第6話「ゼロ・ブレイク」




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 実のところ、新人戦における勝利のラインはかなり高く見積もっていた。

 自動クエスト生成というのがどんなシステムかは知らないが、難易度を高くすると宣言した以上、そんな簡単なハードルになるわけはないと思っていた。

 時間が味方するとも思っていた。もう一ヶ月を切ってはいるが、それでも結構な期間だ。トライアルの時のように食料が尽きるリミットを考える必要はない。

 更にダンジョンの仕組みもそうだ。一層ごとに制限時間はあるものの、それぞれの層で限界まで鍛えれば、途方も無い訓練期間が得られる。

 攻略可能という前提さえ満たせば、ダンジョンも先に進める。先に進めば更にそれは長くなるだろう。

 問題は十層以下ではパーティとしての訓練ができない事だが、これはユキも俺もクリア済だ。


 だが、そんな条件を満たした上での、最高難易だったのかもしれない。

 ダンジョンマスターから告げられた対戦相手は、俺の想像を遥かに超え、遥か高みに存在している人の名だった。


 あの日、クロから告げられた冒険者ランクはB+。+の意味は未だ知らないが、通常のBランクよりは上って事だろう。

 分かり切った事だが、BってのはAの下だ。その上は存在しない。つまり、現在最高ランクのほんの一歩手前という事になる。

 同じBランクで俺が知っているのは、トライアルの際に見かけた酒飲みのおっさんだ。

 あれも正直勝てるビジョンが浮かばない。+が付くという事はそれよりも強いという事で……。

 次のダンジョン挑戦前にFへ昇格するだろうが、今俺たちはGランクだ。ランクがすべてとは言わないが、間にいくつランクが存在していると思う。


「ハードル上げ過ぎだろ」


 俺は電話を切ったあと、ユキの事も気にせずベッドに座り込み、項垂れた。


「どしたの?」


 ユキはわりと暢気な面してる。三人目が決まるかもしれないという状況で浮かれているかもしれない。


「ダンジョンマスターからだ。俺たちの対戦相手が内定したってさ」

「へー。どんな人? その反応だと、ツナの知ってる人?」

「お前も知ってるよ」

「え、まさか、本当にトカゲのおじさだったりするの?」


 それなら、見込みはあったかもしれない。

 トカゲのおっさんには悪いが、それでも第五十層攻略組だ。第三十一層から格段に難易度が上がるといわれても、背中が見えないという事はない……と思う。思いたい。

 そこで足踏みしているという事は、おっさんは何か足りないものがあって、それは弱点とも呼べる隙が存在するんじゃないかと思うのだ。

 けど、アーシャさんはそこから何枚も何段も上だ。本来なら冒険者が憧れて到達目標にするような相手だぞ。


「おっさんじゃない。おっさんだったら良かったな」

「え、何さ。まさか、ダンジョンの入り口で見かけたバッカスさんじゃないよね? あの人Bランクだよ」

「それより上だ。……アーシャさん」

「は?」

「アーシェリア・グロウェンティナ。< 流星騎士団 >の< 朱の騎士 >様が俺たちの相手だとさ」


 静寂が訪れた。


「いやいやいやいや、どんな新人戦だよ。僕ら新人だよ。あっち、最前線のエースでしょ!?」


 そりゃ驚くよな。ほんと、どんな新人戦だよ。


「お前何かあの人の事調べてる? 俺、クロから聞いた二つ名とB+ランクの事くらいしか知らないんだけど」

「そりゃ、一緒にご飯食べた人だからね。動画も見たよ。あの人、可愛い感じの美人だったけど、戦闘中は怪獣ってレベルじゃないからね」


 怪獣と聞いて思い出すのは昨日動画で見た蜥蜴怪獣グワルだが、そんなレベルで言ってるんじゃないんだろうな。


「僕が見た動画でも、多分本気出してるような場面じゃないと思うんだけど、それでも近付くどころか、数秒で僕ら消滅するよ」


 消し炭とかじゃなくて消滅かよ。どんな状況だよ。動画見るのも怖いんだが。


「多分、ダメージなんて通らないし、基本スペックだけで瞬殺だよ。……その上、あの《 流星衝 》なんて使われたら……」


 それは、あの日食事会で聞いた、トライアル最短クリアのボーナスなんだったか。


「クランの名前に使われてるような技だから、きっと強力なんだろうな」

「アレ、逃げ場とかないんだけど。ツナがいくら気持ち悪い動きで回避しても無理だよ。あとで動画渡す……いや、それだけじゃ駄目だ、過去の分含めて見れるものは見ておこう。……クローシェだったら持ってるかな。一応対戦相手の妹だから、見せてくれなかったり?」

「いや、それはないんじゃないか? 性格を掴み切れてないからどこまで協力してくれるかは分からないが、動画くらいなら頼めば貸してくれるだろ」


 最悪、マジで大人げなかった事をネタにして。

 とはいえ、動画見ようが対策考えようが針の穴すら通せる気がしねぇ。これ実は強制負けイベントじゃね? いくら強化ミノタウロスや猫耳と半負けイベント突破してきた俺でも無理があるよ。


「希望はコレが攻略不可能じゃないってシステムが判断したって事だよね。本当かな? 実は僕ら騙されてない?」

「いや、知らんけど。……駄目だ、愚痴言っててもしょうがねえ。やる事はやらないと話にもならない。もうサージェスだっけ? そいつに会うまでに動画見てる余裕とかないだろ」

「そうだね、というか新人戦のチームなんだから、一緒に対策したほうがいいしね」

「じゃ、まずは面談だ。多少マズい面があったからって弾くわけにいかなくなっちまったぞ」

「そ、そうだね。怖い人とかじゃないといいけど」


 < 武闘家 >クラス、というからには< 格闘家 >ツリーのクラスなんだろうが、クラスのイメージだと厳ついイメージしかないんだよな。

 クラスは聞いてないが、ウサ耳のおっさん二人がそんなクラスに就いてる予ほどがある。


 会ってみない事には始まらないし、ちょっと気合入れて面談と行こうか。




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「初めまして、私がサージェスです。動画拝見させて頂きました」


 意気込んで会館の面談スペースに向かった俺たちの前に現れたのは、想像とかなり違い、長身で細めの体格をしたスーツの男だった。

 何処かでプロレスした鬼畜眼鏡に似てはいるが、メガネはかけていない。あと、あいつの瞳に宿っていた獲物を狩るような獣性は感じない。

 対した感じはとても穏やかで、人の良さそうな、およそ冒険者らしからぬだった。

 ただ、細身とはいっても、やはり現役という感じでガッチリはしている。デビュー一年以内で三十層攻略済という肩書は伊達じゃないんだろう。

 少なくとも、こうして見た感じで問題があるようには思えない。


 対等なチームメイトの面接ではあるが、一応こっちが招いている側なので、飲み物を用意する。

 ユキが一階から飲み物を持ってきて、面談スペースに入るまでの間二人で話してみたが、何も問題が見当たらない。一体どんな奴だ、こいつ。


 面談スペースは六人用のテーブルが用意された、いわゆる会議だった。ホワイトボードとプロジェクタまである。

 俺たちは、お互いに向かい合うように座り、面談を開始する。


「改めまして、サージェスです。よろしくお願いします」

「ユキです。今月デビューしました」

「同じく渡辺綱です」

「ワタナベ?」


 やはりというか、動画で紹介されていたものと違う名前に違和感を持ったらしく、その説明をする。


「なるほど、そんなボーナスをもらったんですね。なかなか、興味深い」

「え、えーと、サージェスさんは、どうして僕たちとチームを組もうと?」

「呼び捨てで構いませんよ。年齢こそ離れてますが、ほとんど同期のようなものですし」

「すいません、おいくつですか?」

「二十二歳です。迷宮都市の生まれではないので、二十歳過ぎてからこの街に来て冒険者を目指した形になります」


 見た目よりは若いようだ。てっきり二十代後半かと思っていた。服装も髪型もキッチリしているからそう感じるんだろうか。


「チームに入れて頂こうと考えたのは、メールでも書きましたが、昨日の動画を拝見させて頂いたからです」

「TVの専門チャンネルで放送したやつですか?」

「それもありますが、そのあとに配信された動画も、隠しステージの有料動画も目を通しました。いや、目から鱗が飛び出るかと思いました。こんな新人がいるのかと」


 滅茶苦茶好印象らしい。


「呼び捨てでいいなら、タメ口でいいか? そっちも年上なんだから、好きにしてもらっていいんだけど」

「タメ口でもなんでもどうぞ。ですが、私の話し方はちょっと癖のようなものなので、このままで」

「正直な話。俺たちはちょっと困った状況にあるんだ。だから、これから言う話を聞いた上で判断して欲しい」


 さっさと現在抱えてる問題点については話しておくべきだろう。こうしてチームを探してるって事は、こいつだって新人戦で勝ちたいと思ってるだろうしな。


「困った状況ですか。……なんでしょうか」

「実は、俺たちと組むと新人戦の対戦相手が確定する」

「? それは、すでに指名を受けているという事ですか? あまり聞いた事がない話ですが」

「ちょっと事情があってな。で、この相手なんだが、ちょっと洒落にならない相手でさ。勝ちたいからチーム組もうっていう理由だったらお薦めしない」

「……ちなみにどういう相手でしょうか」

「サージェスのほうが先輩だから知らないわけはないと思うんだけど、< 流星騎士団 >のアーシェリア・グロウェンティナだ」


 穏やだったサージェスの目が、その名前を聞くのと合わせて見開かれた。


「それはまた。強烈な相手ですね。お二人は勝つ自信はあるんですか?」

「正直言って、ない。だけど、勝たないといけない。勝てないまでも限界まで追い縋らないといけない。そんな状況なんだ。だから、生半可な理由でチーム組むっていうのなら、多分相当厳しい事になると思う。これから対策練って、勝つ方法を見つけないといけないし」

「多分、新人戦開始までは限界時間ギリギリまでダンジョンに籠もる事になると思います。……それでも大丈夫ですか?」

「…………」


 俺たちの言葉に、サージェスは考え込む。

 やはり、難しいだろうか。実際、こいつ以上の人材を今から見つけ出すのは難しい。

 ここでダメなら、まずユキと二人で挑む事を考えるべきだろう。


「やっぱり、無理ですか?」

「……いえ、正直まだあなた方を見くびっていたようだ。むしろ余計にチームに加えて頂きたい」


 この話を聞いて、更に踏み込んでくるのか。


「目的でもあるのか? 正直割に合わないと思うけど」

「そんな事はありません。……私はとある事情から、無限回廊の攻略を進める必要がある。ですが、どうしても一人では無理がある。だから、それに見合った仲間が必要なんです。なので、できれば新人戦で私が役に立つと判断してもらったら、引き続き固定パーティで一緒に無限回廊に挑戦して頂きたい」


 動機もまともだし、こいつの問題が未だ見えないんだが。


「俺たちじゃなくても、あんたならいくらでも仲間は集まりそうな気がするんだが」

「そんな事はありません。実は何度か固定パーティを組んだ経験はありますが、すべて相手から断られる形で解散となりました」


 やはり、何か問題があるのか。


「えーと、過去はどんな理由で断られたとか、教えてもらってもいいですか?」

「はい。これまでは、探索や戦闘の途中で露見してしまった事も大きく影響があると思ってますので、お二人には最初に話しておきたいと思ってました。……実は私、ドMなんです」


 俺の、耳が、おかしく、なったのだろうか。


「す、すいません。ちょっと聞き取り辛くて、あれ、僕の耳最近おかしいな。壊れたのかな」


 俺と同じ言葉を聞いたなら、壊れてないと思うぞ。


「何度も言うのはちょっと恥ずかしいですが、私はドMです。ちょっと筋金入りでして」

「すまない。そのドMという言葉を俺たちは履き違えているのかもしれない。……意味も聞いてもいいだろうか」


 ひょっとしたら、俺たちの知っている言葉とは意味が違うのかもしれない。というか、そう信じたい。


「Mというのはマゾヒストといいまして、肉体的、精神的な痛みに対し性的興奮を覚えるという、特殊な性癖の一種ですね。ドと付けているのは、通常のマゾヒストよりも更に強烈な性癖を持っているからで……。つまり私は、肉体的、精神的な痛みを感じる事に喜びを感じるド変態という事ですね」


 頭痛くなってきた。


「ユキ、俺もう帰ってもいいかな」

「ダメだよっ! 一人にしないでよっ!」


 だって、想像以だったんだけど。まさか、そんな事を臆面もなくはっきり言う奴が出てくるなんて。


「え、えーと、ですね。個人の性癖は人それぞれだし、いいと思いますよ」

「ありがとうございます。いや、私の性癖は誰も理解してもらえなくて」

「いや、マゾくらいどこにでもいるんじゃないか」

「そうですよね。ツナさんでしたら分かって頂けると思ってました」


 なんでだよ。


「あの、ボロボロになりながらも立ち上がり、敵に喰らいつく姿は胸を打たれました。こんなところに私の同類がいたと」

「え、そ、そうだったんだ」

「いや、待て! 違うからな!? なんで俺までドM扱いされてんだよっ!!」


 そりゃ、普通はマゾでもなけりゃ耐えられないかもしれないけどさ。別に俺は性的興奮とか覚えないから。


「え、違うんですか?」


 何、そんな裏切られたみたいな顔してるんだよっ!?


「違うわ、ドアホっ。そんな特殊性癖持ってねーよっ!!」

「掲示板では、みるくぷりんで『SMサービス』のオプションを選ぼうとしていたと」

「事実無根だっ!!」


 なんだそれ。初耳なんですけどっ!! そんなオプション目にも止まってねーよ。


「馬鹿な……」


 なんで、こんな事でそんな打ちひしがれてるんだよ。こっちのほうがダメージだよ。


「で、でも、ドMだからってパーティ蹴られるような状況になるもんなんですか? 他のメンバーがすごい潔癖だったとか……」

「いえ、そういうわけではありません。私の度が過ぎていただけでしょう。彼らは決して悪くないと思ってます」


 一体どんなレベルのマゾなんだよ。


「えーと、その……詳しい話を聞いてもいいかな。マゾってだけなら考慮の余地はあると思うし」

「ありがとう御座います。ちょっと長くなりますが……」


 どうしよう、俺もう帰りたい。


「お二人は前世持だったりするでしょうか」

「え、はい。僕らは二人とも同じ世界の前世持ちです」

「ならば少し話は早い。私も前世持ちです。私のいた世界は、この街よりも遥かに文明の遅れた……壁の外の国に近い文明が大半を占める世界でした」

「それは普通の中世って事か?」

「中世? というのはちょっと分かりませんが、私の住んでいた国は王政を敷き、貴族がいて、領民は総じて奴隷のような扱いを受けていました」


 なんだろう。それだけ聞くと少し親近感を覚える。俺は、決してマゾではないが。


「一部の権力者が力なき者を苦しめ、力なき者はただそれに従う。ロクに食べるものもなく、娯楽もなく、知識を得る事も禁じられ、ひたすら労働の毎日です。私はそんな世界で、更に最も身分差が厳しい国に生まれました。周辺国から見てもその圧政は目に余るほどだったようです」

「あんたがそれを知っているって事は、少なくとも知識は得ていたって事だよな」

「はい。私はそんな国で生まれ、育ち、やがて圧政から民を救おうと地下組織、分かり易く言えばレジスタンスを立ち上げたのです」


 なんだ、なんかかっこいい人生じゃないか。実は前世では英雄だったりするのか?

 体制側からみたらただのテロリストなんだろうが、それだけひどい体制なら、民衆にとってはヒーローだろう。


「活動は困難を極めました。元々民の力の弱い国です。王侯貴族との差は歴然でした。ですが、利権を奪われても、たとえ属国に身をやつしたとしても、それでも今の体制よりは遥かにマシと、他国に協力を仰いだのです」


 実際問題褒められた話じゃないんだろうが、どうしようもないんだろうな。

 内部だけで手がないなら、それは外部から力を引き込むしかない。


「長く苦しい戦いでした。王政を打倒するため、必死に他国に媚を売り、貴族たちの力を削ぎ、少しでも後の世が楽になるようにと根回しをして、気がつけば私は年寄りになっていました」


 そんなに長い間……数十年もの間、戦い続けたのか。


「戦いは我々の勝利に終わりました。結局、私は結婚もせず、もちろん子供もなく、ただ孤独にその生涯を終える事になりました」


 あれ、終わっちゃったよ。


「えーと、それだけだとただのいい話なんですけど」

「ここからが本題です。革命が成立したあと、やはり国は荒れに荒れました。他国も我が国を食い物にしようと手を出してきます」


 そりゃそうだよな。革命ってのは、成功したあとのほうが大変だろう。手を借りてるなら尚更だ。


「前よりはマシとはいえ、やはり生活が苦しい事には変わりません。人々は生贄を求めました。誰が悪いのか、こいつさえいなければという不満の捌け口を求めたわけですね。……その矛先は、レジスタンスのリーダーであった私です」

「…………」


 遣る瀬無いな。良かれと思ってやった事で、結果マシになっても混乱はある。責任を取らされるのは、それを起こした者だ。目に浮かぶような展開だな。


「私は大衆の面前で、公開処刑の運びとなりました」

「まさか、ギロチンとかでしょうか」


 それだとフランス革命だな。ギロチンはすぐ死ねるから、むしろ優しい処刑方法だと聞いた事がある。こういう場合はむしろ……。


「ギロチンというのは、首を落とす装置の事ですよね。その存在はこの街で知りましたが、違います。私の公開処刑はひたすら続く拷問です。その時に存在したありとあらゆる拷問をひたすら死なないように時間をかけて行われました。一週間です」

「…………」


 最悪だな。


「それでも、私が不満の捌け口で国がまとまるというのならと、人生最後の仕事としてその拷問を受ける事になりました」

「最後まで国の事を考えていたんですね」


 筋金入りの自己犠牲だ。高潔過ぎて理解が難しいレベルだ。


「そして、拷問を受けながら、私はついに目覚めたのです」

「え、なんに……ですか?」


「マゾにです」

「馬鹿じゃねーのかっ!? なんでその流れでマゾになるんだよっ!!」


 意味分かんねえ。どうすんだよ、こいつ。


「よくよく考えてみれば、私はそれほど女性への好奇心などは持ち合わせていませんでした。ですが、最後の一週間、ただひたすら体を傷めつけられ、救おうとした民に罵声を浴びせられる体験は、抗いようもない至福の時でした」


 横を見ると、ユキが遠い目をしていた。俺も現実逃避したい。最後の最後まではちょっといい話だったのに……。


「特に、一番最後の拷問車輪などは格別でした。本当の意味で昇天しましたね」

「誰が上手い事を言えと言った」


 最悪だこいつ。筋金入りってレベルじゃねえ。


「というわけで、戦闘をして、ダメージを受けるとつい気持ち良くなってしまうので、性癖がバレてしまうんですね。すると、大抵お断りされてしまうわけです」

「良く分かった。お前がド変態だという事は」

「ありがとうございます」


 褒めてねーよ!! なんでこんな良い笑顔なんだよっ!! どうすんだよこいつ。




-3-




 サージェスが帰ったあと、俺たちは二人してテーブルに伏していた。


「色々すごいだったね」

「すご過ぎるわ。あそこまでの究極はさすがに記憶にない」


 ただ、その性癖以外は、こちらの望むものをクリアしている事は確かだ。大変遺憾な事に。むしろ俺たちのほうが足りない。

 しかし、俺たちにあのレベルの変態の相手が務まる気がしない。

 というか、なんであんな究極マゾに仲間扱いされてんだよ、俺。はたから見るとそんな風に見えるのか?


「ユキ、俺はマゾじゃないぞ」

「いや、いくらなんでも分かってるから」

「それならいいんだが」


 あれだけ頑張ったのに、マゾで済ませられてしまうのは嫌だ。誰か助けて。


「でも、あれ以上の好物件は多分ないよね」

「……ああ」


 話を聞いてみると、奴はそうとうな実力者だ。

 ベースLv23で俺たちの倍以上、メインとしてタンクやるほどの防御力はないが、それでも打たれ強いタフなクラス。ついでに痛みとか逆効果という恐ろしい才能を持っている。羨ましくはない。

 クラスもメインは< 武闘家 >だが、すでに二つ目のクラス< 蹴撃士 >に踏み込んでいる。

 もう中級に足を半分踏み込んでいるような奴だ。こんな奴が力を貸してくれるなら本来なら喉から手が出るほどありがたい。

 実はあいつ、今回の新人戦に参加する人員の中ではトップなんじゃないか?


 マゾヒスト……いや、そんなレベルで片付けてしまっていいとは思えないので、とりあえず超……いや究極マゾと呼ぶが、問題であるこの性癖にしたって実は微妙なラインだ。

 だって、俺たちには気持ち悪い以外の実質的なマイナス要素がない。むしろ、俺たちが気持ち悪いと反応するとあいつは喜んでしまうだろう。

 これが、直接的な被害のありそうな……、たとえば鬼畜眼鏡だったり、掲示板で書込みしてるユキたんハァハァだったりしたら、考慮の余地なくお断りだ。

 くそ、なんて難しい奴なんだ。どうしても戦力がいる俺たちの隙間に入り込むような、絶妙なポジションで攻めて来る。

 俺、最近精神ダメージがひどいんだけど、どうにかならないかな。


「ダメだな、あいつ以上の選択肢がない」

「……そう、なんだよね。人間誰しも欠点はあるしね」


 いや、そんなレベルで片付けていいものなのかは疑問だが。

 ポジティブに考えれば、あいつは痛みなど気にしない、強くてすんごい盾だ。


「とりあえず、模擬戦と、次のダンジョン攻略で一緒に潜るぞ。それで判断する」

「うん、分かった。メール返信しておくよ。ダンジョン挑戦はギリギリ最短でいいよね。……模擬戦はその前で」


 これで実は戦闘センスはありませんとかだったら、お祈りメール出せるんだけどな。

 俺の勘はないと言っている。大変残念な事に、あいつは間違いなく強い。




 項垂れながら面談室を出ると、見慣れた顔が待っていた。

 次の対戦相手の妹さんだ。神妙な顔つきなので、その件だろう。妹なら知っててもおかしくないし。


「おはよう……こんにちは? 随分長かったけど、何かの打ち合わせ?」

「ああ、新人戦のメンバー面接だよ」


 お前のねーちゃんと戦うメンバー探してるんだぜ。


「ああ、それで……それでサージェスか。すごいところ引いてくるね。ちょっと思いつきもしなかった」

「あの人有名人なの?」

「有名ってほどじゃないけど、やっぱりね。下級の間では大体知られてるんじゃないかな? 強いのは間違いないし」


 強い評価は間違いないのね。

 でも、有名なのは性癖なんだろうな。掲示板とかすごい事になってそう。あいつの場合、誹謗中傷は逆効果だけど。


「で、どうしたよ。待ってたんだろ?」

「うん。分かってると思うけど、新人戦の話。対戦相手。あたし、さっきまで実家にいたんだけど、本人から聞いた」

「マジで大人げない展開になっちゃったぞ」

「う……あたしが口に出したからとか、そういうジンクスとかないよね?」


 それはあまり関係ないんじゃないか?


「ここじゃなんだし、下行こうか。飲み物欲しいな」

「ああ、クロもいいだろ」


 クロは頷くと黙って俺たちに付いて来る。




 再び飲み物を買って、ロビーで向かい合う。井戸端会議みたいだが、別にいいだろう。


「なんかごめん。こんな事になっちゃって」

「お前は別に悪くないだろ。けしかけたわけでもないんだろ」

「それはないけど。あのあとさ、実家に帰って電車でツナ君と会った話してさ、冗談っぽく話してみたんだよ。"まさかそんな大人げない事しないよね"って。そしたら、笑いながら『さすがにないわー』って言ってたんだよ」


 軽い会話だな。いや、会った時すでにノリが軽いだったけどさ。


「でも、なんでこんな事になったのか良く分からない。今日の朝になって急に、ツナ君たちと新人戦で戦う事になったって言われて」

「ダンジョンマスターがけしかけたんじゃねーか?」

「ダンジョンマスター? なんでそんな人が」


 そりゃ知らんか。


「あのさ、僕たち二人とも前世がダンジョンマスターと同じなんだ。それで色々あって」

「え、何か嫌われてるとか、虐められてるとか」

「嫌われてはいないと思うよ。虐める気もないと思う」


 あいつにそんな感情が残ってるかは疑わしい。


「なんだか良く分からないけど、事情があるんだね。とりあえずさ、あたしも協力するよ。大した事できないけど、お姉ちゃんの動画とか大体持ってるし。一般に出回ってないの結構あるよ。本人から君たちに見せていいっていう了解ももらってる」


 本人の了解済か。いくらでも調べてこいって事ね。多分そんな事じゃ実力差は揺らぎもしないんだろうな。でも情報がないよりは遥かにいい。


「探してる時間も惜しいからね。正直助かる」

「全部見るわけにいかないから、どうしたって吟味する事になるわけだけど、どうする? 何か希望とかあるかな」


 そりゃ、トップランカーの公開動画なんて膨大な量になるだろうしな。実力が分かるモノ、一番分かり易いモノはなんだ。


「トライアルから順に追っていきたい。新人戦、階層ボス戦、その時期も分かると助かる」

「そうだな。どんな風に強くなったか分かれば、比較し易いな」

「うん、分かった。じゃあとりあえず新人戦だね。あたしのサーバにあるし、すぐに見れるよ。どこで見る? やっぱり大きなモニタ借りたほうがほうがいいかな」

「だったら、俺の部屋に大型モニターがある。それで映せるならそれで」


 トライアル解説放送視聴用に借りた奴がちょうどいいだろう。


「借りてるなら、それでいいか。このあとでもいいかな。一回部屋に行ってデータ持ってくるね。あとは……模擬戦の相手とかかな。うちのメンバーとか、言えば相手してくれるはず。あたしたちにも意味はあるし、最悪あたしだけでも……」

「それはいいね。相手がいるといないとじゃ全然違うし」


 気が引けるくらいに全面協力してくれるな。

 今回の件にまったく関係無いはずなのに、後ろめたい気持ちがあったりするんだろうか。こっちが申し訳ない気分になってくる。

 だが、向こうも新人戦に出るのは同じだ。お互いいい機会だと思うか。


「そいつはちょっと待て」


 不意に、まったく違うところから声が割り込んできた。

 聞き覚えのある声に反応して、後ろを振り向くと、そこには見覚えのあるリザードマンが立っていた。


「おじさん……だよね? 見分けとかつかないけど」

「ああ、お前らの言うところのおっさんだよ。< ウォー・アームズ >のグワルだ」

「番組に出てた人だよね? 人? リザードマンっていったほうがいいかな?」


 いや、どっちでもいいと思うが。


「なんか用か? 新人戦の事ならおっさんの相手できなくなったぞ」

「知ってるよ。メンバー登録した瞬間に指名してやろうと張ってたが、アーシャに横取りされた」


 知り合いなのか?


「それはいい。むしろお前たちに同情するくらいだ。俺が来たのは別の用事だ」

「あ、おじさんに渡すものがあったんだ」


 ユキがカバンから何かを取り出す。


「話の腰を折るなよ。って、なんだこりゃっ!! 俺じゃねーかっ!?」


 遺影かよ。こんな時に渡すんじゃねーよ。なんで突然自分の遺影を手渡されにゃいかんのだ。


「な、なんでこんなものが……。いや、いい。……いや、良くないが、用事が先だ」


 ちゃんと用事を優先するとは、大人だなおっさん。


「ダンジョンマスターから直接依頼があった。新人戦までの間、お前たちを徹底的に鍛えてやれってな」

「ダンジョンマスターが?」


 ああ、そうか。別にダンジョンマスターは俺たちの事を妨害しようとしているわけじゃないからな。

 乗り超える巨大なハードルは用意するけど、手も貸すって事か。ありがたいね。まったく。


「時間に余裕があるなら同ランク同士の模擬戦でも意味はあるんだろうが、ちょっと事情が事情だ。< ウォー・アームズ >のメンバーがお前らを直々に鍛えてやる。……お前ら、新人戦まであと何回ダンジョンに潜れる? まさか第十層は突破してんだろ?」

「え、三……いや、新人戦期間は潜れないみたいだから二回かな。十層は……うん」

「だったら、その二回、俺たちが同行する。制限時間ギリギリまで使って中で修行だ。山籠りならぬ、ダンジョン籠もりってやつだな」


 至れり尽くせりだね、まったく。





-4-




 俺たちはクロと一緒に動画見ながら固まっていた。

 普通なら、自分の部屋に女の子が来るとか、大イベントなんですが、それどころじゃない。


「ヤバイなこりゃ」

「ほんと、どうしようか」


 見せられた動画は順を追っているため、アーシェリア・グロウェンティナの辿ってきた軌跡という感じになった。

 元々クロが重要な部分だけを編集して持っていたので、一本一本の時間はそれほどでもない。


 最初は良かった。とても良かった。

 トライアル挑戦時のアーシャさんとか、今の俺たちよりも年下だし、とても可愛くて微笑ましい。

 初回挑戦のために準備して頑張っちゃいましたっていう感じが見えて、子供の成長を見守る親の気分だ。

 一度強化ミノタウロスに叩き潰されたシーンは正直グロ画像で、目眩がしそうだったが、それはいい。


 失敗してからの一週間の特訓もホームビデオみたいな映像で残っていた。

 見た事のない女の子と、小さいクロも登場していた。


 再挑戦で、妙に凛々しくなったアーシャさんが、巨大な槍でミノタウロスと真っ向勝負している。

 最初の挑戦は三人だったのに、再チャレンジは一人だ。ここで何かあったのかもしれない。

 アーシャさんの巨大な槍がミノタウロスの体を貫通。激闘の果てにその巨体が沈む。


 続いて第十層ボス戦。パンダと戯れるアーシャさんが微笑ましい。ちょっと和む。


 新人戦。《 流星衝 》を得たアーシャさんと、仲間のメンバー二人は、新人戦の相手を圧倒し勝利する。

 この時点ですでに並の中級を寄せ付けない強だったらしい。

 相手はなんとトカゲのおっさんこと、グワルだ。この時点ですでにおっさんを蹴散らすのかよ。


 第二十層、第三十層、第四十層と層を重ねていくにつれ、その強さは際立ち、周りのメンバーも急激に強くなっているのが分かる。


 < 流星騎士団 >の結成についても番組で放送されたものがあったので、それを見た。

 < 朱の騎士 >の名前から、いるんじゃないかと思っていたが、やっぱりいました< 蒼の騎士 >。

 ローランというその男は《 流星雨 》という弓スキルで前線を支える指揮官のようだ。

 この二つのスキル《 流星衝 》と《 流星雨 》の名前からクラン名が< 流星騎士団 >となったらしい。


 このローラン。とても美形で、一般にも冒険者にもウケのいい、アイドル的存在らしい。

 どうせは表ヅラだけよくて、裏ではヒーローショーの舞台裏でスーツ脱いだおっさんみたいなやつなんだろって思ったんだが、プライベートもいい奴らしい。

 ランクもアーシャさんを抜いてのAランク。< 流星騎士団 >団長の立場といい、こういう完璧超人は爆ぜればいいのにと思う。

 くそ、なんて羨ましいんだ。


 第五十層、第五十五層、第六十層と、階層を重ねていくにつれて強くなっていく< 流星騎士団 >。

 流石に現在攻略中の階層近辺はなく、動画は第七十層ボス戦のもので終わっていた。

 そこまで見て感じた事は、< 流星騎士団 >の強さではなく、むしろ敵の強さのだった。

 ヤバイと言われている第三十一層以上でもそうだが、更にその上、特に第五十一層を超えたあたりからの敵の強さがハンパじゃない。

 第十層のパンダとか一体なんだったのかという強さのボスが登場していた。動画見ているだけでも伝わってくる強さは、ちょっと想像以上ってレベルじゃなかった。

 あれと今後やり合っていくのか?


 だが、そんな化け物相手でも< 流星騎士団 >は戦い抜いてきたのだ。

 全滅した回数も十回二十回じゃない。人数にしたら更にひどい事になるだろう。でも、勝って先に進んでいる。

 言ってみれば、この人たちは生きた英雄だ。現在も尚最前線に立ち、攻略を続けている真の強者である。

 食事会で会った時は強さの底が見えないと思った。それは比喩でもなんでもなく、俺がそれを感じられる領域に立っていないのだ。


 これが死ぬほど頑張ればギリギリ勝てるかもしれない相手だって?

 どんな判断だそれは。いくら才能があろうが、数年かかっても埋められる差じゃないぞ。

 本当に自動クエスト生成システムとやらは信用していいシステムなのかよ。


「実はね、これでも本当に見せられない部分は削ってるんだ。この動画で確認できるよりも、多分もっと強い。公開されてないスキルもたくさんあるよ。私が聞いた事すらないのもいっぱいあると思う」


 クロの補足を聞くと更にどん底に叩き落とされそうだ。


「後半の攻略戦で乗ってたグリフォンは使ってくるのかな」


 ユキが言っているのは、上層の攻略動画で登場していたアーシャさんの騎乗生物の事だ。

 動画ではこのグリフォンに乗り、戦場を縦横無尽に駆け巡っていた。


「それはないよ。闘技場は専用ルールじゃない限り騎乗禁止だから。新人戦ではアレは出てこない。だから、お姉ちゃんも完全ってわけじゃない。実際、騎乗状態じゃないと使えないスキルもあるし、それは好材料ではあるかもね」

「好材料か……そうなんだけどね」


 あんなん乗ってきたらどうしようもないわ。

 むしろ、グリフォンだけで瞬殺されるのが目に見えるようだ。火とか吐いてたんですけど。


「つーか、《 流星衝 》がヤバ過ぎる。なんだあれ」

「朝に言ったじゃないか。回避不能だって」


 動画内で使っていた《 流星衝 》。ダンジョンマスターからのボーナスであるこのスキルは、正にクランの名前を冠するに相応しい基地外性能だった。

 最初は良かった。新人戦の頃はまだ、その性能は十全に発揮されておらず、"槍も数本"だし、"スピードもそれほどではなかった"。

 だが、先に進むにつれ、正確には本人が強くなるにつれて、それがどんどん増えて速くなっていった。

 無数に展開される光の槍が、敵に向かって飛んでいく。レーザーのようなスピードで射出されるそれをすべて回避するなんて人間技じゃない。

 絶対に喰らう。小型の虫とかならともかく、相手が人間大ならどんだけ回避性能が優れてても命中し、その内一発でも喰らえば致命傷だ。巨大な槍が貫通するのと変わりないのだ。

 となると耐えるしかないわけだが、どうやって? という感じである。

 あれ、巨大な金属盾でも簡単に貫通するぞ。実際、ボスの巨大カラクリマシーンが持ってた盾を貫通してたし。


 おそらく、使われた時点でアウト。ユキの言葉は誇張でもなんでもない真実だ。ハードルが高過ぎて、最早視界に入らない。


「ついでに言わないといけない事があるんだよ」


 なんだ、まだ何かあるのか?


「あたしもツナ君たちの動画見たんだけどさ。二人……というかツナ君だね。動画の中で、ツナ君は多分何回もHP全損して、ほとんど生身の性能だけで戦ってるよね?」

「ああ、そうだな。相手が相だったし。気合でなんとかするしかなかった」

「一体全体どういう精神構造ならあれができるのか分からないけど、それはすごい事だし、実際強化ミノタウロスと隠しステージを攻略できたのはこの力が大きいと思う」


 そうだな。HPがなくなった時点で終わりなら、多分ミノタウロス戦で終了だ。

 飛んで来た石片だけでも終わるかも。猫耳相手は更にどうしようもない。


「でも、闘技場のルールはダンジョンと違うんだよ。ユキちゃんは、新人戦ルールは見た?」

「え、うん。一通りは……あれ」


 ユキが何かを思い出したような表情を見せ、じっとこちらを見つめてる。照れるぜ。


「知ってるなら気付くよね。闘技場で行われる試合の全部が全部ってわけじゃないんだけど、少なくとも新人戦ルールは"ゼロ・ブレイク"。HP全損時点で終了になるルールなんだ。だから、ツナ君の化け物染みた不死身っぷりを活かせない。これ、更にハードルが高くなってるよね」


 ……もう、ゴールしてもいいかな。



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