第3話「レクチャー」




-1-




 自分の体内へ意識を集中させる。

 緊張はしていないか。必要以上に昂揚していないか。体の各部に異常はないか。

 聞こえてくる音に何も問題はない。極めて正常。静かだった。どうやら、こうして戦う場所が変わっても特に緊張していないらしい。

 外から聞こえるのは空気の流れる音と、目の前のゴブリンの鳴き声だけだ。


 後ろのユキとチッタさんも、ちゃんと俺とゴブリンの対峙を見守っている。余計な茶々も入れてこない。

 迷宮都市というからには、ゴブリンといえども多少違う個体が出てくるかと思ったが、正直拍子抜けだった。

 山の中で戦ったゴブリンどものほうがよっぽど強く感じた。目の前のコレの脅威度はカブトムシと大差ない。


 ここは子供ですら攻略するような訓練用のダンジョン。しかもその最初の敵だ。文字通り子供騙しなのだろう。

 対峙したゴブリンからは威圧感すら感じない。本人がやられ役だと自覚しているのかもしれないと、そう思えるほどに迫力がなかった。


「ギャッ!!」


 特有の鳴き声を上げてゴブリンが向かってくる。今日出会ったギルド事務員のように喋ったりしない。

 向かってくるその姿にスピードもパワーもない。棍棒はただ振り上げて下ろすだけ。

 そのまま返り討ちにしてやっても良かったが、この戦いは練習のようなものだ。とりあえず、ゴブリンを避けてみる。

 あっさりと攻撃を避けられたゴブリンは、回避した俺の姿を一瞬見失い、立ち止まって、俺の姿を見つけてから、再度俺の方へ突っ込んできた。

 相手がどう動いているか見てもいない。動かないカカシにでも突っ込んでいるようなものだ。

 再攻撃の際にも動きがまったく同じである。このまま避けても展開は同じだろう。


 実際のところは、山の中で戦ったゴブリンも戦い方はこれと大して変わらない。目の前しか見えてないし猪突猛進をそのまま表したような猪だったが、それでもパワーもスピードも違う。わずかだが威圧感もあった。

 これはそれよりも遥かに格下。身体能力も、相手を殺そうとする意思もまるで違う。あっちが野生児でこっちは華奢なシティボーイ?

 ……もういいか。緊張してない事は分かったし、体も動く。敵が弱すぎて試金石にもならない。あと、やるべき事は、このレンタル品の切れ味を試すくらいだろうか?


 俺はわずかに体をずらし、再度突っ込んできたゴブリンの攻撃をギリギリの距離で避け、そのまま剣を一閃した。

 骨に達しない程度に首を軽く切り裂く。このままでも終わりだが、念のため、そのまま勢い余って前から倒れこんだゴブリンに後ろから軽く剣を突き入れた。

 絶命したのか、ゴブリンはそのまま霧となって消えた。講習で言っていた通り、外よりも魔化の速度が早い。一瞬で消えた。

 ……ドロップ品とやらは……落ちてないな。


「終わったぞ」


 振り返ると、ユキとチッタさんの二人が近付いて来た。


「はー、すごいね。大人と子供だね、これじゃ」

「どう考えてもアレが弱すぎるだろ。アレでなんの訓練になるんだよ」

「まあまあ、アレは本当のやられ役だからニャ。幼児相手にすら負けるサンドバッグみたいなもんニャ。生き物を殺した事がないとか、人型のモンスターを倒した事がないって人向けの訓練らしいニャ」


 殺されるために配置されたモンスターか。確かにあれじゃ野良犬にも勝てないだろう。

 現代日本でも……いや、条件を限定すれば倒せない奴もいるかもしれないな。暴力を振るった事がないとか、ひどいトラウマ持ちとか。


「ツナは一層の雑魚戦はもういいニャ。ゴブリン虐殺したいって趣味があるなら止めないけど」

「確かにもういいや。ユキが戦ったら次行こう」


 あんなの相手に数こなしてもしょうが無い。


「あ、うん、そうだね」


 ユキの歯切れが悪い。


「なんだよ、まさか緊張でもしてるのか?」

「え、ああ、……うん、そうだね。色々訓練はしたけど、あまり戦闘経験ないから、やっぱりね」

「ツナ、これは普通の反応ニャ。相手が強くてすくむとか怯えるとかじゃニャく、ようは戦闘自体に慣れてないのニャ」

「そうか、じゃあ緊張解けるまでゴブリンぶっ殺そうぜ」

「相手モンスターニャのに、ものすごく不謹慎な発言に聞こえるニャ」


 あんた、さっきやられ役って言ってたじゃないか。


「とりあえず頑張ってみるよ」


 と、ユキは意気込んでいたが、最初の一匹は牽制のつもりで撃った弓矢が頭に刺さりそのまま死亡。

 それで、色々吹っ切れたのか、次からは投げナイフ、小剣と、色々試すような戦闘を続けた。こいつ、攻撃のバリエーションが多彩だな。


 ユキの緊張を解くという意味では役に立ってるので、確かにこういう雑魚戦も必要なのかもしれないと思った。

 俺の言葉通り大量にぶっ殺したが、迷宮都市の外なんて比じゃないレベルであっという間に魔化、腐って霧状に溶けてなくなっていったので、死体が転がるような事はない。

 一度出血した血も、本体が死ねばある程度は一緒に魔化してくれるようなので、血を拭う手間もほとんどかからない。

 そうして、ユキは十体近くのゴブリンを葬った。


「あれ、なんか出た。……なんですかこれ」


 ユキが指を向けた場所には、何やらカードのような物が落ちていた。


「それがドロップアイテムニャ。拾ってみるのニャ」

「はい、……カード?」


 ユキが拾ったのはカード状の光沢のある物体だ。遠目にはプラスチックにも金属にも見える。


「この迷宮ではモンスターを倒すと稀に、こういったアイテムとか、素材になる体の一部とかがドロップするニャ。

カードにならないでそのまま出てくる事もあるから、腕だけとかドロップするとマジビビるニャ。……ちなみに、そのカードにはなんて書いてあるニャ?」

「えーと、『おにぎり』?」

「トライアルダンジョンは初心者用という事もあって碌なものが落ちてないから、そんなんでも第一層なら当たりのほうニャ。それを持って魔力を流すと、おにぎりになるニャ。おにぎりってのは米っていう穀類を炊いて手のひらサイズに握ったもので……」


 おにぎりについての講釈が始まったが、良く知ってるので聞き流す。

 しかし、ゴブリン倒すとおにぎりが出てくるのか。なんて素晴らしい仕様なんだ。

 なんで山で生活していた時にこの仕様がなかったんだろう。俺、この仕様だったら山のゴブリン駆逐してたのに。


「なるほど、カードからおにぎりになるから、床に落ちたわけでもないって事か。汚くて食べられないって事はないね。でも、魔力の流し方とか分からないんですけど。カードにMPの表示はあったけど、これまで使った事なくて……」


「そういう場合はカードを持って《 マテリアライズ 》って言えばアイテムになるニャ。MPは消費するけどニャ」


 そうチッタさんが言うと、ユキは一度自分のカードを見てから「《 マテリアライズ 》」と言った。消費MPを確認したのか。


 カードが発光し、ユキの手元におにぎりが現れる。海苔も何も巻かれていないただのおにぎりだ。


「おお、すごいねこれ。初めて魔法使っちゃったよ」

「確かに魔法のカテゴリではあるニャ」


 いいな、俺も使いたい。カードなしでおにぎり出せる魔法とかないかな。


「消費MPは……1だけ減ってる。チッタさん、これってどんなものでも一律で消費MP1?」

「いい質問ニャ、基本的に質量の大きいものは消費MPが増加する傾向にあるニャ。一度物質化したカードは再度カードに戻せないから、重い物は大抵街に戻ってから《 マテリアライズ 》するニャ。カードのまま換金する事も多いにゃ」

「嵩張らないし、軽いし、確かにこのままのほうが楽だね。……所持制限があるわけじゃなく、普通のRPGみたいに大量にアイテムを持ち運べるのを再現してる?」


 おにぎりでシステム分析するな。食い物を目の前にしたら他にすることがあるだろうに。


「ユキ、腹減った」

「え、えぇ? ダメだよ、これは僕が初めてドロップさせたアイテムなんだから、記念だよ」

「まさか取っておく気か」

「食べるよ。ツナもそこらのゴブリン探してドロップさせればいいじゃないか。あ、美味し……くはないかな。……っていうか、古米を適当に握った的な安物って感じのおにぎりだね。外だと、これでも高級品扱いだと思うけど。というか、ツナ、昼ご飯あんなに食べたのに、もうお腹空いたの?」


 俺、食べる量は普通だけど消化早いねん。食い物を目の前にチラつかされると、余計に腹が減るんだよな。


「むふふ、じゃあツナにはいい物をやるニャ」


 チッタさんがにじり寄ってきた。なんだろう、マタタビとかもらっても嬉しく無いんだけど。

 渡されたのはユキが手に入れたものと同じくカードだ。ただし、書かれている名前と絵は『おにぎり』ではない。


「……『焼ゴブリン肉』」


 まさかのゴブリン肉だった。なんだ、こいつとは何か因縁でもあるのか。

 俺、迷宮都市に来ても、これ食わないといけないのかな。


「講習だと、ゴブリン肉って不味いって話だったよね」

「焼けば食えない事はないニャ。……ないらしいニャ。一応食料扱いだしニャ。ささ、ツナ、腹減ってるならどうぞニャ。ちなみにこれをルーキーに勧めるのも同伴者のマニュアルだったりするのニャ」


 マニュアルなのかよ。どんだけテンプレ化してるんだ、ゴブリン肉の不味さは。


「《 マテリアライズ 》」


 そう言うとカードが消え、いつの間にか鳥もも肉っぽい何かの骨付き肉が手に収まっていた。何かっていってもゴブリン肉なんだけどな。

 見た目は悪くない。焼きたてそのままのようで、若干湯気が立っている。


「匂いも悪くないね。普通の鶏もも肉って感じ。クリスマスとかで売ってそう」

「ふむ」


 と、そのまま齧り付く。

 噛んだ途端、口の中で宇宙のように広がる渋味、えぐ味。食感も最悪だ。口に入った途端、匂いまで劇物に変わる。わさびのように突き抜ける風味が気管部を汚染する。

 そして、微かに感じる旨味。無理やり押し込んでみましたという感じのそれは、肉本来の不味さを際立たせ、一層の劇物へと昇華している。

 正にZ級グルメ。金出しても食いたくない。


「ち、躊躇しなかったけどどうかニャ。実はあちし食った事ないニャ」

「うん、不味い。他に食う物があるなら絶対に食わないな。でもアレだな。ゴブリンそのまま齧るよりはマシだ。食えるよ、これ」


 焼いてるし、不味さの度合いでいうなら、生をそのまま齧るのが-1000で、こっちは-500くらいだ。ちなみに基準としては青汁で-3くらい。


「にゃ……ニャ? どんな味覚してるんだニャ?! どれだけの冒険者を悶絶させたか分からないほどだっていうのに」

「というかツナ、講習でも言ってたけどゴブリンそのまま齧ったの?」

「食うものがなかったんだ。仕方なかった。殺すとすぐ消えるから、生きたまま齧るのがベストだったんだ」


 まあ、普通はドン引きだろう。俺がした事とはいえ、生きているゴブリンにそのまま噛み付くあの絵面はちょっと人にお見せできない。

 あんな事は、正気じゃできない。正に極限の世界だ。


「完食。あー不味かった。ゴブリン倒してこれが出るなら、少なくともこのダンジョンでは餓死しそうにないな」

「ど、どんだけニャ。まさか、言われてるほどじゃないのかニャ。噂のままだったとしたら、あんなに平然と食えるわけない……にゃ」


 キャラが崩壊しかかっていた。


「よし、じゃあチッタさんも食ってみるといい」

「ニ゛ャッッ!!」


 何を言い出すんだこのアホは、とでも言いたげな表情だった。

 表情だけでパニックに陥ったのが分かる。なんて分かり易い猫耳だ。


「ま、まさか、そんな罰ゲームみたいニャこととと…。なんであちしがしなくちゃ……それに、そう、品切れニャ」

「「いやそれはない」」


 ユキと二人でハモってしまった。


「何を言うのニャッ! 言いがかりニャッ!! ゴブリン肉なんて、持ち歩く奴はそうそういない……いないニャ」

「いや、だって……」

「マニュアルなんだろ? だったら参加者の分は持ってるのが普通じゃないか? 今回の挑戦者は俺とユキの二人だから二つ持ってくるのが普通……」

「ニャ、た、たまたまニャ、これは、たまたま持ってて、いや、その…違うニャ。これはゴブタロウの陰謀ニャ」


 陰謀論出たよ。


「あーはいはい、じゃあ俺がゴブリン倒してくるから、ゴブリン肉が出たらチャレンジな。多分生だろうけど」

「な、何を言ってるニャ! そんな馬鹿な……、そんな馬鹿な展開……」


 確かに、俺が食ったからといって、チッタさんが食わないといけない理屈は完全無欠にどこにもない。パニックになって思考が働いてないだけで、それに便乗したノリに過ぎない。

 ただ、今この猫さんは、ドラマに出てくるような、追い詰められた小心者の犯人みたいな状況になってるから、このまま押し切ってみよう。

 パニックになった犯人は勢いで押すのがベストだ。水を飲ませるとか、間を空けてはいけない。


「えー、チッタさんのー、ちょっとイイとこ見てみたいっ!!」

「それ一気、一気っ!!」


 ユキと二人で、昔の飲み会的なノリで追い詰めたら、ようやく折れた。

 この猫さん、流されやすいタイプである。


「わ、分かったニャ。食べるニャ。分かったからそのコール止めるニャ。良く分からないけど、追い詰められるプレッシャーはハンパじゃないニャ。……実はこの仕事を受けるとゴブタロウ事務員に人数分持たされるニャ」


 またゴブタロウか。ほとんど話してないのに、今日何回名前を聞いたか覚えてないぞ。


 おずおずと、何かに責められるような状態のまま、懐からカードを出す。

 表情を見ているだけでも、内心でのすさまじい葛藤が伝わってくる。

 さすがに慣れているのか、何も言う事なくカードから例のもも肉が出現した。


「まあ、大した事ないっスよ~。ほら、俺とか食っても普通だったでしょ。みんな不味い不味い言うから想像膨らませちゃってるだけですって~」

「そ、そうだニャ。いくらなんでも、世間で言われてる『ゲロのほうが万倍マシ』ってのは言い過ぎだニャ」

「わー、僕、先輩のカッコイイところ見てみたいなー」


 煽る俺とユキ。

 そして、この場では俺だけが知っている。その世間の噂が正しい事を。


「よ、よし、いくニャ。いっちゃうニャ」

「あ、僕たちカウントダウンしますね」


 ユキは俺のノリに合わせてるのか、棒読みでチッタさんを執拗に追い詰める。

 こいつ、人の追い詰め方を良く心得てらっしゃる。なんて頼もしいんだ。


「よーし、ごー! よーんー!」


 芸人として、あとに引けなくなるカウントダウンが始まった。


「さーん! にー!」


 チッタさんは青ざめた顔でカタカタ震えていた。


「いーちっ!!」


 俺たちは煽るように声を上げる。


「ぜーろっ!!」

「ニャーーーーーーー!!」


 そこまで頑張らなくても良かったのに、チッタさんは大口を開けて、手に持った肉の半分ほどまで一気に頬張った。

 噛む瞬間までは普通だから、それまでは勢いでなんとかなってしまうのが罠だ。


「ん、んんんーーーーーっ!! ぐぼぇらニャぶぉえっ!!」


 そして、猫さんは星になった。




-2-




「あ゛ー、これヤバイ。不味さで死人が出るレベル。ツナは良くこんなの食べられるね。しかも平然と……うぇっ」


 悶絶ダウンしたチッタさんを放ったらかしにして、ユキは残ったゴブリン肉をチビチビと齧っていた。

 おそらく、自分一人が食べていないと、あとから責められるのを避けるための、少しでも食べたという言い訳作りだろう。案の定、一口で食うのを止めやがった。


「食べる?」

「いや、いらねえよ。いくら俺が腹減ってても、それならおにぎり出るまでゴブリン殲滅するわ」

「だよね。埋めておこう」


 適当に放り捨てればいいのに、ユキはどこからか取り出したスコップで穴を掘り始めた。

 片手に持てる小さいのはシャベルだっけ? どっちでもいいが。


「この世界、スコップなんてあったんだな」

「自分で作った。地球でどれくらい古くからあったのかとかの歴史は知らないけど、穴掘り用の鉄製の道具はツルハシくらいしか見かけなかったからね。鍛冶屋に入り浸って作らせてもらったんだ。まあ、作ったっていっても設計と手伝いだけだけど、割と便利だよ、こういうの」

「俺は不器用だからな。何か物を作るとかそういうのは壊滅的に駄目だ」


 武器でも、血や汚れをぬぐったりグリップ調整くらいしかできない。ちゃんとしたメンテナンスができるかどうかは怪しい。砥石も使った事がない。

 俺は、前世から何か物を作るとか生産的な事ができなかった。漫画にしろゲームにしろ小説にしろ、すべて消費者側だ。


 しかし、こいつもずいぶんとバイタリティに溢れた人間である。

 上手くいかなかったとは言ってたが、転生モノの主人公が試すような事は大概やってるんじゃないか?


「お前さ、他にどんなに挑戦したんだ? いわゆる転生テンプレ的な物」

「んー? 一通り試したよ。でもさ、尽く失敗。付け焼き刃じゃどうしようもないんだよね。おいおい、そんなの概要知識あるだけの素人がやっても上手くいくわけないだろって奴じゃなくて、簡単に上手くいきそうな単純なものでも、意外と上手くいかないの。上手くいってもあとに続かないとか、コストに見合わないとか、役に立たないとか、平成日本で流通してる精度のものとはかけ離れてるとかで、どれも意味がなかった。このスコップみたいにちょっと役に立つ程度かな。黒色火薬も少量は作れたけど、応用が効かなくてただ作れただけだったし。……爆発はしたよ」


 そういうもんなのかね。現実は非情だ。


「料理とかは? テンプレだとマヨネーズとか……」

「それ、ツナがマヨネーズ食べたい訳じゃないよね? ……まぁ、マヨネーズは前世で経験もあったし、もちろん作ったよ。でも、できたにはできたけど、すんごい不味くてさ。最初は僕が下手なのかなって思ったんだけど、油も卵も全然質も味も違うんだよね。他にも、お菓子を作ろうとしても、砂糖とか蜂蜜は異様に高いし、メープルシロップもテンサイもないしさ……。そもそも、料理以前に食材の種類が少な過ぎてどうしようもないし。塩も結構な値段するし。肉だって現代日本みたいに食用に養殖された豚とか牛とか鶏じゃなくて、老衰して死んだのとかだから超硬いし……。あ、ごめん、ゴブリン直接齧ってた人に言う事じゃなかった」

「うるせーよ。落ち込んでるから聞かないほうが良かったかなとか思ったら、いきなり毒舌吐きやがって」


 俺も最初のほうはわりと何も考えずに上手くいくと思っていた方だから、分かる分かるって感じだったのに。

 ちなみに俺の場合は環境の問題もあって、あっという間に諦めた。マヨネーズはおろか、卵も砂糖も食用肉もロクに食った事ないから次元が違う。


「そういえばさ、このゴブリン肉だけど、何処のゴブリンの肉なんだろうね?」

「何処のって……そりゃあ、冒険者が倒したゴブリンじゃないか?」

「でも、僕が倒したゴブリン、霧みたいになって消えちゃったよ。持ってた棍棒すら」


 つまり、ゴブリンがゴブリンのもも肉を携帯しているという事か? 軽くホラーだな。


「多分あのカード、別にあのゴブリンが携帯してたわけじゃないんだろうなって思うんだよ」

「じゃあ、どこから出てきたんだ?」

「このダンジョンのシステム」


 ああなるほど。つまり、カードを持っていたゴブリンを倒したわけじゃなくて、ゴブリンを倒したから確率でゴブリン肉がドロップ……いや、出現したと。


「持ってる奴を探さなくても、確率でドロップするわけだ。んで、そいつが消し炭になろうが、普通に肉がドロップすると」

「そこまではわからないけど。例えばゲームだったらそのパターンとか、見た目も性能も同じだけどドロップ率が違う個体がいるとか。倒した敵の数によって確率が変化したりとか、時間によってドロップする物が変わるシステムのゲームも見た事あるよ。いや、それはいいんだけど。僕が言いたいのは、思った以上にこの世界……この迷宮都市は僕らが知っているコンピュータゲームのルールが反映されているように見えるんだ」


 作った奴が前世のゲームのシステムを真似た? って事だろうか。参考にしたでも、リスペクトしたでも、あるいはパクったでもいいが。


「迷宮のランダム作成とか、専用エリアとか、あとはレベルやHPもそうだし、そもそもスキルもそうだよな」

「聞いただけだけど他に定期アップデートとか……極めつけは死なない事かな。だから、ひょっとしたらだけど、意外に僕ら元地球人にしか分からないような、そんな穴がある気がするんだ。ゲームだとすると相当に巨大なプログラムだから、普通に考えてデバッグの漏れがあったほうが自然だよね」


 それは分からんぞ。どこかの土下座神様が作り上げた完璧なシステムかもしれんじゃないか。


「デビューとかしたら色々試してみようか」

「そうだな。必死こいて先に進むだけが目的じゃないみたいだし。急がば回れでシステムの解析をしたほうが早いかもな。一〇〇層攻略でここがなくなったりしなければだけど」

「え、ツナ、あの話信じてたの? そんなわけないと思うよ。あと少しで攻略されるダンジョンだから頑張って下さいって、ルーキーに言うのは不自然だよ」

「……そうだな、俺たちを煽るにしても不自然だな」


 どう考えても俺たちに最前線まで辿り着く時間的猶予はない。


「じゃあ、お前はゴールは何層だと思うのよ」

「さすがにわからないけど、多分キリのいいところだから、三〇〇か五〇〇か、まさかの一〇〇〇か……もっとかもね」

「そりゃのんびり攻略できそうだ」


 むしろ、寿命の心配が先だな。一ヶ月で一層攻略のペースなら、一〇〇〇層ってどんだけかかるねん。

 いや、講習で若返りの話もしてたから、もっと長期的なスパンで取り組む話かもな。


「なーに難しい話してるニャ……あちしがこんなに苦しんでるってのに。……うぇ」


 地獄の底から響いてきそうな声が近付いてきた。


「もう大丈夫なんですか? 明らかに放送コードに引っかかりそうな絵面でしたけど」


 恋人に見られたら百年の恋も冷める。


「大丈夫じゃないニャ。今日の出来事はあちしのトラウマの一ページにデカデカと刻まれたニャ。今度の交流戦でゴブタロウを集中的に狙うくらいにはショッキングな味だったニャ」

「良かったですね、いい経験ができて」

「お前らの顔も、あちしの閻魔帳に刻んでおくニャ。というか、ツナ、お前アレ食って平然としてるなんて化物ニャ」

「いや、それほどでも」

「褒めちゃいニャいのニャけど……。ああ、もう、さっさと次行くニャ。次はボス戦ニャ」

「チッタさんを待ってたんだけど」

「うるさいニャ!!」




-3-




 ボス戦。第一層からいきなりのボス戦である。

 事前にボス戦と知らされるのもアレだが、どんな弱いボスが出てくるのか不安もある。


「さて、到着ニャ」

「ここが……」


 ここまでは一本道の通路だったが、ここで脇道が出現する。T字路だ。

 俺とユキは呆けるようにその入り口を見上げていた。正確には、入り口に向かう通路に設置されている看板を。


[ ぼす部屋 ]


 色々台無しだった。まさかの手書きである。看板そのものも日曜大工で造りました感溢れる逸品だ。

 トライアルだからいいのかもしれないが、適当過ぎねぇ?


「まさか、トライアル以降もこんなんじゃないですよね? 僕、不安になってきたんだけど」

「さすがにこのノリは無限回廊には持ち越さないニャ。いくつかのダンジョンはこれよりふざけたノリだけどニャ」


 ま、分かり易い事はいい事だ。


「ちなみに、どんなのが出てくるのかは聞いてもいいのか? ルール違反とか」

「まったく問題ないニャ。トライアルは最下層以外はかなり開けっぴろげに情報公開されてるから、聞かれれば答えるニャ。逆に聞かれなければ答えないから、そのまま突っ込んで自爆するルーキーもいるニャ」

「えーと、何か失敗する要素があるくらいには強いと」

「ニャあ、二人だったら大した事ないニャ。中にいるのはコボルト。犬頭のモンスターニャ」


 ゴブリンと同一視されたりする事もあるコボルトさんか。一般的な知名度はゴブリンよりは低いだろう。

 直接戦った事はないが、この世界でも鹿と縄張り争いして負けていたのを遠目で見たことがある。


「コボルトって、僕の知識の中だと弱いモンスターなんですが」

「その知識は間違いないニャ。ただ、ゴブリンよりも人間の背丈に近いから、戦闘に慣れてないルーキーにはいい勉強になるらしいのニャ」

「ボスっていっても、訓練し始めた人向けのお試しボスって感じですか」

「そうニャ。あと、ここに限らず、ボス戦は大体、専用の登場シーンがあるニャ」

「と、登場シーン?」


 登場シーンっていうと、あれか? スタンドアローンのRPGとかで、出てきたボスモンスターが吠えたりするやつ。


「モンスターはカッコつけたがりが多いから、ボスになると専用の登場演出エフェクトがかかったりするニャ。中には専用の音楽まで流す頭おかしい奴もいるニャ」


 プロレスラーの登場シーンかよ。


「へ、へー」

「それはどうでもいいが、中では二人で戦ってもいいのか? 一人ずつ挑戦するとか」

「どっちでもまったく問題ないニャ。二人で中に入るとボスの出てくる出口が二つになるニャ。仲間が増えると敵も増える仕組みニャ。ちなみに、トライアルダンジョン攻略したらG級の間はパーティ組めなくなるから、今のうちに仲間との共闘を楽しんでおくニャ。ソロはわりと寂しいニャ」


 なるほど、コンビ組むとは言ったがトライアルを逃すとしばらくパーティ組めないのか。


「じゃ、あちしが中に入ると三人パーティ扱いになっちまうから、さっさと行ってくるニャ。あちしは口直しにアメでも舐めてるニャ」

「あ、はい……、じゃあ、行こうかツナ。誰かと一緒に戦うのは初めてだから上手くいかないかもしれないけど」

「まあ、俺も誰かと組んで戦った事はないし、そんなもんだろ。それに、俺とお前の戦闘スタイルは割と相性良いと思うぞ。俺は大雑把で、お前が細かい分野担当だ」

「う、うん。そうだね。頑張るよ」


 まあ、ゴブリンがアレだったから、コボルトはもっとひどいんじゃないかなとも思うが。


「あ……そういえばチッタさん」

「なんニャ、なんか聞き忘れかニャ」

「俺の経験則ですけど、ゴブリンの肉を食べたあとは、しばらく何食ってもゴブリンの味しかしませんから」

「ニャ……」


 俺がそう言ったタイミングは、正に口の中にアメを放り込む瞬間だった。

 チッタさんの断末魔の声を聞きながら、俺たちはボス部屋へと向かう。




 そして、ボス部屋に辿り着いた俺は困惑していた。おそらく、ユキも同じに違いない。


「なあ、これって……」

「襖、だよね……」


 ボス部屋の入り口は襖で仕切られていた。

 周りは洞穴、土と石でできた天然っぽい洞窟の中に突然現れた純和風の襖。浮世絵チックな絵柄で犬頭の……多分コボルトであろう絵が描かれている。ここまでは一本道だから、目的地に間違いはないだろう。間違っていて欲しいが。


「なんか、別の意味で緊張してきたぞ」

「僕は脱力してきたよ」


 なるほど、初心者の緊張をほぐし、力を抜かせるための心遣いだな。……本当に?


「何か打ち合わせしておく事とかあるか?」

「役割分担しておこうか。ツナは前衛、僕は遊撃。基本、相手の行動阻害するから、ツナはダメージ稼ぐ事だけ考えて」

「盾役って事か? 盾そのものは持ってないけど」


 俺の戦闘スタイルは盾役ではない。多分適性もないだろう。盾持ってても構えるくらいしかできそうにない。


「僕を守る必要はないから攻撃をメインに考えていいよ。僕ら二人ともカテゴリ的には前衛だから」

「近づいて、避けて、ぶった斬ればいいんだな。あんま一人の時と変わらないな」


 それだと、いつもやってきた事だ。


「同じでいいよ。相手の隙を作ったり、まずそうな行動を止めるのが僕の役目」

「相手が複数いた場合の優先度は?」

「後衛がいた場合は、僕が相手する。その場合、ツナは相手の前衛の足止めしてくれればいいよ。倒してもいいけど」

「戦ってる時に弓矢や石が飛んでくる回数が減れば助かるな、確かに」


 同じ前衛ではあるが、俺と違いこいつには遠距離攻撃の手段がある。後衛に弓矢持ってる奴がいても阻害くらいできるだろう。


「あんまり色々決めても、どうせその通りには動けないだろうからこんなもんかな? 急造コンビだし」

「いいんじゃないか。この先もあるわけだから、都度修正だな」

「うん、じゃあ行こうか。ってやっぱり襖ってのは力が抜けるね。罠とかないのかな……ないって言ってたっけ」


 トライアルダンジョンは罠なしと言っていたはずだ。


「俺が開けるよ」


 前に出る役目は俺だしな。

 襖は、新築かリフォーム直後のものの様にスムーズに開いた。

 中はある意味予想していた通り畳張りの部屋。五十畳~百畳弱ほどのだだっ広い空間が広がっていた。


「えーと、靴脱がないでいいのかな」

「いや、さすがにないだろ。いくぞ」


 元日本人とはいえ、この状況では脱がんだろ。


 襖を開けた途端、襲いかかってくる事も想定していたが、特にそんな奇襲もなく、そもそも部屋の中にコボルトはいない。

 部屋の真ん中まできて、ぐるりを見渡してみてもどこかに潜んでる様子はない。


「あっちの襖から出てくるのかな」


 俺たちが入ってきた入り口とは別の襖があるが、そんな普通の登場の仕方をするだろうか。登場シーンがどうとか言ってたしな。

 可能性としてありそうなのは、ベタな演出だと魔法陣から登場とか、天井の梁から登場とか、そこまで凝ってないのであれば忍者みたいに畳の下から登場とかだろうか。


「襖はあるが、どっから来るか分からないから警戒しろよ」

「上か下か、……後ろって線もあるね」


 警戒しながら待つ事数秒。そいつらは現れた。


 ……普通に襖を開けて。


「なんで普通に出てくるんだよっ!!」


 ユキがブチ切れた。

 コボルトたちは一瞬、『なんで怒られているの、俺』と言いたそうな表情を見せたが、そのまま戦闘へと雪崩れ込んだ。




-4-




 相手は、別々の襖から出てきたコボルトが二体。おそらく、こちらの人数に合わせて出てくる場所が増えるのだろう。

 俺たちとはかなり距離がある上に、コボルトそれぞれの距離も離れている。


 近付く前にユキが先制で短弓を放つ。叫んでからわずか数秒で撃ちだしているあたり、熟練の技を感じさせる。

 左から迫るコボルトの肩に命中。よろける左コボルトだったが、間を置かず放たれた二発目の矢は回避し、そのままこちらに走り寄ってきた。

 俺はというと、ユキの前方に立ちふさがるように陣取り、右コボルトに備える。


「分かり辛いから、左がコボルトA、右がBで」

「了解」


 左から順にABだと、ちょっとRPGっぽい。


 コボルトAよりも早くこちらに到着したコボルトBが、その勢いのまま、手にした槍で俺に襲いかかってくる。

 点で向かってくる槍の軌道は初体験で、確かに避け辛いが、相手も碌な技術も身体能力もないのか、蚊が止まりそうなスピードだった。

 一直線で向かってくる槍を体を捻って躱し、そのままの勢いでコボルトBの首へ剣を振る。

 あっけなく、一振りでコボルトBの首が飛んだ。


 次いで、数秒遅れのコボルトAに備える。

 コボルトAは、Bが一瞬でやられたのを見ると臆したのか、目の前で止まってしまった。

 最早ただの的だったが、俺が剣を構えると戦意喪失したのか、持っていた槍をこちらへ投げてくる。


「うおっ」


 予想外の行動だったが、俺は剣で槍を打ち払う。

 逃げの体勢に入っていたコボルトが背を見せた直後、脚にナイフが突き刺さり、飛び込むように倒れ込んだ。後ろからユキが放ったものらしい。


「すげーな。逃げる相手の脚狙うとか漫画みてー」

「慣れだよ」


 ユキを賞賛しながら、倒れたコボルトにトドメを刺すべく、俺は近づいていく。

 ナイフが刺さり立ち上がれないのか、コボルトは畳にケツをつけたまま命乞いするように喚き立てていた。何言ってるかは分からない。

 哀れな姿だが、もちろん容赦などしない。

 だが、剣を振りかぶったその時、想像もしていなかった事が起きた。


「えっ?」


 ユキの呆けるような声が聞こえ、その視線の先を見ると、再びコボルトが二体現れていた。……コボルトCとDである。


「え、何、増えんの?!」


 増員ありとは予想外だった。とりあえず目の前のコボルトにとどめを刺し、向かってくるコボルトを警戒する。

 いくら増員されようが、この強さなら問題ない。同じように仕留めてやる。

 だが、瞬殺されたコボルトAを見たためか、一定の距離を保ったままこちらに攻めてこない。


「ちょっと待って、嫌な予感がするんだけど」

「奇遇だな……俺もだ」


 嫌な予感は当たるもので、近づいてこないコボルトたちに時間を取られていると再度襖が開いた。コボルトE、Fの登場である。

 やば、これ一定時間で二匹ずつ増えるのかよ。


「ユキ、突っ込むぞ!!」

「うんっ!」


 全力でコボルトたちの出入口へ向かう。

 コボルトたちは向かってくる俺たちを迎撃する構えは見せず、手に持った槍を投げつけてきた。


「んなろっ!!」


 飛んできたヘロヘロの槍を躱し、全力で間合いを詰め、丸腰となったコボルトを一匹斬り殺す。

 C、D、E、F、もうどれがどれだか分からなくなったが、コボルトが逃げ出そうとするのを、追ってきたユキが小剣で仕留めた。


 くそ、正直舐め過ぎていた。放ったらかしにして増え続けたら、一斉に槍を投げられただけでアウトだったぞ。


「ユキ!その襖、開けられないように塞いじまえ」

「え、ええ? わ、分かった」


 追加増員で現れたコボルトGを、出てきた次の瞬間に斬り殺し、その場はユキに任せて俺はもう一つの襖へと向かう。

 襖を蹴り破って出てきても、ユキなら一人で対応できるはずだ。


 向かう先にはコボルトが三体。いや、四体に増えた。

 四体が一斉に槍を投げようとするが、俺はそれに先駆けて腰に吊るしていた手斧を放り投げる。

 ユキみたいにピンポイントで当てる技術はないが、この場合は牽制の意味合いが強いので大体でOKだ。

 斧は運良くコボルトの一体に命中し、絶命したコボルトが倒れこむ形でもう一体の行動を阻害してくれた。

 俺は飛んできた二本の槍を避け、丸腰のコボルト四体を強襲する。


「ツナ、襖押さえたら出てこなくなったよ!」


 つまり、そういう事だ。

 このボス戦は、機転を少し効かせるか、二度目の挑戦を行う事で大幅に難易度が下がるものだったのだろう。

 怯える丸腰のコボルトたちを順に斬殺し、追加で現れた最後の一匹にとどめを刺す。


「まったく」


 手で襖を止めたら、向こうから開けようとする力が加わるわけでもなく、静かになった。


[トライアルダンジョン第一層 ボストライアルを攻略しました]


 部屋に音声付きのシステムアナウンスが流れる。

 最早、異世界ファンタジーらしさは求めていなので、これは分かり易くていい。


[ ボストライアルの攻略により、Lv1の挑戦者のみレベルアップボーナスを獲得 ]


 続いてのアナウンスで、俺たちがレベルアップした事が告げられた。

 ステータスカードを取り出してみると淡く発光しており、確かにLvの値は2に変化している。

 経験値のシステムがどんなものか分からないが、今回はこのボス戦のボーナスらしい。


「やった、レベルアップだよっ!! なんかステータスが上がってるよ!」


 ユキがはしゃいでいる。

 確かにステータスは軒並み上昇していた。元々がLv1だった事もあるのか、元の数値からしたら、平均して二~三割増程度の上昇率だ。

 数値上はそこまでの差に見えないが、身体能力20%増というのは本当だったらすごい事だ。

 試しに剣を振ってみるが、良く分からない。微妙に力は上がったような気もするが、本当に20%も上がってるのか?


「どしたの?」

「いや、この数値ってどれくらい正確なのかが良くわからなくてさ。数値程強くなった気がしない」

「……うーん、言われてみればそうだね。入り口で見せてもらったツナの< 力 >を超えたけど、そんなに強くなってないと思う。

反映までに時間がかかるのか……、あるいは何か隠しステータスみたなものに影響されるのか分からないけど……。経験値の扱いも分からないし、あとでちょっと調べてみるよ」

「そうだな、俺も調べてみるけど、お前のほうが得意そうだ」


 チッタさんに聞いてもいいし、ギルドで調査してもいいだろう。

 ステータスについては疑問を残したままだが、こうして、違う意味で度肝を抜かれた俺たちの初ボス戦は終了した。




-5-




 結局のところ終わってみれば無傷だったが、贔屓目に見ても完勝とは言い難い。


「油断し過ぎだな、俺たち」

「全く以てその通りだったね」


 相手の強さとか、戦法とか、使ってくる武器とかに気を取られ過ぎていた。

 確かに数が増えないとは言ってない。チッタさんも"ボスの出てくる出口が二つになる"としか言っていなかった。

 鍛えてる人間だろうが、普通は投槍数本喰らえば致命傷だし、あまり初心者には優しくない仕様といえる。

 いや、"初見"にはだろうか。分かってしまったら簡単なのだ。それこそ、子供でもクリア可能だ。始まる前から襖を押さえておけばいい。


「お、ちゃんとクリアできたかニャ」


 チッタさんのところまで戻り、合流する。

 この人も分かっていたのだろう。なんかニヤニヤしてるし。


「それで、勉強になったかニャ?」

「ああ、二人して油断し過ぎだったのが分かったよ。襖や畳の違和感に騙されて対応が遅れた。タチ悪いけど、必要な事だったと思う」

「それでもちゃんと初見クリアできるんだから大したもんニャ。実はあれ、初見だと割と死亡率高いニャ」


 対応方法知らなけりゃ物量に飲み込まれてもおかしくないよな。出てくる間隔短かったし。事故で一人くらい死んでもおかしくない。


「あれ、どこまで増えるんですか?」

「知らニャいし、そもそも参加人数で増加速度も変わるからなんとも言えニャいけど……。どっかのサイトの検証だと千匹は超えたらしいニャ」


 そんなのどうしろってんだ。


「でも、入り口のところにいた学生とか何十人も一緒に入るんですよね?えらい事になりません?」

「実際、えらい事にはなるだろうけどニャ。あいつらは基本ここはスルーするニャ」


 なんだそりゃ。クリアしなくてもいいって事か?


「ここは別に階層主でもなんでもない、ただのボス体験エリアだから、攻略は必要ないニャ」

「えっと……僕たちも戦う必要はなかったって事ですか?」

「いや、学生たちは何回もここに来てるから不要ってだけで、一回は挑戦するニャ。対応方法分かったら何も意味ないしニャ。二人も次回以降の挑戦ではスルーしても良いニャ」


 確かに二回以上やる必要はないな。ボーナスもLv1限定みたいだし。


「まあ、襖を閉めれば良いとか、奇をてらった特殊な戦闘は今のが最初で最後ニャ。この先、ボス戦は二層、三層、四層のそれぞれに階層主、で、五層に迷宮主……ダンジョンボスがいるニャ。五層以外は、どれも戦闘の基本的な事さえできていれば簡単にクリア可能ニャ」

「逆に、基本ができていない場合は攻略が難しいと。五層は違うんですか?」

「五層だけは基本的な事だけじゃなくて、いわゆる一人前の冒険者としてやっていくための能力が要求されるニャ。倒せば、晴れてデビューというわけだから、それなりのものが要求されるニャ。記念受験はそもそも五層まで辿り着けないわけだけど、ちゃんと訓練した冒険者の卵でも躓く難易度ニャ」


「フィロス……初心者講習で一緒になった奴が言ってたんだけど、三回目のアタックで攻略ってどんなもんなんだ?」

「三回目っちゅうのは相当早いニャ。クリアまでの平均挑戦回数は五回~十回あたりと言われてるから、そのルーキーは相当優秀ニャ。それだけで大型クランから声がかかるレベルニャ」


 そうか、ゴーウェンは分からないけどフィロスは外で騎士だったって言っていたし、やっぱり強いんだな。


「じゃあ、僕らがもしも一回でクリアしたら獲得合戦になりそうですね。ドラフトみたいな感じで」


 さすがにプロ野球は分からないだろ。まさか……ないよね。


「まあ、そりゃ一回なら大騒ぎニャ。今まで誰も成し遂げてないから、勲章か称号もらえるかもしれないニャ」

「え、いないんですか?」

「いないニャ。挑戦二回目、冒険者登録して一週間っていうのが最速攻略のレコードだったはずニャ。そのレコードホルダーはトップグループで活躍してるニャ。二人がいくら強くても、これを破るのは困難だろうニャー。登録初日に講義を受けてそのままトライアルと、ここまでは最短コースだから、このまま攻略できれば登録一日目かつ初挑戦クリアのタイトルホルダーもありえなくはないニャ。システム上今後破られる事のない記録になるし、デビュー後は狙うことすらできないチャンスではあるニャ」


 聞いてるとハードルはメチャクチャ高そうだよな。一層ではこんなんでも、後半はキツイのが待ってるんだろうか。

 多分、一週間で二回目クリアというのも、失敗してから再訓練、念入りな準備をした上でのものだろう。

 デビューしてからが本番とはいえ、デビュー前から強い奴は沢山いただろうに、それでもこれが最速なのだ。


「まあ、二人だったら、再訓練してから望めば二回目か三回目くらいにはなんとかなるんじゃないかニャ。あちしから見ても結構いい線いってるニャ」

「ちなみにチッタさんは何回でトライアルダンジョン攻略したんですか?」

「はっはっは、あちしは……というか、< 獣耳大行進 >の面子は、情けない話だけど十回かかったニャ」


 ……十回か。笑えない数字が難易度の高さを物語っている。

 チッタさんたちにしても、別に才能がないわけでも、準備を怠ったわけでもないだろうしな。


「訓練して、挑戦しての繰り返しで、ほとんど一年がかりの攻略だったんニャけど、その間はロクな収入もないから訓練費用にも困る有り様だったし、バイトしながらの挑戦にゃ。……あの当時はマジできつかったニャ。レジ打ちながら泣きそうになった事もあるニャ」

「ちなみに、五~十回っていう挑戦回数の、平均的な期間はどの程度ですか?」

「大体半年くらいニャ。あちしたちはかなり遅いほうニャ」


 さすがにそこまでかけたくないな。

 バイトとかあるのがまたファンタジー感ぶち壊しだが、慣れるとその生活に甘んじてしまいそうだ。

 というか、フィロスとゴーウェン、一ヶ月で攻略ってめちゃくちゃ優秀じゃねーか。……いや、ダンジョン攻略は半月か。


「ま、半ば辺りまではそれほどじゃニャいから、そろそろ先進むニャ。第二層が待ってるニャ」



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