ギリアン、神になる1
「神になりませんか」
シルヴェニア帝国の男爵マルチナから話を持ちかけられたとき、なんのことだか意味を理解できなかった。
「ルミエール様が、なにか?」
問い返したギリアンにマルチナが微笑んだ。
「ギリアン様が、神となるのです」
なんの話だろう。理解が追いつかないので問い返す。マルチナは大層笑顔だった。
「私は常々、ギリアン様が神官長ということに納得がいかないのですよ。大神官様でもおかしくないほどの力がおありなのに、なぜ神官長という地位に甘んじていらっしゃるのか」
「い、いえ、いえ……っ、私など、大神官様の足下にも及ばず……っ」
「そんなことはありません。ギリアン様は、神杖にも認められたお方ですよ」
うっかり神杖のある場所を知っていると伝えてしまった。そのときから、マルチナはギリアンが『神杖に呼ばれた』『神杖を唯一扱える人間』と言う。
そんなこと、あろうはずがない。
あの大神官セイフェルトですら、神杖を使ったあとは生死の境をさまよった。箝口令が敷かれていたので詳しく知らないが、神殿内では噂にはなっていた。事実、一年ほどセイフェルトの姿を見かけなかった。
膨大な神聖力をもつセイフェルトですらそれだ、彼よりも劣るギリアンが神杖を扱えるとは思えない。
でもギリアンにとってマルチナの言葉は心地よかった。
何度も何度も聞いているうちに、自分は本当に『大神官の器』『神杖に選ばれた稀有な人間』と思うようになった。
頂点に君臨する輝かしい未来。
そのためには、小石ひとつも躓きは許されない。
ユニヴェール。ギリアンにとっての小石は彼女だった。
+++++
ギリアンが稀にみるスピード出世で神官長になった年、ユニヴェールが神殿に預けられた。
ユニヴェールはいくらでも浄化作業ができる代わりに、神聖力がとんでもなく小さい。
狭い範囲しか浄化できないため、他の者たちが一時間もあれば終わる作業をユニヴェールは半日もかかる。
ギリアンが監督している神官や聖女たちは、なかなか優秀者が多い。その中でユニヴェールだけが足を引っ張る。当然ギリアンの足も引っ張った。
ただし、ユニヴェールは珍しい『色』をもっていた。
『桃色の髪に金色の瞳の少女が、いるそうじゃないですか』
他国の名だたる貴族が、筆頭神官長に声をかけているのを何度も見かけた。
『いえね、養女を迎えたいと思っていましてね』
神殿は孤児院じゃない。それでも養子や妻を求める者が後を絶たない。
貴族は、珍しいものを欲しがるからだろうか。
『彼女はまだ修行の身ですので』
筆頭神官長はそつなく対応し、貴族にユニヴェールと紹介しない。
それどころか、ユニヴェールの監督官であるギリアンに相談すらない。
貴族に取り入るチャンスなのに、なぜユニヴェールを会わせないのだろう。
ユニヴェールを利用すれば、皇室お抱えにだってなれそうなものを……。
彼女の監督官として、ギリアンも皇宮に招かれるかもしれない。もしそうなったら神殿の神官長よりも、ずっと贅沢ができる。金も女も好きにできるし自由がある。ギリアンをバカにしている神官たちも見返せる。
だからユニヴェールを貴族に引き合わせたいと進言したのに、筆頭神官長は『大神官様が許さない』という理由でユニヴェールを貴族に合わせようとしない。
ユニヴェールなんてお荷物でしかないのだから、神殿に置いていたって仕方ないだろうに……。大神官の考えがわからない。
そんなあるとき、シルヴェニア帝国の男爵と知り合った。
普通の貴族は大神官や筆頭神官長に会いたがるのに、男爵は最初からギリアンに会いたがった。男爵はギリアンに対して、『なにか』感じるものがあったらしい。
ギリアンにとって男爵の言葉は、荒野をうるおす霧雨のように優しかった。
男爵もユニヴェールに会いたがったので会わせようとしたが、そんなときばかりユニヴェールは姿を消す。
一日中、なんだったら二日も、姿を隠すことがあった。
『大切なお客様だったのだぞッ!』
ユニヴェールを𠮟りつけたことは、何度もある。
それなのにユニヴェールは淡々と謝るだけだ。
懲罰房に入れたこともあるが、彼女の加護のせいで暗闇が作れない。暗闇を恐れて反省を促すはずが、ユニヴェールには罰にならない。しかもユニヴェールの明かりが神殿に灯らないと、ギリアンのもとへ苦情がくる。
懲罰房から出すしかなかった。
まったくもって忌々しい。
さらにユニヴェールは男癖が悪い。神官たちをはじめ、男性参拝者にすり寄っているらしい。
神官たちは否定していたけれど、事実を隠していることなどギリアンにはお見通しだ。
ユニヴェールは、他の聖女たちへの嫌がらせもひどい。
ユニヴェールにやられたと、ズタボロになった聖服を見せてきて聖女たちが泣く。ユニヴェールに邪魔をされて浄化作業ができなかったと、悲しげな顔で訴える聖女は年を追うごとに増えた。
浄化石を秘密裏に売って金にしている、との噂もあった。
ギリアンはユニヴェールをさらに叱りつけた。
本人は『やっていない』と否定するが、それならば、なぜこんなにも苦情を訴える者がいるのか。
聖女ひとりの訴えよりも、大勢の聖女の訴えのほうが信ぴょう性がある。
だから……。
ユニヴェールが男爵に粉をかけていると聞いて、頭に血がのぼった。
神殿を追い出せたときは、清々したものだ。
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最近生活のサイクルがかわったせいで更新できずにいましたが、ようやく追いついてきたのでまたのんびりと書いていきます。
追放された聖女は贅沢スローライフのためにダンジョンで宿屋をはじめます 笹味サラミ @maomaohoney
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