第4話「階層主」




-1-



[ トライアルダンジョン 第二層 ]


 俺たちが降りたトライアルダンジョン第二層は、第一層とは異なりひどく人工的な石造りのダンジョンだった。

 出現する敵は、第一層のゴブリンに加えて吸血蝙蝠と狼っぽい何か。相変わらず強くはないが、数が多い。

 第一層の三倍程度にはエンカウントするイメージだ。チッタさんに聞いてみると、これくらいが通常のダンジョンのエンカウント率らしい。


 戦闘の度にユキと手分けして殲滅する。

 ぎこちなかった連携も割と様になってきた。何より、ユキの緊張が解けたらしいのが大きい。

 そう、ユキは問題ない。……問題があるのは俺だ。


「こなくそっ!!」


 飛び交う蝙蝠に向けて剣を振るが、当たらない。

 超音波で独自の回避行動を行っているから当たらないとかそんな問題ではなく、単純に俺が飛行している相手に慣れていないのだ。

 器用なユキはすぐにコツを掴み、今では飛んでいる蝙蝠にも矢を当てている。マジすげぇ。


「ふんぬっ!!」


 俺は首に噛み付いてきた蝙蝠を手で掴み、潰す。

 やばいな、マジ当たんねぇ。

 別に強くはないのだが、当たらないのは問題だろう。この先飛ぶ強敵が出てきたらアウトじゃないか。


「ちょっと安心したニャ。ツナもルーキーらしいとこあるじゃニャいか」

「噛み付いてきた蝙蝠を鷲掴みで握り潰すのがルーキー?」

「握り潰すのはあんまいないけどニャ。このままだと駄目なところが無さ過ぎて面白くなかったニャ。ルーキーは色々失敗してなんぼニャ。……とは言え、パニックにならないのはさすがニャ。そこら辺はやっぱり違うニャー」


 普通は首筋に噛み付かれたりしたら、大したダメージがないとしても恐怖を感じるだろう。

 ゴブリンも噛み付いてきたりするのでさすがに慣れてるけど、もし毒持ってたらアウトだな。


「敵もいなくなった事だし、ここで一つレクチャーするニャ」

「はーい」


 潰した蝙蝠はとりあえずそこらに捨てておいた。すぐに魔化して消えるだろう。


「さて、ここまでダメージを喰らわニャかったツナが、さっき蝙蝠の攻撃を喰らったけど、カードのHPが減ってるのが分かるかニャ」

「えーと……、確かに」


 わずかばかりだが、最大値から減少していた。


「えーと、僕ちょっと疑問なんですけど、そもそもこのHPってなんですか?」

「生命力じゃないのか?」


 0になったら死ぬか、気絶するかは知らないが。

 いや、納得はいかないけどさ。


「それはちと違うニャ。このHPっていうのは壁みたいなもんニャ」

「壁?」

「壁ニャ。相手の攻撃から身を守る壁。盾でも膜でもいいけど、この数値分肉体へのダメージを肩代わりしてくれるニャ」


 なるほど、RPG的とは言っても、本質は数値の削り合いではないという事か。シールドの耐久値がHPという事ね。


「という事は、0になっても死なない?」

「死なないニャ。ただ、0になると壁がなくなるわけだから、直接生身に攻撃が届くようになるニャ。この状態で斬られたら簡単に死ぬニャ。下級の内ならともかく、これが中級、上級と上がっていくにつれ、HP0ってのはイコールで死亡と変わらない状態になるニャ」


 そらそうだろうけど。それはつまり、HPの概念のない外の人間は常にHP0という事で、地球の常識から考えるとそれが普通なんだが。


「じゃあ、HPがある限り、肉体へのダメージはないって事なのか?さっき噛み付かれたんだけど。刺さったぞ」

「このHPの壁を突破する方法はいくつかあるんだけど、その一つがクリティカルニャ。全部が全部というわけでもニャいんだけど、攻撃の際にある確率でHPを無視した攻撃が通るニャ。さっきのツナが喰らった攻撃は、HPによって多少減衰しているものの、何割かは直接肉体へダメージが通ったニャ」


 なるほど、生命力そのものと言われるよりは納得できる。

 つまり、クリティカルはHPに大ダメージを与える"かいしんのいちげき"扱いじゃなく、貫通ダメージって事か。


「じゃあ、急所狙いとか意味ないって事ですか? 僕のスタイルだと、正面からぶつかるより、急所を狙う事が多いんですけど」

「意味なくはないニャ。クリティカルで直接攻撃が通ればそれはやっぱし急所ニャし、HPも体全体を満遍なく守っているわけでもニャいから、やっぱり弱いとこは弱いニャ。クリティカルじゃなくても、ある程度攻撃力と防御力の差があると何割かは直接ダメージが通るしニャ。あちしはできないけど、上級ランクになるとこのHPの部分濃度を意図的に変化させて瞬間的に特定箇所を守る技術もあるらしいニャ」


 擬似ピンポイントバリアか。格好いいな。


「つまり、一点集中した攻撃のほうがよりクリティカルになり易いって事なんですかね? 斬撃より刺突とか」

「あー、言われてみたらそうかもしれニャいニャ」


 それは経験則からの回答で、模範回答のようなものはないのかも知れない。

 クリティカルの発生条件とか、詳細は不明瞭な部分があるって事だろうか。この猫さんが詳しく知らないだけかもしれないけど。


「普段考慮するのは、武器性能やスキルによるクリティカル確率の補正だから、攻撃方法による発生確率の違いってのはあんまり考えた事なかったニャ。レイピアとか、鎌とか、刀とかはクリティカル補正がかかり易いんニャけど、そういう意味もあるかもしれないニャ。噛み付きとかもろそれニャんだし」


 やっぱり刀あるのか。


「噛み付きってクリティカルが出やすいんですか?」

「体術全般がクリティカル出やすい傾向があるんニャけど、モンスターがやってくる噛み付き攻撃は特にヤバイニャ。大して攻撃力がない奴らでも平気でHPぶち抜いてくるニャ。これは気をつけるポイントニャ」


 正に窮鼠猫を噛むという事だ。噛み付き攻撃は危険と。おっかないね。




-2-




 さて、俺が飛行生物が苦手だった事以外は二層もトントン拍子で進み、もうすぐボス部屋らしい。

 俺も段々空中の敵に当てるのに慣れてきた。


「というわけで、ボス戦ニャ。ここのボスは階層主といって、二回目以降の挑戦でも倒さないと先に進めない特殊なボスニャ。ここと三層、四層、そして五層のボスを倒す事が冒険者としデビューするための登竜門となっているニャ」


 全部の階にいるのかよ。一階も必須でないにしろボスはいたし、ちょっと出過ぎじゃねぇ。


「出てくるボスとか聞いてもいいんだよな?」

「問題ないニャ。ここ二層はオークが挑戦者の人数と同じだけ、三層はゴブリンリーダー率いる三匹チームがこれまた挑戦者の人数分出てくるニャ。今回なら六匹ニャ。四層はちょっと変わって、挑戦人数に関係なく強いリザードマンが一匹出てくるニャ。五層は規定で言えないニャ」


 五層はその目で確かめろって事か。フィロスが言うような、初心者の洗礼が待ってるんだろう。


「ゴブリンやオークは分かるけど、リザードマンもモンスターなのか?」


 リザードマンは数が少ないので、迷宮都市の外ではまず見かける事はないが、独自の文明を持った種族だったはずだ。

 迷宮都市まで連れてきてくれたおっさんもリザードマンだったんだが。


「モンスターじゃないニャ。というか、迷宮都市だとそこら辺の基準がかなり曖昧ニャ。会ったと思うけど、ギルドで働いてるゴブタロウはゴブリンだし、オークも普通に町中で見かけるニャ。ダンジョンで出てくるのは、そこまで知能を持っていなくて共存できない奴か、金もらって仕事としてモンスター役をやってる奴ニャ。こういう試験的なとこで出てくるのは仕事が多いニャ。あんま区別つかないけどニャ」


 仕事かよ。まさか、モンスター役やらされる仕事とかないだろうな。


「ま、仕事だろうと、そうじゃなかろうと手加減する必要はないニャ。もしそうだとしても相手も了解してるわけだし、それを含めたギャラもらってるはずニャ」


 なんだろうな、このプロレス的な感覚は。やってる事はガチの殺し合いのはずなのに。


「これから戦うオークの最大の特徴は、ちゃんとした武器を持ってる事ニャ。だから、というわけじゃニャいけど、技……アクションスキルを使ってくる事もありえるニャ」


 確かにいつか戦ったオークのほとんどは棍棒とかで、ちゃんとした武器を使ってたのは派手なやつくらいだったな。


「ちなみにどんな武器を?」

「毎回変わるから今回はってのは分からニャいけど、基本的に近接武器のはずニャ。武器のグレードはここのレンタル品くらい、というかそのものニャ。あと、盾持ってたら割と厄介かもしれないニャ」


 それなりの武器を使ってくると。持ち込みなら有利になるって事かね。


「ま、二人ならここは特に問題ないと思うニャ。あちしは専用通路使って先行ってるから、さっさと倒して来るにゃ」


 と言うと、チッタさんは壁の迷彩色になっていた扉を開け、さっさとどこかへ行ってしまった。

 倒さないと先進めないって言っていたのに、えらくシュールな光景だった。


「えと、僕らがあの通路使ったら失格だよね?」

「さすがにそうじゃねぇ?」




「さて、オーク二匹って話だったよな」

「人数に合わせるって話だったからそうだね。僕はもちろんないけど、ツナはオークと戦った経験は?」

「あるぞ。というより、これまでに一番ぶっ殺した数が多いモンスターだ」

「え、冗談のつもりで聞いたんだけど、本当にあるの? ゴブリンよりも生息域は少ないはずだし、強いって聞いてるんだけど。まさか、豚っぽいから食べるために探したとかじゃないよね?」


 さすがに見た目が豚でもそれはない。大体あいつらすぐ腐るし。

 いや、腐らなかったらいいのかっていうと、……当時だったら探してたかもしれないな。


「たまたまな。ウチの山に集団で現れたから戦ったんだよ。ちなみに食べるために探したわけじゃないが、やっぱり不味かった。ゴブリンよりはマシだけどな」


 豚の生肉を究極までまずくしたらあんな感じだな。

 一階で食ったゴブリン肉みたいに、焼けば多少マシかもしれない。


「やっぱり食べたんだ……。集団相手にしたって事は、二匹くらいは余裕?」

「山とダンジョンって場所の違いがあるけど、問題ないだろうな。俺一人でも良いぞ」

「いや、さすがに僕も戦うよ。トライアルなんだから」


 敢えて言わないが、オークだけはドン引きされるくらいぶっ殺した経験がある。

 俺のこれまでの人生で最大の正念場だった。特に、あの派手なオークとの戦いは今でも夢に見る。


「じゃあ、向こうが連携してくるかもしれないけど、一対一でやってみるか」

「うん。王都だと、冒険者の箔付ける最低ラインがオークの単独撃破らしいから、丁度いいかもね」


 そうなのか……。

 あれ、じゃあ大量のオーク相手に無双……はしてないけど、戦った俺は傭兵とかやれたのかな? 酒場で丁稚しなくても良かったのか?


「じゃあ、連携の打ち合わせも必要ないな」

「うん、……何か気を付ける事はある? 経験者的に」

「んー、あいつらさ、皮下脂肪がすごくて、皮も厚いからあんま刃が通らないんだよな。あと、なんか吠えてくる」

「吠える?」

「多分スキルなんだと思うけど、良く分からん。ただの威嚇かもしれない」


 ゴブリンはやってこないんだよな、あれ。


「それくらいかな?」

「うん、じゃあ行こうか。……あ、やっぱり危なくなったら助けてもらっていい?」


 ヘタれるなよ、おい。




-3-




 ボス部屋はコボルト戦のふざけた雰囲気とは違って洞窟のまま、天井がドーム状になった円形の広場だった。

 戦うには十分な広さで、ちょっとした体育館くらいの面積はある。

 俺たちが入ってきた入り口は、閉じると消滅して壁になってしまった。どんな仕組みかは分からないが、後戻りは不可という事だ。


「じゃ、ここでは基本不干渉で。やばくなってどうしようもない場合は『助けて下さいお願いします』と言え」

「わ、分かった」


 分かるんじゃねーよ。冗談だよ。


 広場の真ん中まで歩いてくると、奥の地面が発光し始めた。俺たちを挟んで左右両方向だ。

 魔法陣的な模様が描かれているので、召喚魔法的なものだろう。……演出がどうたら言ってたし。

 分かれて出現するなら、分担は楽だな。


「じゃあ、ユキは左のな、俺は右」

「わ、分かった。意表をついて後ろから出てきたりとかないよね」

「まあ、一層の事もあるから有り得なくもないが、そしたらその時考えるか」


 魔法陣から強い光が立ち上り、それが晴れるとかつて大量に殺害したのと同じ豚が立っていた。事前情報通りのオークであり、俺とまったく同じ剣を構えている。

 ゲームでは良くある演出だが、これまで魔法的なものに触れてこなかった身としては新鮮だ。

 チラっと反対側を見ると、ユキの担当は手斧持ちで、盾も構えていた。あちらのほうが強そうだ。


「じゃあ、行こうか」


 と、俺が近付き始めたところで、豚が大きく息を吸い込んだ。おそらく、例のスキルだろう。


「ユキ、例のやつだ。 気をつけろ」

「気をつけろって、どうすればいいのさ」

「分からんけど、気を強く持つとか」

「適当だねっ!?」


 次の瞬間、左右両方の豚から、咆哮が放たれる。



――Action Skill《 獣の咆哮 》――



 その瞬間、視界に謎のメッセージが表示された。所謂システムメッセージだ。

 スキル発動するとこんな風に表示されるのか。マジでゲームだな。


――威圧効果をレジスト――


 続いて、表示される結果のメッセージ。

 そうか、この咆哮は何かしら効果はあるけど、俺がレジストしてたのか。


「ユキ、お前は大丈夫か?」

「だ、大丈夫、じゃないけど、大丈夫……」


 ……本当かよ。

 ユキを見ると、ガチガチというほどではないせよ、このダンジョン開始の時くらいに緊張しているように見えた。

 まだオークは攻めてこないので、とりあえず蹴っておく。


「いたっ、な、なにすんの!」

「馬鹿、萎縮するな。状態異常にかかったのか?」


 外から見てる分には明らかにおかしい。威圧っていうのを喰らったのだろうか。


「……ごめん、もう大丈夫。少し効いてたみたい」

「そうか。じゃあ、敵さんも律儀に待ってくれてたみたいだし、行くぞ」


 改めて、俺はユキと分かれて右のオークに近づいていく。

 オークは警戒するようにその場で剣を構え、こちらを待ち受けている。


 ああ、これは今までのよりは遥かに強いな。ゴブリンやコボルトとは構えからして違う。

 ユキが向かった方向から、戦闘が始まる音が聞こえてきた。……俺も戦闘開始といこう。


「プヒィィィっ!!」


 豚らしい雄叫びを上げながら剣を振り上げて、こちらに迫るオーク。

 振り下ろされた剣を俺の剣で打ち払うと、そのパワーが伝わってくる。

 剣を通して伝わってきた手応えは、スピードもパワーも一階のゴブリンとは比べ物にならない。

 山で戦ったオークと同じ程度には強そうだ。使っている武器が違うから、ここのオークの方が強敵だろう。


 剣を払われた事で崩された体勢を強引に戻して、オークが二撃目の横薙ぎを払ってきた。

 俺は体だけを後ろへとずらし、それを躱す。


 二撃目を避けられた事で学習したのか、オークは大振りを止め、コンパクトなフォームで剣を振り始めた。

 ダメージよりも命中精度、払われても大きく姿勢を崩さないようにとするその判断は正しい。ゴブリンより遥かに頭がいい。さすがオーク様だ。

 剣を振る。躱す。振る。躱す。アッパースイング気味の切り上げを躱す。

 続いての攻撃は、剣ではなくその巨体を活かしたタックル。迫る巨体を同じように躱して……


「じゃあな」


 俺は取り出した手斧を振り上げ、体勢の整っていないオークの脳天に振り下ろした。

 頭蓋骨の割れる音が手を通して伝わってくる。


「プヒィィィっ!!」


 頭を割られた事で即死判定となったのか、血を吹き出しながら断末魔の声を上げて、オークは消えていった。

 吹き出した血痕と匂い以外は跡形もなく消え失せ、あとには二枚のカードが残った。

 うむ、危な気ない完全勝利である。素晴らしい。


「えーと、何々、『トライアル・ロングソード』と『焼オーク肉』……ってまた肉かよ」


 正に俺の屍を越えていけと言わんばかりに、肉残していきやがった。

 剣の方は名前のまんま、俺が使ってるのと同じトライアルダンジョンのレンタル品なんだろうな。カードだから、予備として持ち歩くには丁度いい。


「さて、あっちはどうだろうかね」


 反対側で戦ってる相棒を見やると、まだ戦っていた。ちゃんとした接近戦をしているユキは初めて見るが、割といい動きである。

 相手の攻撃は避けながら、ちゃんと自分の攻撃は当てている。オークの体には複数箇所に裂傷と出血が見られた。

 ただ、一つ一つの傷は浅いのかオークさんはピンピンしていて、逆にユキはちょっと息が乱れているように見える。

 この構図だけ見るとちょっと卑猥だ。陵辱エロゲーでありそうな場面である。


「大丈夫かな、あいつ」


 心配は心配だが、長くなりそうなので、俺はその場に腰を降ろし……


「《 マテリアライズ 》」


 ……オーク肉を物質化させた。

 いや、ちゃんと危なくなったら助けるからね。休憩、休憩。

 漂ってくる臭いは豚肉だ。間違いない、奴らは豚だ。

 味はというと、一応豚肉っぽい味がした。ゴブリン肉とは比較にならないが、それでもまだ不味い。平成日本人が食べたら一口で吐き出すレベルだが、それでもその程度である。


「食えない事はないな、まったく問題ない」


 生で食ったものとは比べ物にならない。焼くだけでこんなに違うものなのか。こんな事なら、奴らを生きたまま燃やして食えば良かった。

 血抜きとかの問題もあるだろうから味は変わるにしても、生で食うよりはマシだったはずだ。もったいない。


「な、何してるんだよ、ツナっ!」


 あ、ヤベ、気付かれた。

 戦闘は継続中であるにも関わらず、ユキがこちらに向かって叫んできた。


「豚肉のっ、臭いがしたとおもっ、たらっ! 目の前にオークいるのに何食べてるのさっ!」


 いや、戦ってるのお前だから。

 でも、良く考えたら、オークさんに失礼かも。


「ブヒッ……? ブヒィィィッ!?」


 ユキがこちらに叫んでるのに気になったのか、オークさんがこちらを見る。

 一度ユキに視線を戻そうとしたが、座り込んで食事を始めてる俺に吃驚したのか、再度振り向いて動きが止まった。二度見である。

 その瞬間、チャンスとばかりにユキの小剣が深々とオークの首に突き立てられる。


「おおっ」

「プヒィィッ!!」


 深々と突き立てられた剣が首から引き抜かれた途端に舞う鮮血。うん、これは勝負ありだな。俺が肉を食う事を止める理由がなくなった。

 その後、血を吹き出しながらも動き続けたオークだったが、失血死するまで放置されて絶命した。


「いや、トドメ刺してやれよ。可哀想だろ」

「嫌だよ、僕の小剣ひどい事になってるんだよ」


 見せられた剣は確かに血と脂でひどい事になっていたが、そんな状態ならもうあんまり変わらないんじゃないかな。

 そうなる事が分かってるから、俺は剣で切りつけずに斧を使い頭部を狙ったのだ。


「それより、戦闘中に何食事始めてるんだよ」

「いいだろ、こっちは終わったんだから。役割分担するって言ったじゃねーか」


 事前にちゃんと言っているのに心外である。


「それは別にいいけどさ、あのオーク、自分が戦ってる最中に相方が食われてるのと同じ状況だったんだよ。ちょっとあんまりな絵面じゃない?」

「……そういや、そういう事になるのか?」


 オークがドロップしただけで、別にあのオークそのものではないが。

 ……ああ、だからあのオーク、こっち見て動き止まったのか。

 確かに自分たちに置き換えると、肉の焼ける臭いがしてユキが食われてる様な状況だから、それなら俺もビビるかもしれない。


「あー、もう何がなんやら。……それ、美味しいの?」

「不味いけど、ゴブリンよりマシ。お前のほうもドロップしたんじゃね?」

「したけど……、今はいいや。あー疲れた!」


 そう言うと、ユキは俺のすぐ近くで大の字に寝転がった。汚れそうだが、返り血やなんやらでもう今更感はある。


「全然ダメージ通らなくて、当てても当てても終わらないのは辛いね」

「割と華麗なステップだったじゃないか」

「この感覚はなんだろう、……あれだ、アウトボクシングの辛さが理解できた気がする。蝶のように舞って蜂のように刺せない」


 本当かよ。



[ トライアルダンジョン第二層 階層ボスを攻略しました ]



「お」


 システムアナウンスが流れて、攻略が完了した事を知る。


[ ボストライアルの攻略により、Lv2以下の挑戦者のみレベルアップボーナスを獲得 ]


 おお、一階と同じボーナスか。これで俺たちもLv3である。

 あまり変わった気はしないのだが、それでも意味ないという事はなく、多少は力がついたように感じる。


「そういや、豚が吠えた時にメッセージ出たか?」

「え、ああ、そういえば出たね。なんだっけ? 《 獣の咆哮 》?」

「スキル発動と結果が表示された。クリアの時のアナウンスと違って音声はなかったけど、あれシステムメッセージだよな」


 少なくとも、外では見た事がない。


「そうだね。あれかな、この街に来てシステムアップデートでもされたのかな」

「ああいう風にスキルの発動が分かるんだな。外でも表示されてたら、威圧効果があるって教えられたのにな」

「ああ、そうね、うん、……そっか、あれが状態異常か。なんか強制的に萎縮させられたというか……。そんな強烈でもなかったから、かかったとしても一律同じ効果ってわけでもないかもね。……なんでツナは効果なかったの?」


 知らんがな。外で何回も喰らったけど、何か変わった事なんかないぞ。


「……メンタル?」

「あーうん、すごく納得した」




-4-




 その後、入り口とは反対側の壁に出現した扉を潜ると、猫耳が立っていた。


「おつかれさんニャ。わりと時間かかったニャ?」

「試しに一対一でやってみたんで。あと、肉食ってました」


 ユキのももらいました。


「そ、そうかニャ。ツナのその我が道を行く感じはすごいと思うニャ。まあ、お疲れニャ。ここから戻る事もすべてけど、どうするかニャ?」

「戻る?」


 そういえば、チッタさんの後ろに、このダンジョンに入る前に潜ったのと同じワープゲートがある。最初に言っていた中継地点というやつだろうか。

 ……という事は任意で戻れるのか。クリアするか、死んでリタイアするまで継続するのかと勘違いしてた。


「ボスを倒したあとにはそれぞれワープゲートが設置されてるから、引き返せるニャ。あのゲートを潜れば地上に直行ニャ」

「引き返したら、また最初からですか?」

「最初からでもいいけど、引き返した中継地点からも開始できるニャ。遡って始めるニャら、ボス戦を再度行う事になるニャ。ただ注意点として、一度攻略から引き上げたら、次の挑戦は六日以上空けないといけないルールがあるニャ」

「え゛っ……」

「マジか……」


 ああ、だから最短攻略記録が一週間なのか。これ以上縮めるにはこのアタックで攻略完了するしかないと。

 連続してダンジョンアタックはできない仕組みかよ。


「えーと、なんで六日も空けないといけないんでしょう?」

「うーん、詳しい事は良く分からニャいから、そういう決まりとしかいえニャいんだけど、このルールはここ以外でも共通で適用されてるのニャ。死亡ペナルティの回復とか、次の準備したりと色々やる事も多いから、実際にはそう短いってわけでもないニャけどニャ」


 休養期間と捉えるべきなのだろうか。

 となると、その時間分の稼ぎも必要となるわけで、稼ぎが少なかったからダンジョン潜る回数を増やそうっていうのも難しいわけだ。

 バイトとか考えたほうがいいかもな。


「だから、単純に金がなくて生活に困ってる下級冒険者じゃなくても、副業持ってる冒険者は多いニャ。まあ、中にはみっちり休養してる奴もいるし、ひたすら訓練してるストイックな奴もいるニャ。……んで、どうするニャ?」


「続けます」


 俺の意見も聞かずにユキは続行宣言である。

 どっちかっていうと、疲れてるのはお前だろうに。


「ユキもやる気みたいですし続行で。このゲートって三層のボス戦のあとにもあるんだよな?」

「あるニャ。四層のあとにもあるし、……まあ、そのあとは攻略後にニャるけど。じゃあ、キリキリ次行こうかニャ」


 まだ半分も来てないはずなので先は長そうだ。しかし、間を空ける必要がある事を考えると、進めるだけ進んでしまったほうがいいだろう。




[ トライアルダンジョン 第三層 ]


 ワープゲートの脇の階段を降りると、そこは第三層だ。見た目はあまり変わらない。


「ここからは何が変わるんです?」


 二層に降りた時には、雑魚敵の種類とエンカウント率が変わっていた。


「雑魚敵は四層まであまり変わらないニャ。ここのメインイベントはボス戦と、宝箱ニャ」

「宝箱!」


 ちょっと疲れてたユキが、いきなり元気になった。

 宝箱っていうと、RPGとかでなんで置いてあるのか、誰が置いたのか良く分からないお約束の一つだな。自然の洞窟内にポツンと置かれてたら怪しい事この上ない。


「宝箱って、誰が置いてるんですか?」

「ダンジョンが勝手に作って置くらしいニャ。ここは例外ニャけど、普通は設置場所が固定されてるわけじゃニャくて、ランダムで出現するニャ。壁の中に半分埋まってる事もあって、そういう時は頑張って掘り起こしたりするニャ」


 それはバグかなんかじゃないのか?


「ルーキー向けに、一人一つ設置って感じですか? それとも僕ら二人で一つとか」

「一人一つニャ。だから今回は二つ設置されているはずニャ。ちなみに一回開けると、次来た時には宝箱はニャいから気をつけるニャ」


 一回限りのご祝儀って事ね。


「何が入ってるのかは決まってるのか?」

「ランダムニャ。ランダムだと思うけど……あんまり他の人の話は聞いた事がないニャ。多分ランダムニャ。基本、他愛もない物が入ってるからみんなすぐ忘れるニャ。他のダンジョンの宝箱だと、質流れした武器とか、割といい物が入ってるんだけどニャ」


 講習で言ってたやつか。一定期間内に買い戻さないとデュラハンにプギャーされるという。

 知り合いのものが出たりしたら気まずくならないだろうか。


「ちなみにチッタさんの時は何が入ってたか覚えてます? 何年前かは知りませんけど」

「あちしはよっく覚えてるニャ。……猫耳のカチューシャだったニャ」


 それはひどい。意味がないにもほどがある。


「……い、いいじゃないですか、猫耳。可愛いし」

「あちしが着けたら、耳が四つになるニャ。……ユキは獣耳が出たらこの攻略中は強制装着ニャ。同伴者特権を行使するのニャ」


 そんな権利あるのか? ……いや適当に言ってるだけだな。そんな権利あったら、素直にゴブリン肉食ってないだろ。


「えー、別にいいですけど、ツナもですか?」

「…………」


 なんかじっと見つめられてるんですけど。照れるぜ。


「こいつはいいニャ」


 なんでやねん。俺は猫耳つけるなってか。




 というやりとりがあってユキも元気が出たのか、三階の道中はあっという間に終わった。

 相変わらず一本道だし、俺が蝙蝠に苦戦した以外は別段特筆する事項もない。


「というわけでやって来ました、宝箱」


 ボス部屋の手前。専用の部屋で、俺たちは宝箱三つを前にしていた。……三つ?


「挑戦者の分だけじゃなかったのか?」

「あー、こっちの赤いのは同伴者用の箱ニャ。中身は何も入ってないニャ」


 なぜ空の箱を用意する。


「そっちの青いのが、挑戦者用の宝箱ニャ。どっちを選ぶかは二人で決めるといいニャ」

「せっかくだからここは赤の箱を選ぶぜ、とか駄目なんですか?」


 おい止めろコンバット!


「何を言ってるか分からニャいけど、これは駄目ニャ」

「駄目ですか……。ツナはどっちにする? 鍵とか罠とかはないんですよね?」

「トライアルの宝箱はないニャ。ここ以外の宝箱は鍵かかってたり、罠付きだったり、ミミックっていう宝箱に擬態したモンスターだったりする事もあるニャ。ついでに言っておくと、何故か宝箱の近くはモンスターが湧きやすくなってるから、周囲を警戒するのが普通ニャ。開けた途端寄ってくるニャ」


 宝箱に罠とかあるのか。

 ここだと死んでも生き返るから即死トラップとか普通にありそうだな。"いしのなかにいる"とか。

 シーフかスカウトかは知らないが、チッタさんのような専門家が使う技能が必要になってくると。

 自分で覚えてもいいんだろうが、俺は向いてなさそうだ。どっちかというとユキの方がイメージに合っている。


「ユキが先に選んでいいぞ。どっちでもそう変わらないだろ。必要なら交換すればいいし」

「そう? じゃあ、せっかくだから、僕はこの右の箱を選ぶぜ」

「じゃあ、俺はせっかくだから左の箱を選ぶぜ」

「な、なんニャ。何がせっかくなのニャ?」


 コンバットさんの口癖とか、分からんでもいい。まさか、この世界に同じゲームがあるわけもないし。

 さて、俺が蓋を開けると、その大きな箱には見合わない大きさのものが鎮座していた。それは、悪い事をするとお世話になる銀色の腕輪だ。カードではなく実物である。


「……手錠?」


 なんだ、これで後ろの猫耳を逮捕しろという事なのか? まさかそういうプレイ用なのか?


「どうしたニャ?」

「いや、ちょっと想定外のものが入ってたので……。何に使うんだよ、これ」

「随分変わった腕輪ニャ。……腕輪?」


 知らないのか。逮捕歴はないみたいだな。

 この街で手錠を使うかは分からんが。


「腕輪には違わないですけどね。……使う機会はなさそうだな」

「まあいいニャ。ユキはどうだったニャ」

「ナイフです。割と良さ気な感じなので当たりの部類かな?」


 そう言ってユキは、手にした高そうなナイフを見せつけてきた。ドヤ顔である。

 この野郎、逮捕してやろうか。


「随分と高そうなナイフだな」

「装飾も凝ってるし、ウチの実家なら結構な値段がするだろうね」

「ガラクタだけじゃなくて、ちゃんと実用品も出るんだニャー」


 どうも、ここは本来あんまりいいものが出るようなイベントではないらしい。

 ……そりゃそうか。ルーキーの講習用イベントだもんな。ユキがラッキーだったって事か。

 それにしてもこの手錠どうすんべ。ユキならどこぞの警部みたいに、投げて相手の足にはめたりすべてのかな。


「じゃあ、次はボス戦ニャ。ゴブリンだからといって油断してると、足を掬われるニャ」

「ゴブリンリーダーでしたっけ? どう違うんです?」


 色が違うとかじゃないだろうか。容量の節約的な。


「単純に強いニャ。多分オークも使ってきたと思うけど、ゴブリンリーダーも何かスキル使ってくる可能性があるニャ。ランダム性があるから使ってこないかも知れニャいけど」

「リーダー以外は普通のゴブリンですか?」

「基本的はそうニャけど、リーダーの《 指揮 》スキルが働いてる影響で若干パワーアップしてるニャ。リーダーを倒せば効果は切れるから、倒す順番を考えるといいニャ」


 頭を先に潰すか、確実に手下から倒すかってところだろうか。

 対複数を想定した敵のテストなのだろう。


「第一層と同じ感じでいいか?」

「オークと違って僕でも攻撃通ると思うから、基本はそれでいいと思うよ。狙えるならリーダー優先で」

「じゃあそれで、さっさと行くか」

「随分早いみたいニャけど、もう打ち合わせはいいかニャ。じゃあ、あちしは先行って待ってるニャ」


 と言うと、チッタさんは赤い宝箱を開けて、中に入っていった。

 しばらくすると、部屋の宝箱はすべて霧のように消えてなくなった。

 ……あれ、通路の入り口なのかよ。


「次もあんな感じのギミックがあるのかな?」

「いや知らんし」




 さあ、折り返し地点のボス戦だ。




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