第9話「朱の流星」




-1-




 極限まで集中力が高まった状態で、観客席から響いてるはずの歓声も遠く感じる。

 ドヤ顔で踏ん反り返って横綱相撲でもしていればいいのに、< 朱の騎士 >はやたらとアグレッシブに攻め立ててくる。動画で前線部隊を指揮していた時の姿はそこにはない。


 幾度となくアーシャさんの槍が迫る。

 スキルでもなくただ突き出されてるだけのはずなのに、何本にも分かれて見えるそれを、躱し、武器でいなし、時々掠りながら耐え忍ぶ。

 HP仕事しろよ。なんでそのまま掠ってるんだよっ!!

 反撃に転じる隙がない。こうしている間にもユキやサージェスが攻撃を加えているというのに、その二人の攻撃すらも当たらない。

 横から、頭上から、背中からの攻撃でも関係なくすべて捌いていく。


 くそ、どうなってんだ、この回避性能。動画で見たミノタウロス戦の俺も大概変態じみた動きをしていたが、この人はそんなものとは別格だ。当たったと確信するような攻撃でさえ、インパクトの瞬間にはすでに別の位置に立っている。あんたは忍者か。そいつは残像だってかっ!?

 幻術でも相手にしているのかと思うほどだが、こうして打ち込まれてくる槍は確かに本物だ。実はどれかだったりしないのかよっ!?

 いい加減捌き切れないぞ。


「ぅらああっ!!」


 突き出された槍をなんとか躱して放つ、苦し紛れの切り返しが宙を切る。


 駄目だ、これは誘いだ。放つ瞬間にそれを感じてしまった。すでに放たれた剣を止める事ができない。

 ほんのわずか、隙ともいえない隙を見せられただけでまんまと打たされてしまった。

 そこに朱い甲冑姿はすでになく、直後、誰もいないはずの背後から圧倒的危機を感じる。《 緊急回避 》が伝えてくる攻撃の気配だ。

 マズい。避け――



――――Action Skill《 ファストブレード 》――


 後ろを振り返る瞬間目に映ったのは、朱槍を突き出してくるアーシャさんと、その"槍"に最速の攻撃を放つユキの姿。

 攻撃の最中。それも、格上の相手が振るう獲物に対して直接合わせてくる。

 ユキは本当に、こういったタイミングというか戦闘勘がずば抜けている。まったく、頼りになる相棒だ。


 わずかに軌道を逸らされた赤槍は、それでも尚、俺への直撃コースを突き進む。

 だが十分だ。わずかでも軌道がずれれば回避は可能だ。ここは俺こと回避するマシーンの出番である。

 ……いや、ここはむしろ反撃のチャンスだ。

 あえてギリギリのコースを辿り、槍のすぐ脇を擦り抜け、身体を半回転させてのスキル発動――


――――Action Skill《 旋風斬 》――


「っ!」


 その攻撃もギリギリの距離で躱され、俺のグレートソードが宙を切る。

 だが、上体を反らし気味に躱し、体勢が崩れたのは確かだ。こんな隙を見逃すわけがないだろ!!


「うおおおおおっっ!!」


――――Skill Chain《 ストライク・スマッシュ 》――


 技発動後の硬直を無視してのスキル連携。一度宙を切った剣が無理矢理軌道を変え、アーシャさんへ迫る。

 ……ダメだ! 俺の感覚がこれではまた避けられると叫んでいる。これだけじゃ足りないっ! ならば――


「合わせろおおおおっ!!」


――――Skill Chain《 パワースラッシュ 》――

――――Action Skill《 ラピッド・ラッシュ 》――

――――Action Skill《 トルネード・キック 》――


 俺の声に合わせて放たれる、三方向からのスキル同時発動。完璧なタイミングだ。

 あのダンジョン籠もりで培われた連携が、この絶好のタイミングで実を結んだ。さすがにこれならばいくらなんでも当たるはず――



――――Action Skill《 ミラージュ・ステップ 》――


 その瞬間、俺たちの攻撃が向かう先に立つアーシャさんの姿がブレた。

 きっとこれは回避のためのスキル発動だ。このままだと俺たちの攻撃は当たらない。

 ならばどうする。次の一手を考えろ。……アーシャさんはどこに"逃げる"――

――いや、きっと逃げない。


 初手でサージェスへ攻撃を加えたあと、アーシャさんは執拗に俺を狙い続けてきた。

 きっとそれは、俺がこのチームの中核であると確信しているからで、この瞬間もまた"俺"へ攻撃を加えるべく移動したはず。

 となれば、移動先は一つだ。


「後ろだあああぁぁっっ!!」


――――Skill Chain《 ハイパワースラッシュ 》――


 あまりに無理な切り返しに、俺の身体が悲鳴を上げる。

 スキルによって半ば無理矢理動かされた筋肉が一部を断裂させながら稼働し、関節が限界を超えて悲鳴を上げる。


 《 パワースラッシュ 》、《 ハイパワースラッシュ 》の軌道はかなり幅が広く、大抵の斬撃に合わせて放つ事のできる自由度がある。

 他のスキルよりも長い硬直時間が発生するというデメリットもあるが、今はその自由度のほうが遥かにありがたい。

 いくらスキルとはいえ、本来は脳のリミッターが無理だと判断した動きは行えないが、肉体限界くらい超越してみせろ!

 それくらいやらないと、この人には攻撃を当てる事さえできない。


 《 旋風斬 》とほぼ同じ軌道で、俺の肉体限界を無視し横薙ぎで放たれた《 ハイパワースラッシュ 》の先に、確かに朱い甲冑があるのが確認できた。

 驚き、見開かれたその瞳は、刹那の間も置かぬまま鋭いものへと変わり、俺の攻撃を迎撃すべく行動を開始する。

 させない! このまま筋肉が引き千切れるほど、全力を込めて剣を振り切れっ!!


「らああああああっ!!」


――――Action Skill《 ウエポン・ブレイク 》――


 だが、その渾身の一撃がアーシャさんに届く瞬間、俺のグレートソードがバラバラに砕け散るのが見えた。


 なんだ? 何をされた。

 武器を破壊された?

 まずい。今俺は完全に無防備だ。こんなところに攻撃を放たれたら。

 スキル連携しようにも、その武器がない。技後硬直をキャンセルする術が今の俺にはない。


 間髪置かずアーシャさんの槍が放たれ、無防備な俺に迫る。

 そうだ、《 瞬装 》だ。《 瞬装 》なら……いや、間に合わないっ!!

 槍の軌道は完全に俺を捉えている。完全に直撃コースだ。俺は反撃どころか、硬直で回避行動も取れない。

 だが、アーシャさんの槍が俺の腹を貫く瞬間、見慣れた小剣がその柄にぶつかるのが見えた。


 はは、すげえ、この状況でそんなところに当てるのかよ。どんな戦闘センスだ。

 わずかに軌道を逸らされた槍が、俺の脇腹を貫通し、肉を抉っていった。


「っぐうぅぅぅっ!!」


 直撃じゃない。直撃じゃないが甚大なダメージだ。朱槍はHPの壁を盛大に突破し、俺の脇腹を直接貫いてくる。

 だが、クリティカル気味に俺の体を貫いても、HPはまだ残っている。まだやれるはずだ。

 続く次の攻撃を躱せっ!! なんとか体を動かすんだ。


「リーダーっ!!」


――――Action Skill《 トルネード・キック 》――


 不意打ち気味にサージェスが《 トルネード・キック 》を放ち、アーシャさんはそれを当然のように躱す。

 だが、狙いは攻撃じゃない。サージェスはその勢いのまま俺を抱え反対方向へと離脱する。

 なんとか、アーシャさんと間合いを取る事に成功した。


 抱えられて移動する中で、アーシャさんへ追撃するユキの姿を捉える。

 アーシャさんの槍との攻撃が交差する瞬間、ユキの小剣が一本破壊されるのが見えた。あれは、さっき俺に使った武器破壊技だ。


 ユキはそれを見越していたのか、そのまま砕けた武器を投げつけると、こちらに向かって後ろ向きに跳躍してきた。

 サージェスの手から離れ、立ち上がると、ユキもちょうど目の前に着地する。


――――Action Skill《 瞬装:ロングソード 》――

――――《 マテリアライズ 》――


 俺が、長剣を装備するのと合わせて、ユキも懐からカードを取り出し、予備の小剣を物質化させた。

 アーシャさんはまだこちらを追撃して来ない。ただじっとこちらを見つめている。

 威風堂々たる立ち振舞い。必勝の場面を逃したというのに焦りは微塵もない。

 くそ、どんな化物だ。


 あれだけ無理矢理チャンスを作ったのに、こっちの攻撃は一切当たらず、一方的に蹂躙。武器破壊のおまけつきだ。

 《 看破 》で確認してみれば、俺のHPはすでに三から四割程度しか残っていない。


 あんな怪物にどうやってダメージ……いや、攻撃を当てろというのだ。

 こうして実際に対峙して分かるのは、動画で見ただけでは決して感じられない実力差だ。

 想定できる最大限まで引き上げた評価も、まだまだ足りないと分かってしまう。


 戦力の底がまるで見えない。




-2-




「一分」


 なんだ。


「一分経ったから、第一条件はクリア。おめでとう」


 ……何を、言っている。


「この試合の賭けで一番多かった賭け札は一分以内に決着だから。それは外れたって事ね」


 ああそうかい。妥当な評価だろうよ。


「私もそれくらいで決着付くと思っていたけど、まだ甘かったみたい。それとも、この試合の中で強くなったのかしら? 修正しても、少しずつズラされてる感じがする。何か一歩だけ届かない。隠しステージの動画を見たけど、きっとあの猫さんも同じ感だったんでしょうね」


 あの時、猫耳が何を考えて、何を感じていたかなんて知らない。でも、この人はきっと、最初から侮ってなどくれていない。

 こうして俺たちを見つめる目は冷静に、戦況分析を続けている。それは、見つめられているだけで心の奥底まで見透かされているような、冷や汗が出る類の視線だ。


「昔、"戦いの中で成長する怪物"って言われた事があるの。……私の事よ。迷宮都市でのこの評価は、強さを讃えてるだけで別に貶されてるわけじゃない。……多分、あなたたちも同じなんでしょうね。その分の評価が抜けていた。いえ、多分違うかな。……もっと上なのね。"私よりも早く成長する怪物"と見て、あなたたちと戦いましょう」


 冗談きつい。こっちはもう満身創痍だっての。HP満タンなのはユキさんだけだぜ。


「さあ、次の一分を始めましょうか」

「散開しろっ!!」


 弾丸の如きスピードで迫るアーシャさん。狙いは変わらず俺だ。その姿はこの試合の開始直後と良く似ていて……


――――Action Skill《 旋風陣 》――


 使ってくる技も同だった。

 だが、踏み込めない。何かが違う。俺の中の何かが逃げろと呼びかけてくる。

 出会い頭でしたように、この上を飛び越えていけばいいはずなのに、危険信号が鳴り止まない。


 ダメだ。これに踏み込めば終わる! そういう確信に似た何かが稲妻の如く体を駆け抜けた。



――――Skill Chain《 螺旋陣 》――


 これまで幾度となく助けてくれた勘を信じてバックステップで逃げた俺を、更に伸びてきた槍の斬撃が追尾してくる。

 伸びるんじゃねーよ槍っ! 如意棒かてめえはっ!! どこの孫悟空だ。


 逃げる距離が足りない! 横回転する槍を受けるしか道がない。

 俺は剣を盾代わりにしてそれを受け、吹き飛ばされた。いや、宙を舞った。


 冗談じゃねー。なんで攻撃を受けただけで吹き飛ばれるんだよ。剣でとはいえ、完全に防御してただろうが。台風ってレベルじゃねーぞ!


 こんな状態の俺を見過ごすアーシャさんじゃない。絶対に追撃してくる。だって、もう《 回避 》の射程圏内に気配を感じ……違うっ!!

 接近してきたのはアーシャさんではなく槍だ。

 渦を撒くようにジャイロ回転で飛んでくる朱槍は、さっきまでアーシャさんが手にしていたものだ。

 投槍までするのかよ!? 避けきれない!!


「がああぁぁっ!!」


 《 空中姿勢制御 》と《 空中回避 》でなんとか体勢を整えるが、それでも朱槍は俺の背中を抉り、大量の肉片を付けて空の彼方へと消えていった。

 直撃だけはなんとか避けたが、HPはすでにレッドゾーン。HPだけでなく俺の生身も危険域だ。背中の肉と皮がごっそり持って行かれた。

 きっとこの人の攻撃に対しては、俺たちのHPなどささやかな紙のようなものでしかないのだろう。

 受ける攻撃のほとんどがHPを貫通するクリティカルじみた攻撃だ。無茶苦茶だ。


 受け身もロクに取れず地面に投げ出されるが、このまま倒れ込んで隙を作る訳にいかない。

 バウンドする勢いを利用して、無理矢理立ち上がる。


 まだだ。まだ倒れない。まだ立てる。この程度の痛みには慣れてる。肉体的な損傷なら我慢しろ。HPが残ってるなら試合はまだ終わらないんだ。

 アーシャさんだって、槍を投げた以上代わりの武器が必要なはず。空の彼方へと消えていったならそれは回収できない……あれ、おかしいな。なんでまだその槍持ってるの?


 アーシャさんの手に握られているのは、変わらず朱槍。最初から持っていた、さっき俺の背中を抉って空へ消えていったものだ。

 ポカンとした俺が面白いのか、アーシャさんは試合中であるにも関わらず、楽しそうに笑っていた。


「なかなか面白いでしょ。投げてもこうして返ってくるのよ、この槍は、ねっ!!」


 笑っていようがアーシャさんは隙を見せてくれない。

 不意を突こうと、後ろから斬りかかったユキへ槍を払う。


「んくぅうううっ!!」


 十字に交差した小剣二本で槍を受け止めるユキだが、勢いを殺し切れてない。

 ……違う。ユキはこのタイミングで考えなしに不意打ちをかける奴じゃない。

 あいつの狙いはおそらく《 クリア・ハンド 》による一撃。おそらく準備が整った。なら、ここは攻める時だ!


「サージェスっ!!」


 位置も確認できていないが、サージェスへ呼びかける。

 これまでの長い訓練期間を共にしたあいつなら、俺の攻めろという意思が伝わるはず。……伝わるよね?


――――Action Skill《 ドラゴン・スタンプ 》――


 一体いつからそこにいたのか、空中から踏み付け攻撃を放つサージェス。

 攻撃こそ避けられたものの、サージェスの《 ドラゴン・スタンプ 》により、闘技場の地面が破壊される。

 それはあのミノタウロスの斧の一撃にも似た破壊力だ。

 砕けた舞台に、一瞬だけ、一瞬だけだがアーシャさんの体勢が崩れた。

 わずかでもその隙を見逃すサージェスとユキではない。俺もその場へと駆ける。


――――Action Skill《 ローリング・ソバット 》――

――――Skill Chain《 サイクロン・ソバット 》――


 サージェスの回し蹴りが二連携で放たれる。

 槍の柄で一撃目の《 ローリング・ソバット 》を受け、続く二撃目 サイクロン・ソバット を迎撃すべく、アーシャさんが槍を振るう。

 ただ振るっているだけのように見えるのに、その軌道は正確無比。迫るサージェスの脚を完全に捉えていた。

 通常行動のスピードがスキルでブーストされた攻撃のスピードを上回っている。すでにスキルのスピード補正など必要ないというのか、この人は。


――――Action Skill《 ファストブレード 》――


 それを止めるべく、アーシャさんの背後から最速の斬撃を放つユキ。

 サージェスへの攻撃を中断する事には成功するが、ユキの《 ファストブレード 》でさえ、細い槍の柄で止められる。


――――Action Skill《 パリィイング・キック 》――


 だがその後ろから、使い手ではなく槍を狙ったサージェスの蹴撃が放たれ、ついに、アーシャさんの鉄壁の防御に大きな空隙を作り上げた。


「今ですっ!!」


――――Action Skill《 ポイズン・エッジ 》――


「えっ!?」


 それはユキからではない。まったく別の場所から放たれた一撃。

 さすがに予想だったのだろう。見えない手に握られた< コブラ >が、確かにアーシャさんの腕に命中した。

 クリティカルが発生したかどうかは分からないが、これで毒異常にかかるなら超ラッキー。

 まあ、猫耳のような斥候職かつ、普段着そのままで来ましたっていう装備でもない限り毒対策はしているだろう。

 だが、間違いなくダメージは通った。微小だろうが、これが初ダメージだ。


「まだだよっ!!」


――――Action Skill《 ラピッド・ラッシュ 》――

――――Action Skill《 マグナム・ストレート 》――


 続けて放たれるユキとサージェスの追撃。二刀による四連撃と、サージェスの弾丸のような拳がアーシャさんを襲う。

 《 クリア・ハンド 》が与えた微小なダメージではアーシャさんの行動を阻害に至らなかったのか、ユキの《 ラピッド・ラッシュ 》の四連撃はそのすべてを弾かれ、サージェスの《 マグナム・ストレート 》もまた宙を切った。

 だが、ここでようやく辿り着いた俺が、更なる追撃を放つ。


「だあぁああらっっっ!!」


――――Action Skill《 ストライク・スマッシュ 》――


 俺の《 ストライク・スマッシュ 》も固い槍の柄で阻まれ届かない。

 ……しかし、脚は止めたぞ。


「なっ!?」


 < コブラ >を投げ捨てたユキの《 クリア・ハンド 》が、アーシャさんの足首を掴んだ……らしい。いや、見えねーし。

 ズルリと、足下を崩されたアーシャさんの体勢が揺らぐ。

 ここだ。ユキが主導権を握って作り上げたこの状況が、ここまでで最大のチャンスだ!


――――Skill Chain《 パワースラッシュ 》――


 俺の《 パワースラッシュ 》がとうとうアーシャさんを捉えた。槍の柄を擦り抜け、発光しながら、間違いなく俺の剣は確かにアーシャさんの体に届いた。

 きっとこのダメージだって大したものじゃない。だけど届かせた! こんなチャンスはきっともう来ない。畳みかけろっ!!


「サージェスッッ!!」

「はいっ!!」


――――Skill Chain《 ハイパワースラッシュ 》――

――――Action Skill《 トルネード・キック 》――


 俺の更なる追撃が命中。続いてサージェスの十八番 トルネード・キック がアーシャさんへ放たれる。

 錐揉み回転して飛んできたサージェスの蹴りはアーシャさんの槍で阻まれるが、それで終わりじゃない。本命は次だっ!!


「いくぞおおっっっ!!」


 サージェスが槍の柄を踏み台にして、宙へと飛んだ。

 一見無駄に見える空中でのローリングは、次に何が来るのかという疑心を与え、アーシャさんを警戒させる事に成功している。

 宙に舞うサージェスの姿は、たとえるならば鳳凰。逆光に遮られた男の姿がアーシャさんに影を落とす。



――――Skill Chain《 パージ 》――

 閃光と共に、翼から羽根が飛び散るように、サージェスの服が弾け飛んだ。


[ ナレーション ]

 サージェスの《 パージ 》とは、己の武装をモラルとともにすべて脱ぎ去る事によって羞恥心を煽り、自己の身体能力を爆発的に向上させる必殺技だっ!!!!

 究極のマゾヒストが服を脱ぎ去る事により、今ここにっ!! 最強の変態が降臨するっっっ!!



 謎のナレーションと布で遮られる視界、そしてその隙間から覗く男の半裸に驚愕したのか、アーシャさんが石のように固まった。


「うおおおおおおっ!!」


――――Skill Chain《 フライング・ボディプレス 》――


「ひ、ひぁああああああっっっ!!!!」


 あまりの事態に思考停止したアーシャさんが上げる絶叫。

 半裸の男による伸しかかり攻撃はさすがに効いたのか、そのまま押し潰された。


「よしっ!」

「よしじゃないよっ!! 続くよっ!!」


 ユキに促され、更なる追撃を仕掛ける。


「いやぁぁぁぁあああああっっっっ!!!! 変態っ!!」

「おぶぇっ!!」


 だが、半狂乱となったアーシャさんが無茶苦茶に槍を振り回し、サージェスが吹き飛ばされる。


――――Action Skill《 旋風陣 》――


 起死回生の一撃だったのだが、アーシャさんは《 旋風陣 》を放ち、無理矢理体勢が整ってしまった。

 くそ、俺たちの切り札が。




-3-




「な、何事なの……。さ、さすがに今のはおねーさんびっくりしたわ……。久々に精神的な大ダメージを喰らった気がするんだけど。……あなたたち、本当にとんでもないのを連れてきたわね」


 精神ダメージはあったのか、息が荒い。まあ、普通誰だってびっくりするだろう。


 ……まずいな。サージェスの《 フライング・ボディプレス 》で幾ばくかのダメージは通ったものの、千載一遇の好機を無駄に消費してしまった。ガッツポーズとか超無駄だった。

 いくらなんでも、もう一度同じ事は通用しないだろう。さすがに警戒される。

 全裸ならもうちょっと精神ダメージはあったのだろうか。くそ、サージェスが逮捕される事も視野に入れても《 フル・パージ 》を戦術に組み込むべきだったか。


「約束の二分はとっくに経ったし、もう終わりにする」

「えっ!?」


――――Action Skill《 暴風陣 》――


 槍を一薙ぎすると、アーシャさんを中心に強烈な風が吹き荒れた。

 風そのものにダメージ性はないが、近付けない。

 踏ん張っても足が地面に縫い付けられたように先に進まない。気を抜けば、あっという間に舞台外まで飛ばされそうだ。

 このパターンは何度か動画で見た……アーシャさんの必勝パターンだ。


「ユキ!! サージェスっ!!」


 《 流星衝 》が……来る。


「多分、これも対策してきたんでしょうから、抵抗してみなさい」


 アーシャさんを中心に、光の槍が一本、また一本と出現していく。

 巨大モンスター相手ではそのまま放っていたが、何本かあった対人戦の《 流星衝 》はこうして近付けないよう対策をしてからの発動だった。確かにこの暴風じゃ近付けない。そりゃガードするしか道がない。

 まんまと相手の術中に嵌った感じだが、この状況は俺たちも想定内だ。訓練で何度も行ったイメージに近い形で戦況が推移している。

 ここまでのたった数秒で、アーシャさんの周りには数え切れないほどの光の槍が出現していた。その一本一本すべてが得物の朱槍を模した必殺の刃だ。


 ユキとサージェスは吹き荒れる暴風の中、這うようにしてなんとか俺の後ろまで辿り着く。

 《 パージ 》の効果が切れたのか、サージェスのスーツも元に戻っていた。


「ユキ、いくぞ」

「分かった」


――――Action Skill《 瞬装:グランド・ゴーレムハンド 》――

――――Action Skill《 瞬装:グランド・ゴーレムハンド 》――


 地響きと共に俺の腕に装着される二つの巨大な盾。それは第三十層のグランド・ゴーレムからドロップした超大型の盾二枚だ。

 盾とは言っているが、実はグランド・ゴーレムの手そのものである。ちなみにどっちも右手だ。

 デカすぎ、重すぎでこれを出したら動く事もできないが、これが現時点で用意できた最硬の盾だ。

 嵩張るので、これのためだけに実はどれだけの武器を《 アイテム・ボックス 》に収納するのを諦めたか分からない。

 しかも、会館で売ってる未拡張の《 アイテム・ボックス 》ではこれは入らない。さすがにダンジョンマスターがこれまで見越していたとは思えないが、わずかな差がこうして俺たちを助けてくれている。


 俺たちを半ドーム状に覆うこの二つの右手が《 流星衝 》対策の"まず一つ"。



――――Action Skill《 流星衝 》――



 無数の展開された光の槍が、朱い光を放ち射出される。

 最早レーザーと変わらない速度で放たれる光の槍は、グランド・ゴーレムハンドに守られた俺たちの周りの舞台を削り取り、瞬く間に地形を変えていく。

 それはいくら強固な盾とはいえ、グランド・ゴーレムハンドも例外ではない。光の槍がグランド・ゴーレムハンドをものすごい勢いで削り取り、ついにその一枚が爆砕した。


「んなくそぉぉおおっっ!!」


 俺の力で動かす事もできない質量が、無数の光の槍によって押し込まれている。

 後ろからサージェスに支えられてはいるが、あまりの勢いにグランド・ゴーレムハンドを支える俺の腕も限界が近い。

 いつまで続くんだよ、この攻撃はっ!?


 一向に止まない攻撃に、二枚目の盾の限界も迫る。


「ユキっ!! まだかっっ!!」

「…………」


 集中しているのか、ユキの返事はない。ここからでは見えないが、目を閉じたまま自分の《 クリア・ハンド 》を遠隔操作しているはずだ。


 穴が空くほど動画を見て分かった《 流星衝 》の弱点は二つ。

 まず、サージェスが言ったように射出された槍は直線でしか飛んでこない。

 そしてもう一つ、このスキルを放つ間アーシャさんは動けない。普段ならその弱点をグリフォンが補っているが、今だけはそれもない。

 だから、完全な死角となる背後から、ユキの《 クリア・ハンド 》で強襲をかける。それは避ける事のできない決定的な一撃になるはずだ。

 それが俺たちのもう一つの《 流星衝 》対策だった。


 ユキは視界を閉ざす事でわずかでも集中力を高め、増えた感覚器官を精密に制御し、《 クリア・ハンド 》をコントロールしている。

 だが、もうグランド・ゴーレムハンドが限界に近い。腕に伝わってくる衝撃が、もうあと数秒で崩壊する事実を告げている。《 流星衝 》の攻撃力が想定以上だ。


「くそっ!!」


――――Action Skill《 瞬装:タワーシールド 》――

――――Action Skill《 瞬装:タワーシールド 》――


 一瞬だけ崩壊寸前のグランド・ゴーレムハンドから手を離し、追加で盾を出す。

 それは、グランド・ゴーレムハンドに比べあまりにも小さく頼りないが、追加で数秒は稼げるはず。

 俺は両腕に装着されたその二枚の盾で、制御を離れたグランド・ゴーレムハンドを支える。


「今っ!!」


――――Action Skill《 ポイズン・エッジ 》――


 二枚目のグランド・ゴーレムハンドが完全に崩壊すると同時に、システムメッセージが表示されるのを見た。

 それはここから見えないくらい位置で放たれた《 クリア・ハンド 》の一撃。

 だが、未だ朱い流星は振り止まない。俺が支えるタワーシールドの耐久値をガリガリと削っていく。


「止まらない……そん、な……直撃したのに……」


 《 流星衝 》はダメージを受けただけでは止まらないのか。

 それとも、スキル発動後は使用者の状態は関係なく最後まで発動し続けるスキルだというのか。


 ダメだっ。追加で出した二つの盾ももう持たない。

 ……ここで終わるのか? まだ何かやれる事はないのか。本当に俺はすべてを出し尽くしたのか。


 俺が倒れれば、その瞬間光の槍は後ろの二人にも降り注ぎ、あっという間にHPを削り切るだろう。

 まだ盾はあるが、《 瞬装 》の切替時間の合間を縫って光の槍は俺に突き刺さる。運良く切替が間に合っても、残された盾では到底防ぎ切れない。

 《 瞬装 》では駄目だ。何か、なにか別の手を――

――しょうがない。俺がこの身を盾にして数秒くらい稼げば、あるいは二人が生き残る事も――



――――Action Skill《 キャスリング 》――



 二つのタワーシールドの耐久値が正に切れる瞬だった。

 俺がその身を投げ出そうとしたその時、目の前に良く知っている男が立つのを見た。それは本来なら俺が守るはずだった奴の背中だ。

 なんだよそれ。そんなスキルがあるなんて聞いてないぞ。なんでお前が前に立ってるんだよっ!?


 サージェスに幾本もの朱い光が突き刺さり、その体を貫通する。

 そんな中、半分だけ振り返り俺を見たその目は、決して歪んだ性癖で悶えているのではなく、どこまでも真摯な男の目をしていた。

 きっとそれは俺たちがずっと見てきた変態のものではなく、前世で最後まで英雄たらんとした男の目だったのだろう。


『あとは任せました』


 HPが全損し消滅する寸前、サージェスが俺に語りかけて来た気がした。




-4-




 いつの間にか流星は止み、舞台に静寂が訪れる。


「……サージェス」


 呆然としたユキの言葉が耳に突き刺さる。

 サージェスが落ちた。俺たちを庇って。……無駄にかっこいいやられ方しやがって。似合わないだろうが、くそ。


 だが、俺たちに余韻に浸る暇などなかった。

 舞台中央から再び光が刺すのを感じた。振り返れば、そこには光の槍を纏う朱の騎士の姿がある。

 呆然とした俺たちの数秒を盗み、アーシャさんはすでに二発目の《 流星衝 》を放つ準備に入っていた。

 まさか、連発できるのか。そんな情報は聞いてないぞ。


「ユキっ! 立てっ!!」

「え、う、うんっ!」


 さっきとは違う。状況判断を誤ったか、それとも何か条件があるのか、俺たちを足止めする《 暴風陣 》は放たれてない。

 今なら、アーシャさんの元へ近づけるはずだ。溜め時間を考えれば十分に間に合う。

 二発目の《 流星衝 》が放たれる前に、彼女に肉薄しろ。サージェスが作ったチャンスを無駄にするな。


 舞台の上を全力で駆ける。確認はできていないがユキも走っているはずだ。

 アーシャさんとの距離があまりに遠く感じられる。こうしている間にも、光の槍は一本、また一本と増え、今にも放たれそうだ。


「《 瞬装 》おぉぉっ!!」


 俺の手に再びロングソードが握られる。

 不意打ちで《 ポイズン・エッジ 》の直撃を喰らったはずのアーシャさんの姿は、それでもまるでダメージがないように見える。

 こんな剣一本で、あとどれだけ攻撃を当てればダメージが通るというんだ。


 だけど、あとは頼むとサージェスに任されてしまった。あの姿を見てしまった。

 今更試練なんて関係ないとは言わない。だけど、たとえあと一撃でも二撃でも、やれる限りを尽くさないと、俺の気が収まらない。


 もっとだ。もっと早く駆けろ!

 あの《 飢餓の暴獣 》が発動した時のような、暴力染みた衝動であそこまで辿り着かせろっっ!!



『これでおしまい』


 光の槍に囲まれたアーシャさんへ向かう中、見えるはずがない距離で、彼女の唇がそう言ったように見えた。


 肉薄しようと必死に駆ける俺の覚悟をあざ笑うように、アーシャさんの槍が振り払われ、それに合わせて光の槍が射出態勢に入った。

 先ほどの溜め時間よりも遥かに短いタイミングだ。彼女との距離は、まだ俺の攻撃が届くような距離じゃない。

 発動タイミングすら自在だっていうのか。どんだけだよっ!?


「んなくそおおおっっ!!」



 疾走する俺を目掛け、今日二度目の流星が降り注いだ。



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