第2話「トライアルダンジョン」


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[ トライアルダンジョン ]


 迷宮都市中央部に位置するダンジョン転送施設の、その端の端に入り口を持つ初心者用のダンジョン。

 約十五年ほど前に作られた、迷宮都市の中でも三番目に古いとされるダンジョン。

 迷宮探索者……迷宮都市でいう冒険者が本格的に活動し始めるための登竜門であり、このダンジョンを攻略した者でないと他のダンジョンへ挑戦する事はできない。

 全五層、固定型マップ、道中のトラップはなく、雑魚モンスターも他のダンジョンよりは弱い。また、死亡時のレベルダウンペナルティもアイテムロストもない。

 ここ十五年間でデビューした冒険者であれば、誰もが体験・攻略した事のある、ある意味最も挑戦された人数の多いダンジョンでもある。

 クリア済、すでにデビューを果たした冒険者でも、初心者の内は腕試しに挑戦する事もあり、また、冒険者学校の授業でも使われる為、利用人数は多い……らしい。


 初心者講習で配られたパンフレットに、そんな感じで紹介されていた。

 ちなみにフルカラーの小冊子で、前世でいうと簡易な旅行ガイドのようなものだ。改めて迷宮都市と外の技術格差を感じるな。

 ご丁寧にモンスターのイラストやダンジョン内部の写真まで掲載されている。

 デフォルメされたゴブリンの吹き出しが『さあ、俺を倒して先に行くんだ』というのは何かの冗談なのだろうか。笑えばいいのかな。


 このパンフレットによると、冒険者にならない者でも挑戦自体はできるため、"記念受験"を行う者もいるらしい。講習でも言っていたな。

 記念受験とはいえ中には突破する者もいるらしいので、迷宮都市には冒険者より強い八百屋や魚屋がいたりするのかもしれない。

 怖い街である。間違っても街で暴れたりできないな。



「子供が沢山並んでるんですけど」


 俺たちはトライアルダンジョンへの入り口の前で、行列に巻き込まれていた。

 行列のほとんどは子供。いや、俺たちも前世基準でいうなら未成年なんだが、周りの子供たちはそれよりも小さい。小学校高学年くらいだ。

 そんな子供たちが揃いも揃って武器を持ち、防具を着こみ、制服のようなものなのか、上から統一されたマントを着て並んでいる。

 どうやら、冒険者を育成するための学校があるらしく、ここにいるのはそこの生徒だという。


 チッタさんによれば、定期的にここに来てダンジョンアタックの訓練をするそうだ。

 在学中に何回か挑戦し、そのままデビュー資格を得るのだという。


「所属するのは大抵迷宮都市出身の子供たちニャ。あちしは外から来たから実態は知らないけど、ちっちゃい子が多いから付属校の生徒じゃないかニャ」


 俺たちを引率する猫獣人のチッタさんが言う。

 ちっちゃい子が多いというか、ここにいるのは全員子供だ。

 子供を引き連れてモンスターと戦わせる学校ってのは、日本なら確実に大問題だが、ここはそういう世界なのだろう。

 これくらいの子供が戦う事は迷宮都市の外でもほとんど見かけないが、それでも大人に混じって仕事をしてるのが普通だ。『迷宮都市』なんて名前の街に住んでいる子供たちを、単純に子供だからという理由で戦いから遠ざけようとするのはただのエゴなのだろう。

 そう考えてないと、自分がひどく場違いな所にいるような気がしてしょうがない。明らかに俺たちは浮いていた。


「ちょうど学校の実習に重なっちゃったみたいだニャ。すぐに捌けるから待ってるといいニャ。平日だし、他のルーキーもわざわざ今日入ろうってのは中々いないだろうしニャ」


 平日休日の概念とかあんのか。久しぶりに聞いたよ、平日。


「冒険者ってあんまり休日平日の区別とかなさそうですけど。影響あるんですか?」

「ルーキーと、下級~中級と上級と、売れっ子アイドルで色々違うけどニャー。ルーキーだと、ダンジョンアタックや訓練に慣れてないのもあって疲れてたりするから、休日だと周りの雰囲気に流されて休んじゃうのが多いニャ。下級で燻ってるのもこういう奴らが多いニャ。慣れてくると、あんまし関係なくなるんだけどニャ」


 なんだろう、その駄目な感じ。


「上級は一回の攻略でもんのすごい時間ダンジョンに潜る事になるから、休日はクラン全体で訓練も定休にしている所が多いニャ」


 そりゃそうか、力仕事なんて目じゃない過酷な職業なわけだしな。生き返るとはいえ実際死ぬ事には変わりないみたいだし、休みはちゃんと取りたいか。

 休みか……王都で働いてた時、休みとかなかったな。まさかの休日なし。MAX二十時間勤務だった。それで残業代が出るわけもなく、ブラック企業とか問題にならないレベルの勤務環境だ。酒場で働いてるはずなのに、酒場とまったく関係ない現場にヘルプ行くこともあるんだぜ。


「えっと……売れっ子アイドルは違うというのは?」

「アイドルというか、人気がある冒険者はダンジョン外の仕事も多いからニャ。休日は大抵イベントに出演するみたいだニャ。あちし、先週末にA級冒険者のローラン様が出たイベントに行ってきたんニャけど。握手会の時は興奮して鼻血出そうになったニャ」


 マジでアイドルなんだな。俺の場合は、参加者側も開催側もあまり縁がなさそうだ。

 関係あるとしたら、どちらかというと俺の横にいるこいつだろう。


「ユキなら、わりとその手の仕事もこなせるんじゃないか?」

「無理だよ。それに今の状況だと、どの層がターゲットなのさ」

「……どこだろうな。ショタ好きおねーさんか、男の娘がストライクゾーンなアレな人たちとか」


 見た目は非常にレベルが高いユキさんだが、変なもん付いていらっしゃるからな。

 変な属性持ってるような奴じゃない限り、同じもん付いてる奴には基本受け入れられないと思う。


「僕、落ち込んできたよ……」

「いっその事、性別誤魔化して売りだせばいいんじゃないか? ほら、ユキコちゃんでーすってな感じで」


 元々女だったんなら、女の真似事も得意だろ。

 今だってそんなに男っぽい口調でもないし、仕草からも判別がし難い。言われなきゃ分からん。というか、言われても分からん。


「それじゃオカマみたいじゃないか。あと、僕の元々の名前は『雪』であって子はつかないから。スノー」


 元々は雪さんなのね。


「というか、カードがある上に、相手のステータス見る方法なんていくらでもあるからニャー。性別はさすがに誤魔化せニャいと思うニャ」


 そうなのか。……まあ、そうだよな。


「それにしても、ユキちんは前世では女だったのかニャ。えらい不憫な境遇ニャ。あ、でもでもニャ、なんか付いてても写真集出せば、< マッスル・ブラザーズ >には売上勝てそうニャ」

「それ、なんの慰めになるんですか」


 現時点で顔の知られていないユキだったら、表紙見ただけで買ってしまう人もいるだろうが、< 赤銅色のマッスル・ブラザーズ >はネタ枠しか需要がないだろう。

 どっち買うかっていったら、そりゃ俺でもユキのを買う。上手く隠してくれれば実用だ。最悪ペンで塗り潰せばいける。

 アレな人たちの中には付いてたほうが良いという人もいるだろう。そうやって特殊な属性の沼に嵌っていくのだ。


「えーと、僕の写真集とかはどうでもいいんで……」


 ほんと、なんで冒険者になりに来たのに写真集出す話してるんだろうな。




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「この列、あとどれくらい並べばいいんですか?」

「……確かに、全然進んでる気がしないな」


 さっきから一歩も動いてない。

 離れてもいいなら、来る途中にあった屋台でホットドッグ買って来たいんだけど駄目だろうか。列抜かされたり、置いてかれたりしないかな。


「学校の実習は多分クラス単位ニャから、進む時はドバーっと進むニャ。その代わり、クラスごとの事前説明が長いらしいニャ」

「クラス単位でダンジョン攻略するんですか? 息苦しそうですね」


 確かに、どこに誰がいるかも把握し辛そうだ。狭かったら呼吸困難になりそう。


「ダンジョンは通常一パーティ六人で攻略するのが多いし、制限かかるんニャけど、ここは制限なしだからニャ」


 何人でも同時攻略OKなら、人海戦術取れそうだな。……そんな方法でデビューだけして意味があるのかは分からんけど。


「六人が基本なんですね」

「ここ以外は大抵そうニャ。リーダー決めて、六人の中で役割分担して先に進むニャ。あちしは偵察や罠の対策、鍵開けが主な役割ニャ」


 この猫耳さんは盗賊役か。クラスチェンジしたら忍者になりそうだ。

 今回は罠はないらしいからそういう技能は不要かもしれないが、先々では戦闘力以外の能力も必要になってくると。


「あちしは経験ニャいけど、上級になると六人制限以上の十二人とか、二十四人パーティで挑む事もあるらしいニャ。そこまで行かなくても、レイドボス攻略イベントとかで、複数パーティでダンジョンアタックする事があるニャ」


 レイドとかあるのかよ。ローグの定義は分からんが、基本一人用だろ? これじゃ、どっちかっていうとMMO-RPGなんじゃねーか?

 六人パーティっていうのもMMO-RPGでは特に珍しくはないが、元を辿れば古参ダンジョンRPGとか思い出すし。色々混ざり過ぎだな。


「でも、これだけ大人数で同じ所に入ると移動でも困った事になりませんかね? 元々大人数で挑戦する事を想定しているならそういう造りでもおかしくないでしょうけど、ここのもそうなんですか? この子たちに混じって僕らもダンジョンアタックするんですよね?」

「同感だな」


 この人数に埋もれて攻略とか、なんのトライアルだよって感じだ。

 かつて、オークさんの集団と密閉された洞窟で対峙した時は、あまりのスペースのなさにひどい事になったもんだ。主に臭いが。オークさん臭いねん。


「あー、そういえば、二人は今日この街に来たんニャ……。ならしょうがないにゃ。じゃあレッスン・ワンニャ。トライアルダンジョンに限らずダンジョンは、イベントでもない限り、中に入ると個別の専用エリアが作られるニャ。だから、別パーティとカチ遭う事はないし、この子供たちも中に入れば会う事はないニャ」

「なるほど、パーティごとに個別のダンジョンが構築されるのか。邪魔もされない代わりに救援もないって事だね」

「な、なんかやけに飲み込みが早いニャ」


 ユキの切り返しに猫さんがたじろいでいた。

 ゲームのようなシステムチックな管理をされている事が分かれば、現代日本のゲームに慣れた人間なら簡単に理解可能だ。ユキのようなゲーム脳さんは、当然理解も飲み込みも早いだろうし、俺もライトゲーマーとはいえどういうシステムかくらいは分かる。

 そもそも、ランダムダンジョンといっても、どのタイミングで作られるんだって話だからな。中でいきなり構造変わったらビビる。専用のエリアなら、入る時や階層移動時に作られればタイミング的にも問題ない。


「ダンジョンはだいたい自動でマップが変わったりするんニャけど、ここは『固定マップ型』っていって、いつ入っても構造が変わらニャいニャ」

「それは初心者用だから? となると、ランダムで作られるというよりはチャンネルが違うとか、そういう感覚なのかな」

「初心者だからニャ。ここは構造自体がシンプルで、迷宮と呼べるのは最下層くらいニャ。あとはほとんど一本道で迷いようがないニャ。そんなところで何を覚えるのかって感じニャンだけど、ダンジョンの簡単な仕組みとか、初めての戦闘とか、そう言った基本的なものが覚えられるようになってるニャ」


 ホントに練習用って感じなのかね。この子供たちでも挑戦できるくらいの難易度ではあるわけだ。

 フィロスは洗礼を喰らったって言ってたけど、それでもクリア自体はできてるわけだしな。


「ニャ、中に入るまでにまだ時間かかりそうだから、二人のステータスカードを見せてもらってもいいかニャ。いちお、アドバイスくらいはできると思うしニャ」

「ああ、さっきもらった……。でも、こういうのって簡単に人に見せるもんなんですか? 迷宮都市の外だと、スキルの情報とかわりと生命線だったりするんですけど」


 ユキが言うように、少なくとも迷宮都市の外だと個人のステータス情報は気軽に公開しない。

 まあ、ステータスカードなんて便利なものがないっていうのもあるが、それでも簡単に明かすようなものじゃない。

 この街の入り口でユキと情報交換したのは、俺がそもそもそんなに隠していない事と、これからコンビ組もうという特殊な関係だったからだ。


 このカードはさっきギルドを出る時に渡されたのだが、そこには見たことのある情報に、見慣れないレベルやHP、MPといった追加情報が並んでいる。もちろんLv1である。経験値……EXPは表示されていない。


「絶対に見せなくちゃいけニャいってわけでもニャいけど、迷宮都市にいるとあっという間にステータスは別物になるから、秘密にしててもしょうがニャいっていうのが下級での基本ニャ。ステータスを公開しなくなるのは、大体、中級に入ってからってのが一般的ニャ。それでもメインで多用するスキルとかは周りにバレるけどニャ。逆にパーティに誘われたりするためにある程度スキルを公開する冒険者も多いし、雑誌に情報を載せるような人もいるニャ」

「ふーん。まあ、それもそうですね。隠してるわけでもないし。どうぞ」

「俺のもどうぞ」


 ユキに続いて、俺もチッタさんにカードを渡す。

 これから指導を受けようというのだから、能力把握は必要だろう。


「ふむふむ、ユキはユキコじゃなくてユキトっちゅうのかニャ。あ、不公平だから、あちしのも見ていいニャ」


 と、代わりに自分のカードを出してきた。ユキが受け取ったが、どんな感じなんだろうな。


「あれ、何かレイアウトが違いますけど。……写真付きだし、色も違う」

「ああ、冒険者ランクでレイアウトが変わるニャ。スキルとか増えて表示できなくニャるから、基本的に上に行けば表示される情報量は多くなるニャ。上級のは更に高機能で、スキル欄とかがスクロールできたり、カテゴリ分けされたりするらしいニャ。ちょっとかっこいいニャ」


 写真付きって事は免許証みたいなカードになるって事か。


「へー。ん? あれ、ひょっとして、ルーキー用のカードってスキル五つまでしか表示できないのかな」

「……なに?」


 ユキから渡されたチッタさんのカードを見てみると、確かに情報量が多かった。特にスキルの数が全然違う。

 逆に俺たちのは文字が大きく表示され、情報も少なく、スキルはそもそも五つしか表示できるスペースがない。

 内容には関係ないが、ピースして映ってる写真がムカつくくらいいい笑顔だ。あまりのドヤ顔に殴りたくなる。


「ニャーるほど、こいつぁ二人とも期待のルーキーニャ」


 チッタさんがカードを返してくる。


「ユキの疑問はその通りニャ。ルーキー用のステータスカードは、基本的に迷宮都市の外で確認できるものとほとんど違わニャいから、スキル欄は五つだけニャ。二人とも欄が埋まってるって事は、外でも相当訓練してるみたいニャ。大したもんニャ。あと、字面に度肝を抜かれたんニャけど、ツナの《 原始人 》って一体どんなスキルニャ」


 そら、気になるよな。

 俺のギフト以外の所持スキルは《 算術 》《 サバイバル 》《 食物鑑定 》《 生物毒耐性 》ときて《 原始人 》だ。

 最初の《 算術 》の浮きっぷりがすごい。後ろのほうにいくにつれて文明退化している気がする。田舎者ってレベルじゃなかった。


「《 原始人 》? 平安人なら分からなくもないけど」

「サバイバルしてたら生えてきたスキルだ。効果は良く分からん」


 あと、平安人でもないからな。それは名前だけだ。


「それ、多分迷宮都市でも確認されてニャいスキルだと思うから、ギルドのデータベースに登録すれば割と良い額の謝礼金もらえそうニャ」


 マジで。当座の所持金の不安が消えたじゃないか。


「ど、どれくらいもらえるんですかね?」

「あちしはそんな経験ないけど、ウチの副団長が登録した時は……大体数ヶ月分の生活費くらいにはなったらしいニャ」


 素晴らしい。それが高いのか安いのかは分からんが、労働せずに生活費ゲットだぜ。


「ただ、ギルドでそのスキルを検索すると、所持している代表的な冒険者の名前も出るようになるから、《 原始人 》といえばツナって感じになるかもしれニャいなー」

「なんてこった……」


 それはひどい。《 近接戦闘 》なら誰々じゃなくて、《 原始人 》ならツナって。

 それじゃ、《 原始人 》のスキルを持ってる人じゃなくて、原始人そのものみたいじゃないか。下手したら、名前で呼ばれなくなる可能性もあるぞ。


「金に困るか、気が向いたら登録するといいニャ。しっかし、アレな感じだニャ。《 原始人 》より先に、何か一つでもスキルが生えてたらこんなステータスにならなくても済んだのにニャ」


 いつの間にか生えて来たスキルなので、狙って取得したというわけじゃないんだが……。


「まさか、表示されてないだけで、五つ以上習得してる可能性があるとか……」

「そのとーりニャ。実際のところ、ギフト以外で五つ以上もスキル持っている人はそこまで多くニャいから初心者はこの表示ニャんだと思う」


 ひょっとして、かなり前からスキル覚えないなって思っていたのは、ただ単に表示されてなかっただけなのか?

 数年ってレベルじゃない期間で覚えないと思ったら、そんな理由があったのか。俺、実はもっとスキル持ってるのかな。


「まあ、他にどれくらい覚えてるかはギルドで調べてもらうか、デビューしてから発行されるカードで分かるニャ。もしくは、あちしは持ってニャいけど、そのカードに《 鑑定 》のスキル使っても分かるらしいニャ」

「それは他の冒険者とかに見てもらうって事ですか?」

「そうニャ。それ以外には身近なところだとギルドの職員は大抵は持ってるし、冒険者じゃなくても< 鑑定士 >のクラスを持ってる人に頼めば良いニャ」


 職員なら確かに持ってそうだ。

 鑑定スキルといえば、異世界転生・転移ものの定番スキルだが、ここではそうレアでもないみたいだな。

 他の定番スキルであるアイテムボックスとか、スキル強奪とかはどうなんだろう。チッタさんは腰にポーチぶら下げてるし、アイテムボックスは存在しないか専門職のスキルなんだろうか。


「五つ目以降も、表示されてニャいだけでスキル自体は効果を発揮しているから影響はニャいニャ。しっかし、外はまったくシステムアップデートされてニャいんニャニャ」


 ニャが多くて、何言ってるのか分かり辛くなってきた。


「し、システムアップデート?」

「そうニャ、迷宮都市では大体月一くらいでシステムアップデートっていう更新が行われるニャ。上手く説明できニャいんだけど、新しいルールとか、新スキルとか、ダンジョンのギミックが増えたりとか色々変わるニャ。その時期になるとTVとかでも詳細が公開されるし、ギルドの玄関ホールでも張り出されるニャ」


 マジでゲームだな。MMO-RPGの定期アップデートに聞こえる。

 懐かしき、バランス調整という名の下方修正の数々よ。


「ちなみに、こないだのアップデートでは《 筋肉魔術 》が大幅に弱体化したから、お前らがギルドの入り口で会った筋肉共は嘆いていたニャ。むさ苦しかったニャ」

「そ、そうですか……」


 なんだよ、《 筋肉魔術 》って。なにするんだよ。筋肉が光ったりするのか?


 等と、ダンジョンの待ち時間で、迷宮に関係ある事やない事を話していると、後ろの方から野太い声とでかい足音が近づいてきた。




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「どけどけぃ! 小僧共、ちんたら手続きしているではないわ!!」


 突然列を割り込んできたのはおそらく巨人族。褐色と逆だった赤髪と、オーガと言われても納得しそうな巨体と筋肉。

 でかいと思ったゴーウェンより更に二回りほどでかい。

 一瞬見ただけで直感した。――あれは強い。あまりに差があり過ぎて、強さの底が見えないほどに。


「あー、バッカスかニャ。あいつまたやってるのかニャ」

「あのおじさん、有名人なんですか?」

「有名人ニャ。迷宮都市全体で見てもかなり有名ニャ」


 目立つ風貌と、明らかな強者のオーラは、なるほど有名にもなろう。


「強いだろう事は分かるが、あのオッサンなんでここに来てるんだ?」

「まぁ、強いのは確かニャ。ソロで上級ランクにいる時点で弱いわけはないニャ」


 上級……。

 この猫耳……チッタさんだって、かなりの強者のはずだ。斥候職らしいから戦闘力では本職の前衛に劣るだろうが、それでも俺たちでは歯が立たないだろう。ステータスを見るまでもなく力の差を感じさせる。カードを見た今では、数字からも明らかだ。

 そのチッタさんですら中級、それも中級の中でも下位だという。……おそらく、上級と呼ばれる冒険者は、外でいう英雄、超人の類。


「あいつ、実力よりもだらしない生活習慣のせいで有名なんニャ」


 ……だらしない超人か。急に情けない感じになってしまった。


 ほとんど小学生のような体格の学生たちの中を突き進んでいくバッカス。

 決して危害は加えていないようだが、モラルはなさそうだ。


「何すんだよオッサンっ!! ちゃんと並べよっ!」

「このオッサン知ってるぞっ!! "酒乱"のバッカスだ」

「な、なんで、Bランクがトライアルダンジョンに来るのー?」

「おいオッサン、Bランクだったら無限回廊潜ってろよっ!! 子供に混じってトライアルとか恥ずかしくねーのかよ」


 学生からも抗議の声が上がった。

 あとごめん、それは俺たちにもダメージなんだ。


「悪いがオッサンペナルティ中でな。装備もないから無限回廊はちょっと無理だな」

「やっぱり雑誌に書いてあった通り酒代稼ぎかよっ!! 超ダセぇっ」

「わはははっ、ダサいな、うん、確かにダサい、だからオッサンに順番譲ってくれ。三十分くらいしか変わらないだろう?」


 なんだその駄目人間のクソ理論は? だったらお前が待てよ。


「あいつ、確かに強いニャけど、無限回廊の死亡ペナルティ期間とか、ダンジョン潜ってない間はずっと酒飲んでるから、酒代の小金稼ぎに時々ここに来るのニャ」

「うわぁ……」

「見習いたくない先輩だな」

「見習う必要はないニャあ。人気商売の冒険者であそこまで馬鹿にされる奴は珍しいニャ。雑誌でも酒乱の"バカカス"とか書かれるし」


 確かに酒が好きそうな名前だけど、バカカスってひどいな。


「多分、無限回廊で死んで装備が質入りして、貯金は全部酒に消えたってところニャ。あいつならLv1でも全裸でここを突破できるからニャあ」

「ここって、訓練用ダンジョンのはずなんですけど、B級さんの酒代になるくらいには稼げるんですか?」

「いや、稼ぎっていう意味だとほとんどニャいけど、必要経費もゼロだからニャ。安酒くらいは買えるはずニャ。レンタル武器借りれるのはここだけだし」

「そういや、あのオッサン手ぶらだな」


 なんと、Tシャツである。

 俺たちは特に絡むでもなく、チッタさんの解説を聞きながら、その巨体が受付に消えていくのを見送った。

 最終的には教師らしき人が出てきて、交渉の末、教師側が折れる形で決着がついたようだ。

 うむ、あいつは今日一日だけで、前途有望な子供冒険者たちのヘイトを稼ぎまくった。ブログとか開いてたら炎上ものである。


「上級ってみんなあんな感じとかじゃないですよね?」

「さすがにアレは例外ニャ。上級は総じて生活に余裕があるから、穏やかな人が多いニャ。まあ、間違った方向に突き抜けた人も多いんニャけど。気性が荒いのはむしろ下の方かニャ。いつまで経っても中級に来れない奴とか、中級でも下の方はガラが悪い奴がいるニャ。まあ、それでも傷害事件すらロクに発生しないような街ニャから。安心していいニャ」


 女性の夜歩きできる街にそこまで心配してないが、やっぱりどこにもガラ悪いのはいるのか。

 路地裏に入ったら、身ぐるみどころか命か身体の一部がなくなる王都とは比べるべくもないんだろうけど。

 あそこの路地裏やスラム街は本当に魔境である。噂を聞く度にマジでビビってた。


「まあ、あいつは基本ソロだし、直接関わる事はまずニャい奴だから忘れていいニャ」


 そういうの、なんかすごいフラグっぽいんで、やめてもらえないでしょうか。




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 学生たちの列に並び、待つ事三十分。少し緊張して望んだ受付での手続きはあっという間に終わり、いよいよダンジョンである。


「結局、装備は剣にするの?」


 今はその手前、武器のレンタルと簡易訓練所のあるエリアで剣を振っていた。ここはもうダンジョン内と同じ扱いらしく、個別エリアだそうだ。学生たちの姿もない。

 講習で言っていたように武器は借りれるものらしく、一通りスタンダードな武器種と盾は揃っている。だが、残念ながら借りれるのは武器だけで盾以外の防具はない。

 破損しても弁償などのペナルティはないらしいが、ダンジョン外への持ち出しは不可みたいだ。


「小型のメイスとかハンマーはないから、あとは斧かな。本当は槍あたりがいいんだろうけど、洞窟内の取り回しが不安なのと、経験がないからな」


 まともな武器で経験があるのは、ナイフとゴブリンから奪い取った長剣と、あとは鉈くらいである。

 これまでは、基本的に技術とか考えずに力任せに攻撃可能な武器を使ってきた。器用な戦い方はそんなに得意じゃないから、ギフトの《 近接戦闘 》がなかったら当たらないかもしれない。

 ちなみに《 片手武器 》のギフトも持っているが、盾は使わないのであまり有効利用できていない。こうして実際に振ってみても、片手剣より両手剣のほうがしっくりくる。


「しかし、すごいねここ。僕の持ち込みとほとんど同じランクの武器ばっかりだよ。これ高かったんだけどな。……初心者にレンタルされるレベルか」


 ユキが自分の小剣を見て言う。確かに安くはない代物のように見える。

 大商人の"高い"は、想像したくないレベルの高いであろう事は想像がつくし。


「さすが欄外スキル持ちニャ。様になってる。外でも長剣使ってたのかニャ?」

「経験はあるけど、基本的には……棍棒かな。あと、石」

「…………」


 原始人でも見る目で見られてしまった。しょうがないだろ、あんな山奥で武器とかねーよ。碌に金属すらなかったのに。ゴブリンが持ってた剣を見て羨ましかったくらいなんだからな。

 ちなみに棍棒と言ってはいるが、マジもんの木の根っこである。丸太サイズの木をそのまま振り回した事もある。


「い、石って投石って事かニャ? 冒険者でも、割と斥候職では使ってるのを見かける事もあるニャ。リーズナブルニャ」

「投げたりもするけど、近接戦がメインなんで、そのまま殴るのに使った」

「…………」


 投擲の適性ないんだよね。石投げても当たらないし。肝心な時は明後日の方向に飛んで行く。

 そういえば、前世で野球やった時も送球ミスが多かった。どこを守ってもミスするから、キャッチャーが固定のポジションだ。盗塁されても送球しない、ただの壁である。


「ツナが今まで過ごしてきたのが、一体どんな魔境だったか、興味があるようなニャいような……」


 どうしよう……。話してもいいんだけど、生活環境はともかく、戦歴は話すとドン引きされるんだよな、毎回。

 あの動く発禁物のクリフさんですら、さすがに俺の戦歴はドン引きだったし。


「まぁ、ツナは《 原始人 》だからね。しょうがないよ」

「そっか、《 原始人 》じゃあ、しょうがないニャあ」


 原始人で納得するなよ、そこ。原始人だって石斧くらいは使うだろ。あれ……下手すりゃ、俺はそれ以下だな。


 何度か素振りをして、備え付けの機材でグリップを微調整。それを繰り返して調整していく。微妙な握りが合っているかだけでも割と違う。

 修理とかメンテなんて専門技術は欠片も持ち合わせてないが、ゴブリンからの強奪品を使う中で、蔦でのグリップ調整くらいは覚えていた。

 不器用なり、下手なりに何度も繰り返して覚えた技術だ。蔦じゃない専用の機材があるだけでもずいぶん違う。


「お前も矢とか持っていったほうがいいんじゃないか。確か使うんだろ?」


 ここは矢も使いたい放題だ。

 矢代というものは馬鹿にならない。俺自身は経験がないが、猟師に話を聞くと、一本一本が割と高いらしいのである。

 一度飛ばした矢でも、回収できるなら使いまわすのは当たり前。折れても羽根や鏃だけ回収して作り直す事も多いらしい。

 鏃も金属だからな。そりゃ高いよ。


「うーん、僕の奴はちょっと特殊だからね。サイズが合わないんじゃないかな」

「"僕は特別なんです"って?」


 どこぞの転生オリ主みたいに独創的なアイデアでも取り入れてるのか?


「違うってば。何故僕を俺TUEEE主人公にしたがるかな。いや、できるならしたいけどさ」


 まあ、俺も転生者の端くれとして、俺TUEEEしたい願望はある。


「僕のは短弓で普通の弓より小さいんだ。主に牽制用に使うんだけど、普通の矢じゃ大き過ぎてまともに撃てない。いつもだったら作り直したりもするんだけど、地味な上に時間ばっかりかかるんだよね。大きいのでも射てない事はないんだけど、幸い本数は用意してるから、今日はちゃんと合ったやつを使うよ」


 ちゃんと理由はあるらしい。ユキは小柄だから、そういった工夫も必要なのだろう。


「そこの大弓とか、ツナだったら引けるのかな。ゲームとか小説だと華奢なキャラが使うイメージだけど、弓って割と力いるよ」


 確かにそうだな、ロビンフットとか那須与一とかはともかく、ヘラクレスとか呂奉先とか筋肉モリモリマッチョマンのイメージだ。

 ユキが指す先を見てみると、俺の背丈以上は優にありそうなでかい弓が壁に掛かっている。

 やべぇ、引けそうにない。……俺はコマンドーにはなれないな。

 ここにあるって事は、これまさか大弓カテゴリでは普通サイズなのか? 弓使いってすげぇ。


「僕の主兵装は小剣だから、ツナみたいに重い武器を振り回せるなのは羨ましいね」

「なんだ、お前もそういった男の子な部分はあるんだな。< 赤銅色のマッスルブラザーズ >入っとく?」


 俺は入らないけど。


「嫌だよあんなの。非力でも非力なりの戦い方はあるし、あんまりムキムキになっても女の子っぽくないしね」


 何言ってんだ、こいつ。


「ユキちん前世はともかく、今は男じゃなかったかニャ」

「カードの表示上はそうですね」

「いや、表示上って……」

「表示上はそうですね」


 有無を言わさぬ迫力があった。俺は逆らわないようにしておこう。




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[ 転送用ワープゲート ]


 ワープゲートとは、ダンジョンの入り口に設置される謎の装置である。

 大人三人分くらいの幅のアーチで、その中は謎の異空間が波打ち、光を放っている。

 RPGなどではおなじみだが、実際に目にすると不思議な光景だ。中をじっと見ていると吸い込まれそうになって怖い。

 ダンジョンの入り口と紹介されたそれは、ちょっと入るのに躊躇するくらいファンタジーだった。


「ここがダンジョンの入り口ニャ。初心者は大抵ビビるけど、入ればその先は普通の空間だし、他のダンジョンもこんな感じだからすぐ慣れるニャ」

「い、息とか止めたほうがいいですかね」

「いや、別に水に潜るわけじゃニャいんだし。息はしてて問題ないニャ。転送先が水没してるケースもあるらしいけど、ここは固定型だから転送先はただの洞窟ニャ。多分拍子抜けするニャ。あと、一方通行で戻って来れニャいから、レンタル武器とか忘れ物があるならさっさと取ってくるニャ」


 水没とか何それ、怖い。


「転送先でいきなり襲われたりとかは?」

「まずないニャ。もしあっても、そういうイレギュラーケースはあちしが対応するニャ。といっても、先にはゴブリンくらいしかいないからちょっと小突いてやれば死ぬニャ。ゴブタロウとかも、あれくらい簡単に死んでくれれば交流戦とか楽なんだけどニャー。あれはちょっと同じカテゴリとは思えないニャ」


 チッタさんは、ちゃんと同伴者であるようだ。

 あと、ゴブタロウさんに何か怨みでもあるんでしょうか。


「逆に、そういうイレギュラーケースでもない限り、ツナとユキが怪我しようが、腕千切れようが、それこそ死のうが戦闘には手を出さないニャ。依頼の支給品もあるし、戦闘の合間とかだったら回復薬くらいは出すけどニャ。というか、こんなとこで突っ立っててもしょうがニャいから、さっさと行くニャ。怖いならあちしが先に行くけど、どうするニャ?」

「ちなみに、チッタさんがゲートの向こうに行ったあと、俺たちが帰るとどうなるんです?」

「どうなるって……、そりゃこっちに戻……れないニャ。ここ、一方通行ニャ。さすがにその状況は泣くかもしれないニャ。中間ポイントまで全力で走って行ってお前らを殴りに行くニャ」


 いやあ、しないですけどね。


「じゃあ行きましょうか。チッタさん、先どうぞ」

「いやニャ。今の話のあとで、先行するのは明らかなネタ振りニャ! あちし、お笑い芸人目指してるわけじゃないニャ」

「ちっ……」

「そ、その舌打ちはなんニャ!? まさかマジでやる気だったニャ」

「いやだなあ、先輩にそんな事するわけないじゃないですか、行きましょうか」


 いや、やらないよ?


「お前、マジでやりそうな感じがするニャ。ひどいルーキーニャ」


 というわけで、俺が先行してゲートの中に足を突っ込む。

 水に潜るような感触を想像していたのだが、何かに触れた感触もない。ただ抜けただけだ。

 全身が通り抜けると、そこはすでに風景が変わり360洞窟の中だった。後ろを向いても入ってきたゲートはない。

 すごいね、こりゃ。


 しばらくすると、あとからユキ、チッタさんと姿を現わす。一方通行で、こちら側にはゲートはないため、何もない場所から突然現れたように見えた。


「さて、ここがお待ちかねのダンジョンニャ。ま、ただの洞窟なんだけどニャ。とりあえず、小手調べでそこら辺のゴブリン捕まえて腕試しでもするかニャ」


 中級冒険者の肩書は伊達じゃないらしく、ゴブリン程度ならなんでもなさそうだ。

 俺も、故郷の山で遭遇したゴブリンくらいならまったく問題ないが、ここは本場といってもいい迷宮都市だ。同じゴブリンという名前でも、何か別の生命体という可能性も有り得る。油断はしないでおこう。


「近くにいないみたいだから、あちしが捕まえてくるニャ」

「え、わざわざ捕獲するんですか?」

「実力の確認のために、最初は一対一のほうがいいからニャ。複数いても面倒だから、一匹だけ連れてくるニャ。とりあえずツナから戦ってみるニャ。準備しとくニャ」

「はあ……」


 チッタさんが洞窟の奥へと消える。ゴブリンはカブトムシかなんかかよ。


「ツナはゴブリンとの戦闘経験はあるんだよね?」

「ここのと同じか分からないけど、沢山あるぞ」


 もう倒した数も覚えていないくらいだ。


「あ、戻ってきた」


 一分くらい待っていると、暗闇の奥からチッタさんが戻ってきた。ゴブリンも一緒だ。

 MMO-RPGの所謂"釣り"のように、注意だけ引き寄せて引っ張ってくるのかと思ったのだが、チッタさんは文字通りゴブリンの首根っこ捕まえて帰ってきた。

 チッタさんの手に掴まれているそれは、故郷で散々戦ったゴブリンと同じ姿だ。ついでに、ゴブタロウさんとも見分けがつかない。


「連れてきたニャ。じゃ、早速ツナと……って暴れるんじゃないニャ! 相手はあちしじゃないニャ、あっちの奴ニャ!」


 連れてきたゴブリンに反撃されるが、適当にそこらに放り投げるとチッタさんは俺の後ろに回る。


「さあ、頑張るニャ。迷宮都市での記念すべき初戦闘ニャ」


 戻ってきたゴブリンを見ると、ちゃんとターゲットは俺になっているようだった。ちょっとぐったりしてる。


 ……何これ。



 想像していたダンジョンとあまりに違うノリの軽さに、早くも気が抜けそうだった。



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