15、『呪術師』2
『聖女』を殺した時に、一つだけうっかりしていたのが、『天の鎖』は『聖典』の所持者でないと、解除できないということだ。途方にくれていたが、運が良いことに皇帝が『天の鎖』を解除した。聖遺物がすべて揃って『反理』の力を手に入れたから、フローレンスで力を試したかったのだろう。けれど、
「油断しきってたから俺も焦った。普段のフローレンスならあんな一撃は喰らわらない…って、どうしたんだ?」
「いえ、自分の行いに頭を抱えているのよ。穴があったら入りたいわ…」
「どんなことがあっても俺を見つけるって言ってたのにな」
「言わないで…」
珍しく自分の言葉にダメージを受けていた。羞恥心を感じているフローレンスをいじってみるのは楽しそうだが、それよりも俺は嬉しさと安堵で心が満たされていた。
「今は再会できたことを喜ぼうか」
「そうね。千年は長かったわ…ずっと会いたくてたまらなかった」
改めて、フローレンスが俺を抱きしめてきた。とても柔らかく安心した。俺にとって、千年は一瞬だったが、フローレンスにとっては永遠にも感じる時間だったに違いない。千年も想われていたことに俺は嬉しくて仕方がなかった。
どれくらい経っただろうか。フローレンスは俺から離れると涙を拭いた。
「感動の再会はこれくらいにしましょう。行くわよ」
フローレンスは俺を抱き上げると、魔法を起動した。俺たちの周りを青白い光が包み込んだ。突然のことで俺は説明してほしかった。
「エリテールの臨終よ。今からいけば、最期に立ち会うことくらいはできるかもしれないわ」
そして、王宮には皇帝の死体だけが残った。
━━━
『黒の民』にとってエリテールは絶対的な女王だった。迫害されてきた自分たちを救い、そして、安心できる共同体を作り上げた。けれど、絶対的な女王も寿命にはかなわなかった。天蓋のついたベッドの上で横になり、空に浮かぶ月を眺めるだけだった。けれど、ほとんど何も見えず、動くことすらままならなかった。
「久しぶりね。会いたかったわ」
ベッドのすぐ横に佇んだ私の方を見ることなく、呟いた。
「死に目に間に合ったようで良かったわ」
エリテールは首だけを動かして、こちらを見た。そのサファイアの瞳はもうほとんど何も見えていないのに、不思議と目が合う。
「どうだった…?」
「駄目だったわ。言っておくけど本気でやったわよ?私が彼らに愛情を感じるくらいにはね。けれど、成長した『剣聖』たちは自分の欲を満たすために私が教えた力を使った…王も絶えたし、跡継ぎもいない。オールストン帝国はもう終わったわ」
「そう…」
それだけだった。元々、うまくいくはずがないと思っていたのだろう。エリテールもこの結末はわかっていたはずだ。だから、覚悟もできていたのだろう。
少しの間をおいて、エリテールは沈黙を破った。
「ウィルは見つかったの?」
「あ、え~と」
「何、その曖昧な反応は…」
「見つかったわ見つかったんだけれど…まぁ見てもらった方が早いわね」
私はウィルをエリテールの前に差し出した。エリテールは少しだけぱちくりと目を動かし、そこにいるのが黒猫だと認識したようだ。
「可愛い黒猫ね。貴方が猫を飼うとは思わなかったわ」
「ウィルよ」
「え?」
「ウィルは猫の身体に転生しちゃったのよ」
「…え?」
死に目だと言うのにエリテールは驚愕の表情を浮かべた。二千年以上生きようとも、驚くことが起きるのだから世界は面白い。
「ほ、本当にウィルなの?」
「にゃあ!」
「そ、そうなのね」
ウィルはエリテールの頬に身体を寄せて甘えていた。そして、エリテールの顔をなめると、エリテールの眼をじっと見つめた。
「ウィルの言っていることを翻訳するわ。『俺はあんたの優しさに救われた。ありがとう。母さん』…だそうよ」
「ッ」
エリテールは反対側を見て、月を眺めた。月の光に反射して、エリテールの涙がツーと流れていた。ウィルはエリテールの涙を拭き取り、私の方に戻ってきた。
「別れの挨拶はもういいの?」
「にゃ」
「そう」
ウィルを抱えて、エリテールの寝室を後にしようと思った時、言い忘れていたことがあったことを思い出した。
「私の『不老不死』は終わったわ」
「そう…良かったわね」
「ええ。けれど、今すぐ死ぬ予定はないわ。私とウィルはもう少しこっちの世界を謳歌してからそっちに行くつもりよ。アレキサンダーに会ったらよろしく伝えておいて頂戴」
私の中の時間が動き出した。後、五十年もすれば、寿命が来て、すぐに再会できる。だから、私はさようならは言わずに、立ち去ろうとした。
「ありがとう、私の親友。貴方がいてくれて私は孤独じゃなかったわ」
「…それはこっちのセリフよ。馬鹿…」
━━━二千年間一緒にいてくれてありがとう。親友。
私は心の中でそう念ずるとエリテールの部屋を跡にした。
━━━
翌日、帝国の皇帝が亡くなったというニュースで持ちきりだった。一月も過ぎれば、勇者がいなくなった『勇者派』と王がいなくなった『王室派』、そして、他の派閥が乱立して、それぞれの代表を皇帝にしようと躍起になっていた。
同時期に『黒の民』の女王、エリテールが亡くなった。こちらも、跡継ぎがいないために、様々な派閥が自身の正当性を証明するために争いを始めた。
そして、帝国に恨みを持つ国、『黒の民』を侵略しようと思っていた国が我こそは宣戦布告をし、世に言う戦国時代の様相を醸し出していた。私は崩れるときはこんなにあっけない物かと、人間というもののもろさにしんみりとしてしまった。
「これからどうする?」
エリテールの墓の前でウィルが私を見てきた。私は『黒の民』の中でも裏切り者だ。長居はできない。見つかれば、すぐに追い出されるだろう。
「伝説のモンブランを探しに行くわよ」
「こんな時代に世迷言を…今、世界はそれどころじゃないんだぞ?」
ウィルが呆れているが、私もジト目で返す。
「この千年、私は伝説のモンブランを探し続けたわ。けれど、伝説と名のつくほど美味しいモンブランは見つからなかったわ。どうしてくれるのかしら。貴方が余計なことを言ったばかりに、私は一生モンブランの奴隷よ?」
「また大袈裟な。けど、それなら伝説のモンブランはもう存在しないっていう解は出ているんじゃないか?」
「まだよ。世界は広いもの。伝説のモンブランは絶対にあるはずよ」
「そうかい…」
ウィルを見つけた今、私が今、一番欲しいのは伝説のモンブランだけだ。ああ、だけど、もう一つだけ欲しい物ができた。ウィルを両手で持ちあげて、私と同じ目の高さまで持ち上げた。
「後は肉体をどうにかしないとね」
「別によくないか?この身体は動きやすくて気に入っているんだが」
「よくないわ。猫の寿命は人間とは比べ物にならないほど短いでしょ?」
「まぁそうだな…」
猫の寿命は十年以上二十年未満。今、ウィルの年齢はいくつか分からないが、それでも私よりも確実に早く死んでしまう。もう、愛する人(猫?)見送るのは御免だ。それに、
「子供が欲しいわ」
「!お、お前なぁ」
ウィルが噴き出した。何かおかしなことを言っただろうか?
「数十年しか生きられないと思うと、何かを残したいという欲が湧いてきたのよ。不思議ね。こんな感情を持つなんて…」
生まれ変わったような気分だった。私の身体が私ではない。けれど、『不老不死』だった永遠にも続くような閉塞感に比べたら、なんとも新鮮な気分だ。
「それじゃあ行きましょうか。時間は有限よ」
「ああ」
私たちはエリテールの墓に背を向けて歩き出した。
「そうだウィル」
「ん?」
私は言い忘れていた言葉を思い出した。
「愛してるわ」
「…ああ、俺もだよ」
fin
勇者殺しの容疑をかけられた不死王の無実を証明できるのは呪術師の弟子だけなのに中々帰ってきません 「弟子について知りたい?それなら、彼の夢について語ろうと思います」 addict @addict110217
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