第一部 6話 橋の下で食べるごはん

「じゃあ、ひとまずは朝ごはんにしましょ」

「おぉ……」


 そう言って、雨宮さんはコンビニのビニール袋を持って来る。

 中にはおにぎりやパン、飲み物といった食事が山ほど入っていた。


 俺は感謝のあまり、軽く涙を浮かべる。

 こういう時、人間は分かりやすい。理屈よりも食欲である。


 がつがつむしゃむしゃとコンビニ飯を貪る。

 雨宮さんは「男の子だ」なんて呆れていた。


 しかし、無理もないだろう。

 陸上部のハードな練習の後、あの追い掛けっこをしたんだぞ。


 当然、昨日の昼から何も食べていない計算だ。

 体力がなくなっていたこともあって、すぐに自分の分を平らげてしまう。


 俺は「ふぅ」と一息吐くと、ようやく落ち着けた気がした。

 雨宮さんは体格通りの小食なのか、サンドイッチをもぐもぐと食べている。


「どうして制服なんだ?」

「朝霞君と一緒。家に帰ってないのよ」


 ……学校から家に帰る途中であの様子を見たってことか。

 そう言えば、家族は事故で亡くなったと言っていた。


 一人暮らしなのかも知れない。

 少なくとも、一晩くらいは帰らなくても大丈夫ということなのだろう。


「……今日が土曜日で良かったな」

「そうだね。出来れば欠席はしたくないから」


 雨宮さんはどこかズレたことを言う。

 急に休んだら疑われるって意味だったんだけどなぁ。




「ちなみに……犯人を捕まえるアテはあるのか?」

「……朝霞君は?」


 ごくん、と最後のサンドイッチを雨宮さんが飲み干したのを見届けて、俺は思い切って訊いてみた。途端に訊き返されて思わず唸る。


「……全くない」

「そうだと思った」


 す、と俺が目を逸らす。

 雨宮さんが思わず笑ってしまったというような声を出した。


「……朝霞君は犯人の能力について、どう思う?」

「どうって、魔法か超能力の類としか――あ」


 雨宮さんの言葉に俺は答えようとする。

 しかし、結局は分からないと言う前に気が付いた。


「……そう。

 私と同じような能力だと思うの」


 雨宮さんの能力も踏まえて考えれば、確かにあの怪物も先ほどのスマホにあった記事の能力を持っているのだと思う。


「なるほどな……でも、そこからどうやって調べる?」


 俺が結論について訊ねると、雨宮さんは一度考え込むような素振りを見せた。

 しかし、最後は覚悟を決めるように、口を開く。


「この記事の元になった論文の作者に会ってみない?

 実を言うと、私は会ったことがあるんだけど……被験者として」


 そう言って、雨宮さんがもう一度スマホの画面を俺に見せる。

 記事の一番下には参照があって、論文名とその著者名もあった。


「祭司(まつりつかさ)教授?」


「専攻は心理学だけど、超能力との関係性をテーマにしているのよ。

 超能力の真偽ではなく、目撃された超能力の種類と深層心理の関係ね」


 俺は首を傾げる。

 超能力の研究ではないということか。


「そうよ。例えば、発火能力を主張する人には『火』に関する過去――例えば火事に遭ったとか――といった具合に、本当か嘘かは知らないけれど、噂になる能力とその能力者の過去には関係性があるって主張している人なの」


 あくまでも心理学の研究ってことか。

 確かに雨宮さんの能力も立証となると難しい。


 しかし、雨宮さんの過去と能力の因果関係はすぐに見つかるだろう。

 ……そういうことか?


「ひょっとしたら妄想かも知れない。思い込みかも知れない。

 でも、本人の過去と結びついていることは間違いないという研究ね」


 俺の自信なさげな顔に頷いて続ける。

 さらに「超能力者を自称している人の統計……かな?」と言う。


「ま、この記事は少し大げさだけど」

 しかし、最終的には溜息と一緒に呟いた。


「……なるほど。

 この人ならあの怪物の能力についても何か分かるかも知れない」


「近くの大学で働いているはずだよ。

 ……だから、私はここに転校してきたんだし。信用もできると思う」


 雨宮さんが俺の言葉に頷いた。しかし、俺は少し心配になる。

 いきなり通報されたりしないだろうか。いや、普通は通報するのだ。


「あはは。それは大丈夫」

「? どうしてだ?」


 俺の心配を他所に、雨宮さんは楽しそうに笑った。

 その様子に首を傾げて見せると、自信満々に言い放つ。


「祭先生がこんな面白い研究材料を見逃すはずないよ」

「……それは大丈夫なのか?」


 あの怪物すら被検体なのか、と。

 思わず俺は寒気を感じるのだった。


「……分かった。まずはその先生のところへ行こう」

「大学までの道は遠いけど、山を突っ切れば見つかりにくいんじゃないかな」


 ひとまずの目標が決まって、俺たちは細かいところを詰めることにする。

 不安は当然あるが、今捕まっても後で捕まっても、結果は同じように感じた。


 結局――犯人を捕まえる他ないのだ。

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