予感
悪い予感ほどよく当たる。
ザインは先ほどの悪い予感抱いたままムラについた。
(ザインのムラでは自分の住む土地をムラと呼ぶ、そもそも他のムラという物を知らないからだ、天動説に似ている)
ムラは小高い丘のにある。穴に丸太を突っ込んだ塀が家や倉庫全体を囲むように立っている。東西南北に見張り塔が、東西に丸太で作った門がある。
ザインとギィは開け放たれた東門を通りムラの中に入った。
既に影は伸び始め、空は血のような紅色だった。どことなく不気味だった。
家々は骨組みは木で、屋根には動物の皮が張られていた。
ギィはボンの実入った袋を持ち、ザインたちは何言わずに別れた。なにも言わずに別れるのはいつものことで、そっけないというわけではない。
ザインは自宅に帰る前にふらっと、友人のタウを訪ねたくなった。最近大人になって増えた苦労や、仕留め損なった一角鹿のことを数少ない友人と愚痴りたかったのだ。
ところがタウは不在だった。今日は畑仕事が長引いているのかも知れなかった。
「集会だよ」「みんな集まって」
と、子供達が駆けながら告知しいた。集会は大人しか参加できないが、楽しそうだった。
ザインは集会場となる広場へと進む。初めて集会場へ行く、自分が大人になったのだという自覚と、自信を持ち、出来るだけ堂々と歩いていった。自信満々だったが弓矢を置き忘れていたことに気が付かなかった。
六十センチ程の高さの木製の台座の上に、巫女ソルと長の爺(爺もしくは長とも呼ぶ)がいた。背中に日を浴びて、顔は暗く見えた、白い服は暗く見えた。夕陽が後光のようだ。
「おい、ザイン」後ろから肩を叩かれた、タウだった。タウは随分と日焼けし、服の端には泥がこびりついていた。
「いつまで弓矢持ってんだよ」
「あ、忘れてた」
タウは笑っていたがザインは大人のする事じゃない、と恥ずかしくて逃げてしまいたかった。
長は殆ど集まったと見えて、
「今日、川向こうで外の民が確認された」
外の民とは何十年も前に襲撃してきたという民族だ。
ムラに住む人は皆、外の民へのヘイトを抱いている。六歳児でさえ外の民は殺してやると、言う始末だ。
昼間、森で見たのは外の民だったのではと、思い至り鳥肌がたった。夏だというのに急に寒くなった。
「巫女ソルの予言どうりになりつつある。ムラの防衛については——」
カンカン、カンカン、まだ話は終わっていなかったが鐘が鳴った。東の塔からだった。火事や襲撃時にしか鳴らない鐘だ。あたりにはどよめきが広がり。各々は同じような意見を取り交わしていた。
ひょいと、壇上に上がる、体格のいい男だ。豪族のガロア氏だ。彫りの深い金髪碧眼。彼らの一族が数十年間、防衛をになってきたのだ。風格があった。
「静まれ」
よく通る野太い声だ、遠くを見据え、再び口を開く、
「女、子供、老人は西側へ、男は武器を持って東門へ」
ざわめき立ちつつも、人々はガロア氏の命令に従っていった。
ザインは武器を取りに自宅へ駆け出した。
ザインの家は西側だからかなりの距離を移動する必要があった、家に駆け込むと、交易を行う父親から贈られた黒曜石のナイフを回収し、サッと翻して今度は東門へ駆けた。
門の前には男たちが集まり、弓を空へ向けていた、既に薄い夜の天蓋が降りていた。満月がいつもと変わらずに浮いていた。
どごん、遠目からでも門が揺れているのがわかった。
ザインは門の近くへ辿り着くと、周りと同じように空に矢を向けた。
「放て」
そう叫んだのはガロア氏だった。ザインも矢を放った、相手が見えないからか、襲撃者だからか、みんなも行っているからか。罪悪感は一角鹿より少なかった。
一斉に空を目指し飛翔する矢は、一斉に方向を変え、落下する。一匹の龍のようだった。塀に遮られ、くぐもった呻き、叫び、幽咽が聞こえてきた。
先ほどザインが通った門は地獄の門と化し、向こう側には阿鼻叫喚、地獄が広がっていることを容易に想像させた。
どごん、どんな太鼓の音よりも、雷の音よりも、腹から響く音、門は耐えきれず決壊した。決壊して地獄が溢れ出してきた。
前線では白兵戦が始まったようだった。金属のぶつかる音と、叫び声が場を包み込んだ。
外の民が見えた。幼い頃幾度なく聞かされ、脅された外の民の特徴があった、まず上裸で黒い何かで顔まで模様をつけていたが、ザインは外の民が幼い頃には聞いた記憶のない、銀色に光る剣、鉄剣を持っているのを確認した。
ヘイトよりも恐怖を感じた。自然と体が重くなる。
ザインは白兵戦を通り抜けた外の民を発見した。皆、目の前の敵に集中し誰も気がついていないのだ。
ドラコニア史伝 澁澤弓治 @SHIBUsawa512
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