第1話「迷宮都市」

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『冒険者っていうのは、名前だけなら聞こえはいいが、モンスター、魔獣相手の傭兵みたいなもんだ。お伽話にあるような古代の遺跡探索とか、誰も踏み込んだ事のない秘境の地を冒険したりする職業じゃあない』


 かつて、そう言ったのは誰だったか。

 確か、職場の先輩だったと思う。……あぁ、店の金くすねて逮捕された人だ。名前は忘れた。

 まあ、信用できる人ではないんだが、いろんな経験をしているのは嘘じゃないらしく、冒険者と呼ばれる職業にも詳しかった。


『人同士の戦争には基本的に関わらないが、護衛、警護と、基本的にフリーの傭兵や用心棒とやってる事は変わらない。冒険者が冒険者として認識されているのは、モンスターの駆除を専門にしているからだな。村の代表とか、領主とか、そういった人から依頼が出るらしい』

『モンスターを倒して解体とかするのか?』


 俺の中の冒険者像は、モンスターの皮や骨で武器・防具を作り、肉を焼いて食う印象だ。あと、倒した証明として耳とか鼻そぎ落としたり。

 ……こうして並べると、物すごい蛮族っぽいな。


『なんで解体なんかするんだ? 動物と違って肉は食えたもんじゃないし、皮も骨も本体が死ぬと急に劣化して腐り出すからな。狩猟とは違うぞ。ちなみに獣相手の狩猟家のほうが安全な上に遥かに儲かる。じゃあ、なんでみんな狩猟家にならないんだっていうと、免許取得が大変だからだな。そりゃ密猟が流行るわけだよ』


 そういえば昔ゴブリン食った時も、不味かった上にあっという間に腐ったな。

 あと、売ったりはしてないが、密猟はしてました。すいません。


『じゃあ、冒険者はどうやってお金を稼いでるんだ? 不定期の駆除依頼だけじゃ食っていけないだろ』

『斡旋所の日雇い労働でもしてるんじゃね。肉体労働とか。生活費稼ぐために不定期の日雇い労働して、モンスター倒すのに必要な装備を整えて、ちょっとだけ実入りのいいモンスター駆除依頼を待つと』

『傭兵とか街の衛兵がモンスター退治はしないのか?』

『まったくないって事はないんだろうが、基本ないな。だってモンスターって強いし危ないじゃん。そういう危険な仕事は、更に底辺職である冒険者に任せるんだよ』


 世知辛い現実を知った。

 というわけで、実際にいろんな人に聞いてみたが、どこでも冒険者という職業はそんな感じらしい。

 ファンタジー小説では花形職で、これ以外ありえないという人気職なのに、この世界では最底辺職扱いだ。本人たちがそう自覚しているので間違いない。少なくとも、大金を稼げる職業ではないようだ。


 そういえば、酒場に来る冒険者っぽい人たちは大抵安酒しか頼まない。冒険者は体張った職業なのに貧乏なのである。

 ゲームや小説に出てくるような、高位の冒険者であれば違うのかというと、高位冒険者なんてものは存在しない。そもそもランク付け自体されていない。

 ゴブリンの耳を持ってきても換金はできないし、教会に行けばステータス表示は見せるのにモンスター倒して経験値を獲得する事もない。というかレベルがない。

 まあ、経験の分だけ筋力や技術は向上するが、これは別にモンスターと戦わなくても上がる。


 なんでそこまでしてモンスターを倒すのかというと、ある程度名が知られる事で、衛兵、私兵、護衛として貴族や大商人に雇われたり、あるいは傭兵として活動するにも有名な傭兵団から声がかかり易くなるそうだ。

 つまり、箔付けのための腰掛け職業なのである。命を賭けた箔付けだ。



 話はまったく変わるが、冒険者たちが戦う最も有名なモンスターとしてゴブリンがいる。

 矮小な汚いおっさんという風貌で、気性は荒い、RPGに出てくるそのままのイメージで間違いない。

 このゴブリン、実は妖精らしいので、厳密な意味ではモンスターでないらしい。大カテゴリ的にはエルフやドワーフと一緒だ。

 前世のファンタジーRPGでは雑魚モンスターとして扱われてたりしたが、元々の出典も妖精だったような気がする。

 妖精だろうがモンスターだろうが、実際に被害を受けている人たちには関係ないのだが、この世界でもそういう区分らしい。

 俺も故郷の村でサバイバルしている時に、このゴブリンとやりあった事がある。必死過ぎて良く覚えていないが、武器を持った人型の相手は、獣と違った恐怖を覚えたものだ。うん。

 もらった(殺して奪い取った)鉄の剣は、ボロボロになって使えなくなるまで俺の武器として活躍してくれた。

 なんでこんなにゴブリンの事ばかり思い出しているのかと言えば、目の前にいるゴブリンが原因だろう。


「いや、君たちはタイミングがいい。迷宮ギルドの登録はいつでもできるけど、免許の発行手続きと初心者講習は一ヶ月に一回だからね。登録時に受講しなくちゃいけない決まりもないし、正規免許発行までに受ければいいんだけど、ついでに受講していくだろう?」

「あの、極当たり前のように説明が始まりましたけど、あなたゴブリンですよね?」


 ユキが突っ込んでいるが、俺たちの目の前で迷宮ギルドの説明をしているのは、明らかに人間ではなかった。

 受付のお姉さんから引き継いで、何事もないようにギルド登録の説明を始めたのはゴブリンだったのだ。

 眼鏡かけてスーツ着てる以外は、いつの日か森でぶっ殺したゴブリンさんと同じ姿だ。見分けがつかない。


「おっと失礼。自己紹介がまだだったね。私はゴブタロウという。このギルドの最古参の一人で、事務員だ」


 ゴブリンって本当はモンスターじゃなかったのかな。あ、妖精だっけ?

 それにしても適当な名前だ。ゴブタロウって……。次郎とか三郎とかもいるのかな。


「まあ、君たちは外から来たばかりだからね。言いたい事は分かる。指摘の通り私はゴブリンだ。まだ見ていないかも知れないが、この街は人間以外にも沢山の種族が住んでいて、君たちの言うモンスターカテゴリの住人もいるよ」

「えーと、色々大丈夫なんでしょうか」


 この街以外でも、獣人などの亜人種やエルフ、ドワーフなどの妖精種が街に住んでいるのは聞いた事くらいはあるし、抵抗はない。

 むしろ平成日本に生きていた身としては、見て会って友達になりたい。

 だが、俺の知っているモンスターカテゴリの生物は、100%敵性種族なんですが。


「頭悪い奴は迷宮から出てこれないけどね。ある程度レベルが上がったら、それなりに知恵も付くもんさ。加えて、モンスター用の法律は人間より遥かに厳しいから、街に住んでるのはかなり上澄みの極一部だけだけどね。ダンジョンにいるモンスターだって、別に本能に従って人間を襲っている訳じゃない。頭悪いから食料になりそうなものに襲いかかってるだけだ。食べるものがあるなら人なんて襲わないよ。まずいし」


 まずいのか……。食った事はありそうだな。俺もゴブリン喰った事あるからお互い様だ。

 よくよく考えてみたら、食べるために飼育された牛豚鶏と普通に生きてる人間なら、そりゃ家畜のほうが美味いだろうな。

 となると、肉食のドラゴンとかも不味いのかしら。


「はぁ、なるほど」


 ユキは分かったのか分からなかったのか良く分からない生返事をしている。

 だが、それよりも気になったのはゴブタロウさんの言葉だ。


「れべる……ですか?」


 この世界、ゲームのようにステータスや所持スキルは確認できるが、レベルや経験値の概念はない。ついでにHPもMPもない。

 ない……と思っていたが、まさかあるのだろうか。それともモンスター専用の概念だろうか。


「そう、レベルだ。外から来た人間には馴染みが薄いかもしれないが、生物としての格とか、位階とかそういう意味だと思っていい。迷宮の中でモンスターを倒すと、このレベルが上がってステータスが向上する。ギルドに登録すると、これまでに見えていたステータスに加えてレベルも確認できるようになるよ」


「お、おおおおぉ」


 なんか、ユキが感動に打ち震えていた。

 ファンタジーかつ、RPG的なのに、それでもやたら世知辛い現実的なこの世界で、この事実は文字通り世界が変わる話だったのだろう。

 実際、システム変わってるしな。


「あとはクラスとかスキルとか色々覚えないといけないけど、そこら辺は初心者講習でね。他にも受講生いるし。時間になったら三階の多目的ホールでやるから」

「はい! 楽しみにしてます」


 去っていくゴブタロウさんに、ユキはぶんぶんと手を振っていた。


「きたよ、きたよ、レベルアップだよ」

「落ち着け」

「だって、ゲームみたいじゃない。そりゃスキルとかステータスとか元々ゲームみたいな要素はあったけど、成長要素があまりに現実的過ぎて萎えそうな世界だったじゃないか」

「といっても、簡単にレベルアップできないとかありそうじゃねえか? 一つレベル上げるのに一年以上かかるとか。スキル習得もそんな感じだし」


 俺もスキルは持っている方だが、習得しようとして覚えたものでないにせよ、ギフトや《 算術 》以外は一つ習得するのにえらい時間がかかかったもんだ。

 今は体感的にスキルの恩恵を受けていると認識できているが、スキルの存在自体、ただの能力・技術を持っている証明としか思えなかった時期もある。


「う、そうだね。でも、これはゲームでいったら大型パッチとか拡張ディスクとか、下手したら次回作かってレベルのシステム変更じゃないか」

「……システムねぇ」


 昔、色々考えた事がある。

 この世界はステータスが見えるし習得しているスキルが分かるが、それほど現実の法則に影響はない。

 例えばHPやMPは表記自体がない。当たり前だ。魔力残量という意味でのMPならともかく、生命力が数値表記されてたまるかって話だ。


 ステータスもかなりアバウトで、力の数値が高くても必ずしも腕力が強い事を意味しない。おそらくいろんな要素が絡んでの表記なのだろうが、目安にしかならないのだ。

 腕立て伏せをすれば< 力 >の数値は上がる。だが、それで腕力は強くなっても腹筋や脚力は強化されない。地球にいた頃と同じだ。

 じゃあ、鍛錬でなくレベルで能力値が上がる場合、それは何処の筋力が強化されるのか。

 全体的に力強くなるとしても、すぐにその感覚に慣れるのか。上手く加減ができずに物を壊したりしないだろうか。

 ゲームっぽいシステムだが、ゲームじゃないのだ。これは初心者講座もそうだが、色々調べて検証する必要があるだろう。


「まあ、強化の手段が増えるってのはいいな」


 これまでは、トレーニングして、装備整えて、戦闘経験してと、外で強くなる方法は地球にいた頃と変わらなかった。

 それが、それら以外の要素で強くなれるのであれば大歓迎だ。それが卑怯だとか、ズルだとか言うはずもない。

 あるものは使うのが、この世界に生まれてからのポリシーだ。チートバンザイである。


 ゲーム的な設定のある異世界トリップ小説を読んでいた頃は、レベルの存在だけでチートと呼ぶ事はなかったんだがな。




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「というか、さっき言ってた初心者講習までどうするよ。まだ結構時間あるぞ」


 といっても、数十分程度だから、街を散策するのには短い。先に今夜の宿を探そうにも、この短時間では見つけられるか微妙だ。


「せっかくだから、先に三階の多目的ホールの場所だけ確認して、この建物の中でも見学しようか」

「ん、そうだな。なんか色々あるみたいだしな」


 ギルド員向けのサービス施設とかもありそうだ。

 と、俺たちは多目的ホールを確認してから、迷宮ギルド会館の中を散策してみた。



[ 迷宮ギルド一階 ]


 まずは一階。

 受付フロアと依頼掲示板、待合所のようなホールで構成され、軽食屋のような店がテナントとして入っていた。

 待合所らしき所には飲み物の自販機が設置されており、正に平成日本の役所の雰囲気だ。奥にはエレベータホールも見える。


 こうして一見すると役所の受付フロアにしか見えないのだが、やけにゴツイ金属鎧の戦士や魔法使いっぽい人がいるので、ここがそういう場所なのだと理解できる。

 だが、無駄にきらびやかな光を放つ装備の戦士や、やけに露出度の高い女の人がいるのは世界でもここだけだろう。

 完全に物理的な性能度外視のデザインで、まるっきりRPGの世界である。アップデートを繰り返す度に無駄に装飾された新装備が出るMMOのノリだ。強くなってもあまり着たくない。


「ユキはああいうの着てみたいとか思うか?」

「日本人的な感覚だとちょっと恥ずかしいな。でも、王都に住んでる貴族とか、アレより派手な格好してる人もいたよ」


 なるほど。大商人の息子だったから、そういう交流もあったって事かね。


 依頼掲示板は、迷宮を~階まで攻略する、迷宮の~を何体討伐する、など、依頼というよりも当面の目標を決めるような内容のものが多かった。ひょっとしたら冒険者の育成がメインで、これらの依頼で儲けようとはしていないのかもしれない。


 外では見かけない素材の買取もある。

 どうやって腐らせずに持ってくるんだろうか。昔、ゴブリンを食った時は喰ってる内から骨ごと腐っていったんだが……回収間に合うんだろうか。まさか、生け捕りとか……防腐能力がついた袋に閉じ込めてから撲殺みたいな? ……凄惨な絵ヅラになりそうだ。



[ 迷宮ギルド二階 ]


 続いて二階。エレベータもあるようだが、階段で上がる。ここには初心者向けの簡易図書室と、面談室、ギルド職員用のスタッフルームがあった。


 簡易図書室は迷宮初心者向けの本が陳列された小さな部屋だ。机や椅子も十数人程度しかない。どうやらもっと上の階にちゃんとした図書室があるらしい。

 ちなみにユキいわく、ここにあるだけで王都の一番大きな本屋より蔵書数が多いとの事だった。その本屋は、店全体でも本が百冊もなく、棚と鎖で繋がれていたらしい。なんでも、立ち読みするのにも時間単位でべらぼうな金額を払うとか。外は印刷物がないという話だから、手書きの一品物か写本だろうし、そこら辺の差はどうしようもないのだろう。


「僕が行った本屋は、巻物とか、木の札に書かれたのもあったよ」


 ……まさか、石版とかはないよな。


 面談室は、今は利用者がいないが、おそらくギルド所属者とスタッフで使う相談所のようなものだろう。先ほど、俺たちがゴブタロウさんに説明を受けたのも、この内の一室だ。

 クエストの相談や、活動方針の打ち合わせ、人生相談もするらしい。結婚相談の広告も張られている。

 スタッフルームは出入り禁止らしいので、どうなっているか確認できなかった。



[ 迷宮ギルド三階 ]


 そして初心者講習をやるという三階。ここは多目的ホールなどの大きな部屋ばかりが集まったフロアだ。

 何かイベントをやっているわけでもないので、何もない閑散とした部屋があるだけだ。

 壁にはTCGの大会告知ポスターが張ってある。ここの連中は異世界でもカードゲームするのかよ。



 ちなみに、見に行ってはいないが、地下一階がトレーニングルームと訓練所。地下二階は冒険者に貸出している倉庫らしい。

 もっと上の階には巨大な資料室もあるらしいが、四階以上はデビュー前の冒険者は入れないようだ。残念。


「なんというか、TRPGのセッションで使った公民館を思い出すね」

「お前はレトロな趣味ばっかだな」


 ローグにしても、聞いた話によるとコンシューマーゲーム機で出てたものではなくアスキーアートみたいな画面らしいし、TRPGにしたって若者の流行に乗っかったような遊びではないだろう。根強いファンがいるというのは良く聞くが、そのファンが世間のどこら辺に生息していたか分からない。

 一般的なオタク趣味よりもディープな世界かもしれない。


「レトロ、言われてみたらそうかもね。TCGとかもレトロかな」

「前二つに比べたらメジャーだけど、ハイテクではないよな。アナログっていったほうがいいかもしれんが」

「まあ、前世の僕は古風な女の子だったんだよ」

「色々間違っている」


 大体、お前さっきBLゲームの話もしてたじゃねーか。



 そんなどうでもいい雑談をしながら時間を潰していると、多目的ホールの入り口から二人の男が入ってきた。

 一人は金髪碧眼の、この世界ではむしろ没個性に分類される青年。多分二十歳前後。少なくとも俺たちよりは年上だろう。

 小剣を持っているところをみると前衛のようだが、武器以外の装備は着けていないので、戦闘スタイルは分からない。

 一緒にナンパに行くと、おこぼれにありつけそうな甘いマスクだ。友達になりたい。


 もう一人は身長二メートルオーバーの巨人だ。巨人種にしては小さいので、混血か、俺の知らない種族だろう。

 その身の丈に見合ったハンマーを片手で持っているが、多分俺では振り回せない重量だろう。間違いなくパワーファイターである。

 どちらも講習とやらを受けに来たのだろうか。


「やあ、君たちも講習かい?」


 その容姿に合った美声と笑顔で、金髪が話しかけて来た。ムカつくくらい好青年である。


「ああ、あんたらも?」

「そうだよ。君たちは会館で見かけた事がないけど、まだトライアルに参加してない人かな。講習に合わせて登録しに来たとか」


 やはり、俺たちよりも少しばかり先輩のようだ。


「トライアルっていうのがなんなのか分からないが、ド新人なのは確かだな。この都市にも今日来たばかりだ」

「へえ、運がいいね。僕ら二人ともトライアルは終了済で、この講習待ちだったんだ。登録したタイミングが悪くてね。半月くらい自主訓練だったよ」

「じゃあ、俺たちの一ヶ月先輩ってわけだ。……ちなみに、トライアルってのは?」

「ああ、この街で迷宮探索者として本格的に活動する前段階として、この講習の受講とトライアルダンジョンの攻略が必須になるんだ。ダンジョンのほうはガイド担当の同伴者がいればいつでも入れるんだけど、こっちの講習は月一開催だからね。タイミング合わないと、こうして待ちぼうけを喰らうのさ」


 なんか色々知らない情報が飛んで来た。

 確かに、さっきのゴブリンはタイミングがいいと言っていたが。


「実際攻略するものとは違う、初心者用のダンジョンがあるって事か?」

「そうだよ。全五層で罠もない。モンスターも弱いダンジョン。小手調べみたいなものらしくて、攻略自体は難しくなかったよ。初心者への洗礼は受けたけど」

「洗礼? 最後に強いボスがいるとかそんな感じか?」

「……実は、詳細は他言無用らしくて、特に未攻略の人には言っちゃいけないらしいんだ」


 初心者用のダンジョンの話だし、無理に聞くような内容でもないのか。

 無理に聞いてペナルティとかあっても嫌だし。


「ちなみにそちらの彼女……いや、男の子だね。彼は君の知り合いかな」


 おおすげえ、一発で見抜いたよこいつ。会ってから数日経つ俺でも半信半疑なのに。


「あ、はい、ユキトです。よろしく」


 機嫌悪いなこいつ。一目で男と看破されたからか?


「こちらこそ。こちらも自己紹介がまだだったね。僕はフィロス。一応外では騎士をやっていたけど、今はただの冒険者見習いだ」


 騎士さんか。そんな偉い人でも冒険者になりにここに来るんだな。生活には困ってないだろうに。


「あっちの大きいのはトライアルで一緒になったゴーウェン。人見知りだけど力持ちだ」


 フィロスがそう紹介すると、でかいのが恥ずかしそうに会釈した。

 というか、その図体で人見知りかよ。

 ……ああ、次は俺の番か。


「俺はツナだ」


 なんか微妙な表情された。どうせ変な名前だよ。




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「まず最初に、君たちが冒険者と呼ぶ職業の定義から説明しよう」


 初心者講習の講習が始まった。

 講師はヴェルナー・ライアットという名で、人間にしか見えないが吸血鬼らしい。社会進出している人外がやたらと多い街だ。


 しかし、壁の前にはあんなに並んでいたのに、ここにいるのはたったの四人である。

 講習は今日三回行われて、真ん中のこの講習は人が少なくなる傾向があるらしいが、それにしても少な過ぎやしないだろうか。

 入り口で並んでたあのちっこいのとかどこにいったんだろうか。……観光でもしてんのか?


「君たち四人は全員外から来たから、この街の常識としての冒険者は良く知らないだろうね。そちらの二人はここに来てから約一ヶ月経つから……、そうだね、今日街にきたユキトさん、君は冒険者という職業がどんなものか知っているかな。ああ、外のだよ」


 ユキトと呼ばれたユキは少し不機嫌そうな顔をしながら回答する。


「はい。外でいう冒険者は対モンスター専門の傭兵のような存在です。一般的には専門の傭兵、猟師よりも実入りは低く、人気はありません。

腕もコネもない人が箔をつけるための、いわゆる腰掛け職業という認識です」


 その回答は、ほぼ俺の認識と100%合致している。

 まあ、俺たちは外で冒険者やっていたわけではないから、どちらも噂や冒険者に聞いたという程度の知識でしかないのだが。

 残りの二人も、少なくともフィロスは騎士をやっていたというくらいだから、冒険者の実態については詳しくないだろう。

 王国では騎士というだけでも半貴族、少なくとも裕福な家の出ではあるはずだ。冒険者という底辺職業にはカスリもしない。


「おおむね正解です。私も外で冒険者をした事はありませんが、外からここに来る冒険者は多いですからね。彼らに言わせると冒険者というのは、危険なゴミ捨て場で斡旋紹介状を探すような職業、というのが共通認識です。すべてを鵜呑みにはできませんが、少なくとも一般的な人間から見て、高い賃金も、名誉も、保証も、安全もない職業である事は間違いないようです」


 職業イメージはボロボロだがその通りだ。前世で良く見た、物語やゲームの題材としての冒険者像はそこにはない。

 危険でも、一攫千金の夢があればまだ戦えるんだがな。俺もやってたかもしれない。


「では、この街での冒険者の定義ですが、これとはまったく異なります。まず、この街の一般大衆の認識として、ダンジョン探索というのは娯楽です」

「ぅえ?」


 あまりに想像外の言葉だったのか、ユキが変な声を上げた。

 声こそ上げなかったが、俺もびっくりした。


「ええ、認識が違うとそういう反応になるでしょうね。そちらの二人はすでに一ヶ月程度迷宮都市にいらっしゃいますし、トライアルも攻略済ですからそこまで認識に齟齬はないでしょう。そうですね、四人しかいませんから、質疑応答はいつでも受付けますよ、ユキトさん」

「いえ、その……、大丈夫です。続けてください」


 バツの悪そうな顔でユキは俯いた。


「では続けます。この街では迷宮探索というのはエンターテイメントであり、冒険者はエンターテイナーです。ダンジョンを探索する事が主な仕事というのは間違いありませんが、この街に住む住人の認識では、冒険者は娯楽を提供するアイドル、舞台俳優のようなものというのが現状です。冒険者自身にとっては、迷宮探索は娯楽ではなくちゃんとした仕事ですので、ここで言ったのは冒険者と関わりが薄い一般市民の認識として考えて下さい」


 意味は良く分からないが、先ほどの猫さんが「人気とりも楽じゃニャい」と言っていたのはこういう事か。


「身も蓋もない話ですが、顔がいいと人気が出ます。浅層組……いわゆるデビュー直後の収入はそう多くありませんし、バイトしながら迷宮に潜る人もいますが、人気のある冒険者の中には本格的な迷宮探索をせずに結構な金額を稼いでる人もいます。この会館に貼られてるポスターに写ってる人などはそんな感じです。そちらのフィロスさんや、ユキトさんはそういう面では有利ですね」


 ユキを見るとげんなりした表情をしていた。

 さっきからユキの顔ばかり窺っている気がするが、こいつ百面相だよな。ちょっと面白い。


「まあ、人気商売といっても本分は迷宮攻略です。深層で手に入る財宝やドロップアイテムは高額になりますから、お金を稼ぎたければ強くなるのが正道です。アイドルも悪くないですがね」


 スルーできない話もあったし、質問してみようか。


「すいません質問いいですか。……ドロップアイテムってなんでしょう。モンスターが何か落とすんですか?」


 外での話だが、モンスターを倒した場合、すぐに魔素に還元されて何も残らない。あっという間に腐るのだ。腐って、霧になって消える。

 使っていた武器などが残る事もあるが、モンスターが使うのは大抵が略奪品で、手入れのされていない粗悪なものだ。


「ドロップアイテムはこの街のダンジョンでしか存在しないシステムです。ダンジョン内でモンスターを倒すと、ドロップアイテムと呼ばれるものに変化する事があります。そのモンスターの体の部位であったり、薬だったり、武器だったり、食料だったりします。床に落ちてる事もあり、こちらは床落ちとも呼ばれますが、迷宮内で手に入るこれらを総じてドロップアイテムと呼んでいます。これらを売る事が冒険者の主な収入源になるというわけですね。」


 本格的にゲームになってきたぞ。


「モンスターの部位って何に使うんでしょう。外だとすぐに腐って無くなるんですが」

「ああ、外でモンスターとの戦闘経験があるんですね。モンスターが消えて無くなるのは変わりませんが、ここではそれとは別にアイテムが出現するんです。用途は様々ですが、武器の素材になったり、食料にしたりですね。本体と違い、このドロップアイテムは魔素還元……腐りません」

「食べるんですか? 昔、ゴブリンをそのまま喰った事がありますが、物すごく不味かったですよ」


 あの不味さはちょっとした生物兵器レベルだ。あれが食料としてドロップしても、まったく嬉しくないぞ。

 何も食う物がなければ食うが。


「な、生で食べた事があるんですか? そのままだと食べられるようなものではないはずなのですが……。美味しさは様々ですが、素材・食料として出現したものは基本的に摂取可能な物です。薬に使う物もありますし、すべて美味しいというわけではありません。特にゴブリンは生のまま食べるのはほとんど無理ですし、ドロップする肉も非常に不味く、薬にもならないので、人気のないドロップアイテムの代表格ですね。迷宮内で食料が尽きてどうしようもない場合に焼いて食べる事があるくらいでしょうか」


 まあ、態々不味いものを食いたいわけもないし、利用用途がないなら売れもしないか。


「大抵の冒険者は経験があると思いますが、みなさん二度と食べたくないという感想を持ちます。カレー粉があれば食べられない事もないですが、できれば私も食べたくありません。と言うと、ゴブリンの同僚に怒られそうですがね」


 さっきのゴブタロウさんの事だろうか。

 ……いや、それってどうなんだ。自分と同じ種族喰われてまずいって言われる事のどこに怒るんだろう。


「私の同僚にゴブタロウというゴブリンがいるんですが、彼はゴブリンの肉が好物という変わり種です。ゴブリン肉は迷宮で放置される類のドロップアイテムで、市場にはあまり流通しないので、少量でしたら多少高額で買ってくれると思います」


 好物をまずいって言われて怒るのかよ。

 しかも同種を食うってカニバリズムじゃないか。それが普通なのか?


「さて、話を戻しましょう。冒険者が収入を得る方法ですが、多岐に渡ります。先ほど言った迷宮を攻略してドロップアイテムや財宝を換金するのが主な収入ですが、その他に……」

・ギルドから提示されたクエスト、ミッションを完遂する

・訓練官、インストラクターを行う

・新規に開発した魔法、スキルの情報・権利を売る

・闘技場で大会に参加する

・ファン参加イベントに出演する

・タレントとしてTVに出演する

・自分の動画を編集して売る

・自分のグッズを販売する

「……などが挙げられます。これらであれば手続きはギルドが行いますので、手間はあまりかかりません」


 ……色々待て。ほとんどが突っ込みどころじゃねーか。


「あー、すいません。沢山疑問があるんですが」

「何でしょう。他の皆さんも質問がありそうですが、まずはツナ君から」

「はい、えーと、迷宮攻略、ドロップアイテム換金はわかります。クエスト、ミッションも違いがわかりませんがこれもいいです。闘技場の大会も同様です。訓練官、インストラクター、魔法、スキルの情報も、概要はともかく実態は良く分かりませんが今はいいです。それよりも、それ以降があまりに俺の常識とかけ離れているんですが……」


 周りを見ると俺以外の三人も呆然としていた。いや、ゴーウェンは良く分からないが。


「最後の四つはほとんど同カテゴリですから、一緒に説明しましょう。先ほど、冒険者は人気商売といったように、タレント業が可能です。この街で冒険者という職業は花形です。高ランクともなれば、一般人、冒険者問わずファンが付きます。そのファンを購買層として、グッズを売ったり、イベントに出たりする事でお金を稼ぐ事が可能という意味です」

「て、TVとは?」


 俺の知っているテレビジョンと同じ物としか思えないんですが。


「迷宮都市の外にはありませんが、この街には映像を残して、見る事のできる箱のようなものが存在します。見た事がないと想像できないようですが、そういったものに出演すると出演料が出ます。有名な冒険者がインタビューを受けたり、まったく関係ないバラエティ番組に出演したり、内容は様々ですが、都市中の人の目に止まる事になりますね」


 良く分かってしまうのが嫌なんですが。

 本当にテレビがあるのかよ。まさかパソコンとかインターネットはないだろうな。


「あの、動画ってなんでしょう?」


 初めてフィロスから質問が上がった。

 どうも、ここら辺は一ヶ月の事前調査には引っ掛からなかった分野らしい。


「迷宮攻略の際、その冒険の一部始終は映像記録に残ります。公開するかどうか、売る相手をどうするかは選べますが、これを最大二時間程度の尺に編集して売る事ができるんです」


 俺の知ってる動画編集と同じ物に聞こえる。

 ダンジョンに監視カメラでもついてるのか?


「トライアルの際も動画は撮られているはずですが、同伴者から聞いてませんか?」

「ああ、そういえば……聞いたような。」


 フィロスたちの動画もすでにあるらしい。なんか見られてる事を意識しちゃいそう。

 重要な場面では真面目な顔をするように心掛けようか。


「動画は値段も出荷数もギルドが決定しますが、ある程度実績があればこれらは融通が利きます。そして、売上の数%が出演冒険者の懐に入るというわけです。実績がある場合、売上依存ではなくギルドが買い取るケースもあります」

「売らなくてもいいんですか?」

「はい、動画自体はギルドには記録として残りますが、必ずしも売る必要はありません。実際、訓練としての探索など面白くないので、ほとんどの記録は売られずに死蔵されます。あとから、何時何時のものを映像化したいという要望にも対応可能ですが、あまりそういった依頼はありませんね」


 そりゃ数も多いだろうし、他と代わり映えのしない映像は面白くないだろう。見て面白い部分を二時間の中にまとめるわけか。


「ちなみにこれはファンだけでなく、別の冒険者相手でも売る事が可能です。

例えば最前線の攻略組の映像などは、前人未踏の領域がどんな場所なのか、どんなモンスターが出るのか、いつか到達する場所を見ておく事ができるので大人気です。一定階層ごとに出現する、階層ボスの攻略なども良く売れていますね。多方面から依頼があったり、特殊な条件をクリアした際などは、ギルドから販売依頼する事もあります。最近では、宣伝目的で無料動画サイトにアップロードする人もいるようです」


 ああ、攻略の予習として使えるのか。

 攻略本ならぬ攻略動画のようなものだし、自分たちの今後に影響するなら売れないはずがない。


「えーと、グッズってどんなのがあるんですか?」


 と質問したのはユキだ。疲れた表情だが、その気持ちは分からないでもない。


「特に定義はありません。先ほどの話の動画にしてもグッズと呼べますし、基本的にギルドが申請を却下しない限り売る事は可能です。実際に売られているのは、動画、攻略情報などの直筆の本、過去に使っていた武装、フィギュア、人形、まんじゅう、ブロマイド、写真集、タペストリー、抱き枕、動画ではなく音声のみの販売もあります。歌やラジオを収録したディスクなどもこれに分類されます。特に武装は一品ものですから、ファン唾涎もののグッズです。サインが書かれていると完璧ですね。昔、パンツを売ろうとした人がいましたが、これは却下されました」


 ユキは頭を抱えている。

 俺も色々ツッコミたいが、要はダンジョン攻略以外は、前世でいうマルチタレントと変わらないという事か。

 というか、まんじゅうってなんだよ。なんでまんじゅう限定なんだよ。


「えーと、エロ本やエロ動画への出演ってあるんですか」

「ばっ、な、何言ってるんだよ」「ありますね」「えええっ!?」


 ユキが騒がしい。こういうものは、映像媒体があるなら絶対あるに決まってるだろ。

 エロは偉大なんだぞ。新しい技術が世に出る時に、強力な牽引力を発揮する奇跡のコンテンツだ。


「これまで話した方法で金が稼げないとか、まっとうな職業につけないとか、あるいは巨額の負債を抱えたとかの理由で、そういったものに出演する冒険者はいます。出演は任意ですし冒険者自体の稼ぎも良いので、よっぽどの事情がないとありませんが、ギルドも仕事の斡旋や販売自体はしています。こういったものは確かに売れますが、出演した人の冒険者としての人気は減る傾向がありますね。別に出演するのは冒険者じゃなくてもいいわけですし。まあ、稀にそういうのに出るのが大好きという人もいるので、そういう人は出演料とは関係なくビデオを出していたりもします。……ここには男性しかいませんから言いますが、趣味でこういった動画を売り出している女性冒険者もいらっしゃいます。私のブログにいくつかお薦めを紹介しているので、機会があったら見てみるのもいいでしょう」


 ほうほう。想像力の足りない俺には死活問題だからな。娼館もレベルは高そうだけど、お手軽な処理が可能なのは嬉しい。

 あと、ブログがあるって事はネットもあるって事だな。さっきは動画サイトとか言ってたし、どこまで近代的なんだよ。


「また、余談もいいところですが、< 赤銅色のマッスルブラザーズ >というクランが、自分たちの筋肉をアピールする事に情熱を掲げてプロモーションビデオを出していますが、こちらはまったく売れていません。不良在庫のせいで借金を抱えてるので、最近はアダルトビデオへの出演も検討しているらしいですけど、……売れないでしょうね」


 その情報はどうでもいい。

 それって入り口で会った筋肉の事か。そんな事やってたのかよ。


「あとは、そうですね、ツナさんは同性愛ものの出演依頼がありそうですが、ディープな世界ですから冒険者続けるなら断ったほうがいいですよ」

「冗談じゃない」


 検問といい、どうしてホモネタが舞い込むんだよ。勘弁してくれ。ユキのほうが美形だし、フィロスのほうがイイ男だろうに。

 なにかそういうオーラが滲み出ているのか? 前世も含めてそういった経験は……俺はないんだが。

 まさか、街に入る時に審査してたあの鬼畜眼鏡がギルド職員って事はないだろうな。……ないよね?


「そろそろ質問はいいですかね? では続けますよ。冒険者登録をしていて、これらの仕事をギルドから受注する場合は、すべて報酬からギルド手数料と税金が引かれます。王都とは違い住民税などはないので、冒険者の仕事のみを行う場合は税金関連の申請は不要です。買取金額や報酬額にもよりますが、低ランクでおおよそ3%~5%、中ランクで7%~12%、高ランクだと最大で15%程度が手数料と税金で引かれる金額の目安となります。それぞれの報酬にどの程度税金が発生するのかは、ここでの説明は省きます。興味があったら個別に調べて下さい」


 すごいな。外だと七公三民くらいが普通で、領地によっては……というか故郷の村は大体、九公一民という頭おかしい税率だったのに。

 複雑で興味もなかったから調べた事なかったけど、前世日本ではどれくらいだったんだろうな。


「何か物を買ったりとか、土地、家などの不動産を買ったりとか、そういった場合も別途税金がかかりますが、大抵は業者側が処理を行うので税金が発生しているという事を認識していれば十分です」

「消費税とかでしょうか」


 そう言ったのはユキだ。難しそうな話はこいつに任せよう。


「そうですね。ものによりますが、大体市販の品物は価格の数%程度が消費税として設定されます。職業によって必須となるもの……例えば冒険者なら武具や迷宮で使うポーションなどの消費税は減額されます。大抵は値札を見れば分かるようになっているので、そこまで気にするようなものでもないですが」


 職業ごとの割引は、イラストーレーターだったら画材が安くなるとか、大工だったら工具とか建材の税金が安くなるとか、そういう事だろうか。生きていくだけならこれ以上ない環境だ。


「続いて、冒険者の福利厚生関連です。まず、冒険者として登録された場合、宿、訓練施設の割引サービスが受けられます。これは高ランクになるほど割引率は高くなり、追加サービスも発生します。今回登録頂いた皆さんにもこれは適用されます。皆さんでしたら、ギルドに登録された宿の料金は10%引き、一般医療費は30%引きです。この割引分の補填はギルドが行います。冒険者としてのランクが上がると、たとえば宿であれば高級な部屋に泊まる事ができる等の優遇処置があります。実はここだけの話ですが、娼館もランクによって相手してくれる女の子のグレードやサービスが変わってくるんですよ」


 なんてこった……。ランク上げないと商売女ですらグレードが高い女には相手にされないのか。

 そりゃ高ランクのほうが金払いもいいだろうしな。冒険者のモチベーションを上げるギミックとしても正解だ。


「一般医療費とは別に、迷宮で死亡・負傷した場合の治療費は無償となります。これには、入院中の食事、衣服、部屋やベッドの利用料も含みます。また、外から来た方のために専用の寮施設があります。これはトライアル期間の内、一ヶ月だけは無償で利用可能です。フィロスさんとゴーウェンさんも利用してますからご存知でしょう」


 寮か……。住む所に困らないのはありがたい。野宿覚悟だったからな。


「ちなみにどんな感じ?」


 講師ではなく、フィロスに振ってみる。


「すごく快適だよ。広さは、……分からないかもしれないけど、騎士やってた頃に充てがわれた二人部屋を一人で使う感じかな。家具は最低限最初から備わってる。水道、キッチン、トイレなんかの設備は共用だね。あと、これも共用だけど、風呂があるよ」


 超すげぇ。

 平成日本での賃貸とは比べるべくもないが、家具と、共用とはいえ水場完備、風呂まであって騎士が共用で使う部屋と同じ広さって、尋常じゃない。

 ちなみに、王都で働いていた頃、俺と兄貴が使っていたのは馬小屋だった。もちろん、馬が家主で俺たちは居候だ。これでも奴隷商の丁稚であるクリフさんには羨ましがられたものだ。


「補足で付け足すと、大浴場は入れる時間が決まっていて、個室のシャワーだけなら二十四時間いつでも使えます。ある程度金が稼げると、みんな近くの銭湯や健康センターに行くからそんなに利用者もいませんがね。無償期間過ぎたあとの賃料は、迷宮都市の一般的な1K……一部屋に簡単な調理場と風呂、トイレが付いた部屋割りですが、これと大体同じくらいの料金が月額で発生します。外の部屋を借りたほうが設備的にはいいんですが、寮はこのギルド本館の隣なので、その利便性のために借り続ける人もいますね。高ランクで未だに寮に居座ってる人もいます。ここら辺の詳細は、先ほどお渡ししたパンフレットに写真付きで載ってますのでご確認下さい」


 寮はここの隣にあるのか。前世での通学は長距離ばかりだったから、これは助かる。

 馬小屋時代は近いには近かったけど、論外である。


「じゃあ、他に質問がなければ十五分休憩に入ります。

飲み物などは一階の自販機で売っていますのでご利用下さい。ツナさんとユキさんは今日この街に来たという事ですので、こちらをサービスしましょう」


 と言って吸血鬼さんが銀色のコインを渡してくる。


「それで飲み物一本買えます。一階の自販機以外では使えませんので気を付けて下さい」


 ああ、日本にもあったなこういうの。




-4-




 さて、場所は変わって一階ロビーである。

 俺たち四人はジュース片手に、自販機前の長椅子に座っていた。


「いやー、一ヶ月ここにいるけど慣れないね。多分だけど、ここの果実ジュースは王都で飲んだら中銀貨が飛ぶよ」


 そう言いながらオレンジジュースを煽るフィロスだが、俺にはその貨幣感覚すらない。

 騎士だと、それが分かるくらいには給料良いんだろうか。


「外でジュースとか飲んだ事ないんだけど、そんなに違うのか」

「そもそも、このレベルの嗜好品は手に入らないっていうのが実際の所かな。夏場じゃ冷やすにしても魔術使うしかないし。……銀貨じゃすまないかもね」


 俺やゴーウェンもオレンジジュース。ユキが飲んでいるのは、二度と見る事はないと思っていた黒い炭酸飲料である。

 この世界で、その色と炭酸は容易に受け付けられるものではないと思うのだが。


「そういえば、二人は今日この街に来たっていってたけど、そんなにカルチャーショック受けてないよね」


 受けまくってるんだけど。具体的には飯食って泣くくらい。


「受けてるよ。外とは隔絶した文明差だよな」

「僕とかはもっとひどかったからね。放心して数日何もできなかったから。二人はひょっとして前世で似たような文明のところに住んでたとか?」


 隠してるなら言わなくていいけど、とフィロスは付け足す。


「別に隠してないぞ。俺とユキは前世では同郷で、多分だけどここを作った奴も同じだ」


 そんな回答は想像していなかったのか、フィロスは目を丸くしていた。


「それはまた……すごい確率だね。何か確信でもあるような口ぶりだけど」

「確かめたわけじゃないけど、日本人……俺の前世で住んでた国の人間だったら誰でも確信するくらいには、この街で感じる日本臭は強いよ。

そもそも使われてる言葉が日本語なのは、何かの冗談かと思ったよ」


 そう、定食屋でもそうだったが、この街は日本語だらけだ。

 こうしてフィロスと話してる言葉は大陸の共通語だが、迷宮都市の看板に書かれている文字や、聞こえてくる話し声は大抵日本語である。

 ゴブタロウやヴェルナーも共通語で説明してくれたが、奴らもきっと普段は日本語を使っているのだろう。


「日本語は、前の世界では俺たちの国しか公用語として使っていなかったから、別の国の人間という事も考え辛い」


 母国語か、次点でも英語を広めるはずだ。

 パラオの一部では日本語使ってるなんて話を聞いた事もあるが、それにしたって自国語の方を優先するだろう。


「そりゃまたすごい偶然だね。二人が同郷ってだけでも物すごい確率だけど」

「そっちは? 前世でどんなんだったん?」

「僕もゴーウェンも前世持ちじゃないよ」


 見るとゴーウェンがジュースの紙コップを持ちながら、その巨体で頷いていた。

 まだこいつが喋ってるのを見てないんだけど。


「そういやさ、今日は講習だけなんだろ? なんで武器持って来てるんだ?」


 ずっと気になっていたのだ。

 冒険者としての心構えであるという回答でもいいが、それだと防具つけていないのは変だろう。

 聞く所によると、この街はひたすら安全だ。夜中に女性の一人歩きができるほどに。


「ああ、武器の訓練を受けようと思ってさ。僕らはトライアル終わっているからこの講習が終了したら晴れてデビューなわけだけど、一緒にダンジョンに潜ってくれる仲間が他にいるわけじゃないからね。となると、すでにデビュー済の他パーティに入れてもらう形になる。一人とか少人数っていう人もいない事はないらしいけど、少数派らしいから。そういう時、自分がどれくらいできるのかを証明できるものがあると便利だろ」


 なるほど、ギルドに技能のお墨付きをもらうって事か。検定みたいなもんか?


「スキルじゃ駄目なのか?」


 あれだって明確な指標には違いないと思うが。


「スキルでも構わないけど、大雑把だからね。スキルを持ってても使いこなせていない人は騎士やってる時に沢山見たし、この都市ではスキルを得る方法は沢山あるし」

「沢山?」

「君たちは来たばかりだから知らないだろうけど、この街ではスキルは買えるものなんだ」

「それは……」


 才能を売り買いできるって事なのか?

 スキルはその技術を持っているという証明だけではない。持っているだけでもある程度の影響を受け、能力・技術をアシストしてくれるものだ。

 一つの事を練習して、上達して、そんな中である日、閃きのように急激に成長するきっかけのようなものだと思っている。

 それが売買できるとなると、一切これまで携わってこなかった分野でもスキルを習得できるという事だ。


「身につけたスキルを売る事はできないし、相性で絶対に得る事のできないスキルもあるみたいだけど、普通に売ってるみたいだよ。デビューしないと利用できないけど、この会館にもね。

ただ、多分君が疑問に思っているように、そうして身につけたスキルはやっぱりすぐに定着しない。繰り返しの反復練習が必要になる。外でもギフトで得たスキルなんかは、すぐに効果を発揮しないだろ」


 言われてみればその通りだった。

 俺も、何もせずに習得した《 近接戦闘 》というギフトスキルを持っているが、生まれたばかりの赤ん坊が《 近接戦闘 》なんて使いこなせるわけがない。

 主に野生動物やゴブタロウ……もといゴブリンとの無数の戦闘の果てに、ようやく《 近接戦闘 》を使いこなせてきたのだ。あと、オークとか。

 稀に後天的にギフトを得る事もあると聞いた事があるが、そういう人もやはりすぐには使いこなせないだろう。何も持たない人よりは遥かに効率的に習得はできるだろうが。

 そんな差があるから、売買して習得したあとに定着させるための訓練を行い、どれだけ使えるかを判定してもらうって事か。


「パーティだけじゃなく、クランっていう大勢の冒険者が集まる団体もあるらしいんだけど、自分の技能を把握してないとどこのクランに入るかも決められないし」


 ああ、クランか。昔やったゲームでもあったな。ここでも冒険者同士の小規模組織の扱いなんだろう。

 となると、入り口で会った< マッスル・ブラザーズ >や< アフロ・ダンサーズ >はその類だろうか。……クラン名なのかよ。

 ……モヒカンにしないと< モヒカン・ヘッド >に入れなかったりするんだろうか。……いや、入らないけどさ。


「だから、ギルドで検定して、ちゃんとどれくらい使えるかを調べてくれるってわけさ。それに、剣だけじゃない戦闘技術全般の訓練でもあるからね。こういった自己アピールは、君たちも一ヶ月以内には考える事になるはずだよ」

「なるほどね」


 わずか一ヶ月とはいえ、先輩の話はためになるもんだ。

 というところで区切りが良いので、講習が行われるホールへと戻る事になった。




-5-




 休憩時間で話したようなスキルやギフトの話、武器防具などの販売店舗の話の他、午前の内容の補足などを行いながら午後の講習は続く。


「さて、次はダンジョンについてです。特に知らなくてもそこまで問題はないですし、パーティを組む頃には勝手に覚えるでしょうが、せっかくなので聞いていって下さい」


 "死なない"から情報不足による事故があっても、そこまで問題がないという事だろうか。

 それは怖い考え方だと思うんだが。


「この街には沢山のダンジョンが存在します。これは需要に合わせて数が増えていった結果です」


 需要? ダンジョンって増えるものなのか?


「トライアルダンジョンが良い例ですが、これはある程度の難度である程度の深さのダンジョンがあれば、初心者向けの訓練になるだろうという考えから作られたものです。他には武具を一切持ち込めない迷宮や、時間制限のある迷宮、音が出せない迷宮、アクションスキルが無効化される迷宮なんていうのもあります。そして、これらのダンジョンはすべて、この街の代表者の一人であるダンジョンマスターの力で作られてきたものです」


 なるほど、どういう能力かは見当も付かないが、この街はダンジョンマスターの能力を基盤にして成り立っているというわけか。

 迷宮も天然物ではなく人工物と。……外の迷宮も実はそうだったりするのかね。

 そのダンジョンマスターが、ユキの言うチート転生者って事になるんだろうか。


「このように無数に存在するダンジョンですが、これらはあくまで本命を攻略するための訓練、準備、とっかかりにしか過ぎません。皆さんが冒険者として攻略すべきとして推奨されているダンジョンはただ一つ、『無限回廊』と呼ばれるダンジョンです」

「あの、ダンジョンマスターって攻略を推奨する側なんですか?」


 質問を出したのはユキだ。

 そうだよな、普通ダンジョンマスターって冒険者を待ち受ける側じゃねぇ? ラスボス的な。


「はい、推奨しています。ダンジョンマスターはその中でも特にこの『無限回廊』の攻略を強く推奨しています。そのため、この迷宮の攻略には、他の迷宮とは比べ物にならない報酬が出ます。最前線の攻略組は途方もない財産を持っているはずですよ」

「どれくらい攻略は進んでいるんでしょうか。あと、完全に攻略……できるかはわかりませんけど、されたらどうなるんです? まさか迷宮がなくなるとか」


 なくなるのは困るな。飯のタネがなくなってしまう。


「他の迷宮は攻略されてもそのまま残りますが、無限回廊についてだけはダンジョンの完全攻略が可能なのかどうかも分かりません。私たち迷宮ギルド職員にも教えられていません。ちなみに攻略の進行状況ですが、先日八十七層を突破したとの報告が上がりました」


「八十七層……」


 さて、普通に考えるならゴールは九十九層か一〇〇層だろうが、それだと追いつくの無理じゃないか?

 推奨されても、どうしようもない差があるような気がする。


「七十五層で長らく停滞していた攻略ですが、七十六層以降は順調に進み、ここ最近は一層あたり一ヶ月のペースで進んでいます。噂ではキリのいい一〇〇層でゴールではないかとも言われてますが、それだとあと一年でユキさんが言うように攻略完了してしまいますね」


 それは、俺たちに頑張って攻略しろと煽っているのか、一〇〇層でゴールなんて有り得ないという意味なのか。もしくは、ダンジョンマスターには一〇〇層攻略できれば、あとはこの都市の運営がどうでも良くなるような隠された目的があるとか?

 いくら考えても推測にしかならないし、これは答えてくれないだろうな。


「九十層が攻略されれば区切りとして記念祭をやると思うので、是非参加して下さいね」


 それは楽しそうだが、その前に俺たちはさっさとデビューしないと。


「さて、続きです。おそらく迷宮の最大の特徴とも呼べる部分ですが、この街の迷宮は中で死んでも死にません。正確には死んでも蘇ります。

仕組みは公開されてませんが、迷宮で死んだ人間は未だ一人しか存在しません」


 え、いるの?

 死なないという事は事前に聞かされていたが、それは逆に意表をつかれた。

 ユキもフィロスも動揺しているように見える。……ゴーウェンは良く分からん。


「まあ、あなたたちは大丈夫でしょう。中で老衰で亡くなられた方が一人いるというだけです。まったく元気な爺さんでした。若返りの方法を求めて冒険者になって、いざ手に入ったらあまりの喜びに死ぬとか。……これ、実は最近の話なんですが、義務があるので毎回説明しなくちゃいけないんですよ。私、これからずっと講習の度にあの爺さんの話しなくちゃいけないんですかね」

「あ、ああ、老衰で死んだら駄目なんですね」


 管理者側も意外な抜け穴だったのだろうか。


「注意点ですが、怪我や病気を抱えたままダンジョンに入っても治ったりはしません。そういったものは、ダンジョンから出てくる際は入った時の状態に戻ります。老衰もこれと似たようなものですが、入る前に患わっていた病気が原因で中で死んだ場合は、生き返れないかもしれません。これは未だ検証途中の問題です」


 絶対に死なないわけでない。となると、老衰以外にも別の可能性があると想定しておくべきだろう。

 そもそも、生き返れるから死んでもいいっていう考えは、前提として考えるには危険だ。生き残るという意思が攻略に必要になる事だってあるだろう。


「そのため、最近決まったルールですが、健康体でない方はダンジョンへ挑戦できない事になっています。お金はかかりますが、この迷宮都市なら腕が千切れてようが、外だと絶対に治らない病気だろうが大抵は治りますので、健康になってから挑戦して下さい」


 普通に考えて当たり前の事だが、要は、死んで生き返ったり、怪我が元通りになるのは、ダンジョン内だけの話ということだろう。

 重病人や腕欠損した奴が、治すためにダンジョン入っても意味ないから、個別にちゃんと治療しろと。……というか、腕千切れても治せるのかよ。すさまじいな。


「さて、このダンジョンですが、色々ルールがあります。死んでも生き返りますが、死んだ時に持っていた装備やアイテムは失います。また、Lvも下がります」


 ああ、不思〇なダンジョン? ってそういやそういうゲームだったな。思い出したわ。


「レベルは1に戻るんですか?」

「いえ、死亡時のペナルティは死んだダンジョン・階層に応じて決まっています。トライアルダンジョンはレベルもアイテムもノーペナルティですけど、例えば無限回廊で死亡した場合は死んだ階層の分、最大でLv1までダウンします。ただし、この際のマイナス分は一日ごとにLv1ずつ回復します。まあ、死んだ場合は少し休みなさいという事ですね」


 八十七層で死ぬと、全快まで八十六日休む必要があるのか? 割ときついペナルティじゃないだろうか。

 実際の意味でLvダウンするわけでも、死ぬわけでもないからそうでもないのか?

 先駆者である攻略組は犠牲なしの攻略なんて無理だろうから、大人数で回したりするんだろうか。


「装備やアイテムも完全にロストというわけではありません。耐久値全損……壊れた場合を除き、質に流れます。

ロスト後、翌日から一週間は元々の持ち主だけが購入権を持ち、それを過ぎると一般に売りに出されます。

売れないまま三ヶ月過ぎると店頭からなくなり、迷宮の宝箱に移動するか、モンスター用装備になります。これを「質流れ」と呼びます」


 それはひどい。救済処置なんだろうが、ある意味、完全ロストよりひどいんじゃないだろうか。


「ロストした装備を買い戻す蓄えもなく、ペナルティで迷宮にも入れず、呆然と質屋の前で立ち尽くす冒険者の姿は中々寂しいものがあります。私の同僚のデュラハンで、そういった冒険者を笑いに行くのが趣味というとんでもない外道がいますが、皆さんはくれぐれも真似しないように。職員じゃなかったら追い出されててもおかしくないですから」

「うわぁ」


 最悪の趣味である。刺されてもおかしくない。


「次に、フィロスさんとゴーウェンさんにはもう関係ないですが、トライアルダンジョンの話です。君たちは冒険者登録を済ませていますが、正式にはまだ冒険者ではありません。この初心者講習と、トライアルダンジョン攻略を以ってようやくデビューとなります。実際に掲示板の仕事を請けたり、トライアルダンジョン以外の迷宮に入ったりできるのもデビューしてからです」


 俺とユキがまず越えないといけないハードルって事だな。


「えーと、そのトライアルダンジョンは、どの程度の難易度なんでしょうか」

「そうですね。正直にいうと、そう大した難易度ではありません。攻略期限があるわけでもなし、武器もレンタル品があり、罠もない、モンスターもさして強くない、階層ごとの制限時間もない、死亡ペナルティすらないと攻略はベリーイージーです。固定マップ型ですから入る度に内部構造が変わるわけでもないので、私なら急げば十五分くらいで攻略できます。そちらの二人は三回目のアタックで攻略しました。実際の攻略完遂率は40%程度です。低いように聞こえますが、これは何の覚悟もなく登録した記念冒険者や、中で死んで心が折れた人が原因ですね。痛いのは痛いですし」


 高いのか低いのか良く分からない数字だ。そりゃ、記念受験なら諦めるのも早いんだろうが。

 多分、問題は死んで心が折れる方だ。文字通り、死ぬほど痛いのを我慢する精神力は必須条件として求められるわけだな。

 それに加えて、死ぬ事にどんな感覚を伴うのかは分からないが、こればっかりは経験しないと分からない。実は痛みよりも苦痛を伴うなんて事もあるかもしれない。

 俺だって痛みはともかく、死んだ事は……記憶にはないが一度あったな。転生者だったわ、俺。


「最年少クリアは五歳児、最年長クリアはのちに老衰で死んだ人です、当時は七十八歳でした」


 五歳ってすげーな。いや、転生者だらけのこの世界なら可能なのか?


「あと、トライアルダンジョンは保護者同伴です。ある程度経験を積んだ先輩冒険者が色々教えてくれますので、分からない事があったら聞くといいでしょう。ちなみに、同伴の依頼を受諾する冒険者がいないとトライアルダンジョンは入れません。これは必須です。ですが、割と実入りも良く人気の仕事ですから、そこまで待つ事はないでしょう。どうしてもタイミングが悪い、待ちたくないという人は、先ほど話したデュラハンのテラワロスさんにお願いすれば快く引き受けてくれます」


 そんな人に同伴してもらいたくないです。名前がひど過ぎる。


「その同伴者さんも戦闘に参加するんでしょうか」

「お手本程度にしか参加しませんね。死ぬような状態でも基本無干渉です。ただ、質問には答えてくれますし、個人の裁量で戦闘時以外の回復や食事の提供は許可されてます。あまり干渉が過ぎると警告のあと、ペナルティが発生して、全員入り口に戻されますが」


 そりゃあそうだ。戦闘まで参加したら何のためのトライアルだか分からん。ただのダンジョン見学ツアーだ。


「これで大体説明は終わりましたが、何か質問とかはありますか? この場でなくても、ギルド員はテラワロスの様な外道を除いて、皆冒険者のマネージャーのようなものですし、相談には乗ってくれますからお気軽にどうぞ。別に私個人や、吸血鬼特有の質問でも構いませんよ。私の好きな食べ物はニンニクです」


 どんな自己紹介だ。


「あの、トライアルの同伴者ってどうやって決まるんですか? このあと、そのまま挑戦とかも可能なんでしょうか」


 そう言ったのは俺ではなくユキだ。

 やる気あるなこいつ。俺、先に寮に行ってみたいんだけど。


「同伴者は主に中級の冒険者に発行される仕事です。受付で聞けば登録されている人を教えてもらえるので、その中から選んで……。

いや、せっかくやる気なのですから私が調べましょう。……ちょうど、三人受注している人がいますね」


 何かを見たというわけでもなかったはずなのだが、確認が済んだらしい。

 テレパシーのようなものが使えるか、俺たちには見えない情報がどこかに表示されているのかもしれない。


「個人的に< 赤銅色のマッスルブラザーズ >のメンバーはお薦めしませんが、あとは< 獣耳大行進 >のチッタさんと、テラワロスかよ……チッタさん一択ですね。問題なければこのまま行きましょうか。フィロスさんたちは後日デビュー前の説明会で会いましょう」


 何も言わず頷くゴーウェンと、元気のある返事を返すフィロスと別れ、俺たちは吸血鬼さんについて行った。


「なあ、お前このままダンジョンに直行するの?」

「何言ってるんだよ、ツナも行くんだよ」


 なんと、俺たちのコンビはすでに始まっていたらしい。


「俺、作業用ナイフしか持ってないんだけど」

「大丈夫でしょ。レンタルあるって言ってたし、床落ちもあるんじゃないかな。そうでしょ、ヴェルナーさん?」

「はい、問題ありません。できる人なら素手でもクリア可能ですし、一度でクリアしなければいけないという事もありません。第二層以降は階層ごとに帰還用のゲートも設置されているので、様子だけ見て帰ってくるのもアリだと思いますよ」


 まあ、講師がそう言うならいいか。

 準備しないでいきなり挑戦とか、創作物なら大失敗のフラグなんだが、この場合失敗してもそうひどい事にはなるまい。


「できれば、無料で貸してもらえる寮の登録だけはしておきたいんですが」

「それなら冒険者登録とセットで登録されてます。ちょうど入り口近くが空いていたので、ツナさんが101号室、ユキトさんは102号室に割り当てられました。生体認証なので鍵も不要です。使い方が分からない場合も、ギルド受付は二十四時間営業なので問題ないですよ」


 生体認証ってなんじゃそら。

 なら碌に荷物があるわけでもないしいいか。このずた袋だけだし。



「いょう、ルーキーたちよ。あちしが< 獣耳大行進 >のチッタニャ」


 ロビーに行くと、そこには先ほどの猫耳さんがいた。

 この猫耳さんが、俺たちのトライアルダンジョン攻略の同伴者になったというわけだな。



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