第五話 【八ツ橋!観光!修学旅行!】

学校行事の中で皆が待ち望んだもの


そして学園生活の中で一番の記憶に残る行事と言えばそう


修学旅行である


二泊三日の京都への旅行


私も心が躍っている


「さて…荷物はこれで全てね」


荷造りを済ませ準備は万端


「お嬢…本当に我々は着いていかなくてもよろしいのですか?」


「着いて来られたら心が休まらないもの,それに関西の組織に目を付けられたくはないわ」


「御意…」


流石に四六時中付き纏われたんじゃたまったもんじゃない


私の身の事を案じての事なのだけれどそんな心配はない


自惚れとも取られるがこの黒雨会で一番力を持っているのは私だ


寧ろ私が命の危険を感じる状況になったら組員達ではどうしようもない


無駄に命を散らすだけの結果となる


その事も踏まえて今回の京都への修学旅行は誰一人として着いてくる事を禁じた


「麗,荷造りは済ませたか?八咫烏への連絡は?バスの中で友達と食べるお菓子の準備はOK?」


「パーフェクトよ,お父様」


どこかで聞いた様なやり取りを交わす


恐らくお父様は最近あのアニメをご覧になったのだろう


「気を付けてな,麗」


「お土産が娘の生首にならない事を祈るわね」


「「「「「「「いってらっしゃいませ!!!」」」」」」」


多くの部下達に見守られ私は屋敷を後にする


荷物が多いので車で送って行っていってくれてもいいんじゃないかとも思ったが黒塗りの高級車が大量に学校へ押し寄せたら下手すると修学旅行が延期になる可能性すらあり得る


とは言え普段やっている事がやっている事だから苦ではないのだけれど


まだ朝は早い


比較的静かなこの住宅街とは少しの間お別れだ


心配な事はない


私がいなくともこの街の平和は守られる


仲間を信じての事だ


だからこの修学旅行,私にとっては初めてのこの行事を大いに楽しもうと思っている


学園へと辿り着くと既に何台ものバスが停車していた


クラスメイトも既に集合している


「おはよう」


「おはよう麗さん,随分と気合い入ってるわね?」


「おーかっくいぃ〜!」


「そうかしら?せっかくなら楽しまないとね」


「おーおー随分気合い入ってんなぁ麗,コスプレまでして浮かれてんじゃねーか?」


コスプレと言われればそうかも知れない


私は所謂武士の様な和服を着ているからだ


単純に浮かれている訳ではない


私にとって普段持っている刀,天泣は万が一の事態に備えてこの修学旅行にも持っていく必要があると判断した


しかし刀を持っていては怪しまれるしそもそも先生が許してはくれないだろう


それならば怪しまれない格好をするしかない


という事で私はこんなコスプレじみた格好をしているという訳だ


「コスプレに気合い入れるのは結構だがその玩具までは抜くなよなー,怒られんのは俺だからなー?」


「つまり先生が責任を取ってくれる訳ですね?」


「俺を脅してもポップコーンしか出てこないぞー?まったくこれだから俺のクラスの生徒は…」


出発前の先生の話を聞いてバスへと乗り込む


暫くはバスの中で過ごす事となる


バスの中で眠る生徒や会話に夢中な生徒


バスの中は総じてやかましい


『君達にはこれから殺し合いをして貰います』


「…黒木先生の趣味も分からないわね」


「修学旅行にぴったりの映画を持って来たって言ってたけどこれはないわよねー」


移動中の時間バス内では映画も流れていた


中学生が修学旅行で無人島へ連れて行かれ殺し合いをさせられるという内容のもの


よくもまぁ生徒にこんな内容の映画を見せようと思ったものだ


「京都の観光もちゃんと出来るのかしら」


「そういえば何年か前まではあの事件で修復作業されてて見れなかったんだっけ?」


「中学の頃の修学旅行はそれで無くなっちゃったからね」


「立ち入り禁止の場所もあるけど結構直ってるみたいだよー?」


あの事件というのは大厄災の事だ


日本全土を襲った怪異事件


表向きには日本全国で発生した大規模な同時テロ事件として報道されている


都内の被害も相当なものであの大厄災の鎮圧には都内のあらゆる勢力が力を合わせて鎮圧に成功している


そして当然この大厄災の傷跡は都内だけに限ったものではない


私は話に聞いた程度だが京都も都内と同様,もしくはそれ以上に怪異が発生していたらしい


しかしそれを制圧したのは都内に比べて小規模,尚且つ被害も大きなものはなく建造物の一部が倒壊した程度だったらしい


私達八咫烏の主な活動拠点は都内だが都内だけにいる訳ではない


数は多くはないが支部が存在している


その内の1つが京都支部


かつて京都での大厄災を少数精鋭で鎮圧した実力者が数多く在籍しているらしい


同じ八咫烏という組織ではあるものの指揮系統は分かれており,都内は都内,京都は京都で完全に情報が分断されている


隊長の話によると京都支部隊員の総力は都内の私達の実力を遥かに凌ぐ存在らしい


精鋭中の精鋭と呼ばれる事もあれば一部の隊員は京都支部にはイカれた隊員しかいないという者さえいる


基本的に交流はなく私も京都支部の隊員を見た事はない


「………………」


確か何人かの隊員は京都支部から派遣されて来た人もいた筈


その内の1人が朝比奈 麻白


私と同じく刀を使う八咫烏隊員であり,姉が京都支部に在籍しているらしい


そんな彼女の戦い方は凄まじいの一言に尽きる


あれほどの練度が京都支部では当たり前と言っていた事から総じて京都支部の隊員の練度は桁外れなのだろう


しかしこれには理由がある


京都支部の隊員は元々がそういうメンバーだったのに引き換え都内の私達は謂わば叩き上げだ


多くの隊員は戦闘という経験は八咫烏の隊員となってからが初めてのケースが多い


今でこそ隊員の練度は一定の水準まで到達しているが私が八咫烏へと来る前までは命を落とす隊員も少なくなかったという


それもそうだろう


私達が今の力を付けるまでに犠牲になっていった人達の存在があってこその今の八咫烏なのだから


私達都内の八咫烏という組織は良くも悪くも寄せ集めだ


寄せ集めが故に個性が強い


だが見方を変えればそれは1人1人が類稀な才能を持っているという事


1つの信念に基づいて集まっているからこその力だ


1人だけの力では到底辿り着けない


仲間との絆が最も強い力だと思っている


しかし京都支部の隊員の話を聞くとどれもこれも単独での活躍が多い


強いのは間違いない


しかし今のこの世界に本当に求められる力は…


「どうしたの麗さん,そんな難しい顔をして」


「いえ…少し考え事をね」


しまった


今くらいは八咫烏の事を忘れて楽しむ事にしよう


「そういえば麗さん随分とたくさん持って来たのね?」


「えぇ,バスの中で食べようと思ってね」


「……………」


「……………」


「…どうかした?」


「かりんとう…黒飴…芋けんぴ……」


「なんか…こう……年寄り臭いの選んだのね麗さん…」


「意外と美味しいのよ?」


「ちょっと待ってこれ何?」


「私の一推しよ,乾燥タランチュラ」


「タランチュラって……あのタランチュラ?蜘蛛の?」


「うぇー……あれ食べ物?」


「エビみたいで美味しいわよ」


「それならエビ食べようよ…麗さん…」


友達との会話をしている間も時間が経つのは早く,気が付けば京都へと辿り着いていた


旅館の部屋へと荷物を置き,各々が自由な観光を楽しむ


私達はまずは街中を観光する事にした


都内の景色とはまるで違う


どこか懐かしい建物が視界いっぱいに広がっている


空気もどこか哀愁漂うものに感じてしまう


ここだけ時間に取り残された様な,懐かしくも儚い


そんな想いに馳せてしまう


「結構色々な人がいるのねー」


「私らと同じで修学旅行の生徒もちらほら見かけるし,あ!生八ツ橋!」


「何か食べていく?」


観光地という事もあって色々なお土産店が多い


こうして友達と食べ歩くのもまた一興だろう


「おば…お姉さん!八ツ橋くださいなー!」


「あらあら可愛い子だねぇ,オマケしとくわね〜」


雰囲気の所為だろうか不思議とこういう場所で食べる食べ物はいつもよりも美味しく感じる


それにしても随分と人が多い気がする


学生はもちろんのこと,外国人もかなりの数がいる


それほど京都という街は魅力に溢れているのだろう


「えっと…確かこのまま真っ直ぐいけば…地図確認しないと…」


「あ…麗さん前!」


「え…きゃぁっ!?」


「…………」


しまった


余所見をしていた所為でぶつかってしまった


「すいません…怪我はありませんか?」


「…………」


ぶつかった相手は何も言わずにその場を立ち去っていった


「…………」


「おっかない人だったわね…せめて向こうも一言くらい言えばいいのに」


「ねー,あんな無愛想な人もいるんだね」


一瞬だった


ぶつかった一瞬の間


感じ取ったものは殺気だった


気の所為ではない


私と体がぶつかった瞬間


身が凍る程の殺気が私に対して向けられていた


そしてあの顔…見覚えがあった


『気付いたか?あいつ…同じ感じがした』


「………えぇ,そうね」


確証がある訳ではないがあの容姿,そしてあれだけの殺気を放つ存在


間違いなく相当の手練れ


そして私の唯一心当たりのある存在


朝比奈 黒羽


朝比奈家当主であり麻白の姉


確か古くから続く名門だったと記憶している


もし彼女が黒羽という人物なら京都支部の隊員という事になる


なるほど…


確かに京都支部の隊員私達都内の隊員とは一線を画しているという事か


…それにしても不思議なのはあの殺気だ


まるで私の正体を…いや,正確には私の刀の存在に気が付いた様な感じだった


天泣は怪異化した妖刀ではあるがその存在は実際に触れてみなければ分からない筈だ


そして先ほどぶつかった時には刀に触れさせてすらいない


ただぶつかっただけ…ではあの殺気に理由がつけられない


「まぁまぁほら早くしないと日が暮れちゃうよ!」


疑問は残るが別の支部と言えど同じ八咫烏の隊員


寧ろあれだけの存在が味方と考えると非常に心強い


「えっと……あれ?ここの道通行止め…?」


「おかしいね〜?確かに地図だとこの先なんだけど…」


いくらアプリと言えどこういった通行止めの情報までは書かれてはいない


先に行けないとなるとまた別の道を探す事になる


しかしここの道は随分と入り組んでいて目的地まで辿り着くにはまた時間がかかるだろう


「なんやこないなところにお客さんかいな?ここは立ち入り禁止やで」


「あ…すみません…ここが通行止めなの知らなくて…」


喋り方を聞くに現地の人だろう


通行止めではなく立ち入り禁止の場所にまで入ってきてしまったみたいだ


「うん?そっちのは…随分と気合い入った格好やな,見た感じ学生やろか?」


「えぇ…私は麗,黒神学園生徒です,地図を見てここの道を進めばこの場所へと行けると思って…」


「なるほどなぁ…ここら一帯は最近事件があってなぁ,立ち入り禁止の標識も間に合わなかったんやな,危ないから別の道行きや,行き方教えたる」


目的地の場所を伝えると彼女は丁寧にその場所までの生き方を教えてくれた


やはり現地の人はこうして観光に来た人達へ案内する事が多いのか慣れている様だった


「ありがとうございます!」


「それじゃあ行きましょうかー」


「親切に教えてくださってありがとうございます…お名前は…」


「名乗るもんでもあらへん,ただの通行人や」


「麗さんー,先に行くわよー」


「すぐに行くわよ」


「……意外と普通やな」


「………?」


何だろう


今何か言った様に聞こえたが…


「あぁ1つ言っとくわ霧雨はん,そないな格好して彷徨くんは平気やけどその刀,本物にしろそうでないにしろ抜くのはやめとき,危なくて皆ビビってまうわ」


「えぇ分かっています,あくまでもコスプレですから」


和服に刀


この街に似合っているとは言え刀まで携えているのは多くはないだろう


それに私自身もこの刀を抜かない事を祈っている


「……あれ…?」


そういえば…


確か今の女性…私の事を霧雨と呼んだ?


おかしい


私は名前しか言っていないはず


そう思い振り返った時には誰もいなかった


「…………」


まるで狐に化かされた気分だ


都内に比べて京都は不思議な存在に満ちている


多少不思議な体験をしたとしても実際に害がある訳でもない


きっとこの街ではそういう事なのだろうと自分を納得させた


無事に目的地へと辿り着いて私達は初日の観光を楽しんだ


旅館へと戻り大広間で郷土料理を食べ,二日目に向けて身体を休める


と…いかないのが女という生き物だ


それはもう部屋では様々な話題で持ちきりであり,その中でも共通して女が好きな話題は色恋沙汰だ


「随分過激な下着よねー」


「いややっぱりもしもの時に備えて気合い入れておきたいじゃん?」


「いや…ないでしょ,男子とは別の建物だし先生達が見張ってるわよ」


「それでも一定数はやっぱり私らの部屋に来る生徒が毎年いるらしいよー?」


「そんな男子いたら食べちゃいなさい」


「麗さんが言うと別の意味に聞こえるわよねー」


「あら失礼ね,どっちの意味?食事?それとも性的?」


「河岡くんだったら性的に食べそう」


「言えてるー」


「……まぁここに来たらそれも一興かしら?」


「こわぁ」


あの一件以降河岡くんは自分に向けられている視線にびくびくとしている


そしてその様子を見ながら私達も少しばかり揶揄ったりすることが増えた


小動物の様で可愛らしい


ついつい苛めてみたくなってしまう魔性


「けど私らもそろそろ恋愛してみたいよねー」


「あら,意外としてそうなのにしてないんだ」


「いやぁ付き合ってもすぐに別れちゃうからねー」


「食欲と性欲が桁外れだもんね」


「そこ言われると弱いなー」


「まぁ私達も年頃だもんね…昔は王子様が来てくれるなんて思ってたなー」


女の子なら一度は憧れるだろう


白馬の王子様という存在に


そんな私も昔は…


……思えばそんな事考えた記憶が残っていない


というよりもあまり幼少期の頃の事を思い出せない


他の人は昔はこうだった,こんな夢を持っていた…とよく覚えているなぁと思う事がある


しかし私は昔の事があまり記憶にない,印象に残っていなかったのだろうか


思い返してみると…大厄災の前の事がよく思い出せない


大厄災の時にお母様が命を落とし,お父様が重傷を負ったのは覚えている


生前のお母様が優しかった事も覚えている


けれど私は…


昔の私は何をしていたのだろうか


お母様とお父様…その2人と私は一体どんな事をしていたのか…?


何でもない事なら記憶から忘れ去られていくのも納得が出来る


それなのに両親との思い出と呼べるものが何ひとつ思い出す事が出来ない


お母様の顔も声も覚えているというのに


何処かへ出掛けたという記憶すらもないのだ


単純に私がその様な体験をしていなかったのだろうか?


それとも何かがあって忘れてしまって…


「……ツッ…」


「あれ……?麗さんなんで泣いてるの…?」


「え……私泣いて……?」


頬を伝っていたのは紛れもなく私の涙だった


何故私は泣いているのかも分からない


「分からない……何で泣いてるのかしら…」


「疲れちゃった?それなら今日はもうーーー」


バタンっ!と勢いよく扉が開かれて閉じる


部屋の外からはドタバタと走り回る足音も響いている


誰が部屋に入ってきたのかと思えば…つい先程話していた河岡くんだった


「はぁっ…!はぁっ……!ちょっと匿ってください!!」


「あれー?河岡くんどうしたのー?」


「友達が女子部屋に行こうって無理矢理引っ張り出されて…それがバレて大変なんですよ!先生達が殺意の波動に目覚めた様に追いかけてきて…」


『おらぁ!女子生徒のパジャマ姿を拝もうなんざ10年早いんだよぉ!なぁ!お前ら以外にもいるだろぉ?』


『捕まえた奴は帰って補習送りだぞー,楽しい楽しい勉強を増やす為にお前らは感心だなー?』


「わわわ…見つかったら罰を与えられるんです…!何とか…」


「とは言っても女子部屋に男子がいたらすぐに見つかるからねぇ」


「じゃあ女の子にしちゃえば?」


「………え?」


あぁ可哀想な河岡くん


本当に可哀想


入った部屋が私達の部屋で本当に不幸だった


何故か持ってきているスク水


それもわざわざ河岡くんに合わせて作られたもの


何故そんなのが存在してるのかは言及してはいけない


「え……?え……?」


「女の子になろっか河岡くん,そっち抑えて!」


「あいあいさー!」


それはもう見事な早技で服を剥ぎ取ってはスク水を着せてゆく


どれくらいの速さかって地上波で流れても大丈夫なくらいで服を剥ぎ取る着せる友達は残像を残しながら風の様に動いていた


「よぉー,この部屋に男がいないか抜き打ちチェックだぞー,いたら大人しく差し出せー」


「黒木先生ー,ここには女の子しかいませーん」


「おーおーそうか,んでなんでそいつは水着着てるんだ?」


「趣味だそうですー」


「そうかそうかー,うちの生徒にこんな女子生徒いなかった気がするんだけどなんでだー?」


「現地で捕まえたショタですー」


「うちじゃ飼えないから帰る時に逃すんだぞー」


「はーい」


いつも以上に黒木先生がおかしいのはあの顔の色を見れば分かる


そりゃまぁ修学旅行でハメを外すのは何も生徒だけではない


先生達もお酒を呑むだろう


とはいえこんな状況で何も疑わずに部屋から出て行ってしまうくらいには酔ってる


「うぅぅ…もうお嫁にいけない……」


「お婿じゃないんだ…」


その夜はそれはもう凄い事が行われるのであった


二日目,寝不足の私達は色々な場所を観光した


歴史的な文化財など大厄災の影響で修復作業が終わった場所なども見て回る事が出来た


楽しい日は過ぎるのが早い


ふと気がつくと三日目


最終日となった


最終日も私達は時間までは観光しようと思い行き先を決めずに歩いていた


「目的もなくぶらり旅〜」


「目的は観光じゃないの?」


「行き先を決めずにただ歩くだけも風情でしょ?」


こうして歩くだけ


それでも変わりゆく風景をゆっくりと楽しめる


今の時代でこんなにのんびりと出来る時間は重要だ


特に私の様な存在は


力には責任が伴う…と有名な作家が言っていた


私は力を持っている


平和な日常というのはあくまでも仮初だ


私は知っている


この世界の真実を,理を


本当に平和な日常を過ごせるのは力のない存在


そして私はそれを守りたい


知らなくても良い方が幸せだ


「………!!!」


「麗さん…?どうしたの?」


「んー?どうしたのー?」


人気のない場所になんか来るんじゃなかった


旅行気分で浮かれていたのが仇となったか…


カテゴリーC禍人…


2…3体…


まずい…今ここで刀を使えば何とかなる


けれど私の正体がバレてしまう


そうなったらもう学園にはいられない…


けれど命を救う事が出来るのなら…私は…ッ!


「ぁ…」


「ぅ……」


「…え?」


「愚鈍が…」


友人の2人が倒れる


外傷はない


しかし…


「くっ……」


殺気


それも凄まじい


朝比奈 黒羽


先日すれ違った時の殺気とはレベルが違う


私でさえ体が硬直する


民間人である友人が意識を失うのも理解出来る


「失せろ,塵芥」


刀…いやサーベルか


引き抜き…一閃


斬撃が飛び禍人を斬り捨てる


たった一撃


3体の禍人が霧散する


「………ふん」


これ程まで


これ程までに実力に差があるのか


私と…この人との差は…


「うぐっ!?」


胸ぐらを掴まれる


その目はこちらを見据えていた


まるで私の事を役に立たないゴミを見る様な目で


「貴様報告にあった東京の隊員,違うか?」


「ぐっ……えぇ……そうよ……」


「なるほどな,愚妹は元気か?」


「愚妹…?麻白先輩の事…?元気だけど…離してくれないかしら……」


「……ふん」


「げほっ……げほっ……いきなり……何なのよ…いくら京都支部の隊員と言っても私達は同じ…」


「定まらぬ目は潰せ,迷う拳は斬り捨てろ,私達の使命はなんだ?刀を抜く事すら迷う愚鈍が」


「…………」


何も言い返せない


その通りだ


私は力を持っている


それは人々を守る為の刃


力無き者に代わって私達が守るべき…与えられた使命


あの時,禍人を倒す事は私にとって難しい事ではなかった


刀を使えば良いだけの事だ


しかし私は刀を使う事を迷った


それは私の正体がバレて学園にいられなくなるという自己中心的な理由


…その一瞬の迷いで全てを失う事だってある


私は…


力を使う事を迷ってはいけない


迷ってしまったのは私の弱さだ


今回の事は私の中でも長く引きずる事となる


私自身の行いを改めて思い直す必要があるからだ


私は八咫烏


人々を怪異から守る存在


それは紛れもない事実だ


そして黒神学園の生徒


これもまた事実だ


私が学園の生徒である事


そして私はこの場所を守りたい


私があの時刀を使う事を躊躇ったのは自分の正体がバレてしまう事を恐れたからだ


しかしそれは学園を守りたいという想いと相反するものだ


私は例え正体がバレて学園にいられなくなったとしても…


「どうした,喫煙所にいるのに吸ってないなんてらしくねぇな」


「麻白先輩…」


「ほら,俺のでよければやるよ」


「…ありがとうございます」


「その面,修学旅行は楽しかっただけじゃねぇな,何があった?」


「……朝比奈 黒羽と出会った」


「クソ姉貴と?それがどうかしたか?」


「…私は刀を使う事を躊躇った…自分の正体がバレて学園にいられなくなると思って…」


「それで?」


「…私達八咫烏は力を使う事を躊躇ってはいけない…一瞬の迷いで救える命も救えなくなる…それを誰よりも知ってた筈なのに…私は…」


「……で,それをクソ姉貴に言われたか,くだらねぇな」


「……え…?」


「迷う迷わないなんてのは人間なら誰だってある事だ,俺もそうだったが一番大切なのはどうするかじゃない,どうしたいか,違うか?」


「……どうしたいか…」


「麗,お前は何の為に八咫烏になった?」


「私は……」


私が八咫烏になった理由


それは紛れもなく人々を守る為だ


「俺は迷う奴ってのをたくさん見てきた,それで死んだ奴だっている,けどお前はまだ死んでない,結果論だが今までしてきた事は間違ってないって事だ,それなら自分なりのやり方をするだけだと俺は思うけどな」


「私なりのやり方…」


「クソ姉貴もそうだが京都の連中は極端だ,殺すしか脳がない,いいか,俺達が獣になるのは戦いの中だけだ,それ以外で獣になるな,昔の俺みたいにな」


「…………」


「俺は先に行くぜ,その一本,いつか返せよ」


「…ありがとうございます」


「別にいいって,クソ姉貴をぶん殴るのに理由が出来ただけでも満足だ」


私なりのやり方


今はまだ答えを出せない


私に与えられた使命


私が守りたいもの


私がやりたい事


迷い


私が本当にしたい事はなんなのか


今はただ人々を守りたいというざっくりな答えしか出せない


それはまだ私が若いからという事もあるのだろう


答えを出すには早過ぎる


けれど私は力を使う事を躊躇ってはならない存在


もしまた同じ様な状況になった時


その時は迷わない


少なくとも私は友人を救う為なら例え学園にいられなくなってもいい


その決意だけは固まった


例えそれが…


かつての仲間だとしてもだ


「…あら麗さん,未成年の喫煙はダメですよ」


「吸ってませんよ隊長,吸い終わったところですから」


「…聞かなかった事にしておきます,一つ聞いてもいいでしょうか?」


「えぇ,何か?」


「入り口に置かれてたあれ…もしかして麗さんが置いたものかと思いまして」


「……あぁ!京都のお土産です」


「お土産……なんですか?あれは…」


「ガムボールのガチャガチャです,良いものでしょう?」


以降定期的にガムを噛む隊員が増えたとか































































































































「へぇ〜,それでどしたん?」


「どうもしない,所詮腑抜けの連中だ,東京の隊員は」


「ほんなら殺してもよかったんとちゃう?ウチらは京都の守護が仕事,巻き込まれて死んだって言やぁ解決やろ?」


「蒼,何が言いたい?」


「その感じ気付いとらんの?あの女…霧雨の持つ刀は馬鹿でかい力を持っとるわ,その力はウチらと同等…いやそれ以上かも知れんなぁ」


「刀が強かろうと使用者が愚鈍では意味が無い,もし何かあれば私が消す」


「…そうならん事を祈るばかりやな,せや…ウチ暫くの間都内に行ってくるわ」


「いつもの旅行か?」


「せやなぁ…ただ一つ気になってんねん」




















《あの女,本人と刀…そして別の気配もしとったんやわ》


-To be continued-

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