第一部 5話 無実の罪
ぱちり、と目を開く。
雨の音が聞こえて、酷く耳障りだと感じた。
「痛っ……ッ!」
頭痛がして体を丸めようとすると、今度は背中から激痛が走る。
そうして、やっと自分が毛布を被っていることに気が付いた。
「……俺は……?」
痛みで頭がすっきりすると、思考する余裕が出てくる。
確か、昨日はここで倒れたはずだ。もちろん、毛布なんて被っちゃいない。
場所は昨日と同じ橋の下。橋の外はすでに明るかった。
雨は夜通しで降り続けているらしい。
「あ、起きた?」
「……?」
体を起こし、不意に掛けられた声に振り返る。
そこには一人の女の子が立っていた。
俺の通う高校の制服を着ている。
紺のブレザーに赤いラインの入ったスカート。
ただし、女生徒は随分と小柄で、制服の袖丈は少し余っているように見えた。
大きな瞳と形の良い口は笑えば可愛らしいだろう。
だが、少女の表情はどこか皮肉げだった。
口元を歪めるように俺を眺めている。
俺と同じ高校……。
どこかで見覚えがあるような……?
「あ」
「ん?」
そうだ、奈乃香のクラスメイトだ。
最近、転校してきたって聞いた。奈乃香と歩いているのを見たことがある。
「……転校生の?」
「ああ、そうそう。奈乃香の友達だよ、朝霞君」
俺が呟くと、女生徒が小さく笑った。
奈乃香は幼馴染だが、今はクラスが違う。
ただ、奈乃香は陸上部のマネージャーをしていた。
その繋がりから、今も話すことが多かったのだ。
この子の話も聞いている。
えーと、確か……。
「雨宮さん?」
「うん。
俺が訊けば、雨宮さんは頷いた。
相変わらず、どこか屈折したように笑う。
……じゃなくて。
「いや、どうして雨宮さんが?」
「……朝霞君が倒れていたから、介抱してあげたんだよ?」
そうか。
この毛布を掛けてくれたのは雨宮さんか。
「ありが……いやいや、ここにいる理由になってないだろ」
「あはは。鋭いね」
誤魔化されそうになるが、俺はさらに訊く。
雨宮さんは茶化すように笑った。
「……なら、奈乃香が殺されたからだね」
「――!」
唐突な言葉に息を呑む。
寝ている場合じゃない。
「そうだ。警察に行かないと」
「…………」
あの怪物の手掛かりを伝えないといけない。
加えて、踏切の前で会った女性の誤解も解かないと……。
「無駄だと思う」
「?」
雨宮さんが断言するように言った。
俺は首を傾げるが、雨宮さんは俺の目の前にスマホを差し出した。
「……犯人にされて終わりだよ」
「そんな」
そこには緊急指名手配を受けている俺がいた。
もちろん、奈乃香の殺害容疑である。
「これじゃあ、警察に行っても……待て。
どうして雨宮さんは通報していないんだ?」
この毛布は暖かい。俺を見つけてからかなりの時間が経っているはずだ。
既に通報しているなら、緊急指名手配ではなく、警官が包囲していなければおかしい。あるいは目覚める場所は拘置所だ。
「……朝霞君は犯人じゃないでしょ?」
「!?」
言い切った口調に驚いた。
まるで見ていたような口ぶりだ。
「ふふ、見ていたのよ」
「見ていた?」
目撃者であれば、証言してくれれば良いだけなのだが。
しかし、俺の期待に反して雨宮さんは首を左右に振った。
「……この記事を見て」
「なんだこれ?」
もう一度、雨宮さんがスマホを差し出す。
覗き込んでみれば、いかにも眉唾な見出しが躍っていた。
――大災害とも関係?
――トラウマと超能力の関係について。
「気持ちは分かるけど。私がこの能力者なのよ」
「? 超能力者?」
俺の返事に雨宮さんはいかにも嫌そうな顔を見せる。
さらに「私も良く分からないけれど……」なんて言いながら、先を続けた。
「半年くらい前にね、私は家族が事故で死んじゃってね。
その様子を目の前で見たの。本当、すぐ目の前で」
「…………」
「それ以来……私は身近な人が死ぬ時、その様子が見えるのよ。
トリガーは身近な人の死。私はいつもその光景を上から眺めている」
どうやら真上から見下ろしているらしい。その時の光景が見えるということか。
最後に「そういう超能力なんでしょうね」と続けた。
「じゃあ、あの光景を見たのか?」
「影の怪物を見たよ。後は踏切を越えて追いかける朝霞君と……奈乃香」
俺の質問に雨宮さんは簡潔に答えてくれる。
実際に見ていなければ分からない情報も交えてくれるのは助かった。
「私は先回りして、朝霞君を探していたのよ。
今回は警察の初動が遅かったから助かったね」
「……?」
朝霞さんはにこりと笑う。
だが、俺は良く分からない。
わざわざ俺を助けに来る理由が分からなかった。
雨宮さんにとって、俺は友達の幼馴染ってだけだ。助けるだけの理由がない。
「もう一度、改めて見てほしいんだけど……。
状況証拠を見る限り、捕まれば犯人は朝霞君になる」
「……そんなこと」
スマホを受け取って、調べる。
だが、記事になっているのは無責任な動機で、誰が犯人かなど今更だと言わんばかりで議論にすらなっていなかった。
「必ずなる。顔も知らない影の怪物に奈乃香が殺された、なんて信じるはずがないよ。結局、アイツの目撃情報はどこにもないんだから」
「…………」
畳みかけるような剣幕に俺は黙ってしまった。
背中に掛けられた「人殺し!」という言葉が蘇る。
そうだ。あれはきっと計画的だった。
だとすれば、自分が逃げ切る算段が付いていたんだ。
「そこで、提案よ……協力しましょう。
朝霞君もアイツを捕まえたいんでしょう?」
雨宮さんがにやり、と笑う。
そのまま、座り込んだ俺に手を差し出した。
「もっとも、私の協力なしだとすぐに捕まると思うけど」
「……まるで脅迫じゃないか」
俺は軽く不満を漏らすが、本心からではない。
このまま捕まるくらいなら、あの怪物を探そうと思った。
「分かった。協力しよう」
「……うん」
そう言って俺はその手を取った。
超能力は眉唾だけど、どうせ状況はどん底だ。
ただ、このまま捕まったら奈乃香を殺した怪物が逃げ切ってしまう。
それだけは何故か嫌だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます