第二章『挑む者達』

Prologue「G級冒険者」




-1-




「でりゃあッッ!」


 少年の振るったロングソードが、ポイズンリザードの背を切り裂く。

 すでにダメージが蓄積していたポイズンリザードはその一撃で絶命し、魔化が始まった。


 ポイズンリザードは無限回廊の第十四層に多く生息するモンスターだ。

 硬い皮膚と、生物毒を持ち、素早いとは言わないまでもそれなりのスピードで動き回る、低層の雑魚モンスターとしては中々強力な部類だ。

 彼らも最初は毒の対策ができずに、その次は数で圧倒されて全滅した。

 だが、対策をして、装備を整え、再挑戦した今回はなんとかこうして対応できている。


「そっちはどうだ!? まだかっ」

「もう少しっ! ……開いたっ!! お宝ゲットだよっ!!」

「よし、次の敵が来ないうちに移動するぞ」


 そう言って彼らは、宝箱の設置されたエリアから移動する。


 ダンジョンでは、宝箱など、いわゆる財宝の眠るエリアはモンスターの出現頻度が高いといわれている。

 特に、宝箱を開けたあとは、モンスターが群がるようにして出現するため、注意が必要だ。


 宝箱を見つけた場合は、宝箱自体の罠に注意する他に、敵の強襲にも備える必要がある。その事をここ数層の冒険で体感し、実践できるようになった。

 下級冒険者になって間もない彼らが、身をもって学習した技術である。


「へっへー、わりといいもん入ってたよ」

「俺たちもだいぶ慣れて来たよな。一ヶ月前は宝箱見つけたら周り警戒もせずに解錠してたからな」

「そうだな、お前、モンスターの強襲受けて真っ先に死んだからな」

「おいおい、それは言わない約束だろ」


 ハハハと、笑い合う冒険者たち。


「それじゃ、お宝も手に入った事だし、一回戻る?」

「そうだな、トライアルダンジョンと違って、死んだらアイテムロストだからな。俺のこの剣も買ったばっかりだし」

「えー、ここからだと、中継のワープゲートまで結構あるぜ。先進んだほうが早いって」


 地上への脱出が可能なワープゲートは、大体区切りのよい階層に設置されている。ここ、無限回廊低層であれば五層ごとだ。

 現在地は第十三層、それも近くに次の層への階段がある事は確認済である。


「いや、危ないって。第十四層はいいけど、第十五層からは敵がいきなり強くなるっていうし」

「大丈夫だって。聞いた話だと、無限回廊のワープゲートって十の倍数の層はボスのあとにあるらしいけど、こういう十五層とか第二十五層って、大抵の頭のほうにあるらしいじゃん? 第十四層突破して、第十五層に入ったらすぐにゲートくぐればいいだろ」


 その情報は間違っていない。

 少なくとも現在情報公開されている層では、そういった構造になっている事をリーダーである彼も確認済だ。

 しかし、不安は残る。確実性なら道の分かってる方が遥かに上だ。第十層まで戻ったほうがいいのではないだろうか。

 だが、仲間の二人はすでに先に進む気でいる。ここで、戻ると言い出したらパーティの不和を招かないだろうか。


「そうだよね、それに、前回よりも私たち強くなってるから、きっと第十五層の敵だってへっちゃらだよ」

「そうそう、リーダーだってその剣の試し斬り足りないんじゃないか?」


 そうだ、確かに自分たちは強くなっている。

 あれほど苦戦したポイズンリザードだって、こうして問題なく対応できるようになったし、宝箱の回収で罠にかかることもなくなった。

 それに、戻るにしても、道中に敵はいるのだ。最短距離の道を戻ったとしても危険は変わらないんじゃないだろうか。


「う、うーん、そうだな、確かに第十五層のゲートの方が近いしな。先に進むか」

「そうそう、まだいけるって」


 そして、楽観的状況判断で第十四層への階段へと向かう。



 だが、無限回廊のランダム構造についての恐ろしさを彼らは十分理解していなかった。

 いや、理解したつもりになっていたのだ。



[ おいでやす モンスターハウス ]



 三人の冒険者たちに、無数のモンスターたちが襲いかかる。

 第十四層で、大量のモンスターがひしめくモンスターハウスに足を踏み入れてしまった彼らはあっけなく全滅し、装備・アイテムをすべて失う事になってしまう。


 すでに構造の確定している層を戻る場合であればこんな危険も回避可能だ。

 本当に安全を考えるなら道順を把握している前の層に引き返すべきだったのだ。




●覚える事

・状態異常攻撃には気をつけましょう。特に毒の継続ダメージは危険です。

・宝箱の罠に気をつけましょう。

・宝箱の近くはモンスターがたくさん寄ってくるので気をつけましょう。

・無限回廊に限らず、ランダムマップ型ダンジョンは、次の層への階層移動時にマップ作成されます。

・前の階層に戻る事も可能で、一度確定したマップは変わりません。

・無限回廊低層は、五層ごとのワープゲートを越えて前の階層に戻る事はできません。

・モンスターハウスはとても危険です。通勤の満員電車のような密集状態にストレスを溜めているモンスターが八つ当たりしてきます。

・高いアイテムをロストすると、首のない騎士さんに馬鹿にされるので気をつけましょう。




――――今回の教訓『まだいけるは、もう危ない』




-2-




「……なんだこりゃ」


 上映されているデビュー講習のビデオを見ながら、俺は呟いていた。

 言いたい事は分かるが、なんだろう、このわざとらしい演技で作られた自動車学校の講習ビデオみたいなのは。ハハハ。


 スタッフロールが流れ、悲しいBGMと共に出演者、編集したギルドの担当者、製作会社の名前が表示される。

 背景として映されているのは全滅したパーティ。そして、画面が切り替わり、質屋の前で項垂れたリーダーとそれを見て笑う首のない騎士。


 最後に『この物語はフィクションではありません』と表示された。え、この人たち実在するの?


「まあ、ローグじゃなくても真理だよね。トライアルの時にも言ったそのままの教訓だよ。調べた限り無限回廊はもうあんまりローグっぽさは残ってないみたいだけど、それでも慎重になるのは大事だよね。関係ないけど、出演者のやる気のない演技はどうにかしたほうがいいと思うな。あの< 斥候 >の女の子とか棒読みだったし。あの声優的な可愛い声はいいんだけど、それで棒読みだと余計目立つんだよね」


 俺の横ではユキが演技の批評を始めていた。

 あの子のセリフ、猫耳にゴブリン肉食わせる時のお前くらい棒読みだったしな。


「まぁ、死なないって言っても、大枚叩いて買った装備とか、死亡後のLvダウンのペナルティ考えると彼らは軽率だよね。ところでこれすごいね。本当にその場面を切り取ってるみたいに映せるんだね。僕らもこういうのに出演したりするのかな」


 反対側で動画の技術自体に感心しているのは、以前初心者講習で一緒になったフィロスだ。

 俺たちが一日でトライアルをクリアした結果、デビュー前の講習を一緒に受ける事になった。


 フィロスを挟んで向こう側に座っているのが、同じく初心者講習を一緒に受けたゴーウェン。

 何も喋らずじっと映像を見ているが、目開けたまま寝てないよな?

 ちなみに、俺はまだ彼の声を聞いた事がない。フィロスはよく彼と意思疎通できるものだ。


「俺、迷宮都市に来てから講習ばっか受けてる気がするんだけど」

「まあしょうがないね。そういう規則みたいだし」


 ユキはそういうが、非常に眠い講習が続くと、気を抜いたら爆睡してしまいそうだ。

 さっき、実際に半分寝ていたところをユキに起こされた前科もある。



 トライアルダンジョンを攻略した翌々日、疲労のために揃って一日以上爆睡し続けた俺たちがギルド会館に行くと、デビュー講習がちょうどその日だったのだ。

 初心者講習に合わせて日程調整されているとの事だったので、このタイミングを逃すと一ヶ月待ち。

 せっかく一日でトライアルクリアしたのに、そんなに待ちたくないと出席してみたがこの有り様である。


 というわけで、俺たちはまだ迷宮都市に来てから定食屋とこのギルド会館、寮、ダンジョン、病院と五箇所しか回っていない事になる。あ、いや、あと会館の前のコンビニ。

 ちょっと強行軍過ぎる。一日目より微かに増えはしたが、一日くらい落ち着いて街を見て回りたいものだ。


「あー眠ぃ。せめて体動かす講習にしてくれないかな」

「プログラム見た限りだと、あと二本ビデオ見て講師の話聞くだけだね。無料コーヒーあるみたいだから持ってこようか?」

「ああ、すまん頼むわ」


 まだビデオ見るのかよ。

 もう少し面白い内容ならいいんだが、本当に講習ビデオだからな。さっきのも、おもしろかったのは突然画面に映ったテラワロスくらいだ。

 いくら実話を元にした映像だからって、面白くする努力はして欲しい。いや、デュラハンの一発ネタみたいのじゃなく。




「しかし、まさか君たちと一緒にデビュー講習受けると思わなかったよ。僕らも相当早いって言われてたんだけどね」


 ビデオの合間にフィロスがそんな事を言い出した。

 フィロス・ゴーウェン組も、平均を遥かに上回るペースでトライアル・ダンジョンを攻略し、この講習に辿り着いたらしいが、俺たちは更にそれよりも短い。それどころか、これ以上縮めるのは不可能に近い、登録一日でのクリアを達成した。

 元の世界だったらTASさんとか言われててもおかしくない。クイックセーブもロードもないリアルTASだ。内容はTASさんの華麗なプレイからはほど遠い泥臭いものだったが。


 この攻略は、冒険者の業界ですでに話題になっているらしく、この講習が始まる前に動画公開の打診があった。ついさっきの事だ。

 迷宮都市ではダンジョン攻略の映像はすべて動画として保存されており、それを編集し、売って金銭にする事も可能なわけだが、本来これをギルド側から打診されるような事はあまりない。

 今回のケースは史上初、それも今後更新される事はないであろう記録である事から、問い合わせが殺到したらしい。

 これらは、俺たちに対する期待の現れともいえる。照れるね。


 今回のケースでは販売権の売切りという形で、印税のような動画一本あたりいくらという収入ではなく、まとまった金額が支払われた。

 迷宮都市の物価はまだ良く分かってないが、少なくとも二人で分けても一ヶ月は余裕で生活できる金額だ。いきなり小金持ちになった。

 ちなみに、動画に登場はしているが、同行者の猫耳にこの配分はない。


 こういった金を受け取る際、預金口座への振込が普通なそうだが、俺たちは二人はまだ口座を作っていなかったため、現金で支払われた。

 どうも、ステータスカードをキャッシュカード代わりとした銀行口座を開設可能なようだ。

 まあ、口座があろうと多分現金でもらっていただろうとは思う。この街の独自通貨見た事なかったし、現ナマはやはり魅力である。

 迷宮都市では王都で流通している硬貨も使えるのだが、実際に流通している金の単位が"円"である事を知った際は吹き出しそうになったぜ。


「クランの勧誘が大量に来るだろうって言われてるぜ」

「羨ましい限りだよ。この分だと、僕たちも結構頑張ったのに見向きもされなそうだ。とはいえ、クランへ加入できるようになるまでには名前を売っておきたいよね」


 クランというのは、ギルドへ登録している冒険者が集まって作るグループのようなものだ。

 数人で構成されるパーティの規模を拡大、色々な付加価値をつけたものだと思えばいい。大規模な固定パーティのイメージだ。

 これに加入する事で、冒険者個人では所有不可能なクランハウスと呼ばれる施設や、専用訓練所などのサービスを受ける事が可能になる。

 もちろん、クランによって受けられるサービスに差があり、基本的に金銭的に余裕のある大きいクランであるほど、クラン員への恩恵はでかい。


 そのため、できる事なら大きいクランに所属する事が一流冒険者へのスタンダードな道となるわけだが、クラン側も無制限に受け入れてくれるわけではない。

 そのクランに相応しい人物であるか、クランにとってメリットがあるかの判断を行った上で、所属員を増やしていくのだ。試験や面接があるところも多いらしい。『あなたを採用する事で、当社にどんなメリットがあると思いますか』というやつである。


 そして、将来有望な新人であれば、自分のクランへ所属させるための勧誘も行う。

 以前ユキが言ったドラフトではないが、今回トライアルの最短記録を見事更新した俺たちは、こういった勧誘を受けやすい状況にあるというわけだ。


「まあ、クラン加入ですらまだ先の話みたいだけどな」


 ただし、現時点で俺たちはまだクランへの所属はできない。

 デビュー直後のランクであるGからEまでを下級と呼ぶらしいのだが、クラン加入が可能となるには、下級の一番上のランクであるE以上になる必要があるらしいのだ。


 まあ、そこは抜け道というか、ドラフト前の事前交渉のように、有望な選手……もとい冒険者には予めツバつけておく意味で交渉を行う事も可能なので、この時点で水面下での勧誘合戦は始まっているらしい。そういう仮契約のような状態になると、ルールに抵触しない範囲で支援を行ったりしてくれるクランもあるようだ。




「なあ、後ろの奴らなんかすごいらしいんだけど、お前知ってる? あのやたらデカイのと金髪は最近ちょくちょく見かけてたけど」

「え、お前知らないのかよ。掲示板で話題になってるぞ。その隣の奴が、トライアル最速レコード更新者だ」

「へーすげぇな。今までのは一週間だっけ? それでも頭おかしいと思ってたのに」

「……あいつらちょっとハンパじゃねえぞ。登録したの一昨日だってさ。そりゃ見た事あるわけねえよ」

「は? はぁっ!? なんだそれ、二日でクリアかよ」

「声が大きい。後ろに聞こえるぞ。……一日だってよ」

「はあっ!?」

「だから声大きいって……。あー、すいません、おとなしくさせますんで」




 俺たちとは初心者講習は別だったものの、同じタイミングでのデビューとなった別のルーキーが前のほうで噂していた。

 思いっきり聞こえているが、悪い噂でもないし気にしなくてもいいのに。もっとやってくれていいぞ。カモンカモーン。


「というか、掲示板?」


 この街は、某大型掲示板みたいなのでもあったりするのか?


「僕はちょっと分からないな。会館の入り口にあるやつとは違うのかな?」

「ユキは知ってる?」

「まだ利用はしてないけど、冒険者用のBBSがあるんだってさ。多分ツナのイメージそのままだよ」


 コーヒーを持って戻ってきたユキに聞いてみると、そんな答えが返ってきた。

 マジかよ。入り口に壷の絵とかあるのかな。


「まさか、俺たち晒されてたりするのか?」

「まだ中はほとんど見てないから、それは知らない。匿名じゃなくて登録されてる冒険者ネームも表示されるらしいから、そこまでひどい事にはならないんじゃない?」


 まあ、俺はそこまで気にするほうじゃないが、それでもあらぬイメージを植え付けられるのも困る。新人のツナは《 原始人 》であるとか。

 あと、実名だろうが、荒らしはいると思うぞ。


 ユキから受け取ったコーヒーを飲むと、懐かしい薫りと味が口内に充満する。

 うむ、こういうところで無料で提供されているという事は、きっと(迷宮都市の中では)安物のコーヒーなのだろうが、今の俺にはすこぶる美味い。

 こっちの世界でまったく馴染みのなかったカフェインは、いい感じで仕事してくれそうだ。


「お前、どこでそんな事調べたんだ? ここ来てからほとんど俺と一緒だったか、部屋で寝てるかだっただろ」

「部屋に備え付けのパソコンもどきがあったから、ちょっといじってみたんだよ。さっき言った掲示板とか、クランのサイトとか、動画も見れたよ。寮備え付けだからなのか、見れるのは冒険者絡みの情報だけだったけどね」


 段々、ファンタジーなのか日本なのか分からなくなってくるな。

 いや、ファンタジーからみたら日本がファンタジーなのか?


「すごいね。一ヶ月経つけど、まだアレの使い方分からないんだよね」


 純ファンタジーの住人であるフィロスが言う。存在自体は知っているようだ。


「なんか操作方法難しいのか?」

「そんな事ないよ。ゲイツOSくらいには直感的に操作できるし。ああ、でもマニュアルとか言語のデフォルト設定が日本語だった」

「そりゃ、慣れなきゃ無理だな」


 微妙にユーザーフレンドリーじゃないな。


「とりあえず、備え付けの設備って動かしてみるでしょ。倉庫にUNIXマシンあったら動かす感覚で」


 それはお前だけだ。


「備え付けって意味なら、それよりもお風呂だね。大浴場は使えてないけど、シャワーとかシャンプーとか理想郷過ぎる」

「そういや、お前なんか小奇麗になってるな」


 私服に着替えてる事もそうだが、肌とか髪の輝きが一段と増している気がする。男なのに。


「そーでしょ。……ツナは小汚いままだね」

「小汚いとか言うな。これでも風呂には入ったんだぞ。脱皮したのかと思うくらい垢が落ちてびびったわ。俺小さくなってないよな」

「小さくはなってないよ、うん。でも、中身はともかく、服はどうにかならなかったの?」


 ああ、そっちか。ユキは私服に着替えているが、俺はこの街に来た時のままの格好だ。ミノタウロスや猫耳にボロボロにされたままのやつだ。


「着替えはない。そもそも、俺この服何年着てるか分からんくらいだし」

「……このあと、服買いに行こうか」


 そうですね。まとまった金も入ったし。別にこの服に愛着があるわけでもないし。

 この服も洗濯したらバラバラになるんじゃないかってくらい危うい状態だし、そしたら服を買いに行く服がない状態に陥ってしまう。

 メンタルに自信はあるが、全裸でゴーイングマイウェイできるほど強靭なメンタルはしていない。それは方向性が違う。

 村や王都にいた時はそうでもなかったけど、この街の空気に触れてから、如何に自分がひどい生活を送ってきたのか痛感させられたわ。

 ……ファッションセンターし○むらとかないかな。




-3-




「ねえねえ、君、噂の最速攻略者くんでしょ」


 最後のビデオが終わって、服でも買いに行こうかと思っていたら、見知らぬ女の子に声をかけられた。結構可愛い。

 なんだ、春でも来たのか?


「そうですが、何か」


 ちょっと、いい感じの表情で応対してみる。


「そうですが、何か。キリッ。……じゃないよ。何かっこつけてるのさ」


 ユキさんや、余計なツッコミはせんでええよ。


「そっちの子は? ……うわー、何これ、すごい可愛いんですけど。まさか、この子がもう一人の最速攻略の? 持って帰っていいかな」


 まずい、ユキのほうが食い付きがいいぞ。挽回しないと。


「ええ、実は俺たち二人で攻略したんですよ」


 ずいと、ユキの前に立つ。


「ツナ、さっきから口調が変だよ。……えーと、何か?」

「うわ、ごめんごめん。あたし、クローシェっていうんだ。君らと同期って事になるのかな。ローシェでもクロでも好きなように呼んで」


 クローシェでクロって、愛称としてはどーなん?


「昨日急にウチのお姉ちゃんから連絡があってさ、あたしの同期にすごいのが出てきたから情報収集してきてって命令されちゃったんだよね。

すごいっても、ルーキーの基準ならそれほどでもないでしょって感じだったんだけど、実際に調べてみたら一日でトライアルクリアしたのがいるって話じゃない? 情報見てちょっと唖然としちゃったよ。どーだい? このあと食事でも。そっちの彼女も一緒に。奢るぜ」


 テンション高いな、この子。


「食事はいいけど、その前に服買いにいってもいいかな」

「いいよいいよ。あたしこの街の出身だから、なんなら店とか紹介するよ。って、うわ、良く見たらボロボロだね。ぞうきんみたい」


 ぞうきん言うなし。


「俺たち一昨日来たばっかだから助かるよ。ユキもいいよな」

「え、うん、そうだね。全然問題ないよ。クローシェさんいい人だね」

「そ、そう? 案内くらい、全然なんでもないよー」


 いや、違う。こいつ、女に間違われた事を喜んでやがる。


「フィロスたちはどうする? 同期なんだし友好でも深めにいくか?」

「興味はあるんだけど、僕たちはこのあと、日本語研修の予約入れてるんだ。またの機会にするよ」


 日本語の研修があるのかよ。

 この街は日本語だらけだから、実際必要な研修だろうけど、翻訳魔法とかないんだろうか。


「そうか、じゃあ明日か明後日にでも部屋に行くよ」

「それじゃ行こうか、買おうと思ってた服のジャンルとかある? フリフリのとか」

「いや、ユキのを買うわけじゃないんだからねーよ。……そうだな、とりあえず普段着が欲しい。普通のでいいから安いやつ」


 俺がフリフリとか着てたら、絵面的にひどい事になるぞ。


「あー、流行とか気にしないなら、ここから十分くらいのところに『ファッションセンターしもむら』があるよ。そこ行こうか」


 俺は耐えたが、ユキがずっこけていた。

 パチモノかよ。伏せ字意味ねーじゃねーか。




-4-




「ね、ねえ、クローシェさん、ここ、物すごく高いんじゃないかな? あきらかに僕ら浮いてるよ」


 俺たちがクロに連れられて来たのは、あきらかに富裕層が利用する高級レストランの類だった。

 周りを見ると、昼間なのにスーツやドレスの人ばかりだ。店員さんも蝶ネクタイ&タキシードである。

 しもむらで地味な庶民服に着替えた俺はあきらかに浮いている。わりと普通の格好だった他の二人も厳しい。


「あ、あはははは……、まずいかな。お姉ちゃんが店の名前しか言わなかったから分からなかった……。知らない名前って時点で気付くべきだったかも」


 クロも想定外だったらしく、店の名前を確認したあとは顔が引きつったままだ。


「まさか、予約とかしてるのか?」

「そうなんだよ、いや、私じゃなくお姉ちゃんがね? さっきメールでここに連れて来てって……。あの姉は絶対何も考えてないよ。駆出しの冒険者がこんなとこでランチなんかするわけないだろって……」

「という事は、そのお姉さんも合流する予定だったの?」

「それは……どうなんだろう。そのつもりだったかも。あたしが言われたのは『金出してやるから期待のルーキーとご飯食べてきなさい』だから」

「じゃあ、ここで帰るのもマズいよな」


 俺は近くを通りかかったタキシードの店員に聞いてみる。


「すいません、ここドレスコードとかありますかね? この子のお姉さんが予約してるらしいんですけど、普段着で来てしまって」

「予約されている方のお名前はお分かりになりますか?」

「あ、アーシェリアです。アーシェリア・グロウェンティナ」


 こんな店を利用するような人だからというわけでもないのだろうが、お姉さんとやらは家名持ちなわけね。

 元々持ってたのか、迷宮都市で起こした家なのかは知らないが。すると、このクロさんも名字持ちか。略してクログロ。別に黒くないのに。


「少々お待ち下さい」


 と言うと、タキシードさんは店内に入っていった。


「ツナすごいね、物怖じとかまったくないよ」

「いや、店員に入っていいか聞いただけじゃねーか。何も聞かずにこのまま入ったらすごいけどさ」

「あたしは緊張して、それすらできなかったんですけど。ツナ君良くできるね」


 そんなもんだろうか?


 待つ事数分、邪魔にならないように隅のほうでじっとしていると、店員さんが戻ってきた。


「失礼しました。確認したところ、アーシェリア様の御予約席は個室ですので特に問題御座いません。このまま入店下さい」

「は、はい、ありがとうございます」


 個室だと大丈夫なのか。割と緩いのかな。昼間だからってのもあるのかもしれないけど。

 話にしか聞いた事はないが、王都の貴族専用レストランだと100%アウトだ。確認もできずに門前払いである。下手したら衛兵呼ばれるレベル。


 やたら豪華な内装のフロアを抜け、ホテルの個室のような場所まで通される。

 店内に流れているのは優雅なクラシックだ。この世界でクラシックっていうのかは分からんけど。


「……なんで僕たちここにいるんだっけ?」

「そりゃお前……なんでだろうな」


 もっとこう、屋台とかファーストフード的なところで良かったんだけどな。ルーキーだぜ、俺たち。


 案内してくれた店員さんがドアをノックし、中を確認してから俺たちも通される。

 中もひたすら豪華で、レストランというよりは王宮の一室のような場所だった。

 そんな中で、俺たちの格好は大層な浮きっぷりである。浮き過ぎて成層圏突き抜けそう。


 中にいたのは女性が一人。多分この人がアーシェリア……アーシャさんとやらだろう。

 長い金髪を腰まで伸ばした、顔立ち以外はクロとの共通点を見い出せない美人さんだ。高貴なオーラを放っている。

 服装は、やたら華美で豪華だが……ドレスではない冒険者の装備だ。見た目だけなら到底実戦用とは思えないが、この街ならこれがガチ装備である可能性もある。どこぞの、戦場に出ない王族の軍装ですと言われても信じるだろう。


「初めまして。私はアーシェリア・グロウェンティナ。この子の姉をやってるわ。気楽にアーシャって呼んでね」


 あいさつは適当だった。


「初めまして。先日冒険者になりましたツナ……渡辺綱です」

「え、何それ……、あ、すいません、同じく先日冒険者になりましたユキです」


 やべ、そういやユキに名字の話してなかったわ。

 ちなみに、俺自身も今まで忘れてた。


「二人とも噂はかねがね……ではないわね。一昨日からだけど、多方面から伺ってるわ。さて、自己紹介も済んだ事だし食事をはじめましょうか」

「お姉ちゃん待って、あたし、あたしは?」


 繋ぎ役のはずなのに、紹介をスルーされたクロさんが慌ててアピールする。


「あら、いたの? 帰っていいわよ」

「ひどっ、連れてきたの私だよっ? 結構頑張ったよ、あたし」

「冗談よ。知ってると思うけど、こっちのが妹のクロちゃん。じゃあ、食事にしましょうか。苦手なものとかあるかしら?」

「ちゃんて……。まあいいけど」


 ホスト役は随分と軽いノリだった。俺たちも助かるんだが、このノリだったらこんな高級店でなくてもいいような気もする。

 食前酒を勧められたので、俺とユキはもらい、クロだけはジュースが用意された。

 この街だと俺たちは未成年扱いらしいが、勧められたのだからいいだろう。俺は長いものに巻かれる主義だ。


「えーと、それで今回はどのような意味合いの食事会なのでしょうか?」

「そんなに固くなる必要はないわよ。こっちはただの冒険者なんだから」


 いえ、初対面ですし。妹さんとも今日初めてあったんですが。

 あとあなた、かなりの凄腕ですよね。ランクとか分からないけど、俺のハムスター的な危機管理警報が鳴りっぱなしだ。襲いかかってはこないだろうけどさ。


「単純に、期待の大型ルーキーに会ってみたかっただけ。私が持ってた最短攻略レコードを更新されちゃったしね。それも大幅に。そりゃ見ときたいじゃない?」

「え、アーシャさんが最短攻略者だったんですか?」


 トライアルの最短攻略というとあれだ。一週間で挑戦回数二回というやつだ。今日講習で頭おかしいとか言われてた。


「そうそう。普通に抜かれるどころか、あんなに短縮されたら、多分もう狙っても更新できないわね。私も、実は初回クリア狙っててね。入念な準備をして、わざわざ講習の日程に合わせて登録に行ったのに、ミノさんにズタボロにされちゃった」


 わざわざ日程を合わせてまで狙いに行ったのか。


「えーっと、僕らはこの街に来たのが、たまたま講習の日で……」

「え、狙ったわけじゃないの? それはまたすごい偶然ね」

「俺たちが本格的に初回クリアを目指し始めたのは、第四層入ってからですね」


 ユキが目で語りかけてきたあの不思議現象が最初だったと思う。

 その前から、こいつはそのつもりだったのかもしれんが。


「という事は事前準備とかしてなかったって事? 武器とかも?」

「ユキは自前でしたけど、俺は作業ナイフしかなかったんでレンタル品借りました。防具はレンタルないんで、さっきまで着てた一張羅ですね」

「ああ、あのぞうきん、そういう経緯だったんだ」


 ぞうきん言うなし。


「色々すごいわね、あなたの同期。目眩がしそうだわ」

「私も詳細は知らないってば。さっき会ったばっかだし」


 と、そんな会話のジャブの応酬をしていると、食事が運ばれてきた。

 前菜から順に運ばれてくるかと思ったら、コースが丸ごといっぺんに運ばれてくる。俺たちに気を使ったのか……、アーシャさんの性格なのかもしれない。

 食べ始めてみると、あまりの美味さに昇天するかと思った。初日の定食の時点でも思っていたが、これは更に次元が違う。前世でも味わった事がない味だ。

 くどい後味が一切残らない肉の脂ってどういう事なの? ここは天国か。


「そういえば、ワタナベって? 私が調べた時はツナって名前だったんだけど」

「あ、それは僕も聞きたいんだけど。いつの間に平安武将になったのさ」


 なってねーよ。元々この名前だよ。


「良く分かりませんが、ダンジョンマスターからお祝いにもらいました。登録名はいつ変わるのか分かりませんけど、カードは変わってますよ」


 と言ってステータスカードを見せる。まだ更新されてないので、スキル名が五つしか表示されないやつだ。


「本当ね。……漢字の綱なのね。……当て字?」

「前世の名前そのままです。漢字を使う国だったので」

「本当に渡辺になってるし……、読み仮名は「わたなべつな」なんだね。「の」は入らないんだ」


 そこはもう、ダンジョンマスターが悪ふざけしなかった事に感謝だ。あの人やりそうだからな。


「名前もびっくりだけど、《 原始人 》って何?」

「それはもう色々と突っ込んで欲しくないので、スルーしてもらってもいいでしょうか」


 その存在については、俺も良く分かってないし。


「ひょっとして、綱くんだけじゃなくてユキちゃんも欄外スキル持ち?」

「欄外スキルというのは、五個以上持ってるかって事ですか? ……そうですね」


 五個ぴったりだった可能性もあるが、中で習得してるしな。合計で超えてるのは間違いない。

 どうぞ、とユキもカードを見せる。こうしてほいほいカードを見せるのは今だけなんだろうな。


「ん?……え? 男の子だったの? 嘘……ほんとに?」

「ええーっ!?」


 やはり、といえばやはりの反応だ。ついでに今更クロも驚いている。

 ユキはといえば、表面には出してないが機嫌悪くなってるな。気配で分かる。


「あ、あなたたち、色々すごいわね。ちょっとおねーさんびっくりし過ぎなんだけど」

「登録名を調べたなら、ユキの性別にも気付きそうですけど」

「名前しか確認してなかったから……そういえば『ユキト』だったわね。その時点で気付くべきか……」

「あたし、しもむらで着せ替えして遊んでたけど気付かなかったよ」


 俺が安いTシャツ物色してる間に、そんな事してたのかよ。


「ま、まあ、それはそうとして、もう残りのスキルは確認した? ギルドで調べてもらえるでしょ」

「いえ、僕はほとんど時間がなかったのでまだ……。ツナもだよね?」

「ああいや、俺もギルドでは調べてないけど、ダンジョンマスターに見てもらったな。どんなボーナスもらうかの検討材料として」

「そんな事してたんだ。……いいな、ボーナススキルか、どんなのでもいいの?」

「最短攻略クリアのボーナスだからお前ももらえるんじゃね? ……ん?」


 最短攻略クリア? という事は目の前の人も、ダンジョンマスターにボーナスもらったって事だろうか。


「アーシャさんもトライアルの最短クリアしたんですよね? その時に何かもらいました? 秘密にしてるとかだったらいいですけど」

「そういえばもらったわね。雑誌に載ってるくらいだから隠してないんだけど、《 流星衝 》っていう槍のスキル。魔術じゃない広範囲スキルって地味に使えるから今でも一線で使ってるわね。槍でしか使えないのが難点だけど。ひょっとしてまだ決めてないの?」

「ええ、スキル見てもらって、"お前ならボーナスがなんでも大丈夫だろ"って言われたんで、逆に悩んでるんですよね」

「一体、どんだけスキル持ってたのよ」


 あれ、いくつあったっけ?


「…………」

「え、覚えてないの?」

「いや……確か二十…くらい? 三十はなかったような」


 なんだこいつ、という目で見られてしまった。やっぱり多いんだな。

 でも、変なのがあったりするし、数イコール強さっていうわけでもないよな。《 原始人 》とか。


「色々桁違いだっていうのは分かったわ。綱くん、あなたそれ誰にも言わない方がいいわよ。私も黙ってる事にする」

「マズいですかね、スキル多いと」

「マズいとかじゃなくて、クランの勧誘で身動き取れなくなるわよ。ウチのクランはLv75以上っていうのが入団の最低ラインだから静観してたけど、さすがに今の話を聞くとグラつくわ」


 この食事会は勧誘じゃなかったのか。


「さっさとどこかに入るってのは駄目ですかね? ランク的に正式加入は無理だとしても、仮契約みたいな感じで」

「それでもいいけど、正直どのクランなら釣り合いがとれるか分からない状態だから、選ぶなら慎重にね。普通ルーキーだと有り得ないんだけど、契約金とか持ちだしてくるクランもあるかも」

「育成枠じゃなくて、ドラフト枠か」


 プロ野球から離れろ。


「あなたたちがどこを目指してるかにもよるけど、弱小クランに所属して、浅層で足踏みなんて嫌でしょ? ……いっそ、自分でクランを立ち上げるとかのほうがいいかもね。勧誘を断る材料にもなるし」


 一〇〇層越えして、ダンジョンマスターのいる場所を目指すなら、ちゃんとしたクランに所属する必要があるか。

 でも、現状トップでも一〇〇層突破してない以上、最前線のクランでも十分かどうかは分からない。

 自分で作るのは面倒くさそうで嫌なんだけど。……ユキに作らせるって手もあるな。


「自分でクランを立ち上げるメリットって何かあるんですか?」

「色々あるけど、最大のメリットは一緒に戦う攻略メンバーを自分で選べるって事ね。戦力もそうだけど、クラン員の人間性の問題もあるし。経営の問題とかもあるけど、それは最悪外部に委託するって手もあるから」


 会社経営みたいなもんか?


「世界が違う話になってるよ……」

「クロ、あなたもデビューしたんだから、人事じゃないわよ。ウチに来るにしても全然Lv足りないんだから」

「そりゃそうでしょ、お姉ちゃんの所に入るのは目標だから。しばらくはフリーでやっていくよ」

「サーシャみたいにならないようにね」

「それは、……うん。さすがに」


 また知らない名前が出てきたけど、姉妹だろうか。あんまり触れないほうがいいみたいだが。


「そういえば、冒険者って普段何やってるもんなんですかね? ダンジョンアタックが週一だから、俺たちもあと四日は入れないんですけど」

「うーん、それは人によるかな。下級だとバイトとかしてるのも多いし、クランに入ると訓練のメニューが決められてたりとか、タレント業も多いし。二人はしばらく新聞とか雑誌の取材があるんじゃないかしら」


 取材、そんなのもあるのか。この街に来るまで新聞とか影も形もない世界で生きてたんだけどな。変わり過ぎだろ。


「ギルドでツナがトイレに行ってる時に、動画編集の会議があるって言われたよ。トライアルの」

「編集会議って何するんだ? 特撮みたいに吹き替えするのか?」

「知らないけど、カットして欲しい部分を決めたりとかじゃない?」


 そんなの、ギルド側で適当にやればいいと思うんだが。


「ひょっとして、トライアルの動画とか出すの?」

「ええ、問い合わせが多かったらしくて。もう金ももらいました」

「すごいわね。でも、それはそうでしょうね、うちのクランからも問い合わせ行ってるはずだし」

「あたしも見てみたいな。お姉ちゃんが個人で買うなら、あとで見せて」


 結構スプラッタな映像満載なんだが、これが冒険者の普通なんだろうか。


「私が買うかどうか分からないでしょ。あなたこそ同期なんだから買いなさいよ」

「またまた、お姉ちゃんが二人の事気に入ってるのは分かってるんだから。ご飯食べてる裏で『今、噂のルーキーと食事中ヽ(=´▽`=)ノ』とか呟いてるし。食事中となうで、頭痛が痛いみたいな表現になってるよ」

「あ、ちょっ、バラさないでよ。わ、分かったから、その話はあとでね。……オホン、えーと、そろそろ時間だからお開きにするけど、私の連絡先とか渡しておくわね。相談があったらいつでもどうぞ。うちのクランに入る気があったら、言ってくれれば事前に根回しするから」

「はい、ありがとう御座います」


 アーシャさんの名刺と手書きのメモを受取り、その場はお開きになった。




-5-




「アレだね、この数日で色々世界が変わったね」


 レストランを出て、ギルドに戻る道すがら、ユキがそんな事を言い出した。

 ちなみにクロはアーシャさんとどっか行ってしまった。


「まあな。なんかお前が言ったみたいにドラフト指名待ちしてるような状態だし」

「僕、生きてる内に雑誌の取材受ける事なんかないと思ってたよ」


 そりゃあ、外は雑誌媒体がないからな。


「それにしても、この街は地球にあったようなものは全部あると思ってたほうがいいな。ファンタジー+平成日本」

「ますますどうやって実現させてるか不思議でしょうがないんだけど」

「それは、今度ダンジョンマスターに聞け」


 お前とダンジョンマスター引き合わせると、ひどいトークになりそうだ。


「そういえば、渡辺になったんだね。よく分からないけどおめでとう」

「これ、意味あるのかな。懐かしいから、意味なくてもいいけどさ」


 元々、この世界で『ツナ』を名乗ってたより長い期間使っていた名前だ。


「僕は羨ましいね。名字はともかく、『ユキ』か『雪』にしたい」

「俺がユキって呼んでるからかもしれないけど、『ユキト』って呼ぶ奴いないじゃん。お前さっきの挨拶でも『ユキです』って言ってたし」


 フィロスとか、ギルドの講師とかくらいか?


「それでもね、ステータスカードとか、自分の情報載ってるの見るとやっぱり書いてあるし」


 そらそうだ。それが正式な名前なんだから。


「前の名前なんだっけ、確か第五層で言ってたよな。中島だっけ? 友達に磯野君とかいた? 野球しようぜ」

「中澤だよ。草野球とか、体弱くてできなかったし、そもそも女の子があんまり野球とかしないでしょ。……まあ、名字のほうは正直なくてもいいから名前は変えたいな」


 リトルリーグとかなら女の子もいるんじゃないか? 俺も経験ないけどさ。


「お前も最短攻略ボーナスもらえるだろうから、ダンジョンマスターに言えば? パッと変えてくれるぞ」

「ツナのはおまけでもらったんだよね。……でも、僕は隠しステージはクリアしてないからな。スキルか名前変更の二択で迫られたらどうしよう。悩む」


 そんなので悩むなよ。お前、そこは冒険者としての実力重視じゃないのかよ。


「ダンマス、わりとノリ軽いから言えば普通に変えてくれそうだけどな」

「だといいんだけどね。あ、串焼き食べたくなってきた」


 いきなりだが、屋台から漂ってくる臭いにつられたのだろう。俺も食いたい。

 さっきのレストランは確かに美味いが量が少ないのだ。


「俺も食う」

「この街屋台多いよね。……あ、おじさん二本下さい」

「俺は五本で」

「あいよ」


 屋台のおっさんに言うと、さっきまで焼いていた串を紙に包んでくれる。


「嬢ちゃんたちは、最近この街に来たのかい?」

「はい、二日前に」


『嬢ちゃん』の訂正はない。


「じゃあ、知らんだろうな。この街に屋台が多いのは、冒険者が副業でやってるからだ」

「え、おじさんも?」

「おうよ。ここら辺にいる屋台はだいたい冒険者だな。あそこのも、あそこのも。全部が全部じゃねーが、多いな。この広場だと申請だけで出店登録料かからんし」


 なんだ、流行ってるのか?


「俺は、ダンジョンのドロップ品で食材出るから、それを捌くのに屋台をやってるんだよ。別にそのまま売ってもいいんだが、《 料理 》のスキルレベルも上がるしな。ちなみに、そこらにいる露天商も大体冒険者だぞ。あっちの銀細工売ってるのとか。俺のこれもこないだの< 暴れ牛祭り >イベントで大量に牛肉手に入ったからやってるだけだしな」


 随分と自由な職業だ。俺も何かやったほうがいいんだろうか。


「スキル……レベル?」

「ん、ああ、外から来たって事は冒険者志望だろうが、二日前ならそりゃ分からんよな。お前らもスキルくらい持ってると思うが、スキルってのはそれぞれレベルがあるんだ。Dクラス、所謂中級以上になるとカードに表示されるぜ」


 え? 思わぬところから、思わぬ情報が。


「え、ちょ、ちょっと待って、スキルってレベル上がるの?」

「そうだよ」


 なんでもない事のようにおっちゃんは言うが、いきなりの情報に俺も戸惑っていた。

 スキルがそれぞれレベルを持つ? じゃあ、覚えて、最適化されてもまだ先があるって事なのか?


「おっさん、やっぱ追加で十本くれ。あとその話詳しく」

「ルーキーは元気があっていいね」


 俺たちは串焼きを食いながら、先輩であるおっさんの話を聞くことにした。




-6-




「はあ……色々すごかったね」

「ああ」


 俺たちはデビュー手続きのため、ギルド会館に戻り、ロビーで待ち時間を潰していた。


「まとめるよ」


・スキルには実はLvが設定されていて、内部処理されている

・このスキルLvは、冒険者ランクDで閲覧できるようになる

・この情報の公開は任意で、カードに表示しないのが普通

・スキルLvはそのスキルを使い続ければ上がる

・スキルLvの上限は、同じスキルでも人によって違う

・スキルの習得には色々な前提条件がある

・スキルの使用にも色々な前提条件がある

・元々習得していたスキルが違うものに変化する事もある

・称号スキルと呼ばれる、Lvのないものも存在する

・スキルLvについての情報は非公開ではないが、冒険者が持つスキルのLv情報はDランク昇格までは本人にも非公開


「……覚えて、使い慣れてもまだ先があるって事か。僕らが最適化って呼んでたのは、スキルのLvを上げてたって事なのかな」

「どうなんだろうな。屋台のおっさんが言うには同じLvでもやっぱり差はあるらしいし」


 つまり、同じ《 剣術 》のスキル持ちが二人いても実はスキルレベルが違う事があるって事だ。ただ覚えて喜んでたら駄目って事だな。

 なんで串焼き屋のおっさんにレクチャー受けてんだかわからんが、色々驚かされる情報ではあった。


「つまり……ツナの《 原始人 》にはまだ進化の余地が残されている」

「それはどうでもいい」


 だが、まあ、他のスキルに関してはそうだ。まだまだ鍛える余地が大量にありそうだ。

 《 飢餓の暴獣 》も? ……あれより先がある?


「となると、おそらくクラスのほうもだな」

「そうだね。僕らレベル上がって喜んでたけど、そもそもレベル自体がいろいろあったって事か」


 そういえば、隠しステージで、猫耳がユキの《 ラピッド・ラッシュ 》を見て、< 遊撃士 >のLv15スキルとか言っていた。

 あれは、< 遊撃士 >というクラスに就いて、Lv15まで上げれば覚えるスキルという意味ではなく、

 "< 遊撃士 >の"Lvを15まで上げて覚えるスキルだったという事なのだろう。ちょっと勘違いしてたようだ。


「駄目だね、まだまだ色々情報が足りない。迷宮都市の外で認識してたシステムと違い過ぎ」

「もう同じシステムって認識はやめといたほうがいいな」


 システムアップデートは伊達じゃなかった。

 次回作どころか、実は更に次回作をやっていた気分だぜ。一人が三人になったと思ってたら、実は四人でしたみたいな。


「あーもう、串焼きの味とかもう分からなかったんですけど」


 いや、俺はしっかり味わったけどね。

 そういうシステム的な部分はユキに任せたほうが楽とか思ってたし。

 久々の牛肉はめちゃ美味かった。高級レストランの味もいいが、ああいう素朴なのもいいよね。B級グルメって感じで。

 ゴブリン肉のZ級からB級、超弩級まで味の幅が広い街である。


「そういや、牛といえばさ」

「何。今度は《 牛 》のスキルでも覚えたの?」


 そんなんあるかよ。いや、これまでのパターンだとあってもおかしくないけどさ。


「お前、第五層でミノタウロスの名前の話してただろ」

「名前? ……ああ、してたね。『ミノス』じゃないのにって」

「ダンジョンマスターに聞いたら、腰ミノ着けてるからミノタウロスなんだってさ」

「えええっ!!」



 ついでに、ユキに言うのを忘れていたネタを消化しておいた。




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