第六話 【過去!記憶!もう一人の私!】
某日/東京都内
私の八咫烏としての役割は現場への即時急行,そして本隊到着までの遅滞戦闘
即応部隊として基本的な役割だ
だが例外というものは存在する
万が一,怪異発生が連鎖し広範囲に及んだ場合
即応部隊である私は遅滞戦闘から殲滅へとその役割が切り替わる
隊員の中でも単独での技量が高く,怪異との戦いの経験が長い事
私は八咫烏の隊員となる前からも怪異との戦闘経験がありそれは一部の隊員も知っている事だ
力を認められている,それ故に即応部隊という立場に置かれている
「………キリがないわね」
『いいじゃねぇか,カテゴリーはC,俺とお前の敵じゃねぇ』
「黙って天泣,あなたは良くても私の体力は無限じゃない,それに今は…」
今の状況は芳しくない
複数の場所での怪異の同時出現
私の他にも隊員の多くがその対応に追われている
時間帯が深夜なのがまだ唯一の救いだ
民間人への被害は少ない
だがこれだけの怪異の同時出現
そしてそれらの出現地点はどれも本部から遠く様々な方角に分かれている
この事から分かること
それは意図的に私達八咫烏を多数の地域へと派遣し分断すること
禍人の出現というだけの話ではない
他の何者かがそれを使役している
黒幕はその何者かだ
「ちっ…仕方ない…力を貸せ天泣,血を啜らせてやる」
私1人の力は微々たるもの
その力で相手をするには限界がある
天泣の力を貸りるしかない
天泣の力を使えば私は人間の域を超え強大な力を得る事が出来る
苦肉の策だが使えるものは使うしかない
「はぁぁぁぁ…ッ!!!」
一体一体は大した脅威ではない
あとは私の体力が持つかどうか…
「手こずってんじゃねぇか麗,手ぇ貸すぜ」
「麻白先輩…そっちは片付いたんですか?」
「おう」
「…暴れ過ぎないでくださいよ,麻白先輩」
「こいつらが退屈な相手だったらな」
どうやら私よりも先に現場の怪異を片付け終わったみたいだ
それを見越したかの様に更に禍人が出現する
これだけの数が一気に…?
「さぁ!狩りの時間だ!くたばれっ!」
「ツッ!先輩!危ない!!」
「うぉっ!?」
大きな火柱
それも何も無い空間から
「ちっ…気温上げやがって」
「隠れてないで出て来いッ!!裏切り者ッ!!!」
「……面倒な連中だからここで叩き潰しておこうと思ったが…気付くとはな」
「あれだけ一気に禍人を召喚したのが愚策だったわね,あれじゃここにいますと言ってる様なものよ」
「火炎放射器に光学迷彩…てめぇ…」
「久しぶりだな霧雨に朝比奈,禍人相手に随分と消耗してるみたいじゃないか」
火炎放射器に光学迷彩
そして裏切り者
カテゴリー特A級
アレン・ルゥ
元八咫烏隊員
そして生粋の怪異
「お前らの分断には成功した,あとは消耗したところを1人ずつ潰してやろうとも思ったが意外と早いな朝比奈」
「知ってんだろ俺の力を,あんくらい肩慣らしにもならねぇ」
「その割には息が上がってるな,お前じゃ俺は倒せない」
「ほざけッ!!!」
麻白先輩の斬撃を最も容易く躱している
ただ攻撃を躱しているだけではない
完全に動きを読んでいる
「ちっ…」
「力任せな一直線な攻撃,そしてそれを指摘されれば慣れない搦手,相変わらず変わらないな,朝比奈"後輩"」
元八咫烏の隊員であり大厄災直後から所属していたアレンは私達の戦う姿を幾度となく見てきている
隊員の頃のアレンの役目は隊員の援護
つまり通常の隊員以上に隊員の動きを観察する事が出来る立場だった
怪異でありながらその戦い方はどちらかと言えば人間と同じ戦い方
怪異が怪異の戦い方をするのならまだ優しい方だ
本当に厄介なのは怪異が人間の戦い方を真似る事
人間以上の力
人間以上の速さ
それらが襲い掛かってくるのだ
「叢雨ッ…!!」
速い斬撃と緩やかな斬撃
異なる斬撃を飛ばし見切るタイミングをズラす
しかし…
「見えているぞ霧雨,刀の妖力を斬撃に合わせて飛ばす,技は増えた様だが変わらないな」
やはり…離反後に生み出した技も見切られる
怪異とはこうまで人間と勝手が違うのか
私自身は戦闘経験は多いがそれはあくまでもカテゴリーCや精々あってもB
カテゴリーAに指定されている怪異は例外無く単独で戦闘を行うとなればよくて重傷,最悪死ぬ可能性すら有り得る
それ程までに危険な怪異だ
いくら麻白先輩がいるとは言え2人では到底敵わない
増援を待つしかない
唯一の救いはこのアレンと呼ばれる怪異の性質だ
強力な怪異ではあるものの武器を使用しているという事
怪異が人間の戦い方をしてくるのは厄介な反面,武器を使用するという事は枷をかけている様なものだ
直接的な物理攻撃ではなく間接的な武器での攻撃
それはアレン自身も知ってか知らずか,私達にとっては都合が良い
「出し惜しみしてる場合じゃねぇ,一気に潰すぞ」
「言われなくても…!」
現状では増援は期待出来ない
それならば体力が尽きる前に一気に勝負を決める
距離を詰める
アレンの武器は火炎放射器
攻撃範囲は広いが至近距離での使用は自分にすら危険が及ぶ
距離を詰めれば一瞬使用を躊躇う筈だ
その隙に連撃で仕留める
「麗!」
「飛雨…ッ!」
姿が消える
アレンが隊員の頃から使用している光学迷彩
姿の視認が困難になる
だが居なくなったわけではない
姿を消すだけ
それならばその一帯に攻撃を行えば当てられる
手応えありだ
「おらッ!!!」
姿は消えても斬撃が当たれば不自然に存在するその空間の特定は容易
すかさず麻白先輩がそこへ大振りの一撃を放つ
だが…
「外した…だと…!?」
「しまっ」
そう
私の考えが甘かった
距離を詰めて一瞬の隙を作り,そうすれば次の一手を打ってくるだろう
それすらも予測した攻撃を行い,傷を負わせれば回避を考える筈
その一瞬に更なる一撃を与えて仕留める
…筈だった
「人間は甘い…なッ!!!!」
「…………!!!!」
私の放った一撃は確かに手応えはあった
斬撃はアレンへと当たっていた
しかし私の放った飛雨は威力よりも攻撃範囲を優先としたもの
それでも通常の怪異相手には一定の傷を負わせる程の威力はある
だが相手はアレン
その攻撃は傷を負わせるどころか無傷だった
避けなかったのではない
避ける必要がなかったんだ
それをまんまと私と麻白先輩は隙が出来たと思い込んだ
大振りの一撃を誘い,その間に距離を詰められた
そしてその隙を見逃す相手ではない
「か……は…………」
重い一撃が腹部を襲う
鋭い痛み
骨が砕ける音
肺の中の酸素が押し出されて呼吸も出来ない
防御する間もなく放たれた蹴りで私の体は大きく吹き飛ばされた
「麗ッ!!!」
コンクリートの壁へと叩き付けられた私の体に重い痛みがのしかかる
口の中に嫌な酸っぱさが広がる
鉄の味
溢れ出した血が地面に零れ落ちる
まずい
体に力が入らない
視界が揺らぐ
麻白先輩の声すらもノイズがかかり遠く聞こえる
その時だった
「私に体を貸せ,そうすれば助かるわ」
誰の声だ?
天泣?
いや違う
「忘れたのかしら,私が誰なのか」
誰だ?
私に話しかけてくるのは
「無理もないわね,今の貴女じゃ」
暗い
目の前にはただ闇が広がる
声は絶えず聞こえてくる
私に対して…
問い掛ける
「…幸運ね,選ぶ時間はまだ少し残ってる」
今私はどこにいる?
ここは…どこだ?
「始めましょう」
意識が途絶える
闇へと堕ちていく
深く
暗い
闇の中へ
(ここは……)
目の前に突然光が現れる
この場所は覚えがある
かつて私の通っていた小学校
大人になってから見るとあれだけ大きかった校庭も小さく見える
成長したという事だろう
(……………)
何故私は今ここにいるのだろう
記憶が曖昧だ
どうやってここへ来たのかも覚えていない
夕暮れの校庭はどこか寂しげで…
昼間は子供達の声で満ちた空間もこの時間帯は誰もいない
まるで空虚な箱庭の様だ
(あれは…)
懐かしい校庭を歩いていると人の気配がした
体育館の裏の様だ
あまり人がいない場所
私は子供の頃何をしていたのだろうか
しかし…私はこの体育館の裏の風景を良く知っている
知っている筈だ
「ぐっ……ぁ…………」
「…女に負けるとか話にならないわ,言ってみなさい,一番強いのは誰か」
「……きりさ…め……れい………」
(………!!!)
これは……
昔の私……?
「弱い…腑抜けた奴しかいないわね」
(…………)
間違いない
これは…小学生の時の私だ
「思い出してきたかしら」
(これが…過去の……私……)
同じクラスの男子生徒との殴り合い
いや…一方的な暴力だ
力で屈伏させて言う事を聞かせる
単純だが人として間違ったやり方
そんな事を私が…
「少し時間を進めましょう,貴女が獣に堕ちた時まで」
景色が変わる
街中だ
私とお父様
そして…
(お母様……)
まだ私のお母様が生きていた頃だ
忘れもしない
2038年5月27日
大厄災
死者一万人を超える日本全域での怪異災害
訳も分からず私達は避難場所へと向かっていた
そしてその途中でお父様とお母様は…
「違う,思い出せないだけ,真実は…違う」
(違う……?)
「麗!早く走るんだ!麗!?」
「…………」
「ちぃ…!」
怪異に人々が襲われている中で私は立っていた
逃げもせず
隠れもせず
ただ…立っていた
(これは………)
大厄災の時
場所にもよるが夥しい霊力が至る所から溢れ,中にはその影響で命を落としたり半妖となった人がいたと聞く
私はこの大厄災でその様な事はなく幸運にも助かったとばかり思っていた
しかし真実は違った
私自身もあの時
大厄災の時に影響を受けていたのだ
身体を蝕む毒の様に
その毒は私の自我を暴走させた
倒れた父へと歩み寄る
しかしそれは父の怪我を心配したものではなかった
側に落ちる刀を手に取る
天泣
私が初めて天泣を手に取ったのはこの時だった
流れ込んだ霊力が溢れていく
力を求めれば天泣は力を与えてくれる
だがそれは諸刃の刃だ
求めれば求めるほど
後戻りは出来ない
「あは…ッ!ハハハハハッ!!!何て気持ちイイのかしラ!!ワタシはまだ強くなれる…ッ!もっと……モットよ!!アハハハハハハ!!!!」
(……………)
その姿は見ていられなかった
これが本当に私である事を認めたくなかった
ただ力を求めて欲望のままに力を振るう姿はまるで怪異…
いや…
それすらも超えた邪悪な姿だった
「それまで人生で一度たりとも怪異の姿を見た事はなかった,私が霊力を持つきっかけとなったのがこの大厄災,あれが私本来の姿」
(認めない…こんなの……けれど……)
もし仮に今見ているこの光景が真実であるならば…
今の私は一体なんなのだろうか
麻白先輩よりも…隊長よりも…
あの姿の私の霊力はあまりにも大き過ぎる
人間の姿を捨てた怪異
まるで…
「"紅黒の獣"それはかつてこの刀の所有者が怪異に堕ちた時に付けられた名称,欲望のままに力を振るい全てを壊すまで止まる事はなかった」
「このままじゃ……あの子が……ッ!」
(お母様……?)
母が私へと近付く
傷を負っても尚
足が千切れても尚
足を止める事はなく
私に歩み寄る
そして…
「う"っ…………」
腹部を刀身が貫く
その時
私の目に一瞬光が戻った
「大丈夫……よ………麗は……強い子だから…」
「あ……れ…………?わた……わたし………どうし………ぅ………あぁぁぁぁぁぁぁあッッッ!!!!」
「……あなた…麗を…頼むわ……ね……この穢は私が……持っていくから………」
信じられなかった
私は今まで母が命を落としたのは大厄災の事故だと聞かされていた
母を殺したのは…他でもない
私の手だったなんて…
「……霧雨家は代々対魔師の一族,けれどある時期を境に力を失った,それでも尚残り続けていたのは僅かな霊力と穢の浄化術式」
(……………)
「彼女は…母は自らの命と引き換えに私を侵した穢をその身に宿して命を落とした,結果的に私は人間に戻れた,残っていたのは母の残した僅かな霊力のみだったわけよ」
(私が……何故……何故こんな……)
「分かる訳がないわよ,貴女は私ではない,本当の私は私だけ…紛い物なのよ,貴女は」
(紛い物……?私が……?)
「…私はこの手で母を殺した,私だって動揺したわ,けれど予想外だったのはここからよ」
(ここは……病室…?)
大厄災直後
酷く衰弱をした私は病室で目が覚めた
ここからの記憶は全て鮮明に覚えている
痛々しい父が母の死を告げた事
私はそれを聞いて泣き喚く事しか出来なかった事も…
「負の感情が行き場を失い脳が自我を守る為に手段を講じた…人格の生成,私の脳は私が耐えきれないと思い仮の人格を作り出した…それが貴女よ」
私が…仮の人格…
『麗,戦闘の時はやたらと楽しそうじゃねぇか,まるで人が変わったみてぇに見えるな』
…麻白先輩に言われた言葉
私は意識した事がなかった
(私は守る為に…)
「違う,貴女は気付いていないけれど戦闘中には私の人格も呼び起こされていた,普段は眠らされていた私の人格が戦闘という状況下でのみ目覚める事を許されていた,覚えがあるでしょ?幾度となく戦闘中に身体が無意識のうちに動いていたのを」
(あれは…戦闘に慣れた身体が…)
「私が動いていたのよ,お世辞にも貴女は強くはない,私の方が強い,身体が死んだら貴女の人格諸共私の人格も消滅する,生きる為にやった事で貴女の為じゃない」
(……………)
「私は長い間眠らされていた,けれど何もしてなかった訳じゃない,貴女が私の邪魔をするのなら貴女を私にするまで,だから私は八咫烏を…」
黒雨会の跡を継ぎ,私は怪異から人々を守る為に刀を握った
私が八咫烏の隊員となる前
私の敵は怪異だけではなかった
民間の対魔師…そして八咫烏も敵として認識していた
「そうよ,私がそうさせたの,力の強い怪異が現れるのは稀な事,雑魚では貴女を追い詰める事が出来ない,追い詰めればどちらが主人格として相応しいか脳は判断する,特に八咫烏はうってつけな対象だった」
…私がまだ八咫烏の隊員となる前は
黒雨会
民間対魔師
八咫烏
怪異の対処をするに際してこの三つの勢力がそれぞれ対立していた
「……………」
「各自状況報告!民間人の安否確認を優先して!」
「随分と酷い現場ね…」
この頃の私は怪異から民間人を守る為に戦ってはいたがそのやり方は今よりも酷いものだった
怪異が現れれば私はその怪異を斬り殺す事のみを考え戦った
今の様に民間人を避難させる事なんてしていなかった
「霧雨 麗……また貴女は勝手に…」
「神山 アイリ…だったかしら,何か用?」
「…怪異を退けてくれた事には感謝します…しかし怪異との戦闘は私達の仕事です…ですから…」
「仕事?そう…仕事で割り切るのね神山 アイリ,守る為じゃなくて仕事と」
「…もちろん守る為です…」
「その割には八咫烏は随分と甘いわね,ここに来るまでに何分かかった?私がいなければそれまでに何人が死んだ?」
「……………」
「遅い,規則に守られて救える命すらも守れない,そんな組織を私は認めない,貴女達八咫烏を」
(……………)
私が八咫烏で即応部隊という立場にいるのはこの一件があったからこそだ
緊急時
出撃命令が下される前に行動を起こせる部隊
いち早く現場へ急行して人々を守れるからだ
「途中までは上手くいっていた,私の思惑通りに貴女は次第に規則に守られる八咫烏を救える筈の命も救えない脆弱な組織,明確な敵として認識していった……けれどそれでも足りなかった」
(……そうだ,私は確かに八咫烏を敵として認識していた…けれど私一人の力でも救えない命があった…だから……)
「貴女が邪魔をしたから…私一人なら怪異に遅れは取らない,紛い物の人格に邪魔をされて私は思う様に体を動かす事が出来なくなっていった」
『…麗さん,貴女の言う通り私達八咫烏にも救えない命はあります,けれど貴女一人の力で救えない命だって当然ある筈です,だからこそ…私達は歪み合うのではなく共に力を合わせるべきです,私達と貴女の力,そうすれば今よりも守れる命が増えるはずです…!』
「神山 アイリ,彼女にも邪魔をされた,あの言葉が今の貴女に更なる主人格としての権限を与えるきっかけとなった,そうして貴女は八咫烏の隊員となった」
(…一人の力よりも仲間との絆の力が最も強い事を知った…だから私は…)
「それ以来私は戦闘中も人格が呼び起こされる事はなかった,ただ貴女が勝手に私の体を動かしているのを眺めていただけ,けれど今は違う,貴女は死にかけている,だからこそ再び私はこうして貴女に干渉する機会を得れた」
再び景色が変わる
闇が支配する暗黒
そこにいるのは私と…もう一人の私だけだった
「…同じ姿を見るのは気分が良いものじゃないわね…」
「えぇ…全くその通り,最後のチャンスよ,私に体を貸しなさい,そうすれば死なずに済む」
「…そうね,確かにその通り,死なずには済む,けれどそうしてしまったら私の人格も消えるでしょう?」
「元々は脳が作り出した仮初の人格,いくら体を動かしているのが貴女でもそれは本当の私ではない,その事は分かっているでしょ?」
「確かに私は後から作り出された仮初の人格…それは変わらない…けど…」
「けど?今更何を言うのかしら,今だってそう,現実世界の私の体は動く事すらままならない,その間にもあの隊員は戦っている,それも時間の問題だけれど死ぬわよ,あの隊員」
「……いくら麻白先輩でもあの怪異を一人で相手するには無理がある…それは分かっているわ」
「なら何を迷っているのかしら?このままじゃ命を落とす,それを分かっているのに私に体を返さないのは貴女の身勝手な我儘,救える命を救わない,無責任な選択よ」
「……そうかも知れない,私という人格も脳が作り出した仮初の人格,貴女の言う通りかも知れない」
「それなら…」
「…でも…それでも…私は……」
「本当に身勝手ね,このままじゃ…」
「……何故強くなりたかったのか…覚えてる?」
「……は?」
「何故…私は強さを…力を求めたのか…貴女が私なら覚えてるでしょ?」
「……………」
「貴女のおかげで思い出せた…私がどうしてあの時男子生徒と殴り合っていたのか…何故あれ程までに力を求めていたのか…答えなさい…私ッ!」
「………それは…」
「あの時,滅多に人が来ない体育館裏に…一匹の捨て犬がいた,それを見つけた男子生徒は面白がっていじめていた…私はそれを止める為にあの男子生徒を殴り飛ばした…その筈よ」
「……………」
「そう…私は守る為に力を欲した…やっと思い出せた……貴女の言ってる事は嘘よ…本当は貴女の方が…」
「……正解よ…私はあの時…貴女が力を欲した時に生まれた破壊衝動の人格…ずっと……あれ以来私は貴女の中にいたもの」
「…力を求めて…その力に溺れてしまった私…」
「驚いたわ…まさかそこまで思い出せるとは思ってもいなかった…私が思う以上に貴女は現実を受け入れる程に成長した…という事かしらね」
「…………」
「…紛い物は私の方,私という人格が生まれてからずっと…私は貴女を見てきた,その姿を見様見真似で真似ていただけの滑稽な道化師よ」
「…………」
「…羨ましかった…私は貴女の破壊衝動の人格…私も…貴女と同じになりたかった…けれどそれは無理な話…結局は消える運命…」
「…………」
「さっき聞いたわよね,私が力を求めた理由を…紛い物の人格でも…私にも力を求めた理由はあった…貴女よ…」
「私……?」
「守る為…私はその為に力を求めた…私が守りたかったのは……貴女よ,麗」
「……!!!」
「あの時…大厄災の時……貴女じゃ心が壊れていた…だから私がそれまでの記憶と共に深層心理の底に眠りにつく事を選んだ…だから貴女は昔の事を思い出す事も難しかったはず…けど…私が持っていた記憶も今こうして貴女はしっかりと思い出して…受け止めている…」
「思い出すべき事…思い出したくない事……けどそれは私が今までに生きてきた証…私の大切な記憶…」
「……もう貴女に私は必要ない存在ね…だから…」
「違う……そうじゃない…」
「違う……?」
「貴女も…私の一部…いえ,私そのものよ」
「何を…」
「私も貴女も…紛い物じゃない,どちらも本当の自分……独りぼっちになんてしない…ッ!」
「ツッ!!」
「だからーーーッ!!」
「ぐっ……」
「自分は強いとでも思っていたか?俺に言わせれば弱い,脆い,鈍い,人間と妖狐の混ざり物,純粋じゃないんだよ」
「はっ……何を言うかと思ったらべらべらとおしゃべりか?優しいんだな先輩さんよぉ…」
「少しは自分が死ぬまでの時間を楽しんだらどうだ?あぁ悪い,そんな事を考える余裕もないか,姉に捨てられた愚妹」
「ツッ!てめぇ…ッ!!」
「おしゃべりは終わりだ,死ね朝比奈」
私は目覚めた時
体は既に動いていた
『起きるのが遅いんだよ麗,とっくに体の方は俺が治しといた,あいつに勝てるかは…お前次第だ』
「………!?」
「間一髪…大丈夫?麻白先輩」
「へっ……長い小便だったな,麗」
「おかげさまでスッキリしたわ」
「確実に殺しておけばよかったか…霧雨…」
「やってみたら,裏切り者」
アレンが距離を取る
こちらを警戒してか一撃の為に距離を取ったのか
けど今の私にとってはその理由は些細な事
問題はない
「麗…無茶すんじゃねぇ…こんなもん唾でも塗っておけば治る」
「麻白先輩,ここは私に任せてください,それに傷口に唾なんて汚いですよ,水で洗い流さないとね」
「麗…お前……」
「……初めてだけど…やってみせる」
《やれるわ,貴女は一人じゃない》
「……なんだ……?」
静寂の中
次第にそれはやってきた
雨音
上空に雲はない
その状態で降り注ぐ雨
それは天泣と呼ばれる雨
「雨……ツッ!」
「見た事がないでしょ,私の…怪異としての力を…!」
私には天泣から流れ込んでしまった力が存在する
雨女と呼ばれる怪異
かつて天泣が斬り伏せ,喰らった怪異は天泣の中に残存している
天泣曰く霊力の高い人間ならばその怪異の力を引き出し使役する事も出来るらしい
しかし私の霊力は低い
天泣の中に残存する怪異の力を引き出して使役するには霊力不足だ
けれど私自身に流れ込んでしまった力
雨女の力は別だ
私の霊力では雨女の力を最大限に使用する事は出来ない
雨を呼ぶ事は出来ない
私が使える雨女の力
それは発生した雨の雫を使役する事
「……!!」
降り注ぐ雫がアレンの体を貫く
強い雨が肌へと触れると痛みを感じる事だってある
雨の雫は長い年月をかけて石をも穿つ力がある
たかが雨だと侮った隙に次の一撃を叩き込む
「この程度…ッ!」
一撃の威力は高くはない
倒す為にはより一点に集中した攻撃を要する必要がある
だがそれを恐れたアレンはこちらへと攻撃を再開する
向けられた銃口から放たれる炎が私達を襲う
「甘いわッ!」
私の力は攻撃だけではない
防御にも転用する事が出来る
雫を集約させて防壁を作り出す
炎を遮るには十分な厚さだ
「……ぐっ!?」
「足元がお留守よ,怪異ッ!」
更に足元を雫で不安定にさせる
水の中で歩く事が普通に歩く事よりも難しいのは誰だって経験があるだろう
これでもう逃げられない
最後の一撃に力を込める
「終わりよ」
一点に集中させた雨の雫…いえ,まさしく雨のレーザー
亜音速にまで加速したそのレーザーは轟音と共に炸裂した
しかし…
「……!!!」
「はぁっ……はぁっ……今のは流石に危なかった…だが……忘れてないよな?俺は怪異だ,同じ怪異の力を相殺する事くらい訳ない…」
「それならば…!」
「麗さん!!各自戦闘に移行!目標はアレン!」
「いっちょやりますかぁたいちょー!」
「目標確認,私が気を引くわ,派手にやって頂戴!」
仲間達が到着する
私一人の力は弱い
何よりも強い力
仲間との絆の力
守るべきものを守る為…そして私達人間の…怪異にも勝る力の象徴
「…ちっ…流石に部が悪い,ここは手を引く,だが覚えておけ,生きる為に…仲間との絆は邪魔にしかならない」
「このっ…!」
「…追跡の必要はありません,今は撤退させられただけでも良しとします…麗さん,麻白さん,遅れてすみません…」
「はっ…別に気にしちゃいねぇよ,遅れたって来たんだから問題ねぇよアイリ」
「また助けられたわね隊長,ありがとう」
「いえ…助けられたのはお互い様です,貴女達二人があの怪異を抑えてくれていたからこそ私達は他の場所の状況を収束させる事が出来ました」
「何はともあれ無事解決…ね」
「本部へと戻りましょう,手当てもしないといけないですからね」
神祇省近衛警察隊地下/八咫烏本部
私は普段あまり本部へと訪れる事はない
来る時は大規模な作戦や報告の時くらいだ
ここには多くの隊員がいる
それぞれが自分の信念の下にここ八咫烏で日々,怪異から人々を守っている
ここへ来ると私にはこんなに多くの仲間がいる事に安心出来る
私の…大切な場所だ
「…以上が報告となります」
「此度の騒動,鎮圧の尽力に感謝する」
「はっ!」
「疲れているだろう,今日はもう下がっていい」
「失礼します,津守課長」
大きな被害もなく今回の怪異事件は幕を閉じた
何よりも私の中では大きな問題が一つ解決した
私自身も過去の記憶とはまだ向かい合う必要があるし時間もかかるだろう
けれど私はきっと乗り越えられる
私と……私と一体になったもう一人の私
過去は振り返るもの
未来は描くもの
生きていられるのは現在だけだ
私は生きていく
悲しい過去も
自らの罪を背負って
生きていく
「此度の騒動,アレン・ルゥの仕業だったか…」
「はい,元隊員の彼は私達八咫烏に対して強い敵対心を持っています,今回の騒動も私達の分断が目的…依然として彼の目的…いえ,彼とその黒幕については分かりかねます」
「ふむ…禍人…斑目…アレン・ルゥ…最近は更に怪異の動きが活発となってきている…まるで…」
「まるで……?」
「…何かに影響を受けている様な印象を抱いている…もしかしたら我々の知らない怪異が裏にいるのやもしれん」
「…警戒しておきます,麗さんの件ですが…」
「怪異としての覚醒…か」
「はい,私は実際に見ていないのですが…麻白さん」
「あぁ,俺はあの時麗と一緒にいた,麗はあの時雨女の力を使って助かった,けど問題なのは雨だ,麗の話によれば霊力が少なく雨を呼ぶ事は出来ないって話だがまるで雨が降るのを知って…いや,実際に麗が雨を呼んだのかもしれねぇな」
「天泣は未だ謎が多い怪異です,私達も対話こそ可能ですが言葉が真実とは限りません,麗さん曰く所有者が求めた力を与える…との事です」
「…万が一にも霧雨 麗が天泣の力を引き出し…内なる雨女となった場合,天泣と合わせて我々にとって大きな脅威になり得る」
「ですが…!」
「無論分かっている,その様な事にはならない,今はそう信じるしかない,彼女も貴重な仲間だ」
「……しかし麗さんの力はあまりにも人間には過ぎた力である事も認めます,天泣…そして雨女,二体の怪異…それを御しきれないと判断した時は…」
「……あぁ,分かっている,監視は必要だろう,ちょうど良い人材が見つかってな」
「…と言いますと?」
「偶然こちらへと旅行へ来ていた,京都支部の隊員だ」
-To be continued-
麗う世界のーーー。 狼谷 恋 @Kamiya_Len
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