第5話「新しい風たちへ」

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「えいやっ!!」


 ユキのかけ声と共にゴブリンが切り裂かれ絶命する。

 第一層のコボルト戦ではお粗末だった俺たちの連携も、複数の雑魚戦を経験する事で様になってきた。緊張が解けたというのもあるかもしれない。


 主に俺がゴブリンリーダーを担当し、ユキが弓などの遠距離攻撃持ちを仕留めるという当初想定していた理想のパターンが決まり、ほとんど危なげなく戦闘は終了した。

 使う暇がなかったのか、ゴブリンリーダーがスキルを使ってくる事もなかった。

 数が多かっただけで、実はオークのほうが強かったような気もする。


「これで最後っ!!」


 残り一体になって、逃げ惑っていたゴブリンにトドメを刺すユキ。

 ここだけ見ると弱い者虐めである。



[ トライアルダンジョン第三層 階層ボスを攻略しました ]


[ ボストライアルの攻略により、Lv3以下の挑戦者のみレベルアップボーナスを獲得 ]



 例のアナウンスが流れて、攻略が完了する。

 レベルアップボーナスも同じだ。最終的にLv6になるのだろうか?

 Lv4になっても、上昇した数値ほどは変わった気はしないが、最初と比べると明らかに力が入り易くなってるのは分かる。

 今のところ、Lvが上がって何か魔法やスキルを覚えたりする事はない。


「攻撃がちゃんと通るのはいいね」


 最後のゴブリンを仕留めたユキが戻ってきた。

 地面に散らばっていたのを戻ってくる時に拾ってくれたのか、手には複数のカード……ドロップ品がある。


「えーと、『焼ゴブリン肉』が四枚、『焼ゴブリン肉(中品質)』が二枚、『トライアル・ショートソード』が二枚、『壊れたショートボウ』が一枚。あと、『低品質ポーション』。全部カードで出たよ。壊れたショートボウは、倒す時に壊したからかな」

「確かに、お前が仕留める時にぶっ壊してたな。『トライアル・ショートソード』は二枚ともお前が持っておけ」

「じゃあツナはお肉かな、全部どうぞ。どうせ僕は食べられないし」


 そう言ってゴブリン肉のカードを渡してくる。

 ゴブリン肉で中品質とか言われても大して変わらない気がするんだけど。いや、まさか更に不味くなりましたとか言わないよな。

 第一層でのやり取りからして、これをまともに食えるのはそうそういないんだろうな。


「ポーションはすごく飲んでみたい気もするけど、ユキが持っててくれ」

「やっぱり気になるよね。実は実家でも売ってたんだけど、すごく高いんだよ。家で売ってたのが低品質か高品質かは分からないけど」


 それくらいは外でも売ってるのか。


「ちなみにどれくらいの値段よ」

「在庫状況で相場はコロコロ変わってたけど、一番安いヤツで一般的な家庭の月収と同じくらいかな。この絵柄みたいにガラス瓶じゃなく陶器で、すごく小さい容器に入って売ってた」


 描かれているのは、手に持たれた飲み薬の瓶の絵。正確な縮尺はわからないが、想像していたものよりかなり小さいように見える。

 コンビニで売っている栄養ドリンクの半分くらいだ。……これで月収が飛ぶのか。


「外だと絶対に手が出ないな。それがトライアルで出るのかよ」

「効果も書いてあるね。徐々にHP50回復だって。即時回復じゃないなら赤ポ連打とか無理っぽいね。HP以外にも効果あったりするのかな。じゃないと、外で売ってても意味ないよね」


 赤くないのに赤ポ連打とか。そもそも、戦闘中で飲み薬を大量に服用できないだろ。

 怪我とかはどうなんだろうな。傷塞がるっていうならそれだけでも価値がある。ヒーラーがいない以上、今後これが俺たちの回復手段になる事は間違いないし。


「そういえば、ゴブリン肉、これで十枚超えたな」

「ツナはしばらく食べ物に困らないね」


 俺、もうちょっとまともな物が食べたい。

 このダンジョンに来る途中で売ってたハンバーガーとか、ホットドッグとか。……やっぱり買っておけば良かったかな。

 なんで俺、この街に来てまでゴブリン肉食ってるんだろう。




-2-




 特に苦戦もしなかったので、当然の如く三階のワープゲートはスルー。四階へ向かう。

 四階もボス戦までの道中はあまり変化もなく、ゴブリンと狼もどきと蝙蝠を蹴散らしながら進む。

 一度だけ俺が蝙蝠の大群に群がられたが、それ以外は何事もなく踏破した。


「さて、最後の中ボス戦ニャ。ここは、リザードマンが一人で相手になるニャ。月ごとに種族変わるから、次来る時は違うかも知れないニャ」


 月によってリザードマンだったり獣人だったりするらしい。

 ワータイガーとか種族自体の性能からして強いらしいので、今月はそれほど難易度は高くないようだ。


「こっちが何人でも一人なんですか? それだと頭数だけ揃えてくれば有利なんじゃ」


 そうだな。学生のクラスみたいに数十人で挑戦すれば袋叩きだ。


「いや、ここのボスは倒す事は想定されてないニャ。挑戦者人数×五分、生き延びる事が攻略条件になるニャ。一人でも死んだらアウトニャ。

中にいるのはLv10相当のリザードマンだから、ルーキーが倒すのはちと厳しいニャ。……実はここが、記念受験する奴らが大抵諦める事になる場所ニャ」

「Lv10ってのがどれくらい強いか分からないんですけど。僕らは今Lv4ですから、単純に考えると二倍強の強さになるんですか?」


 そりゃあ、分からんよな。事実、Lv1からLv4になっても、四倍強くなった気はしない。


「ピンキリニャ。Lv10って言ってもそこまでLvを落とされるってだけで、元々の強さによっても変わってくるニャ。ここのボスだけは現役冒険者がバイトで担当する事が多いから、元々高レベルのリザードマンだったりしたらひどい事になりかねニャいニャ。ある意味運が試されるニャ。まあでも、バイトするような人は新人相手ってのが分かってるような人だから、実力差がひどくても手加減してくれるニャ」


 運ゲーかよ。

 で、どんなに運が良くても最低Lv10のモブリザードマン相手に一定時間耐えられるだけの実力は必要と。

 ここまでのボス部屋は広いには広いが、構造も単純だし、逃げ続けるのは難しいだろう。

 最低限、前線を張れるメンバーは必須だな。……俺たちの場合は、どっちかっていうと俺だな。


「もちろん倒してしまっても良いニャ。担当がバイトじゃニャいなら、案外なんとかなるかもしれないニャ。実は、倒せれば特別ボーナスがあるらしいから狙ってもいいニャ」

「ちなみに今のチッタさんだったら一人でも倒せるんですか?」

「どんなのが来ても、Lv10まで落ちてるならまったく問題ないニャ。あちしのLv33ってのは伊達じゃないニャ。五層ボスも完封できる自信があるニャ。ここで悪戦苦闘してた頃と比べたらあちしも強くなったもんニャ」


 ドヤ顔である。殴りたい、この笑顔。

 でもまあ、多分事実なんだろう。ステータスカードの数値やスキルを見るだけでも、俺たちと隔絶した差がある事は分かっている。

 数値だけでない。戦闘を見たわけではないが、振る舞いを見ているだけでも強さは分かるのだ。

 ダンジョン前であったバッカスのおっさんは別格として、この猫耳でさえ現状では逆立ちしても勝てる気がしない。


「そういえば、このLvの上がる条件ってなんですか? ボス攻略のボーナスだけじゃないですよね」

「敵をたくさん倒せば上がるニャ。強いのを倒せば簡単に上がるニャ」


 経験値制だったか。


「あと、どれくらいで上がるとかの目安ってないんですか?」

「少し経験を積んだらステータスカードに表示されるスキルを習得できるニャ。あと、カードじゃなくても見れるスキルがあるニャ」

「そうですか。あともう一つ気になってたんですけど、ステータスに表示されてる能力値って何が基準なんですか?」

「??? 数値が高ければその能力が強いニャ」


 意味分かってないな。


「たとえば、僕の< 力 >の数値はLv1の頃のツナより高くなってますけど、そんなに強くなった体感がないんです」

「あー、そういう事かニャ。その仕組みは未だ完全には公開されてニャいけど、隠れた元の数値に掛け算してるってのが有力な情報ニャ」


 マスクデータがあるのか。

 ああいや、そうか。これは能力値そのものじゃなくて、補正値なのか。


「< マッスル・ブラザーズ >みたいに腕太い奴と、あちしが腕相撲で勝負した場合、< 力 >の数値が同じならあちしが負けるニャ。だから、ランニングしたり、筋トレしたりの訓練はかなり重要ニャ」

「元々の腕力がないと、補正値だけ上がっても大して効果はないと」

「逆に、補正値が高ければ少しの筋トレでも力が大幅に向上するって事か」


 わりとシビアだな。ユキみたいな細腕だと、< 力 >のステータスが上がってもそれほど恩恵はないって事か。

 かつて街の外でこのステータスについて考えた事がある。

 たとえば腕立てをして< 力 >が上がった場合、どういう形で強くなるのか。力って腕力だけじゃないだろうと。

 腕の筋肉が付けば腕力は付く。そしてその結果ステータスの< 力 >が上がり、補正値で更にそれが強化される。気が付き難いだけで、全体的に筋力が上がってるって事だ。


「< 敏捷 >とか、ほとんど筋力と直結してるんじゃないかって値も別に管理されてるから、明確な答えが出てないニャ。ただ、元の能力を鍛えれば、より強くなるのは間違いないニャ。あとは、スキルとか装備で元々の能力を強化するって効果のものもあったりするニャ。< マッスル・ブラザーズ >はこういうスキルを使って魅せ筋をメインに鍛えてるニャ」


 あれ魅せ筋なのかよ。


「じゃあ、僕とか筋肉が付き難い体質だと、あまり力が強くならないと」

「そこまで悲観する事はないと思うニャ。さっき言ったスキルで元の能力を補強してもいいし、逆に補正値の方をたくさん上げるのでもツナには勝てるニャ。あちしのこの女らしい細い腕でもツナに腕相撲勝てるニャ」

「いや、別にツナに勝ちたいわけじゃないです」


 それでも、チッタさんの腕で俺に勝てると断言できるくらいはステータスの恩恵はあるって事だ。


「それに、トップランカーとかのレベルになると元々の肉体も限界まで鍛え上げてるから、補正含めないとあんまり差はないって言われてるニャ。どうしたって肉体的な限界はあるからニャ。人間の限界突破するには、補正値は必須ニャ」

「チッタさんは筋トレとかしてるの?」

「クランハウスに筋トレ設備があるし、ジムにも行ってるニャ。定期的にトレーニング合宿も参加してるしニャ。獣耳ブートキャンプニャ」


 なんか急に現実的になってきたな。でもそうだな、……俺も筋トレ始めるか。

 レベルアップじゃなくてもステータスが上がるのは確認できているし、二重の意味で鍛えられるだろう。


「話は戻るけど、ここの中ボスのリザードマンはLv10固定だから、二人とは"補正値"にして大体三倍くらいの差があると思えばいいニャ。

リザードマンは種族的にも肉体性能が高いから、実際の差はもっとあると思って良いニャ」

「なるほど、良く分かりました」

「じゃあ、そろそろ挑戦ニャ。あちしは例の如く先に行ってるニャ」


 と言うと、チッタさんの立っている床が舞台昇降機のように下がっていき、その姿を消した。

 この演出毎回やる必要あるのか?


「戦い方はどうするよ? 相手が一人だって確定してるならちょっと変わるだろ」

「そうだね、ちょっと念入りに考えようか」


 そうして、少しばかりの作戦タイムをはさみ、俺たちは第四層の攻略に挑む。最後の中ボス戦だ。




-3-




 ボス部屋は二層、三層と同じ構造だが、人数的な事もあってか三層よりは広く感じる。

 広場の中央にはすでに一人のリザードマンが立って待ち構えていた。あんまりモブっぽくない。武装もレンタル品って感じじゃないし、ちょっと強そうだ。


「よお、待ちくたびれたぞ。ルーキー」


 喋ったよ、おい。


「え、えーと、バイトの人ですか?」

「ば、バイト?! ……バイトっていやあバイトだが、一応お前らの相手を志願したぞ」


 俺たちを狙い撃ちしたのか?


「……なんででしょう?」

「あー、そうか、人間にゃあ見分けつかないよな。俺だよ俺」

「オレオレ詐欺?」


 迷宮都市はそんなに現代日本を取り入れているというのか。詐欺までは取り入れる必要ないだろう。


「違うわ! ……お前らをこの街まで乗せて来たリザードマンだよ」

「あ、あのトカゲのおっさんか」

「おっさんって……。いや、おっさんには違いないけどな」


 全然見分けつかねぇ。種族の壁は厚いな。チッタさんみたいな獣人ならまだ区別はつくんだが。


「そのおじさんが、どうしてここに?」

「そりゃここでやる事は一つだ。試験官しかねーだろ。第四層のボス役だよ」


 ……ヤバイな。このおっさんかなり強いぞ。

 レベルに制限かかって下がってるとしても、こうして対峙してるだけでビシビシ圧力を感じる。

 立ち振舞いからして、これまで戦ってきたゴブリンやオークと違う。歴戦の凄味を放っている。


「試験前にちょっと話をしようか。とは言ってもここのルールとか、そういった事項だけどな」


 トカゲのおっさんは構えるわけでもなく、俺たちに向かって話しかける。


「制限時間があるみたいですけど」

「それは戦闘に入らない限り無効だ。とはいえ、あまり長く話すつもりもないから、制限時間を加えよう。……三分だ」


 おっさんがそう言うと、視界の片隅に3:00.00の数字が表示され、カウントダウンを始める。


「ちなみに戦闘行動を開始した場合は、これが0になって、本当のカウントダウンが始まるからな」


 カウントが0になるか、俺たちが手を出した瞬間が戦闘開始というわけだ。


「それで、僕たちになんの話です?」

「お前らは随分見込みがありそうだから、ここで鍛えてやろうと思ってな。冒険者の先輩として手解きをしてやろう」


 先輩……そうか、この人……リザードマンも先輩にあたるのか。


「馬車の中での会話を聞く限り、その日の内にチャレンジしそうだったしな」


 まあ、隠してたわけでもない上に俺たち二人しか乗ってなかったわけだから、聞こえててもおかしくはない。


「ちなみに、初日に来てなかったら?」

「そりゃお前……泣き寝入りかな」


 それはユキに感謝したほうがいいな。こいつが行くと言い出さなかったら、明日にしてたと思うし。


「それで、何をご教示してくれるんだ、おっさん」

「大した内容じゃない。ダンジョンマスターの話だ」

「ダンジョンマスター?」


 今、関係あるのか、それ。


「ダンジョンマスターはここの管理者で、ダンジョン……『無限回廊』の攻略を推奨しているってのは聞いただろ?」

「ああ、理由とかは聞いてないけど」

「詳しい話は俺も知らん。けど、実際の攻略速度は早くてせいぜい一ヶ月に一層程度だ。これでも早くなったほうなんだが、実はダンジョンマスターはこれじゃ不満らしい。けど、今攻略してる奴らのケツ引っ叩いたって、そこまでスピードが上がるわけじゃない。奴らだって必死なわけだしな」


 一ヶ月一層ペースだと、遅いっていうのか?


「だから新しい風に期待する。基本的に迷宮都市の中で育った奴は駄目だ。平均以上にはなるが、それ以上は目指せないのが多い。生まれ育ってきた環境に適応してるから、どっかで妥協しちまうんだ。子供の頃からトップの連中を見てるから、"あれが目指す最高峰で、それ以上の才能を持っているはずのない僕たちはあれを目標にして自分なりに頑張ればいいんだ"ってな」


 それは、このダンジョンに入る前に見た学生たちのような人材を指して言っているのだろうか。

 彼らはバッカスについて知っていた。そういう存在を見て育ってきた。だから、無意識の内にそれが目標に"なってしまう"と。


「それじゃ駄目なんですか? その目標も日々更新されているわけですよね」

「駄目らしいぜ。ダンジョンマスターが目指す所は知らねぇが、今よりも早くダンジョンを攻略しろってのは何度も聞かされてる。つまり、正確なところは聞かされてないが、一〇〇層じゃあ終わらないって事だな、無限回廊は。一体どこまで続くのか知らねーけどよ」


 こうして新人に発破かけてまで、あと一年ちょいで到達できそうな一〇〇層攻略を短縮する意味なんてほとんどない。

 街の門前で会った外の冒険者連中も、そういう意味があって呼び込んでいるんだろうか。


「だから、外から風を呼び込んで期待してると。……誰でも良いってわけじゃないんだろ?」


 じゃないと、おっさんがわざわざ俺たちを狙い撃ちする理由がない。外からの風に期待するのなら、他の冒険者だって構わないはずだ。


「そりゃそうさ。馬車で言っていたが、お前ら"日本"出身だろ? ダンジョンマスターの同郷ならそりゃ期待大だ。どんなすげぇ国かは知らねぇけど、それだけで何かやってくれそうな気がする」


 いや、それはどうだろう。日本人に期待し過ぎじゃねぇ? 日本人は別に超人とかじゃないぞ。俺とか、どうにもできないから村で餓死しかけたり、酒場で丁稚してたわけだし。

 というか、やっぱりダンジョンマスター日本人なのね。


「べーつに、絶対にお前らがどうこうしろって言ってるわけじゃねーよ。できるかもしれないから、こっちは"お勉強"の準備して待ち構えてるのさ。期待できそうな奴を、片っ端から全員鍛えれば誰かしら化けるだろ。こっちは誰でもいいんだからな」


 聞いてみればなんてことのない、見込みがありそうな奴らは"お勉強"させて鍛えてやろうぜっていう親心だ。涙が出るね。


「一つ聞きたいんだけど、いいかな、おじさん」

「おう、なんだ」

「トカゲのおじさんが、発破かける役にはなれなかったの?」


 それはユキの挑発か。あるいはただの確認なのか。


「ああ、無理だな。失望してくれるなと言いたいが、この迷宮都市の上位連中はシャレにならねぇ。歳取るとな、段々才能の限界が見えてくんだよ。これは肉体年齢の話じゃねぇ。俺だって今でも現役だが、今いる五十一層に辿り着くまで十年かかった。これ以上攻略できないとは言わねえが、事実俺たちはもうずっと先に進めてねえんだ。あそこから先は壁がある。凡人には容易く破れない巨大な壁だ」

「諦めたって事?」

「諦めてねえよ。ただ、俺だけが先に進もうとしてもしょうがねえんだ。長い事停滞した空気は淀む。淀んだ中で先に進めるのは一部の奴だけだ。俺はこれをどうにかする手段を探してる。淀んだ空気を吹き飛ばす風を求めてる。……だからよ、年寄りの戯言と思っておとなしく後進教育に付き合えや。ルーキー」

「…………」


 それを怠慢だとか、このトカゲのおっさんが大した事ないとか思う事は俺にはできない。

 レベルが制限されて身体能力が落ちているにも関わらず、目の前から感じるプレッシャーはかつて感じた事がないものだ。

 俺たちはこれから、能力制限付き、時間制限付きとはいえ、本来であれば超人とか、英雄とか、あるいは勇者と呼ばれるような相手と対峙しなくてはならないのだ。


 視界に映る時間はもう残り少ない。

 ユキを見ると、ユキもこちらを見ていた。



『お前、これ、負けても次やり直せばいいやとか思ってないよな?』

『まさか、第五層の事を考えるなら、ここで鍛えられるのは千載一遇のチャンスでしょ。僕たちの目標はこのトライアルを初回突破だよ』

『そんな目標は聞いてないけど、まぁそうだな、このおっさんに勝てればできるかもな』

『あ、一応、とりあえずの短期目標だからね』

『わかった、わかった』



 何故か、目を見ただけで通じ合った気がした。超不思議現象である。

 俺個人としては、できれば通じ合うのは女の子が良かったわけだけども、とりあえず今は置いておく。


 カウントダウンがもう少しで終わる。

 トカゲのおっさんが剣を抜いた。トライアル支給の物ではない、おそらく自前の、使い古された曲刀だ。華美な装飾はないが、良い物だろう事は分かる。

 ユキの方は見るまでもない。


 ……じゃあ、挑戦といこうか。


 カウントダウンが終わり、元の10:00の表示に切り替わった。




 最初に仕掛けたのはユキだった。

 投げナイフ。これまでで最も数の多い三本同時投擲。タイミングをずらして短弓の構えに入る。流れるような動作はすでに熟練の域だ。


 俺はそれに合わせておっさんとの距離を詰める。

 当然、ナイフが当たる事は考えてないが、回避するにせよ、打ち払うにせよ、何かしら動作を挟む必要がある。その隙を突く。


 三本のナイフがほぼ同時に着弾する瞬間、おっさんのただの一振りですべてが払われた。

 俺が強襲をかける前におっさんは迎撃の体勢に移っている。着弾に合わせたタイミングがすべて無駄だ。

 くそ、これなら三本ともタイミングをずらした方がマシだった。


 だが、今更止まれない。ほとんど生まれなかった隙に合わせて剣を振る。

 これまで対峙した相手なら確実に届くであろう一閃。

 だがそれは、想像以上に流麗な動作で流され、簡単に体勢を崩された。受けたわけでも払ったわけでもない。その勢いのまま、あらぬ方向へずらされた。

 返す動作で振るわれる曲刀が体勢の崩された俺に迫る。


 冗談だろおいっ!!


 無理矢理体を捻りそれを躱すが、刃がギリギリのところを掠め、俺の肌を浅く裂いていく。

 ギリギリで躱したと思った瞬間、おっさんはすでに次の斬撃動作に移っていた。動作の移行が早過ぎる! 行動の一つ一つで発生する動作に一切無駄が見られない。

 そのままでは避けようもない一撃。真っ二つにされる俺のイメージが頭を過る。


 だが、ユキから放たれた矢を躱すために、その斬撃が放たれる事はなかった。

 生まれた一瞬の隙で、俺は間合いを取る。


「……パネェ」


 洒落になってない。なんだこの達人。

 ほとんど一合で、圧倒的な実力差を見せ付けられた。いくらなんでも、これまでのボス戦と格が違い過ぎる。


 ユキもそう多彩な遠距離攻撃の手段があるわけじゃないが、これに対して近接戦を挑むのは無謀だ。

 となれば、俺が前面に立つしかないわけだが、あの曲刀の壁を突破できるビジョンが浮かばない。


 考える間もなく、おっさんが間合いを詰めてきた。

 俺は当てる事ではなく、受け、払う事を前提として、その攻撃に対処する。それでもギリギリだ。嵐のような剣戟に、生きた心地がしないまま剣を合わせる。

 一撃一撃がとてつもなく重く鋭い。気を抜いたら簡単に剣を払われる。反撃に移るタイミングなんて一切ない。

 まともに喰らえば一撃で致命傷になるだろう斬撃が、嵐のように襲ってくるのだ。


 息もつけない状態で耐える事しかできず、このままだと押し切られるという時、ユキからそれが放たれた。

 尖端に鈎の付いたロープ。今まで使用する事のなかった初見の武器だが、絶妙のタイミングで放たれたそれはおっさんの腕に巻きつき、その動きを一瞬止める。


「ナイスっ!!」


 ユキが作り出した最高の隙を突くべく俺はおっさんに肉薄し、全力で剣を振り下ろした。


「ぐっ!」


 初めて当たった有効打。だが、浅い。

 腕をとられた状態で尚、体を捻り致命傷を回避される。この体勢で避けるかよ。


「くそっ!」


 続けて放つ二撃目。

 だが、その前におっさんは腕を拘束しているロープを逆に引っ張り、あっさりと抜け出してしまった。

 当然のように躱される俺の剣。直後にユキがロープで引っ張られて地面に倒される音がした。

 ユキの手を離れたロープは、おっさんの手によってどこかへと放られる。


「あいたたた」

「大丈夫か」


 おっさんが攻めてくるのを警戒しつつ、間に立ってユキが立ち上がるのを待つ。


「いや、中々どうして悪くねぇ。想像以上だ、まさかこんな簡単に一撃もらうとは思ってなかったぞ」

「……そりゃどうも」


 ほとんど掠っただけじゃねーか。

 こっちは想像以上ってレベルじゃないんだよ。はっきり言って絶望的な技量差だ。

 俺の経験の中で、これほど力の差がある相手との戦闘経験はない。完全に未知の領域だぞ。


 リザードマンの種族特性故か、HPの壁によるものなのかは分からないが、出血もほとんどない。息も上がってない。

 一方こっちは全力で挑んだ結果、この短時間で息が上がってきた。体力には自信があったのにこのザマだ。情けねぇ。

 視界にあるカウントダウンはまだ一分も減ってない。


 視界の端でユキのハンドサインが見えた。自分も前に出る、と。

 ……確かに、遠距離攻撃がまともに通じる相手じゃねえな。


 意を決して、再度間合いを詰める。

 おそらく今日最高の踏み込みで放たれたそれも、やはりおっさんの剣で阻まれ届かない。

 だが、受け流す事はできなかったのか、こちらの体勢を崩される事もなかった。

 今度はこちらの番だと、続けて二撃、三撃と剣を振る。曲刀に阻まれ、届く事はないが、まだ俺が攻め手だ。

 そして、俺の体をスクリーンにして接近したユキが合間から仕掛けた。よし、上手いタイミングだ。


「何っ!?」


 視界の阻まれた場所からの攻撃は予想外だったのか、おっさんの声が上がる。

 刃は届かないものの虚を突く事に成功し、回避でおっさんの体勢が崩れた。

 その隙を突くように俺は剣を振り下ろす。ユキも次の動作に入っている。


 必中の軌跡を描き、おっさんの体に吸い込まれるように剣が走る。

 だが、さすがに当たったと確信した瞬間、俺の脇腹に強い衝撃が走った。


「ぐぁっ!!」


 視界が反転した。いや、宙を舞った。

 なんだ、何が起きた。


 そのまま吹き飛ばされ、地面に落下。

 状況を飲み込めないまま、一回転した勢いを利用して体を起こして追撃に備える。


「ッ!!」


 脇腹を鈍い痛みが走る。これは斬撃の痛みじゃない……まさか、蹴られたのか?


「うわああっ!!」

「うおっ!!」


 前からユキが飛んできたので咄嗟に受け止める。こうやって抱えてみると、想像以上に小さいなこいつ。

 おっさんが足を上げているところを見るに、こいつも蹴られたのか。

 蹴りでここまで人を飛ばすとか尋常じゃないぞ。体格だってそんなに変わらないのに、どんだけパワーあるんだよ。


「あ、ありがとツナ」


 ユキを下ろし、おっさんと距離の空いた状態で対峙する。くそ、腹が痛ぇ。

 完全に剣術だけに意識が行っていた。剣の試合じゃねーんだから、そりゃ脚も出るよな、くそ。


 パワーが足りない。スピードが足りない。反応速度、強敵と対峙した経験。そして何より剣の腕が足りない。

 あまりに隔絶した実力は、大人と子供もいいところだ。この差は《 近接戦闘 》だけで埋まるようなもんじゃない。

 あの剣の腕前は身体能力や経験だけじゃない。間違いなく《 剣術 》かそれに類似するスキルの恩恵を受けている。

 おっさんが、チッタさんが見せてくれたような大量の、いやそれ以上のスキルを保有しているとしたらどれだけの差になるのか。

 これが、迷宮都市の冒険者って奴か。……制限されてこれとか、間違いなく化物だ。


 俺たちを仕留める絶好の機会だというのに、おっさんからの追撃がない。

 見るとおっさんは、その場に立ち止まり手招きしている。余裕見せ過ぎだろ。


 先ほどは二人して簡単に蹴り飛ばされた。剣も未だ隙が見えない。

 ただ、俺のでかい体とユキの小さい体を利用したスクリーンは悪くない。ほとんど体格差のない相手ならかなり有効だ。


「ユキ、さっきのはアリだ。再度仕掛けるぞ」

「分かった。……足技には警戒ね」


 俺たちは再度、おっさんに対峙すべく身構える。


 その時だった。

 俺の視界の片隅に、システムメッセージが映っているのに気付いた。



[ スキル《 剣術 》を習得しました ]




-4-




 それは本当に些細な違いだった。

 剣の振り方、角度、力の入れ具合、脚の運び方、最適かどうかは分からないが、今までの動きから修正すべき点が分かる。

 これまでの《 近接戦闘 》と《 片手武器 》、そして自己流の戦闘経験に頼っただけの剣術から、しっかりと体系付けられた《 剣術 》に昇華されていく感覚。

 一つ一つは些細な差で、外から見たら違いなんて分からないだろうが、使用している本人からすれば絶大な差だ。

 現に、これまで手も足も出なかった相手に、ユキの助力はあるといえ攻め続けていられる。


 だが、まだ最適と意識する動きとの差が激しい。少しのずれで隙が生まれ、切り返される。

 腕を斬られたが、皮一枚。動きに支障はない。これくらいなんでもない。


「てめえ、この土壇場で何か習得したな」


 相手は確信しているが、わざわざ情報を与える必要はない。聞き流す。


 集中。集中。集中。

 大丈夫、少しのミスならユキがカバーしてくれるはず。そう信じて、再度接近戦を挑む。


 おそらく、《 剣術 》スキルはこの戦闘だけで得られたものじゃない。

 かつて山の中で戦った際の経験、このダンジョンで戦った経験に加えて、トカゲのおっさんの剣を視認・体感する事で発現したものだ。

 タイミングがいいというのは間違いないが、あと一押しにおっさんの絶技は十分過ぎるほどだ。習得できるのも必然と言える。

 となれば、このスキルの最適化を進めるのに一番必要なのは"見る"事だ。


 おっさんの剣の動き、角度、軌跡、脚の運びを認識し、学習する。一挙一動のすべてを見逃さず、そのすべてを自分の《 剣術 》にフィードバックしろ。

 なるほど、これは確かにいい"お勉強"だ。最高の参考書とやり合ってるというわけだ。ありがたい。


「ぉおおおおっ!」


 ユキの攻撃に合わせ、隙とも言えないような体勢の乱れに合わせ一撃を繰り出す。

 完全ではないが、現在の最適と判断できる理想の動きと重なった。正に針の穴を通す精密さで、おっさんの剣の結界に生じたわずかな隙間へと叩き込む。

 その一撃は初めておっさんの剣の壁を突破し、有効打を与えた。


「んぐぉっ!」


 斬られた事に一瞬躊躇するものの、返しの大振りを受けて再度間合いが開く。

 だが、こちらも体勢は崩れていない。このまま続行可能だ。畳みかけるべく、再び前へ向かう。

 何度だろうが、その剣結界の間隙を縫って攻撃を通してやる!!


「ほんと、お前らなんなんだ。ありえねぇルーキーだな」


 そう呟くおっさんに、俺は斬りかかった。

 悪くない。これも理想のイメージに近い剣撃――



――ヤバい。



 背中を、何か冷たいものが走り抜けた気がした。

 人生の中で培われた野性の勘が、これまでで最大の警鐘を鳴らしている。止まれと全身が叫んでいる。

 急にスローになった視界の中で、おっさんの曲刀が緑色の光を放ったのが見えた。


 何かが……来る。




――Action Skill《 パワースラッシュ 》――




 視界にそのメッセージが表示されるのと同時に、有り得ないスピードの剣閃が、俺の剣をくぐり抜けて放たれた。

 後出しの癖に、一瞬で俺の剣が到達するよりも早く斬撃が迫る。


「ツナっ!」


 ユキの叫ぶ声が聞こえる。


 マズい、マズい、マズい。これは喰らってはいけない一撃だ。

 躱せ、躱せ、無理矢理にでも回避しろ。


 すでに攻撃モーションに入っていた体勢を、無理矢理回避に移行――


――ダメだ。避けきれない!



 深い、致命傷ともいえる深い剣撃を受け吹き飛ばされる。

 意識したわけでもなく。声にならない叫び声が上がった。


 咄嗟の回避行動と剣でのわずかな軌道反らし、後ろに飛び退いた事で若干のダメージ緩和でできたが、被害は甚大だ。

 俺の体前面へ斜めに刻まれた裂傷は肋骨まで達し、何本かは折れて……いや、切断されているだろう。

 思ったより血が吹き出していないのはHPの壁のおかげだろうか。……直撃なら今の一発だけで死んでいる。

 だが、それでも追撃されれば終わりだ。


「ああっっ!!」


 顔を上げると、スキル発動の隙を狙ったのか、ユキの剣がおっさんに届いていた。


「チィっ!」


 ユキはおっさんの返す攻撃を避け、更に肉薄する。

 俺のとも、おっさんのとも違うユキの剣の軌跡はとにかく早い。スピードだけならおっさんのものを超えている。

 だが、おそらくそれは時間稼ぎなのだろう。一瞬だけ合った目が俺にさっさと立てと言っている。

 ほとんど斬殺死体寸前の俺に対してひどい扱いだ。


 ……ああ、期待に応えてやるよ。まだ死んだわけじゃねえ。


 言うことの聞かない体を、無理矢理動かして立ち上がる。

 夥しい量の出血が体の前面を濡らしていた。元々雑巾同然だった俺の一張羅がボロ雑巾だ。

 この出血量で良く気絶しなかったもんだ。死んでないのは、多少でもステータスによる能力向上があったからなのだろう。


 立ち上がりはしたが、こんなんじゃまともに打ち合えない。と考えていると、ユキから何かか飛んできた。……カードだ。

 受け取り、それがなんであるかも確認せずに叫ぶ。


「《 マテリアライズ 》っ!!」


 カードから発光現象が起きる。これでゴブリン肉だったら、あとでぶん殴る。


 もちろんそんな訳もなく、物質化されたのは< 低品質ポーション >の小瓶。

 コンビニで売っている栄養ドリンクよりも小さい瓶の蓋を開け、一気に煽る。


 飲み干した瞬間、それだけで出血が止まった。そして、少しずつだが力が戻ってくる。徐々に回復という説明だったが、これだけでもなんとか動けそうだ。

 HPだけじゃなく肉体の損傷も回復してくれている。こりゃ高くて当然だ。


 ユキの方を見ると、まだ剣を打ち合っていた。

 ……あれから何秒経った? 十秒以上は経っているはずだ。その間をあいつ一人で持ち堪えたのか?

 いや、おそらくはあいつも何かを習得したのだ。見ている限りでも動きが違う。

 やるじゃん、ユキ。


 そして、俺の視界には再度メッセージが表示される。


[ スキル《 姿勢制御 》を習得しました ]

[ スキル《 緊急回避 》を習得しました ]


 更に二つのスキル習得の表示。

 ……俺もやるじゃん。


 ユキとおっさんの打ち合いは、ユキが使っていた剣が折れた事により均衡が崩れる。


「うわわっ!」

「うおらぁっ!」


 おっさんの蹴りがユキに放たれ、もろに喰らったユキはそのまま後ろに吹き飛ばされて、こっちに飛んできた。

 だが、ユキが受けたのはわざとだったのか、追撃しようとするトカゲのおっさんに向かって空中からナイフを放つ。


「うおっ!!」


 おっさんも意表をつかれたのか、避けきれずにナイフが掠めていき、その脚が止まった。

 ユキはその勢いのまま、俺のところまで飛んでくると着地する。外見は兎なのに、猫みたいな奴だ。


「っ痛ぁーっ、《 マテリアライズ 》っ!!」


 痛みに顔を顰めながら、懐から出した二枚のカードを物質化する。小剣二つだ。

 ……え、こいつ二本使うの? 二刀流?


「ツナ、大丈夫? 行ける?」

「ああ、行ける。血も止まった」


 助けに入ろうかと思ったが、その前に状況が停止した。トカゲのおっさんもまだ攻めて来ない。


「あの《 パワースラッシュ 》のあと、おじさんの動きが止まった。あれは硬直時間があるんだと思う。多分、発動前の溜め時間もある」


 ああ、それでユキが切り込めたのか。

 何かコストはあると思っていたが、格闘ゲームみたいに溜め時間と技後硬直があるのか。MPも消費したりするんだろうか。


「……お前、二刀流するの?」

「さっき、《 アクロバット 》と《 空間把握 》、あと《 小剣術 》を覚えた。レベルアップで力も上がったみたいだし、今なら行けそうな気がするんだ。

あのおじさんに攻撃当てるにはどうしても手数が必要だから」

「そうか」


 腕力が足りてるなら、何とかなるのか? ……いや、こいつなら何とかする気がしてきたな。


「こっちは《 剣術 》と《 姿勢制御 》、《 緊急回避 》だ。さっきより期待していいぞ」

「やるね。この戦闘で一気に強くなった気がするよ」


 違いない。

 カウントを見ると、残り7:00ちょいだった。超長え。




「お前ら、ちょっとおかしいんじゃねーの? そんなポンポンポンポンスキル覚えやがってっ!」


 おっさんがキレていた。いや、知らんがな。

 講習でダンジョン内ではスキルを習得し易いと言っていたが、あくまで多少だ。おっさんの反応を見る限り、この習得速度は異常なのだろう。

 正直ここに来て大量にスキルを習得する理由に明確な心当たりはない。おっさんという能力が隔絶した相手だからかも知れない。

 だが、間違いなくそのおっさんとの差は縮まった。制限された相手とはいえ、明確に手が届く場所まで近付いているのを感じる。


「おまけに毒ナイフなんか投げてくるしよ、ルーキーの癖にこんな物騒なもん持ち歩きやがって。俺、毒治療の魔術持ってねーんだよ」

「あれ毒ナイフだったのか。ラッキーだね」


 お前も知らなかったのかよ。……ああ、さっきの宝箱から出たナイフか。

 俺の手錠も何かに使えないかな。おっさん動き速いから着けられる気がしないんだよな。


「あー止めだ止め、様子見は終わりだ。こっから全力で行くぞ」


――Action Magic《 フィジカルブースト 》――

――Action Magic《 ファストステップ 》――

――Action Magic《 シャープエッジ 》――

――Action Magic《 マキシマムパワー 》――


 立て続けにスキルが発動し、おっさんの体が発光する。

 え、何それ、補助魔法? ここからまだパワーアップすんのかよ。


「ちょ、ちょっとそれは大人げないんじゃない? おじさん」

「うるせぇ、ルーキーども!」


 能力制限かかってるとはいえ、ベテランなんだからここは余裕持って対応しようぜ。

 何、追い詰められた発狂ボスみたいになってんだよ。……まさか変身とかしないよね。


「いいか、今俺は毒でHPが継続的に減少している状態だ。普段なら発動する自然回復のパッシブスキルも、レベル制限されるから治療手段がねぇ」


 何暴露してるんだろう。


「このスピードでHPがなくなれば、あと三分もしない内にHP全損だ。だから、あと三分間、全力で来い。三分耐え切るか、HPを全損するかすれば、お前らの勝ちだ。ついでに撃破ボーナスも持って行きやがれ」


 なるほど、毒でリミットが短縮されたって事か。

 加えて、追加ダメージがあれば更に短縮できるって事だ。わざわざ教えてくれたって事はおっさんなりの激励なんだろう。


「ところでおじさん、僕ちょっと疑問に思ったんだけど」

「なんだよ」

「毒ってさ、HPへのダメージだけなのかな? ……普通、体自体にも影響あるんじゃない?」


 それは今聞く事なのか?

 確かに俺も疑問ではあるが、それが分かったところで今の状況には何も影響は……

 ……違う、こいつ時間稼ぎしてるのか。……いや、いいけどさ。なんて小癪な奴だ。もっとやれ。


「……そりゃお前、毒だって一種類じゃねぇ。ステータス異常としての毒の効果は全部同じだが、HP減少以外にも毒の種類によってステータスに出ない効果も反映されるぞ。現に今も力が抜けて来て……って、てめえ! 時間稼ぎだなこの野郎」

「気付くの遅いよおじさん!」


 ユキはそう言うと、すでに取り出していた何かを地面に叩き付ける。

 それは、地面に叩きつけられた瞬間、大量に煙を発生させ……って煙幕かよ!


「うおっ、てめえ汚えぞ!」

「うるさいよ。勝てばよかろうなのだ」


 そういうとユキは、煙幕に驚いているおっさんに向けて更に何かを投げつける。


「うぎゃっ!」


 視界が悪くなっていたおっさんは煙に巻かれたまま、その直撃を受けたようだ。姿は見えないが悲鳴が上がった。

 俺たちはさっさとその場から煙の薄い場所へ移動する。


「ぎゃあああっ!! い、いってえ! 目が痛えっ! なんだこりゃ!! てめえ何しやがった」

「刺激物を大量に詰めた卵でござる。ニンニン」


 ニンニンじゃねーよ。なんでいきなり忍者みたいになってんだよ、お前。


「て、てめえ、ぶっ殺っ、痛えーーっ!」


 煙の中から絶叫が聞こえる。

 俺たちは煙の中をゆっくり移動した。


「ユキ、お前いくらなんでもひどくない?」

「ダメージはないからね。一分くせいは稼げるんじゃないかなっ!」


 ユキは追撃で弓を放つ。超ひどい。


「うおおおっ危ねえっ! 何しやがるんだっ!」

「僕は移動しながら牽制する。煙が晴れたら勝負だ」

「分かった」


 ユキは煙の中に消えていった。

 というか、この煙玉どうなってるんだ? えらい大量に煙吐いてるんだけど。

 っと危ない、じっとしてたら場所特定されるな。念のため移動しておくか。




-5-




 しばらくすると、煙が晴れてきた。

 トカゲのおっさんが言っていた時間まではあと一分以上あるが、さすがにこれ以上の時間稼ぎは難しいだろう。

 現に、おっさんの姿が見えてきた。ユキが当てたのか、三本ほど矢が刺さっている。あと、なんか変な物体がへばり付いていた。


 煙の中で対象も見えないだろうに、どうやって当てたんだ? 今更だけど、あいつ色々すげぇな。


「ふ、ふふふ、……ぶっ殺す」


 毒のせいか、体が変色しているのにも関わらず、おっさんの声は怒りに震えていた。

 そりゃ怒るよな。俺でも怒る。

 でも、あいつがした事は何も間違っちゃいない。取れる手段をとっただけだ。


 ユキはトカゲのおっさんを挟んで、対角線上にいた。

 毒で弱っているようだし、先ほどまでだったらユキと同時に仕掛ければ良かったのだろうが、各種ブーストが気になる。

 ここはやはり俺が前に立って、あいつが遊撃というのが正しい戦法だろう。

 実際、ユキもこっちを見てそう訴えている……ような気がする。


「さて……」


 仕切り直しだ。

 俺は何合も撃ち合った結果、ボロボロになっている剣を構え、おっさんと距離を詰める。


「ああ、てめえらは悪くねぇ、時間稼ぎが有効ならそりゃ正しい手段だ。だが、ルーキー相手でここまで小馬鹿にされたのは初めてだぞ」

「いや、俺悪くないっス。主にあいつが犯人です」

「おめえも同罪だよっ!」


 おっさんが飛びかかってきた。

 その動きは先ほどまでと違い精彩を欠いていたが、補助魔法のせいかスピードは遥かに上だ。

 初撃で仕留めるつもりなのか、その曲刀が鈍く発光する。おそらく例のスキルだ。


「うおらぁっ!!」


――Action Skill《 パワースラッシュ 》――


 おっさんの剣から放たれた斬撃は、なるほど、速い。

 発生を視認してから回避をする事はおそらく不可能であろう剣速だ。少なくとも今の俺には。

 だが、それが来ると分かっているなら話は別。タイミングを合わせて回避するだけだ。

 補助効果で斬撃のスピードが上昇しているが、それでも間一髪躱す事に成功する。


 ちなみに、別のスキルという選択肢があったり、もっとスピードがあったりしたら、こうして真正面から撃たれてもアウトだ。

 制限でこれしか使えないといいな、という前提に基づいた賭けだ。この試験でしか通用しない博打のようなものである。


 ギリギリおっさんのパワースラッシュを躱した俺は、そのまま狙っていたカウンターを決めるため、横薙ぎに剣を振る。

 避けられた事が想定外だったのか、おっさんは驚愕の顔を見せる。

 スキル発動後のわずかな硬直時間を狙ったその攻撃はヒットし、おっさんのHPを削った。この戦いで、ほとんど初と言っていいクリーンヒットである。

 どの程度削れたかは目視できないので分からないが、これで更に時間は削れたはずだ。


「ぐぉっ!! ……なろぅ、確かに初見じゃねー上に選択肢がねーとはいえ、避けるかよ」

「いや、偶然っす」

「お前明らかにカウンター狙ってたじゃねーかっ!」


 よし、こんな簡単な挑発でも効くくらい、頭に血が上ってるな。この調子でユキを見失ってもらえると助かる。

 正面きって戦うのは俺の役目だ。このまま俺を見ていてもらおうか。


 落ち着いて、剣を構える。

 こちらからわざわざ攻めてやる必要はない。毒がブラフじゃない限り、このまま時間が経過すれば勝ちなのだ。

 ……あのフラフラの状態見てると、さすがにブラフっても考え難いしな。色々ご愁傷様ですって感じだ。


 時間制限のせいで焦っているのか、攻めてきたのは向こうだ。スピードもパワーも上がっているが、最初よりは遥かに見切りやすい。

 《 姿勢制御 》の効果なのか、剣を振る際の体勢の安定感が増している。これまで気が付かなかったような、些細な体勢の変化さえ認識できた。

 《 剣術 》のスキル効果は更に精度を増し、より的確にその剣を向けるべき先を認識し、剣筋を描く事ができる。


 いくらベテラン相手とはいえ、能力が制限されているおっさんであれば対等に打ち合えるくらいには強くなっていた。


 隠し球がなければ、こうして俺と撃ち合っているだけでも終了だ。

 おっさんの剣の壁を抜くのは相変わらず容易ではないが、こちらも致命傷は避けるくらいなら余裕。一か八かで《 パワースラッシュ 》を撃ってくれば、カウンターだ。

 そして、拮抗している今の状態に、ユキが黙っているはずもない。


「はぁっ!」


 一体どこから現れたんだと言わんばかりに、死角からその剣を走らせる。

 俺だけで拮抗していたのだ。スピードで上を行くユキの剣が一本、いや、二本増えればさすがに捌ききれない。

 小剣二本とはいえ、二刀流なんて早々習得できる技術じゃないはずなんだが、その姿は一応様になっている。

 今ならできる気がすると言っていたのは、それができる下地がすでにあって腕力が足りていなかっただけなのかもしれない。


 鉄壁と思われた剣の壁は少しずつ綻び始め、一撃、二撃とダメージを重ねていく。

 攻撃を重ねていく中で理解する。このおっさんはやっぱり化け物だ。確かに当たってはいるのだが、分厚いHPと鱗の壁が俺たちの攻撃を阻み、碌にクリーンヒットもない。

 動きが鈍ってる状況で尚二人を相手にして粘っていられる事が、おっさんの異常性を示している。

 こんな化け物、トライアルで出すんじゃねーよ!


「んなろぉっ!!」


 とうとうキレたのか、おっさんの剣が緑色に発光した。

 だが、技の始動を確認できている以上、それが《 パワースラッシュ 》である限り、回避できない要素はない。

 大丈夫、いくら早かろうが正面から使われるならもう当たらない。それが、どんな体勢で放たれるのか、どんな軌跡を描くのかを観察する余裕すらある。

 二度目よりも危な気なくそれを回避する。


 そして、"今、この瞬間にそれが出るかよ"と言わんばかりのタイミングで、俺の視界にシステムメッセージが出現した。


 追撃をしない俺に振り返り、再度 パワースラッシュ を放つおっさん。すでに状況判断もできないのか、自棄糞気味に興奮している。

 俺は、それを正面から迎え撃ち……



「《 パワースラッシュ 》ッ!!」


――Action Skill《 パワースラッシュ 》――



 たった今覚えたばかりのスキルを発動した。




-6-




「……まったく、信じられねぇルーキー共だな」


 魔化してその姿が霧に変わる間、おっさんが語り出した。

 演出なのか、魔化にかかるスピードが長い。


「ごめんね、おじさん。まさか糞玉が当たるとは思わなかったんだ」

「やっぱり糞かよ、ちくしょおっ……聞かなきゃ良かった……」


 ひど過ぎる。


「まあ、色々ぶっ殺したくなる生徒だったが、勉強になったかい、ルーキー」

「あ、はい、……そうですね、ありがとうございました」

「ありがとうございます」


 どこまで本気だったかは分からないが、このおっさんもベテランだ。最後は暴走気味になってたけど、手加減してくれたんだろう。

 本来の実力だったら手も足も出ないような差があるはずで、わざわざ能力に制限をかけて試験官をしてくれたのだ。

 その恩恵は大きい。本当だったら、こんなところで得られるはずのない経験をさせてもらった。


「とはいえ、時間経過で終わるならともかく、まさか負けるたぁ思わなかった。《 パワースラッシュ 》使えるルーキーなんてほとんどいねぇぞ。ましてや、トライアル中に覚えるなんて」


 それは三回も見せてもらったからだろう。習得した《 剣術 》の影響や、この身で受けた事も影響しているかもしれない。


「あー、ツナのほうはいい、お前は頑張れよ」

「はい」

「ユキ、てめえは許さん。新人戦で指名してぶっ殺してやるからな!」

「え? あ、はい」


 ユキが良く分かってないまま返事をして、トカゲのおっさんは消えた。

 ……新人戦ってなんだろうか。


「いやー、強かったね。ちょっと洒落になってなかった」

「本当だよ。二層も三層も大した事なかったのに、いきなり難易度上がりすぎだっつーの」


 こんな戦いばっかりなら迷宮都市の冒険者はそりゃ強くもなるわ。


「おじさんは狙ってボスになったみたいだから、毎回こんな難易度じゃないと思うけどね。……でも、これで初回クリア見えてきたかもね。ちょっとびっくりするくらいスキルも色々覚えたし」

「スキルか……、相手がおっさんだから覚えたんだろうな」


 訓練とかではなくガチに殺しに来てたからな。

 ダンジョンに習得補正などがかかってる可能性もあるが、それでもこんなスピードでスキルを習得する事なんて、普通にやってたらありえないだろう。

 某ゲームなら閃きでピコンピコン鳴ってたはずだ。トカゲのおっさん道場である。


「そういやお前、まさか二刀流覚えたりしたのか?」


 最後の方は様になっていたように見えた。


「にひひ、覚えたよ。カードの方は相変わらずの五個しか表示されてないけど、《 小剣二刀流 》だってさ。すごいね、このまま忍者でも目指そうかな」


 煙玉とか使ってたしな。

 忍者ってここの街で通じるのかね。


「ツナも色々覚えたし、このまま第五層に行くでしょ? 帰るとか言わないよね?」

「さすがに言わねぇよ。ここまで来たら華々しいデビュー飾ってやんぜ」



[ トライアルダンジョン第四層 階層ボスを攻略しました ]

[ ボストライアルの攻略により、Lv4以下の挑戦者のみレベルアップボーナスを獲得 ]



 アナウンスで攻略の完了が告げられる。


[ 四層ボス撃破ボーナスとして、スキルオーブ:《 看破 》と記念アイテムが提供されます ]


 そういえば、撃破するとボーナスあるって言ってたな。


 エリアの中央に、俺たち二人分の宝箱が出現した。

 罠もないだろうと蓋を開けると、手のひらサイズの水晶球が入っていた。これがスキルオーブというやつなのだろう。

 これ使うとスキルを覚えられるのだろうか?


 横を見ると、ユキはもう使ったあとなのかオーブがなくなっていた。あいかわらず躊躇いのない奴である。


「《 看破 》!!」


 小さい名探偵か、逆転する弁護士ばりに俺を指して言う。その動作は必要なのか?


「おー、ツナの名前とHPが見える。……それだけだね。でも、ないよりは遥かにマシかな」

「そうだな、HP分かればかなり違う」


 俺もスキルを覚えるべく、スキルオーブを手にとる。

 ……これどうやって使うんだ?


「なんか、"使う"って考えたら使えたよ」

「なるほど」


 困っていたのが分かったのか、ユキから助け舟が出た。

 言われた通り、"使"ってみると、スキルオーブが消えシステムメッセージが表示される。


[ スキル《 看破 》を習得しました ]


 さっきの戦闘で何回も見たそれだ。

 試しにユキに向かって発動すると、名前、HPが表示される。MMO-RPG的なアレだ。残念ながらMPやそれ以外の情報は表示されない。

 HPの表示もただのバーだけで、数値は表示されないようだ。


「多分これ、デビュー後に簡単に覚えられるものなんじゃないかな。汎用的過ぎるし」

「そうだな、"ちょっとだけ先行して覚えられますよ"的な感じだな」


 あとで手に入れる場合はちょっとだけ値段が高かったり、余計にクエストを攻略したりする必要があったりとかだな。


「あー、発動している間はずっとMP減り続けるみたいだね。今の僕らはMP消費する手段がないから関係ないけど、魔術使うなら注意だね。わりかしガンガン減ってる」

「確認するタイミングで少しだけ発動する感じになるのかね。だとすると、スキル名言わないで咄嗟に発動できる練習が必要だな」


 一階で見せたチッタさんの《 マテリアライズ 》とか、おっさんの《 パワースラッシュ 》みたいに。


「ツナの《 パワースラッシュ 》もだね。できればダンジョンボスの前に習得したい」

「そうだな、咄嗟に出せないと困るしな」


 そのための音声起動なんだろうが、なくても起動できるほうが便利に決まってる。

 メッセージは表示されるにせよ、わざわざ声上げて何使うか宣言してやる必要もないし、奇襲する場面とかで声なんか上げたくない。


「そういえば、記念品ってなんだ? さっきの水晶球しかなかったぞ」

「僕のほうも空だったよ。……ツナの宝箱にカードがあるね」


 言われて見てみるとスキルオーブの置いてあった場所にカードがあった。……下敷きになってたのか。


「記念品ってくらいだから大したもんじゃないだろうけどね。……どれどれ?」


 そう言いながら、ユキが中のカードを取り出す。それ俺の宝箱なんだけど。


「これはひどい……」


 ユキがこちらに向けたカードには、『リザードマンの遺影』と書かれたトカゲのおっさんが描かれていた。

 この迷宮都市でしかできないブラックジョークだな。確かに死んだけど、生き返るはずなのに……。


「あとでおじさん探して、これプレゼントしようか」

「止めて差し上げなさい」


 お前、ただでさえヘイト稼ぎまくってるのに、もっと目を付けられるぞ。


「んじゃ、チッタさんも待ってるだろうから、もう行くか。遺影はお前が好きにしていいぞ」

「え……、僕もいらないんだけど」


 トライアルも残すところ、あと一層だけだ。

 こうなったら最速記録打ち立てて、チッタさんやトカゲのおっさん、フィロスたちをびっくりさせてやろう。




 ……迷宮都市に来たばかりだからしょうがないけど、知り合い少ねーな。



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