ドラコニア史伝

序章

発見

　夏も深まり、森は木が鳴くような鳥の声で満ちていた。

　トラン川の川幅は10メートルほど、水はよく澄み、キラキラとしている。そしてあまり深くはないから、川底の石は丸く苔むしているのがよくわかる。

　川縁に二人の男がいた。服は皮と麻。

「ザイン、サンダルは濡れるとなぁ気持ち悪りぃから脱いどけよ」

　その声の主はギィだった、彼は彫りが深く、肌の色も濃い、声も低く、強面、しかし皆からの好感度が高い。

　ザインと呼ばれた青年はそそくさとサンダルを脱いた。短い茶色の髪の毛青い瞳が特徴的だ。荒い織物の服だった。右手にサンダルと布袋、左手には弓、背中には矢筒を背負って、恐る恐る川に足を踏み入れた。

　夏の川の水は冷たくて心地がいいことをザインは知った。子供はムラを出て、川に入れないからだ。しかしザインは先月15歳、つまり大人になった、これからは川を超えられる。

　ザインは川の中から、ふと左側の上流を見た。遠くには山頂の白い、ドラゴン山脈が堂々在った。(8000メートル級の山だ。土地に住むものにとっても、気象学的に無視できない山だ)

　ザインは交易をする父から、トラン川の源流はドラゴン山脈へ繋がっていると聞いていた。ザインは思わず目を見開く、遠く、脈々と繋がるものに感動せずにはいられなかった。

　途中、苔むした石に転びそうになりながらも、甘い音を立てて流れる川を渡った。本当はもう少し川の流れを楽しみたかったが、先月大人になった手前、子供みたいなことはできないと思ったのだ。

「ねぇギィ、今日はなにを獲るの？」

「今日はなぁ、一角鹿を獲れたら万々歳だ」

　ギィは口角が少し上がった。

「そろそろベレテの誕生日だもんな」

　ベレテとはギィの今年で14歳になる娘の名前だ。

「そう、だから一角鹿なんだ」

　一角鹿の角の髄は甘くて女性人気のあるレアな食材だ。(一角鹿の角のある時期をそう呼び、角のない時期の冬の鹿を現地語でネサーフ、という角に性差はない)

　二人はどんどん森の奥深くへ進んだ。

　今日はもう一角鹿に会えない、そんな空気が二人の間に生まれ出した時、

「ザイン、一角鹿だ。お前が射ろ」

　一角鹿は二十センチほどの右回りの角がある鹿だ、一角鹿は角を右側の木に擦り付け、マーキングしていた。

「外しても僕のせいにしないでよ」

「そんときは、お前に木の実を取ってもらう」

　ザインは弓を構えた、ムラでギィに教わった事を思い出しながら、ゆっくり息を吐き、一角鹿を見据える

　一角鹿がこちらを向いた、無垢な瞳でザインを見つめた。ザインは心が締め付けられる想いだった。心の中で謝り、矢を射た。後には弓のしなりが残った。

　一撃で射殺してあげられる軌道だったが、森の中を吹き抜ける風によって矢は右に逸れた。矢に働くコレオリの力は関係ない、腕の問題だ。

　矢は一角鹿を避けて、一角鹿が角を擦り付けていた木に刺さった。

　ザインは安堵感と同時にギィの娘、ベレテに申し訳なくなった。

「……」

「外れて良かったって表情だな、まぁいい、代わりにあのボンの実を取ってきてくれ」

　ボンの木は背が高い。登るのが精神的に難しい。

　ザインは木を登り切ったとき息を切らしていた。下を見るのも怖く、ザインは遠くだけを見ていた。トラン川を超えた先の森は横に短い、もう数十メートルも進めば草原だった。

「ん？」

　ザインは草原の中に何かを発見した。幸いザインは視力や聴力には自信があった。

　遠くに見える、草原の中の何かは、簡易的なテントと人の群れだった。

　ボンの実を十数個取っては、落とした。下でギィが回収していた。

　ザインは手に汗握りながら、木を降りた。

「お疲れ、ベレテはボンの実が好きだからな、これだけ取れれば万々歳だ」

　ギィは今日いちばんの笑顔だった。ギィは娘が一番な男だ、ボンの実に喜ぶ娘の顔を想像したに違いない。

　ザインは息を整え、木の上から見えた簡易的なテントの話をした。

「そうか、もう帰ろう太陽の位置が降りつつある、この森は暗くなると迷うからな」

　と、言うギィの表情に若干の陰りをザインは見抜いた。よくない予感がした。そしてよくない予感ほど当たる物だ。

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お試しの一話目、意見をよろしくお願いします。

　クレームみたいなのでも良いです。作者メンタル強いから！！