第8話「新人戦」




-1-




「や」


 その日、一人でギルドの食堂の飯を食っていると、どこかで見たちびっ子がやってきた。トライアル絶賛挑戦中のはずの魔女っ子リリカさんである。登場のパターンがまったく一緒だ。


「……ども」


 間にダンジョン籠もりがあったので随分久しぶりの気もするが、実は精々二週間ぶりくらいだ。どうも、ダンジョンは時間感覚がズレていけない。


「……相席いい? 色々聞きたい事があるんだけど」

「どうぞどうぞ」


 なんか、まったく同じやり取りをしているような気がするが、気のせいだろう。……別にコピペというわけではないぞ。


「そういや、自己紹介してなかったな。渡辺綱だ」

「リリカ。リリカ・エーで……って自己紹介はしたからっ」


 そらすまんね。


「悪いな、ちょっと時間感覚狂っててさ」

「ダンジョンの話? なんか時間経たないんだってね。びっくりした」

「そう、ちょっと長い事籠ってたから、前にリリカに会ってから随分経ってる気がする。体感的には一ヶ月くらい」

「そう……なんだ。二週間も経ってないはずなのに。ひょっとして、こうしてる間に差を広げられてたりするのかな」


 リリカの実力はまだ分からんが、確かに急成長してる実感はあるな。デビュー前とはすでに別人の領域だ。


「そっちのトライアルのほうはどうだ。もうクリアしたか? 中休み期間考えたら二回くらい挑戦してるのか?」

「う……クリアしてない。できてない。……あんな化物良く初見で倒せるね。私は最初に竦んで動けなくなって、そのまま何もできずに殺された。同伴者の人に動画っていうのも見せてもらったけど、まさか自分が死ぬ場面を見せられるなんて……」


 という事は、第五層までは行ったって事だな。ブリーフさんの《 獣の咆哮 》にやられたか。まさか、オークのほうじゃないよね?

 ミンチになる場面を本人に見せるとか、その同伴者ひどいな。実はマニュアルで、やられる場面見せないといけないとか決められてたりするのかな。


「二回目以降は弱くなるらしいから、次は大丈夫じゃないか?」

「同伴者からそれも聞いたけど、やっぱり不安はある。そう何回も死にたくないし。あれはちょっとキツイ」

「それは、俺には分からないんだけどな」


 俺はまだ死んでないんだよな。

 実はデビューした冒険者の中で死んでないの俺だけなんじゃないか? 超すごくない? オンリーワンだぜ。


「実はツナ君たちが、アレをどうやって攻略したのか話聞こうと思って」


 といっても、俺たちのは魔法使いには参考にならないんじゃないだろうか。

 回避するマシーンになって、松明で攻撃して、毒喰らわせてと、あんま真似する要素がないぞ。……あ、自分で弱点暴露してたな。


「火が弱点らしいから、そういう魔法撃ってればいいんじゃないか?」

「え、そうなんだ」


 認識阻害かけられてないような情報なら、何言っても問題ないだろ。


「TVで本人が言ってたからな」

「本人って……まさか、ミノタウロス?」


 本来はミノタウロスじゃないらしい、ブリーフタウロスさんの事だ。

 存在を知らないとビビるけど、TV見ると割と普通に出ている。結婚相談所のCMとか。冒険者との決戦の前にミノ子さんとの結婚を誓い合うのは、死亡フラグのテンプレみたいでちょっと面白かった。


「そう。見てもいいか分からないけど、ミノ戦の動画はたくさんあるわけだから、見ればすぐ攻略できるんじゃねーか」


 確か、自分たちの宣伝用に無料で公開してるのあったよな。


「あの動画っていうの? まだ良く分からない。外とあまりに世界が違い過ぎて。……寮の部屋でも見れるの?」


 フィロスと同じか。この街にいると忘れそうになるけど、そら純ファンタジーの住人には厳しいよな。


「見れるよ。PC……パソコンっていう……あれ、おーい、ユキ! ちょっと」


 ちょうど、そういうのに詳しい奴がいたので呼び止める。

 外に向かおうとしていたが、こっちに気付いたユキは、まっすぐ食堂に歩いてきた。


「門の外で会った時に一だった子?」

「そうそう。あいつの方がPCは詳しいからな」

「なになに、どうしたの? ……ああ、こんにちは、お久しぶりです。えと、リリカさんだよね」

「ああ、ツナ君から聞いてるんだ。リリカです。ユキ……ちゃんだよね」

「はい、そうです」


 こいつの機嫌とるの簡単だな。初対面なら女の子扱いされただけで笑顔だ。騙されたりしないかお兄さん心配です。


「ミノさんの動画とか見せて欲しいんだってさ。見方分からないからそれも込みで。お前のほうが得意だろ。トライアルのボス戦のやつでもいいし、第二十層あたりにもいたよな」

「それは別にいいけど……」

「えーと、忙しいとか?」


 暇とは言わないが、俺もユキも今日は何もなかったはずだが。

 サージェスも単独で講習があるとか言ってたし。なんの講習だかは、聞いたら色々(俺の精神が)マズい気がするので聞いてないけど。


「今日は大丈夫だけど、リリカさん、代わりってわけじゃないけど、魔法について色々聞いてもいいかな」

「え、うん。いいけど」


 え、いいの? 俺たちの認識だと、魔法って秘伝とかそういうものの認識なんだけど。

 迷宮都市ならそりゃ簡単に覚えられるみたいだが、外の人間がこんな軽い感じでいいのか? 正直、無理だと思って話題にしてなかったんだけど。


「そういうのって、簡単に人に教えていいのか? 何か……こう、一子相伝とか」

「ダメって人は多いというか、ほとんどだけど、私はそこまで……。それにこの街だと簡単に魔術覚えられるみたいだし。私のは特殊だから役に立つかどうか分からないけど、それでいいなら別に構わない」

「お金とかいくら払えばいいのかな」

「動画についてこっちから聞いてるくらいだからそれはいいんだけど……あ、新人戦のチケットとかもらってもいい? 出るんだよね」

「そんなので良ければいくらでも」


 新人戦の観戦チケットは俺ももらっている。参加者は身内に配れるよう配布されるのだ。

 自分で使うわけもなく、あげる人がいなくて困っている。おっさんたちも自分で買ってるみたいだし。

 ユキがリリカにあげるなら俺のは浮くし、誰に渡せばいいんだろう。闇チケットとかで売れないかな。


「俺ら出る側だから分からないんだけど、新人戦の観戦チケットって高いのか?」

「それほどでもないけど、ちょっと躊躇するくらいは。まだこの街の通貨には慣れないんだけど、10,500円って高いよね」


 ボクシングとか、プロレスのチケットみたいなもんなんだろうか。微妙な値段だ。

 リリカはまだ通貨に慣れてないから余計に分からないだろうが、俺にしても地味に高いか安いか分からないな。


「僕ら出場するから関係者席のチケットもらってるよ。他に呼ぶ人もいないから、ツナの分もあるし何枚か持って行っていいけど。ほら、トライアルを一緒に攻略してる人とか……」

「私はソロだからそういうのはいないけど、……じゃあ、前に挑戦した時の同伴者の人に渡してみようかな」

「え、魔法使いなのにソロなんだ」


 まあ、ゲーム的な考えならそう思うよな。ユキさんゲーム脳だし。


「まだソロでやる気なのか?」

「初回のアレだとちょっと厳しいけど、弱体化するっていうなら動画見て考える事にする」


 魔法があると何か違うのかね。

 浅層で普通のミノタウロスとも戦ったが、あれでも結構強いし速い。あれとやり合うのに、前衛なしで魔法準備してる暇はあるんだろうか。




-2-




 魔法についての話は動画を見るための説明の前でもいいとのだったので、俺も同席して会館の訓練場へとやって来た。

 ここはダンジョンと同じで専用のエリアが自動生成される仕組みらしく、使用者がかち合う事はないらしい。いつ来ても使えますよって場所だ。

 ただ、ダンジョンと違い時間の流れは一緒で六日間の制限にも引っ掛からない。また、万が一ここで死んでも病院で復活するらしい。文字通り死ぬような訓練でもOKですよという事だ。

 闘技場と同じようにHP全損で強制退出という設定も選べるようだ。ここで一回くらい試したほうがいいかな。ゼロ・ブレイクだっけ?


「二人は自分の適性を調べた事ある? 魔術士は大抵弟子入りする時に師匠に調べてもらうけど」

「やったな。< 魔力導体 >ってのにひたすら魔力流すテスト」

「< 魔力導体 >まであるのか。国宝になるようなものまであるなんて」


 国宝って……。適当にベタベタ触りまくっちゃったんだけど。


「僕は《 遠隔 》と《 操作 》の適性値が一番高かったよ。ツナは《 強化 》だっけ?」

「じゃあユキちゃんのほうが私と近いかな」


 適性値は複数の系統の内、適性の高いいくつかの系統を教えてもらえる。適性値という、最大値を100とした数値でグラフが作られるのだ。

 俺TUEEEモノの創作物ならこれが100を飛び越えたりするんだろうが、俺たちの場合はそんな事はなかった。

 俺の《 強化 》もユキの《 遠隔 》、《 操作 》も最高値ではあるが、他のも似たような感じで並び、どれもがお世辞にも高い数値でない。

 俺たち二人は魔法使い型ではないという事なのだろう。ちなみにサージェスもそんなに適性は高くない。具体的な数値は聞いてないが、むしろあいつは壊滅的らしい。

 この数値もある程度は後天的に変化するらしいが、種族が変わる等の劇的な変化でもない限り微々たるものらしい。つまり、俺たちが魔法使いになる事は今後もないだろうという事だ。


「さっきミノタウロスの話をしたから、火の魔術から行こうか。弱点らしいし」


 そう言うと、リリカは手の平の上に炎を出して見せた。あまりに自然な感じで、あると思っていた詠唱すらない。

 あれ、システムメッセージが出ないな。迷宮都市外で覚えたものは出ないとかそういうルールでもあるのだろうか。……いや、《 飢餓の暴獣 》は出たしな。


「それが基本となる《 発火 》の魔術」

「あ、熱くないの? それ」


 確かにリリカの手の上からほとんど離れず燃えているから火傷しそうだ。……ローブの袖は燃えてない。


「迷宮都市での分類らしいんだけど、これは《 現象魔術 》っていって、実際に燃えてるわけじゃない。でも、この場合は私以外が触ると熱いよ。どうぞ」


 リリカが差し出した炎に手を近付けてみると、確かに熱い。

 ユキもちょっと勢いつけて触ろうとしてびっくりしている。


「これは自分には影響を及ぼさない形で発現してるから、私が触っても熱くない。ユキちゃんたちを対象外にして発現すれば、熱くないようにもできる」


 と言って一度炎を消し、再度出現した炎に手を近付けてみると確かに熱くない。

 やらなければいけない気がして握手してみると、リリカはちょっと恥ずかしがっていた。女の子の手に触れるチャンスなんだから、これくらいやるだろ。文字通り、燃え上がるような炎の握手だ。


「こういう風に影響を受ける範囲を指定して発現させる事で、敵だけとか対象を絞って影響を及ぼす魔術となる。これは《 炎 》と《 範囲指定 》という二つの魔術を同時発生させてるの」

「《 炎 》だけだと、自分も熱いから?」

「そういう事。そして、更にこれに《 射出 》の魔術を加える事によって……」


 リリカの手から訓練場の奥まで炎が飛んでいった。見事に訓練用のカカシにぶつかり、燃え上がる。


「一般に《 火球 》と呼ばれる魔術になる。実はこの仕組みを知らないで、《 火球 》を普通に一つの魔術として使ってる人も多いけど。これが、相手に燃え移った段階で、《 現象魔法 》ではなく、ちゃんとした現象になる」


 なるほどな。一つの魔法に見えて、実は三つの魔法の仕組みを使って《 火球 》を実現しているのか。


「でも、迷宮都市に来てから調べた事なんだけど、この《 炎 》も実は複数の魔術で構成されてるって話だった。ここら辺は私も理解できてないから説明できないんだけど、こういう現象を細かく分類して制御できるほど、優秀な魔術士っていう事になる。適性とか、使い方の発想もあったりするから、一般的な考えで」


 炎の発生に必要な法則そのままなら、そりゃ更に細かくなるだろうな。……物理? いや違うな。多分、もっと曖昧だ。

 多分、パーツみたいに複数の魔術があって、それを組み合わせてるんだ。プログラムでいう関数がそれに近いかもしれない。繰り返しとか条件指定とかあるのかな。


「なるほど。要は色んな現象の組み合わせなんだね。ひょっとして、《 誘導 》とか《 探知 》とかもあったりするの?」

「うん、ある。これに《 誘導 》を組み合わせて対象を追尾させたり、特定条件を指定してその場所に飛ばしたりもできる。あとは基本的なものだと《 射出 》と組み合わせる《 加速 》とか、形状を変化させる《 矢 》っていうのもある。私が得意なのは、《 待機 》と《 遅延 》。こういう風にいくつも魔術を事前に展開して、複数の魔術を同時に発動するの」


 そう言ってリリカは、自分の周りに矢の形をした炎をいくつも展開してみせた。

 やだ、ちょっとかっこいい。


「そうか。これがお前のソロの秘密ってわけか」

「そう。事前にセットしておけば、継続して精神力……MPは消費するけど、展開に必要な時間がかからないからね」


 敵と対峙する前に展開して、動きまわりながら射出。都度補充を行う事で機動性を確保するわけか。通常の場合は脚止める事になるんだろうな。


「そんな事俺たちに教えて大丈夫なのか? なんか秘密とかじゃないのか」

「外だと秘密だったんだけど、ここだと調べれば普通に分かる基礎的な事みたいで愕然とした。……実は秘伝扱だったんだ」


 なんかご愁傷様。

 聞いてみると、俺たちでもすでに受講可能な講座の一つ「魔術基礎理論その2」で出てくる話らしい。秘伝が基礎その2とか、リリカは泣いても許されると思う。


「こんな感じでいいかな。何か聞きたい事とかある? ひょっとしたら、講座を受けたほうが早いかもしれないけど」

「いや、大分掴めた。要はこういう感じなんだ」



――――Skill Create《 クリア・ハンド 》が承認されました――


 んおっ!? なんだ? 俺の顔面を何かが掴んでる。気持ち悪っ!!


「つまり、こういうだったのか。助かったよリリカ」

「え、はい。……何が起きたの?」

「これお前か、放せっ!!」


 何も見えないのに、顔が掴まれてるとか超気持ち悪い。触れてみると、顔の前にユキのものらしき手の感触がある。


「はいはい。……動かすのはまだ難しいけど、慣れれば剣も握れそうだね」


 ようやく、手の感触が離れた。

 こいつの言ってたのはこういうスキルだったのかよ。確かに第三の手だわ。


「剣使いたいなら、直接剣を操作するスキルあったじゃねーか。《 ソード・マリオネット 》だっけ? あれならたくさん操れるってダンマス言ってただろ」

「それだとダメなんだ。三つ目の手でスキルも発動させたいんだよ」


 動かすだけじゃなく、この手でスキルまで使う気かよ。


「ただ、手自体にもダメージはあるね。抓ると痛いや。変な感じ」


 俺から見たら、空中でなんか摘んでるだけに見えるんだが。

 まあいい、先に進めたなら次のダンジョン籠もりでも鍛えられるだろう。一つ課題がクリアできたって事だ。


「ごめん、何が起きたのか分からなかったんだけど」


 呆然とするリリカには簡単に説明しておいた。




-3-




[ 無限回廊第三十層 ]


 あっという間に時は流れ、いや、外の時間は大して流れてないんだが、ダンジョン籠もりも終了である。

 サージェスがちょっと頑張っちゃった感じで《 トルネード・キック 》を決め、グランド・ゴーレムが沈む。あの姿を見るのも二回目だ。

 当然のようだが、サージェスは《 パージ 》済である。とりあえず裸になりたいだけなんだろう。

 俺も慣れたものだ。慣れたくなかったけど。


「ちょっと、意味もないのに服脱ぐの止めてもらえないかなっ!?」

「……すいません。止むを得ない事情がありまして」


 ユキは未だプンスカしているが、毎回繰り返される適当な返事に諦めムードが漂っている。

 奴にそんな事情などない事はユキも分かってる。すでにほとんど様式美のようなものだ。


「サージェス、実はお前の《 パージ 》は新人戦において鍵となると思っている」

「いきなり何言い出すのさっ!?」


 いや、ユキさん。これは真剣な話なんだ。


「《 パージ 》の能力値UPの効果が目的じゃない。相手は隙を作るのも困難な相手だ。きっと、そのスキルで一時的にせよ混乱させる事ができるはず、と俺はそう思ってる」

「リーダー。分かって頂けたのですね」


 いや、そんないい笑顔で言われる事じゃない。多分、お前が理解して欲しい事は一ミリも分かってないからな。


「だから、本当にここぞという時に使うんだ。能力値UP目的じゃなく、あくまで相手の度肝を抜く事だけに専念しろ」

「はい、わかりました」

「僕、アーシャさんにちょっと同情してきたよ」


 実力差考えると、少しでもチャンスが欲しいんだよ。

 こいつの半裸でそのチャンスが作れるなら安いもんだろ。本人も喜ぶしWin-Winな関係だ。


「おーし、これで訓練は終了だ。やたら長い訓練になったが、実りはあったろ? お前らも半月前とはかなり違って来ているはずだ」

「結局サージェス以外、一対一でおっさんを倒せなかったけどな」


 俺もいい線までは行くんだが、あと一歩が足りない。ユキの場合は完全な決定力不足で、試合は長く続くんだが押し切れない。

 サージェスだけは単体で完結する戦闘力があるため、おっさんを倒せた。それでも、勝率はそこまで良くはないのだが。


「確かにそれはマズいが、チームだからな。1+1+1で3以上になりゃいいさ。でもそこがアーシャと戦える最低ラインだってのを忘れるなよ。正直に言うが、今の時点でお前らが勝つ見込みはゼロだ。どんな奇跡が起きても勝利はありえねぇ」


 聞きたくない事をはっきり言ってくれるぜ。


「相手が体調不良とか、お腹下してたりしてもダメかな?」

「ユキ、お前はやりかねないから一応忠告しておくが、新人戦みたいなイベントで下剤仕込んだりとか、発覚したら迷宮都市から追い出されるからな」

「や、やらないよ。そんな卑怯な事しないから」


 どうしよう。俺もこいつならやりそうだと思ってたんだけど。


「ならいいが、くれぐれもそういう真似はするな。闘技場ではルールに則って戦え。別にモンスター相手なら卑怯でもなんでも問題ない」

「分かったってば」


 ウンコ投げつけられた人の言葉は重いな。いや、あの場合は反則じゃないんだろうが。

 ……あれならアーシャさんも怯んだりしないだろうか。


「お前らの最大ダメージソースはサージェスだ。サージェスが落ちた時点で勝ち筋はなくなる。いや、元々ねえんだが、ダメージ与える事すら不可能になるだろう。でもって、《 流星衝 》の防御の肝はツナだ。《 瞬装 》での盾の多重展開しか耐える道がねえ。ひょっとしたら一回なら耐えられるかもしれねぇ。出させないのが最良だが、お前らが瞬殺でもされない限り使ってくるだろうしな。試合が長引けば長引くほど使ってくる確率は上がると思え。ユキの《 クリア・ハンド 》は相手の隙を作る上ではかなり重要なポイントになるはずだ。俺も初めて見た時はたまげたから、使い方次第で何回か隙を作れるかもしれん」


 やる事はダンジョンに籠って訓練した間にやっていた事とそう変わらない。

 俺が前に出て、ユキがチャンスを作り、サージェスがダメージを稼ぐ。サージェスっていうダメージソースが増えただけでもかなりありがたい。


 問題は俺の《 瞬装 》も、ユキの《 クリア・ハンド 》も精度が著しく足りないという事だ。極力鍛え上げてはきたが、それでもまだ足りない。

 《 瞬装 》は展開までの時間がまだ長い。盾は問題ないが、理想は武器を切り替えてのスキル連携なのに、そこまでには至っていない。

 ユキに聞く限り、《 クリア・ハンド 》は感覚器官が一つ増えるのと同じ様なものらしい。それは、三つの手を同時に動かせる器用さが必要になってくるということだ。器用なユキでもさすがに苦戦している。俺には三つ目の手とか想像もつかん。

 ある程度、命令を与えて自動で動かす事もできるらしいが、それだとスキル発動はできない。そして、距離が離れると精度が著しく落ちる問題も抱えている。


「俺たちは、観客席で見ててやるから、頑張れよ」

「頑張って下さいねー」

「がんばれー」


 おっさんとペルチェさんとトポポさんは最後まで付き合ってくれた。

 あとは俺たちが結果を出す番だ。




-4-




 時も流れ、新人戦が開始した。

 こちらは狙ったつもりはないのだが、俺たちの試合は一番最後だ。おそらくダンジョンマスター権限とか超法規的な力が働いたのだと思うが、詳しくは知らない。

 例年の試合結果は良く知らないが、ここまでは結構いい試合をしているので、最後の最後で力の抜ける試合にはしたくない。


 試合は順調に進む。三日かけて行われる新人戦もすでに最終日の三日目だ。

 二日目にはフィロス、ゴーウェン、ガウルの三人も出場し、見事勝利を収めていた。

 初めて見たガウルは、これまで見かけてきたような人間に獣のパーツをつけた獣人ではなく、半分ほどが狼のパーツで構成されていた。獣人の狼人族とはまた違う、獣よりの種族らしい。銀狼族って言ってたっけ。イメージ的には満月で変身した狼男って感じだ。

 クロのチームも同じく二日目に出場していたが、こちらは負けていた。相手もかなり強かったようで、どうもアーシャさんの妹というネームバリューが邪魔したらしい。

 強い人の妹のチームという事で、強い人が指名してきたのだろう。ご愁傷様って感じだが、俺たちの相手のほうがひどいと思う。だってその強い人本人だし。

 これまでの試合結果は、意外に新人側も健闘しているようで、勝ち負けの割合は五分五分くらいだ。

 三対一とはいえ、中級とは実力が隔絶していると思っていたが、やはりデビュー後の訓練環境の違いはデカいという事なのだろう。


 ちなみに、興味はあったのか、観客席にはあの猫耳の姿も見かけた。

 周りは同じクランのメンバーばかりなのか獣人だらけだったが、奴の両脇を挟んでいたウサ耳スキンヘッドが例のクランマスターとサブマスターなのだろうか。

 ……なんで挟まれてたんだろう。




 俺たちの試合ももう近い。あと数試合で出番だ。

 控え室で、TV中継されている試合の様子を見ながら出番を待つ。気分は試合を待つボクサーだ。


「すごいね。私も一年後はああして試合に出る事になるのかな」


 控え室まで応援に来てくれたリリカがTV中継を見ながら言う。まあ、そうなるだろう。むしろ、一年も余裕があって羨ましいくらいだ。俺たちは一ヶ月足らずだぜ。

 フィロス、ゴーウェン、ガウルの三人も、少し前にガウルの紹介がてら応援に来てくれた。初めて会ったガウルは見た目こそ狼だが、好青年って感じで好感の持てるだった。

 やはり類は友を呼ぶという感じで、パーティメンバーというのは似た気風の奴が集まるのだろうか。いや、それは信じたくない。絶対信じないぞ。

 ペルチェさんとトポポさんは観客席にいるようだが、代表でおっさんだけは控え室まで来てくれている。どう考えても、俺たちに思い入れがあるのはおっさんなので、あの二人は気を使ったのかもしれない。


「頑張れなんて月並な事は言わねえ。間違いなく勝てないしな」

「始まる前からそういう事言われると気が抜けるよね」


 ユキはそう言うが、その目は気を抜いてなどいない。ユキだけではない。俺たち全員そうだ。

 長いダンジョン籠もりで把握したが、俺たちは全員負けず嫌いだ。それっぽくない性癖を持つサージェスでもそうだ。


「あったり前だ。わざわざ、闘技場の賭けがお前ら用に"試合開始何分で決着"ってルールに変わってるくらいなんだからな」


 闘技場で行われる試合は基本的にすべて賭け試合として扱われ、観客が金銭を賭ける事が可能らしい。

 賭け方やルールは試合内容によって決まるらしいが、新人戦は基本勝ち負けのみを当てるルールだ。二者択一で、引き分けはない。

 ただし、それだと俺たちの場合はオッズが成立しない。俺たちに賭ける奴がいないからだ。

 だから、俺たちの場合だけ特別ルールとして、試合開始何分までに決着が付くかという特別ルールで賭けが行われてるらしい。

 選手の気分次第でなんとでもなってしまいそうだが、そこら辺の機微も含め、お祭り気分で賭けるのだろう。


「おっさんは開始何分に賭けたんだ?」

「お前らの勝ちだ。当たれば総取りだぜ」


 くそ、こういうところはいい性格してやがる。


「はは、グワルさんは面白い方ですね」

「これって選手が賭けてもいいんだよな」

「その場合は、自分にしか賭けられないルールだけどな。わざと負けられないようにしてるんだろうな」

「じゃあ、これも俺たちの勝ちに賭けといてくれ」


 俺は、おっさんにダンジョンで得たアイテムを換金した金の内、使わなかったものをすべて渡した。つまり、ほぼ全額だ。

 盾や武器はともかく、このルールだとポーションなどもほとんど使う暇はないだろうからな。

 案の定、それを受け取ったおっさんは目を丸くしていた。


「それで勝ったら、パーっと飲み食いしようぜ」

「はは、馬鹿じゃねーかお前ら。……でも、そういうのは悪くないと思うぞ。いい感じだ」


 どうせ、返すと言っても受け取ってもらえないんだ。こうやって使ってしまってもいいだろう。勝てば大フィーバーだぜ。


「勝てたら、安いマンションの部屋くらい買えそうだね」

「勝てりゃな。ドブに捨てるようなもんだ。あーもったいねー」


 これは三人で決めた事だ。

 俺たちが稼いだ金じゃない。また稼ぐにしても、彼らにおんぶにだっこではなく、自分たちの力でちゃんと稼ぐべきだ。第十一層から第三十層だって、一回くらいはちゃんと自分たちの力で踏破するべきだと思っている。

 それに、勝つにしても、どうせならおっさんにいい目を見させてやりたいだろう。

 中継を見ると俺たちの前の前の試合が終わったようだ。そろそろ移動しないといけない。


「じゃあ行くぞ」

「うん」

「はい」

「思ってたよりも遥かにレベルの高い試合してるけど、頑張って。応援してる」


 事情を良く知らないリリカも応援してくれる。


「精々華々しく散って来い。一発二発は当ててやれよ」


 俺たちが控え室を退出する際に後ろからおっさんが言ってきた。

 おそらく、おっさんの見込みではそれが上限なんだろう。奇跡が起きてその程度。そう考えているはずだ。


 前の試合は、あっという間に決着がついたのか、俺たちが舞台に向かう前に終了のブザー音が鳴った。

 つまり、このまま向かって待機時間のないまま試合開始だ。待ち時間が長引いて焦らされるよりはいいだろう。


 無意識の内に拳に力が籠もる。足取りは重い。これは、ミノタウロス戦や、無限回廊のボス戦でも感じなかった種類の緊張だ。

 この先に待ち構えているのは、間違いなくこれまでで最強の相手だ。


 だけど、経緯はどうであれ、戦うと決めたのだ。緊張してようが、怖かろうが、ちゃんと前に進もう。

 後ろから付いて来る二人が、少しでも不安を感じないように。




 闘技場入り口の巨大な扉が開かれ、光が刺し込む。俺たちは目の前に広がった舞台へと足を踏み出した。


 すでに舞台中央には、見覚えのある赤い戦装束の騎士が一人。

 動画で何度も確認した、そのトレードマークともいえる朱い甲冑と、巨大な朱槍。


 その姿はまさしく英雄。この街で幾人もの人間が憧れ、目標とする姿だ。

 感じるのは、立っているだけで吹き飛ばされそうになるような強烈なプレッシャー。

 これまで戦ってきたミノタウロスや、ヒュージ・リザード、グランド・ゴーレムなんて目じゃない。少し前の俺だったら、ここに立っている事すらできないだろう。


 彼女はこちらを見て何を思っているのか、寂しそうな目をしている。

 だが、油断は感じられない。決してこちらを侮ってなどいないだろう。


 多分、言葉はいらない。

 向こうも話しかけてくる様子はない。

 後ろの二人も、ただ黙って配置につく。


 騒がしかった闘技場が静寂に包まれた。もうすぐ試合開始のブザーが鳴る。


 こうして対峙しても強さの底は未だ分からない。

 だが、この人に俺たちの力をすべてぶつけてみよう。今できる事のすべてでぶつかるのだ。




-5-




 ブザー開始と共に仕掛けて来たのはアーシャさんからだった。

 初速から最大速度に達するような、超スピードで俺たちとの間合いを詰める。


――――Action Skill《 旋風陣 》――


 それは動画でも何度か確認した、槍の広範囲攻撃スキル。

 俺が使う《 旋風斬 》と名前は似ているが、得物が違えば特性も違う。槍の長さの倍近くにも及ぶ射程で、一気に俺たち全員を蹴散らす横薙ぎの一撃だ。

 デビューだったらこの一撃で終わりだっただろう。


 だが、俺たちもあの時のままじゃない。

 ユキはすでに回避行動に入り、サージェスも……どっかに行った。

 俺は逆に迎撃のための行動に移る。


 回避ならともかく、さすがに飛び込んで来るとは思わなかったのだろう。アーシャさんの顔に若干の驚きが見られる。

 放たれた《 旋風陣 》の上を飛び越えるようにして、俺は手にしたグレートソードの一撃を放つ。


「ぅらあああっ!!」


――――Action Skill《 ストライク・スマッシュ 》――


 両手剣、両手斧などの大型武器用のスキルで、唐竹割りの如く上段からの振り下ろし。

 タイミングも申し分ない。これなら、と思わせる攻だったが、その攻撃はカスる事すらなく、宙を切った。

 技後硬直が発生しているはずなのにどうやってかは分からないが、アーシャさんはすでに俺が剣を振り下ろした場所から数歩離れた場所にいた。

 だが、俺の攻撃は避けられても、他の二人が続く。


 ユキから放たれるナイフの投擲。そして、同タイミングで遥か上空から急降下してくるサージェスの蹴撃。

 技後硬直もあり、このタイミングなら避けようがない。そう思わせる二つの攻だった。

 だが、アーシャさんはほんのわずかな移動でナイフの軌道から外れ、落下してくるサージェスの《 トルネード・キック 》に合わせ、槍を振るった。

 硬直時間は一体どこにいったというのか。


――――Action Skill《 トルネード・キック 》――

――――Action Skill《 竜落撃 》――


 上空から襲うサージェスの《 トルネード・キック 》を柄で迎撃し、そのまま槍を半回転。


「ぅぐあぁぁっ!!」


 刃の直撃こそ避けたものの、サージェスはカウンター気味に入った《 竜落撃 》を受け、宙を舞った。

 そのサージェスに対し、アーシャさんは更に追撃を仕掛ける。

 マズい。さっきの一撃だけで、サージェスのHPは半分を割った。出会い頭の攻防で、一人落とされるのはさすがに冗談じゃない!! 距離的にもユキのフォローは間に合わないだったら俺が――


――――Action Skill《 パリィイング・キック 》――


 だが、空中で逃げ場がない体勢へ振るわれたアーシャさんの朱槍をいなすように、サージェスはその脚で槍の軌道を逸らしてみせた。

 おっさんとの訓練の中でも何度か見せた、脚での武器反らしだ。

 槍は命中しなかったものの、サージェスはそのまま体勢を崩し落下。倒れ込む事はなかったが、さっきの《 竜落撃 》だけでも大ダメージだ。


「さすがに……やるわね。想像以上。訓練に入ったって聞いたから、その分評価を上乗せして来たけどまだ足りないか。数合わせかと思ったけど、三人目もなかなか悪くない」


 初めて口を開いたのは戦況分析。

 どうやら、かなり評価してくれているみたいだが、もうちょっと油断してくれてもいいんじゃない?


「大丈夫、油断はしないから心配しないで。ダンジョンマスターからのオーダーもあるし、ちゃんと全力で相手してあげる」


 いらん世話だよ。油断してくれて全然OKなんだぜ。バッチコイ。

 棒立ちの様に槍を片手に立つアーシャさんから伝わってくるプレッシャーが更に高まるのを感じる。

 正直、このプレッシャーを受けているだけで、倒れ込んでしまいたくなる。


「対戦相手としてはまだちゃんと自己紹介してなかったわね。< 流星騎士団 >副団長アーシェリア・グロウェンティナよ。短い付き合いになるけど、よろしくね」




 ここからが本当の戦いだ。

 絶望的戦力差の新人戦が、ここから始まる。




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