないみたいだぞ」


 目の前に立つ綱くんの姿はボロボロで、普通なら立っていられる状態じゃない。

 動画で見た彼の不死身性は分かる。だけどゼロ・ブレイクルールのこの新人戦でHPが残る理由が分からない。

 何か、私の把握できていないスキルを使ってる。

 おそらく、《 生への渇望 》か《 不滅の灯火 》あたり……。それならフルチャージじゃないこの攻撃なら防げてもおかしくない。


 舞台に倒れてはいるけど、ユキちゃんもまだ残っている。

 確かに攻撃の照準は綱くんに合わせてたけど、ここでまだ残れるのか。


「……すごいね。ほんとすごい。君ただったらきっとダンジョンマスターの元まで走っていける」

「あんたに言われなくても"そこ"には向かうさ」


 彼は知っているのだろうか。出自を考えたら、話しててもおかしくはないけど。


「アーシャさんは向かわないのかよ。一〇〇層の先へ」

「私じゃ足りない。分かってしまった。知ってしまった。死に物狂いで到達した層はまだほんの足下で、まだ果てしないの。……一〇〇〇層なんてひどい数字、届くはずがない」

「ダンジョンマスターは諦めてない」


 ああ、やっぱり知ってるんだね。


「……知ってるよ。でも、あの人だってもう限界のはず。これ以上は進めない。……だから君たちが必要なのよ」


 もう、誰かの助けなしにあの人が攻略を続けられるわけが……


「一二〇三層だってさ」

「……え」

「一〇〇〇層超えても、あの人はまだ諦めてない。キリのいい数字なんて気が遠くなるほど先のはずなのに、まだ挑戦してる。諦めるなら一〇〇〇層超えた時点で諦めるだろ。諦めてないからそこから二〇〇層も進んだんだ」


 あの人は……あんな状態でまだ戦っているというのか。


「だったら余計に君たちが……」

「違うだろ。なんであんたが諦めるんだよっ!! 後輩が追い抜いてくのを笑って見てるんじゃねーよ。先輩なら先輩らしく、先に行って待ってろよ!!」


 その言葉は、まだ先に進むと決めて尚どこかで諦めていた心の深い場所に、痛烈に響いた。


「俺たちはすぐに追いつく。"あいつ"に追いついてやる」


――――Action Skill《 瞬装:ブロードソード 》――


 まだやる気なのだ。HPは1で体もボロボロ。ユキちゃんだってもう動けない。

 なのにまたこうして立ち向かってくる。まだ勝てると思っている?


 ……違う、きっとこれはこの子なりの後押しなのだ。不甲斐ない先輩に対する不器用な激励だ。

 ほんと、私は駄目な先輩だ。


「……うん、分かった。……先で待ってる」


 だから、最後まで戦おう。この子たちにこれ以上恥ずかしい姿を見せないように。



 体が跳ね上がるような勢いで、綱くんがこちらへ向かってくる。

 その体勢から放たれるのはおそらく《 ストライク・スマッシュ 》――


――――Action Skill《 ストライク・スマッシュ 》――


 私の頭上に振るわれた剣を槍で受け止める。


――――Skill Chain《 パワースラッシュ 》――


 お手本というべき、剣技の連携を返す槍で止め……。


――――Skill Chain《 ハイパワースラッシュ 》――

――――Action Skill《 ウエポン・ブレイク 》――


 三撃目のそれに合わせて、武器破壊。綱くんのブロードソードが粉々に砕け散る。


――――Skill Chain《 瞬装:グレートメイス 》-《 削岩撃 》――


 すごい。この土壇場で《 瞬装 》からの武器技連携。

 でも駄目、それじゃまだ届かない。まだ先があるはず。


――――Skill Chain《 粉砕撃 》――


 まだデビューから一ヶ月足らずだというのに、この短い間に一体いくつの力を身につけたのだろう。

 どれだけ攻撃を払っても綱くんから放たれるスキルの雨は止まない。


――――Skill Chain《 爆砕撃 》――

――――Action Skill《 ウエポン・ブレイク 》――


 二つ目の武器が砕け散る。



――――Action Skill《 ポイズン・エッジ 》――


 意識の隙間を縫うようにして突然飛んで来たナイフを半ば無意識で避ける。

 これは、まさかユキちゃんの……。動けないのに手だけを誘導したっていうの?


――――Skill Chain《 ファストブレード 》――

――――Skill Chain《 瞬装:不髭切 》-《 旋風斬 》――


 綱くんの攻撃はまだ続く。ユキちゃんの見えない手までスキル連携をしてきた。

 信じられない。どれだけ成長すればいいの、この子たちは。

 今、きっと私は笑っている。なんて楽しいんだろう。


 ユキちゃんの見えない手ごとナイフを弾き飛ばし、綱くんの《 旋風斬 》を《 ウエポン・ブレイク 》で迎撃する。

 刀の代わりなのだろうか。木製のそれならスキルなしでも破壊――


――――Action Skill《 ウエポン・ブレイク 》――

――――Alert《 不壊 》――


 だけど、《 ウエポン・ブレイク 》が届いた瞬間、システムメッセージに《 不壊 》の赤文字が出力された。

 冗談でしょ!? まさかそれはダンジョンマスターからの……


 《 旋風斬 》は止めた。だけどまだ綱くんの動きは止まってない。まだ何か来る――


「っ!?」


 迎撃態勢を取らなければいけない最悪のタイミングで足を引かれた。

 馬鹿な!? ユキちゃんの手はさっき……もうこんなところに……。

 違う! そうじゃない。これは初見の――


「四ほんめ……」

「らぁぁぁあああああっっっ!!」



――――Skill Chain《 旋風斬・二連 》――



 更に続く綱くんの木刀が、無防備になった私の横から放たれる。

 まさかそれも、今覚えたとか言わないわよね。


 これはどうしようもない。直撃だ。横から加えられた一撃がたたらを踏ませる。


 綱くんが知っているかは分からないけど、スキル連携は繋げれば繋げただけ、後続のスキル発動が加速度的に困難になっていく。

 そんな困難な条件をこんな状況でクリアしてくる。

 連携の容易な体術系スキルですらなく、武器さえ切り替えての八連撃。

 下級の今、それぞれの武器技能だって大した補正はないはずなのに、一体どれほど天文学的な確率を成功させてくるのだろう。



 スキル連携で上乗せされた攻撃力は、私のHPを確かに削っていった。


 綱くんを見てみれば、スキルの技後硬直と全身の怪我で立っているのがおかしい状態。

 なのに、その目はまだ死んでない。


 これだけの激励をもらってしまった。……本当に不甲斐ない先輩でごめんなさい。


「……ありがとう」


 今なら、撃てないはずの三発目が撃てる気がした。



――――Skill Create《 彗星衝 》が承認されました。――



「ははっ」


 一体なんだというのだろう。

 システムまで私がまだやれると、諦めるなと後押ししてるみたいじゃない。


「じゃあ……先に行ってるから。早く追いついて来なさい」



――――Action Skill《 彗星衝 》――



 いくつもの朱い流星は一つになり、大きな彗星となって綱くんへ放たれ、その姿を飲み込んだ。


「……了解、"先輩"」


 《 彗星衝 》の光に飲まれる前に、綱くんがそう言ったのを確かに聞いた。




-2-




 重い言葉だ。これだけの事をやってのける後輩の先輩であり続ける事がどれだけ大変か。

 ……でも、その重みで前に進める気がした。


 見渡してもユキちゃんの姿はもうない。きっとあの四本目が限界だったのだろう。

 出血によるHP損傷か、あの四本目のために何かHPを使うようなスキルを使ったのか。


 試合終了のブザーが鳴る。新人戦は私の勝ちだ。


 見渡してみると、観客席は静まり返ったままだ。途中から気にならなかったけど、かなり前から歓声は止んでいた。

 この観客の何割が冒険者なのかは分からないけど、きっと彼らも影響を受けずにいられないだろう。

 あの子たちが影響を及ぼすのは自分自身だけじゃない。周りの人間をすべて巻き込んで、大きな激流を作っていく。

 きっとダンジョンマスターの目的は、彼らを勝たせる事じゃなくて、そういう影響を私にも与えたかったのだろう。

 あの人は昔からそういう人だった。あの姿を見て、そんな事も忘れていた。


 私はもう大丈夫だ。諦めないで進める。せいぜい、あの後輩たちのために花道を用意して待っていてあげよう。




 控え室に戻る途中で、見慣れた姿が待っていた。我らがクランマスターだ。


「……ローラン」

「すごかったね。……あの姿は強烈だった。こっちは見ているだけだったのに、『お前は何をやっているんだ』って痛烈な罵声を浴びせられたみたいだった。……あの姿を見て奮起しないのは本物なんかじゃない」


 私たちが何を喋っていたかなんて聞こえているはずないのに、綱くんのあの姿は、どうやらこの人にも何かを残していったらしい。

 一時期は陰りを見せていた覇気のようなものがいつにも増して感じられる。それでこそ私たちの頼れるリーダーだ。


「少しでも先に進んで待っていよう。アーシェ」

「そうだね。少しは先輩らしくしないと」


 いつものようにお互いに拳を合わせ、決意を固める。


 この人との関係はこれでいいのだ。きっとこの関係が最良なのだろう。

 綱くんにユキちゃんがいるように、私にも頼れる相棒がいる。あの時感じた、どこまでも行けるという想いは変わらない。

 二人で……いや、< 流星騎士団 >、きっと< アーク・セイバー >だって共に行けるはずだ。








 この数日後、迷宮都市トップクラン< アーク・セイバー >により、無限回廊第八十八層は突破される。


 続けて、そのわずか三日後に< 流星騎士団 >による第八十八層、第八十九層の複数層連続攻略が伝えられた。




 たった二層だが、それは数年ぶりになる一月以内の複数層攻略となった。





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