第11話:仮想は現実となる……!

 まず、最初に抱いたのは疑問だった。



「ここは……どこだ?」



 周囲一帯は木々が生い茂っている。


 一瞬、実家の裏山かと思えなくもない。


 だがコハクは、違う――明らかに見知らぬ場所にいるとはっきりと認識した。


 見た目はもちろんのこと、空気があまりにも異なりすぎている。


 禍々しくどんよりとしてたはずが、ここには穏やかさそのものしかなかった。


 近くからはさらさらと流れるせせらぎの音色が聞こえ、そこに小鳥たちにさえずりが混じる。


 さながら自然の協奏曲のようで心地良い。


 だからこお、コハクはここが実家の裏山ではないとそう判断した。


 であれば、次にコハクが抱く疑問は一つしかない。



「俺は……どうやってこの場所にいたんだ? いや、そもそも俺は……」



 と、コハクははたと己の体を見やった。



「……ない」



 と、コハクは己の体をぺたぺたと触れた。


 実の父親から背後より刺された。


 仮にも肉親である父からの裏切りによって、命は確かに消えた。


 消えたはずであったのに、なぜかこうして生きながらえている。


 治療された後はなし――そもそも、刺された痕跡がどこにも見当たらないのである。


(誰かが俺を治療してくれたのか?)


 それならば、この青空の下に放置してく理由がコハクにはどうしてもわからない。



「……とりあえず、ここがどこかだけでもまずは把握しておくか」



 と、コハクは森の中を歩きだした。



「しっかし、ここはマジで平和すぎるな……」



 平穏だけが支配する森に、コハクはそんなことをふと口にした。


 現状、彼にはいろいろとやらんばならないことが多々ある状況下にある。


 それ故に楽観視することは決してできないのだが、コハクの足取りにはまるでそれに対する危機感がない。


 足取りはのんびりとしていて軽く、それこそ散歩をしているのとなんら変わりない。


 実際のところ、コハクはこの見知らぬ森を堪能していた。


 しばし歩いていると、開けた場所へと出た。



「……は?」



 と、コハクは目をぎょっと丸くした。


 視線の先には、一軒の大きな屋敷があった。


 森の中にひっそりと隠れるようにして存在していながら、その規模はとてつもなく大きい。


 それはさておき。



「あんなところに町が……」



 視線のはるか先に大きな町があった。


 町そのものについては、別段珍しくもなんともない。


 町ならばどこにだって存在している。


 しかしその考えが如何に浅はかであったかを、コハクはいざ町に訪れたことでありありと思い知らされる。



「な、なんだこれは……」



 と、コハクは目をぎょっと丸くした。


 一見すると、コハクがこれまでに目にしてきた光景となんら変わりはない。


 だが、道行く人々の中には明らかにヒトでないものが多く混じっている。


 一言でそれらを総称すると、人外……ヒトと似ているようで異なる種族があちこちにいた。更に驚くべきはごくごく普通の人と、彼らが共存していることにある。



「俺は……夢でも見ているのか?」



 と、コハクはここで己の頬を思いっきりつねった。


 やり方としては、いささか古典的であるのは否めない。だが、効果は抜群である。


 結果は――とても痛い。つねった頬には赤くなり、遅れてじんじんと鈍痛と熱が帯びていく。正常な感覚に、しかしコハクはこれが現実であるということを未だ受け入れられずにいいた。


 ありえないからである。


 禍鬼まがつきは存在したとしても、人外がこうも白昼堂々と大手を振って町を歩く光景を果たして誰が想像できるだろうか。


 あの親父がこの光景を目の当たりにすれば卒倒していたに違いあるまい、とコハクはそんなことをふと思った。



「それにしても、この街はずいぶんと平和だな……なんというか、うん。とにかく平和だ」



 人外は、人と異なるというたったそれだけの理由でよく排他する。


 これは創作の中だけに留まらず、人とは周りと違うというだけで差別する生き物だ。


 しかし、コハクが見やる限り彼らを差別しようとするものは一人としていない。


 当たり前として受け入れ、その仲も極めて良好的だと言ってもいい。



「それと……やっぱりこれって、アレなのか? 例のアレなのか?」



 と、コハクはもそりと呟いた。


 ただしその表情はどこか嬉々とさえしている。


 未だ不安定な状況に陥っているにも関わらず、いささか不謹慎であると言えなくもないが、しかし。コハクは徐々に現状を楽しんでいた。


 異世界転生――死んだ人間がその世界ではなく、異なる世界の住人として新たな生を得ること。創作界隈においてこの手法は王道的であり、これまでにも数多くの作品が世に排出されている。


 あまりにも多すぎるから中にはもう飽きてしまった、と口にする者も決して少なくはなく。されど未だ根強い人気を誇ることから、支持率が高いジャンルと断言できよう。


 その異世界転生を自らが経験しているとなれば、喜ぶ者がいてもおかしな話ではない。



「ってことは、あれか? この場合だと俺が主人公って立ち位置になるのか?」



 それは、いくらなんでも調子に乗りすぎだろう。コハクは自嘲気味に小さく笑った。


 自分がアニメやゲームのような主人公であったのならば、と一度は誰しもがこう考えたことがきっとあるだろう。


 しかしそれは、現実ではなにがあろうと起こらないと知ってるからこそ夢想するもの。


 そしていざその立場になった時、大抵の人間はきっと冷静な判断は下せまい。


 現実はアニメやゲームとは違う。俗にいうチート能力があったとしても、結局それをうまく生かせられるか否かはその者の手腕とセンスによって大きく左右される。


 自分は、確かめるまでもなく主人公としての器ではない。


 主人公としての人格者か、とそう自らに問えば答えは断じて否である。


 それは他者に言われるまでもなく、コハク自身よく理解していた。


 しばらく町中を徘徊していた時である。



「ねぇねぇ、もうすぐライブやるらしいよ」


「ん?」



 不意に聞こえてきたその声に、コハクは自然と視線を向けた。


 二人の女子高生がなにやら楽しそうに会話に花を咲かせている。


 むろんこれだけならばコハクも特に興味を抱くことは決してない。


 コハクにとってその女子高生たちは見覚えのある者だった。


 ここは、異世界である。右も左もわからない土地で何故面識があるのか。


 ドリスタのスタッフとして、人気やトレンドを調べるために個人はもちろん、他事務所のVドル・・・・・・・・の活動内容を把握しておくのも仕事の一つである。



「おいおい、マジかよ……あれって確か、オウカレイメイプロダクションのところのVドルじゃなかったか?」



 コハクは、またしても己の頬をぎゅっとつねった。


 結果はさっきとまったく同じになるのはわかっているのに、どうしても確かめずにはいられなかった。


 間違いなく、二人は他事務所のVドルである。



(Vtuberの素体が……現実として存在している世界なのか?)



 と、コハクはひどく困惑した。


 本来であればこれはありえないことである。


 しかし、ここは異世界だ。己というちっぽけな常識ですべての物事が測れるほど、世界は矮小なものではない。


 このような世界があったとしても、ありえなくはない。


 とはいえ、やはりVtuberが現実に存在しているというこの現実にはさしものコハクも大いに驚愕する他なかった。



「……マジでどうなってるんだよこの世界は」



 その問いかけに答える者はいない。

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のっとRE:スタッフ生活~ヤンデレと化したVドル達が俺に執着しすぎてやめさせてくれませんダレかたすけて……~ 龍威ユウ @yaibatosaya7895123

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