第5話「五つの試練」




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 ダンジョンマスターに会う事になった日の昼過ぎ。

 編集会議から数日しか経っていないのだが、例のトライアルダンジョン攻略動画が一般公開される事になった。えらい足の早い編集だ。


 今回の動画についてはギルド買取のため、無料でも有料でも俺たちには関係ないのだが、隠しステージ以外は無料配信という形になったらしい。

 尚、第四層までの攻略は冒険者でない一般人でも閲覧可能な無料配信、第五層はデビュー済冒険者限定配信。隠しステージはそれに加え、二十歳以上推奨の有料配信の扱いになった。

 二十歳以上推奨だが、問題はグロで別にエロくはない。ほら、猫耳とか食ったしね。

 しかも、この公開に合わせて解説付きの特別番組が放送されるという。素晴らしい待遇だ。

 デビュー済の冒険者が契約できる専用チャンネルで、本来は結構な値段らしいが、俺たち二人は特別に無料でこのチャンネルを視聴できる事になった。一ヶ月だけだが。


 俺とユキ、フィロスとゴーウェンはその特別番組放送に合わせて部屋で待機している。ちなみに俺の部屋だ。事前に菓子や飲み物まで揃えた万全の態勢である。

 ちなみに、男だけというのもアレなのでリリカも誘おうと思ったのだが、まだ未攻略という事で閲覧そのものが許可されないらしい。

 おそらく認識阻害でひどい事になってしまうので、しかたないだろう。

 猫耳は誘うまでもなく逃げた。まあ、自分がやられる所まで放送しないにしても、思うところがあるのだろう。


「それにしてもすごいね。この街に来て結構経つけど、未だにどういう仕組みだか全然分からないよ」


 TVに映されたCMを見ながらフィロスが言う。新発売の清涼飲料水のCMだ。出演している水着の女の子が可愛い。

 TVの仕組みについては、前世の頃でも詳しく知ってたわけじゃないから、実はそう差はないと思う。

 ちなみに、このTVは寮から有料で貸し出してもらえるレンタル品だ。月一〇〇〇円ちょっとと安価なので、今月はこのまま借りようと思う。大画面がいい感じだ。


「編集の打ち合わせとかどんな感じだったんだい?」

「でかい会議室で映像を見ながら俺とユキと猫耳が、プロっぽい集団に囲まれながら、削ってもいい場面だとかの受け応えをした。元々の映像が長いからすげー長丁場なんだよな。正直何回もやりたいものじゃない」

「僕とかチッタさんは緊張してまともに受け応えできなかったのに、ツナだけは平然としてたよね」

「はは、そんな感じだよね」


 別に偉い人たちってわけでもないから、普通じゃないだろうか。


「お前らは公開したりしないのか? こういう特別放送とかは滅多にないにしても、新人が自分のサイトに載せたりする事もあるらしいじゃないか」


 自己アピールというやつだ。パーティメンバーを探す際に、実際の攻略動画があれば分かり易いのは間違いないから、悪くはないと思う。

 特に下級冒険者は動画サイトにアップロードして、自分のブログに貼り付けてたりするらしい。大体、自分がかっこ良く映ってるシーンの切り貼りだが。


「その話を聞いてちょっと考えたんだけど、ちょっとタイミングがね。直後に君たちが出てきたから霞んで意味ないんじゃないかな」

「あー、ごめん、っての変だけど。そういう考えもあるか」


 フィロスたちだってトライアルダンジョンは半月で攻略したのだから、十分なアピールになるはずだが、時期は確かに悪いな。どうしても比べられる。


「というか、なんでジュースばっかなんだよ」

「しょうがないでしょ。二十歳未満は飲酒禁止だし、買うのもカード見せる必要があるんだよ。ツナはこないだ年齢制限でひどい目に遭ったばっかりだし、昼から飲むとか、どこかの駄目親父じゃないんだから」

「年齢制限は、そこだけゴーウェンが買えばいいだろ。フィロスは十九歳だって言ってたけど、ゴーウェンは成人してるよな?」


 ゴーウェンは首を振る。いい加減喋れよ。パンダとか言い出したら殴るけど。


「未だ二十歳で成人ってのは慣れないけど、ゴーウェンは十七歳だよ」


 まじで。その本人を見ると照れている。

 この図体と風貌で十七歳ってのすごいな。俺と二つしか違わないのか。それでも年上ではあるんだが。


「あと、僕は下戸なんだ。すぐ吐くから嫌なんだよね。外では騎士団の同僚が集まって飲み会とかやってたけど、無理矢理飲まされてたからいい印象がない。ジュースとかのほうがいいよ」

「さいですか」


 飲めない人は、いい印象ないだろうな。そんな人に買って来いというのもひどい話だ。

 大体、今日はお客さんの上、年上で更にデビューは同じでも先輩たちだ。パシリってはいくらなんでも悪い。そもそも買えないし。


「その代わり、料理はたくさん作ってきたよ。もう、これだけ食材あると楽しくて、つい色々作っちゃうよね」


 ユキはこの集まりに合わせ、自分の部屋で料理を作って来たらしい。

 結構な量で、小さいテーブルに収まりきれてないが、男四人いれば食い切れるだろう。俺も食うほうだし、ゴーウェンだってあの体格だ。


「結構美味そうなのがまた……、お前無駄に女子力高いよな」

「無駄じゃないってば。……あ、時間だよ」


 そうこうしてる内に番組が始まった。

 どうも、毎週こういった冒険者の映像を紹介しながら、解説する番組らしい。今日は特別版で一時間だが、本来は三十分番組のようだ。

 枠もあるので当然だが、公開する動画二時間をすべて使うわけでもないらしい。


『TVの前の皆さんこんばんは、今日は毎年恒例となる< ウォー・アームズ >によるサーペントドラゴン戦の攻略動画を紹介する予定でしたが、急遽予定を変更してお送りします。司会はいつも通り私ノガード、解説はビッキニーですが、本日は特別ゲストとしてギルド職員のゴブタロウさんに参加して頂きます』

『いやいや、どうも、緊張するね』

『またまた、ゴブタロウさん、ちょっと前までここの司会だったじゃないですか』


 なんか、見たことあるゴブリンが出てきた。いや、みんな同じ顔に見えるんだけどさ。


「ギルド職員ってこんな仕事もするんだね。ゴブタロウさんは、僕らもギルドで何回かお世話になったよ」

「ちょっと前まで司会やってたみたいな事言ってるんだが」

「というか、こういう番組なら普通、僕らが特別ゲストに呼ばれないかな?」


 お前出たいのか? 緊張してしどろもどろになってる姿が目に浮かぶんだけど。


 お固い番組ではないらしく、軽いトークを交えて出演者の紹介を終えると、復習として、トライアルダンジョンの説明が始まった。

 冒険者なら知ってて当たり前の情報の上、この番組はデビュー済の冒険者しか見れないらしいから本当に最低限だ。


 次に俺たち挑戦者の紹介。スタジオに用意された大画面で、顔と全身像が表示される。スキルの情報も併せてここで説明だ。

 といっても、この時点でカードに記載されていた五つのスキルの事だ。現在表示されている奴ではない。

 ついでに入り口で見かけたバッカスの話もあった。


『相当鍛えてきたのか、ルーキー用のカードは埋まってるんですね。訓練所などで事前に使っていたのでしょうか。中々すべて埋まってるというのはないですよね』

『最近はまったくないというわけではないね。彼らの場合、すごいのは埋まってる事じゃなくて、迷宮都市の外から来たのがこの日だって事だよ』

『え、つまり、迷宮都市のサポートなしの自力で五つ以上も習得したって事ですか。外では有名なんでしょうね』

『外での経歴は非公開なので、それは知らないがね。彼らなら、どこかの戦場で活躍しててもおかしくないね』


 適当な事をおっしゃっている。


「実際どうなんだい? 王都で騎士やってた時も、僕は君たちの名前聞いた事ないんだけど」

「商人の子で、実戦経験はほとんどないです」

「酒場で奴隷同然の待遇を受けてました」

「へ、へぇ……」


 フィロスの想像以上だったようだ。反応に困ってる。


『どちらもスキル情報公開には同意してもらえたのですが、ツナさんの最後のスキルだけ非公開なんですね』

『ああ、本人からどうしても公開しないで下さいという強い要望があってね。ギルドとしても非公開となったよ』

『なるほど、つまり、これが今回の偉業の鍵となるスキルなわけですね。興味深い』

『違うけどね』


 俺のスキル欄五つの内、五つ目だけはモザイクだ。無駄に卑猥だが、司会者の人の言い方だと、あれが何かすごいスキルなんじゃないかと興味をそそられる。実際には攻略の鍵でもなんでもないのだが。


「なんかすごいスキルなんだね」

「え、うん、そうね」


 知っているユキは半笑いだ。いいだろ隠しても。恥ずかしいんだから。

 見せてしょうがない場面なら見せるけど、こんな大衆に晒される場面は嫌だ。


 次は同行者の紹介だ。見知った猫耳の画像が登場する。


『彼女は私も何回か会ったことがありますね。中堅どころの< 獣耳大行進 >所属だったでしょうか』

『最近、順調に攻略を進めてるクランだね。まだ中級だけど、トップ二人が中々いい戦闘センスしてるんだよ』

『< 獣耳大行進 >は確か所属メンバーが全員獣人で、妙な語尾をつけるのがルールらしいですね』

『そうだね。彼女みたいな女の子がニャとか言ってるのはまだいいんだけど、トップ二人の兎人族がピョンとかウサとか言ってるのは中々インパクトがあるね』

『そういえば、私が現役だった頃にパーティ組んだ事がありますね、彼らがこのクランの……』

『ちょっと一般人には受け入れ辛いよね。ハゲたおっさん二人だし』


 同行者紹介と言いつつ猫耳の話はほとんどされていないのだが、それ以上に奴のクランのリーダーたちの話が強烈だった。

 リーダーの話は聞いていたが、ウサ耳スキンヘッドが二匹もいるというのか。

 どんなクランだよ。あいつでもまだまともなほうだったんだな。


「チッタさんのところ、中々、面白そうなクランだよね」

「ハゲたウサ耳の中年が~ウサとか、~ピョンっていうのは強烈だね」

「子供が見たら泣くんじゃないか」


 ひどい絵ヅラだ。絶対会いたくない。

 こいつのせいで、俺の脳内エリザちゃんがスキンヘッドに上書きされてしまったからな。大被害だ。

 この上、二人で挟まれたら太刀打ちできる気がしない。

 "グラサンウサ耳スキンヘッドが二匹あらわれた"とか、"にげる"しか選択の余地がないじゃないか。


 そんな猫耳の事はほとんど触れない同伴者紹介が終わって、いよいよ動画紹介だ。

 俺たちが一人で戦っているところから、普通に放送している。

 残念ながら、ゴブリン肉を猫耳に食わせた場面はカットされていた。まあ、放送コードに引っかかりそうな絵だから仕方ない。


「君たちは、コボルト戦も無傷で突破したんだね」

「フィロスたちは違うのか?」

「僕らも一回でクリアはしたけど、ゴーウェンが腹に一発投槍喰らっちゃってね。傷は大した事なかったけど、数がどんどん増えるのにはびっくりしたな」


 ゴーウェンを見ると照れていた。こいつなら槍一発くらいなら問題なさそうだ。

 続いて、二階ボス戦。オーク二体との戦いだ。俺が肉食いだしたのもそのまま放送である。


『ツナさんは、中々豪胆ですね。相方がまだ戦ってるのに肉を食べ始めましたよ』

『放送になかったけど、戦闘前に一対一でやると決めてたみたいだね。とはいえ、普通なら食事は始めないだろうけど』

『しかもドロップしたオーク肉ですからね。今戦ってるオークもびっくりするんじゃないでしょうか』


 実際二度見したしな。


「食事始めたのはともかく、戦いのほうは中々やるね。斧で一撃じゃないか。僕もユキトみたいに中々攻撃が通らなくて困ってたんだけど、ゴーウェンがハンマーで助けてくれたんだよね」


 ああ、講習の時に見たあれならオークも死ぬだろ。


「それにしても、ツナは最初の《 獣の咆哮 》も効いてなかったみたいだし、どうなってるんだい」

「まあ、慣れてたからな。故郷でたくさん戦ったし」


 第五層ではちゃんと喰らってるので強い事は言えない。

 その後、第三層、第四層の道中と、映像的につまらない部分はカットされて映像は進む。なので猫耳の出番はほとんどない。

 宝箱については、のちに中身を使っているのでそのまま放送だ。

 そして、問題の第四層ボス戦である。


『ここで、特別ゲスト< ウォー・アームズ >のグワルさんを紹介します』

『どーも』


 紹介されたのは、この直後に登場するであろうトカゲのおっさんだった。そんな名前だったのか。


『グワルさんは、このあとの第四層ボスとして参加されたんですよね?』

『ああ、元々、こいつらを街まで載せてきたのも俺でな』

『なるほど、その際に見込みがありそうだと判断されて、志願したというわけですか』

『まあ、そういう事になるな。ちょっと止めておけば良かったと思ってるが』

『しかし、現役で活躍されてて中層まで攻略しているような冒険者相手だと、Lv10まで制限されたとしてもかなり厳しいんじゃないでしょうか』

『Lv10か……15だったらな』


 おっさんは遠い目をしている。多分Lv15なら毒治療できたとかそんな事を考えているのだろう。


「< ウォー・アームズ >って、最初に司会の人が言ってたクラン名だよね。君たち、こういうところで紹介されるような人と戦ったんだ」

「いや、おっさんの名前もクラン名も初めて知った」

「ツナはずっとトカゲのおっさんって呼んでたしね。僕もつられておじさんって呼んでたけど」

「おっさんって……リザードマンの年齢は良く分からないけど、この人どれくらいなの?」

「さあ?」


 おっさんはおっさんなんじゃないだろうか。


 そうして放送されるおっさんとの戦闘は、こうして外からの映像にすると一層驚異的だ。

 改めて、ルーキーの試験で出てくるような人じゃない。


「えーと、何これ。こんなの相手に制限時間耐えたの?」

「改めて見るととんでもない実力者だよな。レベル制限されてこれだと、本気だしたらひどい事になりそうだ」

「僕、最初にツナが撃ち合い始めた時、あ、死んだって思ってたよ」


 それくらいの達人だ。正直、制限状態でさえ、今やりあっても多分結構キツイ。

 ユキのロープを逆に引っ張ったり、俺が《 パワースラッシュ 》で吹き飛ばされたり、その姿はほとんど怪獣だ。怪獣グワルである。


『いやー、ルーキー相手に大人げない戦闘ですね。もうちょっと手加減とか考えなかったんですか』

『この時は手加減してたぞ。あいつら戦闘中に強くなるから、ちょっと楽しくなってすぐ手加減止めたけどな』

『志願者の選定方法を考えさせられる動画だね。ちょっとルーキー相手にこれはキツいんじゃないかな』

『いや、ツナはともかく、ユキのほうはもっと大人げないラッシュを決めてやれば良かったと思っている』

『ツナさんではなく、ユキさんですか?ここまでの動画では、ツナさんの活躍のほうが印象深いですが』

『この放送見てるだろうから宣言するが、ユキ! お前あとで絶対しばくからな!!』


 トカゲのおっさんが放送中にも関わらず、大口を開けてグワグワ叫んでいる。ああ、だからグワルなのか?


「えーと、何したの?」

「大した事はしてないよ」

「こいつ、卵に入れて準備してたウンコぶつけんだよ」

「うわぁ……」

「当たると思ってなかったんだけどね。実はあれ作るの結構苦労したんだよ。王都周辺で一番臭いうんこするスカンクみたいな動物の糞を少しずつ集めてさ。ガスが充満して爆発しないように上手く調整するのが難しいんだよね。使う直前に水入れる必要があるから煙玉使ったんだ」


 ひど過ぎる。自分のを投げつけてくる動物園のゴリラよりタチ悪い。


 映像はそのまま進み、おっさんの《 パワースラッシュ 》を回避して、俺がやり返したところだ。


『え、負けたんですか?』

『ああ、非常に遺憾ながらな。毒なければそこまででも……いや、どうだったろうな。いきなり《 パワースラッシュ 》使うような奴だったしな』

『すごいね。こうして見ると、確かにこのあとの初回攻略も頷けるよ』

『これ位だと強化型は厳しいから、多分、第五層で鍛えたんだろうな』

『そのようですね。放送では尺の都合でカットされますが、Lv10まで鍛えたようです。どうも、宝箱にモンスターが群がってくる習性を利用したようですね。本人たちから埋もれて死ぬかと思ったとコメントがありました』

『何やってんだ、あいつら』


 そして、次は第五層ボス戦なわけだが、ここでゲストのおっさんは退出した。入れ替わりでもう一人特別ゲストが来るという。


「誰だろう」

「さあ」


 ここで登場しそうなゲストに心当たりがない。

 むしろ、トカゲのおっさんが最後まで解説でもいいんじゃないかという状況なのに、それ以上の適任者がいるのだろうか。

 まさか猫耳だろうか。それなら分からないでもないが、編集会議のあの様子では解説として使い物にならないだろう。

 ……テラワロス? いやまさかそんな。


『第五層の戦闘解説をして頂きます、特別ゲストのミノタウロスさんです』

『いや、どーもどーも』


 ユキがお茶を吹き出した。

 向かいにいたフィロスは大惨事だ。


「あっちっ!!」

「ごご、ごめん、ごめ……え、ええええっっ!!」


 なんでミノタウロスなんだよ。こいつモンスターじゃねーのかよ。

 画面に現れたのは間違いない、俺たちが戦ったミノタウロスだ。いや、個体の区別とかつかないけど、ミノタウロスなのは間違いない。

 というか、椅子座ったら画面見切れてるし。いや、顔映ってないから。もっとカメラ離せよ。そのまま始めんな!


『ミノタウロスさんは、普段は無限回廊第三十層あたりでブリーフタウルスとして活躍されているとか』

『そうですね。久しぶりに腰ミノつけての仕事になりました。久々だとやっぱりちょっと恥ずかしいですね』


「どど、どうしよう、僕、目と耳がおかしくなったのかな」

「お前は悪くないと思う」

「モンスターもこういう番組に出るんだね」


 というか、何流暢に話してんだよ。お前、第五層では唸り声と咆哮しか上げてなかっただろ。


『やはり、トライアルダンジョンのボスとしての仕事は倍率が高かったりするんですか?』

『そうですね、ギャラのMPも中々いいですし。初回挑戦以外だと、普通のミノタウロスが請け負う事になりますからね。ブリーフやトランクスになってしまうと、こういう初回挑戦でしか登場できませんから』

『こういうのはやはり緊張するものですか?』

『そうですね。普段は雑魚モンスターとして徘徊してますから。新人向けとはいえ、こういうボス役っていうのは緊張しますね。あ、この登場シーンとか、ちょっと威圧感出すために怖い顔してますけど、内心ドキドキしてましたよ』


 ミノタウロスの心情とか知らねーよ。


「な、なんだったんだろうね、あの激闘は」

「力抜けるな」


 場面はもう中盤だ。俺の《 旋風斬 》が決まり、ユキが松明を持ってミノタウロスの体に駆け上がる。


『松明ですか、考えますね。直に持ってますが、熱くないんでしょうか』

『流石にびっくりしました。実はこれで結構HP削られたんですよ』

『炎の対策はしてこなかったかったんですか?』

『規定で決められてまして。魔術師の冒険者相手だと、このせいでちょっと困った事になるんですよ。でも、今回は二人とも魔術師ではなかったですし、完全に油断してましたね』


 受けた本人から語られる弱点の話というのは、不思議な感覚だ。


『油断したといえば、このあとの《 ラピッド・ラッシュ 》と毒ナイフもですね。正直度肝を抜かれました』

『登録情報によると、< コブラ >という名前のナイフですね。第三層の宝箱から出たもののようです。ユキさんは運もいいんですね』

『基本的に、あの宝箱ゴミばっかりだからね』


「え、そんな名前があったんだ」


 本人も知らなかったようだ。

 まあ、毒ナイフとしか言ってなかったからな。ヒュー。


 場面は最終局面。ミノタウロスと戦い続けるユキ。そこにボロボロの俺が乱入する。


『ツナさんはなんで動けるんでしょうか。一回HP全損してますよね』

『ポーション使ったのと、スキルじゃないかな。欄外だから許可もらってないし、非公開だけどね。本人がそういうのに慣れてるってのもあるかもね』

『……はあ、しかしまた壮絶な姿ですね。ミノタウロスさんはこの姿見てどう思いました?』

『正直ビビりましたわ。え、なんで立ってるの? って感じで、思わずお笑い番組のドッキリ喰らった芸人みたいな顔しちゃいましたよ。このあと《 強者の威圧 》まで相殺されて……そう、ここです、スキル連携までしてきましたからね』

『色々無茶するね』



「連携って?」

「アクションスキルを上手い感じに繋げると、技後硬直無視してスキル出せるんだよ。それ使うと、終わったあとにもっと長い硬直が発生するけど」

「そうなんだ。僕はまだアクションスキル一つしかないけど、使えるかな」

「もう一つあれば使えるんじゃないか? タイミング結構シビアだけどさ」


 実はこのスキル連携、訓練所で何回か試したのだが、成功率はかなり低い。

 ここや、このあとの猫耳戦の土壇場で出せたのは、正直奇跡に近い。


『最終戦は見応えありましたね。実はこのあと初回挑戦でしか発生しない隠しステージがあるんですが、放送はここまでです』

『ギルドも悪どいね』

『来週の放送は、今日放送予定だった。< ウォー・アームズ >の動画を紹介する予定です。ゴブタロウさん、ミノタウロスさん、本日はありがとうございました』


 その後、スタッフロールが流れる裏でワープゲートを潜る俺たちの姿が写し出される。

 そのまま、隠しステージの猫耳登場まで映像が流れ、最後に有料動画の紹介がテロップで表示された。映画じゃないのに、ひどい劇場版商法である。


「何か、色々すごかったね」


 フィロスはそう言うが、俺たち的にはミノタウロスに全部持っていかれた感があるな。




-2-




 さて、放送も終わったので、もう夜である。そろそろダンジョンマスターとの食事会だ。

 俺たち二人はダンジョンマスター指定の店に向かう。ダンジョン区画ではない、ちょっと離れた場所にある店だ。


「ツナは道分かるの?」

「一応、今回はちゃんと乗り換えとか調べてきたぞ」


 前回ひどい目にあったからな。


 人力車でも別に良かったが、地下鉄を乗り継いで行く事に。

 こうして電車に乗っていると、ここがどこだか分からなくなってくる。


「地下鉄とか、そのままなんだね」

「無駄に路線多いし、鉄ちゃんなんじゃないか?」


 ワープゲートの技術がどんな扱いなのか知らないが、転送装置があるのにわざわざ電車を作ってるんだから。

 正直無駄じゃないのだろうか。それともあれはダンジョン以外では使えないとか、そういう制約でもあるのだろうか。


 地図にあった店は、ちょっと表通りから離れた料理屋だった。料亭というには少し大衆的なイメージがある。

 ちょっと高級な居酒屋みたいな感じだ。


「僕、こういう所初めてなんだよね。この前のレストランもそうだけど」

「前世も含めてって事か?」

「うん。そもそも前世で成人できてないし。実はお酒飲んだのも、こないだの食事会で出た食前酒が初めてかな」


 なんか、色々抱えてそうだな、こいつ。


 店に入り、出てきた店員に名前を告げると、奥の部屋まで案内される。

 普段使われない、専用の個室らしい。まあ、俺たちはともかく、相手はダンジョンマスターだしな。


 部屋にはすでにダンジョンマスターが待っていた。

 あの1Kで会った時のそのままの姿だが、格好は部屋着ではなく余所行きっぽいちゃんとしたものだ。


「お、来たな」

「は、初めまして、ユキといいます」

「うん、色々話は聞いてる。杵築新吾だ。この街でダンジョンマスターやってる。話は飯でも食いながらにするか。座って、座って」


 ダンジョンマスターが店員を呼び、俺たちは各々飲み物を注文する。出てくる料理は、コースで用意されているらしい。

 前菜から運ばれ、飲み物が用意されると三人で乾杯をした。まるっきりどこかの飲み会だ。


「ここはどういう店なんですか?」


 質問したのは俺だ。ユキはキョロキョロと落ち着かない。田舎者か。


「ここは日本……だけじゃないな、地球の料理を再現する目的で元々俺が作った店だよ。最近だと、もう再現するようなものがなくなってきたから、この世界独自の食材を使った料理も研究してる。まあ、俺の手はとっくに離れてるんだけどさ。大株主である事は変わらないから、こうして時々利用してるんだ」


 そういえば、確かにさっきから出てきているのは見たことのある和食ばかりだ。俺たちに合わせてくれたのかもしれない。


「改めて、トライアル突破おめでとう。ツナ君、ユキト……君って呼んだほうがいいのかな。その容姿だと違和感がすごいんだけど」

「あ、できればユキでお願いします。その名前好きじゃないんで」

「じゃあユキ君で。二人とも、食べられないものとかあれば事前に言えば変えてもらうから。前世で食べられてたものも、食べられない事とかあったりするし」

「いえ、多分大丈夫です」


 そうなのか。俺は……むしろ前世より色んなもの食える気がするな。

 前世でゴブリンとか木の根っ子とか食ってないし。普通なら腹壊すものでも故郷では平気で食ってたからな。俺だけじゃないぞ、村人全員。


 その後、しばらく懐かしい料理に舌鼓を打ちながら、日本の話で盛り上がる。

 これまでユキともそんな話はしてないが、平成日本でもかなり近い時期に向こうで死んだようなので、話題が多い。

 この世界でこうして向こうの芸能人や政治家の話が出ると、何か不思議な気分だ。

 テレビ番組や、ネットの話、かなりディープな話題まで突っ込めるあたり、この人も随分オタ気質な人だと思う。


「ちなみに、もう一人の人ってどんな人なんですか?」


 ユキが話題に出したのは、この場に来れなかったもう一人の元日本人の事だ。

 おそらく、あとでまた会う機会もあるんだろうが、興味はある。


「どんな人……表現が難しい子だな」

「ひょっとして、女の子なんですか?」

「うん。ハーフエルフで、君らとほとんど年齢一緒じゃなかったかな。確か……今十四歳かな。エルフはもっとなんだけど、ハーフでもかなり成長が遅くてさ、まだ小学生みたいな身長だよ」


 ハーフエルフさんか。しかも女の子とは、夢が膨らむな。

 エルフ自体はこれまで何度か街で見かけている。男も女も線の細い美人さんだ。どこかの妖怪先生が描いたエルフじゃなくて良かった。

 エルフは寿命が長いのは大体共通のイメージだけど、ここではその分成長も遅いらしい。


「トライアルもかなり早い段階でクリアして、親が早くに亡くなったってのもあって、規定よりも早い年齢で冒険者になったんだよ。今じゃ結構上……ランクどこだったかな。確かCかB辺りだったと思う」


 俺たちと変わらないのに随分と強いハーフエルフさんだ。

 しかし、小学生並の背丈か。きっと美人さんなんだろうが、いくら俺のストライクゾーンが広いといっても小学生はな。

 ちなみに俺は小さくてもOKだが、大きいなら大きいほうがいい派だ。いや、何がとは言わないが。

 成長も遅そうだし、難しいラインだよな。いや、新しい境地が目覚めるかもしれないから、挑戦ってのも男の子としてはアリだな。うん。

 とりあえず紹介してもらわない事には始まらないが。




-3-




「今日の席は顔合わせっていうのもあるけど、もう一つのトライアルのボーナスについてはもう決めた?」

「えーと、なんでもいいんですか?」


 ユキ、ダメだ。そんな事を言って、なにか制限されたら俺のが言い辛くなっちゃうだろ。


「なんでもいいけど、できればダンジョン攻略に直結したものだと助かるかな。あと、俺の権限や能力で不可能な事も無理」


 あー、みるくぷりんの話がし辛くなっちゃったじゃないか。


「ちなみにできない事ってどんな事があるんですか? なんか、なんでもできそうなイメージが……」

「そんな事はないよ。度を超えて戦闘力を付与したりもできないし、すでに死んだ人を生き返らせたりもできない。地球に帰りたいっていうのも駄目だな。それはむしろ俺が叶えて欲しい」


 蘇生は無理なのか。それはちょっと意外だった。


「あ、あのっ、あのですね。僕、実は前世は女だったんです」

「へ? そうなんだ。珍しいな。……そういうのは初めて聞いたかも」


 おや?


「性別が違うってのは珍しいのか?」

「うーん、聞いた事ないな。この世界では、どういうわけか、前世持ちは性別が一致してる事が多いんだよ。いない事はないんだけどさ、そういう場合、ほとんど記憶がないとか、そういうパターンばっかりなんだよね。だからここまではっきり記憶が残ってるケースは、多分初じゃないかな。少なくとも、俺は初めて会った」


 そうなのか。前世の魂が違う性別の体に入る事を嫌がってるとかそんな話なのか?

 いや、魂の話とかさっぱり分からんが。


「あー、ごめん。それで?」

「えーとですね、僕、女の子に戻りたいんです。この街に来たのもそれが目的で、それが叶うんじゃないかって……。これ、そのボーナスとかでは叶えられないですかね?」

「うーん……」


 予想外だが、ダンジョンマスターは渋い顔だ。まさか無理なんだろうか。


「だ、駄目ですか?」

「いや、駄目じゃないよ。できる事はできる」

「そ、それならっ」

「ただ、一つ問題がある。ユキ君……ユキちゃん? はさ、ちょん切りたいとかじゃなくて、本当の意味で戻りたいんだよね」

「は、はい。ちょん……切るだけだとちょっと」


 それなら普通に手術すればいい話だしな。この街なら金払えばやってくれそうだ。


「実はさ、そういう性転換については前例があるんだ。こっちは前世が性別違うとかじゃないんだけど。ツナ君はさ、検問で審査したメガネ覚えてる?」

「え、ああ。あの鬼畜眼鏡だよな」


 俺がジャイアントスイングでちょっとしたヒーローになった時の奴だ。

 何故唐突にあいつが……え、まさか、あいつ元女なのか?


「鬼畜眼鏡って……いや、似てるな。いやいや、そうじゃなくてだな。あいつ、実は元女なんだよ。腐女子でさ、BLとか好きで同人誌たくさん出してたんだけど」


 あまり聞きたくなかった情報だ。まさか俺の同人誌とか出さないよな。あの眼鏡。


「それを何か間違った方向に拗らせちゃって、自分も男になりたいって騒ぎ始めたんだよ」


 なんか色々駄目な人なんだな。


「で、当時被験者がいなかった性転換のテストの実験台として喜んで志願してさ、まあ、結果あんなんになっちゃったんだけど」

「じゃあ、戻れるんですか?」

「戻れる。……戻れるが、さっき言ったように一つ問題がある。ユキちゃんは十四歳だから、男として十四年生きてきたわけだよな」


 そりゃそうだよな。子供の頃は性差は少ないとはいえ、付いてるものは付いてるし。


「だから、自覚してるにせよ、してないにせよ、その十四年で肉体から男性としての影響を受けてる。さっきの眼鏡が一番顕著だったんだけど、急に性転換したり、全然別の種族になったりすると壊れるんだよ」

「壊れる……って何がですか?」

「心が。魂って言ってもいいのかもしれないけど、体の整合性が取れない事に拒絶反応があるみたいなんだよな。ひょっとしたら、そういうの何か感じてないかな?」


 いつか言っていた話と一致する。あれは、心境的な話じゃなくて、もっと根本的な話だったのか。


「……あります」

「それは多分だけど、魂とかそういうのに刻まれた情報が書き換わろうとしてる反応みたいなんだよな。脳とか、体の部位自体も関係あるかも。さっき話した眼鏡は、少しずつ進行させる予定だったものを、自分の判断で無理矢理進めちゃってさ。結果、急激な変化に耐えられずに壊れた。元々変だったから、ちょっと見ただけじゃ分からないけど、あきらかにおかしいんだ」

「…………」


 例がアレな感じなのでピンとこないが、つまりそれはゆっくり時間をかけて行うべきものって事だ。


「実際、ユキちゃんみたいな前例があるわけでもないし、やってみればなんて事ないのかもしれないけど、こういうのは慎重に行きたい」

「時間をかければできると」

「うん、そのあとで何人か問題なく性別変えた奴はいるから、大丈夫だと思う。もちろん俺は医者じゃないし、専門でもないから絶対なんて言えないけど」


 つーか、医者はそんな事はできない。


「それは、大体どれくらいかかるものなんでしょう」

「段階的に進めるとして、長くて五年くらいかな。本当に目安だから、途中の段階で様子見てってのが一番いいと思う」

「五年……」


 それは長いのか、短いのか、当事者じゃない俺には良く分からない。

 無限回廊の中で時間が経つから、実際はもっと短いだろうが。


「そこでだ、一つ君に試練を出そうと思う」

「へ?」

「なんだ、突然」


 唐突なネタ振りである。


「今現在、ユキちゃんは魂ごと男性に近付いている。まず、これは止めよう。簡単だ。成長もしないが何も影響がない」

「あ、ありがとうございます。それだけでも随分……」

「でだ、その先、女の子に戻るのを段階的に進めるのに、一つずつ試練をクリアしてもらいたい」

「試練……ですか?」

「そう。五つくらいかな。これを一つずつクリアする度に段階的に女に戻る。で、五つともクリアで完全体だ」

「…………」


 まどろっこしい話だが、ダンジョンマスターの言いたい事が読めてきた。


「ひょっとして、ダンジョン攻略させるためのエサにする気か」

「そうだよ」


 こいつ、何気ない顔で言い切りやがった。

 一体なんだ。飄々としてるからもっと軽い奴と思ってたが、こんな奴だったのか。


「どうせ時間はかかるんだ。モチベーション維持のために、課題を出す。攻略に向けた成長を促すための五つの試練だ。これは、今回のボーナスとは別の扱いでいい」

「あんまり気に入らないな」


 そりゃあ、なんでもは無理と言ったが、可能であると提示した上で更に条件提示かよ。

 だが、俺の抗議はユキに止められた。


「いいよ、ツナ。これでいい。ダメ元だった目標がいきなり叶うなんて思ってない。むしろ明確な目標ができて、更にこれ以上男性化が進行しない特典付きだ」


 ユキは止めるが、釈然としない。

 元々降って湧いた権利だ。しかも、時間がかかる事は分かった。それは分かるが。


「まさか、一つでも取りこぼしたらアウトって事じゃないだろうな」

「いやいや、そんなひどい事は言わない。失敗したら、追加で課題を出すよ。頑張ればちゃんと完全に女に戻れるようにする。あとはそうだな、一つ一つの試練提示はどうしても間を置くことになるな。これは、状況を自動スキャンしておいて、大丈夫だと判断した段階で次の試練を出す形にしよう」

「あんたが試練の内容を決めるわけじゃないのか?」

「それでもいいけど、どうせなら詳細はちゃんとしたクエストにしよう。俺が出すと絶対クリア不可能になる可能性もあるし」


 そりゃ、クリア不可能は確かに困るが。


「迷宮都市で使われてるダンジョン機能の一つに、クエスト自動生成の機能があるんだ。これは難易度を決めれば、その冒険者が達成できる範囲でのクエストを提示してくれる便利機能だ。中級以上になると、このシステムから冒険者個別にクエストが発行されたりするんだけど、これを使おう。で、失敗する度にこの難易度を下げていく形にする。そうすればいつかはクリア可能だろ」

「困難でも、クリアは可能な課題しか出さないって事か。で、失敗したらハードルは下げると」

「そう。でも、最初のハードルは高くする」


 早く叶えたいなら、難しいハードルをクリアしろと。


「ユキはいいのか、それで?」

「いいよ。取り零しの配慮までしてもらえるっていうなら、それは頑張ればいつかは叶う願いって事だから。……一つでも失敗したら途中で止まるっていうなら、それはちょっと困っちゃうけど」


 くそ。ダンジョンマスターの言いたい事もやりたい事も理解できる。

 だけど、なんだこれは。なんなんだよ、ユキはなんでそんな簡単に飲み込めるんだ。自分の事だろ。


「ツナ。いいんだ。こうして会って、話して、ダンジョンマスターの事もちょっと理解できた。……きっと、ダンジョンマスターにとって、無限回廊の攻略を進める事は何よりも優先される事項なんだ。そうですよね?」


 ダンジョンマスターは何も言わない。

 ずっと変わらない、内心の読めない表情だ。正直、こうして見ると気持ち悪い。


「だから、ダンジョンマスターもできる事はやろうとしてるだけだよ。無限回廊の一〇〇層より先に何があるのか知らないけど。……多分、この人にはあんまり時間がない」


 いきなり、何を……言ってるんだ。


「……ん、良く分かるね」

「なんとなくで、勘もいい所ですけど。……多分正解ですよね?」

「うん、そうだね。間違ってはいない。単純にすごいと思う。……まさか、女の勘って奴なのかな」

「何を言ってるんだよ」


 何を言ってるんだ、こいつら。


「……ダンジョンマスター。あなた、こっちに転移して来て何年ですか?」

「二十年ちょっとじゃないのか?」


 掲示板とかの日付もそうだし、何度か聞いた事もある。

 トライアルダンジョンのできた時期からして、十年より短いって事はないだろう。


「多分さ、無限回廊の仕組みを考えると、体感時間はそんなんじゃきかないはずなんだ」

「あ……」


 無限回廊だけじゃない。ダンジョン全部に言える事だが、中にいる時間と外の時間は一致しない。

 その話を聞いた時、ただ納得してしまった。ダンジョンマスターの攻略階層が桁外れなのは、そのせいかと。

 俺だって、こないだ二十時間以上の時間を一瞬で体験してきたばかりだ。


「鋭いね、いい読みだよ。多分正解だ。……続けて」

「はい。ツナも気づいたと思うけど、無限回廊は上に行くほどに広くなる。当然、攻略にかかる時間も長くなる。……多分ですけど、ダンジョンマスターは"先"を攻略してるんですよね?」

「あれ、聞いてない? ツナ君には話したんだけど」

「……聞いてないんだけど」


 あれ、どうしてこの流れで俺が責められてるの?

 認識阻害とかあるから言えないと思ってたんだけど、これ範囲外なの?


「まあ、そう。正解。今一二〇三層だ」

「せっ……」


 あれからは変わってないんだな。

 予想通り、その桁の違う数字にユキは絶句してる。


「確信しました。……ツナ、人ってさ、そんなに長く生きるもんじゃないんだよ」

「何を言い出す……」


 ……ちょっと待て。じゃあ、一体ダンジョンマスターはどれだけの長い時間を生きているって事になるんだ。

 二十年ちょっとっていう時間の中で、どれだけの主観時間を過ごしてきた?


「……そう、そこからは俺から話そうか。実際問題、地球から転移してきて、どれくらい生きてきたのか正確には覚えてない。外の時間は二十五年弱だけど、体感時間はそんなものじゃない。上級の連中なら分かると思うけど、実は一〇〇階前後の攻略でも、中にいる時間は一層あたり数週間かかったりするんだ。一〇〇層を超えたらそこまで広さは変わらないんだけど、そこをラインにして一気に攻略難易度が跳ね上がる。……当然、攻略時間も増える。……体のほうは別になんともない。一〇〇〇年だろうが、多分一〇〇〇〇年でも生きられる。……だけど、中身は無理なんだよな。ダンジョンシステムのアシストを受けて誤魔化してはいるけど、ユキちゃんの言う通り限界が近い。魂が擦り減って、何も感じなくなってくるんだ。だから、少しでも攻略を加速させたい。……地球に帰りたいんだ」


 ……くそ、なんて話を聞かせるんだよ。


「多分限界は近い。人としての感情を保っているよう誤魔化しても、いくらなんでも限界だ」

「その性格も演技ですよね」

「……元々の性格に近いものではあるけど、そうなるね。人間らしさを、演じる事で忘れないようにしてるだけだよ。……そうか、これで気付かれたのか」


 こうして飄々としている姿が演技だというのか。


「だから、利用できるなら利用する。君たちには正直期待してるんだ。……攻略動画を見たよ。ツナ君に会ったあと、実は君たちがここに来る前の事も調べたんだ。流石に、前世の事までは分からなかったけどさ。同郷っていうのもそうだけど、君たちはやっぱり何か違う。そう感じさせてくれる何かがある。そう感じた。だから、他力本願で本当にごめんなさい。……俺を無限回廊の奥まで連れて行って下さい」


 頭を下げられてしまった。

 なんでもできるはずの人なのに、この街で一番偉い人のはずなのに、居丈高に上から命令するのでもない。

 自分では力が足りないから、力を貸してくれと、ただ懇願されてしまった。


 俺たちにはきっと、この人の事は理解できない。それはきっと同じくらい長い時を生きた存在にしか分からない。

 でもきっと、もう何にも心動かされない廃人に近いような状況で、ただ故郷への帰還だけを目的にして生きている。そんな状況なんだろう。


 あの時、無限回廊を攻略する目的を聞いて、この人は地球に帰ってそこで死にたいと言った。

 きっとそれは嘘でもなんでもなく、最初に持っていた願いしか残らなかったからなのだ。


「だから、分かりました。期待に応えられるかどうかは分かりませんけど、全力で挑みます。それが、先に向かうための試練だというのなら、越えます。自分の願いを叶えるためにわざわざ道を示してくれたんだ。僕らが怒る道理はなにもないよ。力を持ってるから、ただそれをよこせなんて言えない。そもそもボーナスだって、この人の考え一つでどうとでもなるんだ。どうしても欲しいものがあるなら、最初にそれを提示して、叶えてもらうためにハードルをクリアするのが正しい姿だ」

「分かった、分かったよ。……これはお前の話だ。お前がそう言うならこれ以上、何も言わない」


 くそ、すっきりした顔しやがって。こっちはモヤモヤしてしょうがないってのに。




-4-




『じゃあ、一つ目の試練は新人戦の勝利にしようか』


 ダンジョンマスターはそう言った。

 確かに今、俺たちはメンバーで困っている。だけど、決して越えられない壁じゃない。むしろ、トライアルの初回クリアの方が困難だろう。


『相手はこっち……というか、システムが選ぶ。多分強い相手になると思う。まあ、相手が承諾してくれないといけないから、駄目だったら、次の候補をシステムに選択させる事になるけど』


 俺たちの全力でギリギリ勝てる相手っていうと、フルブーストのトカゲのおっさんでも出てくるのだろうか?

 ユキをしばけるなら喜んで出てきそうだ。




 帰りの電車の中で、いろんな情報がぐるぐると俺の脳内を廻る。

 結局、ダンジョンマスターは無限回廊の攻略の事しか考えてない事は分かった。

 あれこれボーナス出したり、冒険者の待遇を良くするのも、すべてそのためだ。相手が望んでるものがあるなら、それも利用する。

 ユキの件はどちらにせよ時間がかかるもので、今回はこういった話になったが、きっとそんなものがなくても、似たような方法で俺たちにダンジョン攻略させようとしたのだろう。


「まあ、僕たちだけって事もないと思うよ。ダンジョンマスターはきっとなりふり構ってない」


 それは、そうだろう。いくら、俺たちがトライアル初回クリアしたとはいえ、単純に才能がある奴らなんていっぱいいるだろう。

 あの人が俺たちに何を感じたかは知らないか、他にそういう手段を取ってないとは思えない。


「僕が女に戻る事を望むように、ダンジョンマスターは無限回廊の攻略を望んでる。でも僕とは違って、あの人には多分それしか残ってない。……昔に持っていた願いの残滓を追いかけてるんだと思う。……僕は逆に安心したよ。少なくとも悪意は感じない。あの人は純粋なだけだ」


 あの1Kの部屋だってそうなんだろう。あれはきっと、ダンジョンマスターの心の砦だ。




『あとはそうだな。最初の話に戻るけど、ボーナスを決めよう。さっきも言ったようにユキちゃんも決めていいよ。試練の話もあるから、戦闘力に直結したものがいいと思うけど』


 あの話のあと、正式にトライアルのボーナスについて話をした。

 五つの試練は言ったとおり別扱いとして、ユキにもくれるという。

 新人戦の勝利が次の目標だというなら、戦闘力に直結したスキルや武器の選択以外にありえない。


 みるくぷりんの年齢制限解除とか、そんなふざけた事を言うほど空気を読めないわけじゃない。

 いや、いくら俺でもあの空気では流石に無理。


 スキルの場合、発動の前提条件があるので、あーでもない、こーでもないと話ながらボーナスは決まった。


 俺はもらったのは、スキル《 瞬装 》。MPを使い、アイテム・ボックスから装備を瞬間的に切り替えするスキルだ。

 ユキのほうは既存のスキルには存在しないものだったが、イメージ通りのものがシステムに承認されるようにすると言っていた。

 話だけだと要領を得ないが、こいつは戦闘に使用できる第三の手が欲しいのだという。阿修羅か何かかと聞くとそうではないと言われたが。

 ついでに、俺のスキルに必要な《 アイテム・ボックス 》もおまけで二人分もらった。結構値段がするらしいので、これは助かる。




 そして、忘れかけていたが認識阻害の件だ。

 やはり阻害をかけられてるのは確定で、ランクごと、立場ごとで、その時に知っててもどうしようもないもの、混乱を招きそうなものを阻害しているのだという。

 迷宮都市の外に対しては単純に情報漏洩を防ぐためだそうだ。……余計な事に囚われず、無限回廊の攻略に集中するためなんだろう。

 ただし、これは一つ問題があった。俺たち冒険者の認識阻害については迷宮都市上層部でルールを決定しているらしいのだが、


『実は阻害については俺も受けてる。無限回廊を攻略してると段々条件が緩和されてきて、情報が入ってくるんだ。確定じゃなくて断片的ではあるけど、地球への帰還の手がかりもこれに含まれる。でも、まだ足りない。何かしら、俺がまだ認識できない情報がたくさん隠されてる』


 それはユキには認識できない情報だった。多分、前提となる情報を知っている俺だから聞けた話なのだろう。




「新人戦、負けられなくなっちまったな」

「ツナがそう言ってくれると助かるよ。僕の話だし」


 確かにそうだが、俺は手伝うと決めたからな。


「一個目の試練クリアしたら名前も変えてくれるっていうし、頑張るよ」


 ダンジョンマスターは俺の場合は勝手に変えてきたが、ユキの名前変更には条件をつけてきた。

 といっても副次的な条件で、五つの内一つの試練をクリアした際に併せて『ユキ』に変えてくれるとの事だ。

 俺の場合、名前を変える事はモチベーションアップには大してならないが、ユキの場合は違うと判断したのだろう。

 一応それを、ダンジョンマスターに抗議してみたが、


『俺は性格悪いからな』


 と、笑顔で言われてしまった。

 駄目だありゃ。本当に他の事はどうでもいいんだろう。投げ出すわけじゃないだろうが、興味もないって感じだ。


 こうして俺たちは、本来気楽に終わるはずだった食事会を終え、色々もやもやしたものを抱えながら寮へ帰る事になった。




 次の日の事だ。ユキが俺の部屋へ慌ててやってきた。

 ノックもせずに入ってきやがったぞ、こいつ。


「向こうから来たよ、三人目。トライアルの動画見て、これならって思ったんだってさ」


 なんと、あの動画を見て、チームを組んでなかった奴がコンタクトを取ってきたらしい。あんなのでも役に立つんだな。


「どんな奴だ」

「直接会って話をしようってさ。クラスは< 武闘家 >で、なんと第三十層まで攻略してる人らしいよ。ちょっと運が向いてきたかも」


 すごいのが来たな。それならかなり新人戦が楽になるけど……逆に不安になるな。

 そのままの情報なら願ってもない相手だけど、なんでそんなのがまだ誰とも組んでないんだ?

 何か問題抱えてる奴じゃないのか? すげー性格悪いとか。


「いつ会う予定にしたんだ?」

「早いほうがいいと思って、今日の十時から。名前はサージェスっていう男の人。……だよね?」

「いや、知らんがな。その響きなら男じゃないか? お前みたいな特殊な奴じゃなければ」

「十時に会館二階の打ち合わせスペースを予約したからそこで会う事になってる」


 あそこにそんなのがあるのか。面談室があったから、似たような場所があってもおかしくないか。良く調べてるよな、こいつ。

 十時ならもうあんまり時間もないし、着替えないと。……会うだけなら、普段着でいいよな。


「あれ、なんか鳴ってる……また電話じゃない?」

「またかよ……ダンジョンマスターか?」


 番号は以前見たものと同じだ。ダンジョンマスターである。パンダではない。


「はい、もしもし」


『おはよう。昨日の今日だけど、新人戦の相手が決定したよ』


 俺たち、まだ登録してないんだけど。


「これから三人目を決めるところなんだが」


『内定ってところかな。君たちがチーム登録した時点で自動的に割り当てられる。……まさか、バラバラに登録とかしないよな?』


「……それはしないけど、どんな奴かとか聞いてもいいのか? 内定したって事は相手も承諾済みだよな」



『もう本人は承諾済みだよ。君たちも知ってる相手みたいだな。……名前はアーシェリア・グロウェンティナ。迷宮都市序列二位のクラン< 流星騎士団 >のサブマスター 通称< 朱の騎士 >だ』



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