第4話「第十層」
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[ 無限回廊 ]
迷宮都市の中核であり、冒険者たちが最優先で攻略を行う事を推奨するダンジョンである。
全何層か現時点では判明しておらず、現在の最前線は八十八層。大体一ヶ月で一層攻略されているとの事なので、今月はこの層も突破されるだろうと言われている。
実際のところは一〇〇〇層以上あるお化け迷宮なのだが、それは一般には知られていないらしい。俺とダンジョンマスターの、だけかどうかは知らないが秘密だ。
呼び名として、一層~三十層を浅層、三十一層~六十層を中層、六十一層以降を深層と呼ぶらしいが、実際の階層を知ればこの呼び名も変わったりするかもしれない。とはいえ、現時点では一層~三十層は浅層だ。
俺が現在いるのも浅層……無限回廊第五層である。
ここまでのダンジョンの造りとしては、トライアルで見た構造とさほど違いはない。
というより、こちらのほうが先にあったダンジョンなのだから、ここに合わせてトライアルダンジョンが造られたのかもしれない。
ただ、トライアル第一層~第四層までのように一本道という事はない。
第五層の迷路構造とまでは言わないが、それでも一層あたり二~三時間程度の時間は探索する必要がある。階段見たら即降りなので、あくまで平均だ。
多分、< 地図士 >クラス持ちであれば、こういったマップも把握し地図にできるのだろうが、俺にはそんなスキルも適性もない。
適性のあるユキなら、クラスについていなくても効率のいい探索ができたりするのだろう。
実は戦闘ではなく、そういった補助的な仕事で飯を食ってる冒険者もいるかもしれない。
トライアルの際になかったトラップはちょっと厄介だが、浅層という事もあってか数がかなり少ない。
足下のスイッチを間違って踏んでしまい、二度ほど矢が飛んで来たが、どちらもダメージにはなっていない。ダメージにはなっていないが、避けられたかどうかはお兄さんとの秘密だ。
ソロ活動しかできない第十層まででは存在しないと思うのだが、地雷とかあったら多分アウトだろう。
ここまでの情報を聞く限り、紛争地帯で使われそうな対人地雷とか平気で出てきそうだから怖い。一発で死ねなかったら地獄だ。
モンスターはトライアルの際と大差ない。一体どんだけいるんだろうという感じで出てくるゴブリンと、犬もどきことハウンドドッグだ。
まだオークもコボルトも見かけていない。特に蝙蝠などの飛行モンスターがいないのは俺的にはとても助かる。
ゴブリンだろうが、ハウンドドッグだろうが、空を飛んできたりしなければ俺の不髭切で撲殺である。
このダンジョンマスターにもらった木刀、あの時は刀でない事に突っ込みを入れたが、使ってみるとこれが中々悪くない。
《 不壊 》という能力が付いてるといると言っていたが、この能力があるおかげか、ただの木刀なのにまったく壊れる気がしない。
スキルの練習のために全力でゴブリンさんたちを撲殺しても、猫耳と戦った時のような武器喪失という事態にならずに済みそうだ。
攻撃力は普通である。ただの木刀を振り回しているのと変わらないだろう。
一応、予備の武器という事で一本ロングソードも持ち込んでいるが、これは使わずに済みそうだ。
「……疲れた」
第五層のワープゲートがある広場で、俺は座り込んだ。
別に敵は強くないし、道もそんなに複雑ではない。トラップは回避する事を諦めた。
だが、広いのは広いので、歩きづくめな事は変わらない。もう大体十時間くらいだ。
新しく発行されたステータスカードに新たに追加された機能で、ダンジョン探索時間の表示機能があるので体感だけという事もない。
デビューした冒険者に発行されるこのカード、実は色々な機能がある。
顔写真、名前、性別、ギフト/スキル、クラス、能力値、ついでに冒険者の登録番号などの基本情報の表示機能。
それに加え、探索時間の表示はデフォルトで付いてくるのだが、その他にも敵の討伐数のカウントや、ベースレベル、クラスレベルの経験値表示、パーティチャット機能も追加可能らしい。
また、写真撮影機能や、謎のパズルゲームの機能など、本当に必要なのかと疑わしくなる機能もあるようだ。スマホか何かかよ。
ただ、これらのデフォルト機能以外のものは、ギルドポイント、ギルドに対する貢献度のようなもので解放する事が必要となる。通称GPだ。
このGPは、クエストや、ダンジョンの攻略や階層突破などの実績などで溜まっていくポイントらしい。
通常の円ではこの機能は解放されない。円でGPを買うこともできない。純粋に冒険者としての活動のみで得られるポイントだ。
俺も『ゴブリン討伐』や『ハウンドドッグ討伐』などのクエストが受注可能だったので、ここに来る前に受注した。
雀の涙のようなポイントだが、何匹あたり何ポイントという形で付与されるため、たくさん倒せばいいというのも難しい事を考える必要がなくていい。
問題はクエストは受注数がランクにより決まるので、俺の場合は確実にいるという情報があったこの二種の討伐クエストを選んだのだ。
……まさか、こいつらしかいないとは思ってなかったが。
動画も重要なところ以外は大体ダイジェストだしね。
実績としては第五層踏破、第十層踏破するだけでもポイントが加算される。
最初の一回だけだがこっちは何も受ける必要がない上に加算が大きい。ひょっとしたら、気付かない内に実績解除している事もありえる。
トライアルの場合は対象外らしいが、攻略速度のレコードなどの記録でも加算されるようだ。誰かが全裸忍者がどーたら言っていた。
GPの使い道はステータスカードの機能追加だけでなく、ギルドショップや専用訓練施設、上級図書館などの施設利用に必要な権利なども含まれる。フィロスが言っていたスキルの購入もこのギルドショップで行われるらしい。
つまり、色々やってポイント稼いだら、たくさんオプションつけますよという事だ。
クソ吸血鬼ことヴェルナーが株主をやっている娼館みるくぷりんの特殊サービスもGPで解放できるらしいが、現在はまったくの無駄だ。ああ無意味だ。
いや、そんな事は今はどうでもよい。
問題は探索時間だ。十時間。ここまで来るのに十時間かかっている。
この十時間というのは、トライアルで俺たちが攻略に要した時間とほぼ等しい。
あの時はユキと、ついでに猫耳もいたし、階層ごとのボス戦もあったから気が紛れていたが、ここは一人である。
安かった乾パンをカードから戻して、水で流し込む。
間違いなく、こんなものでもゴブリン肉よりマシだ。
今回の探索にかかる時間は、詳細こそ分からなかったが、何日もかけて攻略するものではないという事は事前に分かっていた。
だったら、もう少しいい食料を買えよという事になりそうだが、実物はともかく、嵩張らないカードの値段は高い。
ポーションだけは、前回の経験もあるのでカードで購入したが、これでも実物の三倍の値段だ。
だから、一日、二日程度の短い探索期間なら我慢しようというのが俺の判断だ。帰ったらハンバーガー食おう。
しかし、こうして乾パンと水で食事を摂っていると、ものすごい荒涼感に襲われる。超寂しい。なんというか孤独だ。
あまりに孤独で、つい後ろにあるワープゲートに飛び込みたくなる。
目標が第十層なので、ここは未だ半分。最低でも倍の時間がかかると想像すると、かなり嫌になってくる。
クロたちが第五層で引き返したというのも、正直良く分かるというものだ。難易度がどうという以前に面倒くさい。
どっちにせよあと五層は攻略しないとパーティも組めないので、一気に行ってしまおうというのは正しいが、そろそろ精神状態的にも厳しくなってきた。
だって、さっきから考え事ばかりだ。セリフもない。
とはいえだ、あのユキがここで引き返すはずもなく、俺だけ戻ったら殴られたりしそうだ。
< 獣耳大行進 >と同じく怒るのは同じ兎っぽい何かで、こっちの方が絵ヅラ的にはマシだが、死ぬならともかく面倒くさいから戻りました、じゃ絶対怒られる。
流石にコンビ解消とまではいかないだろうが、機嫌は悪くなるだろう。娼館に誘った時のようにプンスカされてしまう。
「……行くか」
乾パンも食い終わったので、重い体を引きずり、先へと向かう。
ここで寝るという手もあるが、一度寝てしまったらやる気が一気に削がれそうだ。
ここを抜けてしまえば、もう戻るという気もなくなるだろう。
あとは、死ぬか第十層攻略までは帰還不可能だ。
-2-
< 無限回廊第九層 >
俺の目の前に宝箱がある。
ここまでで初の宝箱だ。ここでじっとしていると敵がわんさか現れるため、開けるなり、移動するなりする必要がある。じゃないといつかみたいに埋まってしまうだろう。
クロが電車で言っていたように、ここの宝箱にはトラップがかかってる可能性が高いため、< 斥候 >などの罠を解除するスキルを持たないクラスはスルーするのがセオリーだろう。
「だがしかし」
その話を事前に聞いていた俺はユキと相談して、その対策を行ってきた。
第九層までエンカウントしなかったから、無駄になると思ったぜ。
懐から取り出した一本の鍵。この< 魔法の鍵 >を使用する事で、宝箱にかけられた鍵、トラップを無視して開ける事ができるらしいのだ。実はちょっとお高い。
高度な鍵、トラップが仕掛けられた宝箱の場合は意味がないらしいのだが、無限回廊浅層であれば問題ないとの確認も取れている。
一回しか使えない消耗品であるため、宝箱の中身と釣り合いが取れるかは分からないが、念のため一本だけ持ってきていたのだ。
ま、全部スルーとか、あまり心境的にも宜しくないしな。
どうしてもあの宝箱には何が入っていたんだろうと、あとで気になってしまうだろう。
「ほんじゃ、解錠」
念のため、周りを警戒しながら、手早く鍵を差し込む。
すると、解錠音と共に鍵は消え、宝箱の蓋が勝手に開いた。あいかわらずの不思議現象である。
「釣り竿?」
中に入っていたのは、釣り竿だった。糸も針もついている。
リールはないものの、エサを付ければすぐに釣りができそうだ。だが、ダンジョンなので川も海もない。
なんだこれは。まさかこれでパンダを釣れという事か。
『そんなエサにこの俺がクマー』というネタがあるが、あれはクマであってパンダではないぞ。いや、パンダもクマの一種かもしれんが。
まあいい、多分、脈絡もなく入っていたのだろう。
トライアルでは手に入れたアイテムは遺影以外すべて活用したし、あとで使用する可能性もないではないが、おそらく使う事はないだろう。
そんな都合の良い、小説の伏線張りのような事はそうそうないのだ。トライアルでの経験が特別だっただけだろう。
そこそこ良い釣り竿にも見えるし、ひょっとしたら高値で売れるかもしれない。
俺は釣りはやらないので自分で使う事はないだろう。釣るくらいなら自分で飛び込んだり、ガチンコ漁するからな。
釣り師のロマンは俺には分からないのだ。俺は食い物に関してはひたすら実質主義である。
謎の釣り竿を持ち、敵が集まって来ない内にその場をあとにする。
まあ、お試しの意味合いが強かったので、これでも良いだろう。ゴミのようなものが入ってる事もあるらしいので、これでも立派な戦利品だ。
釣り竿はカードではなく実物だったため、ズタ袋にも入らず背負うしかないが、捨てるという選択肢はないのでそのまま持っていく。
邪魔でしょうがないが、どうしようもない。
逆にカード化とかできればいいんだが、《 マテリアライズ 》は一方通行で不可逆の変換スキルだ。カードからの物質化しかできない。
おそらくアイテムをカード化するとか、そういうスキルがあるんだろう。
ゲーム的な感覚だと、専門的なクラスでしか習得できないとか、そういう制限がありそうだ。名前は知らないが< カードマスター >とか。
きっとそういう人たちは、ギルド会館でTCGの大会に参加しているに違いない。ポスター張ってあったし。
釣り竿を背負い、不髭切を振り回しながら先を目指す。
体力には自信があるので、気力さえ萎えていなければ、二十時間だろうが三十時間だろうが探索は可能だ。
先の階層に進むにつれ、構造は広くなっているようだが、残りの階層が少なくなるにつれてあと少しだという気力も湧いてくる。
そして、第十層へ向かう階段を見つけた時には、すでに探索時間は二十時間を超えていた。超長い。
これより上の層では、きっとテントなどの宿泊設備を準備して挑むのだろう。
一応、ワープゲートや階段付近は敵が出現しない安全地帯のようなので、そこで休息を取ることも可能だ。今後はそういった事も考えていかねばならないだろう。
きっと、そういう荷物を運ぶための< 荷役 >クラスだ。
標準の《 アイテム・ボックス 》にどれだけの量が詰め込めるかは分からないが、そういう専門職がある以上、テントなどの大物を運ぶ事は困難なのだろう。
カードを持ち歩くのでもいいが、カード化されたアイテムは高いし、物質化したら結局持ち運ばなければいけないという問題がある。
金が湯水のようにあれば、使った先から破棄して、消耗品のように扱う事も可能だろうが、少なくとも現時点では考えたくない。
そういうブルジョワな事は、上級冒険者とか、そういうお金持ちがやる事だろう。
……そういえば、クロは実家が金持ちだったな。あいつもそういう攻略をしたりするのだろうか。羨ましい。
さっさと終わらせてしまおうと、第十層へ向かう。
[ 無限回廊第十層 }
ここからボス部屋を探さなければいけないが、ダンジョンは大体五層ごとに敵の生態が変化するため、油断できない。
ここまでは疲労もあってわりと適当だったが、ここからは注意して進む必要があるだろう。
しばらく探索を続けるとモンスターの出現に変化があった。ゴブリン、ハウンドドッグに加え、新たなモンスターが出現したのである。
……パンダだ。
「なんでだよっ!?」
思わず現れたパンダに対して突っ込んでしまったが、俺は悪くないと思う。
だって、この階層のボスもパンダなんだろ? なんで雑魚敵でも出てくるんだよ。
ここは動物園かなにかなのか?
「くそっ」
愛くるしい風貌のそれを撲殺しながら先へと進む。
ゴブリンやハウンドドッグという面子にいきなりパンダが混ざった事で違和感がすごい。
ビジュアル的にもそうだが、こいつら地味に強いのだ。
そりゃ、クマの一種なんだからタフだろうし、パワーもあっておかしくない。
当たってはやらないが、その爪から繰り出される攻撃は、これまでのゴブリンやハウンドドッグのものとは比較にならない。あと地味にデカイので威圧感がある。
何より、無駄にゴブリンやハウンドドッグとの連携も取れている。なんだお前ら、仲良いのか?
これまではそれぞれ単独行動しかして来なかったゴブリンやハウンドドッグたちが、パンダを中心に謎のフォーメーションを組んで襲ってくる。
仲の悪い人たちが、中和剤のような人間を間に挟む事で謎のコミュニケーションを確立する構図を感じさせる。ここに社会の縮図に似た何かがある。
パンダのパワーを極力活かすための、ゴブリンの捨て身の行動。
その姿はまるで、自分が倒れてもパンダがなんとかしてくれると、そう考えているかのような絶対の信頼関係を感じさせた。
こいつらから謎の強い絆を感じる。きっと、なんかバックストーリーがあって、種族を越えた友情を結んでいるんだろう。
まあ、そんな事は俺に関係ない事なので、パンダの爪を躱しながら、不髭切でひたすら叩いて撲殺する。
連携してくるから強いといっても、それほどじゃない。
実は不髭切では、《 パワースラッシュ 》は使えない。おそらく、技を使う事ができる武器が制限されているのだと思う。
だが、《 旋風斬 》はその制限にかからないのか、不髭切でも使用する事ができた。
パンダを倒すのは
しばらくパンダをなぎ倒しながら進み、ボス部屋らしき扉の前に辿り着いた頃、ちょうどレベルが上がった。
[ レベルアップしました。Lv10 → Lv11 ]
なんかちょっとだけメッセージが変わっていた。
カードが変わったからとか、そういう理由でシステムも若干アップデートされたのだろうか。
ここまでの戦闘で、< 剣闘士 >のクラスレベルもLv3まで上がっている。
これが早いのか遅いのかは良く分からないが、クラスでスキルを覚えるのはLv5あたりと吸血鬼が言っていたので、ここでクラスレベルを2上げるまで戦うという選択肢は選びたくない。
「よし、行くか」
ためらわずに、ボス部屋の扉を開いた。
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そこは、トライアルダンジョンの階層主と戦った部屋に似ていた。
円形ではなく四角い部屋だが、面積的には近い。ミノタウロスがいた部屋のような装飾はあまりない。
部屋には誰もいない。いるはずのパンダもいない。
ダンジョンに挑む前に、ユキからもらった動画はいくつか確認したのだが、パンダたちの登場の仕方は動画によってそれぞれ異なっていた。
定番の魔法陣から出現、サーカスのような空中ブランコからの着地、ゴゴゴゴゴゴ……と地面が割れてそこから登場というのもあった。
パンダたちは気ままに思い思いの登場シーンを楽しんでいるのだろう。自由な連中だ。
ちなみに、動画で出てきたボスはすべてパンダではあったが、それぞれ違う個体であるようだった。
パンダはパンダなのだが、ここまでくる時の雑魚パンダと同じような爪攻撃だったり、武器を使っていたり、格闘だったり色々だ。
攻撃方法については、武器は見れば分かるし、格闘を使ってくる奴は鉢巻をしていたりと特徴もあるので見分け易い。
動画を見た中で魔法を使ってる個体はいなかったので、杖を持ってるような見覚えのない個体だったら注意が必要だ。
俺にはまだ魔法を使ってくる敵との戦闘経験もほとんどないし、対応方法も分からない。
だが、パンダの種類は見分け易いと思っていたのだが、特に奇抜な登場シーンもなく、普通に扉を開けて出てきた俺の相手は、動画では見なかったグラサンパンダだった。
雑魚パンダと違ってボスパンダのこいつはちょっとデカイ。そして、無手だ。何も持っていない。
……なにあれ。
グラサンパンダとか動画にいなかったし、杖とか持ってないけど、まさか魔法使うパンダだったりするのか。
パンダが近付いてくる。情報がない以上、こいつは要注意だ。
その二足歩行して当たり前という感じで普通に歩いてくる姿からは、どんな戦い方をしてくるのかの情報が読み取れない。
歩き方も、短い脚なりになんかファッションモデル的な歩き方だ。クネクネしてる。
このグラサンは一体どんな戦い方をするというのか。
魔法か、格闘か、爪か、実はその毛皮に武器を隠し持ってたりするのか?
「パンダ」
俺のセリフではない。
なんだこのパンダ、『パンダ』って言ったぞ。しゃべるのか?
「パンダーッ!!」
パンダはそう叫びながら、俺へ突進してきた。こいつは格闘系パンダなのか。
パンダの巨体から繰り出される突進を躱す。
パンダは体勢を整えると、今度はその短い脚で蹴撃を放ってきた。脚が短いので当たらないが。
ほとんどドロップキックのようになったその蹴りを躱し、俺は警戒しながら再びパンダの行動を見守る。
続けてパンダは執拗に蹴り攻撃を仕掛けてきた。
間合いを取った時は前傾姿勢で軽やかなステップを見せ、あまり見慣れない動きで近付いてくる。
なんだこの動き。気持ち悪い。
振り子の様に脚を振り回し、時には逆立ちで蹴り技を放つ。
その姿はかつて前世で見かけた事のあるような気がするが、なんの格闘技だか思い出せない。
脚技主体の格闘……ムエタイじゃないよな。あれ立ち技メインだし。テコンドーでもないし、カラリパヤット……は良く知らないけど……。
その動きはカバディ……ってあれは格闘技じゃないぞ。
「まさか……カポエラなのか」
「パンダ」
パンダじゃねーよ。
なんで『ご名答』って感じに指差してんだよ。
馬鹿じゃねーのか!? お前自分の体型分かってるのかよっ!! なんでパンダがカポエラしてんだよ。
確かにパンダにしてはいい動きだ。
だが、お前のその体型で長い脚が必要なカポエラは無理だ。それは、脚の長い黒人さんとかがやるからかっこいいんだ。
いや、そんな華麗なステップ踏んでも無理だから。ちょっとリーチが足りなすぎるから。
なんでそんな愛くるしいダンスを見せてるんだよ。お前ボスじゃなかったのかよっ!!
「くそ、何故こんな事になってしまったんだ」
「パンダ」
パンダじゃねーよ。お前それしか言えないのかよ!?
何ちょっとかっこつけて、挑発のポーズとってるんだよっ!!
くそ、ちょっと可愛いのがムカつく。
――――Action Skill《 旋風斬 》――
「ぱ、パンダーッッ!?」
とりあえず無言で《 旋風斬 》を打ち込んでやると、なんの防御行動もなく直撃し、その巨体がバウンドして飛んでいった。
ボスだからか、パンダだからか、多分タフなんだろう。《 看破 》で見てもまだまだHPは残っている。
無惨な戦いは続く。
グラサンパンダも必死で脚技を駆使するが、その巨体に見合わぬ脚の短さもありまったく届かない。
脚を当てるよりも突進のほうが当てやすいだろう。
もはや戦いはただひたすら《 旋風斬 》を当てるだけの撲殺現場になった。もはやただのスキルの練習台だ。
何故だろう、俺は悪くないはずなのにすごく心が痛む。
十回ほど、不髭切で《 旋風斬 》を叩き込んでやると、パンダはぐったりとして床に倒れこみ、魔化が始まった。
「パンダ……」
最後まで何がしたかったのか分からない奴だった。一体何が起きたというのだ。
結局、ボス戦だというのに一度もダメージを受けなかった。HP以外は、道中のパンダたちのほうがよっぽど強かったぞ。
フィロスが戦ったパンダはそれなりに強かったらしいし、動画のパンダたちもそれぞれ特徴のあるいい動きをしていた。
パンダたちはそれぞれ自分なりの輝きを持っていた。
いや、こいつも無駄に華麗ないい動きであったんだが、根本的なところでダメだろう。何を考えてカポエラなんだよ。
パンダが出てきた扉が自動的に開かれる。だが、その先はどこに続いてるというわけでもなく、ワープゲートの様に謎空間が波打っている。
おそらく、無限回廊第十層まではG級の試験の意味合いもあり、連続して先に進めない仕組みになっているのだろう。
つまり……。
ざんねん!! わたしの ぼうけんは これで おわってしまった!!
変な死に方したわけじゃないのに、死神の幻影が見える。
くそ、なんてひどい結末なんだ。
そりゃあ、血塗れでギリギリの戦いばっかで、次は少しくらい楽したいとは思ったさ。でも、なんでこれなんだよ。意味分からなすぎるだろ。
ここで起きた悲しい出来事を忘れるようにして、俺はゲートをくぐった。というか忘れたい。
ワープゲートをくぐった先は、ダンジョン転送装置の中にある一室だった。
俺は今回が初だが、出口専用の部屋が用意されており、ダンジョンから出てきたら通常はみんなここに飛ばされるようだ。
俺が出てきた数秒後に、ユキも転送されてきた。
「うわっ、ツナか……。びっくりした」
転送直後に俺の顔があって驚いたようだ。
ユキが中で何時間使ったか分からないが、入った時間がほぼ同じなので、こうして同時期に出てくるのだろう。
この様子だとユキのほうも何も問題なく攻略できたようだ。死んでたら病院行きだしな。
「無事攻略できたんだな」
「え、うん、そうだね。思ってたよりダンジョンが長くてさ、使う予定のない寝袋使って一泊コースだったよ。携帯用じゃなかったから嵩張って捨てるしかないし、ちょっともったいなかった。いやー、それにしてもボスパンダ強かったね」
強くねーよ。
「ツナのはどんなパンダだった? 僕のほうは鉢巻した空手っぽい動きするパンダでさ……」
「グラサンパンダだった」
「へー、動画にはいなかったね」
どうしよう。あんな一発キャラをどうやって説明すればいいんだ。
「なんかパンダパンダ喋ってたぞ」
「え、すごいね。リザードマンのおじさんみたいじゃないか。また特殊個体とかそういうのだったの?」
「特殊……特殊だな。色んな意味で」
俺、こんな時どんな顔すればいいのか分からないよ。
その日の夜、グラサンかけたパンダが夢に出てきた。
とりあえず殴っておいた。
-4-
ここ数日、パンダの事が頭から離れない。
寝ても覚めてもパンダパンダだ。夢の中まで登場するあのパンダは、俺に対する精神攻撃なのだろうか。
だとすると、ひどく狡猾なパンダだ。タチが悪い。無限パンダ地獄だ。
周りに同期のG級冒険者が多いからか、みんな無限回廊の話をしていて、その会話でもパンダの話ばかりだ。
そっちのパンダはどうだった?
俺のパンダはこんなんだったぜ。
どんなパンダが出てくるのかな。
パンダ強かったな。
パンダパンダパンダパンダ。どこもかしこもパンダパンダ。パンダだらけでノイローゼになりそうだ。
こうして聞いていると『パンダ』という響きが、微妙に間が抜けていて、やたら印象に残ってしまう。あいつらは名前でも俺を苦しめるのか。
『パンダ』
くそ、ここにいないはずなのに、あのグラサンパンダの声が甦る。幻聴だ。
夢に出てくるせいで姿まで克明に思い出してしまうのが、またタチが悪い。
あんなに弱かったポッと出の一発キャラの癖に、俺の中での存在を抹消したいモンスターランキング一位に輝いている。
「でさ、《 パンダ・ハリケーン 》っていうスキルがさ」
ユキが、フィロスたちを相手にパンダ談義をしている。もうその話は止めてくれ。
《 パンダ・ハリケーン 》ってなんだよ、意味が分からねえよ。なんでそんな興味唆られるスキル名なんだよ。
くそ、パンダめ。その顔を思い出させるんじゃない。その間抜け面が憎い。
そろそろ俺の中で『パンダ』という言葉がゲシュタルト崩壊を起こし始めている。
一体何がパンダなのか、誰がパンダなのか、なんのパンダなのか、どのパンダなのか、それともまさか俺がパンダなのか。
「ぱ、パンダの話はもう止めないか」
「えー、もうちょっとパンダの話したいんだけどな」
「パンダ強かったからね。僕も結構苦戦したし。あの見かけもちょっと厄介だよね」
「パンダ」
くっそー! ゴーウェンは喋ってないはずなのに、こいつまでパンダって言ってる幻聴が聞こえる。
俺のダメージも深刻だが、こいつら絶対パンダに洗脳されてる。だってずっとパンダの事しか言ってない。
だめだ、もう限界だ。このままだと俺が狂ってしまう。
「な、なあ、実は新人戦の話なんだがな」
「でもパンダが……」
「パンダの話は止めろ」
「は、はい。……怖い顔して一体どうしたのさ」
真剣に止めれば分かってくれる。ユキはいい奴だ。俺は知っているぞ。
「G級冒険者の名簿を当たってみたんだが、新人戦のメンバーになってくれそうな人がいない」
「僕のほうも、色々聞いてみたんだけどね。かなり前からメンバー固まってるみたいだから」
パンダの話題は強制的に止める事ができたが、実は新人戦の話も結構深刻だ。
「ウチのガウルはわりと顔が広いみたいなんだけど、やっぱり大体同期同士で固まってるらしいね。今決まってないのは、そもそも新人戦に出る気がない人とか、別のギルドをメインで活動してる人みたいだからね。あとは、本人が問題を抱えてるとか。一時的にでもパーティ組みたくないとか、そういう人もいるみたいだ」
トライアルの時に見かけたバッカスも確かソロだという話だし、そういうのもいるのかもしれない。
でもつまり、探せば今決まっていない奴もいない事はないのだろうか。
「メンバー表が出ればまだ分かり易いんだけどな」
みんな内々でメンバーを決めてはいるが、新人戦のメンバー登録は実際にはまだ始まったばかりで、今週中に締め切りとなる。
登録されればもうそのチームで出場確定なので、はっきりダメだと分かるのだが、それすら分からない今の状況がある意味一番探しづらい。
「というか、新人戦って出なくてもいいのか?」
てっきり出場必須だと思っていた。
「聞いてみたらそうらしいね。ただ、暗黙の了解でみんな出場するのが当たり前みたいになってるし、出ない人は何か問題がある人っていうイメージが固まるってさ。ガウルは去年の新人戦の時にトライアル中だったらしいから、そこら辺の雰囲気も知ってるみたいだよ」
「まあ、出場するだけでもGP出るしな。欠場するのはよっぽど面倒臭がりやか、特別な理由がある奴だけなんだろうな」
新人戦は勝てばボーナスが発生するが、出場するだけでもGPが支払われる。
このGPの額が意外に高く、G級になったばかりの俺たちにはちょっと抗いがたい魅力があるのだ。
新人は色んなものが足りていない。俺たちがトライアル第四層で取得した《 看破 》のような基本スキルもそうだし、カードの機能もそうだ。
地下二階にある倉庫だって、このGPで容量が拡張できるのだ。寮住まいで物の置き場所がないやつにはどうしても必要である。
まあ、俺の場合はデフォルトのスペースに使い道のない釣り竿しか入っていないのだが。
「メンバー登録開始は今週だっけか?」
「そうだね。会館の受付に登録用紙があったよ」
「そうなんだ、僕らもさっさと登録しておこうか。ゴーウェン、あとで取りにいこう」
「パンダ」
ダメだ。ゴーウェンは頷いただけなのに、幻聴が聞こえる。
「掲示板とかに張り紙してみようか」
「会館の入り口のか?」
ネット上の魔窟ではないほうだろう。
「そう。許可取る必要があるかもしれないけどさ。ダメ元でさ。ネットの方にパーティ募集の専門サイトとかあるらしいんだけど、そういうのはまだG級の僕らは使えないしね。掲示板でもいいのかもしれないけど、今ちょっとツナの話題が加速し過ぎてて埋もれそうなんだよね」
それは俺のせいなのだろうか。
「そうだな。張り紙でも、何かやった方がいいのは確かだしな」
アナログの掲示板に募集告知とか、学校の部活勧誘みたいだよな。
絵とか、そういうデザインはユキができるみたいなので、そういうのは任せよう。
「あれ、ツナ何か鳴ってない?」
「ん?」
言われてみれば何やら電話の着信音のようなものが。……俺のステータスカードから?
いや、俺その機能つけてないんだけど。俺のカードまだデフォルト状態だよ。
バイブ機能なのか、ご丁寧に振動までしている。
カードを見てみると、いつもステータス表示ではなく、スマホのような画面に切り替わっていて真ん中に電話の画像が表示されている。
着信の電話番号も表示されているが、登録されてるわけもないし、見たことがないものだ。
というか当たり前だ。こんな機能使った事ないんだから。
まさか……あのパンダじゃないだろうな。だとしたら、軽くホラーだ。
これに出て『パンダ』と言われたら、それだけで軽く発狂するかもしれない。
あ、いや、未だ直接接点のないテラワロスという事もあり得る。
やばいな、これまでの流れだとあいつも『パンダ』とか言い出してくるかもしれないぞ。絶対あいつはそういう精神攻撃が得意だ。
会ったことがないのに行動が読めてしまうのもなんだが、本当にやりそうなのが怖い。
「出ないの? 電話だよね?」
「え、あ、ああ、そうだな」
出るしかないよな。留守録とか入れられても聞き方分からないし。
俺は真ん中の電話の画像を押して耳にカードをつけた。
「え、えーと、もしもし?」
『あ、繋がった。こんにちは、杵築です』
……誰?
『あれ、ツナ君のカードだよな。間違えてます? もしもーし』
「……あ、ああ、ダンジョンマスターか。誰かと思った」
名前とか一回しか聞いてないからな。
というか、ダンジョンマスターが普通に電話かけてくるのかよ。
ダンジョンマスターなら、カードの機能無視して電話かけてきてもおかしくない……のか?
「え、えーと、どういったご用件で」
『なんか固いな。こないだ話した飯食いに行こうぜっていう件なんだけどさ』
その事か。やべ、まだボーナスの事考えてないんだけど。
聞いてみると、もう一人の元日本人が帰ってくるのを待っていたらしいのだが、そいつはダンジョンマスターのメールを見ずに次の遠征に行ってしまったらしい。
なので、ボーナスの件もあるし、仕方ないから三人で一回会おうという事になった。もう一人の話は改めてだ。
俺たちは昼ならともかく夜はわりと時間があるので、ユキの予定を聞いてから、急な話だが明日の夜に飯を食う事になった。
「お前もボーナス何にするか考えておけってさ」
「そうなんだ、本当に僕も何かもらえるんだね」
「例の話してみたらどうだ? 言ってみたら、案外次の日には叶ってたりしてな」
「そ、そうかな。そうだよね、駄目元でも言ってみるよ」
駄目元じゃないような気がするんだよな。
どっちかというと気になるのは、それが叶ってこいつが攻略の意欲をなくさないかだ。
今のこいつのままなら、ダンジョンマスターへの恩とかで続けてもおかしくないけど、性別変わったら精神性も変わったりしないだろうか。
こいつは女っぽい面も良く見かけるけど、時々妙にサバサバもしてるし。
元々の性格は知らないが、十四年も男として生きてるんだ。男性としての面が出てきててもおかしくない。というか、普通諦める。
性別が変わって、ユキがこのままでいるという保証がないのはちょっと怖い。
すごい女の子女の子してたら、ちょっとどうやって接していいか分からない。
「そういえば、いつ電話機能解除したの? そんな機能もあったんだね」
「してねーよ。ダンジョンマスター権限ってやつだろ。マジでパンダかと思ってビビったわ」
「パンダ?」
俺もボーナスどうしようか。
……みるくぷりんの年齢制限解除とか駄目だろうか。
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